大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福岡地方裁判所 昭和43年(ワ)1422号 判決 1972年3月21日

原告 帖佐利春

右訴訟代理人弁護士 久保田源一

被告 セブン食品株式会社

右代表者代表取締役 鳥越繁喜

<ほか一名>

右被告両名訴訟代理人弁護士 武井正雄

被告 渡辺重平

<ほか一名>

右被告両名訴訟代理人弁護士 木梨芳繁

主文

一、被告らは各自、原告に対し金一七六万五、九五八円およびこれに対する昭和四三年一一月一〇日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。

一、原告その余の請求を棄却する。

一、訴訟費用は被告らの連帯負担とする。

一、この判決は、原告勝訴の部分に限り原告が金二〇万円の担保を供するときは仮に執行することができる。

ただし、被告石井弘、同セブン食品株式会社はそれぞれ金三〇万円の担保を供するときは右仮執行を免れることができる。

事実

≪省略≫

理由

一、(事故の態様と責任の帰属)

(一)  原告主張請求原因第一項(一)ないし(四)の事実は、原告と被告石井、同渡辺和雄、同渡辺重平間に争いがない。被告会社は右事実について争うが、≪証拠省略≫によれば請求原因第一項(一)ないし(四)の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

(二)  そこで当事者間に争いのある本件事故態様について検討する。

(1)  ≪証拠省略≫を総合すると、被害車と石井車および渡辺車は、国道三号線を福岡市千代町方向から同市板付方向に向って右の順序で同方向に進行し、被害車は時速約三〇キロメートル、石井車はその後方約七メートルないし八メートルの地点を時速約三七ないし三八キロメートル、渡辺車は石井車の後方約五ないし六メートル後方を時速約四〇キロメートルで進行し、本件事故現場に至ったこと、事故現場の路面は当時小雨ないし雨上りのため湿潤し、スリップし易い状況にあったこと、被害車が事故現場の約二五メートルないし三〇メートル手前に差しかかった際、信号機の設備のない事故現場左手の巾五メートルの横路から大型ダンプカーが進路前方に徐行しつつ出てきたこと、そのため被害車は、右ダンプカーが同車進路上に出てくることを予想しブレーキを踏む準備をしつつ約一〇メートル進行したところ、右ダンプカーが横断を始めたので、スリップしないように気をつけ普通よりやや強くブレーキを踏み、約一二、三メートルから一五メートル進行して、右横道の手前約一〇メートルの地点で一時停止したこと、そして停車直後右ダンプカーが眼前を横切ったので自車を発進しようとしたとき、石井車に追突されて五ないし六メートル前に押し出され、そこでブレーキをかけて停止しその衝撃によって当時助手席にいた原告は後のガラスに頭を強打し、ガラスが丸く割れたほどであったこと、追突のショックは一回だけであったこと、他方石井車は、被害車が予想に反し一時停止しかけたのを約四ないし五メートル前方に発見し、あわてて急ブレーキをかけたためスリップしてそのまま被害車の後方約一メートルまで接近したとき渡辺車から追突されそのためブレーキペタルを踏みはずした疑いもあり、そのままスリップしたまま被害車に追突したこと、又、渡辺車は石井車が急停車しかけたのを発見し、急ブレーキをかけたためスリップし、そのまま石井車に追突したこと、被害車はダットサントラック、石井車はトヨエースパネルバンと呼ばれる貨物自動車、渡辺車はニッサンブルーバード乗用車であって、車の長さ、巾、高さのいずれも石井車が渡辺車にまさっていること、石井車の損傷は前部はバンバー破損のみ、後部は左右尾灯のプラスチック製覆いの破損、ボデーの一部へこみ、バンバーの破損であり、渡辺車のそれはボンネットの一部へこみであったことがそれぞれ認められ(る。)≪証拠判断省略≫即ち≪証拠省略≫と被告渡辺和雄本人尋問の結果中には、「渡辺車は石井車の後方約一二ないし一三メートルの地点を追随進行中、石井車が急ブレーキをかけたので自車も急ブレーキをかけたが、約五メートル空走し、ブレーキが効き始めるやスリップ滑走中、石井車がゴトンと何かに当って急に停止した直後、同車に追突した」という供述部分があり、もしそのとおりであるとするならば、石井車と渡辺車の速度はほぼ同じであるのに、石井車と渡辺車との車間距離は被害車と石井車のそれの一・五倍以上あるから被害車の急停止に応じて石井車と渡辺車が同時に急ブレーキをかけた場合、石井車がまず被害車に追突してから渡辺車が石井車に追突することが考えられること、又≪証拠省略≫中にも「渡辺車は、すでに停止しているように見えた石井車に追突したのであり、事故直後、渡辺車が右石井車に追突する前に石井車が被害車に追突していたという話を聞いた」という供述記載部分がある。

しかしながら、右供述部分の証明力は必ずしも十分ではない。けだし、右は結局のところ、被告石井、同セブン食品株式とは利害を異にする立場にある被告渡辺和雄、同重平の供述であるうえに何ら客観性を有する裏付けを伴なわず又右供述自体においてその内容を正しいとする論証も十分でなく(たとえば、渡辺車と石井車との車間距離が一二メートルあったというが、その判断した理由が明らかでない)更に本件事故の際被害車と渡辺車の中間にいたため事故の情況をより正確に把握しうる位置にあった被告石井の供述に較べ説得力に乏しいことなどの事情に徴するとき、被告渡辺和雄、同重平に有利な右証拠を今直ちに採用することはできない。

(2)  以上の認定の事実によれば本件事故の態様は、原告主張の如く、石井車が被害車に追突すると同時に渡辺車も石井車に追突したのではなく、渡辺車が石井車に追突し、更に石井車が被害車に追突したものであるということができる。

ところで本件において右認定の如く、渡辺車が石井車に追突し更に石井車が渡辺車に追突したため本件事故が発生したものとして被告らに事故の責任を追求することも事故の態様に関する原告の主張の趣旨からみて必ずしも弁論主義に反するとは考えられない。そしてその場合渡辺車は前記認定の如く時速約四〇キロメートルで前車である石井車に対し、わずか五ないし六メートルの車間距離しか保たないで進行したため石井車に追突し、その結果石井車をして被害車に追突させたのであるから、その点に過失が認められる。よって被告渡辺和雄は本件につき不法行為者としての責任を負わなければならない。

次に石井車は渡辺車に追突された後に被害車に追突したものであるが、この場合、もし石井車が前車との車間距離よりして本来被害車に追突することなく停止しうる筈であったのに渡辺車に追突されたために(追突前に)停止できずに被害車に追突したのであるなら、石井車に過失の認められないことは明らかである。その反対に、もともと石井車は被害車に追突しないで停止することが不可能な状況にあったということになれば、渡辺車の追突がなかったとしても石井車はもともと事故を避けることができなかったのであるから石井車に対する渡辺車の追突は本件事故につき共同の原因をなし被害車の損害を拡大する意味を持つこととなるから、石井車としてもその損害の全体につき共同不法行為者としての責任を負わなければならないことになる。よって検討するに、前記(二)(1)で認定したような石井車の速度、被害車との車間距離、路面の状況、被害車の一時停止の仕方、石井車は急ブレーキをかけたためスリップしそのまま被害車に追突したことなどを綜合すると、石井車は被害車との車間距離が極端に不足したまま追随進行していたことは明らかであり、従って渡辺車に追突されるとされないとに係りなく、石井車は被害車との追突を避けることはできなかったものと認めるのが相当である。(もっとも、被告石井本人尋問の結果中には「石井車は渡辺車に追突されなかったら被害車に追突することはなかった。というのは石井車は被害車の動きをよく見て進行しており、被害車が急ブレーキをかけると同時に、自車も急ブレーキをかけているのでその結果被害車との車間距離が一ないし二メートル程せばまっただけにすぎなかったのに、渡辺車に追突されたために被害車に追突した」旨の供述部分があるが前記(二)(1)に認定した各事実および右供述のなされた経緯に照らしにわかに信用し難い。)ということになれば、被告石井は車間距離不足のまま慢然進行したため本件事故を惹起し、かつ渡辺車の追突も加わって被害車に対する衝撃力を増加させたのであるから本件につき不法行為者としての責任を負わなければならない。

(三)  被告渡辺重平は本件事故の加害者である渡辺車につき運行供用者であることを争わないから、同被告は自賠法三条によって本件債務を支払う義務がある。

(四)(1)  次に≪証拠省略≫によれば、訴外会社は石井車を所有し、これをその営むパン製造、販売の業務に供し運行供用者の地位にあったことが認められ右認定に反する証拠はない。そうとすれば訴外会社は本件事故につき運行供用者としての損害賠償を負わなければならない。

(2)  ところで原告は、前記のように訴外会社が負担した本件損害賠償債務は訴外会社から被告会社への営業譲渡によって被告会社に承継されていると主張し、被告会社はこれを争うのでその点につき検討する。

まず、営業譲渡の概念が問題となるが、これは一定の営業目的により組織化された有機的一体としての機能的財産が全体として一個の債権契約により移転されるものであると解すべきところ、≪証拠省略≫によれば、契約の名称は「受託加工販売契約」とあるが、その内容は、被告会社が訴外会社の有するパン菓子類の製造、販売に関する一切の権利の委託を受けて被告会社の名義で製造販売をすること、訴外会社は工場を閉鎖し、同社の従業員はやめるか被告会社の従業員として採用されること、一定の資産が被告会社に引継がれることや債務に関する条項が締結されていることが認められるので、これを営業譲渡契約であるというを妨げない。

ところで営業譲渡といっても合併ではないから、必ずしも営業を構成する財産全部が譲渡されることは必要でなく、その一部を留保しても差支えなく、又、債務その他不良資産は譲渡の対象から除外されることも実際上少くないと講学上いわれているが、営業上の債務は譲受人において一切承継するものと推定するべきである。けだしそう見るのが事物自然の現象であり、取引の信義のうえからも債権者の立場を軽々しく害する結果となることを避けることができるからである。そこで本件営業譲渡についてこれを見るに、≪証拠省略≫中には、たしかに被告会社の主張するごとく訴外会社の債務は、昭和四二年一〇月一日現在の元帳に記載された分についてのみ同社の申出により被告会社が立替え払いする旨の記載ないし証言があるから、右帳簿に記載されていない本件債務については、被告会社は支払義務がないようにもみえる。しかしながら右各証拠を更に検討すると、まず右の如き証言をしている証人江下は、右営業譲渡の実体について十分知りうる立場にあったものとは認められないから右証人の証言を直ちに採用することはできず又、右営業譲渡に当って特に譲渡の対象からはずされたと認められる債務はなく、本件債務もまた、契約当事者間において話題とされ特に譲渡から除外されたとも認められない。

又、本件債務を発生させるもととなった加害車が譲渡の対象からはずされたとも認められない。しかも前掲各証拠によれば訴外会社は、右営業譲渡によってその営業を全くやめてしまい、かつ訴外会社の資産中被告会社に承継されなかったものも、不用となればすみやかに処分して被告会社に支払われることにされていること、したがって営業譲渡とはいえ合併に近い実体を有することの各事実が認められ、右認定に反する証拠はない。してみると、右譲渡契約においては一切の債務が承継されたものと認めるのが相当であって「帳簿に記載された負債」というのは単に営業譲渡当時の全債務のうち、既に金額等が確定し内容を明らかにしうるものを明記したにすぎないものとみるべきであり、本件債務の如く営業に関する債務とはいっても、不法行為によるものであるためその金額は容易に特定せず直ちに帳簿に記載しえない性質のものは、たとえ帳簿に記載されていなくても、特にこれを除外したことが明らかに認められない以上被告会社に承継されたものと認めるのが相当である。従って本件債務を訴外会社から承継した被告会社はその支払をなすべき義務がある。

二、(損害)

(一)(事故と傷害との関係)

被告らはいずれも本件事故によって原告が受けた傷害および後遺症を争うので検討する。

≪証拠省略≫によれば、原告は本件事故によって被害車助手席の後のガラスに後頭部をぶっつけ、ガラスが丸く割れるほどの衝撃を受け、脳震盪と頭部打撲症の傷害を負い、直ちに堤外科に入院し、昭和四一年一月一〇日に至って症状がある程度落ちつき、かつ加害者が治療代を支払わないので退院したが症状がすぐぶり返し、翌一月一一日から同年六月三〇日まで毎日のように通院したが完治せず、その後原告主張のように小野外科において頸部捻挫後遺症の診断を受けて昭和四三年二月一一日から同四六年一一月二二日現在まで入、通院を繰返し、その間昭和四五年二月、九大脳神経外科で診察を受けたところ、五番、六番、七番の頸椎に変形があることが判明し、治療法としては対症療法しかなく、症状は固定し、右後遺症の等級は労災法の一四級ないし自賠法施行令の一二級であること、原告が小野外科の診断を受けた時、直ちに入院すべきであったが、生活苦のため働かざるを得ずしばらく入院しないで通院し、その後も入、通院を繰返しているのであるが、もし、直ちに入院して治療に専念したらある程度の治療期間の短縮はありえたこと、以上の事実が認められ右認定に反する証拠はない。してみれば請求原因第一項(六)、(七)の各事実は優にこれを認めることができる。

(二)  (損害金額の算定)

(1)  治療費等 金一六万五、一九八円

≪証拠省略≫によれば原告主張の治療費等一六万五、一九八円を認めることができ、右認定に反する証拠はない。

(2)  休業損害 金六七万〇、七六〇円

≪証拠省略≫によれば、原告はその主張のように藤浦タイヤ更新修理工場に修理工として勤務しその主張にかかる日給、皆勤手当および賞与の損失を受けたことが認められ、右認定に反する証拠はない。

ところで被告石井は右損害のうち、昭和四一年六月末日までの休業損害に限り、本件事故と因果関係が認められるべきであると主張するが、前記認定のように本件事故による傷害はかなり頑固で永久的に後遺症が残存し、現在も治療を続けている状況にある訳であるから右全損害につき本件事故との因果関係を認めるのが相当である。

(3)  慰藉料 金八〇万円

前記認定の如き本件事故の発生事情、原告の受傷の部位、程度、入、通院の期間、後遺症状、病状についての将来の見通し、それに、≪証拠省略≫によれば、見舞金や休業補償金として五万七、〇五二円が被告石井より原告の雇主に渡されていること等を斟酌した場合、本件事故によって原告の受けた精神的損害を慰藉するためには金八〇万円をもって相当とする。

(4)  弁護士費用

以上のとおり原告は金一六三万五、九五八円の損害金の支払を被告らに求めうるところ、≪証拠省略≫によれば被告らはその任意の支払をしなかったので、原告はやむなく弁護士である原告訴訟代理人にその取立を委任し、弁護士会所定の報酬の範囲内で原告は金一三万円を手数料として支払ったことが認められ、右認定に反する証拠はない。しかして、本件事案の内容、審理の経過、認容額に照らすと、右一三万円の全額は全額本件事故との相当因果関係の範囲内にあるものと認めるのが相当である。

三、 (結論)

そうすると、原告は金一七六万五、九五八円およびこれに対する一件記録上本件訴状送達の日であること明らかな昭和四三年一一月一〇日より支払ずみまで年五分の割合による民法所定遅延損害金の支払を求めうるので原告の被告らに対する本訴請求を右限度で認容し、その余は理由なく失当として棄却することとし、訴訟費用の負担については民訴法第八九条第九二条第九三条により被告らの連帯負担とし、仮執行の宣言およびその免脱の宣言については同法第一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 木本楢雄 裁判官 綱脇和久 加島義正)

<以下省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例