福岡地方裁判所 昭和58年(行ウ)14号 判決 1987年7月21日
原告 香野伸一 ほか四名
被告 筑紫税務署長 ほか二名
代理人 辻井治 未廣成文 ほか四名
主文
原告らの請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
原告ら訴訟代理人は、「被告筑紫税務署長が原告香野伸一及び原告藤田俊正に対し、また、被告博多税務署長が原告柿原輝彦に対し、また、被告福岡税務署長が原告柴田正徳及び原告野田正勝に対してなした別紙『更正請求経緯一覧表』記載の昭和五二年分所得税の更正請求に対する各棄却決定を、いずれも取り消す。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決を求め、被告ら指定代理人らは、主文同旨の判決を求めた。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告らは、訴外九州電力株式会社(以下単に「九電」という。)に雇用されて、同会社の検針業務に従事する労働者である。
2 原告らは、各自の昭和五二年の所得税につき、確定申告後その所得内容の誤りを是正すべく、昭和五四年三月頃各被告らに更正の請求をしたが、被告らは、同年五月頃それぞれ「更正をすべき理由がない」旨の棄却処分をした。
3 原告らは、右被告らの棄却処分につき、異議申立をして棄却されたのち、国税不服審判所長に審査請求をしたが、審査請求棄却の裁決をうけ、昭和五八年八月一五日前後頃その裁決書謄本の送達をうけた。
4 以上の経緯について、各原告ごとの詳細は、別紙「更正請求経緯一覧表」記載のとおりである。
5 原告らの更正の請求の内容は、原告香野伸一が確定申告の所得中一時所得(解約慰労金と厚生手当金)九七万七、三七二円をゼロとするもの、
同柿原輝彦が同じく事業所得(手数料)三六万〇、三三五円と一時所得(前同)九五万四、七〇四円をゼロにし、給与所得一四二万二、〇〇〇円を一八一万一、四〇〇円に増額するもの、
同柴田正徳が同じく事業所得(前同)三三万五、四二五円と一時所得(前同)八九万三、九六七円をゼロにし、給与所得一四二万九、二〇〇円を一八一万九、八〇〇円に増額するもの、
同野田正勝が同じく事業所得(前同)三三万一、五一七円と一時所得(前同)九二万五、二六〇円をゼロにし、給与所得一四〇万八、二〇〇円を一七九万四、六〇〇円に増額するもの、
同藤田俊正が同じく一時所得(前同)一〇一万二、六七八円をゼロとするものであるが、原告らの更生の請求(編注・「更正の請求」の誤りか。)の理由は次のとおりである。
(1) 原告らは、いずれも昭和三一年から昭和三三年にかけて、九電に委託検針員として採用されたものである。
(2) 九電は、請負契約によつて原告らに検針業務を委託しているとして、長年、原告ら委託検針員との間の雇用関係、及び、委託検針員についての労働基準法の適用を否定し、税務上も、委託検針員が月々支払を受ける「手数料」は請負の報酬である事業所得とされ、委託契約解消の際支払われる「解約謝礼金」も、同様に報酬料金として処理されてきた。
(3) しかし、九電と原告らの間には、委託という外形的契約形式に拘らず、その使用従属関係の実態に即した雇用契約が成立していることは明白であつた。
九電と原告らの間に雇用契約が成立していたことは、委託契約を解除された検針員の提起した解雇無効の裁判で、委託検針員の労働者性と労働基準法の適用を肯定した福岡地方裁判所小倉支部の判決例に、「採用段階での採否や、検針日、地区、手数料等契約内容の重要部分を九電が一方的に決定していること、家族らによる業務代替性の点も現実には困難であること、就労時間等も事実上一般の従業員と同様、九電の監督に服していること、毎月の手数料も略定額化されていて、実質的に賃金であること、委託検針員らの多数が労働組合を結成していること」等から、委託検針員らが九電と対等の立場にある事業主体ではなく、九電に従属しその指揮下で労務を提供する所謂使用従属の関係にあり、外形的契約形式に拘らず実質労働契約であつて、労働基準法上の労働者である旨判示されているとおりである。
(4) 原告ら委託検針員が九電と雇用契約関係にある以上、原告らの受け取る月々の「手数料」は賃金、契約解消の際の「解約謝礼金」等は退職金であつて、所得税の関係でもそれぞれ給与所得、退職所得として処理されるべきものであつた。
(5) 原告らの所属する九電検針集金労働組合は、長年、九電に対し労働基準法の適用を認めさせる闘いを続けたのち、昭和五一年五月一五日九電との間で、委託検針員の一部についてではあるが、九電が労働基準法上の労働者として認めることを内容とする「労働基準協定書」を取り交した。
一部の委託検針員は、右協定によつて、九電との間で、一旦旧委託契約を解約して、新たに料金嘱託員としての雇用契約を締結するに至つたところ、原告ら五名も右協定に基づき、昭和五二年三月に旧委託契約を解約し、右料金嘱託員としての雇用契約を締結したものである。
(6) 九電は原告らに対し、右委託契約の解約に伴い、右協定に基づく「解約慰労金」「厚生手当金」を支払つたが、国税局の指示により、納税上これらを一時所得として申告するよう指導し、また、委託契約解約前の手数料については、従前どおり事業所得である報酬料金として源泉徴収をした。
(7) しかし、原告ら委託検針員は、以前から長く労働者としての地位を有していたものであり、昭和五二年に委託契約の解約と雇用契約の締結という形をとつたのは、契約の形式を整理するため名目的になされたものに過ぎず、その前後、九電と原告らの使用従属関係がそのまま承継され、継続されてきているのである。
従つて、原告らが昭和五二年中に「手数料」の名目で受け取つたのは賃金であり、「解約慰労金」「厚生手当金」は、従前の雇用契約の名目的解約に伴う退職金の中途清算ともいうべきものであつて、先の確定申告中、前者を事業所得の報酬料金、後者を一時所得とした部分は誤りといわなければならず、原告らの更正の請求のとおり更正されるべきである。
二 答弁並びに被告らの主張
1 請求原因1は争う。
2 同2ないし4のうち、原告らの確定申告の所得内容に誤りがある、との部分を争い、その余は認める。
3 同5、(1)、(2)のうち、原告ら委託検針員の受ける「手数料」が請負の報酬である事業所得とされ、委託契約解消の際支払われる「解約謝礼金」が報酬料金として処理されてきたことは認めるが、その余は不知。
同5、(3)、(4)のうち、九電と原告らの間の契約形式が「委託」であつたことと、原告ら主張の判決例があることを認め、その余は争う。
同5、(5)ないし(7)のうち、原告らが九電と昭和五二年三月に旧委託契約を解約し、同年四月一日付けで料金嘱託員としての雇用契約を結んだこと、その際、九電が原告らに「解約慰労金」「厚生手当金」を支払い、また、原告らの右解約前旧契約当時の「手数料」につき報酬料金として源泉徴収をしたことは認めるが、その余の事実関係は不知、主張部分は争う。
4 原告らの昭和五二年の所得税についての確定申告、更生請求(編注・「更正請求」の誤りか。)等の経緯は、原告ら主張のとおりであるが、各原告ごとの課税の経過、所得区分別の内訳、所得区分別の所得金額の計算内訳は、別紙各原告ら別「課税の経過一覧表」記載のとおりである。
5 原告らと九電との間の旧委託契約は、委任あるいは請負契約と認められ、当時原告らが受け取つていた「手数料」は所得税法二七条所定の事業所得、右契約解消の際の前記「解約慰労金」「厚生手当金」は同法三四条の一時所得に係る収入金額とするのが相当であり、原告らの更正の請求に対し更正すべき理由がないとした被告らの本件各処分は、いずれも適法である。
(1) 原告らは、福岡地方裁判所小倉支部の判決例を引用して、旧委託契約当時既に雇用契約が存在し、右「手数料」が所得税法二八条の給与所得、「解約慰労金」等が同法二八条の退職所得に該当すると主張しているが、右判決は、労係関係法規の適用、非適用が問題になつた事案につき、その観点からの判断を示しているものであつて、「手数料」の税法的見地からする処理は別個に考えられるべき旨示唆しているところである。(なお、その控訴審判決では委託検針員の労働基準法上の労働者性如何の判断自体留保されている。)
そもそも、各種法制度は、それぞれの分野における社会事象の合目的的な処理、解決を目指して設けられているものであるから、個別法令の適用如何の問題は、当該法制度の趣旨、目的とするところに沿つて決せられるべく、原告らの所得が税法上のどの所得に該当するかも、同様の観点から、同法上の制度、趣旨等に照らし考えらるべきことであつて、仮に、原告らの手数料収入に対応する労務の提供が九電の指揮命令下になされたとしても、そのことだけから、直ちに、右手数料収入が給与所得であるとはいえない。
(2) 所得税法は、所得の種類を利子所得、不動産所得、事業所得、給与所得等一〇種類の類型に分類している(二三条ないし三五条)が、右制度は、所得の源泉、性質等による担税力の差異、収入金額、必要経費の現象態様の差異、所得計算の適正、確実を図る必要性、社会政策的諸要素、及びこれらを反映した納税ないし課税上の技術面の要請等、種々の点を配慮して、設けられているものである。
ただ、現実の個々具体的な所得についてみると、しばしば、各所得原因類型の特徴的要素が混在し、その所得がいずれの類型に属するか必ずしも一義的に決し得ない事例があるが、そのような場合、究極的には当該業務ないし役務及び所得等の態様を具体的に検討したうえ、右法制度が配慮し、趣旨としたところに照らして、いずれの所得に属するとして処理するのが適正、且つ妥当かによつて決せらるべきものである。(後記最高裁判決ほか参照)
(3) そして、このことは、当該事案が労働者の保護を目的とする法律(以下労働者保護法と略称する。)を適用し得る程度に、労働者性を具備するものであつても、それだけで直ちに、所得税法上軌を一にした扱いをすべきものでないことをも意味しており、換言すれば、労働者保護法上の労働者は、必ずしも民法上の雇用契約による労働者に限定されないのであつて、この点は一般に認められているところである。
労働法の分野においては、当該事案の契約が雇用であるか、委任或いは請負であるかという問題は、専ら当該契約が労働者保護法の適用を受ける契約かどうかという側面に沿つてのみ検討され、典型的な雇用契約のみならず、従属労働の性格を有するものである限り、本来請負等他の契約関係に分類さるべきものであつても、なおその従属性の側面で労働者保護法の適用を受け、また、請負等他の性格を併有する限度に応じて保護の程度も決せられるのである。
原告らが引用する福岡地方裁判所小倉支部の判決例も、このような観点から理解さるべきものであり、且つ、これを超えるものではない。
(4) 原告らは、旧委託契約当時、契約で定められた事項によつてのみ九電に従属していたものであつて、労務の提供につき一般的に九電の指揮命令下にあつたわけではなく、当時の原告らの労務の提供は、独立性を有し継続的に営まれる事業であつた、と解される。
旧委託契約当時、原告らの応募から契約までの過程は、一般的に企業が下請業者、外交員等を採用する場合と殆ど同一とみられ、検針業務の重要部分が一方的に定まつている点は、九電が電気事業法によつて定めた電気供給規定等に拘束されているためであり、業務代替性の点は、雇用契約にない面といわねばならず、現実に兼業を行つている者も多く、手数料が定額化されているとの点も、それが定額化になじむものであるためそうなつているのに過ぎず、他の検針業務を代行した者に余分の手数料が支払われたり、九電が手数料を外交員報酬として取り扱つていることもあるのであつて、これらの点に関する原告らの主張は、いずれも必然的に雇用契約とだけ結び付くものとはいい難い。
(5) 所得税法二七条一項、同法施行令六三条は、事業所得につき「事業所得とは、農業、漁業、製造業、卸売り業、小売り業、サービス業、その他の事業で政令で定めるものから生じる所得(山林所得または譲渡所得に該当するものを除く。)をいう。」、右所得を生ずる「事業」の範囲につき、右事業のほか「対価を得て継続的に行う事業」と定め、同法二八条一項は、給与所得につき「給与所得とは、俸給、給料、賃金、歳費、年金(過去の勤務に基づき使用者であつた者から支給されるものにかぎる。)恩給(一時恩給を除く。)及び賞与並びにこれらの性質を有する給与に係る所得をいう。」と定めており、
両者を区別する一応の基準としては、「事業所得とは、自己の計算と危険において独立して営まれ、営利性、有償性を有し、かつ反復継続して遂行する意思と社会的地位とが客観的に認められる業務から生ずる所得をいい、これに対し給与所得とは、雇用契約またはこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価として使用者から受ける給付をいう。」とされている。(最高裁第二小法廷昭和五六年四月二四日判決、判例時報一〇〇一号三四頁参照)
(6) そして、雇用関係と請負ないし委任関係のそれぞれの特徴的要素を詳論すると、雇用関係の場合は、役務の提供、労働等それ自体が目的とされ、その役務をいかなる目的でいかように利用するかは、使用者の責任と権能であつて、そこに使用者の指揮命令の権限を生ずる所以があり、換言すれば、雇用の本質は、被用者が使用者の指揮命令に従い役務のみを提供するという非独立的、非主体的役務提供関係にあり、役務提供の結果に対し危険を負担することはあり得ず、その報酬も役務提供自体の対価であつて、役務の結果たる経済的価値に対するものではない。
これに対し、請負、委任等の場合は、一定の仕事の完成を目的とし、それに必要な限度で役務が提供され、しかも、役務提供の過程は提供者が主体的に自己管理していて、役務の提供それ自体は問題にならず、結果の成否が問題であるから、その報酬も、役務を手段として達成された目的ないし結果に対するものであつて、実費弁償的要素を含むと共に、結果成否についての危険も負担することとなるのであり、単なる役務提供の対価とは根本的に異なるものである。
(7) 本件のように、実際の役務提供関係が必ずしも典型契約どおりではないと考えられる事例で、その対価が事業所得と給与所得のいずれであるかを決定するについては、当該対価が役務提供自体に支払われるものか、役務提供の成果に照らして支払われるものか、という基本的特徴要素が判断されるべきであるが、その場合、イ、仕事の依頼に対する諾否の自由、ロ、勤務時間の拘束性、ハ、役務提供の代替性、ニ、役務提供における具体的な指揮監督の有無、ホ、業務器具資材等の負担の有無、ヘ、報酬の対償的性格の程度等の諸要素が吟味検討されなければならない。
(8) 原告らの旧委託契約に基づく役務の提供は、以下に述べるとおり、右諸要素を吟味検討した結果、自己の計算と危険ないし負担において主体的、独立的に行われ、営利性、対償性を有し、客観的に反復継続して遂行する意思と社会的地位に基づき営まれていた業務、すなわち事業と認められ、その役務提供の対価は、事業の対価であり、事業所得の収入金額に該当する。
(旧委託契約に基づく原告らの業務) 九電が原告らに委託していた検針業務は、大口需要家を除く一般需要家を対象に、委託契約書に定められた検針地区を定められた日に巡回して需要家の電力量計を読み、その結果を「検針カード」により九電に通知すると共に、「電気ご使用量お知らせ票」で需要家に通知するだけの毎月定例的に繰り返される単純業務である。
イ (仕事の依頼に対する諾否の自由) 委託検針業務は、原則として毎月一日から二三日までの間の定例検針日に検針を行うことになつているが、定例検針日の委託日数の実態は多種多様であつて、各委託検針員と九電との合意で個別的に決定されていたものであり、なお、原告らの当時の検針日日数はいずれも一ヵ月二〇日であつた。
また、一定の地域の需要家をまとめて同一の定例検針日に検針する検針地区や、検針カード枚数、検針手数料の単価等についても、九電が一方的に押し付けていたわけではなく、九電と検針員らとの合意により決定され、且つ、変更されていたものであり、因みに、原告らの当時の検針地区と検針カード枚数は、原告香野伸一が六三地区、九、三一一枚、同柿原輝彦が四〇地区、八、五四一枚、同柴田正徳が四九地区、八、三五六枚、同野田正勝が四五地区、八、四六八枚、同藤田俊正が六七地区、九、七一〇枚であつた。
右のように、原告ら委託検針員は、九電との間の委託契約について、自由な立場で交渉し、合意したところに従い検針業務を行つていたものである。
ロ (勤務時間の拘束性) 原告らの検針日数は、委託契約に基づき毎月一日から二三日までの間の二〇日と定められ、二四日以降月末までは業務がなく自由であるが、外に一日九電主催の業務打合せ会に出席するにしても(但し、出席は任意である。)営業所への出所日数は一ヵ月二一日である。
そして、原告ら委託検針員については、もともと出、退社時間等の定めがなく、通常九時頃営業所に出所し、当日検針予定の「電気ご使用量お知らせ票」と「検針カード」を受け取つて、一〇時頃から検針地区に赴き、検針作業ののち、営業所に帰つて検針結果を「検針カード」にマークし、それを営業所に返納して、その日の作業を終了する。
原告らが業務に従事する時間は、作業終了時間がその日の検針枚数の多寡によつて異なるため一定しないが、検針枚数のもつとも多いときでも一六時頃までには終了していることから、通常一日あたり六~七時間程度である。
右のとおり、原告ら委託検針員は、出、退社の時刻、及び就業時間の規定等による拘束を受けず、就業日数、時間を自由に選ぶことができるのであつて、勤務時間に拘束されているとはいい難く、このことは検針員に種々の仕事を兼業する者が多い(現在でも検針員の六〇パーセント弱が兼業している。)ことからも裏付けられる。
ハ (役務提供の代替性) 委託検針業務を第三者に代行させることについては、委託契約上これを禁止する規定はないのであるが、委託事務の性質上、定例日制検針を損なわず、委託事務処理能力のある者である限りこれを禁ずべき理由はなく、契約上禁止事項としなかつたのは当然であり、原告らが検針業務を家族その他の第三者に代行させ、或いは下請させることも自由であつて、その業務には代替性があつた。
ニ (役務提供における具体的な指揮監督の有無) 原告ら検針員は、委託事務処理に即した契約上の拘束を受けるけれども、配置転換されることがなく、契約による業務以外の業務を命ぜられることもなければ、休暇、欠勤、賞罰等の服務規則に拘束されることもなかつたのであつて、到底、被用者として九電の指揮監督に服していたとはいい難い。
もつとも、原告ら検針員は、九電の検針員であることを証する身分証明書を携帯し、病気その他で止むを得ず検針業務に支障がある場合、営業所への連絡等を義務づけられており、前記のように、毎月末頃打合せ会で九電から業務遂行上の注意点、連絡事項、需要家からの要望事項の伝達等を受ける。
しかし、身分証明書の携行は、需要家に安心感を与え、検針業務を円滑に行うためのものであつて、営業所への連絡義務ともども、定例日検針を確実ならしめるという受託事務処理の性質上要請されるものであり、打合せ会への出席についても、委託事務の円滑、完全な処理を求める九電が、委託者の立場から計画するものであつて、右のような諸点を雇用契約ないし雇用関係を特徴づける要素とみることはできない。
ホ (業務器具資材等の負担の有無) 原告ら検針員は、業務上使用する作業服、作業靴、筆記用具等を九電より貸与されているが、反面、検針地区を巡回するためのバイク等を自己の負担で購入し、且つ、ガソリン代、修繕代、保険料、及び軽自動車税等の燃料費、維持費、或いは、バス、電車等の交通機関を利用する場合の交通費を支弁しており、経費全体のうちの主たる部分を負担していた、ということができる。
このように、原告ら検針員の経費負担が、個人ごとにその選択によつて異なり、しかも、各人の計算と負担で役務提供、委託事務処理の手段、方法を選択し、業務を遂行していた点は、原告らの役務提供関係が契約上も実際上も請負ないし委任であつて、雇用でないことを特徴づける端的な要素である。
ヘ (報酬の対償的性格) 原告ら検針員が九電から支払を受ける検針の対価は、<1>、定例検針日の日数に基づく委託事務処理費、<2>、毎年四月度の交付検針枚数を基準とする委託業務手当、<3>、当月の実際検針枚数に所定の単価を乗じて算定した枚数手数料、<4>、他の検針員の業務を代行した場合における応援手数料等からなつているが、これらの手当、手数料等は、委託件数、検針日数等の出来高要素に基づき支払われるものであつて、仕事の完成の度合に対応するものであることが明らかであり、対償的性格を有する報酬である。
原告ら検針員は、この外に<5>、交通費、<6>、業務打合せ会出席のための特別手当、<7>、前年一〇月から当年三月までと当年四月から九月までの検針手数料の実績に基づく、六月と一二月の特別謝礼金の支給を受けているが、右<5>、<6>は、経費の一部が支弁されているのに過ぎず、<7>も実績を基礎に支払われるものであつて、結局、その委託事務の処理と完成の度合に応じて支払われる報酬ということができる。
(9) 所得税法三四条一項は、「一時所得とは、利子所得、配当所得、不動産所得、事業所得、給与所得、退職所得、山林所得、及び譲渡所得以外の所得のうち、営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得で労務その他の役務又は資産の譲渡の対価としての性質を有しないものをいう。」と定めている。
そして、この一時所得について、裁判例は、「所得源泉を有しない臨時的な所得と解すべきであり、所得源泉の有無は、所得の基礎に源泉性を認めるに足る継続性、恒常性があるか否かが基準となるものと解するのが相当である。」(名古屋高裁昭和四三年二月二八日判決、行集一九巻一、二号二九八頁参照)としており、また、所得税基本通達三四~一では、それが別紙「一時所得の例示」のとおり例示されている。
右のように、所得税法上の一時所得は、その一時性に着目して、労務または役務の対価としての性質を有するものを排除しているけれども、使用従属の関係にある者または独立して事業を営む者の場合、それらの者が受け取る収入金がすべて一時所得となり得ない趣旨でないことはいうまでもなく、右所得税基本通達三四~一の(3)に、労働基準法一一四条の付加金が例示されているのもこのことを示すものである。
(10) 原告らが旧委託契約解消の際受領した「解約慰労金」(昭和五一年五月一五日付けの労働基準協定書からこの文言が使われており、その前までは「解約謝礼金」と呼ばれていた。)「厚生手当金」は、当初九電が一方的、銭別的に支払つていたものであつて、契約で支払を義務付けられたものではなかつたものである。
もつとも、原告らの主張によれば、原告ら検針員で組織する組合が、生活の安定向上のため長年九電との交渉を行い、契約条件、処遇内容の向上に努力した結果支払われるようになつたというのであるが、そうであつても、委託契約による報酬の清算、追加払等の性質を有するものでないことは明かなところであり、あくまで一時金としての性質を有するものであるといわねばならない。
三 被告らの主張に対する原告らの反論
1 (委託員の歴史)
(1) 九電には、他の電力会社と同様、委託検針員、委託集金員と呼ばれる多くの労働者が働いており、委託検針員は、毎月受持区域内の需要家を回つて、積算電力計の指示数を読み、その需要家の電力消費量を算出するという業務に従事し、委託集金員は、検針結果に基づき各需要家から電力料金を集金して回るという業務に従事している。
(2) 九電の場合、右検針、集金業務は、もと正規の従業員が行つていたのであるが、昭和三〇年前後頃から経営合理化の一環として、それらを委託化する施策がとられ、昭和四〇年頃までに殆どの一般需要家についての業務が、新たな委託制度によつて誕生した委託員によつて担われるようになつた。
しかし、この委託制度は、委託員が労働者として九電に従属している実態があるにも拘らず、それをあえて従業員として扱わないという、労働者の基本的人権を否定する反労働者性にその本質があつた。すなわち、正規の従業員は九電と終身雇用契約を結び、労働基準法を初めとする労働者保護法の適用を受けるが、委託員は、全く同じ仕事をしながら、委託検針(集金)契約を締結させられ、検針、集金の業務が同契約による委託事務、業務処理の対価が賃金でなくて手数料、委託員自身従業員でなくて事業主とされ、労働者保護法の適用、有給休暇、時間外手当、社会保険、失業保険等一切ないという低劣、苛酷な労働条件の下におかれていた。
(3) 九電の委託員らの間には、昭和三四年一一月最初に福岡支店検針員労働組合が結成され、その後続々支店単位の組合が結成されたのち、昭和三五年頃これら支店別の労働組合が九州電力検針員労働組合として一本化され、同年六月福岡地方労働委員会より労働組合法上の労働組合としての資格認定を受け、且つ法人格を取得し、昭和四五年頃集金員の加入も得て、名称を九州電力検針集金労働組合(略称検集労、以下検集労と称する。)と変更し、今日に至つている。
(4) 検集労は、かねて、賃金その他の労働条件につき正規の従業員との差別をなくすべく、九電に委託員を労働基準法上の労働者として認めさせる、所謂労基法適用闘争を主な課題にしてきた。
この労基法適用闘争は、昭和三六年一月訴外東京電力常傭職員労働組合がその口火をきつたものであるが、検集労も、昭和三七年四月九電に九電健保組合への加入等七項目の要求を提出したのを始め、同年五月福岡労働基準局に労働基準法適用認定の申請をし、同年九月九電との間で、極めて不満足なものながら第一次処遇改訂を妥結させ、更に、昭和三八年以降、処遇改訂と並行して本格的に右労基法適用問題に取り組み、様々な粘り強い闘いを継続した。
(5) 昭和四〇年五月、検集労と九電との間で第二次処遇改訂が妥結され、昭和四二年には九電から一方的に第三次処遇改訂が実施され、その間、検集労の右労基法適用闘争が続いていたところ、昭和四二年三月福岡労働基準局は、検集労と九電に対する勧告文の中で、委託検針員の中に労働基準法上の労働者がいるとの判断を示し、また、昭和四四年五月には、福岡地方労働委員会も「労働法適用その他の要求を含めて前向きで努力せよ」との口頭斡旋案を示した。
その後、検集労は、処遇により解決したいという九電との交渉の過程で、昭和四六年三月一日労基法適用問題の向こう三年間棚上げを決めたが、その三年間の棚上げ期間満了後の昭和四九年四月から同問題への取組を再開し、福岡労働基準局の再勧告を受けた九電と労使協議を重ね、委託員の一部に限り労働基準法の適用を認めるという九電の考えについての組合内部での激論等を経て、昭和五一年五月一五日九電との間で、委託員の一部についてではあるが労働基準法の適用を認める内容の前記「労働基準協定書」を取り交し、一応の妥結に到達した。
(この間、昭和五〇年二月二五日に前記福岡地方裁判所小倉支部の判決があつた。)
(6) 検集労の労基法適用闘争は、右「労働基準協定書」で一つの転機を迎えることになり、その後、同じ委託員でありながら、作業日数、検針枚数、年令等により労働基準法を適用される料金嘱託員と、適用されない委託員とに分断されるという新たな差別状態を招いているうえ、圧倒的に多い後者の委託員の処遇に大きな変化がなかつたのは勿論、前者の料金嘱託員にしても、固定給といいながら作業時間と連動した実質出来高給に等しいなど、事実上旧委託員時代の労働条件の改善が果たされていない。
検集労としては、一人でも労働基準法上の労働者を作り出すことが、組合員全員適用の道につながるとの観点から、早期妥結を図り前記「労働基準協定書」に調印したが、その後、組合内部の方針上の対立もあつて、全員適用の闘いが遅々として前進をみず、組合員個々人は、右妥結が根本的解決に程遠いものであつたことを思い知るに至つている。
(7) 右昭和五一年五月の「労働基準協定書」により、委託員のうち受持枚数等が一定の基準に達した者は、九電が労働基準法上の労働者と認める料金嘱託員となる途が開かれ、原告らを含む多くの委託員が不満と疑問をもちつつも料金嘱託員となる途を選択した。
そして、その際、料金嘱託員となるについては、従前の委託契約を解約し、改めて九電と料金嘱託員としての雇用契約を結ぶという形式がとられ、旧委託契約の解約に伴い、「解約慰労金」と「厚生手当金」が支払われたが、この「解約慰労金」「厚生手当金」は、実質的には過去の雇用契約の清算としていわば退職金の中間払いともいうべきものであり、旧委託契約時代の手数料もその実質賃金であつて、前者は退職所得、後者は給与所得と認められるべきものである。
2 (委託員の労働者性)
(1) (採用) 原告らを含む多くの委託員は、九電を生涯の職場として委託員の道に入つているものであり、自己の労働力以外に何も持たない労働者階級の一員である。採用の際、原告らは、予め履歴書を提出し、九電の面接を受けたが、肝心の契約内容(賃金の額や作業の内容、作業地区)についての説明はなく、採否の結果も後日判明するという具合であつて、一般に企業が労働者を採用する場合と全く同じであつた。採用時に、例えば賃金(手数料)や担当地区(作業区)を希望すること等はもとより許されず、九電が定め、指示するところに従うしかなかつた。
(2) (業務) 業務内容は、検針業務を例にとると、もと、写真検針と呼ばれ、特殊な写真機で各需要家の積算電力計の指示数を写して回るというものであつたのが、昭和三五年から直接目で指示数を読んでカードに記録していく方法の目読検針、昭和四二年から目で読んでコンピユータに入力するための電算機入力用カードにマークする方法(マーク検針)になり、現在では、マークしたカードを光学式読取器(OCR)で直接読み取るシステムとなつたため、そのカードにマークするというOCR検針が行われるようになつている。
これら検針業務の方法は、全部九電の一方的な指示によるものであつて、需要家に渡すお知らせ票とかマークに用いるカード等も九電から与えられ、マークに用いる鉛筆の種類さえも決められており、また、検針時には、九電の身分証明書を携帯するよう指示され(以前九電のバツジを支給されていたこともあつた。)、服装も九電が支給する九電の社名と社章入りの作業衣、作業帽が着用されていた。
このように、原告らは、九電の指示した日に、指示された方法と作業経験上自ずから定まる順路に従い、規則的に検針をすることが義務付けられていたのであり、この検針、集金業務ともに、実際はすこぶる職能的修練と経験を要する作業であつて、軽々に素人が代替できる性質のものではなかつた。
(3) (定例日制) 原告ら委託員の業務拘束性と従属性は、この定例日制により一層顕著となる。定例日制は、昭和三五年から導入されたもので、平日、日曜祭日を問わず、毎月特定日に特定地区を特定枚数検針するというように、九電が指定した地区を毎月定まつた日に検針することが義務付けられる制度である。
右担当地区の決定、変更自体九電の指示に基づくものであり、委託員の都合が考慮されなかつたこと前記のとおりであるうえ、検針日後六日目或いは七日目にその地区の集金を行う所謂一~六、一~七バンド制と呼ばれる電気料金の検針、集金システムの採用と相まつて、委託員が自己の裁量で作業を調整すること等到底許されなくなつた。
この定例日制と一~六、一~七バンド制の運用は極めて厳格であり、例えば、当該検針日の予定検針戸数(枚数)を消化しきれなかつたような場合、単に未消化分の賃金(手数料)が貰えないというに止まらず、九電から厳しく問責されるのは勿論、場合によつては始末書を書かされたり、契約の即時解約(解雇)をされ、或いは次期の契約更新の拒絶といつた苛酷な制裁がとられていた。
(4) (付帯業務) 委託員には、本来の業務以外に、例えば、需要家からの苦情、依頼等を九電(検針係り)に報告することや、需要家の使用量に著しい増減がある場合の原因確認、空家になつている場合の引越日等の調査、NHKの依頼によるテレビ関係の調査、その他、所謂付帯業務と呼ばれる様々な業務が課せられていた。
これら付帯業務のうちには、別に手当のでるものもあつたが、殆ど無償であり、しかも委託員が九電のこれら付帯業務の指示を拒否することは絶対に許されないことであつた。更に、委託検針員には、そのほか他の検針員が休んだような場合、九電(検針係り)からその休業分の検針を割り当てられ、これを拒むことも許されなかつた。
(5) (勤務時間) 委託員には形式的には勤務時間の定めがなかつたが、実際は、普通の労働者と同様朝から夕方までを拘束され、勤務時間もほぼ毎日一定していた。すなわち、検針員は、通常一般の従業員より早めに出勤し、当日持参するカードの整理や持参用具の点検などののち、検針係りの指示を聞いて検針地区に向かい、定められた地区の検針が終わる頃は夕方近く、検針枚数の特に多い日は、夕方六、七時になることもあり、帰社後当日のカード整理とマーク、及び苦情、依頼の報告等で数時間を要し、右応援検針を指示されると更に遅れ、結局、勤務時間が決まつていないことから、当日の作業全部を終えるまで帰ることが許されなかつたのであつて、一般従業員以上の長時間に亘る時間拘束がなされていた。
(6) (賃金) 委託員の賃金は手数料と呼ばれていた。検針員の場合、検針戸(枚)数に応じた出来高給を基本に、後記例会に出社した場合の手当等が加わるものであつて、この出来高給という請負に類似した対価はもとより九電が定めたものであり、検集労はかねてこれを不当として固定給の支払を求める運動を展開してきたのであるが、いずれにせよ、出来高給といつても休まない限り、毎月定まつた日にそう大差のない金額が支給されており、委託員の多くは、この手数料を唯一の収入として自己及び家族の生計を維持している。
(7) (例会) 委託員は、毎月一回本来の検針、集金業務のない日に出社し、例会或いは定例業務打合せ会と呼ばれるものへの出席を指示されていた。この例会への出席は、形式上強制的ではないとされていたものの、業務に密接に関連するものであるうえ、出社すれば特別手当がつき、また、手数料の支払がその日に行われるということもあつて、事実上欠席することができない仕組になつていた。
右例会では、九電から業務内容についての指示や注意、手数料その他待遇面の説明等がなされており、九電はこの例会を重視していた。
(8) (処遇と検集労の闘い) 九電は、検集労との間で委託員の待遇についての協定を結んでも、労働協約とは認めず処遇と呼んでいた。しかし、名目はともかく、この処遇は、検集労の闘いの成果として闘いとられた労働協約そのものであり、この検集労の闘いの前に、委託員を労働者でないとしてきた九電も、例えば、委託員の国民健康保険の療養費を負担したり、業務上の傷害について労災補償に似た補償制度を設けたり、更に業務に必要な物品、衣服等を貸与し、営業所内に専用の机やロツカーを設けるなど、その労働者としての実態を認めざるを得なくなつてきたのである。
(9) (結語) 右(1)ないし(8)で述べたとおり、原告ら委託員は、昭和五一年五月の「労働基準協定書」による労基法適用闘争一部妥結の前から労働基準法の適用を受ける労働者であつて、受給していた手数料は賃金であり、嘱託員に移行の際受領した前記「解約慰労金」、「厚生手当金」は退職金の一部である。
3 (委託手数料の給与所得性)
(1) 給与所得と事業所得の区別の基準は、被告ら引用の裁判例に説示のとおりであり、具体的に、原告ら委託員の手数料収入がそのいずれであるかを決するについては、イ、契約締結(採用)過程における諾否の自由、ロ、検針日、検針枚数、手数料等契約内容の決定についての対等性、ハ、業務遂行過程における自由裁量性、独立性、ニ、業務の代替性、ホ、業務(勤務)時間の拘束性、ヘ、業務に要する器具、資材の負担、ト、手数料の対償性の諸要素が吟味検討さるべきところ、これらの点は、同様に被告らが吟味検討さるべきものとして指摘するものと概ね一致している。
(2) しかし、被告らの右吟味検討の結論は、いずれの点についても、極めて形式的、表面的な考察でしかなく、到底原告ら委託員の実態を捉えたものではない。
イ (契約締結〔採用〕過程における諾否の自由)
原告らが委託員として九電に採用された時の状況は右2(委託員の労働者性)、(1)(採用)で述べたとおりであり、原告らとしては全く受動的に九電から選択される立場でしかなかつた。
ロ (契約内容の決定における対等性)
<1> 右のように、採用時、契約の内容は九電が一方的に決定していて、原告らが手数料その他の契約内容に希望を述べたり、対等に交渉したりする余地など全くなく、原告らは採用後実際に働くようになつてから、担当業務の内容や賃金(手数料)等を具体的に知るに至るのである。委託契約書上はあたかも個々対等に契約が結ばれたかにみえるが、採用の際は勿論、その後の契約更新に際しても、九電が決定した検針日、地区、枚数、手数料の額等が記入された契約書に署名するか否かの選択しか許されなかつた。
検針日、検針地区、枚数等は、九電の料金回収システムが所謂定例日制により厳格に運用されることから、個々の検針員が個人的に希望して選択したりする余地のないものであつた。被告らは、委託員が検針日を自由にできないのは電気事業法が定例日制を要求している結果であると主張するが、同法は電気事業主体たる九電を拘束するものであつて、個々の検針員が独立の事業主体として拘束を受けるのではなく、同法による料金回収システムの運用を要求された九電がそれを実行する必要から、自己の指揮命令下において検針員らをして、自由裁量の余地のない検針作業に従事させたものに他ならない。
<2> 手数料額の決定については、個々の検針員が個別に九電と交渉することなどは考えも及ばぬことであり、だからこそ労働組合の結成と組合を通じての交渉という労使関係の当然の経過をたどつて、手数料の額を初めとする労働条件が決定されてきたのである。
<3> 被告らは、定例検針日の委託日数の実態が多種多様であり、それが個別の合意で決せられる旨主張するが、既述のとおり、検針日数の決定は九電の一方的な指示によるものであつて、委託員の側で選択する余地はない。むしろ、より多い検針日を希望する者に対しても、二号委託員(委託員には一号委託員と二号委託員がある。)の拡大を図るため、一四日以上は働かせないというのが九電の方針であつた。
また、原告柴田正徳の如く、当初の営業所から別の営業所へ転勤させられたのち、再度もとの営業所に復帰を命ぜられた例にあるように、勤務すべき場所も九電の意のままにされていたのであり、委託員は勤務場所を含めた契約内容の一切について、九電が指示するところに従うしかない立場にあつた。
<4> 更に、委託契約書の文言上も、a、業務内容が一方的に九電の作成した「委託検針作業要領」、「委託検針作業のしおり」等によつている点、b、右2(委託員の労働者性)、(4)(付帯業務)で述べた付帯業務が加えられている点、c、検針地区が九電の都合で任意に変更できるものとされ、委託者側からする変更が否定されている点(委託契約書一条)、d、検針台帳等の帳票につき九電の交付したものを使うことが義務付けられている点(同三条)、e、九電側にのみ一方的な契約解除権が認められ、委託員側からの解除権が認められていない点(同八条)、f、委託員側の損害賠償責任のみ定められていて、九電の側の賠償責任が無視されている点、g、契約の期間が一年間に固定され、変動の余地がない点、その他、その不平等性が明らかである。
ハ (業務遂行過程における自由裁量性、独立性)
<1> 検針員には、もともと検針地区、枚数等の基本的な面で選択の余地がなかつたうえ、昭和三五年に定例日制が実施されたのち、暦に従つた定日の検針が義務付けられ、検針日を選ぶことも許されなくなり、その後一~七バンド制や電気使用アンペア制の導入により、この定例日制運用が一層厳しくなつたことは、右2(委託員の労働者性)、(3)(定例日制)で述べたとおりである。
<2> 具体的作業の過程で、検針員にわずかに選択の余地があるとすれば、その日の作業区のうちどの地区から先にするかの順番や、同一作業区内の順路の選択ぐらいなものであつたが、これらの順番や順路についても、効率的、合理的な検針作業という観点から経験的に固定していくため、それほど選択の幅があるものではない。
<3> 所謂付帯業務を指示されていたことは、右2(委託員の労働者性)、(4)(付帯業務)で述べたとおりである。
<4> 委託検針業務は、九電の料金回収システムの一部に過ぎず、それだけで経済的にも、機能的にも独立性をもつた業務とはいい難い。九電の料金回収システムは、従業員である検針係りの指示によつて日々業務が行われており、検針台帳授受の管理やチエツク、マーク検針以前における電算機用カードへの記入等は、これら九電の従業員の業務とされていたのである。
<5> 定例会への出席も、決して自由ではなかつた。この定例会は当初から実施され、業務指導の場として事実上出席が義務付けられており、出席率もほぼ百パーセントに近かつた。なお、毎月の定例会のほかにも随時打会せ会が実施され、出席が指示されていた。
ニ (業務の代替性〔兼業の有無〕)
<1> 被告らは、委託契約上第三者による検針業務の代行を禁ずる規定がないので、代行、下請が自由であると主張する。しかし、既に述べた検針業務の内容と実態をみて明らかなとおり、これらを軽々に第三者に代行させることは殆ど不可能であり、現実にも家族その他の第三者に代行させたり、下請させたりした例を知らない。
<2> 休業補償のなかつた検針員は、互助会に休業検針員の検針を代行し、賃金をカツトされないように助けあつてきた。これが代行検針制度であるが、これとて、簡単に家族や第三者の代行、下請ができるなら用のない制度であつた筈である。また、突然休業者が出た場合は、九電の指示でその分が他の検針員に割り当てられるが、このことも検針業務を代替させることの困難性を示している。
<3> 兼業については、月二〇日のほぼ全部を拘束される検針員が他の職業に就くことは極めて困難である。副次的な農業等はともかくとして、恒常的に九電以外に就職することなど不可能といつてよく、また、そのような例も乏しい。現在も兼業者が多いとする被告らの指摘は、検針日や検針枚数に制限を加え、それ以上働かせないという姿勢をとり、二号委託員を拡大しようとする九電の労務政策のためであつて、委託員らの自発的な希望によるものではない。
ホ (業務〔勤務〕時間の拘束性)
<1> 委託員は、委託契約で出、退社時間の定めがなく、昭和五一年五月の「労働基準協定書」によつても、勤務時間は現行どおりとされ、明確な時間の定めがなされたわけではなかつた。しかし、検針員らの検針作業の実態は、右「労働基準協定書」の前後で全く変らず、従前どおり日々の勤務時間がほぼ一定のものとされ、通常の労働者と変わりない時間的拘束が続いている。なお、日々の検針枚数は、検針地区の需要家の密度や地形、交通の便等を総合し、時間的に均等化するように配分されているので、枚数だけから勤務時間をいうことはできず、実際の勤務時間は略平均化しており、九電の一般従業員のそれと大体同一であつた。
<2> 写真検針時代は、撮影したフイルムをその日のうちに現象にまわす必要があつたため、その日の午後三~四時までに検針作業を終えて帰社し、フイルムを返納することが、要求されていた。
<3> その後、目読検針、マーク検針へと移行していくが、一~七バンド制の施行により検針作業の当日消化が益々至上命令となり、領収書の発行が電算機によつて統一的に処理されるようになつてからは、電算機への入力準備の関係上、やはり当日の午後三~四時頃までにカードを返納するよう厳しく指示されていた。
<4> 昭和五一年五月の「労働基準協定書」後、料金嘱託員の途を選ばなかつた委託員のうち、委託員に時間的拘束がなく自由であるかのようにいう者がいるが、実際は、少なくとも、カード返納のため必ず帰社することが求められていたうえ、何よりも二〇日間の検針日に当日の枚数を完全に消化すべきとする厳格な義務付けは、委託員であれ料金嘱託員であれ変わりようがない。
右「労働基準協定書」は、料金嘱託員の勤務時間として「始業八時三〇分終業一七時二〇分」と規定したけれども、実際は、実労働時間に関係なく、当日の受持枚数を全部消化して八時間労働としたものとみなす旨の「みなし時間」の適用により、従前と同様、作業が終わるまでは帰社できない実態であり、料金嘱託員に移行したのちも勤務時間に実質的変化はない。
ヘ (業務に要する器具、資材の負担)
<1> 検針業務に必要な検針台帳その他の帳票は、九電が交付したものを使用すべきことが委託検針契約上明示されており、かような業務の要となる帳票類については、全部九電の支給品による残務処理が指示されていて、委託員の側からその内容部分を自己流に改訂したり、他の帳票でおきかえることなどは一切許されていない。
<2> その他、検針業務に必要な筆記用具や懐中電灯、計算機(そろばん)等も、全部九電が貸与(無償支給)しており、衣服(作業衣)は、組合結成の動機になつたほど切実な委託員の要求であつて、早い時期に貸与が実現した。そして、これらの点は、昭和五一年五月の「労働基準協定書」後も、料金嘱託員と一号委託員とは全く同内容の扱いである。
<3> 委託員の唯一の自己支出とみるべきものに、自己所有車(バイク、自転車)を使つて検針する場合の燃料費、償却費等があつたが、昭和五一年三月から委託員にも交通費の補助が支給されるようになり、これについても手当がなされることになつた。従つて、現在、委託員が作業を行うについて負担すべき経費は実際上殆どない。
ト (手数料の対償性)
<1> 委託員の手数料は、固定部分と出来高部分から成り立つていて、この固定部分は概ね月当たりの一定額(後に年令、枚数に応じた定額となる)であり、出来高部分は実際に検針した枚数に単価を乗じた金額であつた。
<2> 昭和五一年五月の「労働基準協定書」直前の賃金体系によると、一号委託員の固定部分は、一日一一四五円の委託事務処理費と二五〇枚ごと三八〇円の委託業務手当の合計からなつており、出来高部分は、業務区、切日区等に区分した単価による基本手数料と、「へき地」「かんがい」等検針困難な場合の加算手数料からなつていたが、これとて単に作業の成果のみに対するものではなく、それに至る労務提供(労働力の消耗)の程度応じ、単価なり加算分が加味されていた。右「労働基準協定書」後の委託員の賃金(手数料)も基本的に同一の考え方である。
<3> その他、定例会への出席に対して支払われる「特別出社手当」は検針業務の成果に対応するものではない。「交通補助費」と「最低手数料」に至つては、前者が実費弁償的性格、後者が生活補償的性格のものであり、いずれも請負代金とか報酬という概念から全く外れるものである。なお、右「労働基準協定書」後、委託員には「応援手数料」や「精勤手当」、「慰安会補助」とかの諸手当が加算されることとなつて、労働者とされる料金嘱託員とほぼ対応した内容となり、その性格を請負代金とみることは益々不可能となつた。
<4> 委託員に対しても、毎年夏冬には月々の手数料の他に一時金が支給されてきている。この一時金は、当初定額であつたが、後に月々の手数料に一定の率を乗じ算出されるようになり、その支給率をめぐつて毎年検集労と九電との間で一時金闘争が続いたのであるが、昭和五一年の年末一時金は、料金嘱託員と一号委託員のモデル支給額が同一であつた。この一時金の性格は、一般にいう賞与に他ならず、そのほか委託員らには、早くから九電の「創立記念日祝金」等の「祝金」「協力金」名目の一時金が、一般従業員と同様に支給されてきている。
<5> 右「労働基準協定書」後の嘱託員と一号委託員の賃金(手数料)を、受持が同数として比較すると、月々の賃金(手数料)は勿論、夏冬の手当の額もほぼ同一となる。これは、体系的に料金嘱託員と委託員の賃金(手数料)が項目的に対応したものとして構成され、出来高単価もほぼ同一であることからくるものであり、同一労働力の提供に同じ対価(賃金)を支払うという賃労働の原理が単純に貫かれている。
<6> また、休暇(休業補償)や労災補償、その他の福利厚生措置は、実質的に労働者に対する社会政策的見地から制度化されたものであり、業務の成果に対する報酬としてではなく、九電に所属しているという地位に基づいて支給されるものである。
<7> これら手数料、賞与等の改訂については、所謂春闘や一時金闘争を通じた労使交渉の過程で、年々上積みが図られていて、古くから委託員らの手数料は「給料」、夏冬の手当は「ボーナス」と呼ばれてきており、この毎月定まつた額を「給料」として受け取るという単純な事実こそ、手数料の賃金性を明白に表している、というべきである。
(3) 以上のように、委託検針業務は九電の支配下にあつて、九電に従属して行われるものであり、検針員には独立した業務遂行の能力、資力、地位は認められていない。用具、資材を含め、業務に要する経費の一切を九電が負担し、反面、業務遂行の成果としての利益はすべて九電が享受し、検針員には毎月定まつた手数料が支払われるだけであつて、そこには検針員が自己の才覚、能力で利潤の獲得を図るがごとき、営利企業としての独立性がそもそも否定されているのである。
よつて、検針員が受ける手数料は、事業から生ずる所得ではなく、九電との従属的雇用関係に基づき支給される労働の対価としての賃金に他ならない。
4 (解約慰労金、厚生手当金の退職金性)
(1) 従来、委託員(但し、三年以上の契約者)が委託契約を解約する場合、「解約謝礼金」という名目で一定の金員が支給されてきた。例えば、昭和四九年四月改訂の「解約謝礼金」は、基本額(月平均枚数に単価を乗じた額)と年数加算額の合計に契約年数対応の支給率を乗じた金額とされており、昭和五一年五月の「労働基準協定書」後、「解約慰労金」と名称が変わり、解約前月の手数料に契約年数対応の支給率を乗じた額となつた。
なお、料金嘱託員の退職慰労金の算出方法の考え方も、ほぼ同様である。
(2) 「解約慰労金」は、委託契約書八条(業務怠慢、成績不良で九電が解約する場合)、同九条(業務処理に関し九電に損害を与えた場合)で解除された時は支給されない。
これは、料金嘱託員につき、懲戒解雇の際退職慰労金が支給されないのと対応するものである。
(3) 右「労働基準協定書」後、従前の「特別解約謝礼金」が改訂されて、一号委託員に限つてではあるが、退職後一般解約補償として、平均手数料の六〇パーセントが年令に応じ一定期間支給され、また、「厚生手当金」として、一定の支出率に応じた金額が支給されることになつたところ、前者は一般労働者の失業保険給付に対応する補償、後者が同じく厚生年金給付に対応する補償である。
(4) 右「労働基準協定書」後、「解約慰労金」は一号委託員と二号委託員が解約する時に支給され、「厚生手当金」、「一般解約補償」、「傷病手当金」は一号委託員が解約する時に支給されることになつた。但し、昭和五一年五月三一日現在契約中の者に対する特別措置として、委託員から嘱託員になる者には、「解約慰労金」と「厚生手当金」が支給されるが、「一般解約補償」は支給されず、一号委託員から二号委託員や特別二号委託員になる場合には、「解約手当金」のほか「一般解約補償」及び「厚生手当金」を支給するものとされた。
また、料金嘱託員となる者が希望する場合は、「解約慰労金」を受給せず、委託契約解除時の「解約慰労金」と「厚生手当金」の支給率を、嘱託員退職時の退職慰労金支給率に加算することもできるとされ、支給率の通算が認められた。
(5) 右にみたとおり、委託員に対する「解約慰労金」は、料金嘱託員に対する退職慰労金に対応するものとして支給されるもので、その性格は、過去の勤務に対する報償ないし賃金の後払い的なものとしかいいようがない。定年(契約年令)に達した委託員にとつて、この慰労金が今後の生活の糧であり、老後の拠りどころであることは、一般の労働者が退職金によせる期待と何ら変わらない。また、「厚生手当金」は、厚生年金のない委託員に対し、それに見合うものとして支給されるものであり、やはり退職後の生活補償の趣旨で過去の勤務に応じ支給されるものであるから、退職金と同様の性格を持つのである。
従つて、「解約慰労金」と「厚生手当金」は、その名目に拘らず、実態的にみて退職所得に該当するものとして措置されるべきであつた。
(6) 原告らは、昭和五一年五月の労働基準協定書に基づき、旧委託契約を解約して料金嘱託員としての雇用契約を締結したが、前後実態的な勤務関係が継続しているため、原告らの受給した「解約慰労金」と「厚生手当金」が退職金としての性格を持たないかのようにみえないでもない。
しかし、既述のとおり、委託員は、長年労働者であることを否定されつづけてきたのち、右「労働基準協定書」により一部ではあるが、雇用労働者として認知されたのであつて、委託契約を解消し、料金嘱託員として雇用契約を結ぶということは、従前の雇用関係を九電に認知させることに発展せしめる内容をもつとはいえ、形式的に別個新たな雇用契約のスタートであることに疑いがない。
そして、その意味で、料金嘱託員の採用は、従前の勤務関係の単純な延長とは異なるものであつて、過去の勤務関係打切りの補償として受給した原告らの「解約慰労金」と「厚生手当金」は、その実質上「退職により一時に受ける給与」、すなわち退職金に該当するというべきである。
(7) 以上のとおり、原告らの「解約慰労金」と「厚生手当金」は、退職所得とされるべきであつたのに、被告らはこれを一時所得として課税している。
本来、一時所得は、事業所得や給与所得以外の所得であつて、労務や役務の対価としての性質を有しない臨時的な所得であるとされ、懸賞や競馬の払い戻金等がその例とされる。この点につき、被告らは、労働基準法一一四条の附加金が一時所得とされる例を引用しているが、この附加金は、使用者が解雇予告手当等の給付を履行しない場合の民事制裁ないし労働者への損金賠償としての目的を有するものとされており、本来労務の対価としての性格を持たない全くの臨時所得である。
しかし、原告らが受給した「解約慰労金」と「厚生手当金」は、労働協約に基づく契約上の義務として予定され、しかも、過去の勤務(契約)年数に対応して支給額が決定されるという性格のものであつて、右労働基準法上の附加金とは全く性質を異にすることが、明らかである。
第三証拠 <略>
理由
一 請求原因1ないし4のうち、原告らが各自の昭和五二年の所得税につき、別紙「更正請求経緯一覧表」記載のとおり、それぞれ確定申告後更正の請求をし、被告らが右更正をすべき理由がない旨の棄却処分をしたこと、及び、原告らが右各棄却処分に対して異議申立と審査請求をし、いずれも棄却されたこと、以上の事実は当事者間に争いがない。
二 原告らの右更正の請求の内容は、請求原因5の冒頭に記載のとおり、原告香野伸一、同藤田俊正が確定申告の所得中、一時所得をゼロとするもの、原告柿原輝彦、同柴田正徳、同野田正勝が、事業所得と一時所得をゼロにし、給与所得を増額するものであるところ、
<証拠略>によると、
原告らは、いずれも九電の検針員であり、もと、九電との委託検針契約によつて検針業務に従事していたが、原告らの属する検集労と九電との昭和五一年五月一五日付け「労働基準協定書」に基づき、九電が労働基準法の適用を受ける労働者として認める料金嘱託員の途を選んだうえ、九電との間で昭和五二年三月末日右委託検針契約を解除し、同年四月一日以降右料金嘱託員としての雇用契約を締結したものであること、
原告らは、右委託検針契約解除の際、右「労働基準協定書」に基づき、九電から「解約慰労金」と「厚生手当金」の支給を受け、昭和五二年の所得税について、同年三月末日までの旧委託検針契約による手数料収入を事業所得、右「解約慰労金」と「厚生手当金」を一時所得、同年四月一日以降の料金嘱託員としての給与収入を給与所得として、前記本件各確定申告をしたこと、
右確定申告の所得中、一時所得をゼロとする更正の請求をした原告香野伸一、同藤田俊正のうち、原告香野伸一の例は、「解約慰労金」と「厚生手当金」合計二四一万四、七四五円につき、確定申告で一時所得として所得税法三四条等(但し、当時適用されていたもの、以下同じ)により五〇万円の特別控除額を控除後の残額の二分の一である九五万七、三七二円としていたのを、右収入金が退職所得であつたとして、勤続年数の関係上同法三〇条による退職所得控除額を控除した残額がなく、退職所得をゼロとするものであり、原告藤田俊正の請求も同趣旨であること、
同じく、確定申告の所得中、事業所得と一時所得をゼロにし、給与所得を増額する更正の請求をした原告柿原輝彦、同柴田正徳、同野田正勝のうち、原告柿原輝彦の例は、一時所得の関係が右同趣旨であるほか、三月末日までの手数料収入合計五五万四、三六二円につき、確定申告で事業所得として所得税法二七条により必要経費一九万四、〇二八円を控除した残額三六万〇、三三五円としていたのを、右収入金が給与所得であつたとして、給与所得額を四月一日以降の給与収入と合算した二八〇万二、三四五円から同法二八条による給与所得控除額を控除した残額一八一万一、四〇〇円に増額するものであり(但し、原告らの場合、必要経費が給与所得控除額を上廻るため、この関係の課税所得の算定上は、事業所得のままの方が給与所得とするよりも有利である。)、原告柴田正徳、同野田正勝の請求も同趣旨であること、
以上のように認められる。
三 被告らは、原告らの旧委託検針契約による手数料収入が所得税法二七条所定の事業所得、同契約解消の際の右「解約慰労金」と「厚生手当金」が同法三四条の一時所得である旨主張し、原告らは、原告らが旧委託検針契約時代から九電と使用従属の関係にあり、外形的契約形式に拘らず実質雇用契約にあつて、右手数料名下の収入が賃金、右「解約慰労金」「厚生手当金」が退職金であり、前者が給与所得、後者が退職所得である旨、右被告らの主張を抗争する。
そこで、以下、右事業所得と給与所得の争点、次いで一時所得と退職所得の争点の順に判断するところ、その前提となる事実関係として、1、(九電の検針員及び検針業務の概要等)、2、(昭和五一年五月一五日付け「労働基準協定書」妥結に至るまでの経緯、及び原告らの「解約慰労金」「厚生手当金」)、3、(旧委託検針契約当時の九電と委託検針員の関係)、4、(「労働基準協定書」後の嘱託員と委託検針員との異同)、(九電の対応と委託検針員らの納税等)につき、次のように認めることができる。
1 (九電の検針員及び検針業務の概要等)
<証拠略>を総合すると、
(1) 九電は、従来、需要家の消費電力量計の検針を正規の従業員に行わせていたが、検針が単純な作業であることと、山間僻地等遠隔地の検針への対応が難かしいこと等のため、昭和三〇年頃から低圧電力供給の一般需要家の検針を従業員以外の者に委託検針制度を導入したこと、
(2) 右委託検針員らは、九電(各営業所長担当)との間に、検針地区と定例検針日等を定めた期間一年、双方異議ないとき向こう三年間一年ごとの更新を認める内容の委託検針契約書を作成して、右検針業務に従事し、九電から委託検針手数料、委託事務処理費等の支給を受けていたこと、
(3) 右委託検針員らの業務は、委託検針契約書に定められた検針地区を定められた日に巡回して、需要家の電力量計を読み、その結果を「電気ご使用量お知らせ票」で需要家に通知すると共に、「低圧検針表」(昭和五一年までは「検針カード」)に記入して九電に報告する、という毎月定例的に繰り返される比較的単純なものであること、
(4) 委託検針員らの検針は、原則として、各地区ごとに毎月一日から二三日までのうち三日、一〇日、一七日以外の二〇日間中特定の定例日に行うべき旨定められており(電気事業法による九電の電気供給規定上の要請に基づく定例日制、但し、昭和四六年以降日曜祭日が検針日から除かれ、現在、土曜日も検針日から除かれていて、実際の検針日と右定例検針日とは一致していない。)、この定例日制は、一~六バンド制ないし一~七バンド制と呼ばれる検針、集金システム(検針から調定〔料金算出〕と領収書の作成を経て集金までを六日ないし七日間で行う。)の重要な部分に位置づけられ、厳格に運用されていること、
(5) 委託検針員らの受け持つ需要家の検針戸数は、右「低圧検針表」(「検針カード」)の枚数で表現されるところ、個々の委託検針員の右受持枚数と一ヶ月当たりの検針日数は、受持枚数五〇〇枚以下、検針日数三日程度の者から、受持枚数七、〇〇〇枚以上、検針日数二〇日の者までの間、多種多様であつて、個々の委託検針契約上個別的に決定されており、九電では、右受持枚数四、四〇〇枚以上、検針日数一八日以上の者を一号委託員、それ以下の者を二号委託員とし、前記委託事務処理費の額や後記処遇等の面で色々な格差を設けていること、
(6) 九電には、九州管内各地の営業所単位に合計一、〇〇〇名前後の検針員がいるところ(なお、検針員と同様な立場の電気料金の集金人が別に二千数百名)、九電と検集労との後記昭和五一年五月一五日付け「労働基準協定書」により、九電が労働基準法適用の労働者として認める料金嘱託員としての委託契約の途が開かれたのち、昭和五二年四月までに有資格者三八〇名中二三六名が右料金嘱託員になり、昭和五九年四月現在、検針員総数一、一〇〇名、そのうち料金嘱託員二六〇名、委託検針員八四〇名であること、
(7) 原告らは、原告香野伸一が昭和三三年一二月頃(二日市営業所)、同柿原輝彦が昭和三一年八月頃(福岡営業所)、同柴田正徳が昭和三二年七月頃(福岡営業所)、同野田正勝が昭和三一年八月頃(福岡営業所)、同藤田俊正が昭和三三年七月頃(二日市営業所)、それぞれ九電と委託検針契約を結び、以来契約更新及び再契約を重ね、継続して九電の委託検針員であつたものであり、前記のとおり、いずれも昭和五一年五月一五日付け「労働基準協定書」に基づき、九電との間で昭和五二年三月末日旧委託検針契約を解除し、同年四月一日以降料金嘱託員としての雇用契約を締結したものであること、
(8) なお、原告らは、右料金嘱託員になる以前、全員一号委託員であつて、一ヶ月当たりの検針日数はいずれも二〇日、受持枚数は、各年ごとに変動があり、原告香野伸一が昭和四九年一〇月一日契約時四〇地区八、五九六、昭和五〇年七月一日更新時五六地区八、八一四枚、原告柿原輝彦が昭和四八年九月一日更新時四六地区八、一七九枚、昭和五〇年八月二九日契約時四七地区八、五九五枚、原告柴田正徳が(昭和四四年九月一日契約時四一地区六、一四九枚)昭和四八年九月一日更新時五〇地区七、八九四枚、昭和五〇年八月二九日契約時四九地区八、三五六枚、原告野田正勝が(昭和三七年一〇月一日契約時四二地区五、一一五枚)昭和四八年九月一日更新時四八地区七、八三三枚、昭和五〇年八月二九日契約時四九地区八、四六八枚、原告藤田俊正が昭和四九年一〇月一日契約時四〇地区八、八九四枚、昭和五〇年七月一日更新時六二地区九、〇九二枚であつたこと、
2 (昭和五一年五月一五日付け「労働基準協定書」妥結に至るまでの経緯、及び原告らの「解約慰労金」「厚生手当金」)
<証拠略>を総合すると、
(1) 昭和三五年頃九電の委託検針員らの間に九州電力検針員労働組合が結成され(組織率五〇パーセント前後)、その頃労働委員会の資格認定も受け、その後昭和四五年頃少数の委託集金人の加入を受け入れて、名称を九州電力検針集金労働組合(略称検集労)と変更し、現在に至つており、原告らはいずれも同組合員であるところ、検集労は、組合員に対する九電のネーム入り作業衣、作業靴、雨具、その他の貸与を求める等、身近な就労条件の改善を図ると共に、かねて、組合員への労働基準法の適用を求め、九電との関係で組合員を正規の従業員並みにすることを主な課題にしてきたこと、
(2) 検集労は、右課題実現のため、昭和三七年五月福岡労働基準局に委託検針員についての労働基準法適用申請を行つたのち、略々原告ら主張の経緯を経て、昭和五一年五月頃九電との間で同月一五日付け「労働基準協定書」を妥結させ、右労働基準法適用問題に一応の終止符を打つたが、その間、右問題と並行して、委託手数料の改訂等と共に、社会保険、福利厚生面等での待遇改善にも取り組んだこと、
(3) 検集労は九電に対し、右諸要求の一環として、昭和三七年四月「Ⅰ、委託検針員の九電健康保険組合への加入、Ⅱ、委託検針員に対する労災保険の適用、Ⅲ、同じく失業保険の適用、Ⅳ、同じく退職金規定の設置、Ⅴ、同じく固定給の支給、Ⅵ、同じく検針に必要な物品の貸与、Ⅶ、労働協約の締結」の七項目を申し入れ、昭和三九年三月にも再度同趣旨の申し入れをしたこと、
(4) 九電は、右検集労の申し入れに対し、労働基準法適用問題を処遇の実質で解決したい考えのもとに、昭和三七年九月検集労との間で「Ⅰ、一ヶ月の検針日数一八日以上、受持枚数三、〇〇〇枚(切日区)ないし四、〇〇〇枚(業務区)以上の委託検針員につき、九電が国民健康保険療養費の本人負担分相当額を支払う。Ⅱ、委託検針員の傷病による休業につき、傷病が業務外の場合、三ヶ月間(但し、検針年数五年未満の者は二ヶ月間)の解約猶予期間を設け、その間平均委託検針手数料の六割の見舞金を支払う。傷病が業務上のときは、右解約猶予期間を一ヶ年とする。Ⅲ、受持枚数一、〇〇〇枚以上の委託検針員に対して検針用上衣を貸与する。Ⅳ、委託検針員の業務上の死亡につき、平均手数料の六ヶ月分を香典として支払う。」旨の所謂第一次処遇改訂(同年一〇月一日施行)を協定し、実施したこと、
(5) 九電は、その後、昭和五一年五月一五日付け「労働基準協定書」までの間、昭和四〇年五月一五日の第二次処遇改訂(同年四月施行)と昭和四一年一一月の第三次処遇改訂(同月一日施行)に続き、昭和四六年四月検集労との労働基準法適用問題の向こう三年間棚上と引き換えに、第四次処遇改訂(同月一日施行)を実施し、それらを右「労働基準協定書」で更に整備されたものに改めており、右第三次処遇改訂から、新たに解約時の解約謝礼金(契約年数と委託手数料の額を基準にする。)として、後払金(失業保険的なもの)と一時金(厚生年金的なもの)の支給が規定されるようになつているところ、右「労働基準協定書」の時まで適用されていた右第四次処遇改訂の内容が別紙「委託集金 検針処遇関係一覧表」記載のとおりであること、
(6) 右昭和五一年五月一五日付け「労働基準協定書」は、九電が一号委託員(検針員、集金人)中の希望者で、満年令五五才未満、兼業者でないこと等の資格条件を満たす者、及び、現に二号委託員である者のうち右に準ずる者につき、新たに、従業員である料金嘱託員としての雇用契約を締結することを前提として、右料金嘱託員、一号委託員、二号委託員の各名称、対象者、勤務(休憩)時間(但し、料金嘱託員)、休日(前同)、普通休暇(前同、一号委託員は一般休業補償)、特別休暇(前同、委託員は特別休業補償)、契約期間、契約の更新、制限年令、解雇(但し、料金嘱託員)(委託員は解約)、社会保険関係(前同、委託員は処遇)、業務内容、賃金(但し、料金嘱託員)(委託員は手数料等)、退職慰労金(前同、委託員は解約慰労金)その他を定めているものであること、
(7) 右「労働基準協定書」では、委託契約解除の際の従来の解約謝礼金が解約慰労金に改められ、その適用、金額、特別加算等の別紙「解約慰労金の適用等」記載のとおり改訂されているところ、更に、現契約者に対する特別措置として、「1、一号委託契約を解約し、雇用契約を締結する場合は、解約慰労金のほか厚生手当金を支出する。2、委託契約を解約し、雇用契約を締結する場合で本人が希望する場合は、解約慰労金を支出せず、委託契約解除時の解約慰労金および厚生手当金の支出率を、雇用契約解約時の退職慰労金支出率に加算して支出することができる。」と定められていること、
(8) 原告らが九電との間で、昭和五二年三月末日限り旧委託検針契約を解除し、翌四月一日以降料金嘱託員としての雇用契約を締結していることは、前に説明したとおりであるが、その際原告らが受給した前示「解約慰労金」「厚生手当金」は、右「労働基準協定書」の別紙「解約慰労金の適用等」及び現契約者に対する特別措置の1の定めにより支給を受けたものであること、
3 (旧委託検針契約時の九電と委託検針員の関係)
<証拠略>を総合すると、
(1) 〔採用〕九電が委託検針員を補充する場合は、各営業所単位に、主として五〇才以上の中高令者、主婦等を対象に、募集広告、或いは従業員の紹介等による希望者の申込みを受け付け、履歴書や簡単な面接等で選考のうえ、適格者との間に期間一年(但し、通算三年を越えない間、一年ごとに更新できる。)、定例検針日と検針地区、検針枚数を明示し、別に定める委託手数料、受託事務処理費等を支払う旨の条項その他を含む委託検針契約書(委託検針契約証書)を取り交わしていること、
原告らが昭和三一年ないし昭和三三年頃から九電との委託検針契約、及び契約更新、再契約を重ね、継続して九電の検針員であつたことは前記のとおりであるが、原告らの担当すべき検針地区と定例検針日、検針枚数も、右契約書や契約更新の際の覚書にその都度具体的に明示されていたこと(なお、その後の料金嘱託員としての雇用契約では、契約期間が一年であつて一年ごとに再契約されているけれども、職務内容としては、「検針業務、集金業務およびその付帯業務ならびに会社が指示する業務」となつており、右検針地区、検針枚数までは契約書に明示されていない。)、
(2) 〔業務〕委託検針員の業務は、既述のとおり、毎月定例日ごとに各地区の需要家を巡回して電力量計を読み、その消費電力を「電気ご使用量お知らせ票」で需要家に通知し、且つ、「検針カード」(昭和五一年頃から「低圧検針表」)に記入して九電に報告するものであり、
具体的には、各営業所の検針係りから、当日巡回すべき需要家の「検針カード」と右「電気ご使用量お知らせ票」用紙(電力量計指針値の記録用紙とセツトになつている。)を受領し、右「検針カード」を予め自分の巡回順路順に整理し直したうえ現場に臨み、各需要家ごとに電力量計の指針値を記入して右「電気ご使用量お知らせ票」を作成、交付し、且つ、多くの場合、営業所に帰つてから、右「検針カード」に各消費電力量をマークし、そのマーク後の「検針カード」を検針係りに返戻する、というものであること、
各委託検針員の受持枚数と一ヶ月当たりの検針日数が多種多様であることも既述のとおりであるところ、一ヶ月当たりの検針日数が最も多い二〇日、受持枚数も七~八、〇〇〇枚の多数であつた原告らの場合は、一日の検針日に巡回すべき需要家の戸数は三~四〇〇戸にも及ぶことになり、その業務処理には相当熟練した技量が必要であつたこと、
また、各委託検針員には、九電から検針業務を委託していることを証明する証明書が交付されており、一号委託員及び二号委託員中一定の受持枚数以上の者には、九電の社名と社章入りの作業衣、帽子等が貸与されているが、右身分証明書は、個人の屋敷内に立ち入る仕事の性質上、需要家とのトラブルを避け、検針業務を円滑に行うためのものであり、社名、社章入りの作業衣の貸与も、当初、同趣旨の目的でむしろ検集労の方から九電に要求され、のち実質的な就労条件の内容になつて行つたものであること、
(3) 〔定例日制〕九電では、電気事業法によつて定めた電気供給規定等に基づき、昭和三五年頃から、原則として、毎月一日以降二三日までのうち三日、一〇日、一七日以外の二〇日間中特定の定例日に特定地区を検針する、定例日検針制度が導入され、それに伴い委託検針員との契約書も、もと検針請負契約証書として、検針地区と受持枚数が記載されていただけのものが、のち委託検針契約証書として、検針地区と受持枚数及び定例検針日が記載されるようになつたこと、
この定例日制は、昭和四六年以降該当日中日曜祭日が検針日から除かれ、その後更に土曜日も除外されるようになつたが、検針日後六日目或いは七日目にその地区の集金を行う所謂一~六ないし一~七バンド制と呼ばれる検針、集金システムの重要な部分を占め、非常に厳格に運用されており、委託検針員の裁量で検針日の調整をすること等は許されなかつたこと、
(4) 〔付帯業務〕委託検針員には、本来の検針作業に付随して、需要家の苦情、依頼等の取次ぎ、電力使用量の著しい増減がある場合の調査、確認、空家になつている場合等需要場所相違の調査、連絡、検針休業者が出た場合の代替業務、その他の所謂付帯業務が委託されており、これら付帯業務については、休業者の代替業務のように手数料が支払われるものもあつたが、多くが別に手当のでないものであつたこと、
なお、委託検針員らは、九電から需要家への電気製品の販売斡旋をしてメーカーより手数料を得る仕事の仲介を受けたり、NHKの依頼に基づき需要家のテレビ関係の調査、或いは新規視聴契約の取次ぎ等をして、手数料の支払を受けていた時期があつたが、九電はこれら第三者関係の業務、手数料の支払等には直接関与していないこと、
(5) 〔定例会〕九電は、当時、毎月一回程度各月末頃(現在は年五回位)各営業所単位に委託検針員を集めて、業務上の連絡事項、需要家からの要望等の伝達、手数料等処遇面の説明、その他の打合せ会を実施し、出席者に日当と出席のための旅費を支給しており、この打合せ会への出席は強制的でないとされていたものの、業務に関連するものであるうえ、委託手数料の支払日に開催されることが多かつたこともあつて、大多数の委託検針員らが出席していたこと、
(6) 〔就業時間〕委託検針員には、勤務時間の定めがなく、また、各委託検針員の受持枚数と定例検針日数が多種多様であることは既述のとおりであるが、特定の検針日の検針作業についてみても、当日消化すべき枚数の多寡その他で一概にいえず、夜間等を除く常識的な時間帯に現場の作業をすべき制約があるものの、検針作業の時間、営業所への出退所時刻等自由であつて、右制約の範囲内で各人の工夫に委ねられていたこと、
そして、現実にも、委託検針員らの就労状況は、原告らを含めて、午前八時頃までに営業所に出る場合もあれば、午前一一時過ぎに出る場合もある等、人によりまた日によつて様々であり、ただ、多くの場合、代替検針業務等なければ午後四時ないし五時頃までに全部を終える者が多く、また、予め前日に検針係りから「検針カード」等を受領しておき、当日自宅から検針現場に直行する者も相当数いたが、いずれにしても、九電側で個々の委託検針員の就業状況等を把握していたわけではなかつたこと、
(7) 〔委託手数料〕委託検針員の委託手数料は、従来から毎月の検針枚数(誤検針、誤算のものを除く。)に一定の単価を乗じた委託検針手数料が主な部分を占め、それに検針日数、受持枚数に応じた定額の委託事務処理費、委託業務手当と前記定例打合せ会に出席した場合の手当、その他が加算されているものであるが、長年の間に各単価が逐次改訂増額され、委託事務処理費、委託業務手当の占める割合も増加していること、
検針日数月二〇日、受持枚数約八、〇〇〇枚の一号委託検針員の昭和五一年三月分委託手数料の一事例は、検針手数料八、〇〇八枚の一〇万一、五〇〇円(業務区と切日区で単価が異なる。)、委託事務処理費二万二、九〇〇円(検針日数一日につき一、一四五円)、委託業務手当一万二、一六〇円(受持枚数二五〇枚ごとに三八〇円)、定例会に出席の手当金一、二〇〇円、その交通費一六〇円、検針業務のための交通費補助二、二〇〇円、療養費補助三、二〇〇円、合計一四万三、〇〇〇円余であつたこと、
九電は、委託検針員に対し、右委託手数料以外に毎年夏冬の二回、検集労の要求に基づき、正規の従業員のボーナスに類する特別謝礼金を支給してきており、その額も、当初極めて低い定額のものであつたが、委託手数料額の実績等を基礎とするものになつて次第に増額され、最近では平均月額手数料の二ヶ月分程度、昭和五〇年冬期のそれは、一号委託員のモデル計算で二九万七、五〇〇円であり、また、毎年九電の創立記念日には、委託検針員に対しても、正規の従業員より低額ながら若干の創立祝金が支給されていたこと、
(8) 〔業務に要する器具、資材の負担〕委託検針員が受託業務の処理に関して取扱う検針台帳その他の帳票は、すべて九電の交付したものを使用すべきことが委託検針契約上明示されていたほか、委託検針員は、九電から検針業務に必要な筆記用具、そろばん、懐中電灯等の無償貸与を受けており、前記のように、一号委託員と受持枚数一、〇〇〇枚以上の二号委託員が、検集労の要求による処遇として、作業上衣、防寒着、雨具、くつ、手袋の無償貸与を受けていたこと、
しかし、委託検針員らが各地区の需要家を巡回して検針作業をする際の交通費は、もともと委託検針員の負担であり、昭和五八年九月現在七~八〇パーセントの委託検針員が検針時にバイクを使用しているところ、その購入費、維持費、ガソリン代、保険料等もすべて当該委託検針員個人の負担であつて、ただ、この点についても、昭和四九年頃から九電の交通費補助金が支給されるようになり、その額が昭和五一年五月頃一号委託員の場合月額二、二〇〇円(二号委託員は検針日数一日につき一一〇円)であつたこと、
(9) 〔業務の代替性及び代行検針〕委託検針員が病気その他やむを得ない理由のため受託業務に支障を生ずるおそれのあるとき、九電に連絡すべき義務を負うことは、委託検針契約上明示されていたが、検針業務を家族その他の第三者に代行させたり、下請させたりすることは別段禁じられておらず、現に、原告らの主張中にも、委託検針員らが互助的に他の委託検針員の業務を代行していたとの部分があるけれども、代行の事実を九電に知らせるべき取り決め等なく、九電の側でもその実態は把握していないこと、
なお、委託検針員が特定の定例日の検針を休業する場合、九電では、他の委託検針員に応援を依頼して、その者に応援手数料を支払うか、臨時検針員、学生アルバイト等を雇つたり、正規の従業員に代行せしめたりして、代替していること、
(10) 〔兼業〕既述のように、定例検針日は多くて月二〇日であるところ、委託検針員が兼業をすることは、委託検針契約上何ら禁止されておらず、主婦や農業従事者、商業従事者等を含め、実際に兼業していた委託検針員も相当数あつたこと、
4 (「労働基準協定書」後の料金嘱託員と委託検針員の異同)<証拠略>を総合すると、
(1) 前記昭和五一年五月一五日付け「労働基準協定書」は、検集労が委託検針員に労働基準法の適用を求める運動を行つた結果として、満年令五五才未満、兼業者でないこと等の資格条件を満たす者につき、改めて右同法上の労働者である料金嘱託員として九電との間の雇用契約の途を開いたものであり、右運動の目標であつた「九電健康保険組合への加入」「労災保険の適用」「失業保険の適用」「退職金規定の設置」等が、料金嘱託員の場合全面的に解決したのに対し、委託検針員にとどまつた者の場合、依然として「療養費補助」「障害見舞金」「休業見舞金」「香典」「契約解除猶予見舞金」「解約謝礼金」「特別解約謝礼金」等、検集労と九電との協定による処遇(右「労働基準協定書」及びその後の改訂分)によつており、これらは双方の間の実質的な差異といえること、
(2) 料金嘱託員と委託検針員は、共に検針業務を行う面で差異がなく、対価としての経済的収入の点でも当面それ程の差はないけれども、九電との契約が一方は雇用契約、他方は委託検針契約であるため、右契約からくる地位の違いがあり、例えば、(イ)、「対象者」は、料金嘱託員が満年令五五才以下、兼業者でないものでなければならず、一号委託員が満年令六五才未満、稼動日数一八日以上、二号委託員が満七〇才未満のものであり、(ロ)、「勤務時間」「休日」「配置転換」等も、委託検針員にその定めがなく、料金嘱託員には、週四〇時間勤務(始業午前八時四〇分、終業午後五時三〇分、休憩、勤務時間中任意の五〇分、但し、事業所外で検針業務に従事する場合、所定の勤務時間勤務したものとみなされる。)、土曜、日曜、祝日、その他一定の休日の定め、九電の都合による配置転換の定め等があり、(ハ)、業務の内容も、正確には、委託検針員が検針業務及び付帯業務であるのに対し、料金嘱託員は「検針業務、集金業務およびその付帯業務ならびに会社が指示する業務」であつて、(ニ)、料金嘱託員には、就業規則の適用、服務規律の遵守義務、非違行為に対する懲戒の定め等があること、
(3) 旧委託検針契約当時、委託検針員の委託手数料は、前記のとおり略純粋な形の出来高制であつたが、右「労働基準協定書」後の料金嘱託員の賃金(給与)は、基本受持枚数による勤務手当という固定給部分が設けられ、実際の処理枚数による出来高部分の検針手当等を付加したものになり、受持枚数七~八、〇〇〇枚の料金嘱託員の昭和五二年六月分給与の一事例が、勤務手当一一万五、三三五円、特別作業手当三、〇〇〇円、検針手当四万五、八三八円、合計一六万四、〇〇〇円余であつたこと、なお、この機会に委託検針員の委託手数料についても、前記委託事務処理費等定額部分の割合が増加されていること、
(4) 料金嘱託員と委託検針員は、前記筆記用具、作業衣等の貸与を受ける面では差異がないが、委託検針員が前記のように、検針作業のための交通費を自弁し、九電から一定の補助を受けているのに対し、料金嘱託員の場合、勤務時間中必要に応じ、九電の単車、自転車を使用することができ、また、業務のための旅費や通勤費についても、一般従業員に準じて設定される約定になつていること、
(5) 昭和五一年五月一五日付け「労働基準協定書」後、資格条件を備えていた委託検針員合計三八〇名のうち、昭和五二年四月当時二三六名が料金嘱託員になつたのに止まつたことは前記のとおりであるが、このように料金嘱託員を希望しなかつたものが多数あつた理由について、九電の担当者は、委託検針員の場合、勤務時間の拘束がないこと、兼業が自由であること、五五才の年令制限がないこと、雇用契約による九電の指揮命令を受けないでよいこと等であると考えていること、
また、委託検針員の兼業の実態は、昭和五八年三月当時委託検針員総数八四四名中、検針専業者二四三名、商業、農業、工業、その他の兼業者四九三名、主婦一〇八名であつて、主婦を兼業者にいれない場合の兼業率が五八パーセント余、主婦を兼業者にいれる場合の兼業率が七一パーセント余であること、
5 (九電の対応と委託検針員らの納税等)
<証拠略>を総合すると、
(1) 九電は、かねて委託検針契約を一種の請負契約、委託検針員を委託請負業者と認識し、労働組合である検集労の組合員についても、労働基準法が適用される労働者ではないとの見解のもとに、同法の適用を求める検集労要求につき実質的処遇の改善で対応したのち、労働基準局の指導を受け入れ、前記昭和五一年五月一五日付け「労働基準協定書」で一部の委託検針員に料金嘱託員として雇用契約の途を開いたものであること、
(2) 九電は、右「労働基準協定書」後、料金嘱託員になつた者に対して支払う給与等につき、所得税法一八三条(給与所得に係る源泉徴収)に基づく所得税の源泉徴収をしているが、委託検針契約による委託検針員に対する委託手数料については、右協定の前後を問わず、同法二〇四条(報酬、料金にかかる源泉徴収)1項四号中、電力量計の検針人の業務に関する報酬又は料金として、所得税の源泉徴収をしており、後者の場合、委託検針員らも九電から源泉徴収票の交付を受けたうえ、毎年右手数料収入を事業所得として確定申告してきていること、
(3) 九電は、原告らのように、委託検針員から料金嘱託員になつた者に支払うべき前記「労働基準協定書」に基づく「解約慰労金」と「厚生手当金」については、所得税法上の一時所得に該当するものとして、源泉徴収等することなく各受給者に支給すると共に、各人に別途確定申告による納税をするよう指導していること、
以上の各事実が認められる。
四 ところで、まず、委託検針員らの委託手数料が事業所得か給与所得かの争点についてであるが、業務の遂行ないし労務の提供から生ずる所得が所得税法上の事業所得と給与所得のいずれに該当するかの判断基準につき、同法の趣旨、目的に照らし、事業所得が自己の計算と危険において独立して営まれ、営利性、有償性を備え、且つ客観的な反覆継続の意思と社会的地位が認められる業務から生ずる所得をいい、給与所得が雇用契約ないしそれに類する原因に基づき、使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価として使用者から受ける給付をいう、との観点から判定すべきことは、原被告ら双方主張のとおりである。
そして、これを本件についてみるに、前記認定した事実によれば、委託検針員の場合、(1)、採用過程に一般従業員のそれに類似する面があり、且つ、原告らのように一〇数年以上検針員を継続しているものがいること、(2)、業務内容が九電の直接的な指揮下に行われ、九電から身分証明書が交付されたり、社名入り作業衣等が貸与されたりしていること、(3)、定例日制のため、検針日が定まつていて、裁量の余地がないこと、(4)、委託業務中に本来の検針業務のほか付帯業務が含まれていること、(5)、月に一回程度打合せ会への出席が求められていること、(6)、原告らのように受持枚数の多い者の就業態様、就業時間等が一般従業員のそれに類似していること、(7)、同じく受持枚数の多い者の場合、委託手数料も毎月それ程変らぬ金額であつて、一般従業員の給与に相応し、また、委託検針員にも毎年夏冬の二回従業員のボーナスに類する特別謝礼金、契約終了時に退職金に類する解約謝礼金(前記「労働基準協定書」後解約慰労金)が支払われていること等、九電との関係が実質雇用契約に類似する面を有することは否定されない。
しかし、右(1)の採用過程についていえば、委託検針契約は、九電と各委託検針員との間で、具体的な検針地区と定例検針日、検針枚数等を明示した契約書により個別に締結され、且つ、その検針地区、定例検針日、受持枚数も多種多様のものであつて、対等当事者間の委任ないし請負契約として効力を有する、といわなければならず、(2)の業務関係も、委託検針員らは、契約で定められた事項によつてのみ九電に従属しており、労務の提供につき一般的な指揮命令下にあるわけではなく、(2)の身分証明書、社名入り作業衣、及び(5)の定例打合せ会等は、検針作業の円滑な実施のためのもの、(2)の作業衣等の貸与、(7)の特別謝礼金、解約謝礼金、その他も、委託検針員に対する処遇の改善として逐次実現されてきたものであつて、委託検針契約が右委任ないし請負契約であることと必ずしも矛盾するものではない。
特に、(7)の委託手数料は、略純粋な形の出来高制であつて、労務提供の対価よりも委任ないし請負事務の報酬としての性格を持つというべきであり、(6)の就業態様の関係で、委託検針員に勤務時間の定めがなく、就業時間が定例検針日の日数と受持枚数の如何で異なる点、委託検針員に就業規則による九電の服務規律の拘束がなく、懲戒等もない点、(8)の業務に必要な器具、資材のうち、主要な交通手段であるバイクの購入、維持費等が委託検針員の個人負担である点、(9)、検針業務を第三者に代行させることが禁止されてなく、現実に行われている点等は、むしろ雇用契約にはない面といわねばならず、(10)の兼業が自由で実際兼業者が多い点も、一般的には委託検針契約が雇用契約でない方向を裏付けるものである。
従つて、右のような諸点を総合し、九電が委託検針員の委託手数料につき、これまで長年所得税法二〇四条の報酬、料金としての源泉徴収をし、委託検針員らも右源泉徴収を前提に毎年事業所得としての確定申告をしてきていることを併せ考えると、委託検針員中とりわけ原告らのように検針日数、受持枚数の多い者の場合、就業態様その他色々な面で事実上正規の従業員に類似する部分が多々ある点を考慮にいれても、その委託手数料は給与所得とはいえず、右委託検針契約に基づく報酬、料金として、事業所得に該当する、と解せざるを得ない。
原告らは、前記のとおり、昭和五一年五月一五日付け「労働基準協定書」後の翌昭和五二年三月末日九電との旧委託検針契約を解除し、同年四月一日以降新たに料金嘱託員としての雇用契約を締結したものであるところ、その前後で業務の態様等に事実上左程の変化がなかつたことは原告ら主張のとおりであるが、契約が委託検針契約から雇用契約に変つたのに伴い、検針員の契約上の地位に重大な差異が生じていることも、前記三、4(「労働基準協定書」後の料金嘱託員と委託検針員の異同)で認定したとおりであり、また、資格条件を満たしながら料金嘱託員にならず、委託検針員のままとどまつているものが相当数ある事実も、委託検針契約と料金嘱託員としての雇用契約の質的な相違を示しているものと考えられる。
(なお、本件で争われている昭和五二年一月以降三月末日までの委託手数料収入について、原告香野伸一、同藤田俊正の関係では、それを事業所得とする確定申告が既に確定しており、また、原告柿原輝彦、同柴田正徳、同野田正勝の関係でも、事業所得の必要経費控除額が給与所得の給与所得控除額を上回つている結果、いずれも事業所得とする方が課税所得額が少なく、原告らに有利である。)
五 次に、原告らが委託検針契約を解除し、料金嘱託員として雇用契約を締結した際、前記「労働基準協定書」に基づき受給した「解約慰労金」と「厚生手当金」が一時所得か退職所得かの争点についてであるが、一時所得は、「営利を目的とする継続的行為から生じた所得以外の一時の所得で、労務その他の労務又は資産の譲渡の対価としての性質を持たない」(所得税法三四条一項)所謂所得源泉のない臨時的な所得であり、退職所得は、「退職手当、一時恩給その他の退職により一時に受ける給与及びこれらの性質を有する給与にかかる所得」(同法三〇条一項)である。
しかるところ、前記認定した事実によれば、九電は、検集労との協定による前記第三次処遇改訂以降、委託検針員に対し契約終了時に解約謝礼金(契約年数と委託手数料の額を基準にする。)として、後払金(失業保険的なもの)と一時金(厚生年金的なもの)を支給するようになり、その後、内容の改訂、名称変更等を経て右「労働基準協定書」の「解約慰労金」と「厚生手当金」に引き継がれていると認められ、それが委託手数料を雇用契約の賃金、給与とする場合の退職手当に相応すると考えられることは、原告ら主張のとおりである。
しかし、委託検針契約に基づく委託手数料収入が給与所得ではなく、事業所得と解されることは前に詳述したとおりであり、原告らが右「解約慰労金」と「厚生手当金」の受給以前、右手数料収入につき長年事業所得としての確定申告をし、事業所得の範囲で納税をしているにとどまる(従つて、退職所得控除の際の勤続年数に相応する税務上の給与所得としての取扱いを受けた実績もない。)ことも前記認定のとおりであつて、右「解約慰労金」「厚生手当金」を「退職により一時に受ける給与及びこれらの性質を有する給与にかかる所得」であるところの退職所得と認めることは困難といわざるを得ない。
そして、右「解約慰労金」と「厚生手当金」は、その沿革、内容その他を検討すると、委託検針契約による委託手数料の清算ないし追加払いとしての性質というより、むしろ検集労の運動等に基づき、給与労働者の退職手当、厚生年金の一時金に相当するものとして、実現されてきたものと認められ、そうすれば、委任ないし請負契約である委託検針契約終了の際の特別な合意に基づき支払われる、所謂所得源泉のない所得であると解すべく、前記の一時所得に該当するとの帰結もやむを得ないところである。
六 よつて、原告らの本訴請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 田中貞和 大谷辰雄 衣笠和彦)
更正請求経緯一覧表 <略>
課税の経過等一覧表 <略>
一時所得の例示 <略>
委託集金・検針員処遇関係一覧表 <略>
解約慰労金の適用等 <略>