福岡地方裁判所 昭和55年(ヨ)903号 決定 1981年1月12日
債権者
藤永栄子
右訴訟代理人弁護士
春山九州男
債務者
福岡水産荷役株式会社
右代表者代表取締役
向野恒生
右訴訟代理人弁護士
稲澤智多夫
同
稲澤勝彦
主文
一 債権者が債務者に対して雇傭契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。
二 債務者は債権者に対し金二〇万八、五二三円及びこれに対する昭和五五年九月一一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を仮に支払え。
三 債務者は債権者に対し昭和五五年一〇月一〇日から本案判決確定に至るまで毎月一〇日限り金一七万二、三五〇円を仮に支払え。
四 申請費用は債務者の負担とする。
理由
一 本件仮処分申請の趣旨及びその理由は、別紙一のとおりであり、これに対する債務者の答弁及び抗弁は、別紙二のとおりである。
二 当事者間に争いのない事実及び本件疎明資料によれば、次の事実が疎明される。
1 債権者は、昭和一〇年六月二九日生れの女性で、昭和五五年六月に満四五歳になった者である。
債務者は、福岡市中央卸売市場内で鮮魚の荷役、運搬を業とする会社で、従業員は正社員だけで六〇数名である。
2 債権者は、昭和二九年一〇月債務者の前身である福岡産業運輸株式会社に入社し、以来平穏に勤務を続け、昭和四八年企業分離により債務者会社が設立されると同時に、債務者会社に配置転換されて現在に至っている。債権者は、債務者会社でただ一人の女子社員であって、総務課に所属し、伝票の記帳や給料控除の計算といったいわゆる総務、経理一般の仕事を担当してきた。
3 債務者会社において、社員の定年年齢は、その就業規則に基づく定年制施行細則で、労務系男子が満五七歳、女子が満四〇歳、事務系男子が満六〇歳、女子が満四〇歳と定められていたが、昭和四九年八月二八日付の従業員組合との協定書により女子についていずれも満四五歳と改められた。そして、右定年制施行細則は、その三条で「定年退職日は満で定年年齢に達した月末を以って定年退職日とする」と定めている。
4 そこで、債務者は、昭和五五年三月債権者に対し、同年六月末日をもって定年退職日とし、以後勤務させない旨通告した。
これに対し、債権者の所属する従業員組合(福岡水産荷役労働組合―以下組合という。)は、同年五月債務者に対して定年延長を要求したが、これが拒否されたため、同年六月福岡県地方労働委員会(以下地労委という。)に対してあっせんを申し入れた。地労委は、同月二八日、次のあっせん案を示した。
「今次、紛議については、つぎにより解決されたい。
記
1 会社は、女性の定年を満五五歳とすること。
2 藤永栄子についても、右定年制を適用し、定年延長後の勤務場所及び待遇については、労使協議すること。
以上」
右あっせん案提示後、債務者会社は、組合との交渉に入り、債権者の定年を満五五歳まで延長する、但し債権者を営業部門に配転したうえ、給与は従来よりもその基本給を二〇パーセント減額するとの方針で話合いをすすめていたが、債権者がこれを拒否し、昭和五五年九月六日組合の定期大会でその執行部が交替したこともあって、合意には至らなかった。
5 債務者は、債権者の定年退職日である昭和五五年六月三〇日の経過とともに、債権者を嘱託として扱い、営業課へ配転した。
ところで、嘱託とは、債務者の定年制施行細則によれば、「定年退職後業務上必要であり、従業員が身心健全にして業務に耐え得ると認められたとき」に採用されるもの(第四条)であって、その給与は日給制としその他諸手当等は支給されないことが原則であり、しかもその日給賃金は定年退職期日前三か月の平均賃金の六〇パーセントを基準として算出されるもの(第五条)である。債権者は、従来各月一七万二、三五〇円の給与をうけていたが、同年七月分は一四万八、五〇〇円(二万三、八五〇円減額)、八月分は一三万二、〇〇〇円(四万〇、三五〇円減額)しか支給されず、また、夏期賞与(同年八月九日支払)も二九万六、二二三円となるべきものを一五万〇、九〇〇円(一四万四、三二三円減額)しか支給されなかった(なお、給与は、毎月末締めの翌月一〇日支払である。)。
更に、債務者は、債権者に対して再三にわたり、職制を通じて退職金を受領するよう催告したが、債権者は、これを拒否してきた。
6 債権者は、債権者代理人に対し右紛争の解決方を依頼し、同代理人は、債務者に対し昭和五五年九月二〇日付内容証明郵便で減額分賃金の支払と債権者の地位保全を要求した。
ところが、債権者は、同年一〇月一日債務者会社波多江営業部次長に呼び出され、「昭和五二年八月と九月の広田漁業株式会社(以下広田漁業という。)についての売上元帳のページがないが知らないか。」「外部に何か会社のマイナスになることを吹聴したことはないか。」の二点につき質されたので、売上元帳については知らない旨を、また、債務者会社の不利益となる事実を吹聴したことはない旨答えた。そして債権者は、翌日再び右営業部次長に呼び出され、同次長から、
「(1) 売上元帳のうち、顧客の一人広田漁業に関する昭和五二年八月分と九月分の売上げが記載されたルーフ式ノート一葉を窃取した。
(2) 債務者にその事実がないにもかかわらず、あたかも不正経理があったかのごとく会社内外に吹聴し、債務者会社の信用を失わせる行為をした。」
との事実を理由に、債権者を同日付で懲戒解雇する旨通告された。
そして、債務者は、改めて同日付書留内容証明郵便でもって債権者に対し、債権者の右行為は懲戒解雇事由を定めた労働協約一六条二号「従業員が会社の諸規定、命令に違反したとき」、同三号「従業員が故意又は重過失により、会社の体面又は重大な不利益を及ぼしたとき」、及び就業規則五六条九号「従業員が許可を受けずして会社の物品を持ち出そうとしたとき、故意又は重大な過失によって建物工作物その他の物品を破損したり紛失したとき、故意又は重大な過失によって会社に損害を与えたとき、でその情が重いとき」に該当するとして、懲戒解雇する旨の通告をした。
三 そこで先ず、債務者主張の抗弁事実(懲戒解雇理由)につき検討する。
本件疎明資料によれば、次の事実が疎明される。
1 債務者主張の解雇理由に関係ある売上元帳(以下本件元帳という。)の記載事項については、以下のような経緯があった。すなわち、昭和五二年九月ころ、債務者会社の広田漁業に対する売上げが帳簿上、広田漁業の帳簿との間に約五八万円のくい違いがあり、これが入金とはなっていなかった。当時広田漁業の経理担当者が定年退職の予定であり、九月の決算期と重なったため、これを早急に解決することが必要とされたので、債権者の上司であった伊藤課長は、記帳を担当していた債権者に対し右売上金を帳簿上入金として処理するよう指示した。その処理に対し債権者が疑義を述べたが、「他の会社の関係から金をもらってくるから、それで良い。社長の了解も得ている。」との返答だったので、債権者は、本件元帳にそのように記帳した。
ところで、右入金の処理は、債務者会社経理部において、広田漁業と交渉のうえ、同漁業の親会社に対する同額の売掛金を計上するという操作によりなされたものであった(もっとも、債権者はこのことを知らなかったものと思われる。)が、債権者は、その処理に得心がいかず、その後上司に相談したこともあった。
2 債権者は、昭和五五年四月ころ、債務者会社社長から、退職金に若干(三割)の割増をするから辞めてくれるよう言われたが、その際広田漁業に関する右入金の処理を持ち出し、「五〇万円も帳簿から引き落せるような資力のある会社が若干の上積みではおかしいのではないですか。」と述べてこれを断った。
3 債権者は、昭和五五年七月中旬ころ、債務者会社で嘱託として営業部雑役に従事していた村川りのと食事を共にした際、村川に対し、五〇数万円の数字の記載ある書類様のものをハンドバックから取り出して見せ、これは大事なものである、このような大金を会社は魚市場に支払っている旨述べた。
4 債務者会社は、債権者が昭和五五年三月以降現場の課長である福吉、吉村らに対し、「会社の弱みを握っている」などと言っている旨聞き及んだ。
5 なお、本件元帳は、ルーズリーフ式で従前債権者がその記帳を担当していたが、これを納める書庫には扉がついていて施錠できるようになっており、その鍵は伊藤課長が保管していたが、日頃は鍵がかけられてなかった。
以上の事実が一応認められ、同事実によれば、債務者主張の抗弁事実に関連すると解される右3、4の事実が一応認められる。
しかし、債権者が債務者会社に不正経理があると吹聴したとの点は、その吹聴したとされる範囲及びその内容について必らずしも明らかではなく、また、債権者が村川りのに見せた書類様のものが、果して本件元帳の一葉か否かは不明である。のみならず、本件で問題の発端となった前記入金処理は、その金額もそれほどの額でないうえ、既に約三年も以前のことであり、債務者会社として右処理は帳簿上の正当な操作に基づくものであって、これについての決算も既に終ったものと窺えるのであるから、これを記載した本件元帳に如何程の重要性があるかは甚だ疑問であるだけでなく、債権者の定年退職をめぐる紛争の経緯についての前記疎明事実をも考え合わせると、本件解雇は、債権者の定年制をめぐる紛議を回避するためことさらに理由を構えてなされたのではないかとの感を払拭できない。
以上の各事実を総合して勘案すると、結局、債務者主張の抗弁事実は未だその疎明なきものといわざるをえない。
従って、債務者の本件解雇は無効というべきである。
四 次に、賃金仮払の点につき検討する。
債務者会社は、前記二3のとおりその就業規則に基づく定年制施行細則、労使協定書により、事務系女子の定年年齢を満四五歳として、男子の場合よりも一五歳低く定めている。ところで、憲法一四条が国又は公共団体と私人との関係において保障する男女平等の原則は、同法二四条と相まって社会構成員である私人相互間にも一般的に実現されることが期待されているものというべく、合理的理由のない男女間の差別の禁止は、公の秩序の内容を構成していると解される。従って、定年年齢等労働条件についての男女間の差別が、専ら女子であることのみを理由とし、それ以外の合理的理由が認められないときは、このような不合理な性別による差別を規定した定めは、公序良俗に反するものとして民法九〇条により無効というべきである。
本件において、事務系女子の定年年齢を前記のとおり男子より低く定めたことにつき、その合理的理由を本件全疎明資料から窺い知ることはできず、右の定めは専ら女子であることのみを理由とするものと考えざるをえないから、いわゆる男女間差別定年制を定めた前記定年制施行細則及び労使協定書の当該条項は民法九〇条に反し無効というべきである。
以上のとおり男女間差別定年制を定めた債務者会社の定年制施行細則及び労使協定書の当該条項は無効であり、また、本件解雇も前記三のとおり無効であるから、債権者は、昭和五五年七月以降も債務者会社の正規社員として、従前どおりの給与及び賞与の支給をうける権利を有するところ、債権者の社員としての給与額は、一か月一七万二、三五〇円であり、昭和五五年度に支払をうけるべき夏期賞与額が二九万、二二三円であるけれども、債権者は昭和五五年七月分、八月分として計二九万六、二二三円、夏期賞与として同年八月九日一五万〇、九〇〇円の支払をうけていること、及び各月の給与は毎月末締めの翌月一〇日支払いであること、前示のとおりであるから、債権者は債務者に対し、右七月分、八月分給与及び夏期賞与の減額分計二〇万八五二三円とこれに対する同年九月一一日(八月分給与の支払日の翌日であって、その余の請求分についても当日債務者が遅滞に陥っていること明らかである。)から民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払並びに同年一〇月一〇日以降毎月一〇日限り同年九月分以降の給与の支払をうける権利を有する。
五 以上の次第であって、債権者の本件仮処分申請は、被保全権利につき疎明あるものというべく、また、本件疎明資料によれば、債権者は、父(明治三四年生)と母(明治三五年生)の三人暮らしで、債権者の給料と父の恩給とで生計をたてており、債権者が債務者会社の社員たる地位を失い、その収入を断たれることになれば、生活に困窮することが一応認められるので、保全の必要性についても疎明あるものというべく、本件仮処分申請はいずれも理由がある。
よって、債権者に保証をたてさせないで本件仮処分申請をいずれも認容することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 辻忠雄 裁判官 湯地紘一郎 裁判官 林田宗一)
別紙一 申請の趣旨
一 債権者が債務者に対して雇傭契約上の権利を有することを仮に定める。
二 債務者は債権者に対して金二〇万八五二三円及びこれに対する昭和五五年九月一一日以降、支払済みまで年五分の割合による金員を仮に支払え。
三 債務者は債権者に対して昭和五五年一〇月一〇日以降、本案判決確定に至るまで毎月一〇日限り一か月当り金一七万二三五〇円を仮に支払え。
四 訴訟費用は債務者の負担とする。
との決定を求める。
申請の理由
一 債権者は、昭和一〇年六月二九日生まれの女性で、本年六月に満四五歳になった者である。
債務者は、福岡市中央卸売市場内で鮮魚の荷役運搬を業とする会社で、従業員は正社員だけで六十数名である。
二 債権者は、昭和二九年一〇月、債務者の前身会社である福岡産業運輸株式会社に入社し、爾来平穏に勤務を続け、昭和四八年企業分離により債務者会社が設立されると同時に債務者会社に配置転換されて現在に至っているもので、債務者会社で伝票の記帳や給料控除の計算といったいわゆる総務及び経理一般の仕事を担当して来た。
三 昭和五五年三月、債務者は、債権者に対して同年六月を以て定年退職とし、以後勤務させない旨を通告して来た。
ちなみに債務者の就業規則、定年制施行細則並びに従業員組合との協定書によると、従業員の定年は、労務系職員男子五七歳、女子四五歳、事務系職員男子六〇歳、女子四五歳と定められている。そして、定年制施行細則により定年退職日は満で定年年齢に達した月末を以て定年退職日とすると、定められている(三条)。
四 債権者の所属する従業員組合は、昭和五五年五月、債務者に対して定年延長を要求したが、債務者がこれを拒否したので、同年六月、福岡県地方労働委員会(以下地労委という。)に対してあっせんを申し入れた。地労委は、同年六月二八日、次のあっせん案を示した。
「今次、紛議については、つぎにより解決されたい。
記
1 会社は、女性の定年を満五五歳とすること。
2 藤永栄子についても、右定年制を適用し、定年延長後の勤務場所及び待遇については、労使協議すること。
以上」
しかし、債務者は、これを拒否した。
五 思うに、債務者の従業員の定年を事務系職員男子六〇歳、女子四五歳と定めた諸規則は、法の下の平等を定めた憲法一四条、労働基準法三条、四条、個人の尊厳と両性の平等を解釈指針とすることを定めた民法一条の二並びに同法九〇条に違反し無効である。
先ず、就業規則等による定年退職制は退職に関する労働条件であり、女子の定年を男子より低く定めることは女子労働者に対する労働条件の差別待遇にあたることは明白である。
ところで、憲法一四条は法の下の平等を規定し、性別による差別を禁止している。そして、この規定を受けて労働基準法三条は国籍・信条・社会的身分を理由とする労働条件の差別を禁止し、同法四条は性別を理由とする賃金についての差別を禁止している。
もっとも、同法四条は賃金以外の労働条件についての性別を理由とする差別禁止について規定していないけれども、これは同法の各種の母性保護規定との関係上、男子労働者と機械的に同一の労働条件下に女子労働者をおくことから生ずる不合理を避けようとする配慮から来たものであって、それ以外に単に女性であるが故をもってする差別を許容する趣旨でないことは明らかで、これを禁止しているものと解するのが相当である。
次に、憲法一四条を含むいわゆる人権規定が私人間の行為についても直接適用があるかについては学説にも争いがあるが、少くとも憲法一四条を受けて民法一条の二が、個人の尊厳と両性の本質的平等を旨としてこれを解釈すべしと定めている趣旨を見れば、右規定ないしその精神は民法九〇条の「公序良俗」の基本的内容ないしは指針として組み込まれているとみるべきである。それ故、合理的理由を欠く男女の定年差別は民法九〇条に違反し無効というべきである。そして、このことは多数の学説及び判例の集積によってほぼ確立していると考えられる。
六 さて、それでは本件債務者就業規則等の定年制における一五年の男女差別(男子六〇歳、女子四五歳)に社会的見地から納得しうる合理性があるかを見るに、何の合理性も見出しえない。
七 以上のとおり法的には無効の女子四五歳定年制にもかかわらず、債務者は、昭和五五年六月三〇日の経過とともに債権者が定年であるとして、勝手に嘱託扱いして給与を減額し、同年各月一七万二三五〇円であったものを、昭和五五年七月分は一四万八五〇〇円(二万三八五〇円減額)、八月分が一三万二〇〇〇円(四万〇三五〇円減額)、夏期賞与(同年八月九日支払)も二九万六二二三円となるべきものを、一五万〇九〇〇円(一四万四三二三円減額)しか支払わなかった。
更に、債務者は、債権者に対して再三にわたり職制を通じて退職金を受領するよう催告したが、債権者は、これを拒否してきた。
八 そこで、債権者は、訴訟を決意して弁護士に解決方を依頼し、弁護士は、昭和五五年九月二〇日付内容証明郵便で減額賃金の支払と申請人の地位保全を要求したところ、債務者は、同年一〇月二日、波多江営業部次長を通じて、
「1 売掛帳簿のうち、顧客の一人である広田漁業株式会社に関する昭和五二年八月と九月分の売上が記載されたルーフ式ノート一葉を窃取した。
2 債務者にその事実がないにもかかわらず、あたかも不正があったかの如く会社の内外に吹聴し、会社の信用を失わせる行為をした。」
との全くの虚偽の事実を理由付けして債権者を懲戒処分にする旨、債権者に通知した。
これはもとより男女差別定年制を合理的に説明できないことを恐れた債務者が慌てて見つけた懲戒解雇の口実にほかならず、無効であることはさしたる論証を要しない。
九 よって、債権者は、債務者に対して従業員としての地位確認等を求める本案訴訟を準備中であるが、給与と身分を断ち切られた現在、本案判決の確定をまっていては債権者の生活を到底維持できないので、本件仮処分を申請した。
別紙二 申請の趣旨に対する答弁
本件各申請を却下する。
申請費用は債権者の負担とする。
申請の理由に対する答弁
一 第一項は認める。
二 第二項は認める。
三 第三項は認める。但し、定年退職後は嘱託として再雇用してもよい旨伝えた。
四 第四項は認める。債権者から退職してもよいが退職金を大幅に増額して欲しいとの申出があり、債務者としては割増の方向で検討したが、債権者が従業員組合に持ち込んだために地労委の斡旋申立となったのである。
五 第五項に記載されていること自体に対しては争わない。
六 第六項については債務者も女子定年延長を承認し、債権者の待遇面で組合と交渉し、「債権者を営業に配転する。労使交渉で待遇の面で解決次第社員に戻し給与等の差額を精算する。」との合意が出来て交渉中のところ、組合執行部の交替のため解決が遅れた。
七 第七項は争わない。債権者に対しては前述の組合との合意の線は伝えている。
八 第八項中、債権者主張のような内容証明郵便を債務者が受領したこと、債務者が債権者主張のような理由で懲戒解雇する旨通告したことは認めるが、その余は争う。
九 (抗弁)
債務者が債権者を懲戒解雇した経緯は、次のとおりである。
前述したように、債務者は、組合との間で債権者の処遇について交渉中であったが、昭和五五年八月末頃、債権者が社内外で債務者において過去約五〇万の不正経理をなしており、会社が何と言おうと証拠を握っておると言いふらし証拠らしい書類を見せていることが耳に入り、不審に思い、債権者の上司である経理課長に調査させたところ、意外にも昭和五二年度広田漁業関係口座の八月・九月分記載の手繰り生産者売掛金元帳一葉が無くなっていることが判明した。のみならず、債務者には約五〇万の不正経理の事実がなかった。もともと、右元帳は債権者が職務上取り扱っている帳簿であり、債権者が約五〇万の不正経理があると言いふらし証拠になる書類を見せたというが、抜き取られている元帳の一葉中に五〇万円相当の数字記載があることからすれば、債権者が右元帳一葉を故意に持ち去っていることは間違いない。そこで、債務者は、債権者の行為が就業規則に違反する悪質な行為であるとして、定められた手続に従い債権者に対し懲戒解雇手続をとったものである。