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福岡地方裁判所 昭和57年(ワ)382号 判決 1989年4月18日

昭和五四年(ワ)第一〇六号事件原告

前田安人

同事件原告

前田喜代子

同事件原告

大熊勝宣

同事件原告

大熊光枝

同事件原告

古賀廣

同事件原告

古賀和代

同事件原告

矢冨實次

同事件原告

矢冨富士子

同事件原告

山科成孝

同事件原告

山科ミヨ子

同事件原告

坂井和也

同事件原告

坂井哲也

同事件原告

坂井貞子

同事件原告

新須玲子

同事件原告兼新須玲子法定代理人親権者父

新須和男

同事件原告兼新須玲子法定代理人親権者母

新須郁子

同事件原告

吉田達哉

同事件原告

吉田誠剛

同事件原告

吉田惠子

昭和五七年(ワ)第三八二号事件原告

山村誠

同事件原告兼山村誠法定代理人親権者父

山村賢

同事件原告兼山村誠法定代理人親権者母

山村照子

右原告ら二二名訴訟代理人弁護士

馬奈木昭雄

上田國廣

島内正人

中尾晴一

前田豊

池永満

辻本育子

宇都宮英人

下田泰

最所憲治

田邊匡彦

諫山博

林健一郎

小泉幸雄

小島肇

井手豊継

内田省司

津田聰夫

林田賢一

三浦久

吉野高幸

安部千春

前野宗俊

高木健康

辻本章

渡邊和也

松本洋一

多加喜悦男

中山敬三

昭和五四年(ワ)第一〇六号事件原告ら一九名訴訟代理人弁護士

古原進

中村照美

三浦諶

神本博志

同事件上田國廣訴訟復代理人弁護士

松井昌次

井関和雄

野林豊治

板井優

同事件上田國廣訴訟復代理人兼昭和五七年(ワ)第三八二号事件原告ら三名訴訟代理人弁護士

八尋八郎

田中久敏

昭和五七年(ワ)第三八二号事件原告ら三名訴訟代理人弁護士

稲村晴夫

椛島敏雅

宮原貞喜

白垣政幸

配川寿好

住田定夫

臼井俊紀

尾崎英弥

横光幸雄

昭和五四年(ワ)第一〇六号事件、昭和五七年(ワ)第三八二号事件上田國廣訴訟復代理人弁護士

名和田茂生

被告

右代表者法務大臣

高辻正己

右指定代理人

安齋隆

外七名

主文

一  被告は、別紙Ⅰ(認容金額一覧表)の「原告名」欄記載の各原告に対し、当該原告の各「認容額」欄記載の金員及び右金員に対する各「付帯請求起算日」欄記載の日からそれぞれ支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は、第一項中同項記載の各原告らにつき、「認容額」欄記載の金員の各三分の一を限度として、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の申立

一  請求の趣旨

1  被告は原告らに対し、それぞれ別紙Ⅱ請求金額目録の「請求金額」欄記載の各金員、及びこれに対する「接種の年月日」欄記載の日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言(右第一項)

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

3  仮執行免脱宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

(一) 原告らは、請求原因末尾の原告各論(以下「原告各論」という。)一ないし九の各1「当事者、予防接種等概要」の(二)ワクチンの接種等及び(三)実施者等に記載のとおり、ワクチンの接種(以下「本件各予防接種」という。)を受けた被接種者(原告各論一ないし九の各1「当事者、予防接種概要」に被害児と表示されている者、以下「本件各被害児」という。)本人(原告番号六ないし九の各一)、その父母(原告番号一ないし五の各一、二、同六ないし九の各二、三)である。

(二) 被告は、その公衆衛生上の責務を果たすため、衛生行政の最高機関として厚生省を設置している(国家行政組織法三条、厚生省設置法三条)。厚生省は、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上と増進を図ることを任務とし、国民の保健、薬事等に関する行政事務及び事業を一体的に遂行する責任を負う行政機関であり(厚生省設置法四条)、その長である厚生大臣は、衛生行政の主務大臣として、その行政機関の事務を統括し、職員の服務について、これを統督し、さらに、地方公共団体の長が国の機関として処理する行政事務について、都道府県知事、市町村長を直接又は間接に指揮監督するほか(地方自治法一五〇条)、公衆衛生行政全般につき、保健所の設置及び運営に対する指導監督をなすべき地位にある(厚生省設置法九条六号、保健所法一一条)。

被告は、伝染の虞れがある疾病の発生及びまん延を予防するため、予防接種法(昭和二三年法律第六八号、なお、昭和五一年法律第六九号による改正前のものを以下「旧法」と略称する。)を制定し、予防接種法施行規則、予防接種実施規則(以下「実施規則」という。)及び予防接種実施要領等を定め、市町村長又は都道府県知事に対し、定期の予防接種(旧法五条)又は臨時の予防接種(同法六条)を行わしめ(いわゆる強制接種)、さらに行政指導によって予防接種を行わせ(いわゆる勧奨接種)、予防接種の実施に当たる都道府県知事又は市町村長に対し、これを指揮監督し(地方自治法一五〇条)、強制接種のみならず、すべての種類の予防接種について、保健所の運営を通じ指導監督を行っているものである。

2  事故の発生

本件各被害児は、原告各論一ないし九の各2「経過」に記載のとおり、本件各予防接種を受けた後、死亡し、あるいは重大な後遺症を被る事故(以下「本件各事故」という。)にあった。

3  因果関係

(一) 一般的因果関係の存在

本件で問題となる各ワクチン接種によって、まれにではあっても、死亡又は脳炎、脳症等の重篤な後遺症が発生するという意味での一般的な因果関係の存在は明らかである。

(二) 個別的因果関係の判断基準

(1) 一般に訴訟上の因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明することであり、この判定は、通常人が疑いを差しはさまない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし、かつ、それで足りるものと解されている(最判昭和五〇年一〇月二四日判決いわゆるルンバール事件判決)ので、予防接種とその後に発生した一定の症状との間の因果関係を判断するに当たっても、次の二要件を満たせば、因果関係を肯定してよい。

① 当該疾病発症前、一定の密接した期間内に、原因として主張されるワクチン接種がなされていること

② 現在の病理、臨床、実験の各医学上、当該疾患の発症(侵襲部位との対応を含む。)又は重篤化に、原因として主張されているワクチンの接種が影響を与えていることが実証され、又は実証されないまでも、これを合理的に説明しうる仮説が存在して、その仮説が一応妥当であると判断されること

以上の①、②の二要件が立証されている限り、当該症状が予防接種によるものでないと主張する側、すなわち本件では被告側において、その症状が他の原因のみによるものであることを立証できなければ、因果関係は肯定されるべきである。そして、「他原因」ありというためには、「乳幼児は一般にひきつけを起こしやすい」というような抽象的なものでは足りず、個別原告について明確かつ具体的な証拠に基づくものであることが必要である。さらに、仮に「他原因(疾患の病理を発現させている直接の他原因)」が認められる場合においても、ワクチンの接種が疾患の増悪化に明らかに影響を及ぼすことが知られており、この場合にも因果関係自体は肯定されて然るべきことを勘案すれば、当該疾患が他原因のみによって生じたものであることが被告側によって証明された場合に限って、因果関係を否定すべきである。

(2) 白木証人の四つの基準

白木証人は、予防接種とその後の症状との因果関係判断の枠組みとして、次の四つの基準ないし条件を挙げている。

① ワクチン接種と予防接種事故とが、時間的・空間的に密接していること

② 他に原因となるべきものが考えられないこと

③ 副反応の程度が他の原因不明のものによるよりも質量的に非常に強いこと

④ 事故発生の機序が実験・病理・臨床等の観点から見て、科学的、学問的に実証性があること

白木証人は、立証責任という概念の機能する余地のない医学ないし医学者の立場から、原告主張の二要件とほぼ同旨の右①、④のみならず、さらに本来被告側の立証責任の領域である「他原因」のないことについてまで踏み込んで検討を加えており、また、予防接種被害を他の疾病の病像から特徴づけるものとして、「折れ曲り」の存在を指摘している。

原告らは、法的因果関係の要件は、前記(1)のとおり①時間的・空間的密接性、②合理的説明可能性のみに整理できると考える。白木証人は、さらにより厳しい基準で総合的に検討を加えているものであり、白木証人の四つの基準を充たす被害児は、当然原告ら主張の二つの要件をも充足するものである。

(三) 以上のとおり、因果関係判断の要件としては、前記(二)の(1)、(2)の要件を以て足り、本件各被害児について右要件が充たされ、本件各予防接種と本件各事故との間の因果関係が肯定される。

(四) なお、本件各被害児のうち、原告各論番号(以下「被害児番号」という。)2、3、7、8の被害児については、予防接種法による予防接種事故審査会の審査に基づき、本件各予防接種と本件各事故との間の因果関係が肯定され、行政認定がなされているが、被告は、そのうち、本訴提訴後の昭和五四年八月一四日に認定を受けた被害児番号7の被害児については、右認定後も本訴で因果関係を争っている。

(五) 右被害児番号7の被害児を含め、被告が因果関係を否認する本件各被害児についての個別的な因果関係の主張は、原告各論のうち3「因果関係」に記載のとおりである。

4  責任

国家賠償法に基づく責任

(一) 本件における公務員概念

加害行為が単独の行政組織上の地位にある特定の公務員のみによって決定、実行された場合は、確かに特定の行政組織上の地位をあげることができる。ところが、現代の複雑な行政においては、単独の行政組織上の地位にあるもののみで、行政が決定され、実行に移されることは極めてまれで、複数の行政組織上の地位にまたがることが圧倒的に多く、その場合、この地位毎に切り離して故意過失を考えることは妥当でない。故意過失の対象が、行政組織体の組織的決定及び実行である以上、その故意過失は組織的決定、実行そのものについて検討せざるを得ない。組織体の中から個々の公務員の分担部分を個々ばらばらに切り離してとらえれば、組織的決定、実行行為は雲散霧消し、故意過失の評価の対象となり得ない意味不明の行為しか残らない。

そして、予防接種実施行為における前記行政組織体は、被告国そのものと考えるべきである。被告の予防接種実施行為は、国の公衆衛生の向上と増進を目的として国家的規模でなされる衛生行政の一環であり、原告らが被告の加害行為として把えるものは、単に接種現場における接種行為にとどまらず、予防接種を実施するか否かの基本的決定から、接種時期・対象者・方法の決定・具体的実施に至るまでを含む一連の組織的行為の全体であり、その行為者は、右の基本方針の決定及び具体的実施に関する決定に関与した公務員、並びに、接種現場に関与した医師等を含めて一体として把握すべきもので、かかる意味において、予防接種行政を担当した行政組織体そのものというべきである。さらに、予防接種はあらゆる場面にわたって、被告により排他的に管理、運営されていて、国民としては、その安全性を判断する方法がなく、被告の行政を信頼する以外に途がないので、かかる意味においても、予防接種の被害に対し、責任を負うべき主体は、組織体としての被告そのものであり、被告こそがその責任に耐え得る。

従って、国家賠償法一条の「公務員」とは、前記行政組織体としての被告そのものである。

(二) 公権力の行使

(1) 強制接種

国の機関が実施主体となって、予防接種法に基づき定期又は臨時に実施した予防接種が国の公権力の行使に当たることは明白である。

(2) 被害児番号3古賀宏和の本件種痘の接種について

古賀宏和は二歳一か月にて本件種痘の接種を受けたが、右接種は、福岡県山門郡大和町が国の機関委任事務として実施する予防接種法上の定期接種として実施されているものであり、被接種者の年齢にかかわりなく、被告である国の公権力の行使がなされている。

加えて、定期内に疾病その他やむを得ない事故のため予防接種を受けることができなかった者について、その事故の消滅後一か月以内に当該予防接種を受けなければならないと規定されていた(旧法九条)のであるから、二歳を超えた者への本件種痘の接種が被告の実施する予防接種の枠内にあったことは明らかである。

従って、本件種痘接種は被告の実施したものである。

(3) 被害児番号6坂井和也の本件混合ワクチンの接種について

市町村長が国の機関委任事務として実施する定期の予防接種の具体的方法の一つとして、委託方式があり、これは、医師会との委託契約に基づいて、医師会に一括して予防接種の実施を委託するものである。本件混合ワクチンの接種は右の委託方式によりなされたと考えられ、国の機関委任事務として実施されていることは明らかである。

仮に、本件接種が右の委託方式によって実施されたものでないとしても、本件の接種は罰則の制裁のもとに生後三月から六月間に接種することが被告によって強制されており(旧法三条、二六条一号、一一条一号、一三条一号)、また、旧法六条の二から明らかなごとく、定期内に市町村長以外の者から接種を受けた場合には定期接種を受けたものとして取り扱われることになっていたものでもあり、本件接種がその事案であることは明らかである。

従って、予防接種被害が生じた場合の責任の所在についても、定期接種と別異に解する理由は全くない。

(三) 被告の故意、過失

(1) 故意

予防接種が重篤な副反応を許容しているものでないことは後に述べるが、被告は、副反応の存在とその回避不能の事実とを認識し、それにもかかわらず予防接種を実施したものであり、被告に故意があることは明白である。

また、被害発生の認容がないゆえ故意がないとの見解もあるが、故意の要件としては、被害認識があれば足り、認容は不要とするのが一般的見解となっている。

仮に、認容が必要との見解を採ったとしても、本件予防接種の場合、認容はあると考えるべきである。

(2) 過失

① 予見可能性の有無

被告に少なくとも被害発生についての予見可能性があったことは、故意のところで述べたことから明らかである。被告は、予防接種による重篤な副反応の存在を認識していたものであるから、予見可能性どころか予見があるのであって、本件はいわゆる認識ある過失に該当する。

② 回避可能性の要否

過失の要件としては、予見ないし予見可能性で足り、結果回避可能性ないしは義務違反を要件とする考え方は明らかに原則からの逸脱であり、過失の要件を不当に制限する考え方である。回避可能性説は、産業の有用性ないしは保護育成、さらには、公共性を考慮するようであるが、産業の有用性ないし保護育成の考慮は差止訴訟において要件となり得ても、損害賠償においては全く問題とならず、加害企業の公共性の議論はあくまで違法性の段階における議論であって、故意、過失の段階におけるものではない。なお、「許されたる危険」の一場面で、注意義務自体を制限する理論として「信頼の原則」があるが、予防接種において「信頼の原則」が適用される筈はなく、そのような議論さえもない。そして、予見ないし予見可能性のみで足りるとの考え方は、近時公害薬害事件においても判例上支配的見解となっている。

③ 結果回避可能性の抽象化(加害の恐れある行為を中止する義務)

一連の公害訴訟の中で結果回避可能性を過失の要件とする見解があったが、いずれも結果回避可能性の抽象化が行われ、結果回避可能性は常に存在するということになり、予見可能性で足りるとの見解と同一の結論に帰していた。すなわち、結果回避可能性を過失の要件とする裁判例においても、加害の恐れある行為を中止することによる結果回避について、論理の展開がなされている。

予防接種法は、厚生大臣等に法の規定する予防接種の義務づけを行ったものではなく、実施してよい範囲を定めたものである。従って、被告は、中止をも含めて予防接種被害を回避する義務を負っている。ところが、被告は、環境衛生、検疫等他の有効な伝染病予防の手段を軽視し、安価な予防接種のみを偏重してきた。そのうえで、予防接種自体は存続しながら、必然的に起こる副反応被害について過失がないと強弁している。

④ 結果回避可能性(あらゆる手段を尽くして被害を防止する義務)

仮に、結果回避可能性の要件を被告のように解するとしても、被告は、各原告について具体的に、あらゆる回避手段を尽くして被害防止に努めたことを主張、立証すべきである。

原告らは、東京都渋谷区医師会の予防接種センターにおいて、十分な予診を尽くすことによって、昭和四四年から今日まで二〇〇万件以上の予防接種を行ってきたにもかかわらず、一例の副作用事件も発生させていない事実を主張、立証してきた。限られた人的・物的態勢の中で、結果回避措置の一つに過ぎない予診態勢・救急医療態勢を整備することによって、右のような目ざましい効果が生じた事実は、逆に被告がいかに結果回避措置を怠ってきたかを如実に示すものといえよう。原告らは、右のように、結果回避義務違反の事実をすでに主張、立証しているのであるから、被告はこれに対する反証を提出すべきである。

被告は、本来、予防接種法にかかげる各ワクチンの接種の是非について、毎年それまでの十分なサーベイランスに基づいて、緻密な検討を加えたうえで実施の決定を下すべき立場にあったが、前提となるサーベイランスを全く行わず、漫然と接種を継続してきており、被告に結果回避義務違反があることは明白である。

(四) 過失の具体的内容

(1) 本件各被害児全員について、副作用を説明しなかった過失

① 説明義務の法的根拠

医療行為は、患者に予め医療行為の具体的内容を告げ、患者の承諾が得られたうえで行われるべきものであって、承諾なくしてなされた医療行為は、原則として違法である。このような説明義務の法的根拠は、患者の自己の運命に対する決定権に求められる。医的侵襲により生ずべき苦痛・危険・あるいは損害を患者が甘受するか否かの決定をする機会が与えられるべきであり、憲法上、肉体的不可侵が保障されており(憲法一三条、一八条、三一条)、説明を伴わない専断的治療行為は患者の自己決定権に抵触することになる。

② 予防接種における説明義務

患者の同意は、医的侵襲そのものだけでなく、治療行為に随伴する患者の生命、身体に対する危険性についても必要である。予防接種において、その副反応は極めて重篤であるゆえ、副反応についての説明及び同意が当然必要である。たとえ、予防接種の副反応が稀であっても、発生した事態を避ける方法がない場合は、説明義務が課されると考えるべきである。

ところで、医学的適応性(患者の利益の程度)と患者の同意の程度は、相関関係にあり、前者が低ければ後者は高度である必要がある。予防接種においては、被告主張のように社会防衛が目的であり、被接種者への直接的な利益は少ない。そうであれば、通常の診療行為以上に自己決定権が尊重されねばならない。

また、一般の医療の場合では、患者に説明をしないことが医学的に必要な場合もあるが、予防接種においては、そのような必要性が全く存在しない。

③ 被告の説明義務懈怠

前述のように、予防接種は、医学的適応が極めて低い場合であるから、単なる受け身的な同意では足りず、積極的同意が必要である。予防接種においては、ⅰ副反応の存在、ⅱこれを免れるための具体的手段、ⅲ伝染病の流行状況、ⅳ予防接種の有効性など、被接種者あるいは親が接種をすべきか否かを決断するに足りる十分な材料の提供が必要である。単なる禁忌の説明だけで足りない。

右説明のためには、サーベイランスが不可欠であるが、被告は一貫してサーベイランスを怠っており、説明義務を履行する能力さえ欠いていた。

そして、被告は、積極的に予防接種の危険性を説明するどころか、接種率を上げるために副反応を隠し続けてきたものであり、被告の説明義務違反は明白である。

(2) 本件各被害児の個々についての具体的過失

① 種痘を廃止しなかった過失(被害児番号2ないし4の被害児について)

ⅰ 痘瘡の病像

痘瘡は、痘瘡ウイルスの感染により起こる急性熱性発疹性の伝染病であり、ヒトからヒトの間で流行拡大する疾病であって、ヒト以外の宿主はいない。患者の気道分泌物、皮膚粘膜の病巣、及びそれらに汚染された物が感染源となり、感染経路は空気伝播によるが、至近距離での飛沫感染以外の空気伝播はそれほど高頻度で起こるものではなく、主として、同一室内で一定時間以上接触した場合に限られる。また痘瘡は痘瘡患者に接触した後、約一二日間の潜伏期を経て、頭痛等を伴う発熱で始まり、その状態が二ないし三日間続き、その間、前駆疹が出現することがある。そして、熱が一旦下降し、斑紋状発疹が始まり、三ないし六日間の経過で再び発熱し、丘疹、水疱、膿疱と全身の発痘が進行する。皮膚の発痘出現より約二四時間先行して、口腔上気道の粘膜に発痘の始まる例が多い。痘瘡の場合、全く症状のないウイルス保持者はいないから、その診断は容易にできる。

痘瘡は、かつて世界的に流行した疾病であったが、各国の対策により二〇世紀には急激に減少し、特に第二次世界大戦後WHOの撲滅計画によって、インド、エチオピア、バングラデシュ等のごく一部の地域のみ存在する疾病となり、遂には昭和五四年一〇月二六日、WHOにより撲滅宣言がなされた。

ⅱ 我が国における痘瘡の発生状況と非常在国化

我が国においては、明治以降平常時に流行することは余りなく、戦争等により出入国が激しかった時期に時折り流行があったが、昭和二三年以降、患者及び死亡者が著しく減少し、昭和二七年以降は死亡者がゼロに、昭和三一年以降は、昭和四八年、昭和四九年に各一例の患者発生があったほかは患者の発生もゼロとなった。痘瘡にヒト以外の宿主がいないことを考えれば、昭和三一年以降、痘瘡ウイルスは国内に常在しなくなったといえる。

痘瘡ワクチンの接種を種痘というが、右のように昭和三一年以降、痘瘡の脅威は全く微々たるものであった。特に、幼児は国外からの持込みに対して最も接触の機会が乏しく、この点でも幼児種痘は極めて問題の多いものであったが、国は漫然と幼児に対する一律の種痘を続けた。

ⅲ 非常在国における痘瘡防止の方法

我が国においては昭和三一年以降、痘瘡ウイルスは国内に常在しないのであるから、海外からの持込みについて十分なる注意を払えば足りた。まず、罹患者と接触する可能性のある検疫所関係者、海港、空港関係者、ホテル、病院等の関係者に対して毎年ないしは三年毎の種痘を実施すること、及び持込みルートに対する検疫を充実させることである。

また、痘瘡は、急激に広まるものではなく、罹患者の早期発見態勢が整備されればさほど恐れるものではない。常在国においてすら、痘瘡発生後の痘瘡患者周辺の緊急種痘で痘瘡が根絶されており、ましてや非常在国である我が国においては、このような方法で流行は充分阻止できたわけで、このことは、痘瘡の疫学的研究や、感染病理、伝播経路の研究を充分に尽くせば容易に思い至るものである。我が国の昭和四八年、昭和四九年の痘瘡移入例を見ても、いずれも、帰国後発熱し、発疹の出た患者を隔離収容して、その直後、家族の隔離と住居の消毒、帰国後の足取り調査と同行者、接触者に対する健康調査、緊急種痘、居住地域での予防接種を実施し、二次感染なく終っている。この二つの例は、仮に、痘瘡の持込みがあっても、サーベイランスによる早期発見態勢と患者の周囲に対するリング・ワクチネーション(緊急接種)によって、二次感染を十分防止できることを示したものといえる。

ⅳ 痘瘡ワクチン

種痘は、生きたワクチニアウイルスを牛の横腹に傷をつけて塗りつけ増殖させ、これを掻き取って集めて処理をして作られていたもので、雑菌を含み、副作用の危険の高いワクチンであった。

昭和四〇年代に入って、種痘再検討の声が強くなってきたが、被告は何ら根本的な検討をせず、昭和四五年種痘による重大な被害が相ついで発生すると、その対応策として、従来使用していた大連・池田株をリスター株に切り替えたにすぎなかった。しかし、いずれも動物の皮膚より粗菌を得ており、細菌の混入が避けられないうえ、リスター株については、従来の株より局所反応が小さい点は評価できるとしても、全身反応については同様の問題があり、本質的に差異は認められない。

ⅴ 種痘による事故と副反応

種痘の接種年次別の予防接種健康被害救済給付認定状況は、次のとおりである。年次(昭和・年)四六 四七 四八 四九 五〇認定数(人) 一七一 二三四 二三六 二八五 一九七(財団法人予防接種リサーチセンター予防接種制度に関する文献集)

種痘による被害としては、死因統計でみると、少なくとも毎年一〇名前後の死者が出ており、これと右認定状況のとおり毎年少なくとも一〇〇名を下らない重篤な副反応被害が発生していたことが分かる。

種痘の副反応としては、種痘後脳炎脳症といわれる神経系合併症と壊死性痘疱性湿疹といわれる皮膚合併症とがある。種痘後脳炎は致命率が高く、回復しても後遺症を残すことが多い。手脚に麻痺、けいれんが残り、知能の発育が停止するところの後天的脳性小児麻痺である。てんかんの発作を起こすようになったり、特に点頭てんかん、すなわち、おじぎをするように頭をうなずく発作が起こったりする。壊死性痘疱とは、種痘した局所がまず発痘し、発痘によってできた膿疱が治癒に向かわず、漸次進行して潰瘍になり、あるいは膿疱がしだいに全身に広がってとどまらず、結局、死に至る。

ⅵ 種痘の免疫持続力

種痘が確実に痘瘡の予防に効果があるとされているのは三年間であり、二〇年経過すると殆ど免疫効果は消失する。このため、高度の免疫保有率を保つことによって痘瘡の流行を防止しようとすれば、人はその生涯に六ないし七回の規則的な間隔の種痘を行わなければならない。しかし、実際は、我が国で行われてきた定期種痘の最終回は「小学校卒業前六カ月」であり、痘瘡ウイルスに対する免疫を保持しているのは、せいぜい三〇歳頃までにすぎない。

従って、幼児に強制一律種痘を行うことによって、我が国の社会全体が高度の免疫保有率を有していたとか、痘瘡の持込み又は流行に対して高度に防禦されていたというのは全くの誤りであり、種痘の継続は不必要であった。

ⅶ 被告の過失

被告は、諸外国及び国内における痘瘡の流行状況等を全く無視し、種痘の実施についても何ら根本的な検討を行わなかった。被告が痘瘡の患者発生数と種痘の副反応事故例に十分なる注意を払っていれば、遅くとも非常在国となった昭和三一年には幼児の定期接種の廃止にふみきれていたはずであり、同年以降種痘が廃止されていれば、被害児番号2ないし4の被害児については被害の発生がなかった。

従って、被告は、昭和三一年以降種痘の接種を実施すべきではなかったにもかかわらず、漫然と実施した点に過失がある。

② 種痘の接種年齢の引き上げを怠った過失(同4の被害児につき)

ⅰ 我が国における種痘の接種年齢及び接種回数の変遷

我が国における種痘の接種年齢及び接種回数の変遷は、次のとおりである。

昭和二三年 Ⅰ期生後二月~一二月

Ⅱ期小学校入学前六月以内

Ⅲ期小学校卒業前六月以内

昭和四五年 Ⅰ期生後六月~二四月

Ⅱ期従来どおり

Ⅲ期〃

昭和五一年 Ⅰ期生後三六月~七二月

Ⅱ期中止

Ⅲ期〃

ⅱ 英米における接種年齢についての調査と接種年齢の引上げ

かつて、種痘の副反応は、一般に一歳未満において最少であると信じられてきたが、昭和三五年(一九六〇年)頃、諸外国において相次いで発表された詳細な副反応調査報告により、一歳未満の副反応発生率が極めて高いことが明らかにされた。

すなわち、英国のグリフィスの調査のデータを基礎とするコニーベアの報告によると、一九五一年(昭和二六年)から一九六〇年(昭和三五年)までの初種痘三八二万人、再種痘一二四万人について、一歳未満の副反応発生率は、一〇〇万人当たり61.9人(うち死亡10.1人)であり、一歳児のそれは23.3人(うち死亡3.3人)で、一歳未満は一歳児に比べ約三倍の高い発生率を示していた。また、グリフィス自身の報告によれば、一九五一年(昭和二六年)から一九五八年(昭和三三年)における英国の種痘副反応による死亡率は、一歳未満で一〇〇万人当たり19.4人、一歳から四歳まで1.9人であった。

米国においても、ネフは一九六三年(昭和三八年)論文を発表し、大規模な副反応調査の結論として、「一歳未満の子供の合併症と入院総数が他の年齢群の二ないし三倍も高い」と報告した。

そのため諸外国で次のとおり年齢の引上げがなされた。

英国  一九六二年(昭和三七年)初種痘一歳~二歳

オーストリア  一九六三年(昭和三八年)同右

米国  一九六六年(昭和四一年)同右

西独  一九六七年(昭和四二年)初種痘一八月~三歳

ⅲ 接種年齢の決定基準

痘瘡の流行地の如く、乳児期にも罹患の可能性の高い地域では、生後できるだけ早期に行うのがよい筈であるが、欧米諸国や我が国の如き非流行地では新生児期に行う必要はない。従って、初種痘の時期を決定するのに最も重要なのは、合併症ないし副作用の頻度との関連である。

ⅳ 接種年齢の引上げ

被告は、前記の各報告及び諸外国が初種痘年齢を引上げたことを十分知悉していたが、これに対して何らの措置も行わず、前記のとおり、昭和四五年いわゆる「種痘禍騒ぎ」に直面して、急遽第一期種痘年齢を生後六カ月から二四カ月とするよう指導したが、これも全く根拠のない場当たり的措置であり、年齢引上げの法律改正が行われたのは昭和五一年になってからであった。

我が国において、前記諸外国と比べて対応が遅れた最大の原因は、被告の副反応調査の怠慢にあることは明白である。我が国においても、遅ればせながら実施された種痘研究班(いわゆる高津班)の調査結果によれば、一歳未満児は一歳児に比べ二倍以上の副反応発生率を示し、かつ月令が小さい程予後が悪いことが判明しており、これは、中枢神経系が未発達な乳児ほど打撃を受け易いという医学の一般常識とも合致している。従って、我が国においても、早い時期から広範かつ綿密な副反応調査を実施しておれば、諸外国におけるのと同様の結果が判明したことは間違いない。

ⅴ 被告の過失

被告は、接種年齢の適否を検討する前提となる副反応調査を怠り、その結果接種年齢の引上げを大幅に遅滞したものであるから、その責任は極めて重大である。

また、被告が副反応調査を怠っていたため、自らのデータは保有していなかったとしても、前記のとおり、英、米等において相次いで一歳未満の副反応発生率が高いとする調査報告が発表され、西欧諸国が初種痘年齢の引上げを行ったのであるから、被告としては、速やかにそれらを調査検討し、国民の被害を防止するため機敏な対応をなすべきであった。

諸外国及び我が国での調査結果をみるならば、我が国においても初種痘の年齢について、遅くとも英国が接種年齢を引上げた一九六二年(昭和三七年)には接種年齢を生後一歳以上に引上げるべきであり、同年以降種痘の接種年齢が生後一歳以上に引上げられていれば、被害児番号4の被害児については被害の発生がなかった。従って、被告は、昭和三七年以降種痘につき一歳未満の乳幼児に対してはこれを行うべきではなかったにもかかわらず、漫然と種痘接種を一歳未満の乳児に対して実施した過失がある。

③ インフルエンザワクチンを学童に集団接種した過失(被害児番号5の被害児について)

ⅰ 実施経緯

(ⅰ) 被告は、昭和三二年のアジア風邪の流行を機に、昭和三二年九月四日付衛発第七六八号通達「今秋冬におけるインフルエンザ対策について」により、インフルエンザワクチン接種を実施するよう行政指導し、その後、昭和三七年からは、毎年特別対策として乳幼児、小中学生を中心に年間二〇〇〇万人以上の者に予防接種を実施してきた(昭和三七年一〇月二〇日付衛発第九二七号通知等)。

厚生省が昭和三七年以後行政指導による学童の集団接種にふみ切った根拠は、接種する学童を直接インフルエンザから守るというのではなく、学童に予防接種をすることによって、社会をインフルエンザから防衛するという、ワクチンによる感染経路対策であり、世界的にも全く例のないものであった。

(ⅱ) 昭和四〇年に、インフルエンザワクチンによる乳幼児等の死亡例が公にされたにもかかわらず、被告は、同年一二月一一日付衛発第八三〇号通知「インフルエンザ予防接種の取り扱いについて」において、乳幼児の予防接種には格段の注意を以て実施すべきこととしたのみで、何らの政策の変更をしなかった。

昭和四二年にも、インフルエンザワクチンによる乳幼児の死亡例が報告され、社会問題となったが、被告は、同年一二月四日付衛発第八七六号通知「二歳以上の乳幼児に対するインフルエンザ予防接種の取扱いについて」において、保育所、幼稚園の乳幼児には特別対策を継続し、一般家庭の乳幼児についても集団接種方式は好ましくない、と通知したにとどまった。

(ⅲ) 被告は、昭和四六年に至ってはじめて、同年九月二九日付衛防第二〇号通知により、「二歳以下(三歳未満)の乳幼児に対するインフルエンザ予防接種は、成人に比して重篤な副反応発生の頻度が高いこと等にかんがみ、これらの年令層には、インフルエンザ感染による危険が極めて大きいと判断される十分の理由がある等特別の場合を除いては、予防接種の勧奨を行わないよう」通知し、乳幼児については勧奨接種しない政策に切り替えた。

(ⅳ) 昭和四七年からは、いわゆるHAワクチンが採用され、昭和五一年の予防接種法改正で、幼稚園児から高校生(三歳から一八歳)の児童、生徒に対し、予防接種に基づく一般の臨時の予防接種として義務接種が実施されている。被告の右被接種者らを盾にした集団防衛政策は、昭和三七年当時と全く変わっていない。

ⅱ インフルエンザの病像

インフルエンザは、呼吸器系伝染病で、伝染し易く、一時に多発するが、通常人にとっては良性の疾患であり、慢性の心肺疾患患者、老齢者等のいわゆるハイ・リスク・グループに属する者以外には、死亡又は重大な後遺症を残すことのない病気である。我が国で義務接種の対象とされている年齢層は、インフルエンザによる死亡率が最も低い層であり、さらに、インフルエンザ様の症状にある者のうち血清学的にインフルエンザウイルスに罹患しているのは、わずか六パーセントにすぎない。

感染は気道感染であり、気管の上皮細胞が次々と侵される局所感染を基本にした疾患で、感染防禦は、局所たる気道粘膜で産出される免疫抗体が分泌抗体として最も役立つもので、血液中の抗体がウイルスに作用を及ぼし感染防禦に役立つことは少ないと考えられている。インフルエンザウイルスは、毎年変化(連続変異)すると共に、一〇年に一度は不連続的に大きく変化し、これらの変化の内容はいずれも予測できず、同じ流行期でも、場所が異なれば流行株も異なり、日本全体でみれば、同時に色々な型の株が流行する。

ⅲ ワクチンの有効性

インフルエンザワクチンが開発されてからすでに三〇年余を経過しているが、ワクチン接種後の罹患率、症状の程度の変化等のワクチンの予防効果につき調査された例は極めて少なく、また、予防効果を確かめる方法も確立しておらず、予防効果が実証された調査報告例は殆どない。むしろ反対に、ワクチンの予防効果を否定する調査結果がしばしば報告されている。このように、インフルエンザワクチンの有効性が不確実な理由は、前記のインフルエンザの病気としての特性と不可分の関係にある。

ⅳ ワクチンの害作用

異種蛋白を人体に注射することにより害作用を起こす危険があるという、ワクチン一般に共通する危険性の外に、インフルエンザワクチンに特有の危険性として、ワクチン製造過程で孵化鶏卵を使用するため、卵成分によるアナフィラキシーショック等のアレルギー反応を起こす場合があること、ワクチン製造過程において雑菌が混入しやすいため、その菌体内毒素による害作用の危険性があること等、ワクチン開発当初から他のワクチンに比較して重篤な害作用発生の危険性が高いことが指摘されてきた。被告は、このようなインフルエンザワクチンの害作用については、その接種を実施する時から認識していた。

ⅴ 学童集団接種政策の誤り

学童集団に予め免疫を与えて防衛線となし、社会での流行を未然に阻止するという政策が、世界的に全く例のない、我が国のみが唯一とっている極めて特異な立場であることは既述のとおりであり、しかも、学童集団への接種方法が一律義務接種となっているのも世界に例がない。

右特異な立場の根拠は、学童集団が流行増幅の場となっており、この集団に免疫を付与することが社会防衛に不可欠だというものである。しかし、学童集団だけが、流行増幅の場となっているのではない。すなわち、第一に、インフルエンザが気道感染であり、咳等による飛沫で空中感染するから、ウイルス保有者は常に感染源となり、学童とそれ以外で差異は全くない。第二に、従って、社会の中では学童集団だけが感染の場となっているのではなく、工場、事務所、デパート、病院、交通機関の中等、人が集まるありとあらゆる場所が学童集団と同一レベルで感染の機会を提供しており、学童集団にだけ一律集団接種を義務づけたのは、単に行政的にやりやすいからという根拠しかない。さらに、学童集団に対する接種は、実際に社会防衛の効果をあげていない。

ことは、国家レベルで毎年莫大な予算を使って行われるインフルエンザワクチン接種であるから、本来被告は、昭和五一年の予防接種法改正時点までに、学童集団による流行まん延阻止効果について調査を行うべきであったが、被告がこれを漫然と怠ってきたため、医師会、学校医等が昭和五一年以降自らの手で大規模な調査を行うようになり、その結果はいずれも効果を否定する報告が相次いだ。

ⅵ 被告の過失

昭和三七年学童集団接種が開始され、昭和五一年予防接種法が改正されるまでの一四年間、被告は大規模な調査を一切行っておらず、行っていれば、同様の結論が出たことは明らかである。一四年間の被告の怠慢により、毎年平均二人以上の学童がワクチンの害作用で死亡してきた。

以上のことから、被告に次のような過失があることは明らかである。

(ⅰ) 昭和三七年以降昭和五一年予防接種法改正までの間、被告として地方公共団体に対し、学童に対するインフルエンザワクチンの一律勧奨集団接種の実施をしないように行政指導すべき注意義務があったのに、漫然とこれを怠って、実施させてきた過失

(ⅱ) 被告は、昭和五一年の予防接種法改正時点までに、綿密なサーベイランスを行い、右改正時点で、学童に対するインフルエンザワクチンの一律集団接種を中止すべき注意義務があったのに、これを怠ったうえ、一般の臨時の予防接種として義務接種にしてしまった過失

(ⅲ) 昭和五一年予防接種法改正後も、被告は、学童に対するインフルエンザワクチンの一律集団義務接種を中止すべき注意義務があったにもかかわらず、これを怠り、漫然と毎年の学童に対する一律集団義務接種を実施してきた過失

④ 百日咳ワクチンを含む二種混合ワクチン及び三種混合ワクチンの接種量を誤った過失(被害児番号6、7、9の被害児について)

ⅰ ワクチンの害作用

百日咳ワクチンを含む混合ワクチンの副反応としては、一過性のものとして、接種局所の発赤・腫脹・疼痛・硬結・発熱・不機嫌・嘔吐・下痢等の全身症状、発熱に伴う神経系の症状としてのけいれんがある。但し、けいれんはさらに何度かくり返したり、あるいはてんかんに移行することもある。

しかし、さらに被接種者に重篤な結果をもたらすものとして、接種後に生ずるショックと脳症がある。接種後に生ずるショックは、接種後数時間のうちに顔色が青ざめてショック状態になり、そのまま死亡に至ることもある。脳症は、接種後主に二四時間以内に高熱と、意識障害とけいれんを起こし死亡率も高く、治癒しても神経系後遺症の残る率が高い。

ⅱ 害作用と菌数の関係

百日咳ワクチンは不活化ワクチンであり、百日咳ワクチンに含まれているのは百日咳の全菌体である。

百日咳ワクチンによる脳症等の重篤な害作用は、主としてワクチンに含まれる百日咳菌の菌体成分の毒素によるものであり、ワクチンに含まれる百日咳菌の菌数が少なければ少ないほど脳症等の害作用が少なくなることは、遅くとも昭和二〇年代に知られていた。また、混合ワクチンにおいても、重篤な害作用は、その中に含まれる百日咳ワクチンに由来するとされており、混合ワクチンに含まれる百日咳ワクチンの接種量(菌量)が多ければ多いほど脳症等の害作用の発生が多くなる。

従って、副作用を減らすために、できうる限り百日咳ワクチン内に含まれる菌量を減らすことは、被告の義務であった。百日咳ワクチンは、当初その効果について疑義がもたれる等、製造されるワクチンの効力が必ずしも一定でなかったが、第一相菌を使えば十分に効果のあることがわかり、それに従って製造がなされるようになった昭和三一年頃からは、ワクチンの効力(力価)については問題はなく、あとはいかに害作用を減らすかが課題として残されていた。

ⅲ 我が国の接種菌量

我が国において、百日咳ワクチン及び二種混合ワクチン、三種混合ワクチンに含まれる百日咳の菌数は生物学的製剤基準により定められ、また、各ワクチンの使用液量は実施規則等で定められてきている。これらの基準、規則等は時々変更されており、当初の規定及び変更のうち菌数に関係する部分を一覧表にして、各接種時における菌数を示せば、別表Ⅲ表(一)のようになるが、これは害作用を減らすという観点を全く無視したものであった。

ⅳ 菌数についての研究成果

すでに昭和三一年には、我が国のワクチンが同一菌量でもアメリカのワクチンに比べはるかに力価が高いこと、感染防禦に必要な抗体価を超えた抗体を作り出す、いわば効きすぎるものであることが明らかにされており、以後も同様の観点から、害作用防止のため接種菌量を減らすことが必要であるとの指摘が続いてきた。

WHOは、昭和三八年に定めた基準により、一度の接種につき四国際単位の力価のあるワクチンを三回接種すれば、十分な免疫が得られ、それ以上の力価のワクチンは副反応の発生する危険を増すとして、力価を維持しつつ菌量をできる限り下げるよう勧告している。また、一回の接種量中に二〇〇億個以上の菌量を含まないように、ワクチンを製造すべきだとしている。WHOの標準ワクチンでは、力価3.6単位は菌数五〇億個に相当しており、四単位を三回合計一二単位を接種するということは、菌数にして三回で約一六〇億個(一回当たり約五五億個)で十分な免疫が得られるということになる。

昭和四〇年には、我が国のワクチンがWHOの標準ワクチンの力価よりはるかに高く、力価の国際単位で示すと一CCあたり7.9単位であることが明らかになっており、我が国のワクチンの菌数を減らすことが提案されている。また、昭和四二年には、我が国のワクチンで一回につき菌数一〇〇億個のワクチンを三回接種した場合でも、充分に感染防禦できることが明らかになっている。この成果すら、昭和四八年の改正までいかされず、しかもこの改正によっても一回につき一〇〇億個、三回で三〇〇億個の接種量となり、WHOの基準からみると、まだ、1.8倍という高いものである。

ⅴ 被告の過失

WHOが一回当たりの菌数の上限度を一回につき二〇〇億個と定めたのは、菌数当たりの力価の低い粗悪なワクチン製造技術しか持たない国の場合をも想定した最低基準であるが、我が国のワクチンは、米国、英国と比べてもその製造技術は高い水準にあり、WHOの基準品にも負けないだけの力価を持っていたものであるから、WHOの基準が明らかになった昭和三八年以降は、三回の接種合計の菌量一六〇億個に下げるべきであったし、同年以前も、遅くともワクチンの効果が確立された昭和三一年以降は、菌量を少なくともK凝集価三二〇倍を持つに必要な量の限度に減らすべき注意義務を負っていたのであったが、被告は、これを怠り、いたずらに被害を出したのであって、その過失は明白である。

⑤ 百日咳ワクチンを含む二種混合ワクチン及び三種混合ワクチンの接種年齢を誤った過失(被害児番号6、7、9の被害児について)

ⅰ 流行する年齢層

百日咳は、小児の集団(幼稚園、保育所、小学校)でまん延する疾病である。乳幼児への罹患の危険は、小児によってこの疾病が家庭内に持ち込まれ、家庭内で寝ている乳幼児を感染の機会にさらすことによって生ずると考えられるので、百日咳の流行を抑止しようとすれば、小児が集団生活に入る前に免疫を賦与して、集団内の免疫を高め、小児の罹患を防止し、乳幼児への家庭内二次感染を防止する方策を採用することが望まれる。家庭内にあって感染の危険度の少ない乳児に免疫を強いて賦与することは、その必要性において利点が少ない。

ⅱ 乳幼児への接種の危険性

乳幼児の身体的特性として、脳をはじめ、神経、肺、心臓等乳児の身体は未分化・未発達であり、それぞれの機能は未熟である。従って、身体の抵抗力、免疫の力も未熟である。また、けいれんとか知恵遅れとかの先天的異常に原因するものも未だ発現せずに隠れている場合があるうえ、乳幼児は生活歴が極めて短いために、先天性ないし周産期に原因のある潜在疾患が判明していないので、禁忌を判定するに足る情報を得ることがむつかしく、予診が極めて困難であること、さらに、乳児期は一般にストレスに対して激しい反応を呈する時期であること等の理由から、乳幼児、特に低月令児への接種は、そのこと自体が極めて高い危険性を孕んでいる。

百日咳ワクチンの禁忌として、特に問題となるのは、けいれん性体質であるが、乳幼児に対する接種は、被接種者にけいれん既往のものが少なく、一方これらの者がけいれん性体質であるか否かを判断するに足りる資料を得る程の生活歴を有していないことから禁忌を判断することがそもそも困難なものである。

このように、乳幼児、とりわけ低月令児に対する百日咳ワクチンの接種は、特に危険なものということができる。

ⅲ 接種年齢の誤り

昭和三〇年以降百日咳患者届出数は激減している。このことは、患者数そのものの大幅減少を反映していると共に、発症者の半数が非典型的発症者であったとする統計が示すように、近時百日咳は軽症の疾病に移行していることを示している。百日咳の初期には抗生物質の投与が極めて有効な治療となるため、初期治療が効を奏して、百日咳は通常の風邪として治療され、回復する場合が多いこともその一因となっているのかも知れない。いずれにせよ、昭和三〇年以降百日咳は、乳幼児に対して脅威を与える疾病ではなくなっている。

従って、敗戦直後の百日咳の疫学状況をもって決定された乳幼児に対する同ワクチン接種は、昭和三〇年を境として、流行状況の変化に伴い、その必要性を極端に減じていた。百日咳ワクチンによる副反応は極めて激しく、死亡又は治癒しても重度の後遺障害を遺すものであるので、予防接種の実施が当該疾病の持つ危険度(罹患度、重症度)とのバランスの上に立つものでなければならないという要請は、このワクチンにおいて特に重視されなければならない。

先に述べた百日咳ワクチンの異常な高力価と、それに相関する副反応の激甚さによって、接種月例の設定に当たっては、疫学状況の変化を勘案し、乳幼児に対するワクチンの必要性を検討したうえで、ワクチンの危険度の最も低い時期に接種時期を設定すべきであった。

ⅳ 被告の過失

前述の百日咳の流行の態様、流行状況の変化及び予防接種による副反応の乳幼児に対する危険性等を検討すれば、少なくとも昭和三〇年以降二歳未満の乳幼児に百日咳予防接種(混合ワクチンを含む)を実施すべきでなかったことは明らかである。被告は、遅くとも昭和三〇年以降、百日咳ワクチン、二種混合ワクチン、三種混合ワクチンにつき、市町村長等をして二歳未満の幼児に対する法五条所定の接種及び法九条所定の接種を実施させないとする注意義務、並びに開業医或いは地方公共団体に対し二歳未満の乳幼児に対する法六条の二所定の接種及び法九条所定の接種を実施することがないよう行政指導すべき注意義務を、それぞれ負っていたものである。これを漫然と昭和五〇年まで怠った被告の責任は極めて重大である。

被告も相次ぐワクチン禍による国民世論に押されて、昭和五〇年に接種年齢を改正するに至ったが、この改正でも不十分であり、二歳未満への接種は、個別、集団に関わらず危険なのであるから、義務として強制する以上は、接種年齢を一律二歳以上に引き上げるべきである。

なお、原告側が被害発生の可能性ある過失行為の存在を立証した場合には、被告において、菌数を減らしても、或いは接種年齢を引き上げても、なお被害が発生したであろうことを反証せぬ限り、この過失と結果発生との間の因果関係は認められるべきである。

⑥ 接種間隔を誤った過失(被害児番号6の被害児について)

ⅰ 予防接種の接種間隔

一つの予防接種と他の予防接種が近接して行われると、人体内でウイルス同志の干渉が起こり、身体に対する反応は大きくなる。従って、一つの予防接種と他の予防接種は相互に禁忌の関係にあり、予防接種被害を回避するためには相互の間隔を十分に保つことが必要である。

その間隔は、種痘、急性灰白髄炎等の生ワクチン同志及び生ワクチン接種後の百日咳ワクチン等の不活化ワクチンの接種については、一カ月間、不活化ワクチン同志及び不活化ワクチン接種後の生ワクチン接種については、一週間がそれぞれ必要である。

ⅱ 接種間隔についての調査研究の懈怠

欧米諸外国においては、予防接種の個人別スケジュールのプランが国又は学会の責任において発表され、また勧告されてきたが、我が国においては、少なくとも接種間隔に関する限り、最近に至るまで調査研究がされたことはなく、かえって、就学までに二六回に及ぶといわれる多種多様の予防接種の多くが乳幼児を対象に行われ、特に副反応事故の発生する危険の最も高いとされる零歳児に集中していた。

ⅲ 行政の態度

昭和二三年、予防接種法の中で定期予防接種とされたものとその接種時期は次のとおりである。

(ⅰ) 痘瘡

ア 生後二月から一二月

イ 小学校入学前六月以内

ウ 小学校卒業前六月以内

(ⅱ) ジフテリア

ア 生後六月より一二月

イ、ウは(ⅰ)に同じ

(ⅲ) 腸チフス・パラチフス

ア 生後三六月から四八月

イ その後満六〇歳に達するまで毎年

(ⅳ) 百日咳

ア 生後三月から六月

イ 前記接種後一二月から一八月

(ⅴ) 結核

ア 生後六月以内

イ その後三〇歳に達するまで毎年

右のうち、ジフテリア予防接種は四~六週間までの間隔で三回接種することとされ、百日咳は三~四週間の間隔で三回とされていたから、当時の乳幼児は満一歳に達するまでに八回、満二歳までに一五回の予防接種が義務づけられていた。しかも、臨時の予防接種であるインフルエンザ、日本脳炎が加わると、接種回数は増加し、さらに、気候の関係で通常これらの接種は春秋に集中して行われることが多いので、接種間隔は近接していく。右のような状況に対して、被告は、接種間隔を保つ配慮を全くせず、それどころか便宜のため、異種の予防接種を同時接種することを認める等逆行した態度を示した。

このような予防接種の乳幼児への極端な集中傾向は増大していき、昭和三三年四月の予防接種法の改正により、ジフテリアの予防接種の時期「生後六月から一二月」が「生後三月から六月」に改められたほか、第一期接種後「一二月から一八月」の間における予防接種が追加され、また、この時期にジフテリア、百日咳混合ワクチン(二混)が採用された。さらに、昭和三六年三月の予防接種法改正により、急性灰白髄炎が定期の予防接種に加えられ、ア「生後六月から一二月」、イ「前記接種後一二月から一八月」の接種が義務づけられ、第一期については三回の分割接種とされたが、昭和三九年四月の改正により定期接種を生後三月から一八月とし二回の分割接種とされた。このように零歳児に対する予防接種はさらに増加した。

我が国ではじめて接種間隔につき行政上配慮がなされたのは、昭和三九年四月の予防接種実施規則改正によってであり、右規則では急性灰白髄炎と種痘の各予防接種相互の間隔を二週間と定めているが、これが不十分であることは明らかである。そして、適正な実施間隔がはじめて設けられたのは、昭和四五年七月の予防接種実施規則の改正によってであり、右接種間隔は二週間から一カ月に延長され、かつ、麻しん、種痘及び急性灰白髄炎の予防接種相互についても適用されることとなった。また、昭和五一年六月予防接種法及び関連法令の改正に伴い、種痘、急性灰白髄炎、麻しん、風しんの予防接種後一カ月間は相互に禁忌となることが定められた。

ⅳ 被告の過失

以上述べたように、被告は、接種間隔を保つというだけで足りるのにもかかわらず、異種の予防接種相互間の接種間隔について害作用の危険を回避する努力を怠り続け、ワクチンによる重篤な害作用事故が社会問題となった直後である昭和四五年まで接種間隔について検討をしなかった点で、過失がある。

被告は、昭和四五年以前に、接種間隔をあける必要性について認識することが可能であった。すなわち、ワクチン接種が抗原・抗体反応であり、抗原が大量に体内に入れられると抗体の産生が間にあわず発病したり、重篤な害作用が出ることはワクチン開発当初から知られていた常識に属する事項であり、それゆえ病原体そのものでなく、弱毒あるいは不活化されたワクチンが開発された。従って、いくら弱毒あるいは不活化されたワクチンでも、これを大量に(過量接種)あるいは数種のワクチンを混ぜて一度に接種(但し、混合ワクチンは除く。)すれば重篤な害作用が出ること、そして、一度に大量に接種しなくても、時間的に近接して数種のワクチンを接種すれば、害作用が出ることはいずれも自明の理であった。被告は、右のような事情のもとで接種間隔について何らの調査研究も行わず、極めて過密なスケジュールのもとに接種を続け、民間の研究者がその危険性を指摘した後も、その態度を改めず、昭和四五年予防接種の害作用が社会問題化してはじめて対策を講じたものであり、被告の責任は明白である。

⑦ 予診をしなかった過失

ⅰ 予診の意義

予防接種における予診の意義は、一般治療行為に当たっての予診と同様であって、予防接種をしても危険や被害発生のおそれのない健康状態にあるかどうか調べるための診察行為である。このことは、予防接種施行心得に「予防接種施行前に被接種者の健康状態を尋ね、必要がある場合には診察を行わなければならない」と規定され、また予防接種実施規則において「接種前には、被接種者について、問診及び視診によって、必要があると認められる場合には、さらに聴打診等の方法によって、健康状態を調べ、」と定められていることからも明らかである。

ⅱ 予診の重要性、不可欠性

予防接種のワクチンは、弱毒性菌ワクチン、死菌(不活化)ワクチン、無毒化毒素のいずれであっても、人体にとって、全くの異質物であり、毒物、危険物である。予防接種は、このような異質物、危険物たる細菌ウイルス又は毒素の人体への注入であるから、いうまでもなく本質的に重大な危険を内包する。従って、予防接種を実施する被告としては、これらの危険を回避するために、あらゆる手段を尽くし、最大限努力をしなければならない。

このような被害発生の防止、危険回避のために、予診の果たす役割が極めて重要かつ不可欠であることは、疑問の余地がなく、予診の重要性については、厚生省自身も古くから認識し、予防接種法、通達等において予診を義務づけ、詳細な規定を設けていることからしても、十分裏付けられており、これらの予診の諸規定は次のとおりである。

(ⅰ) 昭和二三年一一月一一日厚生省告示第九五号、「種痘接種心得」、「ジフテリア予防接種心得」、「腸チフス、パラチフス予防接種心得」の各第七項、「発しんチフス予防接種心得」の第六項は、「予防接種施行前に被接種者の健康状態を尋ね、必要がある場合には診察を行わなければならない」と規定し、昭和二五年二月一五日同告示第三八号「百日咳予防接種施行心得」第七項及び昭和二八年五月九日同告示第一六五号「インフルエンザ予防接種施行心得」第六項も右同様の定めであり、昭和三〇年六月一〇日厚生省公衆衛生長は「予防接種法による予防接種の実施は、当然予防接種施行心得によって行われるべきであるが、そのうち特に予診及び禁忌の項については、厳重な注意を払うこと」という通達を出した。

(ⅱ) 昭和三三年九月一七日公布の「予防接種実施規則」第四条は、「接種前には、被接種者について、問診及び視診によって、必要があると認められる場合には、更に聴打診等の方法によって、健康状態を調べ、当該被接種が次のいずれかに該当すると認められた場合には、その者に対して予防接種を行ってはならない。」と定めており、昭和三四年一月二一日厚生省公衆衛生局長は「予防接種の実施方法について」の予防接種実施要領第九項に「接種前には必ず予診を行うこと」という通達を出した。

(ⅲ) 厚生省公衆衛生局長は昭和四五年八月五日「種痘の実施について」の第三項で「予診の実施について―接種前の健康状態の調査に当たっては、特に次の事項に留意するとともに、その実施の際には別紙質問表を参考とすること」との通知、昭和四九年三月一六日「昭和四九年度における日本脳炎予防特別対策について」の第六項で「特に乳幼児に対する予防接種の実施には慎重に予診、問診、接種量等に留意すること」との通知を出した。

ⅲ 予診の程度、内容

右のように、予防接種が極めて危険なものであり、重大な被害発生の可能性を内包しているとすれば、接種するに当たっては、この者に予防接種をしても被害発生の危険性がないとの判断が得られるまで、予診を十分尽くさなければならない。その程度、内容として、第一に視診と問診が尽くされるべきである。とりわけ集団接種の場合においては、問診の占める役割は極めて重要であって、被接種者の健康状態を調べるための手段であるとともに、他の予診、検査方法がさらに必要かどうかを判断して、より精度の高い健康状態のための出発点を形成する。従って、もし集団接種の場において問診もなされないとすれば、予診は全くなされないということになり、被害発生の危険性は極めて高くなる。

予防接種の対象者は、殆どの場合乳幼児であるため、接種医は、まず乳幼児の世話をしている保護者に対し、適切な問診を尽くし、これにより乳幼児の健康状態を把握すべきである。そのためには、視診、触診はもとより、とりわけ保護者に対し問診をねんごろに尽くさなければならない。場合によっては、乳幼児の特性からみて、潜在疾患を探るため、その質問は出産時の模様や家族歴にまで及ばなければならない。

現在集団接種の場では、問診を効率的かつ的確に行うためとして、問診票が用いられているが、これはあくまでも問診の補助手段であり、これを有効に利用して問診を尽くすべきである。

以上のようにして、視診、触診、問診を尽くし、健康状態に疑問が生じれば聴診、打診、体温測定を行い、さらに尿検査、血液検査、脳波、心電図等の諸検査を実施することも必要となる。

ⅳ 被告の予診の欠如

被告は、これまで予防接種を実施するに当たって、予診を欠如し、又は不十分であったのであり、本件原告らが予防接種を受けたときにも全く状況は同じであって、各原告らに共通して、予診は全くなされなかったか、なされても極めて不十分なものであった。今日では、集団接種の場では、いちいちの問診を効率的かつ的確に行うためとして問診票が用いられているが、昭和四五年以前は、この問診票すら存在しなかった。同年六月に種痘禍が社会問題化し、同月一八日に厚生省公衆衛生局長は、各都道府県知事あて「種痘の実施について」として、「接種前に被接種者側に質問表に記入させる方法により、健康状態を把握すること」等の趣旨を通知し、同様に、同月二九日に、「乳幼児への接種の前に、予防接種歴、体温、疾患等についての質問表を配布し、接種時に持参するよう指導すること」等を通知し、質問表の様式を示し、ようやく問診票が利用されるようになった。

ⅴ 予診の欠如と被告の責任

予防接種実施規則、予防接種実施要領等における予診の諸規定は、いうまでもなく、予防接種を受ける者の生命、身体の安全を確保するために設けられたものであり、厳格に遵守されるべき法的義務を定めたものである。このような義務に違反して接種をなし、副反応事故を発生させた場合には、被告に過失があるものとして、その責任を免れない。

また、被告は、予防接種行政を全面的、排他的に統括・管理するものであって、被接種者の生命、身体の安全を守るため、自ら定めた実施規則、実施要領等を厳格に遵守させることは十分に可能であり、極めて容易なことでありながら、実施現場において全く遵守されず、かつそのことを十分知りながら、有効な措置を講じないまま放置してきたものであって、そのような状況下において発生した予防接種事故につき、全面的に過失の責を負担するのは当然である。

仮に、前述のように、被告に直接責任を認めることが相当でないとしても、予診の諸規定に違反して副反応事故が発生した場合には、被害発生につき過失があるものと一応の推定をし、反証がない限り被告に責任を認めるべきであり、それが公平の理念に合致する結果をもたらすものといえる。すなわち、原告らにおいて、接種に当たって予診がなされなかった事実と、予防接種に起因する被害の存在とを立証した場合には、被告において、原告らが禁忌に該当せず、かつ十分な予診を尽くしてもなお結果が発生した事例であることを反証しない限り、責任を免れないと解すべきである。

⑧ 禁忌者に接種した過失

ⅰ 禁忌の設定と科学的副作用調査の必要性

被接種者の体調若しくは体質的素因により重篤な被害が起こりやすい場合のあること、及び、どのような素因を禁忌とすべきかについては、一定の経験的知識が累積されてきたが、これを、より積極的に明らかにし、予防接種被害の起こりやすい体質、素因を科学的調査によって調べるという組織的作業は全く怠られてきた。予防接種被害の調査は、一〇〇万人を超える規模でなされる必要があり、しかも、被害発生後の経過と接種前の本人の身体状況を把握できる同時調査が不可欠である。このような調査は、接種者である被告においてのみ可能であったうえ、被告は、予防接種による被害を避けるべき最高度の注意義務を負っていたので、当然こうした調査をなすべき義務を負っていたが、現実にはこのような調査を全くしなかった。その結果、科学的な調査に基づいた禁忌の設定をすることが未だできず、現在に至るも、科学的調査の裏付けのある禁忌設定はなされていない。

ⅱ 被告の定めた禁忌

(ⅰ) 被告は昭和二三年制定の予防接種法において、予防接種を全国民に強制しながら、禁忌に関する定めは不完全なまま放置しており、わずかに種痘施行心得(昭和二三年一一月一一日)で、禁忌につき、なるべく種痘を猶予する方がよい者として、①著しく栄養障害に陥っている者、②まん延性の皮膚病にかかっている者で種痘による障害を来す虞のある者、③重症患者又は熱性患者、と規定したにすぎず、また、百日咳予防接種施行心得(昭和二五年二月一五日)においても、「高度の先天性心臓疾患者等接種によって症状の増悪するおそれのある者に対しては予防接種を行ってはならない。」と規定するにすぎなかった。昭和三三年に至ってやっと実施規則四条で全ワクチンに適用できる禁忌を以下のように定めた。

「第四条、接種前には、被接種者について、体温測定、問診、視診、聴打診などの方法によって、健康状態をしらべ、当該被接種者が次のいづれかに該当すると認められる場合には、その者に対して予防接種を行ってはならない。ただし、被接種者が、当該予防接種にかかわる疾病に感染するおそれがあり、かつ、その予防接種により著しく障害をきたすおそれがないと認められた場合は、このかぎりでない。

① 有熱患者、心臓血管系、腎臓又は肝臓に疾患のある者、糖尿病患者、脚気患者、その他医師が予防接種を行うことが不適当と認める疾病にかかっている者

② 病後衰弱又は著しい栄養障害者

③ アレルギー体質の者、又はけいれん性体質の者

④ 妊産婦(妊娠六カ月までの妊婦を除く)

⑤ 種痘については、前各号に掲げる者のほか、まん延性の皮膚病にかかっている者で、種痘により障害をきたすおそれのある者」

その後、昭和五一年の予防接種法の改正とともに、禁忌者は以下のように改められた。

① 発熱している者又は著しい栄養障害者

② 心臓血管系疾患、腎臓疾患又は肝臓疾患にかかっている者で、当該疾患が急性期もしくは増悪期又は活動期にある者

③ 接種しようとする接種液の成分によりアレルギーを呈するおそれがあることが明らかな者

④ 接種しようとする接種液により異常な副反応を呈したことがあることが明らかな者

⑤ 接種前一年以内にけいれんの症状を呈したことがあることが明らかな者

⑥ 妊娠していることが明らかな者

⑦ 痘瘡の予防接種(以下「種痘」という。)については、前各号に掲げる者のほか、まん延性の皮膚病にかかっている者で、種痘により障害をきたすおそれのあるもの、又は急性灰白髄炎若しくは麻しんの予防接種を受けた後一月を経過していない者

⑧ 急性灰白髄炎の予防接種については、第①号から第④号までに掲げる者のほか、下痢患者又は種痘若しくは麻しん予防接種を受けた後一月を経過していない者

⑨ 前各号に掲げる者のほか、予防接種を行うことが不適当な状態にある者

(ⅱ) このように禁忌設定は昭和三三年まで全く不十分であったし、同年以後の禁忌も、後述するように他に禁忌とすべき多くの条項を欠いたままである。さらには、「医師が予防接種を行うことが不適当と認められる疾病にかかっている者」とか、「予防接種を行うことが不適当な状態にある者」という、一般条項を設けているが、こうした一般条項を判断するために必要な情報を十分に接種現場に伝達してこなかった。

ⅲ 禁忌識別と例外的接種

(ⅰ) 禁忌は被接種者の現在の体調(病状)を知ることによって判断されるが、これを予防接種をする医師が識別する過程は、通常の病気の診断の場合と何ら変わるところがない。乳幼児期における禁忌診断は、大人の場合以上に慎重でなければならない。被接種者本人は、自覚症状を訴えることができず、問診では、他覚的な症状のみを保護者から聞くことになるが、本人の生まれつきの身体的弱点も未だ顕在化していないか、若しくは気付かれていない可能性も成人よりも高い。従って、乳幼児における禁忌判断は、極めて慎重に行われなければならず、疑わしい場合には、ひとまず接種を避けることを考えねばならない。

(ⅱ) ところで、前記実施規則四条但書は、禁忌該当者であっても、例外的に接種してよい場合を規定しているが、利益の可能性の増加と不利益の可能性の増加を考慮にいれ、再度比較し直して、利益の方が大きい場合にのみ例外的に、禁忌者への接種も許される。その際、接種を受ける個人の利益及び不利益については、具体的に判断しなければならない。この判断の前提として、当該予防接種の対象となる伝染病、当該予防接種の有効性及び被害、並びに、禁忌事項の存在と被害発生の蓋然性に関する一般情報が必要であり、これに加えて、被接種者個人の体調を慎重に調べて得た情報、さらには、当該被接種者の接種の利益に関する情報も得なければならない。こうして十分な知識を得たうえで、高度の専門的な判断を下して、初めて禁忌者への例外的な接種が可能となる。

ⅳ 集団接種における禁忌の判断

これまで我が国で行われてきた集団接種においては、その被接種者数の多さに比べて、接種医は少なく、医師一人が担当する一時間当たりの被接種者の数は、規定によれば種痘で八〇人程度、種痘以外で一〇〇人程度を最大限とするとされていること、いわゆるホームドクターが接種を担当することを予定していないこと、必ずしも小児科の医師のみが接種してきたわけではなく、専門外の科目の医師も多数接種していること、被告は接種に当たる医師に一般的な情報すら十分与えていないことから、このような集団接種では、接種の是非について、医者として専門的判断を下すのは、とうてい不可能であって、個別接種の制度をとるべきであったが、仮に、集団接種を前提とする場合には、前記のような実情に鑑み、健康であることの明らかな者のみを選んで接種し、被接種者の身体的条件に疑問のある者は、集団接種からはずして、それらの者については、個別接種で慎重な配慮のもとで、判断をしたうえで接種の是非を決定すべきであった。

集団接種を前提とする限り、「予防接種を行うことが不適当な状態にある者」という一般的条項は残しつつも、できるだけその内容を明らかにするための具体的な禁忌を揚げ、禁忌者及び禁忌の可能性ある者については、集団接種では接種せず他の慎重な手続で接種の是非を判断する制度にすべきであった。このような制度のもとで、集団接種において禁忌として揚げられるべきであった要因としては、被告の定めた禁忌のほかに、例えば、次のようなものが挙げられる。

ア 未熟児ないし低体重児として生まれた者、出生時に異常のあった者

短い在胎期間で出生した乳幼児、若しくは出産時の体重が二五〇〇グラム以下である乳幼児は、通常の出産児に比べ、胎内での身体、脳等の発育状態が未熟若しくは遅れており、ワクチンのような直接的な身体への異物の注入が体に与える影響も大きく、予防接種被害が発現する蓋然性も高いと考えられる。また、仮死出産や難産等、出生時に異常のあった乳幼児も、何らかの身体的弱点を有している可能性が高い。

イ 発達遅滞にある者、虚弱体質者

身長、体重、運動機能、知能等の発達状態に異常のある者等心身の発達の遅れている乳幼児、慢性栄養障害者等慢性的に健康に問題のある者は、身体上何らかの欠陥が隠されており、予防接種による被害発生の蓋然性も高いと考えられる。また、兄弟に病死者が多い等家庭歴に異常のある者も、体質的素因を共通にしている可能性がある。

ウ 風邪をひいている者

風邪をひいている乳幼児は仮に熱がなくとも、その症状がどのように変化するかも知れず、かつ、体力も低下しているので、予防接種による被害発生の蓋然性も高くなる。

エ 下痢をしている者

下痢をしている乳幼児は、体力が低下しており、予防接種による被害発生の蓋然性が通常児より高い。

オ 病気あがりの者

病気が治ったばかりの乳幼児は、体力が依然回復しておらず、抵抗力も弱っているので、被害の発生する蓋然性も高い。

カ アレルギー体質の乳幼児及び両親又は兄弟にアレルギー体質者がいる乳幼児

(ア) アレルギー体質については、昭和三三年制定の実施規則では「アレルギー体質の者」という規定をおいていたが、昭和五一年の改正で「接種しようとする接種液の成分により、アレルギーを呈するおそれが明らかな者」と限定された。アレルギー体質の者であっても、もし当該接種液に対してアレルギーを呈しないことが明らかであれば、接種をすることは可能であろうが、逆に昭和五一年の右規定のように限定することは、アレルギー体質者であっても当該ワクチンが、その子にとってはじめてである場合には、おそれが明らかでないとして十分な吟味のないまま接種されてしまうこととなり、規定方法として欠陥がある。

(イ) ジフテリア予防接種におけるモロニー試験

年長児(通常一〇歳以上)では、ジフテリアトキソイドによるアレルギー反応は、年長児、成人で特に激しい傾向がある。発熱、頭痛、嘔吐等を伴って臥床せざるを得なくなる者もいるといわれている。従って、年長児に接種する場合は、トキソイドに対するアレルギー反応に注意する必要がある。

モロニー試験とは、トキソイドに対して個体がどの程度のアレルギー反応性を持つかを検査する方法で、トキソイドを滅菌生理食塩液で二〇倍に希釈してモロニー試験用抗原とし、その0.1ミリリットルを皮内注射するもので、そのやりかたは簡単であり、判定も二四時間後に判定するもので、予防接種被害を防ぐためには必要なものである。ジフテリア予防接種による被接種者のアレルギー反応の有無と程度は、このモロニー試験によってかなりの程度予知できる。

そして、「人のワクチン」という文献では、四期対象者又はそれ以上の年齢の者にはモロニー試験を行う必要があり、この試験で陽性又は強陽性の時にはトキソイド量を減らすか、又は予防接種は行わない方がよい旨述べられ、また、「予防接種の手引き」、「ワクチンとは」、「日本のワクチン」のいずれの文献においても、モロニー試験強陽性者は禁忌である旨述べられている。従って、ジフテリア予防接種においてはモロニー試験を実施したうえで、その結果強陽性者となった者には予防接種を実施すべきではなく、ジフテリア予防接種において、モロニー試験の強陽性者は禁忌とすべきである。

(ウ) いかなる物質に対してどのような反応を示すかは、その子が人生を経るに従って徐々に明らかになるであろうが、それらの判断の難しい乳幼児期においては、アレルギー性の疾患に罹っている者を一応すべて除外し、前記ジフテリア予防接種におけるモロニー試験あるいは当該ワクチンの試験的少量接種で反応を見る等の方法により、当該ワクチンにアレルギーでないことが明らかにならない限り接種すべきでない。なお、アレルギー体質は遺伝性のものであるから、両親や兄弟にアレルギー疾患のある乳幼児は、アレルギー体質である可能性が強い。

キ これまでの予防接種で異常のあった者

それまで接種したワクチンによって通常の副反応以上のきつい副反応を呈したことのある者は、体質等に問題があると考えられる。

ク けいれんの既往のある者及び両親又は兄弟にけいれんの既往のある者

けいれんの既往のある乳幼児は、接種一年以内のけいれんがなくとも、けいれん体質である可能性もあり、禁忌とすべきであるし、両親、兄弟にけいれんの既往のある者も、体質的素因を共通にしている可能性がある。

ケ 種痘につき皮膚疾患ある者

湿疹等すべての皮膚疾患は、自己接種を起こしやすい。

ⅴ 被告の過失

以上述べたとおり、右例示したアないしケの項目に該当する者及び被告自身が定めてきた禁忌事項に該当する者に対しては、遅くとも、昭和二三年当時から接種すべきでないことは、明確になっていたにもかかわらず、被告は、禁忌の重要性を看過して、集団接種により、接種すべきでない者に対しても接種を強行してしまった。

これは禁忌事項の定め方の誤り、不明確さ、禁忌判断に必要な人的、物的態勢の不整備、副作用情報の伝達の懈怠、接種医の怠慢等の理由に基づくものであるが、これらがいずれも接種すべきでない者に接種してしまったという結果を招来した原因となっていることは明らかであり、被告の過失であったことはいうまでもない。

⑨ 予防接種事故に対する救急医療態勢の整備を怠った過失

被告は、予防接種により重大な事故が生じうることを知悉していたのであるから、予防接種の実施に際し、事故発生にそなえての救急医療態勢を予め準備し、事故発生時には右態勢がうまく作動しうるようにしておくべき義務を負う。

しかるに、被告は、かかる配慮を欠き、予防接種事故の存在を秘匿さえしてきたゆえ、公然と救急態勢を整えることを放棄してきた。このような被告の意図的な怠慢が、被告の過失を構成することは明らかである。

(五) 違法性

予防接種による副反応被害は、死亡若しくは重篤な精神身体障害である。それも高熱、けいれん、ショック等により苦しみながら死亡していくものであり、たとえ、助かったとしても、精神、身体に重大な非可逆的障害を残し、終生介護を要するか、少なくとも通常の社会生活を営むことが不可能となってしまうものであり、生命を奪われたに等しいものである。

憲法は、個人の尊厳に最大の価値を与えており、人命を最大限に尊重し、これに対する侵害は全く認めていない。予防接種事故はそれ自体強い違法性を持つ。

被告は、違法性に関する相関関係説を主張していると考えられるが、被侵害利益が生命、身体であれば、被侵害行為の態様を論ずるまでもなく、原則として違法である。従って、違法性の要件としては、侵害利益の絶対性、深刻性を主張するだけで十分である。

5  責任

安全配慮(確保)義務違反による債務不履行責任及び不法行為責任

(一) 債務不履行責任

被告は、予防接種の被接種者に対し安全を配慮すべき義務を負う。

(1) 予防接種の法律関係

予防接種には、強制接種と勧奨接種とがあり、旧予防接種法は「何人もこの法律に定める予防接種を受けなければならない」と定め、この違反についての罰則を課し、強制接種として、被告が法という形式をもって全国民に対し強力に強制してきた。

勧奨接種は、被告の厚生省公衆衛生局長等の通達に基づき、我が国全域について、我が国の防疫の目的のために、接種における細かい実施項目まで定めたうえで、ほぼ毎年にわたって実施されてきたものであって、現場における保健所においても強制接種と同様に、その接種率の向上のために広報などにより国民に働きかけ、また、接種について厚生省に報告をなしており、強制接種と同様の取り扱いがなされてきた。従って、勧奨接種は強制接種と実質的に同様の実態をもっていた。

このように、被告と接種を受ける国民との関係は、予防接種法若しくは行政指導に基づく法的関係であることが明らかである。

(2) 安全配慮義務の理論的根拠

最高裁判決は「ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間において、当該法律関係の付随義務として、当事者の一方又は双方が相手方に対して信義則上負う義務として一般的に認められるべきもの」として国の公務に従事する公務員に対する生命健康等を危険から保護する「安全配慮義務」を認めている(最判昭和五〇年二月二五日民集二九巻二号一四三頁)。そして、右安全配慮義務は、不法行為責任でなく契約責任とされ、右判例は、それまで労働法の分野において認められてきた雇主の労働者に対する「安全配慮義務」を国と公務員との間でも認めたものとされている。

しかし、右判例の基礎となったドイツの判例の理論を考えると、前記判例の射程距離は極めて広いものである。すなわち、法的に支配従属関係が存在する当事者間において支配し、又は忠義を尽くされる一方当事者は、従属し又は忠誠を尽くす他当事者に対し、信義則に基づきその生命、身体、財産等を保護すべき義務を負っており、その法的な関係は公法、私法のどちらの領域でもよく、また、契約関係のみならず、契約関係の認められない場合でも「特別な接触関係」にある当事者であればよいということである。

(3) 予防接種における安全配慮義務

被告は予防接種法又は行政指導に基づき、国民に予防接種を強制的に実施してきた。接種を受ける国民の側も、被告の働きかけにより強制接種はもちろんのこと、勧奨接種も強制と同様であるとの認識をもち、義務として協力してきた。ところで、予防接種は被告が一貫して管理している領域であって、国民の側はこの管理をのがれることはできず、また、予防接種に死亡、重篤な副作用の危険が伴うことは古くから知られていたし、被告も当然認識していた。しかるに、被告は、あえて危険性の伴う予防接種を国民に対して罰則をもって強制し、強力に勧奨してきた。

このような被告と接触を受ける国民との関係は、予防接種法若しくは行政指導に基づく法的関係であって、しかも被接種者の国民は被告に「支配従属」し、被告の伝染病の発生及びまん延を予防する(旧予防接種法一条)という目的のために協力し、奉仕させられるという「忠誠的関係」であり、一般の接種を受けない国民と異なり「特別な接触の関係」にあることは明らかであって、接種を受ける国民を法や行政指導により危険領域へ組入れるという内容をもつ関係である。

従って、被告は、支配従属し、奉仕協力する被接種者の国民に対し、自らの管理する危険領域へ、その意思に反しても組入れ、支配し、奉仕協力させる以上、予防接種の要否の検討、ワクチンの有効性及び安全性の確認、接種段階における予診の徹底など、予防接種のすべての過程において被害発生を防止し、被接種者の生命、健康についてその安全を配慮すべき義務があることは、前記最高裁判例の趣旨からも信義則上当然といわなければならない。

(4) 「安全配慮義務」の主張立証責任

安全配慮義務により債務不履行責任を追及する当事者が、その義務の具体的内容とその違反をどこまで特定し、立証しなければならないかは、それぞれの事件の類型により一様ではない。もっとも、最高裁の判決は、国の国家公務員に対する安全配慮義務の領域についての具体的義務と義務違反の事実の主張立証責任は、債権者である国家公務員の側にあると解しているように見える(最判昭和五六年二月一六日、民集三五巻一号五六頁)が、この事例は、具体的過失がないと判断した原審判決につき、主張立証責任の問題と誤ってとらえた上告理由に対して一般論として説示されたもので、事実の類型により主張立証責任を分配することを否定した趣旨のものではない。そして、国の国家公務員に対する安全配慮義務、使用者の雇用者に対する安全保証(配慮)義務に関する下級審の判例を検討すると、右各義務の主張立証責任を、一義的に定めておらず、その具体的事故の類型やその状況などにより、義務の内容と義務違反の主張立証責任は異なっており、国や使用者が義務と義務違反の主張立証責任を負う場合もある。

(5) 予防接種における安全配慮義務の主張立証責任

予防接種における「安全配慮義務」の具体的内容及びその主張立証責任については、予防接種事故の特性とその具体的事情を検討しなければならない。

① 予防接種における国と被接種者の関係

予防接種には死亡、重い後遺症などの極めて重篤な副作用が常に伴っており、高度の危険性が存在していることは前記のとおりである。

被告は、あらゆる伝染病対策の中で感受性者対策を採用するか否か、すなわち、予防接種を実施するか否かの基本的決定はもとより、接種対象・接種時期・方法の決定、さらにはワクチンの製造承認・許可・ワクチンの安全性・有効性の確認に至るまで、あらゆる場面において、網羅的に関与すべきものとされ、また、現に今日まで継続的に関与してきたのであって、予防接種制度は、厚生大臣を頂点とした被告の公衆衛生行政組織によって、国家的事業として、あらゆる面にわたって、独占的、組織的、継続的に管理・運営されている。

被告は、予防接種を罰則による強制と実質的にこれと同じ勧奨とによって、被接種者に対し強制的に実施しているものであって、被接種者にこれを拒否する自由は全くない。

予防接種制度の性格上、予防接種を受ける国民は、被告により実施される予防接種の危険性を判断する知識も資料も、回避する手段もなく、ひたすら無防備のまま危険領域に組み込まれているものであって、被告を信頼し、その身を委ねるしかない立場にある。

そして、予防接種制度を独占的、組織的、継続的に管理している被告のみが、予防接種の被害発生を防止することができる。

予防接種は科学的、技術的に極めて高度の専門的知識が必要であり、科学技術の発展、社会経済の変動などに対応して常に改善がなされなければならない分野であって、被告のみがこれをなすべき立場にあり、また、その能力を有する。しかも予防接種についての資料、専門的知識は被告に独占されており、国民はこれを知る立場にはなく、知る能力もないのであって、この点においても被告のみが予防接種の被害を防止すべき地位にある。

② 侵害される法益の重要性

予防接種には、生命、健康に対する侵害の危険性が常に存している。

憲法一三条の規定に基づき、被告は、国民の生命、健康については、最大限に尊重しなければならず、自ら侵害することは一切許されない。

予防接種は、現在の疾病に対する治療ではなく、将来の疾病の発生及びまん延を防止するための、将来の危険に対する対策である。しかも、接種を受ける国民は健康な者であり、将来の未確定な危険のために現在の生命、健康を危険にさらすことは一過性のものであればともかく、重大な侵害は一切許されない。しかも、予防接種法も、法自体としては有効で安全な予防接種を予定しており、死亡又は重い後遺症を生ずる副作用の発生は一切許容していない(旧法二条)。

③ 主張立証責任

以上の予防接種における被告と国民との具体的事情をふまえると、被告の被接種者に対する安全配慮義務(債務)として「予防接種におけるすべての過程において被接種者の生命、健康を危険から保護するよう配慮し、死亡又は重篤な後遺症を万一にも発生させないよう防止するため万全の措置をとるべき義務」があると認められて当然であって、被接種者はこのような抽象的な義務の存在さえ主張すれば足り、被告側で予防接種のすべての過程において具体的に安全配慮義務を尽くしたことを主張立証しなければならない。

(二) 不法行為責任

被告が予防接種の実施について、被接種者の生命、身体の安全を配慮しなければならない債務を有することは前記のとおりであるが、被告は、不法行為責任の面でも、予防接種の実施について被接種者の生命、身体の安全を確保すべき義務を有する。

(1) 強制関係における安全確保義務

予防接種は、前記のとおり被告が強制又は強制と実質的に同様の勧奨により被接種者である国民の自由を拘束し、支配従属させ、危険への組入れをするものである。

一般に、被告が強制力により国民を支配従属させる関係(留置場、少年院、刑務所、その他、特別権力関係など)において、被告が強制的に国民の身体等の自由を拘束し、これを処遇する場合に、国民側の自由に委ねられる範囲が少ないから、国・公共団体には国民の生命、身体に対し、一般社会より高度な事故防止のための安全確保義務が認められ、拘束状態における危険性が大きな場合にはさらに万全な措置をとるべき義務まで認められている。しかも、右被拘束者の生命、健康等を侵害しないように万全の措置をとるべき義務は、身柄拘束に伴う国・公共団体の強制力行使に本来的に内在する一般的な義務としてとらえられている。

(2) 予防接種における安全確保義務

予防接種の場合も、被告が強制力をもって国民の自由を拘束し、しかも危険領域に組み入れるものであるから、被告には、予防接種に本来的に内在するものとして、被接種者の生命、身体につき安全を確保し、万全の措置をとるべき義務(安全確保義務)があることは当然である。

(3) 予防接種における安全確保義務の主張立証責任

予防接種における前記国と被接種者との関係や、侵害される法益の重要性を鑑みるとき、不法行為責任における主張立証としても、被接種者としては、「被告の側に、予防接種のすべての過程において被接種者の生命、健康を危険から保護するよう配慮し、死亡又は重篤な後遺症を万一にも発生させないよう防止につき万全の措置をとるべき義務がある」旨を主張すれば足り、被告側で具体的に安全確保義務を尽くしたことを主張立証すべきである。

6  責任

損失補償責任

(一) 特別犠牲に対する補償

予防接種法第一条は、「この法律は伝染の虞がある疾病の発生及びまん延を予防するために予防接種を行い、公衆衛生の向上と増進に寄与することを目的とする」と規定しているが、我が国の予防接種は、伝染病予防を目的としても、それは、個人を超えた集団の防衛、社会防衛を主眼とし、集団防衛という公益の実現のために、不可避的に少数の被接種者に重篤な副作用をもたらすという事実について、被接種者である国民一般に周知徹底させることなく、国民に予防接種を強制し又は勧奨してきた。その結果、原告ら被接種者に対し重篤な副作用を生ぜしめ、死亡若しくは重大な後遺症といった、予防接種に通常随伴して発生する精神的肉体的苦痛を著しく超えた特別の犠牲をもたらした。

このように集団防衛、社会防衛という公益の実現のためになされた予防接種により、その生命、身体について特別の犠牲を強いられた各被害児及びその両親に対し、その損失をこれら個人の者のみの負担に帰せしめてしまうことは、憲法一三条、一四条一項、二五条の法の精神に反する。

そこで、予防接種を実施した被告が、憲法二九条三項ないしは同法二五条に基づいてかかる損失の補償をなすべきである。

(1) 憲法二九条三項に基づく損失補償責任

① 憲法二九条三項と生命、健康被害

憲法二九条三項は、元来、私有財産権の収用と補償についての規定であるが、その真に意味するところは、「受忍限度を超える特別犠牲に対しては補償を要する」との一般原則の宣言にある。従って、私有財産権についてのみならず、これよりもはるかに上位にある人間の生命、健康等の法益に対し、国や地方公共団体が特別の犠牲を強いた場合、損失補償がなされるべきことは当然の事理である。

右の点は、憲法一三条、二五条、一四条の趣旨からも自明である。

すなわち、憲法一三条は個人の生命、健康を根源的な権利として最大の尊重を必要するとし、かつ、同法二五条はその生存権を保障するものである。財産権は、おのずと内在的に公共の福祉による制約を負うものであるが、生命、健康は至高な権利であり、そのような制約を一切負うものではない。右のような財産権に対する侵害について補償義務があるのに、不可侵である生命、健康への侵害について補償義務を否定することは、背理であり、右憲法一三条、二五条に明らかに抵触する。

また、予防接種についていえば、前記のような公益目的実現のため、被告は、各予防接種につき、法により罰則を設けてその接種を国民に強制し、あるいは、各地方公共団体に対し、国民に接種を勧奨するような行政指導して各種予防接種を実施してきたが、右公益目的は原告らの特別犠牲の上に成り立っている。そして、一般的国民は、原告らの犠牲と引換えに、各予防接種によって伝染の虞がある疾病の発生及びまん延を予防され、よって、予防接種法が目的としている国民一般の公衆衛生の向上及び増進による社会的利益を享受している。とすれば、原告らが強いられた特別の犠牲につき、その損失を個人の者のみの負担に帰せしめることは、法の下の平等を定めた憲法一四条一項にも反する。

② 正当な補償

憲法二九条三項の財産権に対する「正当な補償」の内容につき、完全補償説が通説的見解であり、その補償に関し、現在では、収容の対象である財産権自体の補償(扶養の財産権の補償)や、収用に付随して生じる営業損等の付随的損失に対する補償にとどまらず、生活権に対する補償にまで拡大されている。

右のように、公共の福祉により内在的制約を負っている財産権についてさえ完全補償が原則であり、しかも、補償の内容も物的補償から生活補償へと大きな変化がみられる。これに対し、人の生命、身体は、財産権に対して上位に位置する根源的な権利であり、その補償の内容において財産権よりも一層、完全さが要求されることは当然である。

生命、健康の特別犠牲に対する補償額は、少なくとも損害賠償としての金額を下廻るものであってはならない。損害賠償においても、損失補償においても、公平負担の見地から、被害者の損害の補填に重点を置いて両者を統一的に理解しようという傾向にあり、前記のとおり、憲法二九条三項の「正当な補償」を完全補償と解すれば、損害における完全賠償と実際において区別すべき合理的理由はない。

③ 法的救済制度との関係

法的救済制度上の給付内容は、国家財政や他の障害福祉制度等を考慮しつつ立法、行政府の裁量によって決定されるべきであるとの見解があるが、生命、身体についての特別犠牲に対する補償が完全な補償であり、憲法一三条、一四条一項、二五条一項、二九条三項に直接根拠を有する以上、その補償の内容について、立法や行政の裁量に委ねることは許されない。もし、裁量を許せば、右憲法の趣旨は全く没却される。特に、予防接種は、一定の割合において不可避的に被接種者に対し重篤な副作用をもたらすものであり、こうした深刻な危険性を内在させているものである(予定された被害)。そして、予防接種の実施は、まさに右危険を国民に強いるものであり、国民において回避可能性がないこと、結果としての被害が重大であることを考えれば、右のような裁量を許す余地はない。

従って、法律ないし行政措置によって補償の内容を定めるとしても、完全補償に値するものでなければならず、これに値しないものであれば、その差額を直接請求することができる。

(2) 憲法二五条に基づく直接請求

① 憲法二五条に基づく直接請求の根拠

憲法二五条の法的性格についての従来の対立は主に、同条を根拠として、被告に対し積極的施策を要求できるかという点から論じられたものであり、被告自らが、国民の生命、健康を侵害した場合に、同条を根拠として補償請求が可能かが問題となる本件のような予防接種禍とは場面を異にしており、生命、健康が憲法的価値において重要であること、及び憲法二九条三項との対比上、予防接種被害については憲法二五条に基づく直接の補償請求も可能である。

② 補償の内容

憲法二五条に基づく補償請求にあっても、憲法二九条三項に基づく補償請求のところで述べたことが妥当し、この場合も、現実の損害額との差額請求を認めなければ、憲法の趣旨が没却され、また、救済制度の設定の前後によって、補償の内容が異なり、かえって救済制度のため貧弱な補償を押しつけられるという不平等、かつ妥当でない結論になりかねない。

(二) 現行救済制度による給付の貧弱性

予防接種による被害者に対する現行救済制度(予防接種法一六条以下、同法施行令三条以下)による給付は、被害者及び家族が被る現実の損害に比し、あまりにも低額であり、とうてい十分な補償がなされているとはいえない。従って、本訴においていわゆる損失補償責任による給付が認められても何ら理論上の不都合はないし、むしろ具体的妥当性が満足されるものである。

(三) 損失補償請求の併合

本件の場合、国家賠償法に基づく損害賠償請求に、憲法二九条三項に基づく損失補償請求を追加的・予備的に併合することができる。

(1) 実体法たる「国家補償法」の観点

① 国又は公共団体の活動によって惹き起こされた国民の直接又は間接の損害を填補し、被害者(国民)を救済するための法領域を「国家補償法」としてとらえ、損害賠償とか損失補償とかの区分は、証明責任分配上の便宜的・合目的的区分とみるべきである。そして、最近の医薬事行政、航空運輸行政、原子力行政、社会福祉行政、教育行政等のように、国又は公共団体の行政が膚理細かく国民の日常生活に入り込む傾向が顕著になればなるほど、私法上の法律関係は損害賠償によって、公法上の法律関係は損失補償によってというように截然と区分することが困難となり、これらが相交錯する場面が多くなっている。

② 原告らの請求は、被告が実施した予防接種による生命、健康被害の損害填補(国家補償)を求めるものであり、その被害は、単一の事象でしかなく、その被害填補も単純な金銭の給付請求であって、損害賠償あるいは損失補償といっても、請求の趣旨は全く同一であり、請求原因も帰責事由の点を除けば全く同一である。このような生命、健康被害を国民が被告との訴訟で争う場面では、損害賠償と損失補償とで二つの訴訟に区別しなければならない合理的理由はない。しかも、一般に適法行為と違法行為とは、概念的には区別できても、実際の具体的行為については必ずしも始めから明確とは限らない。

行政の行為は、発展的なる手続、作用の評価の時期が異なるに従って違法、適法の評価に違いが生ずるという面をもっている。従って、帰責事由の有無は、審理の進行過程の中で評価し決せられるものであって、その意味で損害賠償請求と損失補償請求は相対的な相違にすぎず、一つの訴訟手続の中で評価し決せられるものであって、その意味で損害賠償請求と損失補償請求は相対的な相違にすぎず、一つの訴訟手続の中で審理する合理性は極めて高い。

(2) 行政事件の訴訟手続を定めた行政事件訴訟法の解釈及び民事訴訟法の解釈

① 現行行政事件訴訟法は、成立の当初より裁判実務の解釈、運用、判例の集積に期待しなければならないところが多い不完全な法律とされているが、その解釈、適用に疑義を生じた場合には、その法律が国民の権利救済に奉仕するものであるとの根本理念に立ち返って、その解釈をしなければならない。行政事件訴訟法に定める職権証拠調べ、訴訟参加、被告の変更、関連請求等の特則は、国民の権利救済を容易にし、訴訟経済にも合致するものとして置かれたと考えるべきであって、これらの規定の存在、適用を理由に国民の権利救済、訴訟経済の理念をゆるがせにするような方向での行政事件訴訟法の適用は、厳に謹まなければならない。

② 特に、典型的な行政訴訟である抗告訴訟と異なり、当事者訴訟、ことに実質的当事者訴訟は民事訴訟と類似し、隣接、混淆した領域であり、その限界は極めて不明確である。前述のとおり、行政活動が広範多岐に拡大し、かつ行政の手段や行為形式が複雑多様化している今日、伝統的な公法、私法二元論では割り切れない領域が増大しており、実質的当事者訴訟における民事訴訟法と行政訴訟の区別は極めてあいまい化している。また、民事訴訟と行政訴訟の区別は、原因が公法関係か否かにかかわりなく、訴訟物たる権利又は法律関係によって形式的に決まるのであって、公益的、実質的配慮に基づく区分ではない。国賠法による損害賠償と損失補償についてみれば、帰責事由の有無による相違にすぎない。従って、実質的当事者訴訟における民事訴訟と行政訴訟は異質なものではなく、訴訟物が異なるというだけの理由で訴訟手続を二分すべき合理性は全くない。そして、実質的当事者訴訟にあっては、職権証拠調べは全くといってよいほど活用されておらず、実質的当事者訴訟を形式的に民事訴訟と区別するだけの実益は殆どない。行政事件につき独立の行政裁判所を有する法制の下では、こういった区分の有する意義は大きいとしても、我が国のように、民事訴訟も行政訴訟も司法裁判所が審理するという法制の下では、こういった区分をする意義が薄い。

③ 以上のとおり、仮に、本件損失補償請求を実質的当事者訴訟と解しても、民事訴訟と異種のものと考えるべきではなく、その審理には民事訴訟法の適用があり、民事訴訟法二二七条による併合ができるか、それとも行政事件訴訟法一六条の準用により、関連請求として損害賠償請求に損失補償請求を併合することができると考えるべきである。

(3) 本件の審理状況

現行法上、行政事件を民事事件と区別することの実際的意義は、行政事件には行政事件訴訟法の適用があること、及び行政事件は地方裁判所の合議体によって一審の審理がなされること(裁判所法三条一項一号、地方裁判所家庭裁判所支部設置規則一条二項)であり、行政事件訴訟の審理といっても、基本的には民事訴訟の例によって行われ、個人の権利救済のための訴訟という点では民事訴訟との間に大きな相違はない。

本件の審理は、第一次訴訟が提起された昭和五四年当時から地方裁判所の合議体で行われており、現実の審理過程においては行政事件訴訟法の適用ある場合と同じように扱われ、実質的な審理の中味も被告の利益が損われていない。すなわち、本件損失補償請求における立証命題は、本件損害賠償請求における場合と実質的には完全に同一であるから、行政事件訴訟手続によっても、その審理等に関しては民事訴訟手続が準用されること(行政事件訴訟法七条)、行政事件訴訟手続において認められている行政庁の訴訟参加(同法二三条)、職権証拠調べ(同法二四条)、判決の拘束力(同法三三条)は、関係行政庁が厚生大臣のみであり、処分の効力が当初から問題とされず、しかも請求の態様としては単純な金銭の給付請求である本件では、いずれも考慮の必要がなく、同法の手続によらないことによる被告の応訴の利益は何ら害されていない。そして、訴訟経済上の観点から本件を見た場合、先行する損害賠償請求に追加した損失補償請求を併合して審理するのが最も合理的である。

(4) 以上のとおり、本件において損害賠償請求に損失補償請求を追加することは、実体法的にも訴訟法的にも全く適法であり、また、現実の審理経過に照らしても被告に不利益は存しないから、これを認めるべきは極めて当然である。

7  損害(損失)

(一) 損害の内容及び特質

(1) 被告の責任が損害賠償責任か、損失補償責任かは、被告の責任を認めるための法的技術にすぎず、それによって原告らの受けた被害の大きさ重大さに何らの変化もなく、従って、損害額にも何らの相違も生じない。

(2) 予防接種により原告らの被った被害は、後に個別原告ごとに主張するとおり、いずれも極めて悲惨なものであり、その生活環境等によって様々な様相を呈するが、各被害に共通する特質として、次の点を重視すべきである。

① 本件被害は被告が被害発生の事実を認識しながら、防止措置を十分尽くさなかったために発生したこと

② 本件予防接種が被告に刑罰をもって強制された結果生じたこと

③ 原告らは、予防接種被害の生じることを全く知らされておらず、右強制とあいまって被害を回避することが全くできず、一方的に被害を受けたこと

④ 原告らは公共の利益のために犠牲者にされたこと

⑤ 被害者らはいずれも死亡したり、回復不能の重篤な障害を受けており、被害が重大かつ深刻であること

⑥ 原告ら被害者は、被告によって救済されず放置されたままになっていること

⑦ 被害者だけでなく、家族とも重大な被害を受け、苦しんでいること

(3) そして、本件のような人身被害については、その症状だけを数えあげて被害を捉えたと考えてはならない。すなわち、予防接種は原告らの全生活をことごとく破壊した。それは肉体だけでなく、精神をも破壊し、原告らの社会生活及び家庭生活を破壊し、家族ぐるみ人間としての生活そのものを破壊した。これらの破壊は互いに影響し、増幅しあって、さらに新しい大きな被害を生みだしている。以上のように、被害を症状だけで捉えてはならず、原告らとその家族が失ったものの大きさを総体として捉えなければならない。

(二) 損害賠償の包括的一律請求

(1) 前記のとおり、原告らが被った被害は、精神的、肉体的被害のみならず、家庭生活、社会生活の被害等多様であるが、これらの被害は、相互に関連し影響しあっている。すなわち、ある被害(一次的被害)が他の被害(二次的被害)を惹起、増大させ、その惹起、増大した二次的被害がさらに他の被害(三次的被害)を惹起、増大させるという被害の悪循環が連続し、被害を相乗的、累積的により拡大し、より深刻化させている。そして、これら被害は、総体として、原告らの生命、健康それ自体を侵害する。その結果、原告らは「人間としての生活」を将来にわたって全面的に否定された。

原告らの被った被害を損害として正しく評価するためには、かかる被害を総体として、包括し、把握することが不可欠な前提となる。原告らが真に求めているのは、この意味で、原告らの被った「総体としての損害」の完全なる回復である。

こうした被害の完全かつ全面的な救済をはかるためには、被害を矮小化せず、被害の実体を総体として把握し、被害の総体としての特質を見極めなければならない。被害を個々に分断して見るのではなく、相互の有機的な関連のなかで被害を直視することによって、初めて「総体としての損害」の全貌が明らかになってくる。結局、真の被害救済は、被害の実態と特質を正確に反映した「総体としての損害」についての包括的評価方法によるしかない。

(2) 原告らは、本訴において、それぞれ一律に金額を請求している。かかる一律請求を採用した根拠は、第一に、原告らの被った被害が共通性、等質性を有すること、第二に、原告らの請求は損害の一部請求であること、第三に、究極的には、原告ら一人一人の意思に副うことである。

① 原告らは、予防接種被害者として、等しく、生命、健康それ自体を侵害され「人間としての生活」を奪われ、「人間の尊厳」を奪われた。原告らは、その実態と特質において、共通の被害を被った。「総体としての損害」において、原告らの被った損害は、共通かつ等質である。

② 原告らの被害のすべてを理解し表現することは不可能であると確信するに至るほど、被害が広く根深い。原告らの総体としての被害は、本来、金銭には換価し得ない、いわば無限大のものである。しかし、民事裁判において被害救済を求めている以上、原告らは、合意の上で、すべての原告らにとって現実の損害よりはるかに小さい金額を請求額として決定した。従って、原告らの請求は、より正確に表現すれば、「包括損害の一部請求」というべきものである。

③ 原告らが請求しているのは、被告らの犯罪行為によって原告らが被った「総体としての損害」そのものである。仮りにランク付けしようとしても、その基準を設定することは不可能である。要するに社会的、経済的、家庭的、肉体的、精神的その他あらゆる被害が生じているのに、そのすべてにわたって比較判断できる基準等設定できるわけがないし、もし、そのうちの一部分だけを判断できる基準によってランク付けをすることにすれば、それは他の被害を切り捨てることになる。本件訴訟は、合理的なランク付けを伴った一律請求である。

(3) 前記のとおり、原告らが求めているのは、原告らが被った「総体としての損害」さらには、原告らの「人間としての生活」の完全な回復である。従って、損害賠償額を算定するに当たっては、徹底して原状回復の基本的視点に立たなければならない。「総体としての損害」を完全に補填し、「人間としての生活」を全面的に回復するに必要な費用を、賠償額として金銭的に評価しなければならない。具体的には次の事項を最大に考慮しなければならない。

① 原告らがこれまでに被った精神的、肉体的、家庭的、経済的、社会的被害からなる被害の総体を、総体として、正しく把握、評価し、そのうえで金額を算定しなければならない。

② 原告ら一人一人が適切な施設や家庭において、完全な療養、看護を受け、かつ相当の教養、娯楽に親しんでいくに足り得る金額、原告らが少しでも元の「身体」、元の「生活」に戻れるように努力していくに足りる金額を、算定の考慮にいれなければならない。後者には、予防接種被害回復のための治療方法の研究開発費、職場復帰や転職のために必要なリハビリ、職業訓練費及び教育費等も含まれる。

③ 右②によっては決して償われることのない被害、ことに精神的被害については、これを慰謝するに足る金額を算定の考慮にいれなければならない。

④ 最終的に金額を決定するに当たっては、他の公害、薬害裁判や学校災害等の賠償額例やインフレによる物価上昇等を考慮にいれなければならない。

⑤ 本件予防接種被害と被告の加害行為の特質を考慮しなければならない。

(4) 原告らは、本訴において、かかる莫大な賠償金額のうち極めてささやかな金額として、最重度の被害者につき一億六五〇〇万円、重度の被害者につき九九〇〇万円、死亡者につき九九〇〇万円を請求するのみである。

(三) 「個別積み上げ方式」による仮定的損害算定

仮に、各原告らが被った損害を個別的積み上げ方式で計算すれば、死亡した被害児番号1ないし5の被害児の各損害金額はすべて一億円を超えており、生存している同7の被害児は二億五〇〇〇万円、生存している同6、8、9の被害児は一億三〇〇〇万円をそれぞれ超えている。

以下、逸失利益、介護費、慰謝料について仮定的に算定する。

(1) 被害児番号7の被害児(全介護を要する被害児)

① 逸失利益

ⅰ 基礎年収

被害児らは、同一時期に被害を受けたものではなく、被害を受けてから相当期間を経過しているが、賃金額は毎年ベースアップ、物価上昇により上昇している現状からして、被害児らが得ることができたであろう収入を算出する際には、口頭弁論終結時により近い時点の全労働者平均賃金を基礎とするべきである。よって、昭和六〇年度全労働者平均賃金三六三万円(労働者政策調査部編・昭和六〇年賃金センサス第一巻による)を年収と考え、これに各被害児の発症日現在の就労可能年数に対応する新ホフマン係数を乗じて算出する。本件被害児の新ホフマン係数は16.419である。なお、賃金センサスとインフレ算入、男女格差の是正については後記(4)のとおりである。

ⅱ 労働能力喪失率

本件被害児は、重度の心身障害に苦しんでおり、労働能力を全く喪失している。

ⅲ そうすると、本件被害児の逸失利益は次のようになる。

363万円×16.419=5960万970円

② 介護費

ⅰ 介護費は、発症の日から被害児らの死亡の日まで支払われるべきであるが、その金額については過去の物価上昇、賃金の上昇などを考慮すると、過去、将来を通じて後記(5)の介護基準日額である一日当たり一万円(半介護の場合は五〇〇〇円)、一年間三六五万円(半介護の場合は一八二万五〇〇〇円)に発症日現在の平均余命年数に対応する新ホフマン係数を乗じて算出する。

ⅱ 本件被害児は、後記(5)のとおり全介護を必要とする者に該当し、介護費としては、一日当たり一万円(年額三六五万円)であり、新ホフマン係数は30.56となる。なお、全介護と半介護の区別、介護基準日額の根拠、過去の介護料の算定については、後記(5)のとおりである。

ⅲ そうすると、本件被害児の介護費については、次のようになる。

365万円×30.56=1億1154万4000円

③ 慰謝料

後記(6)のとおり、全介護者である本件被害児については、六〇〇〇万円が相当である。

④ 合計

以上、本件被害児については合計二億三一一四万四九七〇円となる。

(2) 被害児番号6、8、9の各被害児(半介護を要する被害児)

① 逸失利益

ⅰ 基礎年収

本件各被害児の新ホフマン係数がいずれも16.716であることを除き、右(1)の①、ⅰに同じ。

ⅱ 労働能力喪失率

本件被害児番号6及び同9の被害児は、少なくとも、「神経系統の機能又は精神に障害を残し、軽易な労務以外に服することができない」(自動車損害賠償補償法施行令第二条別表第七級四号)とし、また、同番号8の被害児の障害も「左下肢の麻痺であって、著しい運動障害を残すもの」として、それぞれ五六パーセント以上の労働能力を喪失している。

ⅲ そうすると、本件各被害児の逸失利益は、いずれも次のようになる。

363万円×0.56×16.716=3398万284円

② 介護費

ⅰ 本件各被害児は、後記(5)のとおり、いずれも半介護を必要とする者に該当し、介護費としては一日当たり五〇〇〇円(年額一八二万五〇〇〇円)であることを除き、前記(1)の②ⅰ及びⅱに同じ。

ⅱ そうすると、本件各被害児の介護費は、いずれも、次のようになる。

182万5000円×30.56=5577万2000円

③ 慰謝料

後記(6)のとおり、半介護者である本件各被害児については、いずれも各三〇〇〇万円が相当である。

④ 合計

以上、本件各被害児については、いずれも合計一億三一七二万七五一二円となる。

(3) 被害児番号1ないし同5の被害児(死亡者)

① 逸失利益

ⅰ 基礎年収

本件各被害児の新ホフマン係数は、同番号1の被害児が18.025、同2の被害児が17.678、同3の被害児が17.024、同4の被害児が18.387、同5の被害児が19.574であることを除き、前記(1)の①、ⅰに同じ。

ⅱ 生活費控除 四〇パーセント

但し、日弁連交通事故相談センター発行「交通事故損害額算定基準」一〇訂版の男児・女児の平均値

ⅲ そうすると、本件各被害児の逸失利益は次のようになる。

被害児番号1  363万円×0.6×18.025=3925万8450円

同2  363万円×0.6×17.678=3850万2684円

同3  363万円×0.6×17.024=3707万8272円

同4  363万円×0.6×18.387=4004万6886円

同5  363万円×0.6×19.574=4263万2172円

② 慰謝料

後記(6)のとおり、死亡した本件各被害児についてはいずれも、各六〇〇〇万円が相当である。

③ 合計

以上、本件各被害児の逸失利益及び慰謝料の合計は、被害児番号1の被害児が九九二五万八四五〇円、同2の被害児が九八五〇万二六八四円、同3の被害児が九七〇七万八二七二円、同4の被害児が一億四万六八八六円、同5の被害児が一億二六三万二一七二円となる。

(4) 逸失利益について

① 賃金センサスとインフレ算入

ⅰ 本件訴訟において、過去及び将来の逸失利益につき、昭和六〇年度全労働者平均賃金を基礎として算定したのは、過去及び将来にわたるインフレの影響を考慮した結果である。すなわち、本来ならば、過去の逸失利益は当時の平均賃金を基礎として算定すべきかもしれないが、インフレーションの影響を考慮する限り、被害は決して年五分の遅延損害金でカバーされない。

ⅱ 他方、将来の請求については、現在価値に換算するため通常ホフマン方式をもって中間利息の控除がなされているが、過去三〇年間の消費者物価平均上昇率は6.3パーセントであり、これだけで中間利息を控除するのは、実質的には二重に控除するのと同じこととなり、被害者にとって極めて不利な扱いとなる。従って、本来、インフレによる目減り分を算入して請求するか、中間利息の控除率を考慮してこそ初めて経済的合理性のある被害弁償が行われるのである。

ⅲ 損害賠償額に経済的合理性をもたせ、正当な被害回復を図るためには、インフレの算入が必要不可欠であるが、その率などの予測が困難であるため、本件では直截にインフレ率などを逸失利益算定の根拠にいれていないが、それと同旨で正当な被害回復を目的として、正義、公平の観点から過去、将来の逸失利益の算定に昭和六〇年度賃金センサスによる全労働者平均賃金を使用し、その均衡を図っている。

② 男女格差の是正

ⅰ 昭和六〇年七月、「国連婦人の一〇年」最終年にケニヤのナイロビで開催された世界会議に先立って、我が国は「女子に対するあらゆる形態による差別撤廃条約」を批准した。同条約は、その名称が示すようにあらゆる形態の差別を禁じている。

男女の平等は人類が長年にわたって獲得した不変の原理であり、我が国においても憲法一三条、一四条及び二四条を初めとして、労働基準法、国家公務員法、地方公務員法その他の法体系に流れる基本的了解事項である。

これまで、法の正義の実現を目的とする裁判所においても、損害金の算定につき、実態慣行としての平均賃金の格差を基にして、漫然と男女格差を設けていたことははなはだ残念であるが、右条約を締結した現在、本件訴訟において男女間における損害金の差を撤廃することが裁判所の責務である。

ⅱ また、予防接種事故における被害は、前記のとおり、総体としての人間破壊であることからもその被害に男女の違いはない。そして、仮に個別積上げ方式をとり、その中で逸失利益の算定を平均賃金を基に算定する場合でも、その平均賃金に男女の差を設けるのは不当である。

(5) 介護費について

① 全介護と半介護

被害児らの多くは重複して存在する重度心身障害のため、食事、排泄、入浴など日常生活の基本動作の全部を介助者の介護に頼って生活しなければならない。

そして、必要とする介護の程度は各原告により異なり、次のとおり三つに区分し得る。

ⅰ 日常生活に全面的看護を必要とし、今後も終生同様の介護を要する後遺症者(被害児番号7の被害児)

ⅱ 日常生活に介助を必要とする後遺症者であって右ⅰまでには至っていない者(同番号6及び9の被害児)

ⅲ 一応他人の介助なしに日常生活を維持することが可能な後遺症者(同番号8の被害児)。但しこの者も、他人の介助を必要としなくなるまでには、両親等の介護があったからであり、その過去の介護料については、右ⅱと同様の費用がかかっている。原告らは、被害児が必要とする介助の内容と程度を右ⅰに該当する者につき「全介護」とし、右ⅱ、ⅲに該当する者を「半介護」として、後者の介護料は前者の二分の一とする。

被害者らのうちには、現在施設に入所している者もあるが、これらの被害者も過去においては父母などの介護を受けていたのであり、施設の現状をみるとき、将来にわたって死亡するまで施設に入所できる保証は何もない。現に施設に入所しているという一時点の一事実をとらえて、介護費の要否を決するべきではなく、介護を要する心身障害を受け、介護を必要とする、という事実の存否により介護費の要否を決すべきである。

② 具体的な介護日額の設定とその根拠

ⅰ 介護基準日額の設定とその根拠

社団法人日本臨床看護家政協会昭和五九年度看護料金一覧表によれば、住込みの患者一人付の看護料金は、次のとおりである(単位は円)。

看護婦 準看護婦 看護補助

基本給  七九〇〇  六七二〇  五九三〇

時間外手当  三六九〇  三一五〇  二七九〇

(三時間)

徹夜勤  三一六〇  二六九〇  二三七〇

合計 一万四七五〇  一万二五六〇 一万一〇九〇

右資料、及び、本件被害児に対する要介護時間が一般労働時間とは比べられないほど毎日長時間に及ぶものであることからすれば、半介護者につき五〇〇〇円、全介護者につき一万円とする介護基準日額は適正である。

ⅱ インフレ算入

将来の介護料の算定の場合に、昭和五九年度の介護基準日額を使用することは問題ないとしても、過去の介護料の算定についても同年度の基準日額を使用したのは次の理由による。すなわち、本来ならば、過去の介護料は、当時の基準額に遅延利息を付したものとすべきかもしれないが、インフレーションの影響を考慮する限り、被害は決して年五分の遅延損害金ではカバーされないからである。この点については、前記(5)の逸失利益についての項で主張したことと基本的には同じである。

しかしながら、介護費は、逸失利益のインフレ算入論より一層将来の上昇を考慮する必要がある。いわゆるインフレ算入論は、逸失利益の実質価値の維持を目的とするが、介護費は逸失利益ではなく出費である。そして、その出費は、常に出費の時点での客観的な介護費、看護料である。すなわち、出費時点での実質賃金と動向を同じくするといってさしつかえない。その動向を見るためには看護料の変遷をたどればよいが、資料的に困難なので、賃金センサスを参考に賃金の上昇を検討すると、過去一八年間で八七パーセント上昇し、その年平均上昇率は4.83パーセントである。

そして、将来もこの数値に近い上昇が続くと考えなければならない。この上昇は名目賃金の上昇だけでなく、実質賃金の上昇分も含まれているが、介護費の上昇としては右の二つを含めて考慮するのが当然である。けだし、介護費として出費する者の負担は、右二つの上昇分を含むからである。

そして、介護費は得べかりし利益とは異なり、被害者である原告らの生存に絶対必要な費用である。介護費の将来の上昇について特に強く配慮されるべきは当然である。

以上の諸点を考慮し、原告らは、前記のとおり昭和五九年度の介護基準日額を基本にして、発症日現在の平均余命年数に対応する新ホフマン係数を乗じる方式を採用した。

(6) 慰謝料について

① 予防接種被害に対する慰謝料

予防接種被害の重篤さ、あるいは被害隠ぺい等によって治療方法も確立されていない状況の中で、被害児らに対し費された費用は、所得に対し大きな割合を占め、生活を圧迫した。それだけでなく、生活に追われるなかから支出した費用では十分な医療を受けさせることができなかった、との悔やみを残すような状態であった。

重篤な被害児をかかえた家族は、その外にも働く時間を制約されたりしたもの、介護疲れのために病気がちになる等、苦しい生活であった。それでも、被害児の生活の便を図り、便所、風呂場、階段、玄関の上り口等の生活の基本となる場所を改造したり、窓に工夫をしたり、あるいは事故防止のため生活用品に工夫をする等、目に見えず、計算もできぬところで費用を出損してきた。

予防接種の被害は、中枢神経を主座とするものであるため、被害児本人についていえば、体力・知能・知覚の面で、普通人より数段能力が劣っている。幼児期の発育の遅れについては、生活面、養育面で多くの手間と費用がいった。また、風邪をひきやすい、発熱しやすい等、病気を防止するため、あるいは、それらの病気に罹患すれば症状が重くなったり、合併症をまねく等により費用を要した。身体的な機能障害をもつ者は、けいれん発作にあう場合も非常に危険であり、転倒して怪我をする。あるいは抗けいれん剤服用の副作用で歯や歯ぐきを悪くする。知覚判断に劣るため、外で事故にあって怪我をしたり、ストーブで火傷をする等、通常人の生活とは比べられぬ計り知れない損害を受け、費用を要する。

右のような損害については、個別の費目損害ではとうてい算定できぬものであり、慰謝料の中の一事情と勘案されて然るべきものである。以上の事情からすれば、全介護者及び半介護者に対する前記原告ら主張の金額は決して高額なものとはいえない。

② いわゆる「後遺症」についての慰謝料

ⅰ 労働基準法、労働者災害補償保険法、あるいは自動車損害賠償保障法の「後遺症障害」について

労基法七七条、労災法一二条の八は、労働者が業務上負傷し、又は疾病にかかり、「なおったとき」「身体に障害が存する」場合に、その障害の程度に応じて障害補償金あるいは障害給付を行うとされ、この法律の方式にならった自賠法は、同法一三条一項で、「責任保険の保険金額は政令で定める」とし、同施行令二条二号ロにおいて、「後遺症障害(障害がなおったとき身体に存する障害をいう)」と定義づけをし、逸失利益及び慰謝料の賠償をなすことにしている。

労災事故や交通事故の場合には、実際上、外的な物理力による人身の損傷という被害が多く、その結果「後遺障害等級表」では、神経精神の障害以外のいわゆる身体障害については、各等級について網羅的で詳細に掲げられているが、神経精神障害については極めて大雑把で数項目に表われているだけである。神経精神障害の被害については、これら現行の「後遺障害等級表」には基本的な欠陥がある。

ⅱ 予防接種被害者の「後遺症」について

本件予防接種による各原告の後遺症をみると、交通事故、労災事故の典型例である外部物理力を原因とする身体の損傷ではないこと、すなわち、ワクチンの副作用による中枢神経障害であることが特徴である。従って、予防接種の後遺症については、いわゆる現行の「後遺障害」あるいは「後遺障害等級表」によらない、事実に則したより妥当な判断がなされなければならない。

本件原告らのうち、最重度及び重度の被害児については、ワクチンによる体内的侵襲によって脳神経部位に対する損傷が起こるものであるが、ワクチンの影響は長期にわたり潜伏して発作を生じさせ、精神・身体の機能障害は年々進行するものである。

このような被害は現行法上の「後遺症障害」とは異なる特殊な被害であって、直截に法的評価を下すとすれば、なお進行中の症状に対して、治療を継続しているものとみるべきである。

その場合、各被害者の最終的な「労働能力喪失」の割合については、現在の障害の程度から客観的・合理的に想定してこれを決めることが可能であるが、慰謝料の算定については、労働能力喪失率・後遺症等級に対するものとして単純に算定するものは相当ではない。なぜなら、いまだ入通院をなしている受傷者と同じ苦痛を受けて治療中なのであるからである。予防接種による後遺症については、入院慰謝料に当たるものが、日々加算され将来も続くのである。よって、本件の慰謝料についても通常より高額であるのは、正当であり、かつ合理的である。

③ 死者の慰謝料

予防接種被害の場合、被害児はいたいけな乳幼児であり、ようやく人間としての一歩を歩み始めようとするとき、新芽を無惨にもぎとるようにその命を奪われてしまった。しかも、急激な脳症状を起こし小さな体、小さな頭にいっぱいの苦痛を受けて、十分な治療の途も不明のままにおかれ、苦しみもがいて死んでいった。被害児たちはいずれも余りに幼く、その苦痛を言葉に出して訴える術もない。また、その高熱、けいれん、意識喪失の状況を見れば、その苦痛は想像するにあまりある。

そして、一人の親として、いたいけな我が子がこのような苦痛を受けている時、なす術もわからず、ただ苦しみを見ているばかりで死なせてしまった親たちの無念さを想うとき、その悲痛を語る言葉もない。我が子を奪われた親の悲嘆は激しく、自分の死以上の苦しみを受けている。

(四) 弁護士費用

原告らは、本訴の提起、遂行を予防接種被害者弁護団(弁護士四〇名で構成)に委任した。いうまでもなく、本件訴訟を含む公害、薬害訴訟等の集団訴訟は、訴訟の中でも最も高度な専門知識と技術を駆使しなければならないものであり、とうてい一弁護士に委任してこれを行うことは不可能である。従って、原告らが本件訴訟の遂行を同弁護団に委任することに伴って出損した負担は、本件不法行為と相当因果関係にある損害であり、被告はそのすべてを償わなければならない。

原告らは弁護団との間で、弁護団に支払うべき弁護士費用(着手金と報酬)について、原告一人について請求額の一〇パーセントを、本裁判において認容された限度内で支払うことを合意した。この弁護士費用は弁護士会の報酬規定からみると控え目なものである。

8  相続

被害児番号1前田五実は昭和五二年二月二四日、同2大熊宣祐は昭和三八年五月一〇日、同3古賀宏和は昭和四九年三月二八日、同4矢富亜希子は昭和四六年六月二二日、同5山科美佐江は昭和五二年一一月一九日にいずれも死亡し、それぞれ原告各論一ないし五の各1(一)記載の各被害児の父母がそれぞれ各二分の一あて相続した。

9  結語

よって、原告らは被告に対し、第一次的には国家賠償法一条より、第二次的には安全配慮(確保)義務違反に基づく債務不履行ないし不法行為による各損害賠償請求権に基づき、第三次的には憲法二九条三項ないしは同法二五条による損失補償請求権に基づき、別紙Ⅱ請求金額目録のうち、各原告に対応する請求金額欄記載の各金員及び不法行為、債務不履行又は損失発生の日である同目録のうち、各原告に対応する接種年月日欄記載の年月日からそれぞれの金員の支払済みに至るまで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

原告各論一

1  当事者、予防接種等の概要

(一) 当事者及び被害児

原告番号 一の一 父   前田安人

一の二 母  前田喜代子

被害児(番号1)亡前田五実

(昭和三七年六月二九日生)

(二) ワクチンの種類等

(1) ワクチンの種類  ジフテリアワクチン

(2) 接種年月日  昭和五〇年一月二一日

(3) 接種時年令  一二歳

(三) 実施者等

(1) 実施者  八幡東区長

(2) 強制・勧奨の別  強制

(3) 実施場所  前田小学校

(4) 接種担当者  不明

(5) 接種の根拠  旧法五条

(四) 認定の有無

未認定

2  経過

(一) 亡前田五実(以下「五実」という。)は、本件予防接種を受けるまでは健康であったが、同接種を受けた翌日の昭和五〇年一月二二日に右下肢痛を訴え、右足を跛行させるようになり、同年二月五日ころから両下肢痙性麻痺が認められ、同日九州厚生年金病院に入院したものの、同月一五日ころから上肢に弛緩性麻痺が現われ、同年三月一八日ころからは意識障害、水平性眼振等の脳障害が認められるようになった。

(二) 五実は、同年四月三日、再度意識障害を来たしたが、同月六日ころからは四肢運動麻痺の軽快及び水平眼振の消失等一時小康状態を保っていたところ、同月二八日ころから同年八月ころまで球麻痺症状等多彩な神経症状が続き、同症状は一時軽快して、上肢の弛緩性麻痺は痙性麻痺に移行したが、依然として四肢麻痺は続き、同年九月二四日には球麻痺の悪化を来たした。

(三) 五実は、昭和五〇年一二月二四日九州厚生年金病院を退院したが、昭和五一年五月一〇日南小倉病院に入院し、その際、眼振、構音障害及び高度の痙性四肢麻痺があり、主に四肢麻痺に対するリハビリテーションが行われ、多少の回復をみたものの同年九月末にはけいれん発作の回数が増し、同年一〇月初旬より、眼球の固視が不十分で側方凝視麻痺等が出現した。

(四) 五実は、同年一一月一四日南小倉病院を退院し、自宅療養していたが、同月二二日全身けいれん、意識障害が出現し、同月二四日八幡製鉄所病院小児科に入院して治療し、一時回復したものの、昭和五二年二月には眼振が増強し、同月二四日死亡した。

3  因果関係

五実は、本件予防接種により、多発性硬化症を起こして死亡したものである。すなわち、

(一) 五実には、右経過のように、翌日に末梢神経、運動神経に麻痺が起こっており、時間的、空間的関係が深く、脊髄に飛火するのが二五日後ということで、遅延型アレルギーの潜伏期に相当する。

(二) 五実については、ワクチン以外に明白な原因がなく、多発性硬化症という極めて重篤な折れ曲がりを神経に生じて、死に至った。

(三) ジフテリアトキソイドにおいても動物の神経組織に共通する抗原性があり、それが遅延型アレルギー反応である多発性硬化症を引き起こすということは、一つの推論としては十分成り立ちうるものである。

以上のとおり、五実の死亡と本件予防接種との間の因果関係を認めることができる。

4  責任

(一) 被告は、請求原因4の国家賠償法に基づく責任(本件全被害児に共通する被告の過失は、同4(四)(1)の副作用を説明しなかった過失及び同4(四)(2)の具体的過失のうち⑦の予診をしなかった過失であり、本被害児固有の具体的過失は、後記(二)に記載するとおりである。)、同5(一)の安全配慮(確保)義務における債務不履行責任、同5(二)の安全配慮(確保)義務における不法行為責任及び同6の損失補償責任の各理由による責任がある。

(二) 禁忌者に接種した過失(請求原因4(四)(2)⑧)

五実は本件予防接種当時一二歳であり、モロニー試験を受けていれば、強陽性との判定がなされ、本件予防接種を受けずに済んだことも十分推認できるところ、被告は、ジフテリア予防接種においてもモロニー試験の強陽性者を禁忌とすることを怠り、モロニー試験を実施することなく、本件予防接種をなした。

5  損害

(一) 五実は、本件予防接種を受けるまで明るい娘であり、原告ら夫婦もその将来を楽しみにしていたが、2の経過のように、五実が本件予防接種を受けた後、五実本人及び家族にとって苦しい生活が始まった。

(二) 五実が発病して死亡するまでの二年余りの間、五実本人はもちろん、五実を世話していた原告ら家族も言葉では言い表わせないほどの肉体的、精神的、経済的労苦を受けた。すなわち、

(1) 五実は右二年間余りの間、生活全般にわたって一切の事が出来ず、けいれんがいつ起こるかも知れない状態が続いた。

(2) そのため、原告ら家族は、五実の入院中には一日中付き添い、昼夜を問わず、五実の体をふいたり、マッサージをする等しており、原告前田喜代子(以下「原告喜代子」という。)は、仕事も夫まかせで、手伝えない負い目を感じながら看病に当たった。

(3) 自宅療養中、五実の口すすぎから、食事、入浴、排泄の世話、訓練もすべて家族が行い、リハビリに連れて行く時五実をかかえて車に乗せる等していたことから、原告ら夫婦も体を悪くし、原告喜代子は整骨院に通ったりしながら看護に当たり、五実にいつけいれんが起こるかという不安感も大きかった。

(三) 五実を無惨にも死なせた原告ら家族の悲嘆がいかに大きいかは、容易に想像しうるところであり、その無念さは、いまもって原告らの胸に深くきざまれ、消えることがない。

原告各論二

1  当事者、予防接種等の概要

(一) 当事者及び被害児

原告番号 二の一 父   大熊勝宣

二の二 母   大熊光枝

被害児(番号2)亡大熊宣祐

(昭和三四年一月一六日生)

(二) ワクチンの種類等

(1) ワクチンの種類  種痘

(2) 接種年月日  昭和三八年四月二二日

(3) 接種時年令  四年三カ月

(三) 実施者等

(1) 実施者  北九州市長

(2) 強制・勧奨の別  強制

(3) 実施場所  枝光公民館

(4) 接種担当者  金城医師

(5) 接種の根拠  旧法五条

(四) 認定の有無

認定

2  経過

(一) 亡大熊宣祐(以下「宣祐」という。)は、本件予防接種を受けるまでは健康であったが、昭和三八年四月二二日本件予防接種を受けた後の同月二七日か二八日ころ、接種を受けた左腕の痛みを訴え、同児の左腕の接種傷口が赤黒く少し腫れて、三七度余の熱があり、その後も三七ないし三八度の熱が続いた。

(二) 宣祐は、同年五月五日午前八時ころ、「足がしびれる」といって両足のしびれ感を訴え、立とうとしてもぐらついて両手をつくので、同日午前九時ころ松隈医師の診察を受けたが、同日昼ころからは、言語障害が出て言葉があいまいになり、熱も三八度位あって、翌六日市立八幡病院へ入院したものの、終日熱が三七ないし三八度あり、上下肢にけいれん症状がみられ、意識も殆どなかった。

(三) 宣祐は、同月八日からは自然排便、排尿がなくなり、喘鳴がひどく、喀痰がつまったようになって時々呼吸困難におちいり、翌九日も同様の症状が続いていたが、同月一〇日午前五時すぎ、口唇にチアノーゼが出て、呼吸停止におちいり、同日午前五時四五分に死亡した。

3  因果関係

宣祐の死亡と本件予防接種との因果関係は、被告も認めるところである。

4  責任

(一) 原告各論一4(一)に同じ(但し、予診を怠った過失の内容につき後述のとおり)。

(二)(1) 種痘を廃止しなかった過失(請求原因4(四)(2)①)

被告が遅くとも昭和三一年に幼児の定期接種を廃止していれば、昭和三八年四月二二日に本件予防接種を受けた宣祐について被害の発生はなかったのに、被告は昭和三一年以降右廃止を怠った。

(2) 予診を怠った過失(請求原因4(四)(2)⑦)

宣祐は、本件予防接種を受けるに当たり、何らの予診問診を受けておらず、被告は予診を怠った。

5  損害

(一) 宣祐は、本件予防接種を受けるまで元気で幼稚園に通っていたが、本件予防接種後、2の経過により四歳三か月という若さで死亡したものである。

(二) 原告ら夫婦、家族にとって運命とはいえ、宣祐の若すぎる生命の終焉は残酷すぎるものであり、宣祐の葬儀には、園児多数が最後のお別れにきてくれたが、何故自分達の子供だけが、という悲しみと憤りがこみあげてきた。

(三) 原告ら夫婦は、宣祐の死亡が社会防衛のための予防接種によって発生したことを長い間忘れることができず、伝染病対策とはいえ、もし、あの日、枝光公民館へ連れて行かなければ、幼い生命を失わずに済んだのに、と悔まれるところである。

原告各論三

1  当事者、予防接種等の概要

(一) 当事者及び被害児

原告番号 三の一 父   古賀廣

三の二 母   古賀和代

被害児(番号3)亡古賀宏和

(昭和四七年一月三〇日生)

(二) ワクチンの種類等

(1) ワクチンの種類  種痘 第一期

(2) 接種年月日  昭和四九年三月一九日

(3) 接種時年令  二年一カ月

(三) 実施者等

(1) 実施者  大和町長

(2) 強制・勧奨の別  強制

(3) 実施場所  山門郡大和町 中央公民館

(4) 接種担当者  委託医 横尾秀洪

(5) 接種の根拠  旧法五条

(四) 認定の有無

認定(認定日 昭和五〇年七月七日)

2  経過

亡古賀宏和(以下「宏和」という。)は、本件予防接種を受けるまでは健康であったが、昭和四九年三月一九日本件予防接種を受けた後の同月二七日夜から発熱し、けいれんと意識喪失をきたし、翌二八日県立柳川病院へ入院したものの、発熱とけいれんが続き、意識喪失をきたして、同日死亡した。

3  因果関係

宏和の死亡と本件予防接種との因果関係は、被告も認めるところである。

4  責任

(一) 原告各論一4(一)に同じ(但し、予診を怠った過失の内容につき後記のとおり)。

(二)(1) 種痘を廃止しなかった過失(請求原因4(四)(2)①)

被告が遅くとも昭和三一年に幼児の定期接種を廃止していれば、昭和四九年三月一九日に本件予防接種を受けた宏和について被害の発生はなかったのに、被告は昭和三一年以降右廃止を怠った。

(2) 予診を怠った過失(請求原因4(四)(2)⑦)

宏和が本件予防接種を受けた当日は、一七〇人の幼児が同時に接種を受けているが、問診医と接種医がそれぞれ一人ずつでこの多数の幼児の接種を行っており、しかも、問診は一切なされず、問診医が聴診器を二回程当てただけであって、十分な予診問診を怠った。

(3) 多圧針を取り換えなかった過失

予防接種実施規則三条二項では、多圧針は被接種者ごとに取り換えなければとされているにも拘らず、本件予防接種に当たっては、接種器具が取り換えられず、数人に同一器具で接種されている。

5  損害

(一) 宏和は、わずか二年二か月生きただけでその生命を奪われたものであり、まだ自分の生きるべき輝かしい未来があったのに、その入口ですべてを奪われてしまったものである。

(二) 宏和の誕生は、家族全員の喜びと期待でむかえられ、原告ら夫婦にとって宏和は自慢の種であり、家族の生活は、何事も宏和を中心にして行われてたもので、原告ら夫婦は、宏和のあまりにも突然の死亡により打撃を受けたうえ、宏和を解剖に付したことで、死後までさらに苦痛を与えたという後悔の念で悲しみが増大した。

原告各論四

1  当事者、予防接種等の概要

(一) 当事者及び被害児

原告番号 四の一 父   矢富實次

四の二 母  矢富富士子

被害児(番号4)亡矢富亜希子

(昭和四〇年七月二三日生)

(二) ワクチンの種類等

(1) ワクチンの種類  種痘定期第一期

(2) 接種年月日  昭和四一年二月一日

(3) 接種時年令  六カ月

(三) 実施者等

(1) 実施者  福岡市長

(2) 強制・勧奨の別  強制

(3) 実施場所 福岡市立馬出小学校

(4) 接種担当者  不明

(5) 接種の根拠  旧法五条

(四) 認定の有無

未認定

2  経過

(一) 亡矢富亜希子(以下「亜希子」という。)は、出生後順調に成育し、生後六か月ころには、「ブーブー」とか「ママ」とか声を出したり、両親の顔を見て笑ったりするようになっていたが、本件予防接種の二日ないし三日前から風邪で増田内科・小児科医院に通院していた。

(二) 亜希子は、本件予防接種を受けた翌日である昭和四一年二月二日より機嫌が悪く、高熱、吐気があり、咳嗽を伴っており、右のような状態が何日も続き、右増田医院で治療を受けていた。

(三) 亜希子は、本件予防接種後七日ないし一〇日目ころの夜に、突然唇をまっ青にして全身を振わせるといったけいれん発作を起こし、この時以来、毎日のように発作が襲来して、その度に容態が悪化し、両親の顔もわからず、手足も麻痺するようになった。

(四) 亜希子は、その後もけいれん発作が続き、前記増田医院や幾つかの病院へ入通院をくり返したが改善をみず、昭和四六年六月二二日五歳一一か月で死亡した。

3  因果関係

亜希子は、本件予防接種により、急性脳症を起こして死亡したものである。すなわち、

(一) 亜希子の最初のけいれん発作が出現するまでの期間は接種後七日ないし一〇日目であり、種痘との時間的因果関係は十分である。

(二) 亜希子は、本件予防接種までは発育順調な健康児であり、本件予防接種後の後遺症と比較すれば、「折れまがり」のひどさは明瞭である。

(三) 亜希子の病状経過、後遺症状の内容は、種痘後急性脳症と考えたときに初めて説明可能であり、他の考慮に値する原因は考えられない。

以上のとおり、亜希子の死亡と本件予防接種との間に因果関係があることは明らかである。

4  責任

(一) 原告各論一4(一)に同じ(但し、予診を怠った過失の内容につき後記のとおり)。

(二)(1) 種痘を廃止しなかった過失(請求原因4(四)(2)①)

被告が遅くとも昭和三一年に幼児の定期接種を廃止していれば、昭和四一年二月一日に本件予防接種を受けた亜希子について被害の発生はなかったのに、被告は昭和三一年以降右廃止を怠った。

(2) 種痘の接種年齢の引上げを怠った過失(請求原因4(四)(2)②)

被告が遅くとも昭和三七年に初種痘の接種年齢を生後一歳以上に引上げていれば、右接種当時六か月で接種を受けた亜希子について被害の発生はなかったのに、被告は昭和三七年以降右接種年齢の引上げを怠った。

(3) 予診を怠った過失(請求原因4(四)(2)⑦)

亜希子は、本件予防接種二、三日前から風邪で増田医師のもとに通院しており、被告の接種担当医は、亜希子の母親からその旨を告げられたにもかかわらず、亜希子の額に手を当て「大丈夫」といっただけで、予診を怠った。

(4) 禁忌者に接種した過失(請求原因4(四)(2)⑧)

亜希子は、本件予防接種当時、風邪で通院中だったのであるから、接種担当医は、少なくとも、集団接種を止め個別接種にまわすべきであったのにこれを怠った。

5  損害

(一) 亜希子は、2の経過の五年余りの闘病生活の中で、全身麻痺、発育停止、知能零の状態であって、まるで植物人間のようであり、本件予防接種後二年目には身障者一級の認定を受け、以後死亡するまで廃人同様の状態で、自宅療養、入通院をくり返し、五歳一一か月の短い生涯を終えた。

(二) 原告ら家族の苦しみは、五年余りの闘病生活の中での苦しみ、看病の甲斐なく亜希子が短い生涯を閉じたことによる苦しみと、幾重にもわたるものであった。すなわち、

(1) 原告ら夫婦にとって、亜希子はまさに宝のような存在であり、亜希子のしぐさが仕事の疲れや苦労もふきとばし、明日の活力を生みだしてくれていた。原告ら夫婦としては、亜希子の順調な成育と、一層の健康を願い、風邪をひいていることを伝えたうえ受けさせた予防接種だけにとうていあきらめきれない気持が強く残っている。

(2) 原告矢富富士子(以下「原告富士子」という。)は、亜希子と二四時間一緒であり、亜希子のけいれん発作が頻繁に起こるので、風呂に入れることもできず、いつも身体をタオルでふいたり、食事におじや(雑炊)や果物のジュース等を作り、亜希子が口を開けようとしないので手で口の中に流し込む等、看病に当たった。

(3) 原告富士子が亜希子を病院に連れていくときは、殆どタクシーであり、かさむ交通費と医療費で、共働きで蓄えた貯金もなくなり、夫の給料も殆ど右各費用に消え、ぎりぎりの生活を維持してきており、経済的にも苦しかった。

(4) こうした苦労の甲斐もなく、亜希子が死亡したため、いかなる苦しみ悲しみも報われることがないものになり、我が子を失った原告ら夫婦の悲しみは決して消えない。

原告各論五

1  当事者、予防接種等の概要

(一) 当事者及び被害児

原告番号 五の一 父   山科成孝

五の二 母  山科ミヨ子

被害児(番号5)亡山科美佐江

(昭和四四年一月二二日生)

(二) ワクチンの種類等

(1) ワクチンの種類  インフルエンザ

(2) 接種年月日  昭和五二年一一月一八日

(3) 接種時年齢  八年八カ月

(三) 実施者等

(1) 実施者  福岡市長

(2) 強制・勧奨の別  強制

(3) 実施場所  福岡市立壱岐南小学校講堂

(4) 接種担当者  不明

(5) 接種の根拠  法六条

(四) 認定の有無

未認定

2  経過

(一) 亡山科美佐江(以下「美佐江」という。)は、昭和五二年一一月一四日より風邪で広田医院に通院し、吸入療法、投薬、注射を受けていたところ、同月一八日午後一時二〇分ころ、本件予防接種を受け、同日午後五時ころ帰宅し、その日も広田医院で吸入療法を受け、同日午後一〇時ころには就寝した。

(二) 美佐江は、翌同月一九日午前一時五〇分ころ、起き上がって咳を始め、足が冷たいと訴えた後、トイレに行き、戻ってきて布団に入ろうとしたが、「足がなくなりよう」(足がなくなっている)といってぐにゃりと倒れ、意識を失うと同時にひきつけ(けいれん)を起こし、目を見開き、顔を紫色にしており、歯をくいしばっていたため、数本の歯が折れ、下唇も切れた。

(三) 美佐江は、呼吸が困難であったため、救急車で同日午前二時八分ころ豊福医院に運ばれたが、既に死亡していた。

3  因果関係

美佐江は、本件予防接種により、急性脳症を起こして死亡したものである。すなわち、

(一) 美佐江が前記のようにぐにゃりと倒れ、意識を失ったことは、中枢神経系に障害が起こったことを示すもので、同時にひきつけを起こし、歯をくいしばるという明確な急性脳症の症状を呈しており、さらに、呼吸困難で死亡しているのは、急性脳症により呼吸中枢が侵されたものである。

(二) インフルエンザワクチンによる急性脳症の発生についての報告例によると、接種後神経症状発現までの時間は、接種当日から二日目までに認められるところ、美佐江の神経症状の発症は、本件予防接種のわずか一二時間余り後で、美佐江は明確な急性脳症の臨床経過を示している。

(三) 右ワクチン以外の要因を検討してみても、美佐江の死後その存在が明らかになった悪性リンパ腫によって、右のようなひきつけ症状を起こすことは考えられない。

(四) しかも、美佐江は、悪性リンパ腫があったとはいえ、本件予防接種の以前、死亡するに至るような症状は全く現れていなかった。

以上のことから、美佐江は、本件予防接種による急性脳症以外に、医学的な死亡の原因が考えられない。

4  責任

(一) 原告各論一4(一)に同じ(但し、予診を怠った過失の内容につき後記のとおり)。

(二)(1) インフルエンザワクチンを学童に集団接種した過失(請求原因4(四)(2)③)

① 被告は、昭和三七年から昭和五一年の予防接種法改正までの間に、地方公共団体に対し、学童に対するインフルエンザワクチンの一律勧奨集団接種を実施しないよう行政指導すべき注意義務があったのに、これを怠った。

② 被告は昭和五一年の右改正までに、綿密なサーベイランスを行い、同改正で右一律集団接種を中止すべき注意義務があったのに、これを怠った。

③ 被告は、昭和五一年の右改正以後右一律集団接種を中止すべき注意義務があったのに、これを怠った。

(2) 予診を怠った過失(請求原因4(四)(2)⑦)

美佐江は、昭和五二年一一月一四日より風邪で広田医院に通院し、吸入療法、投薬、注射を受けていたものであり、そのため問診票にも風邪で通院中である旨記載していたのであるから、予診の必要性は高かったのにもかかわらず、接種担当医からは何ら予診を受けなかった。

(3) 禁忌者に接種した過失(請求原因4(四)(2)⑧)

① 集団接種における禁忌該当者に接種した過失

美佐江は、風邪で通院中であったのであるから、接種担当者は、少なくとも、集団接種を止め個別接種にまわすべきであったのに、これを怠った。

② 接種してはならない者に接種した過失

美佐江は、悪性リンパ腫に罹患しており、免疫不全であったから、禁忌者として接種すべきでなかったのに、接種担当者は、これを怠り接種をした。

5  損害

(一) 美佐江は、妹のめんどうをよくみる優しい娘であり、小学校に入学してからは、共稼ぎの原告山科ミヨ子の家事を手伝い、よく冗談を言って家族を笑わせる等、原告ら一家の幸福の象徴であったが、本件予防接種を受けた翌日、2の経過のとおり死亡してしまった。

(二) わが子が苦しんで行くさまを、目の前にした原告ら夫婦の嘆き、悔しさ、苦しみは、容易に想像ができ、さらに、死んだ我が子を切り刻む司法解剖という苦痛まで味わわなければならず、美佐江の死亡後、原告ら一家は、家の中にぽっかり穴が開けられた感じで、原告らの苦痛は今もいやされていない。

原告各論六

1  当事者、予防接種等の概要

(一) 当事者(被害児を含む)

原告番号 六の一 被害児(番号6)

坂井和也

(昭和三八年一〇月一八日生)

六の二 父   坂井哲也

六の三 母   坂井貞子

(二) ワクチンの種類等

(1) ワクチンの種類  百日咳・ジフテリア混合ワクチン

(2) 接種年月日  昭和三九年三月一一日

(3) 接種時年齢  四カ月

(三) 実施者等

(1) 実施者  福岡市長

(2) 強制・奨励の別 強制

(3) 実施場所  福岡市南区

(4) 接種担当者  大山幸徳医師

(5) 接種の根拠  旧法五条

(四) 認定の有無

未認定

2  経過

(一) 坂井和也(以下「和也」という。)の出産は全く異常がなく、その全過程は極めて順調であり、出生後本件予防接種まで極めて順調に成育し、首は坐り、寝返りをうち、笑みを返し、ガラガラで遊ぶ等していたが、昭和三九年三月初旬は咽頭発赤等で大山小児科医院で投薬、吸入の治療を受けていた。

(二) 和也は、昭和三九年三月一一日午前一〇時ころ、大山小児科医院の外来で急性扁桃腺炎の治療後に本件予防接種を受けたが、同日午後四時ころ、大人のぜんそくのような咳をし、その度に体をバタバタとはね飛ばしてけいれんを起こし、顔や手足が紫色になり、発作が段々ひどくなるので、同日午後五時ころ再び大山医院を受診した。

(三) 和也は、同月一三日から同月一七日まで時折発作が出たため、大山医院を毎日受診し、同月一七日大山医師の指示により、入院して点滴を受けたところ、同月二一日に発作が殆ど出なくなったので、同医院を退院したが、翌日の二二日にも激しい発作を起こして大山医師の往診を受けた。

(四) その後も、和也は、同年三月ころまでほぼ連日大山医院にかかっていたものの、やせて手足が強直していき、寝返りをうつ元気もなくなり、同年四月以降も満一歳までほぼ毎日大山医院にかかり、満二歳まで継続して治療を受けて来たが、状態が良くならず、現在、和也には精神発達遅滞及び脳性四肢麻痺の各障害が現存している。

3  因果関係

和也は、本件予防接種により、急性脳症を起こし、前記のような現在の症状を有するものである。すなわち、

(一) 前記のような事実経過、特に本件接種後一〇時間足らずのうちに脳症状(間代性けいれん、呼吸困難、チアノーゼ)があるという経過は、本件予防接種による急性脳症の典型例といえ、時間的、空間的密接さも十分であり、「折れ曲がり」のひどさはいうまでもない。

(二) 昭和三九年三月一七日大山医院へ入院した際、和也の傷病名が急性肺炎となっているが、和也は当時発熱がなく、聴診器での肺音所見及びレントゲン所見もないうえ、肺炎だけで精神発達遅滞になることは通常考えられない。

以上のとおり、和也の現障害と本件予防接種との間に因果関係があることは明らかである。

4  責任

(一) 原告各論一4(一)に同じ。

(二)(1) 百日咳ワクチンを含む二種混合ワクチンの接種量あるいは接種年齢を誤った過失(請求原因4(四)(2)⑤)

和也は、生後約五か月で本件予防接種を受けたものであり、被告は和也に対し、接種量あるいは接種年齢を誤った接種を実施した。

(2) 近接種の過失(請求原因4(四)(2)⑥)

和也は生後三か月余から五か月足らずの間に、次のとおり接種間隔が異常に密接した予防接種を連続して受けており、本件予防接種当時、後記①ないし④の接種によるウイルス同士の干渉により副反応の危険が極めて高い状態であったのに、接種担当者は、本件予防接種を行った過失がある。

① 昭和三九年一月二九日  二混(百日咳・ジフテリア、第一回)

② 同年二月四日  種痘

③ 同月一九日  二混(第二回)

④ 同年三月三日  ポリオ

⑤ 同月一一日  二混(第三回、本件予防接種)

(3) 禁忌者に接種した過失(請求原因4(四)(2)⑧)

和也は、本件予防接種当日熱があり、解熱剤の投与を受けていたのであるから、禁忌に該当していたにもかかわらず、接種担当者は、急性扁桃腺炎の治療と同時に本件予防接種を行っている。

5  損害

(一) 現在の症状

(1) 精神的障害

和也の現状は、重度と中度の限界級の精神発達遅滞である。麻痺による言語障害があり、発音が不明瞭で、かろうじて単文程度の日常会話をするが、意思の疎通は十分でない。

(2) 運動機能障害

脳性四肢麻痺、足関節拘縮軽度、軽度のエックス脚が認められ、動作が緩徐、拙劣である。

(二) 要介護の程度

(1) IQ 三七(鈴木・ビネー式)

(2) 日常生活の能力

ボタンはめ不能。危険を認知し、それを予防したり避けたりすることはできない(刃物・火・ドアの鍵等)。日常生活においても、四歳ないし五歳児を監督する程度の監視が必要であり、発語機能はそれ以下である。

(3) 要介護の程度

半介護を要する状態である。

(三) 被害児及び家族の苦しみ

(1) 原告坂井貞子(以下「原告貞子」という。)は、本件予防接種当時、大事をとって積極的に予防接種を受けさせたが、それが和也に重大な被害を負わせることとなり、自責の念にかられている。

(2) 原告貞子は、2の経過のような大山医師の治療と並行して、和也を全身マッサージを受けに連れて行き、自らも毎日のように和也に対してマッサージを行ったところ、和也の手足が動くようになったので、次に原告ら夫婦して和也を座らせたり、立たせたりという訓練を必死で行った。

(3) 原告貞子は、昭和四三年四月から障害児の保育園に通うようになった和也を、毎日抱き抱えて、バスや電車を乗り継いで通園させたが、体が続かず、同年一〇月ころにはやめてしまった。

(4) 和也は歩けず、知能も相当遅れていたので、特殊学級にも収容されず、一年間の就学猶予を受けて歩行訓練をした後、昭和四六年四月から那珂小学校養護学級に入学できたが、エックス脚で両足を引きずるようにして歩くため、原告貞子は、毎日、学校まで送り迎えをし、また、言葉の教室に通うことを勧められたことから、和也を連れて週一回、小学校を卒業するまでの六年間、冷泉小学校に通わせた。

(5) 原告ら夫婦は、自分たちが死んだ後の和也のことを考えない日はなく、そんな両親の気持を知りもせず、和也は、幼児向けのテレビ番組の音量をあげて見ながら、時折奇声を発している。

原告各論七

1  当事者、予防接種等の概要

(一) 当事者(被害児を含む)

原告番号 七の一 被害児(番号7)

新須玲子

(昭和四九年三月一九日生)

七の二 父   新須和男

七の三 母   新須郁子

(二) ワクチンの種類等

(1) ワクチンの種類  三種混合ワクチン

(2) 接種年月日  昭和四九年八月二〇日

(3) 接種年令  五か月

(三) 実施者等

(1) 実施者  川内市長

(2) 強制・勧奨の別  強制

(3) 実施場所  川内市民会館

(4) 接種担当者  医師 三瀬貞博

(5) 接種の根拠  旧法五条

(四) 認定の有無

認定(昭和五四年八月一四日)

2  経過

(一) 新須玲子(以下「玲子」という。)の出生時及び出生後の状態はいずれも良好であり、玲子は、けいれんを起こしたこともなかったところ、生後約五カ月の昭和四九年八月二〇日午後一時三〇分ころ本件予防接種を受けたのち、同日午後一〇時ころ、目を動かさず、泣き声もたてず、頬をたたいても反応がなく、両手足をガクガクさせる、というけいれんを約一五分間起こした。

(二) そこで、玲子は、同日直ちに接種担当医である三瀬貞博医師の診察を受けたが、受診時の体温三七度七分でけいれんも鎮静していたので、帰宅したところ、同日午後一一時ころ再びけいれんを起こし、同月二一日から二、三日間ぐったりしていた。

(三) 玲子は、同年九月一三日夕刻、再び約一分間のけいれんを起こしたため、翌一四日関恂一郎医師の診察を受けたところ、精神発育障害兼てんかんの診断を受け、その後同年一〇月一〇日正午ころ約一五分間、同月二〇日夜約一〇分間、同年一二月一日午前一〇時ころ約三分間、同日午後二時ころ約二〇分間のけいれんをそれぞれ起こし、以後も続発している。

(四) 玲子のけいれんは、発熱を伴い、体温が三七度を超えたころから始まり、熱が三九度、四〇度と上昇するに従って、一日五、六回けいれんを起こすこともあり、けいれん後、三、四日ぐったりし、意識のない状態が続くこともあったが、一歳から二歳までの間が最もひどく、年間一〇〇回以上頻発しており、現在の症状は、著しい知能障害、軽度の運動障害及びおよそ月一回の割合で起こるけいれんである。

3  因果関係

玲子は、本件予防接種により急性脳症を起こし、前記のような現在の症状を有するに至ったものである。すなわち、

(一) 本件予防接種当日玲子が起こした約一五分間のけいれんは、本件三種混合ワクチンに起因する脳症として最も典型的なものであり、玲子は本件予防接種までけいれんを起こしたことがなく、玲子の血族にもけいれん体質者はおらず、右玲子の症状は本件予防接種と時間的、空間的に密接な関係にある。

(二) 脳症には、意識障害が前景に立つものやけいれんが前景に立つものがあり、脳症の症状にも種々のものがあって、玲子の前記症状に高熱、頭痛、嘔吐、意識障害等がなかったからといって脳症でないとはいえず、また、生後五か月の乳児の場合、意識障害、頭痛等の症状の有無は見落されがちである。

(三) 玲子は、前記の事実経過のとおり、本件予防接種後二か月間にもけいれんを起こしており、また、仮に初発発作と次の発作との間に数か月の間隔があったとしても、因果関係を否定する根拠とはならない。

以上のとおり、玲子の現障害と予防接種との間に因果関係があることは明らかである。

4  責任

(一) 原告各論一4(一)に同じ。

(二)(1) 百日咳ワクチンを含む三種混合ワクチンの接種量あるいは接種年齢を誤った過失(請求原因4(四)④⑤)

玲子は、生後約五か月で本件予防接種を受けたものであり、被告は、接種量あるいは接種年齢を誤って、玲子に対する接種を実施した。

(2) 過量接種による過失あるいは注射針を取り換えなかった過失

玲子は、本件予防接種の際、注射針の取り換えを受けず接種を受けたため、針の先が曲がって二回注射を受け、これにより過量となったものであり、接種担当者は、針による感染及び過量接種の危険があるので、被接種者毎に針の取り換えを行い、過量接種にならないようにすべきところ、いずれもこれを怠った。

(3) 副作用に対する救急態勢を怠った過失(請求原因4(四)⑨)

玲子は、2の経過のように、本件予防接種当日の夜、けいれんを起こしたので、接種担当医の診察を受けたが、同医師は、安静にして寝かせておけばよい旨述べたのみで、救急医療を施すことを怠った。

5  損害

(一) 現在の症状

玲子は、重度の精神障害、ひんぱんに起こるけいれん、及び運動障害の後遺症を負っている。

(1) 精神障害

知能障害があり、徐々に低下しつつある。言語障害があり、自分の要求はいくらか単語で言える程度で、しかも親にしか理解できない。また身近な特定の顔しか識別できない。

(2) 運動機能障害

足が弱く、よくころぶうえ、少し高い所から飛び降りたり、少し幅のある所を飛びこしたりすることができず、走るのも苦手である。歩くことはできるが、二キロメートル以上は無理である。

(二) 要介護の程度

(1) IQ

昭和五七年四月現在三二であったが、昭和五九年一〇月五日現在二七であり、徐々に低下しつつある。

(2) けいれん発作

年に四、五回あり、一回のけいれん症状で、四、五回の発作をくり返し、その後三日間位はぐったりする。

(3) 日常生活の能力

① 日常生活能力は極めて乏しい。すなわち、起床、洗顔、食事、着替え、入浴、養護学校への行き帰り等生活のすべての面にわたって介護が必要であり、また、夜床について寝るまでそばにいないと、大声を出したり、生爪をむいたり等自傷行為をするので目が離せず、その他大小便の後始末等の世話も必要であり、夜尿もある。

② 養護学校に行っている時間帯以外は、常に誰かが付添っている必要があり、右学校に行っている間でも、学校と連絡がとれるようにしておかなければならない。すなわち、

玲子は外に出たがるうえ、外に出ると平気で道路の中央を歩き、一度外へ出ると一人で自宅へ帰ることができず、目を離したすきにいなくなり、近所の家にあがり込んでいたずらをしたり、高い所が好きで目を離すと危険このうえない。また、養護学校で発熱、けいれんが起こったときは、いつでも連れて帰らなければならない。

(4) 要介護の程度

全介護を要する状態である。

(三) 被害児及び家族の苦しみ

(1) 玲子は、2の経過により、前記のような損害を受け、本件予防接種のため、一生を台無しにされた。

(2) 原告新須和男は、玲子の介護のため仕事を犠牲にすることを余儀なくされ、原告新須郁子(以下「原告郁子」という。)の全生活は、前記のように玲子の介護で占められ、家族揃って外食に行ったり、あるいは旅行に行く等ということも、玲子の症状のため妨げられており、玲子の症状は、家計にも影響を与えている。

(3) 原告ら夫婦は玲子の治療のためあらゆる努力をしてきており、少しでも治療の効果があがればと遠方の病院に通い、あるいは長期の入院をし、また、原告ら夫婦の不安は、玲子が養護学校を出てからの受け入れ先の問題、自分達の老後、死後の玲子の介護の問題である。

原告各論八

1  当事者、予防接種等の概要

(一) 当事者(被害児を含む)

原告番号 八の一 被害児(番号8)

吉田達哉

(昭和四一年一〇月二三日生)

八の二 父   吉田誠剛

八の三 母   吉田惠子

(二) ワクチンの種類等

(1) ワクチンの種類  ポリオ生ワクチン

(2) 接種年月日  昭和四二年五月一七日

(3) 接種年令  六か月

(三) 実施者等

(1) 実施者  大牟田市長

(2) 強制・勧奨の別  強制

(3) 実施場所  大牟田市立天道小学校

(4) 接種担当者  不明

(5) 接種の根拠  旧法第五条

(四) 認定の有無

認定

2  経過

(一) 原告吉田達哉(以下「達哉」という。)は、出生時難産であったが、その後ほぼ順調に成育していたところ、昭和四二年五月一七日本件予防接種を受けたのち、同年六月四日夜から発熱し、同月八日ころから左足をだらりと下げ、その後左下肢弛緩性麻痺をきたし、この症状は変化せず、四歳のころ右麻痺のため左足に力が入らず、三輪をこぐこともできなかった。

(二) 達哉は、幼稚園の時、他の園児より運動能力が劣り、小学校二年生の時に一年間機能訓練を受けたが回復せず、中学校ではさらに他の者との運動能力の差が拡大し、長く歩くことができず、すぐにころんでしまううえ、疲れやすいという状態であり、これは高校の時も続いた。

(三) 達哉は、幸い昭和六一年に結婚したが、現在も左下肢弛緩性麻痺による運動機能障害があり、また、風邪をひきやすく、病気に対する抵抗力が弱い。

3  因果関係

達哉の現在の症状と本件予防接種との因果関係は、被告も認めるところである。

4  責任

(一) 原告各論一4(一)に同じ(但し、予診を怠った過失の内容につき後記のとおり)。

(二)(1) 予診を怠った過失(請求原因4(四)(2)⑦)

接種担当者は、本件予防接種の際、予診等をして達哉の健康状態に異常がないかどうかを確認すべき注意義務があったのに、これを怠った。

(2) 禁忌者に接種した過失(請求原因4(四)(2)⑧)

① 達哉は、前記経過記載のような異常分娩により出産したのであるから、接種担当者としては、集団接種によって本件予防接種をなすべきでなかったのに、これを怠った。

② 達哉の父である原告吉田誠剛(以下「原告誠剛」という。)と妹の吉田ひとみはアレルギー体質であり、達哉も皮膚が弱く、おむつかぶれをする等、父親の影響等によるアレルギー体質であることが十分考えられたので、接種担当者としては、集団接種によって本件予防接種をなすべきでなかったのに、これを怠った。

5  損害

(一) 現在の症状

(1) 運動機能障害

達哉には、左下肢弛緩性麻痺による運動機能障害がある。すなわち

① 起立位は可能だが、左下肢の単独起立はできない。

② 左足は、歩行時振子が揺れるような動きであり、左足関節背屈が不能で、凹凸の多い所では歩行が極めて困難である。

③ 昭和五七年三月測定によると、左下肢が右下肢より5.5センチメートル短かく、大腿部の周囲は右が四一センチメートル、左が28.5センチメートル、下腿周囲は右が三四センチメートル、左が23.5センチメートルであった。

(2) その他の障害

左下肢の冷感がひどく、病気に対する抵抗力も弱く、風邪をひきやすい。

(二) 要介護の程度

(1) 日常生活の能力

達哉は、左下肢の単独起立ができず、転倒しやすく、長く歩くことができないうえ、長時間の労働や肉体労働が不可能であり、軽作業程度の仕事にしか従事できない。

(2) 介護の程度

半介護を要する状態である。

(三) 被害児及び家族の苦しみ

(1) 達哉は、2の経過のように、左下肢弛緩性麻痺により運動能力が劣ることから、その苦しみは物心ついた時から始まった。すなわち、

① 小さい頃は、三輪車をこぐこともできず、幼稚園の運動会の時も友達に半周以上引き離され、くやしい思いをした。

② 小学校の時、体育の授業はほとんど見学せざるを得ず、左足に補装具をつけた不自由な歩行を「ちんば」といわれて、いじめられたり、足をかけて倒されたりして、学校へ行くのが苦痛となり、中学では、同学年の子供らとの運動能力の差が増々拡大した。

③ 達哉は、工業高校に行きたい希望を持っていたが、左足が不自由なため、事務系の仕事ができるよう普通高校の商業科に入学しており、思春期には、長く歩けず、すぐころんだり、歩く時の格好がおかしく、疲れやすいといった身体的障害が心に大きくのしかかり、自己嫌悪に陥り、将来への不安に苦しめられた。

④ 達哉は、高校卒業後、父である原告誠剛の尽力で同原告と同じ会社に雇用されることになったが、出張先で「お前のところは身体障害者を出さないと人がいないのか」等といわれ、その後出張はなくなり、会社で後かたづけをしたり、掃除をしたり等の仕事をせざるを得なくなった。

(2) 原告ら夫婦の苦しみは、達哉の左足の麻痺が永久に治らないと医師に宣告された時に始まった。

① 原告吉田惠子(以下「原告惠子」という。)は、予防接種を受けさせさえしなければ、達哉の身体障害が避けられたと考えると、あきらめきれず、母親として子供を守れなかったという自責の念に苦しめられ、前記のように達哉がいじめられているのを聞くと、自分が責められているような思いがした。

② 原告誠剛は、達哉の身体障害を見るにつけ自暴自棄となり、人伝えに良いといわれたことは何でも行ってみたが、結果は同じであった。

③ 達哉は、補装具が必要であり、身体の成長と磨耗で年二個程度必要であるうえ、この補装具は一つが数万円するものであったが、身体障害者として支給を受けたのは、補装具をしていた昭和四三年ころから昭和五四年までの約一二年間のうち三個程度であり、このため、親類から金を借りたりする等して工面するしかなく、経済的にも楽ではなかった。

④ 原告ら夫婦は、達哉が成長すればしたで、将来の不安が一層増して行き、健康な子をみすみす障害者にしてしまったという悔いが一生消えることなく、現在も重くのしかかっている。

原告各論九

1  当事者、予防接種等の概要

(一) 当事者(被害児を含む)

原告番号 九の一 被害児(番号9)

山村誠

(昭和四六年一一月一日生)

九の二 父   山村賢

九の三 母   山村照子

(二) ワクチンの種類等

(1) ワクチンの種類  三種混合ワクチン

(2) 接種年月日  昭和四八年三月二三日

(3) 接種時年令  一年四カ月

(三) 実施者等

(1) 実施者  福岡市長

(2) 強制・勧奨の別  強制

(3) 実施場所  福岡市博多区東吉塚二

(4) 接種担当者  梅野達輔医師

(5) 接種の根拠  旧法五条

(四) 認定の有無

未認定

2  経過

(一) 山村誠(以下「誠」という。)は、本件予防接種を受けるまではほぼ順調に成長してきたが、昭和四八年三月二三日午後一時二〇分ころ本件予防接種を受けて帰宅した後、同日午後五時二五分ころ、手を握り締め、歯をガチガチさせて目をつりあげる、というけいれんを起こした。

(二) そこで、誠は、同日午後五時三〇分ころ、梅野小児科医院で注射等の治療を受けたが、けいれんが治まらず、さらに嘔吐するようになったため、同日午後六時ころ、九州大学病院へ転院した。

(三) しかし、誠には、引き続き全身けいれんがあり、チアノーゼ、呼吸不全、意識障害がみられたところ、約一五分後に一応けいれんは止まったものの、帰宅後の翌二四日もおもわしくなく、予防接種前よりも元気がなく、グッタリした状態が続いた。

(四) 誠は、同年六月九日午前三時四〇分ころ、二回目のけいれんを起こし、九大病院で受診したが、約一時間近く嘔吐を伴う全身けいれん、チアノーゼ等が継続し、このような状況で急速に誠の障害が重くなっていった。

誠の現在の症状は、精神的障害として知能障害があり、言葉の発達が遅滞し、計算能力も劣っており、運動機能障害として、左片麻痺のための歩行障害があり、握力も弱い。

3  因果関係

誠は、本件予防接種により、急性脳症を起こし、前記のような現在の症状を有するに至ったものである。すなわち、

(一) 誠は、本件予防接種後四時間でけいれんを起こしていて、時間的に密接な関係があり、また、意識障害を伴う等急性脳症を起こしているところ、本件予防接種を受ける前は存在しなかった中等度の精薄が現在し、脳性麻痺という「折れ曲がり」がある。

(二) 誠の二回目のけいれんは、2の経過のとおり、時期的に離れているが、これらのトラブルは、本件予防接種当日のけいれんの二次的障害として、続発したと見るのが自然である。

(三) 誠は、その分娩直後に若干の身体的トラブルがあったようであるが、それは重大な後遺症を残すような重篤なものではなく、本件予防接種を受けるまでほぼ順調に精神的、肉体的発達を遂げており、右接種以外に原因が考えられない。

以上のとおり、誠の現障害と本件予防接種との間に因果関係があることは明らかである。

4  責任

(一) 原告各論一4(一)に同じ(但し、予診を怠った過失の内容につき後記(二)(2)記載のとおり)。

(二)(1) 百日咳ワクチンを含む三種混合ワクチンの接種量あるいは接種年齢を誤った過失(請求原因4(四)(2)④⑤)

誠は、生後約一年四か月で本件予防接種を受けたものであり、被告は、接種量あるいは接種年齢を誤って、誠に対する接種を実施した過失がある。

(2) 予診を怠った過失(請求原因4(四)(2)⑦)

誠が本件予防接種を受ける際、同児の問診票には、出産時に新生児けいれんがあったこと等後記(3)の事情がすべて記載されていたのであるから、接種担当者は、予診を尽くす必要があったのに、これを怠った。

(3) 禁忌者に接種した過失(請求原因4(四)(2)⑧)

誠は、出産時に新生児けいれんがあり、他の児と比べてやや成長が遅れぎみであったうえ、本件予防接種まで何回か湿疹ができる等、いわゆるアレルギー体質であり、本件予防接種時にも尻部に湿疹ができていたので、禁忌者に該当し、接種担当者としては、誠に本件予防接種をすべきでなかったのに、これを怠った。

5  損害

(一) 現在の症状

(1) 精神的障害

誠には、知能障害があり、言語の発達が遅滞し、計算能力も劣っている。

(2) 運動機能障害

誠には、左片麻痺のための歩行障害があり、握力が弱い。

(二) 要介護の程度

(1) IQ

四七(鈴木・ビネー式)

(2) けいれん発作の有無

一年に一回位、全身間代性けいれんがあった。

(3) 日常生活の能力

着衣、脱衣、入浴、食事等に介助を要する。また、遊びにも目が離せない。

(4) 要介護の程度

半介護を要する状態である。

(三) 被害児及び家族の苦しみ

(1) 誠は、本件予防接種被害の結果、歩くことも話すことも十分にはできなくなり、うちひしがれた中から、その障害を克服するため親と子の必死の努力が始まり、原告山村照子(以下「原告照子」という。)は、誠にアパートの階段をあがらせたり、自転車をこがせたりして、毎日訓練をさせ、他の子供と遊ばせるため公園等に連れて行った。

(2) 誠は、普通の幼稚園からは入園を断られ、市の紹介であゆみ学園へ週一回通園が認められ、つらい訓練を続け、二年目からわかば学園に通って基本的な生活習慣をつける努力を続けたが、近所の子供にはよく泣かされ、ツバや砂をかけられた。

(3) 誠が小学校へ入学する際、原告照子は誠に名前等をいう訓練をさせ、誠は入学後、池に落ちたり、大便をもらしたり、失敗の連続であったうえ、いやがらせを受け、遊びに出なくなっていき、中学に進学してからも、同様の苦闘が続いた。

(4) 原告照子は、誠に本件予防接種を受けさせたことに今でも自責の念を有し、原告山村賢はそのことで原告照子を恨んでおり、誠の将来については原告ら夫婦の支えが必要であるが、原告ら方の家庭の温かさ等は失われたままであって、原告らの苦しみは生涯続くことになる。

二  請求原因に対する被告の認否及び反論

1(一)  請求原因1(一)の事実の認否は、後記原告各論一ないし九の各1「当事者、予防接種等の概要」に対する認否のとおりである。

(二)  同1(二)の事実は認める。

2  同2の事実の認否は、後記原告各論一ないし九の各2「経過」に対する認否のとおりである。

3(一)  同3については、(一)のうち、種痘及び百日咳ワクチンを含む二混、三混ワクチンの接種によって、まれに死亡又は脳炎、脳症等の重篤な後遺症が発生することは認める。また、インフルエンザワクチンの接種により卵アレルギー、ショック、急死例がまれに存在することは認めるが、同ワクチンのうち、HAワクチンでは右のようなことは殆どなく、ジフテリアワクチン及びポリオ生ワクチンの接種により前記のような重篤な後遺症が発生することは否認する。

(二)  同3(二)の事実は争う。

(三)  同3(三)のうち、被害児番号2、3、8の各被害児については、本件各予防接種と本件各事故との因果関係を認めるが、その余の本件各被害児については、本件各予防接種と本件各事故との因果関係を否認する。

(四)  同3(四)の事実は認める。なお、被害児番号7の被害児について、原告ら主張のように予防接種事故審査会から「接種との因果関係がある」と認定を受けているが、右審査会における因果関係の判断は、被害者救済という行政的見地から行うもので、その認定は簡易迅速にして、因果関係の疑わしい場合も含めて広く救済することを旨として行われるものであるから、右認定が存在することをもって、直ちに損害賠償等の要件としての因果関係も存在すると考えたり、その存在が事実上推定されると考えることは誤りである。

(被告の主張)

(1) 因果関係に関する被告の基本的な考え方

原告ら主張の最高裁判決(いわゆるルンバール事件判決)が、医療行為と結果発生(障害)との因果関係について判示した、高度の蓋然性又は蓋然性の証明には、一般論としての結果発生の蓋然性と具体的事例における結果発生の蓋然性の二つが求められている、と考えるべきである。

ところで、通常、予防接種後の神経系疾患の臨床症状や病理学的所見は、予防接種以外の原因による疾患のそれと異なるものではないため(非時異性)、具体的に発生した疾患が予防接種によるものであるか、あるいは他に原因があるかを的確に判定することは困難である。特に、脳炎、脳症においては、もともと原因不明なものが全体の六〇ないし七〇パーセントを占めており、その判定は、一層困難である。

そこで、一般論として、あるワクチン接種によってある疾病(本件訴訟では脳炎、脳症)が起こり得るというためには、①接種から一定の期間内に発生した疾病が、それ以外の期間における発生数よりも統計上有意に高いことを示す信頼できるデータが存在し、かつ、②当該予防接種によって、そのような疾病が発生し得ることについて、医学上、合理的な根拠に基づく説明ができることを要件とすべきである。

次に、現実に発生した疾病が、接種したワクチンによって起こったとするためには、③接種から発症までの期間が、好発時期、あるいはそれに近接した時期と考えられる中に入り、かつ、④少なくとも他原因による疾病と考えるよりは、ワクチン接種によるものと考える方が、妥当性があることを要件とすべきである。

(2) ポリオ生ワクチン接種後の脳炎、脳症

① 急性灰白髄炎(ポリオ)は、曝露後一ないし二週間の潜伏期を経て、中程度の発熱及び上気道炎症状の後に、随意筋の弛緩性麻痺を呈する疾患である。すなわち、ポリオウイルスの神経組織に対する親和性は選択的で、脊髄前核等に対する親和性が高く、まれに小脳歯状核、視床下部、淡蒼球、大脳運動質を冒すことがある程度である。臨床病像も脊髄型が最も高頻度にみられ、球麻痺型、脊髄球麻痺型がこれに続いており、それ以外の部位を責任病巣とする症状は、以前ポリオが流行していた時代においてもほとんど認められていなかった。極めてまれには脊髄型、球麻痺型に随伴した脳炎も症例報告されているが、その中には球麻痺に起因した呼吸不全による意識障害を脳症状と誤認したものすらみられ、まして高度に弱毒化されたポリオ生ワクチンウイルスによって大脳皮質を運動領のみならず、他の部位まで広範に冒すことは考えられない。さらに、野性のポリオウイルスによる脳炎、脳症の発生は極めてまれであって、ポリオ生ワクチンウイルスでは脊髄型のポリオの発生すら極めてまれであることを考慮すると、高度に弱毒化されたポリオ生ワクチンウイルスの侵襲によって脳炎、脳症が発生することは考えられない。

世界的にみて、十数年にわたるポリオ生ワクチンの歴史のうちで、弱毒ポリオウイルスによって脳炎、脳症が起こりうることを明らかにした報告はなく、また、我が国でポリオ生ワクチン接種後に発病した脳炎、脳症について調査した報告でも、接種から発病までの日数に集積性は認められておらず、脳炎、脳症の発症はワクチン接種とは無関係な偶発的なものであることを示している。従って、ポリオ生ワクチンによって脳炎、脳症が起こることはないと考えるのが相当である。

② さらに、白木証人は、ポリオ生ワクチンの接種により脳炎、脳症を起こす機序について、赤痢菌が腸壁で増殖するとき、ヒスタミンないしヒスタミン様の物質を産生し、それが脳血管の拡張、収縮をもたらし、急性脳症を惹起するとし、ポリオウイルスが腸で増えた場合も同様であるとしているが、腸管壁でヒスタミンが産生されることが証明されたという報告もなく、疫痢の脳症がヒスタミンによるという説は、現在の学界では最早支持されていない。しかも、野性ポリオウイルスも腸で増えるから、これによる脳症例の報告がかなりある筈のところ、これが殆どないことからすると、常識的にみても弱毒であるポリオワクチンでのみ起こるという説明は成り立たない。

(3) 予防接種後の脳炎、脳症とてんかんについて

予防接種後に脳炎、脳症等の重篤な中枢神経系の合併症が起こった場合、特に脳症の場合には、脳の器質的障害のため、後遺症として、脳性麻痺や精神薄弱等とともに、てんかん(症候性)を残すことはあるが、脳炎、脳症を伴わずに、予防接種が原因でてんかんが起こるということはない。

① 種痘や百日咳ワクチン(二混、三混を含む。)接種の結果発熱し、そのために熱性けいれんが起こることがある。また、もともとてんかん性素因を有する小児に対する接種によってけいれんが誘発され、後になって、てんかん発作を起こすという経過をたどることがあり、あたかも予防接種によっててんかんを起こしたかのようにみられる場合がある。

しかし、この場合は、予防接種が第一回のけいれんのきっかけになった可能性があるというにすぎず、当該接種を行わなくとも、いずれはけいれんを起こし、てんかんに移行する小児であったと考えるのが相当である。換言すれば、てんかんの小児について、かつて、予防接種後にけいれんを起こしたことがあるとしても、それが脳炎、脳症の一症状として起こったもので、しかもその後遺症としててんかんになったものでない限り、けいれん又はてんかん素因を持つ小児の自然経過とみるべきであって、当該予防接種とてんかんとの間に相当因果関係は存在しない。

② 接種後脳炎の臨床像は、通常、発熱、嘔吐、頭痛、食思不振等で始まり、意識障害、健忘、不穏、傾眠、昏睡、けいれん等の症状を示し、尿閉、便秘、髄膜症状等も伴ってくる。麻痺もしばしば生じ、髄液も蛋白、細胞増多をみることが多い。また、脳症の場合、経過はしばしば電撃的であり、約半数は脳症状出現後一週間以内に死亡をみる。けいれんが頻発し、片麻痺、言語障害もしばしば認められる。髄液は圧が高いのみで蛋白、細胞は正常のことが多い。その中で発熱、けいれん、意識障害の三大症状がその主徴とされる。

脳炎、脳症の場合にも右の症状すべてが常に現われるものではなく、また、右症状の強さの程度もいろいろであろう。しかし、医師も気付かなかったような脳炎、脳症というものが存在するとはとうてい考えられず、また、発熱、けいれんのみで意識障害が見られないような神経疾患によって、後に(長期間経過後に)継続的にけいれんを起こして、てんかん等の後遺症を残すことになると考えるのは、医学の常識からかけ離れている。

③ 接種後に一回のけいれんが起こり、後にてんかん等になった小児については、けいれん又はてんかん素因を有する者の自然経過であるとされるべきであるが、原告らはこれに対して、明らかなけいれん又はてんかん素因を示すデータがない以上、てんかんの原因としては、予防接種を考えるべきであるとするもののようである。しかし、この論理は、一般的に、予防接種とてんかんとの間に相当因果関係が存在するというのであれば、原因の一つとして考えなければならないが、そもそも、右の考え方が容認されないことは、前記①のとおりである。

④ けいれん及びてんかんの原因は様々であるが、出産時外傷及び代謝異常以外の原因によるけいれん(及びてんかん)は、乳児期から小児期に多く、中でも真正てんかん(原因不明)は、小児期が好発年齢といわれている。従って、予防接種が乳幼児期に行われた後にけいれんが起こることは十分考えられるところであり、後にてんかんとなった場合に、その原因が「不明」というのはよくあることである(てんかんの推定原因のうち「不明」は五〇パーセント弱といわれている。)。

(4) 因果関係を否認する本件各被害児について

被害児番号1の前田五実、同4の矢富亜希子、同5の山科美佐江、同6の坂井和也、同7の新須玲子、同9の山村誠については、その予防接種と被害結果との間に法的因果関係がないというべきである。

① 被害児番号1前田五実

ⅰ 本児の死亡に至る病名は、多発性硬化症と考えるのが相当であり、その病因については現在自己免疫説(アレルギー説)、ウイルス説及び両者の合併説等が存在するが、いまだ不明である。

このように多発性硬化症を含む脱髄性脳脊髄炎の発症機序及び原因は、いまだ解明されていないが、狂犬病ワクチン接種によってこの副反応が生ずるといわれているのは、原因がある程度推測されているごく少数の症例の一つである。特に、従来(昭和四七年以前)使用されていた狂犬病ワクチンは、動物(やぎ)の脳を使用して製造するため、ワクチンには神経組織(脳物質)が含まれているが、すべての動物の脳物質にある共通抗原に対して一種の自己抗体が産生され、それが遅延型アレルギー反応として脳脊髄の神経組織の髄鞘(ミエリン)に作用して脱髄現象を起こすのではないかと考えられており、実験的アレルギー性脳脊髄炎(動物に脳物質を注入し脱髄性脳脊髄炎を起こさせる動物実験「EAE」ともいう。)は、これを裏付ける。

しかしながら、ジフテリア予防接種に使用されているジフテリアトキソイドは、ジフテリア菌が増殖する過程で産出される毒素(トキシン)を精製、無毒化したもので、右狂犬病ワクチン等とは製造方法が異なるため、神経組織は全く含まれていないので、ジフテリア予防接種によって多発性硬化症等の脱髄性疾患が発生するとはとうてい考えられない。また、神経組織を含まないワクチンにも動物の神経組織と共通する抗原があり、また接種後にもこの種の共通抗原が形成され、それらが攻撃的な共通抗体等を組織し、その結果神経系の脱髄炎が引き起こされるという見解もあるが、未だ仮説の域を脱していない。そればかりか、トキソイドは、右仮説の論者が共通抗原の可能性として挙げる種痘等の生ワクチンのような生きた病原体(ウイルス、細菌等)も、日本脳炎ワクチン、インフルエンザワクチン等のように不活化された病原体(又はその分画)も含んでいないので、ジフテリアの予防接種についてはこのような仮説も妥当しない。

このように、多発性硬化症が自己免疫(アレルギー)機序によって発症するとの立場(アレルギー説)に立ったとしても、ジフテリア予防接種については抗原性を有する物質を含まないため、多発性硬化症を発症させることを説明し得ない。

また、ジフテリアトキソイドには、種痘ワクチンやポリオ生ワクチンのような生きた病原体は含まれていないから、ウイルス説を採っても、ワクチンウイルスの感染により多発性硬化症が発症することを説明し得ない。

ⅱ 原告らは、神経組織を含まないインフルエンザワクチンによって脱髄性疾患が起こっているから、同様に神経組織を含まないジフテリアトキソイドによっても、遅延型のアレルギー反応である多発性硬化症を引き起こすということが、一つの推論として成り立ちうる旨主張するが、そもそもインフルエンザワクチンによって脱髄性疾患が起こっているとの前提自体何ら根拠のないものである。のみならず、インフルエンザワクチンに神経組織と共通の抗原性があり、同ワクチンによって脱髄性疾患が起こり得ると仮定しても、インフルエンザワクチンとはその成分を全く異にするジフテリアトキソイド(インフルエンザワクチンはインフルエンザウイルス粒子の分画((HA等))が含まれるのに対し、ジフテリアトキソイドはジフテリア菌から産生される毒素((トキシン))である。)にも同様の共通抗原性があって、脱髄性疾患を起こすと考えるのは、論理の飛躍以外のなにものでもない。

ⅲ 以上のごとくジフテリアトキソイドの接種によっても本児の罹患した多発性硬化症を引き起こすことは、現代医学上考え難いことであるので、本児の場合は、多発性硬化症が本件予防接種直後に偶発的に発症したと考えるのが相当である。

② 被害児番号4矢富亜希子について

ⅰ 種痘後発熱等の全身反応を引き起こすには最低二日間(通常は六日目)は必要であるところ、本児の場合は種痘の翌日から高熱、吐き気、咳を伴う症状を呈したため、当時急性気管支炎として治療されたが、急性気管支炎は種痘の副反応としては起こり得ないので、偶々種痘後に発病したにすぎず、種痘との因果関係は考えられない。

ⅱ 本児のけいれん発作は、種痘後八〇日若しくは三八日を経てから出現してきたもので、種痘後の反応は少なくとも接種後二一日までには治ゆしており、種痘がけいれん発作の原因となったとはとうてい考えられず、右けいれん発作はてんかんによるものである。すなわち、

(ⅰ) まず、本児の最初のけいれん発作の出現時期については、増田医師の昭和四五年一〇月二九日付け診断書によれば、昭和四一年四月二一日となっており、作成時期が最も早い右診断書の信頼性が最も高いと解すべきである。すなわち、右診断書は本児を最初に診察した増田医師の作成に係るものであり、同診断書はカルテの保存期間である五年内(医師法二四条二項)に、しかも本児の発症時の症状が詳細に記載されているカルテに基づいて作成されたものと解されるからである。

従って、本児の最初のけいれん発作の出現時期は、接種後八〇日と解するのが相当である。

(ⅱ) 本児の経過は種痘による副反応ではなく、「てんかんの自然経過」と考えるのが相当である。

てんかんの発作は通常一、二歳のときに突如発症することが多いとされており、しかもその原因の不明な場合が半数近くを占めているから、本児の如く出生から九か月後にてんかんの初発の発作が起き、その原因が特定できないとしても何ら不思議はない。

なお、本児のてんかんが予防接種の後に発病したものであれば、それ以前に発作が見られないのは当然のことであり、また、てんかんには遺伝的要因が関与することは知られているが、特発性てんかん患者の家族にてんかんが発症する割合はさほど高いものではなく、従って、本児の親、兄弟にてんかん患者がいないことが、本児のてんかんを否定する根拠となるものではない。

(ⅲ) 種痘後の中枢神経系の副反応には、脳炎(種痘後脳炎)、及び、脳炎とほぼ同様の臨床症状を呈するが脳浮腫を主体として炎症所見を欠く急性脳症があることは、広く知られているところである。そして、種痘後右副反応までの間隔、すなわち、潜伏期間は、従来から七ないし一五日の場合が多いといわれているが、剖検例から集計した外国の報告では全症例の潜伏期間が四ないし一八日で、種痘後脳炎の場合には、患者の95.6パーセントが二歳以上であり、その潜伏期間の平均は12.6日であるのに対し、種痘後の脳症の場合には、患者の九八パーセントが二歳以下であり、その潜伏期間の平均は8.6日であった。また、種痘後脳炎の潜伏期間は八ないし一五日、脳症のそれは二ないし一八日とする症例報告もある。さらに、我が国の症例報告では、その殆どが二歳以上であるところから脳症が大部分であると考えられるが、その潜伏期間は四ないし一七日であり、特に七ないし一〇日に集中している(平均8.7日)。従って、一般的に急性脳症は、脳炎に比較し、やや早期に発症するとはいえるが、潜伏期間が二日未満あるいは反対に二五日以上ということはとうてい考え難い。

このように、被告は、種痘後脳炎及び脳症の双方を考慮し、両者の潜伏期間を考察した結果、本児の場合には、いずれの潜伏期間からも大幅にずれているので、本児には種痘後脳症(又は脳炎)の発症が見られなかったと主張しているものである。

(ⅳ) 以上のとおり、本児の本件種痘後のけいれん発作、その後の精神、身体障害及び死亡はいずれもてんかんによるものであって、本件種痘との間に何らの因果関係も存しない。

③ 被害児番号5山科美佐江について

ⅰ 急性脳症は、既に述べたように、主として乳幼児に急激に発症し、臨床上は高熱、けいれん、意識障害といった脳炎と同様の症状を伴うが、剖検上は脳に炎症所見を欠き、脳浮腫所見のみが見られる。急性脳症の原因としては、脳炎と同様に各種ウイルスのほか、原因不明のものも少なくなく、中枢神経の未熟、過敏な幼児が、少しのストレスによっても起こしうる激しい異常反応と考えられている。

このように、急性脳症は、非炎症性の脳浮腫であるから、患者を解剖する際に開頭した場合には、脳の容積が増加するとともに赤身を増し、脳回は扁平化し、脳溝は浅くなって狭く線状に見え、しばしば表面の細血管網が浮き出し、また脳室は狭小化し、しばしば海馬回の嵌入(ヘルニア)が見られる等、脳浮腫に伴う脳の病変は肉眼でも見られる。従って、急性脳症発症の有無は、解剖した場合における脳の肉眼的所見によっても十分確認できる。

ところで、本児は本件予防接種後、何らの徴候も示さぬまま突然苦しみだして急死し、福岡大学の永田武明教授執刀の下で司法解剖に付されたのであるが、同教授の剖検所見によれば、本児の脳には脳浮腫をうかがわせるような特段の変化は認められなかったのであり、また、本児においては発症時の発熱が見られず、明確にけいれんとみられる症状もなく、少なくとも、全身的なけいれん発作は起きていない。従って、本児の死因が急性脳症によるものでないことは明らかである。

ⅱ 本児の急死の原因は、前記剖検によって初めて明らかになった本児の胸腺の悪性リンパ腫、それがもたらした胸腺腫瘤、脾臓、肝臓への浸潤、白血病像等本児の身体の病理学的変化によるものである。右病理学的変化が具体的にいかにして本児の急死をもたらしたかについて、もはやこれを確定する方法はないが、可能性としては次のようなことも考えられる。

すなわち、胸腺は、生体の免疫系において抗体とともに主要な役割を担うTリンパ球(T細胞ともいう)を産生する臓器であり、人体の免疫機構上非常に重要な臓器である。この胸腺が悪性リンパ腫に冒されると免疫不全状態を引き起こし、また、胸腺に生じた腫瘤が気管支や心臓等周辺の臓器を圧迫する等身体に重大な病理的変調をもたらすであろうことは、容易に想像できる。しかも、本児においては悪性リンパ腫が他の重要な臓器である肝臓、脾臓をも冒しており、かかる身体の状況のもとでは、些細な刺激が引き金(誘因)となって突然死をもたらす可能性は医学上十分に考えられる。

本児の急性死も右のような機序によって生じたものと考えられるが、本児の急性死の引き金となった刺激(誘因)を特定することは今となっては不可能であるが、本児は数日前(一一月一四日ころ)から風邪症状(咳及び微熱)を呈しており、また、発症時咳をしていたことから、何らかのウイルス感染又は咳発作が誘因となったことも十分に考えられる。もちろん、本件予防接種がその引き金となったことも完全に否定することは不可能であるが、本件のようにその特定が不可能な事案においては、本件予防接種と本児の急性死との間に因果関係を認めることはできない。

ⅲ 仮に、本件予防接種が本児の急性死に引き金として作用したとしても、以下に述べるように、両者間における法律上の因果関係(相当因果関係)は否定されるべきである。

大正一五年の大審院判決(大民刑連判大一五、五、二二、民集五、三八六頁)以来、不法行為における加害行為と損害発生との因果関係も、民法四一六条に規定する相当因果関係によるものとされている。すなわち、当該行為によって通常生ずべき損害、及び特別の事情によって生じた損害でも行為者がその事情を予見し、あるいは、予見することができた場合の損害につき、行為者は賠償の責めを負う。

ところで、本児は悪性リンパ腫に冒され、六か月ないし一年程で死亡する可能性のあった児童であり、永田医師の意見書にあるとおり、その死因は悪性リンパ腫を基礎とした急死であり、予防接種は単なる急死を来した誘因にすぎない。しかもその誘因として考えられるものは日常生活において無限に起り得るような些細な刺激であり、例えば咳、痰、唾ののみ込みといったものもその誘因となる。しかも、右リンパ腫の存在は剖検により初めて発見されたものであり、それまでは、本人はもとより両親、主治医もこれを知らなかったのであるから、本件予防接種の際、接種担当医において本児が右リンパ腫に冒されているという特殊事情を予見し得なかったことは明らかである(リンパ腫の発見には、通常X線撮影、血液検査等を必要とし、予防接種の際に接種担当医師に要求されている予診によってはとうてい発見しえない。)。従って、本児の死亡は本件予防接種によって通常生ずべき損害といえないことはもとより、予見可能な特別な事情によって生じた損害ということもできない。

以上のとおり、仮に本件予防接種が本児の急性死の引き金として作用したとしても、本児の死亡との間に相当因果関係を認めることはできないと解すべきである。

④ 被害児番号6坂井和也について

ⅰ 本児の現症は、「精神発達遅滞」が主体となっているが、本件予防接種を含む各予防接種当時、本児の診療に当たった大山小児病院の大山医師作成に係る診療録によれば、右各予防接種実施後に本児の精神発達遅滞をもたらす原因となるような脳炎、脳症等をうかがわせるけいれん、意識障害といった神経症状の記載は全く認められない(もし、このような症状があれば、重篤な中枢神経系疾患の疑いがあるので、医師が診療録に記載しない等ということは考え難い。)特に、本件予防接種による副反応の好発期である接種当日又はその翌日に、脳症様の症状があった可能性を推測させるような症状やその処方、処理の記載を見い出すことはできない。同医師の昭和四五年一一月三〇日付医証にも、本件二種混合ワクチン接種後の感冒様症状の記載があるのみである。もっとも、同医師の昭和四九年一一月一一日付医証には、接種当日、夜間から高熱、嘔吐、けいれん発作、喘鳴咳嗽を認め、通院加療との記載があるが、右記載は、医証であれば当然に依拠すべき診療時の診療録とその内容があまりにも異なるうえ、前記昭和四五年一一月三〇日付医証とも一致しないものであり、治療から一〇年後に作成されたものであるという時間の経過をも併せ考えると、その記載内容はにわかに措信し難い。

ⅱ 従って、本児は診療録にあるとおり、重い急性肺炎が精神状態に何らかの悪影響を及ぼしたものか、あるいは生れつきの病気によって知能障害等が発生したものと解するほかないが、本件予防接種が肺炎を発症させたり、これを増悪させたりすることは考えられないから、本児の現症状との間には何らの因果関係も存しない。

⑤ 被害児番号7新須玲子について

ⅰ 前記のとおり、脳症の臨床症状として、高熱、けいれん、意識障害の発生はほぼ必須である。極くまれに高熱をみないものもあるが、けいれん、意識障害、なかんずく、意識障害を伴わない脳症は考えられない。意識障害が存在するとは考え難く、また医師がその状態を見落とすことは通常あり得ない。

しかるところ、接種当日本児の診療に当たった三瀬医師作成の診断書、及び鹿児島大学医学部付属病院鉾之原昌医師作成の診断書によれば、意識障害をうかがわせる症状は一切見られず、本児については、予防接種後初めて発現した症状は37.7度の発熱とけいれん発作のみであり、そのけいれんは一〇分程度のものであって、脳症のけいれんとしては余りにも短時間である。従って、本児は、本件接種当夜、けいれん発作を起こしてはいるが脳症を起こしたとは考え難い。

ⅱ 前記のとおり、百日咳、ジフテリア、破傷風三種混合ワクチンは、いわゆる不活化ワクチンであるから、その接種による副反応は、生ワクチンの場合のように生きた病原体それ自体の作用ということはあり得ず、あるとすれば、ワクチン成分に含まれる毒性の作用か、ワクチンの成分に対する生体側のアレルギー性反応が考えられるが、これらは、いずれも接種後二四時間、遅くとも四八時間以内に発現すると考えるのが右反応の機序からみて妥当であり、右時間をはずれて発現する症例は、他の偶発的原因によって起こった蓋然性が高いと考えられる。

従って、本児の接種後二か月後のけいれん発作、四か月後の頻回のけいれん発作はいずれも、本件三種ワクチン接種によるものとはとうてい考えられない。

なお、仮に本児の二回目のけいれん発作が関医師作成の診断書記載の初日の前日である九月二三日であったとしても、接種から一か月以上経過しており、また、原告新須郁子の供述するように九月一三日であったとしても、接種から二四日後であって、いずれにしても、右けいれん発作が本件三種混合ワクチン接種によるものではないとの結論を左右するものではない。

ⅲ ところで、白木証人は、本児の二回目以降のけいれん発作につき、脳の障害部分と健全な部分との発達上の不均衡(白木証人は、これを「内的不調和」と称している。)がけいれん発作を引き起こすとするが、右見解は、医学界において広く承認されているものとは考えられず、同証人の独自の見解にすぎない。のみならず、そもそもかかる見解は、因果関係の判断基準として同証人が挙げる四条件中の第一条件である「時間的密接性」と矛盾すると思われる。けだし、内的不均衡が限界点を起え、耐え切れなくなった時点でけいれん発作が起きるのであれば、その限界点は人により異なるであろうから、一般的な基準としての「時間的密接性」は成り立たなくなるからである。

ⅳ 以上のごとく考えるならば、本児のように数か月置きに起きるけいれん発作は、てんかんの自然経過と考えるのが相当である。(てんかんが本児のように突如発症し、その原因が不明な場合が多いことは前述のとおりである。)。本件予防接種直後のけいれん発作が、本件三種混合ワクチン接種による発熱に伴う熱性けいれんと考える余地もないではないが、その後の本児の病像経緯から見れば、もともと、てんかん素因を有していたと思われる本児のてんかんの発作(初回の発作)が、偶々本件予防接種後に起こったと解するのがもっとも自然である。

本件予防接種が本児のてんかんの初回の発作を誘発した可能性を全く否定することはできないとしても、本児は、本件予防接種を行わなくとも、いずれはけいれんを起こし、てんかんに移行する小児であったと考えられるのであって、本件予防接種と本児の疾病との間に相当因果関係は存しない。

⑥ 被害児番号9山村誠について

ⅰ 本児の場合は、以下に述べるように、本件予防接種後に脳症を起こしたとは考えられない。すなわち、既述のように、脳症の臨床像としては、発熱、けいれん、意識障害の三症状の発症がほぼ必須であり、極くまれに発熱をみない例もあるが、けいれん及び意識障害を伴わない脳症は考え難いことである。

そこで、本児の場合を検討すると、本児は、本件予防接種を受けた約四時間後に全身けいれんを起こしたため、梅野医院において治療を受けたが、けいれんが止まらず、右接種当日の午後六時九大病院に転送された。ところで、同日九大病院において本児の治療に当たった満留医師、及び再来院の三月二七日に本児の診察に当たった同病院の高嶋医師の各該当日の診療録によれば、本児には発熱、けいれんの発症がみられるものの、脳症の三大症状の一つである意識障害をうかがわせる症状は一切みられない。

このように、本児は、本件予防接種後、けいれん発作を起こしてはいるものの、それは意識障害を伴っていないのであるから、脳症の発症は考え難いといわざるを得ない。

ⅱ 本児は、本件予防接種後に、けいれん発作を起こしたが、その後の六月九日に咽頭炎、上気道炎、37.8度の発熱とともにけいれん発作を起こして九大病院に入院し、同病院において、「けいれん重積」と診断されて、抗けいれん薬の投与等の治療を受け、同日退院している。

原告らは、右六月九日のけいれん発作も本件予防接種に起因するものであると主張するようであるが、前述のとおり、不活化ワクチンである三種混合ワクチン接種による副反応は、接種後二四時間、遅くても四八時間以内に発現するのが通例であるから、本児のように接種後二か月以上経過した後の右けいれん発作が本件予防接種に起因するとはとうてい考えられない。なお、白木証人は、右けいれん発作の発症に関し、前記二3(4)⑤の新須玲子の場合と同様に、ここでも「内的不調和」の理論をもって説明しているが、それが十分な医学的根拠に基づかないことについては既述のとおりである。

ⅲ 本児には分娩時及び分娩直後に次のような劣悪な要因があり、出生時既に脳に一定のダメージを負っていたものと考えられる。

(ⅰ) 本児の母親は三六歳の時に初めて本児を妊娠した高年初産婦であり、このことは、本児の分娩経過、新生児けいれん、その後の精神発達遅延、身体症状の異常にも関連する重要な要因の一つと考えられる。

(ⅱ) 次に、本児の分娩経過はさだかではないが、本児は分娩直後の啼泣がなく、新生児仮死が一五分間程度継続した事実が認められる。一般に重度の新生児仮死が五分以上続けば、脳に何らかの損傷を与えることが予想されるが、たとえ、軽度であっても一五分間も仮死が継続すれば、新たに新生時けいれん、さらにはそれに引き続いて、様々の後遺症が起こる可能性が十分に考えられる。

なお、本児の出生時のアプガー指数が七点であり、右指数が分娩何分後の指数であるかは明らかでないが、いずれにしろ右指数から新生児仮死があって、酸素をマスクで投与したほうがよい状態であったことがうかがわれ、右指数が五分後のものとすれば、この新生児仮死と後の新生児けいれん、あるいはその後の精神運動障害との関係は否定できない。

(ⅲ) また、本児は分娩後けいれん発作を起こし、それがおよそ三日間続いている。新生児のけいれん発作は低酸素症、頭蓋内分娩外傷、脳の先天奇形等がその原因として最も多いといわれているから、本児の右新生児けいれんは、前記の分娩経過等にかんがみ、分娩中あるいは分娩直後の仮死による低酸素症状と深く関連するものと考えられる。

(ⅳ) さらに、本児は満期産で生れ、かつ体重も二九三〇グラムもあったのに、二〇日間もの長い入院を必要としたことは、単に「哺乳力が弱かった」ことだけではなく、新生児けいれんに伴うフォローアップが必要であったことをうかがわせ、しかもこの時期のけいれんが三日間も続いたことを合せ考えると、右新生児けいれんが必ずしも軽いものではなかったことを物語っている。

(ⅴ) そのうえ、本児はその後(本件予防接種前)も身体発育、知的発達が必ずしも十分ではなかった。

ⅳ 以上の事実と経過を総合して判断すれば、本児の現症である脳症麻痺、てんかん、精神発達遅滞等の障害は、分娩ないし分娩直後の胎児仮死、及び新生児仮死による低酸素症によって負った脳のダメージが、心身の発育とともに症状として強くあらわれるに至ったものであるから、出生時より存在した脳障害の自然経過であって、本件予防接種との間の因果関係は存しない。

4(一)  請求原因4(一)は争う。

(被告の主張)

国賠法一条一項に基づき国又は公共団体が負う損害賠償責任の法的性質については、国又は公共団体が直接負担する自己責任であって、本来当該公務員個人の不法行為と無関係であると解する「自己責任説」の立場と、国又は公共団体が不法行為をした公務員の責任を当該公務員に代わって負担すると解する「代位責任説」の立場とがあるところ、代位責任説が通説、判例である。そして、代位責任説によるかぎり、個々具体的な公務員の具体的な職務内容、違法行為(違法性)、故意又は過失の内容としての予見可能性及び回避可能性が特定されて主張され、その有無ないし当否が判断されなければならない。

原告らが、「公務員概念」として主張している点は、国賠法一条一項による損害賠償責任の法的性質を代位責任説に立って理解し、それを前提として主張していることは明らかであるが、公衆衛生行政をつかさどる組織としての国が予防接種という加害行為もなしたがゆえに、国が不法行為者としてその責任を負うべきであるとの主張は、その実「自己責任説」に立ってのみ理解可能な主張というべきであり、結局、原告らの右主張は、国賠法一条の「公務員」を特定していることにはならず失当である。

また、組織体としての国が行為主体であると主張するだけでは、国賠法一条の「公務員」の特定として欠ける。すなわち、国賠法一条による国家賠償責任発生要件は、あくまで特定の公務員にいかなる行為があり、その行為が違法と評価されるか、また、右行為をなすについて故意、過失があったかどうかを問題としているのである。

しかして、「行政組織体としての国」には種々の機関や公務員が包含されるものであるところ、予防接種に伴う国家賠償責任を問題とする場合にも、予防接種制度の制定をはじめ、ワクチンの製造から具体的な接種行為に至るまでの各段階で、多数の公務員が関与するものであるから、どの段階におけるどの公務員の行為について、いかなる点で故意や過失があり、違法であるかを特定して主張、立証しなければならず、原告ら主張のごとく「行政組織体としての国」が加害行為者であると主張するのみでは右の諸事実が不明となり、国賠法一条一項による責任発生要件についての審理判断はとうていなし得るものではない。

とりわけ、被告の防御権との関係でいえば、当該不法行為者である公務員が特定されず、単に「行政組織体としての国」が行為者である等と主張されると、右組織体としてのすべての段階のすべての公務員に過失があったかどうかを検討し、そのいずれにも過失がなかったことを主張し反証していかねばならず、被告にとっては防御権の行使が極めて困難となるのであり、原告らの右のような主張を許すことは訴訟手続における負担の公平の観点からも問題がある。

(二)  同4の(二)の(1)の事実は認めるが、(2)及び(3)の接種については、いずれも被告である国の公権力の行使に該当するとの主張事実は否認する。

(被告の主張)

(1) 被告は、原告らが各被害発生の原因として主張する予防接種のうち、国の機関が実施主体となって実施された強制接種が公権力の行使に当たることを争うものではない。

(2) しかし、原告ら主張に係る予防接種には、右以外に国の機関以外のものが実施主体となって実施された旧法六条の予防接種及び旧法九条所定の予防接種ないしは単なる任意接種として行われたものがある。これを各原告らについてみると次表のとおりである。

原告番号

被接種者

古賀 宏和

坂井 和也

原告

本人

和代

和也

哲也

貞子

実施主体

福岡県山門郡大和町

大山小児科医院  大山幸徳

区分

旧法九条所定の予防接種又は同条の要件を満たさない任意接種(四九日経過)

旧法六条の二の市町村長以外の者が行った予防接種

(3) 右各予防接種は国賠法一条一項の「公権力の行使」に該当しない。

① 旧法九条所定の予防接種の実施主体について

原告らは、旧法九条に基づく予防接種は国が実施主体として行ったものであると主張するが、同条の実施主体は、以下述べるとおり、国の機関としての市町村(特別区を含む、以下同じ。)長ではなく、各市町村自体である。

ⅰ 法によれば、市町村長が国の機関として実施する予防接種は、法所定の定期(旧法五条)及び臨時(旧法六条)の予防接種に限定されている。(地方自治法別表四、二、(十三)参照)

ところで、右定期の予防接種とは、人生の一定の時期内に免疫を付与して集団の免疫水準を維持することを目的として行われるものであり、その対象となる疾病及びその時期は、個別的に法定されている(旧法一〇条ないし一四条)から、法が定める定期外にされた予防接種は、法上の定期の予防接種に該当しない。

従って、定期外の接種である旧法九条所定の予防接種は、国の市町村長に対する機関委任事務に当らないから、その実施主体は国の機関としての市町村長ではなく、当該地方公共団体(市町村等)自体が自らの事務(固有事務)として実施したものと解すべきである。

ⅱ なお、旧法九条所定の予防接種とは、法文上からも明らかなように、事故消滅後一か月以内に受けた予防接種に限られるものであり、右一か月経過後に受けた予防接種は、法上の根拠に基づかない全く任意の接種であるから、かかる予防接種が国の機関としての市町村長が実施したものでないことはいうまでもない。

ⅲ ところで、原告らは宏和の受けた本件種痘は、福岡県山門群大和町長が国の機関委任事務として実施したものであるから、国の公権力の行使である旨主張する。

しかしながら、本件種痘は定期(生後六か月以上二四か月以内)後一か月以上経過した後の接種であり、はたして、旧法九条所定の事故消滅後一か月以内になされたものかどうか定かではないが、いずれにしろ、その実施主体は山門群大和町であって、国の機関としての同町町長の実施に係る予防接種には該当しない。従って、本件種痘が国の公権力の行使に当たるとする原告らの主張は失当である。

ⅳ なお、原告らは、本件種痘が、同町町長が国の機関委任事務として実施する予防接種法上の定期接種として実施されているから、被接種者の年齢にかかわりなく、国の公権力の行使である、と主張するが、前記のとおり予防接種法上の定期接種とは、人間のライフサイクルのなかの一定の期間(定期)内に接種されるもの、すなわち、ある限られた年齢の間に行われるものをいうのであり、その期間を外れた時期になされた予防接種は、当該被接種者にとって定期接種に当たらない。古賀宏和が本件種痘を受けた時期は、法定の定期を外れているから、右種痘は同児にとって定期接種ではなく、従って、本件種痘は、国の機関委任事務として実施されたものではなく、国の公権力の行使に当たらない。

② 旧法六条の二所定の予防接種の実施主体について

ⅰ 原告らは、和也が受けた本件混合ワクチン接種につき、市町村長が国の機関委任事務として実施する定期の予防接種の具体的方法の一つとして、委託方式があり、本件予防接種は右の委託によりなされた旨主張する。市町村長が国の機関委任事務として予防接種を実施する際に、原告らのいう「委託方式」があることは事実であるが、本件予防接種は、その委託方式によるものではない。

ⅱ さらに、原告らは、本件予防接種は旧法六条の二所定の予防接種であり、同条の二所定の予防接種は定期接種を受けたものとして取り扱われることになっていたから、予防接種被害が生じた場合の責任の所在も、定期接種と別異に解する理由はない旨主張する。

しかしながら、旧法六条の二の趣旨は、定期の予防接種を受ける義務(旧法三条)の履行方法としては、法に定められている定期内に市町村長の行う予防接種に限らず、広く医師による予防接種を受ければよいとしたものにすぎず、換言すれば、定期内に市町村長以外の者から予防接種を受けたときは、市町村長が国の機関委任事務として実施する定期接種を受ける義務を免除するというにすぎず、市町村長以外の者、例えば一般の医師による予防接種が、国の機関が行った予防接種となるわけではないから、当該予防接種が国の公権力の行使に該当するものではない。

(三)  同4(三)は争う。

(被告の主張)

原告らは、本件予防接種について、被告は故意又は過失による損害賠償責任を免れないと主張するが、原告らの主張は国賠法に関する独自の解釈を前提とするものであり失当である。

(1) まず、故意や過失の有無は、客観的な違法行為(職務行為の違法)の存在を前提として、それとの関連でのみ論じられるが、本件において問題とされている予防接種が適法なものであることは、後述のとおりであるから、違法行為の存在しない本件においては、故意あるいは過失の成立する余地はない。

そもそも国賠法一条一項にいう故意とは、公務員が公権力を行使するに当たり、自己の行為によって違法な結果が発生することを認識しながら、それを認容して行う場合をいうが、予防接種は、伝染病予防の見地から種痘法、予防接種法に基づいて実施されるものであり、いやしくも法の命ずるところに従って行われているものであるから、被告に故意責任を問う余地は全くない。

(2) 次に、国賠法一条一項にいう過失について考察するに、判例は、通常当該事案における加害者の具体的加害行為を特定したうえで、ⅰ損害の発生することを予見することができ、又は予見すべき義務があったこと、ⅱ損害の発生を未然に防止しうる措置をとることができ、かつそうすべき義務があったこと、ⅲ加害者が右各注意義務を懈怠していること、という観点から判断しており、本件においても右の観点から判断されるべきである。

そこで、被告の公務員に本件予防接種禍の発生について予見可能性、及び回避可能性の存否について、どのような考え方のもとに判断すべきかを検討する。

① 主に刑法で論じられる「許された危険」や「社会的相当行為」の理論は、現代社会の状況に対応するもので(違法性阻却事由とされることもあるが、一定の場合は構成要件該当性も否定される。)、民法上も実質的にこれと共通する考え方が広く認められつつある。特に国の公務員の職務行為については一層強く同様の考え方が認められるべきである。これに反して原告ら主張のように、法益侵害の結果が生じた場合には、かつてそのような結果が極く少ない割合でも生ずることが報告されていた以上、その結果発生の予見可能性があり、過失責任を問い得るとの考え方を貫徹するときは、現代の社会経済活動の大半が停止せざるを得ない。

過去に実施された予防接種において、重篤な副反応が一〇〇万人当たり数人又は数十人という割合で発生した、という調査結果を了知していることをもって、当該予防接種をしたならば、具体的な被接種者について重篤な副反応が発生することを予見し得た、と結論付けることは早計にすぎる。その理由として、まず、伝染病がまん延した場合の社会全体の危機を背景として、社会集団の免疫度を高めることによって、伝染病のまん延を防止するという主たる目的のもとに実施される予防接種自体を否定してしまうのならばともかく、これが必要であるとして是認される以上、右のような過去における調査報告の存在をもって予見可能性がある等として、過失責任をうんぬんすることは失当である。次に、右調査結果は、過去に実施された予防接種において発生した副反応に関してであり、その後ワクチンの改良等予防接種実施態勢も改められてきていることは明らかであり、また、予防接種に伴う重篤な副反応の発生機序自体不明な部分の多いこと、副反応発生の具体的危険性が被接種者の誰にでもあるという訳ではなく、個人差が大きいこと等の諸点に鑑みても、単に過去における統計上の極く少ない副反応の発生率をもって、予防接種を実施すれば重篤な副反応が発生することの予見可能性があった等ということはできない。

従って、本件予防接種事故において、不法行為者の過失を論じる場合には、前記のような予防接種の目的と必要性を前提とし、当該予防接種実施時に立って、当該被接種者に予防接種を実施したなら重篤な副反応が発生することが経験則上予見し得るかどうかを判断すべきである。しかして、本件原告らに対し、予防接種を行ったことに過失がないことは、後述のとおりである。

② また、原告らは、公害、薬害事件において、判例は予見ないし予見可能性のみで足りると判示している旨主張するが、原告ら掲記の判例は、いずれも当該事案において、被害が生じたという事実から結果回避義務違反の存することが「事実上推定」されるとするものであって、過失の要件としているものではない。従って、本件においては、本事案に即して右判例のいうような事実上の推定をすることが許される場合であるか、被告の公務員に予防接種事故発生の回避可能性があり、回避義務違反があったといい得るかを判断すべきであるところ、右の点がいずれも否定されることは後述のとおりである。

(四)  同4(四)の(1)の事実のうち、被告が予防接種の副作用の被害を隠ぺいしたこと、及び重篤な副作用のあることを原告らに説明しなかったことに過失があるとの事実は否認し、その余の主張は争う。

(被告の主張)

予防接種の目的、法的性格、及び重篤な副反応が発生する割合が微少であること等からすると、厚生大臣が被接種者に対し、原告ら主張の説明をなすべき法的義務は存し得ず、現在まで行っているような広報活動を通じて、予防接種の結果等を国民に知らしめることをもって十分である。

(五)  同4(四)の(2)①について

原告ら主張の時期までに種痘を廃止しなかったことが被告の過失であるとの事実は否認し、その余の主張は争う。

(被告の主張)

原告らが種痘の定期強制接種を廃止すべきであったとする昭和三一年当時はもとより、昭和四〇年代以降においても、我が国は常に東南アジア諸国からの痘そう輸入の危険にさらされており、痘そう非常在国の欧米諸国を含め、全世界において痘そうの輸入、流行を防ぐためには、全国民に対する定期強制種痘しか適切な方法はないと考えられ、その定期強制種痘が実施されていたことに鑑みるとき、我が国で昭和三一年以降昭和五〇年まで定期強制接種を実施してきたことには合理的理由があり、これを目して種痘の廃止をしなかった過失あり、ということはとうていできないものである。

(六)  同4(四)の(2)②について

原告ら主張の時期までに種痘の接種年齢を生後一年以上に引き上げることを怠り、右年齢に満たない被害児に種痘を実施したことが被告の過失である、との事実は否認し、その余の主張は争う。

(被告の主張)

零歳児の初種痘を行うことが危険か否かについては、現在も専門家の間に定説はなく、特に一九八〇年(昭和四五年)まで初種痘年齢を生後二か月ないし一二か月と定めておいたことは、当時の多くの専門家の合理的な根拠に基づく見解に従ったものであり、これを過失行為である、とする原告らの主張は失当といわなければならない。

(七)  同4(四)の(2)③について

被告が昭和三二年から昭和三三年にかけてのアジア風邪の流行を契機に、昭和三二年以降原告ら主張のインフルエンザワクチン接種の実施に関する通知等を発し、予防接種の勧奨を行政指導してきたこと、昭和四七年から、いわゆるHAワクチンが採用され、昭和五一年の予防接種法改正で、原告ら主張のような改正がなされたこと、インフルエンザの病像、感染経路、インフルエンザウイルスが変異を起こすこと、以上の事実を認め、被告がインフルエンザワクチンを学童に集団接種したことが過失であるとの事実は否認し、その余の主張は争う。

(被告の主張)

現行のインフルエンザ予防接種は、社会全体の流行を防止する効果こそ最近の研究データからは十分に実証できないとされるものの、被接種者個人に対する効果(発生防止、重症防止の効果)は明らかに認められ、しかも、他に有効なインフルエンザ予防方法が確立されていない現状のもとでは、インフルエンザ罹患率の著しく高い学童層等を対象に被接種者に免疫を付与するという観点からワクチン接種を実施することには、十分な合理性が認められる。

しかして、インフルエンザ予防接種の実施態勢については、昭和五一年の法改正までは厚生省の行政指導による「勧奨接種」として、昭和五一年の法改正以降は、予防接種法上の「一般的な臨時の予防接種」として実施してきたが、インフルエンザ予防対策上の右施策は、いずれもその時点における医療技術の進歩、公衆衛生の向上、疾病の流行の様相、予防接種に対する国民意識の変化等を考慮して十分に検討を加え、かつ、その時点の最高水準の専門家をもって構成する伝染病予防調査会の答申を受けて決定されたものである。従って、右インフルエンザ予防接種の実施方法についての国の施策は合理的根拠を有するものであるから、インフルエンザワクチンを学童らに集団接種したことに何ら過失は存しない。

(八)  同4(四)の(2)④について

我が国の接種菌量に関する規定の変遷の内容は右(2)④において別紙Ⅲ表(一)のとおりであることは認め、被告において百日咳ワクチンを含む、二混、三混ワクチンの接種量を誤った過失があるとの事実は否認し、その余の主張は争う。

(被告の主張)

被告は、科学の進歩に応じて接種量、菌量に関する規定を適切に定め、かつ、改正してきたのであり、とりわけ、本件各原告が百日咳ワクチンを含む混合ワクチンの接種を受けた昭和四九年三月までの各接種当時においては、日本の百日咳ワクチンの接種量、菌量の是非について、専門家の間でも見解の対立があり、未だこれが確立されていない段階であったことに鑑みれば、百日咳ワクチン、二種混合ワクチン、三種混合ワクチンの接種量、菌量の定めにつき原告らのような過失はなかったというべきである。

(九) 同4(四)の(2)⑤について

我が国における百日咳ワクチン、同ワクチンを含む二混、三混ワクチンの接種年齢に関する定めの変遷が別紙Ⅲ表(二)のとおりであることは認め、被告に原告ら主張の時期までに百日咳ワクチン、同ワクチンを含む二混、三混ワクチンの接種年齢を変更しなかった過失があるとの事実は否認し、その余の主張は争う。

(被告の主張)

百日咳は、罹患すると幼若な乳児ほど重症で、肺炎や脳症等の合併症を起こしやすく、致命率も高い等の理由により、以前から諸外国でも零歳児に予防接種が行われており、我が国でも昭和五一年改正前の予防接種法(旧法)では定期第一期は生後三月から六月の期間と定められており、その後の接種年齢の定めの変遷は、国の研究費補助による予防接種研究班が行ってきた調査成果等をふまえ、伝染病予防調査会の意見を聴いて制定したものである。また、百日咳ワクチンによる脳症発生の報告は、昭和三三年時点では殆どなく、脳症が欧米なみに存在することが明らかになったのは、昭和四五年予防接種事故救済措置が発足して以降であり、種痘に関する接種年齢の引上げ等に鑑みると、昭和三〇年はもとより昭和三三年の時点においても、百日咳ワクチンの二歳児以下の乳幼児へ接種をやめるべきであるとの考え方はとうてい期待し得べくもなかった。

(一〇)  同4(四)の(2)⑥について

我が国における本件各予防接種の接種時期及び接種間隔についての定めのうち、昭和三六年のポリオに関する第一期の接種時期が生後六月から二一月であることを除き別紙Ⅲ表(二)、(三)のとおりであることは認め、右原告ら主張の接種時期、及び被告において接種間隔の定めを誤った過失があるとの事実は否認し、その余は争う。

(被告の主張)

厚生大臣等は、科学の知見を検討し、各種ワクチン研究班等専門家の研究成果をふまえ、伝染病予病調査会(昭和五三年以降は「公衆衛生審議会」)等学識経験者の意見を聴き、その時点における医学的、免疫学的知見に基づいて生ワクチン相互間の接種間隔を制定又は改正するとともに、不活化ワクチン接種後の他のワクチンとの接種間隔に関する知見をも考慮し、妥当な計画に基づいた予防接種が行われるよう指導してきたのであるから、接種間隔の定めにつき原告ら主張のような過失はない。

(一一)  同4(四)の(2)⑦について

被告(厚生省)において、予診の重要性を認識し、原告ら主張のとおり予防接種法、通達等により予診を義務づけていること、右(2)⑦のⅱのうち、昭和三三年の実施規則第四条の内容を除き、原告ら主張のような規定を設けていることは認めるが、被告の予診義務違反による過失があることは否認し、その余の主張は争う。

(被告の主張)

厚生大臣等は、予防接種の実施時に行うべき予診について、告示及び局長通達をもって実施担当者等に周知徹底させるとともに、十分な予診を可能ならしめるための措置を講じてきたものであり、これに従って禁忌発見のための予診が行われていたことは疑のないところである。とりわけ、本件原告らの予防接種事故との関係において、原告ら主張のごとく厚生大臣等が予診の行われていないことを十分知りながら有効な措置をとらなかったとの事実を窺わせる証拠は見当たらないのであるから、原告らが指摘するような過失が存在しないことは明白である。また、予診の必要性は、禁忌事項を発見することにあるが、禁忌事項とされる内容及び理由には種々のものがあり、他方副反応の原因も必ずしも明らかでないことからすると、いかなる予診を行えばいかなる禁忌事項を発見し得たか、また、その禁忌事項を看過したことが果して当該副反応発生の原因となったかという点については何も明らかになっていないのであるから、予診の不実施と副反応事故発生の事実とから被害発生についての過失を推定することなどとうていでき得るものではない。

(一二)  同4(四)の(2)⑧について

被告が原告ら主張のとおり禁忌を定めていることは認め、被告が禁忌に該当する各被害児に対し接種すべきでないのに接種をした過失がある、との主張事実は否認し、その余の主張は争う。

(被告の主張)

原告らが主張するごとき禁忌事項を設定しなければ禁忌事項の設定としては不十分である等とは到底いえず、原告らが主張するごとき禁止事項を設定すると、かえって、真に予防接種を受ける必要のある者まで排除される結果になり、失当である。

(一三)  同4(四)の(2)⑨について

被告に救急医療態勢の整備を怠った過失があるとの主張事実は否認し、その余の主張は争う。

(被告の主張)

被告は救急医療施設の整備を図るとともに、実施主体、担当医師、被接種者、保護者等に対して実施規則や各種通知等をもって、副反応の存在及び副反応発生後の対応の仕方について了知せしめているのであって、これをもって十分にその責をはたしているというべきでる。また、接種会場における救急医療は予防接種実施者たる被告の義務であると考えられるが、右接種会場を離れてからのことは被告の義務ではないと解すべきであり、一般医療態勢にゆだねられているのであるから、本件において救急態勢を怠った過失があると主張する玲子の関係についても、同児を診察した当該医師との間の診療関係上の責任問題として解決さるべき事柄である。

5(一)  請求原因5の(一)は争う。

(被告の主張)

安全配慮義務の理論が適用されないことについて

私法上の雇傭契約に付随する義務として、使用者の被用者に対する安全配慮義務を認めることは、かねて諸外国に立法例があるが、西ドイツの連邦官吏法は、国が官吏に対してこれと類似の配慮義務を負うことを明文で定めている。我が国の有力な学説と下級審裁判例も、私法上の雇傭契約に付随する信義則上の義務として、使用者の安全配慮義務を認めていたが、原告ら主張の前記第二、一、5、(一)、(2)の最高裁判決もこれらの学説、裁判例及び立法例の延長線上において、同様の義務を国と国家公務員との法律関係について承認したものと解される。もっとも、国と国家公務員の関係は、少なくとも実質的には、私法上の雇傭と共通する面の多い継続的、身分的、特殊的な関係が存在するので、これらの点及び判示の前後関係からすれば、前記判決のいう「ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者」とは、少なくとも右のような継続的、身分的、特殊的な基本的法律関係が存在し、安全配慮義務がその付随義務としてとらえられる場合をさすものと解すべきである。

(二)  同5の(二)は争う。

(被告の主張)

(1) 安全確保義務の性格、内容

確かに、被告には予防接種に際し、事故発生を防止するための万全の措置を講ずべき広義の注意義務があると解されるが、この義務の性格については、被告がいわゆる予防接種行政において、国民一般に対して負っている抽象的な政治的、行政的責務と解すべきであって、個々の国民に対する特定の法律義務ではなく、まして不法行為に基づく損害賠償請求権を基礎づけ得る私法的義務ではない。また、伝染病予防及び予防接種対策は、高度の専門科学的、技術的な知見、情報に基づく政策判断の問題であり、その具体的内容、すなわち、予防接種の具体的な範囲、対象者の年齢、実施方法等をいかに定めるかは、事柄の性質上、立法府の広範な裁量及びそのもとでの行政庁の広範な裁量に委ねられている。そして、右のような予防接種行政における被告の安全確保措置の法的性格から、右責務の履行確保及びこれに対する批判、是正は、被告の行政責任を問うものとして、専ら民主国家のルールに従って国会、世論を通じた政治的コントロールによってなされるべきものであって、個々の国民が右義務違反があるとして、被告に対し損害賠償を請求することはできないと解すべきである。

然るところ、原告ら主張の安全確保義務なるものは、個々の予防接種に関する具体的過失ではなく、いずれも右伝染病予防及び予防接種政策に関係する抽象的な主張にとどまり、その義務違反についても、法令の内容の当不当をいうに帰するから、主張自体失当である。

(2) 原告ら主張の法的根拠

原告ら主張の不法行為責任は民法七〇九条に基づくと推測され、他方、原告らは被告に対し、国賠法上の責任をも追及しているが、両者の関係につき、原告らの主張は必ずしも明確とはいい難いところ、現行の法体系上、民法七〇九条の不法行為責任は、原則として、個人の不法行為を問題にしているものであり、被告に対し、損害賠償を請求するには、国賠法一条若しくは民法七一五条によるべきことが予定されている。しかして、国賠法一条若しくは民法七一五条のいずれによるとしても、かかる主張の失当なことは、既述のとおりである。

(3) 被接種者本人に係るもの以外の損害についての債務不履行責任の不存在

債務不履行責任が、債権者、債務者という契約当事者間でのみ成立するものであることはいうまでもないところ、予防接種について強いて右当事者の関係を措定するとすれば、一方当事者は被接種者本人をおいて他にない。してみれば、被接種者本人に係るもの以外の損害について、被告が債務不履行責任を負うべきいわれは全くない。

6  同6について

(一) 本案前の主張

本件損失補償請求を民訴法二三二条に基づく訴えの追加的変更の手続によって行うことは許されない。

(1) 原告らは、昭和六〇年七月二日付準備書面(七)及び昭和六二年一〇月六日付最終準備書面の「第八 損失補償」において、被告が予防接種法によって予防接種を強制したことにより、原告ら被接種者の生命、身体に特別重大な犠牲をもたらす損害を与えたことをもって、憲法二九条三項若しくは二五条に基づき、その損失に対する補償を求めるとの請求を追加するのであるが、右損失補償請求が原告らの従前の請求である民法七〇九条若しくは国賠法一条に基づく損害賠償請求と訴訟物を異にすることは明白であるから、原告らの右準備書面に基づく請求原因の追加は、民訴法二三二条の訴えの変更にほかならない。

(2) ところで、訴えの変更は、従前の請求のために開始された訴訟手続において、新たな請求につき審判を求めるものであるから、訴えの変更が許されるためには、数個の請求が同種の訴訟手続によって審判され得ること、という請求併合の一般的要件(民訴二二七条)を充たすことを要する。

そして、原告らが右訴えの変更により追加しようとする新たな請求は、公法上の損失補償請求たる公法上の金銭給付の請求であり、それは行訴法四条の当事者訴訟の一つである「公法上の法律関係に関する訴訟」(以下「実質的当事者訴訟」という。)に該当する。

しかし、行政事件訴訟にはその特質上職権証拠調等民事訴訟法とは異なる訴訟手続が規定されており(行訴法一五条、二四条、三一条等)、これらの諸規定が適用される範囲内では通常の民事訴訟手続とは異なった訴訟手続によることとなるので、民事訴訟に行政事件訴訟を併合することは民訴法二二七条により許されない。そして、このことは、行政訴訟のうちの取消訴訟はもちろんのこと、通常の民事訴訟と同じ型式類型に属する訴訟である実質的当事者訴訟においても同様である。けだし、実質的当事者訴訟の訴訟物が公法関係に属し、その訴訟の結果が公共の福祉に影響するところが少なくないことから民事訴訟手続とは別個の取扱いをする必要があり、特にその審理については、職権審理主義を加味する必要があるとの見地に基づき、民事訴訟手続とは性質の異なる取消訴訟に関する行政事件訴訟手続規定が準用されている(行訴法四一条)ので、その範囲内で実質的当事者訴訟は通常の民事訴訟手続と同種の訴訟手続による場合でない。

(3) もっとも、行訴法一六条及び一九条は通常の民事訴訟を取消訴訟に併合し得ることを認めているが、これは本来通常の民事訴訟手続によるべき請求を、一定の要件の下に特別の行政事件訴訟手続による請求へ併合することを特に法律が許容したからであって、同法四一条二項で前記条文を準用している当事者訴訟においてもこのことは同様である。しかし、民事訴訟に係る請求と行政事件訴訟に係る請求とが関連請求の関係にあっても、行訴法一六条及び一九条の規定とは逆に、民事訴訟に係る請求にこれと関連請求の関係にある行政事件訴訟に係る請求を併合することは許されない(大阪高裁昭和四八年七月一七日決定、行裁例集二四巻六・七号六一七頁)。

すなわち、行訴法一七条は、数人からの請求又は数人に対する請求が行政処分等の取消請求と同法一三条所定の関連請求という関係にあれば、当該各請求の併合提起を認める趣旨の規定であるが、同規定と並ぶ同法一三条は、既に提起された取消訴訟と関連請求に係る訴訟とが各別の裁判所に係属する場合において、関連請求に係る訴訟を取消訴訟の係属する裁判所に移送し得ることを定め、また、同法一六条、一八条及び一九条は、取消訴訟に関連請求に係る訴えを併合して提起できることを定めている。行訴法のこれらの規定は、いずれも取消訴訟の管轄裁判所に関連請求に係る訴えの併合管轄権が生ずることを認め、同裁判所に関連請求に係る訴えを移送し、又は併合提起し得ることを定めたものと解される。他方、行訴法は、関連請求に係る訴訟の管轄裁判所に取消訴訟の併合管轄権が生じ、同裁判所に取消訴訟を移送し又は併合提起し得る趣旨の規定は一切設けていない。

これらの点から判断すれば、行訴法は、係争処分等の早期確定を図る趣旨の下に、その取消請求に併合し得る請求を行訴法一三条所定の関連請求に限定し、取消請求を中心にしてその関連請求に係る訴訟を併合する建前をとっているのであって、取消訴訟を関連請求に係る訴訟に併合することは許容していないと解される。そして、当事者訴訟には行訴法四一条二項により取消訴訟に関する前記諸規定が準用されているので、当事者訴訟を関連請求に係る訴訟に併合することは、行訴法上許容されていない。

(4) 以上のとおり、損失補償請求と損害賠償請求とは民訴法二二七条の「同種ノ訴訟手続ニ依ル場合」には当たらないから、原告らの従前の請求に損失補償の請求を追加して訴えの変更をすることは許されない(札幌高裁昭和六一年七月三一日判決、判例時報一二〇八号四九頁)。

よって、民訴法二三三条に基づき、本件訴え変更不許の裁判がなされるべきである。

(二) 本案について

同6の主張はすべて争う。

(被告の主張)

(1) 憲法一三条、一四条一項及び二五条の法意

憲法一三条は国民の基本的人権の包括的な宣言であって、国民が国に対し直接同条に基づき何らかの実体法上の請求権を取得することはなく、また、同法一四条一項は法の下の平等原則を宣言した規定であって、右条項を根拠に国民の国に対する実体法上の請求権を認める余地は存せず、同法二五条も国民の生存権確保のための国の責務を宣言したものであり、生存権の内容として国民の国に対する実体法上の請求権を何ら認めていないことは明らかである。

右各規定を総合して解釈したとしても、それらの規定から直接国民の国に対する何らかの実体法上の具体的な請求権、すなわち、これに対応する国の国民に対する具体的、現実的な法的義務が導き出されることはあり得ない。従って、憲法の右各規定の精神を根拠に、被接種者らが強いられた特別の犠牲による損失を、被告が法的義務として負担すべきであるとの主張は、法解釈として失当であり、本件予防接種事故による被害が重大であるとしても、それらが原告らの右主張を正当化する理由とはなり得ない。

(2) 憲法二九条三項の法意

憲法二九条三項は、財産権の不可侵を規定した同条一項、及び財産権の内容の立法による制約を認めた同条二項の各規定を前提としたうえで、公共の利益のために同条二項による制約の域を超えて財産権の剥奪、制限等を行い得ること、そしてその場合には、同条一項の規定する財産権不可侵の見地から正当な補償を必要とすることを規定しているのであり、同条全体としてみれば、我が国における国家存立の基礎である経済秩序について、調和のとれた私有財産制度の在り方を規定している。

従って、憲法二九条三項の意味、内容を解釈し、確定するに当たって、一、二項と関係なく、三項のみを同条の中から取り出し、その意味内容をうんぬんするようなことはおよそ不適当であり、右条項を正しく理解するためには、同条全体の中におけるその位置づけを前提として、その意味内容を解釈し、確定する態度こそが必要である。殊に、本件のように予防接種による被害に右条項を適用、あるいは類推適用することの可否が問題となっている場合には、そのような態度が特に肝要である。

(3) 憲法二九条三項の要件

憲法二九条三項にいう「公共のために用ひる」の要件の中核をなす「特別の犠牲」の概念が、その特別性の程度が千差万別である等極めて相対的、多義的なものであり、何をもって特別の犠牲とみるかその判断が容易でなく、さらに「正当な補償」の意義も、同条二項との相対的関係及び特別の犠牲の概念の相対性に対応して、これまた極めて相対的なものである。

(4) 憲法二九条三項に基づく損失補償請求の可否

① 直接憲法二九条三項に基づく損失補償請求の可否は、次のとおり結論づけられる。

ⅰ 財産権に制限を課している法律に、補償規定がある場合は、補償の要否や補償額の多寡の問題は、憲法二九条三項の趣旨をふまえたうえで、当該法律の解釈適用によりこれを解決すべきであり、また、補償規定がない場合であっても、同様の法律関係ないし事実関係について規律する法律に補償規定がある場合には、当該法律の類推適用によってこれを解決すべきである。

ⅱ 右ⅰの場合、法律の定める補償内容が憲法二九条三項にいう正当な補償として不十分であると解されるときは、まず、当該補償規定の意味内容を憲法の右条項の趣旨によって補充した解釈適用により、正当な補償とのかい離を回避すべきであり、右の解釈作業によっても右のかい離が回避できないときは、当該補償規定のうちの補償内容の上限を画する部分を違憲として、その効力を否定し、しかる後に、当初から補償規定を欠く場合に準じて直接憲法の右条項に基づく損失補償請求の適否が論じられるべきである(もっとも、損失補償手続の中に損失補償に係る行政処分が介在するときには、それに対する抗告訴訟で争うべきである。)。

ⅲ 右ⅰ、ⅱの場合を除き、補償の規定を欠く場合は、直接憲法二九条三項に基づき損失補償請求をすることが可能か否かが問題となり得るが、右の直接請求を認めることには、憲法の実体法規性の有無、同項の要件及び効果の抽象性、多義性及び相対性(裁判規範としての制約及び限界)の各点から問題が多く、仮に、これを肯定する立場に立つときは、法律要件の中核をなす特別の犠牲と、法律効果の内容をなす正当な補償のいずれの意義内容についても、裁判規範として裁判所の公正かつ安定的な使用に耐えるだけの一義的に明白かつ客観的な判断基準が定立されなければならない。

② 然るとき、右のような要請に応え得る特別の犠牲は、本来的な意味での公用収用、公用制限の概念に当たる場合であり、その場合の正当な補償は、現行の補償規定で多く用いられている「通常生ずべき損失」あるは「通常受けるべき損失」ということになる。これを換言すると、特別な犠牲と正当な補償の関係は相対的なものであるから、正当な補償に対応する特別の犠牲は、当然に本来的な意味での公用収用、公用制限の概念に当たる場合ということになる。なお、現行の補償規定の整備、充実状況をみるとき、問題となるほとんどの事例は、同様の法律関係ないし事実関係について規律する法律の補償規定の類推適用により解決され得るはずのものであり、直接憲法二九条三項に基づく請求を真に問題とせざるを得ない事例は少ないと思われる。

(5) 予防接種事故と憲法二九条三項

① 憲法二九条三項の位置づけないし趣旨、目的に鑑みると、そもそも生命、身体被害の場合に、同条全体の中から同条三項のみを採り出してこれを(類推)適用し、生命、身体被害に対する損失補償の道を開こうとする発想そのものが強く批判されるべきであるうえ、仮に生命、身体に対して、財産権の場合に損失補償が必要とされる特別の犠牲と同じ意味での特別の犠牲を課するとすれば、それは違憲、違法な行為であるから国賠法一条に基づく損害賠償の法理で解決されるべきであって、もともと、財産権に対する特別の犠牲と生命、身体に対する特別の犠牲を価値的に比較評価して、後者についても損失補償法理で解決しようとすること自体が法理論上根本的な誤りである。

② 本件予防接種事故に対する憲法二九条三項適用の可否を、直接同項に基づき損失補償請求する場合の要件及び効果の観点からみても、本件予防接種事故が財産権に係る損失補償請求権の要件の中核をなす特別の犠牲に当たるとするには、法理論上多大の疑問があるのでこれを否定せざるを得ない。

なかんずく、本件旧法六条の二所定の予防接種、旧法九条所定の要件を満たさない予防接種に伴う予防接種事故の場合は、本件強制接種の場合と比べて国家権力による強制の要素が極めて希薄であるから、これが右の生命、身体に対する特別の犠牲に当たると解する余地はない。

そのうえ、仮に憲法二九条三項が生命、身体被害の場合にも適用され、本件予防接種事故が生命、身体に対する特別の犠牲に当たるとする見解を採ったとしても、本件予防接種事故の場合の正当な補償について、その意義、内容、算定方法を司法が法的安定性を確保し得るだけの一義的明確性をもって認定判断することは、法理論上著しく困難といわなければならず、結局、直接憲法の右条項に基づき損失補償請求する場合の要件及び効果の観点からみても、本件予防接種事故について同項を適用することは著しく困難であり、法理論上否定されるべきである。

(6) 憲法二五条に基づく補償請求

① 憲法二五条は、いわゆる福祉国家の理念に基づき、国民の生存確保のために国の責務を宣言したものであり、生存権の内容として国民の国に対する実体法上の直接的な請求権を認めたものではない。すなわち、同条一項は、国が個々の国民に対して具体的、現実的に同項規定のような義務を有することを規定したものではなく、同条二項によって、国の責務とされている社会的立法及び社会的施設の創造拡充により、個々の国民の具体的、現実的な生活権が設定充実されてゆくものと解すべきものである。従って、同条の裁判規範としての効力は、同条二項の規定によって国の責務とされている社会的立法の具体的な立法措置が、同条の趣旨に反して著しく合理性を欠き、明らかに立法府に委ねられた裁量の逸脱、濫用とみざるを得ないような場合に司法審査の対象となる余地があるという意味で、いわゆる自由権的効果を有するにとどまる。

以上のとおり、憲法二五条は、生存権の内容として国民の国に対する実体法上の請求権を認めたものではないから、本件予防接種事故について、同条の規定に基づき何らかの実体法上の請求権が発生する余地は皆無というべきである。従って、本件予防接種事故により被接種者らが特別の犠牲を強いられているとしても、憲法の右規定を直接適用し、右犠牲による損失を被告が(法的義務として)負担すべき旨の原告らの主張は、法解釈論として失当である。

② また、仮に憲法二五条に基づく直接請求を肯定したとしても、同法二九条三項に基づく直接請求について論じたと同様に、司法が法的安定性を確保し得るだけの一義的明確性て補償内容、算定方法等を認定判断することは著くし困難である。従って、憲法を頂点とする法体系の下において、同法二五条を具体化し、補償内容、算定方法を定めた法律が制定されている場合には、まずその法律を適用して補償を図るべきであり、同条を直接適用するのは、法律に基づく補償が極めて不十分であり、憲法の右規定に違反し無効である場合に限られる、と解すべきである。

(7) 予防接種健康被害者制度下における損失補償請求の可否

被告は予防接種事故による被害を放置していたわけではなく、被害状況の判明に伴って、昭和四五年七月三一日の閣議了解に基づき行政上の救済措置を講じ、さらに昭和五一年法律第六九号により予防接種法を改正して法律上の救済制度を確立し、その内容の充実発展に努めてきており、予防接種事故について直接憲法二九条三項若しくは同法二五条に基づき、右救済制度とは別個に又はこれが不十分だとして、不足額につき損失補償請求をすることは、いずれも法理論上許されず、本件救済制度における給付内容に不服がある場合には、給付に関する処分に対する抗告訴訟で争うべきである。

7  請求原因7の損害(損失)の主張はすべて争う。

(被告の主張)

(1) 損害賠償額について

① 包括請求の不当性

一般に損害の内容は逸失利益、介護費等を内容とする財産的損害と慰謝料を内容とする精神的損害とに分けられるが、本件において、原告らは、発生した損害が財産的損害なのか精神的損害なのか、各損害の内容及び額、損害の総額はいくらなかの、そしてその損害はいつからいつまでに発生したものなのかにつき一切明らかにしていない。しかしながら、このように包括一律請求の名の下に、全体の損害を特定せずしてその一部を請求することは、既判力、損益相殺、消滅時効、過失相殺等との関連を考えると到底許されない。

② 一律請求の不当性

原告らの一律請求は、以下のとおり失当である。まず、本件は、多数の原告らが予防接種による被害を被っているとして、被告に対し、損害賠償等を求める訴訟であるが、これを民事訴訟法に則って手続的にみれば、原告ら各自の被告に対する個々の訴えが主観的に併合されているにすぎず、右の個々の訴えにおいては、もともと原告ら各人の被害の有無が争点となるべきであって、しかも、原告ら各人の被害は本来別個であって独立性を有し、個別に判断されるべきものであるから、原告ら各自において、その主張に係る被害を個別に主張、立証しなければならないのは当然のことである。

そして、本件において、もともと原告らに最小限度共通する被害は存在しない。すなわち、原告らに共通している事由は、原告ら若しくはその家族が予防接種を受けたということのみであるが、予防接種の種類、接種時期、接種前の状況、接種後の経過等は被接種者ごとに異なっており、さらには、発生する損害についても、原告らの年齢、性別、職業、家族構成、その他生活環境等が区々であるから、原告らの主張する損害の有無、程度を判定するに当たって考慮されるべき事項に、共通、均質なものはない。

このように、個別的事情を異にする原告らについて、その損害額が一律であるとする合理的根拠はどこにも見い出せず、全原告らに最小限度共通する被害が存在しないことは明らかであるから、原告らの一律請求が不当であることは明白である。

なお、原告らは、各自を三ランクに分けているが、各ランクに属する原告相互間では一律請求になるから、右に述べた一律請求の不当なことが同様に当てはまる。

従って、原告らは、その主張する被害それぞれについて、どの原告にどの程度の被害が生じているかを個別具体的に特定し、明確にしたうえで、主張立証すべきである。また、裁判所も従来公害、薬害訴訟の一部裁判例に見られたような、個別的損害の立証の必要を無視する安易な姿勢は厳に慎むべきであり、右の各点をそれぞれ明確にしたうえで判断すべきである。

③ 個別積み上げ方式による仮定的損害算定における不当性

原告らの個別積み上げ方式による仮定的損害の算定方式は、以下のとおりで失当であり、これにより算出された原告ら主張の損害額は、正当な額ではない。

ⅰ 逸失利益について

原告らは、逸失利益の算定に当たり、損害の発生時期いかんを問わず、過去及び将来の逸失利益のすべてにつき、昭和六〇年度賃金センサスによる全労働者平均賃金を使用し、その根拠として過去及び将来のインフレの影響を考慮すべき旨主張するが、右主張は、以下のとおり失当である。

(ⅰ) インフレの影響と損害額の算定(いわゆるインフレ算入論)について

持続的なインフレが損害賠償との関係で重要な問題を提起していることは事実としても、これを損害額の算定にとり入れるについては未解決な問題がある。

すなわち、戦後我が国を含む資本主義諸国の経済動向にインフレ傾向が持続し、消費者物価が上昇しつつあることは否定しないが、インフレは、いまだ不変の自然法則でも経済原則でもなく、その態様は極めて可変的であるうえ、多くの政策的要因に依存している。流動的な我が国経済社会で、インフレ持続の程度、期間を今後長期にわたって裁判上の証明対象として主張、認定するのは至難なことである。

しかも、一時金賠償方式をとる我が国法体制の下では、逸失利益は現在の通貨で一時に受け取ることになるから、これを事業や不動産に投資してインフレによる減価を免れ、あるいは利子、投資利益でインフレ率を上回る利益すら挙げる可能性(インフレ・ヘッジ)が与えられている。特に、例えば、数千万円単位の賠償金が取得されるような場合は、高額資金としてかかるインフレ・ヘッジの可能性は増大するのであり、そのうえ、現在の一時賠償額に将来のインフレを算入ないし考慮することは、不当利益の部分を含むものになる。中間利息についても、貨幣価値の下落していない現時点において、賠償金を一時的に購買力として利用することもできるので、中間利息を控除しない限り、そこに不当利益の部分が含まれることにならざるを得ない。それゆえ、現在の裁判実務でも、ホフマン、ライプニッツの計算方式のいずれを選択するかはともかくとして、いずれの方式においても、年五分の中間利息を控除すべきだとしており、これを当然のこととして、一時金の額を算定してきた。

(ⅱ) 過去の逸失利益について

原告らは、過去の逸失利益の算定に当たり、昭和六〇年度全労働者平均賃金を基礎としているが、各被接種児ごとに接種時期や損害の発生時期が異なり、同一なものはなく、しかも損害が発生してから相当期間が経過しているから、昭和六〇年度全労働者平均賃金額を採用するのは相当でなく、各被接種児ごとに損害発生時及びその後各年度ごとの平均賃金額を基礎として算定すべきである。

(ⅲ) 男女格差について

原告らは、損害賠償額(特に逸失利益)の算定について、男女格差の是正を主張し、男女同一でなければならないと主張する。

被告としても、男女格差の是正の必要性を争うものではないが、現在の社会事情では、その当否は別として、男女間の賃金に格差があることは否定できず、賃金センサスは現にある賃金の態様を反映したものであり、この現状を直視するときには、逸失利益の算定に当たり、格差が生ずることはやむを得ないというべきである。

ⅱ 介護費について

(ⅰ) 過去の介護費ついて

原告らは、過去の介護費の算定に当たり、すべての者につき昭和五九年度の介護基準日額を使用するが、過去の逸失利益につき述べたのと同様の理由により相当でなく、過去の介護費は、各被接種児ごとに、損害発生時及びその後各年ごとの介護基準額を基礎として算定すべきである。

(ⅱ) 将来の介護費について

いわゆるインフレ算入論を損害額の算定にとり入れることができないことは既述のとおりであり、それ故、将来の介護費算定に当たり、中間利息を控除することは当然のことであって、この点につき、中間利息の控除は一部請求を意味するとの原告らの主張は失当である。

ⅲ 慰謝料について

慰謝料の法的性質が填補賠償にあることは学説、判例の認めるところであり、また、慰謝料額の算定に際しては、諸般の事情を斟酌すべきことはいうまでもない。そうすると、本件につき、原告ら各自の慰謝料に質的差異が生ずるのは当然であるから、個別具体的に算定されるべきであって、安易なランク分けは許されない。

(2) 損失補償額について

① 損失補償額は、憲法二九条三項によれば「正当な補償」でなければならないが、これは完全な補償ではなく、相当な補償を意味するものであり、しかも、時の社会通念に照らし客観的に公正妥当であれば足りると考えるべきことは、既に述べたとおりである。

原告らは、「正当な補償」の内容につき、完全補償説に立ったうえ、種々の主張を行っているが、完全補償説はとり得ないから、既にその前提において誤っている。

② 原告らは、生命、健康の特別犠牲に対する補償額は、少なくとも損害補償額を下回るものであってはならないと主張するが、正当な補償額の算定方法は、損害賠償額の算定方法とは自から別個のものであって、右主張は失当である。

すなわち、我が国の法体系上、不法行為による損害賠償と適法行為による損失補償の二形態があるが、そのうち前者は違法かつ有責な権利侵害であることから、主として加害行為の態様、違法性が重要な要素として考慮されるべきであって、当該加害行為に相当因果関係のある全損害が賠償されるべきであるのに対し、後者は、それが適法な国家施策のもとに行われることから正当な補償を与えるものであり、正当な補償であるか否かについては、救済の目的、救済の要件、救済に対する費用の負担者等様々な要素を検討し、さらには、国家財政や他の類似の諸制度との比較のうえに判定されなければならず、単に損失の填補という見地にとどまるものではなく、必然的に、立法、行政府の裁量の働く範囲が大きいのである。

このように、損害賠償と損失補償とでは、制度の趣旨、目的が、全く異なっている以上、金額の算定方法及びその結果としての損害(補償)内容がいずれの制度であるかによって異なってくるのは、むしろ、当然のことといわなければならない。

しかも、右損失補償の性格からすれば、諸要素を慎重に検討衝量したうえで、損失補償額の算定がなされるべきところ、特に本件では、現行予防接種健康被害救済制度の存在及び内容に対する十分な論証なしに、損失補償額の算定はなし得ないのであり、かつ、前記損失補償責任においては完全な補償でなく、相当な補償で足りることからすれば、損害賠償としての金額と同等ということはあり得ず、これを下回るのが妥当な算定額である。

③ また、損失補償は不法行為を原因とするものではなく、公益のための適法な行為に基づく特別の犠牲を原因とするものであるから、損失補償の対象としては「得べかりし利益の喪失額」や「慰謝料」は最初から問題とならない。

8  原告各論(以下「各論」という。)に対する認否

(一) 各論一(前田五実)

(1) 各論一、1の事実のうち、実施者が八幡東区長であることは否認し、その余の事実は認める。

(2) 同一、2について

① (一)のうち、原告ら主張の日に、五実には両下肢痙性麻痺が認められ、同日九州厚生年金病院に入院したこと、原告ら主張の日から五実に意識障害、水平性眼振が認められるようになったことは認め、原告ら主張の日に右下肢痛を訴え、右足を跛行させるようになったこと、原告ら主張の日から上肢に弛緩性麻痺が現われたことは否認する。

② (二)ないし(四)の事実は認める。

(3) 同3の因果関係は否認する。その詳細は、前記二、3の「被告の主張」(4)のうち①に述べたとおりである。

(4) 同4の被告の責任はすべて争う。

(5) 同5は不知。

(二) 各論二(大熊宣祐)

(1) 各論二、1の事実のうち、接種根拠が旧法五条であることは争い、その余の事実は認める。

(2) 同二、2について

① (一)のうち、宣祐が本件予防接種を受けるまで健康であったことは認め、原告ら主張の日に発熱したことは不知。

② (二)のうち、昭和三八年五月六日に宣祐の意識が不明瞭となったことは認め、同月五日ころに足のしびれを来たしたことは不知。

③ (三)のうち、原告ら主張の日に宣祐が死亡したことは認める。

(3) 同3は認める。

(4) 同4の被告の責任はすべて争う。

(5) 同5は不知。

(三) 各論三(古賀宏和)

(1) 各論三、1の事実のうち、実施者が大和町長であること、強制・勧奨の別として、強制であることは否認し、接種根拠が旧法五条である旨の主張は争い、その余の事実は認める。

なお、前記のとおり、本件予防接種は、旧法九条の接種若しくは同条の要件を満たさない任意接種であり、従って、山門郡大和町自体が実施者(実施主体)となって実施された強制若しくは任意の接種である。

(2) 各論三、2の事実はすべて認める。

(3) 同3は認める。

(4) 同4の被告の責任はすべて争う。

(5) 同5は不知。

(四) 各論四(矢富亜希子)

(1) 各論四、1の事実のうち、接種年齢は不知、その余の事実は認める。

(2) 同四、2について

① (一)のうち、亜希子が出生後順調に生育したことは認める。

② (二)のうち、原告ら主張の日より、亜希子は機嫌が悪く、高熱、吐気があり、咳嗽を伴っていたことは認める。

③ (三)のうち、亜希子が本件予防接種後七日ないし一〇日目ころの夜にけいれん発作を起こしたことは否認する。

なお、亜希子に最初のけいれん発作が出現したのは接種後八〇日目である。

④ (四)のうち、原告ら主張の日に亜希子が死亡したことは認める。

(3) 同3の因果関係は否認する。その詳細は前記二、3の「被告の主張」(4)のうち②に述べたとおりである。

(4) 同4の被告の責任はすべて争う。

(5) 同5は不知。

(五) 各論五(山科美佐江)

(1) 各論五、1の事実は認める。

(2) 同五、2について

① (一)のうち、原告ら主張の日時に、美佐江が本件予防接種を受けたことは認める。

② (二)の事実は不知。

③ (三)のうち、原告ら主張の日に美佐江が急に苦しみ出して救急車で豊福医院に運ばれたが、同日死亡したことは認める。

(3) 同3の因果関係は否認する。その詳細は前記二、3の「被告の主張」(4)のうち③に述べたとおりである。

(4) 同4の被告の責任はすべて争う。

(5) 同5は不知。

(六) 各論六(坂井和也)

(1) 各論六、1の事実のうち、実施者が福岡市長であること、強制・勧奨の別として、強制であることは否認し、接種根拠が旧法五条であることは争う。その余の事実は認める。

なお、前記のとおり、本件予防接種は大山小児科医院医師大山幸徳個人が実施者であり、従って、強制及び勧奨のいずれにも該当しない任意接種で、その接種の根拠法条は旧法六条の二である。

(2) 同六、2について

① (一)のうち、和也が昭和三九年三月一一日の予防接種当時、咽頭発赤等により、大山医院で加療中であったことは認める。

② (二)のうち、原告ら主張の日に、和也が大山医院で急性扁桃腺炎の診断のもとに治療を受け、同日本件予防接種を受けたことは認め、和也が同日けいれんを起こし、顔や手足が紫色になったことは否認する。

③ (三)のうち、原告ら主張の日に和也が大山医院に入院したことは認める。

④ (四)のうち、現在、和也に精神発達遅滞があることは認める。

(3) 同3の因果関係は否認する。その詳細は前記二、3の「被告の主張」(4)のうち④に述べたとおりである。

(4) 同4の被告の責任はすべて争う。

(5) 同5の(一)のうち、現在精神発達遅滞があることは認め、その余は不知。(二)は不知。

(七) 各論七(新須玲子)

(1) 各論七、1の事実のうち、接種年齢は不知、その余の事実は認める。

(2) 同七、2について

① (一)のうち、原告ら主張の日に玲子が本件予防接種を受け、同日けいれんを起こしたことは認める。

② (二)のうち、原告ら主張の日に玲子が三瀬医院を受診し、その際、玲子の体温が三七度七分でけいれんも鎮静していたことは認める。

③ (三)のうち、玲子が昭和四九年九月一三日に二回目のけいれんを起こしたことは否認する。

なお、玲子が二回目のけいれん発作を起こしたのは、本件予防接種をしてから二か月後であり、さらに、四か月後に頻回のけいれん発作が起こったものである。

④ (四)のうち、昭和五一年二月に発作が起こり、以後約一週間から一〇日の割でけいれん発作が続いたことは認める。

(3) 同3の因果関係は否認する。その詳細は前記二、3の「被告の主張」(4)のうち⑤に述べたとおりである。

(4) 同4の被告の責任はすべて争う。

(5) 同5は不知。

(八) 各論八(吉田達哉)

(1) 各論八、1の事実は認める。

(2) 同八、2について

① (一)のうち、達哉が出生時多少難産であったことは認める。

② (二)は不知。

③ (三)のうち、現在、達哉に左下肢弛緩性麻痺による運動機能障害があることは認める。

(3) 同3は認める。

(4) 同4の被告の責任はすべて争う。

(5) 同5の(一)のうち、現在左下肢弛緩性麻痺による運動機能障害があることは認め、その余は不知。(二)は不知。

(九) 各論九(山村誠)

(1) 各論九、1の事実は認める。

(2) 同九、2について

① (一)のうち、原告ら主張の日時に誠が本件予防接種を受け、同日けいれんを起こしたことは認める。

② (二)のうち、原告ら主張の日に誠が梅野医院で治療を受けたが、右けいれんが治まらなかったこと、原告ら主張の日時に九大病院へ転院したことは認める。

③ (三)のうち、引き続き、誠には全身けいれん、チアノーゼ、呼吸不全がみられたが、約一五分後にはけいれんが止ったことは認める。

④ (四)のうち、原告ら主張の日に誠がけいれんを起こし、九大病院を受診したこと、右けいれんが約一時間続いたこと、誠の現在の症状として知能障害、左片麻痺が存することは認める。

(3) 同3の因果関係は否認する。その詳細は、前記二、3の「被告の主張」(4)のうち⑥に述べたとおりである。

(4) 同4の被告の責任はすべて争う。

(5) 同5の(一)のうち、現在知能障害と左片麻痺があることは認め、その余は不知。(二)は不知。

三  仮定抗弁

1  違法性阻却事由若しくは被告の責に帰すべからざる事由の存在

本件各予防接種は、もともと合法的で、原告ら主張のような過失が存在しないことは、既に述べたとおりであるが、仮に右予防接種の全部又は一部の実施、及びこれによる副反応の発生につき過失が認められる余地があるとしても、違法性が阻却されるべきである。すなわち、本件各予防接種の実施は、当時適法に効力を有していた法令及び法令に準拠する通達に基づいてなされた行為であり、当時において社会的にも相当な行為として是認されていたものであるから、正当な職務行為としてその行為の違法性は阻却される(刑法三五条参照)。そして、右違法性阻却事由は、債務不履行責任を問題とする場面においては、債務者の責に帰すべからざる事由に当たることになる。

2  時効

本件予防接種につき、被告に責任のないことは、既述のとおりであるが、仮に然らずとしても、以下のとおり消滅時効が完成しているから、被告はこれを援用する。

(一) 国賠法上の責任及び不法行為責任(三年の消滅時効)について

(1) 原告らは、それぞれ本件各予防接種により本件事故が発生したと主張するが、仮に、本件事故が原告ら主張の予防接種によるとすれば、事故は右各予防接種後遅くとも約一月位の間に発生した(死亡者については死亡日)と考えられ、原告らは、そのころまでに本件事故を知ったのであるから、そのころまでに損害及び加害者を知ったというべきである。

従って、原告らのうち、次表記載の被接種者に係る原告らは、遅くとも同表「症状固定日」欄記載の日までには、本件予防接種による損害及び加害者を知ったというべきである。しかして、当該原告らについては、そのころから本件訴え提起に至るまで既に三年以上の期間を経過しているから、民法七二四条前段の消滅時効が満了しており、被告はこれを援用する。

原告番号

被接種者

大熊宣祐

古賀宏和

矢富亜希子

坂井和也

吉田達哉

山村誠

原告

本人

本人

本人

勝宣

光枝

和代

寛次

富士子

和也

哲也

貞子

達哉

誠剛

恵子

照子

症状固定日

死亡

死亡

死亡

診断

廃疾

診断

三八・五・一〇

四九・三・二八

四六・六・二二

四五・一二・八

四三・一一・一八

五〇・一〇・六

訴えの提起

五四・一・二〇

五七・二・二三

(2) 然らずとしても、次表の原告らは、同表記載の日に予防接種事故に対する行政救済措置に基づく給付申請書を作成して、これを当該市町村長等に提出したが、同申請書には当該予防接種の種別、実施年月日、実施者、実施場所等を記載し、これに当該予防接種済証、医師の作成した書面、都道府県の作成した調査表等を添えて提出するものとされているから、当該原告らは、遅くとも右申請書作成日(但し、申請書の作成日が不明のものは、当該月の末日)までには、民法七二四条前段に規定する損害および加害者を知るに至ったというべきである。

従って、当該原告らについては、その日から訴提起に至るまで既に三年以上の期間を経過しているから、民法七二四条前段の消滅時効期間が満了しているので、被告はこれを援用する。

原告番号

被接種者

大熊宣祐

古賀宏和

矢富亜希子

坂井和也

吉田達哉

原告

本人

本人

勝宣

光枝

和代

寛次

富士子

和也

哲也

貞子

達哉

誠剛

恵子

申請書作成日

四五・一一(日不詳)

四九・一一・一二

四五・一一・一五

四五・一一・三〇

四七・一〇・一七

訴えの提起

五四・一・二〇

(3) さらに、然らずとしても、次表の被接種者に係る原告らについては、右(2)記載の給付申請に対し、当該予防接種と死亡ないし後遺症との間に因果関係が認められることを前提として行政救済の支給通知を受けているのであるから、そのころには損害及び加害者を知ったものというべきである。

従って、同原告らが右通知を受けた日(各原告らへの通知書送達日が必ずしも明らかでないが、予防接種事故調査会の認定意見の通知の日から遅くとも二か月以内には支給通知を受けたであろうと推定される。)から、本件訴え提起に至るまで既に三年以上の期間が経過しているので、民法七二四条前段の消滅時効期間が満了しており、被告はこれを援用する。

原告番号

被接種者

大熊宣祐

古賀宏和

吉田達哉

原告

本人

勝宣

光枝

和代

達哉

誠剛

恵子

推定送達日

四七・二・一一

五〇・九・七

四八・四・一〇

事故審査会認定日

四六・一二・一一

五〇・七・七

四八・二・一〇

訴え提起

五四・一・二〇

(二) 債務不履行責任について

原告らは、それぞれ本件各予防接種により本件事故が発生したと主張するが、仮に本件事故が原告ら主張の予防接種によるとすれば、事故は右各予防接種後遅くとも約一月位の間に発生した(死亡者については死亡日)と考えられ、原告らは、そのころから本件事故につき、「権利ヲ行使スルコトヲ得ル」(民法一六六条一項)に至ったものというべきである。

従って、次表の原告らについては、それぞれそのころから訴え提起に至るまで既に一〇年以上の期間を経過しているから、民法一六七条の規定による消滅時効の期間が満了しているので、これを援用する。

原告番号

被接種者

大熊宣祐

吉田達哉

原告

本人

勝宣

光枝

達哉

誠剛

恵子

症状固定日

死亡

廃疾

三八・五・一〇

四三・一一・一八

訴えの提起

五四・一・二〇

(三) 損失補償責任について

なお、仮に原告らに損失補償の請求が認められるときは、右の損失補償の請求に関しては、損失補償も損害賠償もその性格及び要件効果は異なっても、ともに原因行為のいかんにかかわらず発生した損害の填補を目的とするものであるから、損失補償の場合にも不法行為の時効の規定(民法七二四条)が準用ないしは類推適用されるべきであり、あるいは、少なくとも一般の債権等の消滅時効の規定(民法一六七条)が準用ないしは類推適用されるべきである。よって、被告は、原告らの損失補償の請求についても、右の消滅時効を援用する。

3  損益相殺等

原告らが、当該予防接種事故に関し、予防接種事故に対する行政措置及び予防接種法による救済制度等に基づいて、昭和六二年一一月一日現在までに被告から受けた給付は、別紙Ⅳ表(四)「予防接種健康被害に係る給付額一覧表」、別紙Ⅳ表(六)「将来給付額の現価及び給付済額一覧表」の「既給付額」欄記載のとおりである。

万一、原告らの本件請求が何らかの形で認められる場合には、右各給付を受けた金員は、損益相殺、重複填補又は実質上の一部弁済として、当該原告らの損害額から控除されるべきである。

4  予防接種法に基づく給付と本件請求との調整

(一) 仮に本件請求が一部でも認容される場合には、予防接種法に基づく給付との調整に十分な配慮が払われなければならない。

すなわち、本件請求が一部でも認容される場合には、予防接種法等に基づく給付金のうち、口頭弁論終結時までに支払われた分が控除されるべきは当然であるが、それ以外の将来給付をどのように取り扱うべきかは大きな問題である。法的救済制度の存在、内容が少なくとも慰謝料算定の事由として重視されるのは当然であろうが、それだけではなく、原告ら主張の逸失利益や介護費は、正に救済制度における障害年金や障害児養育年金等の給付と実質的に対応し、重なり合うものであり、後者を無視して前者の損害、損失を算定することはできない。仮に将来の給付分を未払だからといって無視し、賠償、補償金から控除しない(いわゆる非控除説)とすれば、将来分の損害、損失はその限度で填補されることになるから、現行救済制度の給付を将来にわたって継続させる実質的根拠は失われることになる。しかし、前記のとおり、対象の性質に適合し、その額も決して低いとはいえず、今後のインフレ等にも対応可能な定期金方式に立脚する補償制度が現に有効に機能しているときに、かえって、その基礎を掘り崩しかねないような非控除説に基づいて損害、損失を算定すること、正に本末転倒といわなければならない。むしろ、現行の救済制度が法的な裏付けをもち、その履行が確実であること等を考慮すれば、将来給付分もまた現在額に換算したうえで賠償額から控除する(控除説)のが相当である。

ちなみに、各原告らが受ける将来給付分は別紙Ⅳ表(五)記載のとおりであるが、各原告らについて右の観点から控除すべき額を試算すると別紙Ⅳ表(六)「将来給付額の現価及び給付済額一覧表」中各該当欄記載額のとおりである。なお、別紙Ⅳ(六)記載の将来給付額の現価の算定は、年金額(年額)に当該原告らの平均余命年数に対応するホフマン計数(年別)を乗じて計算した。

(二) 若し、右控除が認められない場合は、障害児養育年金及び障害年金相当額について、右年金所定の給付履行時期(現行では四半期ごとに経過三か月分をまとめて支給する。)まで、労災保険法六七条一項一号の趣旨を類推し、その限度で履行の猶予がなされるべきであるから、被告は本訴で右履行の猶予を主張する。

5  損害額算定に当たり考慮されるべき減額事由

損害賠償制度が損害の公平な分担に根ざす以上、損害額算定に当たっては、次に述べる事情が減額事由として十分考慮されるべきである。

(一) 予防接種制度は、公衆衛生の向上及び増進に寄与することを目的とし、社会防衛及び集団防衛の見地から行われるものであり、被告は、伝染病の発生及びまん延から国民の健康を守るため、国の施策として予防接種をせざるを得ないが、予防接種は医療行為又はこれに類するものとしての性格を有するうえ、本件各予防接種は、いずれも適法に制定された法令に基づいて行われた正当な職務行為であることから判断すれば、本来的に合法であって、それ自体として違法の問題が生じないこと、既に述べたとおりである。仮に、違法の問題が生じる余地があるとしても、広範な裁量に基づく国の施策が、結果として違法と評価されるにすぎないから、その程度は軽微なものというべきであり、そのことは損害額の算定に当たっても反映されて然るべきである。

(二) 次に、本件においては、後述のとおり、被接種児に本件予防接種事故の発生ないしは損害の拡大に寄与した身体症状があったから、この点は因果関係の割合的認定の法理、又は過失相殺、若しくはその制度の基礎にある損害額の公平分担の法理により、損害額の算定に際して十分考慮されるべきである。ちなみに、民法七二二条所定の被害者の過失とは、裁判所が賠償額を決める際に公平の見地から斟酌するか否かの判断の対象となるもの、言い換えると賠償額を公平に調整する根拠となり得るものであればよいから、過失の原義にとらわれることなく、目的的に考えて、社会通念上損害の発生ないし拡大に寄与したと評価される限り、被害者の行為のみならず、その身体症状をも含むと解するのが相当である。

これを本件被接種児らについていえば、被告が前記第二、二、3の被告の主張(4)において、各原告ごとに個別的に主張した事情がこれに当たる。なお、被告が因果関係を争っていない各原告についても、損害の発生ないしは拡大に寄与した身体症状が認められる限り、これを損害額の算定に際し、考慮すべきは当然である。

(三) 被害児番号5の亡山科美佐江は本件予防接種後に発病して死亡したが、剖検の結果、同女は重篤な悪性リンパ腫に罹患していたことが明らかとなった。右悪性リンパ腫は予後が悪く、右美佐江は、本件接種を受けなかったとしても、右悪性リンパ腫のために早ければ六か月、遅くても約一年後には死の転帰を迎えていたであろうことが、殆ど確実に推認される。従って、右美佐江につき逸失利益を算定するに当たっては、その生存期間は当然、右期間によるべきであって、平均余命によるのは相当でない。

四  仮定抗弁に対する原告らの認否及び反論

1  仮定抗弁1の主張は争う。

(原告らの主張)

(一) 予防接種被害は、国が積極的に生命、身体を害する行為を行っている場面であり、このようなことが憲法上許容されるとは到底考えられない。予防接種法が予定する人体に対する侵襲の程度は、注射自体又は注射による発赤、倦怠感、微熱等であり、免疫獲得のために最小限必要な侵襲に限られる。仮に被告が主張するように予防接種法が生命ないしは重篤な健康被害を是認しているとすれば、予防接種法は違憲の法律である。また、法二条の定義では、接種はあくまで疾病に対して免疫の効果を得させるためであり、接種によって免疫の効果どころか、疾病にかかったよりも重い症状になること等、同法が是認していないことは明らかである。

(二) 被告の主張は、ある行為の一局面をとらえれば合法であっても、他の局面をとらえれば違法であるという違法性の相対性を理解しないところに根本の問題がある。行政法固有の問題として、行政庁の権限行使そのものの合法、違法を論ずる場面と、損害の公平な分担を理念とする現代の損害賠償制度のもとで賠償責任の有無を判断する場面とで、違法性の判断に違いが生ずることは当然のことであって、被告が予防接種法に基づく行為だから合法だと主張している点は、行政法的局面については妥当する場面があるかもしれないが、特定の被害者に対する損害賠償の局面では到底通用しない。

2(一)  仮定抗弁2(一)は争う。

(原告らの主張)

(1) 民法七二四条が、損害及び加害者を知ったときをもって起算点としたのは、不法行為に基づく損害賠償請求においては、被害者が損害の発生や賠償請求の相手方を知らない場合があり、このような場合には被害者が損害賠償請求権を行使することは事実上不可能であるため、この間消滅時効を進行させないこととし、被害者の利益保護を図ろうとしているのである。従って、被害者が不法行為に基づく損害賠償請求権を現実に行使するためには、単に損害の発生を知ったのみでは足りず、さらに加害行為が違法なものであること、及び発生した損害と加害行為との間に相当因果関係があることを認識することが必要である。しかも、この認識は、それが権利行使を可能ならしめるものである以上、具体的な資料に基づくものであり、立証可能な程度のものでなければならない。

本件の場合には、そもそも国が予防接種事故を秘匿してきたため、因果関係や過失を推認させるべき事実は、すべて被告の掌中にあって原告らに開示されておらず、原告らには長い間、賠償義務者が被告であることを認識するに足る資料が与えられなかった。従って、原告らが予防接種事故につき加害行為の違法性、有責性、及び加害行為と損害との因果関係を具体的資料に基づいて認識しうる状態になった時期は、原告それぞれが本件訴訟の提起に及んだ時と解すべきである。なぜなら、因果関係については被告の行政救済措置に基づく認定がなされた時初めて、原告らは具体的資料に基づいて、その認識を得たのであるし、違法性、有責性については、訴訟の準備段階において、原告代理人から具体的資料に基づいてその説明を受けて初めて、被告の行為が違法かつ有責であり、損害賠償請求が可能であることを認識し得たものだからである。右のとおり、民法七二四条前段の「知りたる」という要件のすべてを充たした時期は、原告らそれぞれが本件訴訟を提起した時期又はその直前であって、三年の時効はその時から進行すると解すべきである。

(2) ことに、被告は、原告らの死亡、あるいは診断、廃疾等の症状固定日、又は予防接種事故に対する行政救済措置に基づく給付申請書作成の日を消滅時効の起算点であると主張するが、いずれも予防接種と死亡又は後遺障害との因果関係についてさえ明瞭でない時点であって、その誤りは一層明白といわねばならない。また、被告は、原告らが行政救済の支払通知を受けたときも消滅時効の起算点として主張しているところ、昭和四五年七月三一日閣議了解に基づく行政救済措置は、「予防接種を受けた者のうちには、実施に当たり過失がない場合において極めてまれであるが、重篤な副反応が生じる例がみられ、国賠法又は民法により救済されない場合があるので、これらについて救済制度を設け」るべく(措置運営要領第一『趣旨』参照)、緊急にとられた措置であって、予防接種に際しての被告の行為の違法性、過失を問題としていないことは明らかである。被告の主張によると、右救済措置は、国賠法や民法に基づく被害者の請求を一律に時効によって切り捨てる制度的役割を担うことになり、その制度の趣旨に反することになる。

(二)  同2(二)は争う。

(三)  同2(三)は争う。

3  同3のうち、原告番号二の一、二大熊勝宣、大熊光枝が被告主張のとおり既給付額を受領していることは認める。

4  同4は争う。

5  同5は争う。但し、被害児番号5の亡山科美佐江が剖検の結果、悪性リンパ腫に罹患していたことは認める。

五  再抗弁

時効援用の権利濫用性(仮定抗弁2に対する再抗弁)

仮に、被告主張の消滅時効の起算点が認められるとしても、集団防衛を目的に強制的に接種し、重大な被害を発生させたうえ、被害の実相を社会的に明らかにせず、資料等を秘匿して長い間被害者がその責任を追求する手だてを見い出せない状態に放置した被告が、時効を援用することは権利の濫用であり、許されない。すなわち、審理の中で明らかになったとおり、被告は、予防接種の危険性を十分認識しながら、被害発生について最低限の防止措置すらとらずに、国民に強制又は勧奨して接種し、重篤で悲惨な被害が多発したにもかかわらず、長年にわたって被害の実態を社会的に明らかにせず、かつ被害者を放置してきた。被害者たちは、長い間重篤な被害児を抱え、貧困とたたかい、社会の差別に耐え、文字どおり地獄のような辛酸の日々を過ごしてきた。そして、ようやく近年、一部の被害者の告発や世論の批判によって社会問題となり、ことの本質や責任の所在が社会的に明らかになったにもかかわらず、なおもその法的責任を認めず、賠償に応じない被告に対し司法的救済を求めたのが本件訴訟である。本件において、被告の主張する時効は、仮に形式的にその要件を充たしているとしても、それを援用することは、時効制度の趣旨からあまりにも逸脱しており、法の理念たる正義と公平に反し、権利の濫用として許されない。以下この点につきさらに詳述する。

1  時効制度の目的(存在理由)には主として次のような考え方がある。すなわち、(一)永続した事実関係を維持することが、社会の法律関係の安定のために必要であるということ、(二)「権利の上に眠る者は保護しない」ということ、(三)過去の事実の立証が困難であり、かつ永続した権利行使又は不行使の状態が存在する場合は、権利の存在、消滅の蓋然性が大きいから、これをもって正当な法律関係とすることの三つの見解であり、時効制度の存在理由を右のいずれと解しても、本件において被告がそれを援用して時効制度の保護を受ける合理性はない。

まず、時効制度の存在理由を右(一)のように解した場合、本件がこれに該当しないことは多言を要しない。この考え方は永続した事実関係を信頼して取引関係に立った者を保護することに主眼を置くが、沿革的にみれば、他に取引の安全を保護する有効な制度がなかった時代において、主として取得時効において意味があり、消滅時効では殆ど意味を持たない。国がある被害者から長い間損害賠償請求訴訟を起こされなかったからといって、その状態を維持しなければ、社会の安定が害されるというような状況は全くない。まして、被害は、接種を受けた時の一時的なものではなく、その時から現在まで継続して存在しているのであり、しかも、その間次々と同種被害が発生し続けており、それは、被告において十分知っていた。被告に損害賠償を命じることによって、社会の法的安定が害されることはない。

次に右(二)の見解によっても、本件にこれが該当しないことは明白である。「権利の上に眠る者は保護に値しない」という考えは、権利の存在が明確に認識しうる状況下で、しかもその行使が可能であることが前提とされる。何人も本件の被害者たちに「権利の上に眠っていた」という非難を浴びせることはできないし、そのために不利益に取り扱う理由を持ち得ない。

最後に右(三)の見解は、「権利の不行使の状態が長年継続したという事実は、すでに弁済された蓋然性が高い」ことを理由に、弁済の立証の困難さから債務者を解放することが消滅時効の目的であるとする考え方である。援用の制度は、この考え方に立って、時効の効果を一律に認めることからくる不合理を、是正させるためのものである。この考え方からすれば、消滅時効を援用する正当性をもつ者は、過去において債務を弁済した者、時間の経過のゆえに弁済したことについて有効な立証方法を有しない者に限られることになる。本件において、被告が過去において、原告らに対する損害賠償債務を弁済していないことは明らかであり、被告自身も認めている。また、その性質上時間の経過によって弁済したか否かが立証困難になる類の債務ではない。従って、時効制度の存在理由を右のように解する場合、被告が時効による保護を受ける理由は全くない。しかし、被告は時間の経過ゆえに不法行為の成否、とくに被告にとっては、不法行為の不成立、責任の不存在について立証が困難になるから消滅時効を援用する正当性があると主張するかも知れないが、予防接種は被告の施策として、被告が集団防衛を目的として国民に強制するものである。従って、ここで生じた異常事態に関しては、徹底した調査を行い、後日同じような被害の発生を極力、未然に防ぐために、それに関する資料は可能な限り収集されて然るべきである。不法行為の成否についての立証困難さは、被告が、かかる資料の収集や保存を怠ったからであり、時間の経過によるものではない。むしろ、被告は、予防接種による被害の実相を社会的に明らかにせず、資料等を秘匿して、長い間被害者がその責任を追及する手だてを見い出せない状態に放置した。時間の経過について責任を負うべきは被告自身であり、その被告自らが、時間の経過を有利に援用することは、到底許されることではない。

2  被告は、予防接種行政の最高の責任主体であって、予防接種の要否、ワクチンの安全性、接種スケジュール、禁忌事項の制定、伝染病の流行予測、被接種者の副反応追跡調査、及び同原因調査等、予防接種における安全性確保のために、必要なあらゆる措置を尽くす義務を負担しており、また、被告のみが、予防接種に関する全体的情報を知り得る立場にある。

他方、原告ら国民は、予防接種に関する知識を殆ど有せず、その情報を知り得る機会も、従来皆無であった。原告らは、被告の実施する予防接種の安全性を信頼し、何らの過失もなく一方的に本件被害を受けたものである。被告は、原告らの事故発生を容易に知り得る立場にあるから、即座に事故原因を調査し、その結果を原告らに知らしむべき義務があるというべきである。ところが、被告は、昭和四五年の閣議了解に基づく行政救済措置までの間、予防接種事故について何らの調査も行わず、予防接種に基づいて重篤な副反応が生ずることすら隠蔽してきた。

かかる被告において時効の援用権を行使することは、著しく正義に反し、権利の濫用である。

六  再抗弁に対する認否

再抗弁の主張は争う。

(被告の主張)

原告らは、本件において、被告が消滅時効を援用するのは不当であり、権利濫用として許されないと主張するが、右主張は以下に述べるとおり失当である。

1 まず、被告の消滅時効の援用が権利濫用に当たるか否かは、本来、各原告らと被告との関係で個別に判断されなけばならない。すなわち、本件訴訟は、民訴法に則って手続的にみるならば、原告ら各自の被告に対する個々の訴えが主観的に併合されているにすぎず、右の個々の訴えにおいては、もともと原告各人に対する消滅時効の援用の可否が争点になるべきものである。しかも、本件では、原告ら若しくはその家族が予防接種を受けたという点に共通性があるのみで、各被接種者の予防接種の種類、接種時期はそれぞれ異なっているうえ、接種後、被告に対して、損害賠償請求権を行使するか否か、仮に行使するとしてもその時期いかんについては、各原告ら個有の事情に左右されるべきものである。そして、この点は、予防接種事故に関する事件であるか、それ以外の事件であるかによって変わるものではない。

2 次に、権利濫用か否かの判断に当たっては、単に債権者ら(原告ら)側の事情のみならず、債務者(被告)側の事情をも合わせて、総合的に評価されなければならない。

債務者(被告)側の事情としては、被告は国民の健康を守るために伝染病予防対策を積極的に推進せねばならず、予防接種制度は社会防衛及び集団防衛の見地から不可避であって、手をこまねいているわけにはいかないこと、本件各予防接種は、いずれも適法に制定された法令に基づいて行われたこと、さらには、予防接種事故に対して、被告は、適切な救済措置として予防接種健康被害救済制度を法制化し、実施していることを考慮すべきである。

さらに、被告の消滅時効の援用が権利濫用といえるためには、被告において原告らの損害賠償請求を積極的に妨げた等の事実がなければならない、というべきである。現に、消滅時効の援用が信義則違反ないしは権利濫用とされた裁判例の中には、この点を考慮するものがある。(広島高裁昭和四六年一一月二二日判決・判例時報六五六号六五頁、岡山地裁昭和四七年一月二八日判決・判例時報六六五号八四頁では、いずれも、債務者が債権者の権利行使を妨げたという事情が重視されている。)

これを本件についてみるに、被告において、明白かつ積極的な欺罔行為をもって、あるいはそれに類する方法によって原告らの損害賠償請求権の行使を妨げたという事情はもちろんのこと、その他の方法によっても原告らの権利行使を妨げたことは一切ない。

3 もっとも、本件予防接種事故による副反応が深刻なものであることは、被告としてもあえて争うものではない。

しかしながら、右副反応の状況は、損害賠償額の算定に当たり考慮されるべきものであり、原告らに損害がある以上、被告に対し、賠償請求権を行使するか否か、いつ行使するかはすべて原告らの自由に任されているものであって、この点は、他の一般債権と何ら異なるものではない。(例えば、故意による殺人行為は、行為及び結果の違法性が強いが、その結果発生した損害賠償請求権についても消滅時効は完成するのであり、何人も、右請求権自体の性格から時効の援用を権利濫用とはいわないであろう。)そして、原告らが一定の期間(時効期間)にわたって右権利を行使しない以上、それは権利の上に眠ったものと評価されるのであり、そこでは、もはや副反応の状況、程度という損害賠償請求権の発生の際の判断要素を考慮する必要はない。

なお、近時の下級審裁判例、なかでも公害、薬害訴訟のそれにおいては、被害の重大さのみ強調して、比較的安易に消滅時効の援用を権利濫用とする例があるが、かかる態度には疑問がある。

4 以上からも明らかなとおり、本件において、被告が消滅時効を援用することは、何ら不当とはいえず、権利濫用には当たらない。

第三  証拠<省略>

理由

第一事実認定に供した書証の成立等について

別紙Ⅵ記載のとおりである。

第二当事者(請求原因1)について

一請求原因1(一)のうち、原告らが原告各論一ないし九の各1「当事者、予防接種等の概要」の(二)及び(三)記載(但し、原告各論一記載の実施者、同二記載の接種根拠、同三、同六記載の各実施者、強制・勧奨の別、接種根拠を除く。)のとおり、本件各予防接種を受けた被接種者(本件各被害児)、及びその父母であること、同(二)の事実については、いずれも当事者間に争いがない。

二そこで、原告各論一記載の実施者、同二記載の接種根拠、同三、同六記載の各実施者及び接種根拠につき検討する。

1  原告各論一 前田五実について

前記争いのない事実、<証拠>及び弁論の全趣旨を総合すると、実施者は北九州市長であることが認められる。

2  同二 大熊宣祐について

前記争いのない事実、<証拠>及び弁論の全趣旨を総合すると、接種の根拠は旧法六条であることが認められる。

3  同三 古賀宏和について

前記争いのない事実によれば、亡古賀宏和(以下「宏和」という。)は、昭和四九年三月一九日に本件予防接種(種痘第一期)を受けており、宏和の年齢は右接種当時、二歳一か月を超えていることが認められる。

右事実及び<証拠>によれば宏和が本件予防接種を受けた当時、種痘第一期の定期接種については、生後六か月から二四か月以内とされており、宏和の本件予防接種は右期間を一か月弱過ぎてなされ、旧法九条では、疾病その他事故の場合、事故消滅後一か月以内に接種を受けなければならない旨定められていたことが認められるところ、被告は本件接種が旧法九条の接種若しくは同条の要件を満たさない任意接種である旨主張するので検討する。

<証拠>によれば、同原告らは、本件予防接種について、山門郡大和町役場から接種場所及び日時の通知が来て初めて知ったものであり、その日時、場所で集団にて本件接種を受けたことが認められ、被告主張のような旧法九条による疾病その他の事故があったと認めるに足りる証拠はない。

そして、<証拠>によれば、実際上、三種混合ワクチンは定められた月齢幅の間(生後三~六か月)に行うことが不可能に近く、各市町村とも一二か月ころまでに実施している状態であるが、種痘については、かなり神経質に二四か月以後の接種をためらうところが多く、ワクチンの種類によって差が生じているとされており、前記のとおり、本件においては、右原告らが大和町役場の通知によって本件接種の日時及び場所を知り、それに従って本件接種を集団で受けたことからすると、同役場の事情により通知及び実施が遅れたものと推認することができ、同役場は本件接種を定期接種として実施したものと認めるべく、本件接種は旧法五条によって実施されたと解するのが相当である。従って、右のような事実を合せ考えると、本件接種が任意接種であるとの被告の主張も採用できない。

4  同六 坂井和也について

前記争いのない事実、<証拠>及び弁論の全趣旨を総合すると、本件接種の実施場所は福岡市南区大橋大山小児科医院、実施者は医師大山幸徳、接種根拠は旧法六条の二であることが認められる。

第三事故の発生(請求原因2)について

一1  原告各論一(前田五実)関係

原告各論一、2、(一)の事実のうち、原告ら主張の日に、五実に両下肢痙性麻痺が認められ、五実が同日九州厚生年金病院に入院したこと、原告ら主張の日から五実に意識障害、水平性眼振が認められるようになったこと、及び、同一、2、(二)ないし(四)の事実については、当事者間に争いがなく、その余の事実は、<証拠>及び弁論の全趣旨により、これを認めることができる。

なお、<証拠>によれば、昭和五〇年一月二三日ころ、五実が右下肢痛及び軽度の歩行障害を訴えた旨、また、<証拠>によれば、入院一二日後(従って、昭和五〇年二月一七日ころ)に上肢に弛緩性麻痺が出現した旨の各記載があるが、いずれも、前掲各証拠に照らし、にわかに措信できない。

2  原告各論二(大熊宣祐)関係

原告各論二、2、(一)の事実のうち、宣祐が本件予防接種を受けるまで健康であったこと、同二、2、(二)の事実のうち、昭和三八年五月六日に宣祐の意識が不明瞭となったこと、同二、2、(三)の事実のうち、原告ら主張の日に宣祐が死亡したことについては、当事者間に争いがなく、その余の事実は、<証拠>及び弁論の全趣旨により、これを認めることができる。

3  原告各論三(古賀宏和)関係

原告各論三、2の事実については、当事者間に争いがない。

4  原告各論四(矢富亜希子)関係

原告各論四、2、(一)の事実のうち、亜希子が出生後順調に成育したこと、同四、2、(二)の事実のうち、原告ら主張の日より、亜希子が機嫌が悪く、高熱、吐気があり、咳嗽を伴っていたこと、同四、2、(四)の事実のうち、原告ら主張の日に亜希子が死亡したことについては、当事者間に争いがなく、その余の事実は、<証拠>及び弁論の全趣旨により、これを認めることができる。

なお、亜希子の最初のけいれん発作が本件予防接種後七日ないし一〇日目ころであることについては、後記第四、四、(2)、(二)のとおりである。

5  原告各論五(山科美佐江)関係

原告各論五、2、(一)の事実のうち、原告ら主張の日時に美佐江が本件予防接種を受けたこと、同五、2、(三)の事実のうち、原告ら主張の日に美佐江が急に苦しみ出して救急車で豊福病院に運ばれたが、同日死亡したことについては、当事者間に争いがなく、その余の事実は、<証拠>により、これを認めることができる。

6  原告各論六(坂井和也)関係

原告各論六、2、(一)の事実のうち、和也が昭和三九年三月の予防接種当時、咽頭発赤等により、大山医院で加療中であったこと、同六、2、(二)の事実のうち、原告ら主張の日に、和也が大山病院で急性扁桃腺炎の診断のもとに治療を受け、同日本件予防接種を受けたこと、同六、2、(三)の事実のうち、原告ら主張の日に和也が大山病院に入院したこと、同六、2、(四)の事実のうち、現在、和也に精神発達遅滞があることについては、当事者間に争いがなく、その余の事実は、<証拠>及び弁論の全趣旨により、これを認めることができる。

7  原告各論七(新須玲子)関係

原告各論七、2、(一)の事実のうち、原告ら主張の日に玲子が本件予防接種を受け、同日けいれんを起こしたこと、同七、2、(二)の事実のうち、原告ら主張の日に玲子が三瀬医院を受診し、その際、玲子の体温が三七度七分であり、けいれんも鎮静していたこと、同七、2、(四)の事実のうち、昭和五一年二月に発作が起こり、以後一週間から一〇日の割でけいれん発作が続いたことについては、当事者間に争いがなく、その余の事実は、<証拠>及び弁論の全趣旨により、これを認めることができる。

8  原告各論八(吉田達哉)関係

原告各論八、2、(一)のうち、達哉が出生時多少難産であったこと、同八、2、(三)のうち、現在達哉に左下肢弛緩性麻痺による運動機能障害があることについては、当事者間に争いがなく、その余の事実は、<証拠>及び弁論の全趣旨により、これを認めることができる。

9  原告各論九(山村誠)関係

原告各論九、2、(一)の事実のうち、原告ら主張の日時に誠が本件予防接種を受け、同日けいれんを起こしたこと、同九、2、(二)の事実のうち、原告ら主張の日に誠が梅野医院で治療を受けたが、右けいれんが治まらなかったこと、原告ら主張の日時に九大病院へ転院したこと、同九、2、(三)の事実のうち、引き続き誠に全身けいれん、チアノーゼ、呼吸不全がみられたが、約一五分後にけいれんが止まったこと、同九、2、(四)の事実のうち、原告ら主張の日に誠がけいれんを起こし、九大病院を受診したこと、右けいれんが約一時間続いたこと、誠の現在の症状として、知能障害、左片麻痺が存することについては、当事者間に争いがなく、その余の事実は、<証拠>及び弁論の全趣旨により、これを認めることができる。

なお、<証拠>によれば、誠には、昭和四八年五月九日午前三時四〇分に口角のけいれんがあり、約一五分後に全身のけいれんとなった旨、及び<証拠>によれば、同日全身けいれんが約一時間持続した旨それぞれ記載されており、誠の二回目のけいれんが、同日起こった趣旨に記載されているが、これらはいずれも原告照子の供述に基づいて記録されているところ、<証拠>及び弁論の全趣旨によれば、同原告が月を間違って供述しているものと認められ、<証拠>の右記載部分は右他の証拠に照らし、にわかに措信できない。

第四因果関係について

一本件被害児のうち、次の三名については、本件各事故が本件各予防接種に起因することについて、当事者間に争いがない。

被害児番号2  大熊宣祐

同    3  古賀宏和

同    8  吉田達哉

被告は、右以外の本件各被害児について、前記認定の本件各事故が本件予防接種に起因することを否認しているので、以下右否認された本件各被害児につき、右因果関係の有無を判断する。

二因果関係の判断基準

原告らは、予防接種とその後に発生した一定の症状との間の因果関係(以下、単に「本件因果関係」ということがある。)を判断するに当たって、①予防接種とその後の発症とが、一定の期間内に密接していること、②予防接種がその後の発症又は重篤化に影響を与えていることが医学上実証され、又は合理的に説明しうる仮説が存在し、その仮説が一応妥当であると判断されること、の二要件を基準とすべきであり、この二要件を満たせば、被告側の反対立証がない限り本件因果関係を肯定してよい旨主張し、神経病理学の研究者である証人白木博次は、右主張の裏付けとなる内容の証言をしている。すなわち、白木証人は、予防接種とその後の症状との因果関係判断の枠組みとして、①予防接種と発症が時間的・空間的に密接していること、②他に原因となるべきものが考えられないこと、③副反応の程度が他の原因不明のものによるとみられるものよりも質量的に非常に強いこと(いわゆる「折れ曲がり」)、④右症状発生の機序が実験、病理、臨床等の観点から見て、科学的、学問的に実証性があること、の四基準ないし条件を挙げており、<証拠>によれば、平山宗宏も一般論としては、右四条件を本件因果関係判断の枠組みとすることに異論がない旨述べているところ、原告らは、右白木証人の立てた基準が、立証責任という概念のない医学者の立場から出たものであり、原告らが訴訟上立証責任を負うのは右のうち①と④であるとし、②は被告において立証責任を負うとする。

他方、被告は、本件因果関係の判断基準につき、一般的要件として、①当該予防接種から一定の期間内に発生した疾病が、それ以外の期間における発生数よりも統計上有意に高いことを示す信頼できるデータが存在すること、②当該予防接種によって、そのような疾病が発生し得ることについて、医学上合理的な根拠に基づいて説明できること、また、具体的要件として、③当該接種から発症までの期間が好発時期、あるいはそれに近接した時期と考えられる中に入ること、④少なくとも他の原因による疾病と考えるよりは、当該予防接種によるものと考える方が妥当性があること、を挙げている。

ところで、一般的に訴訟上の因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らして全証拠を総合検討し、特定の事実と特定の結果との間に高度の蓋然性を証明することであり、その判定は通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ち得るものであることを必要とし、かつ、それで足りる(最高裁判所昭和五〇年一〇月二四日第二小法廷判決・民集二九巻九号一四一七頁参照)と解される。

これを本件についてみると、本件因果関係の判定は、疾患の発症機序が純医学的に証明される場合、疑念の余地なく完全になし得るが、必ずしもそのような証明を要するものではなく、訴訟にあらわれた全証拠を総合判断して、経験則上、本件各予防接種と右疾患の発症との間に、原因・結果の高度の蓋然性のあることが証明されることで足りるものであり、右蓋然性の判断は、他の発症原因存否の判断と表裏の関係にあることも考慮にいれたうえ、次の三要件を設定し、これを充足するかどうかによって決するのが相当である。

すなわち、①当該予防接種によって当該症状が発生することにつき、経験科学としての医学の立場から、理論上合理的な説明が可能であること、②当該予防接種からその発症までの期間が一定の密接した時間的範囲内にあること、③当該症状の発症について他の原因が存在しないこと、以上の三要件であり、右①の要件は、原告ら主張の要件②、被告主張の一般的要件②に、右②の要件は、原告ら主張の要件①、被告主張の具体的要件③に、右③の要件は、被告主張の具体的要件④、白木証人の挙げる要件②にそれぞれ対応するものである。

なお、右三要件の②に関し、白木証人は、時間的密接性と合せて空間的密接性を挙げているが、<証拠>及び同証人の証言によっても、右空間的密接性なるものは、当該予防接種後症状発生までの時間が、接種ワクチンによって侵襲される身体部位(脳の各部位、脊髄、末梢神経等)の違いで変化する事情に着目して立てられたものであって、被接種者の個体差、予防接種の方法の違い等と合せて、右②の時間的密接性を判定する際考慮すれば足りるものであると認められるから、あえて右②の時間的密接性のほかにこれと並ぶ要件内容とするまでのものではない。

また、右三要件の③に関し、原告らは、他の原因の存在が被告の立証責任に属する旨主張するけれども、前記のように、他原因の存否の判断は本件因果関係の蓋然性の判断と表裏の関係にあるのであるから、右因果関係の蓋然性について立証責任を負担する原告らが他原因の不存在についても立証責任を負うといわざるを得ない。しかし、原告らに他原因の不存在についての立証責任があるといっても、右他原因問題の性質上、その他原因なるものは、当該症状の発生原因となったものすべてを指すのではなく、それだけで当該症状を発生させたものに限られるというべきであるから、他原因の不存在については、当該被接種児の従前の成育状態、健康状態、近親者の病歴を含む健康状態、当該予防接種後発症までの経緯、症状の内容等を明らかにすることで、事実上の推定を受けることも少なくないというべく、原告らの立証は、比較的容易になし得るものと考えられる。反面、被告の反証も、それだけで当該症状を発生させる特定の原因を挙げることなく、例えば、右他原因として原因不明の脳炎、脳症を挙げ、これが統計上乳幼児に多く発生していることを立証しても、反証として不十分であるというべきである。

被告は、予防接種後の神経系疾患の臨床症状、病理学的所見が非特異性であるため、具体的に生起した疾患が予防接種によるものか、他の原因によるものかの的確な判定が困難であり、特に予防接種対象児の脳炎、脳症については、もともと原因不明なものが報告症例全体の六〇ないし七〇パーセントを占めていることから(この点は、<証拠>により認められる。)、この原因不明の脳炎、脳症を前提にして、被告主張の前記一般的要件①及び具体的要件④を設定し、右具体的要件④の他原因に原因不明のものを含めた主張をしている。

しかしながら、他原因の中に原因不明のものを含めるのが相当でないことは、前示のとおりであり、被告提出の各証拠(特に財団法人予防接種リサーチセンター発行の種痘研究班の調査報告1、<証拠>等)によると、予防接種後の副作用調査の方法、対象の把握等が十分なものであったと認められず、統計的手法をもって因果関係の判断をすることも合理的とはいえず、右一般的要件①も採用することができない。

この点について、甲第二二四号証及び白木証人の証言によれば、白木証人も、医学上統計の重要性は否定できないが、発症例が少数にとどまる場合、さらに一例にすぎないような場合に、これらを否定し去るのは、被接種者の個体差等変化に富んだ事例を研究していく医学の基本がゆらぐことになり(例えば、水俣病の研究を見ても、その原因がメチル水銀であると考えられたのは、ハンター・ラッセルの一解剖例が縁となっている。)、また、統計そのものの信用性も検討されるべきであって、原因不明というのも突き詰めるとどれだけ残るか疑問である旨証言している。

三種痘、百日咳ワクチンを含む二混、三混ワクチン及びポリオ生ワクチンによる副作用

右種痘または二混、三混ワクチン接種によって、まれにではあっても、死亡または脳炎、脳症等の重篤な後遺症が発生することについては当事者間に争いがないので、以下右各ワクチンによる神経系の副作用の内容及び潜伏期につき検討する。

また、ポリオ生ワクチンについては、被害児番号8の吉田達哉の関係では、前記のとおり因果関係につき当事者間に争いがなく、同6坂井和也に対する関係では、原告らが百日咳ワクチンを含む二混ワクチンを本件接種として主張し、本件接種直前のポリオ生ワクチンの接種を被告の過失との関係で主張しており、被告は、ポリオ生ワクチンの接種により前記のような重篤な副作用が発生することにつき、一般論として争っているので、検討する。

なお、ジフテリアワクチン又はインフルエンザワクチンの接種で右のような重篤な副作用が発生することについては当事者間に争いがあり(但し、被告は、インフルエンザワクチンについては、卵アレルギー、ショック、急死例がまれに報告されているが、HAワクチンでは殆どないと主張している。)、後記四の各被害児(前者のジフテリアワクチンにつき被害児番号1前田五実、後者のインフルエンザワクチンにつき同5山科美佐江)について因果関係を判断する際に検討することとする。

1  種痘による副作用

<証拠>及び白木証人の証言、並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 種痘による神経系の副作用は、遅延型アレルギー反応(脳炎)、ウイルス血症・増殖型(脳炎)及び急性脳症型の三類型が認められ、これらはいわゆる非特異疾患である。

(二)(1) 右遅延型アレルギー反応(脳炎)の特徴は、原則として、その病変の主座が大脳の白質にあり、病変の態様が小静脈炎を伴う血管中心性の脱髄であることである。ところで、マッケイ・バーネットは、神経組織を含まないある種の生ワクチン及び不活化ワクチンにも、動物の神経組織に共通する抗原性があり、接種後にもこの種の共通抗原が形成され、それらが攻撃的な共通抗体その他を産生し、その結果、神経系の脱髄炎症を引き起こす自己免疫反応があるとしており、この考え方によって、神経組織を含まない種痘から右副反応が生じる、と説明する見解がある。

(2) 右ウイルス血症・増殖型(脳症)の特徴は、ウイルス増殖に基づく炎症等が生じ、その病変の主座が原則として、神経細胞内すなわち大脳の灰白質に存在し、急性脳症型の特徴は、臨床的にはショック様症状を呈し、神経病理学的には脳浮腫があり、脳の血行障害が存在する。

(三) 種痘をしてから神経症状が現われるまでの潜伏期については、その副作用の類型、ワクチンに対する抗体産生の感受性、被接種者の年齢等の個体側の条件を総合して判断すべきである。

(1) 遅延型アレルギー反応型(脳炎)の場合、その病変が血管中心性の脱髄であるから、これが脳幹や脊髄、又は末梢神経の様な狭い場所で発生したときには、神経症状はより早期に発現する(潜伏期は短くなる。)のに対し、大脳の両半球に脱髄が発生したときには、脱髄性の病巣が多発するか相互に融合しあって一定の広がりを持つことが必要なため、一定の時間的経過後に発現する(潜伏期は長くなる。)が、ワクチンに対する抗体産生の感受性が先にある程度上昇しておれば、潜伏期は短縮され、逆に低下しておれば、潜伏期は長くなる可能性がある。

(2) ウイルス血症、増殖型(脳症)の場合、主として脳の血管がれん縮して、血行障害が大脳の両半球に急激に生ずるため、その発症経過は急激であり(潜伏期は短い。)、また、抗原ヒスタミン産生等に対する感受性が先行的に昂進しておれば、その後の反応は即時的であるが、逆に、右感受性を欠くか、不十分なときは潜伏期は長くなる可能性がある。

(3) 脳炎の潜伏期については、これまで報告されている副作用の発症例の集計からすると、接種後四日ないし一八日間に比較的多く認められるが、この期間より短くても一日、長くても五週間以内であれば、潜伏期の範ちゅうに入れても差し支えないと考えられる。

(四)(1) 種痘後脳炎、脳症の急性期において、けいれん、意識消失、発熱の神経系合併症の三症状が揃って発現する例が多い(典型例)が、必ずしも三症状が揃って発現するものではなく(非典型例、不全型例)、発現していてもそれぞれの症状の程度に軽重差が認められる(不全型例、軽症例。)。

(2) 右非典型例としては、急性期の症状として、意識障害がなく、けいれんが前景に出てくるもの(けいれん優位型の脳炎、脳症)、逆にけいれんがなくて意識障害が前景に出てくるもの(意識障害優位型の脳炎、脳症)があり、急性期の症状の甚だしい悪化(折れ曲がり)の程度が軽くても、その後の中間期、慢性期にかけてのけいれん発作の頻発により重い症状を呈する(続発性、二次性のけいれん発作による折れ曲がり)ことがある。

(五) 種痘の副作用は、接種年齢のいかんによって侵襲される脳の部位が異なり、一歳未満の乳幼児においては、脳幹を病変の主座とした遅延型アレルギー反応(脳炎)が生じる傾向があり、後遺症として精神薄弱が生じる可能性がある。以上の事実が認められ(る)<証拠判断略>。

2  百日咳ワクチンを含む二混、三混ワクチンによる副作用

<証拠>及び白木証人の証言、並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

(一) 百日咳ワクチンを含む二種混合ないし三種混合ワクチン(以下「百日咳等ワクチン」という。)による神経系への副作用は、原則として急性脳症型のみが発生すること、この症状の典型例は、発熱、けいれん、意識障害の三症状を発現させるが、必ずしも三症状が揃わない非典型例ないし不全型もあること、また、急性期に起こるけいれんは、脳症の症状が脳浮腫に原因するものを主症状としていることから、局所的な脳浮腫ないし循環障害が生ずる場合があり、その場合にけいれんが局所的に起こる可能性があることからして、全身的なものから局所的なものまでありうること、

(二) 右脳症状の潜伏期間については、これまでの臨床例等からみて通常二四時間ないし四八時間以内におさまっているが、生体反応の常として、脳症状の分布を示す自然曲線には、当該脳症状の発現が四八時間を超えて発現する症例が示されており、そのような例でも直ちに百日咳等ワクチンの起因性を否定することはできないこと、

以上の事実が認められ(る)<証拠判断略>。

3  ポリオ生ワクチンによる副作用

(一) ポリオ生ワクチン接種により脳炎、脳症が発生する可能性について

被告は、前記のようにポリオ生ワクチンの接種により脳炎、脳症が発生することについては、一般論として争っているが、被害児番号8吉田達哉に対する関係では、ポリオ生ワクチンの接種により同児に左下肢弛緩性麻痺による運動機能障害が生じたことは認めている。

そして、<証拠>、白木証人の証言、及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

(1) 急性灰白髄炎(ポリオ)による脳炎、脳症が存在する。

(2) 福見秀雄は、昭和四六年に「幼児の予防接種は危険だ」の中で、ポリオ生ワクチンによって四肢麻痺が起った事例を述べ、ポリオが元来脊髄性の麻痺であって、ポリオ生ワクチン接種後脳性麻痺を起こして救済申立のなされた例があり、ポリオ生ワクチンによって脳炎、脳症が絶対起こらないとの学問的証査はない旨論じている。

(3) 西ドイツのマックスプランク脳研究所長クリュッケは、ポリオ生ワクチン接種後一二日ないし二五日の潜伏期を経て、全過程二〇日ないし六〇日で死亡した六剖検例の神経病理学像が、いずれも遅延型アレルギー反応型(脳炎)の神経障害を明示している旨記述している。

(4) 埼玉医科大学精神科の皆川正男らは、一歳時にポリオ生ワクチンの接種を受け、その七日後に急性脳症を発症し、高度の知能障害と左片麻痺を来たし、剖検の結果、右大脳半球の著明な萎縮が認められた九歳の男児の例を報告している。

以上の事実が認められ、前記のとおり達哉に対するポリオ生ワクチンの接種により前記障害が生じたことを合せ考えると、ポリオ生ワクチンの副作用として脳炎、脳症が発生する可能性があると認められ(る)<証拠判断略>。

(二) ポリオ生ワクチン接種により脳炎、脳症が起こる機序について

<証拠>及び白木証人の証言によれば、次の事実を認めることができる。

(1) 急性脳症を起こす典型例として、疫痢に罹患した場合があるが、この場合は、赤痢菌が腸内に感染して腸壁で増殖するときに、ヒスタミンあるいはヒスタミン様の物質を産出し、この物質が脳の血管の拡張、収縮をもたらし、急性脳症を惹起するものである。

(2) また、ヒスタミンを幼若犬の頸動脈に注入した結果、脳に血管けいれんが起き、そのために脳神経細胞が破壊された、という実験結果が報告されている。

(3) ワクチン接種によって、肥伴細胞の免疫抗体(IgE)にワクチンが働き、そこからヒスタミンが放出されるということも、明らかにされている。

白木証人(甲第二二三ないし第二二五号証)は、右のような事実が認められることから、ポリオ生ワクチン接種により、疫痢の場合と同様に腸壁でヒスタミン様物質が産生され、あるいは肥伴細胞からヒスタミンが放出されて、このような物質が脳血管のけいれんを導き急性脳症を惹起するという仮説を立てることが可能であるとし、また、ポリオ生ワクチンは、猿の腎細胞にウイルスを培養して製造されたものであるから、ウイルスと腎細胞との間で有害物質が産出される可能性もあり、ワクチンに培地、培養細胞、臓器由来の有害物質が入ることを防ぐことはできず、さらに、ワクチンにはチメロサール等の保存剤が添加されており、これらの物質が急性脳症や遅延型アレルギー(脳炎)反応を起こすことも考えられる旨述べている。

被告は、右白木証人の説明につき、腸管腸壁でヒスタミンが産生されることが証明されたとの報告もなく、疫痢の脳症がヒスタミンによるという説は現在の学界で最早支持されていない旨主張し、<証拠>によれば、これに副う証拠も存するが、白木証人は、ヒスタミンのみが原因物質であるとしているものではなく、また、本件全証拠を検討しても、右白木証人の説明が他の学説によって克服されたと認めるに足りる証拠もない。

四因果関係を否認された本件各被害児

1  被害児番号1前田五実

(一) 前記第三、一、1で認定した事実(当事者間に争いのない事実を含む。以下同じ。)、<証拠>及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

(1) 原告喜代子は、妊娠中特に異常がなく、昭和三七年六月二九日満期安産で五実を出産し、五実の生下時体重は三八〇〇グラムであり、五実は首の坐りや這い歩きも平均的で、ジフテリア予防接種の第一期から第三期までの接種、あるいはその他の予防接種を受けたが特に問題はなく、順調に成育していた。

(2) 五実は、小学校入学後も特に問題なく成育し、体格も同学年の者より大きく、小学五年生時では学校を休んだのは一日位であり、毎年インフルエンザの予防接種を受け、昭和四九年一〇月ころもインフルエンザの予防接種を受けたが、健康状態に異常はなかった。

(3) 五実は、昭和五〇年一月二一日の本件予防接種当日、体温は三六度一分で熱はなく、健康な状態であったが、本件予防接種(ジフテリアワクチン第四期)を受けたのち、翌一月二一日に右下肢痛を訴え、右足を跛行させるようになった。

(4) 五実には、同年二月五日ころから両下肢痙性麻痺が認められるようになり、同月一五日ころからは上肢に弛緩性麻痺、さらに、同年三月八日ころからは意識障害、水平眼振等の脳障害が認められるようになった。

(5) 五実の発症は、本件予防接種後一日目位に下肢、二五日目位に上肢にそれぞれ発現しており、後記その後の症状経過等も合せて、多発性硬化症と考えられている(この点については当事者間に争いがない)。

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はなく、その後の経過は、前記第三、一、1認定のとおりである。

右事実によると、本件予防接種後五実に発現した症状は、それまで同児にみられたことのないものであり、且つ、本件予防接種以外に右発症の原因となるべきものが見当たらない、ということができる。

そして、白木証人は、原告喜代子と直接面接のうえ、五実の症状経過を聴取したことに基づき、潜伏期が一日で右足の末梢神経が侵されていること、狭い場所に病巣が出来た場合、早く症状が出ること、接種後二五日目位に発現した上肢の症状は、脊髄か末梢神経が侵されたもので、遅延型アレルギーの潜伏期に合うこと、五実は、少なくとも一二歳までは何の特別な既往歴、神経症状等がなかったこと、一二歳の子供における多発性硬化症は一〇パーセント以下と少ないこと等から、時間的、空間的関係が非常に深く、反面ワクチン以外に明白な原因もなく、神経に多発性硬化症という極めて重篤な折れ曲がりを生じたといえる旨証言している。

以上のことを合せ考えると、五実について、前示三要件のうち②、③の要件を充足すると認めるのが相当である。

(二) そこで、前示三要件の①の要件について検討するに、被告は、ジフテリアトキソイドの接種によって、五実の罹患した多発性硬化症を引き起こすことは現代医学上考え難いことであるので、本件の場合は、多発性硬化症が本件予防接種直後に偶発的に発症した旨主張し、木村証人はこれに副う供述をなす。

<証拠>、白木証人の証言によれば、次のような事実が認められる。

(1) ジフテリアワクチンのうち、ジフテリアトキソイドは、ジフテリア毒素をホルマリンでその免疫原性をなるべく損わないように、無毒化して得られた「ジフテリアトキソイド」を含む、無色ないし淡黄かっ色の澄明な液剤で、神経組織を含まないワクチンであり、ジフテリアトキソイドによる副反応は、乳幼児では殆どないが、年長児(一〇歳以上)、成人ではアレルギー反応を呈するものがあり、通常よくみられる副反応は、局所の発赤、腫脹、疼痛等で、時には、発熱、頭痛、謳吐等を伴って臥床せざるをえなくなるものもある。

(2) 多発性硬化症とは、中枢神経系の主として白質(ときに灰白質)が散在的に冒されて、多巣性の脱髄斑が生じ、右白質部分のグリオーシスのため、文字どおり多発性の硬化巣を形成する脱髄性疾患であり、臨床的には経過中、緩解と再発を繰り返すもので、時間的・空間的多発性を特徴とするところ、多発性硬化症と急性散在性脳脊髄炎とは互いに移行するものであり、当初は急性アレルギー性脊髄炎から起こるものである。

(3) 多発性硬化症の発症年齢としては、二五、六歳から三五、六歳が多く、一二歳に発症した者は一〇パーセント以下であり、五実は一二歳の時に本件予防接種を受け、その直後から前示のような多発性硬化症が出て、その結果死亡したものである。

(4) G・ウイルソンの「予防接種の危険」という論文には、第二次大戦の間にAPT(アルミニウム沈降ジフテリアトキソイド)を投与された二、三例のうち、二人の小児に両側性眼球後部視神経炎が進行し、うち一例に幡種性脳脊髄炎が起こった旨報告されているところ、右視神経炎は一過性の急性多発性硬化症的病変と考えられ、うち一例に、大脳や脊髄に幡種性菌の散発したアレルギー性脳脊髄症を示している幡種性脳脊髄膜炎があり、これだけで多発性硬化症が起こったとはいえないが、一過性の急性単相性の脱髄性脳脊髄炎が起こったと認められる。

(5) 厚生省特定疾患、多発性硬化症調査研究班の一九七二年度研究報告書は、全国から集まった多発性硬化症疾患群(視神経脊髄炎を含む)八〇〇例中、ワクチンを誘因と考えられる事項とされるのが六例ある、としており、殊に、同報告書中の「多発性硬化症自験六一例に基づく臨床像の解析」という九州大学神経内科黒岩教授の報告では、一九五八年から一九七二年八月までの一四年間に、同内科で観察した多発性硬化症は八三例あり、そのうち、四例が剖検されて多発性硬化症であることが確認され、また、臨床的多床的に多発性硬化症であるとの診断の確実なものが五七例あり、右剖検例及び診断の確実な例の合計六一例について臨床的分析をなしたところ、初発神経症状発現前二週間以内に起こった症状又は状態を調べると、ワクチン接種が一例あった旨の各報告がなされている(確かに、右報告書では、ワクチンの種類が明らかでなく、また、ワクチン接種と多発性硬化症との間における因果関係を明確に認めたものではないが、ワクチン接種と多発性硬化症との関係を考える一つの証左となると思料される。)。

以上の事実が認められるうえ、白木証人は、ジフテリアトキソイドにより遅延型アレルギー反応として脱髄性疾患である多発性硬化症が発症し得る旨証言し、甲個第一号証の二九、原告前田喜代子本人尋問の結果によれば、白井徳満医師は、原告喜代子から五実の経過を聞き、その剖検記録を見たうえで、本件予防接種によって多発性硬化症が引き起こされた可能性は否定できない(但し、原因は確定できないが、予防接種によって発症の疑いを否定できない例とする。)、と述べていることが認められる。

右のような諸事実を合せ考えると、ジフテリアトキソイドにより多発性硬化症が発症することを完全に否定することはできず、右可能性を認めるのが相当である。<証拠判断略>。

ところで、神経組織を含まないジフテリアトキソイドによって多発性硬化症が発症することの機序について、医学的に説明が可能かどうかが問題となるので、検討する。

(1) まず、神経組織を含むワクチンについてみると、<証拠>、及び白木証人の証言によれば、狂犬病ワクチンの接種によって、解剖的に多発性硬化症と同じような変化が生ずるところ、右ワクチンには神経組織が含まれており、この組織と人間の神経との間でアレルギー反応が起こるということで、右多発性硬化症類似の症状について、アレルギー発生説が現在まで有力であることが認められる。

また、<証拠>及び白木証人の証言によれば、動物に中枢神経組織(又はミエリン塩基性タンパク)とアジュバントを接種することで、実験的アレルギー性脳脊髄炎(EAEともいう。)を起こすことができ、ラスマンやウイスニュースキーは、動物に動物の神経組織を注射することによって、緩解と悪化を繰り返す波状経過をとる慢性再発性実験的アレルギー性脳脊髄炎の作成に成功しており、多発性硬化症とアレルギー性脳脊髄炎の類似性が強調されていることが認められる。

(2) 次に、神経組織を含んでいないワクチンについてみるに、<証拠>及び木村証人の証言によれば、神経組織を含んでいないA・ニュージャージー型インフルエンザワクチンによって、遅延型アレルギー反応の一種であるギランバレー症候群の原因になった例があり、これが末梢神経の脱髄疾患を引き起こした例であることが認められる。

(3) ところで、木村証人は、狂犬病ワクチンのような神経組織を含むワクチンの場合は、その中にミエリン(髄鞘)が含まれており、それに対する抗体ができ、遅延型アレルギー反応を来たし、体の中のミエリンを壊し、脱髄疾患を引き起こすことになるのに対し、ミエリンが含まれていない不活化ワクチンの場合に、どのような機序でそれが起こるかについて、説明する基盤がない旨証言している。

(4) しかし、前記第四、三、1、(二)、(1)で認定したとおり、神経組織を含まないある種のワクチンにも、動物の神経組織に共通する抗原があり、それが神経系の脱髄炎症を引き起こすという自己免疫反応として、ワクチン接種後脳脊髄炎の発生機序の説明を試みている見解が認められ、木村証人も、共通抗原説は推論の一つとして考えられる旨証言している。

(5) 以上によれば、神経組織を含むワクチンによる多発性硬化症の発生機序についてはアレルギー発生説が有力であること、多発性硬化症とアレルギー性脳脊髄炎の類似性が強調されていること、神経組織を含まない前記インフルエンザワクチンによっても脱髄疾患が起こり得ること、右のようなワクチンによる脱髄炎症の発生機序の説明として共通抗原説のあることがそれぞれ認められ、本件においても、前記認定のとおり、神経組織を含まないジフテリアワクチンによって多発性硬化症の発生することが認められる。従って、右共通抗原説も多発性硬化症を引き起こす一つの推論としては、十分成り立ち得るものであり、白木証人は、その根底に神経系アレルギー性というものの基盤を等しくしていて、学問的裏付がある旨証言している。

以上の諸点を総合すれば、五実について、前示三要件の①の要件も充足すると認めるのが相当であり、右認定に反する木村証人の証言はにわかに措信できない。

よって、五実について、本件因果関係を認めることができる。

2  被害児番号4矢富亜希子

(一) 前記第三、一、4で認定した事実、<証拠>及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

(1) 原告富士子は、妊娠中特に異常がなく、ほぼ出産予定日に近い昭和四〇年七月二三日亜希子を正常分娩で出産し、亜希子の生下時体重は約三三〇〇グラムであった。

(2) 亜希子は、出生後順調に成育し、生後三か月ころには首が坐り、生後六か月ころには「ブーブー」とか「ママ」とか言葉を発したり、両親の顔を見て笑ったりするようになっており、本件予防接種前てんかんを疑わせるような徴表はなく、家族、親族にもてんかん素因を疑わせる者は出ていなかった。

(3) 亜希子は、昭和四一年二月一日の予防接種を受ける二、三日前から風邪で鼻水を出し、微熱があり、増田医院に通院して薬をもらっており、本件予防接種当日も風邪で鼻水を出していたが、本件予防接種(種痘第一期)を受けたのち、翌二日より機嫌が悪く、高熱、吐気があり、咳嗽を伴っており、右のような状態が何日も続き、増田医院で治療を受けていた。

(4) 亜希子は、本件予防接種後七日ないし一〇日目ころの夜に、突然唇をまっ青にして全身を振わせる、といったけいれん発作を起こしたのを初めとして、その後毎日何回となくけいれん発作を起こし、その都度増田医院で治療を受けたが、そのころから両親の顔もわからず、笑うこともなくなり、右のような状態を二か月位続け、けいれん発作がさらに激しく、一日に一〇回以上発作を起こす日もあり、手足も麻痺するようになった。

(5) 亜希子は、その後二、三か月九大病院に入通院したものの、症状が改善されず、同病院退院後、国立中央病院に二か月位入院し、さらに、原小児科、第一衛生クリニック、加藤病院、共立病院等に入通院したが、亜希子のけいれん発作は、昭和四六年に死亡するまで、毎日のように起こり、三日に一度位の割で病院へ行っていた。

(6) 亜希子は、昭和四三年夏には体力の衰退から危篤状態となり、約一〇日間酸素吸入を受け、命をとりとめたが、同年には身障者一級の認定を受け、昭和四四年一月二三日診察を受けたところ、知能発育が著しく低下遅滞して重度の白痴級であり、運動機能も未発達で起坐、歩行等不能であるうえ、寝たきりの状態で両便失禁し、人語を知らず、赤児に等しい有様であって、脳波は棘徐波結合が著明に出現し、重度の異常を示している旨の診断を受けた。

(7) 亜希子は、その後も廃人同様の状態で自宅療養、入通院を続けたが、昭和四六年になって急性肺炎にかかり、体力がなかったため余病を併発して、同年六月二二日死亡した。

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実によると、亜希子は本件予防接種当日を含めて三、四日風邪をひいていたが、本件予防接種を受けるまで順調に成育し、特に異常がなかったところ、本件予防接種後一日目に高熱、吐気があり、七日ないし一〇日目ころにけいれん発作を起こし、以後けいれん発作をくり返し、右認定のような症状となっており、前示三要件のうち②の要件を充足するものと認められる。

白木証人は、右事実及び原告富士子、同矢富實次から聴取したことに基づき、亜希子のけいれんが七日ないし一〇日目ころに起こっていること、右けいれんには唇がチアノーゼ状態になるという脳症状を伴っていること、右発症が急性脳症の潜伏期に合致すること、後遺症として前記認定のような重度の心身障害があり、折れ曲りが著しいこと、一日目の高熱、吐気は、亜希子の罹患していた風邪が本件予防接種の結果、悪化したか、脳炎、脳症の前駆症状として説明可能なことから、亜希子の症状は種痘による急性脳症とその後遺症である旨証言しており、前示認定の種痘後急性脳症の発生機序についての医学的知見から判断すると亜希子について前示三要件の①の要件を充足すると認めることができる。

(二) なお、被告は、本児のけいれん発作が本件予防接種後八〇日若しくは三八日を経てから出現してきたもので、種痘の反応は少なくとも接種後二一日目までには治癒しており、種痘がけいれん発作の原因及び誘因となっているとは考えられない旨主張する。

(1) そこで、本件予防接種の前後を通じて亜希子の治療に当たった増田稔医師作成の診断書及び陳述書を検討すると、①昭和四五年一〇月二九日付診断書(乙個第四号証の一)には、「右の者昭和四十一年二月一日種痘を受け、その翌日より機嫌が悪く高熱吐気があり、咳嗽を伴い当時急性気管支炎として治療していたが、その後四月二十一日けいれん発作を起し、その後くり返しけいれんありて現在に至りしもので、種痘後脳炎によるけいれん発作が最も考えられる」との記載がなされ、②昭和四七年三月四日付診断書(乙個第四号証の三)には「……当時急性気管支炎として治療していたが、」の箇所までは右診断書と同様の記載がなされているが、それに続く箇所が「その後三月十日頃よりけいれん発作を起こし、その後くり返しけいれん発作ありて昭和四十六年六月二十二日死亡したもので、種痘後脳炎による衰弱が原因で死亡したものと考えられる。」との記載となり、さらに、右診断書に誤記があるとして、③再交付した昭和五八年二月二八日付診断書(甲個第四号証の三)には、右三月一〇日とあるのを二月一〇日の誤記なので再交付する旨の記載がなされている。

そして、④昭和六〇年五月一八日付の陳述書(甲個第四号証の一三)により、右各診断書の内容及び経緯について説明がなされている。すなわち、右①の診断書における四月二一日けいれん発作との記載は、最初のけいれん発作の意味ではなく、その根拠として増田医師は、右①の診断書の記載内容から、本件予防接種の翌日ころより亜希子の治療に当たっていたことは間違いないが、高熱、吐気、咳嗽にけいれん発作もよく伴う症状で、亜希子についても右症状と同時か、それに近い時期にけいれん発作が起きていたと思う旨記載しており、また、前記②の診断書については、増田医師が原告富士子から事情を聞いたうえ、前記①の診断書を見て、前記のように予防接種の二月一日に近い時期に発作があったと判断し、前記①の診断書の四月二一日けいれん発作の記載がそれ以前に発作がなかったと読まれるということであれば訂正しようと考え、事務長に診断書の記載をさせたところ、二月一〇日とすべきを前記②の診断書のように三月一〇日と誤記したため、再度③の診断書を交付した旨記載されている。従って、増田医師の判断としては、亜希子にけいれん発作が発生したのは二月一〇日ころから、ということになる。

(2) 次に、原告富士子の陳述書及び供述について検討すると、昭和五九年四月二七日付陳述書(甲個第四号証の四)によれば、「ちょうど接種から一週間ぐらい経た夜のこと、亜希子をみると、突然くちびるをまっ青にし、全身をふるわせています。私は、これは大変と思い、その夜すぐに増田先生のところに連れて行きました。」と述べており、原告富士子の本人尋問の結果によれば、本件予防接種を受けて一週間か一〇日位たったころに第一回目のけいれん発作が起った旨供述し、白木証人の聴取に対しても同旨のことを述べていることが認められる(甲個第四号証の一、白木証人の証言)。従って、亜希子の症状を最も身近で見ていた原告富士子の記憶としては、亜希子に最初のけいれん発作が発生したのは本件予防接種後七日ないし一〇日ころということになる。

以上の事実及び弁論の全趣旨を総合すれば、前記第三、一、4で認定したとおり、亜希子は、本件予防接種後七日ないし一〇日目ころにけいれん発作を起こしたものであり、右認定に反する木村証人の証言はにわかに措信できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はなく、前記被告の主張は採用できない。

(三) そこで、前示三要件の③の要件である他原因の不存在の点について検討するに、乙第六四号証、第一八八号証の三、木村証人の証言によれば、てんかん発作は通常一、二歳の時に突如発生することが多いとされており、しかも、その原因不明な場合が半数近くを占めていることが認められ、被告は、亜希子のように出生してから九か月後にてんかんの発作が起き、その原因が特定できないとしても何ら不思議はないとし、亜希子の前記のような経過は「てんかんの自然経過」と考えるのが相当である旨主張し、木村証人も右主張に副う証言をなしている。

これに対し、白木証人(甲第二二四号証)は、てんかん素因が隠れた存在であることは否定しないが、ワクチンによって起こる症状には具体性があり、それに比べて、てんかん素因があって、そのために症状が出るというのは蓋然性が低いので、てんかん素因があるということであれば、具体的に立証される必要があり(例えば、家族あるいは親族にてんかんを起こした人がいることや予防接種前にてんかん性脳波があること等)、単にてんかん素因があるというだけなら科学性、具体性を欠く旨証言する。

確かに、一般論としては、被告主張のようなことがいえるとしても、前記(一)で認定したとおり、亜希子には、本件予防接種前にてんかんを疑わせるような徴表は全くなく、家族にもてんかん素因を疑わせる者は出ておらず、本件予防接種と初発のてんかんの発症時期の関係等を合せ考えると、被告主張のような可能性を完全に否定し去ることはできないが、蓋然性としては殆んど問題にならないものと思料される。白木証人も右同旨の証言をなしており、右認定に反する木村証人の証言はにわかに措信できず、被告の前記主張も採用できない。

従って、亜希子について、前示三要件の③の要件を充足するものと認めることができる。

よって、亜希子について、本件因果関係を認めることができる。

3  被害児番号5山科美佐江

(一) 前記第三、一、5で認定した事実、<証拠>及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

(1) 原告山科ミヨ子(以下「原告ミヨ子」という。)は、昭和四四年一月二二日予定より六日早く、美佐江を出産し、美佐江の生下時体重は二九三〇グラムであり、美佐江は、三か月ころ首が坐り、八か月ころには這い歩きを始め、一歳ころまでに言葉を話すようになり、一歳を過ぎたころにはよちよち歩きができるようになった。

(2) 美佐江は、その後順調に成育し、昭和四八年から昭和五〇年三月まで幼稚園に通い、その間一、二回風邪にかかったほかは特に病気をすることもなく、百日咳、ジフテリア混合ワクチン、ポリオ生ワクチン、種痘等の接種を受けたが特に異常はなかった。

(3) 美佐江は、昭和五〇年四月小学校に入学し、一年生時に一回、二年生時に六回、三年生になった昭和五二年四月から同年一一月に本件予防接種を受けるまでに二回程それぞれ休んだのみであり、同年一〇月の運動会でも元気で走る等しており、インフルエンザの予防接種も小学校一年生の時から毎年受けていたが、特に異常はなく、右一年生の夏に虫垂炎で手術を受け、その後年一、二回風邪をひいた位で、特に異常はなかった。

(4) 美佐江は、本件予防接種を受ける前から風邪にかかって微熱があり、鼻水と咳が出ていたので、昭和五二年一一月一四日広田医院で吸入療法を受け、内服薬を三日分もらい、その後同月一五、一六日と同医院で吸入療法を受け、同月一七日には吸入療法の他に筋肉注射を受け、三日分の内服薬をもらった。

(5) 美佐江は、昭和五二年一一月一八日の本件予防接種当日、風邪が完治していなかったが、朝の体温三六度であり、同日午後一時二〇分ころ本件予防接種(インフルエンザワクチン)を受け、同日午後五時ころ帰宅した後、広田医院で吸入療法を受け、広田医師から以後通院しなくてよい旨告げられ、夕食後学校の宿題をして、同日午後一〇時ころ就寝した。

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はなく、その後の経過は、前記第三、一、5の認定のとおりである。

右事実によれば、美佐江の発症は、本件予防接種後約一三時間三〇分という近接した時間に起こっており、美佐江は、本件予防接種当日を含めて五日間程風邪をひいていたが、出生後本件予防接種を受ける小学三年生の二学期の途中まで順調に成育してきており、特に異常はなく、元気で学校生活を送っていたもので、前示三要件の②の要件を充足するものと認められる。

(二) そして、インフルエンザワクチンによる神経系への副作用を検討するに、前記第四、三のとおり、被告はインフルエンザワクチンにより、卵アレルギー、ショック、急死例がまれに報告されている、としているところ、<証拠>によれば、次の事実を認めることができる。

(1) 予防接種事故審査会における審査済の集計成績(昭和五一年二月末まで)では、インフルエンザ予防接種で昭和三七年から昭和四九年まで発生した事故のうち、七一件の救済申立があって、そのうち、ワクチンとの「因果関係否定できず」が四二件あり、その内訳は、脳症二一件、メニンギスム一件、ショック四件、局所二次感染が九件、橈骨神経麻痺二件、強度の副反応二件、発疹一件、アセトン血性謳吐症二件である。

(2) 「各種ワクチン接種と神経系障害」研究班が昭和四一年以降昭和四五年までに、全国の病院から集めたインフルエンザワクチン接種後の副反応を疑われる神経系障害例のうち、可能な限り、ウイルス疾患、既存疾患の初発、再燃、及びその他の原因による神経疾患を除外した二四例を分析した結果、接種後神経症状発症までの期間については、一八例が一日以内で、うち一六例が一二時間以内の発症であり、その後二五日までの発症例はあるが、二週間以内が二二例に達しているところ、症例としては、多発性神経炎が五例、脳脊髄症状が一七例であり、このうち、典型的な脳症状を示す例、あるいは剖検で脳症と診断された例は一七例中一一例で、その他けいれんが二例あり、また、転帰としては、全治七例、後遺症一二例、死亡五例であり、死亡はいずれも一日以内の発症例であった。

(3) 予防接種実態調査委員会の予防接種事故発生要因の解析に関する研究(四六年度)によれば、同年の東京都内及都下におけるインフルエンザワクチン接種後の副反応を疑う症例として三例が挙げられ、いずれも四歳五か月から四歳八か月の年齢で、顔面神経麻痺、右上肢膿傷、メニンギスム等の副反応を起こし入院している。

(4) 米国におけるインフルエンザワクチン接種後ギランバレー症候群発症調査では、一九七六年(昭和五一年)一〇月一日から一九七七年(昭和五二年)一月三一日までの間に発症した一〇九八例のギラン・バレー症候群のうち、五三二例が発症前にインフルエンザワクチン接種を受けており、疫学的証拠から、その大部分の症例は、ワクチンに関連することが示された旨報告されている。

(5) HAワクチンになったのち、インフルエンザワクチンの害作用が少なくなったといわれているが、木村証人が編集企画している小児科MOOK(二三号)によっても、昭和五一年から昭和五四年三月までの約三年間に六六例がインフルエンザワクチンによる被害として認定され、そのうち、脳炎、脳症を含む神経系の異常が五六パーセントとなっており、予防接種リサーチセンター発行の予防接種制度に関する文献集(x)~(xv)によれば、次のような事故が発生している。

① 昭和五三年一一月から同年一二月までの間に、宮城県内における小学校二〇人、中、高校生三人、合計二三件の副反応例が挙げられ、症状としては、頭痛、腫脹、発疹、掻痒、発熱、じんましん、呼吸困難等があり、うち高校生の一件については脳炎の疑い(入院)とされている。

② 昭和五四年一一月新潟市内で接種を受けた六歳九か月の男児が約四五分後に突然倒れ、接種後一時間四〇分後に死亡した例、及び同年一一月前橋市内で接種を受けた小学五年生の男児が約八時間三〇分後にけいれん発作を起こし、その後も数回けいれんを起こし、抗けいれん剤の投与を受けている例、さらに、同年一一月福岡県内で接種(第三回目)を受けた七歳二か月の子供が嘔吐をくり返し、一週間後に四回目の接種を受け、腹痛を起こし、一〇日程後に全身けいれん、嘔吐、意識障害を起こし、昭和五五年一〇月末に五回目の接種を受け、頭痛や腹痛を起こした例がある。

③ 昭和五六年一一月新潟で接種を受けた六歳の女児に髄膜脳炎が認められた例、昭和五七年一一月函館市で接種を受けた七歳の女児にアレルギー性紫斑病が認められた例、同年一月から同年一二月までに大阪市内で接種を受け異常を訴え入院した者が四名おり、その症状として、多形滲出性紅斑、膀胱炎、乾性鼻炎による鼻出血、無菌性髄膜炎各一例が認められた。

④ 昭和五七年一一月鹿児島で接種を受けた六歳の男児に頭痛、嘔吐、意識障害、けいれんが出現し、脳炎が認められ、昭和五八年一二月大村市内で接種を受けた一〇歳の男児に血小板減が認められた例がある。

⑤ 昭和五八年から昭和五九年にかけて、大阪府内で接種を受けた後ギランバレー症候群を呈したのが五例あり、そのうち、七歳が二人、一〇歳が二人、一二歳が一人認められ、昭和六〇年一〇月東京で接種を受けた八歳の男児に滲出性紅斑及び微熱が認められた例がある。

以上の事実が認められ、右事実に<証拠>及び白木証人の証言を総合すれば、インフルエンザワクチンによる神経系への副作用としては、急性脳症型及び遅延型アレルギー反応(脳炎)もあり、潜伏期間としては一日以内が多いが、二週間以内も多く、二五日までの発症例もあって、前記第四、三、2、(二)の百日咳ワクチンを含む二混、三混ワクチンの潜伏期間よりやや長いと認められる。

また、<証拠>、白木証人の証言によれば、インフルエンザワクチンにより起こる急性脳症については、右ワクチンが卵で培養されていることから、その中の異種蛋白に原因があるとされていることが認められ、さらに、神経組織を含まないインフルエンザワクチンによって脳脊髄炎が起こり得ることにつき、共通抗原説により説明が可能であることについては、前記第四、二、1、(二)で述べたとおりである。

(三) ところで、前記(一)の認定事実によれば、美佐江の症状は、意識喪失とともにひきつけを起こし、歯を食いしばったため歯が折れ、下唇を切ったうえ、顔が紫色となり、呼吸困難を起こすというものであるが、白木証人は、右意識喪失は脳が広範に冒されたことを意味し、ひきつけを起こし、歯が折れたことは、てんかん性の大発作が起こった可能性があり、顔のチアノーゼと呼吸困難は、脳幹が冒されたことによるもので、右各症状は急性脳症である旨証言している。

これに対し、被告は脳浮腫の有無、従って、急性脳症の発生の有無は、解剖した場合における脳の肉眼的所見によっても十分確認できるのに、美佐江の解剖をなした永田武明教授の剖検所見(乙個第五号証の二)には、美佐江の脳浮腫をうかがわせる特段の変化が認められなかった旨主張し、<証拠>、木村証人の証言によれば、右主張に副う証拠が存する。

しかしながら、白木証人は、脳自体複雑な臓器で、本当の所見があっても見逃す可能性があり、特に、小脳のヘルニアというのは見逃す可能性があるので、解剖する検体のカルテの中に急性脳症という記載があるか、それをうかがわせる神経症状等の記載があれば、当然顕微鏡の標本を製作するのが正当であるが、前記乙個第五号証の二では、それがなされておらず、脳の外表所見として特に異常がない旨記載されているものの、脳障害である急性脳症の有無について記載がなされてなく、特に中枢神経系に対する見方が不十分である旨証言し、また、佐々木証人は、高度の脳症であれば、浮腫も注意して見れば分かる可能性はあるが、脳に病変がないことが脳症の一つの特徴であるから、解剖で見つからない可能性が大いにある旨証言している。そして、乙個第五号証の二の記載を見ると、美佐江の脳の状態については「脳に著変なし」との記載があるのみで、後記のとおり、美佐江には脳腺のリンパ腫、さらには、胸腺腫瘤、脾臓、肝臓への浸潤、白血病像等の病理学的変化があったため、脳について十分な検討がなされていない可能性が高いと認められる。従って、本件においてはより重要と思われる他原因の不存在の検討を合わせて、美佐江の病名をさらに確定する必要があると思料される。

(四) そこで、前示三要件の③の要件である他原因の不存在の点について検討する。

(1) まず、乙個第五号証の一によれば、豊福医師作成の医証には、美佐江の病名として気管支喘息発作による窒息死となっており、前記認定事実のとおり、美佐江は接種の翌日深夜、起き上がって咳を始めたことが認められる。

しかし、何よりも、前記永田教授作成の剖検所見によれば、窒息の存在を否定していることが認められる。また、前記乙個第五号証の一によれば、豊福医師が前記のような病名と診断したのは、美佐江が一一月一四日から広田医院で感冒として治療を受け、吸入療法を受けたこと、来院までの末期の呼吸困難で苦しんだ様子等を両親から聞いた事情によるものであることが認められ、甲個第五号証の七、乙個第五号証の二によれば、広田医師は昭和五〇年七月美佐江を急性虫垂炎で治療し、以来約二年半の間に年一、二回の感冒症候群と気管支炎で四、五日治療したこと、広田医師は本件予防接種直前にも美佐江を風邪で治療していること、広田医師は右全期間を通じて、美佐江に定型的な喘息発作と思われる症状を認めなかったことが認められる。佐々木証人(甲第二六五号証)は、右のように広田医師が美佐江の気管支喘息の存在を否定していることと共に、美佐江の死亡直前の症状に着目し、美佐江には意識喪失が突発先行し、喘息の基本的な症状である呼吸困難が先行しておらず、意識喪失に続いて起った呼吸障害も死に直面したすべての場合で見られるものであること、さらに、前記のように剖検所見も窒息の存在を否定していること等の点から見て、喘息死が否定できる旨証言している。

以上によれば、美佐江の本件急死の原因として、気管支喘息発生による窒息死は考えられず、右認定に反する乙個第五号証の一の記載部分はにわかに措信できない。

(2) 次に、乙個第五号証の二によれば、美佐江の解剖所見として同児の胸腺の悪性のリンパ腫、それがもたらした胸腺腫瘤、脾臓、肝臓への浸潤、白血病像等の病理的変化が認められるところ、被告は、美佐江の急死の原因が右病理的変化によるものであり、右病理的変化の具体的可能性としては、胸腺が冒されると免疫不全状態を引き起こし、また、胸腺に生じた腫瘤が気管支や心臓等の周辺の臓器を圧迫する等、身体に重大な病理的変調をもたらし、しかも、悪性リンパ腫は他の重要な臓器である肝臓をも冒しており、かかる身体の状況のもとでは、些細な刺激が引き金(誘因)となって突然死をもたらす可能性が医学上十分考えられる旨主張し、乙第一九九号証、乙個第五号証の二、木村証人の証言によれば右主張に副う証拠が存する。

しかし、前記(一)で認定したとおり、美佐江は、出生後本件予防接種を受けるまで順調に成育し、小学校三年生になってからも二日程学校を休む程度で学校生活を送り、特に、本件予防接種を受ける一か月程前には運動会で走る等元気にしており、本件予防接種直前に風邪をひいていたが、その他特別な異常は認められなかった。

前記永田教授作成の剖検所見では、胸腺腫瘍が循環系、呼吸器系等、周囲器官を圧迫して浮腫喘鳴、咳といった症状を呈することが知られており、本例においても腫瘍の大きさから、何らかの臨床症状があっても不思議はないとしているが、反面「もっとも、周囲から重症と気付かれない程度の生活をしていたなかで、突然急死するほどに病状そのものが進行していたとは考え難い。」とされている。

そして、佐々木証人(甲第二六五号証)は、被告のいう「病理学的変化」が具体的に何をさすか不明だが、急死の直接の要因としては、腫瘤による直接の気管圧迫ないしは腫瘤穿破又はそこからの大出血による窒息死しか考えられないところ、剖検所見によれば「気道閉塞などの所見は認められない」として、全面的に否定されており、症状経過も呼吸障害の先行が認められないので、このような機転による急死は全く考えられず、また、悪性リンパ腫そのものの自然的経過とも考えられないとし、その根拠として、①悪性リンパ腫等の死に至る経過は、一般に身体の衰弱の結果として起こる肺炎等の余病や、前記大出血等による気道閉塞等によってもたらされるもので、その場合には相応の臨床経過が必要であるが、本児の場合は右臨床経過が全く見られず、剖検所見もこれらの余病又は合併症を起こしていたと見られる所見が全く得られていないこと、②仮に腫瘍そのものが直接に死をもたらすことがあり得るとすれば、それは全身の諸臓器の機能を含めてボロボロに冒し尽くされた状態になった場合にのみ考えられ、予防接種の施行はおろか起居さえ不可能に近い状態にあった筈であるが、美佐江は周囲からも、接種担当者からも直前まで診療を受けていた医師からも、その疾病の存在すら気付かれない状態で生活していたことを挙げ、悪性リンパ腫そのものによる直接死亡は考えられない旨証言している。

なお、前記剖検所見によれば、本件において悪性リンパ腫という予後不良の疾病が下地にあり、しかも周囲器官を物理的に圧迫している状況のもとでは、些細な刺激が引き金となって症状を引き出す可能性があり、その引き金としてワクチン以外に、例えば、咳の刺激とか痰、唾の飲み込みが考えられ、美佐江が突然呼吸困難になったのは偶々激しい咳や発作がワクチン注射とは無関係に生じたという考え方もできる旨記載されており、確かに、前記認定のとおり、美佐江が夜中起きて、咳をしながら、胸がきついといったことは認められるが、その後美佐江は自分で立ってトイレに行っており、その時点で呼吸困難はなく、佐々木証人は咳と呼吸困難とは基本的に内容が違うので、咳が直接の死因となったとは考えられないとしている。

以上によれば、美佐江の急死の原因として、同児の胸腺の悪性リンパ腫、それがもたらした胸腺腫瘤、脾臓、肝臓への浸潤、白血病像等の病理的変化、あるいは悪性リンパ腫そのものの自然的経過によるものとは考えられ(ない)<証拠判断略>。

そして、<証拠>によれば、本件予防接種後、一二時間余で突然発症急死した本児の病状経過をふまえ、剖検所見を裏付けとして考按した場合、美佐江の急死の第一義的な要因は、神経症状が先行している点から本件予防接種によって、急性脳症を含む中枢神経の重大なトラブルが突発したか、若しくは、同接種による抗原抗体反応等の何らかのアレルギー反応が突発したことによるとしか考えられないとされ、永田教授でさえ、前記剖検所見で「何らかの誘因」の介在なしに急死は考えられず、「インフルエンザワクチン接種が誘因として何がしかの役をつとめた可能性は否定できない」としており、前記(三)での白木証人の証言及び右(四)の認定事実を合せ考えると、美佐江について、前示三要件の①、③の各要件を充足するものと認めることができる。

よって、美佐江について、本件因果関係を認めることができる。

4  被害児番号6坂井和也

(一) 前記第三、一、6で認定した事実、<証拠>、及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

(1) 原告貞子は、妊娠中軽度の貧血があった他は特に異常がなく、昭和三八年一〇月一八日正常分娩により和也を出産し、和也の生下時体重は二六五〇グラムであり、和也は、その後順調に成育し、生後三か月位で首が坐り、生後三か月過ぎには、お座りをし、寝返りを打つようになって、笑みを返し、ガラガラで遊ぶようになっていた。

(2) 和也は、昭和三九年一月二九日に百日咳、ジフテリア二種混合ワクチン(第一回)、同年二月四日に種痘、同月一九日右二混ワクチン(第二回)の各接種をそれぞれ大山医院で受けており、その後同年三月一日に同医院で受診した際、肺には異常がなかったものの、咳が出て、咽頭発赤があったので吸入療法と投薬を受けた。

(3) さらに、和也は、同月三日福岡市南保健所でポリオ生ワクチンの接種を受けているところ、原告貞子は接種間隔が気になったため、同日和也を大山医院へ連れて行き、診察を受けさせたうえ、接種をしても良いとのことで右接種を受けさせたものであり、和也は、翌四日大山医院で診察を受け、咳が出て、便が軟かく、咽頭発赤があるということで、吸入療法と投薬を受け、同月六日にも同様の治療を受けた。

(4) 和也は、昭和三九年三月一一日の本件予防接種当日、少し風邪気みで鼻水が出ており、午前一〇時ころ大山医院で診察を受けたうえ、急性扁桃腺炎ということで、咽頭にルゴールの塗布を受け、アミノピリン等の薬剤をもらい、本件予防接種を受けて帰宅した。

(5) 和也は、同日午後四時ころ急に大人のぜんそくのような咳を始め、咳のたびに体をバタバタとはね飛ばしてけいれんを起こし、原告貞子が和也を抱き締めると右けいれんは一応止まったものの、和也の手足が紫色になり、目が据わって反応がなく、さらに、右同様のけいれんがあり、段々ひどくなるため、同日午後五時ころ大山医院へ行き、前記アミノピリン等のほかルミナールの投薬を受けた。

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はなく、その後の経過は、前記第三、一、6認定のとおりである。

右事実によれば、和也の発症は、本件予防接種後約六時間という近接した時間内に、これまでみられなかったような激しいけいれん発作を起こしているものであるところ、和也は、本件予防接種当日風邪をひいていたが、出生後本件予防接種を受けるまで特に異常がなかったものである。白木証人は、右事実を前提に、和也を自ら診察したことに基づき、初発症状として間代性けいれん、及びそれに伴う手足のチアノーゼ、呼吸困難等の症状があり、これが脳浮腫によって脳幹が圧迫されたことにより起きていること、和也の現在の後遺症である精薄の度合が非常に重く、大脳が冒されている証拠であること、前記「折れ曲がり」がひどく、根底に急性脳性があること等を証言する。そして、前示第四、三、2で認定した二混ワクチンの副作用についての判断に照らすと、和也について前示三要件のうち①、②の要件を充足するものと認めるのが相当である。

(二) 被告は、本件予防接種を含む各予防接種当時、和也の診療に当たった大山医師作成の診療録に、脳炎、脳症等をうかがわせるけいれん、意識障害といった神経症状の記載が全く認められず、特に本件予防接種当日又はその翌日に、脳症様の症状があった可能性を推測させるような症状やその処方、処理の記載を見い出すことができないうえ、同医師作成の昭和四五年一一月三〇日付医証にも、本件予防接種後感冒様の記載があるのみであり、従って、本件予防接種により、和也が脳炎、脳症を起こしていない旨主張し、木村証人は右主張に副う証言をなす。

そこで、まず、乙個第六号証の一の記載内容について、甲個第六号証の二と合わせて検討すると、三月一一日の一回目では既往症、原因等の欄に症状として鼻汁、傷病名欄に急性扁桃腺炎である旨の記載があり、処方等の欄には①として健胃散、アレルギン散、ロートエキス、アミノピリン等の薬名と量が、②として咽頭処置が、③として「百ワ第三回」という各記載がなされており、同日二回目の診察では既往症、原因等の欄に症状の記載等はなく、処分等の欄にアミノピリン、アスピリン、ルミナール等の薬名と量が記載されている。そして、甲個第六号証の三、四、一一、一二、及び白木証人の証言によれば、二回目に処方された薬のうち、ルミナールは主に抗けいれん作用を有することが認められ、被告が主張するように脳症様の症状があった可能性を推測させるような処方の記載を見出すことができないとはいえない。

ところで、本件予防接種当日の三月一一日から同月二一日和也が大山医院を退院するまでの診察経過等をみると、右認定事実に<証拠>及び弁論の全趣旨によれば、和也の両親、特に母親である貞子は、けいれんについて十分な理解を欠き、本件予防接種による副反応の可能性についても当時全く思いが及んでいなかったこと、和也が最初に発作を起こした際、大山医院で治療に当たったのは、インターンのような若い医師であったこと、原告貞子は右医師に対し、けいれんを起こしたとは言わなかったが、激しく咳込んで手を曲げる旨の説明はしたこと、右医師は、原告貞子に和也の疾病が風邪である旨告げ、解熱剤等とともに抗けいれん剤であるルミナールを出し、診療録には特に症状等の記載をしなかったこと、その後、和也は、けいれんを起こす度に大山医院で治療を受けたが、いつもインターンのような医師であったこと、右若い医師も毎日同じ者が治療に当たっていたわけではないこと、和也が大山医院に連れて行かれた時、和也のけいれんが治まった後であったこと、本件予防接種後何回目かの三月一七日に和也が大山医院で受診した際、直接大山医師が診察し、直ちに入院を指示したこと、和也は、入院中もけいれん発作を起こしたが、医師や看護婦を呼ぶ前にけいれん発作が治まっていたことが認められる。以上の事実を総合すれば、最初の発作の際に和也を診察した医師は、和也のけいれんを認めてルミナールを処方したが、従来大山医師が記載した診療録の記載や原告貞子に対する問診によって風邪であると判断し、症状としてのけいれんを記載しなかった可能性が高い。

そして、右認定事実によれば、原告貞子が若い医師に和也の症状を十分伝えることができていない可能性、及び右医師らにおいて、従来の診療録による症状等から和也の疾病を風邪であると診断し、十分な問診あるいは観察等できなかった可能性も高く、和也の最初の発作から三月一六日まで診察に当たったのが大山医師自身でないうえ、右若い医師らも同一人でなかったこと等を合せ考えると、本件予防接種による影響を含めて、和也の症状の診断等が十分でなかった可能性がある。

また、和也は本件予防接種当日生後五か月足らずであるところ、白木証人は、六か月未満の乳児については、言語が発達していないので、意識障害を判断するのが非常に困難であり、前記診療録では針を使用して検査したような様子もなく、右診療録に意識障害の記載がないということから直ちに右症状がないとはいえない旨証言している。

以上の諸点を総合すれば、乙個第六号証の一、及び五の記載が被告主張のような内容にとどまったからといって、脳炎、脳症等をうかがわせるけいれん、意識障害がなかったとは即断できず、大山医師作成の昭和四九年一一月一一日付医証(甲個第六号証の五)に、接種当日、夜間から高熱、嘔吐、けいれん発作、喘鳴咳嗽を認める旨の記載がなされているのも、前記のような診療経過等詳細な事情等を考えれば、十分合理的な説明が可能であり、治療から一〇年後に作成された医証であるから信用性が低いとはいえないというべく、右認定に反する木村証人の証言はにわかに信用できず、前記のような被告の主張も採用できない。

(三) 最後に、他原因の不存在について検討するに、被告は、和也には重い急性肺炎が精神状態に何らかの悪影響を及ぼしたか、あるいは生れつきの病気によって知能障害等が発生したものと解するほかはない旨主張し、木村証人は、右主張に副う証言をなし、乙個第六号証の一にも和也の傷病名として急性肺炎の記載がなされている。

しかし、同号証によれば、和也が急性肺炎と診断され、入院した際の体温は三六度七分で、翌三月一八日も三六度から三六分三分と平熱であって、同月二一日の白血球数は六二〇〇であり、また、聴診器での肺音所見やレントゲン所見が記載されておらず、抗生物質を投与した形跡等もないことが認めらるところ、白木証人は、肺炎は菌感染によるものであるから、高熱が出て、白血球の数値も一万以上になり、その数値は急性期を過ぎても直ちに正常には戻らないのに、和也には右のように発熱がなく、数値も六二〇〇と正常値で低くすぎ、その他急性肺炎をうかがわせるような所見の記載がなく、急性肺炎的な症状であったとしても、それが現在の後遺症の原因とはいえない旨証言している。

そして、大山医師作成の医証をみても、昭和四五年一一月三〇日付医証(乙個第六号証の五)では、昭和三九年三月一七日肺炎様症状を認めて入院加療、といささか後退した表現となり、さらに、昭和四九年一一月一一日付医証(甲個第六号証の五)では、肺炎様症状は軽快するも退院時脳性麻痺様症状が残り、患児の状態から予防接種と因果関係が強いと考える旨の記載になっており、右甲個第六号証の五の信用性については前記(二)のとおりであって、同(二)で認定したような事情等、及び急性肺炎が和也のような後遺症発生の原因となる可能性等を合せ考えると、重い急性肺炎が精神状態に何らかの悪影響を及ぼした旨の被告の主張は採用できない。

また、被告は、和也が生まれつきの病気によって知能障害等を発症した旨主張するが、右急性肺炎以外のいかなる病気であるのか明らかでないうえ、前記(一)で認定したとおり、和也は出生後本件予防接種を受けるまで特別な異常がなく、順調に成育しており、本件予防接種以外に和也の知能障害等を発生させるような病気の存在を認めるべき証拠は存しない。

なお、木村証人は、和也の精神発達遅滞の原因について、肺炎が非常に重く、何か精神症状を起こしたか、生まれつき何か病気があって目立つようになったと推測される旨、前記被告の主張に副う供述をなしてはいるが、結局はよくわからないとの証言に終っている。

従って、和也について、前示三要件の③の要件を充足しているものと認めるのが相当である。

よって、和也について、本件因果関係を認めることができる。

5  被害児番号7新須玲子

(一) 前記第三、一、7で認定した事実、<証拠>及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

(1) 原告新須郁子(以下「原告郁子」という。)は、妊娠中特に異常がなく、昭和四九年三月一九日玲子を予定より一〇日位遅れて出産したが、正常分娩であり、玲子の生下時体重は四二五〇グラム、身長は五七センチメートルであった。

(2) 玲子は、出生後順調に成育し、生後二か月ころ首が坐り、生後三か月で寝返りを打ち、生後一〇〇日目位には歯がはえ出したうえ、生後四か月ころ這い歩きを始め、生後五か月ころにはお座りもできるようになり、玲子には本件予防接種前てんかんを疑わせるような徴表はなく、家族、親族にもてんかん素因を疑わせる者は出ていなかった。

(3) 玲子は、昭和四九年七月一六日、百日咳、ジフテリア、破傷風三種混合ワクチン(第一回目)の接種を受けたが、特に異常はなかった。

(4) 玲子は、昭和四九年八月二〇日の本件予防接種当日、体温三六度四分で特に異常はなかったが、午後一時三〇分ころ本件予防接種(右三混ワクチン第二回目)を受けて帰宅したところ、午後一〇時ころ、目を動かさず、泣き声もたてず、頬をたたいても反応がなく、両手をガクガクさせる、というけいれん発作を約一五分間起こした。

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はなく、その後の経過は、前記第三、一、7認定のとおりである。

右事実によると、玲子の発症は、本件予防接種後約八時間三〇分という近接した時間内に、これまでみられなかった激しいけいれん発作を起こしたものであり、前記第四、三、2で認定した三混ワクチンの副作用についての判断に照らすと、前示三要件の②の要件を充足するものであることが明らかである。

(二) 被告は、脳症の臨床症状として、高熱、けいれん、意識障害がほぼ必須であり、極くまれに高熱を伴わない脳症もあるが、意識障害を伴わない脳症は考えられない旨主張し、乙第一八八号証の一、三、木村証人の証言には右主張に副う証拠が存する。

確かに、接種当日玲子の診察に当たった三瀬貞博医師作成の診断書(乙個第七号証の一)によれば、「発熱三七度七分、けいれんは鎮静しており、心音・肺野に異常を認めなかった」とされており、発熱やけいれんのほか、頭痛や意識障害等の記載がなされていない。

しかし、佐々木証人(甲第二六五号証)によれば、生後五か月の乳児では、頭痛は単に不機嫌という形態でしか出ず、意識障害にも様々な程度があって、右年齢の乳児の意識障害を確認するには困難を伴うので、頭痛、意識障害の記載がなくとも右各症状がなかったと判断することは必ずしも妥当でなく、また、脳症の症状としての発熱も様々の程度があって、三七度八分の発熱が脳症を疑う高熱でないとはいえず、一回のみの体温測定で高熱がなかったと即断することはできない旨証言し、白木証人も意識障害に関し同様の証言をなしている。

また、仮に、そうでないとしても、前記三、2で認定したように、脳症の典型例は、発熱、けいれん、意識障害の三症状を発現させるが、必ずしも三症状が揃わない非典型例も存在し、白木証人によれば、右玲子の症状がてんかん発作を中心とした脳症である旨証言していることが認められる。

そして、前記認定のとおり、昭和四九年九月二四日に玲子を診察した関医師は、同児に精神発育障害兼てんかんの診断を下しているところ、佐々木証人(甲第二六五号証)は、生後六か月の時点で精神発育障害と診断するのは、一般に困難であって、その程度が相当著しいものでない限り、右のような診断は下せず、それが接種後一か月の時点でなされているので、その時点において顕著な精神発育障害が明確に認められたことを示すものであり、それ以前に脳症を含む重大な障害が介在したことを強く疑わせる旨証言している。

さらに、鹿児島大学医学部附属病院小児科鉾之原昌医師作成の昭和五一年四月一五日付診断書(乙個第七号証の二)、及び同小児科寺脇保医師作成の昭和五三年一月六日付診断書(同号証の五)によれば、玲子が本件予防接種後に脳症を発症し、その後遺症としててんかん発作を起こし、知能の低下をもたらした旨診断し、佐々木証人(甲第二六五号証)は右診断につき、玲子を直接診療精査し、しかも、二年近くの時間的経過をふまえたうえで出された同一の結論は、最大限に尊重されるべきである旨証言している。

佐々木証人(甲第二六五号証)は、玲子に対する各診断書及び母子手帳等を精査した結果、玲子に脳症があったと断言することはできないとしても、少なくとも脳症の存在を否定するのは誤りである旨証言し、白木証人は、てんかんは脳が冒されたために起こるものであり、玲子には、てんかん発作を中心とした脳症があって、接種後一か月足らずでてんかんがみられ、精神発達の障害が起こるというひどい折れ曲がりが認められ、急性脳症とその後遺症である旨証言している。

以上の諸点及び前記三、2の三混ワクチンの副作用についての判断に照らすと、玲子について前示三要件の①の要件を充足していると認めることができ、右認定に反する木村証人の証言はにわかに措信できず、右被告の主張も採用できない。

なお、被告は、玲子の接種二か月後の二回目のけいれん発作、四か月後以降の頻回のけいれんが本件予防接種によるものとは考えられず、仮に二回目のけいれんが一か月後あるいは原告ら主張の二四日後であっても、本件予防接種によるものではない旨主張するので検討する。

玲子の二回目のけいれん発作については、前記認定のとおり、原告ら主張の九月一三日であると認められ、接種後二四日目ということになるが、佐々木証人(甲第二六五号証)は、通常副反応の発現時期の問題は、初発発作なりその時期の病状についていうもので、予防接種直後の副反応がけいれん重積等のように、脳に相当程度以上の損傷を及ぼした場合(玲子の場合もそのように診断される。)、その後数か月以上を経て後遺症としてけいれん発作を続発することはあり得ることであり、その可能性はむしろ大きいと判断すべきであって、これを無関係と認定するのは根拠に乏しい旨証言し、白木証人は、神経病理学の立場から、急性脳症によって損傷を起こした脳の一部分とそれ以外の部分とで、その後の脳の発育によって不均衡を生じ、これが後のけいれん発作の原因となり、後発性のてんかん発作の出現には、そこに数年から一〇数年前後の期間を要するのを常とし、仮に初発発作と次の発作との間に数か月の間隔があったとしても、因果関係を否定する根拠とはならない旨証言する。

以上のとおり、二回目のけいれん発作、及びそれ以後の頻回のけいれん発作が本件予防接種に起因することについて、理論上説明が可能であり、前記被告の主張は採用できない。

(三) そこで、他原因の不存在について検討するに、被告は、玲子のように数か月置に起こるけいれん発作をてんかんの自然経過と考えるのが相当であり、玲子がもともとてんかんの素因を有していて、その初発のてんかん発作が偶々本件予防接種後に起こったと解するのが自然である旨主張する。

しかし、前記四、2矢富亜希子の(三)で述べたとおり、単にてんかん素因があるというだけでは十分でなく、具体的に立証される必要があると思料されるところ、前記(一)で認定したとおり、玲子には本件予防接種前にてんかんを疑わせるような徴表は全くなく、家族、親族にもてんかん素因を疑わせる者は出ていないうえ、白木証人も右同趣旨のことを述べて、他原因は否定できると証言している。

従って、玲子について、前示三要件の③の要件を充足していると認めるのが相当である。

よって、玲子について、本件因果関係を認めることができる。

6  被害児番号9山村誠

(一) 前記第三、一、9で認定した事実、<証拠>及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

(1) 原告照子は、三六歳の時に初めて誠を妊娠した高年初産婦であったが、妊娠中特に異常がなく、昭和四六年一一月一日満期に自然分娩にて誠を出産し、誠の生下時体重は二九三〇グラム、身長は五一センチメートルであったところ、右分娩直後、誠は産声をあげず、啼泣後に軽いチアノーゼと軽いけいれんがあり、そのけいれんが三、四日程続いた。

(2) 誠は、一〇〇日目位で首が坐り、五、六か月で「ママ」とか「ブー」とかの言葉を発し、七か月目ころの脳波検査の結果も正常で、八か月ころには這い歩きを始め、一〇か月ころには伝い歩きが出来るようになり、一歳ころには「ネンネ」、「ワンワン」、「バイバイ」等という言葉も話すようになった。

(3) 誠は、この間、九大病院及び保健所で月一回程度の検診を受け、特に異常はなく、身長が標準よりやや小さく、体重も少なく小柄であったが、身長、体重ともほぼ順調に増加しており、本件予防接種を受けるまでは風邪をひいて病院にかかったことはあるものの、けいれんを起こすこともなく、ほぼ順調に成育した。

(4) 誠は、昭和四七年四月二七日に第一回目、同年一〇月二六日に第二回目のポリオ生ワクチンの接種を受け、昭和四八年二月一五日には梅野医院で百日咳、ジフテリア、破傷風の三種混合ワクチンの第一期第一回目の接種を受けたが、いずれも特に異常はなかった。

(5) 誠は、昭和四八年三月二三日の本件予防接種当日、臀部に湿疹が出ていたが、体温は三六度七分で、その他特に異常はなく、午後一時二〇分ころ本件予防接種を受けて帰宅したところ、午後五時二五分ころけいれんを起こしたため、午後五時三〇分ころ梅野病院で抗けいれん剤である一〇パーセントフェノバール0.3ミリリットルの投与を受けたものの、けいれんは治まらず、さらに右薬0.3ミリリットルの投与を受けたが、けいれんが止まらず、嘔吐をなした。

(6) そこで、誠は、同日午後六時ころ九大病院へ転院したが、その後も全身けいれんがあり、チアノーゼ、呼吸不全、意識障害が認められ、酸素吸入、血管確保、二〇パーセントのブドウ糖四〇ミリリットル投与等の治療を受けた結果、約一五分後には一応けいれんが止まったものの、翌二四日も目をさまして天井をきょろきょろ見ており、起座できず、言葉も出ずにぐったりした状態が続いた。

(7) 誠は、昭和四八年六月九日午前三時四〇分ころ、二回目のけいれんを起こし、同日午前四時一〇分ころ救急車で九大病院に運ばれ、一〇パーセントのフェノバール0.5ミリリットルの投与を受けたが効果がなく、一〇分後二〇パーセントのブドウ糖二〇ミリリットルを投与され、さらにセルシン三ミリグラムまで投与されたところ、同日午前四時四〇分ころけいれんが治まり、眠りについた。

(8) 誠の右二回目のけいれんは、約一時間近く、嘔吐を伴う全身けいれん、チアノーゼ等が継続し、右治療で一応けいれんは治まったが、その際の検査において、誠の大腿内転筋が非常に硬く、誠には、膝蓋腱反射の亢進及びババンスキー、シャドック(病的反射)(+−)等の神経学的異常所見が認められた。

(9) 誠は、その後足を突っ張ったような感じで、言語障害も続き、同年一一月一三日九大病院の検診では、言葉が「あっち」「バイバイ」程度、歩行も伝い歩きのみで、突っ張ったような歩き方をし、膝を殆ど曲げない痙性歩行であり、昭和四九年一月一七日の検診時は、四、五歩歩くことが可能となったが跛行しており、二歳三か月ころから歩くようになったが、依然跛行して歩き、言葉も右と殆ど変らない状態であった。

(10) 誠は、昭和五〇年四月七日に三回目のけいれんを起こしたが、その後けいれんは起きておらず、誠の現在の状態としては、知能障害があって、言語の発達が遅滞し、計算能力も劣っており、運動機能障害としては、左片麻痺のため歩行障害がある。

以上の事実が認められ(る)<証拠判断略>。

なお、被告は、誠の本件予防接種後の一回目のけいれん発作の際、脳症の三大症状の一つである意識障害をうかがわせる症状が一切見られなかった旨主張し、右当日誠の診察に当たった梅野医師作成の診断書(乙個第九号証の二)、及び九大病院の満留医師の診療録(乙個第九号証の四の三月二三日付同医師記載部分)には、意識障害という記載が認められず、接種後四日目に誠を診察した高嶋医師の診療録(乙個第九号証の四のうち三月二七日付同医師記載部分)にも、意識障害をうかがわせる症状の記載は認められないが、乙個第九号証の三によれば、右高嶋医師作成の診断書では、一回目のけいれんの際、呼吸不全とともに意識障害があった旨明確に記載されているところである。

また、前記認定事実のとおり、誠は、本件予防接種当日けいれん発作を起こし、その翌日目をさまして天井をきょろきょろ見ていて、起座できない状態が続いたのであり、さらに、原告山村照子本人尋問の結果によれば、三月二七日九大に診察を受けに行ったのは高嶋医師の診察日の関係によるものであって、右診察を受けたのが接種後すでに四日目であることが認められ、右各事実を総合すれば、前記認定のとおり、一回目のけいれんの際に意識障害を伴っていたものと認められ、被告の右主張は採用できない。

右事実からすると、誠は、出生時軽い新生児けいれんと多少の発達の遅れはあったが、ほぼ順調に成育してきており、本件予防接種後約四時間という近接した時間内に、これまでみられなかった激しいけいれん発作を起こしていること、その症状として意識障害、呼吸不全、吐き気を伴い、本件接種の翌日も目をきょろきょろしてはっきりしない状態が続いており、後記のように他原因が認められないことを合わせ考えると、急性脳症を起こしていたものと認められる。白木証人は、原告照子から誠の病状経過を聞くとともに、誠について自ら行った診察に基づき、右同旨のことを述べたうえ、急性脳症の典型例である旨証言しており、また、佐々木証人も脳症の可能性を否定できない旨述べている。

そして、百日咳ワクチンを含む三混ワクチンの副作用として急性脳症の起きることが認められること、前記認定のとおりであるから、以上によれば、誠について前示三要件のうち①、②の要件を充足するものと認めるのが相当である。

(二) 被告は、不活性ワクチンである三種混合ワクチン接種による副反応は、接種後二四時間、遅くても四八時間以内に発現するのが通例であるから、接種後二か月以上経過した後に発生した誠の二回目のけいれんは本件予防接種に起因するとは考えられない旨主張し、乙第一九二号証、白木証人の証言によれば、右ワクチン接種による副反応の潜伏期が通例右被告主張のような時間内に発生することが認められる。

しかし、前記(一)認定のとおり、一、二回の各けいれんともフェノバールの投与を受けたが、直ちには止まらず、一回目は投与後約五〇分、二回目では二、三〇分間けいれんが続き、ブドウ糖の投与等の治療を受けて治まったものであり、佐々木証人(甲第二六五号証)によれば、通常の良性けいれんでは、右抗けいれん剤であるフェノバールの使用によって数分ないし一〇分余りでよく反応することが多い旨証言している。また、前記(一)、(8)、(9)で認定したように、二回目のけいれんの際、誠には、大腿内転筋が非常に硬く、膝蓋腱反射の亢進及びババンスキー、シャドック(病的反射)(+−)等の神経学的所見が認められ、その後、誠は足を突っ張ったような感じで、二回目のけいれんから約七か月後の検診では、伝い歩きが痙性歩行であり、二歳三か月ころから歩くようになったが、依然跛行して歩いていたものである。

以上の事実によれば、一、二回目のけいれんとも類似しており、二回目のけいれん時の神経学的異常所見やその後の痙性歩行をみると、二回目のけいれんは本件予防接種による二次的障害として続発していると認められ、佐々木証人は右同旨の証言をなし、白木証人も、前記のような「内的不調和」の理論によって右二回目のけいれんを説明している。

従って、二回目のけいれんについても前示三要件の①、②の要件を充足すると認められる。

なお、百日咳ワクチンを含む二混、三混ワクチンの潜伏期間については、四八時間を超えて発現する脳症状が示されているものもあり、直ちに百日咳ワクチンの起因性を否定できないことは前記三、2、(二)のとおりである。

(三) そこで、前示三要件の③の要件である他原因の不存在の点について検討する。

被告は、本児が分娩時ないし分娩直後の胎児仮死及び新生児仮死による低酸素症によって脳障害を負い、その障害が心身の発育とともに症状として強くあらわれ、本児の現症である脳性麻痺、てんかん、精神発達遅滞等の症状となって出現したものであり、本児に出生時から存在した脳障害の自然経過である旨主張する。

(1) まず、乙個第九号証の一によれば、「分娩遷延し、生下時仮死あり、(一五分)」との記載があり、医師柴田溜美子が記載したものと認められるところ、甲第二六五号証、甲個第九号証の三、佐々木証人の証言、原告山村照子本人尋問の結果によれば、右柴田医師は、誠が昭和四八年六月九日二回目のけいれんを起こした際に診察治療にあたった医師であり、右記載は、原告照子に対する問診によって同医師が記載したものであること、誠の母子手帳には、出産時の状態欄のところに「仮死産(仮死→蘇生・死亡)」との事項があるのに「生産」の部分に丸印が付され、特別な所見その他参考となる事項欄にも「蘇生術施行」「酸素吸入」等に丸印等が付されていないこと、右母子手帳の記載は、出産当時の担当医である柏村正道により記載されたこと、原告照子が昭和五九年七月ころ右柴田医師に対し、前記「生下時仮死あり(一五分)」との記載について確認に行ったところ、同医師が産婦人科のカルテ等を見て正常分娩であった旨告げたことが認められ、前記認定のとおり、原告照子の妊娠中特に異常がなく、満期産であったこと、誠の生下時体重が二九三〇グラムであったこと等を合わせ考えると、誠に新生児仮死はなく、仮にあったとしても、母子手帳に記載を要しない程度の軽いものであったと認められ、甲第二六五号証、佐々木証人の証言によれば、佐々木秀隆医師は、誠に関するカルテ等の資料を検討したうえで、右同様の結果を述べており、以上によれば、乙個第九号証の一の前記記載部分はにわかに措信できない。

なお、原告山村照子本人尋問の結果によれば、原告照子が昭和五九年七月ころ柴田医師に確認に行った際、柴田医師が産婦人科のカルテ等を見て、誠の出生時のアプガー指数が七であった旨告げたことが認められる。

乙第二〇二号証によれば、アプガー指数は臨床的に仮死を定めるのに、新生児の心拍数、呼吸状態、皮膚色、筋緊張、反射の五つの徴候を娩出一分後において検査し、それぞれの項目を零点、一点、二点の三通りで評点し、その点数を総計して、その合計点で新生児の生活力や仮死の状態をみて、治療基準を定めるものであり、一〇点ないし八点は正常であって酸素は不要であり、七点ないし六点は酸素マスク法、五点ないし三点は陽圧マスク法を必要とし、二点ないし零点は挿管による蘇生法が必要とされ、一般に五点以下は蘇生の必要があり、また、この方法は出生後一分のみでなく、三分ないし一〇分以後におけるその経過で合計点を観察するのがよいといわれていて、特に五分後評点は中枢神経系の予後と高い関連があるとされていることが認められる。従って、誠の出生時のアプガー指数が七ということは、右文献によると酸素マスク法が必要であったということになる。

しかし、原告山村照子本人尋問の結果によれば、前記柴田医師は原告照子に対し、アプガー指数七で正常産の範囲内であり、誠の哺乳力が弱かったことと末梢の軽いチアノーゼがあったことから右指数が七になった旨告げたことが認められ、また、佐々木証人もアプガー指数七というのは明らかな生産である旨述べており、本件におけるアプガー指数七に対する評価は分かれるところであるが、前記のとおり、出生後何分での指数であるかによって、意味も多少違って来るところ、前掲各証拠を検討しても、誠のアプガー指数七というのが、出生何分後の数値であるか定かでない。さらに、前記乙第二〇二号証でも明らかなように、新生児仮死の定義自体かなり幅のあるもので、一般的に出産における児の具体的な仮死の状態にも千差万別なものがあると考えられ、特に、本件のような限界的な事例を表わす指数としては、未だおおまかな数値であって、右指数自体にあまり大きな意味を持たせることは妥当でない、と思料される。

(2) 次に、誠は、前記認定のとおり、出生後二、三日けいれんが続いているところ、乙第二〇三号証によれば、新生児のけいれんは通常中枢神経系の異常を示すものであり、無酸素性脳障害、頭蓋内の出血、脳奇形、硬膜下浸出液、髄膜炎、テタニー等を示唆するものであるとされ、木村証人は、誠の脳に多少の影響があって、新生児けいれんを起こした可能性を否定できない旨述べている。

しかし、甲個第九号証の一、二、原告山村照子本人尋問の結果によれば、原告照子が出生直後の誠を診察した高島医師に聞いたところでは、誠のけいれんは小児科専門の医師が見てわかる程度の軽いものであったうえ、誠には、前記認定のとおり、出生後四、五日目以降けいれん発作が起こっておらず、多少の発達の遅れはあるが、ほぼ順調に成育し、九大病院及び保健所での月一回程度の検診でも特に異常はなく、生後七か月目ころの脳波検査でも結果は正常であり、誠の出生直後二、三日続いたけいれんは軽いものであったこと、前記(一)で認定したとおりである。

(3) なお、乙個第九号証の一によれば、誠は、出生後二〇日程入院していた旨の記載があり、右記載は、前記のとおり原告照子が柴田医師の問診の際に話したことであるが、仮に右のような事実が認められるとしても、右(1)、(2)及び前記(一)、(1)で認定したような誠の出生時の状況からすれば、この時期哺乳力が微弱なために体重増加がおもわしくない等の管理を要する何らかの問題点があったものと推測され、佐々木証人も同様の証言をなしている。

以上の事実及び前記(一)認定の事実を総合すれば、誠は、その出生直後に若干の身体的トラブルはあったが、それは重大な後遺症を残す重篤なものではなかったということができる。佐々木証人は右同様の証言をし、白木証人もほぼ同趣旨の証言をなしており、その他右認定を左右するに足りる証拠はなく、前記被告の主張は採用できない。

よって、誠について、本件因果関係を認めることができる。

五以上のとおり、被告が因果関係を争う右六名の各被害児につき、本件各予防接種と本件各事故との間にそれぞれ因果関係が認められる。

第五国家賠償法に基づく責任について

一公務員概念

原告らは、本件予防接種においては、行政組織体としての被告そのものが国家賠償法一条の「公務員」に該当する旨主張する。すなわち、被告の予防接種実施行為は、国の公衆衛生の向上と増進を目的として、国家的規模でなされる衛生行政の一環であり、原告らが加害行為として把えるのは、予防接種実施の基本的決定から具体的実施に至るまでを含む一連の組織的行為の全体であるとし、その行為者は右決定に関与した公務員や具体的実施に関与した医師等を含めて一体として把握すべきであり、予防接種を担当した行政組織体そのものである旨主張する。

しかし、国家賠償法一条一項によって国又は公共団体が負う損害賠償責任の法的性質は、いわゆる代位責任であると解するのが相当であり、同法条に基づき国又は公共団体に損害賠償を請求する場合には、原則として、個々具体的な特定の公務員の不法行為を個別に主張しなければならないものと解すべきである。

もっとも、公務員の不法行為が単独の公務員の行為ではなくて、国又は公共団体の組織的な決定としてのものであるような場合には、その決定に関与した複数の公務員の個々的な行為が、組織的決定の一環として評価されるべき性質のものであることに鑑み、不法行為者としては、当該組織体を構成するそれぞれの名目的な公務員を指名することで、右特定をすることができ、それ以上に具体的な現実の氏名等を挙げることまでは必要がないと解せられる。

これを本件についてみると、右原告らの主張は、不法行為者としての公務員を、被告の組織体の構成員である厚生大臣、公衆衛生局長以下、予防接種行政を管掌する厚生行政担当者として主張するものと解し得ないではなく、加害行為が右厚生行政担当者の組織的決定そのものである限りは、右の趣旨で公務員の特定をしているということができ、また、本件訴訟で原告らが予防接種担当医師の具体的な接種行為につき過失を主張しているものについては、その予防接種が公権力の行使である場合、当該医師が右公権力の行使に当たる公務員であり、その者について右のような特定が必要である。

二公権力の行使について

1  旧法五条、六条、及び法六条に基づく接種

被害児番号1前田五実、同4矢富亜希子、同7新須玲子、同8吉田達哉、同9山村誠に対する本件各予防接種が旧法五条に基づく定期接種(強制接種)であり、同2大熊宣祐に対する本件予防接種が同法六条に、同5山科美佐江に対する本件予防接種が法六条に基づくそれぞれ臨時の予防接種(強制接種)であり、これらが被告である国の公権力の行使に該当することは、当事者間に争いがない。

また、被害児番号3古賀宏和に対する本件接種についても、前記第二、二、3の認定のとおり、旧法五条によって接種されたと認められ、同法条に基づく接種が被告の公権力の行使に該当することは前記のとおりである。

2  旧法六条の二による接種

(一) 被害児番号6坂井和也が前示開業医を実施主体として本件予防接種を受けており、これが旧法六条の二に基づくものであることは、前記第二、二、4認定のとおりである。

(二) そして、右規定により接種を受けた者は、同規定の趣旨によれば、被告が実施した予防接種を受けたのと同様の接種義務を履行した効果が擬制されるところ、右予防接種の実施主体である開業医は、被告の委任を受け、その機関として予防接種を実施したことを認めるべき証拠がないから、右被害児の受けた本件予防接種をもって国の公権力の行使であると擬制されるものではなく、右予防接種は私人たる開業医の行為としての性質を持つ行為である。

従って、右予防接種時において、接種担当者に過失があったときには、当該担当者が地方自治体から委託を受けている場合は、国家賠償法一条に、私人であるときは、民法七〇九条、七一五条に基づいて、それぞれ当該自治体又は当該担当者個人及びその使用者に損害賠償をなし得ることは当然であるが、被告である国に対し直接に賠償の請求をなすことはできないことになる。

3  以上のとおり、原告らが、被告の公権力の行使と主張する事実のうち、旧法五条に基づく接種、同法六条に基づく接種、法六条に基づく接種については、被告の公権力の行使に当たると認められ、なお、その他の接種についても、被告の地方自治体ないし開業医に対する行政指導については、それ自体公権力の行使に該当すると認められるが、その他はこれに該当しない。

従って、右公権力性が肯認されるもの以外の旧法六条の二に基づく接種は、被告である国の公権力の行使とはいえず、右接種自体に過失があったことを根拠に被告の国家賠償責任を求める原告らの主張は、その余の点について判断するまでもなく、失当である。

三故意責任について

原告らは、予防接種法が重篤な副反応を許容しているものでないところ、被告が副反応の存在とその回避不能の事実とを認識していたにもかかわらず、予防接種を実施していたものであり、被告に故意があることは明白である旨主張する。

当裁判所は、右原告らの主張が、厚生省公衆衛生局長等の組織体の制度的決定における故意を問題にしている趣旨と解して、以下検討する。なお、後記の過失においても同趣旨で検討する。

しかし、右原告ら主張の事実から直ちに、被告が予防接種により一定の確率で死亡あるいは重篤な副反応が発生することを認容し、そのうえで敢て本件各予防接種を実施させたとまで認めることはできない。

すなわち、予防接種による副反応事故について、被告にその認識が全くなかったとはいえないが、被告が回避不能の事実を認識していたといえるかどうか疑義があるうえ、予防接種は伝染病の発生及びまん延の予防を目的とする予防接種法等の法律に基づき、公共の福祉のため実施されるものであり、副反応事故も全体からみれば極めてまれなものであること等からすると、被告が右認識のうえで、予防接種を実施したこと自体に故意ないし未必の故意を認めるのは相当でない。

よって、この点に関する原告らの主張は失当である。

四副作用を説明しなかった過失

原告らは、治療行為における患者の同意は、医的侵襲そのものについてだけでなく、治療行為に随伴する患者の生命身体に対する危険性についてまで必要であり、本件予防接種による副反応は極めて重篤であるから、副反応についての説明及び同意が当然必要であるのに、被告が積極的に予防接種の危険性を説明するどころか、接種率を上げるために副反応を隠し続けてきたもので、被告には右説明義務違反の過失がある旨主張する。

1  重篤な副反応を隠蔽したことについて

種痘及び百日咳ワクチンを含む二混、三混ワクチンの各予防接種により、まれに重篤な副作用が発生することについては当事者間に争いがなく、前記認定のとおり、右のような重篤な副作用は、インフルエンザワクチン及びポリオ生ワクチンの接種によってもまれに発生するが、ジフテリアワクチンの接種では殆ど発生していない。

そして、被告が右ジフテリアワクチンを除く、本件各予防接種につき、各接種時に、前記副作用の存在することを認識していたことは、弁論の全趣旨より認めることができる。

(一) <証拠>、弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

一九四七年(昭和二二年)七月第六回国際疾病及び死因分類修正会議準備専門委員会の「疾病、傷害及び死因統計分類草案」が在日連合軍総司令部を通じて日本政府に手渡されたとき、同草案に予防接種事故死のことも載っており、厚生省は専門家を招集してこれらを検討し、一九五〇年(昭和二五年)にはその日本版を出版したこと

厚生省は、毎年の予防接種事故の集計を国際保健機構(WHO)に報告しているところ、この報告された数字は、人口動態統計(死亡診断書に基づく)によるものであり、一九五一年(昭和二六年)から一九六六年(昭和四一年)までの一六年間に一六四名の種痘による死亡者があったのに、厚生省防疫課(現厚生省公衆衛生局保健情報課)が公表した種痘事故死届出数は、僅かに六名にすぎなかったこと

我が国では、昭和二八、九年ころ腸チフスワクチンによる事故が相当多数発生し、右厚生省防疫課において事故例の集計をしたが、これが公表されず、右防疫課において予防接種事故を公表するような気運が高まったのは、漸く昭和四〇年ないし昭和四二年ころからのことであること

昭和二九年の第九回日本公衆衛生学会において、弘前大学医学部法医学教室の赤石英教授は、一般医家及び関係当局が予防接種による死亡例や重篤な副作用の存在を隠したがる傾向にある旨発言したこと

以上の事実が認められる。

(二) しかし、<証拠>及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

厚生省予防局長は、昭和二四年二月二四日「予防接種実施成績報告様式について」(予発第一七九号)という通達で、各都道府県知事宛に、予防接種法に基づく予防接種を実施した際、強い副反応事故が発生したときは電報報告すべき旨を通知したこと

昭和二五年ころから厚生省大臣官房統計調査部で刊行した「疾病傷害及び死因統計分類提要」に、「予防接種又は種痘による不慮の傷害」が分類項目として掲げられており、その項に人口動態統計に基づく予防接種の副反応による死亡者の集計が公表されてきたこと

厚生省防疫課は、昭和二八年に発行した「防疫必携第三輯」及び後記同課監修の「防疫シリーズ」等で予防接種の副反応についても解説をしていたこと

昭和三三年六月二〇日厚生省防疫課は、都道府県や市町村の関係職員、その他関係医師等の参考に供するために「防疫事例集」を発行し、昭和二〇年以降の予防接種事故の事例や厚生省に報告された事例についての年表を掲載したこと

厚生省防疫課監修の昭和三八年一一月二五日発行の「防疫シリーズNo7ジフテリア」、昭和三九年二月一〇日発行の「防疫シリーズNo4痘そう」、同年三月二〇日発行の「防疫シリーズNo16かぜ」では、それぞれ全国の防疫従事者、医療関係者のみならず、一般国民を対象として、ジフテリア、種痘、インフルエンザの各ワクチンの副作用について平易な解説がなされていること

厚生省は、昭和四〇年一二月防疫関係者宛に、同月三、四日東京と横浜で発生したインフルエンザ予防接種の死亡事故について通知し、また、昭和四〇年以降開始された種痘研究班等による種痘の副作用調査の結果は、逐次公表されてきていること

昭和四五年度以降は、厚生省から補助金を受けて運営されている財団法人予防接種リサーチセンター発行の「予防接種制度に関する文献集」において、ほぼ毎年予防接種の副反応の詳細な症例研究が公表されていること

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はなく、右事実によれば、前記(一)の事実にかかわらず、被告が予防接種による副反応の存在を隠蔽し続けてきたと認めることは困難であり、他に原告らの主張を認めるに足りる証拠はない。

2  本件各予防接種の被接種者らに対し副作用の存在を説明しなかったことについて

原告らは、被告が被接種者等に対し、予防接種による重篤な副反応の存在を説明すべきであったのに、これをしなかったことに過失がある旨主張する。

(一) <証拠>を総合すれば、本件各被害児が本件各予防接種を受ける際、接種担当者から右原告ら主張のような副反応があることにつき、説明を受けておらず、若し、この説明を受けておれば、当該予防接種を拒絶した可能性があったと認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(二) <証拠>及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

昭和四一年一〇月二〇日発行の金光正次ほか著「疫学とその応用」には、ワクチンの重篤な副作用被害の発生率について、種痘後の汎発性牛痘疹と種痘後脳炎が何千人に一人(別の個所で数百人に数人)の割合、百日咳ワクチンによる脳症が一〇〇万人に一人以下、ポリオ感染児のポリオワクチンによる麻痺性ポリオの誘発率が三歳児以下の幼児一万五〇〇〇人に一人の率と、いずれも低い旨記述されていること

昭和五一年の予防接種法の改正(同年法律第六九号)後、国立予防衛生研究副所長福見秀雄は、「ワクチンの安全性」と題する論文で、ワクチンによる重篤な副反応の発生機序が十分解明されていないことや、個体の異常(免疫機能の異常等)によるものが多く、その異常個体が非常に稀有であって、種痘の場合、対象幼児の恐らく一〇〇万人に数人という程度のものである旨記述していること

昭和四八年四月の種痘研究班資料では、第一期種痘による種痘後脳炎及び重症皮膚合併症の発生状況は、昭和四〇年から昭和四七年までの間、おおむね接種者一〇〇万人につき一六ないし三四人であり、うち死亡者が一、七ないし8.5人であること

厚生省大臣官房統計調査部発行の人口動態統計の死因統計(死亡診断書に記載してある死亡原因に基づく統計)では、昭和二六年から三九年までの間の種痘後脳炎による死亡者数は一〇〇人であり、うち一歳未満の死亡者数が六七人、右期間中種痘によるその他の合併症による死亡者数が五〇名であること

厚生省大臣官房統計調査部発行の保健所運営報告では、右期間中我が国で第一期種痘接種を受けた者の数が一七七八万五三五八人であること

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実に弁論の全趣旨を総合すれば、種痘のみならず、ジフテリアワクチンを除く、本件各予防接種ワクチンによる重篤な副作用の発生割合は、一〇〇万人当たり数人又は数十人というものにすぎず、さらに、ジフテリアワクチンでは極めて少ないと認められ、予防接種が一般的に危険なものであるとはいえない。

一方、予防接種は、接種を受けた個人にその伝染病に対する抵抗力を発生させる(個人防衛作用)とともに、その免疫を持つ者を増加させることによって、社会集団にその伝染病の流行を防ぐ作用(集団防衛作用)をもたらすことを目的として、実施されるものであり、しかも、法律に基づき、あるいは、被告の地方自治体に対する行政指導に基づいて実施されているものである。

右のような予防接種による副反応の発生割合、及び予防接種の目的等を合せ考えると、被告が、強制接種において、被接種者個人に右副作用の存在を説明すべき法的義務を負っていたと解することはできず、また、強制接種以外の接種において、地方自治体や開業医に対し、被接種者に右副反応の存在を説明するよう行政指導すべき義務を負っていたと解することもできない。

従って、前記(一)認定のように、本件各被害児らが本件各予防接種を受ける際、個々に右副作用の説明を受けなかったことにつき、被告に過失があったとはいえず、前記原告らの主張は採用できない。

五具体的過失について

1  厚生省公衆衛生局長等の具体的過失

(一) 種痘を廃止しなかった過失

原告らは、我が国では、昭和三一年以降痘そうが常在せず、非常在国の痘そう防止方法で十分流行を阻止できた筈であり、被告が痘そうの患者発生数と種痘の副反応例に意を払っていれば、遅くとも昭和三一年以降幼児の定期接種の廃止できたのにこれを怠り、漫然と実施した過失があった旨主張するので、検討する。

(1) 痘そうの病像及び伝播

<証拠>及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

痘そうは、痘そうウイルスによって惹き起こされる極めて伝染力の強い急性伝染病であり、患者のくしゃみの飛沫や痘そうの膿、痂皮の粉塵を吸い込むことにより人の上気道で感染し、感染後右ウイルスがリンパ組織で増殖して血症を起こし、皮膚へと広がっていくものであること

痘そうの症状は、約一二日間の潜伏期間後に、まず二ないし四日間の発熱、インフルエンザのような頭痛、関節痛、腰痛が生じ、続いて顔及び上半身に発疹が生じて、一、二日のうちに全身に広がり、発疹が生じてから三日目位の水疱疹、四、五日目位に膿疱疹、その後乾燥してかさぶたとなり、発疹を生じてから二~三週間後にかさぶたが落ち、治癒に向かうものであること

痘そうの死亡率は、軽いもので一七パーセント程度に達し、重い融合型、扁平型、出血型になると一〇〇パーセント近くにまでなるが、痘そうの治療方法はなく、抵抗力のない患者は全身衰弱を来たして死亡すること

痘そう患者のなかでは、特に抵抗力の弱い一歳未満の乳児の死亡率が高く、軽いものでも四〇パーセントに達し、治癒した場合にも、患者の顔面に顕著な斑痕が残って一生消えず、失明することさえあること

痘そうウイルスは、人間から人間に伝染するものであり、発病後一、二週間の伝染力が強く、家庭、学校、病院、隣近所等患者と密接に接触する狭い地域を中心に流行し、患者が旅行することによって他の地域へ流行が広がることもあること

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(2) 我が国の非常在国化と痘そうウイルス輸入の危険性

<証拠>及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

痘そうは、東アジアから世界各地に広がったものであるが、その継続的な流行があった国、すなわち、年間を通じて少なくとも一つ以上の汚染地域を持つ痘そう常在国と、外国からの侵入がなければ流行しない非常在国があったこと

WHOに報告された世界における痘そうの発生数は、一九五〇年(昭和二五年)から一九六三年(昭和三八年)までの間に二つのピークがあり、第一が一九五〇年から一九五一年(昭和二六年)までの約四九万五〇〇〇人、第二が一九五七年(昭和三二年)から一九五八年(昭和三三年)までの約二四万五〇〇〇人であって、概ね一〇万人前後の発生があったこと

WHOは、一九五八年(昭和三三年)痘そう根絶に努力すべきことを決議し、翌一九五九年(昭和三四年)以降各国に援助をしてきたが、一九六七年(昭和四二年)から大規模予算を投入して痘そう根絶計画を実施したところ、痘そう常在国数が年々減少し、一九六九年(昭和四四年)ころ四二か国で流行があったものが、一九七四年(昭和四九年)には、インド、バングラディッシュ、及びエチオピアの三か国で患者発生の大半を占めるまでに減少した。

また、WHOの痘そう撲滅作戦の進歩により、常在国の患者数の把握が確実となり、報告された患者数は、一九七三年(昭和四八年)約一三万五〇〇〇人、一九七四年(昭和四九年)約二一万八〇〇〇人となったうえ、前記インド等三国の患者発生数も、一九七二年(昭和四七年)約五万人、一九七三年約一二万六〇〇〇人であったこと

一九七五年(昭和五〇年)には右撲滅作戦が急速に実を結び、年間の患者数が約一万九〇〇〇人に減少し、同年末遂にアジア地域における新たな患者の発生がなく、以後、常在国はエチオピア一国となったが、一九七七年(昭和五三年)一〇月二六日、ソマリヤの患者発生を最後に流行がなくなり、その二年後の一九七九年(昭和五四年)一〇月二六日、WHOは世界において痘そうが根絶した旨の宣言をしたこと(痘そう撲滅宣言)

我が国における痘そうの流行状況は、明治時代毎年一定の患者数が報告され、明治一八年から明治二〇年、明治二五年から明治二七年、明治二九、三〇年、明治四一年に患者数一万を越える大流行があっているが、大正時代以降第二次世界大戦までは、報告される患者数が不規則であったこと

また、第二次世界大戦後は、昭和二一年に一万七九五四人(うち、死者三〇二九人)の患者数があったが、昭和二二年三八六人(同八五人)、昭和二三年二九人(同三人)、昭和二四年一二四人(同一四人)、昭和二五年五人(同二人)、昭和二六年八六人(同一二人)と逐年減少し、昭和二七年二人(死亡者なし、以下同じ)、昭和二八年六人、昭和二九年二人、昭和三〇年一人となり、その後昭和四七年まで患者の発生がなかったこと

しかし、昭和四八年にはバンングラディッシュからの帰国者一名、昭和四九年にはインドからの帰国者一名がそれぞれ痘そうに罹患していたが、いずれも早期に発見され、かつ軽症であったことから、二次感染はなかったこと

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実によると、我が国では、第二次世界大戦直後はともかく、昭和二七年から昭和三〇年まで毎年一ないし二名(但し、昭和二八年は六名)の痘そう患者であったのみであって、昭和三一年以降は昭和四八年と昭和四九年の右海外からの持ち込み例を除き、患者の発生がなく、我が国は、遅くとも昭和三一年には痘そうの非常在国となったものと認められる。

しかし、我が国の近隣国、あるいは交通手段のあるインド、バングラディッシュ、エチオピアでは、昭和四八年ころまで三国だけで年間一〇万人以上の痘そう患者が発生していたものであり、国際交通網の発達とともに、これらの国々から我が国に痘そうウイルスが持ち込まれる危険性は常にあったと認められる。

(3) 痘そうの予防対策と英米国における定期種痘の廃止

<証拠>及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

痘そうの防疫対策は、(ⅰ)流行地からの国際旅客の検疫と種痘の義務づけ、(ⅱ)感受性個体をなくすための定期種痘の強制的実施、(ⅲ)患者が発見された場合、その患者の隔離と接触者の種痘、その他疫学的調査による侵入経路の確認、及び患者により汚染された物件の消毒などであること

痘そうの防疫において、真に特異的な効果を期待できる方法は、種痘のみであり、WHOの全世界痘そう根絶計画においても、その根本政策は、発生監視(サーベイランス)組織の整備による患者の発見と、その周辺接触者の即時接種であるとされていたこと

痘そう予防のための定期接種の効果は、被接種者に感染する基礎免疫を与えて罹患率を低下させ、罹患してもその多くが不全型で症状も軽く、痘そうに感染した場合でも、その致命率を明らかに低下せしめていること

そのため、歴史的に定期接種が大部分の国で行われてきたが、痘そう非常在国にあっては、種痘の副作用による損害と種痘による利益との比較(コスト・ベネフィット・バランシング)から、必ずしも前者の方が軽いとはいえない状況を生ずるに至り、各国で定期種痘制度の再検討が求められるようになったこと

このようななか、英国と米国では、一九七一年(昭和四六年)に、痘そうの侵入の可能性が非常に少なくなり、定期種痘に伴う副作用の損害の方が痘そう侵入に伴って生ずると推定される損害より大きいとして、定期種痘の廃止に踏み切ったこと

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(4) 我が国における痘そう防止対策と定期種痘

<証拠>及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

我が国では、昭和四三年に厚生大臣から伝染病予防調査会に対し、今後の予防政策のあり方について諮問がなされ、同調査会予防接種部会種痘委員会において、定期種痘の是非につきコスト・ベネフィット・バランシング論(前示利益比較)を中心に検討されたが、全体の結論としては、定期種痘の廃止はまだ時期尚早であるというものであったこと

昭和四四年の日本小児科学会予防接種委員会でも、我が国は絶えず痘そう侵入の危険性にさらされているので、現行の定期種痘はなお当分継続する必要がある、と報告されていること

また、一九七〇年(昭和四五年)ころまでは、世界三〇か国以上の国々が痘そうに汚染され、アジア、アフリカ、南米の諸国にいまだ痘そうの常在国があって、我が国の近在諸国であるインド、バングラディッシュ、パキスタン、アフガニスタン等で毎年痘そうが流行しており、我が国は、これらの汚染国との交流による痘そう侵入の危険にさらされていたこと

我が国の痘そうに対する防疫態勢は、諸外国との主要な交通手段が船舶であった時代は、患者が約二週間の潜伏期を経て船舶上で発病することが多かったため、入国者の検疫態勢さえ完備していれば、検疫で感染者を発見することが可能であって、ある程度痘そうの侵入を防げたこと

しかし、一九六〇年(昭和三五年)代になると、右主要交通手段が航空機となって、患者が潜伏期間中に我が国に上陸することが多くなり、検疫段階で潜伏期間中の感染者を発見することが不可能に近く、検疫態勢の強化だけでは痘そうの侵入を防げなくなってきたこと

しかも、昭和四五年当時アジアに常在していた痘そうは、特に致命率の高いものであり、我が国では、右アジアの諸国と交流が盛んになるにつれて、痘そう侵入の危険に対する不安感も強まり、そのころ定期種痘廃止を主張する論者は殆どいなかったこと

当時我が国の一般的見解は、痘そうの予防には種痘以外に有効な手段がなく、国民に予め基礎免疫を与えておかなければ、流行時に臨時予防接種を行っても迅速な免疫の上昇を期待し得ず、また、高年齢児に初回種痘を行うと重篤な副反応の危険性が高い等の理由から、幼児の種痘を継続して実施する必要がある、というのが大勢であったこと

我が国の学界等で定期種痘廃止論が討議されるようになったのは、英米両国で定期種痘が廃止された昭和四六年以降であり、その討議の中でも、反応の弱いより安全な種痘に切り替えて行く必要はあるが、定期種痘廃止までは踏み切れず、英国と米国が廃止したからといって、我が国が中止するのは時期尚早との見解が有力であったこと

福見秀雄は、昭和四七年に、定期種痘を廃止し、一定の者に対する選択的接種と検診、診断態勢の強化、リングワクチネーション(汚染周辺の接種)の実施で痘そうの防疫が可能である旨の見解を表明したが、少数意見であったこと、

当時、ヨーロッパでは、毎年のように痘そうが輸入され、特に一九七二年(昭和四七年)には、痘そう常在国であるイラクからの帰国者によって、ユーゴスラビアに痘そうが持ち込まれて、国内で大流行し、患者一七五人、死者三四人を出すという事態があったこと

我が国においても、前記のとおり、昭和四八年と四九年に各一例ずつ痘そうの輸入があったところ、これについて、航空機の大型化と高速化のもとで、検疫段階での痘そうの侵入阻止が不可能であることを実証したものであるとする見方、及び、幸い二次感染がなく、痘そうの流行をみなかったことにつき、患者が種痘を受けていたことや、接触者にも定期種痘による免疫があったことを指摘する見解等があったこと

痘そう根絶に関するWHO専門委員会は、一九七二年(昭和四七年)に、痘そう輸入の危険性の高い非常在国においては、常在国と同じく生下時又は生後間もない時期に種痘を行い、再種痘を入学時と一〇歳ころ確実に行うべきであり、危険の高くない非常在国では、痘そうの侵入によって、特に感受性の高い住民の間で広くまん延して悲惨な結果を招くことを避けるため、小児期のできるだけ早い時期に種痘をし、入学時に再種痘をすることに重点を置くべきである旨報告していること

昭和五〇年当時の我が国では、まだしばらくの間、痘そう防疫施策の充実を図りつつ、痘そう根絶計画の経過、全世界の痘そう患者の推移を見たうえで、できるだけ早い時期に種痘を廃止したいとの意見が多く、昭和五一年に伝染病予防調査会予防接種部会が、それまで継続検討してきた定期種痘の是非につき答申したなかでも、定期種痘の実施方法の改善案は示されたが、定期種痘自体を廃止すべきであるとはされなかったこと

欧米諸国でも、古くから強制的な定期種痘によって免疫水準を維持するとともに、痘そう輸入時の緊急種痘で免疫を補完し、流行を阻止してきており、一九六九年(昭和四四年)当時多くの主要国で、非常在国となった後も右強制接種が続けられていたこと

右欧米諸国の防疫方法は、WHOの痘そう根絶計画においても妥当な方法と考えられており、WHOが痘そうの根絶の確認されていない国又はその近隣の国を除いて、種痘を廃止すべき旨の勧告をしたのは、一九七八年(昭和五三年)一二月になってからのことであり、それ以前には、世界各国に対し痘そう根絶計画の効果をあらしめるために、強制種痘の継続を期待していたこと

WHOが一九六七年(昭和四二年)から実施した痘そう根絶計画の成果が上がり、我が国及び欧米諸国に痘そうが輸入される危険がなくなったのは、一九七八年(昭和五三年)になってからであること

我が国は、それ以前、アジアから痘そうが根絶されたことを受けて昭和五一年一月一九日、「予防接種の実施について」(衛発第二五号)により、定期強制種痘の実施を見合わせることにし、実質上、右通知によって定期強制種痘が廃止されたこと

一九七一年(昭和四六年)に英米両国が定期種痘を廃止した後、我が国でもその廃止問題が議論されたが、定期種痘を廃止ないし中止できる条件は、(ⅰ)痘そう侵入のおそれが極めて低いこと、(ⅱ)万一侵入した場合、早期に発見、隔離できること、(ⅲ)至急に緊急種痘の実施ができること、(ⅳ)種痘の効果が短期間内に期待できること、(ⅴ)年長児ないし成人に初種痘が行われても、神経系合併症の発生頻度がさほど高くならないこと、(ⅵ)以上の結果、短期間内に少人数の患者発生のみで流行を阻止できること、というものであったところ、我が国では必ずしも英米両国と同じ結論に達しなかったこと

一方、伝染病予防調査会は、昭和五一年三月二二日厚生大臣に対し、「痘そうは、流行地域における根絶計画が最近目覚しい成果を挙げつつある」が、「現在なお、エチオピア等には流行がみられ、我が国への痘そう侵入の危険が全くなくなったとは考えられない。しかしながら、世界保健機構(WHO)が行っている痘そう根絶計画が着々とその成果をあげていること、乳幼児期の種痘に際して極めてまれにではあるが重篤な副反応による事故が発生すること、また、今回細胞培養痘そうワクチンが開発実用化されること等を検討した結果、」当面、平常時における初回種痘は生後三六から七二月までに右ワクチンを使用して実施し、小学校入学前六月以内及び小学校卒業前六月以内の種痘は、いずれも廃止する等の改正を行うのが適当であり、また、将来世界の痘そう流行状況が本質的に変化した時には、種痘の継続について再検討を行う旨の答申をしたこと

この答申を受けて、同年五月予防接種法の一部が改正され(同年法律第六九号)、右答申どおりに定期接種の内容が改められたが、厚生省は、WHOの痘そう根絶計画の進展を受けて、前記のように当面実質的に定期種痘の実施を中止し、前記WHOの痘そう撲滅宣言後、昭和五五年に定期接種の対象から種痘を削除したこと

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(5)  右(1)ないし(4)で認定した事実を総合すれば、我が国は遅くとも昭和三一年以降痘そうの非常在国になったと認められるが、その後昭和四〇年代以降も、常時近隣の常在諸国からの痘そう侵入の危険にさらされていたものであり、我が国と同様痘そうの非常在国であった英米両国を含む世界の主要な国々でも、痘そうの侵入、流行を防ぐため、最も有効な方法として定期種痘が実施されていたものと認められ、被告が昭和五一年の実質的廃止に至るまでの定期強制種痘を実施したことは、当時の公衆衛生のうち、痘そうについての防疫対策に関する支配的な見解に従ったものであって、合理的な理由があったというべきであり、昭和三一年以降種痘を廃止しなかったことに過失があるとの原告ら主張は認められない。

(6) なお、原告らは、痘そうの防疫対策が常在国と非常在国では必然的に異ならざるを得ず、非常在国におけるそれは、伝染経路(持込経路)対策を基本とすべきである旨主張するので、検討する。

原告ら主張の伝染経路対策は、いわゆる包囲種痘制度をいうと解せられるが、<証拠>及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

WHOは、もと全面的な定期種痘以外に痘そう根絶の方法がないと考えていたが、米国の疫学者レイフ・ヘンダーソンとベニン(西アフリカ)の疫学者のヤクベの研究に基づき、原告ら主張の包囲種痘の有効性が認められるようになった後、一九六八年(昭和四三年)九月初め西アフリカでこの方法を実施したこと

WHOが右のように包囲種痘を採用したのは、開発途上国では戸籍制度が整備されていないため、一定の集団の八〇パーセント以上の人に種痘による免疫を確保することが困難であり、痘そうの伝播が右研究のように遅いものであれば、痘そう患者を発見してから、その周囲の者に種痘をした方が安くかつ効果的である、という理由であったこと

しかし、右ヘンダーソンらの研究によれば、アフリカのような高温の地域では痘そうの伝播力が低いとされるが、我が国の秋冬の寒冷な気候の下でも伝播力が弱いか否かは確認されておらず、そのような気候の下では逆に伝播力が強くなる危険があったこと

仮に、伝播力が同じだとしても、我が国の場合は、保育園、学校、朝夕の通勤ラッシュ等人の密接な接触の機会が多く、交通機関の発達による人の移動も激しいため、第二次感染の危険が、人数的、地域的に著しく大きく、包囲種痘の方法をとるとしてもその対象者を著しく拡大する必要があること

しかも、痘そう輸入患者が発見され、包囲接種を行ったとしても、接種を受けた者が初種痘の場合免疫ができるまでに二週間、発病阻止レベルに達するまでに一か月を要するので、その間に痘そうに感染するおそれがあり、二次感染が流行拡大するおそれもあること

包囲種痘制度のみの場合、痘そう流行時に初めて種痘を受ける者の年齢が必然的に高くなり、その結果、年長児や成年の種痘後脳炎等の発生率が高くなる危険性があること

以上の事実が認められ、右事実に反する証拠はない。

右事実からすると、我が国で包囲種痘を主たる防疫手段として採用するには、それ自体に危険性があるといわれなければならず、前記(5)のとおり、種々の事情を検討のうえ、定期種痘を続けた被告の防疫対策が誤りであったとはいえず、原告らの右主張は採用できない。

(7) また、原告らは、種痘が確実な感染予防効果を有するのは三年間であって、二〇年間経過すると殆ど効果がなくなる旨主張し、<証拠>にはこれに副う記載も存する。

しかし、<証拠>によると、イギリス、アメリカ、インドにおける多数患者の調査を集計したディクソンの調査では、種痘の免疫効果は、種痘を受けた者の半数が、二〇年後でも免疫を有し、痘そうに感染していないこと、厚生省の研究班は、昭和三九年に第一期ないし第三期の三回の定期種痘を受けた者には、その後二、三〇年経過後も一定の免疫効果がある旨の研究報告をしていること、また、再種痘の場合は、初回の種痘免疫記憶が残っているため、初めての場合に比べて早期かつ大きな防御力を与え、従って、乳児のころに定期種痘を受けている者は、痘そう流行時に再種痘を受けることによって、種痘後脳炎の危険性なしに数日間で免疫力を回復することができること、以上の事実が認められ、この事実に照らすと、原告らの右主張は採用できない。

(二) 種痘の接種年齢の引き上げを怠った過失

原告らは、被告が接種年齢適否の前提となる副反応調査を怠り、遅くとも英国が接種年齢を引き上げた昭和三七年には、生後一歳以上に接種年齢を引き上げるべきであったのに、漫然と一歳未満の乳幼児に種痘を実施した過失がある旨主張するので、検討する。

(1) 諸外国における初種痘年齢の引き上げ

<証拠>及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

従来、初種痘は、零歳児が最も安全であり、年長になればなるほど副作用の危険が高いとする見解が支配的であって、そのような資料も発表されていたこと

乳児は、母体から受け継いだ母子免疫を有しているが、それが生後六か月には切れるので、早い時期に免疫をつける必要があるとの指摘があり、一歳未満児における初種痘の根拠とされたこと

ところが、一九五九年(昭和三四年)に英国のグリフィスが、初種痘後脳炎の発生の危険は一ないし三歳児より零歳児の方が大きいという研究結果を発表し、英国では一九六二年(昭和三七年)に零歳児の初種痘を一歳児に引き上げたこと

米国では、厚生保健省のネフらが一九六四年(昭和三九年)に一歳未満児の乳児の種痘後脳炎の発生率が高い旨の調査結果を発表したのに基づき、一九六六年(昭和四一年)に初種痘年齢を一歳から二歳に引き上げており、また、オーストリアも一九六三年(昭和三八年)に右年齢を一歳以上に、西ドイツも一九六七年(昭和四二年)に右年齢を一歳から二歳にそれぞれ引き上げていること

しかし、英国のコニーベアの一九六四年(昭和三九年)の報告によると、零歳児、一歳児、二歳児以上の三群の間で種痘後脳炎の発生率に有意義の差はないとされ、米国のネフの調査結果によっても、零歳児と一ないし四歳児との間に種痘後脳炎の発生率について統計上有意の差はない、とされていること

また、米国のレーンらの一九六九年(昭和四四年)の報告では、一ないし四歳児よりも零歳児の初種痘後脳炎の発生率が高いとしているが、零歳児の右発生率は五パーセントの危険率であって、一ないし四歳児に比べ統計上有意に高いとはいえないこと

西ドイツのエーレングート博士の右同年の論文でも、種痘後脳炎の発生率は生後二四か月までの間では一歳児が最も高く、六か月未満が最も低いとされているが、同博士は、一九六八年(昭和四三年)の論文で、零歳児の死亡率が高いのは、零歳児一般の死亡率が高いことからも説明でき、種々の要因を総合して考えると、一歳児への初種痘は勧められず、初種痘年齢は零歳児(特に六か月未満)又は二歳児が好ましいとしていること

また、オーストリアのベルガーによれば、零歳児と一ないし二歳児との間で種痘後脳炎による死亡率は統計的に見て有意義な差はない、というのであり、一九七三年(昭和四八年)当時でさえ、種痘の世界的権威者であるベネンソンは、生後三ないし六か月児に初種痘をするのが良いと主張していたこと

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右事実からすると、英国では昭和三七年に初種痘年齢が一歳に引き上げられ、昭和三八年にオーストリア、昭和四一年に米国、昭和四二年に西独でもそれぞれ右年齢が引き上げられており、一歳未満児と一ないし四歳児との初種痘における副作用の発生率の単純比較で差のあることも認められるが、その差は統計学的に有意な差ではないと認められるうえ、冒頭のグリフィスの零歳児の初種痘における種痘後脳炎の発生率が高いとの研究結果は、統計的に実証されているとはいえず、一九七三年(昭和四八年)当時においてもこれに反対する有力な学説があったことが認められる。

(2) 我が国における初種痘年齢について調査、研究及び同年齢の引き上げ

<証拠>及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

我が国も英米両国の調査結果に関心を抱き、昭和三八年に国立公衆衛生院の松田心一博士を中心とする研究班が痘そう免疫度に関する調査を行い、昭和三九年には厚生省が痘そう免疫度に関する調査研究を行うと同時に、種痘後副作用の調査研究を合わせて行ったこと

昭和四一年以降は、被告の研究費補助により、全国の小児科の研究者を中心として組織された種痘研究班が種痘の副反応に関する調査研究、各種痘菌株の比較研究、急性神経系の疾患の調査研究等を行い、その研究結果は予防接種リサーチセンターから予防接種制度に関する文献集として発表されたこと

昭和四四年には、被告の補助金により種痘調査委員会が東京都、川崎市における種痘後の副反応に関する調査を行ったが、この調査では合併症の総頻度、中枢神経系合併症(脳炎)、皮膚合併症の発生頻度が、一歳以上より一歳未満に高率であるという傾向は認められなかったこと

ところが、昭和四五年六月いわゆる「種痘禍事件」が発生し、同年七月二八日伝染病調査会予防接種部会で、第一期種痘を生後六か月から二四か月の間の健康状態良好時期に受けるよう指導するのが適当である旨の意見がまとめられ、厚生省公衆衛生局長は、同年八月五日各都道府県知事に宛てた「種痘の実施について」に基づき、従前生後二か月から一二か月までと定められていた定期接種年齢を生後六か月から二四か月間とし、法による定期に該当する者については、生後六か月以降の者のみを対象者とするよう指導すべき旨通知したこと

しかし、我が国では、零歳児が一歳児と比べて安全か否かの資料は、一九六〇年代後半に至るまで殆ど集積されておらず、零歳児が最も安全であるとの見解が通説であって、右変更に疑問を程する意見もあったが、当時の英国の資料や臨床家の接種現場の意見等を取りいれ、最低年齢を六か月に設定したこと

乳児には、予防接種と関係なく発生する脳炎、脳症があり、この数を把握しなければ、予防接種に起因する脳炎、脳症を明らかにできないところ、初種痘零歳児が危険であるとするグリフィスやコニーベアの研究では、この点が考慮されていないのに対し、エーレングートやべネソンは、乳児の急性神経系疾患や乳児の死亡率を考慮して、零歳児が危険でないと主張しており、現在も、零歳児の初種痘が危険かどうか専門家の間に定説がないこと

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(3)  右(1)、(2)の認定事実を総合すれば、被告が昭和四五年八月に厚生省公衆衛生局長の通知を出すまで、初種痘年齢を生後二か月ないし一二か月と定めて実施したのは、当時の多くの専門家の合理的根拠に基づく見解に従ったものであり、また、零歳児が最も安全であるとの考えが専門家の間で支配的であった当時、前示欧米の研究者の反対説が発表されたからといって、我が国で直ちにその一歳児初種痘に踏み切れないのは当然であり、結局、昭和五一年の法改正、及び右改正前の前示同年一月一九日厚生省公衆衛生局長通知、並びに政令改正後同年九月一四日衛発七二六号同局長通知により、種痘の実施が見合せられる(この点は乙第二五〇号証の一、二により認められる。)まで、一歳未満児に初種痘を実施したことについて、被告に過失はないというべきである。

原告らが一歳未満児に種痘をした点で被告に過失があると主張する、被害児4矢富亜希子についてみると、昭和四一年二月一日に生後六か月で接種を受けているが、その時期及び年齢のいずれの面でも、右被告の過失を問うことはできない。

(三) インフルエンザワクチンを学童に集団接種した過失

被害児番号5山科美佐江が昭和五二年一一月一八日、法六条による一般の臨時の予防接種として、イルフルエンザの接種を受けたこと、被告が昭和三二、三年ころアジア風邪の流行を契機に、昭和三二年以降原告ら主張の通知等を発し、インフルエンザワクチンの勧奨を行政指導してきたこと、昭和四七年からいわゆるHAワクチンが採用され、昭和五一年の予防接種法の改正で原告ら主張のような改正がなされたこと、及び、インフルエンザの病像、感染経路、インフルエンザウイルスが変異を起こすこと、以上は当事者間に争いがない。

原告らは、被告に、①昭和五一年の予防接種法改正までの間に、地方公共団体に学童に対するインフルエンザの集団接種を勧奨しないよう行政指導すべき注意義務、②同年までに線密なサーベランスを行い、右法改正によって右集団接種を中止すべき注意義務、さらに、③同年以降も右集団接種を中止すべき注意義務があったのに、いずれもこれを怠った過失がある旨主張するので、検討する。

(1) 我が国におけるインフルエンザ予防接種の実施経緯

前記争いのない事実、及び<証拠>並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

我が国では、昭和三二年以降インフルエンザワクチンの勧奨接種が行われたところ、その契機となったのは、昭和三二年から昭和三三年にかけてのアジア風邪の流行であり、右流行では、患者数九八万三一〇五人、死者七七三五人と報告され、特に、乳幼児の罹患率が高く、死亡率も老人に次いで高かったこと

そのため、一般に小児科では、インフルエンザに弱い乳幼児につきワクチンの接種による対策の必要があると考えられており、伝染病予防調査会においても、乳幼児のインフルエンザによる死亡率が高いから、乳幼児をハイリスクグループに入れるべきだとする意見があり、WHOでも、乳幼児を高齢者とともに、インフルエンザワクチン接種の優先的対象者にすべきである、としたこと

また、右アジア風邪流行の際、全国的な調査が行われた結果、小、中学校の学童の罹患率が高く、小、中学校が流行増幅の場となっていることが判明し、被告は、昭和三二年以降小、中学校の学童等流行拡大の媒介者となる者、乳幼児、老齢者等致命率の高い者、警察・消防署等公益上必要とされる職種の人々に対するインフルエンザワクチンの予防接種を勧奨するよう行政指導したこと

また、被告は、昭和三七年以降のインフルエンザ特別対策の実施に当たり、流行拡大、伝播の経路として重要な部分をしめる小、中学校の学童に接種することが流行の抑制に一定の効果があるとの提案、及びインフルエンザの流行が集団生活をする小児を中心として起こり、地域社会に拡大するという疫学的調査の結果等に基づき、人口密度の高い地域を中心に、保育所、幼稚園、小、中学校の児童を対象に特別対策を実施してきたこと

そして、昭和五一年予防接種法の改正により、インフルエンザが同法上の「一般の臨時の予防接種」(改正後の法六条)の対象疫病とされた結果、勧奨接種は終了したが、右のような改正は、伝染病予防接種調査会の答申で「我が国におけるインフルエンザは、保育所、幼稚園、小、中学校などの集団生活をする小児により流行するので、これらの集団の免疫度を一定水準に維持するために、予防接種を行う必要がある。」とされたのに基づき、インフルエンザ予防接種の安定的実施を図るためであったこと

なお、右特別対策の勧奨接種と法に基づく臨時接種は、いずれもWHOを通じて交換した諸外国の情報や各都道府県の協力を得て行う流行予防調査等に基づき、抗原構造の変異等に関する科学的予測の裏付けのもとに実施されているものであること

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(2) インフルエンザワクチンの有効性

<証拠>及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

被告が昭和三二年にインフルエンザの勧奨予防接種を行うに当たり、インフルエンザワクチンの有効性等を示す資料として参考としたのは、米国のフランシス・ダベンポートら野外実験の結果や、英国の医学研究審議会の野外実験の結果等であり、我が国の研究としては、福見秀雄らの接種実験、佐野一郎らの接種実験、インフルエンザ委員会の野外実験等があったこと

我が国でインフルエンザの勧奨予防接種が開始された後、その有効性を確認するデータは数多く存するところ、昭和六一年度厚生科学研究費補助金によって実施された「インフルエンザ流行防止に関する研究」の一環として、インフルエンザワクチンの効果に関する文献を収集、検討した加地正郎研究員の研究報告による主要な実験報告例を整理すると、別紙V「インフルエンザに関する主要文献一覧表」記載の文献①ないしのとおりであること

右各主要文献によるインフルエンザワクチン接種の効果としては、左記①ないし④のとおり、感染防止と発病・重症化防止があり、後者の効果として発熱防止、欠席防止、学級閉鎖防止等があること ① ワクチン接種群の罹患率は、Aソ連型が21.2ないし33.8パーセント、A香港型が2.9ないし35.5パーセント、B型が9.8ないし29.3パーセントであるのに対し、非接種群の罹患率は、Aソ連型が38.7ないし56.1パーセント、A香港型が一八ないし56.7パーセント、B型が23.3ないし62.2パーセントであり、総じて非接種群の罹患率の方が高いものと解される。

② ワクチン接種群患者の発熱率は、Aソ連型が17.1パーセント、A香港型が0.6ないし一〇パーセント、B型が八ないし33.2パーセントであるのに対し、非接種群の発熱率は、Aソ連型が35.7パーセント、A香港型が7.2パーセントであり、発熱率においても全体として非接種群の方が高い結果となっている。

③ 接種群が2.9ないし28.9パーセントであるのに比べ、非接種群では10.1ないし41.5パーセントと欠席率が高くなっており、また、平均欠席日数でも接種群が0.75ないし2.9日であるのに対し、非接種群が1.38ないし3.3日あり、さらに、平均欠席回数でも接種群が0.722ないし0.896回であるのに対し、非接種群が0.916ないし1.165回という結果でいずれの観点からみてもインフルエンザワクチンの効果が現れている。

④ 学級閉鎖防止効果に関しては、接種群が3.7ないし10.4パーセントであるのに対し、非接種群が29.9ないし59.6パーセントと顕著な差を示し、また、集団内のワクチン接種率と予防効果とのかかわりあいに関しては、接種率七〇パーセント以上の例では、学級閉鎖7.4ないし8.7パーセント、欠席回数0.8一回、欠席日数1.61日、最長欠席日数1.32日、欠席率26.1パーセントであるのに対し、接種率七〇パーセント未満では学級閉鎖一三ないし20.5パーセント、欠席回数1.16回、欠席日数2.45日、最長欠席日数1.93日、欠席率31.4パーセントという結果である。

インフルエンザワクチンは、流行ウイルスとワクチンウイルスの抗原構造が一致した場合、ワクチンの効果率が約八〇パーセントであるところ、インフルエンザウイルスはその抗原構造に変化を起こしやすく、流行のたびに少しずつ抗原構造のずれを生じ、殊にA型ウイルスにおいては、右連続的変異のほかに突発的な不連続変異を起こすことが知られており、その結果、ある年の流行で免疫を獲得した者が、抗原の構造の若干異なる他の流行に曝された場合には、そのずれの分だけ免疫水準が低いこととなり、場合によっては再罹患し、さらに、流行株に抗原構造の不連続変異が起こった場合には爆発的な流行を起こすことになること

ワクチンについても右と同様であって、ワクチン株と流行株との間に抗原構造のずれが起これば、その分だけ効果が低下することになるが、毎年インフルエンザワクチンを接種すれば、接種したワクチンの株と実際に流行したインフルエンザ株との間の抗原構造がずれたとしても、共通抗原が若干でもある限り、翌年の接種において一定の追加的免疫効果は期待できること

そして、右のようなウイルスの変異を考慮しても、有効な化学療法剤、化学予防剤等がないため、ワクチンが科学的に有効な唯一の方法であるのが現状であり、現在のところ、流行を予測して製造した抗原構造のワクチンの接種が流行抑止に最も有効な手段であること

なお、WHOでは、インターナショナル・インフルエンザセンターを設けて、インフルエンザに関する各国の情報を集め、流行の初期の段階でその年に流行が予想されるインフルエンザの型を決定しており、我が国でも、国立予防衛生研究所内にあるナショナル・インフルエンザセンターがWHOと情報を交換し、国内で接種すべきワクチン株を決定して厚生省に勧告し、厚生省においても、毎年インフルエンザの流行株の把握等に努めているが、現在の医学水準では前示抗原構造のずれをなくするまでに至っていないこと

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(3) インフルエンザワクチン接種後の副反応と対策

前記争いのない事実、及び<証拠>並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

我が国では、昭和四〇年一二月にインフルエンザ予防接種後の死亡例五例が報告されたところ、厚生省は、専門家を集めて検討したうえ、特異体質と考えられる一例を除き、従来の予防接種によるショック死と異なり、予防接種との因果関係があるとはいい難いとし、同年一二月一一日「インフルエンザ予防接種の取扱いについて(衛発第八三〇号各都道府県知事あて、厚生省公衆衛生局長通知)」で、インフルエンザ予防特別対策を従来どおり推進すること、乳幼児の予防接種については格段の注意をもって実施すること、問題のあったワクチンは念のため検査を行うこと、及び死亡例五例の検討結果等を通知したこと

その後、インフルエンザ予防接種後の死亡例が昭和四一、四二年に各数例報告され、昭和四二年には、乳幼児への集団接種で発熱し加療中という例の報告もあり、厚生省は、専門家を集めて検討したうえ、同年一二月四日「二歳以下の乳幼児に対するインフルエンザ予防接種の取扱いについて(衛発第八七六号各都道府県知事あて、厚生省公衆衛生局長通知)」で、一般家庭における乳幼児は副反応の頻度が高いことから、慎重な予診、問診等を実施して対象の選択に留意すること、一般家庭における二歳以下の集団接種は好ましくないので、乳幼児をもつ保護者等の予防接種の励行をはかること、集団生活を営む保育所等の二歳以上の乳幼児については従来どおり特別対策を実施し、実施に当たっては体温測定を全員に行うなど、慎重にすること等を通知したこと

しかし、当時も、年間一〇ないし二〇パーセントの小児がインフルエンザに罹患していて、重要なウイルス病因であったから、インフルエンザワクチン接種推進の価値を大きいとする見解があり、また、インフルエンザによる死亡者が多かったこともあって、インフルエンザワクチンの接種自体が廃止されたりはしなかったこと

厚生省は、昭和四六年に過去の予防接種後の副反応例につき専門家による検討を行ったうえ、同年九月二九日「インフルエンザ予防特別対策実施上の注意について(衛防第二〇号各都道府県衛生主管部(局)長あて、厚生省公衆衛生局防疫課長通知)」で二歳以下の乳幼児は成人に比して重篤な副反応の発生頻度が高いこと、これらの年齢層はインフルエンザ感染の機会が少ないこと等に鑑み、インフルエンザの流行が予測され感染による危険が極めて大きいと予測される十分な理由がある等特別の場合を除いては、勧奨を行わないよう通知したこと

我が国では、昭和四七年に、それまでの全ウイルスワクチンに換えて、HAワクチンが採用されたところ、このワクチンはインフルエンザウイルス粒子を分解して、感染防御に必要な分画(HA等)のみを取り出し、副反応の主たる原因である脂肪分画を除去した安全性の高いスプリットワクチンであるため、その後副反応事故発生の減少がみられたこと

伝染病予防調査会は、昭和四三年に厚生大臣の諮問を受けて、審議を重ねたうえ、昭和五一年三月二二日付で「予防接種の今後のあり方及び予防接種による健康被害に対する救済について」との最終答申を行っており、右答申は、同調査会の予防接種部会の「予防接種の対象疾病等について」、及び制度改正特別部会の「予防接種の今後のあり方及び予防接種による健康被害に対する救済について」の二本立てになっているが、そのうち前者は、予防接種に係るすべての疾病について、現況、現段階における予防接種の必要性及び実施等を個別に見直し、内外における各種伝染病の流行状況及び将来の見透し、血清学情報、ワクチンの開発、治療医学の水準、公衆衛生の現況等を種々検討した結果、我が国におけるインフルエンザは保育所、幼稚園、小・中学校など集団生活をする小児により流行するので、これらの集団の免疫を一定水準に維持するため予防接種を行う必要がある、としていたこと

同年六月、右答申に基づいて、旧予防接種法が大幅に改正され、インフルエンザはそれまでの勧奨接種に代わり、同法六条所定の「一般の臨時の予防接種」の対象疫病として位置付けられ、同法上の予防接種として実施されることになり、最近に至っていること

(なお、その後、インフルエンザの予防接種につき、特にその集団免疫効果を疑問視する見解等があり、厚生省において検討を加えた結果、昭和六二年に学童らへの一律集団接種について、より被接種者側の自発的意思を尊重する方向に改善されたこと)

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

(4)  右(1)ないし(3)の認定事実を総合すれば、現行のインフルエンザ予防接種は、社会全体の流行を防止する効果こそ最近のデータからは十分に実証できないとされるものの、被接種者個人に対する効果(発病防止、重症化防止の効果)は認められ、しかも、他に有効な予防方法が確立されていない現状のもとにおいては、罹患率の高い学童層を対象に、被接種者に免疫を付与するという観点からワクチン接種を実施することは十分な合理性が認められるといえる。

また、我が国のインフルエンザ予防接種は、昭和五一年の法改正までは行政指導による勧奨接種、同年の右改正以降は予防接種法上の一般的な臨時の予防接種として実施されて来ているところ、右施策は、いずれもその時点における医療技術の進歩、公衆衛生の向上、疾病の流行の様相、予防接種に対する国民の意識の変化等を考慮して検討され、かつ、その時点の最高水準の専門家をもって構成する伝染病予防調査会等の答申を受けて決定されたものであることが明らかである。

従って、右インフルエンザ予防接種の実施方法についての被告の施策は合理的な根拠を有するものであるから、インフルエンザワクチンを学童らに集団接種したことに過失は認められず、原告らの主張は採用できない。

(四) 百日咳ワクチンを含む二種、三種混合ワクチンの接種量を誤った過失

原告らは、被告が昭和三八年以降WHOの定めた一回当たりの菌数の上限値二〇〇億個を上回る菌数の百日咳ワクチンの接種を実施したこと、及び百日咳ワクチンの効果が確立された昭和三一年以降菌量を減らすべき注意義務を怠ったことに過失がある旨主張するので検討する。

甲第六一号証の一の(1)、(2)によれば、右原告らの主張に副う記載があり、また、我が国における百日咳ワクチン及び同ワクチンを含む二種、三種混合ワクチンの接種菌量の変更内容が、別紙Ⅲ表(一)のとおりであることは、当事者間に争いがない。

右争いのない事実、及び<証拠>、並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

厚生省は、昭和二四年同省告示第一〇一号で「百日咳ワクチン基準」を定め、菌量について「1.0cc中に一五〇億個以上の菌を含有しなければならない。」としたが、これは、当時の専門家の研究成果に基づき、かつ薬事委員会の意見を徴したうえ定めたものであり、一九四八年(昭和二三年)に米国で作られた基準、すなわち米国ミシガン州の二〇〇億個の菌数を一か月間隔で三回計約六〇〇億個接種する、との基準等を参考にしたものであること

厚生省は、昭和三一年に右昭和二四年の基準を廃止して、同省告示第四号で新たに百日咳ワクチン基準を制定し、製造用の菌株をⅠ相菌(百日咳菌は、K抗原を有するⅠ相菌と、これを有しないⅢ相菌に分けられるが、新鮮分離株は通常Ⅰ相菌であって、継代を重ねると両者の中間であるⅡ相菌を経てK抗原を失ったⅢ相菌に変わる。)とし、菌量を一cc中に一五〇億個の菌を含むように原液を希釈することとしたが、これは、百日咳菌の菌体成分であるK抗原が抗体産生のうえで重要である、との知見に基づくものであり、中央薬事審議会の意見を徴したうえ、定めたものであること

厚生省は、昭和三三年に同省告示第一九号で百日咳ジフテリア混合ワクチン、及び沈降百日咳ジフテリア混合ワクチンの基準を制定し、百日咳ジフテリア混合ワクチンを使用できることとしたが、これは、百日咳ワクチンの改善に関する研究班とジフテリア及び百日咳ワクチンに関する研究委員会との共同研究の結果、混合ワクチンの有効性、安全性が確認されたことに基づき、中央薬事審議会の意見を徴し、定めたものであり、菌量については、一cc中に百日咳菌二四〇億個としているところ、混合ワクチンの場合百日咳単味ワクチンより接種を減じてあるので、接種菌量は単味ワクチンとほぼ同量であったこと

なお、百日咳単味ワクチンは昭和三八年以降昭和五三年まで製造されておらず、また、二種混合ワクチンの採用は昭和三三年九月一七日の予防接種実施規則の一部改正によるものであり、三種混合ワクチンの採用は昭和四三年一〇月一五日の同規則の一部改正によるものであること

厚生省は、昭和三九年に同省告示第四号で百日咳、ジフテリア、破傷風混合ワクチン、及び沈降百日咳、ジフテリア、破傷風混合ワクチンの基準を制定し、百日咳ジフテリア破傷風混合ワクチンを使用できることとしたが、これは、国立公衆衛生院の染谷四郎博士らの三種混合ワクチンの実用化に関する研究の成果に基づき、中央薬事審議会の審議を経て行ったものであり、菌量については、一cc中百日咳菌約二四〇億個としていたこと

厚生省は、昭和四六年に従来の基準を廃止して、同省告示第二六三号で新たに生物学的製剤基準を制定し、百日咳ワクチン(混合ワクチンを含む。)の菌量につき、一cc中二〇〇億個を超えないこととしたが、これは、ワクチンの改良が進んだのを受け、中央薬事審議会の意見を徴して定めたものであり、この規定の趣旨は、ワクチンの菌量が一cc中二〇〇億個を超えてはならないということであり、百日咳ワクチンの力価の変動要素を考慮し、ワクチンの有効性を確保する観点から、上限を定めて、ある程度の幅をもたせたものであること

我国の百日咳ワクチン基準(混合ワクチンを含む。)は、昭和四三年の改正の際、力価についての国際基準との関連規定を新設しており、それ以前のワクチンの力価を国際単位で表わすことは不可能であるが、昭和四三年の改正後の基準、昭和四六年の新規準、及び昭和四八年の改正後の基準による力価を国際単位で示すと、百日咳単味ワクチンについては、昭和四三年以降の基準では10.8単位/cc、昭和四六年以降の基準では14.4単位/cc以下(昭和四八年の改正後も同じ。)であり、混合ワクチンについては、昭和四三年以降の基準では17.28単位/cc、昭和四六年以降の基準では、14.48単位/cc以下(昭和四八年の改正後も同じ。)であったこと

なお、WHOの基準は、四国際単位を三回、合計一二単位接種するとしており、この一二単位を菌量に換算すると約一六〇億個となるが、これは実際の菌量が一六〇億個であることを意味するものではなく、一二単位が一六〇億個の菌量に相当するということであって、一六〇億個の菌量が有する力価を有しているという意味であること

我が国では、Ⅰ相菌を用いて作られる百日咳ワクチンの製造過程で、使用菌株や不活性化によって力価が変動しやすく、昭和三〇年から昭和四三年ころまで、検定で力価不足のため不合格となったものが多かった事情を考慮して、昭和四六年の新基準以前の基準では一cc中の百日咳菌を、単味ワクチンにつき一五〇億個、混合ワクチンにつき二四〇億個と定めていたこと

WHOは、一九六三年(昭和三八年)に百日咳ワクチンに関する国際基準を定めたが、各国政府に対し拘束力をもつものではなく、各国は、自国のワクチンについてWHOの基準を参考としつつ、実情に応じた規定を設けており、我が国では、WHOの標準ワクチンの一回接種量四単位以上に対し、7.2単位の接種を行っているところ、これは、百日咳ワクチンの場合、四単位を下回るとたちまち効果がなくなるものであるため、微少な検定誤差を考慮して、誤差があっても四単位を下回ることがないようにしているものであること

我が国は、昭和四六年に百日咳ワクチン(混合ワクチンを含む。)について一cc中の菌数を二〇〇億個を超えないように改め、WHOの一回接種菌量二〇〇億個以下という基準を採り入れたが、これは、一方で副反応を減らすため接種量が少ないほど望ましいと考えられたことによるが、他方、そのころにはⅠ相菌を多く含む百日咳混合ワクチンの安定的な製造が可能になり、少ない菌量で力価を確保できるようになったことによること

なお、ワクチンの効果は、その力価だけでなく、用法、用量によっても差があるところ、厚生省は、ワクチンの改良による力価の安全性と用法、用量についての調査研究の集積に伴い、昭和四八年に用法、用量を改正し、定期一期の二回目、三回目の接種量を各0.5ccに変更したこと

百日咳ワクチンの接種後の局所発赤、腫脹、発熱等の通常の副反応は、ワクチンに含まれる副反応惹起物質の量に関係するので、必要な範囲で用量をなるべく少なくすることが望ましいが、接種後の脳症、ショック等の副反応の発生頻度については、ワクチンの用量や菌量の差とは関連がないと考えられており、我が国とWHOの国際標準とのワクチンの菌量の差程度では影響がないとの見解があること

また、WHOの基準は、有効性の下限を四国際単位の三回接種として、それ以上の力価を要求し、安全性について、一回の接種菌量が二〇〇億個を超えないとする菌量規制をしていると解されるが、予防接種の先進国である米国では、NIN(国立衛生研究所)の参考ワクチン六〇〇億個のマウス力価を一二単位とし、これと比較して八ないし三六単位のワクチンを許容範囲としており(一九五二年七月)、右下限は誤差を考慮して小児の免疫獲得を保証するため、右上限は必要以上を避けて副作用を少なくするためであるところ、我が国の菌量は、いずれも、これらの許容範囲内にあり、一九五六年(昭和三一年)における諸外国の菌量と比較してみても、菌量が多いとは必ずしもいえないこと

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、我が国の百日咳ワクチンの菌量がWHOの上限値を上回っていたとはいえず、被告が定めてきた百日咳ワクチンの接種量、菌量等についての規定及びその改正作業も、その時々の医学的知見並びにワクチン製造技術の進歩等に即応してなされているものであって、不適切なところはなかった、というべきであり、右認定に反する甲第六一号証の一の(1)、(2)の記載部分は採用することができず、他に原告らの右主張を認めるに足りる証拠はない。よって、原告らの右主張は採用できない。

(五) 百日咳ワクチンを含む、二種、三種混合ワクチンの接種年齢を誤った過失

原告らは、少なくとも昭和三〇年以降二歳未満の乳幼児に百日咳予防接種(二混、三混を含む。)を実施すべきでなかったことが明らかであるのに、被告が同年以降昭和五〇年まで二歳未満の乳幼児に漫然と右予防接種を行った過失がある旨主張するので検討する。

我が国における百日咳ワクチンの接種年齢に関する定めの変遷が別紙Ⅲ表(二)のとおりであることは当事者間に争いがなく、<証拠>及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。 百日咳は、一〇〇日続くといわれる特有の咳を伴い、気管支及び小気管支が侵される急性の呼吸器系伝染病であって、幼若な乳児ほど重症で、肺炎や脳症等の合併症を起こしやすく、致命率も高いうえ、一旦発症し痙咳期まで進行すると、有効な治療が困難であり、しかも、伝染力が強く、生後直ちに罹患の虞れも少なくなく、母子免疫も期待できないものであるため、生後早期に予防接種による免疫の賦与が望まれること

また、百日咳との二種混合ワクチンのもう一方の対象疾病であるジフテリアは、ジフテリア菌によって起こる急性伝染病であり、主として乳幼児が罹患するが、近年年長児の罹患例もあるところ、罹患すると、その症状が激しく、死亡率も一〇パーセント以上という極めて重篤な疾患であり、これも生後早期に免疫を賦与する必要があること

百日咳とジフテリアの予防接種は、諸外国でも以前から零歳児を対象にして行われており、我が国では、昭和五一年改正前の旧予防接種法で、両方の予防接種共定期第一期を生後三か月から六か月に至る期間、と定め(旧法一一条一号、一三条一号)、その後、昭和四三年の予防接種実施規則の改正により、ジフテリアと百日咳の定期一期及び二期の予防接種を行う場合に、希望者にジフテリア、百日咳、破傷風の三種混合ワクチンを使用することができるようになったこと(同実施規則一五条三項、一六条三項)

厚生省は、昭和四九年一二月と昭和五〇年一月に、三種混合ワクチンの接種後の死亡例が発生したため、同ワクチン接種を一時見合わせ、伝染病予防調査会の予防接種部会に方針の検討を依頼したうえ、同年三月同調査会から提出された意見書に基づいて接種再開を決定したこと

厚生省は、その際、昭和五〇年四月一四日付「百日せき・ジフテリア・破傷風混合ワクチン等の予防接種について」(衛発第一九九号都道府県知事あて、厚生省衛生局長通知)で、被接種者の健康状態が良好な時期に、できる限りかかりつけの医師によって接種を受けるよう個別接種を推進するとともに、個別接種及び流行時又は流行のおそれのある時の集団接種は生後三か月から四八か月に、平常時の集団接種は生後二四か月から四八か月に、しかも保育所、幼稚園等の集団生活に入る前に第一期及び第二期を完了するように通知したこと

このような取扱いの変更は、ジフテリア、百日咳、破傷風の届出患者は減少しているが、百日咳患者の実数は届出数の一〇倍はあると推測され、時に小流行を思わせる発生もあっていること、患者数は、双方共零ないし一歳児より、二歳児以上に多いこと、前示のように百日咳には、できるだけ早期の免疫賦与による予防の必要があること、ジフテリア、破傷風についても、予防接種の果たす役割が大きいこと、百日咳ワクチンあるいはこれを含む混合ワクチン接種によりまれに脳症、ショック、急死等の重篤な副反応を伴うことがあること、予防接種と無関係に発生する脳炎、脳症、急死例等は、零歳児に最も多く、次いで一歳児であって、二歳児以降そのリスクが減ってくるので、疫学的に急ぐ必要のないワクチンは二歳以降に接種することが望ましいこと、三種混合ワクチンが有効であるのは確実なこと等を検討した結果であるのは確実なこと等を検討した結果であること

その後、昭和五一年の予防接種法の改正により、百日咳予防接種の定期第一期は生後三か月から四八か月に至る期間(ジフテリア予防接種の定期第一期は生後三か月から七二か月)に改正された(改正後の施行令一条)が、以上は、いずれも、予防接種研究班が行ってきた調査研究の成果等をふまえ、伝染病予防調査会の意見に基づいてなされたものであること

百日咳ワクチン接種後の脳症例は、外国では報告されていたが、我が国ではその報告がなく、百日咳ワクチンによる脳症は殆どないといわれてきており、同ワクチン接種後の脳症が欧米なみに存在することが明らかになったのは、昭和四五年に予防接種事故救済措置が発足した以降であること

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、被告が二歳未満児に対する百日咳ワクチン(二混、三混を含む。)の予防接種を実施してきたのは、医学の知見を検討し、各種ワクチン研究班等専門家の研究成果をふまえ、伝染病予防調査会等学識経験者の意見を徴したうえのものであり、百日咳ワクチン接種後の脳症についての報告例や種痘についての前示認定のような接種年齢引上げの経緯等を合せ考えると、被告の措置に過失があったとはいえず、原告らの前記主張は採用できない。

原告らが、二歳未満児に二混、三混ワクチンを接種した過失があると主張する本件各被害児についてみると、被害児番号6の坂井和也は生後四か月である昭和三九年三月一一日に、同7の新須玲子は生後五か月である昭和四九年八月二〇日に、同9の山村誠は生後一年四か月である昭和四八年三月二三日それぞれ接種を受けており、その時期及び年齢のいずれの面でも、右被告の過失を問うことはできない。

(六) 接種間隔を誤った過失

原告らは、被告が異種の予防接種相互間の接種間隔を保つことで予防接種事故を回避できたのに、予防接種事故が社会問題となった直後の昭和四五年まで、右接種間隔について害作用を回避する努力を怠った過失がある旨主張するので、検討する。

我が国における接種時期及び接種間隔に関する定めが、昭和三六年三月のポリオについての第一期の接種時期を除き、別紙Ⅲ表(二)、(三)のとおりであることは当事者間に争いがなく、また、白木証人は、右原告らの主張に副う証言をしていることが認められる。

前記争いのない事実、及び<証拠>並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

接種間隔に関する規定の目的は、生ワクチン相互間の免疫産生上の干渉によって接種の目的が達せられない事態が生じるのを避け、かつ、副反応が生じた場合に、その原因ワクチンの特定を確保するためであり、近接した接種によって副反応が大きくなるのを避けるというものではないこと

旧法当時、定期予防接種とその接種時期は別紙Ⅲ表(二)のとおりであったが、同表(三)のとおり、昭和二三年の予防接種心得(厚生省告示第九五号)で、種痘及びジフテリアについて、同じ時に同じ人に対し他の予防接種を一種だけあわせて行ってよいとされ、昭和二五年の心得で、百日咳についても右同様になり、昭和二七年の回答で、以上の心得の解釈として、種痘、ジフテリア、百日咳の三種相互の間で適用されるとされたが、昭和二八年の心得では、あわせて行ってもよいとの規定が削除されたこと

種類の異なるワクチンの同時接種の是非、及び接種間隔の問題は、免疫学的に検討すべき事柄であり、一般は、異なるワクチンの同時接種は可能といわれていたが、我が国では、免疫学的調査、研究の成果等に基づき、昭和三六年五月二二日予防接種実施要領の改正(衛発第四四四号公衆衛生局長通達)によって、混合ワクチン以外は二種以上を同時接種しないことにしたこと(別紙Ⅲ表(三))

昭和三六年に定期接種となったポリオ生ワクチンについて、昭和三九年四月一六日予防接種実施規則が改正(厚生省令第一七号)され、種痘とポリオ生ワクチンの各接種に二週間の間隔を要するとされたが(別紙Ⅲ表(三))、右二週間の間隔は、当時種痘の副反応の潜伏期間が約一二日、ポリオ生ワクチンの副反応の潜伏期間が約七日ないし一四日と考えられていたからであること

昭和四五年七月予防接種実施規則が再度改正(厚生省令第四四号)され、種痘、ポリオ生ワクチン、麻しん生ワクチンの各接種にそれぞれ一か月の間隔を要するとされたが、右再改正の際、接種間隔の解釈につき、厚生省公衆衛生局長通知をもって、生ワクチンの接種後一か月以内に他のワクチンの接種をしてはならない趣旨であることが明らかにされ、さらに、昭和五二年八月二九日の予防接種実施規則改正(厚生省令第三七号)により、風しん生ワクチン、ポリオ生ワクチン、麻しん生ワクチンは、それぞれ一か月の間隔を要するとされたこと(別紙Ⅲ表(三))、

こうして、生ワクチン相互間の接種あるいは生ワクチン接種後の不活化ワクチンの接種には、一か月の間隔を要することとされたが、これは、前示のように免疫産生上の干渉を避け、かつ副反応発現の際のワクチンの特定に資するためであって、次第に明らかとなってきた予防接種の副反応の発現時期(生ワクチンの副反応である脳炎、脳症等の好発時期は接種後七ないし二二日)を考慮したためであること

なお、不活化ワクチンの副反応発現時期は、接種後二四時間(遅くとも四八時間内)であり、同ワクチン接種後、他のワクチン接種に限れば、副反応発現の際にその原因となったワクチンを特定するためには、二、三日の間隔をあければ足りるといえるが、念のために約二週間の間隔をあけることが望ましいとされていること、

また、同時接種が可能であるという資料も積重されており、諸外国では、百日咳、ジフテリア、破傷風の三混ワクチン接種と同時にポリオ生ワクチン(ⅠⅡⅢ型混合)を投与することが普通の方式であって、麻しん、風しん、おたふく風邪の三種混合ワクチンも実用され、米国では右混合ワクチンが麻しん単独よりも一般的となっているうえ、最近の報告によると百日咳、ジフテリア、破傷風の三種混合ワクチン、ポリオ生ワクチンと右麻しん、風しん、おたふく風邪の三種混合ワクチンの同時接種も可能とされていること

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、被告は、右認定のそれぞれの時点における医学的、免疫学的知見に基づいて、生ワクチン相互間の接種間隔を定め、あるいはこれを改正するとともに、不活化ワクチン接種後の他ワクチンとの接種間隔に関する知見も取りいれ、妥当な計画に基づいた予防接種が行われるよう、指導してきたのであるから、接種間隔の定めにつき過失があったとはいえない。よって、原告らの前記主張は採用できない。

原告らが接種間隔を誤ったと主張する被害児番号6の坂井和也は、昭和三九年一月二九日百日咳、ジフテリア二種混合ワクチンの第一回目、同年二月四日に種痘、同月一九日に右二種混合の二回目、同年三月三日にポリオ生ワクチン、同月一一日に本件予防接種(右二種混合の三回目)をそれぞれ受けているが、右認定の経緯に照らし、被告の過失を問うことはできない。

(七) 予診をしなかった過失(予診懈怠状態を放置した過失)

(1) 実施主体等及び接種担当医に対する指導監督

原告らは、被告が予防接種の現場で予防接種実施規則中予診についての規定が遵守されていない状況を知りながら、接種担当医等に対する指導監督を怠ったことに過失がある旨主張するので、検討する。

被告において、予診の重要性を認識し、原告らが請求原因4、(四)、(2)、⑦で主張するように予防接種法、通達等により予診を義務づけていること、同、(2)、(7)のⅱのうち、昭和三三年の実施規則第四条の内容を除き、原告ら主張のような規定を設けていることは当事者間に争いがなく、<証拠>及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

厚生省は、予防接種に伴う副反応の発生を防止するため、昭和二三年一一月一一日の「痘そう、ジフテリア、腸チフス、パラチフス、発しんチフス及びコレラの予防接種施行心得」(同省告示第九五号)の予診の項で、各予防接種の施行前に被接種者の健康状態を尋ね、必要がある場合には診察を行わなければならないと定め、昭和二五年二月一五日の「百日咳予防接種施行心得」(同告示第三八号)でも同様の定めをし、昭和二八年二月二四日の「予防接種事故防止の徹底について」(衛発一一九号公衆衛生局長通達)で、実施前の注意事項中に、接種に従事する班の長が、該当接種の予防接種施行心得及び関係法規の主要事項(特に免除及び禁忌に関する事項)を熟知しておくこと等を定め、昭和三〇年六月一〇日「予防接種の普及及び事故防止について」(衛発三五八号同局長通達)で、予防接種施行心得、そのうち特に予診及び禁忌の項に厳重な注意を払うことを通知し、従来の施行心得を統合した昭和三三年九月一七日の旧実施規則(省令第二七号)で、接種前に、体温測定、問診、視診、聴打診等の方法によって、被接種者の健康状態を調べ、所定の禁忌に該当する場合、その者に対する予防接種を行ってはならない旨を定め、昭和三四年一月二一日「予防接種実施要領」(衛発三二号公衆衛生局長通達、以下、「旧実施要領」という。)で、予診及び禁忌についてより具体的な定めをしたこと

厚生省は、予診の補助手段として、接種場所に禁忌に関する注意事項を掲示させ、健康状態、既往症申出用の印刷物の配布(「右旧実施要領」)をさせ、母子手帳を持参(昭和三六年五月二二日衛発四四四号公衆衛生局長通達)させたり、問診票の様式設定(昭和四五年一一月三〇日衛発八五〇号公衆衛生局長、児童家庭局長通達)をする等の措置を行ってきたこと

厚生省は、日本医師会長に対し、予防接種の実施方法、予診及び禁忌等に関する諸措置の定めを担当医師に周知徹底するよう協力を依頼する旨の昭和三四年一月二七日付通知(衛発第七四号公衆衛生局長通知)を発し、同会を通じて周知とともに、関係法令の改廃、接種に当たっての注意事項を医学関係雑誌に掲載し、さらに禁忌等を記載した「予防接種に関する文献集」、「日本のワクチン」、「予防接種ハンドブック」、「防疫シリーズ」その他多くの予防接種関係資料や指導書を作成、配布する等したこと

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、被告は、予防接種時の予診について、厚生省の告示、通達等によって実施主体等を指導する一方、接種を担当すべき医師の側に対しても、予診の必要性や禁忌事項等についての周知徹底を図っており、前記第五、四、1で認定したとおり、ワクチンの副反応事故を公表し、注意を喚起していたところでもあって、被告が右指導監督を怠ったとする原告らの前記主張は採用できない。

(2) 集団接種における人的、物的設備の整備

なお、原告らは、被告が集団接種を原則としながら、禁忌該当者に接種することがないようにするために十分な予診を行い得る状況を確保する等の事故防止に心要な人的、物的設備の整備という有効な措置を怠ったことも主張していると思料されるので、検討する。

<証拠>及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

厚生省は、旧予防接種実施要領(昭和三四年一月二一日衛発第三二号各都道府県知事宛同省公衆衛生局長通知)で、物的設備としての接種、検診の場所の選定に当って配慮すべき事項を定め、人的設備としての医師等の人的配置及び接種担当者に対する指導監督、さらに、予診の補助手段等について、次のように定め、新実施要領にも、ほぼ同様の定めを置いている。

① 予防接種実施計画作成の際、特に個々の予防接種がゆとりをもって行われるような人員の配置に考慮し、医師に関しては、予診の時間を含めて医師一人を含む一班が一時間に対象とする人員は、種痘では八〇人程度、種痘以外の予防接種では一〇〇人程度を最大限とすること(第一、六)

② 多人数を対象として予防接種を行う場合には、医師一人を中心とし、これに看護婦、保健婦等の補助者二名以上及び事務従事者若干名を配して班を編成し、それぞれの処理する業務の範囲をあらかじめ明確に定めておくこと(第一、七、1)

③ 都道府県知事又は市町村長は、予防接種の実施に当たっては、あらかじめ予防接種に従事する者、持に医師に対して、実施計画の大要を説明し、予防接種の種類、対象、関係法令等を熟知させること(第一、七、2)

④ 予防接種を受けさせるかどうかを決定するに当たっては、当該予防接種に係る疾病の流行状況、被接種者の年齢、職業等を考慮し、感染の危険性と予防接種による障害の危険性の程度を比較考慮して決定しなければならないが、この判定を個々の医師の判断のみに委ねないで、あらかじめ、都道府県知事又は市町村長において、一般的な処理方針を決めておくこと(第一、九、4)

⑤ 多人数を対象として予診を行う場合には、接種場所に、禁忌に関する注意事項を掲示し、又は印刷物として配布して、接種対象者から健康状態及び既往症等を申出させる等の措置をとり、禁忌の発見を容易ならしめること(第一、九、6)

厚生省は、昭和三四年に右旧実施要領を定める際、伝染病予防調査会に諮問しているが、同調査会では集団接種方式を是認しており、昭和五一年に新実施要領を作成する際も、同調査会の意見は集団接種を否定しないものであったこと

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はなく、なお、弁論の全趣旨によれば、厚生省は、集団接種でもきめ細かい問診や予診が可能なように人的、物的設備の改善を図る努力をしていることが認められる。

右認定事実によれば、被告は、右厚生省の予防接種実施要領に基づき、予防接種の現場における人的、物的設備の整備の指導に努めており、これを怠った過失があるとの原告らの前記主張は採用できない。

(八) 禁忌者に接種した過失(禁忌事項の設定を誤った過失、人的、物的不整備の過失、副作用情報不伝達の過失)

原告らは、被接種者の身体的条件、健康状態等によって副作用が生じやすい場合があるので、被告としては、重篤な副作用の危険性が通常より高い者を禁忌として、接種対象者から除外する義務があり、被告が定めた禁忌該当者のほか、遅くとも昭和二三年当時から、ア、未熟児ないし低出生体重児、出生時に異常のあった者、イ、発達遅滞にある者、虚弱体質者、ウ、風邪をひいている者、エ、下痢をしている者、オ、病気あがりの者、カ、アレルギー体質の乳幼児、及び両親又は兄弟にアレルギー体質者がいる乳幼児、キ、過去予防接種で異常のあった者、ク、けいれんの既往のある者、及び両親又は兄弟にけいれんの既往のある者、ケ、種痘につき皮膚疾患のある者に対しては、接種すべきでないことが明確になっていたにもかかわらず、被告が①禁忌事項の設定を誤り、あるいは明確に設定せず、かつ、②禁忌判断に必要な人的、物的設備の整備、副作用情報伝達の懈怠により、集団接種で接種すべきでない者に接種した過失がある旨主張する。

(1) まず、被告の設定した禁忌事項に誤りや不明確な点があったかどうか検討する。

被告が原告らが請求原因4、(四)、(2)、⑧で主張するとおり禁忌を定めていることは当事者間に争いがなく、<証拠>及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

予防接種は、まれには重篤な副反応を引き起こすことがあり、その発生原因は現在も十分明らかではないが、重篤な副反応が発生する以上、原因や医学的因果関係が不明であっても、重篤な副反応発生の蓋然性が高いと考えられる特定の身体的条件、健康状態、等を禁忌として、予防接種の対象から除外することは当然の措置であるところ、

① 明治四二年の種痘法の制定に伴い、「種痘施術心得」(内務省告示第一七九号)が制定され、「施術者ハ受痘者ノ健康状態ニ注意シ左ノ各号ニ該当スル者ニハ成ルベク種痘ヲ猶予スベシ但シ第四号ヲ除ク外痘瘡流行ノ場合ハ此ノ限ニ在ラス

一  出生後九十日未満ノ者

二  著シク栄養障害ニ陥レル者

三  蔓延性皮膚病ニ罹リ居ル者

四  熱性病又ハ重症疾病ニ罹リ居ル者」

として、右一ないし四が禁忌事項とされていた。

② 昭和二三年一一月一一日前示「痘そう、ジフテリア、腸チフス、パラチフス、発しんチフス、及びコレラの予防接種施行心得」(厚生省告示第九五号)が制定され、従前の「種痘施術心得」が廃止されたところ、そのうち「種痘施行心得」と「ジフテリア予防接種施行心得」の禁忌規定(右種痘施行心得)が

「左の各号の一に該当する者にはなるべく種痘を猶予する方がよい。但し、痘そう感染の虞が大きいと思われるときにはこの限りでない。

(一)  著しく栄養障害に陥っている者

(二)  まん延性の皮膚病にかかっている者で、種痘により障害を来す虞のある者

(三)  重症患者又は熱性病患者」であり、右(ジフテリア予防接種施行心得)が

「脚気、心臓又は腎臓の疾患で相当な疾病がある者及び胸腺淋巴体質の疑がある者等に対しては予防接種を行ってはならない。」というのであった。

③ 昭和二五年二月一五日「百日咳予防接種施行心得」(厚生省告示第三八号)が制定され、その禁忌規定は、

「高度の先天性心臓疾患者等によって症状の増悪するおそれのある者に対しては予防接種を行ってはならない。」というのであった。

④ 昭和二八年五月九日「インフルエンザ予防接種施行心得」(厚生省告示第一六五号)が制定され、その禁忌規定は、

「左の各号の一に該当する者に対しては、接種を行ってはならない。

(一)  鶏卵に対し特異体質を有する者(鶏卵を食べると発熱、発しん、ぜん息、下痢、嘔吐等を来す者)

(二)  熱性病患者、心臓・血管系・腎臓その他内臓に異常のある者、糖尿病患者、脚気患者、病後衰弱者、胸腺淋巴体質の疑いのある者、妊産婦(妊娠第六月までの妊婦を除く。)その他の者であって、医師が接種を不適当と認める者」というのであった。

⑤ 昭和三三年九月一七日右各予防接種ごとの施行心得が廃止され、新たに「予防接種実施規則」(厚生省令第二七号、以下、「旧実施規則」という。)が制定されて、同規則第四条の禁忌規定で、

「接種前には、被接種者については、体温測定、問診、視診、聴打診等の方法によって、健康状態を調べ、当該被接種者が次のいずれかに該当すると認められる場合には、その者に対して予防接種を行ってはならない。ただし、被接種者が当該予防接種に係る疾病に感染するおそれがあり、かつ、その予防接種により著しい障害をきたすおそれがないと認められる場合は、この限りではない。

一  有熱患者、心臓血管系、腎臓又は肝臓に疾患のある者、糖尿病患者、脚気患者その他医師が予防接種を行うことが不適当と認める疾病にかかっている者

二  病後衰弱者又は著しい栄養障害者

三  アレルギー体質の者又はけいれん性体質の者

四  妊産婦(妊娠六月までの妊婦を除く。)

五  種痘については、前各号に掲げる者のほか、まん延性の皮膚病にかかっている者で、種痘により障害をきたすおそれのあるもの」と定められた。

⑥ 昭和五一年の予防接種法の改正に伴い、同年九月一六日右旧実施規則も新しい予防接種実施規則に改正され(以下「新実施規則」という。)たところ、その第四条の禁忌規定は、

「接種前には、被接種者について、問診及び視診によって、必要があると認められる場合には、更に聴打診等の方法によって、健康状態を調べ、当該被接種者が次のいずれかに該当すると認められる場合には、その者に対して予防接種を行ってはならない。ただし、被接種者が当該予防接種に係る疾病に感染するおそれがあり、その予防接種により著しい障害をきたすおそれがないと認められる場合には、この限りでない。

1  発熱している者又は著しい栄養障害

2  心臓血管系疾患又は肝臓疾患にかかっている者で、当該疾患が急性期若しくは増悪期又は活動期にあるもの

3  接種しようとする接種液の成分によりアレルギーを呈するおそれがあることが明らかな者

4  接種しようとする接種液により異常な副反応を呈したことが明らかな者

5  接種一年以内にけいれんの症状を呈したことがあることが明らかな者

6  妊娠していることが明らかな者

7  痘そうの予防接種(以下「種痘」という。)については、前各号に掲げる者のほか、まん延性の皮膚病にかかっている者で、種痘により障害をきたすおそれのあるもの又は急性灰白髄炎若しくは麻しんの予防接種を受けた後一月を経過していない者

8  急性灰白髄炎の予防接種については、第1号から第6号までに掲げる者のほか、下痢患者又は種痘若しくは麻しん予防接種を受けた後一月を経過していない者

9  前各号に掲げる者のほか、予防接種を行うことが不適当な状態にある者」というものである。

我が国では、以上のように禁忌事項の設定、改正がなされ今日に至っているが、これらの禁忌事項は、予防接種の副反応が一様でなく、ワクチンの種類も様々であって、すべての接種に共通するすべての禁忌を定めることができないのと、一応禁忌であっても、特別な注意で接種が可能な場合もあることから、禁忌事項としては基本的なものにとどめ、具体的な決定を接種担当医の判断に委ねようとの考え方に基づいていること

前示昭和三三年の旧実施規則の禁忌事項は、種痘固有のものを除き、副反応発生の蓋然性が高いと考えられる身体的状態を類型的に規定しているものであり、その一号が疾病に罹患しているか否かの見地、同二号が体力的見地、同三号が体質的見地(アレルギー体質、けいれん性体質)、同四号が特殊な身体的状態の見地からそれぞれ定められていること

新実施規則の9項目の禁忌事項も同趣旨の考え方に基づいているものであって、1号の発熱者は、予期しない疾患の前駆症状の場合もあること、著しい栄養障害者は、ワクチン接種が無効になることがあり、さらに、種々の感染症を起こしやすく、副反応が生じやすいことがその理由であり、2号の心臓血管系、腎臓又は肝臓疾患が急性期若しくは増悪期又は活動期にあるものは、予防接種によって原疾患を悪化させるおそれが理由であること

また、3号のアレルギーを呈するおそれがある者、4号の過去異常な副反応を呈したことがある者は、いずれも副反応の危険性があること、5号のけいれんの症状を呈したことがある者は、副反応の危険性とともに、けいれん素因の自然発現が混入することがあること、6号の妊婦は、胎児に悪影響を及ぼす危険性があること、7号、8号のうち、種痘のまん延性皮膚病罹患者については副反応の危険性があること、それ以外はワクチン接種が無効になることを避けるためであることが、それぞれの理由であり、9号は、予診による接種担当医の総合判断として接種を不適当とする場合を禁忌したものであること

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、被告は、古い「種痘施術心得」の時代を経て、昭和二三年一一月以降各予防接種ごとの施行心得を制定し、予防接種の種類に応じて個別に禁忌事項を定め、その後昭和三三年九月旧実施規則、昭和五一年九月新実施規則を制定して、これらに引き継いでいるというべきところ、その禁忌の定めの内容は右認定のとおりであって、予防接種における禁忌事項の意味、性質、特にあらゆる注意事項を網羅的に掲げることが困難な反面、接種担当医の具体的な判断に委ねざるを得ない面も多いこと等を合せ考えると、右被告の禁忌設定に誤りや不明確なところがあったとはいえず、原告らの前記主張は採用できない。

(2) 次に、原告ら主張の前記アないしケの事項を禁忌事項として設定すべきであったかどうか検討する。

<証拠>及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

① アの未熟児ないし低出生体重児、出生時に異常のあった者については、その後の発育が順調であれば特に問題はなく、右事由だけで禁忌とするのは不相当であり、仮にこれらの者のその後の発育が順調でなく、予防接種で過剰反応のおそれがある場合は、旧実施規則四条二号、同条一号、新実施規則四条1号、同条9号等の各禁忌事項に該当することとなり、右アの事項をとりたてて禁忌事項とする必要はないこと

② イの発達遅滞にある者、虚弱体質者については、先天的免疫欠損症、中枢神経の障害等の重大な疾病がなく、体力的にも栄養障害等ない場合は禁忌ではなく、その可能性がある場合は旧実施規則四条三号、同条一号、新実施規則四条5号、同条9号等の各禁忌事項に該当し、また、虚弱体質の乳幼児には免疫欠損症等の重大な病気が隠れていることがあるが、その場合は、旧実施規則四条二号、同条一号、新実施規則四条1号、同条9号等に該当するかどうか、接種担当医の判断に委ねるのが相当であり、あえて禁忌事項とする必要はないこと

③ ウの風邪その他の疾病に罹患している者については、発熱を伴わない軽症の感染症の場合、予防接種をしてもあまり心配ないとされており、「有熱患者」(旧実施規則四条一号新実施規則四条1号)を禁忌としている新、旧実施規則に該当するもの以外は、接種担当医の判断に委ねるのが相当であること

④ エの下痢をしている者については、ポリオワクチンで下痢が禁忌(新実施規則四条八号)とされているが、ウイルスの干渉によってワクチンの効力がない事態が起こるのを防ぐためであって、他のワクチンへ適用する必要のない、ポリオワクチン特有の禁忌事項であること

⑤ オの病気あがりの者については、旧実施規則四条二号該当者は免疫産生が低下していることが多く、禁忌に該当するが、病後衰弱といえない程度であれば予防接種をすることに差しつかえないから、そのような者に予防接種をすべきかどうかは、接種担当医の判断に委ねることで十分であること

⑥ カのアレルギー体質の乳幼児、両親又は兄弟にアレルギー体質がいる乳幼児については、すべてのアレルギー性疾患の既往児が禁忌となるものではなく、疾病によってはそのような小児こそ予防接種の必要があり、かつ接種可能な場合もあるのであり、前示のように新実施規則四条3号の規定はこの点を明確にしており、両親、兄弟にアレルギー体質者がいる乳幼児の場合、それらアレルギー体質の性格、程度等を考慮し、当該児が予防接種を受けることが相当かどうかを接種担当医の判断に委ねるのが相当であること

(なお、ジフテリア予防接種においても、基本的には右同様に考えるが、モロニー試験については後記のとおりである。)

⑦ キのこれまでの予防接種で異常があった者については、必ずしも一律に禁忌とすることなく、その異常の程度、内容等を判断して旧実施規則四条一号又は新実施規則四条9号に当たるかどうかを接種担当医の判断に委ねるのが相当であること

⑧ クのけいれん既往のある者、両親又は兄弟にけいれんの既往のある者については、「けいれん性体質の者」(旧実施規則四条三号)、「接種前の一年以内にけいれんの症状を呈したことが明らかな者」(新実施規則四条5号)が禁忌とされているがその他の者を一律に禁忌とするのは相当でなく、旧実施規則四条一号ないし新実施規則四条9号に該当するかどうかを、接種担当医の判断に委ねるのが相当であること

⑨ ケの種痘につき皮膚疾患のある者については、このような者すべてを禁忌とすることは相当でなく、種痘につき旧実施規則四条五号同条一号に該当するかどうかを接種担当医の判断に委ねるのが相当であること

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、原告らが禁忌事項として主張する右アないしケの事項は、後記の接種担当者の具代的過失を検討する際に、具体的な禁忌の有無を判断するに当たって考慮に値する事柄ではあるが、特に禁忌事項として設定する必要性を認めず、これらの事項を禁忌として設定すると、予防接種の必要がある者を排除する虞れもあり、かえって、妥当性を欠くことになりかねず、原告らの前記主張は採用できない。

(3) なお、右(2)、⑥との関係で、原告らは、ジフテリアワクチンに対し、アレルギー体質かどうかを判断するには、モロニー試験を実施したうえで、その結果強陽性者となった者に対しては予防接種を実施すべきではなく、従って、ジフテリア予防接種においてモロニー試験の強陽性者は禁忌とすべきである旨主張するので、検討する。

前記第四、四、1(二)で認定のとおり、ジフテリアトキソイドにより、通常よくみられる副反応としては、局所の発赤、腫張、疼痛等があり、時には発熱、頭痛、嘔吐等を伴って臥床せざるを得なくなるものである。

また<証拠>によれば、モロニー試験は、被接種者がジフテリアトキソイドにどの程度の反応性を有するかを皮内反応によって検査するものであり、ジフテリアトキソイドを生理食塩水で希釈した液0.1ccを前腕皮内に注射したうえ、二四時間後の局所の発赤によって、発赤の直径が五ミリメートル未満を陰性、一〇ミリメートル未満を疑陽性、一〇ミリメートル以上を陽性、二〇ミリメートル以上を強陽性と判定し、陰性、疑陽性にはトキソイドを普通量接種しても差し支えないが、陽性者はトキソイドに対するアレルギーを有すと判断されるものであり、前記副反応をモロニー試験である程度予知できることが認められる。

そして、<証拠>によれば、次の事実が認められる。

① 昭和二三年に制定されたジフテリア予防接種施行心得四項の(二)では、小学校卒業前六か月以内(第三期)の者について一ミリリットルを一回皮下に注射することとし、同項の附記として、シック反応検査及びモロニー反応検査は一般にこれを行わないものとすると規定していた。

② しかし、一〇歳以上の者に対して予防接種を行った場合に比較的副作用が強いこと、ジフテリアの年齢別発生状況等を勘考して、昭和二八年の右予防接種施行心得の一部改正により、一〇歳以上の者に接種する場合の規定が明定され、初回免疫を行う場合は、第一回量を0.1ccとし、副作用のないときは漸次増量するが、副作用のあるときは増量しないこととし、追加免疫を行う場合は0.1cc以下を一回注射する旨規定し、前記附記を削除した。

③ 厚生省公衆衛生局長は、各都道府県知事に対し、同年六月一〇日付「予防接種施行心得の一部改正等について」(衛発第四六一号)で、右改正の内容及び趣旨、及び前記附記を削除したことについて、シック反応検査及びモロニー反応検査を行う趣旨ではないものであることを通知した。

④ 厚生省公衆衛生局長は、各都道府県知事に対し、昭和三四年一月二一日付「予防接種の実施方法について」(衛発第三二号)の「予防接種実施要領」の中で、一〇歳以上の者に対してジフテリアの予防接種を行う場合には、接種量を適当に減量する必要がある旨通知した。

右認定事実によれば、厚生省は、年長児に対するジフテリアの予防接種について、ワクチン接種量を0.1ccに減量し、副反応が起らないよう配慮していることが認められる。

また、<証拠>によれば、次の事実を認めることができる。

① 昭和五〇年発行の「予防接種の手びき」、同年発行の「ワクチンとは」、昭和五二年改訂二版発行の「日本のワクチン」は、いずれもジフテリアの予防接種につきモロニー試験を行って、その強陽性者を禁忌とし、昭和四九年発行の「ひとのワクチン」は、モロニー試験が陽性または強陽性の時には、トキソイド量を減らすか、又は予防接種を行わない方がよいとする。

② 右「ひとのワクチン」は、四期対象者(新法では三期)又はそれ以上の年齢の者にモロニー試験を行う必要があるとするのに対し、右「予防接種の手びき」は、一〇歳以上の者に同試験をするか、成人型トキソイドを用いるとしたうえで、一〇歳以上でも小学生の年齢であれば第一回を0.1ccとし、副反応のない場合に第二回以後適宜増量する方法も取り得るが、成人型を用いるのが実際的であるとしており、さらに、前記「ワクチンとは」によると、臨時予防接種について、小学高学年以上ではまずモロニー試験を行うとし、前記「日本のワクチン」でも臨時接種について、シック試験よりモロニー試験で対象者を選択する方がよく、特に中学生以上を対象とした接種では、あらかじめモロニー試験を行う必要があるとしている。

③ 前記昭和三八年一一月二五日発行の「防疫シリーズNo.7ジフテリア」は、年長児や青壮年にはジフテリアに対するアレルギー反応の可能性が大きいこと、現実には、従来とも小学校六年生の定期接種は大過なく行われているので問題ないこと、場合により、モロニー試験を行い、アレルギーのないものだけに接種することを記述している。

④ また、昭和五五年発行の「混合ワクチン研究二〇年の歩み」では、中学生、高校生や成人の中には既にジフテリアの自然感染を受けた者が含まれている筈であり、このような既感染者へのジフテリアトキソイド接種後のアレルギー反応等の副作用を避けるため、あらかじめモロニー試験を実施し、陽性反応者には接種しない方がよく、シック試験を行って陽性反応者だけ接種する方法もあるが、年長児または成人には高度に精製されたジフテリアトキソイドを少量接種するのが安全であると、されている。

右認定事実によれば、一般的に、昭和四九年から昭和五二年にかけての文献では、モロニー試験の結果、強陽性となった者を禁忌とする旨記述しているが、本件で問題となる年長児の定期接種について右試験を義務とする文献は少なく、臨時接種の場合及び中学生以上について必要とするものや、成人型トキソイドを用いるとするものが多いと認められる。

さらに、<証拠>によれば、前記のように旧法による第四期(新法では第三期)の接種量を0.1ccに減量した結果、この年齢層における接種による異常な副反応が経験されていないことが認められる。

以上の事実によれば、被告がモロニー試験を義務づけず、同試験の強陽性者を禁忌としなかったことにも合理的な理由があるというべく、原告らの前記主張は採用できない。

(4) なお、原告らは、集団接種で、できるだけ内容の具体的な禁忌事項を掲げ、該当可能性のある者については、個別接種で慎重に判断する制度にすべきであるとして、特に集団接種での禁忌を問題にする旨主張するが、前記認定した禁忌の趣旨からすると、個別接種におけるものと区別して集団接種における禁忌を定める必要性はないというべきである。

すなわち、前記認定のとおり、禁忌は、集団接種、個別接種の別を問わず、当該予防接種の実施を禁止するものであるから、その内容としては前示実施規則等で定めるもので十分であり、接種担当医としては、集団、個別の別なく、禁忌該当者の発見に努め、仮に、時間的制約等から集団接種の場でその確信が得られないとすれば、ひとまず接種を控えて鑑別を行うのがよく、<証拠>によれば、厚生省公衆衛生局長は、各都道府県知事に対し、昭和三四年一月二一日付「予防接種の実施方法について」(衛発第三二号)で右のような指示を通知していることが認められる。

従って、集団接種における禁忌事項を区別して定める必要があったとはいえず、原告らの右主張は採用できない。

(5)  右(1)ないし(4)のとおり、被告の禁忌の設定に過失は認められず、原告らの前記主張は採用できない。

(九) 予防接種事故に対する救急医療態勢を怠った過失

原告らは、被告が予防接種事故の存在を秘匿してきた故に、予防接種事故に対する救急医療態勢の整備を放棄したとして、意図的な過失がある旨主張するので、検討する。

まず、被告がジフテリアワクチンを除く予防接種でまれに重篤な副反応が発生することを認識していたことは認められるが、予防接種事故の存在を秘匿していたとはいえないことは、前記四で述べたとおりである。

次に、<証拠>及び弁論の全趣旨によれば、左記(1)、(2)の事実を認めることができる。

(1) 予防接種後の異常反応に対する対処

予防接種後異常反応が生じた場合、当初かかりつけの開業医で診療されているのが実態であるが、被告としても、次のとおり、都道府県あるいは市町村を通じる等して、その対策を講じていること

厚生省は、各都道府県知事に対し、前示昭和三四年一月二一日付「予防接種の実施方法について」(衛発第三二号)で「予防接種実施要領」を通知しているところ、その中で、接種後異常な徴候のあった場合は速やかに医師の診察を受け、その結果、事故と認められたときは、被接種者又はその保護者は、当該予防接種の実施者に連絡するように指示しておくこと、予防接種を行う場所には、救急の処置に必要な設備、備品等を用意しておくこと、事故発生の場合には、市町村長は保健所長を経て都道府県知事に報告し、都道府県知事はこの報告を受けた場合、及び自ら実施した予防接種において事故が発生した場合には、厚生省に報告すること等を定めたこと

厚生省は、各都道府県知事に対し、昭和四五年六月一八日付「種痘の実施について」(衛発第四三五号)で、種痘の実施後、異常な徴候のあった者は、速やかに医師の診療を受けるようその保護者に周知すること、異常な徴候のあった者を診察した医師は、速やかに市町村長又は最寄りの保健所長に報告するよう管内各医師に協力を依頼すること、万一事故発生の場合は、前記実施要領により、速やかに報告するよう管下市町村長に周知を図ること、診断、治療等の指導が心要である場合には、最寄りの「種痘研究班」の班員に連絡すること等を通知したこと

さらに、厚生省は、各都道府県知事に対し、同年八月五日付「種痘実施について」(衛発第五六四号)で「種痘実施の手引き」を通知し、その中で種痘の合併症、その科学療法剤、等を知らしめている他、昭和三四年以降各都道府県及び市町村を通じ、前示新旧の実施規則その他で、予防接種に副反応の起こることがあること、接種後異常な徴候があれば医師の診察を受けること、禁忌事項を接種会場に掲示し、印刷物にして保護者に配布すること等を指示し、保護者に対してもこれを知らせ、また、予防接種に関する一般向けの啓蒙書やパンフレットに副反応の説明をすること等によって、予防接種後の異常反応やその対処の仕方について一般に了知せしめたこと

(2) 救急医療態勢の整備

被告は、一般救急医療施設につき、昭和三九年二月に「救急病院等を定める厚生省令」を制定して、主に初期治療を担当する救急病院、診療所の告示制度を創設し、現在まで全国に四千七百余の右告示病院、診療所を発足させており、さらに昭和四二年以降国立病院等の公的病院を中心として、救急医療センターの整備を促進し、これも現在相当整備された状態であること

休日及び夜間の急病患者の診療については、地域医師会単位で当番医制が行われているが、被告も保健所単位で、医療関係者等を構成員とする休日夜間診療確保対策協議会の設置の助成を通じて、夜間急患センターの普及に努めていること

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右(1)、(2)の認定事実によれば、被告は、都道府県あるいは市町村を通じて、予防接種後異常反応があった場合の措置等につき、種々な対応を指示し、被接種者と保護者らへの周知に努め、かつ救急医療施設整備を図ってきており、前記のように予防接種事故の存在を秘匿していたともいえない。

従って、原告らの前記主張は採用できない。

2 接種担当者の具体的過失

本件各被害児に対する接種担当者の具体的過失の有無につき判断する前に、接種担当者のなすべき予診の内容、及び接種担当者が禁忌の有無を判断する際、考慮すべき事項に関して検討する。

前記1、(七)のとおり、予診の方法は、問診、視診、体温測定、聴打診等の方法があるが、接種担当者は、右すべての方法によって診断することを要求されるものではなく、特に集団接種の際には、まず問診及び視診を行い、その結果異常を認めた場合、又は接種対象者の身体的条件に照らし必要があると判断した場合にのみ、体温測定、聴打診等を行えば足りると解される(旧実施規則四条、旧実施要領第一の九項二号)。

そして、接種担当者としては、問診に当たって、単に健康状態を質問するだけでは足りず、禁忌者を識別するに足りるだけの具体的質問、すなわち、実施規則四条所定の症状、疾病、体質的素因の有無、及びそれらを外部的に徴表する事由の有無を、具体的、かつ適切に質問する義務があるというべきであるが、集団接種の場合における質問方法として、すべて医師の口頭による必要はなく、いわゆる問診票の利用や質問事項等の掲示、看護婦ら補助者による質問の代行等の併用が許容され、医師の口頭による問診の適否は、質問内容、表現、用語及び併用された補助方法の手段の種類、内容、表現、用語を総合考慮して判断すべきである(最高裁判所昭和五一年九月三〇日第一小法廷判決・民集三〇巻八号八一六頁参照)。

ところで、予防接種の予診は、禁忌者発見の基本的かつ重要な機能を持つものであり、被接種者が当該接種についての禁忌事項に該当することの発見を目的とするが、予診によって何らかの異常が認められ、これが禁忌事項に該当するかどうか判定が困難な場合に、不明のまま接種を行ってはならず(旧実施要領第一、九、3)、従って、接種担当者は禁忌事項に該当すると判断した場合はもちろんのこと、異常が認められるが禁忌事項に該当するか否かの判定が困難な場合にも、当日は接種を行わないようにすべき注意事務を負っているものと解される。

なお、原告らは、予診の諸規定に違反して副反応事故が発生した場合には、接種担当者に過失があるものと一応の推定をすべきである旨主張するところ、前記のとおり、予診は、被接種者に禁忌事項があるかどうかを発見するためのものであるが、禁忌事項の内容及び理由が様々であるのと、どのような予診を行えば、どのような禁忌事項を発見できたのか、また、その禁忌事項の看過が果たして当該副反応発生の原因となったのかどうか必ずしも明らかでないこともあり、仮に予診を尽くしていない事実があったとしても、副反応事故発生の事実だけから当該事故についての接種担当者の過失を認めることが相当でない場合もあり得る。

次に、禁忌事項についてみるに、前示予防接種施行心得あるいは新旧実施規則の禁忌事項が検討されるべきは当然であるが、原告らが禁忌として主張する前記(八)(2)のアないしケの事項も、接種担当者が具体的に禁忌の有無を判断するに当たって考慮に値する事柄であると考えられる。

しかして、<証拠>及び弁論の全趣旨によれば、一般的にいって、小児、幼児、乳児の順にワクチンに対する過剰反応の虞れが大きいこと、仮死分娩という出産障害があった者は、脳に一種の底上げ状態があり、ワクチンの影響を受けやすいこと、熱性けいれんあるいはてんかん体質の者は、もともと右底上げ状態があること、アレルギー体質の子供、あるいは両親、兄弟にアレルギー体質がある者も同様に右底上げ状態があること、風邪をひいている場合は、背後に重大な疾病がひそんでいることがあり、機械的に集団接種を行うべきではなく、原則として個別接種によるべきであること、ことに乳幼児は、免疫力を含めて体の機能が未熟であり、抵抗力がなく、けいれん体質、免疫異常等の異常体質や潜在疾患を把握し得ない他、ストレス、疾病等で特異な反応が出やすく、しかも、それが重篤になりやすいうえ、発達過程にあるため、正常か異常かの判断が下し難い等の身体的特性を持っていること、以上の事実が認められる。

従って、接種担当者としては、特に乳幼児に対する接種の場合に、右の仮死分娩、熱性けいれんやてんかん体質、アレルギー体質、風邪等について、慎重な配慮をなすべきであり、右のような事情を総合して判定が困難な場合は、当日は接種を見合わせるべきものと解すのが相当である。

そこで、以下接種担当者の過失の有無については、被接種者の出生前、母体の妊娠中の経過、及び出生時の状況、出生後本件予防接種までの状況、及び過去の予防接種による副反応、アレルギー体質等の有無、本件予防接種前後の状況等を総合して具体的な禁忌事項との関連でその検討をする。

(一) 被害児番号1前田五実

前記第四、四、1、(一)で認定した事実(当事者間に争いのない事実を含む。以下同じ。)<証拠>及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

(1) 妊娠中の経過及び出生時の状況

前記第四、四、1、(一)のとおり、特に異常はない。

(2) 出生後本件予防接種までの状況及び過去の予防接種による副反応

前記第四、四、1、(一)のとおり、五実は順調に成育し、本件予防接種までにジフテリアワクチン等の接種を受けているが、特に異常はなかった。

(3) アレルギー体質等の有無

五実は特異体質ということもなく、けいれんを起こしたこともなかった。

(4) 本件予防接種前後の状況

① 原告喜代子は、本件予防接種前日、五実が入浴等について注意を記載した書面と、問診票をもらってきたので、右問診票に記入をしたが、同問診票には、各項目とも異常なしと判定される部分に丸印が付され、当日朝の体温が三六度一分である旨記入されている。

② 五実は、本件予防接種当日一二歳であり、熱はなく、その他特に異常もなく、前記問診票を提出したが、本件予防接種の際、モロニー試験を受けた様子はない。

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、五実は、本件予防接種当時一二歳の年長児であり、五実が右接種を受ける際にモロニー試験が行われた様子はないところ、原告らは、五実が右試験を受けていれば、強陽性との判定がなされ、本件予防接種を受けずに済んだことも十分推認できるので、接種担当者がモロニー試験を実施しなかったことに過失がある旨主張する。

しかし、前記第五、五、1、(八)、(3)のとおり、五実の受けた本件予防接種は旧法による第四期の定期接種であり、ジフテリア予防接種につき、モロニー試験の実施が義務付けられておらず、また、前記認定事実によれば、五実は、本件予防接種以前にジフテリアの予防接種を受けたものの特に異常がなく、本件接種時までの発育も順調であり、接種当日にも特に異常はなく、五実について右モロニー試験を実施すべき特別な事情も認められないので、接種担当者において、事前にモロニー試験を実施せずに本件予防接種を実施したことに過失があるとはいえない。

また、前記認定事実によれば、五実には、出生前母体の妊娠中及び出生時に問題がなく、アレルギー体質等も認められず、右モロニー試験以外でも本件予防接種を見合わせるべき何らの事由もなく、仮に予診が十分行われたとしても、異常が認められず、本件予防接種に至った可能性が強いと思料される。

なお、前記認定事実によれば、五実については、問診票による問診がなされており、同票に異常と認められる記載はなく、従って、さらに具体的な問診等を含む予診をしなかったからといって、予診として不十分であったともいえない。

従って、五実の本件接種担当者に過失があったとは認められない。

(二) 被害児番号2大熊宣祐

前記第三、一、2で認定した事実、<証拠>及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

(1) 妊娠中の経過及び出生時の状況

原告光枝は、宣祐を妊娠中逆児の状態であったが、特に異常はなく、昭和三四年一月一六日予定より二〇日位早く自然分娩で宣祐を出産し、宣祐の生下時体重は三三〇〇グラム、身長は四八センチメートルであった。

(2) 出生後本件予防接種までの状況及び過去の予防接種による副反応

宣祐は、出生後順調に成育し、本件予防接種までに種痘等の接種を受けているが、特に異常はなく、昭和三八年四月から二年保育で幼稚園に通っていた。

(3) アレルギー体質等の有無

宣祐の両親、兄弟の体質や健康等に問題はなかった。

(4) 本件予防接種前後の状況

① 原告光枝は、本件予防接種当日、宣祐(当時四歳)を連れて接種会場である枝光公民館へ行ったところ、すでに五、六〇名の人が来ていて、担当医三名が被接種児らを三つのグループに分けて、次々に接種を行っており、同原告らも受付で住所、氏名を聞かれたが、その他注意事項を告げられたことはなかった。

② 宣祐は、本件予防接種当日、特に異常はなく、切皮法で本件予防接種を受けたが、接種の際、接種担当医から問診を受けておらず、看護婦から腕の消毒を受ける時に、患部が乾くまで衣服を当てないことと、入浴しないことを注意された位で、他に特別な注意はなかった。

③ 宣祐は、本件予防接種の五、六日後に、接種を受けた左腕の痛みを訴え、左腕の接種部位が赤黒く少し腫れて、三七度余の熱があったが、その後も三七ないし三八度の熱が続いた。

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、宣祐は、出生前及び出生時に問題がなく、アレルギー体質等もなかったものであり、本件予防接種時までの発育も順調であって、接種当日にも接種を見合わせるべき事由が見当たらず、仮に予診、問診が行われたとしても、特別の異常が認められずに、本件予防接種を受けた可能性が強いと思料される。

予診の目的は、禁忌事項の発見にあるが、接種担当者の過失の有無については、前記のように、具体的禁忌該当事項あるいは判別困難事由と合わせた注意義務違反の主張が中心的であるべきことを考慮すると、本件予防接種の場合、宣祐に対する十分な予診が行われなかったとしても、事故発生の結果につき過失があったとはいえない。

なお、宣祐は、切皮法で本件種痘を受け、五、六日して左腕の接種部位が赤黒く少し腫れ、三七度余の熱があったのであるから、消毒不良等の可能性も考えられなくはないが、本件の経過に照らし、種痘の善感であった可能性の方が高く、右消毒不良等を認めるに足りる証拠はない。

(三) 被害児番号3古賀宏和

前記第三、一、3で認定した事実、<証拠>及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

(1) 妊娠中の経過及び出生時の状況

原告和代は、宏和を妊娠中特に異常はなく、昭和四七年一月三〇日正常分娩により宏和を出産し、宏和の生下時体重は三三五〇グラム、身長は五〇センチメートルであった。

(2) 出生後本件予防接種までの状況及び過去の予防接種による副反応

宏和は、出生後順調に成育し、出生年の五月と同年一〇月にポリオ生ワクチン、同年下期と昭和四八年下期に三種混合ワクチンの各接種を受けたが、特に異常はなかった。

(3) アレルギー体質等の有無

宏和及びその両親等にアレルギー体質やけいれん体質が認められるような者はいない。

(4) 本件予防接種前後の状況

① 原告和代は、本件予防接種当日、宏和(当時二歳)を連れて接種会場である大和中央公民館へ行ったところ、大勢の人が子供を連れて接種を受けに来ており、最初の部屋では一人の医師が診察に当たり、次の部屋では一人の医師と二人の看護婦がいて、看護婦が接種部位を消毒し、医師が接種をなしていた。

② 宏和は、最初の部屋で医師から胸に聴診器をあてられて診察を受けたが、問診はなく、次の部屋で接種担当医から、前の被接種者に対する注射針を変えないまま、同じ注射針で本件接種を受けた。

③ 宏和は、本件予防接種の八日後に、夜午後九時ころ三八度の熱を出し、けいれんと意識喪失をきたし、腕に黒褐色と緑黄色の部分があったが、翌日種痘後脳炎によって死亡した。

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、宏和は、注身針の交換なく本件予防接種を受け、接種八日後に発熱、腕に墨褐色と緑黄色の部分があったところ、前示旧実施規則三条二項(甲第二七三号証の四、乙第六九号証)には「注射針、種痘針、多圧針及び接種用さじは、被接種者ごとに取り変えなければならない。」と規定され、注射針等の取換えが義務づけられているが、右規定の趣旨は、専ら注射針、種痘針、多圧針等を介して、被接種者相互間に各種感染症が感染することを防止しようとすることにあると考えられ、また、宏和の腕の患部も、前示善感の可能性を否定できず、その他右注射針の交換がなかったことから、本件事故が発生したと認めるに足りる証拠はない。

しかして、前記認定事実によれば、宏和は、出生前及び出生時に問題がなく、アレルギー体質等もなかったものであり、本件予防接種時までの発育も順調であって、接種当日にも接種を見合わせるべき事由が見当たらず、仮に十分な予診が行われたとしても、特別の異常が認められずに、本件予防接種を受けた可能性が強いと思料され、前示被害児番号2の例と同じく、接種担当者に過失があったとはいえない。

(四) 被害児番号4矢冨亜希子

前記第四、四、2、(一)で認定した事実、<証拠>及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

(1) 妊娠中の経過及び出生時の状況

前記第四、四、2、(一)のとおり、特に異常はない。

(2) 本件予防接種までの状況及び過去の予防接種による副反応

前記第四、四、2、(一)のとおり、亜希子は、出生後順調に成育し、本件予防接種を受けるまでに生ワクチンの接種を受けているが、特に異常はなかった。

(3) アレルギー体質等の有無

亜希子及びその家族、親族にアレルギー体質者やけいれん体質者はいなかった。

(4) 本件予防接種前後の状況

① 亜希子(当時生後六月)は、前記第四、四、2、(一)のとおり、本件予防接種を受ける二、三日前から風邪をひき、鼻水が出て微熱があり、通院治療中であった。

② 原告富士子は、本件予防接種当日、亜希子を連れて、接種会場である馬出小学校の講堂に行ったところ、すでに五、六〇人位の人が列を作って並んでおり、列の先では二、三人の接種担当医が次々と予防接種をなしていたが、問診票等は配られなかった。

③ 原告富士子は、順番を待って並んでいる時、保健所の女性係員に対し、亜希子が風邪で通院しているが、接種を受けて大丈夫かどうか聞いたところ、同じ係員らしい男性が来て、亜希子の額に手をあてて大丈夫である旨答え、接種を指示したので、接種担当医の予診や問診を受けないまま、亜希子の本件予防接種を受けさせた。

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、亜希子は、二、三日前から風邪に罹患して医師の治療を受け、当日も風邪が治っておらず、鼻水が出ていて、有熱の可能性もあったところ、原告富士子が接種会場でその旨告げたのに、保健所の係員らしい者が亜希子の額に手をあてただけで大丈夫と答え、接種を指示した、というのである。

しかし、前示予防接種における禁忌の意義、新旧実施規則の定めと風邪という身体的条件の関係、及び乳幼児の特性等を合せ考えれば、右接種担当者としては、亜希子の風邪がかかり始めなのか、回復期にあるのか、その症状及び程度はどうか、ことに体温はどうか等につき詳しく質問し、場合によっては聴打診を行って、当日の健康状態を精査する注意義務があったというべきであり、右保健所の係員らしい者が医師の予診を経ずに接種を指示したのは、極めて軽卒な行為であったといわなければならず、仮に右係員らしき者が接種担当の医師であったとしても、体温計による検温すら省き、視診と額の触診だけで、接種を指示した点で同様の落度を免れないというべきである。

従って、その余の具体的事由の判断を省略し、亜希子の本件予防接種については、副反応事故発生の結果につき、接種担当者に過失があったものと認める。

(五) 被害児番号5山科美佐江

前記第四、四、3、(一)、(二)で認定した事実、<証拠>及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

(1) 妊娠中の経過及び出生時の状況

前記第四、四、3、(一)のとおり、特に異常はない。

(2) 出生後本件予防接種までの状況及び過去の予防接種による副反応

前記第四、四、3、(一)のとおり、美佐江は生後順調に成育し、本件予防接種までにインフルエンザワクチン等の接種を受けているが、特に異常はなかった。

(3) アレルギー体質等の有無

美佐江の父親がアメリカ杉で鼻炎になったことがあるが、美佐江及び右父親を除く家族にアレルギー体質者はいなかった。

(4) 本件予防接種前後の状況

① 美佐江(当時八歳)は、前記第四、四、3、(一)のとおり、本件予防接種を受ける四日前位から風邪をひき、微熱があり、鼻水と咳がでていて、通院治療中であった。

② 原告ミヨ子は、美佐江が学校からもらって来た本件予防接種の問診票に記入したが、右問診票の「記入についてのお願い」に「接種の可否の判定は医師が行います。」と記載してあったこと等から、風邪で通院中であった美佐江の接種の可否を医師の判断に委ねようと考えて、右問診票への記入をした。

③ 右問診票には、「今病気でお医者さんにかかっていますか」及び「最近何か病気でお医者さんにかかったことがありますか」との項目の各「ある」の部分に丸印が付され、各病名の部分に風邪である旨、及び後者の項目には一一月一四日ころから医者にかかっている旨がそれぞれ記入され、他の項目については異常なしと判定される部分に丸印が付され、当日朝の体温が三六度である旨記入されている。

④ 美佐江は、本件予防接種当日、風邪が治っておらず、咳が出ていたところ、学校でクラスごとに分けてなされた接種を受けたが、学校では問診票を調べ、接種後に入浴しない旨の注意をなしただけであり、美佐江も、前示問診票を提出したが、接種時に予診や問診は受けなかった。

⑤ 美佐江は、前記第四、四、3、(二)、(2)のとおり、本件予防接種の翌日死亡後解剖に付されたが、その結果、胸腺の悪性リンパ腫、及びそれがもたらした胸腺腫瘤、脾臓、肝臓への浸潤、白血病像等の病理的変化のあったことが判明した。

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、美佐江は解剖の結果、胸腺の悪性リンパ腫があり、胸腺腫瘤、脾臓、肝臓への浸潤、白血病像等の病理的変化が認められ、明らかに免疫不全であったから、当然禁忌該当者であったが、本件予防接種後の解剖で判明するに至っているから、右の事情だけで接種担当者に過失があったと認めることはできない。

しかし、美佐江は、本件予防接種当時風邪に罹患して病院治療を受けており、接種当日も咳をしていたのであって、右事情が問診票に記載されていたのであるから、その症状及び程度を含めて詳しい予診をすべきであったことが考えられ、体温についても、接種時における体温の確認の必要性を否定できず、白木証人も、風邪の背後には重大な病気がひそんでいる可能性があり、本件の美佐江の場合も、両親から症状、経過を聞いたうえ、風邪で通院中ということで検討すれば、右悪性リンパ腫が分明していた旨証言する。

従って、美佐江の本件予防接種については、前示被害児番号4の例と同じく、接種担当者に詳しい予診を行うべき注意義務違反があり、副反応事故発生の結果につき過失があったものと認める。

(六) 被害児番号6坂井和也

前記第二、二、2の認定事実のとおり、和也が受けた本件予防接種の根拠法条は旧法六条の二であり、前示のように同法条に基づく接種はそれ自体被告の公権力の行使に当たるとはいえず、接種担当者に過失があったとしても、被告の責任を問うことはできないと解される。

(七) 被害児番号7新須玲子

前記第四、四、5、(一)で認定した事実、<証拠>及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

(1) 妊娠中の経過及び出生時の状況

前記第四、四、5、(一)のとおり、特に異常はない。

(2) 出生後本件予防接種までの状況及び過去の予防接種による副反応

前記第四、四、5、(一)のとおり、玲子は、出生後順調に成育し、本件予防接種の約一か月前に三種混合ワクチン(第一回目)の接種を受けたが、特に異常はなかった。

(3) アレルギー体質等の有無

玲子の家族及び親族にアレルギー体質者やけいれん体質者はいない。

(4) 本件予防接種前後の状況

① 玲子(当時生後五月)は、本件予防接種当日、特に異常はなく、体温は三六度四分であり、原告郁子が問診票に記入したが、右問診票には各項目とも異常なしと判定される部分に丸印が付され、当日の体温として右体温が記入されていた。

② 原告郁子は、当日玲子を連れて接種会場である川内市民会館へ行ったところ、すでに大勢の人が来ており、役所の者が問診に当たり、医者一名が接種をしていたが、原告郁子としては、右役所の者から名前を聞かれたうえ、玲子に熱がないかどうか確認されただけであった。

③ 接種担当医は、前の被接種者に使用した注射針を変えることなく、玲子に接種したところ、注射針が曲り、ワクチンが接種箇所から血液と一緒に流れ出したが、直ちに注射器を変えて再度玲子に接種した。

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、玲子は、本件予防接種の際、最初の接種で注射針が曲ったため、二度の接種を受け、二度目は別の新しい注射器によって接種を受けたものであり、過量接種を受けたと認められる。

旧実施規則第一五条三号(乙第五八号証)によれば、百日咳、ジフテリア、破傷風の三種混合ワクチンの第一期予防接種は、三週から八週までに、間隔をおいて三回皮下に注射するものとし、一回の接種量を0.5ミリリットルである旨規定している。

そして、右のようにワクチンの接種量が定められた趣旨に照らせば、接種担当者は、接種の際規定量に従った接種を行うべき注意義務を負っており、ことに、百日咳ワクチンを含む二混、三混ワクチンの副反応が前記のように激しいものであることを合せ考えると、より慎重でなければならないところ、本件の接種担当者は、右注意義務に違反して過量接種を行った点で、重大な落度がある、といわざるを得ない。

従って、その余の具体的事由の判断を省略し、玲子の本件予防接種については、副反応事故発生の結果につき、接種担当者に過失があったものと認める。

(八) 被害児番号8吉田達哉

前記第三、一、8で認定した事実、<証拠>及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

(1) 妊娠中の経過及び出生時の状況

原告惠子は、達哉を妊娠中特に異常はなかったが、出産の際、陳痛が微弱であり、かつ、骨盤が狭かったため、四日位生まれず、血を吐いたりしたうえ、昭和四一年一〇月二三日鉗子分娩で達哉を出産し、達哉の生下時体重は四〇〇〇グラムであった。

(2) 出生後本件予防接種までの状況及び過去の予防接種による副反応

達哉は、出生後順調に成育し、生後三か月ころには首が坐り、お座りも出来るようになっており、昭和四二年四月一七日ころ種痘の接種を受けたが、特に異常はなかった。

(3) アレルギー体質等の有無

達哉の父である原告誠剛は、医師からアレルギー体質であるという指摘を受け、達哉の妹である吉田ひとみも小学校六年生の時にジンマシンが出て、皮膚科の医師からアレルギー体質と告げられており、達哉自身も皮膚が弱く、おむつかぶれがあった。

(4) 本件予防接種前後の状況

① 原告惠子は、回覧板で本件予防接種のことを知ったが、右回覧板には、実施の日時と場所が記載されていただけであり、ポリオ生ワクチンの接種を受ける際の注意事項等の記載はなかった。

② 原告惠子は本件予防接種当日、達哉(当時生後六月)を連れて接種会場である天道小学校へ行ったところ、すでに大勢の人が来ており、順次受付後、保健所の係員らしい女性がポリオ生ワクチンの接種を実施していて、問診票等はなく、注意事項の説明もなかった。

③ 達哉は、本件予防接種当日、特に異常はなかったが、予診や問診を受けることなく、また、注意事項等についての説明もないまま、本件予防接種を受けた。

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、達哉の父と妹がアレルギー体質者であり、達哉も皮膚が弱く、おむつかぶれがあっていることからアレルギー体質者であったことがうかがえるうえ、出生時の経過で脳に障害を受けた可能性もあるところ、達哉は、本件接種当時生後六か月の乳児であったから、禁忌につき慎重な判断が必要であったと解され、前示新旧実施規則が定める「アレルギー体質の者」(旧実施規則四条三号)又は「予防接種を行うことが不適当な状態にある者」(新実施規則四条9号)等として、判定が困難な場合に該当していたことが考えられる。

しかるに本件接種担当者は、全く予診を行わなかったのであって、右禁忌事項を看過した点で落度を免れず、達哉の本件予防接種による副反応事故発生の結果につき、過失があったものと認める。

(九) 被害児番号9山村誠

前記第四、四、6、(一)で認定した事実、<証拠>及び弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

(1) 妊娠中の経過及び出生時の状況

前記第四、四、6のとおり、原告照子は、誠を妊娠中特に異常はなかったが、誠は出生の際、生産と仮死産の限界的な状態であり、軽い新生児仮死であった可能性が高く、軽いけいれんが生後二、三日続いた。

(2) 出生後本件予防接種までの状況及び過去の予防接種による副反応

前記第四、四、6のとおり、誠は、出生後二〇日間程入院して経過観察を受け、発育に多少の遅れがあり、月一回程九大病院で検診を受ける等していたが、その後ほぼ順調に成育し、本件予防接種までにポリオ生ワクチンの接種と昭和四八年二月一五日梅野医院で三種混合ワクチンの接種を受けているが、いずれも特に異常はなかった。

(3) アレルギー体質等の有無

誠は、本件予防接種を受けるまでに何回か湿疹を患ったが、両親及び親族に特に大病、精神病等に罹患した者はいない。

(4) 本件予防接種前後の状況

① 原告照子は、本件予防接種当日、誠(当時一歳五月)を連れて、予防接種を受けるため梅野医院へ行ったところ、すでに三、四人の人が来ており、原告照子はその場で問診票を書き、提出した。

② 右問診票の主な内容は、現に湿疹等の皮膚病があること、現在あるいは最近、病気で医者にかかっていること、今までにけいれん(ひきつけ)を起こしたことがあること、ジンマシンや湿疹ができやすいこと、同年輩の子供に比べて遅れがあること、今までに重い病気にかかったことがあり、病名は新生児けいれんであること、今回の予防接種のために医師の健康診断を受けていないこと等が記載されており、前記一回目の接種を受けた時も、ほぼ同様の記載がなされていた。

③ 誠は、本件予防接種当日、臀部に湿疹が出ていたが、体温は三六度七分であったところ、梅野医師は問診をすることなく、誠の口腔内を簡単に見て、聴診器を軽く当てただけで、本件接種の指示をし、誠は隣の部屋で看護婦から本件予防接種を受けた。

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右認定事実によれば、誠は、出生時に軽い新生児仮死状態にあった可能性が高いところ、誠を診察し、原告照子から誠の病状経過を聞いた白木証人は、誠に出生異常があり、誠が脳に傷を受けていて、一種の底上げがあることと、予防接種については、予防接種をするなとはいわないが、個別接種で慎重に行うべきであった旨証言している。

しかして、誠は、本件予防接種を受けるまでに何回か湿疹ができ、当日も臀部に湿疹ができていて、アレルギー体質の可能性があったうえ、右多くの病歴につき、前示新旧実施規則が定める「予防接種を行うことが不適当な状態にある者」(新実施規則四条9号)又は「アレルギー体質の者」(旧実施規則四条三号)等として、判定が困難な場合に該当していたことが考えられ、しかも、前記のような事項がすべて問診票に記載されていたのであるから、接種担当者としては、詳細な診察による慎重な判断をするべく、場合によって当日の接種を見合せる等の注意義務があったと解される。

従って、本件接種担当者は、右注意義務を怠り、禁忌事項を看過した点で落度を免れず、誠の本件予防接種による副反応事故発生の結果につき、過失があったものと認める。

以上のとおり、被告は、本件被害児らのうち、被害児番号4矢冨亜希子、同5山科美佐江、同7新須玲子、同8吉田達哉、同9山村誠に対する関係で、各接種担当者の過失について、国家賠償法に基づく損害の賠償をすべき責任があると認められ、同原告らの主張は理由があるというべきであるが、その余の被害児らについてはこれが認められず、同原告らの主張は理由がないといわなければならない。

第六安全配慮義務違反による債務不履行責任対び不法行為責任について

一原告らは、本件各被害児らと被告の関係が、被害児らにおいて、被告の行う予防接種に協力し、奉仕するという忠誠的な特別の接触関係であるとし、被告に予防接種のすべての過程で被害の発生を防止し、被接種者の生命、健康の安全を配慮すべき義務(債務)、いわゆる安全配慮義務(債務)があった旨主張する。

二右原告ら主張の安全配慮義務は、一定の法律関係に基づき特別な社会的接触関係に入った当事者が、当該法律関係の附随義務として、信義則上負うとされる債務のことであり、ドイツ民法、スイス債務法等に実定法の根拠を有し、我が国でも、直接明文の規定はないが、解釈上認められているものである(最高裁判所昭和五〇年二月二五日第三小法廷判決・民集二九巻二号一四三頁参照)。

しかして、この安全配慮義務は、雇傭契約や公務員の勤務関係等において、使用者が労務給付の場所、設備、機械、器具を提供する場合、労務の性質の許す範囲で被用者の生命、健康に危険を生じないように注意する義務にその典型がみられるように、私法上の雇傭契約関係、公務員の勤務関係等の継続的な基本法律関係が存在し、かつ安全配慮義務がその基本法律関係の付随義務として考えられる場合に認められるものと解される。

三しかし、本件各被害児らと被告の関係は、予防接種の面についてみると、被告が法律に基づき、予防接種を強制、あるいは勧奨するという一般的な強制、受忍の関係があるのに過ぎず、社会的な接触も一回的なものであって、右のような継続的基本法律関係があるわけではないので、そこに、信義則上の債務としての安全配慮義務は認められない、というべきである。

四次に、原告ら主張の安全配慮義務は認められないとしても、被告が予防接種を行う場合、すべての過程で被害の発生を防止し、被接種者の生命、健康の安全を配慮すべき義務を負っていることは、そのように解すべきであるが、右義務の法的性格は不法行為における注意義務と同一であるとみるほかなく、その義務違反の問題は、前示代位責任説に基づく国賠法等の実定法に委ねられているのであって、それとは別に、一般的抽象的義務違反として、被告が直接民法七〇九条等による賠償責任を負うことはない、と解される。

五よって、原告らの請求原因5の主張は、その余の点の判断を省略して、失当であり、原告らの安全配慮義務違反を理由とする請求は理由がない。

第七損失補償責任について

一損失補償請求の訴えの追加的併合の可否

1  原告らは、国賠法等に基づく損害賠償請求の本件訴えを提起して係争中、昭和六〇年七月二日付準備書面(同日本件第二六回口頭弁論期日に陳述)で憲法二九条三項に基づく損失補償責任を、昭和六一年六月一〇日付準備書面第三、第四(同日本件第二九回口頭弁論期日に陳述)で憲法二九条三項と同法二五条に基づく損失補償責任をそれぞれ追加的に申立て、昭和六二年一〇月六日付最終準備書面(同日第三五回口頭弁論期日に陳述)でもこれを維持しているところ、被告は、原告らの右損失補償請求が行訴法四条の当事者訴訟であることを理由に、右申立てを不適法と主張する。

2 しかし、国賠法等の損害賠償請求権が、違法有責な行為による違法な結果に対する私法上の権利であるのに対し、憲法二九条三項、一四条、その他に基づく損失補償請求権が、適法な行為による適法な結果についての公法上の権利であることは、明らかであるが、原告らが右追加的に申立てた本件の場合の損失補償請求権は、適法な行為によるいはば違法な結果に対する請求権であって、前二者の中間領域にあるものとみることができ、右請求権を訴訟物とする訴訟も、常に行訴法四条の当事者訴訟としてだけ扱わねばならないものでもない、と解するのが相当である。

3 しかるところ、本件の場合は、本件各予防接種の実施及び実施時の状況、副反応事故及び因果関係、損害ないし損失、その他、係争の事実関係が全く同一であって損失補償請求を実質民事訴訟手続で併合審理して、特段の不都合がなく、本件訴訟の経過に照らし、一方において、右請求の併合が許されない場合、原告らに多大の時間的、経済的損失が予測される反面、他方において、右損失補償請求の行政事件としての面での行訴法二三条(行政庁の訴訟参加)、二四条(職権証拠調)、三三条(判決の拘束力)等に関する被告側の応訴上の不利益もないと認められ、また、後記予防接種法に基づく行政上の救済措置による給付も、公法上の権利関係でありながら私法的側面を持つものであって、国賠法に基づく損失賠償額からの控除がなされるべき関係にあるものである。

4 従って、右のような諸点を総合し、本件損失補償請求の訴えの追加的併合は、これを適法と認める。

二損失補償責任の有無

1  原告らの憲法二九条三項に基づく損失補償請求について判断するに、同条項は、私有財産権につき、公共のために加えられる権利の制限が社会生活上の受忍限度を上回っていることと、特定の個人に対し特別の財産上の犠牲を強いるものであることの要件を具備する場合に、損失補償がなされるべき旨を定めたものである。

2 憲法二九条三項は、同条一項の財産権不可侵宣言を受けて、直接には財産権の収用につき規定しているものであり、それ故、生命、健康被害が問題となる予防接種の副反応事故に適用ないし類推適用できるかは、議論の存するところである。

しかし、予防接種は、伝染病の発生及びまん延を予防し、公衆衛生の向上及び増進に寄与するという公共目的のため、国が法律や行政勧奨によって強制的に実施しているものであるところ、予防接種により極くまれにではあるが、死亡あるいは重篤な後遺症を伴う副反応の痛ましい事故が発生し、それらの者は、前記受忍限度を超える損失を受け、特別な犠牲を強いられている。

そして、その反面、大多数の国民は、伝染病の発生とまん延を予防され、予防接種の目的が達成されたことによる社会的共通の利益を享受しているのであり、この公共の利益のため特別な犠牲を強いられた者について、国民全体の負担で補償を要する理は、憲法二九条三項の財産権の収用の場合を超える、ということができる。

3 予防接種の副反応事故にみられるような生命、健康の損失は、財産権のように収用の可能性がある性質のものではないが、生命、自由、及び幸福追求に対する国民の権利については、公共の福祉に反しない限り、立法その他国政の上で最大の尊重を必要とする、との憲法一三条の規定、国民の生存権と国の生存権保障義務を定めた憲法二五条の規定等をみると、憲法は、国民の生命、健康を財産権よりもはるかに厚く保障していることが明らかである。

従って、憲法が財産権の特別な犠牲の補償を規定しながら、予防接種事故の重篤な被害のように、それを超える国民の生命、健康にかかわる特別な犠牲につき、全く定めをしていないと解することはできず、法の下の平等を定めた憲法一四条の規定及び右二九条の規定を合わせて検討すれば、右二九条三項は、国民の生命、健康の特別な犠牲について、少なくとも財産権の補償と同等以上の補償が必要である趣旨を含む、と解するのが相当である。

4 憲法二九条三項は、財産権について損失補償を認めた規定がなくても、直接同条項を根拠として補償請求をすることができないわけではない、と解されており(最高裁判所昭和五〇年三月一三日第一小法廷判決・裁判集民一一四号三四三頁、同年四月一一日第二小法廷判決・裁判集民同号五一九頁参照)、この解釈は、生命、健康の特別な犠牲についても当然妥当すると考えられる。

よって、原告ら(但し、すでに前記第五、五、2の接種担当者の具体的過失が認められ、国賠法による損害賠償請求権が認められている被害児番号4矢冨亜希子、同5山科美佐江、同7新須玲子、同8吉田達哉、同9山村誠、及び同被害児らの両親を除く。)は被告に対し、憲法二九条三項の規定に基づき、本件損失補償の請求をすることができる、というべきである。

5  被告は、予防接種法所定の法的救済制度のもとで、直接憲法の条項に基づく損失補償請求をすることが法理論上許されない旨主張するところ、右救済制度が昭和四五年の閣議了解に基づいて創設された行政的救済措置を受けて、昭和五一年の法改正の際、法的救済制度となったものであり、補償内容も次第に充実していることは、被告主張のとおりである。

しかし、右救済制度は、その沿革にみられるように、本来の損失補償をめざす制度とはいえず、給付の内容も、医療費、医療手当、障害児養育年金、障害年金、死亡一時金、葬祭料であって、損失補償の中心となるべき逸失利益、慰藉料等がない結果、損失補償と比較して、補償内容が不十分であるといわざるを得ない。

従って、右救済制度は、憲法の条項に基づく損失補償そのものでないのは勿論、それに代わり得るものともいえないのであって、実質的に損失補償に該当する給付部分につき重複の調整を必要とするのはともかく、その制度の存在するが故に、憲法の条項に基づく損失補償請求を許さないとするものではないと解される。

6  また、被告は、予防接種法所定の法的救済制度で、行政庁の給付に関する処分(支給決定、不支給決定)がなされた例では、右行政処分に公定力があるから、抗告訴訟による取消変更を経ない損失補償の請求が許されない旨主張するが、前記のように、右救済制度と損失補償は別個のものと解すべく、救済制度における行政処分が損失補償請求権につき公定力を及ぼすことはない、というべきである。これらの点に関する被告の主張は、採用できない。

三損失補償の範囲

1 前示のとおり、第五、五、2で国賠法に基づく賠償請求が認められた原告らを除く、その余の原告らにつき、損失補償請求権が認められるところ、右損失補償の内容は、財産権に対する補償と同等以上であるべきものであるから、少なくとも憲法二九条三項の正当な補償でなければならない。

2 右正当な補償は、伝染病の発生及びまん延防止という公益上の必要に基づいてなされた予防接種のため、各被害児らがその副反応により受けた生命、健康についての特別な犠牲の回復を図ることを目的とするものであるから、予防接種による副反応発生の前後を通じて被接種者の状態を等しくならしめるような補償であるべきである。

そして、本件のように、特別な犠牲の対象が被害児らの生命、健康である場合は、生命、健康が財産的価値にとどまらないことから、財産権の補償の場合と異なり、生命、健康の財産的価値の側面に対するもののほか、非財産的側面に対する補償として、慰謝料の形による補償が当然必要になってくると解される。

3  なお、原告らは、本件訴訟の提起、追行に要した弁護士費用が右損失補償の範囲内に含まれる旨主張するところ、右弁護士費用の出捐による経済的損失は、本件各予防接種による特別な犠牲の回復に必要な出費ではあるが、右特別な犠牲の内容をなすものとは認められないから、原告らの右主張は採用できない。

第八損害又は損失について

一原告番号四、五、七ないし九の各原告らは、前記第五、五、2のとおり、各被害児の予防接種副反応事故につき、国賠法に基づく損害賠償請求をすることができ、また、原告番号一ないし三、六の各原告らは、第七、二、三のとおり、各被害児の予防接種副反応事故につき、憲法二九条三項に基づく損失補償請求をすることができるので、以下右損害額及び損失額の算定をする。

なお、原告らは、本件各予防接種副反応事故による損害又は損失を正当に評価するためには、その被害を総体として把握することが不可欠であり、各被害児らに共通、等質な損害又は損失を一律に算定すべきであって、ランク付けはできない旨主張し、本訴請求金額を主位的にいわゆる包括一律請求(但し、医療費を控除)の一部請求として、構成している。

しかし、予防接種副反応事故による損害又は損失額は、個別事故ごとの被害児の年齢、家族構成、事故及び被害の時期、内容、程度等によって異なるというべきであり、本件合計九人の被害児についても、その接種の時期は、昭和三八年四月から昭和五二年一一月までの長期間内に散在し、接種ワクチンも種痘と百日咳ワクチンを含む二混、三混ワクチンで共通する分を含めて、ジフテリア、インフルエンザ、ポリオ生ワクチンの五種類に及び、各被害児(接種時生後四月余の者から一二歳の者まで)の被害内容も区々に分れているところである。従って、立証の便宜上、損害又は損失内容の項目によってある程度のグループ分けは避け難いとしても、原告ら主張のように、損害又は損失額の全部を包括一律の算定方式によるのは相当でないといわざるを得ず、以下原告らの仮定的主張である個別積上げ方式によって算定をする。

二本件各被害児のうち、被害児番号1ないし5の者は、前示のように、本件各予防接種の副反応事故により死亡しているところ、生存しているその余の同番号6ないし9の者について次の事実を認めることができる。

1  (被害児番号6坂井和也)<証拠>によれば、和也の現在の症状、要介護の程度等について、請求原因中原告各論六の5「損害」の項に記載の事実が認められる。

2  (被害児番号7新須玲子)<証拠>によれば、玲子の現在の症状、要介護の程度について、請求原因中原告各論七の5「損害」の項に記載の事実が認められる。

3  (被害児番号8吉田達哉)<証拠>によれば、達哉の現在の症状、要介護の有無等について、請求原因中原告各論八の5「損害」の項に記載の事実が認められる。

4  (被害児番号9山村誠)<証拠>によれば、誠の現在の症状、要介護の程度等について、請求原因中原告各論九の5「損害」の項に記載の事実が認められる。

三右認定事実によると、本件各被害児のうちの生存者は、日常生活に全面的な介護を必要とする後遺障害がある被害児番号7の新須玲子(Aランク被害児)、日常生活に介助を必要とする後遺障害がある被害児番号6の坂井和也、同9の山村誠(Bランク被害児)、及び一応他人の介助なく日常生活を維持できる程度の後遺障害がある被害児番号8の吉田達哉(Cランク被害児)にそれぞれ区別されるものと認められる。

四本件各被害児別の損害又は損失額

1  損害賠償請求が認められる死亡被害児(被害児番号4の矢冨亜希子、同5の山科美佐江)

(一) 逸失利益

死亡被害児の逸失利益は、就労可能年数を一八歳から六七歳まで四九年間、基準とすべき収入額を昭和六〇年賃金センサス第一巻第一表の産業計、企業規模計、学歴計、年齢計の男女別労働者平均賃金(年間、男子四二二万八、一〇〇円、女子二三〇万八、九〇〇円)、生活費控除を男子五割、女子三割として、ライプニッツ方式により中間利息を控除し、得べかりし利益総額の現価(本件各予防接種事故当時)を求め、

予防接種事故時零歳の亜希子が一二二〇万一七二八円(2,308,900×0.7×{19.2390(67−0のライプニッツ係数)−11.6895(18−0のライプニッツ係数)}、

予防接種事故時八歳の美佐江が一八〇二万七四二九円(2,308,900×0.7×{18.8757(67−8のライプニッツ係数)−7.7217(18−8のライプニッツ係数)}である。

なお、原告らは、性別による逸失利益の差異をなくすべきである旨主張するところ、賃金センサスは、賃金の実態を示しているものであるから、右主張は採用できないが、控除する生活費割合に差等を設けることで、右較差の是正に資することにするべく、また、原告らは、インフレによる目減り分を算入すべきである旨主張するが、右のとおり、すでに本件口頭弁論終結時に近い昭和六〇年賃金センサスに依拠しているので、不確実な要素の多い将来のインフレの影響については、考慮しないこととする。

(二) 慰謝料

死亡被害児の慰謝料は、本件にあらわれた一切の事情を総合して、一人あたり総額一〇〇〇万円をもって相当と認める。

(三) 相続

被害児亜希子及び美佐江が原告ら主張の日に死亡したこと、その両親が原告矢冨實次、同富士子、及び原告山科成孝、同ミヨ子であることは当事者間に争いがなく、同原告らは、各被害児の権利義務を二分の一宛相続したものである。

(四) 弁護士費用

本件訴訟の経緯、後記認容金額等を総合して、原告矢冨實次一一〇万円、同矢冨富士子一一〇万円、原告山科成孝一四〇万円、同山科ミヨ子一四〇万円を、それぞれ被告に賠償せしめるべき費用と認める。

(五) まとめ

原告矢冨實次の損害額は、右(一)逸失利益相続分、(二)慰謝料半額分、(四)弁護士費用の合計一二二〇万〇八六四円、原告富士子も同額であり、

原告山科成孝の損害額は、右(一)逸失利益相続分、(二)慰謝料半額分、(四)弁護士費用の合計一五四一万三七一四円、原告ミヨ子も同額である。

2  損害賠償請求が認められるAランクの生存被害児(被害児番号7の新須玲子)

(一) 逸失利益

Aランク生存被害児の労働能力喪失率は一〇〇パーセントと認めるのが相当であり、予防接種事故時零歳の玲子の逸失利益は、前同様の算定方式(但し、生存児につき生活費控除はない。)により一七四三万一〇四〇円(2,308,900×{19.2390(67−0のライプニッツ係数)−11.6895(18−0のライプニッツ係数)}である。

(二) 介護費

Aランク生存被害児である玲子は、本件予防接種による副反応発症後死亡まで、生涯にわたり全面的に介護を必要とするものであり、右介護料は要介護期間を通じ年間一五〇万円と認めるのが相当のところ、右要介護の期間は、同児の本件予防接種時における年齢と同年齢の者の平均余命期間に一致すると認めるべく、右余命期間を昭和六〇年簡易生命表(但し、一年未満切捨て)により、ライプニッツ方式による中間利息を控除して、介護費全額の現価(本件予防接種事故当時)を求めると、二九三九万四六〇〇円(1,500,000×19.5964〔平均余命80年のライプニッツ係数〕)である。

(三) 慰謝料

Aランク生存被害児の慰謝料は、本件にあらわれた一切の事情を総合して、一〇〇〇万円をもって相当と認める。

なお、Aランク生存被害児玲子の両親である原告新須和男、同郁子は、玲子の被害につき固有の慰謝料を請求し得べきであり、その額は同原告ら各自につき三〇〇万円ずつと認めるのが相当である。

(四) 救済制度の給付金の控除

<証拠>、弁論の全趣旨によれば、玲子は、別紙Ⅳ表(四)のとおり、本件口頭弁論終結時までに、被告から予防接種健康被害救済制度に基づく医療費、医療手当、障害養育年金等の給付を受けていることが認められ、そのうち少なくとも、障害児養育年金の既給付分合計四一七万三八〇〇円は、本件請求金額から控除すべきである。

(五) 弁護士費用

前同様に、玲子五三〇万円、原告新須和男三〇万円、同郁子三〇万円を要賠償額と認める。

(六) まとめ

玲子の損害額は、右(一)逸失利益、(二)介護費、(三)慰謝料の合計から(四)の既給付分を控除し、(五)の弁護士費用を加えて五七九五万一八四〇円であり、原告新須和男の損害額は、右(三)慰謝料、(五)弁護士費用の合計三三〇万円、原告郁子も同額である。

3  損害賠償請求が認められるBランクの生存被害児(被害児番号9の山村誠)

(一) 逸失利益

Bランク生存被害児の労働能力喪失率は五六パーセントと認めるのが相当であり、予防接種当時一歳の誠の逸失利益は、前同様の算定方式により一八七六万九〇四三円(4,228,100×0.56×{19.2010−(67−1のライプニッツ係数)−11.2740(18−1のライプニッツ係数)}である。

(二) 介助費

右Bランク生存被害児である誠は、本件各予防接種による副反応発症後死亡まで、生涯にわたり日常生活に介助を必要とするものであり、右介助料は要介助期間を通じ年間七〇万円と認めるのが相当のところ、右要介助の期間は前示Aランク生存児に同じと認めるべく、これらを基礎として、前示Aランク生存被害児におけると同様の算定方式で右要介助期間の介助費全額の現価(本件各予防接種事故当時)を求めると、一三六二万一四四〇円(700,000×19.4592〔平均予命74年のライプニッツ系数〕)である。

(三) 慰謝料

Bランク生存被害児の慰謝料は、本件にあらわれた一切の事情を総合して、六〇〇万円をもって相当と認める。

なお、Bランク生存被害児誠の両親である原告山村賢、同照子は、誠の被害につき固有の慰謝料を請求し得べきであり、その額は、同原告ら各自につき一五〇万円ずつと認めるのが相当である。

(四) 弁護士費用

前同様に、誠三八〇万円、原告山村賢一五万円、同照子一五万円を要賠償額と認める。

(五) まとめ

誠の損害額は、右(一)逸失利益、(二)介助費、(三)慰謝料、(四)弁護士費用の合計四二一九万〇四八三円であり、原告山村賢の損害額は右(三)慰謝料、(四)弁護士費用の合計一六五万円、原告照子も同額である。

4  損害賠償請求額が認められるCランクの生存被害児(被害児番号8の吉田達哉)

(一) 逸失利益

Cランク生存被害児の労働能力喪失率は三五パーセントと認めるのが相当であり、予防接種当時零歳の達哉の逸失利益は、前同様の算定方式により一一一七万二〇一四円(4,228,100×0.35×{19.2390(67−0のライプニッツ係数)−11.6895(18−0のライプニッツ係数)}である。

(二) 介助費

達哉は一応他人の介助なく日常生活を維持できる状態にあり、現在婚姻生活をしているものであって、介助費損害は認め難い。

(三) 慰謝料

Cランク生存被害児の慰謝料は、本件にあらわれた一切の事情を総合して、五〇〇万円をもって相当と認める。

なお、Cランク生存被害児達哉の両親である原告吉田誠剛、同惠子は、達哉の被害につき固有の慰謝料を請求し得べきであり、その額は、同原告ら各自につき一〇〇万円ずつと認めるのが相当である。

(四) 救済制度の給付金の控除

<証拠>、弁論の全趣旨によれば、達哉は、別紙Ⅳ表(四)のとおり、本件口頭弁論終結時までに、被告から予防接種健康被害救済制度に基づく障害児養育年金、障年児金等の給付を受けていることが認められ、そのうち少なくとも右障害児養育年金、障害児年金の既給付分合計四二四万六八八三円は、本訴請求金額から控除すべきである。

(五) 弁護士費用

前同様に、達哉一一九万円、原告吉田誠剛一〇万円、同惠子一〇万円を要賠償額と認める。

(六) まとめ

達哉の損害額は、右(一)逸失利益、(三)慰謝料の合計から(四)の既給付分を控除し、(五)の弁護士費用を加えて、一三一一万五一三一円であり、原告吉田誠剛の損害額は、右(三)慰謝料、(五)弁護士費用の合計一一〇万円、原告惠子も同額である。

5  損失補償請求が認められる死亡被害児(被害児番号1の前田五実、同2の大熊宣祐、同3の古賀宏和)

(一) 逸失利益

前同様の算定方式により、予防接種事故時一二歳の五実が二一九一万二五二三円(2,308,900×0.7×{18.6334(67−12のライプニッツ係数)−5.0756(18−12のライプニッツ係数)}、

予防接種事故時四歳の宣祐が一七四一万四〇六四円(4,228,100×0.5×{19.0750(67−4のライプニッツ係数)−10.8377(18−4のライプニッツ係数)}、

予防接種事故時二歳の宏和が一七五九万五八七二円(4,228,100×0.5×{19.1610(67−2のライプニッツ係数)−10.8377(18−2のライプニッツ係数)}である。

(二) 慰謝料

死亡被害児の慰謝料は、本件にあらわれた一切の事情を総合して、一人あたり総額一〇〇〇万円をもって相当と認める。

(三) 救済制度の給付金の控除

宣祐の両親である原告大熊勝宣、同光枝が、別紙Ⅳ表(四)のとおり、被告から予防接種健康被害救済制度に基づく弔慰金合計四〇〇万円の支給を受けていることは、当事者間に争いがなく、また、<証拠>、弁論の全趣旨によれば、宏和の両親である原告古賀廣、同和代も、被告から右弔慰金合計六二〇万円の支給を受けていることが認められ、これらは、いずれも本訴請求金額から控除すべきである。

(四) 相続

被害児五実、宣祐、及び宏和が原告ら主張の日に死亡したこと、その両親が原告前田安人、同喜代子、原告大熊勝宣、同光枝、及び原告古賀廣、同和代であることは当事者間に争いがなく、同原告らは、各被害児の権利義務を二分の一宛相続したものである。

(五) 弁護士費用

前示第七、三、3のとおり、損失補償の範囲に含まれない。

(六) まとめ

原告前田安人の損害額は、右(一)逸失利益相続分、(二)慰謝料半額分の合計一五九五万六二六一円、原告喜代子も同額であり、

原告大熊勝宣の損害額は、右(一)逸失相続分、(二)慰謝料半額分の合計から、(三)の既給付分(半額)を控除して一一七〇万七〇三二円、原告光枝も同額であり、

原告古賀實次の損害額は、右(一)逸失利益相続分、(二)慰謝料半額分の合計から、(三)の既給付分(半額)を控除して一〇六九万七九三六円、原告和代も同額である。

6  損失補償請求が認められるBランクの生存被害児(被害児番号6の坂井和也)

(一) 逸失利益

Bランク生存被害児の労働能力喪失率は五六パーセントと認めるのが相当であり、予防接種当時零歳の和也の逸失利益は、前同様の算定方式により一七八七万五二二二円(4,228,100×0.56×{19.2390(67−0のライプニッツ係数)−11.6895(18−0のライプニッツ係数)}である。

(二) 介助費

Bランク生存被害児である和也は、本件予防接種による副反応発症後死亡まで、生涯にわたり日常生活に介助を必要とするものであり、右介助料は要介助期間を通じ年間七〇万と認めるのが相当のところ、右要介助の期間を前同様に認め、これらを基礎として、前同様の算定方法で右要介助期間の介助費全額の現価(本件予防接種事故当時)を求めると、一三六二万一四四〇円(700,000×19.4592〔平均余命74年のライプニッツ係数〕)である。

(三) 慰謝料

Bランク生存被害児の慰謝料は、本件にあらわれた一切の事情を総合して、六〇〇万円をもって相当と認める。

なお、Bランク生存被害児誠の両親である原告坂井哲也、同貞子は、和也の被害につき固有の慰謝料を請求し得べきであり、その額は、同原告ら各自につき一五〇万円ずつと認めるのが相当である。

(四) 弁護士費用

前示第七、三、3のとおり、損失補償の範囲に含まれない。

(五) まとめ

和也の損害額は、右(一)逸失利益、(二)介助費、(三)慰謝料の合計三七四九万六六六二円であり、原告坂井哲也の損害額は、右(三)慰謝料一五〇万、原告貞子も同額である。

第九抗弁及び再抗弁について

一違法性阻却事由若しくは被告の責に帰すべからざる事由

被告は、本件各予防接種の実施が法令及び通達に基づいてなされた行為であり、社会的にも相当な行為として是認されていたのであるから、正当な職務行為として違法性が阻却され、債務不履行の場合の債務者の責に帰すべからざる事由に当たることになる旨主張するので、国賠法による損害賠償請求が認められる原告らとの関係で検討する。

予防接種が法律に基づく正当な行為であることは、被告主張のとおりであるが、予防接種は、健康な人体に対し、弱毒化あるいは不活化されたとはいえ病原体を注入するに等しいものであるから、具体的な実施に当たる被告の担当者としては、被接種者の生命、健康を侵すことのないように、すべての段階でそれぞれ細心の注意をもって処すべきであることは当然である。そして、偶々接種現場で接種担当者が右義務を怠り、過失によって被接種者に被害をもたらした場合には、その義務違反によって国民の権利を侵害したことになるから、右義務違反を含む行為は客観的に正当なものであったとすることができず、その範囲内において違法との評価を免れない。

しかるに、本件各被害児のうち前示被害児番号4、5、及び7ないし9の五名については、前記第五、五、2の具体的接種担当者の過失の項で認定した接種担当者の過失のため、重篤な副反応事故に遭遇し、重大な被害を被つたものであって、本件各予防接種の場合、その実施自体は適法なものであったが、右のような接種担当者の過失、及びこれによって生じた重大な結果が正当として是認されるものでないことはいうまでもなく、過失による権利侵害が生じている以上、違法性がないといえないことも明らかである。

二消滅時効

1  被告は、原告らの国賠法に基づく損害賠償請求及び憲法二九条三項に基づく損失補償請求のいずれについても、民法七二四条(損害賠償請求権の消滅時効)の三年の短期消滅時効、副反応事故後一〇年以上の被害児らの関係では重ねて民法一六七条(債権の消滅時効)の一〇年の消滅時効を援用する旨主張する。

2  まず、損失補償請求に民法七二四条の適用があるかどうかについてであるが、前示のとおり、本件の損失補償請求権は、公法と私法の中間領域に成立するものであって、不法行為に基づく私法上の損害賠償請求権に近い性質のものであるから、消滅時効に関しては、民法七二四条が類推適用されると解するのが相当である。

3  民法七二四条の消滅時効は、被害者又は法定代理人が損害と加害者を知った時から時効期間が進行するところ、損失補償請求の関係でも、右起算日は、被害児又は法定代理人において、被告が実施し、あるいは勧奨した予防接種による被害であることを知った時からと解するのが相当であり、民法一六七条の類推適用を考えるにしても、右被害及び加害者を知った時から権利行使が可能になるものとして、同様に解すべきである。

4  そこで、本件訴え提起当時予防接種事故後右三年の時効期間内であった被害児の関係を除き、右消滅時効が問題になるが、被告は、被害児番号2ないし4、6、8、9の各被害児関係につき、昭和三八年以降昭和五〇年一〇月頃までに死亡、症状固定等の診断があってから三年以上経過していたこと、被害児番号2ないし4、6、8の被害児関係につき、昭和四五年一一月頃と昭和四七年一〇月頃、市町村長等に提出された予防接種事故に対する行政救済措置の受給申請書を作成した時点、或いは被害児番号2、3、8の被害児関係につき、予防接種との因果関係が認められることを前提として右支給通知を受けた時点で、それぞれ損害及び加害者を知った旨主張する。

5  しかし、被告主張の右死亡・症状固定等の診断があった頃、被害児及び両親である各原告らが被害と予防接種の因果関係や実施主体を知り、あるいは賠償請求、補償請求ができること等を知っていたと認めるべき的確な証拠はなく、また、行政救済措置の受給申請書を作成、提出した原告らも、その申請で右因果関係が認定されればともかく、申請書を作成した段階ですでに右被害及び加害者を知ったとはいえない。

6  もっとも、昭和四六年一二月頃から昭和四八年二月頃にかけて、事故審査会で予防接種との因果関係を認定され、右認定を前提とする行政救済の支給通知を受けている被害児番号2、3、8の被害児関係原告らは、その頃本件各予防接種事故につき被害及び加害者を知った、というべきであり、その時から前記時効期間が進行したものである。

7 しかし、本件について被告が消滅時効の援用をすることは権利の濫用であり、許されないと解する。

すなわち、前示のとおり、予防接種は、伝染病の発病及びまん延を予防するため、強制的に実施されているものであるが、極くまれに重篤な副反応事故があって、偶々犠牲者となった者は、幼い生命を失い、あるいは幼児期から生涯回復できない重篤な後遺症に苦しみ、非惨な境遇に置かれているところ、被告についてみると、少数の犠性者の発生を認識しながら、公共の福祉のために予防接種を強制し、公益目的を実現しているものであって、これらそのための犠牲者の救済も被告の責務といえること、一方、原告らの側についてみても、損害賠償請求、損失補償請求等の手段を容易に知り得ない立場にあること等を合せ考えれば、被告主張の諸点を考慮しても、右被告の消滅時効の援用は著しく相当性を欠く、というべきである。結局、被告の消滅時効の主張は理由がない。

三損益相殺等

被告は、予防接種健康被害救済制度に基づき、原告らに支払われた給付金について、原告らの本訴請求金額のうちから控除すべきである旨主張するところ、<証拠>、弁論の全趣旨によれば、被害児番号2、3、7、8の各被害児の関係で、別紙Ⅳ表(四)、(六)のとおり、右救済制度に基づく給付のなされていることが認められ、そのうち同原告らの本訴請求金額との調整を要すると考えられる被告関係の弔慰金、障害児養育年金、障害年金につき、前示第八、四、2、4、5のとおり、本件口頭弁論終結時点でその控除を行った。

なお、医療費、医療手当等その余の給付金については、右控除を不相当と認め、本訴請求金額との調整を行わないものとする。

四予防接種法に基づく給付と本訴請求の調整

1  被告は、右救済制度の給付を受けている原告らの関係で、将来の給付分についても現在額に換算したうえで、本訴請求金額から控除すべきであるとし、同原告らが受ける将来の給付分が別紙Ⅳ表(五)「予防接種法の救済制度に基づく将来給付額一覧表」のとおりであり、各原告について控除すべき額を試算すると、別紙Ⅳ表(六)「将来給付額の現価及び給付済額一覧表」中各該当欄記載の額のとおりである旨主張する。

確かに、生存被害児の同原告らが、将来にわたって右救済制度に基づく給付を受けることができることは被告主張のとおりであるが、右給付が現実になされていない以上、これを現段階で、たとえ現価相当分の限度においても、本訴請求金額から控除することは相当でなく、被告の右主張は採用できない。

2  また、被告は右主張が認められない場合にも、障害児養育年金及び障害年金相当額について、右年金所定の給付履行時期までは、履行の猶予がなされるべきであるとし、その法律上の根拠として労災保険法六七条一項一号の趣旨を類推適用すべき旨主張する。

しかし、本件において右労災法の規定を類推適用すべき合理的な根拠がなく、被告の右主張も採用できない。

五損害額算定に当たり考慮されるべき減額事由

被告は、本件各予防接種に違法の問題が生じるとしても、広範な裁量に基づく国の施策が結果として違法と評価されるにすぎず、その程度が軽微であって、損害額の算定に当たり考慮さるべきこと、また、本件各被害児に事故の発生ないし損害の拡大に寄与した身体症状があり、因果関係の割合的認定の法理、過失相殺、損害額の公平分担の法理等により考慮さるべきであるとし、本件各被害児らの個別的事情を主張する。

しかし、右前者については、前示のとおり、国の施策としての予防接種そのものが違法とされているわけではないうえ、適法行為の損失補償を認めているものもあるのであって、この段階で特に斟酌すべき事項とはいえず、また、後者も、被害児らの身体症状は、これを過失として原告らに帰せしめ得る性質のものではなく、原告らの意思で回避、改善の可能性も存しないものであり、禁忌の身体形質を有する者を識別、排除して、副反応事故の発生を防止することは、予防接種制度を主宰する被告の義務に属すると考えられる。

第一〇結論

以上によれば、原告らの本訴請求は、別紙Ⅰ認容金額一覧表の「認容額」欄記載の各金員、及び右各金員に対する本件各事故による損害又は損失の発生日である右一覧表の「付帯請求起算日」欄記載の日から、それぞれ支払済まで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるから、これを認容し、原告らのその余の請求は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項を適用し、その余の仮執行宣言及び仮執行の免脱宣言は不相当と認め付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官田中貞和 裁判官松下潔 裁判官河東宗文は転任のため署名捺印することができない。裁判長裁判官田中貞和)

別紙Ⅰ認容金額一覧表

別紙Ⅱ

請求金額目録

原告番号

原告名

請求金額

(万円)

内訳

接種の年月日

損害額

(万円)

弁護士費用

(万円)

一の一

一の二

前田安人

前田喜代子

四、九五〇

四、九五〇

四、五〇〇

四、五〇〇

四五〇

四五〇

昭和五〇年一月二一日

二の一

二の二

大熊勝宣

大熊光枝

四、九五〇

四、九五〇

四、五〇〇

四、五〇〇

四五〇

四五〇

昭和三八年四月二二日

三の一

三の二

古賀廣

古賀和代

四、九五〇

四、九五〇

四、五〇〇

四、五〇〇

四五〇

四五〇

昭和四九年三月一九日

四の一

四の二

矢冨實次

矢冨富士子

四、九五〇

四、九五〇

四、五〇〇

四、五〇〇

四五〇

四五〇

昭和四一年二月一日

五の一

五の二

山科成孝

山科ミヨ子

四、九五〇

四、九五〇

四、五〇〇

四、五〇〇

四五〇

四五〇

昭和五二年一一月一八日

六の一

六の二

六の三

坂井和也

坂井哲也

坂井貞子

七、九二〇

九九〇

九九〇

七、二〇〇

九〇〇

九〇〇

七二〇

九〇

九〇

昭和三九年三月三日

七の一

七の二

七の三

新須玲子

新須和男

新須郁子

一三、七五〇

一、三七五

一、三七五

一二、五〇〇

一、二五〇

一、二五〇

一、二五〇

一二五

一二五

昭和四九年八月二〇日

八の一

八の二

八の三

吉田達哉

吉田誠剛

吉田恵子

七、九二〇

九九〇

九九〇

七、二〇〇

九〇〇

九〇〇

七二〇

九〇

九〇

昭和四二年五月一七日

九の一

九の二

九の三

山村誠

山村賢

山村照子

七、九二〇

九九〇

九九〇

七、二〇〇

九〇〇

九〇〇

七二〇

九〇

九〇

昭和四八年三月二三日

合計

九五、七〇〇

八七、〇〇〇

八、七〇〇

別紙Ⅲ

表(一)百日咳単味ワクチン

年月

菌濃度

初回接種(1期)

追加接種(2期)

第1回

第2回

第3回

24.5

150億個/

cc

接種液量

菌量

1.0cc

150億個

1.5cc

225億個

1.5cc

225億個

4.0cc

600億個

1.0cc

150億個

46.7

200億個/

cc

接種液量

菌量

1.0cc

200億個

1.5cc

300億個

1.5cc

300億個

4.0cc

800億個

1.0cc

200億個

48.3

200億個/

cc

接種液量

菌量

0.5cc

100億個

0.5cc

100億個

0.5cc

100億個

1.5cc

300億個

0.5cc

100億個

混合ワクチン

年月

菌濃度

初回接種(1期)

追加接種(2期)

第1回

第2回

第3回

33.2

240億個/

cc

接種液量

菌量

0.5cc

120億個

1.0cc

240億個

1.0cc

240億個

2.5cc

600億個

0.5cc

120億個

46.7

200億個/

cc

接種液量

菌量

0.5cc

100億個

1.0cc

200億個

1.0cc

200億個

2.5cc

500億個

0.5cc

100億個

48.3

200億個/

cc

接種液量

菌量

0.5cc

100億個

0.5cc

100億個

0.5cc

100億個

1.5cc

300億個

0.5cc

100億個

別紙Ⅲ表(二) 接種年齢

別紙Ⅲ

表(三) 接種間隔

23年 心得

種痘及びジフテリアについて………便宜のため同じ時に同じ人に対して他の予防接種を一種だけあわせて行ってもよい。

25年 心得

百日咳について………同上

27年 回答

以上の心得の規定の解釈………種痘、ジフテリア、百日咳の3種の相互の間においてのみ適用される。

28年 心得

あわせて行ってもよいとの規定を削除。

34年実施要領

混合ワクチン以外は、緊急その他やむを得ない理由のない限り、2種類以上を同時にしない。

36年実施要領

混合ワクチン以外は2種類以上を同時にしない。

39年実施規則

ポリオワクチン接種後2週間は種痘を、種痘後2週間はポリオワクチンの接種をしない。

45年実施規則

ポリオ又は麻しんワクチン接種後一月以内は種痘を、種痘又は麻しんワクチン接種後一月以内はポリオワクチンの接種をしない。

45年 通知

実施規則の解釈………生ワクチン接種後一月は他のワクチンの接種をしない趣旨。

52年実施規則

風しん接種後一月以内はポリオ又は麻しんワクチン接種を、ポリオ又は麻しんワクチン接種後一月以内は風しんワクチンの接種をしない。

別紙Ⅳ表(一) 予防接種健康被害救済制度による支給(不支給)決定状況

別紙Ⅳ

表(二) 行政措置による給付の内容等

給付の種類

医療費

後遺症一時金

後遺症特別給付金

弔慰金

再弔慰金

対象者

予防接種の副反応と認められる疾病により現に医療を必要とする者

予防接種の副反応と認められる疾病に起因する後遺症を有し、厚生年金保険法に定める程度の障害を有する者

後遺症一時金1級又は2級の受給者のうち、学齢期到達年令以上の者。ただし施設入所者には支給しない。

予防接種の副反応と認められる疾病により死亡した者の配偶者、子又は父母

後遺症一時金を受給後死亡した者の遺族又は弔慰金を受給した者

給付の内容

45.8.1~52.2.24の期間内の当該医療に要した費用について健康保険の例により算定した額のうち自己負担相当額を治ゆするまでの間支給

後遺症を有するに至った時期

1級

2級

3級

支給の

対象期間

1級

(月額)

2級

(月額)

死亡

の時期

死亡時

の年令

死亡した者1人について一律に200万円を支給

18歳未満

18歳以上

18歳未満

18歳以上

18歳未満

18歳以上

18歳未満

18歳以上

48.3

以前

270万円

330万円

200万円

240万円

130万円

160万円

48.3

以前

―円

―円

25.12.31

以前

70万円

85万円

26.1.

~35.12

165

200

31.1.

~30.12

170

205

36.1.

~40.12

200

250

48.4

~49.3

10,000

7,500

41.1.

~48.3

270

330

48.4

~49.3

420

510

305 372

204

248

49.4

~50.3

12,000

9,000

48.4.

~49.3

420

510

49.4

~50.3

490

600

360 430

240

290

50.4

~50.9

15,000

11,000

49.4.

~50.3

490

600

50.4

~51.3

590

720

430 520

290

350

50.10

~51.9

19,000

13,000

50.4.

~51.3

590

720

51.4.1

~52.2.24

750

910

550 660

370

440

51.10.1

~52.2.24

22,000

15,000

51.4.1

~52.2.24

750

910

別紙Ⅳ表(三) 法的救済制度における給付の内容等

別紙Ⅳ表(四) 予防接種健康被害に係る給付額一覧表

別紙Ⅳ

表(五) 予防接種法の救済制度に基づく将来給付額一覧表

No.

被接種者

生年

月日

62.11.1の年齢

平均余命昭和61年簡易生命表

障害の等級

医療費自己負担額

医療手当入院通院別に定額

障害児養育年金(18歳未満)

障害年金

月額 1級(210,600円)

2級(137,600円)

3級(103,300円)

在宅の場合

月額 1級(102,100円)

2級(60,300円)

施設入所

の場合

月額 1級(49,300円)

2級(32,900円)

7

新須玲子

49.3.19

13歳

68.52年

Y-1級

予測不可

予測不可

(62.11~67.3…53月)

53月×102,100円=

5,411,300円

(62.11~67.3…53月)

53月×49,300円=

2,612,900円

(68年×12月-53月…763月)

763月×210,600円=

160,687,800円

17,000,000円×0.05=

850,000円

8

吉田達哉

41.10.23

21歳

55.20年

S-3級

予測不可

予測不可

(55年×12月………660月)

660月×103,300円=

68,178,000円

17,000,000円×0.05=

850,000円

注1. 支給金額(月額)は、昭和62年11月現在の金額を基準にした。

2.平均余命の端数は切り捨て、年として計算した。

3.障害の等級は、現在の等級を基準にした。

障害の等級欄に「S−3級」とあるのは「障害年金の障害3級」であることを、「Y−1級」とあるのは「障害児養育年金の障害1級」であることを、示す。

なお、障害児養育年金の障害の等級と障害年金の障害の等級は必ずしも同一ではないが、同一の等級に認定されるものとして計算した。

4.障害児養育年金からは、特別児童扶養手当又は福祉手当の額を、

障害年金からは、特別児童扶養手当、福祉手当又は障害福祉年金の額を、

それぞれ控除して支給することになっているが、本表ではそれらを控除していない(各原告らは、名目は違っても、総体としてはこの金額相当額を受領し得ることとなる。)。

5.新須玲子は旧制度に基づく後遺症一時金を既に受領しているところ、その金額は新制度の障害年金から減額されることになっている が、計算が複雑になるため、本表では減額しないで計算した。現実の障害年金の支給額は、本表金額より、後遺症一時金及びそれに対する障害年金支給開始月までの利息(年5%複利)を差し引いたものとなる(もっとも、支給額の増額の点を考慮していないところ(注1参照)、増額分でほぼ相殺されるので、この計算方法であっても原告らにそれほど不利な結果とはならないと考える。)。

6.死亡一時金の額は、17年以上障害年金を受領するものとして計算した。

別紙Ⅳ

表(六)将来給付額の現価及び給付済額一覧表

No.

被接種者

生年月日

62.11.1の年齢

平均余命昭和61年簡易生命表

障害の等級 障害児養育年金

在宅 月額 1級(102,100円)

2級(60,300円)

施設入所 月額 1級(49,300円)

障害年金

月額 1級(210,600円)

2級(137,600円)

3級(103,300円)

死亡一時金

定額

既給付額

合計

2

大熊宣祐

34.1.16

死亡

(38.5.10)

― ――

――

――

4,000,000円

4,000,000円

3

古賀広和

47.1.30

死亡

(49.3.28)

― ――

――

――

7,203,483円

7,203,483円

7

新須玲子

49.3.19

13歳

68.52年

Y-1級(在宅) 102,100円×12月×4.3643=

5,347,140円

210,600円×12月×24,8853=

62,890,130円

17,000,000円×0.05×0.2272=193,120円

10,992,832円

79,423,222円

8

吉田達哉

41.10.23

21歳

55.20年

S-3級

103,300円×12月×26.0723=

32,319,223円

17,000,000円×0.05×0.2666=226,610円

9,367,033円

41,912,866円

注1.支給金額(月額)は、昭和62年11月現在の金額を基準にした。

2.平均余命の端数は切り捨て、年として計算した。

3.障害の等級は、現在の等級を基準にした。

障害の等級欄に「S−3級」とあるのは「障害年金の障害3級」であることを、「Y−1級」とあるのは「障害児養育年金の障害1級」であることを、示す。

なお、障害者養育年金の障害の等級と障害年金の障害の等級は必ずしも同一ではないが、同一の等級に認定されるものとして計算した。

4.死亡一時金の額は、17年以上障害年金を受領するものとして計算した。

5.係数は、法定利率による単利ホフマン係数(年別)によった。

6.障害児養育年金から障害年金への切替えがある年の端数月は、障害児養育年金を一年間もらうものとして計算した。

7.障害児養育年金「在宅・施設入所」の区分は、現在の状況によって区分した。

8.円未満の端数は切り捨てた。

別紙Ⅴ「インフルエンザに関する主要文献一覧表」

① Fred M. Davenport: Inactivated Influenza Virus Vaccine, Amor. Rev. Resp. Dis. 83, 146, 1961.

② 国立予防衛生研究所学友会編:日本のワクチン(改訂二版)  丸善株式会社:57,1977.

③ 芝田充男ら:インフルエンザワクチンの予防効果―昭和五五~五八年度小学校学童を対象とした調査成績  日本医事新報:No3200,43,1985.

④ 武内可尚:予防接種施行の実際インフルエンザ  小児科診療:49,1729,1986.

⑤ 園口忠男:インフルエンザワクチンの予防効果  マイクロープ:No63,1981.

⑥ 植田浩司ら:佐賀市K小学校・S中学校におけるインフルエンザA(H3N2)型の流行(一九八三年一~三月)ワクチン接種の既往と感染の状況  予防接種による副反応の発生要因及び診断治療に関する研究報告書:305,1984.

⑦ 木村三生夫:高校生におけるインフルエンザHAワクチン接種成績  インフルエンザの防あつに関する研究班研究報告集:39,1982.

⑧ 松原貞一ら:インフルエンザワクチンの予防効果について  日本医事新報:No3356,46,1986.

⑨ 箕輪真一ら:インフルエンザ予防接種の有効性について  群馬県医師会報:354,30,1977.

⑩ 植田浩司ら:インフルエンザワクチン非接種校および接種校の流行調査(一九八二年一~三月)  予防接種による副反応の発生要因及び診断・治療に関する研究報告書:202,1983.

⑪ 箕輪真一ら:一九八五年冬のB型インフルエンザ流行と予防接種の効果について  群馬県医師会報:447,6,1985.

⑫ 岸信夫ら:札幌市の小中学校における一〇年間の流行観察からみたインフルエンザワクチンの効果について  臨床とウイルス:7,93,1979.

⑬ 芝田充男ら:インフルエンザワクチンの抗体産生と予防効果  日本医事新報:No3006,43,1981.

⑭ 本間守男ら:インフルエンザワクチンの効果判定に関する研究  臨床とウイルス:12,463,1984.

⑮ 大賀寿朗ら:小・中学生のB型インフルエンザの流行とワクチンの効果について  日本医師会雑誌:89,765,1983.

⑯ 池田宏:予防接種施行の実際 幼稚園、保育園における集団接種  小児科診療:49,1790,1986.

⑰ 竹田斌郎ら:B型インフルエンザに対するワクチン接種の効果  日本医事新報:No3230,26,1986.

⑱ 上村桂ら:インフルエンザワクチンの感染防御抗体産生と流行抑止効果第二報 昭和五五年度の成績  新潟県医師会報:昭和五六年九月号別冊

⑲ 上村桂ら:インフルエンザワクチンの感染防御抗体産生と流行抑止効果について  新潟県医師会報:昭和五五年一〇月号別冊

⑳ 竹田斌郎ら:奈良市立の学校・幼稚園でのインフルエンザ流行とワクチン接種効果  日本医事新報:No3142,43,1984.

板野龍光ら:インフルエンザに対する予防接種の効果  厚生の指標:33(10)3,1986.

山中茂:昭和六〇年一一月、一二月流行のインフルエンザによる杉並区立小・中学校および幼稚園の学級閉鎖状況とその予防接種との関連について  杉並区医師会公衆衛生部杉並区特定感染症発生件数調査報告:23,1986.

薩田清明ら:インフルエンザの流行に関する検討  日本医事新報:No3158,43,1984.

薩田清明:かぜ症候群の伝播と予防対策  臨床と研究:62,3830,1985.

前田章子ら:一九八五~八六年大阪府下におけるインフルエンザの流行について  大阪伝染病流行予側調査会調査報告:XXI,32,1986.

渡辺淳ら:保育園児におけるインフルエンザり患調査  インフルエンザの防あつに関する研究班研究報告集:43,1983.

渡辺淳ら:保育園児におけるインフルエンザり患調査  インフルエンザの防あつに関する研究班研究報告集:18,1982.

植村良雄:学校における感染症とその対策  滋賀県医師会報:455,Vo138,No2,1986.

梶田一之:インフルエンザ流行と予防討議(三―五)  第五回衛生微生物技術協議会研究会口演抄録:23,1984.

織田敏郎ら:インフルエンザ予防接種の効果  群馬県医師会報:347,12,1977.

由上修三ら:インフルエンザワクチン集団接種の効果について  群馬県医師会報:350,16,1977.

由上修三ら:前橋市内小学校における昭和五八年一~二月のインフルエンザ様疾患流行状況(欠席率より見たもの)インフルエンザの防あつに関する研究班研究報告書:91,1982.

由上修三ら:前橋市におけるインフルエンザワクチン効果に関する研究(第一報)  インフルエンザの防あつに関する研究班研究報告書:97,1982.

金沢義一ら:インフルエンザ流行時における学級閉鎖に関する私見  予防接種制度に関する文献集:(XII)234,1983.

中田益允ら:前橋市内小学校におけるインフルエンザ様疾患流行状況とHI抗体価変動の検討(続報)  インフルエンザの防あつに関する研究班研究報告集:112,1983.

中田益允ら:病欠率によって見た前橋市内小学校におけるインフルエンザ流行と気象条件の関係  予防接種による副反応の発生要因及び診断・治療に関する研究報告書:290,1984.

由上修三ら:昭和五八年一~二月における前橋市内小学校(ワクチン非接種)のホンコン型インフルエンザ流行状況報告  予防接種による副反応の発生要因及び診断・治療に関する研究報告書:295,1984.

中田益允:ワクチン非接種地区におけるインフルエンザの流行  第五回衛生微生物技術協議会研究口演抄録:13,1984.

中嶋茂樹ら:前橋市内小学校(ワクチン非接種)におけるB型インフルエンザ流行状況報告  予防接種研究班昭和六〇年度総会資料:44,1986.

氏家敦雄ら:児童生徒の欠席状況からみたインフルエンザの流行 ワクチン接種地域と非接種地域との比較  日本ウイルス学会第三四回口演抄録:117,1986.

上村桂ら:インフルエンザワクチンの感染防御抗体産生と流行抑止効果新潟県医師会報:No403,1983.

角田行ら:インフルエンザHAワクチン接種後副反応の実態  臨床とウイルス:8,49,1980.

松本寿通:予防接種と熱性けいれん  日本医事新報:3241,43,1986.

吉井功:自動噴射注射機(ハイジェッター)による集団予防接種―第二報  予防接種副反応の軽減化と後遺症患者の社会復帰に関する研究報告書:248,1986.

藪内百治:ワクチン副反応と予防接種事故  からだの科学:127,69,1986.

予防接種ハンドブック(改訂第五版)  日本医事新報社:102,1985.

北山徹:かぜとウイルス  臨床とウイルス:8,1,3,1980.

川名林治ら:臨床医のための病原診断の知識  臨床と研究:58(12)31,1981.

甲野礼作:かぜの病院とウイルス臨床と研究:58(12)5,1981.

池本秀雄ら:かぜの鑑別診断臨床と研究:58(12)25,1981.

岡安大仁ら:かぜとその周辺 症状と経過 臨床と研究:58(12)20,1981.

森田盛大:インフルエンザ流行と予防討議(三―一)  第五回衛生微生物技術協議会研究会口演抄録:18,1984.

本間守男ら:インフルエンザワクチンの効果判定に関する研究  インフルエンザの防あつに関する研究班研究報告集:28,1982.

園口忠男:インフルエンザワクチンの予防効果  日本医事新報:3008,14,1981.

園口忠男:ウイルスワクチンの効果と反省 呼吸器ワクチンーインフルエンザワクチンを中心として  臨床とウイルス:10,37,1982.

木村慶子:予防接種施行の実際―小・中学校における集団接種  小児科診療:49,1797,1986.

片桐進ら:インフルエンザ伝ぱんに関する調査  臨床とウイルス:14,325,1986.

飛田清毅:インフルエンザウイルスの変異とワクチン  臨床とウイルス:臨時増刊85,1987.

根路銘国昭ら:ヒトの世界におけるロシア型インフルエンザウイルスの出現を考える  臨床とウイルス:8,29,1980.

下村重雄ら:インフルエンザワクチン副反応調査報告  予防接種による副反応の発生要因及び診断・治療に関する研究報告書:204,1983.

吉田清三ら:B型インフルエンザ流行時のワクチン効果の検討  予防接種研究班昭和六〇年度総会資料:52,1986.

山田燦ら:Aソ連型インフルエンザ流行時のワクチン効果の一検討  予防接種による副反応の発生要因及び診断・治療に関する研究報告書:302,1984.

Frederik L. Ruben: Who Needes Influenza Vaccine?, Options for the Control of Influenza, Alan R. Liss. Inc., 139, 1986.

園口忠男ら:A型インフルエンザの学校流行  日本医事新報:No2765,43,1977.

高橋修和ら:高齢者のインフルエンザHI抗体保有状況並びにワクチン接種によるHI抗体産生についての検討感染症学雑誌:58,1177,1984.

大国英和 基礎疾患患者へのワクチン接種  総合臨床:35,2613,1968.

水谷裕迪:インフルエンザワクチン  小児内科:16,1597,1984.

清水一史ら:インフルエンザ生ワクチン  臨床と研究:62(12)76,1985.

山田明ら:インフルエンザの細胞性免疫  第二七回日本臨床ウイルス学会総会口演抄録:86,1986.

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