福岡地方裁判所 昭和44年(ワ)117号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決理由〕責任原因
被告が本件自動車を所有し、本件事故当時これを自己のため運行の用に供していたことは当事者間に争いがない。
そこで、自動車損害賠償保障法第三条にいう「他人」とは、運行供用者又は自動車の運転者を除くその余の者をいうと解すべきであるから、原告秋芳が「他人」にあたるかどうかにつき検討する。
<証拠>を綜合すると、訴外番場三千夫は昭和一八年一月一九日生まれで昭和四〇年六月四日普通一種、同年七月二六日大型一種の各免許を福岡県公安委員会から交付を受けて以来自動車の運転に携つてきたのであるが、本件事故当日までには右免許によつて運転することができる自動車の運転の経験が通算して二年に満たなかつたので、道路交通法第八五条(昭和四二年法律第一二六号による改正前のもの)の規定によつて、同法施行令第三二条の二所定の車両総重量一一、〇〇〇キログラム以上又は最大積載量が六、五〇〇キログラム以上の大型自動車(以下「特定大型車」という。)を運転する資格がなかつたこと、同訴外人は昭和四一年七月一三日被告会社に入社したが、その日の朝礼の際、被告会社の責任者から運転手らに紹介され、同時に同訴外人が特定大型車については無資格であることも告げられたので、原告秋芳を含めた運転手らもこのことを知つていたこと、その後本件事故までの間に原告秋芳は同訴外人と六トン車に五回同乗して鹿児島や熊本あたりまで行つたほか、八トン車にも三回乗車して熊本へ行つたり、市内回りをしたことがあつたこと、本件事故前日も原告秋芳と同訴外人は一緒に八トン車である本件自動車で福岡市内を廻り、午後八時頃営業所に帰つたところ、翌日の運行予定として原告秋芳と同訴外人が山口県徳山市まで行き熊本へ貨物を運搬するよう掲示されており、徳山へは早朝午前四時に出発することが通例となつているので、原告秋芳も家に帰らず同訴外人とともに被告会社の寮に泊まつたこと、原告秋芳と同訴外人は本件事故当日午前二時頃起き、同原告が本件大型貨物自動車(積載量八、〇〇〇キログラム)を運転して午前二時半頃粕屋郡志免町御手洗の被告会社の営業所を出発したのであるが、出発前同訴外人から運転させてほしいと頼まれていたので、福岡市名島橋付近の国道三号線上に来て道路の複雑な福岡市内を出たことでもあり同訴外人と運転を交替し、途中で疲れたら交替するということで右自動車の後部のベットに行き仮眠中本件事故に遭遇したことを認めることでき、右各証拠中右認定に反する部分は採用しない。
右事実から考えると、原告秋芳は本来自己のみが運転すべき特定大型車を同車の運転については資格を有しない運転助手の右訴外人に運転を委ねたのであるから、この点に着眼すれば原告秋芳は未だ運転者たる地位を失つたものとは言えず、同原告は自賠法三条にいう「他人」には該当しないとの被告の主張にも一理があるかの如くである。
しかし、翻うて考えるに、前顕各証拠を綜合すると、被告会社では本社および営業所を通じ営業車の保有台数二百数十台中の殆んどが特定大型車であるところ、必ずしも運転手、運転助手の職責が明確でなく、特定大型車の運転についての無資格者は三名に過ぎず、彼らも特定大型車に乗ることもあれば、長距離運転の場合は資格のある運転手が二名乗車することもあつたこと、また、有資格者と無資格者が組んで乗車した場合、一人で運転業務の職責を負う有資格者と雖も、貨物の積下しには運転助手と同等にその作業を行わねばならず、交替して運転できる有資格者二名が乗車した場合に比べて、給与面の待遇でも別段差等が設けられていなかつたこと、本件の場合の如く徳山市へ行き、貨物を積んで熊本市へ運搬する場合、この間一人の運転手だけで運転するというのは殆ど限界に近い距離であつて、被告会社において同年七月二二日徳山市から大牟田市へ、同年七月三〇日徳山市から熊本市へいずれも八トン車を運行させた際には、資格のある運転手二名を乗車させていること、一般に長距離運送の場合には途中運転手が交替してこれを運行することも被告会社において了承しており、その交替地点等は運転手の裁量に任せられていたので、運転手が二名以上乗車して営業車を運転する場合に運転手としては運転距離に応じて随時運転を交替する例が多く、原告秋芳が本件事故前に訴外番場と同乗して鹿児島や熊本に行つた際も同訴外人と交替してこれを運転していたこと、被告会社では特定大型車を運転したがつていることを知つていながら、敢えて限界に近い距離の運転に同原告と番場を組み、しかも同原告に対し番場の運転を禁ずるような特別の指示、注意を与えなかつたことを認めることができる。
右諸事実を綜合すると、被告会社が本件事故当時番場が事故車を原告秋芳と交替して運転することを暗に黙認していたものと推認するに難くない。そうだとすれば、無資格の番場が本件事故車を運転していたことは、被告会社に対する関係では、資格のある運転手二名が交替して運転した場合と何ら異るところはないというべきである。而して、運転手二名が交互に運転し一方が運転している間他方がその運転の補助をすることなく、次の運転に備えて仮眠する等運転業務から全く解放されているような場合、運転に従事していない者は他の運転手の運転操作について自己の支配を及ぼし得ぬものであるから、もはや当該自動車の運転者たる地位を離脱したものといわなければならない。従つて、同原告は自動車損害賠償保障法第三条にいう「他人」に該当するというほかない。
(木本楢雄 宮田郁郎 横田勝年)