福岡地方裁判所 昭和45年(ワ)96号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決理由〕一、本件各不動産がいずれも原告の所有であり、本件各不動産について本件各登記が経由されていることは、当事者間に争いがない。
二(一)ところで、被告は、前記の被告の抗弁(一)のとおり主張する。そして、<証拠>を総合すると、被告と訴外田中庸太郎、同水野精二、同三好昭夫との間における被告主張の金融取引契約成立の事実を認めることができ、これを覆えすに足りる証拠はない。
(二) ついで、被告は、前同被告の抗弁(二)の(1)、(2)のとおり主張する。そして、乙第一号証の二、同第二、三号証には、それぞれ右主張事実にそう記載ならびに原告の氏名の記載およびその名下の印影があり、しかも、同各印影がいずれも原告の印鑑によつて顕出されたものであることは、当事者間に争いがなく、かつ、同第一号証の一、同第一号証の三の成立については、いずれも当事者間に争いがないから、これらによると、あたかも被告の右主張事実を認め得るかのようである。しかし、<証拠>によると、乙第一号証の二の原告の氏名の記載ならびに同第二号証の物件の表示の記載は、いずれも、前記三好昭夫がなしたものであり、同第二、三号証の担保貸主としての原告の氏名の各記載は、いずれも、前記水野精二がなしたものであつてしかも、同乙号各証中の原告名下の各印影は、いずれも、右水野精二の預り保管していた原告の実印が押捺されたことによつて顕出されたものであること、また、同第一号証の三は、前記三好昭夫が原告の右実印を使用して下付を受けてきたものであること、そして、同第一号証の一は、右の乙号各証にもとづいて作成されるにいたつたものであること、しこうして、原告は、これらのことには関与していないことをそれぞれ認めることができるから、同乙号各証をもつて、被告の右主張事実を認めるべき証拠となし得ないことはいうまでもなく、他にその主張事実を認めるさせるに足りる証拠はない。のみならず、<証拠>によると、被告と原告とが直接被告主張の根抵当権設定契約を締結した事実はなく、また、原告が直接前記司法書士に対して被告主張の登記申請の委任をなした事実もないことを認めることができる。
(三) また、被告は、前同被告の抗弁(三)の(1)、(2)のとおり主張する。そして、証人田中庸太郎(第一回)は、右主張事実にそうかのような供述をしている。しかし、この供述は、<証拠>に照らして採用することはできず、被告本人尋問の結果をもつてしては、いまだ被告の右主張事実を認めさせるに足りないし、他にその主張事実を認めさせるべき証拠はない。のみならず、前認定事実に、<証拠>によると、前記乙号各証は、いずれも、原告の意思にもとづくことなくして、原告全く不知の間に作成されるにいたつたものであつて、原告としては、昭和四四年三月ごろ、たまたま他の用件で登記の記載をしらべた際、はじめて本件各登記が経由されていることを知るにいたつたものであること、そして、原告は、右水野精二に対し、前記根抵当権設定契約締結についての代理権を与えたことも、また司法書士に対する本件各登記申請委任についての代理権を与えたこともなかつたことをそれぞれ認めることができる。
(四)(1) さらに、被告は、前同被告の抗弁(四)の(1)の(イ)、(ロ)のとおり主張する。そして、原告が当時前記水野精二の勤務していた訴外株式会社長崎相互銀行から金五〇万円の貸付を受けるため、右水野精二に対し、その申入れをなしたこと、原告が右水野精二に対し自己の実印および本件不動産についての権利証を交付したこと、同人が右権利証を所持していたこと、同人と原告とが親戚関係にあること、および右水野精二ならびに訴外田中庸太郎がいずれも前記長崎互相銀行の行員であつたことは、いずれも、当事者間に争いがなく、これらの事実に、前転認定の各事実、<証拠>を総合すると、原告は、前記水野精二の義妹が自己の妻となつたため、右水野精二とは昭和三三年三月ごろからの知り合いであつて、その関係上、前記株式会社長崎相互銀行から金一〇万円の融資を受けたことがあつたこと、そして、原告が右水野精二に対し前記のとおり自己の実印および本件各不動産についての権利証を交付したのは、昭和三七年三月ころのことであり、かつ、それは、右金一〇万円の債務返済後あらためて再び前記のとおり金五〇万円の貸付を受けるためであつて、必要とあれば本件各不動産を担保に差し入れてでも右貸付が得たいためであつたこと、したがつて、原告としては、その際、右水野精二に対し、第三者の前記長崎相互銀行以外の者に対する金五〇万円をこえる債務のために本件各不動産を担保として提供するというのではなくして、自己が右長崎相互銀行から金五〇万円の貸付を受けることならびに、そのため必要とあれば本件各不動産を同銀行に担保として差し入れることに必要な範囲内の手続をなすことの代理権を与えたにすぎなかつたものであつて、その結果自己名義の委任状が被告にまで呈示されようとは、毛頭思いおよんではいなかつたこと、ところが、前記のとおりにして乙号各証が作成されるにいたり、右水野精二は、前記代理権を有する間に、その代理権の範囲をこえて、訴外田中庸太郎、同三好昭夫とともに、前記根抵当権設定契約を締結するにいたつたこと、ちなみに、原告が前記貸付を断念して、右水野精二にこれを告げたのは、その後のことであり、同人が原告に対し前記実印ならびに権利証を返還したのは、前者が昭和三七年の四月下旬か五月ごろ、後者が同年の九月か一〇月ころのことであつたこと、一方、被告は、もともと、金融業者ではなくして、衣料品小売販売業者であるところ、被告が前記のように訴外水野精二、同田中庸太郎、同三好昭夫の三名に対して融資をするようになつたのは、それ以前から知合いであつた同訴外人らから同訴外人らの副収入を得る途にもなることであるから、現に右水野、同田中が勤務し、かつて右三好が勤務していた前記株式会社長崎相互銀行の貸付の枠からはずされた信用のある融資申入者に対して金融を得させるため、融資をしてもらいたいという話を持ち込まれたからであり、かつ、その際、右水野精二、同田中庸太郎、同三好昭夫の三名側では、右田中が同人所有の不動産を、右水野が同人の義弟である原告所有の本件各不動産をそれぞれ担保として提供することにするが、原告はすでにそのことを了承しており、右水野が原告から実印と本件各不動産の権利証を預つているということであつたためであること、そこで、被告は、以上のようないきさつから、原告本人にたしかめるまでもなく、間違いはあるまいということで、自己もまたその印鑑を右三好昭夫に預け、かくして前記根抵当権設定契約が右水野精二らとの間において締結されるにいたつたものであるところ、その際、右水野精二らの相手方である被告としては、その融資がもともとその途の本職ともいうべき現銀行員および元銀行員からの前記のとおりの使途のための申出にもとづいたものであり、かつ、それらの者が以前からの知合いであること右のとおりである以上、手続上の手落や不正は万万あるまいと思われたこと、まして右水野精二が原告の義兄であり、しかも、原告の了解のもとに原告から実印や権利証まで預つているということであつて、原告名義の委任状や原告の実印の印鑑証明書も原告の意思にもとづいて当然存在するであろうと考えられたことなどのため、右水野精二に前記根抵当権設定契約締結ならびに本件各登記の登記申請委任の代表権ありと信じて疑わなかつたこと、その後、被告は、前記三好昭夫から原告に対しても金三〇万円を融資したことを聞かされたが、原告が被告に対する関係においては単なる担保提供者にすぎなかつた関係上、原告に対する金員返済の請求はしていないこと、また、被告は一回目は、右水野精二から地図を見せてもらつたうえ単独で、二回目は、前記田中藤太郎と同道して、本件各不動産の現地に臨んだことがあるが、義兄である右水野精二をさしおいて直接原告と会つたりするのは右水野ならびに原告の立場上好ましくあるまいという考えから、原告方を訪れることは遠慮したことをそれぞれ認めることができる。
以上の各事実によると、原告に対して訴外水野精二に代理権を与えたことを表示したものとなすことはできないが、右水野精二が前記基本的代理権の範囲をゆ越して本件根抵当権設定契約を締結し、かつ本件各登記の登記申請を司法書士に委任したものであるところ、被告は、右水野精二にその契約締結ならびに登記申請委任の代理権限ありと信ずべき正当の理由を有していたものと認めるのが相当である。けだし、本人から実印や権利証の交付を受けて権限ゆ越行為がなされた場合は、特別な事情のないかぎり民法第一一〇条の代理権ありと信ずべき正当事由があるものと解するのを相当とするところ、前認定の事実関係のもとにおいては、右のような特別事情が存在するものとなすに由ないからである。
したがつて、原告は、表見代理の規定である前記法条により、右の根抵当権設定契約についてその責めに任じなければならないものと解するのが相当である。
(桑原宗朝)