福岡地方裁判所 昭和47年(ワ)427号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決理由〕一、被告らは、原告組合が第六八回臨時中央委員会の決定により被告らに対して有するに至つたと称する臨時組合費の徴収債権は、差額支給日の到来をまつて具体化する抽象的な権利であつて、被告らは昭和四六年度の差額支給日である同年一〇月三〇日、すなわち右債権額が具体化する以前の同年八月二四日に原告組合を脱退して組合員たる地位を離れているので、右中央委員会の決定には拘束されないと主張する。しかし、債権の目的たる給付の内容は、債権成立のときに具体的に確定されている必要はなく、履行の時までにこれを確定し得る標準が定まつていれば足りるのであつて、<証拠>によれば、昭和四六年春闘における国鉄当局と原告組合の賃金問題についての交渉は、同年五月二〇日に、公労委の調停委員長見解として、同年四月一日にさかのぼり月額平均七、七八五円の賃上げ回答が出され、組合側としては一応この回答を要求に満たないものとして拒否したため、そのまま仲裁裁定に移行されたが、従来の例に照らせば、仲裁裁定が調停案を下回ることはなく、同年六月一日に調停案と同額の裁定が出ることが予想され、同年度の賃上げ額について一応の見通しがついたため、同年五月二八日第六八回臨時中央委員会で本件臨時組合費の微収を決定したが、同年六月一日予想のごとく公労委の仲裁裁定として調停案と同額の賃上げがなされたこと、また、これを裏付ける財源措置については、裁定を実施するために必要な金額を支出するためには、それが予算上給与の総額をこえるときは、運輸大臣の認可を受けることを要する(日本国有鉄道法第四四条第二項)が、既に政府においては仲裁裁定を尊重する慣例となつており、同年度も結果的には仲裁裁定どおりの賃上げが実施されることになつたこと、仲裁裁定は国鉄職員の賃上げの平均月額を出しているだけであつて、これをさらに各職種に応じた俸給表およびその中の職群ごとに配分する作業が残つており、国鉄ではこの作業に例年約三か月を要し、同年度の場合も、同年九月二五日ごろにその配分を終えて、各個人ごとの具体的な賃上げ額が確定され、これに基づいて同年一〇月三〇日、同年度の賃上げ差額が同年四月一日にさかのぼつて各個人に支給されたこと(支給日については当事者間に争いがない。)がそれぞれ認められる。
右事実によれば、第六八回臨時中央委員会における臨時組合費徴収を決定した段階では、まだ臨時組合費の額すなわち同年度の各組合員の賃上げ差額は未確定の状態であつたが、すでに調停案が出された後であるから、従来の慣例に照らし、同年度の賃上げの実施およびその額について一応の見通しがつき、あとは確実になされるであろう仲裁裁定をまつて、その後に行なわれる配分の作業を経て各組合員の賃上げ額が確定され、これに従つて同年度の賃上げ差額が支給されることが十分見とおせる段階になつていたのであるから、第六八回中央委員会における決議において、臨時組合費の徴収につき「七一年春闘賃上げ額の一か月分」を徴収する旨決定したとしても、その際には、履行期までに臨時組合費の数額を確定しうるだけの標準が定まつていたことが明らかである。そうすると、本件臨時組合費請求権は、第六八回臨時中央委員会の決定により、その当時原告組合の組合員で、同年四月一日当時も原告組合の組合員であつた者について有効に成立したものというべく、しかして、その後差額支給日すなわち履行期以前に原告組合を脱退した者についても、いつたん発生した債務の履行を免れ得るいわれはないから、右臨時組合費の納入義務があるものといわねばならない。よつて、被告らの右主張も亦採用するに由ない。
二、被告らは、本件臨時組合費の徴収決定は公労法第一七条で禁止されている業務の正常な運営を阻害するような争議行為のための費用ないしかかる闘争の結果処分を受けた犠牲者救済を目的とするものであり、同条違反の争議行為ないしこれを助長することを意図したものであるから、公序良俗に違反し無効であると主張する。しかし、<証拠>によれば、本件臨時組合費の徴収は直接には組合活動を行なつたことによつて組合員が受ける諸不利益を組合において補填し、もつて組合の団結の強化を図ることを目的とするものであると認められ、もとより、そのこと自体で直接公労法第一七条違反の問題を生ずるものではなく、また、臨時組合費を徴収して組合活動による犠牲者を救済する資金に充てることによつて、同条違反の行為を助長することになるとしても、民法第九〇条の規定は、その社会の一般的秩序または道徳観念に照らして、その私法的効果までも否定しなければならない程度に反社会性が強い行為について、その私法上の効果を否定するもので、国家の一種の政策的な禁止規定に違反する行為をせいぜい助長するだけにとどまる行為が、ただちに同条にいわゆる公序良俗に違反するものとは解されない。すなわち、公労法第一七条の規定はいわゆる強行法規であるとはいうものの、憲法第二八条によつて労働者に保障された労働基本権につき、公共企業体等の職員については、その職務の公共性にかんがみ、とくに制限を加えたいわば政策的規定であり、同規定が合憲であるのかどうか、またすべての争議行為を禁止した規定であるのかどうかの議論はともかく、同条違反の行為をした職員は同法第一八条により解雇されることがあり、また関係諸法規に照らしてその責任を問われ、処分されることもあるのであつて、それ以上に、同条に違反する争議行為を助長するような一切の行為の法律効果を否定してまで、これを禁圧しなければ、社会の一般的秩序を維持し得ないとか、世人の道徳観念を破壊するなどとは到底解することはできないから、たとえ、前記のように臨時組合費の徴収が結果的には公労法違反の争議行為を助長する側面がないとはいえないにせよ、それがただちに公序良俗に反し無効であるとはいい難い。しかして、被告らのこの点についての主張も採用し得ない。
(鍬守正一 宇佐見隆男 大石一宣)