大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡地方裁判所 昭和42年(ワ)1190号 判決 1970年2月26日

原告 陣内淑子

右訴訟代理人弁護士 岩本幹生

被告 石橋幸太郎

右訴訟代理人弁護士 江頭鉄太郎

主文

被告は原告に対し金二五万八、九九九円とこれに対する昭和四二年五月九日から支払済までの年五分の割合による金員とを支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は一〇分しその三を被告のその余を原告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立

一、原告

「被告は原告に対し金八九万三、三三〇円とこれに対する昭和四二年五月九日から支払済までの年五分の割合による金員とを支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」旨の判決ならびに仮執行の宣言を求める。

二、被告

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」旨の判決ならびに被告が敗訴した場合保証を条件とする仮執行免脱宣言を求める。

≪以下事実省略≫

理由

一、請求の原因1、2の事実は当事者間に争いがない。

二、≪証拠省略≫をあわせれば請求の原因3ないし5の事実は全部これを認めることができ、右認定に反する証拠はない(請求原因3の事実に関連する事情は後に多少詳細に認定する。また請求原因4、5の火傷は相当に重度のものであったことは勿論であるが、特に生命危険と言う程までには至っていなかった。)。

三、≪証拠省略≫をあわせれば次のとおりの事実を認めることができる。

すなわち

1  前認定の爆発事故の発生した浴室は福岡市音羽町五六番地所在幸楽荘アパートの二階各室の居住者の入浴の用に供するため右アパートの別棟に設備された五室の浴室のうちの北端の一室で、横一・三メートル、奥行一・八メートル、天井までの高さが二・二メートル弱あり、入口は幅六〇センチメートル、高さ一七五センチの片開き式のドアで、入口を入ると浴室の右奥隅に幅六〇・五センチ、奥行六八センチ、深さ五四センチの浴槽があり、その手前に底辺の大きさ二四センチ四方のプロパンガスボイラーの本体が設置されており、ガスバーナーは右ボイラー本体の最下部に置かれるようになっており、燃料ガスは室外に設置されたプロパンガスボンベからパイプを通じてバーナーに導かれるようになっていて、右ボイラー本体は地表から約一二センチ低い床面に設置されているので、右ボイラー本体の最下部に置かれるガスバーナーも地表より約一〇センチ低い位置に置かれることになる。室内の左半分は地表より二〇センチ程度高くなった洗い場である。

2  右浴室の前面壁中央部の天井近くには縦四センチメートル幅四〇センチの孔が設置されており、浴室奥上部には幅一メートル三〇センチ、高さ七六センチメートルの窓があって引き違い式のガラス戸がはめ込まれている。右以外に室内外の空気の流通を可能とする孔としては前認定の入口ドアと、浴室北側にガス導入パイプを通ずるための小孔があるが後者はその面積からして、また前者はその性質上通常開放したまま風呂を焚くことはあり得ないから現実に利用できる換気孔としては右室前面の孔と窓のみで、右認定の引違い式ガラス戸のため窓の空気流通のための有効面積は75×65センチメートルである。

3  ボイラー本体には高さ約七〇センチの煙突式排気筒がとりつけられているが、右排気筒は直接室外とは通じていないので、燃焼によって生ずる炭酸ガスその他の不要ガスは一旦室内に発散してその後正面上部の換気孔、窓から室外に排出されることになる。

4  前認定の爆発事故発生当時使用されていたガスバーナーは中央部にある点火用パイロットコックを開いてガス流出口に点火し、その後パイロットコックの左右にある主要コックを開放してバーナーを燃焼状態にし、さらにその後パイロットコックを閉じて風呂を焚く仕組みになっているが、浴室を一応の気密状態(前記窓のすき間や入口ドアのすき間から流入出する空気まで完全に遮断はしない状態)で主要コック、パイロットコックとも全開の状態でガスを燃焼させると燃焼開始後約一〇分で炎の大きさが小さくなって途切れ勝ちになり一五分すると炎の大きさはいよいよ小さくプロパンガス臭が浴室内に強くなり、二〇分後には炎が赤味を帯びてくるが、その後この状態は燃焼開始三〇分後に至るも変わらず火は消えないで不完全な燃焼を続ける。またパイロットコックを閉じ、主要コックを七分目に開いて燃焼させると五分後には炎は小さくなって途切れ勝ちとなり、八分後にはプロパンガス臭が強くなり、一三、四分で消火し、パイロットコックを閉じ、主要コックを全開して燃焼させると約五分で炎の大きさが小さくなり、一〇分後にはまさに消えようとして辛じて燃焼を継続する状態となり、一二分二五秒では完全に消火してしまう。

5  プロパンガスはその完全燃焼のため相当多量の空気を必要とし(プロパンガス一に対し空気は二四以上ぐらい。これに対し都市ガスの完全燃焼のための空気との比率は一対七ぐらい。)その燃焼が不完全なため可燃性ガスが燃焼室内に充満してくると、特にその空気との混合百分比が二・三七%程度から九・五%程度までの場合は容易に爆発するので燃焼室内の通気構造については十分の配慮を払う必要があり、昭和三八年一二月全国プロパンガス協会発刊の家庭燃料用LPG取扱基準によれば一般家庭にあっては二六〇平方ミリメートル以上(右は阿部鑑定によるが一般通念に徴し余りにも狭いので二六〇ミリ平方の誤記とも思われる。いずれにしても本件の判断に直接の影響を与えない。)の有効面積の換気孔を二ヶ所に設ける最小限の必要があるとされており、右の二ヶ所に孔を設けるのは一に排気口的作用を他に入気孔的作用を果たさしめることにより空気の流通を良好に保持しようとする配慮に出たものであることは容易に推察できる。

6  また、都市ガスが空気より軽く、従って上方に拡散する傾向をもつのに対し、プロパンガスは空気の約一・五倍の比重を有し下方に沈滞する傾向を有するので前認定のとおりバーナーが地表より低い位置に設置されている設備は万一バーナーから生ガスが流出したとき事故発生の危険度を高からしめるもので浴室の構造としては好ましくない。

7  他方既に前認定のとおりプロパンガスの完全燃焼のためには多量の空気を必要とするが、本件事故発生浴室のような場所で相当大きな換気孔を常時開放状態のままでおくときは同孔から吹き込む風のためバーナーの火が吹き消される危険や冬季入浴者を寒気にさらす不便もあってその孔の設置場所、面積には相当の制限もあるところからプロパンガス燃料の消費者自身としても燃焼時の通気常態、ガス燃焼の状態にはいずれも相当な注意を払う必要があり、プロパンガス業界では器具製造業者が右注意事項を記載した説明書を印刷して購入者に販布、宣伝しており、またこれらに関する使用者の不注意のため時に重大事故の発生することは新聞報道等により公知の事実となっていると言え、必要最低限の通気孔がある場合でも使用者自身も換気には相当な注意を払うべきことはほぼ社会の一般常識となっている。

8  原告は前認定の事故発生当日午前一時三〇分ごろ、浴室の窓を締め切ったままでバーナーに点火し、入口ドアも勿論締めたままの状態で風呂を焚き一五、六分程度後に再び浴室に赴いて火が消えている状態に気づいたが、右の状態から室内に充満していることが当然予想される可燃性ガスを室外に排出するため窓を開ける等の措置を全くとらず消えていた火をまたつけようとしてそのまま点火したところ室内に充満していた生プロパンガスに引火爆発し前認定のとおりの火傷を負った(もっとも原告はその供述の後の部分で燃焼開始後一五、六分して常なら風呂が適温に湧く時間となったので浴室に行って火の状態など全然気づかずにバーナーのコックを閉じてガスを止め、湯加減を見たらまだぬるく室内もむっとしているので火が消えて湯が十分湧かなかったと思い、再びパイロットコックを開いて点火しようとしたら突然爆発したと説明するが、コックはバーナー本体のすぐ前にあるのでこれを開閉するとき火がついているかどうか全く気がつかないと言うことは通常はあり得ないことで、かつ湯加減を見る前に殆んど無意識にガスを止めると言うようなことも不自然であるのみならず、前摘示の請求原因3で原告が自陳しているところに徴しても右供述はにわかに信用し難い。)。

≪証拠判断省略≫

四、右認定の各事実によれば前示事故発生の浴室は奥の窓をある程度開放すれば浴室前面上部の孔と相まってプロパンガスの完全燃焼に十分な空気の流通を確保できることが明らかであるが一旦右窓を閉じるときは、前示プロパンガスボイラーに付属する煙突状排気筒の末端が室内にあって直接には室外と通じていない関係上、換気口は一個しかないこととなり、従って室内の空気の流通状態が著しく不良となり、ガスの不完全燃焼に基因する事故発生の危険を包蔵していることは否み難いところで前認定の爆発事故もそのような空気不足に原因があると推認され、右推認に反する証拠はないから(前認定の程度の狭い浴室でしかも家庭用としては一時に比較的多量のプロパンガスを燃焼させる風呂用バーナーをその内部で使用する場合は、日常的かつ頻繁に開閉する窓を閉じた場合でもなお空気流通のために最小限必要な二個の通気孔を具備する必要があると解する。)、前示浴室には土地の工作物として設置の瑕疵があったものと言うほかはない。

しかしながら原告自身としても一挙手の労で容易、確実にできる前示窓の開放を怠ってバーナーに点火しガスを燃焼させたのみならず、浴室に戻ってバーナーが自然消火したことを知り従って室内にはプロパンガスがかなり充満していて、右ガス排出の措置をとらずにそのまま再点火すれば爆発することは殆んど確実であることが明らかであるのに、室内の排気をはかる措置はなんらとらず、そのままバーナーに再点火しようとしたため前認定の爆発事故を発生せしめたもので、右事故とこれに基づく火傷につき原告自身にも著しく高度な過失があり、右建物の瑕疵と原告の過失との損害額算定上の割合は三対七と解するのが相当である。

五、≪証拠省略≫をあわせれば請求の原因8(1)、(3)の事実の全部、同8(4)、(イ)の事実中原告がその主張のとおりの傷害を負ったこと(そのため一時失神状態にあった事実は認められるが三日間昏睡状態にあったかどうか不明、また生命危篤と言う病状ではなかった。)同8、(4)(ロ)のうち原告が主張のとおり包帯をまかれ、相当の激痛を感じたこと、同8(4)(ハ)のうち顔面の瘢痕は幸にして相当軽快して薄れたが左頸部、あご、前胸部、左肩、左手、両手指、両下腿の火傷の瘢痕(但し下腿の瘢痕はストッキング着用で相当かくせる。)はにわかには薄れる希望は殆んどないこと、同8(4)(ニ)のうち原告が昭和三九年九月夫陣内勇三郎と婚姻して一女をもうけ、本件事故後一旦羅甸区を退職し、昭和四二年一二月ごろから他職場に再びホステスとして稼働するようになったが長袖の和服を着用等して手、足の火傷瘢痕をかくして働いている事実、被告が本件の事故後も前示事故浴室の構造等について余り反省検討も加えず(前認定の事実からして排気筒を室外にまで出すか、窓のガラス戸に一定の改良を加えるだけでも通気状態は相当改善されると思われるのに)建物の構造にはなんらの瑕疵がないと主張し続けている事実を認めることができる。≪証拠判断省略≫右に認定した各事実によれば原告自身の過失を無視すれば慰藉料額として金五〇万円は相当の額であると言うべきである。

なお≪証拠省略≫から直ちに請求原因8(2)の損害発生の事実を認めることはできず、他にも右損害発生の事実を認めしめる証拠はない。

以上によれば原告が自己の過失をも斟酌の上で被告に賠償を請求し得る損害額は物的損害一〇万八、九九九円、慰藉料一五万円合計二五万八、九九九円で右損害金とこれに対する不法行為の日である昭和四二年五月九日(不法行為に基づく債権は不法行為の日から直に遅滞に陥る。)から支払済までの民法所定の年五分の割合による遅延損害金との支払を被告に求める請求部分は正当であるから認容し、その余の請求は失当であるから棄却する。

よって訴訟費用の負担につき民事訴訟法九二条を適用し、仮執行の宣言は特に必要がないと認めるのでこれを付さないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判官 石川哲男)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例