福岡地方裁判所 昭和60年(行ウ)15号 判決 1988年3月01日
原告
池田光哉
ほか35名
右原告ら訴訟代理人弁護士
前野宗俊
同
下東信三
同
吉野高幸
同
高木健康
同
中尾晴一
同
住田定夫
同
配川寿好
同
尾崎英弥
同
横光幸雄
同
江越和信
同
三浦久
被告
北九州市
右代表者市長
末吉興一
右訴訟代理人弁護士
苑田美穀
同
山口定男
同
立川康彦
同
大久保重信
右指定代理人
山口彰
同
駒田英孝
同
丸山野美次
主文
原告らの請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告らに対し、各別表(略)(4)「未払額の計算式と未払額」の表中合計欄記載の各金員及びこれらに対する昭和五九年一一月一一日から各支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 当事者
原告らは昭和六〇年三月三一日付で退職するまで北九州市職員として勤務していたもので、
(一) 原告番号1ないし6、8ないし10、12及び13の各原告は、北九州市長に任命され、単純な労務に雇用される北九州市職員の給与に関する規則(以下「市単労規則」という。)によって、
(二) 同7、11及び26の各原告は、北九州市長に任命され、北九州市職員の給与に関する条例(以下「給与条例」という。)によって、
(三) 同14ないし25及び27ないし34の各原告は、北九州市教育委員会に任命され、単純な労務に雇用される北九州市教育委員会職員の給与に関する規則(以下「教委単労規則」という。)によって、
(四) 同35及び36の各原告は、北九州市水道局長に任命され、北九州市水道局企業職員の給与に関する規程(以下「水道給与規程」という。)によって、
それぞれ、被告から給与の支給を受ける権利を有していたものである。
2(一) 原告らは、それぞれ、右1に掲記の給与条例または関係規程所定の給料表に定められた金額のほか、各種手当を毎月定まった日に支給されるが、そのうち、調整手当については少なくとも給料額に一〇〇分の六を乗じた額が一律に支給される。
(二) 原告ら各々の給料表における位置づけは、人事委員会規則で定める基準に従って決定され、昇給・昇格の制度があり、原則として降格はない。
(三) 各給料表所定の給料額は、地方公務員法(以下「地公法」という。)二六条による人事委員会の勧告に従って、毎年改定されている。
3(一) 原告らは、それぞれ、五八歳到達時以後の最初の三月三一日または昭和五一年三月三一日のいずれか遅い方の日において、関係各給料表中、各別表(2)「五八歳到達時の本俸」記載の等級、号給の適用を受けていた。
(二) その後昭和五八年度まで、各別表(3)「その後の賃金引上経過と人勧の引上額との差」記載の表(以下「差額表」という。)の「人勧」欄記載のとおり、被告人事委員会による勧告がなされ、各原告が右(一)の当時適用を受けていた右(一)の関係各給料表の等級、号給所定の給料月額は、それぞれ差額表「人勧差別ないときの本俸」欄記載の金額に改定された。
(三) ところが、被告は、昭和五一年度以降、給与条例付則四二項(昭和五一年当時は付則四四項)、市単労規則付則一一項(昭和五一年当時は付則一四項)、教委単労規則付則三項及び水道給与規程付則五項(以下上記付則を総称して「付則四二項等」という。)により、各年度の四月一日に在職する職員のうち、五八歳に達してなお在職する者に対しては、本来の給料表を適用せず、直前の給料月額に一定額(昭和五一年度は五七〇〇円)を一律に加えた額を給料表の給料月額と称して、支給した。これを原告らについてみると、被告は、各原告が五八歳に達したあとの最初の四月一日以後、各別表(2)「五八歳到達時の本俸」記載の給料月額に各差額表「高令者賃上額」欄記載の一定額を加えた額(各差額表「賃上後の本棒」欄記載の金額)を差別的に支給することを繰り返し、その結果、それぞれ月額において差額表「差額」欄記載の金額の賃金を支給しなかった。
(四) 右差額に、一〇〇分の六の割合の調整手当及び一時金分を加算した各原告についての年間未払給与額を計算すると、各別表(4)「未払の計算式と未払額」の表のとおりとなり、したがって本訴提起時までの未払金額の累計は、それぞれ同表「合計」欄記載のとおりである。
4 付則四二項等の無効
(一) 地公法二四条六項は、「職員の給与、勤務時間その他の勤務条件は、条例で定める。」として給与条例主義を定め、同法二五条三項は、給与に関する条例に規定すべき事項の筆頭に給料表を掲げている。この給与条例主義は、公務員については労働基本権が制限されていることの代償措置としてその身分を保障する機能をもつものであるから、憲法二七条二項及び二八条の趣旨に照らし、厳格に運用されなければならず、被告のように、特定の職員につき、給料表の適用を排除することは許されないものというべきであり、従って、付則四二項等は無効たるを免れない。
また、付則という形式は、本来、経過的措置、施行時期等の部分的、付随的内容を定める場合に用いられるものであるところ、付則四二項等が規定しているのは、五八歳以上の高齢職員につき、本来の給料表の適用を排除して、一律にその給料を制限するという、公職員の身分保障にかかわる重要事項であるから、本来、付則ではなく本則自体において定められるべきものであるといわねばならない。
(二) 付則四二項等に定められた給料の引上額は、常に人事委員会の勧告を下回っている。このことは、付則四二項等が、労働基本権制限の代償措置としての人事委員会勧告の機能を害する違法なものであることを示すものである。
(三) 付則四二条等は年齢による不当な差別を定めたものであって、地公法一三条、ひいては憲法一四条の平等原則に反するものとして、無効たるを免れない。すなわち、
(1) 地公法一三条は、憲法一四条をうけて平等取扱の原則を宣明しているところ、同法二四条一項は、「職員の給与は、その職務と責任に応ずるものでなければならない。」旨、また、給与条例三条は「各職員の受ける給料は、その職務の複雑、困難及び責任の度に基づき、かつ、勤労の強度、勤務時間、勤労環境その他の勤務条件を考慮したものでなければならない。」旨を定めているのであって、年齢によって給料に差違を設けるなどということは、地公法上及び給与条例上予定されていない。また、労働能力の減退ないし喪失の時期は、職種により、また個人により、極めて多様であり、これを一定の年齢でもって一律に画することは科学的根拠を欠く。実際、原告らは、いずれも、日常的に、五八歳未満の同僚職員と、同一職場で同一内容の職務を同量こなしており、給与の上で差別を受ける理由はない。
因みに、地公法は、二四条一項で職務給の原則をとる一方で、同条三項で生計費をも考慮すべきこととして生活給主義をも加味しており、給料表の各等級、号級の具体的給料額は、職務、責任のみならず、生活費、勤続年数、それに年齢をも考慮した上で作成されているものである。
(2) 本件における原告らの給与は、従前年齢を問わず平等取扱いを、保障されていたものであって、これに関する権利は、被告のいうような単なる経済的自由権に止まらず生存権それもいわゆるプログラム規定性を前提とする憲法二五条に基づく福祉受給権の域を超えた、より一層強い保障が要請される具体的権利である。従って、本件の給与に関する平等取扱いの原則に対する制約についても、精神的自由に対する制約についてと同様、いわゆる二重の基準の考え方に従い、その目的及び手段の実質的合理性について、厳格な審査をしなければならない。
そこで、本件について更に検討してみると、まず、付則四二項等については、その制度目的を基礎づける事実(立法事実)が存在しない。すなわち、被告は、付則四二項等に基づく差別を正当化する理由として、被告職員の給与が、五六歳以上の高齢者について、民間事業従事者の水準を大きく上回っている旨主張する。しかしながら、昭和六〇年三月三〇日以前は、被告を含む地方公共団体においては、定年制を採用していなかったのであるが、民間企業には既に五五歳定年制を採用しているものが多く、従って、五六歳以上の民間事業従事者の中には、定年後再雇傭されたものが多いと考えられる。このように再雇用された者は、勤務年数も短く、また、その技能等を評価されることも少ないから、定年前よりも低い賃金しか受けられないのが通常である。原告らの給与を定めるにあたり、かように原告らと大きく条件の異なる再雇傭者を比較の対象に含めることは相当でない。ひっきょう被告の主張する給与較差は、このような就業年数の差異を無視した単純な年齢階層別給与較差に過ぎないから、統計的には無意味なものといわなければならない。
仮に、被告主張のような官民の給与較差が現実に存在し、従って付則四二項等の制度目的が一応合理的なものであったとしても、その達成手段については、より制限的でない他の手段の存否を問わねばならない。本件についていえば、まず昇給延伸・停止という方法があり、他の地方自治体ではこれによっているところも多い。また、原告らは、高齢ではあるが、いわゆる中途採用者であったため、その給与水準は低く、原告らの職務遂行能力をすら下回るものであった(なお、原告らのうち、付則四二項等の適用を受けた時点で、最も給与の高い者が月額二四万〇六〇〇円、最も低い者では一四万七六〇〇円を支給されていたに過ぎず、原告三六名中二〇万円を超えていたのはわずか八名に過ぎない。)のであるから、較差是正の必要があるならば、給与の高い者のみに限定して、付則四二項等の如き措置を採るべきである。
(四) 付則四二項等は実質的定年制を導入するものであって、違法無効である。
昭和五七年改正前の地公法は、定年制を採用せず、かつ、その二七条二、三項において、分限・懲戒事由にあたる場合を除いて、その意に反して免職されることはないとしている。従って、当時の地公法は、定年制を禁止していたものと解される。
これに反し、被告は、実質的定年というべき勧奨年齢(満五八歳)を設け、退職勧奨を受けて退職した者には優遇措置を講ずるなどし、さらに、付則四二項等により、勧奨に従わない者に対しては前述のとおり著しい経済的不利益を課することとしている。これらは、五八歳以上の高齢者に対し事実上退職を強要する機能を有するものであり、昭和五七年改正前の地公法に反して実質的定年制を設けることを狙った違法・無効の措置というべきである。
5 よって、原告らは、被告に対し、昭和五一年度から同五八年度までの各未払賃金のうち各別表(4)の未払額「合計」欄記載の金員及びこれらに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和五九年一一月一日から各支払い済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求原因に対する認否及び被告の主張
(認否)
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2は争う。
3(一) 同3(一)の事実は認める。
(二) 同3(二)の事実中、各年度における人事委員会の勧告率が原告ら主張のとおりであることは認め、その余は争う。
(三) 同3(三)の事実中、原告らの給料月額が、各別表(3)「賃上後の本俸」欄記載のとおりに改定されたことは認め、その余は争う。
(四) 同3(四)は争う。
4 同4の各主張はすべて争う。
(被告の主張)
1 付則四二項等制定に至る経緯
(一) わが国における賃金体系は、今日でも基本的には年功序列型がその根幹をなしている。この年功序列型賃金は、生活実態の変化に伴い生計費が漸増するという一般的傾向にも合致し、いわゆる生活給的賃金体系という側面も有している。
ところが、年功序列型賃金体系に終身雇傭制が加わると、労働者が長期雇傭されることにより高齢化した場合、労働能力は低下するのに賃金は上昇し続けるという問題が生じるとともに、人事の停滞という弊害をもたらす蓋然性が高い。そこで、一般には、定年制を採用することによって右のような問題を回避するという方法が採られている。
(二) 地方公務員の給与制度においては、いわゆる職務給の原則が採られているが、他面、給料表の各等給内の号給が幅広く定められ昇給制度が設けられているため、年功序列的性格も強く備えている。一方、地方公共団体は、最小の経費で最大の行政サービスを住民に還元することを責務とするものであり、また、公務能力の向上のため職員の新陳代謝を必要とすることは民間企業と同じである。ところが、昭和五〇年当時、地方公務員については定年制が認められていなかった。
被告においても、この問題に対処すべく、満五八歳を勧奨年齢として、優遇措置を伴う退職勧奨を試みていたが、十分な効果をあげ得ず、昭和五〇年四月一日現在、五八歳以上の高齢職員は五七六名に達した。
(三) 被告人事委員会の調査によれば、昭和五〇年四月一日現在、被告職員と民間事業従事者との年齢階層別給与較差は、高年齢層において、被告職員が民間を大きく上回るというものであることが認められた。すなわち、五六歳以上の層において、被告職員の給与を一〇〇とした場合の民間のそれは八一・九であり、被告職員の給与が二〇%近く民間事業従事者の給与を上回っている。しかも、昭和四四年、四五年の同様の調査によっても、ほぼ同じ傾向が認められたのであり、高年齢層における公民逆較差は恒常的なものであったといえる。
なお、被告人事委員会は、昭和五〇年、「職員の給与に関する報告及び勧告」中で、高齢者問題に対応すべく、人事給与制度上の措置につき、検討を求めている。
(四) 昭和四八年の石油ショック以降の経済低成長時代への移行に伴い、昭和五〇年ころには、民間企業における雇傭状況が悪化し、他方、地方財政は税収の落ち込み等により極めて厳しい事態に直面することとなった。このため、地方自治体としても、行財政効率の見地から、合理的な人事・給与制度の確立に緊急に取り組む必要があった。
(五) そこで、被告は、昭和五〇年、満五八歳以上の高齢職員につき、定期昇給停止等の適正化案を採用し、さらに、昭和五一年、付則四二項等(ただし、当初は、給与条例については四四項、市単労規則については一四項であった)設ける措置(以下「本件措置」という。)を採ったものである。
なお、付則四二項等の内容は、各年度の四月一日現在五八歳以上である者の給料月額を、給与改定前にその職員が受けていた給料月額に一定額(昭和五一年度は五七〇〇円)を加えた額とするというものであるが、本件措置の対象を五八歳以上の者と定めたのは、民間事業従事者との年齢階層別給与較差の実態・民間の定年年齢、被告における退職勧奨年齢等を考慮したものであり、また、昭和五一年度の引上額を五七〇〇円としたのは、五五歳以上の年齢層で被告職員の給与が民間事業従事者の水準を大きく上回っていること等から本来その必要に乏しいものの、職員の期待感及び職員団体等の要求をも考慮し行政職上級の初任給の引上額と同額の引上げを行なうこととしたものである。
(六) 昭和五二年度以降における高齢職員の給与改定についても同年齢層における公民較差、職員団体等の要求その他の状況を踏まえながらその引上額を決定し、それに従って付則四二項等を改正してきたものである。
2 付則四二項等の合憲・合法性
(一) 給与条例主義
地公法二四条六項及び二五条は給与条例主義を規定するが、この原則は、職員の給与が住民の意思を反映した条例で定められることを求めるとともに、その条例において職員の給与が特定されるべきことを定めているものと解すべきである。この趣旨に照らしてみたとき、付則四二項等は、条例によって給与の額を決定するという機能を十分に果たしており、形式・実質の両面において、給与条例主義を満たしているものである。
(二) 人事委員会の勧告の代償機能
人事委員会が勧告する給与改定率は、平均の改定率を示すものであってそれが即職員個々の給与をその勧告率に従い引き上げることを意味するものでは決してない。給与改定においては、引上げの必要性が高い部分もあれば引き上げの必要性に乏しい部分もあるのであって、それを合理的な人事、給与制度の確立という観点から具体的に調整することとされているのである。
したがって、原告らの給与改定率が人事委員会の勧告率を下回ったからといってそのことから直ちに人勧制度の代償措置機能が害われたとするのは早計であり、この点に関する原告の主張は失当である。
(三) 年齢による差別
(1) 地公法四二条一項は、いわゆる職務給の原則を規定する。この原則は、現行給与制度の下では、給料表及びその等級における職務の分類上具体化されているが、本件措置は給料表及び等級の変更をもたらすものではなく、同一等級の金額幅の中での給料月額の決定であって、この原則に違反するものではない。
また、地公法一四条は情勢適応の原則を定め、同法二四条三項はこれを具体化して均衡の原則を規定する。この均衡の原則は、必ずしも列記された諸要素すべてについての細目均衡を求めるものではなく、給与水準決定の原理として総合的にこれらとの均衡を図ることがその趣旨である。本件措置は、既に述べたとおり、民間事業従事者の給与及び生計費との比較における明白な不均衡を是正しようとするものであって、総合的に見て右原則の趣旨に沿うものである。
(2) 地公法一三条は、平等取扱いの原則を定めている。これは憲法一四条一項の法の下の平等の原則を地公法の適用関係に具体化したものであって、その趣旨とするところは、あらゆる法的な差別的取扱いを絶対的に禁止するものではなく、人間尊重の理念から見て不合理と考えられるような差別的な取扱いを禁止しようとするものであると解すべきである。
職員が高齢に達した場合、個人的資質及び担当する職務によって程度の差はあれ、一般的に心身の能力が逐次衰え職務能力の低下をきたす傾向にあることは経験的に肯定でき、また、高齢層の生計費の減少傾向も明らかに認められるところであり、本件給与改定措置は、これらの現象を給与制度に反映させようとするものであって、相応の合理性が認められるものである。したがって、本件措置は憲法一四条一項及び地公法一三条に抵触するものではない。
(四) 実質的定年制
付則四二項等は、高齢職員が従来受けていた給料月額の引上額を給与決定の諸原則に沿って調整したものであり、従来受けていた給料を減額するといった加罰的なものではない。もちろん、付則四二項等の適用により給料月額が期待した額より低くなることから、優遇措置を受けて退職するかあるいはそのまま在職するかの選択に際し、これが何らかの影響を与えたことは否定しないが、退職するか否かはもっぱら当該職員の全く自由な意思決定に委ねられているものであり、勤務条件が職員の期待より相対的に不利益になり、退職という判断に傾きやすくなったからといって、これをもって直ちに退職の強要とみるべきものでないことはいうまでもない。
また、原告らは、付則四二項等の適用を受けることとなった後、同六〇年三月三一日定年制が施行されるまで長年にわたり在職していたものである。この点からみても本件措置が退職を強要するものでないことは明らかである。
第三証拠(略)
理由
一 請求原因1(当事者)の事実は当事者間に争いがない。
二 同3(一)の事実及び同3(三)の事実中原告らの給料月額が各別表(3)「賃上後の本俸」欄記載のとおりに改定されたことはいずれも当事者間に争いがなく、(証拠略)並びに弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。
1 被告北九州市においては、昭和三八年のいわゆる五市合併の際に各市の従前の職員を引き継いだ結果余剰人員を生じ、また、その後人口増が少なかったことから、職員の新規採用数が少なく、このため、職員の年齢構成が他の地方公共団体(政令指定都市)と比較して高齢者に偏する傾向があり、昭和四九年には、被告全職員中五〇歳以上の者が一七・二パーセントを占めていた(札幌市及び京都市を除く他の政令指定都市においては、八・四ないし一三・四パーセントであった。)。
他方、被告人事委員会の調査によれば、昭和五〇年における被告職員と北九州市内の民間事業従事者との給与較差は、全体としては一〇〇対一〇五・五〇であるが、五六歳以上六〇歳までの層では一〇〇対八一・九〇であって、この年齢層にあってはいわゆる公民較差が逆転し、被告職員の給与水準が民間より著しく高くなっていた。この傾向は、昭和四四、四五年においてもやはり認められ、同じく被告人事委員会の調査によれば、右の給与較差は、昭和四四年においては、全体で一〇〇対一〇五・六であるのに対し、五六歳以上六〇歳未満の層で一〇〇対八二・四、六〇歳以上では一〇〇対七八・二であり、同四五年でも、全体で一〇〇対一〇七・六であるのに対し、五六歳以上六〇歳未満の層で一〇〇対八二・二、六〇歳以上では一〇〇対六八・九となっていた。
また、同委員会の調査によれば、昭和五〇年当時、北九州市内の民間事業所の九五・四パーセントが定年制を採用しており、そのうち定年年齢五五歳のものが四三・六パーセント、五六歳のものが一〇・一パーセント、五七歳のものが八・五パーセント、五八歳のものが八・九パーセントであって、六〇歳以上の定年年齢を採用している事業所は二八・九パーセントであった
2 被告人事委員会は、毎年職員の給与に関する報告及び勧告を行なっていたが、右のような状況を踏まえ、昭和五〇年の右報告及び勧告では、「本市職員の年齢構成については、逐年高齢化が進んでいる傾向が顕著であり、民間事業所における高齢層従事者に対する給与の実態をあわせ考慮するとき、当面の問題解決のため、職員の新陳代謝の促進が円滑に図られるよう、人事、給与制度上の措置について、更に積極的に検討する必要があると考える。」として、被告に対し、人事・給与制度の再検討を強く求めた。
3 総理府統計局の昭和五〇年家計調査年報によれば、全国の一世帯当り月平均支出額は、四〇ないし四四歳の層において最も高く(全体の平均支出額を一〇〇とすると、一一九・三)、それ以後年齢が高くなるのに伴い減少している(全体の平均支出額を一〇〇とすると、五五ないし五九歳の層で一〇〇・九、六〇ないし六四歳の層では八七・五)。
4 昭和四八年のいわゆる石油ショック以降、経済状勢の悪化に伴う税収の減少等から、高度成長期に拡大した各地方公共団体の財政状態は逼迫し、被告もその例に洩れず、昭和五〇年には、翌五一年に約七五億円の赤字を出すおそれがあるとの予測を公表していた。また、このような地方自治体の財政問題は、新聞報道等でも大きく取り上げられるところとなり、殊に人件費の膨張に対しては強い批判が寄せられていた。
5 昭和五九年三月三一日現在、全国四七都道府県及び一〇政令指定都市中、四県一市を除くすべての自治体が、高齢職員に対する給与につき特別の措置を講じていた。そして、その内容は、東京都がベースアップ停止を採用しているほかは、いずれも昇給延伸または停止であり、その適用年齢は五六歳ないし六二歳であった。
6 原告らは、それぞれ、五八歳到達時以後の最初の三月三一日または昭和五一年三月三一日のいずれか遅い方の日において各別表(2)「五八歳到達時の本俸」記載のとおり給料表の適用を受けていたが、その後、付則四二項等の適用を受けるに至ったため、右「五八歳到達時の本俸」記載の職種、等級、号給によって定まる額を下回る金額(各差額表中「賃上後の本俸」欄記載の金額)を給料月額として支給されていた。
なお、付言すれば、原告らはいずれも、昭和五七年改正後の地公法二八条の二及びこれに基づく北九州市職員の定年等に関する条例により、昭和六〇年三月三一日付で定年退職した。
三 付則四二項等についての原告らの主張に対する判断
1 年齢による差別について
原告らは、付則四二項等が年齢による不当な差別を定めたものであり、地公法一三条、ひいては憲法一四条の平等原則に反するものである旨主張するので、以下判断する。
(一) 憲法一四条は法の下の平等を定め、地公法一三条はこれを受けて、地方公務員につき平等取扱の原則を定める。右各法条は、国民に対し絶対的な平等を保障したものではなく、差別すべき合理的な理由なくして差別することを禁止している趣旨と解すべきであるから、事柄の性質に応じて合理的と認められる差別的取扱をすることは何ら妨げられないというべきである。
(二) しかして、地公法二四条一項は「職員の給与は、その職務と責任に応ずるものでなければならない」として職務給の原則を定め、同条三項は「職員の給与は、生計費並びに国及び他の地方公共団体の職員並びに民間事業の従事者の給与その他の事情を考慮して定めなければならない。」として、いわゆる均衡の原則を定めており、また、現業地方公務員については地方公営企業労働関係調整法一七条により、単純な労務に雇用される一般職に属する地方公務員については同法附則四項により、それぞれ準用される地方公営企業法三八条二項、三項も、基本的に右と同様の趣旨を定めている。
そこで、これらの規定を踏まえた上で、本件措置の合理性の有無をみるに、まず、職務遂行能力は、個人差はあるにしても、相当の年齢に達した後は不可避的に逓減するものであり、このことは経験則上明らかである。また、生計費についても、前記二に認定した総理府の調査結果によれば、一般に四〇ないし四四歳の年齢層において最も高く、それ以後はやはり逓減することが認められる。
民間事業従事者との給与較差については、前記二に認定した被告人事委員会の調査結果によれば、全体としては被告職員の給与水準の方がやや低いにもかかわらず、五五歳以上の高齢者層にあっては、被告職員の方が二〇パーセント程度高くなっていることが認められる。
右の事情に加え、前記二に認定したとおり、被告を含む地方公共団体の多くにおいて、いわゆる石油ショック以降、財政が逼迫し、その建て直し就中人件費の適正化が強く要請されていたところ、殊に被告においては他の政令指定都市にくらべ、職員の年齢構成が高齢者に偏る傾向が見られ、これらの事情を併せ考えれば、被告が、付則四二項等により、五八歳以上の職員のみに限定して、給料月額の引上げ額を、本来の給料表改定によるよりも少ない一定の額にとどめたことは、十分な合理性を有するものというべきである。
原告らは、労働能力の減退・喪失の時期は職種・個人によって異なるから、これを一律に一定の年齢で画することは科学的根拠に乏しいとし、また、民間事業従事者との給与較差についても、五六歳以上の民間事業従事者の多くは定年後再雇用されており、勤続年数等の条件が原告らと大きく違うのであるから、このような者を含んだ単純な年齢階層別較差は意味をなさないと主張する。しかし、まず、職務遂行能力の減退等に個人差があることが考慮されていないという点については、そもそも個々人の資質、能力等を厳密に給与等に反映することは現実問題としてきわめて困難であり、実際にも、民間における定年制をはじめとして、ある程度の一律的取扱いは社会的にもやむを得ない制度として是認されているところであって、本件のような措置も、これを不当に低年齢層にまで及ぼして適用するのでない限り合理的な措置であるというべきところ、前記認定のとおり、被告人事委員会の調査によれば昭和五〇年当時、北九州市の民間事業所のうち約七割が五八歳以下の定年制を設けていたことが認められ、また、被告においても昭和六〇年三月三一日以降六〇歳定年制を設けたことに照らせば、本件措置の適用年齢(五七歳)は、決して不当に低い適用年齢であるとはいえない。そうすると、本件措置が労働能力の減退、喪失の時期を一律一定年齢で画したことを不当とする原告らの主張は採用できない。次に、被告が、民間事業従事者との年齢階層別較差をそのまま考慮に入れたことの当否についてであるが、民間との較差を問題にする以上、定年制の有無を含めた雇傭体系全体を比較の対象にする(すなわち、民間事業所では定年退職とされるべき年齢にある者が、被告においてはなお在職し、給与を受けているという事実を考慮に入れる)のでなければ客観的合理的な比較とはいえないことは多言を要しないから、勤務年数の長短を捨象して単純な年齢階層別較差をみることは、むしろ当然のことといわねばならず、この点に関する原告らの主張も亦採用することができない(因みに成立に争いのない<証拠略>によれば、勤続年数の長い(三〇年以上)民間事業従事者においても、やはり、五五歳以上では賃金が逓減する傾向が認められる。)
(三) 原告らは、本件措置は、その必要性の限度を超え、手段としての相当性を欠くとして、原告らの中には中途採用者が多く、在職期間が短いため、高齢であっても給与は必ずしも高いとはいえないのであるから、本件措置の対象を高齢の職員中、高水準の給与を受けている者に限定するべきであり、あるいは、昇給延伸ないし停止という措置をとるに止めるべきであった旨主張するが、本件措置は、給料月額を据え置き、または減額するというものではなく、同一等級の金額幅の中でその増額の範囲を一定の限度に抑えるというものであるところ、さきにみたとおり、地公法が職務給の原則及び均衡の原則を採っており、五五歳以上の者については、職務遂行能力、生計費とも逓減する傾向にあること、さらに被告の当時の財政状態・職員の年齢構成等をも考慮すれば、被告が右の限度に止まる本件措置を採用したことは効率的財政運営の見地からやむを得ないものといわざるを得ないところであり、本件措置が、その必要性の範囲を逸脱した不当のものということはできない。
2 給与条例主義について
給与条例の適用を受ける原告ら(原告番号7、11及び26)は、地公法二五条三項は給与に関する条例に規定すべき事項として給料表を掲げているところ、同法二四条に定める給与条例主義は公務員の労働基本権制限の代償措置としての意義を有するものであるからその運用は厳格でなければならず、このことに鑑みれば、特定の職員につき付則四二頂により給料表の適用を排除することは同法二四条、二五条に違背し、延いては憲法二七条、二八条の趣旨に反するものであって許されない旨主張する。
しかしながら、付則四二項が職員の給与を住民の意思を代表する議会が制定する条例によって定めるという給与条例主義の要請を満たしていることは明らかである。右原告らは、付則四二項は、高齢者につき給料表の適用を排除したものであるというが、付則四二項による措置は、同一等級の金額幅の中で高齢者にのみ適用される具体的な給料月額を別途定めたものに過ぎず、このような区別を設けることが、実質面において平等原則に反しない合理性を有することは既にみたとおりであるし、形式面においても、等級・号給によって客観的に給料月額が特定されるという給料表の機能を損なうものではないから、この点に関する右原告らの主張は当を得ないものといわざるを得ない。
3 人事委員会の勧告制度について
原告らは、付則四二項等による給料月額の引上げ率が常に被告人事委員会による勧告率を下回っていることをもって、本件措置には、地方公務員の労働基本権制限の代償措置の機能を害する違法があり、延いては憲法二八条に反する旨主張するが、先に認定した、本件措置を必要とした諸事情並びに本件措置の目的・内容及び程度にかんがみると、仮に付則四二項等による原告らの給料の引上げ率が常に被告人事委員会の勧告率を下回ったとしても、これによって、代償措置として設けられた同委員会の勧告制度の機能を損なわせるに至ったとまではいうことができない。したがって、この点に関する原告らの主張は前提を欠き採用することができない。
4 定年制の禁止について
原告らは、本件措置は、対象となった職員に著しい経済的不利益を与えることによって退職を余儀なくさせるものであり、実質的定年制を定めるものであって、当時の地公法二七条に違反すると主張する。昭和五七年改正以前の地公法の下では定年制を実施できないことは原告ら主張のとおりであるが、既にみたとおり、本件措置は、給料月額を据え置き、または減額するというものではなく、同一等級の金額幅の中でその増額の範囲を一定の限度に抑えるというに止まるものであるから、その対象となった職員に退職を余儀なくさせる実質を具えたものとまではいい難い。このことは、前記二で認定したとおり、現に原告らが、定年制の導入により昭和六〇年三月三一日付で退職するまで在職していたことからも窺えるところである。
よって、この点に関する原告らの主張も採用できない。
5 右のとおりで、付則四二項等を無効とする原告らの主張はいずれも失当であり、同項等はいずれも有効なものというべきである。
四 以上のとおり、原告らの本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 藤浦照生 裁判官 倉吉敬 裁判官 久保田浩史)