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福岡地方裁判所 昭和56年(ワ)64号 判決 1984年9月21日

原告(反訴被告) 千代田火災海上保険株式会社

右代表者代表取締役 川村忠男

右訴訟代理人弁護士 谷正男

同 出雲敏夫

被告(反訴原告) 大倉政人

右訴訟代理人弁護士 諫山博

主文

原告と被告との間において、被告が昭和五五年四月一四日に訴外林守夫から譲渡を受けたという原告と同訴外人との間の同年二月一四日付動産総合保険契約(証券番号八九六)に基づく金八六一八万一〇〇〇円の請求権は存在しないことを確認する。

反訴原告の請求を棄却する。

訴訟費用は、本訴反訴を通じ、これを被告(反訴原告)の負担とする。

事実

第一当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

(本訴)

1 主文第一項と同旨

2 訴訟費用は被告の負担とする。

(反訴)

1 反訴被告は反訴原告に対し、金九二二二万円及びこれに対する昭和五五年四月一〇日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

2 訴訟費用は反訴被告の負担とする。

3 1について仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

(本訴)

1 原告の請求を棄却する。

2 訴訟費用は原告の負担とする。

(反訴)

1 主文第二項と同旨

2 訴訟費用は反訴原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  (本訴)請求原因

1  原告は、昭和五五年二月一四日、訴外林守夫(以下「林」という。)との間に別紙物件目録(一)記載の宝石について、保険金二億円、保管場所福岡市博多区東光寺板付会館(鉄骨造り石綿スレート張り平家建パチンコ店)内の金庫収納、保険期間昭和五五年二月一四日から同年五月一三日までとする動産総合保険契約(証券番号八九六、以下「本件保険契約」という。)を締結した。

2  林は、昭和五五年四月一四日ころ到達した書面で、原告に対し右宝石について昭和五五年四月六日に事故が発生し、その事故による保険金請求権を被告に債権譲渡した旨の通知をした。

3  被告は、原告に対して、盗難事故によって別紙物件目録(二)記載の宝石が被害にあい、その実損価格は合計金一億一九七八万一〇〇〇円であるとして、前同額の保険金の支払を請求している。

しかしながら、被告の主張する前項の債務は存在しないので、原被告間において右債務の存在しないことの確認を求める。

二  (本訴)請求原因に対する認否

請求原因はすべて認める。ただし別紙物件目録(二)記載の25ないし27の宝石は本件保険契約の目的となっていなかったので、右代金に相当する金三三〇〇万円について被告に請求権がないことは認める。

三  (本訴)抗弁・(反訴)請求原因

1  林は、昭和五五年四月五日、別紙物件目録(二)記載の宝石を板付会館内の金庫に保管した。ところが、何者かが、同日午後一〇時三〇分ころから翌六日午前八時までの間に、右金庫から右宝石を取り去るという偶然の事故(以下「本件事故」という。)が発生した。

《以下事実省略》

理由

一  (本訴)請求原因1ないし3は、当事者間に争いがない。

二  (本訴)抗弁・(反訴)請求原因1について判断する。《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

1  板付会館の内部は、別紙板付会館見取図のとおりである。

2  伊豆田実(以下「伊豆田」という。)は、林の経営していた板付会館のマネージャーをしており、その管理していた事務室の金庫にはダイヤル錠とシリンダー錠との施錠装置があるが、同人はシリンダー錠のみを開閉して物の収納保管を行なっていた。なおその鍵は日中は伊豆田が身に付け、夜は自己の就寝する近くの場所に保管していた。

3  伊豆田が、昭和五五年四月六日午前八時ころ、板付会館に行ってみると、前記見取図のホール南西側の「ドア①」のガラスが何者かによって外部から破られて開かれ(なお、物置への入口の「ドア②」、事務室への入口の「ドア③」は無施錠であった。)、事務室にある金庫のシリンダー錠にはドリル様のものでそれを破壊しようとした跡があってその削りくずが付近に落ち、金庫は開錠の状態になっていて、その中に宝石は存在しなかった。なお、伊豆田は、前記日時ころ、右金庫の鍵を他人に盗られたり、利用されたりしたことはなかった。

4  伊豆田は、直ちに一一〇番すると共に、その事態を林に連絡し、林は、即日、金庫の中には別紙物件目録(二)記載の宝石が収納されていたとして、所轄警察署に被害届を提出した。

右各事実に、林が本件保険契約締結時に別紙物件目録(一)記載の宝石を所持していたことは当事者間に争いなく、《証拠省略》によれば、林は右宝石のうち一部を有限会社福岡宝石バンクに担保として差し入れたことが認められ、林がほか二点を他に売却した残りの宝石を本件事故当時所持していたであろうと推認できることを併わせ考えると、《証拠省略》のとおり、林は別紙物件目録(二)記載の宝石を昭和五五年四月五日、伊豆田実に金庫に収納させ、それが翌六日午前八時ころには前記のような状況のもとで金庫内に存在しなかったということから、右宝石が何者かに取り去られたと推認することが可能であるように見える。

しかしながら、保険金請求の基礎となる偶然の事故(もっとも、偶然の事故の「偶然」とはそれが被保険者等の関係者の意図又は行為に基づかないことを意味するものではない。)の発生といっても、火災や破損事故のように「事故」の発生が明確に認識できる場合に対し、本件事故のように保険契約者の支配領域内での盗難事故の発生という場合には、関係者が保険事故の発生を偽装する可能性もあり、その「事故」の発生の有無の判断に当っては、慎重に検討する必要がある。

ところで、《証拠省略》によれば、次の事実が認められる。

1  板付会館内にあった金庫は、キング工業株式会社製の「クラウン業務用耐火金庫五〇三型」であって、右金庫はダイヤル錠及びシリンダー錠で収納品を盗難等の事故から防止する機能を営んでいる。

2  右金庫のシリンダー錠の表面には本件事故の際付けられた傷が存するが、それはシリンダー錠の機能には何らの影響を及ぼしてはいなかった。

3  右シリンダー錠の傷は、まず、同錠が閉錠の状態にあるときに径四ミリメートル、及び径一〇ミリメートルのドリルで穿孔され、その際二条の滑走痕を生じ、次いでシリンダー錠が開錠の状態になり、更にその状態で再度ドリルで穿孔され、その際一条の滑走痕を生じ、その他にプラスドライバーによる打撃とその際のドライバーによる滑走痕が付けられている。

4  本件事故の場合、シリンダー錠を開錠の状態にしたのは、鍵かピッキング(鋼線又は鋼片を用いてシリンダータンブラの凹凸を探り当てて開錠する方法)かによると考えられるが、後者の場合は高度の技術を要し、ごく少数の者しかその技能を有しない。

右事実及び前記認定の事実によれば、本件事故を発生させた者は、当初から金庫の鍵を所持していたか、又はピッキングの技術を有していたのであるから、ドリルやプラスドライバーでシリンダー錠の破壊を試みる必要はなかったのであり、右破壊行為は単にその破壊によって金庫が開錠されたと偽装するための工作にすぎなかったこと、ピッキングは特殊の技能を要することから本件事故の際の開錠は鍵による可能性が強いことの各事実が認められる。また、《証拠省略》によれば、林は、本件で問題になっている別紙物件目録(一)記載の宝石の売買代金と称する金一億六五四〇万円を被告(反訴原告)に支払っていないのはもとより、昭和五三、四年にかけて板付会館で欠損を出し(なお、板付会館は、地代不払のため賃貸人から明渡請求訴訟を受け、現在その建物は収去されている。)、関係する株式会社二世サービス商会も同様の経営状態であり、右宝石の一部を有限会社福岡宝石バンクに担保として差し入れて融資を受けたりしている(なお、この融資の返済のために振り出した手形も不渡りになっている。)等、資金的に苦しい状態にあったことや、林が本件事故直前に二世サービス商会の社員旅行と称して大分県の湯布院に出かけたのもその経緯が若干唐突であること等の事実も認められる。

以上のような各事実を併わせ考えると、本件事故は、林側の者が盗難事故があったように偽装工作している可能性が十分にあり、未だ、本件保険契約の目的となっている別紙物件目録(二)記載の宝石(同目録25ないし27は除く。)が金庫内から取り去られたという「事故」が発生したと認めるには疑問があり、右認定を左右するに足りる証拠はない。

三  よって、原告の請求は理由があるからこれを認容し、反訴原告の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 有吉一郎)

<以下省略>

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