福岡地方裁判所 昭和61年(ヨ)650号
債権者
野口芳江
右訴訟代理人弁護士
津留雅昭
債務者
社会福祉法人恵松会
右代表者代表理事
阿刀暹涯
右訴訟代理人弁護士
井上庸夫
同
坂本佑介
同
鬼丸義生
同
古賀和孝
主文
本件申請を却下する。
申請費用は債権者の負担とする。
理由
第一当事者の求めた裁判
一 申請の趣旨
1 債権者が債務者に対し雇傭契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。
2 債務者は債権者に対し昭和六一年四月以降本案の判決確定まで毎月二一日限り月額金一六万一五一八円の割合による金員を仮に支払え。
二 申請の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 申請の理由
1 債務者は、住所地において恵美保育園(以下単に「園」という。)を経営する社会福祉法人である。
2 債権者は、昭和五一年九月初め臨時保母として債務者に雇傭され、同五二年五月に正採用されて園に勤務していたが、債務者は、昭和六一年三月二九日限り債権者を解雇したと称して、雇傭契約の存在を争っている。
3 債権者は、債務者から、賃金として毎月二一日限り、月額金一六万一五一八円の支払いを受けていたが、債務者は、昭和六一年四月分以降の賃金の支払いをしない。
4 債権者は、無資産の独身女性で、債務者から受ける賃金が唯一の収入源であり、これをもって身体の不自由な父及び病弱の母の生活をも支えていたものである。現在、債権者は、支援者からのわずかの援助によって生活しているが、将来的には生活のめどが全く立たない状況にある。
5 よって、債権者は、債務者に対し、雇傭契約上の権利を有する地位にあることを仮に定め、昭和六一年四月以降本案の判決確定まで毎月二一日限り月額金一六万一五一八円の割合による金員を仮に支払うことを命じる仮処分を求める。
二 申請の理由に対する認否
申請の理由1ないし3の各事実は認め、同4は争う。
三 債務者主張の抗弁
債務者は、債権者を昭和六一年三月二九日付で解雇(普通解雇。以下「本件解雇」という。)する旨の意思表示をした。
従って、当事者間にはもはや雇傭契約は存在しない。
四 右抗弁に対する債権者の認否及び再抗弁
債務者主張の抗弁事実は認める。しかし、本件解雇は左記1、2いずれかの理由により無効である。
1 不当労働行為
本件解雇は、債務者が、債権者の園における組合結成のための活動を嫌悪して行った不当労働行為であるから、無効である。債権者は、園における組合結成のため、以下のような活動を行っていた。
(一) 園には、債権者採用当時、保育カリキュラムを主とする勉強会があったが、債権者加入後同会(以下「勉強会」という。)は債権者を中心に労働条件等を問題としてとり上げるようになり、外部の労働組合とも相談をするなどしていた。
(二) 昭和五二年八月ころには、右勉強会によって労働組合結成のための準備が進められ、組合規約草案が作成されたほか、組合結成同意書に九名の保母が署名したが、同年九月一〇日に予定されていた組合結成大会の直前に参加をとりやめる者が出たため、組合結成には至らなかった。
(三) 昭和五七年には、二人の臨時保母の雇傭継続を求める運動を契機に、再び組合結成の動きが起こったが、これも成功には至らなかった。
(四) 右勉強会には、このほかにも、組合結成のため準備会を通じて、以下のような活動を行っていた。
(1) 園では、本来保育の一部である園児への添い寝を休憩とみなしていたが、昭和五三年ころからの勉強会の要求により、四五分三交替の休憩室使用が認められた(ただし、休憩室使用については昭和五八年から再び禁止された。)。
(2) 園においては、保母の数が不足しており(児童福祉法に定める保母数の最低基準を満たさないこともあった。)、他の保母へのしわ寄せを考えると生理休暇等もとりにくい状況であったため、勉強会は債務者に対し、繰り返し人員増を要求し続けてきた。この結果、債務者は、昭和五八年に二名の代替保母を採用するに至った。
(3) 園では、有給休暇が年末年始の休暇に振り替えられ、また、病欠の扱いがあいまいである等の問題があったため、勉強会はこれらの改善要求をなし、その結果、債務者は、年休表を作成し、生理休暇を有給にするなどの改善を行なった。
(4) 園では、給与は人事院勧告表に基づいて支給するものとされていながら、実際には恣意的な算定がされていたため、勉強会は債務者に対し給与基準の明示等を要求し続け、その結果、昭和五三年ころから給与額の是正、等級の明記などがされるようになった。
(5) 従前、園においてとられていた早出遅出制では、早出・遅出に当たった保母の負担が過重であり、また、他の保育園では午後五時退勤が一般的であった。そこで勉強会はこの点についても債務者に対してその改善を要求し、その結果帰宅時間の改正が行われた。
(6) 園では、債務者代表者の妻が経営する松月保育園がその母体かつモデルとされ、園の保母は松月保育園での研修を強制され、また、同保育園の行事の手伝いに半ば強制的に派遣されていた。これに対し、勉強会は、改善を要求して研修を欠席するなどし、その結果、債務者は、生理・妊娠中の者に限って、研修回数を減らすなどの措置をとった。
(五) 債務者は債権者らの勉強会の右のような活動を嫌悪し、次に述べるとおり、これを妨害しようとした。
(1) 債務者は、債権者ら勉強会のメンバーに対し直接・間接に勉強会の中止を求め、また、勉強会ないし準備会に保母が参加しないよう働きかけた。このため、前記のとおり、昭和五二年九月の組合結成大会直前に、保母の一人が結成への同意を取り消した。
(2) 債務者は、昭和五七年ころから新規採用保母が債権者ら勉強会のメンバーと接触することを妨害するようになった。昭和五九年度の新規採用者に対しては、債務者代表者が、勉強会のメンバーとは付き合わないようにと言い、また、研修会と称して新規採用者に居残りを命じて、債権者らとの接触を妨げた。昭和五九年貞森保母の採用面接においては、債務者代表者が債権者を名指しで誹謗・中傷し、同保母の研修期間中も同趣旨の発言が繰り返された。
(3) 昭和六一年債務者代表者は、勉強会の中心メンバーであった、多田保母及び貞森保母に対し、辞職を勧告した。
2 解雇権の濫用
本件解雇は、専ら債務者の恣意に基づくもので、全くその合理的根拠を欠き、解雇権の濫用として無効である。なお債務者が本件解雇の理由として掲げるところは、極めて抽象的で到底解雇理由たり得ず、いわば単なる言懸り的な口実に過ぎない。
五 右再抗弁に対する債務者の認否及び反論
本件解雇が不当労働行為に該当し、あるいは解雇権の濫用に当り、無効である旨の債権者の主張は争う。債務者は、園において債権者らによる労働組合結成の動きがあることは全く知らなかったし、いわんやその動きを妨害したことは全くない。債務者が本件解雇に及んだのは、債権者には極端に感情の起伏が激しい等保母としての適性に欠けるところがあると判断したためであり、本件解雇には合理的理由がある。なお、右判断の根拠となった具体的事実についてその主要なものを挙げれば、以下のとおりである。
1 昭和五三年八月五日、債権者は、園児原正之の足の内側を蹴って転倒させ、園児はあごを打って三針縫うけがを負った。債権者はこの事実を債務者代表者らに報告しなかったので、債務者代表者はその後数年間この事実を知らないままであった。
2 昭和五三年一一月六日、戸外遊戯の際に債権者が、園児松村美代を大きな排水用土管の上に乗せたため、同児はそこから滑り落ち、足を骨折した。
3 昭和五四年五月ころ、年少組から進級したばかりの園児に対するボタンの留めはずしの指導において、債権者は過度に厳しい指導をし、そのため、園児の中にはおびえて泣き出すものすらあった。
4 昭和五七年五月、債権者は、朝の運動の際走らなかった園児深海光代の足をたたき、また、感情的に叱るなどした。このため、同児は園を脱け出し、交通の激しい道路を家まで逃げ帰ったが、債権者はこのことに気付かなかった。
5 昭和五八年二月から三月ころ、ハーモニカの練習において、債権者は、園児の首を抱えこみ、その口にハーモニカをあてて無理に吹かせるなど、極めて感情的な指導を行った。このため、園児の中には唇にけがをする者、情緒不安定になり、園へ来たがらなくなる者などが出、父母から園に対して抗議がなされた。
6 昭和五八年二月から三月ころ、カスタネットの練習において、債権者は、やはり極めて感情的な指導を行い、これについても父母からの抗議があった。
7 昭和五八年三月ころ、お別れ会のタイコの練習において、債権者は、園児を大きな声で叱り、たたくなど、やはり感情的な指導を行った。
8 昭和五九年七月ころ、債権者は、窓ごしに父母と私語をかわし、「窓越しに父母と話すことは室内にいる園児に背を向けることになり、園児に対する注意がおろそかになる。」旨の債務者代表者の注意にもかかわらず、その後数日間同様の行動を繰り返した。
9 昭和六〇年三月一四日、債権者は他の組の園児らを自分の担任する組に招き入れたが、このため室内が混乱し、園児松村真由美が机の角で頬を打って後遺症の残る傷を負った。その後、債務者において同児の治療の面倒をみるなどしていたが、同六一年二月、同児及びその母親が来園した際に、債権者は、母親に対して「私は辞めなければいけませんか。」と詰め寄るような態度を見せ、あるいは「子供がけがをするたびに保母が辞めたら何人おっても足らん。」と放言する等非常識な言動に及んだ。
10 債権者は、昭和六〇年四月ころ、午睡時に泣いている園児がうるさいからと、同児の顔に毛布・布団をかぶせたままにしていた。
11 昭和六〇年六月二〇日、避難訓練の際、債権者は、自分の思い通りに動かない園児を叱り、たたくなどし、そのため園児の中には泣き出すものもあった。
12 昭和六一年二月ころ、債権者は失尿した園児を感情的に叱りつけ、園児が泣き叫ぶくらい強くたたいた。
六 債務者主張の本件解雇の理由に対する債権者の認否
1 債務者の反論1の事実は否認する。ただし、債務者主張のころ、債権者が原正之を病院に連れていったことはある。債権者は、一般に、債務者代表者や主任保母への報告義務を怠ったことはない。
2 同2の事実中、松村美代が足を骨折したことは認め、その余は否認する。同児は自分で土管に乗り、滑り降りたものである。また、この事故のあと、債権者は直ちに主任保母に報告した上、同児を病院に連れて行き、その翌日以降も同児の介護に当たっていた。
3 同3の事実は争う。厳しい指導が必要なときもあり、また、過度の指導でなくても子供は泣くことはある。
4 同4の事実中、深海光代が園を脱け出したことは認め、その余は争う。深海光代は、朝の行進の際ふざけていたので、他の園児一名とともに行進のやり直しをさせていたところ、債権者が少し目を離したすきに、工事中の開いていた裏門から出ていったものであり、債権者はこのことに気づくと直ちに同児をさがしに園外に出、ほどなく同児を発見して園に連れ帰っている。また、右裏門が開いていたことは、債務者の管理上の落度であるから、この件に関し債権者のみを責めるのは失当である。
5 同5の事実中、園児の負傷及び父母からの抗議の各事実は不知、その余は争う。園の方針自体、厳しいしつけをその内容の一つとしており、債権者の指導は園の他の保母に比べて格別厳しいわけではない。
6 同6の事実は否認する。
7 同7の事実は否認する。
8 同8は争う。債権者が、債務者主張のころ、園児の父母の一人と窓ごしに話をし、債務者代表者に注意されて直ちにやめたということはあったが、時間もわずかであり、保育に支障をきたすおそれはなかった。一般に、父母と交流を保つことは円滑・安全な保育のために必要であり、また、父母からの希望も強いのであるが、園においては、債務者代表者の意向により、参観・懇談会・連絡ノート等の手段が全くない上、園内での父母と保母との会話も禁じられていた。かような債務者の姿勢こそが問題であり、債権者はこの欠陥を補うために、父母との接触に努めていたものである。
9 同9の事実中、債権者が他の組の園児を自分の担任する組に招き入れた事実、松村真由美がけがをした事実及び松村の母親に対し、「私がやめなければいけませんか。」と言った事実はそれぞれ認め、その余は争う。松村ら他の組の園児を招き入れたのは、その組の部屋が掃除中だったからであるが、園において、他の組の園児を招き入れることは絶対に禁止されていたわけではなく、その組の部屋が掃除されているときなどにはありえたことである。また、この事故のあと、他の保母が債務者代表者に指示を仰いだところ、債務者代表者はそのまま冷やしておくよう言っただけであり、他の保母が右松村の傷跡をみつけて債務者代表者に報告し、債務者代表者が同児を病院に連れていったのは事故から二か月ののちだったのであり、こうした債務者代表者の判断の誤り及び松村の担任で、松村らが債権者の組に入ることに同意した貞森保母の過失を措いて、債権者の過失のみをいうのは失当である。さらに、松村の母親に対し「私が辞めなければいけませんか。」と言ってしまったあと、債権者は深く後悔し、母親に対し土下座までして謝っている。
10 同10の事実は否認する。
11 同11の事実は否認する。
12 同12の事実は否認する。
第三当裁判所の判断
一 債権者がその主張の日に債務者の経営する園の保母として正式に採用されていたところ、債務者主張の日に本件解雇に付されたことは当事者間に争いがない。
二 そこで以下本件解雇に関し、債権者の主張するような無効事由が存するか否かについて検討する。
1 債権者は本件解雇が不当労働行為に該当し、あるいは専ら債務者代表者の恣意に基づくもので解雇権の濫用に当る旨主張する。本件審尋の結果及び疎明資料によると、債権者が勉強会のメンバーと共に労働組合結成の準備活動をしたり、債務者と折衝して園における勤務条件の一部改善を実現したりしたことが認められるけれども、しかし右審尋の結果及び全疎明資料を仔細に検討してみても、債権者の右の行動が債務者の強く嫌忌するところとなって、債務者において労働組合の結成を妨害したり、これを決定的動機として本件解雇をなすに至ったことを肯認し得るに至らず、又本件解雇が専ら債務者代表者の恣意に基づいて行われたものとも認め難く、寧ろ当事者間に争いのない事実と債務者代表者審尋の結果及び疎明資料を総合すると本件解雇に関する事情として、以下の事実を認めることができる。
2(一) 昭和五三年八月五日、債権者は、朝の体操時に、園児の原正之に対し、足を開きすぎるとして、自分の足でこれを矯正しようとして同児をその場に転倒させ、その結果同児の顎に通院七日間を要する挫創を負わせるに至ったが、債権者はこの事実を債務者代表者に報告せず、そのため債務者代表者は昭和五八年夏ころまでこの事故のことを全く知らないままであった。
(二) 昭和五三年一一月六日午後四時ころ、戸外遊戯の際、債権者が、園児(二歳児)松村美代を直径約八〇センチメートルの土管の上に乗せた侭これを放置し、その結果同児は土管から滑り落ちて入院一二日間、通院約二か月を要する左脛骨骨折の重傷を負うに至った。なお、同児入院中、昼間は母親が仕事の都合で付き添うことができなかったため、代りに債務者代表者及び石川保母が付き添いに当ったが、債権者は、同児が債権者に会うのをいやがったこともあって、一度病床を見舞っただけであった。
(三) 昭和五七年八月五日午前一〇時ころ、債権者が、朝の行進練習中ふざけていた園児二人を激しく叱責し、更に罰として園庭に佇立させた侭可成りの時間放置していたため、その一人の深海光代が偶々工事中で開いていた裏門から園外に脱け出した。同児の失踪に気づいた園では慌てて保母、職員らを手分けして園の内外の捜索に当らせ、又、産後の休暇で休養中の母親も報せを聞いて心配の余り園に駆けつけるという一幕もあった。幸い、同児は、園から四~五〇〇メートル離れた地点で発見されて無事園に連れ戻されるに至ったが、この間同児は裸足のまま、炎天下の、しかも交通の頻繁な街路上を、保護者の付添いも全く無い状態で彷徨していたのである。
(四) 昭和五九年七月ころ、債権者は、園児の退園時間に、特定の園児の母親と、窓ごしに話し込んでいた。これに対し、債務者代表者は園児に対する監視がおろそかになるとして債権者に注意を与えたが、債権者はその後も相変わらず退園時に特定の父母とたびたび話しこみ、長いときには約四〇分に及ぶこともあった。
(五) 昭和六〇年三月一四日午後四時三〇分ころ、貞森保母が自分の担任する組の園児たちを連れて廊下を歩いていたところ、当時園では二組の園児を同時に一室に入れることは混乱を招き、園児に対する危険を伴なうところから固く禁止されていたにもかかわらず、債権者はこれを無視して右貞森と園児たちを自分の担任する組の部屋に招き入れた。そのため室内は混乱し、園児の一人松村真由美(以下「真由美」という。)が、机の角で左頬を打つという事故が発生した。報告を受けた債務者代表者は、同児の顔に外傷が見当らなかったところから、病院に行くほどのことはなかろうと考え、応急措置として冷やしておくようにと指示して置いたが、その後二、三週間程経って同児の顔が異常に腫れているのに気づき、園では、以後、債務者の負担において、同児に通院加療を受けさせた。ところが、債権者は、このことを知ってからのちも、真由美の家族に連絡をとり、あるいは謝罪するなどの対応は全くとらなかった。さらに、昭和六一年二月ころ、真由美とその母親(なお、真由美は前記(二)の美代の妹である。)が来園し、債務者代表者や貞森保母及び債権者らと話し合った際にも、債権者は素直に真由美の母親に謝罪するところがなかった許りか債務者代表者から「本当ならあなたも辞めてもらいたいところですよ。」などと言われるや興奮の余り母親に向って、「私は辞めなければいけませんか。」「事故の度に保母がやめたのでは、保母は何人いても足りない。」などと放言し、母親をして激怒せしめ、土下座をして失言を詫びる仕儀となった。
(六) 同年四月二日の午睡の時間帯に事務室にいた主任保母の栖原サチ子が園児の泣き声を聞きつけ、その泣き声のする部屋の方へ行って見ると、室内で頭から毛布と布団をかぶされて泣いている園児の傍らで債権者が昼寝をしており、右栖原がこれを厳重に注意すると、債権者は照れ臭そうに「余り泣くので他の子供達がうるさいのではと思って。」などと弁解する有様であった。
(七) そのほかにも、債権者の園児に接する態度はときとして過度に感情に走って抑制が利かなくなることがあり、殊にハーモニカやカスタネット等の楽器演奏指導において、幼児に対するものとしては余りにも厳しすぎることが多く、園児の中にはその厳しさに脅え、泣き出す者もあり、その指導の仕方について、園児の両親から抗議をうけることも少くなかった。債権者も自分の感情の起伏の激しさを自覚していて、現に同僚や上司に対し、屡々「自分で自分を抑えられなくなることがあるから注意して欲しい。」旨漏らしていた程である。
(八) 債務者代表者は債権者の上記に現われた行動は大勢の父母から幼い園児を預かってこれを保育する保母という職業上要請される園児への安全配慮に欠けるものがあり、又、感情の起伏が激しく稍々もすれば自己抑制を失なう傾向にある債権者の性格は、肉体的精神的に極めて未熟な園児の健全な情緒的成育を著しく妨げるものであると憂え、常々それとなく注意を与え乍らその自覚と反省を待ったが、債権者の右態度はその後も一向に改まる様子もなく、遂に債務者代表者は前記(五)に現われた債権者の園児真由美の母親に対する言動を見て債権者は保母としての資質、適性に欠け、もはやその矯正は困難であるとの判断に達し、本件解雇に踏切るに至った。
3 以上の事実が認められ、右事実によると、債務者が債権者に保母としての資質、適性に欠けるとして本件解雇に踏み切るに至ったのも、それなりに理解し得る理由があり、やむを得ない措置であったと評価し得る。
してみると本件解雇は有効であり、これを無効とする債権者の主張(再抗弁)は理由がないので、債権者の本件仮処分申請は、爾余の点について審究するまでもなく、被保全権利についての疎明を欠くものとして排斥を免れない。
三 よって、本件仮処分申請は、被保全権利の疎明がなく、又保証を立てさせて疎明にかえることは相当でないから、これを却下することとし、申請費用につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 藤浦照生 裁判官 倉吉敬 裁判官 久保田浩史)