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福岡地方裁判所 昭和62年(ワ)1552号 判決 1988年11月29日

原告

甲野花子

右訴訟代理人弁護士

太田晃

被告

株式会社極東損保調査事務所

右代表者代表取締役

寺町達雄

被告

大正海上火災保険株式会社

右代表者代表取締役

石川武

右両名訴訟代理人弁護士

高橋隆

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告株式会社極東損保調査事務所は、原告に対し、縦25.8センチメートル横36.4センチメートルの上質ケント紙に、「謝罪文」と表題したうえ、別紙(一)記載のとおりの文章を記載し、本判決確定の日付を付記し、署名押印して、交付せよ。

2  被告大正海上火災保険株式会社は、原告に対し、縦25.8センチメートル横36.4センチメートルの上質ケント紙に、「謝罪文」と表題したうえ、別紙(二)記載のとおりの文章を記載し、本判決確定の日付を付記し、署名押印して、交付せよ。

3  被告らは、原告に対し、連帯して金一〇〇万円及びこれに対する昭和六二年四月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

4  訴訟費用は被告らの負担とする。

5  3項につき仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和六一年九月頃から、福岡市中央区天神三―二―三において、その息子である訴外甲野一郎経営のお好み焼店「A」を手伝っている。

2  被告株式会社極東損保調査事務所(以下「被告調査事務所」という。)は、各種保険事故に関する調査等を業とするものであるところ、同社従業員田中重雄に右甲野一郎の身辺等を調査させ、この調査結果に基づき、昭和六一年一一月一二日、調査報告書(以下「本件報告書」という。)を作成したが、右報告書には、前記Aの経営に関し左記のとおりの記載(以下「本件記載」という。)がある。

同店の経営者は、親子共々金に汚なく、以前経営していた店舗の立退きの際も、家主と裁判して、かなり強引に立退料を取得したように聞いている。

出入りしている業者も、被調者親子は金に汚ない為、あまり相手にしていないのではないか。

3  本件報告書は、被告大正海上火災保険株式会社(以下「被告保険会社」という。)が昭和六一年一〇月三一日、後記保険事故に関し、被告調査事務所に依頼して作成させたものであり、同報告書の終局的な所有者は被告保険会社である。

4  被告保険会社は、右同日、弁護士Bとの間で、訴外中村泰弘の前記甲野一郎に対する保険交通事故の解決を委任する旨の契約を締結していたが、右B弁護士を通じて、昭和六二年四月中旬頃、本件報告書を右甲野一郎に交付し、これにより、原告も同報告書の内容を了知するに至った。

5  ところで、本件報告書中の本件記載はすべて虚偽であり、かつ、調査担当者のねつ造にかかるものであるため、原告は、これにより、その名誉及び信用を著しく毀損若しくは侮辱され、多大の精神的苦痛を被った。

6  被告らは、次の理由により、原告の右損害につき共同不法行為責任を負う。

(一) 被告調査事務所としては、本件報告書の作成を依頼された際、同種文書が訴訟における証拠としてしばしば法廷に提出されていることから、右報告書も原告その他の関係者に公表される可能性のあることを予測し、その記載内容の真偽を充分に検討して正しい報告をなすべき注意義務があるのに、これを怠り、虚偽の本件報告書を作成して被告保険会社に提出した重大な過失がある。

(二) 被告保険会社は、前記保険事故の解決につきB弁護士と委任者・受任者の関係に立っているから、B弁護士の行為は被告保険会社の行為と同視さるべきものであるところ、B弁護士は、右事故の解決のための示談交渉を有利にする趣旨で、被告保険会社のために、本件報告書を前記甲野一郎に交付し、原告において了知可能な状態に置いたのであるから、被告保険会社は、その所有する本件報告書を受任者たるB弁護士を介して原告に開示したものといわなければならない。

ところで、右の目的で本件報告書を甲野一郎に交付するについては、その記載内容の真偽を充分に検討して、原告その他関係者の名誉、信用等を侵害しないように注意を払うべき義務があるのに、被告保険会社及びB弁護士はこれを怠り、漫然虚偽の本件報告書を交付した過失がある。

7  原告が被告らの共同不法行為によって毀損された名誉及び信用等の回復のためには、被告らから請求の趣旨1、2項の謝罪文の交付を受ける必要があり、かつ、原告の被った精神的苦痛を金銭に評価すれば一〇〇万円が相当である。

8  よって、原告は、被告らに対し、不法行為による原状回復請求権に基づき、請求の趣旨1、2項の謝罪文交付を求めるとともに、不法行為による損害賠償請求権に基づき、連帯して慰謝料一〇〇万円及びこれに対する不法行為の日である昭和六二年四月一八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1及び2の事実は認める。

2  請求原因3及び4の事実は否認する。

3  請求原因5の事実は否認する。

4  請求原因6の主張及び7の事実は争う。

三  被告らの主張

1  原告主張の交通事故につき、原告の息子である訴外甲野一郎がお好み焼店Aを休業した旨虚偽の事実を主張し、その休業損害の賠償を訴外中村泰弘らに請求してきたことから、被告保険会社は保険者として、右中村らのためにB弁護士を訴訟代理人として斡旋したところ、同弁護士が事件の資料として、右休業の実態を被告調査事務所の田中重雄に調査依頼して作成させたのが本件報告書であり、この調査には、その必要性と正当性があった。

2  そもそも、本件報告書は公表しないことを前提に作成されたものであるところ、本件記載及びその前後の部分は、近隣の店主らから聞き込みした事実をそのまま記載したものであるし、本件記載は右報告書全一一ページのうちのわずか二行にすぎない。

3  したがって、本件報告書の作成に違法性はなく、また、本件報告書はB弁護士独自の判断でC弁護士に交付されたもので、本件記載を了知したのも原告ら少数の者で公然性はないし、右了知についても被告らには予見可能性がなかったというべきである。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1及び2の事実は、当事者間に争いがない。

二請求原因3ないし5の事実について判断するに、<証拠>を総合すれば、次の事実が認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。

1  訴外中村泰弘は昭和六一年五月一七日自動車を運転中、訴外甲野一郎の運転する自動車に追突する事故を起こしたが、この事故の示談交渉がもつれたため、右中村の運転していた自動車につき保険契約を締結していた被告保険会社は、同年一〇月三一日、右中村外一名のため弁護士を斡旋することにし、B弁護士を紹介した。

2  右中村外一名から右事故の解決につき訴訟行為を受任したB弁護士は、その頃被告調査事務所の従業員田中重雄に架電し、前記示談交渉で最大の争点となっていた前記甲野一郎の経営するお好み焼店Aの休業損害の実態調査を依頼した。

3  右田中は、同年一一月二日頃から調査を開始し、右甲野及びその母原告、更にA近隣の人々の話を聞き、同調査の結果を同月一二日付B法律事務所宛極秘特別調査報告書(本件報告書)として作成し、被告調査事務所代表取締役の認印を受けて、これをB弁護士に提出した。なお、被告保険会社においても、B弁護士から右実態調査をする旨の連絡を受け、同社がその費用等を負担する関係から、同年一一月四日右調査をすることにつき承認決定をし、被告調査事務所にその旨通知しておいたので、被告調査事務所は本件報告書と同一内容の報告書を被告保険会社にも提出した。

4  ところで、本件報告書中の本件記載は、Aの近隣店であるD女店主の説明として記載されているが、その真偽についての裏付調査は全く行われていない。

5  本件報告書を受け取ったB弁護士は、前記中村外一名からの委任に基づき、同年一一月一八日、原告中村外一名・被告甲野一郎とする交通事故による損害賠償債務不存在確認請求の訴を福岡地方裁判所に提起したが、昭和六二年四月中旬頃から右被告訴訟代理人である弁護士Cと和解交渉を開始し、同月一五日C弁護士に対し、前記Aの休業損害が発生していないことを証する資料として、本件報告書の表紙(B法律事務所宛極秘特別調査報告書なる記載のあるもの)以外の部分をコピーして交付した。

6  そこでC弁護士は、右コピーを一読し、同年四月一六日これを再度コピーして前記甲野一郎に郵送したため、その母である原告がその頃本件記載を了知するに至った。

三請求原因6の原告の主張について判断する。

(一)  被告調査事務所の責任について

前記認定の事実によれば、被告調査事務所がB弁護士から、交通事故による損害賠償をめぐる紛争解決の資料とするために、Aの休業損害の実態調査を依頼されたので、その調査を担当した従業員の田中において、甲野一郎及び原告のほかに、A近隣の人々からも聞き込みをし、その結果に基づき本件報告書を作成したものであり、その目的には合理的な理由があるといえるし、本件記載は、Aの近隣店であるDの女店主の説明として記載されているもので、そのような風評が存在することをそのまま記載したに過ぎないところ(この部分が田中によりねつ造されたと認めるに足りる証拠はない。)、風評は被調査者の人柄等を推測する参考資料として記載する意味がなくはないのみならず、本件報告書には、その表紙に「極秘」と明記され、調査依頼者以外の者(特に被調査者側の者)にその内容が知れるようなことは本来予定していないものであるから、右の風評についてその真偽確認のための裏付調査をしなくても必ずしも不当とはいえず、特に本件のように弁護士から調査依頼をされた場合には、弁護士の人権についての知識及び職務上の倫理等に鑑み、被告調査事務所としては、特段の事由のない限り、B弁護士が本件報告書の内容中他人の名誉やプライバシーを侵害するおそれがあると判断する部分については相応の配慮をするものと信頼してよいというべきであるから、被告調査事務所が本件報告書を作成してB弁護士に提出した行為は、社会通念上違法と評価することはできないし、また、被告調査事務所に原告主張のような注意義務を怠った過失があるともいえない。

(二)  被告保険会社の責任について

前認定の事実によれば、被告保険会社は、前記交通事故が保険事故にあたるため、前記中村外一名のためB弁護士を斡旋し、同弁護士が右中村外一名から右事故の解決につき訴訟行為を受任したのであるが、その弁護士費用が右保険金から支払われることは公知の事実であるから、実質的には被告保険会社がB弁護士に訴訟行為を委任したものと認めるのが相当である。

原告は、右の場合、B弁護士の行為は被告保険会社の行為と同視さるべきものであると主張するけれども、一般に弁護士は、法律の専門家として委任者とは独立した地位をもち、委任の趣旨に反しない限り相当広範な裁量権をもって行動することが許されているものであるから、弁護士が委任者から具体的な指示を受けて行動した場合ならともかく、そうでない限り、一般的に受任者たる弁護士の行為を委任者の行為と同視することは相当でないと解すべきである。これを本件についてみると、前認定のとおり、被告保険会社は、B弁護士からAの休業損害の実態調査をする旨の連絡を受け、これを承認する旨の決定をし、その旨被告調査事務所に通知したのち、同事務所から本件報告書と同一内容の報告書を受け取ったにとどまり、それ以上に、B弁護士に対し本件報告書を甲野一郎側に交付するよう指示し、或いはこれを承認したことはないのであるから、B弁護士が独自の判断で前記C弁護士に本件報告書の表紙を除くコピーを交付した行為を被告保険会社の行為と同視するのは相当でない。したがって、原告の前記主張は採用することができず、被告保険会社について原告主張のような過失があるとはいえない。

四結論

よって、他の点につき判断するまでもなく、原告の本訴請求は、いずれも理由がないから全て棄却すべく、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官谷水央)

別紙(一) 謝罪文

当社は、昭和六二年四月一八日、当社作成にかかる、「同店の経営者は、親子共々金に汚なく、以前経営していた店舗の立退きの際も、家主と裁判して、かなり強引に立退料を取得したように聞いている。出入りしている業者も被調者親子は金に汚ない為、あまり相手にしていないのではないか。」との記載のある調査報告書を御貴殿に開示しましたが、右記載はその全部が内容虚偽の捏造文書でありますから、ここに右記載の全部を取消し、御貴殿に陳謝致します。

昭和  年 月 日

株式会社極東損保調査事務所

代表取締役寺町達雄

甲野花子殿

別紙(二) 謝罪文

当社は、昭和六二年四月一八日、株式会社極東損保調査事務所作成にかかる「同店の経営者は、親子共々金に汚く、以前経営していた店舗の立退きの際も、家主と裁判して、かなり強引に立退料を取得したように聞いている。出入りしている業者も被調者親子は金に汚ない為、あまり相手にしていないのではないか。」との記載のある調査報告書を御貴殿に開示しましたが、事前に右記載内容が虚偽であることを確認せず、これを全部削除させなかったために、御貴殿の感情を著しく傷つけましたことを陳謝致します。

昭和 年 月 日

大正海上火災保険株式会社

代表取締役真鍋誠次郎

甲野花子殿

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