福岡地方裁判所 昭和45年(ワ)427号 判決 1973年6月14日
原告
安武清三郎
被告
福岡県
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
原告は「被告は原告に対し金二八四万三、三〇〇円及びこれに対する内金二五四万三、三〇〇円に対しては昭和四二年一一月一八日から、金三〇万四、〇〇〇円に対しては昭和四五年四月四日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする」との判決並びに仮執行の宣言を求めた。
被告は「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする」との判決並びに担保を条件とする仮執行免脱の宣言を求めた。
第二請求原因
一 事故の発生
原告は昭和四二年一一月一八日午後一〇時過頃原動機付自転車(福岡三二一六六号)を運転し、福岡市野間方面から同市井尻方面への福岡県道路を進行中、同市東大橋五九二番地先路上にさしかかつた際、くぼみの段落にハンドルをとられて約四メートル先の道路左端に転倒した。右道路は舗装されているのであるが、工事のためくぼみができており、その部分にそのことの認識できる標識等は何もなされていなかつた。そして原告は転倒により脳挫傷、頭部打撲傷、頭蓋骨々折、左鎖骨々折、顔面部擦過創の傷害を受けた。
二 被告の責任
右事故は右のように容易にハンドルをとられて転倒する可能性のある不完全な舗装のため発生したものであつて、右道路の設置又は管理に瑕疵があつたものといわなければならない。そして右道路は被告の設置及び管理にかかるものであるから、被告は国家賠償法二条に基き、右事故により原告が蒙つた損害を賠償する責任がある。
三 損害
(一) 原告は右傷害を受けて直ちに上田外科医院に入院したが、意識昏睡状態で瞳孔は対光反応なく症状重篤であつた。そして症状は次第に悪化し、昭和四二年一一月二一日からは四肢の痙攣が頻繁になつてきたので、同月二三日九州中央病院に転院し、亜急性硬膜下血腫(右頭頂、側頭部)及び脳挫傷の症状で翌二四日右前頭、側頭の開頭によつて血腫除去術を受け、ようやく意識および半身麻痺も改善され、その治療は昭和四四年七月一八日まで続いた。
(二) 入院治療費 金一六万四、三〇〇円
右の入院治療費として同額を支出した。
(三) 休業損害 金七八万円
原告は右事故当時消防器具の販売を業としていたが、右入院治療のため事故日の昭和四二年一一月一八日から同四四年七月一八日まで稼働することができず、その間に得べかりし同額の収益を喪失した。
(四) 諸雑費 金五万円
原告は右事故により傷害を受けたことに関し雑費として同額を支出した。
(五) 慰藉料 金一五〇万円
右傷害の部位・程度その他諸般の事情から考慮して原告の精神的苦痛を慰藉すべき額は同額が相当である。
(六) 物的損害 金四万九、〇〇〇円
原告所有の原動機付自転車は修理不能の程度に破損し、その価格が同額である。
(七) 弁護士費用 金三〇万四、〇〇〇円
原告は本件訴訟を弁護士岩本幹生に委任し、その着手金、報酬として同額の支払を約した。
四 そこで、原告は被告に対し以上合計金二八四万七、三〇〇円及びこれに対する内金二五四万三、三〇〇円(弁護士費用以外の損害金)に対しては昭和四二年一一月一八日から、金三〇万四、〇〇〇円(弁護士費用)に対しては本訴状が被告に送達された日の翌日である昭和四五年四月四日から完済まで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
第三被告の答弁
一 原告主張の一の事実中、原告がその主張の日時に主張の場所で転倒したことを認め、原告が右転倒によりその主張の傷害を受けたことは不知、その余は争う。
二 同二の事実中、本件道路の管理権者が被告であることを認め、その余は争う。
三 同三の事実中、原告が上田外科医院に入院したことは認めるが、その余は知らない。
四 被告の主張
(一) 本件事故は、道路に瑕疵があつて惹起されたものではなく、むしろ原告の運転中の過失に起因するものであつて、その理由は別紙記載のとおりである。
(二) 仮に被告に責任があるとしても、本件事故は右のとおり原告の重大な過失に基くものであるから、損害額算定に右過失も斟酌さるべきである。
第四過失相殺の抗弁に対する原告の認否
本件事故につき原告に過失があつたとする事実関係は否認する。
第五証拠関係〔略〕
理由
一 昭和四二年一一月一八日午後一〇時過頃福岡市東大橋五九二番地先道路上において、原動機付自転車を運転中の原告が該自転車諸共道路左端に転倒したことは当事者間に争いがなく、〔証拠略〕によれば、原告が右転倒により脳挫傷、頭部打撲傷、頭蓋骨々折、左鎖骨々折、顔面部擦過創の傷害を受けたことが認められる。
二 ところで、原告は「右事故は原告が道路にあつたくぼみの段落にハンドルをとられて発生したものである」と主張し、右事故の発生した当時その場所すなわち別紙図面「略」の斜線表示部分がくぼみになつていたこと自体は〔証拠略〕によつて認められるので、まずそのくぼみの形状について判断を加える。
〔証拠略〕を合せ考えれば、次の事実が認められる。
(一) 右道路は福山市警固から筑紫野市二日市に通ずる一般県道福岡二日市線であつて、事故現場附近において車道の幅員は約一二メートルで、中央部の約六・五メートルがアスフアルト舗装され、両側に三メートル程度宛の砂利道があり、同附近は商店街で交通量は人、車ともに非常に多いこと、
(二) 被告はその主張の根拠に基き事故現場附近から南へ約三〇五メートルの地点までの区間の両側の歩道設置することにし、その工事を訴外谷建設株式会社に工事期間を昭和四二年九月十日から同四三年一月半までとして請負わせたこと、
(三) 谷建設株式会社は右工事の一部として別紙図面〔略〕の各線表示部分に排水ヒユーム管埋設工事を行つたが、その工事は昭和四二年一一月五日に行い、一日で埋戻まで完了させたのであるが、その工程は設計に従い次のとおりなされた。まず床掘(上幅八五センチメートル、下幅七五センチメートル、深さ八二センチメートル)をした後、基礎(幅六〇センチメートル、厚さ一〇センチメートル)を栗石で固め、ヒユーム管(外径三六センチメートル、内径三〇センチメートル)を防護用コンクリート枠(幅五〇センチメートル、高さ五六センチメートル)の中心部に置いてコンクリートで固定し、(かような形になるようにかた枠を入れてコンクリートを流し込む)路面と防護コンクリート枠との間一六センチメートルを砕石合成材で埋戻し、その埋戻し、その埋戻部分を機械をもつて転圧してチツプ(微粒状の砕石合材で水分を含むと凝固する道路舗装用材)を用法に従い路面に均して転圧し掘削前の路面よりやや高めに仕上げ、アスフアルト舗装までの間通行車両等による自然転圧に任せたこと、
(四) そして右埋戻部分は自然転圧と車両の通行によりチツプが逃げることによりその部分にくぼみができるために、右会社としてはそれを毎日監視し、くぼみができたときはその部分にチツプを補充して通行車両に自然転圧させていたが、そのくぼみは両端から中央部に向つてなだらかにくぼむという形状であり、深さは埋戻の日の翌朝つまり一晩で三センチメートル位(最深部)でそれが日を経るに従いだんだん浅くなり、よくくぼんだときで一~一・五センチメートルであつたこと、
(五) 本件事故当日の午後五時頃の右埋戻部分は略平坦でやや盛上つた状態であつたこと、
(六) 前記工程による工事は約二週間自然転圧した後にアスフアルト舗装をすること、そして前記のヒユーム管埋設という工事には右の工事方法が最適とされかつ通常なされていること、
(七) 本件事故発生後間もなく現場に赴いた警察官斉藤源二が現場を検分したところ、右埋戻部分は両端から中央部に向つてなだらかにくぼんでおり、目測でその深さは三センチメートルか四センチメートル位であり(この数字は当時判定されかつ記録されていたものではなく、昭和四五年七月当時の同人の記憶)、通常の運転技術を身につけている者であれば、たとい原動機付自転車を運転してそこを通過したとしても、そのくぼみのために転倒しまたは衝撃によつて操縦に危険をもたらす程のものではなかつたこと
以上の事実が認められ、該事実に本件事故の発生したのは右の埋戻の日から一三日目の昭和四二年一一月一八日であることを合せ考えれば、本件事故発生時刻頃の右埋戻部分の状態は、その部分全体が幅八五センチメートルの両端から中央部に向つてなだらかにくぼんでおり、その深さは正確には知ることができないが、最深部たる中央部において多くとも三センチメートルは超えていなかつたと認められ、該認定に反する証人山崎賀三の証言は信用できない。
そして、右認定のくぼみの形状からみれば、車両がそこを通つても操縦者にして通常の運転技術を身につけている者であれば、そのくぼみのために転倒しまたは衝撃によつて操縦に危険をもたらす程のものではなく、その他の点からみても交通に支障をきたす程のものとは考えられないから、右くぼみを目して道路の瑕疵とは到底考えられない。
三 以上のとおりで、右くぼみを目して道路の瑕疵といい得ない以上、原告が如何なる原因で転倒したかは別として、原告の本訴請求は既にこの点において理由がないから失当として棄却することにし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 中池利男)
被告の主張
一 本件事故現場の道路工事について
原告が転倒した道路は福岡市警固から筑紫郡筑紫野町二日市に通ずる一般県道福岡二日市線である。この県道は福岡市大橋において福岡那珂川神崎線と交差しており交差点附近は交通が幅湊するため、被告は交通安全施設等整備事業に関する緊急措置法(昭和四一年法律第四五号)第二条三項二号に基く歩道施設工事を昭和四二年九月 日から施工し昭和四三年一月一四日完工した。
右工事の一部として排水ヒユーム管埋設のために幅八五センチ深さ八二センチの道路横断掘削工事を行なつたが、右堀削工事は昭和四二年一一月五日に道幅の三分の一ずつを掘削し、一日で埋戻しまで完了させた。
右工事の工程を述べれば、まず床掘(上幅八五センチ、下幅七五センチ、深さ八二センチ)をした後、基礎(幅六〇センチ、厚さ一〇センチ)を固めヒユーム管(外径三六センチ、内径三〇センチ)を防護用コンクリート枠(幅五〇センチ、高さ五六センチ)の中心部に置いて、コンクリートで固定し、路面と防護コンクリート枠との間を砕石合材で埋戻した。しかして右埋戻部分を重量10tの掘削機の条軌で転圧してチツプ(微粒状の砕石合材で水分を含むと凝固する道路舗装用材)で路面を均して掘削前の路面からやや高めに仕上げ、アスフアルト舗装までの間車両等を通行させ埋戻部分を自然に固めさせることとし、その間毎日本工事の請負人たる訴外谷建設株式会社の作業員が右埋戻部分を監視し、交通に支障を及ぼすような高低ができないように管理していた。
二 本件道路の瑕疵について
(一) 本件交通事故は、道路にかしがあつて惹起されたものではなく、むしろ原告の運転中の過失に起因するものである。
そもそも、営造物にかしがあるというためには、一般にその営造物が本来備えているべき性質や設備を欠いていることを指称するものであるが、これを道路についていえば、その構造は、当該道路の存する地域の地形、地質、気象その他の状況および当該道路の交通状況を考慮し、通常の衝撃に対し安全なものであるとともに安全かつ、円滑な交通を確保することができるものでなければならない、ということになる。
しかしながら、このことは必ずしも常に完全無欠のものであることを要求するものではない。すなわち、当該道路の位置、環境、交通状況等に応じ、通常の運転技術を身につけている者が、通常の方法で車両を運転した場合に交通に支障を及ぼさない程度であれば、その道路にかしがないといえるのであつて、通常あり得ない無謀な運転まで予想して、これに対しても安全であるべき構造を備えておかなければならないというものではない。
(二) 本件工事現場附近は交通量が極めて多い上、繁華な商店街の中でもあるので、被告は道路横断掘削工事をなすに当り所轄の警察と充分打合せの上、交通の安全には特に留意し、前述のとおり短期日で埋戻しまで完了したのである。
しかして、右埋戻部分は重量10tの掘削機の条軌で転圧後、チツプで路面をならして車両の通行によつて固定させる自然転圧により路盤を固めることとした。このように自然転圧によつて路盤を固める方法は当時通常行なわれていた工法であり、当時の土木技術ではこれ以上適当な方法はなかつた。なお、自然転圧は本件事故現場附近においては二週間位行なう必要があつた。
自然転圧による路盤の低下とチツプが通行車両に付着するため、埋戻部分の路面には一日に一、二センチ程度くぼんだ部分が生じたが、訴外谷建設株式会社の作業員が毎日チツプを補充して路面を平坦にならして、事故防止には細心の注意をはらつていた。
ところで事故当日午後五時半ごろ工事終了時に訴外谷建設株式会社の現場監督が本件工事個所の路面のくぼんだ部分にチツプを補充して路面を平坦にしている。したがつて、それより四時間半位後の本件事故当時においては本件工事個所の路面にはくぼみは殆んどなかつたものと考えられ、もしあつたとしても、精々深さ一、二センチ程度のくぼみがあつたにすぎないものと考えられる。しかもそのくぼみというのは、右埋戻部分が全体として極めてなだらかに低くなつているものであり原告主張のごとくハンドルをとられるような段落があつたものではなく、この程度のくぼみの存在をもつて道路が通常備えなければならない安全性を欠くものであつたと云うことはできないのである。
したがつて、原告が右埋戻部分のくぼみにハンドルをとられて転倒したということ自体極めて疑わしいといわねばならない。
(三) 本件工事を請負つた訴外谷建設は前述のとおり、作業員をして掘削個所の監視に当らせ交通に支障を及ぼすようなくぼみができないよう細心の注意をはらうとともに、掘削個所から大橋寄二八メートルの個所と大橋寄六メートルの個所(直進の横断歩道横)に工事中である旨の看板を立て、かつ掘削工事と連続した歩道設置工事現場にはバリケードを設け赤色点滅灯を設置して一帯が工事中であることを示していた。
また、本件事故当時、事故現場附近は商店街であり、街灯や千代田生命の三メートル大の広告灯の照明があり、横断歩道には四〇ワツトの照明灯が二基設置されて路上は明るかつたから事故現場附近が工事中であることは一見明瞭であつた。
本件事故現場附近の道路が通常設えなければならない安全性を欠いていなかつたことは、二、(一)において述べたとおりであるが、被告はなお念を入れて右に述べたように事故防止のための措置を充分施していたのである。
したがつて、本件道路の監理につき、瑕疵はなかつたのである。
(四) 原告の運転上の過失について
本件事故現場の模様が右に述べたとおりであるから、通常人が通常の注意をもつて原動機付自転車を運転しておれば本件の如き事故は起こり得なかつたはずである。それにもかかわらず本件事故が発生したのは、ひとえに原告の無謀な運転に起因するものということがいえる。すなわち、原告は毎日の如く本件事故現場を原動機付自転車を運転して通行し、工事現場の模様は勿論、本件ヒユーム管埋設工事跡の状態も熟知していたのである。しかも本件事故発生の直前には、前照灯を照射し、右ヒユーム管埋設工事跡を覚知し得る状態であつたのである。それにもかかわらず、原告の陳述するところによれば、全くそれに気付いておらないのみならず、工事標識とか点滅灯すらにも気付いていない有様であつて、急にバウンドしたので初めてくぼみに気付いたというのである。このことからいえることは、原告は事故直前において前方を全く注視していなかつたということである。事故直後にかけつけた警察官に対し原告が「考え事をして運転していた」と述べている事実もそのことを裏付けているということがいえる。このように前方注視を怠つた状態で運転中のところ、本件ヒユーム管埋設工事跡を通過しようとして原動機付自転車がややバウンドしたものと考えられる。その際、工事跡のくぼみは僅かなものであつたから前方注視を怠らず通常の注意をもつて運転しておれば、そのバウンドは軽いもので運転には何ら支障のないものであつたにもかかわらず、たまたま考え事をしていたためそのバウンドに驚顎し狼狽のあまりあわてて左右に急激なハンドル操作を加えた結果、同車がたちまち平衡を失ない転倒するに至つたものと考えられるのである。そうとすれば、本件事故はすべて原告の無謀運転が原因で発生したものであつて、道路のかしが原因となつて発生したものではないことが明白である。したがつて、その責任はすべて原告自らが負うべきであつて、被告にその責任を転嫁すべきではない。