福岡地方裁判所 昭和56年(ワ)1092号 判決 1981年12月24日
原告
鎌田美智子
ほか二名
被告
安雄二
主文
一 原告らの請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告らに対し、それぞれ一二五一万三三七五円及びこれに対する昭和五五年一月一一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 主文同旨
2 仮執行免脱宣言
第二当事者の主張
一 請求原因
1 交通事故(以下「本件事故」という。)の発生
(一) 日時 昭和五五年一月一一日午後九時三五分頃
(二) 場所 福岡市博多区東光二丁目一番一八号先路上(以下「本件事故現場」という。)
(三) 加害車 普通乗用自動車(福岡五五そ一〇七一号)
右運転者 被告
(四) 被害者 鎌田兼雄(以下「兼雄」という。)
(五) 態様 本件事故現場は、千代町方面から比恵方面に向かう国道三号線と博多駅方面から福岡空港方面に向かう国道三八号線とが交差する交差点の、千代町方面直近に設けられた横断歩道上である。
兼雄は、本件事故当夜、同事故現場の横断歩道上を博多駅方面側から比恵方面側に向けて、歩行者用の信号機が青色の状態で点滅しているのを見て、急いで渡ろうとして小走りにかけ出した矢先に、折柄国道三号線上を千代方面から七〇キロメートル毎時を超える速度で進行してきた加害車に衝突され、路上にはね飛ばされた。
被告は、本件事故現場にさしかかる際、深夜帰路を急ぐあまり、前記のとおり制限速度(最高速度四〇キロメートル毎時)をはるかに超える速度で加害車を運転していたばかりでなく、進行方向に沿う側の信号機が赤色をさし示していたにもかかわらず、これを無視して加害車を進行させ、よつて本件事故を惹起したものである。
(六) 被害の内容 兼雄は、本件事故の結果死亡した。
2 責任原因
被告は、加害車の所有者で、その運行供用者である。
3 損害
(一) 逸失利益 五四六〇万三六五四円
兼雄は、昭和六年一一月二五日生れの健康な男子(死亡当時四八年)で、一家の大黒柱として、また甲斐原工機株式会社の優秀な目立技術員として勤務してきた者であるが、同人は、右会社において事故前一年間(昭和五四年一月から同年一二月まで)に、給与、賞与含めて三二三万三二四三円の収入を得ており、本件事故にあわなければ、以後も右金額を下らない収入を上げ得た。
そこで、同人が六七歳まで稼働し得たとして、その逸失利益を計算すると次のとおりとなる(生活費三割控除、新ホフマン係数二四・一二六)。
算式 323万3243円×(1-0.3)×24.126=5460万3654円
(二) 慰藉料
兼雄は、不慮の事故により一命を絶たれたものであつて、その精神的苦痛を慰藉するのに相当な金額は一五〇〇万円を下らない。
4 過失相殺
兼雄は、本件事故現場において、横断歩道を横断するに際し、対面する歩行者用信号機の信号が青色で点滅している状態のときに横断を開始したものであり、同人の右過失も本件事故の一因をなしたと言い得るので、同事故に伴う被告の賠償額を算定するにつき斟酌すべきところ、兼雄の右過失割合は、二割と認めるのが相当である。
5 身分関係
原告鎌田美智子、同鎌田謙一、同鎌田直哉は、それぞれ兼雄の妻、長男、二男である。
6 損害の填補
原告らは、昭和五四年七月九日、自動車損害賠償責任保険から一八一四万二七九八円の支払いを受けた。
7 よつて、原告らは、被告に対し、本件事故による損害の賠償として、それぞれ一二五一万三三七五円及びこれに対する本件事故発生の日である昭和五五年一月一一日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1のうち、兼雄が、歩行者用信号の青表示で横断を開始し、被告が、赤信号を無視して加害車を本件交差点内に進行させたこと、及び加害車が七〇キロメートル毎時を超える速度で進行したことを否認し、その余の事実は認める。
2 請求原因2の事実は認める。
3 請求原因3のうち、兼雄が、本件事故当時甲斐原工機株式会社に目立技術員として勤務していたことは認めるが、その余の事実は知らない。なお、原告引用のホフマン係数は誤つている。
4 請求原因4の主張は争う。
5 請求原因5及び6の各事実はいずれも認める。
三 抗弁
1 本件事故は、兼雄が、酒に酔つて赤を表示していた歩行者用信号を無視して横断したために発生したものであるから、被告の賠償額の算定にあたり八割の過失相殺がなされるべきである。
2 被告は、本件事故後、原告らに対し、本件事故による損害賠償として九九万一八三〇円を支払つた。
第三証拠〔略〕
理由
一 本件事故の発生
1 請求原因1のうち、兼雄が歩行者用信号の青表示で横断を開始し、被告が赤信号を無視して加害車を本件交差点内に進行させたとの点及び加害車が七〇キロメートル毎時を超える速度で進行したとの点を除くその余の事実は、当事者間に争いがない。
2 原本の存在及び成立に争いのない乙第一ないし第五号証、第六号証の一部、第八号証及び証人松尾晴輔の証言の一部に右1の当事者間に争いがない事実を総合すれば、次の事実を認めることができ、右乙第六号証及び証人松尾晴輔の証言のうち右認定に反する記載及び供述部分は、前掲各証拠に対比してたやすく信用することができず、ほかに右認定を左右するに足りる的確な証拠はない。
(一) 本件事故は、昭和五五年一月一一日午後九時三五分ころ、福岡市博多区東光二丁目一番一八号先路上で発生した。事故現場は、千代町方面から比恵方面に通じている国道三号線(片側二車線、歩車道の区別あり、車道幅員約一三メートル)と福岡空港方面から博多駅方面に通じている国道三八号線とがほぼ直角に交差する交差点の、国道三号線上の千代町側直近に設けられた横断歩道上であり、兼雄と加害車の衝突場所は、右横断歩道上の、国道三号線の中央線から約四メートル空港側寄りの辺りである。同交差点は、市街地に位置し、信号機により交通整理が行なわれている平担なアスフアルト舗装の道路で、公安委員会により最高速度は四〇キロメートル毎時に制限されている。本件事故当時、右道路は乾燥しており、街灯によつて事故現場付近は明るく、見通しは悪くなかつた。また、車両の通行量は普通程度であつた。
(二) 被告は、加害車を運転し、国道三号線を比恵方面に向い、中央寄車線を約六五キロメートル毎時の速度で進行して本件交差点にさしかかり、対面信号が青色を示していることを認めて、同交差点に進入した。そして、本件事故現場の約二三メートル手前に至り、はじめて兼雄が進路前方を右から左へ横断しているのに気付き、同人との衝突の危険を感じて、急制動するとともに左に急転把したが間に合わず、前記衝突地点において、加害車右前のフエンダー部を兼雄に衝突させたた。その結果、加害車は約二三・四メートル南東の地点に停止した。なお、加害車の対面信号は、加害車が兼雄と衝突した時点でも、青色を表示していた。
(三) 他方兼雄は、飲酒のうえ、国道三八号線の千代町側歩道を博多駅方面から空港方面に向かつて歩行していたが、本件交差点にさしかかつた際、突然駆け出して、対面する歩行者用信号が赤色を表示しているにもかかわらず、横断歩道上を駆け足で空港方面へ向けて歩行しはじめて、本件衝突地点で加害車と衝突した。その結果、兼雄は、衝突地点から約八・八メートル南の地点に転倒し、頭蓋底骨折により間もなく死亡した。
二 責任原因
請求原因2の事実は、当事者間に争いがない。したがつて、被告は、自賠法三条により、本件事故による兼雄の損害を賠償すべき義務がある。
三 損害
1 逸失利益
兼雄が本件事故当時甲斐原工機株式会社に目立技術員として勤務していたことについては、当事者間に争いがない。右事実に、成立に争いのない甲第三号証及び弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実を認めることができ、右認定に反する証拠はない。
兼雄は、昭和六年一一月二五日生れの、当時四八歳の健康な男子で、甲斐原工機株式会社に目立技術員として勤務し、昭和五四年一月から同年一二月までの事故前の一年間に、給与、賞与含めて三二三万三二四三円の収入があつたもので、本件事故に遭遇しなければ、就労可能年数である六七歳までの一九年間同程度の収入を得べかりしものと推測し得、同人の生活費を右収入の四割として控除し、その残りの収入につきホフマン式計算法により民法所定の年五分の割合による中間利息を控除して、本件事故当時における一時払額に換算すると、
323万3243円×(1-0.4)×13.116(ホフマン係数)
なる算式により、二五四四万四三二九円となる。
2 慰藉料
兼雄は、本件事故により死亡するに至つたものであり、その精神的苦痛に対する慰藉料は、一二〇〇万円が相当である。
四 過失相殺
前記一の2において認定した事実によれば、被告は、本件交差点にさしかかつた際、自動車の運転者として、公安委員会の指定した四〇キロメートル毎時の制限速度を守り、絶えず進路前方左右を注視し、交差点の安全を確認して進行すべき注意義務があるにもかかわらず、六五キロメートル毎時の速度を出し、しかも自車の対面信号のみを軽信して、道路前方左右に対する注視をおろそかにして漫然進行し、兼雄の存在及び動静に気づくのが遅れ、そのため有効な事故回避措置がとれなかつたとして加害車運転上の過失があり、右過失によつて本件事故は発生したといえるが、他方兼雄にも、広い道路の横断歩道を、飲酒状態において、車両の通行状況を十分に確かめることもなく、赤信号を無視して突然駆け足で飛び出して歩行したという、横断歩行者としての不注意があり、右過失も、本件事故発生の重大な原因となつていることを否めない。そうだとすると、本件事故は双方の過失が競合して発生したものといえ、その寄与の割合は、被告の過失を三とすれば、兼雄のそれは七とするのが相当である。したがつて、右過失割合等を斟酌して過失相殺すると、前記三で認定した損害額の七割を減額した一一二三万三二九八円が、被告の損害賠償債務額となる。
五 身分関係
請求原因5の事実は、当事者間に争いがない。
六 損害の填補
請求原因6の事実は、当事者間に争いがない。したがつて、抗弁2について判断するまでもなく、原告らの損害は全部填補されたものというほかはない。
七 以上のとおり、原告の本訴請求は理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 篠原曜彦)