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福岡地方裁判所 昭和55年(行ウ)9号 判決 1981年5月12日

原告 長谷川喜博

被告 麻生元嗣

主文

本件訴えを却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一申立

一  原告

1  被告は福岡県に対し金二〇万四九一〇円及びこれに対する昭和五五年六月一九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

1(本案前)

主文同旨

2(本案―請求の趣旨に対する答弁)

(一)  原告の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

第二主張

一  請求原因

1(一)  原告は肩書地に居住する福岡県の住民である。被告は昭和五四年一〇月当時、福岡県東福岡財務事務所所長であつた。

(二)  被告は、福岡県事務委任規則(昭和四〇年福岡県規則第二二号)第一二条で福岡県知事の予算支出命令権を委任されているものであるが、昭和五四年一〇月、東福岡財務事務所間税課の職員二二名に対し、時間外手当合計金三四万八一三七円を支給した。

(三)  しかし、右金員のうち金二〇万四九一〇円の支出は何ら法的根拠に基づかない違法な支出であり、被告は、福岡県に対し右同額の損害を与えた。即ち、右間税課職員二二名の一〇月の残業総時間数は合計一〇四時間であり右時間数に対する福岡県職員の給与に関する条例により支給すべき時間外手当金は合計金一四万三二二七円である。ところが、被告は、右残業時間数を合計二八七時間と水増しし、前述のように合計金三四万八一三七円を計上支給した。

2(一)  被告の右違法支出行為に対し、原告は、昭和五五年二月四日、地方自治法第二四二条に基づき福岡県監査委員宛に住民監査請求をし、右違法支出金の福岡県への返却を要求するとともに、将来の是正措置を強く要望した。

(二)  右監査請求に対し、同監査委員は、昭和五五年四月四日、福岡県知事に対し、「昭和五五年二月四日付で、福岡市中央区福浜二丁目二番四の四〇三無職長谷川喜博から地方自治法(以下「法」という。)第二四二条第一項の規定により提出された住民監査請求に基づいて、福岡県東福岡財務事務所間税課における昭和五四年一〇月分及び同年一一月分の時間外勤務手当並びに旅費の支給につき、福岡県東福岡財務事務所及び総務部関係各課の監査を実施した結果、そのいずれの経費についても従来から潜在的な実績を含め間税課の運用により支給されていることを認めた。しかし、今後は法令等に基づく手続きにより支給するよう措置を講じられたく、法第二四二条第三項の規定により勧告します。」との監査結果に基づく勧告(以下「本件勧告等」という。)をした。

(三)  右勧告を受けて、福岡県知事は、昭和五五年四月三〇日付で、同監査委員に対し、「東福岡財務事務所間税課における時間外勤務手当及び旅費に係る勧告については昭和五五年二月分から法令等に基づく手続きにより支給するよう措置を講じました。なお、予算の適正かつ効率的な執行については、今後さらに鋭意努力してまいりたい。」との通知をした。

(四)  しかしながら、本件勧告等及び福岡県知事の右措置通知も、前記違法支出金の福岡県への返却については、何ら触れていない。

3  よつて、原告は、被告に対し、金二〇万四九一〇円とこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五五年六月一九日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  本案前の当事者の主張

1(被告の主張)

本件訴えは、本件勧告等及びこれを受けてなした福岡県知事の措置(以下「本件知事の措置」という。)のいずれにも不服があるとして提起された如くである。しかし、そのいずれであつても、以下のとおり不適法な訴えとなるものであつて、却下を免れない。

(一)  本件勧告等に対する不服について

本件訴えは、本件勧告等が昭和五五年四月四日、原告に通知されたもので、同日から三〇日以上を経過した同年六月五日に提起されている。右は地方自治法二四二条の二第二項一号の監査結果又は勧告に不服がある場合の出訴期間の定めを徒過しているもので不適法な訴えである。

(二)  本件知事の措置に対する不服について

地方自治法二四二条の二が監査委員の勧告等に不服がある場合のほかに、その勧告を受けた地方公共団体の長の措置に不服があるときにも監査請求人に出訴を認めるのは、長がその勧告どおりの措置をとるように担保するためであり、勧告に副わないかその趣旨に反する場合に長の措置に対する不服として出訴できるようにしたものである。然るに、本件知事の措置は、請求原因記載のとおり本件勧告の内容どおりの措置がとられているのであるから、同措置に不服があるとはいえない場合に該当するので、本件訴えは、長の措置に不服があることを訴訟要件とする同条の要件を欠き、不適法である。

2(原告の反論)

(一)  被告は、昭和五五年四月四日付の福岡県監査委員が福岡県知事に対して提出した「監査結果に基づく勧告について」と題する文書を内容的に「監査の結果」と「勧告」に分け、「今後は法令等に基づく手続きにより支給するよう措置を講じられたく、法第二四二条第三項の規定により勧告します。」との記載部分のみが監査委員の勧告であると限定している。しかしながら、同監査委員が原告に右同日付で監査結果について通知した文書によれば、「なお、同条同項(地方自治法第二四二条第三項)の規定による勧告を別添写しのとおりでしたので、あわせて通知します。」との記載があり、別添写しの文書内容は、被告主張の「監査の結果」と「勧告」の両方を含むものである。換言すれば、本件勧告等は、(一)過去において時間外勤務手当等が法令等に基づく手続によらないで支給されていた事実を指摘し、(二)今後は、法令等に基づく手続により支給するよう指示を与える内容の勧告であつたと理解される。このことは、福岡県知事において「勧告については、昭和五五年二月分から法令等に基づく手続きにより支給するよう措置を講じ」ており、勧告時より一か月遡つて是正措置をとつていることから、本件勧告を受けた同知事も、右(一)の指摘部分をも勧告に含まれるとの認識にたつて本件措置をとつたと理解されることからも裏付けられる。

(二)  そうすると、同知事は、右勧告を受けた後すみやかに自らの判断と責任において、第一に過去の違法支出行為を調査して、当該職員に対し違法支出金の地方公共団体への払戻しをさせ、第二に将来において同様違法支出行為をしないよう監督是正措置を講ずべき法律上の義務があり、右義務は、地方自治法第一三八条の二及び同法第二四三条の二第三項等に規定する県知事の職責からして当然である。

即ち、同法第一三八条の二は、「普通地方公共団体の執行機関は、………自らの判断と責任において、誠実に管理し及び執行する義務を負う。」と規定しており、地方公共団体の長は、その事務が法令に基づかずになされているときは当然それを是正すべき権限を有し義務を負つている。従つて本件のような法令に基づかない支出行為の事実が判明した場合直ちにその是正措置を講ずべきことは、当然である。

また同法第二四三条の二第三項は、地方公共団体の職員の賠償責任に関し、長のとるべき措置を規定したものであり、直接、同法第二四二条の住民監査請求と関連した規定ではないが、県知事の職務忠実義務を規定したものと解釈してよい。地方自治法の右各規定からしても、福岡県知事の本件における是正措置は過去にさかのぼつて当然なされるべきものである。

(三)  従つて、原告は、同知事が当然右各措置を講ずるものと期待していたところ、同知事は、前記一、2の(三)の措置通知のとおり、本件監査委員の勧告時たる昭和五五年四月以降の将来の分について是正処置を講じたほか、その独自の判断で、過去の分のうち、同月を遡る同年二月分からの違法支出の是正措置は講じたものの、同年一月分以前については何らの措置もとらなかつた。

以上のとおり、原告は、同知事の右措置(原告への同措置通知は同年五月一〇日になされた。)に不服があるので、地方自治法二四二条の二第二項二号の出訴期間内に本訴を提起したものであり、何ら不適法なところはない。

(四)  原告が本件知事の措置を不服として住民訴訟を提起したことが適切であつたことは、次に述べる本件勧告等の内容及び同知事のとるべき措置との関連からしても首肯しうるところである。

即ち、監査委員の監査において、原告の請求が全く容れられなかつた場合もしくは勧告内容がはなはだ不十分であつた場合にその監査もしくは勧告に対し訴訟を提起するのは当然であるが、本件のような勧告がなされた場合、住民としては、同知事が勧告内容を誠実に受けとめ、過去の法令に基づかない支出金を返還させ、将来にわたつて是正措置を講じる等の具体的措置がとられると期待するのは当然であり、同知事の具体的措置を待つて訴訟を提起するのは、住民訴訟の趣旨からしても当然である。

仮に、被告の主張する如く、原告が同知事の措置通知を待たず、監査委員の監査通知に対し訴えを起こせば、次に述べる二つの理由で不適切な裁判となる。まず、第一に、右のような裁判は、行政手続の進行過程(監査通知は出たが、県知事の措置は未だ出されていない段階)を無視し、県知事による行政権限の行使を軽視して司法判断を求めるものであり、三権分立と地方自治尊重の立場からも妥当ではないし、第二に、勧告を受けた県知事が勧告で示された期間内に法の規定に忠実に過去の違法支出金の県への返還措置等を実行した場合には、すでに提起した原告の裁判は無意味となり取り下げなければならない。原告に対し右のような濫訴を要求する被告の主張は、とうてい容認することができないものである。

そして本件においては遺憾ながら福岡県知事の誠意ある措置がとられなかつたため、住民(納税者)としてやむなく訴訟を提起したのである。

3(被告の反論)

(一)  本件監査委員による前掲「監査の結果に基づく勧告について」のうち、時間外勤務手当等の過去の支給分については、法令等による手続に基づかないで間税課の運用により支給されていたとしてその支給手続が適正でなかつたことを指摘するに止まり、それ自体福岡県知事に対する勧告を含むものではない。右の勧告部分は、将来の支給分につき法令等により支給することを求めた部分に限るものである。

(二)  然るに、原告は、過去の右支給分につき、これを「違法支出行為」と称し、支出すべからざるものを支出したという意味での実体的違法を主張するが如くであり、そうすると、原告の不服は、結局は、本件監査委員の監査結果又は勧告に対するものでなければならず、同知事の措置に対する不服であるはずがない。

(三)  原告は、その主張の(四)において、同知事の措置を待つたうえで訴提起すべきが合理的であると主張するが、その論理は、同知事に原告のいわゆる「違法支出行為」を調査し、その支出金の返還措置をとる義務が生ずるとする間違つた前提に立つものである。

三  請求原因に対する認否

1  請求原因1の(一)、同2の各事実は認める。

2  同1の(二)の事実は認める。但し支給日は昭和五四年一一月二一日である。同(三)の事実のうち、職員の残業時間数を合計二八七時間として金三四万八一三七円を支給したことは認めるが、その余は否認する。

第三証拠関係<省略>

理由

一  出訴期間徒過により訴えを不適法とする被告の本案前の申立てにつき、まず検討する。

1  請求原因2の事実は、当事者間に争いがない。

本件訴えは、原告が住民監査請求の結果普通地方公共団体たる福岡県の職員であつた被告に対し、同県を代位して行う損害賠償請求事件であるが、本件訴状の記載(出訴期間をここで問題とする以上、訴状記載の内容がその判断資料として重視さるべきは勿論である。)によれば、原告は、本件勧告にも、それを受けた本件知事の措置通知にも、原告の監査請求にかかる本件時間外手当等の過去の支給分の返却を求める部分につき触れていないこと、即ち、右返却をすべき勧告をなしていないこと及び福岡県知事も返却させる措置をとらなかつたことのいずれにも不服があつて本訴に及んだものであることが認められる(なお、原告は、本件第一回口頭弁論以降においては、本件訴えが本件知事の措置に対する不服のみであるかの如くその主張を変更しているが、右は被告の答弁書により出訴期間の徒過を指摘されて問題にされて後の対応であること記録上明らかである。)。

2  他方、成立に争いのない乙第一六及び第一七号証によれば、原告のなした本件監査請求の内容は、(1)過去の支給分の全額の返戻と、(2)将来の是正措置との二つの要求で構成されていることは明白であり、にも拘らず、本件監査委員の福岡県知事に対する「監査結果に基づく勧告について」と題する通知においては、過去における本件時間外手当等の支給が不適切であつたことは認めつつも、その返還には触れず、「今後は法令等に基づく手続により支給するよう措置を講じられたく………勧告します。」との通知がなされているに止まることが認められるのであり、右の事実に同通知の文言等をも併せ考えると、本件勧告は、将来の是正措置についてのみなされたものであることが容易に判断でき、過去の支給ずみの分については、将来の是正の必要たるゆえんとして、その不適切を指摘するに止めたものとみるのが素直な理解の仕方と思われるし、本件監査の請求者たる原告においても、このことを十分認識していたものと推認される。

以上の1、2の各事実に照らすと、原告の本件訴えにおける不服は、結局のところ、(1)監査委員に対しては、過去の支給分の返還を勧告しなかつた点と、(2)勧告等を受けた福岡県知事に対しては、(1)の勧告はなかつたものとして、将来の是正措置しかとらなかつた点をその内容とするものとみられるところ、本件勧告を受けた同知事は、右勧告をむしろ上廻る措置(勧告時点の一月前からの是正措置)をとつているのであるから、原告の本件における不服は、畢竟本件勧告等に対する不服にあるものというほかはない。

なお原告は、同知事の措置が右勧告を若干上廻つている点をとらえて、本件勧告には過去の支給分の返還をも含まれているし、さもなくとも、同知事の措置としてこれを期待しうる旨主張するが、右遡及部分は給与支給手続が未了の段階にあつたことにより、容易にその是正措置がとりえたことによるものであつて、これを右主張の根拠とするに足りない。

二  しこうして、住民訴訟の出訴期間を定めた地方自治法二四二条の二第二項は、監査委員の監査結果又は勧告に不服がある場合を第一号に、その勧告を受けた長の措置に不服がある場合を第二号にそれぞれ出訴期間を各別にした規定を並べて設けており、また右の長の措置に対する不服に関する住民訴訟が監査委員の勧告に対する担保的機能を有することにも鑑みるとき、同条項の一号と二号とは手続の段階的進展に対応する関係にあるものと解するのが相当であり、監査結果等に対する不服ならば、同一号の出訴期間に従うべきである。そうして、本件においては、監査委員の勧告内容については、これに過去の支給分の是正まで含んでいないことは、前述のとおり客観的にもたやすく理解しうるものであり、まして自らその是正を求めて請求に及んだ原告においては十分了知していたものと推認される事案であること、並びに本件不服は、結局監査結果及び勧告に対するそれに帰する事案であること等に徴すると、本件訴えは、本件勧告に対する不服に関するものとして、同法二四二条の二第二項一号によつてその出訴期間を判断すべき場合に充ると解される。

そうすると、本訴提起が原告に本件勧告等が通知されたとみられる昭和五五年四月四日ごろから起算して三〇日以上を経過した同年六月五日になされていることは当事者間に争いない事実であるから、本件訴えは、前同条項一号の出訴期間を徒過して提起された訴えということになる。

三  そうすると、その余の点につき判断するまでもなく、本件訴えは不適法であるからこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき地方自治法二四二条の二第六項、行政事件訴訟法四三条、七条、民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 富田郁郎 川本隆 高橋隆)

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