福岡地方裁判所 昭和56年(ワ)3160号 判決
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【判旨】
原告は、昭和五六年九月一五日頃被告から口頭で本件請負工事の注文をうけ、正式契約が前記一〇月六日になつたところ、被告が被告の都合で一方的に本件請負契約を解除したので、民法六四一条と同趣旨の右契約条項に従い、被告にその解除による原告の損害を賠償すべき義務があると主張し、被告は、右解除が原告の不十分な債務履行、むしろ債務不履行を理由とする法定解除であり、被告に何ら賠償責任がない旨、右原告の主張を抗争する。
証拠によると、被告は、かねて下宿業を営んでいるところ、昭和五五年頃土地区画整理事業により、下宿兼自宅であつた旧建物の取毀を余儀なくされたため、その後肩書住所地に土地を求め、同所に昭和五七年一月頃までに自宅を建築し、また、その頃福岡市西区大字片江一三二の六外二筆の土地上に学生向きアパートの新築を企図していたこと、そして、訴外大坪設計士、株式会社穴井賢治工務店に依頼するなどして、右アパート建築用の平面図、外観図その他の図面を作成していたが、偶々、前記自宅の建築現場へ往復するうち、付近の原告方事務所(兼自宅)に気付き、昭和五六年六、七月頃から何回か立寄つて立話等をしたのち、同年九月一五日(敬老の日)頃原告に右アパート新築工事の請負を申入れたこと、原告は、翌一六日被告に右工事を受注したい旨応答したうえ、翌々一七日以降被告から平面図・敷地図等の提供をうけて、何回も被告との打合せを重ね、傍ら、片江地区土地区画整理事務所及び福岡市建築審査課で用途地域等の確認をし、訴外寺田建材工業株式会社、合資会社坂井正記商店、有限会社佐ノ坪工業所、タイセイ商事有限会社、松尾電工社等から建築資材費用の見積りを出させるなどして、建築設計及び請負代金の積算を行つたこと、そして、同年一〇月三日頃までの間、前後三回位被告と請負代金額について折衝し、右一〇月三日数時間に及ぶ話合いの後、請負代金額を三、〇五〇万円とすることで最終的に合意し、また、同月六日が大安であつたことから、その日に契約書を作成することにして、同年九月三〇日ないし右一〇月三日頃までに、原告自身が作成した配置図、平面図、立面図の三種類の設計図面と請負契約案とを被告に交付したこと、右のような経緯を経て、同年一一月六日原被告間に、右三、〇五〇万円に塀工事代一五万円を加えた請負代金総額三、〇六五万円の前記請求原因2の本件請負契約書が作成され、原告は、同日、建築確認の前提となる片江地区土地区画整理事務所への許可申請手続を代行し、同時に、訴外筒井材木店こと筒井優行に対し木材類、タイセイ商事有限会社に対しユニットバス類の各資材発注を行つたこと、被告は、右アパート建築用地が埋立地であつたことから、原告との折衝の過程で、特に基礎工事について特別の注文をしていたが、そのほか屋根瓦、外壁等建物の内外全体に種々の希望を持ち、右一〇月六日契約書作成後も、何回も原告方を訪ねては原告に色々な説明を求め、また、同月七日には、同年末までにはモデルルームの完成方を要請しており、同月九日には、原告を伴つて市内の既存のアパート建物をみて廻り、瓦や外壁の色調その他につき、原告に具体的な注文をしたこと、一方、原告も、本件請負工事の着工に向けて、各手配を行いつつ、その一環として、同月九日頃までに基礎の設計を含む伏図、その後、配管、水廻り、トイレ等の設備図をそれぞれ仕上げたが、この基礎や床及び各設備等の点は、前の平面図等で被告に予め説明していたものであり、当時、被告から特に右伏図及び設備図の交付方を指示されていたわけではなかつたこと、そして、被告は、原告と共に既存のアパート建物をみて廻つた日の翌日である同月一〇日午前中原告方に赴き、突然、口頭で原告に対し、本件請負契約の解除を申入れたものであるが、その際「銀行が融資がつかなくなつたから止めます。」、「銀行が悪いんじやない。自分が申込むのが遅かつたから融資を断られた。」、「金ができんから。」などと右解除の理由を説明したこと、もつとも、被告は、本件アパート建築代金の相当部分を前記区画整理事業からの補償金等手持資金で賄い、不足分一、〇〇〇万円程度につき、福岡銀行六本松支店から借受ける計画であり、当時、同銀行の担当者に口頭で右融資の申込みをしていたこと、しかし、右銀行の融資の条件としては、建築計画、資金計画、収支計画を明確にした書類が必要であつて、一定の設計図面等もその関係で添付を要するものの、被告主張のような細部に亘る図面等は必ずしも必要でなく、現に、被告の場合、未だ被告の融資申込書自体提出されていない段階であり、被告主張のように、伏図、設備図等の設計図面がなかつたために右融資が拒絶された、というような状況ではなかつたこと、以上の各事実を認めることができ、被告本人尋問の結果認定に反する部分は、右認定の経緯に照らして、措信せず、他に右認定を左右するに足る証拠は存しない。
右認定をした事実及び前記当事者間に争いがない事実によれば、被告が昭和五六年一〇月一〇日原告に対してなした本件請負契約解除の意思表示については、その理由が必ずしも明確でなく、原告が銀行融資に必要な設計図面を作成しなかつたのが右理由といえないのは勿論であり、結局のところ、一〇月六日の契約締結後被告が原告の説明に満足せず、先行き不安を抱いたものと推認できなくはないが、そうだからといつて、原告の方に契約上の債務不履行があつたとまでは認定できず、この点に関する被告の主張に副う被告本人尋問の結果部分が措信し難いことも前に述べたとおりであつて、要するに、右被告の契約解除の意思表示は、本件請負契約の民間建設工事標準請負約款一七条1項所定の注文者の必要による契約解除の意思表示として、その効力を有するものと解するのが相当である。
してみれば、被告は、右約款一七条1項によつて、本件請負契約解除のため原告が被つた損害を賠償すべき義務があるというべきであり、右損害賠償の範囲も契約の解除と相当因果関係がある全損害に及ぶと解すべきところ、証拠を総合すると、次のように認めることができる。
すなわち、原告は、本件請負契約が失効したため、無駄になつたものなどとして、1、契約書に貼付した印紙代二万円の損害、2、右契約書用紙代、原被告の二組分で合計四〇〇円の損害、3、片江地区土地区画整理組合への建築許可申請手数料を代払したその手数料二、〇〇〇円の損害、4、建築確認申請に添付すべきものとして、航空写真を複写した、その複写代金八〇〇円の損害、5、原告が職人を連れて建築敷地を現地測量した際、職人に支払つた代金五、〇〇〇円の損害、6、被告の契約解除の意思表示以前から、本件建築敷地の隣地に、資材置場と作業場を兼ねた仮説下小屋の建築にとりかかり、現に被告の解除当日も右建築を行つていたところ、その隣地所有者に支払つた借地礼金一、〇〇〇円の損害、7、12、右下小屋建築と解約による取毀に関連する大工手間賃を含む費用として支出した合計一〇万円の損害、8、右下小屋に使用した番線、釘、かすがい等の代金一、五〇〇円の損害、9、右下小屋に設置し、契約解除後撤去した仮設電気工事の費用一万五、〇〇〇円の損害、10、建築敷地がぬかるんでいたため、搬入通路部分に切込みズリ約二トンを敷いたその代金六、五〇〇円の損害、11、タイセイ商事有限会社を通じて水道局に納付し、後日同会社に償還した納入金三、〇〇〇円と同会社へ支払つた設計及び諸経費一万五、〇〇〇円、右合計一万八、〇〇〇円の損害(なお、水道局への納入金のうち工事用水前納分九、六〇〇円については、後日原告の代理人としての訴外有限会社城南工業に還付されていることが窺われる。)、14、被告の契約解除の意思表示以前、訴外筒井材木店こと筒井優行に木材類を発注し、同訴外人が県外の各産地から買付け、集荷中であつたため、右契約解除がなされたからといつて解約することが困難であり、本件契約解除後の一〇月一三日頃建築現場に到着した総額一八八万八、九六〇円の木材につき、後日同訴外人を通じ他に処分して貰つたうえ、同訴外人に対し違約金として支払を余儀なくされた一五万円の損害、をそれぞれ被つたこと、以上の各事実を認めることができ、右認定に反する証拠は存しない。
ところで、原告は、同様に契約解除によつて被つた損害として、設計料、手続費用、複写料その他事務諸経費を含む事務所経費六〇万円と、逸失利益である請負代金の三パーセント、九一万九、五〇〇円を主張しているところ、原告本人尋問の結果によると、原告は、本件請負契約締結の準備段階から被告の契約解除による事後処理に至るまで、少くとも二〇日間程度本件契約のため専従した計算になること、原告方は、事務所が自宅に併設されており、原告と妻の二人で事務所を運営していること、建築設計料は、設計者が工事を施工する場合、通常その請負代金中に含ませてあるが、設計料だけを別に発注するとすれば、略々請負代金額の三パーセント程度であること、当時、一般大工職の日当が一日一万円程度であつたこと、及び原告が請負工事を行つた場合の利益も、通常請負代金額の三パーセント程度であり、本件請負工事にあてはめると、三、〇六五万円の三パーセント、九一万九、五〇〇円になること、などの事実関係を認めることができる。
しかし、一方、前記各証拠によると、右事務所経費の関連ではその設計料について、未だ建築確認申請もなされていない状況であるうえ、原告が作成した何枚かの設計図面も、被告の提供した既存の設計図が参考にされた筈であることや、前記のとおり、契約書用紙代その他比較的細部に及ぶ損害費目が別途に請求されていること等の事情があり、逸失利益損害の関係で、本件契約解除が工事の着工以前になされたため、労務の負担を免れたことによる原告側の利益が膨大であることも被告主張のとおりであつて、以上の諸事情を総合すれば、本件については、右事務所経費損害と逸失利益損害を併せて、合計八〇万円と認めるのが相当である。
なお、原告は、前に説明した水道局に納付の納入金三、〇〇〇円、工事用水前納分九、六〇〇円、タイセイ商事有限会社への設計費等一万五、〇〇〇円のほか、ユニットバス一〇台分八〇万円の損害を主張しているが、証拠によると、原告が被告の契約解除の以前、本件建築アパートに備付けるべきユニットバス一〇台をタイセイ商事有限会社に注文し、うち一台が現実に原告の事務所まで搬入され、その後、原告が同会社に右一〇台分八〇万円の代金を支払つた事実を、一応、認定することができる。
しかし、この点については、右原告本人尋問の結果によつても、右ユニットバスを他の工事に供用することが可能であり、また、タイセイ商事にその買戻方を折衝することもできなくはないが、原告自身被告の出方に少し憤りを感じ、あえてそのような措置をとつていない事情が窺えるところであつて、右ユニットバスを原告の許に留保しつつ、その代金額を本件の損害として被告に帰せしめるのは相当でないと考えられ、右原告の主張部分は採用することができない。
次に、原告は、被告が近隣の住民に虚偽の事実を流布し、原告の名誉と業務上の信用を毀損したので、その慰藉料三〇万円の支払を求める旨主張し、被告は、右不法行為の存在を争つているところ、原告本人尋問の結果中には、被告が原告のことを悪徳建設業者であると吹聴し、そのため原告が営業上迷惑をうけたとする部分が存するけれども、被告本人尋問の結果によると、被告自身、近隣に言つて廻つたようなことはない旨否定しているばかりでなく、右原告本人尋問の結果によつても、被告が流布したという事実の内容、その時期、相手方等、不法行為の具体的事実関係が明確でなく、他にこの点に関する原告の主張を認めるに足る証拠資料も存しない。
(田中貞和)