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福岡地方裁判所 昭和42年(行ウ)21号

原告

松本利生

右訴訟代理人弁護士

三浦久

(ほか一八名)

被告

北九州市長 谷伍平

右訴訟代理人弁護士

松永初平

(ほか三名)

右指定代理人

有本恒夫

(ほか六名)

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が原告に対し昭和四二年五月二七日付でなした停職一月の処分を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和四二年五月当時(以下昭和四二年中については月又は月日のみで示す。)、北九州市民生局八幡南福祉事務所保護課(以下北九州市については単に「市」という場合がある。)に勤務する地方公務員で、北九州市職員労働組合(以下「市職労」又は「組合」という。)に所属し八幡職員支部収税課職場委員会委員長の役職にあったものである。

2  被告市長は、原告に対し、五月二七日付で停職一月の懲戒処分(以下「本件処分」という。)をした。右処分の理由は、処分説明書によれば「原告は、八幡区収税課勤務であったところ、四月一七日付をもって民生局八幡南福祉事務所保護課勤務を命ぜられたにもかかわらず、正当な理由なしに同課の事務に従事することを拒否し、再三にわたる職務上の命令にも応ぜず職務に従事しなかったものである。」というにある。

3  しかし、被告のなした本件処分は違法であるから、原告は、その取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1、2の事実は認める。

2  同3は争う。

三  抗弁

1  本件配転命令の必要性

三月当時、北九州市民生局八幡西福祉事務所管内の生活保護法の適用を受ける被保護世帯数は、六一一〇世帯にも達し、同市の他の福祉事務所管内のそれと比較し、著しくその数が増大していた。当局は、この事務の激増に対処し行政能率の向上と適正な事務運営を図るため、四月一日同事務所の機構改革を行なった。すなわち、八幡西福祉事務所を分割し、八幡区南部地区(木屋瀬、香月地区)をその所管地区とする民生局八幡南福祉事務所を新たに設置した。その結果、八幡西福祉事務所は三四一〇世帯、八幡南福祉事務所は二七二九世帯の被保護世帯を受け持つこととなった。

この福祉事務所の機構改革に伴い、当局は、四月一七日ケースワーカーの増員を中心とした約三五〇名の人事異動を行なった。

本件における原告に対する配転命令は、右のような事情の下で行なわれたものである。

2  原告を処分するまでの経緯

(一) 四月一三日、北九州市八幡区収税課長徳永正幸は、原告に対し、同月一七日付発令で同区収税課から市民生局八幡南福祉事務所へ配置転換する旨の人事異動の内示をした。

(二) 被告市長は、同月一七日付で原告を右収税課から八幡南福祉事務所へ配置転換する旨発令し、八幡区の第一区次長島津募が、同日及び翌日辞令を交付するため原告を次長室に呼んだが、原告は、呼出に応じなかった。

同月一九日夜、八幡南福祉事務所長梶原馨が原告宅に辞令を持参したが、原告は、受領を拒否した。

(三) 同月二〇日、島津区次長は、市職労八幡職員支部坂井執行委員に対し、原告があくまで辞令の受領を拒否すれば懲戒処分に付されることになるから、その前に辞令を受領させるよう伝えたところ、同委員が原告を説得し、同日、原告は、区長室において梶原所長から辞令の交付を受けた。その際、原告は、同所長に対し同月二八日までに赴任する旨の約束をしたが、同日になっても八幡南福祉事務所に着任しなかった。

(四) 五月六日午後零時二〇分ころ、市職労八幡職員支部森田副委員長らは、次長室において島津区次長に対し、原告が八幡南福祉事務所へ赴任するのを五月八日まで待ってほしい旨申し入れたので、同次長は、同日まで待つから同月九日以後は必らず同福祉事務所に行くようにしてほしい、若し九日以後もなお同福祉事務所へ行かないときは処分を覚悟してもらいたい旨通告した。

(五) 同月八日午後四時すぎころ、森田副委員長は、原告を伴って次長室を訪れ、原告の配置転換に関し島津区次長に激しく抗議した。

(六) 同月一〇日、市人事局職員係長は、市職労の組合書記局において市職労本部榊原執行委員及び同八幡職員支部下沢書記長に対し、「今回の原告の異動は、特段に配慮しなければならない事情がなかったので、原告には一一日から新勤務に服してもらう。そうすれば、従来のことについては事務引継として処理する。」旨伝えた。

同月一〇日午後一時三〇分ころ、原告が未だ八幡南福祉事務所に勤務していなかったので、同事務所保護課長北原末三は、原告に電話し、早く保護課に来て勤務せよ、若し来ないなら事故欠勤として処理せざるを得ない旨通告した。

同月一一日、原告は、八幡南福祉事務所に勤務しなかった。

(七) 同月一二日午後一時ころ、市職労八幡職員支部仲野委員長は、原告を伴って八幡南福祉事務所を訪れ、北原保護課長に対し、組合が原告の身柄を預っているので連れて帰るから大目にみてくれと申し入れた。同課長は、原告及び仲野委員長に対し、勤務しなければ事故欠勤として取り扱う旨申し渡し、原告に対し仕事にかかれと命じたが、原告は、返事をせず勤務に就かなかった。

(八) 同月一三日午前九時一五分ころ、原告は、八幡南福祉事務所保護課に現われ、同課三係の席付近に黙って座り全く職務に従事しなかったが、同日午前九時五〇分ころ、無断で職場を離脱しその後同事務所に帰らなかった。

(九) 同月一五日午前九時ころ、梶原八幡南福祉事務所長が原告に所属係を申し渡した。そこで、縄田主査が原告に仕事を命じようとしたところ、下沢書記長が割って入り、組合が身柄を預っているので話の結着がつくまでは原告に仕事をさせないでほしいと申し入れたので、同主査が下沢書記長と応酬中、原告は、いつの間にか無断で職場を離脱して所内からいなくなり、同日も職務に従事しなかった。

(一〇) 同月一六日午前九時四〇分ころ、市職労八幡職員支部山下副委員長ほか二名の組合役員が原告を伴って八幡南福祉事務所所長室を訪れ、同室において北原保護課長と原告の勤務問題で応酬した。その際、同課長は、原告に対し、勤務しなければ無断職場離脱で処置する旨申し渡したが、原告は、同日午前一〇時四〇分ころ無断で同所から出ていき、同日も職務に従事しなかった。

(一一) 同月一七日午前八時五〇分ころ及び同月一八日午前八時四〇分ころ、原告は、八幡南福祉事務所に出て出勤簿に押印したが、直ちに無断で同所から出ていき、両日とも職務に従事しなかった。

(一二) 同月一九日午前一一時三〇分ころ、山下副委員長やほかの組合員が原告を伴って八幡南福祉事務所へ来所し、梶原所長に対し、近い異動の時期に他課の方が原告の将来のためになるというような内申の努力を約してほしいとの申入れをしたが、同所長は、この申入れには応じられない、賃金カットをする、文書報告もすると答え、物別れとなった。同日も原告は職務に従事しなかった。

(一三) その後も、原告は、五月二七日付で本件処分に付されるまで正当な理由がないのに八幡南福祉事務所で職務に従事していない。

3  本件処分の理由

原告は、北九州市八幡区収税課勤務であったところ、四月一七日付をもって被告市長から同市民生局八幡南福祉事務所保護課勤務を命ぜられたにもかかわらず、正当な理由なくその配転命令を拒否し、その後右命令の撤回を求めて所属長らに対し不当な抗議を連日のように行ない、再三にわたる上司の就労命令を無視してこれに応ぜず、五月二七日まで同課の職務に従事しなかった。

原告の右行為は、地方公務員法(以下「地公法」という。)三〇条、三二条、三五条に違反し、同法二九条一項一号、二号の懲戒事由に該当するので、被告は、原告に対し停職一月の懲戒処分をした。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実中、北九州市において四月に福祉事務所の機構改革が行なわれ、八幡西福祉事務所が分割されて八幡南福祉事務所が設置されたこと、右機構改革に伴い四月一七日付で人事異動が行なわれたことは認めるが、その余は争う。

2  抗弁2(一)、(二)の各事実、同(三)の事実中原告が四月二〇日梶原所長から辞令の交付を受けたこと、同(六)の事実中五月一一日原告が八幡南福祉事務所に勤務しなかったことは認めるが、その余の抗弁2の事実は否認する。

3  抗弁3は争う。

五  原告の主張及び再抗弁

1  本件配転反対行動の経緯

(一) 市職労は、本件人事異動を生ぜしめた福祉事務所の機構改革を福祉行政の切り捨て、生活保護の打ち切りにあると分析し、原告の所属する八幡区役所収税課においても一月二六日職場委員会が開かれ、本件人事異動に対しては反対していくとの意思統一がなされた。

(二) そして、収税課においては、一月三一日、二月九日、同月一〇日、予想される人事異動をめぐって課長交渉をもち、徳永課長との間で、<1>転出と転入は同時に行なうこと、<2>内示以前に所属長への異動の連絡があった場合は、本人及び職場委員会に伝えること、<3>特別の事情があって特別の処理を要する場合は、職場に無用の混乱を起こさないために、職場委員会と事前に話し合うこと、以上を確認した。

(三) 四月一三日人事異動が内示されたが、「内示を撤回して職場で話し合え」との組合の指示の下、原告の職場においても職場集会が開かれ、原告に対する本件配転命令が前記確認を無視するものであることから課長交渉をもつこととなった。同日午後四時から行なわれた課長交渉において、徳永課長は人事局で一方的に決定されたもので自分は関与してないと言明した。ところが、四月一四日開かれた島津区次長との交渉で、松鳥総務課長が内示の一〇日ないし三日前に徳永課長に名簿を示して了解を得ていたことが判明した。

(四) 配転命令発令後の四月一九日午後二時四〇分から開かれた課長交渉において、徳永課長が、原告の配転を撤回するよう島津区次長と話し合いをすることとなった。同日午後三時三〇分右課長及び区次長との交渉に原告、職場委員及び支部執行委員が参加した席で、島津区次長は、「原告が分会役員であることを前もって知っていたら少し話し合いがかわっていたかも知れない。」「この点、課長が大切なことを落していたことになる。」と同課長の手落ちを認めた。

(五) 四月二〇日、島津区次長が、原告の辞令受取り拒否を原告個人の行為と誤解しているおそれがあることから、市職労八幡支部は、一応辞令は受け取るが、組合が辞令を預り、民生局長と再異動についての交渉をすることを決定した。この決定に従い、同日午後一時区長室において梶原八幡南福祉事務所長及び北原保護課長と原告、刀根職場委員及び坂井支部執行委員が交渉し、右決定を告げ、それまでの辞令受取り拒否が原告個人の意思による行動ではないことを述べて、坂井支部執行委員が辞令を受け取った。その際、赴任の時期についても話し合われ、梶原所長が三、四日後と述べたのに対し、同席していた徳永課長は事務引継については一〇日以上かかると述べ、更に刀根職場委員が組合事務の引継も考慮されるように述べて了解を得た。

(六) 四月二八日、徳永課長によって、「原告が従来から非常に重要な仕事をし、また、大変有能な職員であるので収税課に必要である。原告が職場委員長であることを事前に言わなかったことは重大なミスであった。従って、原告を早急に収税課に帰すよう御配慮戴きたい。」との原告の再異動の要請が上申書として区次長に対し提出された。

(七) 五月一一日、大岡人事局長と仲野支部執行委員長ら組合側一五名との交渉において、同局長は、「いったん出した辞令をこの際撤回、変更することはできないが、再異動ということで考えるのでまかしてくれ。」との申出をなし、組合としてもきわめて前進した回答と受け取っていたところ、同月一三日、梶原八幡南福祉事務所長を通じて「そんなことをいったおぼえはない。組合の誤解だから伝えてくれ。」と前言をひるがえす態度に出た。

五月一六日午後三時五分、組合は、大岡人事局長に対し、抗議の交渉をもったが、同局長は、再異動を約束した記憶がないと繰り返すのみであった。

(八) 五月一九日、市職労本部書記長と人事第一課長が話し合った結果、八幡区の方で再異動について意見がまとまれば、人事局はそれに従うとの回答を得た。

(九) しかしながら、もともと本件配転は後述のとおり不当労働行為を目的にしていたため、再異動をすることができないものであった。結局、再異動ではなく、本件処分をもって原告に応えたのである。

2  地公法五六条違反

(一) 原告は、本件配転命令が出された当時、市職労八幡支部財政分会委員兼収税課職場委員長の地位にあって職場に根をおろし、次のとおり熱心に組合活動を行なっていたため、所属長である徳永課長から嫌悪されていた。

(1) 主任制度問題

収税課には、正規の職階制のほかに係長と一般職員との間に「主任」という名称の職員を置いていわゆるやみ手当を支給していた。原告は、右制度をもって、労務管理の強化をめざし、非組合員を主任にすることにより組合の分断支配をなそうとするものであるとして、再三徳永課長にその廃止を要求していた。そして、原告の所属班の主任については、事実上主任制度の機能を果さない結果となっていた。

(2) 収税課共済会問題

収税課には、課独自の課員で組織された収税課共済会があり、会長は徳永課長であった。昭和四一年七月一九日と同月二二日、その総会が開かれた際、原告が一部職員の忘年会に右共済会から一部負担金が支出されていることを問題にしたところ、後日徳永課長から「課から転出してくれ。」と言われた。

(3) 梅田転勤問題

昭和四一年一一月一一日付で収税課職員梅田が、後任の補充がないまま経済局中小企業課に異動することになった。そこで、同年一一月一〇日課長交渉をもち「同月一六日に補充する。補充が延びれば課長が責任をとる。」旨の確認を交わした。しかし、右一六日に補充ができず徳永課長の責任が現実化した。

(4) 職場要求問題

昭和四一年一一月二四日、事務服、靴(外勤の場合)、帽子(同)の支給、ロッカーの設置など職場の要求をまとめて徳永課長と交渉をはじめた。

(二) このように、原告が職場委員長として活発に組合活動を行なっていたため、徳永課長は、これを嫌悪し、昭和四一年八月五日区役所食堂において、原告に対し「次期異動に間に合うので課から出てくれ。」「今のうちに希望して出た方が君のためによい。」と異動を強要し、原告がこれに応じなかったので、同年秋に特殊滞納整理班をつくり、非組合員の副島と二人で担当させ、机も他の職員から切り離して課長の真横に置くという嫌がらせを行なった。

(三) 本件人事異動は、同一職場に大学卒業者は五年以上、短大卒業者は七年以上、高校卒業者は九年以上在籍の者を対象とし、収税課で右の基準に該当する職員は、原告より古くからいる者八名、原告より後から職場に来た者六名がいた。このように、人事異動の対象となるべき者は原告のほか数多くいたのであり、現実に配置転換を受ける者が原告でなければならない合理的理由はなにもなかった。前述の事情からすれば、原告に対する本件配転命令は、常々原告の組合活動を嫌悪していた徳永課長が職場から排除する目的のため原告を配転対象者となしその結果なされたものというべきであるから、地公法五六条に違反する。

3  人事権の濫用

仮に、原告に対する本件配転命令が地公法五六条に反しないとしても、前記2(一)、(二)の事情に加えて次の事実を総合すれば、右命令は、徳永課長の個人的感情から報復的な意図でなされたものと断定でき、人事権の濫用として違法である。

(一) 徳永課長は、昭和四〇年一一月、原告に対し収税係長とともに集約出張徴収を命じた。これに対し、原告は、この集約出張徴収が従来の出張徴収と異なり極めて事務量の多い密度の高い職務内容であったため、その遂行は困難であることを説明し、反対意見を述べた。この意見の衝突は、原告が徳永課長に嫌われる一因となった。

(二) 組合と徳永課長との間において、昭和四二年二月一〇日、人事異動については職場委員会と本人に対し正規の内示前の内部的連絡段階で前もって協議すると確認されていたにもかかわらず、本件配転にあたって、徳永課長は前もって知っていながら、右の確認されたことを実行しなかった。

4  懲戒権の濫用

地方公務員の職種や職務内容は多岐にわたりその公共性の強弱もさまざまであるから、懲戒権者が懲戒権を行使するにあたっては、当該事案に即しつつ当該職員の職務内容、当該行為の動機・手段・性質、職場秩序違背の程度、実害等を総合的に判断して慎重に決すべきことが要望されているのであって、仮にも社会通念上あるいは職場の慣行上著しく権衡を失するような処分の選択がなされることのないよう要求されているというべきである。

本件についてみるに、人事異動については、発令三日前に組合に対し内示がなされるが、それは、発令までの間に、具体的に配転が不当な事例について組合側と交渉する機会をもつためであるから、原告の配転の場合、その撤回を求め、更に再異動を求める目的は、それ自体何ら不当なものではない。

しかも、右の撤回若しくは再異動を求めたのは、本件配転命令が客観的に諸般の事情を総合すれば、不当労働行為か、そうでなくとも徳永課長個人の感情に起因する疑いが極めて濃厚であったことにほかならないからである。それゆえに、原告のみならず職場・支部など組合一体となって反対の行動を展開したのである。

本件人事異動に対する拒否行動は、原告のみが行なったわけではない。しかしながら、他の拒否者は処分を受けず不問に付されている。原告は、確かに他の拒否者(四月二五日まで拒否)より拒否期間は長いが、それは、右の特殊事情が存したからである。

本件処分理由は、四月一七日から五月二七日まで配転に応じなかったことが処分理由とされている。しかし、原告の場合は、従来の業務に従事していたため五月一〇日までは事務引継の期間になっており、四月一七日を処分理由の起算点にすることは、明らかに処分の対象にしてはならないものを処分しているというべく、その限りで停職一月が余りに重いことはいうまでもない。

以上のとおり、本件処分の前提となった配転命令の不当性、原告の反対行動の経過、手段・方法、市当局側の対応の不当性及び職務において具体的な支障がなかったことなど諸般の事情を総合すれば、本件処分は余りに過酷で重きに失するといわざるを得ない。

六  原告の前記五の主張に対する認否

1  五1(一)の主張事実は不知。

2  五1(二)の主張事実は争う。

徳永課長は、「<1>については努力する。<2><3>については応じられない。」旨回答していた。

3  五1(三)の主張事実を否認する。

4  五1(四)の主張事実は争う。

島津区次長は、「原告が職場委員長であることを知らなかったが、職場委員長であっても人事異動の対象にする。職場委員を異動させないという約束はない。」と回答していた。

5  五1(五)の主張事実は不知。

6  五1(六)の主張事実は争う。

徳永課長から区長に対し原告の異動の件で要望書が出されたが、右要望書は理由がなかったので取り上げられなかった。

7  五1(七)ないし(九)の各主張事実はいずれも否認する。

8  五2(一)の主張事実は不知。

9  五2(二)の主張事実を否認する。

10  五2(三)の主張事実は争う。

11  五3の主張事実は争う。

12  五4の主張は争う。

第三証拠関係(略)

理由

一  請求原因1、2の事実は当事者間に争いがない。

二  原告に対し本件処分がなされるに至った経緯につき判断する。

抗弁1の事実中、北九州市において四月に福祉事務所の機構改革が行なわれ、八幡西福祉事務所が分割されて八幡南福祉事務所が設置されたこと、右機構改革に伴い四月一七日付で人事異動が行なわれたこと、抗弁2(一)、(二)の各事実、同(三)の事実中、原告が四月二〇日梶原所長から辞令の交付を受けたこと、同(六)の事実中、原告が五月一一日八幡南福祉事務所に勤務しなかったこと、以上の事実は当事者間に争いがないところ、(証拠略)を総合すれば、次の事実が認められ、原告本人尋問の結果中これに反する部分は措信できない。

1  北九州市民生局八幡西福祉事務所管内の生活保護法の適用を受ける被保護世帯数は、同市の他の福祉事務所管内のそれと比較して著しく増加し、三月当時六一一〇世帯にも達していた。市当局は、これに対処して行政能率の向上と適正な事務運営を図るため、四月一日同事務所の機構改革を行なった。すなわち、八幡西福祉事務所を分割し、八幡区南部地区(木屋瀬、香月地区)をその所管地区とする八幡南福祉事務所を新たに設置した。その結果、八幡西福祉事務所は三四一〇世帯、八幡南福祉事務所は二七二九世帯の被保護世帯を受け持つこととなった。

市職労は、右機構改革及びこれに伴う人事異動の目的が福祉行政の切り捨て、生活保護の打ち切りにあるとして、既にこれらが予想された段階から反対の態度をとっていた。そして、原告が所属していた八幡区役所収税課においては、一月二六日職場委員会を開き、右機構改革に伴う人事異動に対し反対するとの意思統一がなされた。

更に、収税課において市職労財政分会委員らは一月三一日、二月九日及び同月一〇日課長交渉をもち、徳永収税課長に対し、右人事異動については、<1>転出と転入を原則として同時に行なうこと、<2>所属長に対し内示前異動の内部連絡があった場合には、本人及び職場委員会に伝えること、<3>特別の事情があって特別の処理を要する場合は、職場に無用の混乱を起こさないために事前に話し合うこと、以上の点の確認を要求したが、徳永課長は、<1>については極力努力すると述べ、<2><3>についてはこれを拒否した。

2  市当局は、四月一三日、右機構改革に伴う人事異動を内示した。原告は、同日徳永収税課長から、同月一七日付発令で八幡区収税課から市民生局八幡南福祉事務所へ配置転換する旨の内示を受け、同月一七日午前九時までに八幡西福祉事務所に出頭するよう告げられた。

収税課においては、同日右内示後、市職労八幡支部執行委員会の指示の下に職場委員会が開かれ、更に、午後四時ころ、右内示は、本人らに対し全く相談がなく一方的に行なわれ、課長に対する前記要求事項の<2><3>に反するものであるとして、原告を含む組合役員らが徳永課長を取り囲み、原告が「収税課をかわりたくない。内示を取り消すようなんとかしてくれ。」と言い、他の組合役員が「内示を取り消せ。人事局に行ってこい。お前の上司は区次長だから区の方に言え。」などと言って抗議を行なった。そして、その際、徳永課長は、組合側から、今回の人事異動の内容を事前に相談を受けて知っていたのではないかと質されたのに対し、人事局で決定されたもので自分は全く知らなかった旨答えた。

同月一四日午前九時ころ、市職労は、職場代表者と分会長との緊急合同会議を開き、本件の人事異動は不当であり具体的行動として辞令の受取りを拒否するとの方針を決定した。また、同日午前一一時ころ、市職労八幡職員支部役員らは、八幡区第一区次長島津募らと交渉をもち、今回の人事異動は課長さえ知らなかったと言っており一方的な押しつけであるなどと抗議したところ、当局側は、今回の人事異動が一方的であるとは思わない、従来課長の意見は聞いても職員の意向まで確かめたことはない、今回の人事異動についても課長には話をした旨答えた。

3  四月一七日、市当局は、前記機構改革に伴うケースワーカーの増員を中心とした約三五〇名の人事異動を発令した。原告は、これにより八幡区収税課から八幡南福祉事務所へ配置転換する旨発令された。

当局は、同日辞令の交付を行なう予定であったが、福祉事務所関係の異動者については組合の反対で職場が混乱したため同日及び同月一八日とも異動者に対し辞令を交付することができず、同月一九日に至り原告を除きようやく辞令の交付を終えた。

原告は、同月一七日及び翌一八日島津区次長から辞令交付のため次長室に呼ばれたが、組合の指示に従い辞令の受取りを拒否し右呼出しには応じなかった。そして、同月一九日、原告は、市職労八幡職員支部坂井執行委員らとともに、午後二時四〇分ころから徳永課長との交渉をもち、その後午後三時三〇分ころから次長室において島津区次長を交えた席上、<1>原告は市職労の職場委員長であるのにこれを異動するのは組合組織の切りくずしである、<2>原告が担当している仕事は非常に重要な仕事である、と述べて異動の撤回を求めたが、島津区次長は、<1>原告が職場委員長であることは知らなかったが、職場委員長であっても人事異動の対象となる、<2>原告担当の仕事は重要であるが、原告でなければできないということはない、と述べてこれを拒否した。

なお、同日夜、八幡南福祉事務所長梶原馨が原告宅に辞令を持参したが、原告は、その受領を拒否した。

4  島津区次長は、四月二〇日午前九時三〇分ころ、刀根安彦(八幡区収税課員)を呼び、原告に対する辞令受領の説得を依頼したが拒否されたため、同日午後一時ころ、区長室において徳永課長、梶原南福祉事務所長らとともに原告、市職労八幡支部坂井執行委員らに対し、原告があくまでも辞令の受領を拒否すれば懲戒処分を受けることになるから、そのような事態にならない前に辞令を受領するよう伝えたところ、組合側は、原告の辞令受領拒否は原告個人の意思による行動ではなく組合の指令に基づくものであるとの趣旨及び更に引き続き原告の再異動につき民生局長と交渉を行なうことを明らかにしたうえ、原告は、梶原所長から辞令を受け取った。

その際、原告の赴任の時期について話し合われ、通常事務引継は二、三日で終わるにもかかわらず、原告については、徳永課長の原告に対する説得の期間を考慮し、徳永課長と八幡南福祉事務所北原保護課長とが話し合った結果、事務引継の期間として同月三〇日までその赴任を待つことにしたが、更に、組合側は、組合事務の引継についても考慮してもらいたい旨希望した。

5  ところで、四月一九日の当局による辞令交付後、市職労八幡支部執行委員会は、八幡東福(ママ)祉事務所関係の異動者につき辞令を一括返上することを決定し、その行動を起こしてきたが、同月二一日当局から文書で「問題のある者については近い将来変更するよう努力する。」等の回答を得たので、同月二五日同執行委員会は、戦術を変更し、基本的な闘いは今後とも継続発展させていくが本件人事異動に関しては新勤務につくことを決定し、原告を除き異動者はすべてそのころ新勤務に就いた。

しかし、原告については、原告が昭和四一年一〇月に収税課の職場委員長になって間がなく本件の人事異動は組合の切りくずしを意図したものであるということを主な理由として、後述のとおり長期間新勤務に就くことを拒否した。そして、原告が辞令を受け取った後も、同月二一日以後、殆んど連日原告の配転に関し徳永収税課長に対し収税課職場委員らの抗議、交渉が行なわれた。

6  徳永課長の再三の説得にもかかわらず原告は八幡南福祉事務所に赴任せず、五月二日は同事務所の移転のため人手を必要としていたが、徳永課長は、更に説得を続けることとして、同月四日北原保護課長の了解を得て同月八日までその赴任を待つこととした。そして、同月六日午後零時二〇分ころ市職労八幡職員支部森田副委員長らが次長室に来て、島津区次長に対し、原告が八幡南福祉事務所へ赴任するのは同月八日まで待ってほしい旨申し入れたので、区次長は、同日まで待つので同月九日以後は必らず同福祉事務所へ行ってほしい、若し九日以後もなお赴任しないときは処分を覚悟してもらいたい旨通告した。

7  なお、この間、徳永課長から島津区次長に対し、四月二六日付で「原告が従来から非常に重要な仕事をし、また大変有能な職員であるので収税課に必要である。原告が職場委員長であることを事前に言わなかったことは重大なミスであった。従って、原告を早急に収税課に帰すよう御配慮戴きたい。」との要望書が提出されたが、島津区次長は、右要望を理由がないとして、その旨区長に報告するととともに、徳永課長に右要望書は取り上げないことを伝えた。

原告は、五月八日に至るまで事務引継をすることもなく、同日午後四時すぎに森田副委員長らを伴って区次長室に現われ、島津区次長に対し、「課長の出した書類を握りつぶすとは何事か。」等と言って抗議した。これに対し、島津区次長は、「内容を検討した結果取り上げる必要なしと判断した。もうこうなった以上処分を覚悟してもらいたい。」と述べた。

8  その後の原告の就労拒否の状況等は、次のとおりである。

(一)  五月九日、原告の出勤簿が収税課から八幡南福祉事務所保護課に移されたが、原告は同事務所に出勤せず、北原保護課長が課員に命じて原告を収税課まで迎えに行かせたが、原告が収税課にもいなかったため連れて来ることはできなかった。

(二)  同月一〇日、北原課長は、原告が未だ八幡南福祉事務所に勤務していないので、午後一時三〇分ころ原告に電話をかけ、早く保護課に来て勤務せよ、若し来ないならば事故欠勤として処理せざるを得ない旨通告した。

また、同日、市人事局職員課三宅職員係長は、市職労本部榊原書記次長及び八幡職員支部下沢書記長に対し、「今回の原告の異動については、特段に配慮しなければならない事情はなかったので、原告は一一日から新勤務に服してもらう。そうすれば、従来のことについては事務引継として処理する。」と伝えた。しかし、同月一一日も原告は八幡南福祉事務所に勤務しなかった。

(三)  同月一二日午後一時ころ、市職労八幡支部仲野邦彦支部長らが原告を伴って八幡南福祉事務所を訪れ、北原保護課長に対し、「組合が原告の身柄を預っているので連れて帰るから大目にみてくれ。」と申し入れたが、北原課長は、原告及び仲野らに対し、「組合が身柄を預かる云々は我々の関知しないところである。勤務しなければ事故欠として取り扱う。」旨申し渡した。その間、原告は、傍観者然として窓際に立っており、結局勤務には就かなかった。

(四)  同月一三日午前九時一五分ころ、原告は、八幡南福祉事務所保護課に来て同課三係付近の席に黙って座り、全く仕事をしようとしなかったが、午前九時五〇分ころ無断で職場を離脱し、その後同事務所に戻らなかった。

(五)  同月一五日午前九時ころ、八幡南福祉事務所長が原告に対し所属係を申し渡した。そこで、縄田主査が原告に仕事を命じようとしたところ、市職労八幡職員支部書記長下沢哲寛が割って入り、「組合が身柄を預っているので、話の結着がつくまでは原告に仕事をさせないでほしい。」と申し入れ、縄田主査がこれに応酬中、原告は、いつの間にか職場を離脱して所内からいなくなり、同日も職務に従事しなかった。

(六)  同月一六日午前九時四〇分ころ、市職労八幡職員支部山下副委員長ら三名の組合役員が原告を伴って八幡南福祉事務所所長室を訪れ、約一時間同室において北原保護課長と原告の勤務問題につき応酬した。その際、同課長は、原告が勤務しなければ無断職場離脱として処置する旨申し渡したが、原告は、無断で同所から出ていき、同日も職務に従事しなかった。

(七)  原告は、同月一七日には午前八時五〇分ころ、同月一八日には午前八時四〇分ころ、八幡南福祉事務所に出て出勤簿に押印したが、その後無断で同所から出ていき、両日とも職務に従事しなかった。

(八)  同月一九日午前八時五三分ころ、原告が八幡職員支部下沢書記長を伴って八幡南福祉事務所に現われ、下沢が原告に代って出勤簿に押印しようとしたのに対し、梶原所長が原告に自分で押印するよう命じたことから口論となり、他の組合役員らも現われ、午後一時一五分ころまで所長室において議論がなされた。その際、組合側から「辞令の撤回はできないだろうが、例えば、区長から正式に原告の収税課への配転要請があった場合には協力するということを約束せよ。」との要請がなされたが、所長は、これを拒否し、原告の処置につき「職場離脱と考えられるところもあるようだから、これについては当然事故欠勤として扱わなければならないだろう。」と述べ、結局物別れとなった。

同日も原告は職務に従事しなかった。

(九)  以上のとおりであって、原告は、五月二七日付で本件処分を受けるまで、八幡南福祉事務所に出勤して出勤簿に押印しても執務することなく退庁し、あるいは収税課徳永課長の許へ連日組合役員らとともに赴き、辞令の撤回ないし将来の再異動を要求して抗議するなど、その間全く同事務所での職務に従事しなかった。

9  八幡南福祉事務所保護課の原告所属の係は、構成員が係長以下七名であったが、退職者一名、病欠者一名がおり更に原告が叙上のとおり勤務に就かなかったので三名の欠員が生じ(もっとも、その後退職者については臨時職員が補充されて内勤事務に従事した。)、他の四名でその事務を処理せざるを得なくなり、通常ケースワーカー一人当りの受持ち件数は八〇件であるが同係においては右のような事情から一人当り一四〇ないし一五〇件を担当し、係長も外勤事務に当った。そのため、被保護世帯に対する指導も十分に行なわれず、新規世帯の保護開始も他の係と比較してかなり遅れ、生活保護者からは担当のケースワーカーを決めてくれなければ困るといった苦情があり、「全国生活と健康を守る会」(全生連)からも抗議があった。

三  右二で認定の事実に照らせば、原告は、四月一七日付をもって北九州市八幡区収税課勤務から同市民生局八幡南福祉事務所保護課勤務を命ぜられたにもかかわらず、その配転命令を拒否し、その後右命令の撤回を求めて所属長らに対し連日のように抗議を行ない、再三にわたる上司の就労命令を無視してこれに応ぜず、五月二七日まで右保護課の職務に従事しなかったものということができる。

原告の右行為は、地公法三〇条、三二条、三五条に違反し、同法二九条一項一号、二号の懲戒事由に該当する。

四  次に、原告は、原告に対する本件配転命令が地公法五六条に違反する旨、仮にそうでないとしても、徳永課長の個人的感情から報復的な意図でなされたものであるから人事権の濫用である旨主張するので、この点につき検討する。

1  (証拠略)によれば、次の事実が認められ、これを左右するに足りる証拠はない。

(一)  昭和四〇年九月徳永課長が収税課に赴任してきたが、同年一一月原告は、徳永課長から、収税係長とともに集約出張徴収を命じられた。この集約出張徴収は、出張徴収を能率的に行なうために、各区の遠隔地における滞納分を本庁で集約したうえ、地域別に分類し各区に振り分けて出張徴収を行なうというものであったが、原告は、これが極めて事務量の多い労働密度の高い職務内容であることなど遂行上の難点を説明し反対意見を述べた。

(二)  収税課には、正規の職階制のほかに職員と係長、課長との意思疎通を図るためのいわばパイプ役として係長と一般職員との間に「主任」という名称の職員が置かれ、規定外の手当が支給されていた。原告は、右主任制度は労務管理の強化をめざすものであり、やみ手当を支給することは不当であるとして、再三徳永課長に対し主任制度の廃止を要求していた。

(三)  収税課には、課員で組織された親睦のための収税課共済会があり、会長は徳永課長であった。昭和四一年七月一九日、二二日に昭和四〇年度の決算報告と昭和四一年度の予算審議のために右共済会の総会が開かれた際、原告は、忘年会費用の一部一四二三円を共済会が支出したとの決算報告に対し、職員全体の組織である共済会が一部職員の忘年会に金員を支出したこと、しかも、右費用は予算に計上されていなかったにもかかわらず支出されたものであることを問題として疑義を述べた。なお、右支出の件は、職員の拍手多数により承認された。

その後同年八月五日、徳永課長は、原告に対し、原告が自己の所属班の主任である杉山と口を利かないこと、右共済会総会での原告の発言等を理由として収税課からの転出を勧めた。

(四)  昭和四一年一一月一一日、収税課職員梅田が後任者の補充が決まらないまま経済局中小企業課に異動することになった。そこで、職場委員会は、右補充のない点を問題とし、同年一一月一〇日課長交渉をもち、次回異動のある同月一六日に後任を補充する旨の確認を徳永課長との間で交わした。

後任の補充は同月一六日になされなかったが、同年一二月一日付でなされた。

(五)  原告は、昭和四一年一一月二二日職場委員会を開き、職場の要求をまとめて同月二四日徳永課長と交渉し、事務服、靴(外勤の場合)、帽子(同)の支給、ロッカーの設置などの要求をした。このほかにも課長交渉は週に一度ないし一〇日に一度程度の割合で開かれ、原告は、職場委員長として職員を指導した。

(六)  昭和四一年秋ころ、収税課においては、特殊滞納整理班という特別班が置かれ、原告と副島(非組合員)がこれを担当させられ、その執務のための机も従来の位置から移動して課長の真横に配置されることになった。

2  そこで、右事実を前提として被告の地公法五六条違反及び人事権の濫用の主張について判断するに、原告は、右1(一)ないし(三)で認定のとおり、集約出張徴収、主任制度、共済会の忘年会への支出につきそれぞれ反対したものであるが、これらは必らずしも原告の組合活動としての行為であるとは認めがたく(従って、地公法五六条違反の根拠とはなしがたい。)、同(四)、(五)の後任補充の要求、職場要求は、職員としての当然の要求と考えられ、このことによって徳永課長が原告の活動を嫌悪するとか、報復的感情を抱くとかは通常考えられないところである。また、原告は、同(六)のとおり特殊滞納整理班に配置されたことをもって、徳永課長による不利益取扱い又は報復的措置であると主張するが、(人証略)によれば、特殊滞納整理班の設置については法人係所属の班長の提案により徳永課長が課員の意見を聞いたうえでなされたものであり、更に、徳永課長は、係長、主任らと相談し、原告が収税事務に精通している点を考慮して原告を特殊滞納整理班に当てたことが認められるのである(原告本人尋問の結果中右認定に反する部分は措信できない。)から、原告の右主張は理由がない。

以上のとおりであるばかりか、(証拠略)によれば、本件人事異動の基準については、同一職場に五年以上在籍の大学卒業者、七年以上在籍の短大卒業者、九年以上在籍の高校卒業者をその対象とするとの客観的基準に依ったものであり、原告は、高校を卒業後約一一年間収税課に在籍し、右基準に該当していたものであると認められること、徳永課長が、本件人事異動の内容を左右しうる地位にあったとは認めがたいこと(従って、徳永課長が右異動の内容を事前に知っていたか否かにつき判断の要はない。なお、前記二1で認定のとおり、組合と徳永課長との間で本件人事異動に関し、課長は内示前連絡があればこれを組合に知らせる旨の確認があったとは認められない。)、前記二7で認定のとおり、徳永課長が、本件配転命令後、島津区次長に対し、原告を早急に収税課に帰すよう御配慮戴きたいとの要望書を提出したこと、その他の諸事情を勘案すれば、本件配転命令をもって徳永課長が原告の組合活動を嫌悪して職場から排除するためになされたもの、あるいはその個人的感情から報復的な意図をもってなされたものということはできない。

従って、被告の本件配転命令の地公法五六条違反、人事権濫用の主張は失当である。

五  原告は、本件処分が懲戒権の濫用である旨主張するので、この点につき判断する。

地方公務員につき、地公法に定められた懲戒事由がある場合に、懲戒処分を行なうかどうか、これを行なうときにいかなる処分を選ぶかは、懲戒権者の裁量に任されており、その裁量が恣意にわたることをえないものであることは当然であるが、懲戒権者が右の裁量権の行使としてした懲戒処分は、それが社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し、これを濫用したと認められる場合でない限り、その裁量権の範囲内にあるものとして、違法とならないものというべきである。

本件につきこれをみるに、原告は、本件人事異動に反対していた異動対象者が組合の指示に基づきすべて新勤務に就いた四月二五日ころ以降も、自己が職場委員長となって間がないことなどを理由として、長期間にわたり新勤務に就くことを拒否したものであるが、その理由とするところをもって本件配転命令の拒否を正当化しうるものとはいえず(原告に対する配転命令が不当労働行為又は徳永課長の報復的措置と認めがたいこと前示のとおりである。)、原告の配転拒否により配転先である八幡南福祉事務所保護課の業務及び市民生活に与えた影響も軽視することができない。

なお、原告は、本件処分の理由が原告の配転拒否の起算日を四月一七日としているが、原告については五月一〇日まで事務引継の期間とされていたのであるから、処分の対象となしえないものをその対象とし、その限りで停職一月の処分は重すぎる旨主張するが、仮に、原告の五月九日以後の配転拒否のみを処分の対象とすべきものとしても、それ以前の事情を情状として考慮できないわけではないところ、原告の配転命令の拒否が理由のないこと、五月一〇日までを事務引継の期間とする処理は、前記二4、6、8(二)で認定したところから窺われるように、配転を拒否する原告を説得し、なるべく平穏のうちに新勤務に就かせるべくやむをえずとられた措置であること、それにもかかわらず原告が五月一一日八幡南福祉事務所に赴任しなかったこと等の事情に鑑みると、その情状は決して軽いとはいえない。

以上述べたところに照らして考えると、原告に対する本件処分が社会観念上著しく妥当を欠いたものということはできず、原告の懲戒権濫用の主張は理由がない。

六  以上の次第であって、原告の本件請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 辻忠雄 裁判官 湯地紘一郎 裁判官 林田宗一)

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