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福岡地方裁判所 昭和58年(行ウ)8号 判決 1990年11月08日

原告 渡辺親雄

被告 博多税務署長

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が、昭和五五年三月八日付で、原告の昭和五一年分及び昭和五二年分の所得税についてした各更正及び各過少申告加算税賦課決定を取り消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は自動二輪車等の販売及び修理を業とする者である。

2  原告は、次のとおり、昭和五二年三月一四日に昭和五一年分の所得税の確定申告をし、昭和五三年三月一三日に昭和五二年分の所得税の確定申告をした。

昭和五一年分

所得金額                    一、九六〇、一五九円

税額                        一〇五、〇〇〇円

昭和五二年分

所得金額                    二、一二六、九七一円

税額                        一一七、六〇〇円

3  ところが、被告は、原告に対し、昭和五五年三月八日付で次のとおりそれぞれ更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分をなした。

昭和五一年分

所得金額                    七、五一四、九七一円

特別減税額一二、〇〇〇円控除前の納付すべき税額 一、二六九、〇〇〇円

同控除後の更正増税額              一、一六三、四〇〇円

過少申告加算税額                   五八、一〇〇円

昭和五二年分

所得金額                    六、四三六、九四七円

特別減税額一二、〇〇〇円控除前の納付すべき税額   九八〇、五〇〇円

同控除後の更正増税額                八八七、五〇〇円

過少申告加算税額                   四四、三〇〇円

4  原告は、被告の右各更正処分及び各過少申告加算税賦課決定処分について、昭和五五年五月六日被告に対し異議申立てをしたが、被告は、同年八月五日、これを棄却する旨の決定をした。

原告は同年九月五日国税不服審判所長に対し審査請求をしたところ、同所長は昭和五八年三月三一日これを棄却する旨の裁決をし、右裁決書は同年四月二八日原告に送達された。

5  本件各更正及び本件各過少申告加算税賦課決定は、国税通則法二四条及び所得税法一五六条所定の推計課税によってなされたものである。

6  しかしながら、推計課税による本件各更正は以下のとおり違法であり、また、本件各更正を前提としてなされた本件各過少申告加算税賦課決定処分も違法である。

(一) 国税通則法二四条違反

更正が適法であるためには、申告納税者が税務調査に関して資料の提出を拒むなど非協力的な場合に限られるところ、原告については右のような事実は存しないから、本件各更正は、国税通則法二四条の要件を欠き違法である。

(二) 所得税法一五六条違反

(1) 推計課税の必要性の要件の欠如

推計課税による更正が適法であるためには、実額を把握するに足りる帳簿書類が存在せず、かつ、納税者が調査に協力しない等の理由で実額を把握できない場合に限られるところ、原告は、実額を把握するに足りる帳簿書類を備え付けており、また、被告の税務調査に非協力的であったこともないから、本件各更正は、実額計算が可能であるにもかかわらず、安易に推計課税を行ったものであって違法である。

(2) 推計課税の合理性の欠如

本件各更正に際して被告が用いた推計方法は、原告の営業実態に適合した推計方法ではなく、不合理な推計方法であり、被告はかかる不合理な推計方法に基づき原告の所得金額を過大に評価しているから、本件各更正は推計の合理性を欠き違法である。

7  よって、本件各更正処分及び本件各過少申告加算税賦課決定処分の取消しを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし5の事実は認める。

2  同6の主張は争う。

三  被告の主張

1  国税通則法二四条について

国税通則法二四条は、納税申告書にかかる課税標準等または税額等が税務署長の調査したところと異なるときは、税務署長がその調査したところにより課税標準等または税額等を更生する旨規定しているのであって、税務署長は、納税者の調査に対する協力、非協力にかかわらず調査をし、納税申告書に記載された課税標準等または税額等がその調査したところと異なっていれば更正による課税処分を行うのである。

原告の主張するように調査に対する協力、非協力の相違により、調査の可否及びこれに基づく更正による課税処分の適法、違法が決せられるものではないから、これに反する原告の主張は失当である。

2  推計課税の必要性

(一) 推計課税の必要性の要件

実額課税とは、直接資料に基づいて所得金額を認定する方法であって、事業所得の金額は、その年中の総収入金額から必要経費を控除した金額であるから、事業所得の金額を実額によって認定するためには、すべての取引先からの総収入金額とこれに対応した必要経費のいずれもが直接資料によって明らかにされること、税務職員の質問に対する納税者の誠実な応答、説明が必要不可欠である。

これに対し、推計課税とは、直接資料を調査せずに、又はこれとは別個に、同業者の比率や純資産の増減の状況などの間接資料に基づいて所得金額を認定する方法であって、所得税法一五六条は「税務署長は、居住者にかかる所得税につき更正または決定をする場合には、その者の財産若しくは債務の増減の状況、収入若しくは支出の状況又は生産量、販売量その他の取扱量、従業員数その他事業の規模によりその者の各年分の各種所得の金額又は損失の金額(その者の提出した青色申告書に係る年分の不動産所得の金額、事業所得の金額及び山林所得の金額並びにこれらの金額の計算上生じた損失の金額を除く。)を推計して、これをすることができる。」と規定し、推計課税を認めるとともに、青色申告納税者に対して更正を行う場合には推計課税を行い得ない旨を定めている。

そして、推計課税は、一般に、<1>納税者が帳簿書類を備え付けておらず、収入・支出の状況を直接資料によって明らかにすることができない場合、<2>納税者が帳簿書類を備え付けてはいるが、誤記脱漏が多いとか、同業者に比して所得率等が低率であるとか、二重帳簿が作成されているなど、その内容が不正確で信頼性に乏しい場合、<3>納税者又はその取引関係者が調査に協力しないため直接資料が入手できない場合に行われている。

しかしながら、実額で所得が把握できない場合にのみ推計課税が許されるとの税法上の根拠はなく、いかなる場合に推計課税を選択するかは税務署長の裁量事項に属するのであるから、たとえ推計課税の必要性がなくとも、推計による課税額が客観的所得の範囲内にある限り、当該課税処分は適法である。

したがって、本件について、仮に本件各更正当時に実額計算が可能であったとしても、本件各更正が、推計の必要性の欠如を理由として違法となることはなく、これに反する原告の主張は失当である。

(二) 本件における推計課税の必要性

仮に推計課税の必要性が手続要件であるとしても、以下のとおり、原告は、被告の行う税務調査に非協力的であり、また、原告が備え付けていた帳簿書類は不完全でその記載内容も不正確なものであるから、被告は原告の所得金額の実額計算が不可能であった。したがって、本件には、推計課税の必要性が認められる。

(1) 税務調査に対する非協力的態度

被告係官は、昭和五四年八月上旬、税務調査のために原告方を訪問したが、当時、原告は営業を仮店舗に移した直後であったことから、原告が帳簿書類を提示することは困難であろうと判断した。

そこで、被告係官は、原告が帳簿書類を提示できる状態になるまで一か月以上の時間的猶予を置くなどの配慮をしたうえ、同年九月中旬に再度原告方を訪問し、その後も、同年一〇月、一一月上旬、一一月中旬、一一月下旬及び昭和五五年一月に原告方を訪問して、原告又は事業専従者である原告の妻に対し、調査に応じて帳簿書類等を提示し、申告内容について説明応答するように求めた。

しかるに、原告は、被告係官が訪問するたびに、被告係官に対し、帳簿書類は未整理であるとの回答を繰り返したり、調査理由を明らかにすること、調査に第三者の立会いを認めること、調査年分を限定すること等を要求し、これらの要求が受け入れられなければ調査に応じられないとして、帳簿書類を一切提示せず、非協力的な態度に終始していた。

被告係官は、昭和五四年一一月下旬の六回目の訪問の際、原告及び原告の妻に対し、同人らが帳簿書類を提示しない等の非協力的な態度をとって調査に応じないのであれば、取引先の反面調査を行わなければならない旨伝えたところ、原告は調査に応じるかどうかを近日中に連絡すると回答したので、被告係官は、原告からの連絡を待っていたが、二週間以上も連絡がなかったので、もはや調査に対する原告の協力は得られないものと判断して反面調査に着手した。

昭和五五年一月、被告係官が七回目の訪問を行った際、原告及び博多民主商工会(以下「民商」と略称する。)の事務局長である本田禎男(以下「本田」という。)らは、被告係官に対し、反面調査によって原告の事業の信用が失墜したので謝罪せよとの抗議を繰り返した。そこで、被告係官は、原告らに対し、反面調査を行わなければならなかった事情や反面調査は適法なものであることを説明し、調査に協力するように説得したが、原告らは、調査に応じる場合には二、三日中に連絡する旨述べたに止まり、しかも、以後何らの連絡もしなかった。

以上のとおり、被告係官は、前後七回にわたり原告方を訪問し、被告の税務調査に応じるように求めたにもかかわらず、原告は、帳簿書類を一切提示せず、調査理由の開示や第三者の立会等を要求し、要求を受け入れないかぎり調査に協力しないとの態度に終始しており、真摯に自己の納税義務の範囲を明らかにしようとしなかった。

そこで、被告係官は、原告の所得金額を帳簿書類に基づく計算で把握することができなかったので、やむなく原告の取引先等に対し、原告との取引の状況、取引額あるいは事業規模等の調査を行い、推計により原告の事業所得を算定した。

(2) 実額計算が可能な帳簿書類の不存在

所得税法に基づく事業所得につき、その所得金額を的確に把握するためには、納税者において収入支出を明確に記載し、取引の実態を正確に記帳した諸帳簿を整備保存することを要し、また、その正確性を担保するものとして、それぞれの記録を裏付ける納品書、請求書、領収書等が保存されていなければならない。

しかるに、以下のとおり、原告は右納品書、請求書、領収書等を保存しておらず、また、原告が備え付けていた帳簿書類の記載内容は不正確で信憑性に乏しく、実額計算が可能な資料とはいえないものであったから、被告としては、これを基に原告の所得金額を実額計算することは不可能であった。

<1> 原告は、売上金額を最も的確に計算するための資料である受注文書、請求書控及び領収書控のうち請求書控及び領収書控については破棄した旨申し立てた。また、受注文書については、一冊五〇枚綴りであるにもかかわらず、一冊当たり平均して六・五枚の欠落がある。さらに、受注文書の中には、売上価額の全部ないし一部の記載が欠落しているものや実際の売上価額よりも過少の価額が記載されているものがある。

<2> 原告は、昭和五一年分については、一、三二七、二八二円の、昭和五二年分については一、六一二、七七〇円の販売奨励金を受領して収入を得ていたが、これらを計上した帳簿等は存しなかった。

<3> 原告は、仕入帳を備え付けておらず、また、仕入金額の裏付けとなる納品書、請求書、領収書等も保管していない。

<4> 原告は、経費の裏付けとなる納品書、請求書、領収書等の書類を保管していない。

<5> 賃金台帳には、賃金の計算の根拠が明らかではなく、雇人が賃金を受領した事実を証明する受領印もない。また、賃金台帳に記載された金額と雇人が提出した所得税確定申告書、市・県民税確定申告書、原告発行の給与支払報告書に記載された金額には齟齬がある。

3  原告の事業所得金額の算出根拠

(一) 被告が本訴において主張する原告各年分の事業所得の金額は、昭和五一年分については七、六五八、六〇八円、昭和五二年分については九、一三八、八六三円であり、その内訳は別表(一)記載のとおりである。

(二) 別表(一)記載の各金額の算出根拠は以下のとおりである。

(1) 売上原価の額

被告は、原告の仕入取引先を反面調査して、各年分の仕入金額を把握し、その合計額をもって売上原価の額を認めた。その内訳は別表(二)記載のとおりであって、その合計額は、昭和五一年分については六六、二二〇、六一七円、昭和五二年分については八〇、八五二、〇二二円である。

(2) 売上金額

<1> 類似同業者の選定

被告は、原告と同じく福岡国税局管内(離島三島を除く。)に事業所を有する所得税の確定申告書の提出者の中から、a自動二輪車小売業及び自動車販売(小売)業を営んでいる個人であること(それぞれを専業としている者を含む。)、b青色申告書を提出していること、c昭和五三年分の売上金額が三五〇〇万円以上、一億四〇〇〇万円以下であること、d昭和五一年一月から昭和五三年一二月までの三年間を通じて事業を継続して営んでいること、e不服申立て又は訴訟継続中でないこと、以上の各条件のすべてに該当する者を抽出したところ、一二名が得られた。

次に、被告は、右一二名の中から、更に、a売上原価の額が、原告の売上原価の額の二倍以下、三分の一以上であること、b昭和五一年分及び昭和五二年分の売上金額が三五〇〇万円以上、一億四〇〇〇万円以下であること、c自動二輪車、自動車以外の業種を兼業している割合が少ないこと、以上の各条件のすべてに該当する四名(以下「類似同業者」という。)を最終的に選定した。

さらに、被告は、類似同業者四名の損益計算書に基づく各年分の平均的な売買差益率(売上金額に対する売買差益金額の割合)及び各年分の平均的な一般経費率(売上金額に対する一般経費の額の割合)を求めたところ、別表(三)記載のとおり、売買差益率については、昭和五一年分は二四・三パーセント、昭和五二年分は二二・七パーセントであること、一般経費率については、昭和五一年分は八・〇パーセント、昭和五二年分には七・四パーセントであることが判明した。

<2> 売上金額

前期(1)記載の原告の各年分の売上原価の額に前記<1>記載の各年分の売買差益率(昭和五一年分については二四・三パーセント、昭和五二年分については二二・七パーセント)を適用して(売上原価の額÷(一―平均的な売買差益率))売上金額を算出すると、その金額は、昭和五一年分については八七、四七七、六九七円、昭和五二年分については一〇四、五九五、一一二円となる。

(3) 一般経費の額

前記(1)記載の原告の各年分の売上原価の額に前記(2)<1>記載の各年分の一般経費率を乗じて一般経費の額を算出すると、その金額は、昭和五一年分については六、九九八、二一五円、昭和五二年分については七、七四〇、〇三八円となる。

(4) 特別経費の額

被告は、調査に基づき原告の特別経費の額を算出したところ、その金額は、昭和五一年分については六、二〇〇、二五七円、昭和五二年分については六、四六四、一八九円である。

なお、右特別経費の額の内訳は以下のとおりである。

<1> 雇人費

被告は、別表(四)記載のとおりの各年分の原告の従業員に対する支払実績額によって雇人費を算出したところ、その金額は、昭和五一年分については三、三二六、七七〇円、昭和五二年分については三、六一六、〇〇〇円である。

<2> 支払利息費

被告は、別表(五)記載のとおりの各年分の原告の金融機関に対する支払実績額によって支払利息費を算出したところ、その金額は、昭和五一年分については二、七六七、二八七円、昭和五二年分については二、七四一、九八九円である。

<3> 建物原価償却費

被告は、調査の結果、原告の工場及びショールームの取得価額をそれぞれ一、〇〇〇、〇〇〇円及び一、五〇〇、〇〇〇円と算出し、償却率を工場については〇・〇五五、ショールームについては〇・〇四二とする定額法をもって各年分とも右両資産の償却費の合計を一〇六、二〇〇円と認めた。

(5) 専従者控除額

被告は、原告の妻である渡辺紀代子が事業専従者に該当すると認めた。その控除額は、各年分とも四〇〇、〇〇〇円である。

(6) 事業所得の金額

各年分の事業所得の金額は、前記各年分の売上金額から各年分の売上原価の額、一般経費の額、特別経費の額及び専従者控除額を控除した金額であるから、別表(一)記載のとおり原告の各年分の事業所得の金額は、昭和五一年分については七、六五八、六〇八円、昭和五二年分については九、一三八、八六三円となり、本件各更正に係る事業所得の金額をいずれも上回ることになる。

よって、本件各更正は適法である。

4  推計の合理性

被告は、前記3(二)(2)<1>記載のとおりに類似同業者を選定し、売上金額と一般経費の額について推計課税を行ったものであるところ、被告の選定した類似同業者は、原告の業態、事業規模等において類似性があり、かつ、その抽出過程に被告の思惑や恣意が介在する余地がないことは明らかであるから、右類似同業者の売買差益率及び一般経費率を適用して原告の所得金額を推計することには合理性がある。

5  まとめ

(一) 本件各更正の適法性

以上のとおり、原告の各年分の事業所得の金額は、売上金額については、仕入金額(売上原価)を仕入取引先の調査によって把握し、これを基に類似同業者の平均的な売買差益率を適用して推計を行い、また、一般経費の額については、類似同業者の平均的な一般経費を適用して推計を行い、さらに、特別経費を額については、被告の調査したところによって計算したもので、各年分とも合理的な推計を基礎にして所得金額を算出したものであって、しかも、原告の各年分の事業所得の金額は、本件各更正に係る事業所得の金額を超えるから、本件各更正はいずれも適法である。

(二) 本件各決定の適法性

原告は本件各更正によって申告額のほかに新たに税額を納付すべきこととなったので、被告は右の増差額について国税通則法六五条一項に基づき一〇〇分の五の割合を乗じて求めた金額に相当する過少申告加算税を賦課したものである。したがって、本件各決定は適法である。

四  被告の主張に対する認否及び反論

1  被告の主張1(国税通則法二四条について)の主張は争う。

2  被告の主張2(推計課税の必要性)について

(一) 被告の主張2(一)(推計課税の必要性の要件)の主張については争う。

推計課税は、納税者の所得金額を間接資料(納税者の財産や債務の増減状況、収入や支出の状況、生産量、販売量その他の取扱量、従業員数その他の事業の規模等)によって認定する課税方法であり、いかに合理的な推計方法を用いようとも真実の所得との間には誤差が生じるものである。また、実額課税のための調査に比して、推計課税は比較的容易に実施できるため、実額課税が可能な場合でも、安易に推計課税が行われる危険性が存する。したがって、所得金額の算定に際しては、原則として実額課税によるべきであって、税の公平のためにやむをえない場合に限って、推計課税が許されるというべきである。

そして、推計課税が許される場合としては、<1>納税者が帳簿書類を備え付けておらず、必要な調査を尽くしても、伝票その他の直接資料によっては実額を把握することができない場合、<2>納税者が帳簿書類を備え付けてはいるが、誤記脱漏が多く、かつ、その誤記脱漏が故意になされているとか、補脱の意図を持って二重帳簿を作成しているなど、その帳簿書類に信用性がないことが明らかである場合、<3>適法な質問検査権の行使にもかかわらず、納税者又はその取引関係者が調査に協力せず、又は調査を拒否したため、直接資料を入手できない場合に限定されるべきである。

(二) 被告の主張2(二)(本件における推計課税の必要性)について

(1) 被告の主張2(一)(1)(税務調査に対する非協力的態度)について

以下の事実に照らせば、原告が被告の行う税務調査に非協力的であったということはできない。

<1> 調査に対する原告側の態度について

原告は、被告による調査を拒否するとの態度を示したことはなく、本田の立会を条件に調査に応じようとしていたものである。

本田が立会しなかった調査の際には、いずれも原告が被告係官と応対しているが、原告は調査を拒否したことはなく、自分一人で立会しなければならないことに困惑しているうちに、被告係官が調査を断念したものである。被告係官は、原告の会計について原告以上に精通している本田を立会させなければ、原告だけでは調査に対応できないことを知りながら、事前の連絡なしに調査に臨んだものであって、そのために調査ができなかったとしても、原告には責任はない。

本田が立会した調査の際には、調査理由の開示の問題(三回目の調査)、本田の立会の問題(五回目の調査)、それまでに行われていた反面調査の問題(七回目の調査)等を巡って、本田と被告係官との間で議論となった後、即座に被告係官が立ち去ったものであるが、これらの問題については、被告係官としても一定の配慮を払うべきであるから、原告や本田に非難されるべき点はなかったものである。

<2> 被告係官の対応について

本田が立会しなかった調査のうち、二回目、四回目及び六回目の調査については、被告係官は本田の立会を排除して調査を実施しようとしたものである。

本田が立会した調査の際には、本田と被告係官との間で前記の問題について議論となったが、被告係官は、調査理由の開示の問題については所得金額の確認とか事業規模からみて申告額が少ないと説明するのみで、原告が納得するに足りる説明をせず、また、本田の立会の問題については調査の守秘義務との関係で認められないと説明するのみであった。

(2) 被告の主張2(一)(2)(実額計算が可能な帳簿書類の不存在)について

原告は、受注文書、現金売上帳、売掛台帳、当座預金照合表、当座預金出納帳、請求書、領収書、納品書を備え付けていた。(なお、請求書、領収書、納品書については、点舗移転の際に誤って紛失した。)

右帳簿書類には、被告の主張するとおりの誤記・脱漏が存するが、これらは故意になされたものではなく、原告の過失に基づくものである。そして、右帳簿書類には、二重帳簿が作成されていたり、後に書き直された形跡がある等の原告に税の捕脱の意図があったことを窺わせるような事情は存しないのであるから、右帳簿書類には信用性があるというべきである。

3  被告の主張3(原告の事業所得金額の算出根拠)についての認否及び実額の主張

(一) 被告の主張3(一)の事実については、別表(一)中の項目<6>専従者控除額については認め、その余は否認する。

原告の各年分の事業所得の金額及びその内訳は、別表(六)記載のとおりである。

(二) 被告の主張3(二)(各金額の算出根拠について)

(1) 被告の主張3(二)(1)(売上原価の額)については、別表(二)記載のうち中古車仕入額の部分を否認し、その余の各仕入先からの仕入額については認める。

中古車仕入額については、別表(七)記載のとおりであるから、各年分の売上原価の額は、昭和五一年分については六七、五八四、八一七円、昭和五二年分については八四、二五〇、八二二円となる。

(2) 被告の主張3(二)(2)(売上金額)については否認する。

各年分の売上金額は、昭和五一年分については七六、六八九、四〇四円、昭和五二年分については一〇五、三四四、〇〇九円であり、その内訳は別表(八)記載のとおりである。

(3) 被告の主張3(二)(3)(一般経費の額)については否認する。

各年分の一般経費の額は、昭和五一年分については六、三二二、一四六円、昭和五二年分については一一、三四九、〇三五円であり、その内訳は別表(九)記載のとおりである。

なお、昭和五二年分については、二月、三月、七月及び一二月の四か月分の領収書が紛失しているため、同年の他の八か月分の雑費、公租公課、消耗品費、接待・交際費、福利厚生費、修繕費等の支出合計額二、〇五八、九八三円を八か月で除して一か月の平均経費額を算出し、これに領収書の紛失している四か月を乗じて、右四か月間の経費額を算出して、領収書紛失月数分経費とした。

(4) 被告の主張3(二)(4)(特別経費の額)について

特別経費の額は、昭和五一年分については七、五三五、三八四円、昭和五二年分については七、八七八、九六七円である。

<1> 被告の主張3(二)(4)<1>(雇人費)については、原告が従業員に支給した雇人費の合計額及び原告が渡辺礼治に支給した雇人費については否認し、その余の事実は認める。

原告が渡辺礼治に支給した雇人費は、昭和五一年分については二、一二一、〇〇〇円、昭和五二年分については二、三〇四、〇〇〇円であり、原告が従業員に支給した雇人費の合計額は、昭和五一年分については四、〇四七、五七〇円、昭和五二年分については四、五二〇、〇〇〇円である。

<2> 被告の主張3(二)(4)<2>(支払利息費)については、原告が福岡相互銀行雑餉隈支店、福岡信用金庫井尻支店及び筑紫農業協同組合日の出支店に対して支払った支払利息費については認める。

原告は、カワサキ九州株式会社(以下「カワサキ九州」という。)に対し、昭和五一年に一六三、七八七円、昭和五二年に六〇、二三八円の利息を支払っているので、原告の支払利息費の合計は、昭和五一年分については二、九三一、〇七四円、昭和五二年分については二、八〇二、二二七円である。

<3> 被告の主張3(二)(4)<3>(建物原価償却費)については否認する。

原告は、工場を一、八〇〇、〇〇〇円(耐用年数一八年、償却率〇・〇五五)で建築し、ショールームとして木造の長屋を購入し、その内部を二五〇、〇〇〇円(耐用年数一〇年、償却率〇・一〇〇)で内装工事を行い、その際、一〇馬力のクーラー(耐用年数一三年、償却率〇・〇七六)を設置した。また、営業用に自動車(耐用年数六年、償却率〇・一六六)を使用していた。

以上によると、各年分とも償却費の合計は、五五六、七四〇円である。

(5) 被告の主張3(二)(5)(専従者控除額)については認める。

(6) 被告の主張3(二)(6)(事業所得の金額)については否認する。

原告の事業所得の金額は、昭和五一年分については三、一五二、九四三円の赤字となり、昭和五二年分については一、四六五、一八五円となって、本件各更正に係る事業所得の金額をいずれも下回ることになる。

また、前記(一)のとおり、原告の事業所得の金額に営業外収益を加えた原告の最終所得についても、本件各更正に係る事業所得の金額をいずれも下回ることになる。

4  被告の主張4(推計の合理性)について

以下のとおり、被告の主張する類似同業者の選定は不合理である。

(一) 原告の営業内容及び原告の営業中に占める割合は、新車バイクの販売(五割前後)、中古バイクの販売(二割前後)、乗用車の販売及び修理用品の販売(両者を合わせて三割前後)である。

ところで、新車の販売と中古車の販売とでは、利益率が異なるから、これらの販売割合は、売買差益率に大きく影響し、同業者の類似性の判断に当たって不可欠の要素であるが、被告はこの割合を考慮せずに類似同業者を選定したものである。

また、自動車販売を専業としている者と自動二輪車販売を専業としている者とでは、売買差益率及び一般経費率に大きな差があるところ、類似同業者Aは自動二輪車販売を専業としている者であり、一方、類似同業者B、C、Dは自動車販売が営業の全部ないし三分の二以上を占める者であるから、これらの者と原告との間に類似性があるとはいえない。

(二) 売上原価が高額な者ほど売買差益率が低いものであるところ、被告は類似同業者の選定に際し、売上原価の上限を原告の二倍、下限を三分の一とする基準を用いているのであって、下限についての基準を不合理なほどに緩めている。

そして、被告の選定した類似同業者はいずれも原告の売上原価を下回っており、特に、類似同業者C、Dにおいては二分の一にも達していないのであるから、これらの類似同業者の売買差益率を平均して、原告に適用したのは不合理である。

(三) 同業者の類似性を判断するうえでは、店舗の規模、立地条件、従業員数等についても比較検討すべきところ、これがなされていない。

四  被告の再反論

1  原告の実額の主張について

(一) 前記二2(二)(2)のとおり、原告の備え付けていた帳簿書類の記載内容は不正確で、かつ、原告は売上金額や諸経費等の裏付けとなる納品書、請求書、領収書等を保管していなかったのであるから、原告の主張する実額は不正確である。

(二) 特別経費の実額の主張について

(一) 支払利息費について

原告とカワサキ九州の取引は、車両の仕入であり、その仕入代金の大部分は手形で決済されている。

ところで、一般に、車両販売業界においては、商慣習として、車両の仕入代金を手形で決済する場合には、手形支払期日までの金利相当額を車両仕入価額に加算して車両代金として当該代金を請求することとしており、カワサキ九州も同様の経理処理をしているものであるから、原告がカワサキ九州に支払ったと主張する利息相当額は、カワサキ九州の仕入金額に含まれて計上されているものであって、再度支払利息費として計上することはできないものである。

なお、仮に、右利息相当額を支払利息費に計上したとしても、原告の各年分の所得金額は、本件各更正にかかる事業所得の金額を超えるから、本件各更正はいずれも適法である。

(2) 原価償却費について

クーラー及び営業用の自動車は、一般経費科目に該当するものであり、特別経費として計上することはできない。

被告は、昭和四八年分所得税調査の際に原告が自認していた工場及びショールームの構造、用途、取得価格及び取得年月日等に基づいて、右各建物の減価償却費を算出したものであり、正当である。

また、右ショールームの耐用年数については、ショールームの内装工事にかかる支出は、所得税法施行令一八一条の規定する資本的支出に該当することから、同施行令二一七条の規定により、当該資本的支出を行った減価償却資産の取得価額に加算し、当該減価償却資産の耐用年数を適用して減価償却費の計算を行うものであり、かつ、右内装工事にかかる支出が減価償却資産に係る耐用年数等に関する省令の簡易建物に該当しないことも明らかであるから、右ショールームの耐用年数に関する原告の主張は失当である。

2  推計課税の合理性について

(一) 類似同業者の選定に際して考慮すべき要素

推計課税が許容されるのは、正確な帳簿書類の備付けがなく、また、当該納税義務者等による調査に対する協力も得られない場合であるから、課税庁において、当該納税義務者の個々的な具体的営業条件をすべて把握したうえで、これと同一の同業者だけを抽出して推計しなければならないとすれば、同業者率による推計課税を行うことは事実上ほどんど不可能であり、他に適当な推計方法の存しない場合には、課税自体が不可能となって、正確な帳簿書類を備付け、調査に協力する納税義務者との間の課税の公平にもとる結果を生じることになる。

したがって、所得の実額が把握できないために、同業者の平均値によって推計する場合には、当該同業者間に通常存在する程度の営業条件の差異は、平均値の中に吸収され、捨象されるものであって、業種の同一性、営業規模の類似性及び平均値算出過程の整合性等の推計の基礎的要件に欠けるところがない以上、営業条件の差異は、これが当該平均値による推計を根本的に不当とするほどに顕著なものでないかぎり、同業者の平均値によって推計することには合理性があるというべきである。

また、納税者の営む業種において、同業者が少ない場合には、営業形態や規模の細部にわたって類似性を要求することは困難であって、かかる場合には、ある程度の営業形態や規模の相違は許容されるものである。

(二) 本件についての検討

(1) 具体的営業条件の差異について

本件においては、原告には類似同業者の平均値による推計を根本的に不当とするほどに顕著な具体的営業条件の差異は認められず、また、被告は、類似同業者の抽出基準として、業種、事業場所、売上原価等による事業規模の各点について、原告との類似性を考慮しているのであるから、原告が主張するような新車と中古車の販売割合や兼業割合についてまで、原告と類似同業者との類似性を考慮する必要はないというべきである。

(2) 営業規模の差異について

まず、売上原価が高額となるほど売買差益率が低下するということはできず、また、本件の類似同業者についてみると、売上原価が高額な者ほど売買差益率は低下しているが、逆に、一般経費率も低下していることから、売上原価の多寡が直ちに所得金額の算定に影響するということはできない。

被告は、類似同業者の選定に際して、事業規模の類似性を考慮し、売上金額が三五〇〇万円以上一億四〇〇〇万円以下の要件と、原告の売上原価の額の三分の一以上二倍以下の要件を設定しており、右各要件は原告の事業規模と著しい差異があるとは認められないから、被告の選定した類似同業者は原告の事業規模と類似しているというべきである。

なお、同業者の平均値を算出するうえでは、同業者の個別性を平均化するに足りる数の同業者を抽出することが相当であって、特に、事業規模の大小が直ちに所得の算定に影響を及ぼさないと考えられる場合には、事業規模の要件を多少緩和しても収集の範囲を広げることが合理的である。

第三証拠<省略>

理由

一  請求原因1ないし5の事実はいずれも当事者間に争いがない。

そこで、本件各更正及び本件各過少申告加算税賦課決定の適法性について判断する。

二  国税通則法二四条違反の主張について

原告は、国税通則法二四条に基づき、更正が適法であるためには、申告納税者が税務調査に関して資料の提出を拒むなど非協力的な場合に限られると主張するが、同条は、納税申告書にかかる課税標準等または税額等が税務署長の調査したところと異なるときには、税務署長はその調査したところにより課税標準等または税額等を更正する旨を規定しているにすぎないのであって、それ以上に更正に必要な要件を定めてはおらず、税務署長の行う右調査の方法、要件について格別の定めをしているものでもないから、本件各更正が同条に反するとの原告の主張は理由がない。

三  推計の必要性について

1  所得税法一五六条は、税務署長は、所得金額等を推計して更正等をすることができる旨規定しているのみで、推計による場合の要件等を特に定めているものではないが、所得税法は、申告納税を原則とし、直接資料を用いて所得の実額を把握することを理想としていることはいわば自明というべきであり、推計の方法によって更正等の処分を行うことが許容される場合には自ずから限定があるものというべきである。そして、<1>納税者が帳簿書類を備え付けておらず、収入・支出の状況を直接資料によって明らかにすることができない、<2>納税者が帳簿書類を備え付けてはいるが、誤記脱漏が多いとか、同業者に比して所得率等が低率であるとか、二重帳簿が作成されているなど、その内容が不正確で信頼性に乏しい、<3>納税者又はその取引関係者が調査に協力しないため、直接資料が入手できない等の理由により税務署長が所得金額等の実額を把握しえない場合に、課税を放棄することは税の公平負担の観点から適当でないから、右のような場合には、例外的に、各種の間接的な資料を用いて所得を認定するいわゆる推計課税の方法を利用して課税することが許されるものというべきである。

なお、一般に推計課税という表現が用いられるが、実額課税と推計課税との異別二種類の課税処分があるわけではなく、いわゆる推計課税も、特別の課税手続ではなくて、課税標準認定の一態様にすぎず、更正等の課税処分は認定された課税標準に従って行われるものであるから、推計の必要性が更正等の課税処分の独立した手続要件(効力要件)であるということは必ずしも妥当でないが、前記の趣旨において、推計による推認方法を採用することを許容するための要件、すなわち、推計によって算出された金額が真実の金額である旨の事実上の推定を働かせる基礎事情となるものというべきであり、推計による所得あるいは収入、経費の認識を基に課税処分を維持しようとする限りにおいては、推計の必要性が認められない以上、推計の基礎を欠くことによって、推計による認定ができず、その結果、被告の主張する所得の証明がなされないことにより、課税処分が違法とされる関係にあるものであると解される(そして、また、推計による所得額と異なる実額が本証の程度に証明されて認定されれば、推計の必要性、合理性にかかわらず、課税の内容としては、実額によるべきである。)。

2  そこで、本件について、右推計の必要性の存否について、以下検討する。

(一)  まず、原告が備え付けていた帳簿書類には、被告の主張2(二)(2)において被告が主張するとおりの誤記・脱漏が存することについては、当事者間に争いがなく、右争いのない事実に成立に争いのない甲第八号証、第九号証の一ないし二五、第一〇号証の一ないし二九、乙第一ないし第四号証、第四〇号証、第四二号証、証人本田禎男の証言及び同証言により真正に成立したものと認められる甲第一号証の六の一ないし六、第二号証の六の一ないし四、第四号証の一ないし七、証人徳永三男の証言、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められ、証人本田禎男の証言及び原告本人尋問の結果のうち左の認定事実に反する部分は措信せず、他にこれを覆すに足りる証拠はない。

(1) 原告が備え付けていた帳簿書類について

<1> 原告は、受注文書、現金売上帳、売掛台帳、当座預金照合表、当座預金出納帳、請求書、領収書、納品書等の帳簿書類を備え付けていたものの、店舗移転に際して、右帳簿書類のうち納品書、請求書、領収書等を紛失した。

<2> 原告は、顧客から自動車やオートバイ等の購入・修理の注文を受けた場合には、その旨を受注文書に記載し、同人の妻がこれを売掛台帳に転記することとしていた。

ところで、受注文書は一冊当たり五〇枚綴りの冊子であるところ、原告の保管している受注文書の冊子には、一冊当たり平均して六・五枚の欠落があり、また、売上価額の全部ないし一部の記載が欠落しているものや実際の売上価額よりも過少の価額が記載されているものもある。

さらに、原告は、顧客に対し、請求書及び領収書を交付していたが、これらの書類の控は破棄されていて、現存しない。

<3> 原告は、昭和五一年分については一、三二七、二八二円の、昭和五二年分については一、六一二、七七〇円の販売奨励金を受領して、収入を得ていたが、これを帳簿書類に記帳していなかった。

<4> 原告は、自動車やオートバイ等の仕入に関して、仕入品目、数量、金額等を記載した記帳を備え付けていなかった。

また、原告は、仕入金額や経費の裏付けとなる納品書、請求書、領収書等も紛失しており、これから転記したとする経費明細表を有しているのみである。

<5> 原告は、従業員に支払った賃金を賃金台帳に記載していたが、右台帳には従業員名及び金額が記載されているのみで、賃金の計算の根拠は明らかではなく、また、従業員が賃金を受領した事実を証明する受領印もない。

なお、賃金台帳には、従業員が提出した所得税確定申告書、市・県民税確定申告書、原告発行の給与支払報告書に記載された金額よりも多額の賃金を支出した旨が記載された部分がある。

(2) 被告の調査に対する原告らの対応について

<1> 被告は、昭和五一年分、同五二年分及び同五三年分の所得税について原告が申告した所得金額が原告の事業規模からみて低調であると判断して、税務調査を開始した。

被告係官は、昭和五四年八月上旬、調査のために原告方を訪問したが、事前に連絡していなかったこともあって、原告は不在であり連絡をとることもできなかった。そこで、被告係官は、従業員に訪問の理由を説明し、原告の方から被告係官に連絡するように依頼して、帰署したが、原告は被告は被告係官に連絡しなかった。

被告係官は、同年八月中旬、原告方に架電したところ、電話に出た原告の妻は、調査については民商の本田を通じて進めてほしいと希望した。被告係官が本田に連絡したところ、本田は、当時同人が関与していた他の調査との間で日程を調整する必要があるから、すぐに原告に対する調査に関与することはできないと回答した。

<2> 被告係官は、同年九月中旬、原告方を訪問し、原告に対し、調査に来た旨を告げて帳簿書類の保存状況を尋ねたところ、原告は、帳簿にはあまり記帳しておらず、領収書等の書類は未整理の状態で、保存場所も定かでないと回答した。また、原告は、民商を通じて調査してほしいと希望した。そこで、被告係官は、原告に対し、帳簿書類等の整理ができたら連絡するように依頼して、帰署した。

<3> 同年一〇月、被告係官は、事前に本田との間で調査の期日を打ち合わせて、福岡市麦野所在の原告所有の倉庫に赴いた。その際、同所には原告、同人の妻及び本田が待機しており、本田が被告係官に調査理由の開示を求めたので、被告係官は、原告の事業規模からみて原告が申告した所得金額が低調である旨を告げた。また、本田が調査年分を昭和五三年分のみに限定するように求めると、被告係官は、調査年分を限定することはできないと回答した。そこで、本田は、原告と相談のうえで調査に応じるか否かを決定すると回答したので、被告係官は調査を断念して帰署した。なお、本田は、被告係官に対し、帳簿書類は未整理であると伝えた。

<4> 同年一一月上旬、被告係官は、前記倉庫に赴き、原告に対し、帳簿書類の状況、申告所得金額の計算の根拠を質問したところ、原告は、右の点については妻に任せているので、同人に尋ねる必要があるが、あいにく同人は不在であると回答した。そこで、被告係官は、原告に対し、次回を調査期日としたいから、準備ができたら連絡するようにと告げて帰署した。

<5> その後、原告からの連絡はなかったものの、本田から被告係官に対して連絡があったので、被告係官は本田との間で次回の調査期日を決め、同月中旬前記倉庫に赴いた。その際、同所には原告、本田及び民商副会長の久保井が待機していた。本田らは、被告係官に対し、調査理由を具体的に開示せよと要求したが、被告係官はこれを拒否した。また、被告係官は、本田らの立会のもとでは、守秘義務の関係で調査ができない旨を告げたところ、本田らは立会を要求し、両者の間で議論となったので、被告係官は、次回期日は決めることなく、調査を断念して帰署した。

<6> 同月下旬、被告係官は、事前に連絡することなく、原告方に赴き、原告及び原告の妻に対し、同人らが帳簿書類を提示しない等の非協力的な態度をとって調査に応じないのであれば、取引先に対する反面調査を行わなければならない旨伝えたところ、原告は調査に応じるかどうかを近日中に連絡すると回答した。そこで、被告係官は、原告からの連絡を待っていたが、二週間以上も連絡がなかったので、もはや調査に対する原告の協力は得られないものと判断して反面調査に着手した。

<7> その後、民商から右反面調査に対する抗議がなされ、また、原告も調査に協力するということで、被告係官がもう一度調査に派遣されることとなった。

被告係官は、昭和五五年一月、調査のために原告方に赴いたところ、原告及び本田は、被告係官に対し、反面調査によって原告の事業の信用が失墜したので謝罪せよとの抗議を繰り返し、また、本田を立会させること、調査理由を開示すること、調査年分を限定すること等を要求した。そこで、被告係官は、同人らに対し、反面調査を行わなければならなかった事情や反面調査は適法なものであることを説明し、調査に協力するように説得したところ、同人らは、調査に応じる場合には二、三日中に連絡すると述べた。しかし、以後、原告らからは何らの連絡もなかった。

(二)  右認定の事実によれば、<1>原告が備え付けていた帳簿書類は不完全なものであり、その記載内容も不正確で信憑性に乏しいから、これらの帳簿書類に基づいて実額計算を行うことは困難であるというべきであり、また、<2>被告係官の長期かつ多数回にわたる調査に対して、原告らは非協力的な態度を示し続けたというべきであるから、これらの事実に照らせば、本件においては推計の必要性が存在したと解するのが相当である。

四  所得金額について

証人徳永三男、同坂田嘉一の各証言及び弁論の全趣旨によれば、以上のとおり、原告の所得税の課税の基礎となる原告の事業所得金額を直接資料により実額を把握しえないことから、被告は、仕入取引先の調査により原告の仕入金額を把握し、これを基礎に、類似同業者の平均的な売上差益率を適用して売上金額を推計し、更に類似同業者の平均的経費率により一般経費額を推計する方法により所得金額を算定したことが認められる。そこで、以下その所得金額算定の過程を順次検討する。

1  売上原価の額について

別表(二)記載の各仕入金額のうち、中古車仕入額の部分を除いた各仕入先からの仕入金額については、当事者間に争いがない。

右争いのない事実と、証人坂田嘉一の証言及び同証言により真正に成立したものと認められる乙第三四、第三五号証によれば、被告の行った仕入先に対する反面調査(ただし、中古車仕入額については原告提出の受注文書等により算出したもの)の結果により算出した原告の仕入金額は、別表(二)記載のとおりであることが認められる。

原告は、右仕入額のうち、中古車仕入額として別表(七)記載の金額を主張し、証人本田禎男の証言及び同証言により真正に成立したものと認められる甲第一号証の二、三、第二号証の四、五中には、右主張に沿う部分も存するが、前記三2(一)(1)において認定したところの原告の備え付けていた帳簿書類の記載内容及び保管状況に照らして、右各証拠はたやすく信用できず、他に前記認定を覆すに足りる証拠はない。

以上によれば、原告の各年分の売上原価額は、昭和五一年分は六六、二二〇、六一七円、昭和五二年分は八〇、八五二、〇二二円であると認められる。

2  売上金額及び一般経費の額について

(一)  類似同業者の選定について

(1) 証人坂田嘉一の証言及び同証言により真正に成立したものと認められる乙第五、第六号証、第七号証の一ないし四、第八号証の一ないし四、第九号証、第一〇号証の一ないし四、第一一、第一二号証、第一三号証の一ないし四、第一四号証の一、二、第一五号証の一ないし四、第一六ないし第一八号証、第一九号証の一、二、第二〇号証の一、二、第二一号証、第二二号証の一ないし三、第二三号証、第二四号証の一ないし四、第二五号証、第二六号証の一ないし四、第二七、第二八号証、第二九号証の一ないし四、第三〇号証の一ないし四、第三一号証、第三二号証の一、二、第三三号証の一ないし三によれば、被告は、原告と類似する同業者の選定に当たり、<1>原告と同じく福岡国税局管内(離島三島を除く。)に事業所を有する所得税の確定申告書の提出者であり、かつ、青色申告書を提出していること、<2>自動車及びオートバイの小売業を営む個人であり(それぞれを専業としている者を含む。)、かつ、その他の業種を兼業している割合が少ないこと、<3>昭和五一年分、昭和五二年分及び昭和五三年分の売上金額が三五〇〇万円以上、一億四〇〇〇万円以下であること、<4>売上原価の額が、原告の売上原価の額の二倍以下、三分の一以上であること、<5>昭和五一年一月から昭和五三年一二月までの三年間を通じて事業を継続して営んでいること、以上の各条件のすべてに該当する四名を類似同業者として選定したものであることが認められる。

(2) また、右選定した類似同業者四名の売上金額、売上原価、売買差益金額、一般経費の額に基づいて、売買差益率及び一般経費率を算出し、これを平均して、平均的な売買差益率及び一般経費率を算出すると、別表(三)記載のとおり、売買差益率については、昭和五一年分は二四・三パーセント、昭和五十二年分は二二・七パーセントとなり、一般経費率については、昭和五十一年分は八・〇パーセント、昭和五二年分は七・四パーセントになることが認められる。

(3) 右類似同業者選定の合理性について、原告は、被告の選定した類似同業者の中には、営業の規模(売上原価の多少)やその内容(自動車と自動二輪車及び新車と中古車の各販売割合)の点について、原告のそれとの間で隔たりのあるものが存するから、これらの類似同業者を含めた比率によって原告の売上金額及び一般経費の額を算出することは合理的でないと主張する。

しかし、前記三1記載のとおり、推計課税が行われるのは、正確な帳簿書類の備付けがなく、また、当該納税義務者等による調査に対する協力も得られない場合であるから、かかる場合において、課税庁として、当該納税義務者の個々的な具体的営業条件をすべて把握したうえで、これと同一の同業者だけを抽出したうえで各種の比率を算出し、これを基に当該納税義務者の所得金額を推計しなければならないとすれば、当該納税義務者の営む業種における同業者が少ない場合には、営業形態や規模の細部にわたって類似性を要求することが困難である以上、同業者率による推計を行うことができなくなり、他に適当な推計方法も存しない場合には、課税自体が不可能となって、正確な帳簿書類を備付け、調査に協力する納税義務者との間の課税の公平にもとる結果を生じることになる。

したがって、所得の実額が把握できないために、同業者の平均値によって算出した同業者率に基づいて当該納税義務者の所得金額を推計する場合には、同業者間に通常存在する程度の営業条件の差異は、右平均値の中に吸収され、捨象されるものとして扱い、業種の同一性、営業規模の類似性、同業者率算出過程の整合性等の推計の基礎的要件に欠けるところがない以上、営業条件の差異が同業者率による推計を根本的に不当とするほどに顕著なものでないかぎり、同業者率に基づいて当該納税義務者の所得金額を推計することには合理性があるというべきである。

そこで、本件について検討するに、前記(1)において認定したところによれば、被告は、<1>原告と同じく福岡国税局管内(離島三島を除く。)に事業所を有する所得税の確定申告書の提出者であり、かつ、青色申告書を提出していること、<2>自動車及びオートバイの小売業を営む個人であり(それぞれを専業としている者を含む。)、かつ、その他の業種を兼業している割合が少ないこと、<3>昭和五一年分、昭和五二年分及び昭和五三年分の売上金額が三五〇〇万円以上、一億四〇〇〇万円以下であること、<4>売上原価の額が、原告の売上原価の額の二倍以下、三分の一以上であること、<5>昭和五一年一月から昭和五三年一二月までの三年間を通じて事業を継続して営んでいること、以上の各条件のすべてに該当する四名を類似同業者として選定したものであるところ、右類似同業者は、原告の業態、事業規模等において類似性があり、かつ、その抽出過程に被告の思惑や恣意が介在する余地がないことは明らかであるから、右類似同業者の売買差益率及び一般経費率を適用して原告の所得金額を推計することには合理性があるというべきである。本件全証拠に照らしても、原告には右の同業者率による推計を根本的に不当とするほどに顕著な具体的営業条件の差異は認められず、前記類似同業者の選定について、原告の主張するような不合理を認めることはできない。

また、原告は、店舗の規模、立地条件、従業員数等についても比較検討して、類似同業者を選定すべきであると主張するが、前記のとおり、本件においては、類似同業者の選定について一応合理性を認めることができるのであるから、被告としては、前記の各条件の外に更に原告の主張するような要素についてまでも検討すべき必要があったということはできない。

(二)  売上金額の算定

前記1記載の原告の各年分の売上原価の額に前記(一)(2)記載の各年分の売買差益率(昭和五一年分については二四・三パーセント、昭和五二年分については二二・七パーセント)を適用して(売上原価の額÷(一―平均的な売買差益率))、売上金額を算出すると、その金額は、昭和五一年分については八七、四七七、六九七円、昭和五二年分については一〇四、五九五、一一二円となる。

なお、原告は、その帳簿書類により右認定とは異なる売上金額を主張しているが、前記三2(一)(1)認定の原告の帳簿書類の備付け状況及び帳簿書類の記載内容に照らせば、これによって原告の主張する売上金額を算定することは相当でないといわざるを得ず、他に売上金額について推計と異なり実額は原告主張額を超えないものと認定するに足りる証拠はない。

(三)  一般経費の額の算定

前記1記載の原告の各年分の売上原価の額に前記(一)(2)記載の各年分の一般経費率を乗じて、一般経費の額を算出すると、その金額は、昭和五一年分については六、九九八、二一五円、昭和五二年分については七、七四〇、〇三八円となる。

なお、原告は、右認定とは異なる一般経費の額を主張しているが、これについても、同様に、前記三2(一)(1)認定の原告の帳簿書類の備付け状況及び帳簿書類の記載内容からすれば、右帳簿書類によって原告の主張する一般経費の額を算定することは相当でなく、他に一般経費について推計と異なり実額は原告主張額未満のものではないと認めるに足りる証拠はない。

3  特別経費の額について

(一)  雇人費について

原告がその従業員らに支給した雇人費については、別表(四)のうち、渡辺礼治に関する部分を除き、当事者間に争いがない。

成立に争いのない乙第四〇号証及び証人坂田嘉一の証言によれば、原告が渡辺礼治に対して支給した雇人費は、昭和五一年分及び昭和五二年分とも一、四〇〇、〇〇〇円であることが認められ、証人本田禎男の証言及び同証言により真正に成立したものと認められる甲第四号証の一ないし七、証人淀川三郎の証言、原告本人尋問の結果のうち右認定に反する部分は採用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

よって、原告がその従業員らに支給した雇人費の合計額は、昭和五一年分については三、三二六、七七〇円、昭和五二年分については三、六一六、〇〇〇円となる。

(二)  支払利息費について

原告が支払った支払利息費に関しては、原告が別表(五)記載のとおり、昭和五一年は合計二七六万七二八七円、昭和五二年は合計二七四万一九八九円をそれぞれ各金融機関に対して利息として支払ったことは、当事者間に争いがない。そして、成立に争いのない甲第五号証、証人淀川三郎、同本田禎男の各証言、原告本人尋問の結果によれば、原告は、カワサキ九州に対し、昭和五一年に一六三、七八七円、昭和五二年に六〇、二三八円の利息を支払っていることが認められる。

よって、原告の支払利息費の合計は、昭和五一年分は二、九三一、〇七四円、昭和五二年分は二、八〇二、二二七円となる。

(三)  建物原価償却費について

成立に争いのない甲第一一号証、乙第三八号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第三七号証、証人坂田嘉一の証言によれば、原告の工場については、取得価額は一、〇〇〇、〇〇〇円、償却の基礎となる金額は九〇〇、〇〇〇円、耐用年数は二〇年、償却率は〇・〇五五であるから、償却額は四九、五〇〇円となること、また、原告のショールームについては、取得価額は一、五〇〇、〇〇〇円、償却の基礎となる金額は一、三五〇、〇〇〇円、耐用年数は二四年、償却率は〇・〇四二であるから、償却額は五六、七〇〇円となることが認められ、証人本田禎男の証言及び原告本人尋問の結果のうち右認定に反する部分は採用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

また、原告は、クーラー及び営業用の自動車についても、原価償却費として特別経費の対象となると主張するが、これは、いずれも一般経費に該当するものであって、特別経費として計上することはできないから、これに反する原告の右主張は失当である。

よって、原告の建物原価償却費は、各年分とも前記両資産の償却費の合計一〇六、二〇〇円となる。

(四)  以上により、特別経費の額は、昭和五一年分については六、三六四、〇四四円、昭和五二年分については六、五二四、四二七円となる。

4  専従者控除額について

専従者控除額については、各年分とも四〇〇、〇〇〇円であることについては、当事者間に争いがない。

5  事業所得の金額について

原告の各年分の事業所得の金額は、前記各年分の売上金額から各年分の売上原価の額、一般経費の額、特別経費の額及び専従者控除額を控除した金額であるから、別表(一〇)記載のとおり、昭和五一年分については七、四九四、八二一円、昭和五二年分については九、〇七八、六二五円となる。

よって、原告の昭和五一年分及び昭和五二年分の事業所得金額は、いずれも本件各更正における認定額を超えるから、その範囲内でなされた本件各更正には原告の所得を過大に認定した違法はない。

6  以上によれば、本件各更正による税額は、前記認定の所得金額を基礎に算定した税額を超えないことは明らかであるから、右各更正処分はいずれも適法である。

五  本件各過少申告加算税賦課決定について

前記のとおり、本件各更正処分はいずれも適法であり、右更正によって原告が新たに納付すべきこととなった税額(昭和五一年分については八八七、五〇〇円、昭和五二年分については一、一六三、四〇〇円)について、国税通則法六五条一項に基づき、一〇〇分の五の割合を乗じて、原告が納付すべき過少申告加算税を算出すると、その額は、昭和五一年分については四四、三〇〇円、昭和五二年分については五八、一〇〇円となるから、本件各過少申告加算税賦課決定はいずれも適法である。

六  結論

以上のとおり、被告のなした本件各更正処分及び本件各過少申告加算税賦課決定はいずれも適法であり、その取消しを求める原告の請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 綱脇和久 川神裕 松藤和博)

別表<省略>

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