福岡地方裁判所 昭和45年(行ウ)11号 判決 1978年5月26日
原告 中島凡男
被告 八女公共職業安定所長
訴訟代理人 原田義継 三島[朿攵] ほか五名
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告
1 被告が昭和四五年四月七日原告に対してなした失業者就労事業紹介対象者から除外する旨の処分を取り消す。
2 訴訟費用は、被告の負担とする。
二 被告
1 本案前の答弁
(一) 本件訴えを却下する。
(二) 訴訟費用は、原告の負担とする。
2 本案に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張<省略>
理由
一 原告が失対法〔編注:緊急失業対策法〕附則二条三項により、同法一〇条二項所定の就職促進の措置を受け終わつた者とみなされ、従来八女職安において失対事業の紹介対象者として取り扱われていたところ、被告は、昭和四五年四月七日、原告に対し、原告を紹介対象者から除外する旨通知したことは、当事者間に争いがない。
二 まず、被告の本案前の主張〔編注:被告が原告を失対事業紹介対象者から除外したことは抗告訴訟の対象となる「処分」ではないとの主張〕について判断する。
1 <証拠省略>及び弁論の全趣旨によれば、紹介対象者の制度とは次のとおりのものであることが認められる。
(一) 失対法は、多数の失業者の発生に対処し、失業対策事業及び公共事業にできるだけ多数の失業者を吸収し、その生活の安定を図るとともに、経済の興隆に寄与することを目的とするものであり(同法一条)、そのため、労働大臣は、地域別の失業情況を調査し、多数の失業者が発生し、又は発生するおそれがあると認める地域ごとに、その地域に必要な失対事業の計画を樹立しなければならず(同法六条)、その事業は、国が、自らの費用で、又は地方公共団体等が、政令で定めるところにより国庫から全部若しくは一部の補助を受けて、実施することになつている(同法九条)。そして、失対事業に就労する労働者は、安定所(公共職業安定所)において紹介することが困難な技術者、技能者、監督者その他労働省令で定める労働者を除いて、安定所の紹介する失業者でなければならず(同法一〇条一項)、かつ安定所長が職安法二七条一項の規定により指示した就職促進の措置を受け終わつた者で、引き続き誠実かつ熱心に求職活動をしているものでなければならないことと定められている(失対法一〇条二項)ところから、一般の失業者が失対事業に就労するためには安定所の紹介を受けることが法律上不可欠の前提となつている。
(二) ところで、失対事業は、前記の失対法の各規定から窺われるように、労働力の総需要を超える失業状態が存在する場合、即ち、一般の職業紹介や就職のための指導、訓練によつても失業者に労働の機会を得させることが困難な状態がある場合において、国が政策的に労働需要を創出することにより失業状態から脱却させることを目的とするものである。従つて、前記の「誠実かつ熱心に求職活動をしている者」とは、失対事業以外に安定所が行う職業紹介等にも応ずる者であることが要求され、これらの労働力の需要がないときに失対事業に就労することとなる。それ故、失対事業においては日々雇用の建前がとられており、安定所の行う失対事業への紹介も就労日毎に行う日々紹介を建前とせざるを得ないこととなるが、そうすると、安定所は、求職者につき失対法に定められている失対事業への紹介適格性の要件の有無につき日々判断しなければならない。しかし、安定所が早朝の短時間内に集中的に紹介を行うに際し、多数の求職者につき日々右要件の有無についての判断をなすことは殆ど不可能であるため、実務の運用としては、昭和三八年一〇月一日職発第七七七号各都道府県知事あて労働省職業安定局長通達「失業者就労事業へ紹介する者の取扱いについて」(七七七号通達)に基づき、安定所は、予め個々の求職者につき右要件の有無を判断し、これを有すると認められた者を紹介対象者として認定したうえ、以後紹介対象者から除外され、或いはその取扱いを一時停止されない限り、右要件の有無について日々判断することなしにこれら紹介対象者を失対事業に紹介するとともに、紹介対象者が紹介対象者としての要件を欠くに至つた場合又は安定所の紹介業務に重大な支障を生ぜしめるなど一定の事由が生じた場合には、その者を紹介対象者から除外し、或いは紹介対象者としての取扱いを一時停止して、以後失対事業に紹介しないという取扱いがなされている。
2 以上を前提として、安定所長の行う紹介対象者からの除外がいかなる意義を有するかについて考えるに、右除外の措置は、安定所長が、特定の失業者を失対法の定める失対事業への紹介適格性を欠くものと認定し、以後その者を失対事業に紹介しないことを定めるものであつて、除外を受けた者の法律上の利益に重大な影響を及ぼすものであることは明らかであり、かつ、右は失対法により認められた紹介機関としての安定所の優越的地位に基づく公権力の行使としての行為であるというべきであるから、抗告訴訟の対象となるべき処分と解するのが相当である。
被告は、安定所は紹介対象者に認定することによつてその者を失対事業に紹介しなければならない義務を負うことはなく(反面、紹介対象者は安定所に対し失対事業への紹介を求める法律上の権利を有するものではない。)、従つて、紹介対象者であることは求職者が安定所に対する関係で有する法的地位とはいえない旨主張するところ、なるほど、安定所が紹介対象者に対して右のような法律上の義務を負うものでないとしても、安定所は合理的な理由なく、恣意的に紹介対象者を失対事業に紹介したりしなかつたりする自由を有するものでないことは明らかであるうえに、求職者は安定所の紹介なしには失対事業に就労し得ないことは前記のとおりなのであるから、紹介対象者であることをもつて法律上保護を受けるに値する地位であるとなすのに妨げはないといわなければならない。また、被告は、紹介対象者から除外された者も、民間日雇事業等の求人があれば就労の紹介を受けることができる旨主張するが、前記のように、失対事業は就労の意思、能力をもちながら他に就労の機会がない失業者に与えられた最後の就労の場なのであるから、他の事業に紹介される可能性があるからといつて、紹介対象者からの除外がその者の法的地位に影響を及ぼすことを否定する理由とならないことは明らかである。
更に、被告は、失対事業への紹介は、事業主体に対して被紹介者の雇用を義務づけるものでなく、一般の職業紹介と同様に、雇用契約の成立を斡旋するという非権力的な事実行為にすぎないと主張するが、前記のように、失対事業は、法律に基づき国の政策として、主として国の費用によつて行われるものであり、失対事業に就労できる者の資格も法律で定められており、安定所はその資格の有無を判定して失対事業に紹介するか否かを決定する職責を付与されているのであるから、紹介対象者からの除外措置は、行政庁の優越的地位に基づく公権力の行使と解するのが相当である。
なお、紹介対象者の制度が七七七号通達に基づいて運用されているものであり、これを直接に定めた法令の規定がないことは被告指摘のとおりであるが、右通達に基づく実務の運用が是認される根拠が失対法に由来することはいうまでもないところであつて、紹介対象者の指定又は除外が単に安定所内部の事務処理方針の変更にすぎない旨の被告の主張があたらないことは多言を要しない。
よつて、被告の本案前の主張は理由がない。
三 すすんで、本件除外処分の効力について判断する。
被告は、本件除外処分の理由として、原告は、就労の意欲を欠き、誠実かつ熱心に求職活動をしているものではなく、また、失対事業に就労することが可能な状態にもないから、失対法一〇条二項の規定に照らし、失対事業への紹介適格性を欠くと認めた旨主張する。
よつて、案ずるに、<証拠省略>に弁論の全趣旨を総合すると、筑後市においては昭和三一年六月から失対法に基づく失対事業が開始されたが、原告はその当初から失対事業に就労し、以後本件除外処分を受けるまで、被告から失対事業への紹介適格性を有する者として取り扱われて来たこと、原告は右失対事業の開始前から筑後市自由労働組合の委員長をしていたが、昭和三一年に右組合が全日自労福岡県支部筑後分会に改組されたのに伴つて同分会委員長に就任し、じ来、組合業務は勿論、失対事業就労者たる組合員の福利、厚生に関する諸般の事務に精力的に従事して来ており、また、昭和三八年四月以降引き続き筑後市市会議員に選出され、本議会及び委員会での活動を続ける一方、日本共産党の地区責任者の一人として党務に従事し、党機関誌の配布等の教宣活動をも積極的に行つて来ていること、更に、原告は、昭和三三年失対事業就労者の児童を専ら対象に自由保育園なる名称の保育所を開設したが、その後右保育所においては一般勤労者の児童をも受け入れるようになり、原告は開園以来現在まで園長として右保育所の経営にあたつていること、以上の諸活動のため、原告の日常は多忙を極め、その結果、原告は、昭和三六、七年頃以降現実に失対事業に就労する余裕がなくなり、殊に、昭和四二年四月から本件除外処分に至るまでの約三年間は失対事業の現場で実際に作業に従事したことは殆ど全くなかつたことが認められ、右認定を左右するに足る証拠はない。
ところで、紹介対象者の制度が七七七号通達に基づいて運用されていることは前記のとおりであるが、右制度の趣旨とするところは、要するに、多数の求職者について失対事業への紹介をすべきか否かの日々の判断を的確かつ迅速に行うことを可能ならしめることにあると考えられる。従つて、いつたん紹介対象者に認定された者でも、その後紹介対象者として適格性を欠くに至つたときは、速やかに紹介対象者から除外されるべきものであるといえる。けだし、紹介対象者は紹介対象者であるということそれ自体によつて何らかの利益を受けるといつた性質のものではなく、実際に失対事業に紹介され、これに就労することによつて始めて労働の対価を得るのであるから、紹介対象者たる適格性を欠くに至つた者(その判断は慎重になさるべきことは当然であるが)を、なお紹介対象者としてとどめ置くことは、安定所の行う失対事業への紹介事務の処理の適正を阻害する結果となるのみだからである。
そして、失対法一〇条二項は、紹介対象者たる適格性の要件として、「…(前略)…引き続き誠実かつ熱心に求職活動をしているものでなければならない。」と規定しているところ、<証拠省略>によれば、七七七号通達は、右規定の解釈、運用の指針として、原告主張のとおりの認定基準を示していることが認められるが、いずれにせよ、失対事業に現実に就労する意思があり、かつ失対事業に就労することが実際上可能な者でなければ紹介対象者としての適格性を有しないと解すべきであることについては多言を要しないというべきである。
しかるところ、前認定のとおり、原告は多くの重要な役職に就いて多忙な社会的活動を行つており、しかも、本件除外処分に先だつ約三年の間現実に失対事業に就労したことが殆どなかつたのであるから、原告は、自ら身を置いた社会的環境からの拘束の故に、失対事業に現実に就労する意思がなく、かつ、実際問題として失対事業への就労が可能な状態にもなかつたと認めるのが相当であつて、失対法一〇条二項に定める失対事業紹介者の適格要件たる「引き続き誠実かつ熱心に求職活動をしているもの」に該当しなくなつていたものと判断すべきである。
してみると、被告が、七七七号通達に基づき、原告は紹介対象者の要件を欠くに至つたものと認めてこれを紹介対象者から除外したのは相当の理由があり、他に特段の理由がない限り、本件除外処分は適法であるとしなければならない。
そこで、以下、原告が本件除外処分が違法である事由として主張する諸点について順次検討することとする。
四 原告は、本件除外処分は就業時間中の組合活動を認めた労使慣行に反する旨主張するので、まずこの点について判断する。
<証拠省略>に弁論の全趣旨を総合すると、次の各事実を認めることができる。
1 昭和二四年失対法が制定され、失対事業が開始されるに伴い、昭和二六年頃以降全国各地に主として失対事業に就労する労働者を中心とした自由労働組合が組織されるようになり、これらは、終戦後間もなく発足していた全日土建労組(全日本土建一般労働組合。この組合は、土建関係の労働者によつて組織されていた。)に加入していつたが、昭和二九年頃、全日土建労組に加入している労働者のうち土建関係労働者が別組織を作つたことから、残された失対事業労働者らは全日自労を組織し、福岡県には全日自労福岡県支部が、県下各地にはその分会が結成されるに至つた。
筑後市においても、原告らが組織していた筑後市自由労働組合が昭和三一年二月に全日自労筑後分会に改組されることになり、同年六月からは、筑後市が事業主体となつて失対事業が開始された。
2 全国各地で失対事業が開始されるようになつた当初の頃は、当時の世相を反映して、日雇労務者が仕事を見つけることは容易でなく、また、就労現場で暴力が幅をきかすような傾向がみられたのに対し、事業主体側の体制の整備が未だ不十分であつたため、自由労働組合或いは全日自労の組合役員が、本来の組合活動以外に、組合員を取りまとめて職場の秩序維持にあたつたり、事業主体側に協力するような形で組合員のために仕事捜しをしたり、組合員の生活保護受給手続を代行したり、公営住宅への入居や、本人、家族の病気、死亡の際に面倒をみたり、その他組合員の福利厚生のための諸活動に精力的に従事するようになつた。このような傾向は、昭和三〇年頃以降朝鮮戦争の終結や炭鉱閉山を契機に失業者が増加するにつれて一層強まり、それに伴つて、労働者側は、組合役員が右のような業務に有給で専従するのを認めるよう事業主体に強く要求するようになつたが、事業主体側は、その体制の不備による手不足もあることなどから、次第に右要求に応じるようになつていつた。
3 右のような事情は、筑後市の場合も同様であつた。筑後市では、昭和三一年六月失対事業を開始した当初は、就労者も一六人しかなく、全日自労福岡県支部筑後分会の委員長たる原告が一人で、無給で就業時間を利用して、前記のような諸活動に従事していたが、その後市との団体交渉において、右のような場合における就労免除を要求した結果、昭和三三年に至り、失対事業就労者の数が増加したこともあつて、原告一人の有給専従が認められ、更に翌三四年には原告を含めた組合三役の有給専従が認められるようになつた。そしてその後も市との団体交渉の結果、昭和三五年には、原告が昭和三三年八月に開設していた自由保育園の保母一名を含む二名が、昭和三七年には、組合三役のほかに執行委員八名が、昭和三九年には更に保母二名がそれぞれ有給専従者として認められるようになつたが、これらの専従者は殆ど作業現場で就労することなく、組合業務を始め前記のような組合員のための福利厚生活動に携つていた。そして、原告の場合も、前述のとおり、失対事業就労者が一〇〇名を超えた昭和三六、七年頃からは作業現場で実際に就労することは殆どなかつたが、このことは、筑後市の失対事業関係者は勿論、八女職業安の関係者も承知のうえ黙認していた。なお、当時においては、組合三役がこのような有給専従者として認められるのは全国的な傾向でもあつた。
4 ところが、昭和三八年になると、国は、民間への就職促進及び失対事業の運営改善(いわゆる失対事業の正常化)を目指して職安法及び失対法を改正するとともに、同年一〇月一日付で労働省職業安定局長から各都道府県知事宛に七七七号通達を発し、失業事業への紹介事務の取扱いを明確にした。また、失対法の改正規定に基づき、昭和三九年二月には福岡県が、翌三月には筑後市がそれぞれ失対事業に関する運営管理規程を制定するに至つた。更に、昭和四一年七月一五日付で職業安定局長から各都道府県知事宛職発四二五号「失業対策事業の運営の改善について」と題する通達が出されたが、その内容は、労働大臣が決定する賃金以外の賃金とみなされる給付、不就労時間に対応する不当な経費の支出及び短時間就労等の不適正な事業運営実態の改善を推進することを基本方針とするものであつた。
これに対し、全日自労を中心とする失対事業の労働者側は、国の正常化の政策は、就職促進措置の制度導入により実質的に失対事業の打切りを目指し、運営管理規程の制定によつて失対労働者の既得権の剥奪を図るものであるとして強硬に反対し、抗議行動に訴えたため、就労者の数が多く、組合の勢力が強い福岡県においては、事業主体たる県及び大方の市町村は、組合に対し、その既得権の尊重を約束せざるを得ない状態であり、その結果、国の意図する正常化政策は容易に進められなかつた。このことは、筑後市においても同様で、失業対策事業運営管理規程は定められたものの、実情は従来の取扱いに変化はみられなかつた。
5 昭和四三年になると、国の強い指導もあつて、福岡県でも失対事業の正常化を実行に移すこととなり、同年九月には、福岡県知事から事業主体たる各市町村長宛四三安発三五五五号「失業対策事業運営の正常化について」と題する通達が出されたが、これは、従前、多くの市町営失業対策事業において、失業対策関係法令等に違反する実態があつたことを指摘し、今後、不就労者に対する賃金歩引の実施、社会常識に著しく反する就労慣行の是正及び短時間就労の是正につき、速やかに適切な措置を講じるよう求めるものであつた。筑後市においては、右通達をうけて、同年一二月、筑後市長から原告らの組合を含む同市の各失対事業就労者団体委員長宛に「失業対策事業の運営改善について」と題する通達が出された。これは、既に施行されていた筑後市失業対策事業運営管理規程の施行細則にあたる内容のものであるが、市の承認を得て賃金を失うことなく労働時間を利用できる場合を右管理規程に定めるところより若干追加して定めたうえで、右の場合を除くほかは、不出頭又は職場離脱等により作業につかなかつた者に対しては賃金を支給しないことを明記した。これによつて、従前原告を含む全日自労筑後分会役員及びその他の就労者組合役員が賃金を得ながら組合業務に従事していた取扱いは明確に廃止されることとなつたが、ただ、右市長通達においては、特に「連絡用務」の取扱いについて定め、「就労者団体が世話活動ないしは連絡用務の名で就労者個々人の用務を労働時間を利用して代行処理することは、本来失対事業における労働時間の利用として認められないところである。しかし、就労者の生活実態、手続能力と他方、社会保険又は社会保障機関の事務処理体制の現状にかんがみ、これが改善、整備をみるまで当分の間、同用務の代行処理について、労働時間の利用を一定の範囲で認める。」としたうえ、連絡用務の範囲を就労者に関する日雇健康保険、日雇失業保険その他社会保険に関する手続、生活保護その他社会保障に関する手続及びこれらに準ずる計八項目の手続にかかる用務と定め、連絡員は登録人員二五名に一名の割合で市が指名し、連絡員が連絡事務に従事する場合は用件、行先、時間等を事前に具体的に届け出るべきこと等が定められた。
右の市長通達に対しては、原告の属する全日自労筑後分会その他の組合においても、これをやむを得ないものとして受け入れ、全日自労筑後分会においては委員長たる原告を含む組合三役が右連絡員に指名された。そして原告以外の二名の連絡員は、おおむね前記通達に従い、連絡用務の都度届出をして職場を離脱し、その余の時間は他の就労者と同様に作業に従事していたが、原告のみは、右通達後においても、前記のとおり、就労現場で作業に従事することは殆ど全くなかつたものである。
以上のように認められ、これを左右するに足る証拠はない。
右各事実によれば、全日自労筑後分会委員長たる原告が失対事業の賃金を受けながら組合活動に従事することについては、昭和四三年一二月の前記市長通達までは、事業主体たる筑後市において、前記管理規程の存在にもかかわらず、これを黙示的に承認していたものと認めることができるものの、右通達が出された以後は、筑後市は右のような取扱いを承認しないことを明らかに表明していたものであつて、前記原告主張のような労使慣行が存在したと認めることはできない。
尤も、右通達後も原告が就労していないことについて事業主体の側から原告に対し注意、警告その他の措置がなされた事実を認めるべき証拠はないところ、事業規模が筑後市程度のところにおいて、失対事業発足当初から就労者団体の長として活動して来た原告の前記のような就労実態を全く把握することができなかつたというのはいかにも不自然であるから、事業主体たる筑後市は、前記市長通達後においても原告が就労しないで組合活動(それ以外の活動にも従事していたことは前記のとおりであるが)をしていることを知りながら、これを黙過していたものと推認するのが相当である。しかしながら、就業時間を利用して組合活動をしてはならないことが事業主体によつて明確に表明され、原告の属する全日自労筑後分会を含む各就労者団体がこれを受け入れたことは前記のとおりであるうえに、そもそも、前記二、1、(一)に掲記の失対法の各規定からも窺えるように、失対事業の性格上、その就労者と事業主体との間の労使関係は、一般私企業におけるそれとは趣きを異にし、その基本的事項は法令によつて定められ、更に、事業主体ごとに定める運営管理規程(これは、一般私企業における就業規則に相当する性格のものと解される。)によつて律せられるものであるところ、筑後市の運営管理規程(<証拠省略>)及び前記通達において組合役員の就業時間内組合活動は許容されていないのにかかわらず、原告のみが就業時間中に組合活動に従事し、筑後市の関係職員がその事実を知りつつ敢えて黙過して来たとしても、右関係職員につき職務遂行上の責任が生じ得るのは別として、原告主張のような労使慣行が成立していたものと考えることは到底できないところである。
してみると、本件除外処分が就業時間内の組合活動を認めた労使慣行に反するから違法であるとの原告の主張は、その前提を欠き、理由がない。
五 更に、原告は、原告の行為は事業主体の了解のもとにつくりあげられた慣行に従つたものであること、本件除外処分は労働省自体が作成していた除外に関する内部基準にも該当しない全く恣意的なものであり、しかも政治目的達成のために行われたものであること及び失対事業は労働者の最終の就労の場であつて安易にそれを奪うべきものではないこと等の観点から考えると、本件除外処分は、被告が処分権限を濫用したものであつて違法である旨主張するので、以下、右主張につき検討する。
なる程、前認定のとおり、原告が前記市長通達以後も殆ど就労していなかつたことについては、事業主体たる筑後市において原告に右通達に従つた就労をさせようとする積極的な態度がなかつたことにもその一つの原因があると思われるし、それ以前の長期間にわたつて就業時間中の組合活動が承認されていた事実があつたことも、原告の不就労を誘う一因になつたものと推察される。また、失対事業は、労働者の最終の就労の場であるから、これを安易に奪うことは厳に慎しまなければならないことは、原告主張のとおりである。そのうえ、<証拠省略>によれば、本件除外処分がなされるに至つた直接の契機が、昭和四五年三月四日の参議院予算委員会及び同月一〇日の衆議院社会労働委員会において公明党所属の国会議員らが、日本共産党に属する市町村会議員のうちに、高額の所得がありながら失対事業に就労したとして賃金を受領している者がある旨指摘して政府の所信を訊し、これに対し政府が事実調査のうえ善処する旨答弁したことにあつたことが認められる。
しかし、事業主体の了解による慣行との点については、前認定のとおり、筑後市は連絡用務という一定の限られた範囲についてのみ就業時間の利用を認めることを明確にしていたのであつて、それ以上のことが事実上同市職員からとがめられることなく行われていたとしても、これを目して正当な慣行といい得ないことは前述のとおりであるし、労働省の内部基準の点についても前記のとおりであつて、原告は、七七七号通達(<証拠省略>)の取扱要領第二の紹介対象者の認定の要件のうち、少くとも<3>の「就職促進の措置に引き続き誠実かつ熱心に求職活動をしている者であること」の要件を欠くに至つていたものと認むべきである。また、公明党議員の発言が本件除外処分の端緒となつた点については、確かに、<証拠省略>によれば、公明党議員の前記発言は日本共産党への打撃を予想した政治的意図をも含んでいたことが推察されるところではあるが、そのような政治的背景があるからといつて、個々の具体的処分が直ちに違法となるいわれはなく、本件除外処分の適法性はそれ自体として判断されるべきものである。
そして、前記のように、原告が、昭和三六、七年頃から昭和四五年四月の本件除外処分まで長期間にわたり継続して、実際に失対事業に従事したことが殆どなかつたことからすると、失対事業が失業者にとつて最後の就労の場であることを考慮しても、本件除外処分はやむを得ないものと解するのが相当である。よつて、原告の前記主張は理由がないものというべきである。
六 以上の次第であつて、原告につき賃金の不正受給と評価さるべき事実があつたか否か等の、当事者双方のその余の主張につき判断をなすまでもなく、本件除外処分は適法になされたものと認められるから、原告の本訴請求は理由がなく、棄却を免れない。
よつて、訴訟費用の負担につき行訴法七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 南新吾 小川良昭 辻次郎)