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福岡地方裁判所 昭和58年(行ウ)3号 判決 1985年9月24日

原告 高野紘宇

被告 筑紫税務署長

代理人 辻井治 公文勝武 ほか三名

主文

被告が原告に対し昭和五七年一月二〇日付でなした、原告の昭和五四年分所得税についての更正処分、及び過少申告加算税賦課決定処分をいずれも取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、原告の昭和五四年分所得税につき昭和五六年七月二五日付で総所得金額を一、〇六四万六、一九六円、納付すべき税額を一四一万六、七〇〇円とする修正申告をした。

2  被告は原告に対し、昭和五七年一月二〇日付で原告の昭和五四年分所得税についての総所得金額を一、一八八万五、四三五円、納付すべき税額を一九〇万一、四〇〇円とする更正処分、及び同じく税額を二万四、二〇〇円とする過少申告加算税の賦課決定処分をした。(以下これらの処分を「本件更正処分等」という。)

3  原告は、本件更正処分等を不服として、昭和五七年二月四日国税不服審判所長に対し審査請求をしたところ、国税不服審査所長は同年一一月三〇日付で審査請求を棄却する旨の裁決をした。

4  しかし、原告の昭和五四年分総所得金額、納付すべき税額等は、1項の修正申告のとおりであり、本件更正処分等は違法であるから、その取消を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし3の事実は認める。

2  同4は争う。

三  被告の主張

1  原告に対する昭和五四年分所得税等課税の経緯

(一) 原告は、歯科医業を営む者であるが、昭和五四年分所得税について、法定期限内である昭和五五年三月一五日被告に対し、総所得金額を九四〇万六、八五五円、納付すべき税額を一一三万六、九〇〇円とし、右総所得のうち社会保険診療報酬関係の必要経費につき租税特別措置法(以下「措置法」という。)二六条一項の規定を適用する計算をした確定申告書を提出した。

(二) その後、原告は、右確定申告に事業収入金と雑収入金の計上洩れがあつたとして、被告に対し昭和五六年七月二五日付で請求原因1記載の修正申告書を提出した。

(三) 被告は、原告の右修正申告に対し、昭和五六年九月二日付で国税通則法(以下「通則法」という。)六五条の規定に基づき、税額一万三、九〇〇円の過少申告加算税賦課決定処分を行つた。

(四) 更に、被告は、右原告の修正申告を検討した結果、社会保険診療報酬の必要経費につき、確定申告の際、措置法二六条一項の規定を適用する算定がなされていたのに、修正申告では、通常の収支計算の方法(取引実績額を基礎として損益計算する方法)がとられていたため、この点を措置法二六条一項の規定による算定に改めたうえ、昭和五七年一月二〇日付で請求原因2記載の本件更正処分等をした。

(五) 原告は、本件更正処分等に対する審査請求手続を経て、本件訴えを提起したものであるところ、以上の経過及び数額を表にして示すと、別紙一、課税の経過、同二、所得区分別の内訳、同三、事業(歯科医業)所得金額の計算内訳、同四、措置法二六条を適用した必要経費の算定に記載のとおりである。

2  本件更正処分等の適法性

本件更正処分等は、右1項(四)の経緯で行つたものであるところ、明文の規定は存しないが、以下述べるとおり、社会保険診療報酬の必要経費につき、確定申告で措置法二六条一項の規定による算定方法が選択された場合、その後の修正申告でも確定申告の際の選択を変更できないと解すべきであるから、本件更正処分等には何らの違法性もない。

(一) 所得税等の納税申告行為は、私人が課税要件事実を自ら確認し、所定の方法で税額を確定して、国に通知する公法行為であり、それによつて租税債権債務という公法上の法律効果を生ぜしめるものである。

(1) 納税申告行為は、このように、私人の自己責任に基づく自己賦課という性質をもつものであつて、自発的意思に基づく面で、自由意思の発現としての意思表示の性質も具有するが、租税関係の法的安定性の見地から、私人間の意思表示と同様な意味での取消、撤回が認められず、原則として、申告の外観に従う責任が課せられることになる。

(2) 措置法の各規定は、もともと、色々な政策的理由に基づき、租税制度に加えられる臨時的、例外的な措置規定であるところ、同法二六条についていえば、一般的に、納税者のための税の減免の性質を有する特別措置に分類されるものであり、本件の場合、確定申告で選択された同条の特例による算定方法の変更を許さないとしても、特に、不当、過当な不利益を及ぼすというものでもない。

(3) また、課税所得の算定上、納税者が確定申告で措置法二六条の規定を適用したのち後日修正申告等で改めて、措置法を適用するか、収支計算によるかを任意に選択できるとすれば、申告納税制度における租税債権債務の確定をめぐる法的安定が著しく害されるといわざるを得ない。

なお、右法的安定性とは、申告納税制度において、当初の申告で選択された税法の規定につき、後日その選択の変更が許されず、納税者が自身の自主申告に副う責任を負つているということを意味する。

(二) 措置法二六条は、医業または歯科医業を営む個人が、社会保険診療報酬の必要経費につき、確定申告書に、同法所定の率で算定される額によることを記載した場合、右金額をその必要経費の額とする旨定めており、この規定は、納税者の選択を要件とするものであるが、「……率を乗じて計算した金額の合計額とする」という法文の体裁からみて、一旦納税者の選択があつた場合、当該年分の保険診療報酬の必要経費を右特例による額とみなす趣旨のものである。

従つて、措置法二六条は、確定申告の段階でなされた同規定の特例によるかどうかの選択が、後日自由に変更されることを全然予定していないと解すべきであり、このことは、右文理上の解釈のほか、他に関係手続規定が存在しない点からも裏付けられる。

(三) 修正申告は、通則法一九条に基づき、先の納税申告書に記載した税額に不足額があるとき等、同条所定の要件に充足する場合に認められるところ、原告の本件修正申告は、前の申告の際の収入金に計上洩れがあり、税額に不足額があつたとする点では、右要件に副うものであるが、同時に、必要経費の算定面で、逆に、結果的に税額を減少させる行為を併存させているものである。

(1) しかし、まず、修正申告の制度は、課税標準ないし税額を増加させる要素と減少させる要素が、特定の計算式に依拠している本件のような事例(それ以外にも、例えば所得税法四七条、四九条、六五条ないし六七条等)では、当該計算式による収入計上洩ればかりでなく、それに伴う原価、経費の計上洩れも含めて申告させることを趣旨としており、原告の本件修正申告にみられるように、課税標準ないし税額を実質的且つ一般的に減少、圧縮するような効果をもつ計算式の変更は、修正申告の制度として、予定されていないところである。

(2) また、修正申告で必要経費の算定方法を収支計算に改めるのが納税者に有利というケースは、収入除外にかかる簿外経費があつて、結果的に実額経費の方が上回つている場合と、前の申告の際、単純な計算の誤りがあつた場合等が考えられるところ、特に、前者のような事案に算定方法の選択の変更を認めることは、不正が発覚した場合、有利な算定方法に変更できることを意味し、到底法の許容するところではない。

(3) 更に、若し、修正申告で右算定方法の選択の変更が認められるとすれば、更正処分の場合も収支計算に改めることによる更正処分ができると解さざるを得ないが、そのように解するということは、更正処分の段階で、納税者が改めて措置法二六条の規定による算定方法を選択するかどうかを意思表示すべきと考えるか、或いは、収支計算による経費の額が上回る場合、当然、収支計算の経費による更正処分が義務づけられるとするか、いずれかの解釈にならざるを得ない。

しかし、更正処分の段階で、納税者が改めて意思表示をするという手続規定はなく、課税庁に実額による更正処分が義務づけられるというような解釈も到底成立し得ない。

(4) なお、納税者が確定申告で措置法二六条の規定による算定方法を選択し、後日、収支計算の方が有利であると判明した場合、右選択の変更を求めて通則法二三条による更正の請求を行つても許容されない。

何故ならば、更正の請求は「課税標準等若しくは税額等の計算が国税に関する法律の規定に従つていなかつたこと」等の要件がある場合に限り許されるものであり、措置法二六条の規定による算定方法を選択した結果が収支計算の額を下回つていたとしても、その選択自体が「法律の規定に従つていなかつた」という右要件に該当することにならないからである。

そして、原告の本件修正申告は、その機会に、実質的に更正の請求に当たる算定方法の変更を行つているのであつて、更正の請求における右要件の制約を潜脱するものというべきである。

(四) 原告は、後記四、被告の主張に対する原告の認否並びに反論2で、本件修正申告の機会に、必要経費の算定方法を改めた経緯を述べているが、原告の本件修正申告は、被告の原告に対する所得税実地調査の際、収入計上洩れ等が発見されたためになされているものである。

また、右原告の認否並びに反論3、(1)ないし(3)の各論点についても、まず、事業所得の金額は、経費を収支計算によつたものも、措置法二六条の規定によつたものも、収入の事実が同一である限り、等しく国税法上の適法な課税標準であり、後者の経費算定方法から前者の算定方法への変更を許さないからといつて、所得のないところに課税することにはならない。

次に、「確定申告書に同項の規定により事業所得の金額を計算した旨の記載がない場合には適用しない。」との措置法二六条の規定が、同条の特例による経費の算定方法を納税者の選択に委ねた趣旨のものであることは明らかであり、右規定の意味、及び右納税者の選択によつて経費が確定し、その後その選択を変更できないとすべきことについて、解釈上疑わしい点がなく、更に、原告引用の各通達は、いずれも確定申告時における措置法の特例によるかどうかの留意事項であり、その後の修正申告等に関するものではない。

四  被告の主張に対する原告の認否並びに反論

1  被告の主張1、(一)ないし(五)の事実は認める。同2は争う。

2  原告が本件修正申告の際、社会保険診療報酬の必要経費につき、確定申告での措置法二六条の規定による算定を改め、収支計算の方法によつたのは、確定申告時、当時の収入額を前提とする正当な収支計算による経費を二一三万七、七七〇円少なく誤算し、措置法二六条の規定による算定方法の方を有利とする誤つた判断をしていたことが判明したため、修正申告の機会に、正当な収支計算の経費による所得の算定に是正したものである。

すなわち、社会保険診療報酬の必要経費につき、収支計算と措置法の特例のいずれによるかを決めるためには、自由診療等収入の分を含む診療収入総額の実額経費中社会保険診療報酬分経費を抽出して、比較する必要があり、その手順として、収入総額に占める自由診療等収入の割合(七五パーセントと調整率を乗じて算出する。)に基づく、自由診療等収入の経費を算出し、収入総額の経費から差引いて社会保険診療報酬分経費を求めるところ、確定申告時、別紙五、計算(確定申告の際の社会保険診療報酬分経費の算定)記載のとおり、収入総額中の自由診療等収入の割合算出の過程で、「収入総額に占める自由診療等収入」とすべきを、誤つて「社会保険診療報酬に占める自由診療等収入」としたため、結果的に社会保険診療報酬分の収支計算による経費一、九四八万八、五〇八円を一、七三五万〇、七三八円と誤算した。

そして、このような理由による申告の誤りを、修正申告或いは更正の請求によつて是正することは、当然許されている。

3  社会保険診療報酬の必要経費につき、確定申告で措置法二六条の規定を適用した場合、その後、修正申告等でこれを収支計算の方法に改めることができない旨の被告の主張は、以下に述べるとおり、失当である。

(1) 事業所得の金額は、所得税法二七条二項により、「その年中の事業所得に係る総収入金額から必要経費を控除した金額とする。」と定められている。

そして、原告の昭和五四年分事業所得中、社会保険診療報酬の関係で実際に要した経費は、収支計算の方法により、別紙六、(修正申告の際の社会保険診療報酬分経費の算定)記載のとおり一、九二六万四、七八八円であるところ、措置法二六条の規定を適用した場合の経費額が一、八〇二万五、五四九円であるから、若し右算定方法の変更ができないとすれば、差引き一二三万九、二三九円だけ経費を少なく、反面所得を多く申告せねばならないこととなる。

このような結果を容認することは、所得のないところに課税することを意味し、実質課税の原則に反する。

(2) 措置法二六条の規定は、「……率を乗じて計算した金額の合計額とする。」という断定的な定め方をする一方で、「確定申告書に同項の規定により事業所得の金額を計算した旨の記載がない場合は適用しない。」という定め方をしているが、「選択により」という用語を使用しているわけではなく、確定申告で同条の規定を適用した場合、その後の修正申告等で本来の収支計算の方法によることができない旨を明文で定めているものでもない。

また、右措置法二六条の規定のように、一見矛盾するような紛らわしい条項、並びに、明文の定めがなく解釈上疑義のある事項については、「疑わしい場合は納税者の有利に」の原則に従つた解釈がなされるべきである。

(3) 措置法(所得税等関係)通達(昭和三一年一月二五日直所二―八)には、「社会保険診療報酬にかかる必要経費の金額が当該診療報酬の一〇〇分の七二に相当する金額をこえる者については、法七条の一〇(現行第二六条)の規定を適用させないで、一般の例により所得金額を計算して申告するよう指導するものとすること」とされており、法人税についての同趣旨の規定である措置法六七条に関しても、措置法(法人税関係)通達六七―三、及びその解説として、「実際経費が標準率による経費をこえる場合には、この特例の適用がない。」とされている。

なお、これらの通達は、いずれも確定申告時だけに適用されるのではなく、その後の修正申告ないし更正の請求の際にも、当然適用が予定されているものである。

(4) 前記被告の主張2、(一)ないし(三)の各論点についても、まず、通則法所定の修正申告等によつて前の納税申告を是正することは、私的意思表示の取消、撤回とその意味が異なるものであり、また、措置法二六条が税の減免の性質を有する特例措置に属するとしても、具体的なケースで右規定の適用が納税者に不利な場合、特に、誤つてした右適用の変更を認めないことが、納税者に不当な不利益を及ぼすことは明らかといわねばならず、更に、修正申告の機会、或いは更正の請求で前の申告の誤りを是正するのは、何ら法的安定性を損うものではなく、要するに、右被告の主張はいずれも理由がない。

(5) 前記被告の主張2、(二)及び同(三)、(1)ないし(4)は、いずれも、確定申告の際の必要経費の算定方法が、偶々納税者に不利なケースであつても、後日有利な算定方法に改めることが、修正申告及び更正の請求の各要件に該当しないことを前提とするものである。

しかし、更正の請求は、通則法二三条の規定により、被告主張の「課税標準若しくは税額等の計算が国税に関する法律の規定に従つていなかつた」場合のほか、「当該計算に誤りがあつた」場合にも許されており、原告が本件確定申告で、措置法二六条の規定を適用する前提として、収支計算による経費との比較計算を誤つたことは、右後者の要件に該当するというべく、更正の請求を許されることは明らかである。

そして、税額の減少を求める更正の請求ができる以上、申告によつて自動的に前の申告の税額等が変更される制度である修正申告が許されることは当然である。けだし、修正申告は、更正の請求よりも「手続の安定」を損うおそれが更に少ないからである。

第三証拠 <略>

理由

請求原因1ないし3の事実、及び被告の主張1、原告の昭和五四年分所得税等の課税の経緯(一)ないし(五)の各事実、すなわち、本件更正処分等、並びに、それに先行する原告の確定申告と修正申告、その他の経緯は、いずれも当事者間に争いがない。

そして、原告の確定申告の総所得額九四〇万六、八五五円は、歯科医業の事業所得九六七万九、二五〇円に、雑所得三万八、〇六三円を加え、総合譲渡所得の欠損金三一万〇、四五八円を減じたものでり、右事業所得九六七万九、二五〇円は、社会保険診療報酬二、五〇三万六、二四一円と自由診療等収入一、〇〇六万一、〇〇〇円、合計三、五〇九万七、二四一円の診療収入総額から、必要経費総額二、四八六万六、二九〇円中自由診療等収入分経費七五一万五、五五二円と、社会保険診療報酬分経費につき措置法二六条一項の規定を適用した一、八〇二万五、五四九円を控除し、更に雑収入金二二万三、一一〇円を加え、青色申告控除額一〇万円を差引いたものであること、

原告の修正申告は、確定申告中事業所得関係の自由診療等収入を七三万一、〇〇〇円増加させて、一、〇七九万二、〇〇〇円、雑収入金を一六万六、四七〇円減少させて五万六、六四〇円としているほか、必要経費総額二、四八六万六、二九〇円に変化がないものの、社会保険診療報酬分経費につき措置法二六条一項の適用をせず、診療収入総額三、五八二万八、二四一円から、自由診療等収入分と社会保険診療報酬分双方の経費として、右経費総額を控除しており、その余のすべての部分に変更がないため、結局、事業所得が一、〇九一万八、五九一円、雑所得と総合譲渡所得欠損の加減をして、総合所得が一、〇六四万六、一九六円になつていること、

本件更正処分は、右修正申告のうち、事業所得関係の経費控除部分以外を申告どおりの前提として、その経費控除につき、社会保険診療報酬の経費を、確定申告の際の措置法二六条一項の規定の適用による一、八〇二万五、五四九円、自由診療等収入の経費を別紙六、計算(修正申告の際の社会保険診療報酬経費の算定)に記載のとおり、五六〇万一、五〇二円(確定申告での計算違いを是正している。)とし、結局、事業所得を一、二一五万七、八三〇円、雑所得と総合譲渡所得欠損加減後の総合所得を一、一八八万五、四三五円、納付すべき税額を一九〇万一、四〇〇円とするものであること、

本件過少申告加算税は、右更正処分により修正申告の税額一四一万六、七〇〇円を超えて納付すべきとされた税額の部分につき賦課されたものであること、

以上の各事実も前記当事者間に争いがないところである。

してみると、本件更正処分等が適法かどうかの問題は、事業所得の算定について、修正申告の経費計算を改め、その社会保険診療報酬分経費を措置法二六条一項の規定により算出していることの適否に帰着するところ、原告は、右社会保険診療報酬の経費につき、確定申告で誤つて措置法二六条一項の規定を適用した場合、修正申告等で通常の収支計算に改めることが当然許される旨主張し、被告は、確定申告で右規定による経費算定がなされると、その額が当該所得計算上の経費とみなされることになり、後日修正申告等でこの算定方法の選択を変更し得ない旨主張する。

そこで、以下右争点について判断するに、<証拠略>を総合すると、

措置法二六条は、医業又は歯科医業を営む個人の社会保険診療報酬に係る必要経費につき、確定申告書に同条一項の規定により計算した旨の記載がない場合を除き、同条一項に定める率による金額を右必要経費の額とする趣旨の規定であるところ、医療法人に関する同旨の規定である同法六七条と共に、もともとは、社会保険診療報酬への課税軽減の目的で、経費率を高く認める特例として制定されたものであること、

原告は、本件確定申告の際、右措置法二六条の規定を適用するかどうかの前提として、収支計算による経費を算出し、比較する過程で、別紙五、計算(確定申告の際の社会保険診療報酬分経費の算定)記載のとおり、診療報酬経費総額中自由診療等収入分と社会保険診療報酬分とを区分するための自由診療等収入の割合計算につき、誤つて社会保険診療報酬を分母にしたため、結果的に、正当な社会保険診療報酬分経費一、九四八万八、五〇八円のところ、それを二一三万七、七七〇円少ない一、七三五万〇、七三八円と誤算したこと、

原告は、右誤算の結果、措置法二六条一項の規定を適用した方が有利と判断し、確定申告につき右規定を適用すると共に、自由診療等収入分の経費も、右誤算に基づき、実際より高い七五一万五、五五二円(正しくは五三七万七、七八二円)を計上したものであり、この経費計算は、社会保険診療報酬分経費の関係で原告に不利であつたものの、自由診療等収入分経費が実際より高くなつているため、全体として、実額経費を上回り、原告に有利な結果になつていたこと、

その後、原告は、前記のとおり、自由診療等収入金の計上洩れと雑収入金の削減とに基づき、差引き税額の増加を内容とする修正申告をすることになつた際、右割合計算の誤りに気付き、改めて、別紙六、計算(修正申告の際の社会保険診療報酬経費の算定)記載の算定をしたうえ、社会保険診療報酬分経費につき、収支計算の方が措置法二六条一項の規定による金額を上回るため、右規定を適用せず、実額経費による所得計算をして申告し、同時に、自由診療等収入分経費の誤りも是正したこと、

以上の各事実を認定することができる。

ところで、被告は、前記被告の主張の直接的な根拠として、措置法二六条の規定が、確定申告時の納税者の選択により、社会保険診療報酬の経費を同条所定の額とみなす趣旨であり、後日その計算方法の変更を予定した手続規定がないこと等を主張するが、右変更を予定した規定がないことは主張のとおりであるとしても、同条は、一項で右特例の経費額を定め、三項で「第一項の規定は、確定申告書に同項の規定により事業所得の金額を計算した旨の記載がない場合には適用しない。」というにとどまつているのであつて、その特例適用についての選択をさせる意味で、あえて「選択」という用語を用いるとか、納税者に特別な意思表示を求めるとかしているものではない、と考えられる。

そして、確定申告で措置法二六条一項の規定の適用を選択した場合、逆に、その後の修正申告で、右選択を変更し、収支計算の方法によることができない、旨の明文の定めがないことや、右規定が本来社会保険診療報酬に対する課税軽減のための特例であつて、前記三項の趣旨も、納税者が右特例措置をうけるための要件として、確定申告書に前記のような記載を求めていると解されること等を考慮するならば、右措置法の規定が、その特例措置の内容及び適用のための要件を定めたものである以上に、確定申告後いかなる場合も右選択の変更を認めない趣旨を含む、とするには疑問の余地がある。

次に、修正申告は、通則法一九条に基づき、先の納税申告書の税額に不足額があるとき等、同条所定の要件を充足する場合に認められているところ、

被告は、修正申告の際、課税標準ないし税額を実質的且つ一般的に減少、圧縮する効果をもつ計算式の変更をすることが、制度として予定されていない旨主張しており、修正申告制度が、納税者によつて税額を増加させる申告制度であることからすると、右のような税額を減少させる方向への計算式の変更が、少なくとも制度の通常の姿として予定されていないことは、疑いのないところであろう。

しかし、通則法一九条は、修正申告の要件として、右税額の不足等一定の事由を列挙しているのにとどまり、それ以上進んで、当初の申告で特定の計算式による課税標準等を算定した場合、修正申告でのその計算式の変更を除外事由に規定しているわけではなく、結論として、税額を増加させるものである限り、計算式の変更による算定過程で、経費の増額が計上されていても、修正申告の法定要件を欠くとまでは断定できず、また、特定の計算式による売上計上洩れとそれに伴う原価、経費等の計上洩れがペアでなされる申告と、収入の計上洩れを申告する機会に、必要経費の計算方法を変更して、経費を増加させる申告をすることとは、申告の内容に課税標準等を増減させる両方の要素を含む点では違いがなく、特に、後者のみを修正申告制度の範囲外であるという被告の主張も、決定的ではない。

しかるところ、修正申告は、申告納税制度の本旨に則り、先の申告税額等に不足があることを認め、税額等の増加を申告する意思がある納税者に対し、修正申告書の提出を認めて、更正処分と異なる取扱いをする制度であるから、これまで述べてきたところを総合すると、修正申告の機会に、経費算定方法で経費を増加させる方向への変更を伴つていても、先の申告時に不正があるとか、修正申告段階での計算方法の変更に不当な動機があるとかの事情がない場合、税額等が増加されるという要件を充足する限り、修正申告として是認しても、制度の趣旨に反するものではないと考えることができる。

しかして、前記認定のとおり、原告は、確定申告の際、実際の必要経費総額を自由診療等収入分と社会保険診療報酬分とに区分する計算を誤り、実際の金額より前者を高く、後者を低く算出して、後者につき高い措置法二六条一項の規定による経費を選択、計上したものであり、偶々、その後自由診療等収入の計上洩れと雑収入金の削減とにより、差引き税額の増加を内容とする本件修正申告をすることになつた際、右経費計算の誤りに気付き、社会保険診療報酬分経費につき、不利な右措置法の規定の適用を改め、実際の収支計算によると共に、自由診療等収入分経費についても、確定申告の誤りを是正しているのであるから、このような場合、右措置法の規定についての選択の変更を特に不相当とすべき理由はない、と認めるのが相当である。

被告は、納税申告が公法行為であつて、取消、撤回等に親しまないことや、措置法二六条が納税者に有利な特例措置であること、及び、右規定についての確定申告での選択の変更を認めることが、租税債権債務の確定をめぐる法的安定性を損うこと等も、前記被告の主張の根拠にしているところ、措置法二六条の規定が、納税者に殊更選択という特別な意思表示を求めているとまでは解し得ないこと、前記のとおりであり、修正申告という法定手続の機会に、右経費算定方法の選択を改めたからといつて、法律行為の取消、撤回等と同一に論ずる必要はないと考えられる。

また、措置法二六条が納税者のための特例措置であるとしても、具体的に、偶々選択に誤りがあつて、納税者に不利の場合、その変更を許さないことが、実際の所得以上の課税という不利益を及ぼすことは否めないところであり、租税債権債務の確定をめぐる法的安定性の問題についても、それが租税法律関係の要諦の一つであることはいうまでもないが、右選択の変更は、修正申告という法定された手続内のことであつて、直ちに右法的安定性を損うとはいえず、通則法二〇条によれば、修正申告の場合、税額を増加させる内容の申告は、既に確定した税額に係る部分の納税義務に影響を及ぼさない旨定められているところでもある。

更に、被告は、右選択の変更を認めることが、収入除外に係る簿外経費があつて、収支計算の方法に改める方が有利というようなケースで、確定申告での不正が発覚した納税者を逆に優遇する結果になることや、右選択の誤りが更正の請求の法定要件に該当しないにも拘らず、修正申告によつて、右更正の請求の要件を潜脱する結果を許すことになること、並びに、修正申告で右変更を認めることとした場合の更正処分における取扱いとの整合性、及び更正処分で右変更をすべき手続規定の欠缺等についても論及している。

しかし、原告の本件修正申告での右選択の変更が、収入除外に係る簿外経費が加わつたため、結果的に有利となる方に選択を改めた、というようなケースではなく、確定申告に収入の計上洩れがあつた事情については判然としないものの、当時の右経費算定方法の選択に不正があつたとか、修正申告での右選択の変更に不当な動機があるとかの事実関係も認められず、被告主張の不正な納税者を優遇する結果を招く場合に該当しないことは、前に説明したとおりである。

そして、右選択の変更と更正の請求の関係については、修正申告と更正の請求がそれぞれ別個の要件に基づく別々の制度であつて、修正申告で右選択を変更して、経費計算方法を改めることが、当然に更正の請求の要件を潜脱するものとはいえず、また、更正処分との関係についても、そもそも、納税者の納税申告と課税庁の更正処分とは、申告納税制度上それぞれ性格の異なる独立の制度とみるべきであり、申告について右選択の変更を許す場合でも、更正処分で同一の措置をとらなければならない必然性はないというべく、更正処分での制約を理由に、申告についての右選択の変更に消極の結論を導くのは困難である。

以上のとおり、本件の場合、社会保険診療報酬の経費につき、確定申告の際選択した措置法二六条の規定による算定を、修正申告の機会に収支計算の方法に是正することは妨げないと解せられるので、これが許されないことを前提とする本件更正処分等は違法であり、取消を免れない。

よつて、原告の本訴請求を認容し、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 田中貞和 山口毅彦 衣笠和彦)

別紙 <略>

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