福岡地方裁判所 昭和44年(ワ)63号・昭43年(ワ)1728号 判決
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〔判決理由〕原告会社が土木建築業者であり、被告が店舗内外装工事設計施工を業とする個人営業者であること、株式会社赤間建装工業なる会社は設立登記されていないこと、原告がキャバレー「スリーセブン」の店舗建築工事を請負つていたこと、その工事途中の昭和四三年一〇月初頃被告は、訴外牛島巌から原告に紹介され、原告との間に、株式会社赤間建装工業代表取締役名義を用いて同月一一日、右工事につき、原告を注文者とし右会社を請負人とする下請負の契約を締結したこと、右下請負の契約においては、同年一一月一五日完工、請負代金五六〇万円、その支払時期(1)契約時前渡金一〇〇万円、(2)一〇月二五日一五〇万円、(3)一一月一〇日一五〇万円、(4)一一月二五日一六〇万円の約束であつたこと、右契約に基き、原告より被告に対し前渡金一〇〇万円が交付され、被告は右工事に着手したこと、被告が原告に対し同年一〇月二五日右の第二回目の代金支払分一五〇万円の支払を要求し、原告はこれを拒絶したこと、被告より原告に対し同月二八日内容証明郵便を送付して原告主張の内容の契約解除の通告をなしたこと、原告より被告に対し同年一一月二一日内容証明郵便をもつて同月二六日までに右前渡金一〇〇万円を返還するよう催告したことは当事者間に争いがない。
二、<証拠>を綜合すると、原告主張の昭和四三年一〇月一一日締結された本件請負契約においては、請負人のなすべき約定工事の内容は、基礎、鉄骨、ブロック壁等建物の基本構造工事を除き、その他の浄化槽、井戸工事、冷暖房照明等設備工事を含む三階建店舗建物内装外装工事一切であるところ、被告より原告に差入れた見積書、契約書等契約に当りこれに関連して授受された書類に表示された請負人たる契約当事者は、すべて株式会社赤間建装工業となつており、原被告間の合意は完全に契約の一方当事者たる請負人を同会社とするものであつて、被告は同会社の代表取締役として意思表示をし、相手方たる原告においても同会社との間に契約を締結するものと信じ、同会社の実在を疑わなかつたものであることが認められ、右契約自体において、被告個人をもつて契約の当事者たる請負人となす効力を生ぜしめる趣旨の合意を包含するものとは全く認め難いものであり、以上の認定を動かすに足る証拠はない。
三、前記のように株式会社赤間建装工業は会社としての成立要件である設立登記をもともと経ておらず、また設立手続中の会社であることを認め得る証拠もなく、設立に関する行為でもない本件においては、会社としての存在がないのであるから、被告は虚無の会社の代表取締役の資格を僣称して本件契約を締結したものというべき場合であり、右契約は、基本的な成立の要件たる一方当事者の存在を欠くものとして、成立しなかつたものというべきである。
かような場合においては、契約の相手方当事者たる原告は、虚無の法人の代表者資格を僣称して契約上の給付を受けた被告個人に対し、不当利得として、被告が右給付により法律上の原因なくして得た利益の返還を求めることができるものと解すべきである。
四、もつとも、かような場合でも、原告は、その選択するところに従い、無権代理人の責任に関する民法の規定を類推して、被告個人に対し契約上の本来の債務履行の責任を追求しうるものと解するのが相当であるが、本件においては、原告は本件請負契約の不成立を前提とし、該契約に従い前渡金として被告に交付した金一〇〇万円につき不当利得としてその返還を求める本訴を提起しているものである以上、被告において本件契約につき原被告間の契約関係としての効力を主張することは、もとより許されないところである。
五、従つて、被告に対し、右不当利得金一〇〇万円の返還及び右金額に対する前記支払催告期限の翌日たる昭和四三年一一月二七日以降完済に至るまでの商事法定利率による遅延損害金の支払を求める原告の本訴請求部分は理由がある。
六、次に、原告は、本件請負契約による請負人のなすべき工事の遅延及び放棄の結果原告が被つた損害の賠償を求めるので、判断する。
<証拠>を綜合すれば、本件請負に係る建物は訴外鎌田ヨシノがキャバレー等営業用の店舗として使用するため昭和四三年八月初頃原告にその建設を注文したもので、鎌田と原告との間の請負契約においては同年一一月二〇日をもつて完成引渡の日と約束され、被告も右期限を了知していたものであるが、同年一〇月二五日当時までに被告の施行済みの工事内容は、足場組みの一部、浄化槽の設置、屋上コンクリート荒打ち、二階の一部床張り程度であり、被告の再下請工事人等に対する工費支払の滞りもあつて、工事が進捗せず、工程に著しい遅延を来し、施主鎌田からも工事の進行を督促される状態にあり、工事高においても前渡金額にとうてい見合うものではなかつたこと、そのため、原告は同日被告より請求された約定第二回目の工事代金の支払を拒絶したものであり、右同日の話し合いの結果、被告の求めに応じ、それ以後原告より応援の作業員を工事現場に派遣することとなつたが、その後被告は、さしたる仕事もしないうちに、同年一〇月二八日前記契約解除通告の書面を原告に送付するとともに工事施行を放棄したこと、結局原告は施主との約定完成期限を一カ月以上遅れて同年一二月二六日頃本件店舗建物の建設工事を完成したものであるが、そのため施主からの要求により、完成遅延の損害賠償に代える趣旨も含めて主として設備工事の内容につき当初の予定費用額を超える追加出捐をしたこと、以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
右事実によれば、原告は被告の工事遅延により損害を被つたものと認めることができる。
七、ところで、原告は、本件契約の不成立を前提とし不当利得返還の請求をなし、前記のとおり右請求は認容せらるべきものであるから、同時に民法一一七条の規定の類推適用により債務不履行による損害賠償として、前記損害の賠償を請求することはできない筋合であるが、別途に被告の行為につき不法行為が成立するときには、原告はこれにより右損害の賠償を請求し得るものというべきである。
被告自身個人営業者であるにしても建築業者であり、また本件契約による工事の実行に着手し、その一部を施行しているものである以上、他に証拠のない本件においては、被告の該工事の遅延及び放棄が前記会社の不存在の直接の結果とは認め難いから、原告の前記損害は不成立の本件契約の締結自体から直接に生じた損害とはいい得ないけれども、被告は虚無の会社の代表者資格を僣称して原告をして本来不成立の本件契約を締結せしめ、かつ無権代理人に類する立場にある者としてみずから契約上の債務履行をなすべき責任をも果さなかつた結果、契約の成立を信じていた原告に損害を被らしめたのであるから、右は一体として不法行為を構成するものと認めるのが相当であり、被告は原告の右損害を賠償すべき義務があるものというべきである。
八、しかしながら、本件契約が締結された同年一〇月一一日より被告の工事放棄との間の期間の前記経過関係より見て、原告の工事完成の遅延の原因のすべてが被告の右不法行為に因るものとは直ちに断定し難いところであるのみならず、<証拠>によれば、原告と施主鎌田との間において、原告のなすべき設備等工事内容につき見解に相違があつて若干の紛議もあり、工事完成の遅延及び原告の前記予定外の出捐もこれに関連するものがあることが認められるし、右出捐の金額従つて損害額についても、漠然としていて直ちに採用し難い原告代表者尋問の結果部分を措いては、これを確認するに足りる証拠はない。
よつて、工事完成遅延による損害の賠償を求める原告の請求部分は理由がない。(渡辺惺)