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福岡地方裁判所 昭和51年(ワ)263号 判決 1980年12月17日

原告 本田昭男 ほか一名

被告 国 ほか二名

代理人 山口英尚 上野至 川勝隆之 管祝久 ほか五名

主文

一  被告国は、原告本田昭男に対し金一九九万三九八二円及びこれに対する昭和五一年四月九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告国は、原告田中義己に対し金一八四万四三二八円及びこれに対する昭和五一年四月二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

三  原告らの被告国に対するその余の請求並びに被告前原清司及び被告岡山信一に対する請求を棄却する。

四  訴訟費用中、原告らと被告国との間に生じた部分は、これを二分し、その一を原告らの負担、その余を被告国の負担とし、原告らと被告前原清司及び被告岡山信一との間に生じた部分は全部原告らの負担とする。

五  この判決は原告ら勝訴の部分にかぎり仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、各自原告本田昭男に対し、金五五一万九九八九円及びこれに対する被告国は昭和五一年四月九日から、被告前原は同年同月七日から、被告岡山は同年同月一〇日から、各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告らは、各自原告田中義己に対し、金五七四万二四一七円及びこれに対する被告国、同前原は昭和五一年四月二日から、被告岡山は同年同月三日から、各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は、被告らの負担とする。

4  仮執行宣言(第1、2項につき)

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

3  担保を条件とする仮執行免脱宣言

第二当事者の主張

一  請求の原因

1  昭和四四年一一月当時原告本田昭男(以下原告本田という。)は福岡中央郵便局第一集配課、原告田中義己(以下原告田中という。)は同局普通郵便課に各勤務する郵政事務官、被告前原清司(以下被告前原という。)は熊本郵政監察局福岡支局に勤務する郵政監察官、被告岡山信一(以下被告岡山という。)は熊本郵政局人事部管理課に勤務し、かつ福岡中央郵便局に兼務を命ぜられていた郵政事務官の地位に、それぞれあつた者である。

2  原告両名は、昭和四四年一二月二〇日、福岡警察署(現在は福岡中央警察署)警察官により、公務執行妨害、傷害の被疑事実で逮捕され、同月二二日福岡地方検察庁検察官渡辺悟朗により、公務執行妨害、傷害の訴因で福岡地方裁判所に公判請求をされた。その公訴事実は次のとおりである。(以下本件刑事事件という。)。

「被告人ら(本件原告ら)は福岡市天神四丁目三番一号所在福岡中央郵便局勤務の郵政事務官(ただし、同田中は昭和四四年一〇月一日より向う三か月間の停職中)で、同田中は普通郵便課、同本田は第一集配課に各配置されている者であるが、全逓信労働組合所属の同郵便局員がいわゆる「物だめ闘争」を行なつた際、昭和四四年一一月二六日午後一時三〇分頃同郵便局二階の第一集配課室西側出入口において、同郵便局の業務運行の確保、労務管理事務処理等のため熊本郵政局から派遣され、同郵便局兼務を命ぜられた郵政事務官岡山信一(当三三年)ほか四名、同郵便局の業務運行状況の調査、並びに非違等の調査、処理等にあたつていた熊本郵政監察局福岡支局員郵政監察官前原清司(当四七年)ほか一名、同郵便局課長代理一名らが同所に警戒線を張つていたところ、被告人田中が同課室内に入ろうとしたのに制止されたため、両名共謀のうえ、被告人田中が先になり同本田が同田中の後ろに連なり、両名一団となつて右警戒線に突入し、右岡山信一並びに前原清司に突きあたつて両名を転倒させる暴行を加え、右両名の職務の執行を妨害するとともに、右暴行により前原清司に対し全治三日位を要する右手関節部擦過傷、右下腿打撲の傷害を負わせたものである。」

3  福岡中央郵便局長砂原猛は原告らに対する前記起訴を理由に、原告本田に対しては昭和四四年一二月二七日付で、原告田中に対しては、昭和四五年一月二日付で、国家公務員法(以下国公法という。)七九条二号に基づき原告らを休職処分に付し、同日以降原告らに対し、給与の六〇パーセントを支給する措置をとつた。(以下本件起訴休職処分という。)

4  前記公判請求を受けた福岡地方裁判所は審理の結果、昭和四九年五月二九日原告らに対し、公訴事実を認めるに足りる証拠がないとして無罪判決を言い渡したが、福岡地方検察庁検察官は、同年六月一二日、右判決に対し控訴を申し立てた。

右無罪判決があつたにもかかわらず、福岡中央郵便局長は原告らに対する本件起訴休職処分を取り消さないばかりか、検察官が控訴を申し立てたことを理由に、逆に同年六月一三日付をもつて、原告らに支給する起訴休職給を給与等の三〇パーセントに減額する措置をとつた。

そして、福岡高等裁判所が昭和五〇年六月一二日検察官控訴に対し、控訴棄却の判決を言い渡し、同月二七日をもつて原告らの無罪が確定してはじめて、右郵便局長は本件起訴休職処分を取り消し、原告らを復職させた。

5  検察官の公訴提起、公判維持の違法

(一) 検察官が原告らに対し、前記公訴提起を行ない、かつ一、二審を通じてその公判維持を図つた主要な根拠は、被告前原の捜査段階以来の「田中、本田がいずれも前かがみの姿勢で前後につながり、田中を先頭にして両名一団となつて私の腹部に頭突きを加え、私は二、三歩後退してあおむけに転倒し負傷した」旨の供述、及び被告岡山の同じく捜査段階以来の「田中が前原の腹部に頭からぶつかり、同人をあおむけに転倒させ、そのはずみで私も前原と一緒に床に転倒した」旨の供述である。

(二) しかし、原告らが、右供述にあるような行為をした事実はなく、右供述はいずれも虚偽のものであり、現に、前記第一審の福岡地裁の無罪判決は、捜査及び公判段階における右供述につき、「前原及び田中の各成傷の部位にかんがみ、またその間の情況をよく注視していた前記証人太田光弥の供述記載に照らし、いずれも信用することができない」と判示し、この判断は、前記第二審の福岡高裁判決によつて支持されている。

(三) もともと、被告前原、同岡山の捜査段階における供述内容は、それ自体一貫性を欠いているのみならず、検察官が本件公訴提起の時点までに収集しえた証拠に照らせば、前記供述内容には重大な矛盾不合理が存し、客観的にみて到底信用できないものであり、結局前記公訴事実を立証するに足りる証拠は何も存在しなかつたのである。にもかかわらず、検察官は、組合活動家であつた原告らに対する弾圧的意図から、客観的にみて到底信用に値しない被告前原、同岡山らの虚偽の供述に安易に依拠して、原告らを起訴し、原告らを有罪にすべく第一審の公判維持を行なつたもので、この行為は、明らかに公訴権の濫用であり、違法というべきである。

(四) また、第一審において、無罪の判決がなされたのに対し、同判決の事実誤認を主張すべき根拠は全く存しないのに、検察官はあえて控訴し、控訴審の公判維持を図つたものであり、これは検察官に付与された公訴権の合理的な裁量範囲を著しく逸脱して濫用した違法なものというべきである。

6  被告前原、同岡山の職務執行の違法

被告前原、同岡山の前記虚偽の供述は、それぞれ国家公務員たる郵政監察官、郵政事務官としての職務を行なうにつきなされたものである。

すなわち、昭和四四年一一月二六日の事件当時、被告前原は、郵政監察官として、同岡山は熊本郵政局人事部管理課の職員として、それぞれ福岡中央郵便局に派遣されていたのであるが、その主要な職務内容は、いずれも同局内における職員の非違行為等の現認、調査並びにそれに対する対策であつて、原告らから暴行を受けた旨の捜査機関に対する虚偽の申告、供述は、右被告らの職務行為の一環としてなされたものであることは明らかである。

7  原告らに対する起訴休職処分の違法

(一) 国家公務員が刑事事件で起訴された場合、国公法七九条二号の起訴による休職処分を行なうか否かは、任命権者の自由な裁量を許すものではなく、起訴休職制度の趣旨、目的、起訴にかかる事案の内容、被処分者に与える実際上の不利益等に照らし、合理的理由が存する場合にはじめて休職に付することが許されると解すべきである。

そして、起訴休職処分の具体的運用については、本件起訴休職処分の発令当時、原告らの所属していた全逓信労働組合と郵政省との間には「休職の取扱に関する協約」(昭和四三年一二月締結)が存し、また、「職員の休職の取扱いについて」と題する人事部長通達が発せられており、これによつて起訴休職の実際の運用が行なわれていたところ、同協約二条二項は「起訴にかかる休職は、その事実によりこれを行なわないことができる」と規定し、更に同通達によると、同協約において「休職を行なわないことができる場合とは、当該事案が職務上と否とにかかわらず軽微であつて、その情が軽いか、あるいは本人が当該事案を否認する等して裁判の結果を待つ要があり、かつ、いずれも本人を引き続き職務に従事せしめても支障がないと客観的に認められる場合に限るものとする」「刑事事件に関し起訴された者についてはあらかじめその事案の内容をは握するため、本人及び検察庁その他関係方面について十分調査検討のうえ、休職を発令するかどうかを決定する」ものとしている。

(二) このように、右協約及びその解釈運用基準としての通達は、起訴休職を行なうか否かは、事案に応じて客観的に決定されるべきことを明言するとともに、処分の発令にあたつてはあらかじめ事案の内容を処分者側において独自の立場から十分調査検討することを義務づけ、特に本人が起訴事実を否認する等して、事案の真相を知るためには裁判の結果を待つ必要があり、かつ本人を引き続き職務に従事させても支障がない場合には、休職処分を行なわないことができることを明らかにしている。

(三) ところで原告らに対する本件起訴休職処分は、もともと郵政省の職員である被告前原、同岡山が、その職務執行につき、虚偽の被害事実を捜査機関に申告、供述した結果生じた公訴提起を理由になされたものであり、かつ、右被告両名の職務行為としてなされた虚偽の事実報告に基づくものであるから、それ自体郵政当局による権限の濫用であることは明らかであつて、この一事をもつてしても、本件起訴休職処分は違法というべきである。

(四) しかも、原告らは、本件起訴にかかる事実については捜査の段階から一貫して否認しており、また起訴にかかる事案の内容は当時の労使関係の内部において生じたトラブルであること、原告らの従事していた職務が郵便取扱い業務という単純な機械的作業にすぎないこと、起訴後は原告らに対する身柄拘束はなく、公判廷への出頭が原告らの職務専念義務の遂行を困難にさせるとは考えられないこと等の事情に照らせば、本件起訴がなされたからといつて、原告らを引き続きその職務に従事させることになんら支障はなかつたものと認められ、この意味においても本件起訴休職処分は、合理的理由を欠き、違法というべきである。

(五) ことに、前記第一審の無罪判決にもかかわらず、本件起訴休職処分を取り消さないばかりか、控訴審係属を理由に逆に起訴休職給の支給を従来の六〇パーセントから三〇パーセントに減額した郵政当局の措置は、あまりにも不合理であり、いかなる意味においても合法性の余地を見出すことはできない。

すなわち、国公法八〇条二項において起訴休職の期間を「その事件が裁判所に係属する間とする」と定めているのは、公務員の身分保障の見地から休職の最長期間を制限した趣旨と解すべきであつて、任命権者が事件係属中に休職処分を取り消すことまで禁止をしているものとは到底考えられない。また、起訴休職処分はもともと任命権者の権限と責任においてなされるものである以上、一旦処分が発令されたとしても、その後の事情変更により休職処分をすべき実質的理由が消滅したり、あるいは休職処分をすべき実質的理由がなかつたことが事後に判明した場合、任命権者がそれを認め、自らの権限と責任において裁判確定前に処分自体を取り消すことはなんら差支えなく、これを許されないとする法的根拠は見出し難い。国公法八〇条二項は、右のような処分の取消しが任命権者によつてなされないかぎり休職は裁判確定の時まで継続するという意味であつて、任命権者自身による処分取消しの措置まで制限しているものではない。

およそ、刑事事件の一審判決において無罪が宣告された場合、たとえ起訴の時点では休職にすべき合理的理由があつたにせよ、その理由は消滅すると考えるべきである。控訴審においては被告人は原則として出頭義務はなく、職務専念義務との関係はほとんど問題となりえない。また、起訴されたこと自体によつて生じた当該公務員の職務執行の公正についての信頼の喪失も、一審の無罪判決によつて十分回復されたものとみるべきは当然である。検察官の起訴の権威が裁判所の判決の権威より高いなどということは、そもそもあつてはならないことである。一審で無罪判決のあつた以上、検察官控訴があろうとも、控訴審の事後審としての構造からして、当該被告人は最終的に無罪となる公算が高いことを確認されたことであつて、有罪判決による公務員の資格喪失の蓋然性も飛躍的に低くなつたことを意味し、休職処分を維持すべき合理的理由は消滅すると言つてよい。

したがつて、一審の無罪判決は、原則として任命権者にとつて休職処分を取り消すべき事由となり、これに反して任命権者が休職処分を取り消さない行為は、特別の理由のないかぎり権限の濫用であり違法と評価すべきである。

8  被告国の責任

前記5の検察官の原告らに対する違法な公訴提起、及び公判維持、6の被告前原、同岡山の職務執行についての虚偽の供述、7の郵政当局(具体的には福岡中央郵便局長)の違法な休職処分の発令とその継続は、それぞれ、被告国の公務員がその職務の執行につき故意もしくは過失によりなした不法行為であるから、被告国は国家賠償法一条に基づき、原告らが本件起訴及び起訴休職によつて受けた全損害を賠償する責任がある。

9  被告前原、同岡山の責任

被告前原、同岡山の前記捜査機関に対する虚偽の供述及び公判廷における同趣旨の虚偽の証言は、検察官の違法な公訴提起及び公判維持並びに本件起訴休職処分に決定的な根拠原因を与えたものであるから、右被告らは、民法七〇九条、同七一九条に基づき、原告らが本件起訴及び休職処分によつて受けた全損害につき、被告国と連帯して賠償責任を負うことは明らかである。

10  原告らが本件起訴及び起訴休職によつて受けた損害は多岐にわたるが、とりあえず左記の損害の賠償を被告らに求める。

(一) 起訴休職による給与等の損失

(原告本田について)

本件起訴休職処分がなければ、昭和四四年一二月より昭和五〇年六月までの期間中原告本田が得られた本俸、調整手当暫定手当、夏季、年末、年度末の各手当の総額は、金六五七万二一六八円であるところ、本件起訴休職処分により、右期間中の定期昇給は停止されたうえ、昭和四四年一二月二六日以降昭和四九年六月一二日までの間は右本俸及び諸手当の六〇パーセント、同月一三日以降昭和五〇年六月二五日までの間はその三〇パーセントしか支給されず、前記期間中現実に支払を受けた本俸及び諸手当の総額は金三〇五万二一七九円であつた。

したがつて、原告本田は、その差額の金三五一万九九八九円の給与等の得べかりし利益を喪失したことになる。

(原告田中について)

本件起訴休職処分がなければ、昭和四五年一月より昭和五〇年六月までの期間中原告田中が得られた本俸、調整手当暫定手当、夏季、年末年度末の各手当の総額は、金六九二万一六〇一円であるところ、本件起訴休職処分により、右期間中の定期昇給は停止されたうえ、昭和四五年一月二日以降昭和四九年六月一二日までの間は右本俸及び諸手当の六〇パーセント、同月一三日以降昭和五〇年六月二五日までの間はその三〇パーセントしか支給されず、前記期間中現実に支払を受けた本俸及び諸手当の総額は金三一七万九一八四円であつた。

したがつて、原告田中はその差額の金三七四万二四一七円の給与等の得べかりし利益を喪失したことになる。

(二) 慰謝料

原告らは、昭和四四年一二月、全く身に覚えのない嫌疑により、突然、逮捕、起訴され、以後五年半にもわたり、理不尽にも、被告人の座にしばりつけられたうえ、職場から排除され、賃金についても四〇パーセントから七〇パーセントもカツトされるという苛酷な不利益を強いられてきた。その精神的苦痛と屈辱感は、はかりしれないものがある。

また、原告らにとつて、無罪、復職をかちとるまでの五年半余りの歳月は、将来の身分上、生活上の不安をかかえながら、自己の潔白を立証し、刑事被告人といういわれのない汚名を晴らすことにすべて費されたといつても過言ではなく、その労苦と犠牲は余りにも大きい。

更に郵政職員として五年半の勤続の空白は、将来にわたつて有形無形の人事上の不利益取扱いを免がれない。

こうした事情を考慮すれば、原告らに対する慰謝料としては少なくとも各金二〇〇万円を相当とする。

11  結論

よつて原告らは、損害賠償請求として、被告らに対し、各自、原告本田については、金五五一万九九八九円、原告田中については、金五七四万二四一七円及びこれらに対する本訴状送達の日の翌日以降支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求の原因に対する被告国の認否

1  請求原因1ないし4の事実は、いずれも認める。

2  同5(一)の事実は認める。

同5(二)の事実は否認する。福岡地方裁判所の判決は、被告前原の捜査段階以来の「原告田中が頭突きのかつこうで前原の腹のあたりに突つこんできた。それで前原は二、三歩よろめいて後退しながら、あおむけに倒れた旨の供述部分」及び被告岡山の公判段階の「同趣旨の供述部分」に対して、「これらは、前原及び原告田中の各成傷の部位にかんがみ、またその間の情況をよく注視していた証人太田光弥の供述に照らし、いずれも信用することができない。」と判示したものであり、福岡高等裁判所の判決もこれを支持したものである。

同5(三)(四)の主張は争う。

3  同6事実のうち昭和四四年一一月二六日の事件当時、被告前原が郵政監察官として福岡中央郵便局に派遣されていたこと及びその職務内容は同郵便局の業務運行状況の調査、並びに非違等の調査、処理等であつたことは認めるが、同岡山は、熊本郵政局人事部管理課に勤務し、かつ福岡中央郵便局に兼務を命ぜられていた郵政事務官として、同郵便局の業務運行の確保、労務管理事務処理等のため派遣されていたものである。その余の主張は争う。

4  同7(二)の事実は認める。同7(四)の事実のうち、原告らが捜査の段階から被疑事実を否認していたこと、原告の従事していた職務が郵便取扱い業務であること及び起訴後原告らが身柄を拘束されていなかつたことは認めるが、その余の主張は争う。同7(三)、(五)の主張は争う。

5  同8の主張は争う。

6  同10(一)の事実につき、本件休職処分がなければ休職期間中原告らが得たであろう俸給、調整手当及び期末手当の推計総額は、原告本田については金六四九万九九八七円、原告田中については金六〇〇万五一五九円であり、休職期間中原告らに支給した額は、原告本田について金三一三万九二〇四円、原告田中について金三一五万九〇九一円である。同10(二)の主張は争う。

三  請求の原因に対する被告前原、同岡山の認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実のうち、原告らが、昭和四四年一二月二二日福岡地方検察庁検察官により、公務執行妨害、傷害の訴因で福岡地方裁判所に公判請求をされたことは認め、その余は知らない。

3  同3の事実のうち、福岡中央郵便局長が、本件起訴を理由に国公法七九条二号に基づき原告らを休職処分に付したことは認め、その余は知らない。

4  同4の事実のうち、福岡地方裁判所が昭和四九年五月二九日原告らに対し無罪の判決を言い渡したこと及び福岡高等裁判所が昭和五〇年六月一二日控訴棄却の判決を言い渡し、同月二七日原告らの無罪が確定したこと並びに福岡中央郵便局長が原告らを復職させたことは認め、その余は知らない。

5  同6の事実について、昭和四四年一一月二六日当時被告前原は郵政監察官として福岡中央郵便局に派遣されていたものであり、被告前原の供述が国家公務員たる郵政監察官としての職務を行なうにつきなされたものであること及び被告岡山が当時熊本郵政局人事部管理課に勤務し、かつ福岡中央郵便局に兼務を命ぜられていた郵政事務官の地位にあつて福岡中央郵便局に派遣されていたものであり、被告岡山の供述は、国家公務員たる郵政事務官としての職務を行なうにつきなされたものであることは認めるが、その余は争う。

6  同9の事実のうち、被告前原、同岡山が捜査機関に対して虚偽の供述及び公判廷において虚偽の証言をしたことは否認し、その余の主張は争う。

すなわち、原告の主張が、被告らの虚偽の供述をもつて国の公権力の行使に当る公務員がその職務を行なうにつき違法に他人に損害を加えたものというのであれば、国家賠償法一条により、原告らは公務員個人である被告らに対し損害賠償を請求できないことは明らかである。

仮にそうでないとしても、刑訴上、公訴の提起は、国家訴追主義がとられ(同法二四七条)、しかもいわゆる起訴便宜主義が採用されている(同法二四八条)こと、及び起訴休職処分についても、任命権者が、公判請求がなされたことに基づいて起訴休職制度の趣旨、目的から休職処分に付するのが相当と判断してなされるものであるから、被告らの捜査機関等に対する供述と本件公訴及び起訴休職処分による原告らの損害との間には相当因果関係がない。

7  同10の主張は争う。

第三証拠 <略>

理由

第一はじめに

請求原因1ないし4の各事実のうち、原告ら及び被告前原、同岡山が昭和四四年一一月当時原告ら主張の各地位にあつたこと、原告ら主張のとおり本件刑事事件が起訴され、第一審、控訴審とも無罪判決が言い渡され確定したこと及び原告らに対し本件起訴休職処分の措置がとられ、右無罪判決が確定した後に取り消されたことは、当事者間に争いがない。

原告らは、(一)、検察官が本件刑事事件の公訴を提起し、これを追行したこと、及び第一審で無罪判決が言い渡されたにもかかわらず控訴したこと、(二)、福岡中央郵便局長が本件起訴休職処分の措置をとつたこと、また第一審で無罪判決が言い渡された後も本件起訴休職処分を継続したこと、(三)、被告前原、同岡山が虚偽の被害事実を捜査機関に供述しかつ公判廷において同趣旨の証言をしたことは、いずれも故意もしくは過失による違法な行為であると主張し、被告国に対しては国家賠償法に基づき、また被告前原、同岡山に対しては不法行為に基づき、それぞれ、原告らが本件起訴並びに起訴休職処分によつて被つた損害の賠償を求めているので、以下順次検討を加える。

なお、書証の成立につきすべて争いがないことは前記証拠欄記載のとおりであるから、理由中では書証番号のみを掲記することとする。

第二公訴の提起、その追行について

一  本件刑事事件の経過

前記当事者間に争いない事実、<証拠略>を総合すると以下の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

福岡中央郵便局全逓信労働組合(全逓労福岡中央支部)は、当局側との労働基準法三六条による超勤協定(いわゆる三六協定)が昭和四四年一一月一五日の経過により失効し、全逓労中央本部から、年末闘争の内容としての勤務時間短縮、合理化反対などの諸要求の実現をはかるため再協定を結ぶな、との指令もあつて、同月一六日から遵法闘争の一環としていわゆる物だめ闘争を実施し、その結果同郵便局では郵便物が滞留しがちであつた。

右闘争に対処するため、福岡中央郵便局は、同月二〇日以降当時の熊本郵政局(現在の九州郵政局)に応援を求め、右郵政局などから管理職者及び非組合員の職員が数十人派遣され、福岡中央郵便局兼務として、同郵便局の管理職者らとともに郵便現場職員の指導、集団抗議の制止など職場規律の確立の任務に従事した。右管理職者らは、郵便業務に従事中の職員の後ろでストツプウオツチなどを用いて職員の仕事ぶりを管理したり、各課室の出入口に警戒線を張つて勤務者の出入りをチエツクしたり、勤務者以外の者の入室を阻止したりした。また、右出入口などの壁には、勤務関係者以外の者の無断入室を禁止する旨の張り紙が貼られてあつた。そして、同月二六日ころは、右のように、全逓労福岡中央支部の闘争と、管理職者らの業務遂行確保、労務管理のための活動により、右郵便局内は騒然とした状態であつた。

右のような状態の中で、同日午後一時三〇分ころ、同郵便局二階の第一集配課西側入口付近において本件刑事事件(請求の原因2の事実)が発生したとして、福岡警察署(現在福岡中央警察署)及び福岡地方検察庁は、捜査を開始し、被害者たる被告前原及び同岡山をはじめとして、事件当時同人らと一緒に警戒線を張つていた訴外志田武申、同中嶋静夫、同大平仁、同太田光弥らから事情を聴取し、供述調書を作成するとともに、福岡中央郵便局庁舎の実況見分を施行する等の捜査活動を行なつた後、同年一二月二〇日原告ら両名を逮捕し、取り調べ、供述調書を作成したうえ、福岡地方検察庁検察官は同月二二日福岡地方裁判所に対し、請求原因2に記載のとおりの訴因で公訴を提起し、同時に職権による勾留を求めたが、同裁判所は職権を発動せず、結局原告らは、身柄不拘束の状態で公判に臨むことになつた。

起訴後、被告人両名(原告ら)は、その所属する労働組合を異にしたため弁論が分離され、個別に審理されたが、一方で取り調べた証人を他方に対してはその尋問調書を書証として取り調べる等の方法により、ほぼ同時に併行して審理が進められ、ともに昭和四九年五月二九日無罪の判決が言い渡された。

第一審の無罪判決に対し、検察官は、同年六月一二日福岡高等裁判所に控訴の申立てをなし、控訴審においても第一審と同様の審理方法がとられ、第一審で取り調べられた証拠のほか、新たに検察官の請求により四名の証人尋問がなされたが、福岡高等裁判所は、昭和五〇年六月一二日控訴棄却の判決を言い渡し、同月二六日の経過をもつて原告らの無罪が確定した。

二  検察官の起訴及び公訴追行の違法について

1  右に述べたように、原告らに対する本件刑事事件においては、無罪の判決が確定した。

しかしながら、一般に刑事事件において無罪の判決が確定したということだけで、直ちに公訴の提起、追行が違法となるというべきではない。けだし、公訴の提起は、検察官が裁判所に対して犯罪の成否、刑罰権の存否につき審判を求める意思表示にほかならないのであるから、起訴時あるいは公訴追行時における各種証拠資料を総合勘案して、合理的な判断過程により有罪と認められる嫌疑があれば足りるものと解されるからである(最高裁判所昭和五三年一〇月二〇日判決、民集三二巻七号一、三六七頁)。

したがって、客観的に犯罪の嫌疑が十分であり、有罪判決を期待しうる合理的根拠があるかぎり、検察官の公訴提起、追行等の行為を違法ということはできず、右のような合理的な根拠がないにもかかわらずあえて公訴を提起、追行した場合にはじめてこれらの行為が違法の評価を受けるものというべきである。

そこで右の見地から本件について検討を加える。

2  検察官が起訴当時有していた証拠資料に基づき、本件刑事事件において証明しようとした被告人らの具体的被疑事実は検察官の冒頭陳述書(<証拠略>)第三項によれば次のとおりである。

(1) 被害者等の具体的職務権限

熊本郵政局から派遣され、福岡中央郵便局兼務を命ぜられた志田武申、大平仁、大田光弥、中山初吉、岡山信一(被告)の五名及び同局郵便課長代理中嶋静夫は福岡中央郵便局長の有する庁舎管理権に基づき、同局長の命により、昭和四四年一一月二六日午前七時三〇分以降、第一集配課西出入口付近において、当該職務遂行以外の目的をもつて第一集配課に入室しようとする者を見張り、入室しようとする者がいた場合には、これに警告を与え、又は制止し、もつて第一集配課の業務の運行を確保する職務に従事しており、郵政監察官前原清司(被告)、福井敏広の両名は室内にあつて、第一集配課の業務の運行状況及び非違等の調査並びに資料収集業務に従事していた。

(2) 犯行状況

同日午後一時三〇分頃第一集配課に赴いた被告人田中(原告)は同所入口において見張りをしていた大平仁と「通せ通されん」の押し問答をしていた際、第一集配課課員で、同室内にいた被告人本田(原告)が「どけどけ通さんか」と言いながら、室外に出て被告人田中と何か耳打ちをした後、便所に行き、便所のドア付近から被告人を呼び寄せ、やがて両名相伴なつて便所に入つたが、間もなく便所から出てきた両名は右入口付近において、被告人田中、同本田の順で、縦一列に並んだが、その際第一集配課課員で同室内にいた石村昌広が、「どけどけ」と言いながら室外に出てきて、同室に対面して右被告人らの前に立ち、お互いに縦に並び、頭を低く下げて、前者の腰を両手で抱き、前記大平、志田の間隙を縫つて同室内に入ろうとし、これを阻止しようとした右大平と暫時もみ合つたが、突然被告人らは方向を変え、被告人田中の入室を阻止しようとしていた前記岡山の肩に触れるようにして室内に侵入し、同人の左後方で、右被告人らの違法状態を現認し、写真撮影をしようとしていた郵政監察官前原清司の腹部に頭突きを加えて、右前原及び岡山をその場に転倒させ、よつて右前原に対して、加療約三日間を要する右手関節部擦過傷等の傷害を与えた。

3  一方、検察官が本件起訴当時有していた証拠資料は、少なくとも、実況見分調書(<証拠略>)、外科病歴票(<証拠略>)、福井敏弘撮影の写真(<証拠略>)のほか、古賀克明(<証拠略>)、被告前原清司(<証拠略>)、同岡山信一(<証拠略>)、福井敏弘(<証拠略>)、中嶋静夫(<証拠略>)、志田武申(<証拠略>)、太田光弥(<証拠略>)、大平仁(<証拠略>)、原告本田(<証拠略>)、同田中(<証拠略>)の司法警察員ないし検察官に対する供述調書が存したことが認められる。

そして、原告らの右供述調書によれば、原告らは、被疑者段階から一貫して、本件起訴事実につき、共謀したことも、暴行したことも否認していることが認められる。

これに対し、前掲証拠のうち被害者たる被告岡山、同前原の各供述調書には、本件公訴事実どおりの被告人ら(原告ら)の暴行を体験したこと、また被害者らと一緒に警戒線を張つていた太田光弥の供述調書には、右暴行を現認した旨の、更に福井敏弘、中嶋静夫、志田武申、大平仁の各供述調書には、原告田中が警戒線を突破して原告本田と共に第一集配課室内に入つた直後、被告前原、同岡山が仰向けに倒れ、原告田中が右倒れた被告前原の上にかぶさるようになつているのを現認した旨の、それぞれ相当詳細な記載があり、これらの証拠によれば、前記冒頭陳述書の「犯行状況」記載のような事実があつたことを認めるに難くなく、よつて本件公訴事実は、これらの証拠により十分立証しうるものと考えられる。

そこで、これらの供述調書の信用性が問題となるが、前記実況見分調書に福井敏弘、中嶋静夫、志田武申、大平仁の各供述調書を総合すると、

本件刑事事件の現場となつた第一集配課西出入口は、約一・九五メートルの幅しかなく、そこに約八名の管理職者らによつて警戒線が張られて勤務者以外の者の入室が阻止され、部外者が入室するのは容易ではなかつたこと、原告田中は当時停職処分を受けており勤務者ではなかつたが、本件刑事事件発生の直前に右出入口付近に赴き、管理職者らとの間で「入れろ」、「入れない」等の押し問答をしていたこと、そして右押し問答の際、勤務中の原告本田が室内から出て、原告田中に耳打ちをし、更に出入口付近の便所のドアから原告を手招きして呼び寄せ、ともに便所に入り、その後両名そろつて同所から出てきて、警戒線の前に原告田中、同本田の順で縦一列に並び、原告田中及び同人の腰を両手で抱き後ろに続いていた原告本田が前かがみの姿勢で室内に入ろうとしたこと、

が各認められ、これに反するような事実を認めうる資料があつたことの証拠はない。

また原告本田の供述調書(<証拠略>)によれば、同原告は、捜査段階において、共謀及び暴行の故意があつた点については否認しているものの、原告田中と耳打ちをしたことや自分の胸と原告田中の背中が接触していたかもしれないことの各事実を認める旨の供述をしており、原告田中の供述調書(<証拠略>)にも耳打ちの事実を認める旨の記載がある。

4  以上の事実及び本件刑事事件発生当時の福岡中央郵便局の前記一、のような状況から考えると、被害者たる被告前原、同岡山の供述は、これを虚構であるとして排斥することができにくい真実らしさを具備していたものと認めるのが相当で、しかるときは、検察官が右の供述に信頼を置き、他の証拠資料との関連を検討して、原告らに犯罪の嫌疑があり、かつ適切な訴訟活動を行なえば有罪判決をうる高度の蓋然性があるものと判断して本件刑事事件を起訴し公訴を追行したことには、一応合理的な根拠があるものというべきで、よつてこれをもつて違法であるということはできない。

三  検察官の控訴の違法性について

原告らは、第一審において無罪判決が言い渡されたのに対し、検察官が、事実誤認を主張する根拠は全く存しないのにあえて控訴し、控訴審の公判維持を図つたのは、公訴権の合理的な裁量範囲を著しく逸脱した違法なものである旨主張するので検討する。

一般に、検察官は社会秩序維持の第一線に立ち、公訴権行使の任にあたる唯一の国家機関であるから、その権限の行使は厳正、中立であらねばならないことは当然であるけれども、裁判所に対する関係においては、公訴権行使の正当性を主張、立証する当事者の一方(民事的にいえば原告)の立場にあると考えられる。もちろん、検察官は公益の代表者として、同時に相手方たる被告人の人権をも尊重しながらその職務を遂行すべきであることはいうまでもないとしても、第一審裁判所の判断に対し不満があれば不服申立てとして控訴の手続をとることが刑事訴訟法上許されているのであるから、たとえば、公訴提起後有力な反証が発見、提出されたとか他に真犯人が検挙されたとかいつた、原審の判断が変更される可能性がなく、したがつて控訴申立ての合理的な根拠を欠くと考えられる場合は別として、単に検察官が提出した証拠についての価値判断を異にした結果第一審において無罪判決の言渡しがなされたような場合には、控訴審における判断がすべて原審におけるそれと同一であるとは限らないのであるから、検察官が既に提出した証拠及び新たに提出する証拠について上級裁判所の評価、判断を求めて控訴することは許されて然るべきであり、仮に控訴審でも無罪の判断が維持されたからといつて、直ちに検察官の控訴をもつて違法と断ずることはできない。

本件の場合、判決書(<証拠略>)の記載によると、第一審裁判所は、原告らが前後に連なつて警戒線を突破し第一集配課室内に入つたこと、原告田中が被告前原の右半身に右肩から突き当たり被告前原、同岡山が転倒したこと、及び被告前原が負傷した事実などは認定しているのであつて、ただ、原告田中の行動につき、第一集配課室内に入ろうとして被告岡山に前進をはばまれたので、同人を避けて同人と前原との間を通り抜けようとしたものの、後から原告本田が原告田中の腰のあたりに両手をあてがつて続いていたことなどのため行動が思うにまかせず、被告前原を確実に避けることができないで、同人の右半身に右肩を突き当てたのではないかという疑いをさしはさむ余地があるとして、結局原告田中の暴行の故意を認めるに足りる十分な証拠がないとし、かつ原告田中と同本田の間に管理職者らを突きのけてまで入室を強行しようという謀議が成立していたものと推認することも出来ない旨判断して無罪の判決を言い渡したものである。

しかしながら、第一審の公判で書証として取り調べられた前掲被告前原の検察官に対する供述調書(<証拠略>)及び証人として取り調べられた被告前原、同岡山の各供述(<証拠略>)には、「田中が頭を下げて、前かがみのかつこうで前原の腹のあたりに突つこんできた。そこで前原は、二、三歩よろめいて後退しながら仰向けに倒れた。」という趣旨の記載ないし供述があり、また、証人中嶋静夫(<証拠略>)の供述も、それに副うものである。

第一審判決は、これらの証拠に対して「前原及び田中の各成傷部位にかんがみ、またその間の情況をよく注視していた証人太田光弥の供述に照らし、いずれも信用できない。」と判示している。しかし、この太田の供述とは、<証拠略>によれば、要するに「田中は体をいくらか前方へかがめていたが、頭は上げたままだつた。そして、前原の右半身に右肩から突き当たつたようであつた」というものであつて、頭突きの事実を否定しているにすぎないのである。

以上によれば、第一審裁判所は、検察官の主張する公訴事実に対し、人違いであるとか、そうした事実を認めるに足りる証拠が全く存しないとか判断したわけではなく、その事実を認めうる証拠であるところの前記被告前原ら及びそれに副う証人らの各供述を信用できないものとし、被告人たる原告ら及びそれに副う証人らの供述を採用したものであつて、第一審裁判所が公訴事実を認めなかつたのはひつきよう証拠の取捨選択の問題につきるものである。(しかも、右判決の判文に照らすと、第一審裁判所が原告らを無罪としたのは、訴因の外形的事実の存在を全く否定したからではなく、むしろ、原告田中と被告前原との接触の態様にかんがみ、原告らに犯行の故意ないしその共謀の事実を認めることに疑問がある、と判断した結果であることは前示のとおりである。)

そして、第一審で信用できるものとして採用された証人太田光弥の証言は、事件発生後四年三か月を経たものであり、同人は、事件直後の捜査段階においては、<証拠略>によると「田中は、上半身を前かがみにして、頭付近から前原の腹部から下半身にかけて突き当たつた」旨供述していること、また右第一審判決においても、原告本田が第一集配課室内から出てきて、出入口に居た原告田中になにごとか小声でささやき、更に、付近の便所のところへ同原告を手招きして呼び寄せ、やがて原告両名が便所から出てきて警戒線の前に原告田中を先にして縦に並んだこと、その後前示のように原告らが連なつて警戒線を突破し、室内に入つた事実などを各認定していること等を併せ考えると、証拠ないしそれによつて認定できる事実の評価の如何によつては、控訴審において異なつた判断がなされる可能性があると期待しうる状況にあつたものというべきである。

したがつて、本件において、公訴権行使の職責を負う検察官が第一審判決を不満として控訴申立てをしたことは、何ら合理的根拠を欠くものとはいえず、公判を遂行するに当たつての合理的な裁量範囲を逸脱しているとは認められないから、違法はなく、この点に対する原告らの主張も理由がない。

第三起訴休職処分について

一  本件起訴休職処分の存在

前記当事者間に争いのない事実、<証拠略>によると、福岡中央郵便局長は、本件刑事事件の起訴を理由として、原告本田に対しては昭和四四年一二月二六日付で、原告田中に対しては昭和四五年一月二日付で、国公法七九条二号に基づき原告らを休職処分に付し、右同日以降原告らに対し給与の六〇パーセントを支給する措置をとつたことが認められ、右認定に反する証拠はない。(以上は被告国との関係ではすべて争いがない。)

二  本件起訴休職処分の違法性について

1  国公法七九条二号は、起訴休職処分の要件として職員が刑事事件に関し起訴されたことを規定するにとどまる。しかし任命権者は、右要件が存在すれば他に何らの制約もなく自由裁量により起訴休職処分をなしうると解すべきでなく、右裁量権は、後述の起訴休職制度の目的及び効果等に照らし相当な範囲に制約され、この範囲をこえる処分は違法として取消しを免れないと解すべきである。

2  ところで<証拠略>によれば、起訴休職処分の具体的運用については、郵政省と全逓信労働組合(本件起訴休職処分発令当時原告らが所属していた。)との間には「休職の取扱いに関する協約」(昭和四三年一二月締結―<証拠略>)が存しており、また「職員の休職の取扱いについて」と題する郵政大臣官房人事部長通達(乙第八号証)が発せられ、これらによつて起訴休職の実際の運用が行なわれていたものと認められる。

右協約二条二項は「起訴にかかる休職は、その事案によりこれを行なわないことができる」と規定し、更に通達によると、同協約において「休職を行わないことができる場合とは、当該事案が職務上と否とにかかわらず軽微であつて、その情が軽いか、あるいは本人が当該事案を否認する等して裁判の結果を待つ要があり、かつ、いずれも本人を引き続き職務に従事せしめても支障がないと客観的に認められる場合に限るものとする。」「刑事事件に関し起訴された者についてはあらかじめその事案の内容をは握するため、本人及び検察庁その他関係方面について十分調査検討のうえ、休職を発令するかどうかを決定する」ものとしており、これらにかんがみても、職員が起訴された場合、休職処分を行なうかどうかが任命権者の自由な裁量に委ねられているものとは認められず、そこには一定の客観的制約があるものと解される。

3  そこで起訴休職制度の趣旨、目的、効果について考察する。国家公務員は、国民全体の奉仕者として公共の利益のために勤務し、かつ、職務の遂行に当たつては全力を挙げてこれに専念しなければならず(国公法九六条一項)、その勤務時間及び職務上の注意力のすべてをその職務遂行のために用い、政府がなすべき責めを有する職務にのみ従事しなければならないし(同法一〇一条一項)、またその官職の信用を傷つけ、又は官職全体の不名誉となるような行為をしてはならない(同法九九条)のである。ところで右のような義務の遂行は、職員に対し公訴が提起されると、次のように妨げられることがある。

すなわち、刑訴法上、起訴された者は、有罪判決が確定するまでは無罪の推定を受けるけれども、起訴された事件に対する有罪率が著しく高いことは顕著な事実であつて、一般的にみれば、起訴された職員は相当程度客観性のある公の嫌疑を受けたものとの社会的評価を免れ難い。そのため、起訴された職員が引き続き職務を遂行すれば、当該職員の地位、職務内容、公訴事実の具体的内容、罪名及び罰条の如何等によつては、そのような者が現に職務に従事していることによつて、職務の遂行、職場秩序・規律の維持に対する支障を生ずることがあるのみならず、その職務遂行に対する国民一般の信頼をゆるがせ、ひいて官職全体の信用を失墜させるおそれがある。

また、刑事被告人は、原則として公判期日に出頭する義務を負い(刑訴法二八六条)、一定の事由があるときは勾留されることもありうる(同法六〇条)ので、そのことによつて前記職務専念義務を全うしえず、職務の遂行に対する支障を生ずるおそれもある。更に、公務員で禁錮以上の刑に処せられ、その執行を終わるまで又は執行を受けることがなくなるまでの者は、公務員の欠格事由に該当して当然失職することになる(国公法七六条、三八条二号)ので、起訴されて将来失職するかもしれない不安定な地位にある者を引き続き職務に従事させることが適当でない場合もありうる。

起訴休職制度は、以上のような種々の支障を生ずるおそれのある公務員を、その身分は保有するが、一時的に職務に従事させないこととし(国公法八〇条二項・四項)、もつて、職務の遂行、職場秩序・規律の維持に対する支障を可及的に排除し、公務員の職務遂行に対する国民一般の信頼ひいては官職全体の信用を保持することを意図するものである。

一方、起訴休職処分が、職員の労働条件に関し多大の不利益を与えることも看過できない。

すなわち、起訴休職処分を受けると、本件のような郵政事業に従事する者の場合、「休職者の給与に関する協定」により、原則として、俸給・諸手当のそれぞれ百分の六〇を受けるにとどまり、昇格昇給についても不利益を被るのみならず、人事院規則一一―四「職員の身分保障」三条によれば、職員は休職事由の消滅により復職しても定員に欠員がなければなお休職にされるのである。しかも職員は休職中も職員としての身分を保有するから国公法一〇三条、一〇四条により私企業から隔離されこれから収入を得られない。もし職員が公訴事実を争えばなお詳細な証拠調を必要とし公判の審理はそれだけ長期化し、休職による不利益は増大する。その結果職員が無罪の判決を受けても既に失つた給与等は検察官の起訴が故意又は過失により違法とされる場合に限り国家賠償法に基づき回復されることがありうるにすぎない。

したがつて任命権者はこの処分により職員に与える労働条件上の不利益についても考慮を払わなければならない。

以上の見地から、本件起訴休職処分の相当性の有無を考察することにする。

4  原告らが、本件処分当時、いずれも福岡中央郵便局に勤務する郵政事務官であつたことは、当事者間に争いがなく、<証拠略>によると、原告らは、郵便物の集配、分類という単続な機械的作業に従事していた者であり、裁量の範囲のない職務であつたことが認められる。

また前述のとおり、原告らは、起訴と同時に勾留の必要性がない旨裁判所により判断され、直ちに釈放され、身柄不拘束のまま公判に臨んでいること、本件のような事案の場合、公判は、せいぜい月に一回程度であることは当裁判所に顕著な事実であり、そうすると、公判期日が両名にとつて勤務を要する日に指定された場合でも所定の年次有給休暇をとること(<証拠略>によれば、年二〇日間あつたことが認められる。)等によつて、職務専念義務の遂行に何ら支障を来たさないことが可能であつたことが各認められる。

加えて、原告らは、被疑者段階から一貫して本件公訴事実を否認しており、このような場合、検察官が提出する証拠としての供述調書群を被告人、弁護側がすべて同意するとはとうてい考えられず、そうすると結局多数の証人調を要し、裁判が長期化する傾向があることも裁判所に顕著な事実であり、したがつて休職処分をすれば、それが長びくことが当然予想される。

以上の事実からすれば、本件起訴休職処分をなす必要性は少なかつたのではないかと一応はいいうる。

5  しかしながら、原告らはなるほど勾留はされていなかつたものの、公判期日に出頭する義務を負うほか、訴訟の準備や証拠の収集の必要があり、また公判中に職権により勾留される可能性が全くないとはいいきれない等の事情を併せ考えると、職務専念義務に影響がないということはできない。

また、本件刑事事件は、<証拠略>によると、当時新聞等により一般に報道、公表されたことが認められ、前記本件刑事事件の経過において述べたように、当時原告ら所属の組合が行なつていたいわゆる物だめ闘争による郵便物の遅配と併せて、世間の耳目を引いたことは、明らかである。

そして、本件公訴事実は、職場内において警戒線を張つていた上司に対し、暴行を加え、傷害を与えたというものであつて、仮にそれが真実とするならば、国民一般の強い非難に値する内容のものであり、原告らがこのような刑事事件で起訴されたということは、原告らに信用失墜行為があつたという疑惑を世人に生じさせるようなものであつたといわざるをえない。

したがつて、公務又は官職に対する対外的信用の保持という観点から見れば、原告らの就業を停止することもやむをえなかつたものと考えられる。

また、本件刑事事件は、原告らの職場内で多数の職員が職務に従事している面前で発生したものであり、その内容としては、停職中でその直前にもこれを理由に入室を制止された原告田中が、現に勤務中の原告本田と共謀のうえ、二人で一列になつて入室を強行し、結果として被告前原に衝突し、同人らを転倒負傷させたというものであつて、仮にそれが真実だとすれば、職場の秩序や規律を乱し、業務の運営に多大な障害になることは、いうまでもない。そしてこのような行為をしたということで起訴された原告らが、依然として職場に留まることは、他の職員の勤労意欲、作業能率の低下を来たし、職場の秩序が混乱するだろうことは当然予想されるところである。

以上によれば、職務の遂行、職場の秩序維持、国民の信頼への影響のいずれの点からみても、起訴当時における本件起訴休職処分は、十分な合理性、必要性があるものというべきであり、前記のような原告らに有利な事情を考慮しても、本件起訴休職処分は、まことにやむをえないものというほかはなく、裁量権の範囲を逸脱しているということはできない。

よつて、本件起訴休職処分を違法とする原告らの主張は失当である。

三  本件起訴休職処分を継続した違法について

1  福岡地方裁判所が昭和四九年五月二九日原告らに対し本件刑事事件につき無罪の判決を言い渡したが検察官が控訴したこと、及び福岡高等裁判所が昭和五〇年六月一二日右事件につき控訴棄却の判決を言い渡し、同月二六日の経過をもつて原告らの無罪が確定したことは前示のとおりである。

そして、<証拠略>によると、右第一審無罪判決言い渡し後も福岡中央郵便局長は、検察官が控訴したという理由で本件起訴休職処分を継続し、昭和四九年六月一三日付で原告らに支給する起訴休職給を給与等の三〇パーセントに減額する措置をとつたこと及び右控訴棄却の判決により原告らの無罪が確定した昭和五〇年六月二七日に本件起訴休職処分を取り消し、原告らを復職させたことが認められる。(以上は被告国との関係では争いがない。)

2  <証拠略>によれば、右のような措置をとつたのは、前記通達(乙第八号証)の六条二項但書の「ただし本人が控訴しまたは控訴された場合は、移審の効果を生じた日以降判決確定の日まで、所定給与種目のそれぞれ百分の三〇を支給する。」という文言を根拠にしたものと認められる。(なお、国公法八〇条二項は起訴休職の期間を「その事件が裁判所に係属する間とする。」と定めている。)

3  しかしながら、前述のように、そもそも起訴休職処分は、公務員たる職員が、起訴された時は当然になされるものというべきでなく、任命権者において、諸事情を検討して相当であると認めたときに処分すべきものと解され、したがつて、一たん起訴休職処分がなされたとしても、その後の事情変更により休職処分をなすべき実質的理由が消滅したり、あるいは休職処分をなすべき実質的理由がなかつたことが事後に判明したような場合には、当該刑事裁判がなお係属中であつても、任命権者において速やかに処分の取消しをなすべきであると解するのが相当である。

(右に述べた国公法八〇条二項の規定は、休職処分の取消しがなされない限りは、裁判確定の日まで継続するという趣旨と解すべきである。)

4  右の見地から、本件起訴休職処分の継続について検討する。

まず、職務専念義務の観点からみると、原告らは、最初から勾留されていないことは、前述のとおりであるが、加えて控訴審においては、被告人は原則として公判期日に出頭する義務がない(刑訴法三九〇条)のであるから、この点において、起訴休職処分を維持すべき必要性は一層低下したものと認められる。

次に対外的な信頼への影響という観点からみるに、なるほど刑事事件で起訴された者の有罪率がきわめて高く、起訴されたということだけで、一般国民の信頼を低下させることが多いことは前述のとおりである。しかしながら、第一審において無罪の判決がなされた場合には、被告人の無罪の推定は、飛躍的に増加するものといえる。(刑訴法三四五条によれば、無罪判決が言渡されれば、確定しなくても勾留状は、その効力を失うことになる。)

そして、無罪の判決が一たびなされるとたとえそれが確定したものでないとしても、国民一般としては、むしろ被疑事実がなかつたと考えるのが通常であつて、右にいう信頼も大幅に回復されたものと認むべきである。

また、職場の規律、秩序の維持という観点からみても、右に述べたように無罪の推定が強くなつた以上、これを、職務に従事させても職場の規律、秩序が乱されるおそれは少ないものというべく、かえつて、特別の事情のない限りむしろ積極的に職場に復帰させて他の職員らとの一日も早い融和をはかることが望ましいと考えられる。

以上のどの観点からみても第一審において無罪の判決を言い渡されたという事情は、起訴休職処分を継続する合理的理由を著しく減少せしめる要因となると認められる。

そして、原告らの職務内容や、原告らが第一審判決がなされるまで既に四年半もの長期間本件休職処分を受けていた点をも併せ考えると、福岡中央郵便局長が、第一審の無罪判決言渡し後も本件休職処分を継続したことは、本件事案が職場内における暴力事件である点を考慮してもなおその裁量権の客観的範囲を逸脱した違法なものといわざるをえない。

それゆえ、任命権者たる福岡中央郵便局長は、第一審判決の言渡し日である昭和四九年五月二九日付で本件起訴休職処分を取り消(撤回)し、原告らを復職させるべきであつたのに、これを取り消さず維持継続した点に違法があると認められるところ、右行為が国の公務員による公権力の行使としてなされたものであることは弁論の全趣旨により明らかであり、かつ同局長には少なくとも過失があるというべきだから、被告国は、国家賠償法一条に基づき、これによつて生じた損害を賠償する義務がある。

第四被告前原、同岡山の行為について

原告らが主張するように、被告前原及び同岡山の捜査機関等に対する供述等が、検察官の起訴及び公訴維持並びに郵政当局の本件起訴休職処分の発令に対し、一個の資料となつたことは、推認するに難くないところである。

しかしながら、我国の刑事訴訟法上、公訴提起は検察官がこれを行なうという国家訴追主義が採られている(同法二四七条)ばかりでなく、犯罪の嫌疑が十分であれば必ず公訴が提起されるというものではなく、「犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況」等を総合勘案して検察官が起訴相当と判断した場合に初めて公訴が提起されるという起訴便宜主義が採られている(同法二四八条)のであり、また起訴休職処分にしても、前示のとおり、公訴提起がなされたということのみで直ちにこれが行なわれるものではなく、任命権者が起訴休職制度の趣旨、目的からみて当該公訴提起を受けた者を休職処分に付すのが相当であるか否かを判断してなすものであつて、それぞれ検察官又は任命権者に裁量権が認められているのであるから、被告らの右行為と原告らが本件起訴等及び休職処分により被つたと主張してその賠償を求める本件損害との間には、法律上の相当因果関係が存しないといわざるをえない。

よつて、被告前原、同岡山の捜査官に対する供述及び公判における供述が虚偽であつたかどうかなどの点につき検討するまでもなく、右各供述行為を理由とする被告らへの本訴請求はいずれも失当というべきである。

第五原告らの損害

以上のとおりで、結局被告国は、福岡中央郵便局長が本件刑事事件の第一審判決言渡し後も本件起訴休職処分を取り消さず、これを維持、継続したことにより原告らが被つた損害を賠償すべきこととなるので、以下右損害額につき検討する。

一  原告らの給与等の損失額について

原告らは、本件起訴休職処分のために得られなかつた給与等の総額(全休職期間中のもの)は請求原因10(一)に記載のとおりである旨主張するが、右主張額を認めるに足りる具体的証拠はない。

しかしながら、被告国の主張によると(請求原因に対する答弁6)、右損失額は原告本田につき金三三六万〇七八三円、同田中につき金二八四万六〇六八円となることが計算上明らかで、そうすると、右金額の範囲内では原告らの損失額は当事者間に争いがないものとみてよいから、右金額を基礎にして考察する。

前述のように本件起訴休職処分が違法とされるのは第一審判決が言い渡された昭和四九年五月二九日以降であるから、減給の割合と期間により、右全損失額のうち、右同日以降の分を算定することとする。

原告本田が、昭和四四年一二月二六日に、原告田中が昭和四五年一月二日に本件起訴休職処分をうけ、以後給与等の六〇パーセントを支給されたこと、昭和四九年六月一三日検察官が控訴したことを理由として以後給与等の三〇パーセントを支給されたこと、昭和五〇年六月二七日に右無罪判決が確定したことにより本件起訴休職処分が取り消されたことは、前示のとおりである。

したがつて、減額支給のうち、原告本田については、昭和四四年一二月二六日から昭和四九年五月二八日までの計一六一五日間(この間の支給率六〇パーセント)は適法、同月二九日から同年六月一二日までの一五日間(この間の支給率六〇パーセント)及び同月一三日から昭和五〇年六月二六日までの三七九日間(この間の支給率三〇パーセント)は違法な処分であり、原告田中については、適法な処分の期間が原告本田より七日間少ないだけで他は、原告本田と同一である。

右に述べた期間及び支給率を基礎として計算した、原告らが違法な休職処分の継続によつて被つた給与等の損失金額は、別紙計算書のとおり、原告本田につき金九九万三九八二円、原告田中につき金八四万四三二八円となる。

二  慰謝料について

原告らが昭和四九年五月二九日第一審において、無罪の判決を受けたにもかかわらず、福岡中央郵便局長が本件起訴休職処分を継続し、同年六月一三日には更に給与等の支給率が減らされたことは、右に述べたとおりである。

そして、<証拠略>によれば、休職処分を受けると俸給が減額されるばかりでなく退職金の算定等につき不利益になることが認められるほか、将来にわたり有形、無形の人事上の不利益がありうることは裁判所に顕著な事実である。したがつて、原告らが本件起訴休職処分の継続により多大の精神的苦痛を被つたことは容易に推認できる。

そこで右認定のような事情及びその他本件に顕れた諸般の事情を考慮し、当裁判所は、原告らの精神的苦痛に対する慰謝料として、各自金一〇〇万円をもつて相当と思料する。

第六結論

以上認定説示の次第で、原告らの本訴請求は、被告国に対し、原告本田につき金一九九万三九八二円、原告田中につき金一八四万四三二八円とこれらに対する違法行為の後である原告本田につき昭和五一年四月九日から、原告田中につき同月二日から(いずれも訴状送達の日の翌日)支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を求める限度において理由があるからこれを認容し、被告国に対するその余の請求並びに被告前原及び被告岡山に対する請求は全部失当であるので棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用して(仮執行免脱宣言の申立てについては相当でないから却下する。)、主文のとおり判決する。

(裁判官 柴田和夫 寺尾洋 長谷川憲一)

計算書

(原告本田)

1 本件起訴休職処分により、給与等の40パーセント減額が1630日、70パーセント減額が379日で、減額分の合計は336万0783円であるから、これらを基礎に給与等の日額(A)を求めると下記のとおりである。

A×0.4×1,630+A×0.7×379=3,360,783

A=3,360,783÷(0.4×1,630+0.7×379)≒3,663.7773

2 上記のうち違法な減額支給は、40パーセント減額分の15日と70パーセント減額分の379日であるから、上記給与等の日額による違法な減額分の合計は下記のとおり99万3982円(円未満切捨て)となる。

3,663.7773×(0.4×15+0.7×379)=993,982.78

(原告田中)

1 本件起訴休職処分により、給与等の40パーセント減額が1623日、70パーセント減額が379日で、減額分の合計は284万6068円であるから、原告本田と同様にして給与等の日額を求めると下記のとおりである。

2,846,068÷(0.4×1,623+0.7×379)≒3,112.1574

2 上記のうち違法な減額支給は、40パーセント減額分の15日と70パーセント減額分の379日であるから、上記給与等の日額による違法な減額分の合計は84万4328円(円未満切捨て)となる。

3,112.1574×(0.4×15+0.7×379)=844,328.3

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