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福岡地方裁判所 昭和50年(行ウ)33号 判決 1979年4月10日

原告

株式会社朝日新聞社

右代表者代表取締役

渡辺誠毅

原告

右西部本社代表 松本盛二

右原告ら訴訟代理人弁護士

渡辺修

(ほか二名)

被告

福岡県地方労働委員会

右代表者会長

副島次郎

右訴訟代理人弁護士

高森浩

(ほか二名)

右指定代理人

進藤英輝

(ほか二名)

参加人

日本新聞労働組合連合

右代表者中央執行委員長

加藤親至

参加人

朝日新聞労働組合

右代表者本部執行委員長

宮本貢

参加人

朝日新聞労働組合西部支部

右代表者執行委員長

山本中

右三名訴訟代理人弁護士

塘岡琢磨

(ほか七名)

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が、参加人らを申立人、原告を被申立人とする福岡地方労働委員会(以下「福岡地労委」という)昭和四九年(不)第二四号不当労働行為救済申立事件について、昭和五〇年九月六日付でした別紙命令書(以下「命令書」という。)記載の命令(以下「本件命令」という。)中主文第一項を取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する被告の答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、参加人らを申立人、原告らを被申立人とする福岡地労委昭和四九年(不)第二四号不当労働行為救済申立事件について、原告らに対し、昭和五〇年九月六日付を以て、命令書記載のとおりの本件命令を発し同命令書は同年一〇月三一日原告らに交付された。

2  しかし、本件命令は、以下に述べる理由により、違法であるから、その取消を求める。《以下事実略》

理由

一  行政処分の成立

請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  当事者等

原告会社の業務内容及び参加人連合体、同朝日労組、同西部支部の関係については当事者間に争いがなく、右事実と(証拠略)によれば次の事実が認められる。

原告会社は東京、大阪、名古屋、西部に各発行本社を置き、日刊新聞発行を主体とする情報提供を事業内容とする会社でありその従業員数は、四九年六月一日現在九九八三人である。参加人日本連合(日本新聞労働組合連合の略―編注)は、全国の新聞通信及びこれと直接関連する産業の労働組合をもって組織された連合体であり、昭和二五年六月三〇日に結成され、加盟組合は参加人朝日労組を含む七七組合、加盟組合員数は四万三〇〇〇人であり一〇地方連合会の下部組織を有している。参加人朝日労組は、昭和二七年五月二三日原告会社の従業員で組織された労働組合で、四支部一分会の下部組織を有し八二〇三人が加入している。

参加人西部支部は、朝日労組の一支部で前同日原告会社の西部本社の従業員により結成された労働組合で、一二〇六名が加入している。

三  本件救済申立の申立人適格及び被申立人適格を争う原告らの主張について

1  原告らは右申立事件においては、参加人西部支部は申立人適格を有しないと主張するので、まずこの点について判断する。

参加人西部支部は、単一組合である朝日労組の一支部であることは当事者間に争いがなく(証拠略)によれば、支部は独自の機関として支部大会、支部中央委員会、支部執行委員会、職場委員会を置き、支部を代表する支部執行委員長他の支部役員を有し、自主的に運営できる事項についてはこれを処理することができ、支部執行委員会がその責に任じ、支部執行委員長がこれを代表することになっており、また、本部に関する規定を準用することによって労組法二条及び五条二項各号の要件を満たしていることが認められる。支部は、二名の会計監事が置かれ、毎月会計監査を行い、支部は実情に応じて支部大会の承認を得て臨時経費を徴収することもできある程度の支部独自の会計も有するので支部の独自性を肯認しうるというべきである。もっとも支部における争議権の行使については、単一組合であるから、本部の統制があるのは当然であるが、そのことをもって支部の独自性を損うものともいえない。

また(証拠略)によれば、西部支部は昭和四八年二月死亡した福岡総局西野写真部員の業務死に関する問題のように従来から西部支部に発生した問題については西部支部独自の問題として西部支部が会社と交渉している事実も認められるし、さらに、昭和四五年の機付人員の増員要求に関する交渉が行われた際、西部支部印刷職場における腰痛問題と関連し、これは会社と西部支部との問題であるとして、交渉がもっぱら支部交渉に重点が置かれていたことは、原告らも認めて争わないところである。

そこで以上の事実からすれば、規約上も、実際上も支部にはかなりの範囲においてその独自性を持っていることが認められる。

もともと不当労働行為制度は、労働組合法が予想する公正な労使慣行に反する使用者の行為を事実上の措置として排除することにより集団的な労使関係における慣行ないし秩序の正常化を図ることを目的とするものであり、不当労働行為救済命令は、当事者間に権利、義務の存否を確定するものではなく、不当労働行為の主体に一定の作為、不作為を命ずるものであるから、救済命令の申立人適格について、労働組合といっても、訴訟における当事者適格の問題のように厳格に解する必要はないものといえる。

そして、西部支部は前記のとおりある程度の自主、独立性を有し独自の活動を行ってきたのであるから、申立人適格を認めた本件命令には何ら違法はないといえるので、この点に関する原告らの主張は理由がない。

2  次に原告らは、西部本社ないしはその代表者松本盛二は、いずれも労働組合法上の使用者に該当せず、被申立人適格を有しないと主張するので、この点について判断する。

前記のように、不当労働行為救済命令は当事者間に権利義務の存否を確定するものではなく、不当労働行為の主体に一定の作為、不作為を命ずるという事実上のものであるから、不当労働行為の主体は、労働契約関係の主体のほか、当該労働関係に重大な影響力ないしは支配力を及ぼしうるものであり、かつ不当労働行為救済の目的から必要と認められるときは、それ自体が独立の法人格を有するか否か、また労働協約及び雇用契約の当事者であるか否かにかゝわらず第三者でない限り、不当労働行為救済申立の被申立人適格を有するものと考えるべきである。

(証拠略)によれば、原告会社は、東京、大阪、西部、名古屋に各発行本社を置き日刊新聞の発行を業とする会社であり、西部本社は商法上、株式会社朝日新聞社の支店であり、西部本社代表は西部本社の事務を統轄するものであるが登記を有する支配人ではなく、代表権はないこと、西部本社代表の機能は、西部本社を構成する編集局、業務局、印刷局及び総務部の各部、局間の調整指導を行うことにあり、各部局の担当業務を直接に執行する職務権限をもつものではないが、朝日新聞社は、東京、大阪、西部、名古屋に各発行本社を置いて、各本社はその就労の実態としては独立しており、労使間交渉も各本社毎に行うことが多く、西部本社代表は西部本社と西部支部との間の団体交渉においては会社組織上重要な事項について会社代表者の指揮決定を受けるとしても会社を代表する責任者としての役割を果してきたこと、本件の機付人員削減の実施にあたっては支部交渉に重点が置かれ、西部本社と西部支部との団体交渉において、西部本社代表は会社を代表する立場にあったこと、また本件申立の原因となった機付減に伴う労使間の紛争が西部本社における腰痛問題とも関聯して発生したものであること、以上の事実が認められる。

以上認定したとおり、西部本社は商法上の支店にすぎず、労働協約の当事者ともなっていないが、当該労働関係に重大な影響力ないしは支配力を及ぼしうるものであることが明らかであるからその救済の目的かつ必要性からも西部本社を使用者と同様に取扱うことが相当と解されるので本件命令が西部本社に被申立人適格を認めたことは正当であり、何ら違法はないから、この点に関する原告らの主張は理由がない。しかも本件命令が、松本盛二個人を名宛人とするものではないことも明らかであるから、その点についての原告らの主張も理由がない。

3  よって、本件救済申立の、申立人適格、及び被申立人適格を争う原告らの主張は、いずれも理由がない。

四  機付人員の沿革

1  (証拠略)によれば以下の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

朝日新聞社各発行本社においては、終戦後、印刷輪転機に、当初はすべて旧型の竪型あるいは横型を使用していたが、新式のユニバーサル型輪転機を昭和二五年一一月東京本社に一台、同年一二月大阪本社に二台導入し、以後逐次旧型を新しいユニバーサル型に入れ替えられたが、本件機付統一として問題となった昭和四九年五月現在全社の輪転機保有台数一一七台のうち名古屋本社の竪型六台を除きその余は全て新型のユニバーサル型に入れ替えられた。

会社は、新機種を使用するにあたっての適正な機付人員数を印刷局長会議において検討し、昭和三〇年ごろまでには、一セットの編成を輪転機三台の場合は六名、二台の場合は四名、一台の場合は三名とする原則を立てたがこれは会社内部の人員配置基準として設けたものでユニバーサル型によることを想定したものであった。

昭和三四年四月、新聞のページ数を朝刊一二ページ、夕刊四ページとする建ページの変更に伴い、組合は三台連結七名、二台連結五名、一台三名という機付人員を基礎に、実態に応じて対処してほしい旨要求したのに対し、会社は機付人員六、四、三の原則を維持するが実情に応じて善処してゆく方針であることを明らかにした。

昭和三四年当時、輪転機の機種はかなり旧型が残っており、東京本社では二七台中竪型が九台、大阪本社では二一台中竪型が九台、西部本社では一二台中横型が六台という状況であり、二台連結五名の運用が続けられていた。

昭和三七年一一月一日から東京本社で朝刊一四ないし一六ページを二台連結で印刷することになったのに伴い、東京本社においては前記原則を基礎としながらも朝刊帯の勤務時間が長く深夜に及ぶ等の事情を考慮して(東京の場合は紙取作業はない)、機付人員を四・五名とし、大阪、名古屋、西部の各本社においては、旧型機がかなり残っていたこと、紙取り作業を含んでいる事情から二台連結の機付人員を五名として在籍人員を決定した。

昭和三九年六月会社は、東京本社に芝浦の印刷総局を発足させ、輪転機はユニバーサルU9型、紙取作業はカウンタースタッカーにより全面的に機械化されることを前提として、二台連結の輪転機の機付人員を四名とし、同年四月一六日の中央経労協でその旨発表した。

しかし、芝浦印刷総局におけるカウンタースタッカーの開発が遅れ、その導入は、昭和四一年九月以降となったが、当初その性能が安定せず紙取り要員を廃止することができなかったので二台連結の機付人員四名のほかに紙取り作業の人員を配置することとなりその状態が昭和四三年頃まで続いた。その後はカウンタースタッカーが安定的に作動するようになり、紙取り要員を廃止したものの、運搬コンベア上でのトラブルが発生するためその要員の確保をなお必要とする状況であった。

2  当事者間に争いのない事実(昭和四五年印刷職場において腰痛症対策としての交渉が進められ、六セット、機付人員一〇〇名夜勤月一〇回四勤一休を内容とすることで実施に移されたこと、但し二台五名の機付の点については合意事項かどうかについては争いがある)(証拠略)を併せると以下の事実が認められ、これを覆すに足りる証拠はない。

西部本社では、昭和三四年春頃から、初めて朝刊が部分的に一四ページとなり、二台連結印刷が始められたことに伴い、機付人員の配置が問題となったので西部支部は三台連結七名、二台連結五名、一台四名の機付人員の要求を出し西部分会経営労働協議会(以下「分会経労協」という。)で協議したが、西部本社は、機付人員についての六・四・三の原則は全社的なものであるから変更できないが西部でも臨時処置として二台連結四名であるのを必要に応じ五名にしたり、単機三名を四名とするなど適用上の処置をして要望に沿うべく考慮していると説明した。

昭和三六年四月頃朝刊の一四ページ体制が完備し、同年八月二四日西部支部は三台連結八名、二台連結六名、一台四名の機付人員と一名の紙取要員を要求し、同年九月四日の分会経労協で話合われたが、会社はこれに応じなかった。

昭和三七年一二月西部支部は機付人員を八・六・三プラス紙取要員一口あたり一名の要求を出したが入れられず、その後、昭和三八年九月、同四〇年一二月、同四一年一二月にも西部支部は前同様の要求をしたが、西部本社はその都度これを拒否した。

昭和三七年頃から西部本社の印刷職場で腰痛症が発生し始め、昭和三八年三件、同三九年五件、同四〇年九件と年を追うごとに増加し同四二年一三件(但し同四三年は〇件)、同四四年一五件と増加し、同四二年には、大阪本社や西部本社の他職場から応援を求める状態も生じ、昭和三六年から同四八年までの間に延べ四三件の腰痛症が業務上労災の認定をうけるに至った。

右のように、腰痛症が続発する中で、昭和四四年暮れ頃には、印刷職場から課会の席上などで(1)機付人員を一一二名に増員(2)夜勤回数を月一〇回(3)四勤一休、二勤一休を骨子とした腰痛対策が要求され交渉に入った。これに対し、会社は、昭和四五年四月当時の梅本印刷部長は、いわゆる部長私案として、機付人員一〇〇名、朝刊印刷七口印刷を六口に減らし、勤務パターンは四勤一休、夜勤回数は月一〇回とするとの構想を課会で打ち出した。

しかし西部支部は右回答が支部要求を下廻るとして反対したので交渉が継続され、その過程において、会社は当時腰痛症が多発していた時期でもあったところから、夜勤回数を減らすことを主目的としそのためセット当りの機付人員も従来の二台五人の制度を踏襲するが七人増と一口減はセットで切り離すことができない問題であることを明示した。

そして、九月五日の支部団交においてもとくに状況の変化はなく、九月一二日の支部団交において会社は、一〇月中旬より六口印刷へ移行すると西部支部へ通告し、その後九月二一日、一〇月五日と団交が続けられ、同日の支部団交において交渉はとくに進展しなかったが組合側は、一口減の実施日の明示を求めると共に夜勤が減少することについては一応の評価をしながらも一口減は労務負担増加につながり労働条件の重大なる変更となり、それは労使間の合意事項と考えるのでこれが合意に達しない限り新勤務に移行することはできない見解を表明した。

同月一五日の支部団交においては、会社は同月一九日からの一口減の実施は変更できない態度を維持したので組合要求の一口減に伴う時間外賃金減少分に対する特別措置についての交渉が行われ同月一八日開催された課会において組合側は新に時間外補償を含む四点の要求を提案した。

以上のように四月一〇日以来九回にわたる支部団交が行われ一方課会においてもそのことが討議されたが妥結をみないまま実施日の一〇月一九日を迎えるに至った。

実施日である同日午後四時から五時迄一時間にわたって支部団交が開かれ、その席上組合は、合意に達しないまま一口減を強行するならば作業にはつけないこと、その場合職場での混乱が予想されるのでそれを避けるための対策を講ずるよう申入れたのに対し会社は、職制に十分話合いをするように指示するので、組合も所定の時間に通常どおり所定の作業に就くよう要望した。同日午後六時より課会が開かれたが、会社側は現状のまゝ会社案を強行すれば職場において混乱が発生することが予想され、それを実施するためには組合の新しい要求も或る程度受け入れざるを得ないと判断し課会に森田恭生課長が出席し組合から要求されていた四点につき(1)時間外補償は五時間の限度で行い今後とも努力してゆく、(2)紙取り要員を一名増し、夜勤人員を三三名とする。(3)日曜非番化については引き続き考える。(4)四勤一休・二勤一休については今後実現のため努力する、と答えたので組合側は会社の一応の誠意を認めて新勤務による作業につき、職場におけるトラブルは発生するに至らなかった。

五  本件機付人員変更の交渉経緯

1  (証拠略)を併せると以下の事実が認められ、これを覆えすに足りる証拠はない。

東京本社、大阪本社では昭和四五年以降三台連結印刷体制であったが、各本社で輪転機のユニバーサル型への入替えカウンタースタッカーの備付け(名古屋、大阪、西部の各本社は全部の機械にカウンタースタッカーが取付けられた)がほゞ終り各本社の機械設備が平均化されてきたため二台連結の機付人員の統一が取上げられ昭和四八年一一月下旬から一二月上旬にかけて印刷部長会議、印刷局長会議或いは部長局長の合同会議において検討した結果、会社は全社的に二台機付を四人とするいわゆる六、四、三の原則を実施しうるとの結論を出した。会社は同年秋の中東紛争に端を発したいわゆるオイルショックによる新聞用紙供給削減によって発行新聞の建ページ数を同年一二月二一日から全社的に朝刊一六ページに減少するいわゆる減ページに伴う経営危機に対拠するため同月一九日に開かれた第二一一回中央経労協において、新規設備の取りやめ、新規採用の中止等の一連の合理化施策を発表したが、その一環として二台連結の機付を全社的に統一しとりあえず二台連結の機付人員を四人とし、出勤手配の余裕人員をセット当り〇・五人の割合で認め、それを同月二一日から実施すると通告した。これに対し組合は会社の一方的な人員削減には反対であるとの意思を表明したので、会社は支部段階で更に交渉を継続することとして同月二一日の実施を見送った。

昭和四九年一月上旬になると、用紙事情が好転し、これをめぐって、同月一二日組合の申入で本部団交が開かれ、その席上会社は、東京、大阪の朝刊は二〇ページを基本とするとし、先に示した合理化諸施策のうち建ページ以外の問題は残るが、新要員計画や経費節減は方針通り進めていくことを表明し又組合から機付人員削減について前に打出された機付統一は前記事情下における暫定措置であるから状況の変化により、その原則は消滅するのかと質問されたのに対し会社は、二台連結四人の原則は一貫して維持すること、機付人員の決定は労使間の合意事項ではないから、交渉による解決は必要でないものの、その実施については話合いを進める旨答えたが、その後、同年四月二二日に至るまで、会社から交渉申入はなく従って機付人員削減については討議されることもなく経過した。

2  (証拠略)を併せると次の事実が認められ、これを覆えすに足りる証拠はない。

(一)  昭和四九年四月二二日、会社は中央経労協幹事会において、再び組合に対し印刷職場の機付人員を、二台連結四名とし、五月一〇日から実施したい旨通告し、組合の協力を求めた。西部支部は、四月二三日に開かれた分会経労協で(1)今回の通告は何ら状況の変化のない中で、労働条件を著しく低下させるものであるから承認しがたいこと、(2)機付人員は労働条件の根幹をなすものであるから会社は「一口減」時の支部団交約束を守るべきであること、(3)合意のない一方的な実施は許さないとの基本見解を表明するとともに、組合は、同月二五日から名古屋で本部執行委員会を開き、右会社通告は、(1)新要員計画を柱とする総合労務計画の具体化であり、とりわけ会社五原則による休日基本構想の布石である。(2)当該職場にとって、機付人員、印刷口数、勤務シフトおよびパターンは労働条件の根幹をなすものであり一方的な切り下げは認められない。(3)職場の合意を無視した強行実施は絶対に許さない、として右会社通告の撤回を要求していくことを決定し、その旨本部執行委員会声明として発表した。

また、同月二六、二七日大阪に四支部、一分会の職場の代表が集まり印刷職場懇談会が開かれ、会社の右提案には断固反対し撤回を要求し、会社があくまで強行しようとする場合は職場の総力を結集しあらゆる抵抗闘争を組む、などの統一した基本的態度を決定し、全組合員に呼びかけた。

(二)  同年五月一日西部本社において、西部支部と西部本社との間で、本件機付人員削減についての第一回支部団交が行われ、西部本社は機付人員削減の必要性について、経営をとりまく情勢等を説明し、機付人員削減についての二台連結四人は一貫して主張してきた会社の主張であること、機付統一は全社的統一で、西部本社に限られるものではないこと、カウンタースタッカーの設置、輪転機の更新、休日増、夜勤回数減など労働条件は昭和三六年の二台連結開始時に比べて著しく改善されているので部分的に出てくる労働量増加の問題はすでにその中に吸収されていること、しかも、機付人員を五名にしたのは組合の合意の結果によるものではなく、これは本来組合の合意を必要とする労働条件の変更とも考えてないとの見解を明らかにした。

そこで、西部支部は、会社通告の白紙撤回、不当配転の中止、充分な事前協議および事前合意の実行、週休二日制の即時実現を迫ると共に印刷職場では口数と機付人員が労働条件の根幹であること、二台連結五人機付は一三年間続けられたものであるから合理的理由がない限り変更を認めないこと、組合の合意のない場合実施しない旨の確認を強く求めた。

第二回支部団交は五月四日午後四時から開かれ、前回の組合の要求に対し会社は、(1)機付減は、経営の現状から是非必要であり現状からもそれが可能であると判断しているので撤回する考えはなく、機付減で浮いた人員は配転する。(2)機付減については、合意を得るべく努力するが、労働協約にいう合意事項ではないので合意が得られなくても実施すること、しかし、組合の反対を無視して強行する考えはなく団交によって解決する意思を持つこと。(3)週休二日については遠くない時期に会社案を提示するが機付統一は週休二日の条件整備ではないので週休二日の問題は、本部で制度問題として交渉すると回答した。その際組合は、昭和四五年のいわゆる一口減団交の経緯から会社は、機付減はしない約束をしているとしてその厳守を求め、当時の五人機付は労使間の合意事項として実施されたものであるとして、その確認を要求したが会社は、五人機付は同趣旨に確認されたものでないこと、四人機付については部分的にも修正撤回の余地はないこと、支部団交は会社提案を理解してもらうため行っているものであるとの回答をしたので、その交渉は進展するに至らなかった。

第三回支部団交は、五月八日午後四時半から開かれ、組合は、現在でも腰痛患者が出ており、また潜在患者も多い職場の実態を指摘し、機付人員削減をすれば労働密度が高まり腰痛が再び多発し、会社が腰痛対策として一口減五人機付一〇〇名在籍を打ち出した四五年以前の悲惨な状態に戻るとして会社案実施の白紙撤回を求めたのに対し会社は右実施が多少の労働強化になるとしても腰痛を多発させるほどのものではなく、機付減による合理化は経営改善上欠くべからざるものでその実施の撤回が出来ないと述べたので、結局双方の主張は対立したまま、支部団交は打切られた。

3  組合は、各支部の支部団交を踏まえて、五月九日午後五時から六時間余にわたり東京で会社との本部団交を行った。その席上組合は、機付人員削減はきわめて重大な労働条件の変更であるから事前協議の対象となり組合の合意がなければ実施すべきではないこと、五月一〇日からの実施は延期すべきであることを提案し西部支部、大阪支部は、支部団交の経過を説明し、支部の立場を主張し西部支部はその事情を特に強調した。これに対し会社は、従来の主張を繰り返し、組合の要求に対してはこれまでの支部団交、職場での話し合いにより十分検討したとして予定通り五月一〇日に実施する態度を表明し、組合の合意をえられる見通しはなく、五月一〇日実施を延期しても同じであるとの理由から同日実施を組合に通告した。

4  西部本社印刷課では、会社が五月一〇日から四人機付とすると通告した後も、同日から五月一四日までは、従来どおり三二名で作業していたのであるが、会社は職場交渉の中で一五日以降二台連結四人機付、合計二六名とする方針を示したので五月一四日午後四時から第四回支部団交が開かれ組合は従来の主張を繰り返し、一五日からの新勤務に対しては従来の勤務体制を維持する闘いを貫徹してゆく。このことによって起る混乱の責任を組合に転嫁することは絶対に許されないとの見解を述べたのに対し会社は四人機付は、一〇日に実施したいと考えているので、一五日からの新勤務による四人機付を延期もしくは撤回する考えはなく、会社は全社統一の機付人員二台連結四人という原則を変えることはできないこと、職場で発表されている一五日以降の勤務は日頃の勤務同様業務命令なので旧勤務体制に強行就労した場合は業務命令違反であるとの会社見解を表明した。

六  組合による業務命令拒否と就労闘争

(証拠略)を併せると次の事実が認められこれを覆すに足りる証拠はない。<証拠判断略>

1  西部支部は、その頃連日支部執行委員会を開き五月一日の第一回支部団交結果を踏まえて、事前合意制の確立と会社通告の白紙撤回闘争に全力をあげて取組むこと、週休二日制確立を要求してゆくことを確認し、さらに、闘争態勢の確立、オルグの強化、教宣体制の検討、確立、社内ビラ貼りの拡大等の方針を決定し五月四日付の支執アピールとしてこれを支部組合員等に明らかにした。

同月九日前記の事情で終了した本部団交後開催した本部執行委員会は、会社の機付人員削減の強行実施に、厳重に抗議し、会社のかゝる一方的な強行は、労基法の精神を踏みにじる違法なものであるからこれによって生ずる混乱の責任を組合側に転嫁することは絶対許されないこと、会社通告の撤回をあくまで要求すること、なお交渉を継続するが、同時に、当該職場から提起されている従来の勤務パターンを維持する取組を含むあらゆる抗議と撤回のための行動を職場とともに闘っていくこと、そのためには本部執行委員会、支部執行委員会、職場は一体であることを確認し、このことを五月一〇日付の本部執行委員会声明で全組合員に示した。(朝日労組大阪支部においても本部方針に従って西部支部と同様、従来どおり五人機付の作業を維持し四人機付変更を阻止する闘いを行うことを確認し五月一〇日から同月二二日までの間二台連結五人機付の作業を行った)

西部支部は、同月一三日の支部執行委員会において、本部執行委員会の方針の下、印刷職場の固い団結を基に強行実施を阻止すべく、支部団交などで会社に撤回を要求し続けるとともに、印刷職場でのこれまでの闘いを一体となって進めるが、新聞発行業務に障害を与えることは意図せず、その闘いが罷業、怠業とは無関係であり、あくまでも、自らの健康と生活を守る最低限の抵抗であるとの態度を確認して、これを支部執行委員会声明として、同日、組織内に示した。

前記のように、同月一四日の支部団交で、会社は一五日から新勤務による四人機付を実施すると組合に通告したが、団交終了後、西部支部は田中本部委員長、大島本部法規対策部長を加えた拡大支部執行委員会を開き、一五日から会社の強行実施に伴う業務命令を拒否して従来通りの五人機付で勤務につくことを機関決定し、これを、職場に表明した。

2  西部本社印刷課では、同月一〇日から一四日までの出勤表による勤務指示を同月六日に発表し、なお夜勤帯の出勤手配は従来どおり三二名としたが、それは当時まだ機付統一について組合と交渉中であったからであり、この出勤表に基く札掛けは、同月一〇日の分を五月八日に発表し、各セットの機付は四名とし、従って機付の人員は二四名、損紙整理等のための人員二名の計二六名とし、残りの六名は別作業を命ずることとして札掛けは別の箇所にまとめた。そして、同月一〇日から一四日まで、この六名を調整昼勤にまわすことなく、そのまま夜勤帯に出勤させ、カウンタースタッカーの計数検査を命じた。

しかし、組合は、この六名の者に実際は計数検査をさせずに、実質的に五名機付にして、計数検査表は形式的に整えて提出させた。

3  西部本社は同月一〇日に同月一五日から二〇日までの印刷課の出勤手配を二台連結機付四名の合計二六名として組んだ出勤表を作成し五月一五日の分については五月一三日午後一〇時前に具体的な作業指示の札掛けを行い、五月一五日の分については、調整昼勤者を八名とした。

西部支部は前記の同日付本部執行委員会決定、および同月一四日の西部支部拡大支部執行委員会における会社の業務命令排除、従来の勤務パターン継続の決定を受けて、同月一四日夜の印刷職場の全員集会において、本部委員長、以下支部の役員が一五日から抗議行動をとる旨の指示を出し、具体的には調整昼勤を命じられた者のうち従来どおり三二名の勤務が続いていれば、今までの慣例によって夜勤に就労すると思われる者を夜勤回数の平均化をも考慮して、同日の分については阿部英昭ら六名に昼勤拒否と夜勤の就労を指示した。一六日以降の分についても、同様の方法で、調整昼勤者の中から、連日六名を選定して昼勤を拒否し夜勤に就労させた。

右の指示により、同月一五日午前調整昼勤者八名のうち阿部英昭ら六名はこれを拒否した。同日の西部支部の教宣ニュースにより右の六名が夜勤帯に強行就労してくること及び同日以降も調整昼勤者のうち毎日六名が昼勤を拒否して夜勤に強行就労してくることを予想した西部本社は、同日午後二時及び午後六時の二回分会経労協幹事会を開いて警告を発したが、西部支部は、印刷職場の就労闘争は、本部執行委員会の全面的な支持のもとに、支部の全責任により指令、指示するもので、会社の業務命令は、不当且つ無効なものであるから闘争の結果発生する事態はすべて会社の責任であると反論した。そこで西部本社は、昼勤帯で勤務を拒否した阿部英昭ら六名の氏名を特定して、輪転機職場入口に同人らの立入を禁止する旨の掲示を出し、さらに同人らに対し口頭で夜勤へ就労しないよう警告した。

同日午後六時ごろ、印刷職場では、組合員が全体集会を開いて田中本部委員長、大島法規対策部長、村田支部委員長ら執行部の役員らが本件行動にあたって注意すべき事項などについて指示を与えた。同日午後七時三〇分頃、九五名の印刷課員が組合役員を先頭にして輪転機職場に降りてきたところ、印刷局長、局次長、印刷部長、現場職制、他の印刷局の部長、次長等約三〇数名が入口でメガホンやハンドマイクで当日出勤を命じられている二六名以外の者は職場内に立入らないよう警告しその入場を制止した。しかし、組合員はこれを無視して当日の出番者二六名と阿部英昭ら六名の三二名を含む当該職場の全員が職場内に入り、これらの者は、準備体操を行った後各セットに五名ずつついて機械の点検作業を行ったが、前記三二名以外の職場組合員は作業の行われていない場所で、これを見守っていた。

職制らは、阿部英昭ら六名の者に対し仕事をやめて室外に出るように説得したが、右六名の者はこれに従わなかった。午後八時ごろ整備作業が終了すると職場組合員は全員一旦休憩室に引き上げ、午後九時すぎ前記同様の形で再び会社職制等の制止を無視して作業場に入り、各セット五名ずつが作業につき印刷作業を始め、翌一六日朝刊の印刷が終了する午前四時ころまで、従来どおりの印刷作業を行った。

同月一六日以降についても、同様な昼勤命令の拒否と、夜勤への就労が繰返され、同月二七日の昼勤拒否まで続けられ、その間会社は、連日夜勤の強行就労者に対し就労しないよう説得するとともに、印刷職場入口に昼勤拒否をした者の氏名を墨書して立入禁止の掲示をしていた。右のような就労闘争は同月二七日組合による中止指令がなされるまで続けられた。

4  前記のとおり組合は、同月一三日田中哲也本部委員長を、同一四日大島次郎本部法規対策部長をそれぞれ西部支部に派遣し、同月一六日には全支部・分会の組織部長及び法規対策部長が集まり、組織・法規対策合同会議を開いて機付人員削減問題に対する対策を検討し、さらに同月二三日から二五日にかけて本部執行委員会を西部支部において開き、西部支部における本件行動の継続を再確認するとともに、交渉による打開の道も求める方針のもとに、西部支部の闘争を継続したまま、局面打開の本部団交の申入を決定し、同月二五日会社にその開催を申し入れたので五月二七日午後三時から東京本社において本部団交が開かれた。その際会社は、西部などの特殊性、交渉の経過も異なること、支部、職場などいろいろな段階で、それぞれの問題を誠実をもって対処することを約束して即時業務の正常化を要請したので組合も、会社提案を受け入れ、西部支部の勤務変更に伴う業務命令拒否の行動をいったん中断し、局面打開の交渉に応じることを決定した。このため西部支部における昼勤就労拒否は五月二七日まで、夜勤の強行就労は同月二六日までで終った。

局面打開のための交渉は、同月三一日の支部団交、六月四日、同六日の中央経労協幹事会を経て、同月六日会社は分会経労協幹事会において、夜勤人員を下限二七人、上限二九人で運用し、具体的な出勤上の手配は職場で調整するとの案を示した。これに対し組合は、西部支部印刷職場の確認を得てこれを受入れ、同月一〇日、当面の局面を打開するため特別な状況変化がない限り、いわゆる就労闘争は再開しないことを通告した。

七  組合によるビラ貼り、立て看板など

当事者間に争いのない事実(西部支部がほゞ原告ら主張のとおりビラ貼り、垂れ幕、立看板をしたこと)(証拠略)によれば次の事実が認められる。

昭和四九年四月二二日組合が、会社からの本件機付人員削減の通告を受けた後西部支部は直ちに前記のとおりの反対の意思表示をし、支部執行委員会等で、検討したうえ立看板とビラ貼りにより右の意思を明らかにすることとし、支部組合員にその旨指令したので、このビラ貼り及び立看板は四月二六日から五月二六日まで三一日間にわたって行われた。

即ち、同月二六日、西部支部は印刷課休憩室及びその付近等に縦約四二センチメートル横約一五センチメートルの「四人機付阻止」、「四人機付反対」などと、手書したビラ約二〇〇枚をセロテープで貼ったので、西部本社は同日それらのビラを撤去するよう西部支部に申入れたが、西部支部は撤去しなかった。

同月二七日西部支部は、西部本社社屋正面玄関階段手すりに「四人機付阻止」と書いた縦約八〇センチメートル、横約二メートルの立看板を細ひもで結びつけたので、同日の分会経労協幹事会で、西部本社は、ビラ、立看板の撤去を申入れ、もし西部支部が撤去しなければ会社が撤去する、と申入れたが西部支部は撤去しなかった。

四月二八、同二九日も、ビラ、立看板の状況は変らなかった。

同月三〇日には、更に、中二階の見学者通路の壁、見学用ガラス窓、中二階から一階、二階への階段両壁に「四人機付阻止」などと手書した縦約四二センチメートル、横約一五センチメートルのビラ約四〇〇枚をセロテープで貼り、ビラの一部には、「無能な経営者は死ね!!」「俺が死ぬときてめえも殺す」などと記載したものもあった。

五月一日、第一回支部団交が開かれたが、同日西部本社は前記ビラを剥がしたため、団交の席上支部から抗議があり、剥いだビラを返すよう求められたのでそれらを支部に返した。

同月二日、西部支部は前日までと同様のビラを同じような状態で貼り、立看板を立てた。

同月四日、西部本社はビラを剥がし、同日第二回支部団交が開かれたが解決のめどはつかなかった。

同月五日西部支部は、前と同様の状態でビラを貼り、連休の明けた同月七日よりビラ貼り戦術を拡大強化し、前日までと同様のビラの他、正面玄関のガラス扉、正面玄関内のフロアーの壁、業務局横の通路、正面玄関内フロアーにある応接室衝立に前同様の大きさのビラ約四〇〇枚を全部をのり付けして貼った。それらのビラの一部には「下の工場は五月一〇日よりドレイ工場です。」、「代表、部長、局長、課長、頭悪い。周恩来」、「見学者の皆さん、印刷課は五月十日より奴隷工場になります」等の内容の手書きのビラもあったので、西部本社は、即日それらのビラを剥がした。

同月八日、西部支部は、前日と同様の状態でビラを貼ったほか、正面玄関外の階段横の壁、運輸課の外壁にも、それまでと同じ大きさのビラを約四〇〇枚を大部分のり付けで一部をセロテープで貼った。が即日、西部本社はそれらのビラを剥がした。それらのビラの一部には「松本代表どのあなたのファッショ的姿勢を見習いたい―青嵐会」「職場に墓場をつくる会社は死神、死神をたたき殺せ」「人間の巾だけでできると思っているのか(?)、このバカ!!」などという内容の手書きのものもあった。同日第三回支部団交が開かれたが、これも前回同様で終った。

同月九日は、前日の同様の状態のほか、駐車場の柱、正面玄関内業務会議室横の壁一帯にも、前同様の大きさのビラを全てのり付けで約四五〇枚貼った。それらのビラの中には「無能な経営者は去れ」「印刷は地獄」という内容のものもあった。即日西部本社はそれらのビラを剥がした。同日、西部本社は、分会経労協幹事会を開き、西部支部にビラの内容について不穏当なものがあるとして早急の撤去を申し入れた。

西部支部は、会社の前記同月一〇日実施の通告に対応して更にビラ貼り戦術を強化して、同日からは前日貼った場所のほか、社屋の外壁等に「史上最大の合理化粉砕」「玉砕のつもりで斗う」などと書いた前日と同じ大きさのビラ約一五〇〇枚を全てのり付けの状態で貼った。即日、西部本社は社屋外壁に貼られたビラを消防用ホースで水をかけ、更に鉄ベラで削りとり、他のビラも剥ぎとった。

同月一一日、西部支部は、更にその戦術を強化し、その貼付場所を拡げ前日まで貼っていた場所の他発送積出口横、印刷休憩室外側ガラス窓、社屋西側ゴミ取出口、正面玄関上一帯にビラを貼った。この日からビラのほとんどをそれまでの手書ビラから印刷ビラに変えその大きさは縦四〇センチメートル、横三〇センチメートルで枚数は約一八〇〇枚であった。さらに、電車通り社屋外壁の柵に、「松本代表恥を知れ!」、「印刷の合理化粉砕、印刷はドレイ工場」などと書いた立看板四枚を細ひもと針金で結びつけた。

西部支部は、同月一二日一八〇〇枚、同一三日は約一〇〇〇枚、同一四日は約八〇〇枚、同一二日以降も、同二六日まで多い時は約一二〇〇枚から少い時で約四〇〇枚のビラを毎日貼り、西部本社は毎日、ビラを剥がした。立看板は、同月一三日四枚、同一四日、同一五日は各一枚を立てたが、西部本社は即日、それを撤去して、西部支部へ返却した。同一六日以降二六日まで西部支部は縦、横各二メートルの「労働条件の切り下げは許さぬ」という内容の立看板を西門入口の柵に掲示した。

会社と組合との労働協約六二条には「組合は組合の報道および告知その他一切の掲示をする場合は、会社の認めた一定の掲示場を使用する。」と規定されているところ、従来も争議時に掲示板以外の場所である廊下休憩室や各職場等にビラが貼られ垂れ幕が外壁に下げられたこともあったが、本件の場合に比して枚数も少く期間も短かく、規模としても小さいものであるとしてこれに対し会社は抗議警告にとどめ処分を行うことがなかった。

八  不当労働行為の成否について

1  会社が本件命令記載の被処分者に対し本件命令記載の懲戒処分と賃金カットをしたことについては当事者間に争いがない。

2  そこで本件組合の行動が争議行為に当るかどうかについて判断する。

(一)  原告らは、本件組合の行動は、西部支部の指令、指示に基づくものであるから西部支部が独立性を有しなければならないと主張するので、この点について判断する。

前記六で認定したとおり、西部支部の本件行動は、本部執行委員会における業務命令の排除従来の勤務体制を維持する決定、拡大支部執行委員会における前記確認決定を受けて西部支部が具体的に行動を指示したものであり、前記会社との交渉の経過からみれば組合の一貫した反対行動のあらわれであって、また(証拠略)によれば、朝日労組大阪支部においても、本部方針に従って、西部支部と同様に、相呼応して従来の勤務体制たる五人機付の作業を守る闘いを行うことが承認され、五月一〇日から、同月二二日までの間二台連結五人機付で作業を行った事実が認められるので以上のような事実からすれば、西部支部の本件行動は支部独自の行動ではなく本部執行委員会決定に従って、大阪支部と共に行った行動であるから朝日労組の行動と解するのが相当である。そこで原告らのこの点に関する主張は理由がない。

(二)  昭和四九年五月一五日以降の西部本社印刷職場における西部支部の本件行動は前記のとおり西部支部単独の行動ではなく、組合の指示によるものであるが、これは会社の機付人員削減に反対して起した行動であって、組合がかかる行動に出た理由としては機付人員の問題は本来労使間の協議によって決せられるべき合意事項であってその削減は労働条件の不利益変更を伴うので、その実施を図る会社の本件業務命令は違法且つ無効であるとの考え方に立脚するものである。従って組合は本件行動に当り本来の闘争体制をとらず、右業務命令を当然阻止しうると考えて右行動を開始したものである。そこで組合本部執行委員会も同月九日機付人員削減の実施は違法であるとして従来の勤務体制を継続し、業務命令を排斥することを確認し、同月一〇日その旨の機関決定して声明を組合員に示し、西部支部執行委員会もこれを受けて強行実施の阻止を図り業務命令を拒否し、従来の勤務体制を継続する行動をとるが、これは罷業、怠業とは無縁のものであることを確認した。そして同月一四日本部委員長法規対策部長を加えた拡大支部執行委員会においてもそれらの方針を最終的に機関決定して本件行動に移ったものである。

以上のとおり組合および西部支部は本件行動を開始するに当りそれが罷業、怠業と無縁のものであるとの考えから通常争議の際に行われる組合規定に定める闘争委員会を組織する決定闘争指令を発する手続など争議行為の実施に当り組合がとるべき手続をとらなかったものである。(かかる手続をとらなかったことは当事者間に争いがない。)

しかしながら問題の行動が争議行為に当るかどうかを判断する場合その行動が組合執行部及び個々の組合員の認識の如何にかゝわるものではなく、組合又は労働者の団体がその主張を貫徹することを目的として行う行為が業務の正常な運営を阻害するかどうかによって決せられるべきであるから、組合執行部や多数の組合員がそれを争議と考えず当然の権利行使として教宣し、又はそう認識して行動したとしても組合員が組合の統制のもとに集団的に行動し、労務の提供を拒否する結果を招き、これが業務の正常な運営を阻害するに至るとすれば、その限りにおいて前記行動は争議行為に当ると解するのが相当である。

そこでこれを本件について考えるに、昼勤命令拒否は前記のとおり本部執行委員会、拡大支部執行委員会の方針に基づき印刷職場組合員がその指令を受けて一体となって会社の警告制止を排して従来の勤務体制につき、業務命令が指示する昼勤につかず、労務の提供をしなかったのであるから、これは会社の指揮命令から完全に離脱した行為であって、その限りにおいては正常な労働関係が失われたというべきである。従って西部支部の行った本件行動を争議行為と解するのが正当である。しかも前記のとおり組合としての機関決定がなされていないとはいえ、本件行動は何ら組合の意思に反するものではなく却って組合の意思に副うものであって、西部支部印刷職場組合員が組合の意を体して行動したものであることが明らかであるから、前記決定がないとの一事をもって争議行為を否定することはできない。

もっとも本件行動は昼勤を拒否しているので、その点は労務の提供がないが、一方において夜勤に就労したのであるから、一体としてみる場合、形式的には従来の業務内容が継続され、労務の不提供はないかの如くであるが、労務の提供は会社の明示又は黙示の指揮命令に従ったものでなければならず、これに反する労務の提供は債務の本旨に従ったものとはいえない。そして前記夜勤就労も業務命令に反するものであるから正常な労務の提供ということはできないので本件行動により会社の正常な業務は阻害されたと解するのが相当である。

もともと機付人員数の決定は会社内部の人員配置基準として設けられるもので、会社の組織、運営の面から印刷業務に採用する機械その他労働条件等を総合考慮し、企業自体が独自に判断すべき事項であって企業の管理運営に関する専決事項というべきである。しかしながら機付人員が長い間固定されている場合、これを変更しようとすれば、当該職場労働者の従来の労働状態ないしは労働内容の変化をもたらすこともあるので、労働者側が会社の示す変更内容を争わず従う場合は別として本件のようにその変更に反対する立場からこれを争議目的として争議状態を引きおこすことがあっても何ら不当ということはできない。

(三)  また、原告らは、西部支部の指令・指示に基づく本件行動が争議行為であるとすれば、何らの通告もないままなされた違法な争議行為であると主張するので、この点について判断する。

たしかに成立に争いのない甲第一号証(労働協約書)によればその第七三条には、「会社と組合との間に紛争が生じた場合、会社と組合とはいかなる場合も無通告で争議行為に入ることなく、……」と定められていることが明らかであるうえ、(人証略)によれば従来争議の場合かゝる手続がとられていたことが認められるが、争議行為の予告義務は、争議権の行使自体を制限するものでなく、たとい、これに違反しても直ちに違法とはならず、このような争議行為が協約に違反する点において組合に債務不履行の責任を生ずることがあっても、争議行為自体が正当性を失うものではないといえるのみならず、本件の場合は、前記のとおり、五月一四日の支部団交において会社が一五日からの四人機付を強行するなら、組合は従来の勤務体制を維持する戦いを貫徹してゆく態度を表明しており、更にそれまでの会社と組合との交渉過程からみれば印刷課の組合員が会社の昼勤命令を拒否することは予想されていたので右声明も実質的にみれば通告といってもさしつかえないと判断できる。それだからこそ会社も昼勤命令を拒否し、夜勤を強行就労しようとする者に対する「立入禁止」の掲示をし、ハンドマイク等を準備し、印刷局長以下職制等を動員して西部支部の本件行動に備えたのである。

よって、本件行動を通知義務を欠いたから違法であるとの原告らの右主張は理由がない。

(四)  原告らは本件行動は会社の指揮命令権を積極的に侵害し、組合においてその労働力をみだりに配置するものであるから争議行為の本質を著しく逸脱したものであると主張するので判断する。

組合がとった本件行動のうち昼勤の拒否は前叙説示のとおり争議行為として評価しうるのでその限りにおいては問題はないが、それと一体として行われた夜勤就労についてみると、これは会社の業務命令に反して行った行為であってしかも就労者は自己の氏名を明記した会社の職場立入り禁止掲示を無視し、他の組合員の応援のもとに管理職の制止を排斥して就労しているのであるから、本件行為を一体としてみる場合、単なる労務提供拒否と異なり多かれ少なかれ会社の労務指揮命令権を排除している点がないともいえない。

しかしながら、その実態をみると会社の機付人員削減は前記のとおり従来夜勤人員三二名のところを二六名に減らすのであるから組合がこれに反対し従来の体制を継承しその三二名を確保するためには昼勤を命ずる会社の業務命令を拒否するだけでは足りず夜勤に就労することが不可欠なところから本件行動をとり毎日六名の者が夜勤就労したものであって、これらの者は従来どおりの作業を行ったにすぎず、二六名の夜勤就労者の作業を積極的に妨害したものでもなかったということができる。

しかも機付人員の問題は会社の専決事項であるとはいえ、従来の交渉の経過からみると労働条件の変更として討議され、昭和四五年における交渉の際には腰痛症が多発していた時期でもあって、その特殊な事情が考慮されて二台連結五名の体制が継続維持された背景を持つので、西部支部は当時の反対の態度や会社との交渉の経緯から二台連結五名は交渉の結果合意妥結したものと考えるに至ったこともあながち故のないものでもないといわねばならない。そこで本件業務命令に対する前記の組合の見解及び対応の仕方からみれば本件行動の主たる目的は従来の勤務体制の継続維持であって、特に会社の指揮命令権を積極的に侵害する意図を有していたものともいえず前記行動内容からみても本件行動によって会社における業務上の障害が発生したとも認められないので、本件行動をもって会社の指揮命令権ないしは施設管理権の積極的侵害があったと解するのは相当でない。

(五)  次に原告らは、本件ビラ貼りは不当なものであったと主張するので、この点について判断する。

会社施設に対するビラ貼りは会社の施設管理権を侵すものといえるがこれは組合活動の重要な一環としてなされるものであり、組合の団結権保障とのかねあいからそれが会社の意に反してなされたというだけで直ちに違法行為ということはできない。そこでその相当な限度は組合側における必要度とそれによって使用者側が蒙る業務運営上、施設管理上の支障の程度を比較較量して、ビラの形態、ビラの記載内容、貼付場所、貼付方法、紛争経緯、労使間の慣行等を基準として具体的に判断すべきであるが、とくに争議時においては、組合の団結を維持、昂揚し、争議の実情を組合員その他の従業員や一般公衆に訴える手段として企業施設をある程度までビラ貼りのために利用することは組合活動としてやむを得ないものというべきであるから、その正当性の範囲は平常時に比して拡大される場合もありうるというべきである。

なお、前記認定のとおり、労働協約には、組合の掲示について会社の認めた一定の掲示場を使用する旨定められているが、過去の例からみても争議時には、必ずしもこの協定が守られず掲示場以外の会社施設に貼られていた事実もあるところから、本件ビラが掲示場以外に貼られたとの一事をもって違法行為と断定するのは早計である。

そこで具体的内容を検討するにまず、ビラの形態についてみるに、これには、特に問題はなく、ビラの記載内容をみると、たしかに、「無能な経営者は死ね!!」「俺が死ぬときてめえも殺す」「代表、部長、局長頭悪い。周恩来」「松本代表どのあなたのファッショ的姿勢を見習いたい―青嵐会」「無能な経営者は去れ」等の表現をしたビラも一部にありそれらの表現は具体的個人を誹謗するが如き言辞を用い争議行為時にあっては表現が誇張される傾向にある事情を考慮しても穏当を欠くものと言える。しかしビラの多くは、「四人機付阻止」「史上最大の合理化粉砕」「腰痛はごめんだ」「人べらし粉砕」等の四人機付実施に反対する組合の主張を表わしたものであって、全体としてみれば、著しく悪質であるとは認められない。

貼付場所についても、はじめは印刷課休憩室及びその付近に限定されていたのが見学者通路の壁等正面玄関のガラス扉等、正面玄関外の階段横の壁、さらには、正面玄関内業務会議室横の壁一帯と貼付場所が拡大され、五月一〇日からは社屋の外壁にも貼付され、その枚数も次第に増加されその貼付方法も、はじめの段階ではセロテープでなされていたが五月七日からは、殆んどのり付けの方法で貼られたので会社はこれをはぐに消防用ホースや、鉄ベラを使用したりして本件のビラ貼り等が従来のそれに比するとビラ枚数や貼付場所、期間などにおいてそれを超えるものであったがビラを比較的容易に剥せたといえるのでこの貼付方法が特に悪質といえるものでもない。これによって会社の業務が著しく阻害されたことはなく、又建造物が多少美観を損われることがあったとして効用を著しく阻害するものであったともいえないというべきである。

しかもビラ貼り行為をただ単に現象的に見るべきではなく、紛争経緯との関係から見ることも必要であって、その点を検討すると前記認定のとおり、西部支部ではもともと腰痛症が多発した事情もあって機付人員削減に対して強い不満を抱き、昭和四五年における機付人員の紛争解決の際にも機付人員変更の問題は実質的には労働条件の変更の一場合であって印刷職場組合員の重大問題として取組み、種々会社と交渉した結果二台五人体制を維持した背景を持つところから本件機付人員削減に対しても西部支部は、会社の実施予定前からこれに反対する態度を表明し、その教宣活動を強め本件ビラ貼り行為を開始したものであって、組合交渉の過程においても会社との見解の対立が顕著なうえその強行実施が予想され且つ実施後も解決のめどのつかない現状から組合もそのビラ貼りの拡大を実行するに至ったものということができる。しかも貼付場所及び枚数等は前記のとおり拡大増加されているがこれに対し会社は西部支部の貼ったビラを即日剥がして対応する防衛手段を講じたのでこれがビラ戦術の拡大を更に推進する原因となったことも推認されるところである。

以上の次第であって、本件のビラ貼りは前記諸事情を考慮するとその内容に穏当を欠くものや、その方法程度において問題がないとはいえないが全体としてみた場合西部支部にとってやむを得ない情宣活動であったというべくこれを違法な行為として責任を追求するのは相当でないと判断する。

九  本件救済命令の正当性

以上の次第であるから、被告が本件懲戒処分が、労働組合法七条一号の不当労働行為を構成すると判断して発した本件命令は相当であり、これを取消すべき瑕疵は認められない。

一〇  よって、本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九四条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 松尾俊一 裁判官 桑原昭熙 裁判官 辻次郎)

【命令書】

申立人日本新聞労働組合連合 執行委員長 加藤親至

同 朝日新聞労働組合 執行委員長 曾根登

同 朝日新聞労働組合西部支部 執行委員長 野中興生

被申立人 株式会社朝日新聞社 代表取締役社長 広岡知男

同 株式会社朝日新聞社西部本社代表 松本盛二

右記当事者間の福岡労委昭和四九年(不)第二四号不当労働行為救済申立事件について、当労働委員会は昭和五〇年九月六日公益委員会議において合議のうえ、次のとおり命令する。

主文

1 被申立人は、昭和四九年七月一〇日付をもって発令した村田弘に対する三日間の停職及び阿部英昭ほか七六名(別紙記載の者)に対する譴責の懲戒処分を取り消し、この処分が行なわれなかったものとして取扱わなければならない。

2 申立人のその余の申立は棄却する。別紙(略)

理由

第一 認定した事実(略)

第二 判断及び法律上の根拠

一 当事者の主張

(1) 申立人の主張と求める救済

申立人は被申立人が昭和四九年七月一〇日付をもってなした村田弘に対する三日間の停職及び同日付をもってなした阿部英昭ほか七六名に対する譴責の懲戒処分、さらに同人らの業務命令拒否に対する賃金カットは、同人らの正当な組合活動に対する不利益取扱いであり、また被申立人の社内報号外による組合非難の文書配布は組合の運営に対する支配介入であると主張し、その救済として(1)村田に対する懲戒処分の取消しと、懲戒処分がなければ同人がうける筈であった賃金相当額の支払い、(2)阿部英昭ほか七六名に対する賃金カットと譴責処分の取消しと同人らが受ける筈であった賃金相当額の支払い、(3)被申立人による社内報等による組合の運営に対する支配介入の禁止、(4)被申立人の不利益取扱い及び支配介入に対する陳謝文の掲示とその社内報による配布を求めた。

(2) 被申立人の主張と救済に対する答弁

被申立人は、本案前の主張として申立人朝日新聞労働組合西部支部は、単一組合たる朝日新聞労働組合の一部分にすぎず、それ自体独立の労働組合ではないから、不当労働行為救済の申立人適格を有しないこと、また、被申立人株式会社朝日新聞社西部本社ないしは、その代表者松本盛二は、いずれも労働組合法上の使用者に該当せず、被申立人適格を有しないので、これに対する本件申立はすべて却下されるべきであると主張した。

また本案について被申立人は、西部支社において昭和四九年五月一五日以降新しい機付人員数に基づく勤務体制を命じたにもかかわらず、申立人西部支部は、輪転機職場の組合員に指令して昼勤における就労は拒否して夜勤時間帯には強行就労を行なわせ、またこれに関連して西部本社社屋に長時間連日反覆して夥しいビラ貼りを敢行し、立看板を立てたので、これら業務命令違反並びに会社の施設管理権に対する違法侵害行為につき就業規則にてらしてそれぞれ相当の懲戒処分をしたものであり、賃金の一部減額は業務命令に反して違法に昼勤に出勤しなかった分を支給しなかったにすぎず、また、会社の中央経労協での発言、社内報の内容は、すべて使用者に許された言論の自由の範囲内に属し、支配介入に該当しないと主張し、申立人の申立をすべて棄却する命令を求めた。

二 本案前の主張について

(1) 被申立人は、申立人西部支部は単一組合たる朝日新聞労働組合の一部分にすぎず、それ自体独立の労働組合ではないから、不当労働行為救済の申立人適格を有しないので、その申立は却下されるべきである、と主張するのでまずこの点について判断する。

西部支部は、単一組合たる朝日新聞労働組合の一支部であり、その規約は朝日新聞労働組合規約中に包括されているが、支部は独自の決議機関、執行機関及び代表者を有し、自主的に運営できる事項についてこれを処理することができることとなっており、本部に関する規定の準用によって労働組合法第二条及び第五条第二項各号の要件を具備していることが認められる。また、支部は組織運営において会計及び争議行為についてある程度本部の監督ないし統制に服しなければならないことが規約上認められるが、このことをもって支部の独自性が全く喪失するものとは判断されないので、支部について不当労働行為救済のための申立資格を否認すべき理由はない。

(2) 被申立人は、被申立人西部本社ないしはその代表松本盛二は、いずれも労働組合法上の使用者に該当せず、被申立人適格を有しないので、これに対する本件申立は却下されるべきである、と主張するのでこの点について判断する。

不当労働行為救済申立の被申立人適格を有するものは雇用関係の当事者たる地位にあるものは言うまでもないが、それに限定されることなく、労働関係上の対向関係にあり、かつ不当労働行為救済の目的から必要と認められるときは、それ自体独立の法人格を有するか否かにかかわりなく、不当労働行為救済申立の被申立人適格を有するものと考えられる。西部本社は、就労の実態及び労使間交渉の実情からみて労働関係上単一性の認められる事業場であり、その代表は西部本社を構成する編集局、業務局、印刷局及び総務部の各部・局の担当業務を執行する直接の職務・権限を有するものではないとしても、これら各部・局間の調整・指導を行ない、西部本社の事務を統轄するものであることが認められ、とりわけ本件機付人員削減実施に当っては支部交渉に重点がおかれ、西部本社と西部支部との団体交渉においては西部本社代表は被申立人会社を代表する責任者の立場にあったことが認定され、さらに本件申立の原因となった労使間の紛争が当該事業場において発生したものであることを併せ考えると、被申立人の主張するごとく従業員の採用・解雇あるいは労働条件の決定は全社的に被申立人会社社長の権限に属せしめられているとしても、西部本社と西部支部との間には本件申立の範囲内において労使間の集団的な対向関係としての実態が存在し、かつ本件申立までの経緯に徴するとき、西部本社を被申立人とすることは適当であると認められる。したがって西部本社は本件申立の被申立人適格を有するものと判断する。

三 業務命令拒否について

(1) 申立人は、二台連結五名の機付人員は西部本社において確立された労働条件となっており、これを一方的に変更する業務命令は無効であるから、機付削減の本件業務命令を拒否して従来どおりの勤務を継続する組合の行動は正当な組合活動であり、これを懲戒処分に付した会社の措置は不当労働行為であると主張する。これに対して被申立人は、機付人員のいかんは会社が企業運営の主体として合理的裁量に基づき自由に決定し、実施し得る事項であり、その実施過程で発した業務命令に違反する行為は、会社の規律、秩序を紊す行為であるから懲戒を免れえない、と反論する。よってこの点について判断する。

(2) 機付人員とは、新聞印刷の輪転機の一定台数と折り機との組み合せ単位(一セット)について運転操作に従事する作業者の人員をいうのであるが、機付人員について被申立人のいうように会社の裁量によって自由に決定し得るものであるか、或いは申立人のいうように労働条件の一部であって労使の合意によって決定さるべきものであるかを判断するに、そこには二つの側面が存在するといわねばならない。その一つは、機付人員問題を会社の組織・運営という側面からみるとき、それは印刷業務に採用する機械、原材料、労働組織等の総合的な考慮を基礎として、企業経営の目的にてらして企業主体が判断すべき、いわば企業の管理運営事項という要素をもつことは否定できない。二台連結に何名の機付人員をつけるのが企業経営の立場からみて適当であるかにつき、企業経営者が諸般の事情を考慮して一定の方針ないし原則をたてることはむしろ当然である。しかし、これを実施に移すとき、特に長い期間にわたって固定してきた機付人員を変更しようとするとき、それは必然的に当該職場の労働者にとっては、従来の労働状態ないし労働内容の変化を多かれ少なかれ生ずることになるから、それが広義の労働条件の変更という側面をもつこともまた、否定できないところである。したがって、使用者が企業経営の立場から適当と考える機付人員の変更についてこれを実施に移す場合には、そこに生ずべき労働条件の変化については、労働者の了解を得てはじめて円滑な企業運営が可能となるのであり、労働組合がこの労働条件の変更を捉えて団体交渉を要求するとき、使用者としてこれに応ずべき義務があるといわなければならない。そして交渉が妥結すれば、その妥結したところに従って機付の人員配置と労働条件が実施されることとなるが、交渉がまとまらないときは、労働者側が使用者の示した内容に事実上争うことなく従う場合は別として、使用者が相手方の反対を押し切って自己の方針を実施しようとすれば、必然的に争議状態をひき起こすことになるのであって、これは労働条件は労使対等の立場で決定すべきものとする近代的労働関係の原則から導かれる当然の帰結である。

右にのべたところから本件機付人員削減問題をみるとき、会社の各本社において印刷輪転機の旧型から新型への切替えが完了し、また紙取り作業もカウンタースタッカーの導入で不必要になったという条件を考慮して、会社が機付人員を全社的に統一する方針のもとに西部本社でも二台連結五名の機付人員を四名としたことについては、企業経営上それ相応の理由があったとしても、他方、組合側においては会社のいわゆる六・四・三の機付原則について説明はかねてより聞き知っていたものの、実態として各本社でそのとおり実行されてきたわけではなく、特に西部本社においては、腰痛問題の発生に関連して、昭和四五年の交渉において西部支部の機付人員の増員要求が結局のところ印刷職場の総人員一〇〇名で妥結した経緯があり、組合側ではそれが二台連結五名を基礎とする人員計算であると理解し、この二台連結五名という機付人員は、実質的には会社と組合の合意により実施されてきた労働条件の一内容であって、その人員体制が以後継続されてきた事実によって、機付人員五名の原則が西部本社で定着していたと考えたのも故のないことではない。

本件紛争の経過をみるに、いわゆる石油危機に直面して会社は二台連結四名の原則を実施に移すことに急なあまり、組合との交渉を十分に煮つめるところまで至らないまま、交渉を打切って機付人員の削減を実行に移したため紛争を生じたという経緯がうかがわれる。すなわち、昭和四八年一二月一九日の中央経労協において会社は、機付の削減を組合に表明したとき、組合は一方的な人員削減には反対の意思を表示し、この問題はその後会社側から特にそれとして取り上げられないまま労使関係の焦点は春闘の賃上げ問題に移り、再び機付人員問題が会社により取り上げられたのは、春闘終結直後の四九年四月二二日の中央経労協幹事会においてであった。その時の会社通告は二台連結四名を翌五月一〇日から実施したいというものであり、予定された実施までの期間は極めて限定され、その間に本部交渉は五月九日の一回、西部支部交渉は五月一日から八日まで三回、五月一四日に一回行なわれたが、交渉の内容をみると会社の既定方針どおり実施したいとする説明に対して、確立された労働条件の一方的変更には同意できないとする組合側の反対とが平行線をたどったまま、五月一五日の業務命令発令へと推移し、形式的にはともかく実質的にはいまだ交渉が内容的に熟しないまま、会社による機付人員の削減の強行と組合による業務命令拒否行動へ推移したことが認められる。本件業務命令拒否の行動が、個々の労働者の個別的な行動ではなく、組合の指令ないし指示に基づく集団的行動の一環であったことは、申立人はもとより被申立人もあえて争わないところである。そこで進んでその業務命令拒否行動が果たして正当な組合活動であるかについて判断する。

(3) 昭和四九年五月一五日以降の西部本社印刷職場における業務命令の拒否は、前示認定のように組合の指示に基づいて行なわれたものであるが、組合の本部執行委員会は五月一〇日「強行実施にともなう違法、無効な業務命令は排除する」旨の機関決定を声明し、また西部本社印刷職場の全体会ではこの声明をうけて、勤務変更命令を拒否して従来どおりの勤務を維持する闘争を確認し、同月一四日の拡大支部執行委員会が右の方針を最終的に機関決定して行動に移ったものであり組合が規約に定める闘争委員会を組織して、そこから闘争指令を発するという方法はとっていない。また、五月一〇日の本部団交後委員長田中哲也は会社の質問に答えて、闘争体制下にないので本部闘争委員会の指令は出さないし、出せない、支部についても同様である旨を述べた事実が認められ、本件の組合の行動が組合規約上の争議行為実施の手続きをふんでいないことは明らかである。しかし、業務命令拒否の実態をみるとき、前示認定のように西部支部の印刷職場において会社の発した命令を全面的に拒否し、印刷職場の組合員が一体となり、会社の警告や制止を排して従前の勤務体制についたものであり、そこでは会社の指揮命令に従って労務を提供するという正常な労働関係の姿は失なわれていたのであるから五月一五日以降は西部本社において正常な業務運営は行なわれなかったとみなければならない。そして組合が、このような業務命令拒否の行動を指令し、印刷職場の組合員が指令のもとに一体となって、会社の一方的な機付人員変更に反対する行動に出たのであるから、この業務命令拒否行動は、争議行為としての実質を有するものと判断される。けだし、組合の争議行為とは、組合が組合員の労働条件の維持改善や経済的地位の向上を目的として、その目的を達成するためにとる行動であって、業務の正常な運営を阻害する行為をいうのであるが、西部支部における業務命令拒否行動は、その目的及び態様において争議行為の要件に該当するものである。組合役員が闘争態勢をとっていないと会社に説明したこと、また規約上の争議手続をふんでいないことなどは、本件の業務命令拒否行動の争議行為としての実質を失なわせるものではなく、法的には争議行為として取扱うべきものである。それではそれらの行動は争議行為として正当性を認めうるであろうか。

五月一五日から二七日までの間に、会社の昼勤命令を拒否し、かつ、夜勤帯に会社の制止を排して就労した行為は、西部支部の指令に基づき、従来の勤務体制を維持することを目的として行なわれたものであるから、労働条件を維持改善するという労働組合本来の目的にそった行動であり、その目的においてなんら違法不当なものはない。その手段についてみると、昼勤への出勤拒否は、労務提供の単なる拒否であるから、そこに争議行為として問題にすべきものはみられない。夜勤帯への就労は、氏名を特定した会社の職場内立入り禁止の掲示を無視し、また会社の管理職の制止を排して行なわれたものであって、単なる労務提供の拒否とは違って積極的な施設管理権の侵害という可能性を含むことは否定できない。しかし、本件の就労行動を具体的にみるならば、会社が就労を認めた者の作業を強行就労者が積極的に妨害した行為は認められず、それらの者と一緒に従来どおりの五人機付の作業を行なったにすぎないのであるから、その実態において所有権侵害ないし施設管理権侵害があったとはいえない。また、組合側では、機付人員の削減は労働条件の変更であって組合の同意を要するから会社の一方的な勤務変更の業務命令は無効と解して行動したものであって、会社施設への積極的な不法侵害の意図はなかったことが認められ、また西部本社における腰痛問題をめぐっての機付人員の交渉の経緯、及び多数の腰痛症の発生の経験にかんがみ、印刷職場の組合員が、再び職場の労働者の健康がそこなわれることを危惧し、会社の一方的決定の態度に抗議する手段として従来の勤務体制を維持する争議方法をとった事情がうかがわれ、これらを併せ勘案するとき、本件就労行動を違法な手段による争議行為と断定すべき特段の事由はなく、労働組合の争議行為として許される範囲を逸脱したものということはできない。

なお、組合は業務命令拒否の指令について規約上の争議手続きをふんでおらず本部及び支部の闘争委員会は設けられないまま、西部支部の指令で争議行為が実行された事実が認められるが、この事実は本件業務命令拒否行動の争議行為としての正当性の判断に直接影響するものではありえない。規約上の手続違背は、組合内部での責任問題はともかくとしても、使用者に対する関係においては当該行動が明らかに組合の意思に反するという要素がない限り、争議行為の違法性評価の事由とはならない。本件の場合、本部執行委員会声明、支部執行委員会の指令及び争議終結後の七月三〇日の組合定期大会における本部執行委員会報告の承認等をみれば、西部支部の行動は事前及び事後に組合の各機関により正式に承認されたものであるから、使用者に対する関係においては正当性が失なわれる事由はなかったと判断される。被申立人は、西部支部は規約上団交や協約締結の当事者たりうる地位を有せず、独自の争議主体となりえないものであるから、仮りに本件の業務命令拒否を争議行為とみた場合でも典型的な山猫争議にあたると主張するが、右記判断したところによってその主張には理由がないといわねばならない。

(4) 組合の西部支部執行委員会はその声明において「今回の闘いは新聞発行に障害を与えることは意図せず、罷業・怠業とは無関係である。」と述べ、組合本部執行委員長も会社に対して組合の行動は争議行為ではないと述べた事実が認められ組合としては、本件の行動は争議行為ではないとの態度に終始している。

被申立人はこの点を捉えて、組合みずから争議行為でないと主張する以上、第三者がこれを組合の意に反して争議行為と解すべきではなく、また組合は本件行動に争議行為性を否定することによって争議行為に認められる免責を放棄したものと解すべきだと主張する。この点については、組合が主観的にどのように解して行動しようとも、客観的な行為の態様と機能からみてそれが争議行為に該当するときは、当委員会としては争議行為としてその法的判断を行なうべきは当然であり、それが争議行為として正当なものであるときは、当然に法的な免責効果が生ずることはいうまでもないところである。

また、申立人は、機付人員削減を目的とする業務命令は、労働条件の一方的変更を強行するものであって無効という解釈に立って、本件業務命令拒否は争議行為として指令したものではないと主張するが、組合の解釈や行動の方針としてはそれ相応の基盤があったとしても、当委員会は会社の本件業務命令の効力の有無という私法上の問題に深く立ち入るまでもなく、組合のとった行動が客観的に争議行為に該当するとみられるときは、その争議行為としての正当性の有無を判断すれば足りると考える。けだし、本件会社の業務命令が有効であるか無効であるかにかかわらず、組合の指令によって会社の指揮命令が拒否され、労働者が組合の支配下にあって行動している事実がある以上、それはもはや平常の労働関係の姿ではなく、争議状態というべきであるからである。

以上を総合すれば、本件の西部支部における業務命令拒否の行動は、その目的及び手段において正当な争議行為と判断されるから、これを違法、不当な秩序紊乱行為とする被申立人の主張には理由がない。

四 ビラ貼り等について

申立人は、ビラ貼り等の文書活動は組合活動の重要な一環で、団結権の本質的要素をなすものであり、本件ビラ貼り等は組合の機関決定にもとづき、組合の主張を訴え、団結強化を呼びかけたものであり、これによって会社の日常業務に支障を与えた事実はなく、正当な組合活動である、と主張し、これに対し被申立人は、西部支部の行なったビラ貼り等は、その態様・程度において組合活動の正当な限界を著しく逸脱するものであり、会社の施設管理権を侵害するとともに、会社の秩序を紊す行為であり、西部支部の活動としてかかる違法、不当な行為を現出せしめた者が就業規則上の問責を受けることは当然である、と主張するのでこれについて判断する。

前示認定のとおり、会社と組合との間の労働協約には、組合の掲示について「組合は組合の報道および告知その他一切の掲示をする場合は、会社の認めた一定の掲示場を使用する。」(第六二条)と定められているが、当該労使間においては争議時にはこの労働協約の規定は必ずしも厳格には適用されていなかったことが認められる。ビラ等の記載内容には一部に「死ね」とか「殺す」などの表現や、個人を誹謗するが如き言辞が用いられているものがあり、争議状態のもとにおいて使用者と鋭く対立した関係にあったことを考慮しても、それらの表現は妥当性を欠き、組合活動としても行き過ぎといわざるを得ないが、ビラの多くは「四人機付阻止」「腰痛はごめんだ」「人べらし粉砕」「史上最大の合理化粉砕」など組合の主張を内容とするものである。ビラの貼付や立看板の掲出方法は、これによって器物や建造物の効用を著しく阻害する程度のものとは認められない。ビラ貼り等の目的は会社の機付人員削減通告に反対し、これを撤回させることを目的としたものであったことが認められる。さらにビラ貼り等の経緯をみると、四月二六日から局面打開交渉が約束されたことを契機として五月二六日に中止されるまでの間において、その枚数、形状、貼り方等が時期を経て段階的に拡大強化されており、このことは本件紛争における労使間の団体交渉の進捗状況との関連性が強いことが認められる。

以上の諸点を総合して考えれば、本件ビラの貼付及び立看板の掲出は機付人員削減実施に関する会社の組合及び西部支部に対する態度と併せ評価すべきであり、前示判断のとおり機付人員削減実施に際しての会社の態度には硬直かつ性急な態度がうかがわれ、これに対抗するためにとられた西部支部の行為としては、それらの内容の一部に不穏当なものや、その程度において従来に比して大規模であるとしても本件ビラ貼り等を全体としてみるとき、これら西部支部の活動を違法、不当な行為として問責することは相当ではないと判断する。

五 社内報の配布について

申立人は、会社の社報号外の配布は、組合の労働条件を維持しようという正当な活動に対し、会社が組合の内部手続に立ち入り、あたかも正当な手続きに欠けるがごとき印象を強調し、組合の内部分断を意図したものであり、また処分すると繰り返し述べることによって組合活動の抑圧をはかったものであることは明らかであり、労働組合法第七条第三号に該当する不当労働行為である、と主張し、これに対し被申立人は、会社が中央経労協の席上発言したり、それを社内報に収録配布した内容には、組合の運営に対する支配介入に該たるような要素は認められず、使用者に許された言論の自由の範囲に属する、と主張するのでこれについて判断する。

前示認定の五月一六日付社報号外は、会社が西部支部の行為を違法、不当であるとの立場から会社の見解を従業員に周知させるとともに、組合、西部支部及び参加者に対し自重を求めたものであり、五月一七日付社報号外は、会社が組合に対し西部支部の勤務拒否、強行就労が会社の業務命令違反である旨の会社の組合に対する申入書の内容等を記載したものであり、また、五月二一日付社報号外は中央経労協における秦労務担当役員の発言内容を記載したものであるが、これらはいずれも会社の見解を表明したものとみることができる。

一般に、使用者が労使間の問題に関して、その一方の当事者としての立場から見解を表明することはもとより自由であるが、その内容が正当な労働組合の活動に対し労働組合の内部運営に干渉したり、正当な労働組合の指令に基づく組合員の行為に対して威嚇や不利益等の示唆により、その行動を抑圧するがごときは、使用者の言論の自由を逸脱し、組合運営に対する支配介入になると考えられる。ところで前示認定のごとく本件社報号外には、組合と西部支部の外部に表明した方針と行動の矛盾を指摘し、組合、西部支部及び参加者に対して責任を追及する趣旨の内容が認められるが、前示判断のとおり西部支部の業務命令拒否行為については、当時会社としては理解し難いものがあった事情もうかがわれ、このような本件労使間の事情を考慮すると、これら社報号外の内容をもって直ちに会社が組合内部の攪乱を意図したものとは認めることができず、また、これら社報号外の配布時期は西部支部が昼勤拒否、夜勤就労の行動を開始した翌日以降であること、及びこれによって従業員が動揺した事実も認められないことなどを総合して判断すると、本件社報号外の配布は組合及び西部支部の行為を違法不当と考えた会社が、これに対抗するためその所信を表明した行為とみるのが相当であり、組合運営に対する支配介入には該当しないと判断する。

六 以上を総合判断すれば、被申立人の行なった本件懲戒処分は正当な組合活動に対する不利益取扱いであり、労働組合法第七条第一号に該当する不当労働行為である。その救済としては、主文をもって相当と思料する。

なお、申立人は、救済として阿部英昭ほか七六名に対する賃金カットの取り消しを求める。その賃金カットとは被申立人が昼勤拒否者に対してその就労しなかった分の賃金相当額を支給しなかったものであるところ、阿部らの昼勤拒否が争議行為として行なわれたことは前示判断のとおりであるから、同人らが夜勤帯に会社の制止を排して就労した分につき別途賃金等を請求し得るか否かはともかくとして、勤務を拒否した昼勤分についての賃金は請求しえないと解するのが相当であるから、この点についての申立人の救済申立には理由がない。

よって当委員会は労働組合法第二七条及び労働委員会規則第四三条により主文のとおり命令する。

昭和五〇年一〇月三一日

福岡県地方労働委員会

会長 副島次郎

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