福岡地方裁判所 昭和40年(わ)252号 判決 1972年3月15日
被告人 児島金 外三名
主文
被告人三好一喜を罰金二万円に、被告人三好睦男を罰金一万円にそれぞれ処する。
被告人らにおいて、右罰金を完納できないときは金一、〇〇〇円を一日に換算した期間その被告人を労役場に留置する。
訴訟費用の裁判(略)
被告人児島金、同三好照人は無罪。
理由
(本件ストに至るまでの経緯等)
一、本件当時の被告人らの身分関係
本件当時、被告人児島金は福岡県粕屋郡古賀町大字鹿部一、〇一五番地所在の高千穂製紙株式会社(以下単に会社という)福岡工場の従業員であり、右会社の従業員で組織する高千穂製紙労働組合(以下単に労組という)の組合長、被告人三好一喜は右工場の業務部作業課作業係員、被告人三好照人、同三好睦男は右工場の工務部仕上課荷造係員であり、右三名とも右労組の組合員である。
二、本件ストに至るまでの経緯
高千穂製紙労働組合は、昭和二一年三月ごろ、高千穂製紙株式会社の従業員をもつて組織された企業内の単一組合として結成(当時組合員は約三〇〇名)され、翌昭和二二年四月ごろ上部団体である全国紙パルプ産業労働組合連合会に加盟した。ところが、昭和三七年の春季賃上げ闘争中の同年六月一五日、右労組を脱退した右会社の従業員約一八〇名は別に高千穂製紙従業員組合(以下単に従組という)を結成し、爾来右会社には労組、従組の二つの労働組合が存立するようになつた。
昭和三八年一月二一日、会社は右両組合に対し(1)昭和三八年一月より昭和四〇年三月末まで賃金その他給与の増額および賞与その他臨時の賃金の支給をしない(2)結婚貸付金、住宅貸付金の貸与を昭和四〇年三月まで停止する(3)現在貸与中の組合事務所は会社が使用するので別途会社の指定する建物に移転する(4)現行の賞罰委員会を社長の諮問機関とする(5)現行の労使協議会を廃止し、新たに労使懇談会を設けること等を内容とする会社の「再建計画の概要と再建のための社内体制確立に関する事項」案(以下単に合理化案という)を発表し、これを実施するとともに、右両組合に対し会社の右合理化案に協力方を要請したが両組合ともこれに反対し、さらに労組は会社に対し、昭和三八年二月二六日、(1)昭和三八年四月以降月俸増額分として同額一律二、五〇〇円、月俸スライド分として平均五〇〇円の賃金増額、諸手当の増額(2)夏季一時金として、同額一律二五、〇〇〇円と各人の新基準内賃金(社宅居住者には社宅手当外手当を加算)の一ヶ月分との合算額の支給等を要求の骨子とする「賃金、諸手当、初任給、結婚資金増額並に最低賃金、夏季一時金等に関する要求の件」と題する書面を提出した。他方会社は同年三月九日、両組合に対し(1)労使ともに協定期間中紛争解決の手段として一切の争議行為およびこれに類する行為を行なわない(2)協定期間中賃金その他の給与の増額を行なわない(3)賞与その他臨時の賃金の支給を行なわない(4)労働条件は別に定める場合を除き現行の条件を維持する(5)操業は原則として年間連続操業とし、特定休日のみ一斉休日とする(6)福利厚生制度を改める(7)協定期間は昭和四〇年三月末日までとする等を内容とする協定案と右本協定の締結に伴い、各組合員に対し普通手当として、昭和三八年四月から昭和三九年三月まで毎月一律四〇〇円、昭和三九年四月から昭和四〇年三月まで毎月右金額に四〇〇円を加算した金額を、特別手当として昭和三八年および昭和三九年の各七月に五、〇〇〇円、昭和三八年および昭和三九年の各一二月に一万円をそれぞれ支給することを内容とする付属協定案(以下本協定案および付属協定案の両者を合して単に平和協定案という)を提示したところ、従組は昭和三八年三月一六日に右平和協定案を承認し、会社と右協定を締結するに至つた。一方労組はこれより先の同月一四日、同組合の臨時大会を開催し、右大会において、右合理化案および平和協定案の撤回並びに右賃上げ等の要求貫徹を決議し、全国紙パルプ産業労働組合連合会九州地方本部(以下単に紙パ労連九州地本という)の委員長森上亀喜を加え、会社と団体交渉を重ねたが、会社は賃上げ要求には応じられない、平和協定を締結しない限り普通手当および特別手当の支給はできないとの方針を固持し、一方労組は争議権は憲法上組合に保障された基本権でありこれを放棄することは労働組合の自殺に等しいものであるから平和協定を締結することはできないとして両者は平行線をたどり、ついに労組は同年四月一三日、一四日の両日にわたる四八時間の同盟罷業を行なつたものの、会社は依然従来の方針を譲らなかつた。ところが間もなく労組は、右賃上げ要求額および夏季一時金の要求額を右付属協定案の普通手当額および特別手当額までそれぞれ減額修正したうえ会社に要求したが、会社は右賃上げ要求にも応じられない、また銀行対策並びに従組と会社が平和協定を締結していることとの均衡上からも普通手当、特別手当は右平和協定を締結しない限り支給できない旨回答し、会社の従来の方針を固持していたところ、労組は右平和協定撤回および賃上げ要求の団体交渉を有利に展開するためストライキもやむを得ないとして、同年七月二二日ごろ、戦術委員会を開き、その席上、右委員会の委員長であつた被告人児島金、委員の石橋喬、永田茂ら労組員五名および紙パ労連九州地本委員長森上亀喜らは、福岡工場の業務部作業課作業係および工務部仕上課荷造係に勤務する労組組合員による部分ストを同月二三日午前八時から午後四時まで実施する旨決定し、闘争方針として、第一にスト参加員は会社の挑発に絶対にのらないことおよび暴力は絶対に用いないこと、第二に従組組合員であつても我々労働者の仲間であるから、これらの者とは一切のトラブルを起こさないこと等を確認し、これを戦術委員がスト参加者に確認させることを話し合つた。
(本件スト当日の状況)
労組は、前記戦術委員会の決定に基づき、昭和三八年七月二三日午前七時五〇分ごろ(以下、本項において、時間のみを記載しているのはすべて同日中のことである。)、会社に対して同会社福岡工場の業務部作業課作業係および工務部仕上課荷造係の出勤者のうち、労組組合員(以下単に労組員という)が午前八時から午後四時までストライキに入る旨を通告するとともに、午前八時から右労組員らはストに突入した。
被告人児島金は、前記工場内において、本件ストを総括指揮し、労組員石橋喬は、同工場内の薬品倉庫北側入口から約三〇メートル離れたところにある薬品運搬用巻上げトロツコ着場付近のピケツトの責任者として、同所において一〇名位の労組員とともに、トロツコに腰かけたり付近に立つたりし、労組員永田茂は、同工場内のパルプ荷降ろしホーム付近のピケツトの責任者として、被告人三好一喜、同三好照人、同三好睦男ら一四、五名の労組員らとともに、立ちあるいは坐るなどし、右二ヶ所にピケツトを張り、その際、被告人児島金および前記各部署の責任者は前記戦術委員会の本件闘争方針を各労組員に伝え、これを確認させていた。右労組員らのストライキ突入により、会社のパルプ荷降ろし作業および薬品運搬作業は停止し、従組員および臨時雇らも右労組員らのストライキを妨害することはなかつた。
一方、会社は労組から本件部分ストの通告を受けるや、午前九時ごろから、工場長以下部課長ら非組合員が集まり、本件部分ストの対策を協議し、本件ストにより当日の貨車からのパルプ荷降ろし作業が停止していたため、会社が国鉄に右パルプを積載している貨車を引渡すのが遅延する虞れがあり、その場合には会社から国鉄に貨車引渡し遅滞料を支払わなければならなくなるので、右貨車からのパルプ荷降ろし作業遂行を検討していたところ、午前九時三〇分ごろ、薬品調成室からサイザリン(紙力増強剤)と白土(紙填料)が不足している旨の報告も受けるに及んで、急きよパルプ荷降ろし作業と薬品運搬作業を会社の部課長ら非組合員において行なうことを決め、パルプ荷降ろし作業は当時工場の業務部長であつた佐藤竜三が、薬品運搬作業は当時工務部長であつた古川春雄がそれぞれ指揮して行なうこととし、まず当日薬品調成室で不足していたサイザリン、白土の運搬作業を行なうため、午前一〇時ごろ、古川春雄、佐藤竜三、田中徳太郎、園田仁ら一〇数名の非組合員が前記薬品倉庫に向つた。
一、ワインダー室入口付近および同室内における状況
薬品運搬は通常業務部作業課作業係員が薬品倉庫から前記巻上げトロツコ着場まで手押車に積みあるいは肩にかつぐなどして運び、同所から右巻上げトロツコに積載して薬品調成室下まで右トロツコを上げ、同所から薬品調成室まで肩にかついで運び込む運搬方法であつたが、当日は前記のとおり、作業課作業係所属の労組員ら約二四、五名が部分ストを行ない、さらに労組員が右トロツコ着場付近でピケツトを張つていたので、非組合員らは、薬品運搬の代替作業が右ピケツトを張つていた労組員らに気づかれないように行なうため、右薬品倉庫ホーム前出入口から約三〇メートル離れたワインダー室(紙巻取り室)を通つて棟続きの薬品調成室まで運搬することを打ち合わせ、古川春雄ら約一〇名の非組合員において、まず不足数量の少ないサイザリン約一〇俵を右薬品倉庫から薬品調成室まで肩にかついで運搬し、ついで白土の運搬に取りかかつた。ところが、午前一〇時過ぎごろ、労組員らは右非組合員らによる薬品運搬作業に気づき、前記巻上げトロツコ着場付近でピケツトを張つていた石橋喬ら約一〇名の労組員および被告人児島金らが右ワインダー室入口付近に駆けつけ、右古川春雄、田中徳太郎ら非組合員らに対してその白土運搬の代替作業を中止してくれるよう説得し、翻意を求めた。しかし、右非組合員らがこれを聞き入れず、なおも薬品倉庫から右ワインダー室へ白土を肩にかついで運び続けていたので、被告人児島金、石橋喬ら労組員約一〇名は、右ワインダー室入口付近でそれぞれ腕組みをしたり、両手をズボンのポケツトに入れた姿勢で雑然と立ち並び、前記白土を運搬していた非組合員らに対して説得ないし抗議を続けた。ところが非組合員らは右スト参加者らの説得、抗議を聞き入れることなく、右ワインダー室入口付近で立ち並んでいた被告人児島金、石橋喬ら労組員の間を押し分けて通り抜け、白土を右ワインダー室に運び続け、その間に、右非組合員らの代替作業を知つて、前記パルプ荷降ろしホームから同所に駆けつけてきた被告人三好一喜の後記判示第一の一の犯行が発生した。間もなく右非組合員らは薬品倉庫から右ワインダー室へ一応当日の目標数であつた白土約六〇俵を運び込んだので、右薬品倉庫からの白土運搬作業をやめ、右ワインダー室から薬品調成室へ運搬する作業に取りかかつた。
ところが被告人児島金ら右労組員は、右非組合員らが右ワインダー室内において、運び込んだ白土をリストカーで運搬するため、木製の荷台に白土の積み上げ作業を始めたので、右非組合員らのところに集まり、古川春雄ら非組合員に対し「非組合員である会社の職制らは薬品運搬作業が本来の業務ではないから直ちにスト破り的代替作業を中止して欲しい。」旨の説得ないし抗議を続け、また前記パルプ荷降ろしホーム付近にいた被告人三好睦男、永田茂ら約一〇名位の労組員も右非組合員らの薬品運搬作業を知つて同所に駆けつけてきて、右説得に加わつた。しかし、その間も非組合員らは作業を続け、前記荷台に白土約二〇俵(一俵約三〇キログラム)を積み上げ、その荷台の下へリフトカー(片足でリフトのペタルを踏むと空圧によつて荷台がもちあがり、右リフトカーのハンドルを引つ張つて荷物を運搬する器具)を差し込み、右リフトカーのハンドルを非組合員の佐藤竜三が握つたところ、同室内にいた労組員約二〇名位のうち、被告人児島金ら約一〇名の労組員は右白土を積んだリフトカーの周囲に腕組みをしたりして立ち並びあるいは三好務ら二名の労組員が右リフトカーに積み上げられた白土の上に坐る等しながら、右佐藤竜三に対して「一人で引張りきらんからやめておけ、スト破り的な代替作業はやめてくれ。」などと説得ないし抗議を行ない、また右リフトカーの付近では永田茂労組員らが古川春雄ら非組合員に対し「我々のストライキを妨害しないで欲しい。」などと説得を続けていた。その後、被告人三好睦男の後記判示第二の犯行があつたため、午前一〇時三〇分ごろ、非組合員らが右白土の運搬を中止して右ワインダー室から引きあげたので、被告人児島金ら労組員も同所に石橋喬一人を残して全員引きあげた。その後昼前ごろ再び古川春雄ら非組合員五名位が右ワインダー室に行き、同室にいた石橋喬労組員を排除して前記白土全部を右ワインダー室から薬品調成室へ運び終つた。
二、パルプ荷降ろしホーム付近における状況
正午ごろから再び工場長以下部課長ら非組合員らは本件ストの対策を協議し、当日前記ホームに到着していた貨車二輛からのパルプ荷降ろし作業について検討し、午前中の協議において決定したとおり、右パルプ荷降ろし作業を業務部長の佐藤竜三指揮の下に非組合員らの手で行なうことを確認した。そこで佐藤竜三は午後の始業開始時である午後零時四五分ごろ、前記パルプ荷降ろしホームに行つたところ、同所付近でたむろしていた労組員らのうち一〇名位が同ホームに到着していた二輛編成の貨車のうち一輛目の扉の前に腕組みなどして立ち並び、蒲地辰雄労組員においては労働歌を歌うなどして気勢をあげていたので、右佐藤は非組合員らに応援を求める必要があると判断して午後一時ごろ、あらかじめ待機していた工務部長の古川春雄、会計課長の園田仁、本社総務部労務課労務主任の宮沢穣ら一二名位の非組合員らを右パルプ荷降ろしホームに呼び集めた。このころパルプ荷降ろしホーム付近の労組員も三〇名位に増え、右非組合員らが同所に来るのを認めるや、前記貨車一輛目の扉を基点として三重位の半円形を描くようにして右貨車の扉の前に立ち並び、外側に並んでいた被告人三好照人、船津孝満ら労組員はスクラムを組むなどしてピケツトを張つた。佐藤竜三ら非組合員らと右労組員およびスクラムの外側にいた被告人児島金、オルグに来ていた紙パ労連九州地本委員長森上亀喜らは数分間「そこをどけ。」「代替作業はやめろ。」などの応酬をしていたが、非組合員である三輪保雄は右パルプ荷降ろし作業を強行しようと決意し、その場にいた非組合員らに対し「作業にかかれ。」と指図するや、スクラムの周囲にいた古川春雄、園田仁、宮沢穣、田中徳太郎ら非組合員一二名位が一斉に右労組員らの排除にかかり、スクラムを組んでいる労組員の肩や腕を押したり引張つたり、労組員の間を押し分けてスクラムの中に割込んだりして約二〇分ないし三〇分間労組員らと非組合員らとはもみあい状態が続いたが、その際右貨車の扉に向つて左横で非組合員宮沢穣ともみ合つていた被告人三好一喜の後記判示第一の二の犯行があつた。その間佐藤竜三がホームの反対側に回わり貨車の裏側扉を開けてこれに乗り込み、同車からパルプ一包(二〇〇キログラム)を突き落したところ、森上亀喜、永田法一らに「パルプを貨車から突き落すのは危険だから突き落すな。」と制止されたこともあつたが、午後一時三〇分ごろ、会社側が右ホームから右貨車を発車させて石炭降ろし場に移動させた。非組合員らは右石炭降ろし場付近であらかじめ待機させていた従組員約五〇名にスクラムを組ませていわゆる逆ピケを張り、労組員らが同所に来るのを阻止したうえで、右石炭降ろし場で右貨車からパルプ数個を降ろしたが、同所がパルプ降ろし場としては適当でなかつたので、再び右貨車を前記パルプ荷降ろしホームへ発車させた。その間に永田茂労組員および森上亀喜は粟根工場長に非組合員による代替作業を直ちに中止させ、本来パルプ荷降ろし作業を業務とする作業課作業係員である従組員(当時三名)と臨時雇(当時三名)に右貨車からのパルプ荷降ろし作業をさせるならば、ストに参加している労組員はピケツトを解いて工場内から退去する旨を申入れ、右工場長もこれを了承して非組合員の代替作業を中止させたため、労組員らは工場内から立ち去り、右パルプ荷降ろし作業は右従組員および臨時雇により当日完了した。
(罪となるべき事実)
第一、被告人三好一喜は
一、昭和三八年七月二三日午前八時ごろから、前記のとおり、労組員らとともに、前記工場内のパルプ荷降ろしホーム付近でピケツトを張つていたが、同日午前一〇時過ぎごろ、前記ワインダー室入口付近で、ピケツトを張つていた労組員から、前記会社の非組合員が前記薬品倉庫から右ワインダー室へ薬品を運搬しているので、ピケツトの応援に来てくれとの連絡を受け、右パルプ荷降ろしホームから右ワインダー室へ棟続きで連らなつている三号マシン室、二号マシン室を通り抜けて行つたところ、右ワインダー室において、おりから薬品運搬に従事していた非組合員田中徳太郎が肩にかついでいた白土が同被告人の顔面に当つたことに立腹し、右田中の背後から、同人の肩にかついでいた白土を右手で押し、右白土を土間に落下させて田中の右白土運搬を妨害し、もつて威力を用いて会社の右白土運搬の業務を妨害した
二、同日午後一時ごろから同日午後一時三〇分ごろまでの間、前記のとおり、前記工場内のパルプ荷降ろしホーム付近において、前記会社の非組合員ら一二名位が右ホームに到着していた貨車からパルプの荷降ろしをしようとした際、これの翻意を求めて右貨車の扉の前で半円形を描くようにしてスクラムを組みあるいは腕組みをして立ち並ぶなどしていた労組員ら約三〇名位とともにこれに加わつていたが、右非組合員らはパルプ荷降ろし作業を強行しようとして右労組員らの肩や腕を押したり引つ張つたりしたため、双方とももみ合いになつた際、右パルプ荷降ろし作業に従事していた非組合員宮沢穣から腕を引つ張られたことに憤慨し、右足で一回同人の腹部を蹴り上げ、もつて威力を用いて会社のパルプ荷降ろし作業を妨害した
第二、被告人三好睦男は、前同日午前八時ごろ、前記工場内のパルプ荷降ろしホーム付近においてピケツトを張つていたが、同日午前一〇時過ぎごろ、前記のとおり、前記会社の非組合員らが薬品倉庫からワインダー室へ薬品の運搬作業を始めたので、永田茂から右ワインダー室の様子を見てきてくれと指示されて右ワインダー室へ行つたところ、同所において、労組員ら約一〇名が白土を積んだリフトカーを取り囲み、そのハンドルを握つている前記会社の非組合員佐藤竜三に対し、代替作業を中止して欲しいと説得しその翻意を求めていたが、その際右佐藤の握つていたリフトカーのハンドルを取り上げ、白土を積んだ荷台の下から右リフトカーを引き出し、もつて会社の白土運搬業務を妨害した
ものである。
(証拠の標目)(略)
(弁護人の主張に対する判断)
被告人三好睦男の弁護人は、被告人三好睦男の行使した実力の手段、方法、程度と非組合員の労組員に加えたスト破り的な実力行使の態様、程度とを比較衡量すると、一義的に被告人三好睦男の行為を違法な暴力の行使という評価はできないものであり、団結権擁護のため適法な行為というべきであると主張するので判断する。
およそ、職務上非組合員とされている者が、使用者側の指示により、争議参加者に代つて固有の職務外の業務を代替することは実質的にスト破りの色彩を帯びるのであつて、このような場合には、ピケツテイングも単なる平和的説得にとどまらず、説得に際し必要かつ適切な限度内での団結による示威を用いることも許されるべきであることは後述のとおりであるが、しかし使用者はストライキ中といえども操業の自由を有するのであつて、使用者側が就業のため使用しようとしている生産手段を取り上げて積極的に就業の妨害をすることは、それがスト破り的色彩を帯びている場合でももはや正当な争議行為の範囲を逸脱するものというべきである。
ところで、前掲各証拠によると、佐藤竜三は当時前記福岡工場の業務部長の職にあり職制上非組合員であつたこと、薬品運搬作業は当時業務部の担当する部署であつたが、本件薬品運搬は工務部長の古川春雄の指揮のもとに、業務部長の佐藤竜三、会計課長の園田仁、勤労課労務主任の田中徳太郎、労務課長の竹内孝喜知試験課長の古永正直らがその固有の業務外の作業員である非組合員らとともに共同して行なつているのであつて、スト破り的色彩を帯びているということはできるが、他方、リフトカーは白土を積み込んだ荷台の下に差入れハンドルの右横にあるペダルを足で踏んで空圧によつて右白土を積んだ荷台を地上から持ちあげたうえ、これを手引して運搬する器具であつて、被告人三好睦男は、白土約二〇俵を積んだリフトカーのハンドルを握つていた佐藤竜三からこれを取り上げ、右荷台の下からそこへ差入れていた右リフトカーを引き出してワインダー室の隅へ投げ捨てたことが認められるので、前記説示のとおり、被告人三好睦男の右所為はもとはや正当な争議行為の範囲内にあるものとは認められないから、弁護人の右主張は採用できない。
(法令の適用)
被告人三好一喜の判示第一の一、二の各所為はいずれも刑法二三四条、二三三条、罰金等臨時措置法三条一項一号に該当するので、所定刑中いずれも罰金刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪なので、同法四八条二項により各罪所定の罰金額を合算し、被告人三好睦男の判示第二の所為は同法二三四条、二三三条、罰金等臨時措置法三条一項一号に該当するので、所定刑中罰金刑を選択し、それぞれその金額の範囲内で被告人三好一喜を罰金二万円に、被告人三好睦男を罰金一万円にそれぞれ処し、被告人らにおいて、右罰金を完納できないときは刑法一八条により金一、〇〇〇円を一日に換算した期間その被告人を労役場に留置することとし、訴訟費用は刑事訴訟法一八一条一項本文を適用して主文第三項のとおり被告人三好睦男に負担させることとする。
なお、被告人三好一喜に対する本件公訴事実中、被告人三好一喜が被告人三好照人と共謀のうえ、被告人三好照人において、非組合員園田仁の左胸を左肩で突き飛ばしてその場に転倒させ、よつて同人に加療約五日間を要する右肘関節擦過傷及び打撲傷を負わせたとの点については、後記のとおり、犯罪の証明がないが、判示第一の二の威力業務妨害の罪と観念的競合の関係にあるとして起訴されたものと認められるから、主文において特に無罪の言渡をしない。
(被告人児島金、同三好照人に対する無罪理由)
第一、本件公訴事実
被告人児島金は、高千穂製紙株式会社(以下会社と略称する)福岡工場の従業員で、その一部をもつて組織する高千穂製紙労働組合(以下労組と略称する)の組合長であり、被告人三好照人は、右会社の従業員で同労組の組合員であるところ、同労組は、賃上げ要求貫徹のため、昭和三八年七月二三日午前八時から部分ストに突入したので、会社側はこれに対処するため、同会社非組合員等によつて代替作業を行なおうとした際、これを実力で阻止しようと企て
一、被告人児島は、被告人三好一喜、同三好睦男外二〇数名の同労組員と共謀のうえ、同日午前一〇時ごろより午前一〇時五〇分ごろまでの間、前記福岡工場ワインダー室入口付近において、被告人児島が氏名不詳の労組員一〇数名位とともに、おりから薬品を肩にかついで運搬中の非組合員園田仁等の前に立ちはだかり、肘で同人等の身体を突いたりして、その運搬を妨害し、ついで、被告人三好一喜が薬品を肩にかついで運搬中の非組合員田中徳太郎の背後より右薬品を手で突き飛ばして土間に散乱させ、続いて、前記ワインダー室内において、非組合員佐藤竜三等が、手押リフトカーに薬品を積載して調成室まで運搬しようとしたところ、被告人等二〇数名がこれを取り囲み、被告人児島が同リフトカーのハンドルを握り、更に被告人三好睦男が右リフトカーをその荷台から取り外し、同労組員三好務外一、二名が同リフトカーに積載してあつた薬品の上に坐り込み、もつて威力を用い同会社の前記薬品運搬行為を不能ならしめてその業務を妨害した
二、被告人三好照人は、被告人三好一喜外二〇数名の同労組員と共謀のうえ、同日午後一時ごろより午後一時五〇分ごろまでの間、前記工場パルプ降ろし場において、非組合員佐藤竜三等が入構中の貨車二輛よりパルプ荷降ろしをしようとした際、同貨車二輛の入口扉付近に三重位の人垣を作つてスクラムを組み、右佐藤等が再三にわたつて、作業の妨害をしないよう退いてくれと警告したのに、これを無視して同所を占拠し、被告人三好一喜が非組合員宮沢穣の頭部を手拳で数回殴打し、更に同人の腹部を足で蹴り上げ、被告人三好照人が非組合員園田仁の左胸を左肩で突き飛ばして、その場に転倒させ、よつて同人に加療五日間を要する右肘関節擦過傷及び打撲傷を負わせ、もつて威力を用い同会社の前記荷降ろし作業を不能ならしめてその業務を妨害した
ものである。
第二、当裁判所の認定した事実
一、被告人児島金、同三好照人の本件当時の身分関係並びに本件ストに至るまでの経緯および本件スト当日の状況は先に認定したとおりである。
二、被告人児島金の行動等
(一) 昭和三八年七月二二日ごろ、被告人児島金、労組員後藤光雄、同崎村正視、同永田茂、同石橋喬、同藤村修および紙パ労連九州地本委員長森上亀喜らは戦術委員会を開き、同委員会において本件ストの実施を決定したうえ、ストの際第一にスト参加員は会社の挑発に絶対にのらないことおよび暴力は絶対に用いないこと、第二に従組員であつても我々労働者の仲間であるからこれらの者とは一切のトラブルを起こさないこと等を確認した。右戦術委員会の決定に基づいて行なわれた同月二三日の本件部分ストにおいて、被告人児島は本件ストの総括責任者として行動していたところ、同日午前一〇時過ぎごろ、非組合員らが前記工場内の薬品倉庫からワインダー室へ薬品運搬の代替作業を行なつているのを知るや、巻上げトロツコ着場付近で立つたり坐つたりしてピケツトを張つていたスト参加労組員一〇名位とともに、右ワインダー室入口へ駆けつけ、薬品(白土)運搬をしている古川春雄、佐藤竜三、田中徳太郎、園田仁ら非組合員に対し代替作業を中止してくれるよう翻意を求め説得を始めた。ところが、右非組合員らが右説得に耳をかさず、依然右白土の運搬を続けていたので、被告人児島は右労組員一〇名位とともに、右ワインダー室入口付近で白土を肩にかついで右室内へ運び込んでいる非組合員の前に腕組みをしたりあるいはズボンのポケツトに両腕を突込みながら立ち並んでなおも右非組合員らに説得抗議を続けた。ところが、右非組合員らは被告人児島ら労組員の説得にもかかわらず、前に立ち並ぶ被告人児島ら労組員の間を押し分けて白土を薬品倉庫から右ワインダー室へ約六〇俵程運び込んだ。被告人児島ら労組員は、あくまで白土運搬の代替作業を行なおうとしている非組合員らに対し、さらに説得抗議を続けるため右ワインダー室に入り、被告人児島において、右白土運搬作業を指揮していた工務部長の古川春雄に対し「我々はストライキをやりたくてやつているのではない。賃金カツトもされるし収入も少なくなるからいたしかたなくやつているんだ。ストライキをやるなと思われるなら、むしろ中堅幹部であるあなたたちが会社側と話し合つてこういう事態を早く解決しようじやないかということを上層部に言つて努力すべきじやないか。そういう努力もせんでスト破りの代替作業をやるということはけしからん。今までそういうことはなかつた。労働争議によつて損害が起こるということについては、これは労働法上でも保障されていることであるし、この点についてはいたしかたない。我々は正当だと思つている。」などと抗議を続けた。そのころ前記工場のパルプ荷降ろしホーム付近にいたスト参加労組員らも右代替作業を知つて右ワインダー室内に駆けつけ、右ワインダー室内において、約二〇名位のスト参加労組員がこもごも同所にいた非組合員らに説得抗議を続けたが、その間も非組合員らは作業を続け、同所に運び込まれた白土を薬品調成室に運搬するため、荷台に白土約二〇俵(一俵の重さ約三〇キログラム)を積載し、その荷台の下へリフトカーを差込んで、そのリフトカーのハンドルを佐藤竜三が握り、運搬の準備をしたので、その場にいたスト参加労組員ら一〇名位が右リフトカーの周囲に腕組みをして立ち並び、三好務外一名の労組員が右リフトカーの荷台に積載された白土の上に坐り込んだりして、右佐藤に説得抗議をした際、被告人児島も右佐藤の横に腕組みをして立ち、同人に対し「一般組合員が通常行なつている業務を非組合員であり、また職務分掌から言つても違う仕事を部長たちがやつているのはスト破り的不当労働行為だからすぐやめてくれ。」と説得を続けた。その後、被告人三好睦男の前記判示第二の犯行があつたこと等で、同日午前一〇時三〇分ごろ、非組合員らは白土運搬を中止して右ワインダー室から引き上げたため、被告人児島ら労組員も右ワインダー室に石橋喬一名を残して引き上げた。
右事実は、(証拠略)によつてこれを認める。(検察官は(1)被告人児島が氏名不詳の労組員一〇数名位とともに右ワインダー室入口付近においておりから薬品を肩にかついで運搬中の非組合員園田仁等の身体を肘で突いたと主張するが、右主張を認めるに足りる証拠はない。(2)さらに右ワインダー室内において被告人児島らがリフトカーを取り囲んだ際、被告人児島が同リフトカーのハンドルを握つたと主張し、証人古永正直(第一七回公判調書中同証人の供述部分)はこれに沿うかのような供述をしているが、右証人古永正直の目撃場所、状況および前掲各証拠に照らし合わせると、右供述部分はたやすく信用できないし、他に検察官の右主張を認めるに足りる証拠はない。)
(二) 被告人児島の被告人三好一喜、同三好睦男との共謀の点
1、被告人三好一喜との共謀の点
被告人三好一喜の前記判示第一の一の犯行は前記認定のとおり、非組合員田中徳太郎が肩にかついでいた白土が同被告人の顔面に当つたため憤慨して犯したもので、極めて偶発的犯行であり、被告人三好一喜と被告人児島との間に前記判示第一の一の犯行について共謀の事実があつたことを認めるに足りる証拠はない。
2、被告人三好睦男との共謀の点
被告人児島は、前記認定のとおり、本件スト実施を決定した戦術委員会において、会社側の挑発行為には絶対のらないことおよび暴力は絶対に用いてはならない旨を確認し、各スト参加者にもその旨を注意しており、同被告人が右リフトカーを取り囲んだ際にも非組合員への説得に終始しており、右情況からすれば、説得の指示こそすれ、被告人三好睦男の前記判示第二の犯行を容認するものではないことが窺われ、また被告人児島が被告人三好睦男に指示して右犯行を行なわしめたとの事実も認められず、他に被告人児島と被告人三好睦男との間で前記判示第二の犯行を共謀した事実を認めるに足りる証拠はない。
三、被告人三好照人の行動等
(一) 被告人三好照人は本件スト当日午前八時ごろから前記戦術委員会の決定に基づき、他のスト参加労組員らとともに前記工場内のパルプ荷降ろしホーム付近でピケツトを張つていた。そのため右ホームに到着していた貨車二輛からのパルプ荷降ろし作業は停止していた。非組合員佐藤竜三は、同日午後零時四五分ごろ、右ホームに行つたところ、同所付近にいたスト参加労組員らのうち一〇名位が右貨車一輛目の扉前付近に立ち並び、中には労働歌を歌い出す者もいたので、他の非組合員らの応援を求めて右貨車からパルプ荷降ろし作業を行なおうと考え、同日午後一時ごろ、あらかじめ待機していた工務部長の古川春雄、事務部長の三輪保雄、会計課長の園田仁、試験課長の古永正直、労務主任の宮沢穣ら非組合員一二名位を右ホーム付近に呼び集めた。一方右ホーム付近にいたスト参加労組員ら三〇名位は、右非組合員がホームに集つて来るのを認めるや、右ホームにおいて貨車の扉の前に右扉を基点として三重位に半円形を描くようにして立ち並び、外側の列の労組員はスクラムを組むなどしたうえ、口々に「会社の挑発行為には絶対のるな。」と言つて互いに確認し合つていた。当時被告人三好照人は右外側の列で船津孝満らとスクラムを組んでいた。スクラムの周囲にいた非組合員ら一二名位と右労組員ら三〇名位とは右扉前で数分間にわたり「そこをどけ。」「代替作業はやめろ。」などと応酬し合つたが、非組合員らは右パルプ荷降ろし作業をあくまでも強行しようとして、三輪保雄の「作業にかかれ。」という指令で一斉に右スクラムのまわりから右労組員の排除にかかり、非組合員らはスクラムを組んでいる労組員の肩や腕を押したり分けたり引つ張つたりして双方とももみ合い状態になつた。前記のとおり被告人三好照人は外側の列でスクラムを組んでいたが、同被告人の前に非組合員園田仁が来て同被告人の腕を引つ張つてスクラムから引きずり出そうとしはじめたので、同被告人も外側に引つ張られスクラムを組んだまま前かがみになつたり、引きずり出されまいとして身体を後にそり返えすような姿勢になつたりし、園田仁もこれを引つ張り出そうとして同被告人と同様のことをして、これが二、三度続いた。その直後園田仁の胸付近に被告人三好照人の肩があたり、園田仁は肘をついてあお向けに倒れ、被告人三好照人は園田仁の上におおいかぶさるような姿勢になつたが同人の横に身をかわしてひざをつくようにして倒れた。
右事実は、(証拠略)によつてこれを認める。(検察官は被告人三好照人が園田仁の左胸を左肩で突き飛ばしたと主張し、証人園田仁(第六回、第七回、第一一回各公判調書中同証人の供述部分)、同宮沢穣(第一七回、第二三回各公判調書中同証人の供述部分)、同古永正直(第一七回、第二六回各公判調書中同証人の供述部分)もこれに沿うかのような供述をし、証人中村譲(第一五回、第二六回公判調書中同証人の供述部分)に至つては、被告人三好照人が医務室の方から走つてきていきなり園田仁を両手で突き倒したと供述しているけれども、一方証人園田仁は検察官の「三好照人はあなたに突きあたつてくるような態度で打ち当つて来たんですか。」との質問に対し「その間の記憶があまりはつきりございません。」(第六回公判調書中証人園田仁の供述部分三一四項)と供述し、さらに「押されて倒れたというようなことじやないですね。」との質問に対して「押されて倒れたという形じやないかと思いますが、結局押されてと言いますか、突つかかられてと言いますかどちらが正しいかははつきり判りませんが、手じやないことは間違いないです。」(前同三一五項)と供述していることおよび前記認定のとおり、非組合員一二名位とスクラムを組むなどしていた労組員ら三〇名位とがもみ合い喧噪していた中で、スクラムを組んでいた被告人三好照人の腕を園田仁が引つ張り、同被告人を引きずり出そうとしていた直後の出来事であること、並びに転倒した際の被告人三好照人の姿勢を考慮すると、被告人三好照人が園田仁を故意に突き飛ばしたとする前記検察官の主張に沿うような各証言は容易に信用できないのであつて、他に検察官の右主張を認めるに足りる証拠はない)
(二) 被告人三好照人と被告人三好一喜との共謀の点
被告人三好一喜の前記判示第一の二の犯行は、非組合員宮沢穣から腕を引張られたことに憤慨し犯したもので極めて偶発的な犯行であつて、被告人三好照人と被告人三好一喜との間に右犯行について共謀の事実を認めるに足りる証拠はない。
第三、被告人児島、同三好照人の右行為の正当性
被告人児島、同三好照人の以上認定の各行為は、多数のスト参加労組員とともに集団的な威力によつて、会社の薬品運搬業務あるいはパルプ荷降ろし業務を妨害した点で、一応刑法二三四条の構成要件に該当するが、その行為は本件争議の際に行なわれたものであり、それが労働組合法一条一項の目的を達成するためのものであつて、暴力の行使その他不当性を伴わない場合は同法一条二項本文の適用があり違法性が阻却されるものであるところ、右正当性、不当性の判断に際しては、争議行為の経緯その他諸般の事情を考慮して、実質的に違法性を判断すべきである。
一、本件争議の目的
本件争議の目的は、前記本件ストに至るまでの経緯の項で認定したとおり、労組の平和協定案の撤回および昭和三八年度春季賃上げ、夏季一時金要求等のために行なわれたものでその目的は組合員の労働条件に関するものであることは明かであり、本件争議行為の目的は正当である。
二、ワインダー室入口および同室内並びにパルプ荷降ろしホームの貨車前におけるピケツテイングの正当性
元来ストライキの本質は労働者が労働契約上使用者に対し負担する労務供給義務を履行しないことにあり、その手段、方法は労働者が団結してその持つ労働力を使用者に利用させないことにあるが、争議行為としてはこれに限られるものではなく、右ストライキ中に組合員中の争議脱落者の就労や、組合に加入しない労働者等がスト参加者に代つて就労するときは、ストライキの効果が著しく減殺されるので、これを防ぐため、スト参加者らが見張りをしてこれらの者に対して争議の趣旨を訴えて翻意を求め、ストライキへの参加協力を呼びかけ説得活動をなすこともまたストライキに付随する重要な補助的争議行為である。従つて右見張りないし説得活動すなわちピケツテイングもその限界はスト破りに対してこれを止めさせるための説得にとどまるべきだということができる。
しかし、そのことはあくまで原則であつて、ピケツテイングがいかなる意味でも実力的であつてはならないと解すべきではない。けだし、労働組合員の連帯性がそれ程強固でなく組合員に対する使用者の働きかけがしばしば組合指令よりも強い影響力のあるわが国の労働事情の下では、ストライキが行なわれた場合、使用者側は往々職員その他の者によつて操業を継続したり、スキヤツプを使つてピケ破りをしようとしたりして容易に組合側の説得などを聞き入れないのが通常であるから、ピケツテイング本来の防衛的、消極的性格は否定し難いものの、その限界を単なる平和的説得あるいは穏和的な説得以外に出ることができないとすれば、組合側は手をこまねいてストライキの失敗を待たなければならないことになるからである。
右のような意味において、ビケツテイングも、使用者の争議行為に対する態度、ピケツテイングの対象となる者その他諸般の事情によつては、積極的な暴行、脅迫に至らない限り、ある程度の強硬な説得ないしは説得に伴なつて団結による集団的示威が行なわれたとしても正当な争議行為の範囲を逸脱したものというべきではない。
(一) 被告人児島のワインダー室入口および同室内におけるピケツテイグの目的、態様
被告人児島らスト参加労組員らは、工務部長の古川春雄の指揮のもとに、業務部長の佐藤竜三、会計課長の園田仁、労務課長の竹内孝喜知、労務主任の田中徳太郎ら非組合員一二名位の代替作業に対してピケツテイングを行なつたものである。
ところで、ストライキの行なわれる場合、使用者は争議の相手方であり、ストライキも使用者から労働力を遮断することに一定の限界があるから、使用者自ら就業しようとする場合にこれを終局的に阻止することまでは許されない。しかし、職制上非組合員とされている者が使用者側の指示により就労する場合、その固有の職務を遂行する限りではピケツテイングも平和的説得の範囲にとどまるべきものであるが、スト参加者に代つて固有の職務外の業務を代替するときは、スト破りの色彩を帯びるのであつて、ピケツテイングも単なる平和的説得にとどまらず、説得に際し必要かつ適切な限度内で、団結による示威を用いることも、それが積極的な暴行、脅迫に至らない限り、許されると解すべきである。もちろんこの場合にも使用者側が行なおうとする就労を終局的に阻止することまでは許されないが、組合側の説得にもかかわらず、使用者側の就労の意思が積極的かつ明確に表明されるまでは、組合側の就労中止への説得ないし団結による示威がなされてよいと考える。
1、ワインダー室入口のピケツテイング
被告人児島ら一〇名位のスト参加労組員は、はじめワインダー室入口付近で非組合員らに対して説得していたが、同人らがこれを聞き入れず薬品運搬を続けていたため、なおも説得するため、右ワインダー室入口付近で、被告人児島は腕組みをし、他の労組員一〇名位も各人腕組みをしたりズボンに手を入れたりして、人一人がかろうじて通り抜けられる位の間隔をあけて立ち並び、白土を肩にかついで運搬している非組合員らの前に立ちはだかつて説得を続けていたものであり、その間、被告人三好一喜の前記判示第一の一の犯行を除いては、被告人児島ら労組員において非組合員らに対し積極的に体当りするなど暴行、脅迫にわたる行為をしたことはなく、非組合員らは、被告人児島ら労組員の間を押し分けて右ワインダー室へ白土を運び続け、右白土約六〇俵位を右ワインダー室へ運び込み当日の一応の目標数に達したので薬品倉庫からの白土運搬を止めたものであること、右佐藤竜三は当時業務部長であつて、右白土運搬作業を担当する部署の責任者ではあつたが、他の非組合員にとつては右白土運搬作業はいずれもその固有の業務外の作業であり、これらの者と共同して行なつたものであつて他の非組合員らと同一に目すべきものであること等の事情からすれば、被告人児島ら労組員が非組合員らの右白土運搬作業をスト破りであると考えて、その中止を説得するため、右の程度の集団的示威を用いたとしても、右行為はいまだなお説得に必要かつ適切な範囲内にあるというべきである。しかも、被告人児島ら労組員は右非組合員らの就労を終局的に阻止するものでなかつたことも明らかである。
2、ワインダー室内でのピケツテイグ
被告人児島は、他のスト参加労組員一〇名位とともに白土の積まれたリフトカーの周囲に立ち並び、右リフトカーのハンドルを握つていた佐藤竜三に対して抗議を続けていたものである。ところで右白土一俵は約三〇キログラムの重さで、これを荷台に約二〇俵位積載していたのであつて、右白土を一人の力で引つ張るのは極めて困難であるところ、(ちなみに本来右運搬を担当している作業員が運搬する場合でもハンドル操作をする者の外、後から二名位が押しているのを通例とする)右リフトカーの周囲には、古川春雄がいただけで他の非組合員らは右リフトカーの近くにおらなかつた。そうすると、右佐藤の右挙動のみをもつて、非組合員らの就労意思が積極的かつ明確に表明されたものと認めることができず、一方被告人児島ら労組員らもリフトカーの荷台に積載された白土を降ろそうとした気配はなく、非組合員らが白土の運搬作業を中止して右ワインダー室から引きあげたのは前記判示第二の被告人三好睦男の犯行があつたためであつて、これらの事情からすれば、被告人児島ら労組員において右非組合員らの就労を終局的に阻止する目的があつたとは認められず、被告人児島ら労組員は、右非組合員らに対し、いまだ説得の余地があるものとして、その必要上、右リフトカーの周囲に立ち並び右佐藤に対して説得行為に出たことも首肯しうるところである。
3、また被告人児島ら労組員の右行為も約三〇分間程度の時間であつたこと等も考え合わせると、右程度の団結による示威行為は、前記説示のとおり、正当なピケツテイングの範囲をこえておらず、従つて被告人児島の右ワインダー室入口付近およびワインダー室内における行為は正当なピケツテイングの範囲内に属するものというべきである。
(二) 被告人三好照人のパルプ荷降ろしホームにおけるピケツテイングの目的、態様
1、被告人三好照人らスト参加労組員三〇名位の右パルプ荷降ろしホームにおけるピケツテイングは、業務部長佐藤竜三の指揮する工務部長古川春雄、会計課長園田仁、労務課長竹内孝喜知、労務主任宮沢穣ら非組合員一二名位に対してなされたものである。
右パルプ荷降ろし作業は、佐藤竜三の担当する業務部に属する作業ではあるが、右佐藤を除いた他の非組合員らには固有の業務外の作業であり、右佐藤もそれらの非組合員らと共同して行なう場合は、その非組合員らと同一に目すべきであるところ、これら非組合員による右パルプ荷降ろし作業は実質的にはスト破りの色彩を有し、従つて右非組合員らに対するピケツテイングは単なる平和的説得にとどまらず、説得に際し必要かつ適切な限度において団結による示威力を用いることも許されると考えるべきであることは前述のとおりである。
よつて、被告人三好照人の行動について検討するに、本件スト当日午後一時ごろ、右パルプ荷降ろしホームに右非組合員ら一二名位が同ホームに到着していた貨車二輛からのパルプ荷降ろし作業を行なうため来た際、同ホーム付近にいたスト参加労組員三〇名位は右貨車の扉を基点にして三重位の半円形を描くようにして立ち並び、被告人三好照人は他の労組員とスクラムを組んでいた。ところが右非組合員らは数分の間、右労組員らと「そこをどけ。」「代替作業はやめろ。」と言い合つただけで、非組合員三輪保雄の「作業にかかれ。」との指令のもとに、右労組員らを強硬に排除しようとして、右スクラムを組んでいる労組員らを押したり分けたり引つ張つたりして労組員らともみ合いになり、その際、被告人三好照人も、非組合員園田仁に腕をつかまれてスクラムから外へ引きずり出そうとされた際、これに抵抗して引きずり出されまいとしてスクラムを組んだまま、身体を後へそりかえるような格好をしたりしたのである。
ところで、相手方の状況に応じ、場合によつては説得の機会を確保するため、その手段として、社会通念上相当と考えられる範囲において、相手方を物理的に一時阻止することも許されるものと解すべきであるところ、右非組合員らは右労組員らと数分間やり取りをしただけで、右のような強硬な排除行為をとつたこと等を考慮すると、被告人三好照人らの右行為は説得の機会を確保するための手段として相当な範囲を逸脱したものとは認め難い。
なお、園田仁は被告人三好照人を引つ張り出そうとした際、同被告人の肩が胸に当り転倒したものであるが、これは園田仁において被告人三好照人を引きずり出したはずみかあるいは前記非組合員らと労組員らがもみ合つていた際に被告人三好照人が後方から押されて園田仁の胸付近に被告人三好照人の肩が当つたはずみに転倒した可能性もあり、被告人三好照人が故意に園田仁の胸付近に肩を突き当てて転倒せしめたものでないことは前記認定のとおりである。
2、よつて被告人三好照人ら労組員の右行為も約三〇分程度であつたこと等も考え合わせると、右程度の団結による示威行為はいまだ正当なピケツテイングの範囲をこえておらず、従つて被告人三好照人の右貨車前における行為は正当なピケツテイングの範囲内に属するものというべきである。
三、以上検討してきたように、本件争議行為は経済目的のために行なわれたものであつて、被告人児島金、同三好照人の本件ピケツテイングはその目的、態様に照らしていずれも許容されるべき行為の限界を越えておらず、その他諸般の事情を考慮して総合判断すれば、被告人児島、同三好照人らの本件各ピケツテイングはいずれも正当な争議行為として労働組合法一条二項本文の適用を受け違法性を阻却されるべきものというべきである。
第四、結論
以上認定したとおり、被告人児島、同三好照人の各行為はいずれも刑法二三四条に該当するが、同法三五条の正当行為として違法性を阻却されるものと認められるので、刑事訴訟法三三六条前段により、被告人児島、同三好照人に対してはいずれも無罪の言渡をすることとする。
よつて主文のとおり判決する。