福岡地方裁判所 昭和54年(ワ)1613号 判決 1980年11月04日
原告
末松昭次郎
被告
松尾勝吾
主文
一 被告は、原告に対し、金二、三四七、六一一円及び内金二、一三七、六一一円に対する昭和五一年七月一〇日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用はこれを五分し、その二を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。
四 この判決は第一項に限り仮に執行することができる。
ただし、被告において金七〇万円の担保を供するときは右仮執行を免れることができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は原告に対し、金五、七二七、二二九円及び内金五、三二七、二二九円に対する昭和五一年七月一〇日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 1項につき仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 仮執行免脱宣言。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 事故の発生
原告は、左の交通事故(以下、本件事故という)によつて受傷した。
(一) 発生日時 昭和五一年七月一〇日午前八時二五分ころ
(二) 場所 筑紫郡太宰府町大字通古賀二八二の七先路上
(三) 加害車 普通乗用自動車(福岡五六ふ五六〇二号)
右運転者 被告
(四) 被害車 自動二輪車(太宰府町か六〇八)
右運転者 原告
(五) 態様 加害車が事故現場で右折を開始したところ、対向二輪車線を直進して来た被害車の右側部に加害車の前部中央部が衝突した。
2 責任原因
被告は、前記加害車を所有し、自己のために運行の用に供していたので、自賠法三条に基づき原告に生じた後記損害を賠償する義務がある。
3 損害
本件事故により原告は、右下腿骨々折、右脛骨関節内骨折、右膝外側半月板損傷、右膝足関節拘縮等の傷害を受け、その治療のため昭和五一年七月一〇日から昭和五三年四月八日までの間に合計三四八日間入院し、昭和五二年六月九日から昭和五三年六月三〇日までの間に総治療実日数一四日の通院をし、右膝関節、足関節に、自賠責後遺障害等級一一級(一二級七、一二号合併)に該当する後遺症を、その他に右下肢一センチメートル短縮の後遺症(一三級九号)を残すに至つた。これにより、原告の被つた損害額は次のとおりである。
(一) 治療関係費 四、四八六、一九〇円
(1) 治療費 四、一七八、六九〇円
(2) 諸雑費 二四八、二九〇円
入院雑費 一七三、五〇〇円(一日五〇〇円×三四七日)
医師等謝礼 七四、七九〇円
(3) 交通費 二八、二一〇円
(4) 文書料 三一、〇〇〇円
(二) 破損、修理代 四四、八〇〇円
(1) バイク修理 三四、八〇〇円
(2) ズボン靴破損 一〇、〇〇〇円
(三) 逸失利益
(1) 給与等減額 九八〇、六四四円
原告は、太宰府町立学業院中学校の教諭であるが、本件事故による負傷の治療のため休職、欠勤を余儀なくされ、昭和五一年一二月から昭和五二年一二月までの間に右休職、欠勤が無かつたとすれば合計三、九〇八、一二八円の給料諸手当の支給を受け得たのに、右同時期に現実には休職等による減額で計金二、九二七、四八四円の支給しか受け得なかつた。
したがつて、原告は右得べかりし金額から現実の受給額を差し引いた九八〇、六四四円を逸失した。
(2) 昇給延伸による給与差額 六七八、八九三円
原告は、福岡県公立学校職員の給与に関する条例、福岡県公立学校職員の教育職給料表及び医師職給料表の適用範囲に関する規則による教育職給料表(三)所定の給料、教職員調整額、調整手当、扶養手当及び福岡県公立学校職員の義務教育等教員特別手当に関する規則所定の教員特別手当を毎月受給するほか、期末手当として毎年三月に右合計額の〇・五か月分、六月に一・四か月分、一二月に二か月分を、勤勉手当として毎年六月に同じく〇・五か月分、一二月に〇・六か月分を在職中受給することができ、また原告を含む福岡県公立学校職員は、毎年少なくとも一回一号俸昇給し、満五八歳となつた年の年度末に勧奨退職するのが通例となつている。
ところで、原告は、本件事故後の昭和五一年一〇月一日に二等級二二号俸となつたが、本件事故による休職等のため次期昇給予定の昭和五二年一〇月一日を六か月間延伸され、昭和五三年四月一日に二等級二三号俸に昇給し、その結果同日二四号俸に、昭和五四年四月一日二五号俸に各昇給すべきところ、それぞれ六か月遅れて昇給した。そして、原告は、昭和五五年以降毎年一月一日(ただし、昭和七〇年に限り七月一日)一号俸昇給を予定されていたが、前記昇給延伸に伴い、右各昇給予定日が六か月間遅延することになり、これは原告が五八歳で退職する昭和七〇年まで継続し、回復されることはない。
よつて、原告は、右退職予定日までの各年、右昇給遅延の六か月間につき給与、諸手当等の差額分を逸失したことになるから、将来の分については昭和五二年の給与表等に基づき複式ホフマン方式により現価を算出し合計すれば、別紙差額計算書記載のとおり六七八、八九三円となる。
(3) 退職年金差額 五八、七六〇円
原告は、退職後満六〇歳となる昭和七二年五月から退職年金を受給できるが、前記昇給延伸がなかつた場合の年金額は、二一七九、二九一円、現実の受給額は二、一六九、三九五円の予定であり、その差額は九、八九六円となるから、六〇歳から七四歳(昭和五〇年簡易生命表四〇歳平均余命)までの間毎年右額を逸失することになる。その昭和五二年一〇月一日における現価をホフマン方式で算出すると五八、七六〇円となる。
(4) 労働能力低下による逸失利益 二、七九六、六三二円
原告は、前記のとおり自賠責後遺障害等級一一級に該当する後遺症を有し、これは一生継続する見込であるから、これにより少くとも労働能力の二〇パーセントを喪失したものである。原告は、新制大学卒業者であり、就労可能年数が六七歳であるから、昭和五〇年賃金センサスに基づいて年間給与額を五九歳四、四九〇、三〇〇円、六〇歳から六七歳まで三、三四五、〇〇〇円として、ホフマン方式で、原告が本件事故による労働能力喪失によつて被つた退職後の逸失利益の現価を計算すると標記額となる。
(四) 慰藉料 三、二〇〇、〇〇〇円
原告は、本件事故による負傷で長期の入通院治療を余儀なくされ、給与の減額、昇給延伸を受けたほか、前記後遺症のため教師としての活動範囲が制約される等多大の精神的苦痛を被つた。これら諸般の事情を斟酌すると慰藉料は、金三、二〇〇、〇〇〇円が相当である。
(五) 弁護士費用 四〇〇、〇〇〇円
被告が、本件につき原告に支払うべき弁護士費用は四〇、〇〇〇円が相当である。
4 損害の填補
原告は、公務員災害保障基金から八一〇、九九九円、任意保険から二、三九二、三三一円、自賠責保険から三、一三三、七〇〇円、被告から五八一、六六〇円の合計六、九一八、六九〇円の支払を受けた。
5 結論
よつて、原告は被告に対し、金五、七二七、二二九円及び内弁護士費用を除く金五、三二七、二二九円に対する本件事故発生の日である昭和五一年七月一〇日から支払ずみに至るまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1、2の事実は認める。
2 同3の事実のうち本文及び(一)は認め、(二)及び(三)の(1)、(2)、(3)は不知、(三)の(4)は否認し、(四)、(五)は争う。
原告は、国語科を担当する教師であり、退職後に再就職するとしてもその職種は精神労働の分野に限られるから、原告の後遺症により逸失利益を生ずることはないというべきであり、かつ右後遺症による労働能力低下は、その部位、程度、原告の年齢等を考慮しても一〇年間を超えて存続することはないと考えられるから、いずれにしても原告主張の労働能力低下による逸失利益は存在しない。
3 同4の事実は認める。
三 抗弁(過失相殺)
本件事故現場は、国道三号線と幅員三・三米の道路とが交差する信号機のない交差点上である。
国道上を直進していた被告運転車両は、現場付近で右折のため中央線に寄り待機していたところ、渋滞していた対向車線を走行していた大型トラツクが停止して被告のため道を譲つたので、被告が右折を開始した。一方、原告は、右大型トラツクの左側に設けられた二輪車線を単車で走行していたもので、原告が前方を注視していれば、自己の右前方を走行中の車両が停止したことから当然自己の前方を横切つて右折する車両のあることは予見できたものである。
したがつて、このような注意義務を怠つた原告はその損害の発生に少くとも三割の過失があつたというべきであるから、損害賠償額の算定にあたりこれを斟酌すべきである。
四 抗弁に対する認否
否認する。
第三証拠〔略〕
理由
一 事故の発生及び責任原因
請求原因1、2の事実は当事者間に争いがない。
したがつて、被告は、自動車損害賠償保障法三条により、本件事故による原告の損害を賠償する責任がある。
二 損害
本件事故によつて、原告がその主張どおりの傷害を負つて入通院治療をし、後遺症を残している事実は、当事者間に争いはない。
1 治療関係費
請求原因3の(一)の事実は当事者間に争いがなく、原告は本件事故による治療関係費として四、四八六、一九〇円の損害を受けたことが認められる。
2 破損、修理代
原告本人尋問の結果及びこれによつて真正に成立したことが認められる甲第一五、第一六号証によれば、本件事故によつて原告のバイク及びズボン、靴が破損し、バイク修理代として三四、八〇〇円、ズボン、靴の代価として一〇、〇〇〇円を要し、計金四四、八〇〇円の損害を被つた事実が認められる。なお、右のうちバイク修理代は自賠法三条の責任の範囲外の損害と解されるが、原告はこの点について予備的に民法七〇九条による責任を主張するものと解され、本件事故につき被告に過失の存することは後記するところで明らかであるから、右修理代も損害として肯認できる。
3 逸失利益
(一) 給与等減額
成立について争いのない甲第一三、第一四号証及び原告本人尋問の結果によれば、請求原因3の(三)、(1)の事実を認めることができ、原告は、本件事故に基づく休職欠勤による給与等の減額により金九八〇、六四四円を逸失したことが認められる。
(二) 昇給延伸による給与差額
成立に争いのない甲第一二、第一七号証及び原告本人尋問の結果を総合すると、原告は、昭和五一年一〇月一日に福岡県公立学校職員の教育職給料表及び医師職給料表の適用範囲に関する規則(昭和三二年八月一日福岡県人事委員会規則第六号)の教育職給料表(三)の二等級二二号俸に昇給したが、本件事故による休職のため次期昇給予定日である昭和五二年一〇月一日を六か月間延伸され、昭和五三年四月一日に二等級二三号俸となつたこと、原告を含む福岡県公立学校職員は、休職等の特別の事情の存在しないかぎり、毎年一回一号俸昇給するのが通例となつているが、原告の右六か月間の昇給延伸は将来にわたつて次期昇給日を順次六か月間延伸させることが予測され、この事態は原告が現職を継続するならば通常の勧奨退職年齢である満五八歳に達する年まで続くものであること、以上の事実を認めることができ右認定に反する証拠はない。
右によれば、原告は右昇給延伸により、昭和五二年から満五八歳に達する昭和七〇年まで毎年六か月間について従前の給与額(本俸を基準として算定される諸手当を含む)と昇給により得べかりしそれとの差額を逸失することが相当程度の蓋然性をもつて予測されるから、右差額は本件事故による損害として肯認すべきである。
そこで、右損害額を検討するに、前記甲第一七号証によれば、原告に適用される現在の給与体系を前提として算出した給料及び諸手当の通常額と延伸額及びその差額は、別紙差額計算書の各該当欄記載のとおりであることが認められ、昭和五五年度分以降の差額についてホフマン方式によつて現価を算出して合計すると、同計算書のとおり六七八、八九三円となる。
(三) 退職年金差額
地方公務員等共済組合法七八条によれば、原告の退職年金額は、原則として退職前一年間の給料額を基礎として算出されるものであるところ、前記のとおり原告がその昇給を順次六か月間延伸されること及び福岡県公立学校職員が毎年一回一号俸昇給するのが通例であることを前提とすれば、原告が退職後に受給する退職年金額は、右昇給延伸が存在しなかつた場合に較べて、その基礎となる退職前一年間の給料のうち六か月分に差異が生じ、その差異に応じて右年金額の差額が生じることになり、この差額も右昇給延伸によつて生じた損害というべきである。
そして、前記甲第一七号証及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、昭和三七年四月に教諭となつたものであり、原告の勧奨退職年齢に達する昭和七〇年における現在の給与体系上の昇給前と後の給料の差異は一か月二、六〇〇円であることが認められるから、地方公務員等共済組合法七八条に則り退職時の勤続年数三三年として右時点での退職年金の差額を算出すると、次のとおり年額で九、二八二円となる。
2600×6×(40/100+1.5/100×13)=9282
そこで、同法によれば、退職年金の受給資格は満六〇歳から生じるから、原告が満六〇歳となる昭和七二年から平均余命の満七四歳に達する昭和八六年までの間毎年右金額を逸失するものとしてホフマン方式により昭和五二年における現価を算出すると、次のとおり五五、一一四円となる。
9282×5.9378=55114
なお、原告は、退職年金差額による逸失利益を五八、七六〇円と主張するが、右認定の金額を超える損害を認めるに足りる証拠はない。
(四) 労働能力低下による逸失利益
原告が、自賠責後遺障害等級一一級に該当する後遺障害を有することは既に認定したとおりであり、原告は右後遺障害により現職を退職する予定の昭和七一年以降、得べかりし収入の二〇パーセントを逸失したものと認められる。この点につき、被告は原告の職業及び右後遺障害の存続期間等から逸失利益が存在しないと主張するが、原告本人尋問の結果によれば、原告が退職年齢に達して現在の職業を退職した場合に、どのような職に就くかは現段階では全く未定であることが認められ、原告の長年の教諭経験を考慮しても、右後遺障害の存在が影響を及ぼさない職業に再就職できるものと直ちに推測することは困難というべきであるし、右後遺障害が一定期間の経過により消失することを窺わせる適確な証拠も存在しないから、被告の右主張はいずれも採用できない。
そこで、原告の右後遺障害による逸失利益の額を検討するに、原告の就労可能年数を満六七歳に達する昭和七九年までとし、昭和五一年度賃金センサスの新制大学卒業男子労働者産業計企業規模計収入額(五九歳で年額四、六四〇、九〇〇円、六〇歳以降三、四七三、一〇〇円)を基礎として、ホフマン方式により本件事故時である昭和五一年の現価を求めると次のとおり二、六二九、四二八円となる。
(4,640,900×0.5000+3,473,100×3.1173)×0.2=2,629,428
(ホフマン係数17.2211-14.1038=3.1173)
原告主張額中、右認定額を超える損害を認めるに足りる証拠はない。
4 慰藉料
本件事故の態様、原告の受傷の部位、程度、治療経過、後遺障害の内容、程度等諸般の事情を考えあわせると、原告の慰藉料額は三、二〇〇、〇〇〇円とするのが相当である。
三 過失相殺
成立に争いのない甲第一ないし第六号証、乙第三、第四号証及び原告、被告各本人尋問の結果によれば、本件事故現場は、車道の幅員約一〇メートルの国道三号線と幅員約三・三米の道路とが交差する信号機のない交差点上であり、右国道には幅員約一・三米の二輪車線が設けられていること、被告は、普通乗用車を運転して右国道上を直進していたが、現場の交差点で右折のため中央線に寄り一時停止し、渋滞中の対向車線を走行していた大型トラツクが停止して進路を譲つてくれたため、右大型トラツクの前方を時速約一〇kmで右折を開始して約二・八米進行したところ、大型トラツクの左側に設けられていた二輪車線を時速約三〇キロメートルで走行してきた原告の単車を発見し、ブレーキを踏んだが間に合わず、右原告車両の右側部に衝突したこと、他方、原告は、二輪車線を走行中に左前方に進入道路があることに気がつかず、衝突地点の直前で被告車を発見するまで特に減速等の措置を講じてはいなかつたこと、以上の事実を認めることができ、これを覆えすに足りる証拠はない。
右認定事実によると、本件事故の主要な原因が被告の右折時の対向車に対する安全確認の欠如という過失にあることは明らかであるが、他方、原告も渋滞中の交差点に、停止車両の側方を通過して進入する場合には、右折する対向車の存在について細心の注意を払うべきであり、かつ状況に応じて適度の減速をすべきであるのにこれを怠つた過失があるものといわざるを得ない。
よつて原告の右過失を本件損害賠償額の算定にあたつて斟酌することとし、その程度は、前記事故の状況、進入道路の幅員、被告の過失内容等を考慮し、前記損害額の合計金額から二五パーセントを減ずるのが相当である。
そこで、被告が負担すべき損害金額は前記の損害金額から二五パーセントを減じた九、〇五六、三〇一円となる。
四 損害の填補 六、九一八、六九〇円
原告が標記額の支払を受けた事実は、当事者間に争いがない。
五 弁護士費用
原告が、その訴訟代理人に委任して本件訴訟を追行していることは明らかであるから、本件訴訟の経過、認容額等を考慮すると、弁護士費用のうち本件事故による損害は、二一〇、〇〇〇円とするのが相当である。
六 結論
以上の事実によれば、被告は、原告に対し、金二、三四七、六一一円及びうち弁護士費用を除く金二、一三七、六一一円に対する本件事故発生の日である昭和五一年七月一〇日から支払済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。
よつて、原告の本訴請求は、右の限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行及びその免脱の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 寺尾洋)
差額計算書
<省略>