福岡地方裁判所 昭和52年(行ウ)25号 決定 1980年1月21日
北九州市八幡東区前田二丁目四番二一号
申立人(原告)
式邦良
右同所
同
式ツタエ
右同所
同
式美智子
右同所
同
式俊介
右同所
同
式賢三
右同所
同
式純一
右六名申立代理人弁護士
阿川琢磨
北九州市八幡東区西本町四丁目一四番一六号
相手方(被告)
八幡税務署長
宗三郎
右指定代理人
武田正彦
同
中島亨
同
金子久生
同
荒牧敬有
同
横内英夫
同
上野茂興
右申立人らを原告、相手方を被告とする昭和五二年(行ウ)第二五号相続税更正処分等取消請求事件、同第二六号所得税更正処分等取消請求事件について、申立人らから文書提出命令の申立てがあったので、当裁判所は次のとおり決定する。
主文
本件申立てを却下する。
理由
第一申立ての趣旨
相手方に対し、原告式邦良の昭和四六年度所得税確定申告に対する八幡税務署所得税係官の調査資料一切の提出を命ずる。
第二申立の理由
一、文書の表示
原告式邦良の昭和四六年度所得税確定申告に対する八幡税務署所得税係官の調査資料一切
二、文書の所持者
相手方
三、立証趣旨
1 被告は昭和四六年度の所得税申告に関して式商店の経営者(実質所得者)を原告式邦良であると認めていたこと。
2 被告は昭和四五年度までの式貞道名義による青色申告承認の効力が昭和四六年度以降の原告式邦良名義による青色申告に推及されることを認めていたこと。
四、文書の趣旨
原告式邦良を申告名義人即ち実質所得者とする昭和四六年度所得税確定申告書(青色申告)につき、八幡税務署所得税係官がその適正であるか否かを調査記録したものであり、その調査に基き同原告に対し修正申告が勧告されたものである。したがって右文書には同原告が実質所得者であるか否か、及び同原告につき青色申告が認められるか否かに関する調査記録が含まれると推定される。
五、文書提出義務の原因
昭和五二年(行ウ)第二六号事件に関する被告の昭和五二年一一月二四日受付準備書面第三項2において、被告は、昭和四六年分所得税につき八幡税務署の係官が調査を行い、その調査結果に基づく修正申告が行われたが、右調査は青色申告承認の認識を前提としてなされたものであるから、右の調査が行われたことを以って原告式邦良の青色申告の正当性を認めたものということはできない旨主張しており、右の主張は実質的にみて当該係官の調査資料の引用と同視すべきもの(調査とは調査資料の作成を含むものであり、その調査資料は実質所得者が同原告であるか否か、及び同原告につき青色申告の資格の有無についての調査内容を含まないという消極的引用)であり、被告は右調査資料を所持している。
したがって民事訴訟法第三一二条第一号の文書に該当する。
なお被告は本件訴訟において、原告らの相続税申告に関する八幡税務署係官の調査資料を乙第一号証ないし乙第一四号証として提出して証拠調を求めたのであり、したがって本件訴訟の対象に関連する係官の調査資料の提出拒否権を自ら放棄しているものといわなければならず、仮にそうでないとしても、本件申立てにかかる文書の提出を拒否することは前掲乙号証の提出と対比して余りに恣意的であって、公正を旨とすべき国家機関の行為としては権利の濫用に該当し許されないものというべきである。
第三相手方の意見
1 本件文書の表示は、文書の特定を欠き不適法である。
民事訴訟法(以下「法」という。)三一三条に基づく文書提出の申立てをするには、同条一号に明定するとおり、当該文書の記載内容の大綱を開示しなければならない。このことは、提出を求めんとする文書の表示が明らかにされないときは、同法三一六条の適用が不可能になることからも明らかである。
しかるに、原告らの本件申立ては、「八幡税務署所得税係官の調査資料一切」というのみであり、かかる表示は文書の特定を欠き不適法というほかない。
2 本件資料は、法三一二条一号に規定する文書には該当しない。
原告らは、被告の昭和五二年(行ウ)第二六号事件に関する昭和五二年一一月二四日受付準備書面第三項2に基づく主張が、法三一二条一号に規定する本件資料の引用に当たる旨主張する。
しかしながら、法三一二条一号にいう「引用」とは、当事者が口頭弁論等において自己の主張の助けとするため、特に、ある文書の存在とその内容を明らかにすることをいうと解されているところ、被告が右準備書面において主張する趣旨は要するに、「原告式邦良の昭和四六年分の所得税について八幡税務署の係職員が調査をなし、その結果、原告式邦良から修正申告書の提出があったという事実をもって、被告が、原告式邦良を実質所得者と認め、また、青色申告書によって確定申告をすることを認めたことにはならない。」というものであって、同主張が、本件資料の存在及び内容を明らかにしたものでないことは論を待たず、原告らの右主張は失当というべきである。
3 本件資料は、八幡税務署の所得税係官が徴税上使用するために作成した内部文書であって、本件資料中には、同調査に対する協力者のプライバシー並びに税務行政上の秘密等にわたる事項の記載がある。したがって、本件資料については、被告には守秘義務があり、また、租税徴収の目的からその内容を公表しない自由が保障される必要がある。
即ち、法三一二条の文書提出義務は、裁判所の審理に協力すべき公法上の義務であり、基本的には証人義務、証言義務と同一の性格のものと解され文書所持者にも法二七二条、二八一条一項一号等の規定が類推適用されると解すべく、文書所持者に秘密義務(所得税法二四三条、国家公務員法一〇〇条一項)がある以上、文書提出義務も免れうると解すべきである。
このことについて、原告らは、被告が相続税に関する八幡税務署係官の調査資料を書証として提出したことをもって、本件調査資料の提出拒否権を自ら放棄したものである旨主張するが、被告において、相続税の課税処分の正当性を立証するため、随時必要に応じてその調査資料を提出したことは当然のことであり、これをもって調査資料の提出拒否権を自ら放棄したものであるとは到底いえないのみならず、被告において既提出の証拠についても、前記税務行政上の秘密等にわたる部分は提出していないのであるから、原告らの右主張も失当というほかない。
第四当裁判所の判断
一、民事訴訟法三一二条一号にいう「当事者が訴訟において引用したる文書」とは、訴訟において当事者によってその存在と趣旨が訴訟で引用された文書を指称し、かならずしも、証拠として引用された文書に限るものではない。このような文書を提出する義務を当事者の一方に課するのは、それを所持する当事者が、この文書の存在を積極的に主張して裁判所に自己の主張の真実であることの心証を一方的に形成させる危険を避けるため、当該文書を相手方の批判にさらすのが衡平の見地から妥当とされることによる。
ところで、本件申立てにかかる文書に関し、被告が前記準備書面において主張する趣旨は、要するに「原告式邦良の昭和四六年分の所得税について八幡税務署の係官が調査をなし、その結果原告式邦良から修正申告書の提出があったという事実をもって、被告が原告式邦良を実質所得者と認め、また青色申告書によって確定申告をすることを認めたことにはならない。」というにつきるのであって、右主張をどのようにみても、被告が右文書の存在を積極的に主張し、それらの文書の存在と内容をもって自己の主張を裏付ける証拠に供しようとしたものとは解されないから、本件文書は法三一二条一号の文書には該当しないというべきである。
二、また文書提出命令の申立ての許否を決するためには、立証事項の重要性と必要性、文書と立証事項の関連性、文書の性質、プライバシーの保護等の諸要素を総合的に考慮してなすべきであるが、そのためには文書の表示、趣旨を明らかにして文書を特定する必要がある。
しかし、本件申立てのような文書の特定方法では、右のような判断基準に照らし許否の判断をなすことは不可能であるから、いまだ文書の特定がなされているとはいえず、この点からみても本件申立ては失当である。
三、よって、いずれにせよ本件申立ては理由がないからこれを却下することとして、主文のとおり決定する。
昭和五五年一月一八日
(裁判長裁判官 柴田和夫 裁判官 寺尾洋 裁判官 長谷川憲一)
文書提出命令の申立
一、文書の表示
(一) 式邦良の昭和四六年度所得税修正申告書
(二) 式邦良の昭和四六年度所得税確定申告に対する八幡税務署所得税係官の調査資料一切
二、文書の所持者
八幡税務署長
三、立証趣旨
(一) 八幡税務署長は昭和四六年度の所得税申告に関して式商店の経営者(実質所得者)を式邦良であると認めていたこと。
(二) 八幡税務署長は昭和四五年度までの式貞道名義による青色申告承認の効力が昭和四六年度以降の式邦良名義による青色申告に推及されることを認めていたこと。
以上
文書提出命令申立書の補正申立(期日外)
第四項、第五項として左のとおり追加する。
四、文書の趣旨
(一) 第一項(1)の文書
八幡税務署所得税係官の調査結果に基く同税務署長の勧告に従い原告式邦良が昭和四六年度所得税確定申告についての修正申告を行ったもの。
(二) 同(2)の文書
原告式邦良を申告名義人即ち実質所得者とする昭和四六年度所得税確定申告書(青色申告)につき、八幡税務署所得税係官がその適正であるか否かを調査記録したものであり、その調査に基き同原告に対し適正申告が勧告されたものである。従って右文書には同原告が実質所得者であるか否か、及び同人につき青色申告が認められるか否かに関する調査記録が含まれると推定される。
五、文書提出の義務の原因
(一) 第一項(1)の文書
原告式邦良の被告に対する所得税申告という法律関係につき作成されたものであるから民事訴訟法第三一二条第三号の文書に該当する。
(二) 同(2)の文書
(イ) 昭和五二年行ウ第二六号事件に関する被告の答弁書第三項2(答弁書終りから三枚目の表七行目から裏二行目まで)において。被告は、昭和四六年分所得税につき被告係官が調査を行い、その調査結果に基づく修正申告が行われたが、右調査は青色申告承認の認識を前提としてなされたものであるから、右の調査が行われたことを以て原告の青色申告の正当性を認めたものということはできない旨主張しており、右の主張は実質的にみて当該係官の調査資料の引用と同視すべきもの(調査とは調査資料の作成を含むものであり、その調査資料は実質所得者が原告であるか否か、及び原告につき青色申告の資格の有無についての調査内容を含まないという消極的引用)であり、被告は右調査資料を所持している。
従って民事訴訟法第三一二条第一号の文書に該当する。
(ロ) なお被告は本件訴訟において、原告らの相続税申告に関する八幡税務署係官の調査資料を乙第一号証ないし乙第一四号証として提出して証拠調を求めたのであり、従って本件訴訟の対象に関連する係官の調査資料の提出拒否権を自ら放棄しているものといわなければならず、仮にそうでないとしても、本件申立にかかる文書の提出を拒否することは前掲乙号証の提出と対比して余りに恣意的であって、公正を旨とすべき国家機関の行為としては権利の濫用に該当し許されないものというべきである。」
文書提出命令申立に対する意見書
被告は、原告らの昭和五四年六月二八日付け文書提出命令申立書及び同年九月三日付け同補正申立書に基づく文書提出命令の申立てについて、左記のとおり意見を陳述する。
記
一、原告式邦良の昭和四六年度所得税修正申告書について
被告において、原告らに対し任意提示する。
二、原告式邦良の昭和四六年度所得税確定申告に対する八幡税務署所得税係官の調査資料(以下「本件資料」という。)について
本件資料についての提出命令の申立ては、以下述べる理由により却下されるべきである。
1 本件資料の表示は、文書の特定を欠き不適法である。
民事訴訟法(以下「法」という。)三一三条に基づく文書提出の申立てをするには、同条一号に明定するとおり、当該文書の表示を明らかにしてその文書を特定するとともに、当該文書の記載内容の大綱を開示しなければならない。このことは、提出を求めんとする文書の表示が明らかにされないときは、同法三一六条の適用が不可能になることからも明らかである(名古屋地裁昭和四三年(行ウ)第一七号昭和四八年一〇月二二日決定)。
しかるに、原告らの本件申立ては、「八幡税務署所得税係官の調査資料一切」というのみであり、かかる表示は文書の特定を欠き不適法というほかない。
2 本件資料は、法三一二条一号に規定する文書には該当しない。
原告らは、被告の昭和五二年(行ウ)第二六号事件に関する昭和五二年一一月二四日付け準備書面第三項2に基づく主張が、法三一二条一号に規定する本件資料の引用に当たる旨主張する。
しかしながら、法三一二条一号にいう「引用」とは、当事者が口頭弁論等において自己の主張の助けとするため、特に、ある文書の存在とその内容を明らかにすることをいうと解されているところ、被告が右準備書面において主張する趣旨は要するに、「原告式邦良の昭和四六年分の所得税について八幡税務署の係職員が調査をなし、その結果、原告式邦良から修正申告書の提出があったという事実をもって、被告が、原告式邦良を実質所得者と認め、また、青色申告書によって確定申告をすることを認めたことにはならない。」というものであって、同主張が、本件資料の存在及び内容を明らかにしたものでないことは論を待たず、原告らの右主張は失当というべきである。
3 本件資料は、八幡税務署の所得税係官が徴税上使用するために作成した内部文書であって、本件資料中には、同調査に対する協力者のプライバシー並びに税務行政上の秘密等にわたる事項の記載がある。したがって、本件資料については、被告には守秘義務があり、また、租税徴収の目的からその内容を公表しない自由が保障される必要がある。(大阪地裁昭和五〇年(行ウ)第九二五号昭和五一年五月一二日決定)
即ち、民事訴訟法三一二条の文書提出義務は、裁判所の審理に協力すべき公法上の義務であり、基本的には証人義務、証言義務と同一の性格のものと解され文書所持者にも同法二七二条、二八一条一項一号等の規定が類推適用されると解すべく、文書所持者に守秘義務(所得税法二四三条国家公務員法一〇〇条一項)がある以上、文書提出義務も免れうると解すべきである(名古屋地裁昭和四三年(行ウ)第一二号昭和五一年一月三〇日決定)。
このことについて、原告らは、被告が相続税に関する八幡税務署係官の調査資料を書証として提出したことをもって、本件調査資料の提出拒否権を自ら放棄したものである旨主張するが、被告において、相続税の課税処分の正当性を立証するため、随時必要に応じてその調査資料を提出したことは当然のことであり、これをもって調査資料の提出拒否権を自ら放棄したものであるとは到底いえないのみならず、被告において既提出の証拠についても、前記税務行政上の秘密等にわたる部分は提出していないのであるから、原告らの右主張も失当というほかない。