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福岡地方裁判所 昭和52年(ワ)1042号 判決 1978年1月26日

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は別紙図面記載の長押を製作し、販売してはならない。

2  被告は前項記載の長押を廃棄しなければならない。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は次の実用新案権を有している。

出題日 昭和四三年一二月二八日

公告日 昭和四九年七月九日

登録日 昭和五〇年四月三〇日

登録番号 登録第一〇七八二七八号

考案の名称 長押

2  前項の実用新案の願書に記載した実用新案登録請求の範囲は次のとおりである。

「芯材2の正面及び裏面にベニヤ板3、3’を貼合せ、裏面側のベニヤ板3’は裏打材4によつて裏打ちすると共に、表側のベニヤ板3、芯材2の上面及び芯材2と裏打材4の底面をこれらの面に貼着した単板の良質木材5によつて被覆した事を特徴としてなる長押」

3  本件実用新案は、長押であつて次の構成を有するものである。

(一) 芯材2の正面及び裏面にベニヤ板3、3’を貼り合わせてあること

(二) 裏面側のベニヤ板3’は裏打材4によつて裏打ちしてあること

(三) 表側のベニヤ板3、芯材2の上面及び芯材2と裏打材4の底面をこれらの面に貼着した単板の良質木材5で被覆してあること

その作用効果は次のとおりである

(一) 温度や湿度の変化によつても曲りや割れが生じないこと

(二) 外観の美麗な長押を提供しうること

4  被告は昭和四九年一二月頃から別紙図面記載の長押を製作し、販売している。

5  前項の長押は次の特徴を有している。

(一) 中心部に単板b’を有し、表側に二枚の単板c、dを、裏面に二枚の単板b”、c’をそれぞれ貼り合わせてあること

(二) 右合板の裏面側の上部及び下部をそれぞれ断面三角形及び断面台形の裏打材d’、dによつて裏打ちしていること

(三) 合板の表面・上面・下面並びに裏打材dの底面を柾目の良質な薄層単板eによつて被覆してあること

(四) その作用効果は本件実用新案のそれと同じである。

6  別紙図面の長押(以下イ号物件という。)は、本件考案の技術的範囲に属する。

(一) イ号物件における単板b’は本件考案における芯材2に該当し、前者の表側及び裏側に貼り合わされている単板c、b、単板b”、c’は後者におけるベニヤ板3、3’に該当する。したがつて、イ号物件における前記5、(一)の構造は本件考案における前記3、(一)の要件を充足する。

(二) イ号物件における断面台形の裏打材dは、本件考案における裏打材4に該当する。したがつて、イ号物件における前記5、(二)の構造は本件考案における前記3、(二)の要件を充足する。

(三) イ号物件における柾目の良質な薄層板eは、本件考案における単板の良質木材5に該当する。したがつて、イ号物件における前記5、(三)の構造は本件考案における前記3、(三)の要件を充足する。

したがつて、その作用効果も同様である。

7  よつて、原告は被告に対し、イ号物件の製作、販売の禁止を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし3項は知らない。

2  同4項は認める。

3  同5項中、(一)は否認し、(二)、(三)は認め、(四)は否認する。

4  同6項は否認する。

三  被告の主張

1  日本式建築において種々の長押が古くから使用されてきたことは公知の事実で、本件実用新案公報(甲第二号証)記載のとおり、その一例として「木材を接着剤で積層し、集成材となし、その三面(正面、上面、底面)を単板の良質材(檜、杉等)で被覆するようなされていた」長押(以下従来の長押という。)があつた。

2  原告が有するという実用新案権は、従来の長押が広く国内に出回つていた後に特許庁の審判によつて認められたもので、両者が技術的範囲において異なつていると特許庁が判断したからにほかならない。

被告が現在製作している長押は従来の長押あるいはこれに酷似する長押で、以下に述べるとおり、本件実用新案権の長押とは技術的範囲において異なるものである。

3  被告の長押は木材を接着剤で積層して作られたベニヤ板を使用しているが、このベニヤ板は原告が本件実用新案権を出願する以前既にJAS規格で定められた一二ミリ厚物ベニヤ板で、建築材として広く床、廊下等に使用され、一枚の完成されたベニヤ板として国内市場に出回り、どこでも市販されている既成品であつて、右一枚のベニヤ板そのものをそのまま長押に使用しているだけである。

したがつて、原告の長押と異なり、単板の芯材という概念そのものがなく、更に芯材が単板なるが故にその彎曲やひび割れ等を防ぐのに必要なベニヤ板を貼り合わせる必要はなく、原告主張のベニヤ板3、3’は不要である。

右のように、被告の長押は従来の長押に極めて酷似している。

4  被告の長押にも原告主張の裏打材4と同じような裏打がしてある。しかし、裏打は長押そのものを固定させるため釘打場所として古くから使用されてきたもので、裏打材によつて裏打ちされた長押は何ら新規性はなく、かつ、裏打はあくまでも裏打であつて長押そのものではない。

更に、被告の長押には裏面側のベニヤ板3’がないので、原告の長押のように3’に裏打はしていない。

5  被告の長押にも原告主張の部分に良質材5のような化粧板で被覆がしてある。しかし、良質木材を貼着被覆して外観を化粧することは、本件実用新案権の出願以前から広く行われ、集成材のJAS規格でも定められているもので、長押に限らず現在の建築材のほとんどが良質木材で化粧被覆され美観を現出していることは公知の事実であり、何ら新規性は認められない。

6  被告の長押は、縦目、横目の板を交互に貼着し乾燥させて作つたベニヤ板そのものを使用しているので、その特徴として長く使用しても温度、湿度による彎曲、ひび割れ等の変化が生じないばかりか、市販のベニヤ板を買つて作るので、経費、手間等がさほどかからない。

これに反し、原告の長押は芯材たる単板(ベニヤ板ではない。)の幅が約一二ミリあり、単板はベニヤ板と異なり温度、湿度による彎曲やひび割れ等の変化が大きいので、その防止策としての芯材の表・裏面に原告主張3、3’の薄い(約二ミリメートル)ベニヤ板を貼着させているが、厚い芯材の彎曲を防止するには不十分であり、かつ、原告の長押を作るには経費と手間が相当かかるので、現在ではほとんど製作、使用されていない。

以上のように、原告と被告の長押はその構成内容及び作用効果において異なり、技術的範囲を異にするので、原告の本訴請求は理由がない。

四  原告の反論

1  本件考案前に使用されていた長押は、別紙断面図のように、木材を接着剤で積層して集成材となし、この三面(正面、上面、底面)を単板の良質材で被覆するようになされていた。しかし、右の長押は温度ないし湿度の変化により曲り及び割目が生じ易いものであつたので、そこで考えられたのが本件考案である。

被告はイ号物件が従来の長押と酷似するというが、そもそも長押というものは使用するところと使用する方法は従来から定まつているのであるから、その限りにおいていずれの長押も変りがないというだけである。問題となるのは長押の構造であり、この点において従来の長押とは異なるのである。

2  被告は、イ号物件は一枚のベニヤ板を使用しているだけであるという。しかし、被告の製品が現実に一枚のベニヤ板として作られているかどうかは製作方法の問題であつて本件考案の要件を充足しているかどうかの問題とは関係がない。けだし、実用新案は物品の構造に関する権利であつて、製作方法はこれを問わないものであり、製作方法がどうであれ、出来上つた製品が本件考案の要件を具備している以上、それは本件実用新案の技術的範囲に属するものである。

3  被告は、本件考案の三要件のうち裏打材(請求原因3項(二))及び良質木材による被覆(同(三))の点は新規性がないと主張する。しかし、実用新案の技術的範囲は願書に添付した明細書の実用新案登録請求の範囲の記載に基づいて定められるものであり、これに記載された事項は一体として考案の構成要件となるのであつて、個々の構成要件に公知のものがあつたとしてもこれを除外すべきではない。そうすると、被告の右主張は個々の構成要件の公知をいうのみで何ら意味はなく、イ号物件が本件考案の構成要件をことごとく含んでいる以上、それは本件実用新案権の技術的範囲に属するものである。

4  被告は、ベニヤ合板は本件実用新案出願以前に既に自由に使用しうる材料であつたと主張するが、材料が公知であるからといつて、それを用いた製品が実用新案権を侵害しないという論理は成り立たない。そもそも、発明、考案とは公知のものを組み合わせて一定の機械、器具を創作することをいうからである。原告は被告に対しベニヤ合板を用いてはならないと言つているのではなく、ベニヤ合板を用いて本件実用新案と同じ構造のものを作つてはならないと言つているのである。

第三  証拠(省略)

理由

一  いずれも成立に争いのない甲第一、二号証によれば原告がその主張のような実用新案権を有することが認められ、被告が別紙図面表示の製品を製造、販売していることは当事者間に争いがない。

二  前掲甲第二号証(実用新案公報)によれば、本件実用新案登録請求の範囲は原告主張(請求原因2項)のとおりであることが認められ、これによれば、本件実用新案は原告主張のような構成(請求原因3項(一)ないし(三))を有する長押であることを肯認することができる。

そして、前掲甲第二号証の「考案の詳細な説明」欄の記述によると、本件実用新案の考案にかかる長押(以下「原告の長押」という。)は、従来より使用されていた長押が「木材を接着剤で積層し集成材となし、その三面(正面、上面、底面)を単板の良質材(檜、杉等)で被覆するようになされていた」ために、温度や湿度の変化により曲り及び割れ目が生じ易いものであつたのに対し、「芯材の正面及び裏面にベニヤ板を貼合せ、裏面側のベニヤ板は裏打材によつて固定し、又正面側のベニヤ板は単板の良質木材によつて被覆すると共に該良質木材で上面及び底面をも一体的に被覆するよう構成している」から、温度や湿度が変化しても割れや曲りが生じることはなく、しかも外観も損われずに美麗であるというのである。

右に述べられた原告の長押の特徴のうち、長押の外側を単板の良質木材で被覆する点は従来の長押についても同様であつたことが右の記述自体から明らかである。また、裏面側のベニヤ板を裏打材によつて固定する点は、考案の実施例において裏打材は長押の裏面の一部分(底面付近)のみに付されていること、及び通常の材によつては長押の曲りや割れを防止できないことが前記公報の記述自体に現れていること、更に裏打材の存在は長押の外観の美麗さに影響しないことからして、本件考案において大きな意味をもつものでないと思料される。

そうすると、本件考案の要点は、芯材の表面及び裏面にベニヤ板を貼り合わせる点にあり、このことによつて温度や湿度による曲りや割れを防止する効果を生ずるものというべきである。

そこで、別紙図面表示の長押(以下「被告の長押」という。)の構造についてみるに、裏面に裏打材を付している点及び正面、上面、底面を単板良質材で被覆している点は原告の長押と同じであるが、問題は長押の本体となる部分の構造である。

即ち右図面によれば、被告の長押の本体は薄板を五枚重ねにした材から成つていることが認められるところ、検乙第一号証の検証の結果及び弁論の全趣旨によれば、右の材は縦目、横目の材を交互に貼り合わせた厚物合板であることが認められる。

原告は、右合板のうち中央の板(別紙図面のb’)は原告の長押の芯材に該当し、表側の二面(同c、b)及び裏側の二枚(同b”、c’)は原告の長押のベニヤ板に該当すると主張し、これに対し、被告は、右合板はそれ自体が厚めのベニヤ板であつて、原告の長押のように単板の芯材という概念そのものがない旨主張する。

そこで、前掲甲第二号証の本件実用新案公報に立ち戻つて考えるに、原告の長押の芯材については格別の記述がなされておらず、それは単材であつても従来の長押のような集積材であつても、いずれも本件考案の範囲に含まれると解すべきである(なるほど、実施例は芯材に単板を用いているようであるが、単板に限られるとする理由もない。)。

しかしながら、前にも記述したように、本件実用新案は芯材の正面及び裏面にベニヤ板を貼り合わせることによつて温度や湿度の変化によつても曲りや割れが生じない長押を作出しようとするものであることは甲第二号証の記載から明らかであり、これは、縦目、横目の薄板を交互に貼り合わせてなるベニヤ板の特質を利用するものにほかならないのであるから、原告の長押における芯材は、それ自体ではベニヤ板のような温度、湿度に対する耐性を備えていないことを前提としているものといわなければならない。これに対し、別紙図面に検乙第一号証の検証結果及び弁論の全趣旨を総合すれば、被告の長押の本体は、それ自体が縦目、横目の板を交互に貼り合わせた厚物合板即ちベニヤ板の一種であつて、それは建築資材として一般に市販されているものであることが認められる。即ち、原告の長押は芯材の両側にベニヤ板を貼り合わせるものであるのに対し、被告の長押はベニヤ板を芯材に用いるものであつて、両者は考案の思想を異にし、被告の長押は本件実用新案の技術的範囲の外にあるものというべきである。

右の点について、原告は、仮に被告の長押が一板のベニヤ板から作られているとしても、それは製作方法の問題であるにすぎず、問われるべきは構造であつて、完成した製品の構造が同じである以上被告の長押は本件実用新案権の技術的範囲に属する旨主張する。なるほど、別紙図面を単に構造上の観点のみからみるならば、中央のb’が芯材に、両側のc、b及びb”、c’はそれぞれベニヤ板に該当するということも、あながちこじつけの論とは言えないかも知れない。しかし、実用新案の制度は、物品の形状、構造又は組合せにかかる技術的思想の創作を保護、奨励することによつて産業の発達に寄与することを目的としているのであつて(実用新案法一条、二条)、この基本的な観点から考えるならば、独立の存在である芯材(それは、ベニヤ板の如く温度、湿度に対する耐性を有しない。)の両側面にベニヤ板を貼り合わせて製作する原告の長押と、既製のベニヤ合板をそのまま利用して製作する被告の長押との間にはやはり構造をも含む技術的思想の上で差異があるといわなければならず、原告の右主張は採用できない。

三  以上のとおり、被告の製造、販売にかかる長押は原告の有する実用新案権を侵害するものとは認められないので、その製造、販売の禁止及び製品の廃棄を求める原告の本訴請求は失当として棄却を免れない。

よつて訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(別紙)

イ号図面

第1図

断面図

<省略>

第2図

<省略>

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