福岡地方裁判所 昭和54年(行ウ)3号 判決 1980年3月04日
原告 松見俊信
被告 九州大学教養部長
代理人 上野至 宮川政俊 ほか六名
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告が原告に対して、昭和五三年一二月五日に、同年九月三〇日付をもつてなした除籍処分は、これを取消す。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 処分の存在
原告は、九州大学教養部に在籍する者であつた。被告は、昭和五三年一二月五日に原告に対して、同年九月三〇日付をもつて除籍処分(以下「本件除籍処分」という。)をした。
2 本件除籍処分に至る経緯
(一) 原告は、昭和五〇年三月大分県立舞鶴高等学校を卒業し、同年四月九州大学法学部に入学した。
九州大学法学部の修業年限は四年である。そのうち当初の一年六月を教養課程として教養部において履修し、右課程を終了した後、学部に進学して、二年六月を専門課程として履修することになつている。
(二) ところで、原告は、昭和五一年九月と同五二年九月の二回にわたり、履修単位不足により学部に進学することができず、いわゆる留年となつた。教養部における在学期間の限度が三年六月であるため、原告が学部へ進学するには、昭和五三年九月三〇日までに教養課程において修得を要する五五単位を修得しなければならないが、原告にはそれが可能な状況にあつた。
(三) 原告は、昭和五三年二月六日新東京国際空港開港阻止闘争に参加して逮捕され、同月二八日千葉地方裁判所へ身柄勾留のまま起訴された。右勾留は、昭和五三年九月二〇日保釈されるまで続いた。
(四) 原告は、右起訴と同時に、原告の父である松見時也に対して、休学願を九州大学に提出するよう依頼した。松見時也は、同年四月二三日、原告を代理して、原告の指導教官である斉藤文男を通し、被告に対し、向こう一年間の休学願書(以下「本件休学願」という。)を提出した。
(五) ところが、被告は、本件休学願に対して一向に許否の決定をせず、同年九月二〇日に至り、ようやく休学願を受理できない旨(以下「本件休学願不許可」という。)の通知を発した。
その後、被告は、原告に対し、自主退学の勧告をしていたが、原告がこれに応じなかつたため、本件除籍処分をした。
3 本件除籍処分の違法性
(一) 九州大学における休学制度
九州大学における休学制度は、九州大学通則(以下「通則」という。)に規定されており、それによれば、次のとおりである。
(1) 疾病又は経済的理由のため二ヶ月以上修学できない場合は、学部長の許可を得て、その学年の終りまで休学することができる(通則二一条一項)。
(2) 前項の外、特別の事情があると認められたときは、学長は、学部長の申請により、休学を許可することがある(同二一条二項)。
(3) 休学した期間は在学期間に算入しない(同二四条)。
(4) 休学期間は教養課程においては、一年六ヵ月をこえることができない(同二五条、四条)。
(二) 裁量権逸脱による本件休学願不許可の違法
原告が教養課程において修得を要する単位、現在修得している単位及び今後修得を要する単位は、別紙記載のとおりである。
原告は、現在一八単位を修得しており、教養課程において修得すべき残りの三七単位を一学期間で取得することは、時間割上、充分可能である。
したがつて、被告が原告の本件休学願に対して通則二一条二項に照らし、特別の事情ありと認め学長に対して休学許可の申請をなすべきであるのに、これをなさなかつた点において、本件休学願不許可は、裁量権を逸脱した違法がある。
(三) 決定、通知の遅延による本件休学願不許可の違法
被告が本件休学願不許可を原告に通知したのは、昭和五三年九月二〇日であつた。これは、本件休学願の願出より五か月程経過してからであり、しかも在学期間満了の日のわずか一〇日前であつた。このように、原告において他に手段を取り得ない程長期間許否の決定を遅らせたことは決定手続において違法であり、その違法により、本件休学願不許可も違法となる。
(四) したがつて、本件休学願不許可は違法無効であり、その結果なされた本件除籍処分は違法である。
4 よつて、原告は、本件除籍処分の取消を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2(一) 同2(一)の事実は認める。
(二) 同2(二)の事実は認める。
(三) 同2(三)の事実のうち、保釈の事実は知らないが、その余の事実は認める。
(四) 同2(四)の事実は認める。
(五) 同2(五)の事実のうち被告が本件休学願に対して一向に許否の決定をしなかつた事実は否認し、その余の事実は認める。
3(一) 同3(一)の事実は認める。
(二) 同3(二)のうち、原告が教養課程において修得を要する単位、既に修得した単位及び今後修得を要する単位が別紙記載のとおりであることは認めるが、その余の主張は争う。
(三) 同3(三)のうち、本件休学願不許可通知が昭和五三年九月二〇日になされ、これが在学期間満了の日の一〇日前であつたことは認めるが、その余の事実及び主張は争う。
(四) 同3(四)の主張は争う。
三 被告の主張
1 本件休学願不許可の正当性
(一) 休学許否の判断は、司法審査の対象外である。
休学申請を認めるか否かの決定は、大学の内部的問題として教育上の見地からなされるもので、優れて専門的な教育上の措置である。特に、通則二一条二項にいう「特別の事情」の有無を認定することは、まさにそうである。本件においては、在学期間の限度と関連し、ひいては除籍処分とも関連するとはいつても、一般的には、当然に、一般市民法秩序と直接の関係を有するものではないから、その決定は純然たる大学内部の問題として大学の自主的、自律的な判断に委ねられるべきものである。その当否は、裁判所の司法審査の対象にはならないものと解される。
(二) 本件休学願不許可における裁量の正当性
(1) 通則二一条二項にいう「特別の事情」の意義
本来、休学とは、学生が疾病又は経済的な理由その他の理由により修学を継続することが困難なとき、一定期間、学生としての義務を一部免除し、その期間終了後再び勉学に復し、修学の目的を達することを期待される場合に、学部長もしくは教養部長(通則二一条一項)又は学長(同条二項)が許可する一種の救済措置である。同条二項にいう「特別の事情」とは、例えば、受入先の明らかな語学研修、海外事情の研究・調査、農業実習等を理由とする海外渡航、正規に勉学を継続することが極めて困難な家庭事情が認められる場合のように、あくまで学生が再び学業に復帰し、所期の修学目的を達することが期待され、またそのために休学することが必要かつ有意義であると判断されるような事情である。
(2) 通則二一条二項による休学許可の判断
通則二一条一項に規定する疾病又は経済的理由に基づく休学は、その要件を充すかぎり、学部長はこれを許可するのが原則であるが、同条二項の休学は、前記のような休学制度の趣旨に基づき、具体的事例に応じて、教育的立場から学部長がその必要性を判断して、申請するか否かを決し、さらに、学長が申請に基づき休学を許可するか否かを決するものであつて、これらの判断はあくまで学部長及び学長の自由裁量によるものである。
(3) 原告の場合、「特別の事情」に該当しない
原告は、昭和五三年二月六日新東京国際空港開港阻止闘争に参加して逮捕され、同月二八日身柄拘束のまま、凶器準備集合、公務執行妨害、傷害、火炎びん処罰法違反の各罪で起訴された。
かように、罪を犯して起訴され、勾留された場合が、通則二一条二項の「特別の事情があると認められたとき」に該らないことは明白である。
(4) 修学目的達成の可能性
原告は、昭和五〇年四月入学以来昭和五三年三月までの在学期間三年の間において、進学に必要な単位五五単位中、わずか一八単位を修得していただけであるから、残りの三七単位を一学期間で取得することは不可能といえる。仮に時間割上は三七単位を取得する時間割作成が可能であるとしても、それでは教養部教育の本旨に従つた学習、修学は不可能である。
(5) したがつて、被告が本件休学願を認めなかつたことは相当であり、何ら裁量権を逸脱するものではない。
(三) 本件休学願不許可通知の時期について
原告は昭和五三年二月六日に逮捕され、その後同年九月二〇日まで身柄を勾留されていたというのであるから、被告が直ちに休学不許可の通知を出したとしても、原告において他に特別の手段をとりうるというものではなく、出願より五か月足らず経過して本件休学願不許可の通知がなされたことによつて原告に特別の不利益を与えたということはできないし、仮になんらかの不利益があつたとしても、そのことが本件休学願不許可の違法事由となるものでもない。
2 本件除籍処分の正当性
被告が原告の本件休学願を認めなかつたことは正当であるから、通則一八条の二によつて教養課程におる在学期間の限度が三年六月と定められているので、原告は、昭和五三年九月三〇日をもつてこの在学期間を満了した。したがつて、原告は通則二六条に定める「成業の見込みがないとき」に該当するので、除籍処分にしたものである。
なお、同条にいう「成業の見込みがないとき」とは、通則一八条の二に定める在学期間の限度内において所定の単位を履修取得する見込みがないときを意味することは明らかである。
したがつて、本件除籍処分は正当である。
四 被告の主張に対する原告の反論
1 被告の主張1の(一)は争う。
2 本件休学願不許可における裁量について
(一) 通則二一条二項にいう「特別の事情があると認められたとき」に該当するか否かは、具体的事例に応じて、教育的立場から判断すべきものであつて、その判断材料として、本人の意欲、学業達成の可能性等が検討されなければならない。そして、教育的立場からすれば、休学してもなお進級や卒業の見込みがないなど真に己むを得ない場合にだけ休学を不許可とすべきであつて、原則的には休学は許可されるべきである。
(二) 逮捕勾留されたために休学願が提出された場合にも、学業達成の可能性があるかぎり、休学を許可すべきである。
3 本件休学願不許可通知の時期について
右通知が本件休学願提出後直ちに出されたとすれば、原告は、保釈のため強力に努力するなどの方策も講じられたはずであり、右通知の遅れが原告に不利益を及ぼしたことは明らかである。
第三証拠 <略>
理由
一 請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。
二 原告は、本件除籍処分固有の違法を主張立証せず、その前提であるとして本件休学願不許可の違法を主張する。本件休学願不許可と本件除籍処分とは、連続する二つ以上の行為が結合して一つの法律的効果の発生を目指しているとはいえないので、本件休学願不許可の違法がそのまま直ちに本件除籍処分に承継されるということはできないけれども、少くとも両者は密接に関連しており、前者が後者につながるものというべきであるから、まず、本件休学願不許可について検討する。
1 請求原因2(一)、(二)及び(四)の各事実、同(三)の事実のうち保釈の事実を除くその余の事実、同(五)の事実のうち被告が本件休学願に対して一向に許否の決定をしなかつた事実を除くその余の事実並びに同3(一)の事実は、いずれも当事者間に争いがない。
学校教育法施行規則四条一項六号によれば、学校はその学則中休学に関する事項を定めるものとされ、同規則六七条では、学生の休学は教授会の議を経て学長がこれを定めるものと規定されている。九州大学においても、これを受けて、前記の様に通則に休学制度を規定していると見られる。
大学における休学とは、学生に修学を継続することが困難な事由の存するとき一定期間学生としての義務の一部を免除し、その期間終了後再び勉学に復することによつて修学の目的を達成することが期待される場合に、学部長又は学長の許可により認められる長期欠席であるといえよう。休学制度の運用は、学校教育上の措置の一つとして、大学の自主的、自律的判断によるべきものであるから、学校教育法施行規則も、休学の要件、手続、効果についての内容を各大学の自律に委ねたものである。一方、休学は、学生から見れば、修学困難な事情があつて、そのままであれば学生としての地位を失う可能性が強い場合、これを避けるために設置された教育上の救済制度であるから、国公立の大学において、大学が休学を許可しないことは、実質的にみて、一般市民としての学生に大学の利用を拒否する結果に導くことにほかならず、この意味において、学生が一般市民として有する公の施設を利用する権利を侵害する虞れがある。したがつて、本件休学願不許可に関する争いは、司法審査の対象になるものと解するのが相当である。
2 本件除籍処分の前提をなす本件休学願不許可が適法であるかどうかの判断をするに際し、被告が教育専門的見地から当然に有する裁量権は十分尊重されるべきであり、したがつて、被告の裁量権の行使が社会観念上著しく妥当性を欠くとか、裁量権を濫用したと認められる場合にのみ、その処分を違法というべきである。
原告は、本件休学願が通則二一条二項にいう「特別の事情があると認められたとき」にあたるから、被告が本件休学願に基づいて学長に対して休学許可を申請すべきであつたと主張する。通則二一条二項にいう「特別の事情があると認められたとき」とは、前記休学制度の趣旨及び通則規定の文理から考えて、少くとも、同条一項に規定する「疾病」や「経済的理由」と同視しうるような、学生が修学を継続することが困難な理由があり、しかも学生が再び学業に復帰して所期の修学目的を達することが相当程度期待される場合をいうと解すべきである。
これを本件について見るに、原告が教養課程において修得を要する単位、現在修得している単位及び今後修得を要する単位が別紙記載のとおりであることは当事者間に争いがなく、また、前示の争いのない事実、<証拠略>を総合すれば、次の事実が認められる。
(一) 原告は、昭和五〇年四月九州大学入学以来、大学内外を問わず政治活動に参加し、昭和五三年二月六日新東京国際空港開港阻止闘争に参加し、いわゆる横堀要塞事件において公務執行妨害罪の容疑で逮捕され、ついで同月二八日に勾留中のまま公務執行妨害、兇器準備集合、傷害、火炎びんの使用等の処罰に関する法律違反の各罪で千葉地方裁判所に起訴された。
(二) 被告は、千葉地方検察庁検察官作成の九州大学学長に対する昭和五三年二月一四日付捜査関係事項照会書によつて、原告が逮捕されたことを知り、また、文部省大学局長作成の九州大学長に対する同年五月三一日付「学生の起訴者について(通知)」と題する書面によつて、原告が前記罪名で起訴されたことを知つた。
(三) 原告の父時也は、九州大学に対する原告の保証人でもあるが、勾留中である原告の同大学における修学意思を手紙で確認したうえ、同年四月六日ころ指導教官斉藤文男と面会して相談した。
(四) 九州大学においては、大学設置基準二六条(単位の計算法)に準じて、授業時間一時間に対して二時間の自学、自習を前提としている。原告が在学残期間の一学期間(前期)で修得すべき三七単位を取得するためには、一週間に出席を必要とする授業時間数は四四時間(体育実技二時間を含む)であるから、大学が要求している自学、自習時間は一週間に八〇時間余りとなる。原告は、第二外国語としてドイツ語の初級と上級を選択しているので、これを併行して修得することになる。前期の時間割からは、原告が右単位を取得することは、全く不可能とはいえないが、事実上きわめて大きな困難と努力を要することになる。
以上の認定事実に基づいて考えるのに、本件休学願不許可は、被告が、原告の入学以来の修学態度、在学残期間、取得すべき単位と出席を要する時間などを具体的に考慮して、原告が再度修学して所期の目的を達成することが全く不可能であるとまではいえないとしても、それでは教養部教育の本旨に則つたものでないとして、通則二一条二項の「特別な事情があると認められるとき」に当らないと判断したことを窺うことができる。被告の右判断は、十分合理的な理由に基づくものと認められ、社会観念上著しく妥当性を欠く裁量権の行使ということはできない。
3 また、原告は、被告が原告において他に手段を取り得ない程度に長期間許否の決定を遅らせたことから、本件休学願の決定手続が違法となり、その違法により本件休学願不許可処分も違法となる旨主張する。前記認定事実によれば、右決定が原告の休学願提出から約五ヶ月後になされたものであるから、その期間だけを見れば、不当と言える余地があるかもしれないが、前掲各証拠を総合すると、被告は、右期間を漫然と経過させたのではなく、原告の父時也に対して、原告の自主的な退学がもつとも望ましいことを繰返し説得し、原告にもそう説得するよう勧めたり、あるいは、本件休学願に対してこれを許可する要件を充足していないことを説明したりした事実が窺われるばかりか、前記認定のように、原告が昭和五三年九月二〇日まで身柄を拘束されていたのであるから、仮に本件休学願不許可がすみやかになされていたとしても、原告において何らかの措置をとり得たかは疑問である。そうだとするならば、本件休学願不許可が遅れたことをもつて違法ということはできない。
三 従つて、被告がなした本件休学願不許可処分は適法と認められるところ、前記事実の他に<証拠略>によれば、原告は、教養課程在学期限である昭和五三年九月三〇日までに所定の修得単位を取得できなかつたこと、被告は、原告に対し通則二六条に基づき右事由が「成業の見込みがないとき」にあたるとして本件除籍処分をしたことが認められるから、右除籍処分もまた適法であるといわなければならない。
四 よつて、本訴請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 富田郁郎 小長光馨一 高橋隆)
別紙
修得を要する単位
既に取得した単位
今後取得を要する単位
○外国語 一三単位以上
六単位
七単位
英語 七単位
四単位
三単位
独語 六単位
二単位
四単位
○一般教養科目三二単位以上
一二単位
二〇単位
社会科学 一〇単位以上
四単位(社会学)
八単位(仮定)
人文科学 一〇単位以上
四単位(倫理学)
六単位
自然科学 一〇単位以上
四単位(科学史)
六単位
○右以外に一般教養科目及び
〇単位
六単位
外国語科目から六単位以上
〇単位
四単位
○保健体育 四単位
二単位
実技 二単位
二単位
理論 二単位