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福岡地方裁判所 昭和59年(ワ)1464号 判決 1986年5月16日

原告

重松美智子

右訴訟代理人弁護士

津田聰夫

被告

大谷脩

右訴訟代理人弁護士

竹中一太郎

主文

一  被告は、原告に対し、金三八一万円及びこれに対する昭和五九年九月一四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は、一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文と同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和五九年二月二八日、訴外有限会社小田部建設(以下「小田部建設」という。)との間で、別紙物件目録(二)記載の土地(以下「本件土地」という。)を、代金四八一万円、うち手付金として一〇〇万円を同日支払い、残代金三八一万円は昭和五九年三月五日、本件土地所有権移転登記手続と引換えに支払う旨の売買契約を締結し、右売買契約締結日に手付金一〇〇万円を支払つた。

2  原告は、昭和五九年三月五日、司法書士である被告に対し、本件土地について、原告へ所有権移転登記手続をすることを委託し、被告事務所事務員訴外石田弘(以下「石田」という。)に対し、本件土地所有権移転登記手続に必要な委任状を交付するとともに、本件土地が分筆手続中であつたため、概算による登記手続費用を支払い、被告との間で右登記手続につき委任契約を締結した。

3  原告は、右同日、被告に対し、右のとおり本件土地の所有権移転登記手続を委託したのち、被告事務所において、小田部建設に対し、本件土地の残代金三八一万円を支払つた。

4  しかるに、小田部建設は、昭和五九年三月二七日、本件土地を含む別紙物件目録(一)記載の土地(以下「旧二五三番七七の土地」という。)について、訴外株式会社三島商事(以下「三島商事」という。)に対し、所有権移転登記手続をなした。

5  以上の次第で、原告は、本件土地所有権を取得することができなくなつたのみならず、小田部建設は無資力となり同会社から右売買代金の返済を受けることもできなくなつた。

6(一)  原告が、被告事務所において、小田部建設に対し、本件土地の残代金三八一万円を支払つたのは、被告が本件土地についての所有権移転登記手続を受託したため、同登記手続が確実になされるものと信じたためである。

司法書士である被告としては、登記手続を受任する際には、委任者に対し、受任内容につき説明を尽す注意義務があり、また、被告事務所事務員に対してもそのように業務を行なうように監督すべき注意義務があつた。すなわち、原告が右登記手続を委任した際、売主側の必要書類が揃つておらず、そのままでは登記手続の履行が不可能な状態であつたのであるから、その旨原告に説明する注意義務があつた。

しかるに、被告は、原告から右登記手続を受任した際、右事情を全く原告に説明することなく、かえつて、事務員石田は、登記がいつ終るかとの原告の問に対し、「一週間か一〇日後に終る。」と答え、原告に対し、右登記手続が確実にできるものと信じさせ、原告は、これにより残代金三八一万円を小田部建設に支払い、同額の損害を被つた。

(二)  被告は、原告から、本件土地の所有権移転登記手続を受任していた(少なくとも、売主側の必要書類が揃うという条件付で)のであるから、原告のため右登記手続をすべき義務があつたにもかかわらず、旧二五三番七七の土地につき三島商事への所有権移転登記手続を受任して、これを履行し、原告からの右受任義務に違反して、その履行を確定的に不能にし、かつ、原告が小田部建設に支払つた本件土地の代金の返済も不能となつた。そして、原告は、これにより少なくとも前記残代金三八一万円相当の損害を被つた。

7  よつて、原告は、被告に対し、債務不履行に基づく損害賠償として、三八一万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五九年九月一四日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は知らない。

2  同2の事実のうち、被告が司法書士であること及び昭和五九年三月五日、被告事務所の事務員である石田が原告から原告主張の委任状及び概算による登記手続費用を受領したことは認め、その余は否認する。

但し、石田が、原告から委任状及び概算による登記手続費用を受領したのは、原告から登記手続の委任を受けたためではなく、売主側の必要書類が揃い、登記可能となるまで預つてもらいたい旨の申出に基づき、預つたものである。

3  同3の事実は知らない。

4  同4の事実は認める。

5  同5の事実は争う。

6  同6について

(一) 同(一)の事実はすべて否認する。

原告は、本件土地が少なくとも分筆中(実際は未だ分筆手続の着手すらなされていなかつた)であり、分筆手続が終らなければ移転登記手続ができないことを知つていたうえで残代金を支払つたのであるから、その責任は原告自身にある。

(二) 同(二)の事実のうち、被告が旧二五三番七七の土地について三島商事への所有権移転登記手続をしたことは認め、その余は争う。

なお、被告が旧二五三番七七土地について三島商事への所有権移転登記手続をしたのは、三島商事ら関係者が、「右登記手続を行なつた後、本件土地の分筆登記をなし、その後に原告に所有権移転登記手続を行なう。」と述べていたためである。

そして、三島商事への右所有権移転登記は、右のとおり原告に対する所有権移転登記のための経過の流れの一部分であり、これによつて原告の損害が生じたものではない。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1について

<証拠>によれば、請求原因1の事実を認めることができ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

二請求原因2について

請求原因2のうち、原告が、昭和五九年三月五日、司法書士である被告事務所の事務員である石田に対し、本件土地について所有権移転登記手続に必要な原告の委任状を交付するとともに、概算による登記手続費用を支払つたことは当事者間に争いがない。

そして、右当事者間に争いがない事実に<証拠>を総合すれば以下の事実が認められる。すなわち

1  昭和五九年三月五日当時、本件土地は旧二五三番七七の土地の一部であつて、分筆登記はされておらず、その所有者は訴外伊藤貫一(以下「伊藤」という。)であつた。

2  原告(但し、実際に行為を行なつたのは、原告の使者である訴外重松富美子であるが、以下便宜上単に「原告」と表示する。)は、昭和五九年三月五日、小田部建設の従業員である訴外江藤信之(以下「江藤」という。)らとともに、被告に対し本件土地の移転登記手続を委任するため被告事務所を訪れ、石田に対し、同移転登記手続の委任を申し入れた。

3  しかし、前記のとおり本件土地について未だ分筆登記がされておらず、かつ、江藤において売主として所有権移転登記に必要な権利証、印鑑登録証明書等の書類を持参していなかつたため、直ちに本件土地についての所有権移転登記手続をなすことはできない状態であつた。

4  そこで、石田は、本件土地につき分筆登記がなされ、かつ、原告に対する所有権移転登記手続をなすために必要な売主側の書類が提出されたときには右移転登記をしようと考え、原告に対し、被告事務所保管の委任状の用紙を渡し、同所で原告が署名し作成された委任状を原告の住民票とともに受領した。更に、石田は、同移転登記手続に要する費用は、司法書士の手数料も含めて五万円あれば十分であると考え、原告から概算ということで五万円を受領した。

以上認定した事実を総合すれば、原告と被告との間で、本件土地について分筆登記がなされ、かつ、売主側の必要な書類が提出されるということを停止条件とする右移転登記手続の委任契約が締結されたと推認することができる。

もつとも、証人石田弘の証言及び被告本人の供述中には、石田は、原告から右委任状、住民票及び移転登記手続費用五万円を預かつただけであつて、委任契約は締結していないとの供述部分があるが、前記当事者間に争いのない事実及び前掲各証拠に照らし、右各供述部分は措信できない。

三請求原因3について

<証拠>によれば、請求原因3の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。

四請求原因4について

請求原因4の事実については当事者間に争いがない。

五請求原因5について

証人重松富美子の証言及び弁論の全趣旨によれば、請求原因5の事実が認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

六請求原因6の(一)について

1  原告の主張は、要するに、原告が被告に対し本件土地の所有権移転登記手続を委任した際、売主側の必要書類が揃つておらず、そのままでは同登記手続の履行が不可能な状態にあつたのであるから、被告は原告にその旨説明すべき義務があつたにもかかわらず、これを怠り、かえつて、石田を介して、原告に対し、「登記手続は一週間か一〇日後に終る。」旨告げて、同登記手続が確実にできるものと信じさせ、そのため、原告は、本件土地の残代金三八一万円を小田部建設に支払い、同額の損害を被つた、というものである。

2  そこでまず、被告において、原告に対し、そのままでは右所有権移転登記手続の履行が不可能な状態であつたことを説明する義務があつたか否かについて検討する。

思うに、一般に、不動産売買契約の買主が司法書士に対して登記手続の委託をした場合、その買主は、委託した登記手続が支障なく行なわれ、第三者にも対抗しうる完全な所有権を取得できると期待し、他方、登記手続の委託を受けることを業とする司法書士としても、そのことを十分に認識しているものということができる。

しかしながら、本件においては、前記認定のとおり、本件土地は右委任契約締結時には未だ分筆登記すらなされておらず、その所有権は伊藤にあつた(前記<証拠>によれば、登記簿上も所有者は右伊藤であると表示されている。)ために直ちに移転登記を履行することは不可能な状態にあり、したがつて、原告と被告との間の委任契約は、本件土地につき分筆登記がなされ、かつ、売主の必要な書類が提出されることを停止条件とする委任契約であつた。

したがつて、かかる場合には、右移転登記手続の委任を受けた被告ないしその事務員石田としては、原告において当然そのままでは同移転登記ができないことを知つていると考えるのが自然であり、あえて原告にそのままでは移転登記手続ができない旨説明する義務があつたということはできない。

3  次に、前記原告主張のうち、被告が石田を介して、原告に対し、「登記手続は一週間か一〇日後に終る。」旨告げて、同登記手続が確実にできるものと信じさせた、との点について検討する。

なるほど、証人重松富美子及び同柴田美智の各証言中には、石田が原告に対し「登記手続は一週間か一〇日後に終る。」旨話したとの証言部分がある。

しかしながら、前記認定のとおり、右委任契約締結時、本件土地の分筆登記がなされておらず、売主の必要書類もなかつたので、委任契約も、本件土地につき分筆登記がなされ、かつ、売主の必要な書類が提出されることを停止条件とするものであつたので、石田において、無条件に、「登記手続が一週間か一〇日後に終る。」と述べたとは考えられず、仮りに石田が右のとおり述べたとしても、それは全体の会話の一部としてであつて、その全体を理解すれば、原告においても、その趣旨が右各条件が成就した場合のことであることは容易に理解できたはずである。

したがつて、仮りに原告が石田の右言葉をもつて、登記手続が確実にできるものと信じたとしても、そのことについて被告に責任があるとはいえない。

4  もつとも、<証拠>によれば、原告が小田部建設に支払つた本件土地の残代金三八一万円の領収書は、被告事務所備え付けのチェックライターを使用して作成されたことが認められ、この事実からすると、少なくともチェックライターの使用を許した被告事務所の事務員は、右同日、被告事務所において、原告から小田部建設に右残代金の支払があつたことを知つていたものと推認できる。

しかしながら、売買代金をいつ支払うかは売買契約当事者の意思によるものであつて、被告ないし被告事務所事務員においてその支払をしないよう勧告するなどしてこれに関与すべき義務があるとはいえず、前に認定した委任契約の内容及びそれに至つた経緯からすると、被告において代金授受があつたことを知つていたとしても、そのことによつて被告の説明義務が加重されるものでもない。

5  よつて、請求原因6の(一)の主張は採用できない。

七請求原因6の(二)について

<証拠>を総合すれば、次の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。すなわち、

1  昭和五九年三月一九日、被告事務所に旧二五三番七七の土地の所有者である伊藤、小田部建設の従業員である江藤及び三島商事が集まり、被告立会のもとで、これらの者の間で、次のとおりの約定がなされた。

(一)  小田部建設は、三島商事から金銭を借り受け、この借受金で伊藤から旧二五三番七七の土地を買い受け、右借受金を被担保債権として同土地を三島商事に譲渡担保として提供する。但し、登記は中間省略して伊藤から直接三島商事に所有権移転登記をする。

(二)  小田部建設から三島商事に対し右借受金の弁済があつたときは、三島商事において分筆登記をしたうえ、三島商事から、中間省略して直接小田部建設からの買主(本件土地については原告)に所有権移転登記をする。

2  そして、右同日、被告は、伊藤、小田部建設及び三島商事から旧二五三番七七の土地について三島商事に対する所有権移転登記手続の委任を受けた。そして、被告は、右1記載の約定により、将来三島商事において本件土地を分筆したうえ、同会社から原告に対し所有権移転登記がなされるものと信じて、右三島商事に対する所有権移転登記手続をした(但し、右事実中、被告が三島商事への所有権移転登記手続をしたことについては、当事者間に争いがない。)。

但し、被告は、右登記手続をする際、原告に対し、右三島商事へ所有権移転登記をすることについて、何ら通知をしなかつた。

3  しかしながら、小田部建設は、三島商事に対し右借受金を弁済することができず、結局、原告は本件土地の所有権移転登記を受けることができなかつた。

ところで、被告は、登記手続に関する専門家の司法書士であるから、小田部建設が三島商事に対し右借受金の弁済ができないときには、原告において本件土地についての所有権移転登記を受けることができなくなることは容易に予想することができたはずである。そして、被告は、前記認定のとおり、停止条件付であるとはいえ原告との間で本件土地の所有権移転登記手続について委任契約を締結し、しかも、原告から手数料も含めた登記手続費用を受けとつていた。

右事情からすると、被告は、三島商事への所有権移転登記手続の委任を受けた際、原告に対し、その旨通知し、原告において適切な措置を講じる機会を与えるべき注意義務があつたというべきである。

もつとも、被告が三島商事への右移転登記手続の委任を受けたときにおいても、未だ旧二五三番七七の土地について分筆登記がなされておらず、その所有者は伊藤であつたので、原告が被告から右通知を受けたとしても、小田部建設から本件土地の所有権移転登記を受けることができたかどうかの点については疑問があるが、少なくとも支払ずみの売買代金の返済を請求する等適切な措置を講じることができたはずである。

しかるに、被告が原告に対し右通知を怠つたために、原告は適切な措置を講じることができず、既に支払つた売買残代金三八一万円を小田部建設から回収することすらできなくなつたのであるから、被告は、右三八一万円を原告に支払う責任があるといわざるをえない。

八結論

以上のとおりであるから、被告は、原告に対し、三八一万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であることが本件記録上明らかな昭和五九年九月一四日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、本訴請求はすべて理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官大谷辰雄)

物件目録

(一) 福岡市西区大字今宿字上ノ原二五三番七七

山林 一二二七平方メートル

(二) 右(一)土地のうち区画番号三号地

地積 二四四・二平方メートル

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