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福岡地方裁判所 昭和63年(ワ)1097号 判決 1989年1月19日

原告

稲田大作

ほか二名

被告

大久保昭吉

主文

一  被告は、原告に対し、九二万四四〇八円及びこれに対する昭和六〇年五月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告、その余を被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、二一七万九一二〇円及びこれに対する昭和六〇年五月二日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求は棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  (本件事故の発生)

昭和六〇年五月二日午後五時三〇分ころ、福岡県柏屋郡須恵町大字赤坂四八八番地の一先路上において、被告が運転していた普通乗用自動車(福岡五七む六一二八、以下「被告車」という。)が、右道路を横断しようとしていた原告に、その右側から衝突した(以下「本件事故」という。)。

2  (原告の傷害)

原告は、本件事故により、前胸部擦過創、肝右葉破裂、胸部打撲傷、腹腔内出血、右気胸第六、第八助骨骨折等の傷害を負つた。

3  (被告の責任)

被告は、被告車を所有してこれを自己のために運行の用に供していた。

4  (損害)

(一) 入通院慰謝料 六〇万円

原告は、本件事故による傷害の治療のため、昭和六〇年五月二日から同月二五日までの二四日間、木村外科病院に入院して開腹手術、接骨等の治療を受け、退院後も同年六月一四日までの間同病院に通院し(実通院日数六日間)、さらに経過観察の必要から、昭和六三年一月一三日までの間、たびたび同病院、九州大学医学部付属病院、福岡市立こども病院等に通院した。原告は、本件事故当時六歳であつたこと、右傷害の内容及び程度、手術を要したこと等を考慮すると、右入通院による原告の精神的苦痛を慰謝するには六〇万円の支払が相当である。

(二) 入院に伴う財産的損害

(1) 付添看護費 一三万二〇〇〇円

原告は本件事故当時六歳であつたことから、右入院期間中、原告の父母及び祖母が交代で二四時間の付添を余儀なくされた。その費用は、一日五五〇〇円の二四日分として一三万二〇〇〇円とするのが相当である。

(2) 交通費 八万五九二〇円

右付添看護のため、原告の父母及び祖母は夜間などに、少なくとも一日往復はタクシーを利用せざるを得なかつた。その往復料金三五八〇円の二四回分。

(3) 入院雑費 三万一二〇〇円

一日一三〇〇円の二四日分。

(4) 原告の父の休業損害 一〇万円

原告の父は大工をしていたが、原告の入院期間中休業せざるを得ず、少なくとも一日五〇〇〇円の収入の二〇日分である一〇万円の得べかりし利益を失つた。

(三) 通院付添費 三万円

一日三〇〇〇円の一〇日分

(四) 後遺障害慰謝料 一〇〇万円

原告の腹部には長さ約一六センチメートルの醜状痕が残つたほか、原告は、本件事故による受傷後、体調に変調を来し、時々腹部に差し込むような痛みが走り、便通が著しく悪くなり、さらに急激に肥満した。以上の後遺障害による原告の精神的苦痛を慰謝するには一〇〇万円の支払が相当である。

(五) 弁護士費用 二〇万円

5  (結論)

よつて、原告は被告に対し、自賠法三条に基づき、損害金二一七万九一二〇円及びこれに対する本件事故の日である昭和六〇年五月二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし3の事実は認める。

2  同4の事実は不知。

三  抗弁

1  (過失相殺)

原告には、左右の安全を確認することなく幹線道路に飛び出した過失があるから、賠償額の算定に当たり、右過失を斟酌すべきである。

なお、被告は、治療費を除くその余の損害について過失相殺の主張をする。

2  (弁済)

被告は原告に対し、昭和六〇年七月二二日、治療費以外の損害の賠償の一部として二〇万円を支払つた。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1の事実は否認する。

原告は、本件道路を横断する際、右側に駐車車両があり、また、右道路がカーブしていたことから、右側方向の安全を確認できる位置まで歩いた上、左右の安全を確認していたもので、原告には過失はない。仮に原告に何らかの過失があるとしても、被告は、このように佇立していた原告に加害車を衝突させたものであること、本件事故現場付近はスーパーマーケツトの出入口に当たり、近くにバス停もあつて人が頻繁に横断する場所であり、被告はこのことを熟知していたこと、当時加害車の前方からはバスが進行して来ており、被告は、前方の駐車車両をかわして前方に出ようとして中央線方向に進路を変更した際、対向して来るバスを認め、バスの通過前に右駐車車両の前方に出るべく急激な進路変更をしたものと考えられること等からすると、被告の過失はきわめて重大であり、この点に加えて、原告が六歳の幼児であつたことを考慮に入れると、結局、原告の過失を賠償額の算定に当たり斟酌するのは相当でないというべきである。

2  抗弁2の事実は認める。

第三証拠

本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1ないし3の事実は当事者間に争いがなく、右事実によれば、被告は、自賠法三条に基づき、本件事故による損害を賠償すべき義務があるものと判断される。

二  慰謝料及び弁護士費用を除くその余の損害について

1  いずれも成立に争いのない甲第二ないし第五号証、原本の存在及び成立に争いのない第六号証並びに弁論の全趣旨を総合すると、原告は、本件事故による傷害の治療のため、昭和六〇年五月二日から同月二五日までの二四日間、木村外科病院に入院して開復手術、接骨等の治療を受け、翌二六日から同年六月一四日までの間同病院に通院した(実通院日数六日間)こと、しかし、その後も体調が思わしくなかつたことから、同月一九日九州大学医学部付属病院で診察を受けたところ、手術による傷口の癒着も含め経過を観察する必要がある旨の診断を受け、以後、前記木村外科病院、福岡市立こども病院等に通院したことが認められる。

2  入院に伴う財産上の損害

(一)  付添看護費

前掲甲第二号証、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合すると、原告は、本件事故当時六歳の児童であり、右入院期間中、原告の父母及び祖母が交代で昼夜を通じて原告に付き添い看護したところ、医師もその必要を認めていたことが認められ、右認定に反する証拠はない。また、成立に争いのない甲第八号証によれば、原告の父は大工をしていたが、少なくとも同人が右付添看護に当たつた時は休業せざるを得なかつたことが認められるので、この点も考慮に入れると、右付添看護費の額は一日五〇〇〇円と認めるのが相当であり、その二四日分は一二万円となる。

なお、原告は、右付添看護費のほかに原告の父の休業損害がある旨主張するが、これは右付添看護費と重複するものであるから、採用することはできない。

(二)  交通費

前掲甲第八号証及び弁論の全趣旨によると、付添看護のため、原告の父母及び祖母は自宅と病院との往復にタクシーを利用したこと、その往復料金は三五八〇円であることが認められ、右認定に反する証拠はない。このうち、夜間、早朝のタクシー利用はやむを得ないものというべきであるから、原告主張の一日一往復分については本件事故との間の因果関係を認めるのが相当であり、また、右交通費を現実に支出したのは原告の父母らではあるが、結局原告が父母らに償還すべきものと観念し得るから、原告に生じた損害と解することができる。その額は、三五八〇円の二四日分で八万五九二〇円となる。

(三)  入院雑費

原告主張の一日一三〇〇円の二四日分三万一二〇〇円を相当と認める。

3  通院付添費

原告は六歳の児童であるから、その通院につき近親者の付添を要するものと認められる。その額は、原告主張の一日三〇〇〇円の一〇日分の三万円と認めるのが相当である。

4  抗弁1(過失相殺)について

被告は、抗弁として、本件事故について、原告に過失があり、損害賠償額の算定にあたつて斟酌すべきである旨主張するので判断する。

(一)  いずれも成立に争いのない甲第一〇号証、乙第一、二号証及び第五号証、原告本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く。)並びに被告本人尋問の結果を総合すると、本件事故現場は、東西に走る幅員約一二メートルの歩車道の区別のある幹線道路(このうち車道部分の幅員は約八メートルである。以下「甲路」という。)と、その北側にあるスーパーマーケツト及びその駐車場に至る進入口となつている、距離約六・五メートル、幅員約五メートルの歩車道の区別のない道路(以下「乙路」という。)とがT字型に交わる交差点(以下「本件交差点」という。)のほぼ中央付近であり、横断歩道は設けられていないこと、本件事故当時、本件交差点の北西側の甲路上に普通乗用自動車一台が駐車していたこと、原告は、乙路を通つて甲路を北から南に横断しようとしていたもので、まず乙路を北から南に走つて甲路に出た上、右駐車車両の前方約五・七メートルの所をそのまま走り抜けて一旦停止し、東側から進行して来たバスが本件交差点より東方にある停車所に停止したのを確認した後、さらに南へと出ようとしたこと、一方、被告車は、甲路を西から東に向かつて時速約三〇キロメートルで進行し本件交差点に差し掛かつた際、乙路上にいる原告を認めたが、そのまま進行し、右駐車車両を避けながら甲路の中央線寄りに出た際、右駐車車両の前方から出て来た原告に衝突したこと、以上の事実が認められる。

原告本人尋問の結果中、原告は乙路上を走つておらず、甲路上も走つていないとする部分は、前記乙第二号証(実況見分調書)も記載された目撃者の供述に照らしてにわかに採用し難く、他方、乙第二号証に記載された被告本人の供述中、被告が原告を最初に認めたのは衝突の直前であり、原告は既に甲路の中央付近にいた(すなわち、乙路上に原告がいたのは認めていない)とする部分は、被告本人尋問の結果に照らしてにわかに採用し難い。

また、原告は、被告は、前方の駐車車両をかわして前方に出ようとして中央線方向に進路を変更した際、対向して来るバスを認め、バスの通過前に右駐車車両の前方に出るべく急激な進路変更をした旨主張するが、原告主張のバスは、甲路を東から進行し、本件事故発生前に本件交差点の東方にある停車所に停止したことは右認定のとおりであるので、これをもつて被告車が急激に進路変更した事実を推認することはできない。

他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(二)  右認定事実によると、原告は、横断歩道によらずに幹線道路である甲路を横断しようとしたものである上、前記駐車車両の前方で一旦停止したものの、もつぱら東側から進行して来たバスの動静に注意を払つていたため、バスが停留所に停止したのを認めるや、反対方向である西側(右駐車車両の後方)から進行して来る自動車の有無を十分に確認せずに本件交差点中央付近に出たものと推認される。してみると、原告に大きな過失があることは明らかであり、これは損害賠償額の算定にあたつて斟酌すべきである。

しかしながら、他方、原告が当時六歳の児童であつたことは前認定のとおりであり、原告及び被告の各本人尋問の結果によると、本件交差点付近はスーパーマーケツトへの進入口となつているため、横断歩道がないにもかかわらず、横断する歩行者が少なくなく、このことは被告自身熟知していたことが認められる。しかも、被告は、児童である原告が乙路上にいることを認識していたことは右認定のとおりであるから、被告としては、駐車車両の前方から原告が出て来ることも十分に予測し得たものというべく、それにもかかわらず、停止を含む適切な措置をとり得る速度に減速することなく漫然と被告車を進行させた被告の過失も相当大きいと評価しなければならない。以上の諸点を過失割合を判断する上での減算要素として考慮すると、本件事故に関する原告と被告の過失割合は、一〇対九〇とみるのが相当である。

5  したがつて、右1ないし3の損害中被告が賠償すべき額は、右合計額二六万七一二〇円の九〇パーセントに相当する二四万〇四〇八円となる。

三  慰謝料について

1  前掲甲第六号証及び成立に争いのない甲第七号証によると、原告は、本件事故による肝右葉破裂等の傷害の治療のため開腹手術を受け、その結果、腹部に長さ約一六センチメートルの手術痕を残したことが認められる。ところで、原告は男子であり、しかも右手術痕は原告の外貌に残されたものではないから、その限りにおいては、この手術痕自体は慰謝料の支払を相当とする後遺症にはあたらないとみる余地もないではないけれども、原告が事故当時六歳の児童であり、今後多感な少年期を過ごすことを考慮すると、右手術痕が残つたことによつて原告は少なからぬ精神的苦痛を受けたものとみるのが相当であり、この点は、慰謝料の額の判断に当たつては斟酌すべきものと考える。

2  次に、原告は、本件事故によつて、体調に変調を来たし、時々腹部に差し込むような痛みが走り、便通が著しく悪くなり、さらに、急激に肥満した旨主張するけれども、本件事故による傷害とその治療のための開腹手術がこのような症状をもたらす医学上の機序を、いささかでも推認させるような証拠はない。もつとも、前掲甲第四号証によると、昭和六〇年六月一九日に原告を診察した九州大学医学部付属病院の長嵜彰医師は、「小腸のガス像が多く停滞しているような所見があり、癒着のためと思われる。」との診断をしたことが認められるけれども、他方、前掲甲第六号証によると、昭和六一年五月九日に原告を診察した木村外科病院の木村豊医師は「手術後の腸癒着障害起こる可能性なし。」との診断をしたことが認められるので、開腹手術により原告に腸癒着障害が起こつたものとみるのも困難である。

結局、原告主張の右症状と本件事故との間の因果関係を認めるには、証拠が十分でないといわざるを得ず、この点に関する原告の主張を採用することはできない。

3  右1の手術痕が残つたことに加えて、既に認定した、本件傷害の内容及び程度、入通院に要した期間、本件事故に関する原告と被告の過失割合等本件に顕れた諸般の事情を総合勘案すると、原告の被つた精神的苦痛を慰謝するには、八〇万円の支払が相当である。

四  弁済(抗弁2)について

抗弁2(二〇万円の弁済)の事実は当事者間に争いがない。

五  弁護士費用について

被告に対し賠償を求め得る弁護士費用は八万四〇〇〇円とするのが相当と認める。

六  以上の事実によれば、本訴請求は、被告に対し損害金九二万四四〇八円及びこれに対する本件事故の日である昭和六〇年五月二日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条本分を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 倉吉敬)

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