福岡地方裁判所 昭和45年(ワ)1696号 判決 1973年10月31日
原告
音藤英世
ほか二名
被告
日本道路公団
主文
原告らの各請求を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は原告音藤英世に対し、金三〇〇万円及びこれに対する昭和四五年一月二九日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え
2 被告は原告村田四郎、同村田はつゑに対し、各金四六三万一、九〇〇円及び各内金四三三万一、九〇〇円に対する昭和四五年一月二日から各支払済まで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告の負担とする。
4 仮執行の宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨並びに原告勝訴の場合における担保を条件とする仮執行の免脱宣言
第二当事者の主張
一 原告らの請求原因
1 (事故の発生)
原告音藤英世は昭和四五年一月一日午前六時三〇分頃、普通貨物自動車を運転し別府市より熊本市に通ずる九州横断道路通称やまなみハイウエー(有料道路)の熊本県阿蘇郡一の宮町大字手野第二ヘヤーピンの道路上を時速約二〇キロメートルで進行中、同所の路面が約五〇メートルにわたつて凍結していたためスリツプし運転の自由を失い、同所前方に停車してタイヤに滑り止めのチエーンを取り付ける作業をしていた訴外村田正美(当二二年)に衝突し、そのため同人は内臓破裂によつて死亡した。
2 (責任)
本件事故について被告は次のとおり右事故によつて生じた損害賠償の責任がある。
(一) 本件事故は前記のとおり路面の凍結によつて自動車の正常な運行が不可能な状態となつたこと及び路面凍結についての警戒標識等の設置がなされていなかつたことにより発生したものであつて、これは土地の工作物の設置又は保存に瑕疵があつた場合に該当するところ、被告は右道路を所有し、その維持管理に当つているものであるから、その占有者又は所有者として、民法七一七条一項により本件事故によつて生じた損害を賠償すべき義務がある。
(二) 仮にそうでないとしても被告には右の如くたやすく凍結状態が形成される個所には事前に自動車運転者をして警戒せしめるため、その旨の標識を立てるは勿論、パトロールを十分にして凍結状態をできるだけ早く察知して自動車運転者に対して警告を与え、又は通行を禁止する等して事故の発生を未然に防止すべき道路管理者としての注意義務があるのに、これを怠つたため本件事故が発生したものであるから、民法七〇九条により損害賠償の義務がある。
3 (損害)
(一) 原告村田四郎、同はつゑの損害及び損害の填補
(1) 逸失利益の相続分 各金五九三万一、九〇〇円(計金一、一八六万三、八〇〇円)
訴外亡村田正美は昭和二二年二月一二日生れで当時二二才の男子で石工職に従事し、月収九万円を下らない所得があつた。従つて稼働可能能数は六三才までの四一年間生活費を所得の二分の一としてホフマン式計算によつて年五分の割合による中間利息を控除すると、その逸失損害は金一、一八六万三、八〇〇円となる。
90,000×1/2(生活費)×12(ケ月)×21.97=11,863,800(円)
ところで、原告村田四郎は右正美の父、原告村田はつゑは母であるから、右逸失利益の各二分の一である金五九三万一、九〇〇円宛の損害賠償請求権を相続により取得したこととなる。
(2) 慰藉料 各金二〇〇万円(計金四〇〇万円)
同原告らは長男である正美を不慮の事故で失ない、その精神的苦痛は多大であり、その慰藉料としては各金二〇〇万円が相当である。
(3) 弁護士費用 各金三〇万円(計金六〇万円)
同原告らは本訴の提起及び訴訟の追行について勝訴額の一割に相当する金員を同原告らの訴訟代理人に対し手数料及び報酬金として支払う旨約したので、そのうち各金三〇万円の損害につき賠償を求める。
(4) 損害填補
弁護士費用を除いた前記の損害について、原告音藤英世が運転していた自動車に付せられていた強制保険から金一五〇万円宛(計金三〇〇万円)の給付を受けた外、原告音藤英世から昭和四五年一月八日金一五〇万円宛(計金三〇〇万円)の支払を受けた。
(二) 原告音藤英世の損害 金三四六万二、〇〇〇円
以上のとおり本件事故による損害については、全て被告が賠償すべき義務を負つているが、原告音藤英世は本件事故発生関与者として被告が支払うべき損害賠償金の代払として昭和四五年一月二八日までの間に、訴外亡村田正美の相続人である父の原告村田四郎及び母の原告村田はつゑに対し次のとおり合計金三四六万二、〇〇〇円の支払を余儀なくさせられた。
(1) 逸失利益及び慰藉料として、金三、〇〇〇万円
(2) 遺体運送費として、金一五万二、〇〇〇円
(3) 葬儀等費用として、金三一万円
4 よつて被告に対し原告村田四郎、同村田はつゑは各金四六三万一、九〇〇円及び内金四三三万一、九〇〇円に対する本件事故の翌日である昭和四五年一月二日から支払済まで民法所定年五分の割合による損害金の、原告音藤英世は損害金の立替払金三四六万二、〇〇〇円のうち金三〇〇万円及びこれに対する右立替払の後である昭和四五年一月二九日から支払済まで民法所定の年五分の割合による損害金の各支払を求める。
二 請求原因に対する被告の認否
(一) 請求原因1の事実のうち原告ら主張の日時、場所において原告音藤が普通貨物自動車を運転して進行していたところ、タイヤがスリツプしたため、停車中の車両の傍でタイヤにチエーンの取り付け作業をしていた訴外亡村田正美と衝突し、同訴外人が内臓破裂により死亡したことは認めるが、その余の事実は否認する。
(二) 請求原因2の事実のうち、九州横断道路が被告の所有であつて被告がその維持管理に当つていることは認めるが、その余の事実は否認する。九州横断道路「やまなみハイウエー」は通称であり、正式名称は県道別府一の宮線である。
(三) 請求原因3の事実は全て知らない。
三 被告の主張
1 本件事故現場には、本件事故当時、瀬之本方面から一の宮方面に向つて左側に、つぎのとおりの標識、警告板等が設置されていたから被告の道路の設置、管理に瑕疵はなかつた。すなわち
(1) 事故現場より約五一八メートル手前及び約三七四メートル手前にそれぞれ最高速度時速四〇キロメートルの規制標識
(2) 事故現場より約一七〇メートル手前に、「これより一〇〇メートル先路面凍結あり徐行運転願います日本道路公団」と記載した、縦一〇〇センチメートル、横六〇センチメートルの警告板(右記載中「路面凍結」「徐行」は赤字)
(3) 事故現場より約一七〇メートル手前に徐行の規制標識
(4) 事故現場より約一四四メートル手前に警笛鳴らせの規制標識
(5) 事故現場より約一二八メートル手前に「すべりやすい」の警戒標識
(6) 事故現場より約八五メートル手前の曲り角にカーブミラー
がそれぞれ設置されていたのである。
しかも右の標識等は事故現場附近のカーブ、八パーセントの勾配、冬期に路面が凍結することがあること等を慎重に考慮した上、運転者の見やすい場所に設置されたものであるから右の標識等に従う限り、路面が本件事故当日程度に凍結していても、運転者自身の過失による場合の外は事故が起ることはあり得ないのである。
2 本件事故は専ら原告音藤英世の自動車運転上の過失にのみ起因するものであり、本件道路の設置、管理の瑕疵とは因果関係がない。
すなわち山岳地帯における道路は、気象条件が急激に変化し易いため、冬期には急に路面が凍結することがありうるところ、凍結した路面では自動車の制動距離が著しく伸び、急ハンドル、急ブレーキは絶対に避け、エンジンブレーキを用いるべきことは安全運転の常識である。
ところが本件事故を発生させた原告音藤英世は、真冬の午前六時半頃標高七〇〇メートル前後の山岳地帯の本件道路を進行していたのであるが、事故現場に差し掛かる前にも路面凍結個所を何ケ所か通過しているばかりか、右現場に差し掛かゝる前、前記の標識等により路面が凍結して滑りやすく、徐行すべきことを知りつつ、もしくはこれを過失によつて見落して、右標識等に従わず、速度を毎時三五キロメートル位に落したのみでヘヤーピンカーブを曲り、前方路面の凍結に気付き、自車のタイヤにチエーンを取り付ける為、漫然と、村田正美がタイヤチエーンを取り付けている車の後に停車をはかり本件事故を発生させたのである。
しかしながら、原告音藤が運転する車と被害者の車との距離、加害者のスピード、路面の凍結状態、道路の勾配からすれば、被害車の車の手前に停車することは明らかに不可能であつたのに原告音藤は判断を誤り、前記の安全運転の常識に従わず、十分なエンジンブレーキを用いることなく急ブレーキをかけ、ハンドルをあわてて左右に切つたためスリツプして制御不能となり、被害者村田正美に衝突し、死亡せしめたのである。
しかもその際原告音藤英世は、前夜からの睡眠不足と疲労のため、高度の運転上の注意力を要求される山岳地帯での道路の運転には不適当な状態にあり、右過失を犯すに至つたものと考えられる。
四 被告の主張に対する原告らの認否
被告の主張は全て否認する。
かりに、被告主張のような道路標識等が設置されているとしても、その全部又は一部は本件事故発生の後、被告がその必要を痛感して設置したものである。かりにそうでないとしても、有料道路の維持管理者の注意義務を十分果したとは言えない。
第三証拠〔略〕
理由
一 原告音藤英世が昭和四五年一月一日午前六時三〇分頃普通貨物自動車(福岡四る九二二四号)を運転し通称九州横断道路やまなみハイウエー(県道別府一の宮線)を別府から一の宮方面に向けて進行し、熊本県阿蘇郡一の宮町大字手野第二ヘヤーピンカーブにさしかゝつたが、右ヘヤーピンカーブを曲つたところでその運転する車両がスリツプしたため、自車を停車車両の傍でタイヤにチエーンの取り付け作業をしていた訴外村田正美に衝突させ、これによつて同訴外人を内臓破裂により死亡せしめたことは当事者間に争いがない。
〔証拠略〕によると、事故現場はセンターラインとサイドラインが標示された幅員六・七米のアスフアルト舗装の前記道路が、阿蘇山岳地帯の山腹を縫つて標高六八〇米の地点を一の宮方面に向け約五、六%の下り勾配で、いわゆるヘヤーピン状をなして三六〇度右旋回し終つた場所で、更に前方一〇〇米には同様の左旋回のヘヤーピンカーブが連なり、道路右手は断崖状の岩肌が壁面をなしその左手は自動車の転落防止用ガードロープが設置された路肩から、急斜面をなして山裾に連なつているところである。そして、事故当時、本件事故発生現場には、前後五、六〇米にわたり路面が凍結していた。
原告音藤(当時一九才)は正月休みを利用し、別府、阿蘇、天草五橋を見物し、当日夕刻迄には自宅に帰り着く計画のもとに、タイヤチエーンを自己所有の自動車に積込み、弟のほかに勤め先の女性ら三名を誘い、昭和四五年元日午前零時半頃、原告音藤の運転で、福岡県宗像郡の自宅を出発し、小倉から別府に通ずる国道一〇号線に出、宇佐八幡宮に参拝したのち阿蘇一の宮方面に向けてやまなみハイウエーを進行し、途中、路面の凍結個所を通過したがスリツプするようなこともなく通過し、事故現場手前のヘヤーピンカーブに差しかゝつたので、時速五五粁の速度を約三五粁に落して右カーブを曲り切つた。そして右カーブを曲り切つた地点に、自動車が二台道路脇に寄つて停車し、その乗員らが道路状況を見分しているのに気がついたが、別段気にとめることなく、そのまゝ道路中央寄りを通過したものの、更に前方左側道路にも一台の車が停車していたので、軽くブレーキを踏んだが、車体後方が右に振れたのを感じ、路面が凍結しているために、左前方の停車車両が滑り止めのチエーンを取り付けているものと気付き、自己車にも即刻チエーンを取付けようと考え右車両の後方に停車すべく、同車に左斜前方一三米まで近接したところで、やゝハンドルを左に切つて急ブレーキを踏んだところ、ブレーキが全然きかず、スリツプするので、更にハンドルを右に切ろうとしたが、右手前方にも対向車両が一台停車していたため、精一杯ブレーキを踏み込むだけで他になすすべも知らず、自己車を滑走させ、前記左側に停車しその車両の後方でチエーンの取付け作業をしていた訴外村田正美(原告村田四郎、同はつゑの長男)に前記車両の後方ボデーと自己車の前部とで挾むようにして衝突し、同人をして事故現場から病院へ運ぶ途中、前記傷害により死亡させるに至つたものであることが認められる。以上の認定事実を覆すに足る証拠は存しない。
二 原告らは、本件事故は路面が凍結していたため発生した事故であり、土地の工作物たる右道路の設置保存に瑕疵があつたから被告はその所有者ないし占有者として、本件事故による原告らの損害を賠償する責任があると主張する。
土地の工作物たる本件道路が被告の所有管理するものであることは当事者間に争いがなく、本件事故は原告音藤の運転上の過失はともかくとして、路面の凍結が本件事故発生の一要因をなしていることは前叙認定の事実から認めうるところであるから、路面が凍結していたことにつき被告に右道路の設置保存上の瑕疵があるや否やにつき検討する。
ところで、土地の工作物たる道路の瑕疵とは当該道路が通常備えるべき安全性を欠如していることを言うのであるところ、その安全性は運転者の運転方法や態度と無関係に絶対的安全をいうのでないことは言うまでもなく、その安全性は当該道路を進行する運転者が当然認識しうる時間的、場所的、気象的諸条件のほか、道路規制標識、警告板等の存在により運転手に当然期待しうる運転上の措置を考慮し、個別具体的に判断すべく、たとえ有料道路だからといつて路面が凍結していたということだけで、直ちに道路の通常有すべき安全性を欠いたものというを得ない理である。
〔証拠略〕によると、
(1) 本件道路は大分県別府市から熊本県阿蘇郡一の宮に至る総延長約五二粁、標高が約六〇〇米から一、三〇〇米に及ぶ山岳道路で、被告日本道路公団別府阿蘇道路管理事務所が管理し、一二月から三月迄の冬期は午前七時から午後九時迄を営業時間として通行料金を徴収し、右営業時間外は無料で一般公衆の通行の用に供しているものであり、一般的に言つて、道路整備が行届いた快適な通行を期待しうる道路であるが、本件事故は右営業時間外に発生した事故であつた。
(2) しかし一方では、本件道路は被告が設置管理する九州の他の山岳道路に比較し、最も険しく、とりわけ冬期には気温の急激な低下により、局地的に凍結を来し易く、なかでも本件事故発生現場ほか三ケ所は路面凍結が起り易く、そのことは被告が事前に知るところであつたし、本件事故当夜も平時と比較し気温がひくかつた訳ではないが、本件事故現場のほかにも同時刻頃別府寄りに二ケ所位路面が凍結し原告音藤は右個所を通過して現場に至つている。
(3) しかして、本件事故現場の路面凍結の原因は判然としないが、気象的地理的要因によるものと推認され、多分に右側が崖状をなして日当りが悪いため、他の場所より道路面の温度の低下を来し易いことによると思料されるが、本件事故前日から事故当夜にかけては、むしろ天気が良好であつたため、朝方の冷え込みにより霜が路面に結氷し路面の凍結を来したものと推認される。
(4) このような冬期において、路面の凍結を来し易い事故現場に対する被告管理事務所の安全対策措置としては、先ず夏期、冬期を問わず、常時設置されている徐行規制標識、警笛鳴らせの規制標識、「すべりやすい」の警戒標識、カーブミラーのほか、特に上下線とも本件事故現場手前一七〇米の道路脇で、運転者の目につき易い地点に、「これより一〇〇メートル先路面凍結あり徐行運転願います。日本道路公団」と記載した縦一〇〇糎、横六〇糎の警告板(「路面凍結」「徐行」は赤字で螢光塗料)を設置し、これと同様の警告板は路面の凍結を来し易い他の三ケ所にも各上下線に一枚宛、昭和四四年一一月二六日以降冬期間だけ固定方式で常時設置していたほか、営業時間中における午前午後二回の定期的な道路巡視を含め一日四回を下らない道路パトロールと、他に委嘱した連絡員からの通報等により、路面の凍結を知り得た場合、速刻、現場に溶解剤を散布するなどの措置を講じていたが、事故前日午後六時の最終の巡視の際は、天候も良好でむしろ気温も平時より高く、路面の凍結などは全く見当らなかつたので、前記の警告板以外には事故現場の路面凍結について、特段の措置は何等なしていなかつた。
(5) 他方、このような積雪や路面凍結の予想される山岳道路を、冷込みの厳しい朝方に、長距離運転で現場にさしかゝつた原告音藤は、本件道路の積雪ないし路面凍結等に備え、チエーンを積込んで出発したものの、長距離深夜ドライブで疲労し、身体の状況も通常とは異ることを意識する程度に至つていたのに、運転を続けたばかりか(前掲甲第六号証の四)本件事故現場迄少くとも二ケ所の路面凍結の個所を通過し、合計四ケ所で前記の警告板を見る機会があつたのに、この警告板の記載を無視したか或は見落し、五五粁の速度を三五粁に落しただけで下り勾配のヘヤーピンカーブの難所を徐行することなく進行し、しかも路面が現に凍結し滑走し易いことに気付きながら下り勾配の約一三米前方に迫つた停車車両後方に急停車すべく急制動をなしたもので、その運転上の過失は重大である。
(6) 〔証拠略〕によると、当日は元日で本件道路はかなりの通行量があつたことが窺えるところ、事故現場には本件事故と同時刻頃、路肩に落ち崖に衝突した他の事故があつたことが認められるが、その事故車の運転者が果して路面凍結、徐行運転の前記警告に従つた運転方法をとつていたものであるか否かは全く不明であり、他の多数の車両は無事同所を通過したものと窺える。
以上の事実を認めることができる。
〔証拠略〕中には、前記認定の道路規制標識、警告板等の全部ないし一部、ことに「これより一〇〇米先路面凍結あり徐行運転願います。」の警告板は本件事故後被告が設置をしたものであるかのような供述があり、又右証人は本件事故と同時刻頃、事故現場附近で人身事故ないし物損事故が相次いだ旨の伝聞供述をなしているがいずれも前記認定の証拠と対比し措信できない。他に以上の認定事実を覆すに足る証拠はない。
以上のように本件事故現場の凍結は、路面の凍結自身を防ぐことの極めて困難な地理的気象的要因によるものであるから、その凍結の規模程度の大小に応じて適切な道路通行規制ないし警告板等の設置により運転者に速度、方法につき警告を与える措置をとれば、本件道路の通常の安全性を備えたものとみうべきところ、本件事故当時における本件道路の凍結個所は本件事故現場のほか他に二個所程度のもので、その凍結の程度も朝方の冷え込みにより一時的に霜が路面に凍結した小規模であつたのみならず、現に多数の車両は無事本件事故現場を通過した事実に徴すると、冬期の早朝、山岳道路を通行する運転者に通常期待しうる運転上の心掛けによつて、被告が設置した前記警告板に従い路面凍結に備えた徐行運転をなしてもなお、その運転する自動車が本件事故現場を通過するには路面凍結によりその制御が困難であつたと認めるに足る証拠はないから、被告が事前に全面的に本件道路の閉鎖措置をとらなかつたことは勿論、単に前記認定の警告板の設置以上に、より強力な通行規制すなわちスノータイヤないしチエーン装備の車両以外の車両の通行規制をしなかつたことをもつて、直ちに被告に本件道路管理上の瑕疵があつたというを得ず、前記認定の規制標識及び警告板の設置により、本件道路は通常備えるべき安全性を満すだけの管理がなされていたものというべきである。
なお、本件道路は有料道路ではあるが、本件事故は無料通行時間帯に発生した事故であるから、通常備えるべき当該道路の安全性を具備すれば本件道路の管理上の瑕疵はなかつたものというべく、有料営業時間中であることによる高度の安全性の要否は考慮する必要はないものといえる。
そうすると、本件事故は専ら原告音藤の前叙認定のような運転上の過失に起因する事故というべきで、被告に本件道路の瑕疵を事由とする損害賠償責任は認められない。
三 次に原告らは、被告に道路管理者としての注意義務を欠いた過失があるから、不法行為者としての責任を免れない旨主張するが、前記二において判断したとおり、本件道路には管理上の瑕疵は認め難く、被告に道路管理者として注意義務を欠いた点はなく、本件事故は専ら原告音藤の重大な過失に起因するものであるから原告らの右主張も亦理由がない。
四 そうだとすると、原告らの損害額の主張について判断するまでもなく、原告らの主張は失当で理由がないから、いずれも棄却することとし、訴訟費用につき民事訴訟法第八九条、第九三条を適用し主文のとおり判決する。
(裁判官 松島茂敏)