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福岡地方裁判所 昭和53年(ワ)51号 判決 1979年5月31日

原告

中野秀美

ほか三名

被告

九州タクシー株式会社

ほか一名

主文

被告らは各自原告中野秀美に対し金九三一万九九四〇円及びこの内金八五一万九九四〇円に対する昭和五二年五月二五日以降、内金八〇万円に対する本判決確定の日の翌日以降各完済に至るまでいずれも年五分の割合による金員を、原告中野友恵及び原告中野貴世江に対しそれぞれ金九三一万九八四〇円及びこの内金八五一万九八四〇円に対する昭和五二年五月二五日以降、金八〇万円に対する本判決確定の日の翌日以降各完済に至るまでいずれも年五分の割合による金員を、原告中野夘三郎に対し金五〇万円及びこれに対する昭和五二年五月二五日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用は、これを二分し、その一を被告らの連帯負担とし、その余を原告らの連帯負担とする。

この判決の第一項は仮に執行することができる。

被告らにおいて、共同して、原告中野夘三郎に対し金二〇万円、その余の原告らに対しそれぞれ金四〇〇万円の担保を供するときは、右仮執行を免れることができる。

事実

(申立)

一  原告らは、「被告らは、各自、原告秀美に対し、金一七八三万〇九〇〇円、原告友恵及び同貴世江に対し、それぞれ金一七八三万〇八〇〇円、原告夘三郎に対し、金二〇〇万円及び右金員に対する昭和五三年四月一日以降完済に至るまでいずれも年五分の割合による金員を支払え。被告らは、各自、原告秀美、同友恵及び同貴世江に対し、それぞれ金二一八五万六六〇〇円に対する、原告夘三郎に対し、金四〇〇万円に対するいずれも昭和五二年五月二五日以降翌五三年三月三一日まで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求めた。

二  被告らは、それぞれ、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決及び被告ら敗訴の場合、仮執行免脱の宣言を求めた。

(主張)

一  原告らの請求の原因

1  身分関係

原告秀美は、中野和満の妻、原告友恵(昭和四七年三月二一日生)及び同貴世江(昭和五二年一一月五日生)は、同人の子、原告夘三郎は、同人の父である。

2  本件交通事故の発生

日時 昭和五二年五月二四日午前一時五五分頃

場所 春日市大和町五丁目三の二県道五号線路上

加害車 福岡五五い八二〇三(普通乗用車タクシー)(以下、「被告車」という。)

運転者 被告北原(被告会社運転手)

被害者 中野和満(当三四歳)

態様 被告北原は、被告車を運転して、県道五号線を二日市方面から井尻方面に向つて北進中、和満が自動車(以下、「原告車」という。)を右地点で道路の左側に片寄せて停車し、その車両の後部に立つていたのに自車前部を激突させて挾撃し、死亡させた。

3  被告らの責任原因

(一) 被告北原

同被告は、被告車を運行する以上、車の前方及び左右を注視し、進路の安全を確保して進行すべき業務上の注意義務があるのに、これを怠たり、反対車線側にある洗車のネオンにみとれて、漫然運行した過失により、前記場所に立つていた和満の発見が遅れ、約五メートルに接近した際はじめて気付いたため、ブレーキをふむこともなく、自車の前部を右和満に激突させて、和満をして同人の車両の後部と自車前部で挾撃し、即死させたもので、民法第七〇九条に基づく賠償責任がある。

その詳細は、次のとおりである。

(1) 県道五号線の上り車線は、道路左側から一・八メートルの歩道があつて、車道ふり一〇センチメートル位高くなつている。次いで、一・五メートルの二輪車通行帯がある。一般車道の幅員は、中央線まで四メートルある。和満は、原告車の車体右端を中央線から三・一メートル歩道寄りに停車させていた。原告は、ほぼ平行に、二輪車通行帯に跨つていた。

(2) 右道路は、時速四〇キロメートルに制限されている。被告北原は、時速約五〇キロメートルで北進中、原告車を約五八・九メートル手前で発見したが、減速することなく、そのまま約二七・四メートル進行した(原告車から約三一・五メートル手前)。その時、進行方向の左から右に向つて飛び出した和満を原告車から一・七メートル離れた車道上(中央線から一・四メートル)の地点に発見した。従つて、同被告は、同人の動向に注意して減速し、且つ、警笛を吹鳴するなどの方法によつて、同人に警告するとともに、被告車を右に転把するなどの方法によつて、停車中の原告車に追突しないよう安全運転をすべき義務がある。

(3) 同被告には、右前方にある洗車場のネオンに気を奪われ、前方を十分注視することなく、時速約五〇キロメートルのまま進行したため、あるいは、同被告が対抗車両に気を奪われたからであるとしても、前方注視を怠つた点に変りはないので、そのため、原告車後方に立つていた和満を前方約五・〇五メートルの地点に発見し、急制動をかけたが、及ばなかつたものである。

(二) 被告会社

(1) 被告会社は、被告車を所有し、被告北原を雇用して、タクシーによる旅客運送事業業営んでいるところ、同被告がその義務執行として被告車を運転していたものであるから、被告車を自己のため運行の用に供していたものとして、自動車損害賠償保障法三条に基づく賠償責任がある。

(2) 被告会社代表者棚町広次は、和満の葬儀後、原告夘三郎に対し、被告会社側の一方的過失であるから、損害賠償としては、原告らが請求する額を全額支払う旨確約した。

また、被告会社常務取締役棚町高は、原告夘三郎の女婿である田中昭憲に対し、前同様の確約をした。

4  損害

(一) 逸失利益

(1) 職業 会社役員(株式会社大正写真製版工芸所副社長)

事故前の月給 金三〇万円(昭和五二年一月昇給)

生活費 三五パーセント

一年間の純収入 二三四万円

稼動可能年数 三八年(三五歳から七二歳まで)

中間利息控除 新ホフマン係数(二〇・九七〇)による

逸失額 四九〇六万九八〇〇円

(2) 和満は、福岡大学を卒業すると同時に、右会社に入社した。右会社は、原告夘三郎(明治三四年一月一四日生)が昭和三年一一月に設立した。写真製版技術にかけては、九州でも一、二を争う優秀会社で、経営状況も好かつた。和満は、原告夘三郎の一人息子で、ほかに三人の姉妹がいるだけなので、数年前から右会社の副社長の重責にあつた。

原告夘三郎は、高齢であるところから、一、二年後には、経営のすべてを和満に譲つて、引退する予定であつた。そのため、九州では始めてという西独製ダイレクトスキヤナーを導入し、その技術を早急に和満に指導する計画を樹てていた。同原告は、現在、その後継者の選任に苦慮している。

和満は、右会社の後継者たる地位にあり、同原告から経営権を引き継いだ以上は、終生右会社の代表者として、その活動が期待されていた。同人は、小兵ながら、剣道五段のスポーツマンで、極めて健康であつた。昭和五〇年簡易生命表によれば、満三四歳の男子の平均余命は四〇年であるから、少くともそれまでは生存し得たものと推定されるが、本訴においては、一応七二歳までとして算定した。

同人の収人は、昭和五二年一月以降、賞与等を均等割した額を含めて、月額金三〇万円(年収三六〇万円)であつた。

(3) 原告らの相続

原告夘三郎を除くその余の原告らは、法定相続分により右逸失利益の三分の一である金一六三五万六六〇〇円をそれぞれ相続した。

(二) 精神的損害(慰藉料)

原告秀美は本件事故当時妊娠四ケ月の妊婦で、その六か月後に原告貴世江を出産するという悲運に逢つたものである。そして乳幼児二名をかかえての将来の苦労を思えば、その精神的苦痛は筆舌につくしがたいものである。また、原告友恵は、満五歳の幼児で父親を亡くし、原告貴世江に至つては、父死亡後の出生のため、生れながらの片親という逆境におかれている。原告夘三郎は、一人息子で、且つ、会社社長の後継者として嘱望していた和満を亡くして、その失望落胆は自分の片腕をもぎとられた思いである。原告らが受けた精神的損害を金銭的に評価すれば少なくとも、各自金四〇〇万円を下らない。

(三) 弁護士費用

原告らは、被告らが任意の賠償に応じないため、やむなく訴えを提起せざるを得ず、本訴を原告代理人に委任し、原告夘三郎を除いて、着手金として金一〇〇万円を支払うとともに、本判決の言渡しがなされた日に、日本弁護士連合会報酬等基準の範囲内で、謝礼金として金三五〇万円を支払う旨確約した。

5  原告らは、昭和五三年三月三一日、自動車損害賠償責任保険から金一四〇七万七三〇〇円を受領し、原告秀美が金四〇二万五七〇〇円、同友恵及び同貴世江が各金四〇二万五八〇〇円、同夘三郎が金二〇〇万円を右各損害金に充当したので、これを控除し、被告らに対し、原告秀美は、金一七八三万〇九〇〇円、原告友恵及び同貴世江は、それぞれ金一七八三万〇八〇〇円、同夘三郎は、金二〇〇万円と右各金員に対する昭和五三年四月一日以降完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求めるとともに、原告秀美、同友恵及び同貴世江は、各金二一八五万六六〇〇円に対する不法行為の後たる昭和五二年五月二五日以降翌五三年三月三一日まで、原告夘三郎は、金四〇〇万円に対する昭和五二年五月二五日以降翌五三年三月三一日以降完済に至るまでいずれも年五分の割合の遅延損害金の支払いを求める。

二  被告らの答弁

1  請求の原因1の事実は知らない。

2  同2の事実中原告車の停止状況及び和満が原告車の後部に立つていたことは否認し、その余の事実は認める。

3  同3について、

(一) 同3(一)冒頭の事実は否認し、主張は争う。

本件事故は、被告北原の過失によつて発生したものではない。

(1) 同(1)の事実は二輪車通行帯の幅員が一・五メートルであることは認めるが、その余の事実は否認する。

本件道路の幅員は、歩道が二・〇五メートル、側溝が〇・七五メートル、二輪車通行帯が一・五メートル、一般車道が三・四メートルである。原告車は、中央線に後尾を向け、歩道に対して斜めに停車していたのである。

(2) 同(2)の事実は争う。

原告主張の距離関係は、警察の捜査段階における被告北原の指示説明を基礎にしていると思われるが、瞬間的な出来事について、果して同被告の説明が寸分違わず正確なものかどうかは、甚だ疑問である。

(3) 同(3)の事実は否認する。

被告北原のように進行すると、洗車場のネオンは見えない。同被告は、和満が中央線に向つて、右斜め手前に歩いているのを発見したが、そのまま歩いて行けば、同人と原告車の間を通り抜けることができると考え、ハンドルを少し左に切つていたのを右に直して進行していたところ、同人が突然歩く方向を変え、向つて左斜め手前に歩いてきたので、遂に避けることができず、衝突した。同被告に過失はない。

本件事故は、和満の不注意によつて惹き起されたものである。即ち、同人は、三差路に不法にも駐車していたこと、しかも、道路に平行でなく、斜めであつたこと、原告車は尾燈をつけていなかつたこと、更に、道路中央へ漫然と歩いてきたうえ、方向を変えたことである。同人が何故そのような行動をとつたか、これを詳かにすることはできないが、同人は、夢遊病者のように無意識状態であつたか、あるいは、眠りが覚めず、朦朧としていたものと思われる。このことは、普通なら一時間半か二時間ですむような佐賀から本件事故現場まで、同人は、四時間も費しているし、原告車のボンネツトが冷えていたことから、途中又は本件事故現場で眠つていたとしか考えられない。

(二) 同(二)について

(1) 同(1)の事実は認める

(2) 同(2)の事実は否認する。

4  同4について

同(一)及び(三)の各事実は知らない。同(二)の事実は争う。

三  被告会社の抗弁

本件事故は、被告北原に過失がなく、むしろ、和満の不注意によるものであり、被告車には構造及び機能に障害はなかつた。その詳細は、既に答弁で述べたとおりである。

四  抗弁に対する原告らの認否

抗弁事実は争う。

なお、被告会社の主張する道路幅員は、昭和五二年一二月八日及び九日に行われた路面アスフアルト張替工事後のものであつて、本件事故当時のものではない。また、原告車の後部が損傷していることから考えても、原告車が斜めに停車した筈はない。

証拠〔略〕

理由

一  請求の原因2のうち、日時、場所、加害車、運転者、被害者及び被告北原が被告車を運転して県道五号線を二日市方面から井尻方面に向つて北進中、和満に自車前部を激突させて挫撃し死亡させたことは、当事者間に争いがない。

二  そこで、被告らの責任について検討する。

1  先ず、被告北原について

(一)  県道五号線の上り車線のうち二輪車通行帯の幅員が一・五メートルであつたことは、当事者間に争いがない。成立に争いのない甲第六号証、同第七号証の一乃至七、同第八号証の一、二、同第一二号証、同第二六号証、同第二八号証によれば、本件事故当時、県道五号線の上り車線は、アスフアルト舗装の平坦な道路で、帆員は、歩道二・〇五メートル(電柱があつて、有効幅員一・八メートル。)、二輪通行帯一・五メートル、一般車道四メートルであつて、歩道は、車道より四センチメートル位高くなつていたこと、深夜とはいえ、店舗の点灯や街路照明でやや明るく、南からの見通しはよかつたこと、被告車を追尾していた運転手は、被告車が時速四七キロメートルで本件事故発生まで真直ぐ進行し、減速もしていなかつたこと、本件事故直後、被告北原の指示した衝突地点まで被告車のスリツプ痕が直線で残つていたこと、原告車は、衝突地点から八・四メートル先の歩道に乗り上げ、工場に左前部を衝突して止つていたこと、被告車は、左前フエンダー、前ボンネツト、フロントグリルが凹損し、左前照灯が破損していたこと、原告車は、後部の中央から右側にかけて凹損していたことが認められる。この事実から、原告車は、その車体の右側部分を二輪車通行帯と一般車道を区分する線を跨ぐようにして停車していたところへ、原告車の左前部が真直ぐに衝突したものと認められる。甲第二三、第二四号証、第二七号証の記載中県道五号線の上り車線の距離が右認定と異るとの部分は、成立に争いのない甲第一七号証、前顕第二六号証によつて認められるように、本件事故後アスフアルト張替え及び線の引直しがあつた事実と対比して、採用することができない。

(二)  成立に争いのない甲第一八号証乃至同第二四号証、同第二九号証によれば、被告北原は、警察及び検察庁における捜査段階から公判にかけて、本件事故の状況を詳細に供述してきたが、その内容については、かなり変遷を重ねていることが窺われる。右証拠中、同被告が本件事故直前に左へ転把し、更に右へ転把したとか、原告車が後尾を中央線に向けて斜めに停車していたとかいう部分は、既に認定した事実と対比して、採用することができない。右証拠に、前顕各証拠を綜合すると、同被告は、原告車を約五八・九メートル手前で発見し、約一七・四メートル進行したところで原告車の右横一メートルあたりに和満の姿を見つけ、更に進行して衝突地点五・五メートル位手前で原告車後部のあたりに同人が立つているのを認めて急制動をかけたことが認められる。その間、同被告がどこを見ていたか、その供述の度に異るけれども、前方、殊に原告車や和満に対する注意を欠いていたことは、これを肯認することができる。甲第四号証の一、同第二三、第二四号証、同第二七号証、同第二九、第三〇号証の記載及び被告会社代表者棚町広次尋問の結果中本件事故が和満の一方的過失に基づくとの部分は、これを採用することはできない。

(三)  右事実によれば、本件事故につき、同被告の過失は明らかであるといわざるを得ない。従つて、同被告は、民法第七〇九条により、本件事故によつて生じた損害を賠償すべき義務がある。

2  次に、被告会社について

(一)  請求の原因3(二)(1)の事実は、当事者間に争いがない。

(二)  同被告は、免責を主張するけれども、本件事故が被告北原の過失に基づくものであること前示のとおりであるから、右主張を採用する余地はないといわなければならない。

(三)  従つて、被告会社は、被告車の運行供用者として、自動車損害賠償保障法第三条により、本件事故によつて生じた損害を賠償すべき義務がある。

三  次に、損害について検討する。

1  和満の逸失利益について

(一)  成立に争いのない甲第一、第二号証、同第一三号証、同第二五号証、同第三三号証に原告中野夘三郎本人並びに原告本人兼原告中野友恵及び同貴世江法定代理人中野秀美各尋問の結果を綜合すると、和満は、昭和一七年七月一八日生で、昭和四〇年福岡大学を卒業するとともに、父中野夘三郎(明治三四年一月一四日生)の経営する株式会社大正写真製版工業所に入社し、昭和四八年から取締役副社長となり、近いうちに、高齢の父の跡を襲つて、同社の経営を継ぐことになつていたこと、また、小柄ではあるが、剣道五段で、極めて健康であつたこと、収入は、一か月金二三万円を得ていたが、昭和五二年一月から一か月金三〇万円となつたこと、家庭は、妻である原告秀美と長女である原告友恵(昭和四七年三月二一日生)、本件事故後出生した二女である原告貴世江(昭和五二年一一月五日生)がいることを認めることができる。

右事実を基にして、和満の逸失利益を算定すると、年収金三六〇万円、生活費控除三五パーセント、三五歳から七二歳までの三八年を就労可能と見るのが相当であるから、ライプニツツ方式による年金的損害額の現在価額を計算すると(年間純収入金二三〇万円に係数一六・八六七八九二七一を乗ずる。)、金三八七九万六一五三円となる。

(二)  ところで、前示の被告北原の過失の認定に供した証拠を綜合すると、本件事故地点は、終日駐車を禁止されている道路であるが、和満は、深夜、車の往来の少い時間であつたとはいえ、右道路に原告車を駐車して自動車から離れ、しかも、後尾の車幅燈を点燈していなかつたことが認められる。右事実からすれば、和満の右のような行動が本件事故を招いた一半の原因をなしていたと見られるので、損害算定にあたつては、これを考慮すべきである。被告北原の重大な過失と対比するとき、和満の右逸失利益額の五分の一を減ずるのを相当と認める。そうすると、それは、金三一〇三万六九二二円となる。

(三)  前示のとおり、原告秀美は和満の妻、原告友恵及び同貴世江は子であるから、同原告らは、それぞれその三分の一である金一〇三四万五六四〇円宛を相続したといわなければならない。

2  慰藉料について

原告らの身分関係、年齢、家庭状況、本件事故における過失割合は、既に見たとおりであり、その他本件に現われた一切の事情を斟酌すると、原告らそれぞれ金二五〇万円を相当と考える。

3  原告らが自動車損害賠償責任保険から金一四〇七万七三〇〇円を受領し、原告秀美が金四〇二万五七〇〇円、原告友恵及び同貴世江が各金四〇二万五八〇〇円、原告夘三郎が金二〇〇万円を各自の損害金に充当したことは、原告らの自陳するところであるから、右各損害金からこれを控除すると、原告秀美は、金八五一万九九四〇円、原告友恵及び同貴世江は、それぞれ金八五一万九八四〇円、原告夘三郎は、金五〇万円となる。

4  原告らが原告ら訴訟代理人に本件訴訟の追行を委任していることは明らかであり、前掲各証拠から窺われる本訴提起に至る経緯、本件訴訟の難易、認容額等一切の事情を綜合すると、被告らの不法行為と相当因果関係に立つ損害としての弁護士費用は、原告秀美、同友恵及び同貴世江につき、それぞれ金八〇万円をもつて相当と認める。

三  よつて、被告らは、各自、原告秀美に対し、金九三一万九九四〇円とこの内金八五一万九九四〇円に対する本件不法行為の後たる昭和五二年五月二五日以降、内金八〇万円に対する本判決確定の日の翌日以降各完済に至るまでいずれも民法所定年五分の割合による遅延損害金を、原告友恵及び同貴世江に対し、それぞれ金九三一万九八四〇円とこの内金八五一万九八四〇円に対する昭和五二年五月二五日以降、内金八〇万円に対する本判決確定の日の翌日以降各完済に至るまでいずれも年五分の割合による遅延損害金を、原告夘三郎に対し、金五〇万円とこれに対する昭和五二年五月二五日以降完済に至るまで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、原告らの本訴請求は、右の限度で理由があるから、これを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行及びその免脱の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 富田郁郎)

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