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福岡地方裁判所 昭和49年(む)869号 決定 1974年9月04日

被疑者 松田雅之

主文

原裁判を取消す。

検察官の本件勾留期間延長請求のうち、五日間を超える期間にかかる部分については、これを却下する。

理由

一、準抗告申立の趣旨並びに理由は、検察官作成の「準抗告申立書」記載のとおりであるから、これをここに引用する。

二、所論は、要するに、本件事案の態様、性質、関係人の数、捜査の進展状況などから、なお捜査を尽すために、本件被疑者の勾留の期間を延長しなければならないやむを得ない事由が存在するというのである。

そこで考えるのに、一件記録によれば、本件は鋭利な刃物を使用して行なわれた疑いの濃い傷害事件であり、被害者の原野敏和の受けた傷の程度も加療に約四週間を要する左大転子剥離骨折、左大腿部刺創、右側頭部切創というかなり重大なものである。そして被疑者は、本件について酒に酔つていたため全く記憶がない旨弁解し、被疑者も事件当時かなり深く酒に酔つていて、記憶にあいまいな点が多く、従つて、当時右両名の喧嘩を目撃していた者を取調べる必要があることは明らかである。また、本件において使用されたと考えられる兇器も未発見で、これに関する捜査も今後十分に尽す必要がある。しかも、目撃者らは、被疑者と親族ないしは近隣の者であつて、警察官らの聞き込みに対し、被疑者をかばうような態度をとつたことも窺われ、結局以上の事情を考えれば、現段階においては、捜査が未だ十分進展しておらず、かつ被疑者を釈放すれば、関係人と口裏を合わせるなど罪証隠滅行為を行なうおそれが極めて大きいといわなければならない。

もつとも、右のように捜査が進展していない事情について検討するに、一件記録によると、昭和四九年八月二七日被疑者に対する勾留状が発付されたのち、同月二七日に警察官による被害者および目撃者一名の取調べが、同月二八日に同じく警察官による被疑者の実姉および目撃者一名の取調べがそれぞれ行なわれ、その後同月三〇日に検察官によつて被疑者の取調べが行なわれたのみで、本来の勾留期間である一〇日間に実況見分、兇器の捜索などの捜査も十分可能であつたと考えられるのにかかわらず、検察官による目撃者の取調べすら行なわれていないことをみると、捜査の進展しなかつたことについてはかなりの部分捜査機関がその責任を十分果していないことによるというべきである。その意味で、原裁判官が検察官の勾留期間延長請求を却下したのも首肯できなくはない。

しかし、さらにひるがえつて考えるのに、前記のような本件事案の態様、関係人の性質等を考えれば、いま被疑者を釈放することは許されず、また被疑者に対する起訴不起訴の処分に熟していないことも明らかであるので、右のような捜査機関の責任を考えても、本件において勾留期間を延長するやむを得ない事由は存在するものといわなければならない。ただ、右に述べたような一切の事情を考慮すると、とくに捜査機関側の事情がかなりの要因となつて被疑者の勾留期間を長期化させる結果となる本件においては、一〇日間の延長は長きに失し、五日間の期間延長をもつて足りるというべきである。

以上のとおり、検察官の本件準抗告申立は、右説示の限度において理由があるものというべく、検察官の勾留期間延長請求を却下した原裁判は結論において失当であり、刑訴法四三二条、四二六条二項を適用して、主文のとおり決定する。

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