福岡地方裁判所 昭和52年(行ウ)26号 判決 1981年7月20日
原告 式邦良 ほか五名
被告 八幡税務署長
代理人 田中清 横内英夫 ほか四名
主文
一 原告らの訴えのうち、被告が原告らに対し、(一)昭和五〇年三月一一日付で行つた被相続人式貞道の昭和四六年分の所得についての別表(二)の(1)の「(ロ)決定額」欄記載の所得税の決定処分及び無申告加算税の賦課決定処分のうち、総所得金額を一、〇四〇万八、六二九円、所得税額を三四九万七、五〇〇円とする範囲及び無申告加算税を三〇万〇、九〇〇円とする範囲をそれぞれ超える部分の取消しを求める部分並びに(二)昭和五一年三月一二日付で行つた被相続人式貞道の昭和四六年分の所得についての別表(二)の(1)の「(ハ)減額更正額」欄記載の所得税等の減額更正処分の取消しを求める部分をいずれも却下する。
二 被告が原告らに対し、(一)昭和五〇年三月一一日付で行つた被相続人式貞道の昭和四六年分の所得についての別表(二)の(1)の「(ロ)決定額」欄記載の所得税の決定処分及び無申告加算税の賦課決定処分のうち、総所得金額を一、〇四〇万八、六二九円、所得税額を三四九万七、五〇〇円とする部分及び無申告加算税を三〇万〇、九〇〇円とする部分並びに(二)昭和五一年三月一二日付で行つた被相続人式貞道の昭和四七年分の所得についての別表(三)の(1)の「(ロ)決定額」欄記載の所得税の決定処分及び無申告加算税の賦課決定処分をいずれも取り消す。
三 被告が原告式邦良に対し、昭和五一年三月一二日付で行つた(一)同人の昭和四八年分の所得についての別表(四)の(1)の「(ロ)更正額」欄記載の所得税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分(但し、同年八月七日付の異議決定により、別表(四)の(1)の「(ハ)異議決定額」欄記載の金額とされたもの)並びに(二)同人の昭和四九年分の所得についての別表(五)の(1)の「(ロ)更正額」欄記載の所得税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分(但し、同年八月七日付の異議決定により、別表(五)の(1)の「(ハ)異議決定額」欄記載の金額とされたもの)をいずれも取り消す。
四 原告式邦良のその余の請求を棄却する。
五 訴訟費用は、これを二分し、その一を被告、その余を原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 (原告ら)
(一) 被告が原告らに対し、(1)昭和五〇年三月一一日付で行つた被相続人式貞道の昭和四六年分の所得についての別表(二)の(1)の「「(ロ)決定額」欄記載の所得税の決定処分及び無申告加算税の賦課決定処分並びに(2)右各処分について同五一年三月一二日付で行つた別表(二)の(1)の「(ハ)減額更正額」欄記載の減額更正処分をいずれも取り消す。
(二) 主文二項の(二)と同旨
2 (原告式邦良)
(一) 被告が原告式邦良に対し、昭和五〇年一月一四日付で行つた被相続人式貞道の死亡に伴う相続開始にかかる原告式邦良の相続税についての別表(一)の(2)の「(ロ)更正額」欄記載の相続税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分のうち、相続税の総額三〇八万九、八〇〇円を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定処分を取り消す。
(二) 主文三項と同旨
3 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 (本案前の答弁)
主文一項と同旨
2 (本案に対する答弁)
原告らのその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 (被相続人式貞道の相続人等)
原告式邦良は、被相続人式貞道(以下、単に貞道ともいう。)の実弟でかつ養子、同式ツタエは貞道の妻、その余の原告らは貞道の養子(原告式美智子は同邦良の妻、同俊介、同賢三、同純一はいずれも同邦良と同美智子の間の実子)であるが、貞道は昭和四七年九月二一日に死亡したので、同日、原告らがその遺産を相続した。
2 (酒類販売業の譲渡及び営業主体)
(一) 貞道は、戦前より酒類販売業の免許を得て原告らの肩書住所地所在の店舗で酒類販売業を営んでいたが、かねてから飲酒の嗜癖が強くアルコール中毒症状があつたところ、戦後はこれが急速に昂進し、常時酒気を帯び酒乱状態となるなど営業上著しい支障を生ずるに至つたため、昭和二五年四月、原告邦良が、当時勤務していた門司税務署を退職し、右酒類販売業に専念することとなつた。
(二) ところが、貞道の中毒症状はその後もますます進行し、家業を全く顧みないばかりか酒乱状態に陥つて家族や従業員に暴力を振うなど営業の継続を断念せざるを得ない事態となつたため、原告邦良は、昭和二九年一一月二八日、貞道を含む主だつた親族を招集してその抜本的な解決策を協議し、その結果、「(イ)貞道は、昭和二九年一一月末現在における預貯金以外の酒類販売業に関する営業上の権利義務をすべて原告邦良に譲渡し、以後同人の行う右営業に対して一切干渉しない。(ロ)その目的達成のため、貞道は、同人名義及びその余の家族名義の預貯金を取得し、店舗外に家屋を新築して別居する。(ハ)原告邦良は、以後、酒類販売業の営業損益の帰属主体として右営業全体を統括主宰する。」旨の親族間の合意を得て、同日、貞道から右酒類販売業の譲渡を受け、それ以降、原告邦良が、右営業の経営者として業務一切を支配し今日に至つている。
3 (相続税の更正処分及び違法事由)
(一) 原告邦良は、他の原告らとともに、貞道の死亡に伴う相続開始にかかる相続税について、昭和四八年三月二二日、被告に対し別表(一)の(1)の「(イ)申告額」欄記載の相続税の申告(以下、(一)の(1)の(イ)の申告という。)、そのうち、原告邦良分の相続税額として別表(一)の(2)の「(イ)申告額」欄記載のとおりの申告をしたが、被告は、同五〇年一月一四日、前記酒類販売業は貞道が死亡時の昭和四七年九月二一日まで営んでおり、したがつて、その営業用資産合計三、八二八万一、七九六円は貞道の遺産に含まれるにもかかわらず、原告邦良らが右(一)の(1)の(イ)の申告(原告邦良分についての(一)の(2)の(イ)の申告)にあたつて右営業用資産を除外していたとして、原告邦良の相続税額分について、別表(一)の(2)の「(ロ)更正額」欄記載の相続税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下、(一)の(2)の(ロ)の処分という。その通知書は同月一六日ころ原告邦良に送達された。)を行つた。
(二) ところで、被告の行つた右処分は、貞道が死亡時まで酒類販売業の経営者であつたから、右営業用資産は貞道の遺産に含まれるとの認定を根拠とするものであるが、貞道の右営業上の一切の権利、義務は昭和二九年一一月二八日をもつて原告邦良に一括譲渡され、その後は原告邦良がその営業による損益の帰属主体として営業全般を統括主宰していることは前記2の(二)記載のとおりであつて、昭和四七年九月二一日貞道死亡時に存した営業用資産は実質的にはすべて原告邦良の約一八年間に及ぶ営業努力の結果生み出され蓄積された原告邦良固有の財産というべきである。所得税法においては担税力に応じた公平な課税を実現するため実質課税の原則がとられているが、この原則は相続税法の解釈にあたつても考慮されるべきであり、この原則に従えば、貞道の遺産の課税価格の算定は、表見的、形式的な相続財産にかかわらず、実質的な相続財産に限定してこれを行うべきであつて、酒類販売業に関する営業用資産は原告邦良固有の財産であるから、貞道の遺産からこれを除外すべきものである。
にもかかわらず、被告は、右営業用資産が貞道の遺産に含まれることを前提として、前記(一)の(2)の(ロ)の処分を行つたものであつて、右処分には貞道の遺産の範囲についての判断を誤つた違法があるというべきである。
(三) なお、原告邦良は、右(一)の(2)の(ロ)の処分のうち、宅地の申告額一、四八一万六、七〇〇円を一、六九一万四、七〇七円と更正する部分についてはこれを争わないので、右処分のうち、相続税の総額三〇八万九、八〇〇円(右宅地の評価増に伴い更正されるべき額)を超える部分についての取消しを求める。
4 (貞道の昭和四六、四七年分の各所得についての所得税の決定処分及び違法事由)
(一) 原告邦良は、貞道から前記酒類販売業の譲渡を受けた後、右営業による事業所得については自己名義による所得税の申告をしたい旨被告に申し出たが、被告は、酒類販売業の免許人と所得税の申告者が異なるのは酒税法の建前上困るとしてこれを拒否していたところ、昭和四六年分の所得税の確定申告時から原告邦良が右営業における実質的所得者であることを認め、同人名義の青色申告による所得税の確定申告を受理するに至つたため、原告邦良は、昭和四六年分以降の右営業による事業所得については、自己名義による所得税の確定申告を行つた。
(なお、原告邦良は、昭和四二年分より同四五年分までの事業所得についても、相続税の申告と同時に自己名義による所得税の修正申告を行つている。)
(二) ところが、被告は、右酒類販売業は、貞道が死亡時である昭和四七年九月二一日まで営んでいたから、その営業による事業所得を原告邦良の所得として申告することは誤りであり、貞道の所得として申告すべきであつたのにこれを怠つたとして、右事業所得についての原告邦良名義の青色申告の効力を否認し、原告邦良に対しては給与所得額を基準とする所得税の減額更正処分を行うとともに、貞道の相続人である原告らに対し、(1)貞道の昭和四六年分所得についての所得税として、昭和五〇年三月一一日、別表(二)の(1)の「(ロ)決定額」欄記載の所得税の決定処分及び無申告加算税の賦課決定処分(以下、(二)の(1)の(ロ)の処分という。その通知書は同月一二日ころ原告らに送達された。)、(2)右処分について、昭和五一年三月一二日、別表(二)の(1)の「(ハ)減額更正額」欄記載の減額更正処分(以下、(二)の(1)の(ハ)の処分という。その通知書は同月一三日ころ原告らに送達された)、(3)貞道の昭和四七年分(一月一日から死亡時である九月二一日まで)所得についての所得税として、同五一年三月一二日、別表(三)の(1)の「(ロ)決定額」欄記載の所得税の決定及び無申告加算税の賦課決定処分(以下、(三)の(1)の(ロ)の処分という。その通知書は同月一三日ころ原告らに送達された。)をそれぞれ行つた。
(三) 被告が貞道を右酒類販売業の経営者であると認定した根拠は、その免許人が貞道であつたということのほか、銀行その他の取引が貞道名義あるいは同人の従前から使用していた「式商店」の商号で行われていたという点にあるのであるが、所得税法においては実質課税の原則(昭和二八年改正の同法三条の二により明文化、現行法一二条)がとられているのであるから、右原則に従えば、表見的、形式的な所得者の如何にかかわらず実質的所得者すなわち資産、事業等の収益を実際に支配し、取得享受している者をもつて所得税法上の所得者と認めるべきであり、昭和二九年以降貞道が酒類販売業を経営しうる状態になかつたため原告邦良がその譲渡を受け営業全般を統括支配してきたことは前記2の(二)記載のとおりであるから、右営業による事業所得については、貞道ではなく原告邦良をその実質的所得者とすべきものである。また、原告邦良が、右営業譲受後も免許についてはその名義変更手続をせず、貞道名義の免許をそのまま使用していたのは、当時の酒税法の運用上、免許の名義変更手続がきわめて困難であつたからであり、銀行その他の取引名義を貞道名義もしくは式商店の商号のままで行つたのは、酒税及び所得税など対税務署関係での帳簿整理の必要上、取引名義を酒類販売免許の名義人である貞道に統一せざるを得なかつたためであるから、被告がこうした形式的な事実から直ちに貞道が死亡時まで右事業を経営していたと認定し、前記(二)の(1)の(ロ)及び(二)の(1)の(ハ)の各処分並びに(三)の(1)の(ロ)の処分を行つたのは、右事業の営業主体すなわち実質所得者についての判断を誤つたもので違法である。
5 (原告邦良の昭和四八、四九年分の各所得について所得税の更正処分及び違法事由)
(一) 原告邦良は、酒類販売業の営業による事業所得については前記4の(一)記載のとおり昭和四六年分の所得税の確定申告時から原告邦良名義による青色申告を行つたが、被告も原告邦良が右酒類販売業の経営者でありその実質的所得者であることを認めたうえ、従前貞道名義により行われてきた青色申告による所得税の申告も実質上は原告邦良の申告と同視すべきものであるという観点から、貞道に対する青色申告書提出についての承認の効力の継続を認め、新たに原告邦良名義による青色申告承認の手続を要しないものとして同人名義の青色申告書による確定申告書を受理するに至り、昭和四七年分以降昭和五〇年分まで毎年所得税の確定申告期には原告邦良に対し青色申告用紙を送付し、これに従つた原告邦良の青色申告書による所得税の確定申告を受理し、かつ、右青色申告により算定された税額を収納してきた。
(二) そこで、原告邦良は、昭和四八、四九年分の各所得についても従前どおり別表(四)の(1)及び同(五)の(1)の各「(イ)申告額」欄記載の青色申告による各所得税の申告(以下、(四)の(1)の(イ)及び(五)の(1)の(イ)の各申告という。)をしたところ、被告は、昭和五一年三月一二日、全く突然に右青色申告の効力を否定して白色申告とみなし、昭和四八年分の所得について別表(四)の(1)の「(ロ)更正額」欄、同四九年分の所得について別表(五)の(1)の「(ロ)更正額」欄各記載の各所得税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下、(四)の(1)の(ロ)及び(五)の(1)の(ロ)の各処分という。)を行つた。
(三) しかしながら、所得税法が青色申告によることについて税務署長の承認手続を要するものとしたのは、青色申告制度が課税所得額算定の基礎資料となる帳簿書類を一定の形式に従つて整備保存させ、その内容に隠蔽、過誤などの不実記載がないことを担保させる反面、専従者給与、貸倒引当金、価額変動準備金、減価償却に関する定率法または定額法の選択の自由及び青色申告控除などの税法上の恩典を与えるものであることから、その取扱いに適する態勢が具わつているか否かをあらかじめ吟味するために過ぎない。したがつて、原告邦良の場合のように、被相続人たる貞道に対し既に税務署長から青色申告によることの承認がなされており、しかも、昭和二九年当時から原告邦良が帳簿の記載、書類の整備保存業務を行い、昭和四五年まで貞道名義による青色申告を継続したがその間右承認を取り消されるような過誤や非違は全くなく、昭和四六年以降も事業所得の形式上の名義が貞道から原告邦良に変わるのみでその経営実態や帳簿書類の整備保存態勢には何らの変更がなかつたような場合には、改めて原告邦良名義で青色申告をすることについて税務署長の承認を得る必要はないと解すべきであり、こう解したとしても、青色申告制度の趣旨に反するものではない。しかも、原告邦良は、昭和四六年分の所得税の確定申告以来、独断により一方的に青色申告書を提出したのではなく、再三再四被告の担当係官に相談したうえその了解を得てこれを行つたのであり、もし原告邦良名義で青色申告書を提出するについて新たに税務署長の承認を得る必要があつたのであれば、被告やその担当係官は公務員として当然その旨を原告邦良に指導、助言すべき義務があるというべきであり、そうした指導、助言が行われていれば原告邦良は直ちにこれに応じて青色申告書提出についての承認申請手続をとつたはずである。
にもかかわらず、被告は、こうした指導、助言を一切行わず、前記5の(一)記載のとおり、むしろ従前の貞道名義による青色申告承認の効力が原告邦良に推及されるものとして原告邦良名義による青色申告書による確定申告を受理し、これによる所得税を収納する一方、昭和五〇年分の所得税の確定申告期まで毎年原告邦良に青色申告用紙を送付し青色申告による申告を勧奨しながら、全く突然に右青色申告による申告の効力を否定して白色申告とみなし、前記(四)の(1)の(ロ)及び(五)の(1)の(ロ)の各処分を行つたものであつて、右各処分には、被告またはその補助者たる担当係官の納税者に対する指導、助言上の懈怠及び事務処理上の過誤の責任を原告邦良に転嫁しようとする違法があるばかりでなく、公正であるべき国家機関の行為として著しく信義誠実の原則または禁反言の原則に反する違法があるというべきである。
6 (不服申立て)
(一) 原告らは、原告邦良を総代として選任届出のうえ、(1)前記(一)の(2)の(ロ)の処分について、昭和五〇年一月三一日被告に対し異議申立て(同年四月二五日棄却決定)、同年五月二四日福岡国税不服審判所長に対し審査請求(同五二年三月三一日棄却裁決)、(2)前記(二)の(1)の(ロ)の処分((二)の(1)の(ハ)の処分は右処分の減額処分であるので当然右処分に対する不服申立てに包含されるものである。)については同五〇年四月一四日、同(三)の(1)の(ロ)の処分については同五一年五月一〇日、いずれも国税通則法七五条四項一号により被告に対する異議申立てを経ないで福岡国税不服審判所長に対し直接審査請求(同所長は両審査請求を併合審理、同五二年三月三一日棄却裁決)を行つたが、いずれも棄却された。
(二) 原告邦良は、前記(四)の(1)の(ロ)及び(五)の(1)の(ロ)の各処分について、昭和五一年五月一〇日被告に対し異議申立て(被告は、同年八月七日、これに対し別表(四)の(1)及び同(五)の(1)の各「(ハ)異議決定額」欄記載の各異議決定(減額)を行つたが、これらは定額法による減価償却につき若干の修正を行つたに過ぎず、基本的な判断については何ら変更を加えるものではなかつた。)、同年九月三日福岡国税不服審判所長に対し審査請求(同所長は両審査請求を併合審理、同五二年三月三一日棄却裁決)を行つたが、いずれも棄却された。
7 よつて、原告らは、請求の趣旨記載のとおり、被告の行つた前記各処分の取消しを求める。
二 本案前の被告の主張
(一) 原告らは、本件訴えにおいて、被告が昭和五〇年三月一一日付で行つた(二)の(1)の(ロ)の処分の取消しを求めているが、右処分は、被告が同五一年三月一二日付で行つた(二)の(1)の(ハ)の処分により総所得金額、所得税額及び無申告加算税額をそれぞれ同処分欄記載の金額に減額されているから、原告らの右訴えのうち、右(二)の(1)の(ハ)の処分により減額された範囲を超える部分の取消しを求める部分は、訴えの利益を欠き不適法である。
(二) 原告らは、また、被告が昭和五一年三月一二日付で行つた右(二)の(1)の(ハ)の処分についてもその取消しを求めているが、右処分は、前記(二)の(1)の(ロ)の処分に対する減額処分であつて原告らに何ら不利益となるものではないから、右処分の取消しを求める原告らの訴えも、訴えの利益を欠き不適法である。
三 請求原因に対する認否
1 請求原因1は認める。
2 同2の(一)のうち、貞道が戦前より酒類販売業の免許を得て原告らの肩書住所地所在の店舗で酒類販売業を営んでいたこと及び原告邦良が昭和二五年四月に門司税務署を退職したことは認めるが、その余は不知。
同2の(二)は争う。
3 同3の(一)は認める。但し、(一)の(2)の(ロ)の処分の更正理由には、相続財産である宅地の評価額について一、六九一万四、七〇七円が正当であるにもかかわらず、一、四八一万六、七〇〇円と過少評価していたことも含まれている。
なお、(一)の(2)の(ロ)の処分のうちの過少申告加算税額は、本来別表(一)の(2)の(ロ)の「8納付相続額」欄と同(イ)の同欄との差額一、〇八八万一、三〇〇円の五パーセントである五四万四、〇〇〇円となるが、本件相続税の申告については、被告の係官が土地の評価額を誤つて伝えていたので、右誤評価額に相当する増差納付税額三八万五、〇〇〇円に対しては過少申告加算税を課していないため、同表(一)の(2)の(ロ)の「9過少申告加算税」欄記載のとおり五二万四、八〇〇円となつている。
同3の(二)のうち、被告の行つた(一)の(2)の(ロ)の処分が、貞道が死亡時まで酒類販売業の経営者であり、右営業用資産が同人の遺産に含まれることを前提とするものであること及び所得税法の実質課税の原則が一般論として相続税法の解釈にあたつても考慮されるべきことは認めるが、その余は争う。
4 同4の(一)のうち、原告邦良が酒類販売業の営業による事業所得について昭和四六年分の所得税の確定申告時から同人名義の青色申告書による確定申告を行つていることは認めるが、その余は争う。
同4の(二)は認める。
同4の(三)のうち、被告が貞道を酒類販売業の経営者であると認定した理由の一部が、右免許人が貞道であつたこと及び銀行その他の取引が貞道名義または同人の従前使用していた「式商店」の商号で行われていた点にあること並びに所得税法が原告ら主張のような実質課税の原則を採用していることは認めるが、その余は争う。
5 同5の(一)のうち、原告邦良が酒類販売業の営業による事業所得について昭和四六年分の所得税の確定申告時から同人名義による青色申告書の提出を行つていること、被告が昭和四七年以降同五〇年まで毎年確定申告期に原告邦良に対し青色申告用紙を送付し、右青色申告書による確定申告を受け付けたこと及び青色申告により算出された税額を収納してきたことはそれぞれ認めるが、その余は争う。
同5の(二)は認める。
同5の(三)のうち、貞道に対して青色申告書提出についての承認がなされていたこと、昭和四五年分まで貞道名義の青色申告書による所得税確定申告が継続されておりその間同人に対する青色申告の承認の取消しがなかつたことは認めるが、その余は争う。
6 同6の(一)、(二)は認める。
四 被告の主張
1 (各処分の内容等)
(一) 貞道の死亡に伴う相続開始にかかる原告邦良らの相続税の総額の計算、原告邦良に対する相続税の更正処分等の内容、同人の取得した財産及び債務の内訳明細等は、それぞれ、別表(一)の(1)、同(一)の(2)、同(一)の(3)の(I)、(II)、(III)各記載のとおりである。
(二) 貞道の昭和四六、四七年分の各所得についての所得税の決定処分等の内容及び右各年度の事業所得の明細は、それぞれ、別表(二)の(1)、同(三)の(1)、同(二)の(2)及び同(三)の(2)各記載のとおりである。
(三) 原告邦良の昭和四八、四九年分の各所得についての所得税の更正処分等の内容及び右各年度の事業所得の明細は、それぞれ、別表(四)の(1)、同(五)の(1)、同四の(二)及び同(五)の(2)各記載のとおりである。
2 (相続税の更正処分等の正当性)
(一) 被告の行つた前記(一)の(2)の(ロ)の処分についての争点は要するに、貞道が昭和二九年一一月に自己の経営していた酒類販売業をその営業用資産とともに原告邦良に譲渡したか否かにある。
(二) この点について、原告邦良らは、請求原因2の(一)、(二)記載のとおり、貞道が営業に堪えざる健康状態であつたので、昭和二九年一一月一八日、原告邦良が貞道を含む主だつた親族の合意を得て酒類販売業の譲渡を受けたから、昭和二九年一一月以降右営業により蓄積された営業用資産は原告邦良の営業努力による同人固有の財産として貞道の遺産から除外すべきである旨主張するが、貞道から原告邦良への営業譲渡の意思表示のなされた事実を立証しうる信頼性のある資料は何ら存しないばかりか、次の(1)ないし(3)に述べるとおり、貞道から原告邦良への営業譲渡はなされなかつたと判断するのがむしろ自然であつて、右営業用資産は貞道の遺産に含まれ、同人の死亡により原告邦良が相続したと認めるのが相当であるから、被告の行つた前記(一)の(2)の(ロ)の処分には何らの違法はないというべきである。
(1) 貞道の健康状態について
貞道の飲酒嗜癖の程度が昭和二九年当時及びその後どのような状態であつたかについては必ずしも明らかではないが、同人が昭和三四年一一月福岡県民生児童委員、同三五年一月町内会長、防犯委員長、納税組合長、同三六年九月福岡県保護司に委嘱され、そのうち保護司については死亡に至るまでその地位にあつたこと及び同人が昭和二九年以後も定期預金をはじめとする生計費の収支を管理していたことなどの事実に照らすと、原告邦良ら主張のように、貞道が昭和二九年当時既にアルコール中毒症状が激しく営業に堪えざる状況にあつたとは考えられない。また、貞道は、昭和三二年八月二四日から同年一〇月一五日までの間、宗像郡福間町所在の福間病院に入院しているが、同人の右病状は急性アルコール幻覚症であり、同年八月二六日ころには右症状は既に消失していたから、右事実をもつて直ちに同人が営業に堪えざる状況にあつたとはいえないというべきである。
(2) 酒類販売免許の名義変更について
原告邦良は、貞道死亡時まで貞道の酒類販売免許をそのまま継続して使用しており、その理由として、昭和二九年当時及びその後の相当期間は免許の変更手続が非常に困難であつたと主張しているが、酒税法上、免許の要件は、昭和二九年当時も、その後の相当期間内も現在も変わつていない。なるほど、昭和二九年当時における酒税法九条(酒類の販売業免許)の取扱いを定めた通達では、営業の全部を譲り受けて免許の名義変更を申請する場合の規定はないが、かかる場合には、既存の免許たる貞道名義の免許の取消しと同時に原告邦良名義の新規免許の許可申請をすることによつて事実上免許の名義変更は可能であつたはずである。にもかかわらず、原告邦良には、免許の変更について被告に相談した事実もなく、現実に変更申請手続をした事実もない。また、昭和三四年には酒税法が改正され、これに伴つて右通達も全面的に改正され、営業の承継に関する規定が新しく設けられ、酒類販売業とその業者と特定の関係にある親族との間においては営業の承継による免許の付与が可能となつたのであるから、原告邦良に免許の名義変更の意思があれば、直ちに右免許変更についての相談ないしは申請手続をしたはずであり、また、そうすべきであつたわけであるが、原告邦良がこうした相談あるいは申請手続をした事実はない。そればかりか、逆に、昭和三七年七月一九日には被告に対し貞道名義による「酒類販売業免許の条件緩和申立書」を提出したうえ、同三八年四月一五日には同人名義で右申立てに基づく条件緩和の許可(ビール卸売免許)を取得しているのである。
以上のような事実によれば、原告邦良が免許の名義変更をしなかつたのは、その変更手続が困難であつたためではなく、貞道が原告邦良に右営業を譲渡した事実がなかつたからであるというべきである。
(3) 被告に対する各種申告その他について
(イ) 贈与税の不申告
原告邦良は、貞道の営んでいた酒類販売業をその営業用資産とともに譲り受けたと主張するが、右譲受に伴う贈与税の申告をしていない。
(なお、原告邦良は、贈与税の申告をしなかつたので、相続税の申告の際、右営業譲受時の営業用財産の価額を相続財産に加えた旨弁解するが、かかる申告を許容しえないことは、相続税法の規定に照らし明らかである。)
(ロ) 酒類販売業免許の相続申告
原告邦良は、昭和四七年一一月一〇日、遺産分割協議により酒類販売免許を相続したとして、酒税法一九条一項の規定に基づき右営業免許の相続申告をしているが、右申告は、貞道が死亡時まで営業を所有支配していたことを前提とするものというべきである。
(ハ) 営業用資産についての相続税の申告
原告邦良らは、昭和四七年一一月八日、貞道の遺産についての遺産分割協議をしているが、右協議において、貞道の営業用資産は原告邦良らがこれを相続するものとし、しかも、右協議に基づく相続税の申告をしているが、仮に、昭和二九年に既に営業譲渡がなされているのであれば、改めて、右のような遺産分割協議をする必要がないばかりか、右協議に基づく相続税の申告をする必要もないはずである。
(ニ) 貞道名義による所得税の申告
原告邦良は、酒類販売業の営業にかかる所得税につき、昭和四七年三月一四日、従来の貞道名義に替えて自己が実質所得者であるとして自己名義の確定申告書を提出するに至つたが、このことは、同年三月以前の時点までは、貞道が右営業にかかる所得の帰属者であることを自ら認めていたものというべきである。
(ホ) その他
原告美智子、同俊介、同賢三、同純一は、昭和四六年九月一〇日、貞道及び原告ツタエ夫婦の養子となる旨の縁組をしているが、この時期が、貞道が直腸ガン等により病院に入院した当時であること、右養子らが結局何らの遺産も相続しなかつたことなどを併せ考えると、右養子縁組は、貞道の死期が追つたのを察知し、同人の遺産相続による相続税の軽減を図るため実質課税の原則を悪用した疑いが濃厚である。
3 (貞道の昭和四六、四七年分の各所得についての所得税の決定処分等の正当性)
(一) 被告の行つた前記(二)の(1)の(ロ)及び(三)の(1)の(ロ)の各処分についての争点は、原告邦良が昭和二九年一一月に貞道の営んでいた酒類販売業の営業譲渡を受け、それ以降右営業の実質的経営者としてその所得の帰属主体となつていたかどうかにある。
(二) この点について、原告邦良らは、請求原因2の(一)、(二)記載のとおり、原告邦良が昭和二九年一一月以降右営業の譲渡を受けその営業全般を統括していたから、右営業による事業所得については同人をもつてその実質的所得者とすべき旨主張するが、前記2の(二)に述べたとおり、貞道から原告邦良に営業譲渡のなされた事実は認められないばかりでなく、酒類販売業が免許事項であつて免許人だけがその営業をなしうるところ右免許は貞道に対して付与されていること、銀行その他の取引はいずれも貞道名義または同人の従前使用していた「式商店」の商号で行われていたこと、貞道が昭和三四年から同三六年にかけて、民生委員、町内会長、納税組合長、保護司などに委嘱され死亡当時までその地位にあつたものもあることなどから判断すると、むしろ、右営業は貞道が死亡当時まで営んでいたと認めるのが相当である。したがつて、昭和四六年分及び同四七年分(一月一日から貞道死亡時の九月二一日まで)の右営業による事業所得について、その帰属者を貞道であると判定して行つた被告の前記(二)の(1)の(ロ)及び(三)の(1)の(ロ)の各処分には何ら違法はないというべきである。
4 (原告邦良の昭和四八、四九年分の各所得についての所得税の更正処分等の正当性)
(一) 原告邦良は、請求原因5の(一)記載のとおり、酒類販売業の営業を同人が譲り受けたことを前提としたうえ、被告も昭和四六年分の所得税の確定申告時から右営業の実質的所得者が原告邦良であることを認め、右営業による事業所得について原告邦良名義で所得税の申告をすること及び右申告については貞道に対する青色申告承認の効力の継続が認められるから新たに原告邦良名義による青色申告承認の手続を要しないものとすることを認めたと主張しているが、被告が、原告邦良を右営業による事業所得の実質的所得者であることを認めた事実はなく、また、貞道に対する青色申告書提出についての承認の効力が原告邦良に及ぶことを認めたこともない。したがつて、所得税法によつて、事業所得者が青色申告書によつて確定申告をしようとするときは税務署長の承認を得る必要があるとされているにもかかわらず、原告邦良が、昭和四八、四九年分の各所得税の確定申告について青色申告書によることの承認を求めなかつた以上、被告が右各所得税の確定申告についてその青色申告としての効力を否定し、白色申告とみなしたとしても何ら違法ではないというべきである。
(二) 原告邦良は、被告が、昭和四六年分の営業による事業所得について原告邦良名義の青色申告書による確定申告を受理したこと、昭和四七年分以降同五〇年分まで同人に対し青色申告用紙を送付したこと、しかも、これによる確定申告を受理し、かつ、右青色申告による税額を収納してきたことをもつて、被告が原告邦良を実質的所得者であると認め、また、同人が青色申告による確定申告をすることを認めた根拠としているが、原告邦良に対する青色申告用紙の送付は単なる手続上の誤りに過ぎず、また、確定申告の受理は機械的な内部的処理に過ぎないから、これらの事実をもつて、被告が、原告邦良を実質的所得者であると認め、また、同人名義による青色申告書の提出を承認したということはできないというべきである。
(三) 原告邦良は、さらに、もし原告邦良名義での青色申告書の提出について新たに被告の承認を要するのであれば、被告及び被告の補助者である担当係官は、原告邦良に対しその旨を指導、助言すべきであつたのにそれをしなかつたから信義誠実の原則または禁反言の原則に違反すると主張するが、自主申告を建前とする申告納税制度のもとにおいては、その決定の手続をとらなかつたことによる不利益はその者が負担すべきであり、原告邦良の右主張は、自らの責任を被告に転嫁するもので理由がないというべきである。
(四) 以上のとおりであつて、被告が原告邦良の右各所得税の確定申告についてその青色申告としての効力を否定し、白色申告とみなして行つた前記各処分には何ら違法はないというべきである。
五 被告の主張に対する原告の認否及び反論
(一) 貞道の健康状態について
被告は、貞道が保護司などに委嘱されていたこと及び同人が定期預金などの生計費の収支を管理していたことなどから、同人に営業能力があつたと主張するもののようであるが、保護司などの公職が名誉職であり、社会の第一線を退いた高令者に委嘱されることが多いことは公知の事実であり、その職務も定期的な面接調査や報告書の提出に限定されているから(貞道の場合は、アルコール中毒症のため面接調査さえ自ら実施することはまれで、原告ツタエらが代行していた。)、右事実をもつて同人が酒類販売業の経営者であつたとすることはできないばかりでなく、貞道の管理していた資産の主体は、営業外の個人的預貯金及び利息に過ぎないから、これについての管理能力があつたからといつて、酒類販売業の経営能力の有無を論ずることはできないというべきである。
また、被告は、貞道のアルコール幻覚症の症状が昭和三二年八月二六日には既に消失していたと主張するが、貞道は、渇酒症についてはいまだ脱慣に至らないまま医師の説得を振り切つて退院したものであつて、右退院後も同人の飲酒癖及び酒乱は改まらなかつた。
(二) 免許の名義変更問題について
被告は、原告邦良が昭和二九年一一月に貞道から酒類販売業の営業譲渡を受けたのであれば、右免許の名義を原告邦良に変更していたはずであると主張するが、酒類販売業の免許人が生前にその免許を後継者に承継変更することは昭和三四年の酒税法改正以前においては法律上も事実上も不可能であり、このことは業者には常識とされていたことである。したがつて、原告邦良は、営業譲渡がなされたにもかかわらず、従前の免許人である貞道名義の免許を借用せざるを得なかつたのである。
もつとも、昭和三四年の法改正により、免許人の生前変更が制度的には可能となつたが、右改正後においても、間税当局は、免許人の生前変更について消極的姿勢を堅持しており、その難関をくぐるかわりに個人商店を法人組織に改組する業者が出る実情であつた。
また、被告は、昭和三七年のビール卸売免許の申立てが貞道名義でなされていることをもつて営業譲渡の事実がなかつたからであると主張しているが、酒類販売業の免許は販売場ごとに与えられるものであつて、同一の販売場において二人以上の者に別個に免許が与えられることは原則としてありえないから、既に貞道について小売業免許が存在する以上、これと別個に原告邦良名義の免許が与えられることはありえず、したがつて、原告邦良としては、既存の貞道名義の免許の条件緩和の方法によりビール卸売免許の申立てをするほかなかつたのである。
酒類販売業が免許事項であり、免許を有しない者が酒類の販売を行うことが許されないことは、被告主張のとおりであるが、個々の事情からこの建前が守られず、免許人以外の者が右営業による利益を取得し、資産を蓄積する場合が生ずるのも事実であつて、所得税法はその事実を卒直に認めたうえ、実質上の所得者に課税することを明文をもつて定めているのである。したがつて、免許人の名義が貞道名義となつていることから、貞道をその営業主体であるとする被告の主張は、酒税法の建前論に終始して実質主義を原則とする所得税法ひいては相続税法の解釈を誤つたものというべきである。
(三) 被告に対する各種の申告問題について
(1) 贈与税の申告
原告邦良が、営業譲渡に関して贈与税の申告をしなかつたのは事実であるが、当時においては免許の名義変更が制度上も事実上も不可能であつたことは前記五の(二)記載のとおりであり、したがつて、免許の変更が不可能であるにもかかわらず、営業の譲渡を受けたという事実を当該免許の所管庁である被告に申告することはきわめて無謀な行動であり、期待不可能なことであつたというべきである。
(2) 酒類販売業免許の相続申告
酒類販売業免許の相続は、間税課の所管事項であるが同課は、免許の付与、取消しという販売業者の死命を制する行政事務を担当するところであるから、免許の相続申告にあたつて、原告邦良が既に昭和二九年一一月に営業譲渡を受け、以後約一八年間にわたり免許の名義変更をせずに営業を継続してきた事実を公然開示することは同課の体面を傷つける無益、不遜な行動であるため、右免許の相続申告においては、昭和二九年一一月の営業譲渡の事実はこれを伏せて申告せざるをえなかつたのである。しかし、同課は、右営業の実質的経営者が原告邦良であることについては、投書により、また、原告邦良の昭和四六年度の所得税の確定申告に伴う口頭での報告により充分これを知悉していたのである。したがつて、原告邦良が、右免許について相続申告をしているからといつて、貞道が死亡時まで営業を所有支配していたということはできないというべきである。
(3) 相続税の申告
原告邦良が、遺産分割協議書において営業用資産を相続すべき遺産とし挙げていることは被告主張のとおりであるが、これらは宅地を除いていずれも昭和二九年一二月末日現在におけるものであつて、決して貞道死亡時におけるそれではない。すなわち、これらの営業用資産は、実際には昭和二九年一一月に原告邦良が貞道から譲り受けているのであつて、本来相続の対象となるものではないが、既に述べたとおり、その当時に贈与税の申告をなしえなかつた代償の意味においてあえて相続財産に加算計上したものに過ぎないから、右事実をもつて原告邦良が右営業用資産を貞道の遺産として認識していたものとすることはできない。
(4) 所得税の申告
原告邦良が昭和四七年三月から右営業による事業所得について自己名義の所得税の申告を開始したことは事実であるが、これは原告邦良がその時点に急に思いついて実行したものではなく、原告邦良としては、昭和二九年一一月以降常に実態に即した所得税の申告を行いたい希望を抱いていたが、その営業種目が酒類販売業という格別に厳しい法的規制を伴うものであり、かつ、税務当局自身がその免許行政を管掌するものであつたために、免許の名義変更なしに営業を行つている事実を当該所管庁に申告する結果となるような行動は容易に実行しえなかつたところ、昭和四三、四年ころに至つて、所得税法の実質所得者課税の原則が免許業種における無免許者にも適用される旨の通達が存在することを知り、以来税務当局に再三相談した結果漸くその承認を得ることができ、昭和四六年分から晴れて自己名義による所得税の確定申告をするに至つたのである。したがつて、原告邦良が、昭和四五年分までの営業による所得を貞道名義で行つたのは、右のような事情からやむをえずとつてきた便宜的措置であつて、貞道が右営業にかかる所得の帰属者であることを認めていたことを意味するものではない。
(5) その他
原告美智子らの養子縁組の件は、原告らが代襲相続制度について無知であつたことによつてとられた措置であつて、原告邦良が万一不測の事故等により貞道夫妻に先んじて死亡した場合にその遺産全部が原告ツタエの兄弟に相続され、原告美智子ら妻子が除外される事態が生ずると誤解したものであり、決して貞道死亡に伴う相続税等の軽減を目的としたものではない。
第三証拠 <略>
理由
一 被告の本案前の主張について
被告は、原告らの訴えのうち、(一)貞道の昭和四六年分の所得についての(二)の(1)の(ロ)の処分のうち、総所得金額、所得税額及び無申告加算税額を(二)の(1)の(ハ)の処分の金額とする範囲をこえる部分の取消しを求める部分並びに(二)右(二)の(1)の(ハ)の処分の取消しを求める部分はいずれも訴えの利益を欠き不適法である旨主張するので、まず、この点について判断する。
被告が、貞道の昭和四六年分の所得について、同人の相続人である原告らに対し、昭和五〇年三月一一日、別表(二)の(1)の「(ロ)決定額」欄記載の所得税の決定処分及び無申告加算税の賦課決定処分((二)の(1)の(ロ)の処分)、同五一年三月一二日、さらに、右処分についての更正処分((二)の(1)の(ハ)の処分)をそれぞれ行つたことは当事者間に争いがない。
ところで、右(二)の(1)の(ハ)の処分は、(二)の(1)の(ロ)の処分の減額処分であつて、原告らに何ら不利益となるものではないから訴えの利益がないことが明らかであるばかりでなく、右(二)の(1)の(ロ)の処分は、(二)の(1)の(ハ)の処分によつて同処分の金額の範囲に減額されており右範囲を超える部分の取消しを求める必要は既に消滅しているから、その取消しを求める部分もまたその訴えの利益を欠くというべきである。
したがつて、原告らの本件訴えのうち、右各部分の取済しを求める部分は、その余について判断するまでもなく、不適法として却下すべきである。
二 次に、被告の行つたその余の各処分の適否について検討する。
(1) 原告らの被相続人である貞道が戦前から酒類販売業の免許を得て原告らの肩書住所地所在の店舗で右営業を営んでいたこと、貞道が昭和四七年九月二一日に死亡し、同日、同人の相続人である原告ら六名がその遺産を相続したことは当事者間に争いがない。
(2) (相続税の更正処分等について)
(一) 原告邦良が、貞道の死亡に伴う相続開始にかかる同人の相続税について、前記(一)の(2)の(イ)の申告をしたところ、被告が、昭和五〇年一月一四日、同人に対し前記(一)の(2)の(ロ)の処分を行つたこと及び被告が右処分を行うについて貞道の営んでいた酒類販売業の営業用資産が同人の遺産に含まれると認定したことは、いずれも当事者間に争いがない。
(二) ところで、原告邦良は、貞道がアルコール中毒症のため右営業に堪えなかつたことから、昭和二九年一一月二八日、貞道を含めて親族会議を開き、その結果、請求原因2の(二)の(イ)ないし(ハ)記載の合意を得て、貞道から右酒類販売業の営業上の一切の権利義務の譲渡を受けた旨主張するので、この点について判断するに、右主張のうち、原告邦良が昭和二五年四月に勤務していた門司税務署を退職したこと及び貞道が昭和三二年八月二四日から同年一〇月一五日までの間、福間病院に入院していたことは当事者間に争いがなく、<証拠略>によれば、貞道が戦前からかなりの酒好きであり、昭和三二年福間病院に入院したころにはアルコール精神病(渇酒症及びアルコール幻覚症)に罹患していたこと、酒に酔うと家族や従業員らに暴力を振うこともしばしばあつたこと、そのため原告邦良が昭和二九年一一月二八日ころ親族間で話し合いを持つたこと、また、そのころを境として右営業は事実上原告邦良が中心となつて運営するようになつたことはそれぞれ認められるものの、それ以上に、右同日、貞道が、右営業に一切干渉しないことに同意したうえ、右営業用資産を原告邦良にすべて譲渡する旨の意思表示をした事実は、本件全証拠によるもこれを認めることができない。
もつとも、原告邦良らは、右営業譲渡の事実を証するものとして甲第一号証(確認書)を提出するほか、<証拠略>中にも右営業譲渡のなされたことを裏付けるかのような供述があるが、右確認書は、その記載から判断すると、貞道の死亡後である昭和五〇年九月七日ころに作成されたものと推認されるうえ、最も重要である貞道自身の署名押印のない書面であつて、同人の営業譲渡の意思表示を証するものとしてはその証拠価値が低いばかりでなく、右趣旨に沿う<証拠略>も、昭和二九年一一月当時には営業譲渡に伴つて当然予想される酒類販売免許の名義変更問題が何ら話題となつていないこと、銀行その他の取引がその後昭和四五年ころまで従前どおり貞道名義もしくは同人の使用していた「式商店」の商号のままで行われていること、貞道がその後店を取られたといつて乱暴をすることがあつたこと(これらの事実は<証拠略>により認められる。)などの事実に照らすと必ずしも措信できないから、右各証拠によつて営業譲渡のなされた事実を認めるには足りないというべきである。
したがつて、貞道の有していた右営業用資産は、結局、同人の死亡時まで同人の財産に属しており、同人の死亡後相続人らの間における遺産分割協議により原告邦良がこれを取得したとみるのが相当であるところ、<証拠略>によつて、貞道の死亡時である昭和四七年九月二一日現在の右営業用資産が、別表(一)の(3)の(I)ないし(III)各記載のとおりであると認められる以上、被告が右営業用資産を原告邦良が相続したとして同人に対し前記(一)の(2)の(ロ)の処分を行つたことには何ら違法はないというべきである。
なお、原告邦良は、貞道死亡時に存した営業用資産は実質的には原告邦良の固有の財産であると主張するが、前記のとおり、右営業譲渡のなされた事実が認められない以上、右営業用資産は貞道の財産として存続していると認めるのが相当であり、右資産中に原告邦良の営業努力によつて増加した部分があるとしても、同人の右資産の増加についての寄与は、貞道の死亡後における遺産分割の際同人の相続人らの間において考慮されるべき事柄であるにとどまり、右増加部分が直ちに原告邦良の固有財産となるものではないというべきである。
(3) (貞道の昭和四六、四七年分の各所得についての所得税の決定処分等について)
(一) 被告が原告らに対し、(I)貞道の昭和四六年分の所得について、昭和五〇年三月一一日、前記(二)の(1)の(ロ)の処分、(II)同五一年三月一二日、右処分についての(二)の(1)の(ハ)の処分、(III)同人の昭和四七年分(一月一日から九月二一日まで)の所得について、前記(三)の(1)の(ロ)の処分をそれぞれ行つたこと並びに被告が酒類販売業の免許人及び右営業にかかる銀行その他の取引名義が貞道となつていたことを一つの根拠として同人を右営業の経営者と認定したことは当事者間に争いがない。
(二) ところで、所得税法が実質所得者課税の原則を採用していることは明らかであるから、被告の行つた右各処分が適法であるか否かは、要するに、前記酒類販売業の営業による所得の実質的帰属者が誰であるか、換言すれば右営業の実質的経営者が貞道または原告邦良のいずれであつたかに帰するものということができる。
そこで、この点について判断するに、貞道が戦前からかなりの酒好きであり、昭和三二年ころにはアルコール精神病により病院に入院するまでに至つていたこと、酒に酔うと家族や従業員にしばしば暴力を振う状態であつたこと、昭和二五年四月には原告邦良が勤務していた門司税務署を退職し、酒類販売業に専念するようになつたこと、昭和二九年一一月ころを境として、同人が右営業を運営するようになつたことはいずれも前記認定のとおりであり、また、<証拠略>によれば、原告邦良が、昭和四四年一二月一五日には既に営業用資金から資金を出して鉄筋コンクリート鉄骨造二階建の店舗兼倉庫(兼居宅)を新築していること、同人が同四五年夏ころ、所得税法一二条の実質所得者課税の原則が免許業種における無免許にも適用される旨の通達のあることを知り、右営業による所得について自己名義による所得税の確定申告をすることを決意するに至つたこと、同年一二月一〇日には株式会社福岡銀行八幡支店において原告邦良名義の当座預金及び普通預金の各取引口座が開設される一方、同月一五日には同支店に開設されていた貞道名義の普通預金口座が解約されていること、同四七年三月一四日には、昭和四六年分の右事業所得について実際に原告邦良名義による確定申告が開始されたこと、同年以降同人名義の確定申告が継続してなされ、被告が右各申告をいずれも受理したことがそれぞれ認められ、これらの事実から判断すると、既に判示したとおり、昭和二九年一一月に貞道から原告邦良へ営業譲渡のなされた事実は認められないものの、少くとも昭和四五年夏ころからは、原告邦良が対外的にも実質的営業者として行動するようになつたことが認められるから、昭和四六年分以降の営業による所得は原告邦良をもつてその実質的所得者と認めるのが相当である。
被告は、貞道がアルコール中毒症であつて病院に入院した事実は認めるものの、右症状は急性のものであつて入院した数日後には既に消失しており、退院した約二年後の昭和三四年から同三六年にかけては民生児童委員、町内会長、保護司などに委嘱され、保護司については死亡時までその地位にあつたことなどから同人が営業に堪えざる状態にあつたとはいえないとし、また、原告邦良が営業譲渡を受けたのであれば、酒類販売免許の名義人を同人に変更すべきであつたのにそれをしていないことなどから、貞道が死亡時まで営業主体であつた旨主張するが、前記認定のとおり、原告邦良が少くとも昭和四五年の夏ころから既に事実上右営業の実質的な経営者として行動していたと認められる以上、貞道の健康状態が営業に堪えうるものであり、また、免許名義が貞道名義のままであつたとしても、そのことをもつて直ちに貞道が営業主体であるということはできないから、被告の右主張は採用できない。
被告は、さらに、原告邦良が営業譲渡について贈与税の申告をしなかつたこと、酒類販売免許の相続申告をしたこと、昭和四五年分の所得税まで貞道名義による確定申告をしたことなどから、同人自身が死亡時まで貞道をその営業主体であると認めていたと主張するが、原告邦良が昭和四五年一二月一〇日に貞道名義の取引口座を解約し新たに自己名義の取引口座を開設していることなど既に認定した事実に照らすと、これらの事実は被告に対する関係で形式を整えたに過ぎないものと認められるから、右各事実をもつて原告邦良が貞道を死亡時まで営業主体であつたことを認めていた根拠とすることはできない。
したがつて、昭和四六年分以降の右営業による事業所得については原告邦良をもつてその実質的所得者と認めるべきであり、被告が右所得について貞道を営業主と認定したうえ、同人の相続人らである原告らに対し、前記(二)の(1)の(ロ)の処分(但し、(二)の(1)の(ハ)の処分により減額された部分を除く。)及び(三)の(1)の(ロ)の処分を行つたのは、その実質的所得者についての判断を誤つたもので違法であるから、これを取り消すべきである。
(なお、貞道の昭和四六年分の所得税についての(二)の(1)の(ハ)の処分の取消しを求める部分が訴えの利益を欠き不適法であることは、前記一に判示したとおりである。)
(4) (原告邦良の昭和四八、四九年分の各所得についての所得税の更正処分等について)
(一) 原告邦良が、昭和四八、四九年分の各所得についての所得税について青色申告書による確定申告をしたところ、被告が昭和五一年三月一二日、右青色申告の効力を否認して白色申告とみなし、同人の昭和四八年分の所得税について前記(四)の(1)の(ロ)の処分、右同日、昭和四九年分の所得税についての前記(五)の(1)の(ロ)の処分(これらの各処分について、昭和五一年八月七日、前記(四)の(1)の(ハ)及び(五)の(1)の(ハ)の各処分)をそれぞれ行つたことは当事者間に争いがない。
(二) 被告が、原告邦良の行つた右各申告についてその青色申告としての効力を否定し白色申告とみなした根拠は、原告邦良が自己名義で青色申告を行うことについて被告の承認を得ていなかつた点にある。
ところで、所得税法一四三条によれば、事業所得等を生ずべき業務を行う居住者が青色申告書による確定申告をするには、税務署長の承認を受けることが必要とされており、税務署長の承認のなされていない以上、一般的には、青色申告書の提出による確定申告がなされても当然には青色申告としての効力を認めることができないことはいうまでない。しかしながら、青色申告制度が課税所得額の基礎資料となる帳簿書類を一定の形式に従つて保存整備させ、その内容に隠蔽、過誤などの不実記載がないことを担保させることによつて、納税者の自主的かつ公正な申告による課税の実現を確保しようとする制度であることから考えると、右のような制度の趣旨を潜脱しない限度においては、仮に、青色申告書の提出について税務署長の承認がなされていなかつたとしても、青色申告としての効力を認めてもよい例外的な場合があるというべきである。
そこで、本件についてこれを見るに、前記(四)の(1)の(イ)及び(五)の(1)の(イ)の各申告の場合、原告邦良が同人の昭和四六年分の所得について青色申告書の提出による所得税の確定申告をしたところ、被告はこれを受理しただけでなく、昭和四七年分から同五〇年分までの所得税についても同人に青色申告用紙を送付し、これに従つた同人の確定申告をいずれも受理するとともに、青色申告により計算された所得税額を収納してきたこと、貞道に対しては既に青色申告の承認がなされており、昭和二九年から同四五年分まで同人名義による青色申告を継続したがその間承認を取り消されるようなことがなかつたことはいずれも当事者間に争いがなく、しかも、<証拠略>によれば、昭和四六年以降も事業所得の形式上の名義が貞道から原告邦良に変わるだけでその経営実態や帳簿書類の整備保存態勢には何らの変化がなかつたことがそれぞれ認められる。したがつて、こうした特段の事情がある場合には、青色申告書を提出することについて新たに原告邦良名義の承認申請をしなかつたとしても必ずしも右青色申告制度の趣旨に背馳するとは考えられないから、被告が青色申告書による確定申告をいつたん受理した以上、単に原告邦良が自己名義による新たな青色申告書の提出についての承認申請をしていなかつたことだけで右青色申告の効力を否認するのは信義則に違反し許されないというべきである。
したがつて、被告が、原告邦良の昭和四八、四九年分の各所得税について、青色申告書による確定申告をいつたん受理しながら、後日、青色申告書による承認がなされていなかつたという理由だけで、右青色申告の効力を否定し白色申告とみなしたうえ、原告邦良に対し前記(四)の(1)の(ロ)及び(五)の(1)の(ロ)の各処分を行つたのは違法というべきであり、これを取り消すべきである。
三 以上のとおり、原告らの訴えのうち、貞道の昭和四六年分の所得についての(二)の(1)の(ロ)の処分のうちの(二)の(1)の(ハ)の処分の金額の範囲を超える部分の取消しを求める部分及び(二)の(1)の(ハ)の処分の取消しを求める部分は不適法であるからこれを却下し、貞道の昭和四六年分の所得についての(二)の(1)の(ロ)の処分のうちの(二)の(1)の(ハ)の処分の金額の範囲内の取消しを求める部分及び同人の昭和四七年分の所得についての(三)の(1)の(ロ)の処分並びに原告邦良の昭和四八、四九年分の各所得についての(四)の(1)の(ロ)及び(五)の(1)の(ロ)の各処分の取消しを求める部分は理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法九二条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 柴田和夫 寺尾洋 亀田廣美)
別表 <略>