福岡地方裁判所 昭和63年(ワ)3153号 判決 1994年6月22日
原告
江良安雄
原告
石橋勇治
原告
鳥飼豊行
原告
上田伸哉
原告
前田利治
原告
石掛實
原告
境善政
原告
脇坂吉男
原告
神戸剛二
原告
太田悦子
右一〇名訴訟代理人弁護士
吉田雄策
同
加藤康夫
同
石川礼子
被告
国
右代表者法務大臣
中井洽
右指定代理人
富田善範
同
前田幸保
同
日野和也
同
中本薫
同
石丸須弥子
同
内山孝
同
高野正治
同
山下和久
同
斉藤博徳
主文
一 原告らの労務提供義務不存在確認の訴えをいずれも却下する。
二 原告江良安雄、同鳥飼豊行及び同石橋勇治の道順組立作業手当支払請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実及び理由
第一請求
一 被告は、原告江良安雄に対し金九〇〇円、原告鳥飼豊行及び同石橋勇治に対し各金八一〇円並びに右各金員に対する昭和六三年一二月一九日から各支払済みまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。
二 原告らが被告に対していずれも別紙目録記載の業務に従事する義務の存在しないことを確認する。
第二事案の概要
本件は、被告の郵政事業職員である原告らが、従前郵便外務職員において道順組立又は配達の作業に従事した場合に一定額の手当(道順組立作業手当)を支給されていたところ、昭和六三年一一月一日から新たに一定の郵便営業活動に従事した場合に一定額の手当(郵便販売促進手当)が支給される一方、従前の道順組立作業手当の制度が廃止されたことから、右廃止の効力を争い、<1>原告江良安雄、同鳥飼豊行及び同石橋勇治においては、昭和六三年一一月一日以降も道順組立又は配達の作業に従事したとして道順組立作業手当の支給を求めるとともに、<2>原告ら全員においては、郵便販売促進手当の支給の対象となる別紙目録記載の各業務は法令上なんらの根拠もない営業活動であって、原告らがこれらに従事する労働契約上の義務はない旨主張して、右業務に対する労務提供義務が存在しないことの確認を求めている事案である。
一 争いのない事実
1 当事者
原告らは、昭和六三年一一月一日当時、いずれも福岡中央郵便局に勤務する郵政事務官であり、原告江良安雄(以下「原告江良」という。)は第一集配課、原告石橋勇治(以下「原告石橋」という。)は第二集配課、原告鳥飼豊行(以下「原告鳥飼」という。)は第三集配課、原告上田伸哉(以下「原告上田」という。)及び原告前田利治(以下「原告前田」という。)は第一郵便課、原告石掛實(以下「原告石掛」という。)及び原告境善政(以下「原告境」という。)は第二郵便課、原告脇坂吉男(以下「原告脇坂」という。)は保険課、原告神戸剛二(以下「原告神戸」という。)は貯金課、原告太田悦子(以下「原告太田」という。)は調査課にそれぞれ配属されていた。
原告江良、同石橋、同鳥飼及び同脇坂は、いずれも「外務職群級別俸給表」の適用を受け、そのうち同脇坂を除く三名は、更に「郵便外務職員俸給調整額」を支給されている。
原告上田、同前田、同石掛、同境、同神戸及び同太田は、いずれも「普通職群級別俸給表」の適用を受け、そのうち同神戸及び同太田を除く四名については、更に「郵便内務職員俸給調整額」が支給されている。
2 郵政省において就業規則としての性格を有する「郵政事業職員特殊勤務手当支給規程」(昭和四九年公達第一号)には、特殊勤務手当の一つとして、郵便局又は鉄道郵便局に勤務する職員が郵便局における郵便外務事務又は鉄道郵便局における郵袋の積卸し若しくは運搬の作業に従事した場合、その作業が道順組立又は配達であったときに、一定額の手当(通常「道順組立作業手当」と呼称されていた。以下「順立手当」という。)が支給されることが規定されていた。右手当の額は地区によって異なり、福岡中央郵便局の場合、一日につき四五円であった。右手当は、昭和三九年三月九日、郵政省と全逓信労働組合(以下「全逓」という。)との間で締結された労働協約である「特技作業手当の支給に関する協定」により創設され、前記のとおり規定された。
3 原告江良、同鳥飼及び同石橋は、昭和六三年一一月一日から同月三〇日までの間、福岡中央郵便局において、原告江良については二〇日間、同鳥飼及び同石橋については一八日間、それぞれ郵便外務事務に従事した。
4 郵政省は、昭和六三年一〇月三一日、同年一一月一日をもって順立手当を廃止し、同日から新たに郵便販売促進手当(以下「販促手当」という。)を支給することにした。右廃止により、原告江良、同鳥飼及び同石橋は、昭和六三年一一月分の手当の支給時期である同年一二月一八日、前記期間における道順組立又は配達の作業に対する手当(原告江良について金九〇〇円、同鳥飼及び同石橋について各金八一〇円)の支給を受けなかった。
5 原告らを含む福岡中央郵便局に所属する郵政事業職員がそれぞれ従事する業務内容は、「郵政省組織規程」、「郵便局組織規程」等により定められており、また郵便物の引き受けなどの取り扱いは、郵便法並びにこれに基づく郵便規則及び集配郵便局取扱規程等に定めるところに従って行わなければならないとされている。
別紙目録記載一(略)ないし六(略)の各業務は、郵便事業における営業活動に当たるところ、郵政省は、原告らに対し、職務命令によって同目録記載の各業務に従事させることができる旨主張している。
二 争点
1 順立手当支払請求に関して、順立手当制度廃止の効力
2 労務提供義務不存在確認請求に関して、
(一) 確認の利益の存否(本案前の抗弁)
(二) 労務提供義務の存否
三 当事者の主張
1 順立手当支払請求について
(一) 原告らの主張
(1) 原告らは、いずれも全福岡郵政労働組合(以下「全福郵労」という。)の組合員である。
(2) 順立手当は、直接には「郵政事業職員特殊勤務手当支給規程」(昭和四九年一月一二日公達第一号)に基づいて原告らに支給されてきたが、順立手当制度自体は、もともと郵政省と全逓との間で昭和三八年三月九日締結された労働協約である「特技作業手当の支給に関する協定」によって創設されたものである。したがって、集配業務に従事する職員にとって、右手当は、集配業務という労働の対価たる賃金そのものであり、その支給を受けることは労働協約上の権利として保障されている。集配課職員である原告江良、同鳥飼及び同石橋は、右手当制度が廃止された時点では、右労働協約の締結当事者である全逓の組合員ではなかったものの、集配課職員となった当初から右労働協約の効力によってその支給を受けており、その後同組合から離脱して全福郵労の組合員となってからも引き続き支給を受けてきた。郵政当局は、昭和六三年一〇月三一日付け「郵政事業職員特殊勤務手当支給規程の一部を改正する公達」(公達第一〇一号)により順立手当制度を廃止したとするが、右手当が労働協約上の制度である以上、これを廃止するには前記労働協約の効力を消滅させる措置、すなわちその廃止変更を定めた新たな労働協約を締結するか又は一方当事者による破棄通告が必要であるところ、本件において右各措置が採られたという事実は立証されていない。したがって、順立手当の廃止は労働協約違反として無効と言うべきである。
(3) 順立手当廃止の不可欠性について
もともと販促手当制度と順立手当の制度は、その内容自体においては相互に矛盾せず、両立するものであり、販促手当を創設したから順立手当を廃止しなければならないという理論的必然性は存しない。現に昭和六二年八月に郵政省が大蔵省に提出した昭和六三年度予算の概算要求においては、販促手当の新設の要求と併せて順立手当についても従来どおりの要求をしている。被告は、販促手当の創設のためには既存手当の廃止が不可欠であったと主張するが、その根拠については厳しい予算事情等によりスクラップ・アンド・ビルド以外では手当の創設は不可能であったと主張するのみで、その立証としても、昭和六三年度予算の概算要求の中で順立手当の廃止を条件に販促手当の創設の見込みが立ったといった事情が甚だ具体性を欠いて現れているにすぎず、販促手当創設の条件として既存の手当の廃止が不可欠であったとか、それ以外に代替可能な財源確保の手段がなかった等といった事実関係はなんら立証されていない。被告の主張は、結局のところ、順立手当の廃止が新手当創設のための財源確保ないし予算要求上の配慮すなわち単なる財政運営上の事情に基づくものにすぎなかったこと、しかも財政の逼迫とか危機等といった深刻な事態ではなく、経費節減と同程度の財政事情によるものであったことを意味している。
ところで、就業規則の一方的な不利益変更に関する一連の最高裁判所の判例の法理からすれば、労働条件の中で最も基本的かつ重要な賃金それ自体を削減・減少する変更に関しては、使用者が個々の労働者の同意なしに一方的に就業規則を変更することは、よほどの特別の事情と高度の必要性がない限り許容されていないと言うべきである。右一連の判例は、単なる財政上の理由とか経営合理化のためなどというような抽象的一般的な理由から労働条件の不利益変更を合理的なものとは決して判断していない。順立手当は、道順組立及び集配という具体的な労務提供に対して支払われる直接的な対価であり、集配業務に従事する職員にとって、基本給とともに賃金を構成する要素であるから、被告が立証した程度の事情では、到底その合理性は認められない。
(4) 郵便事業における営業活動(以下「郵便営業活動」という。)と販促手当の問題点
販促手当は、郵便局に勤務する職員が小包郵便物及び電子郵便物(レタックス)を勧奨により引き受け又は受け付けた場合に、その引き受け又は受け付けた郵便物の個数に応じて支給される手当であるが、右手当は、郵便の内務職員・外務職員の別を問わず、また郵便関係職員に限らず郵便局に勤務する職員全員を支給対象とし、これらの職員全員に対して、小包郵便物の勧奨による引き受け、電子郵便物の勧奨による引き受け、ふるさと小包等の購入の勧奨と受付、小包郵便物又は電子郵便物の大口差出勧奨などといった営業活動を主として局外において、職務として行わせることを不可欠の前提としている。
しかし、このように郵便局に勤務する職員全員に職務として小包郵便物や電子郵便物のセールス活動をさせることは、郵便局組織規程が定めた郵政事業の担務分掌や郵政省職員の定員に関する法令の定めを無視し、郵便事業に関する諸法令に違反する上、郵便局に勤務する職員に対して所定の勤務時間外に営業活動を行うことを奨励ないし余儀なくさせる結果を招き、民業補完という郵政事業の使命を逸脱して民間宅配業者等の事業を圧迫する施策であるから、違法と評価されるべきである。
さらに、被告の言う郵便営業活動、特に販促手当の支給の対象となる営業活動は、国営事業として営まれる郵便事業にはもともとそぐわず、また、国家公務員である郵便局職員による職務の遂行として行うことに適しない性格のものである。国家公務員である郵便局職員による職務の遂行は、法令で定められた勤務時間の規制を受け、公務である郵便事業として私的な行為とは峻別されなければならず、国営事業としての性格から法令に定める方法や手続きなどを厳格に遵守することが要求されるのに対し、営業活動(セールス活動)というものは、このような勤務時間の定めや業務遂行の方法・手続きに関する事細かな制約にこだわっていては実際上成り立たないものであり、また職務命令による強制にも本来馴染まない性格のものである。郵便事業においてこうした営業活動を大々的に推進し、郵便局に勤務する職員全員に対して手当の支給という手段で広くこれを奨励するとすれば、必然的に勤務時間外に家族・近親者・友人などを通じて購入の勧誘や予約販売が行われることが常態化するのは自然の成り行きである。法令で定める郵便物の引き受けその他の取扱方法、切手・葉書類の販売や持ち出し、公金の出納管理の手続きなども多かれ少なかれルーズになり、法令の規定が遵守されなくなる傾向も否定できない。また、営業活動が過熱した場合の郵便局相互間の顧客の奪い合いや郵便局職員の大口利用者に対する依存によって生じる不明朗な癒着や不正行為も懸念される。郵便営業活動が進められる中でこうした問題が現実に発生していることは、班長セミナーにおいて夕食時まで営業活動への具体的取り組みについて意見交換が行われることや郵便局職員が営業活動のために地域の祭りやイベントなどに積極的に参加させられ、そのために休日を返上したり、勤務時間終了後も働いたりして労働基準法(以下「労基法」という。)違反の状態が発生していること、郵便の内務職員が勤務終了後に自宅に帰るなりして、友人・知人・家族等を通じて小包郵便物の勧奨を行っていること、また、注文をとる手段として、郵便業務とは関係のない書籍小包や贈答品の包装、宛名書までが郵便局職員によって行われていること、年賀葉書の予約販売等も家族を通じて行われており、郵便局職員でない者が葉書を売りさばいたりしていること、更に、年賀葉書と引き換えに受け取るべき代金の回収も即時には行われず、切手葉書類の持ち出しや公金の取り扱いに関する明らかな法令違反、犯罪行為すれすれの公金流用が横行していること、郵便局が電子郵便の取り扱いによる知り得た新成人の住所及び氏名のリストが民間業者に横流しされる事件が起こっていること、贈答品用の小包郵便物に関する営業活動の実質は、郵便利用の勧奨というよりも商品の販売ないしそのあっせんと言うべきであるところ、このような郵便とは懸け離れた業務が奨励され、郵便局各課に対してしばしば職員一人当たりのノルマとして割り当てられている結果、これに応じている職員もその相当部分を自腹を切って引き受けている実情にあることなどからも明らかである。
被告の主張する郵便営業活動の推進とそのための販促手当の創設については、右に述べた問題点が存在し、順立手当の廃止を合理的なものとする根拠として、右販促手当の必要性を当然の前提ないし自明の理として肯定することはできない。
(5) 順立手当の廃止による集配課職員の不利益
順立手当の廃止は、集配課職員である原告江良、同鳥飼及び同石橋に支給されていた賃金を直接減額するものであり、それ自体労働条件の不利益変更であることは明らかであり、しかも、これは集配課職員のみが受ける不利益である。確かに、大都市における住居表示制度の普及によって、集配課職員の道順組立作業と配達作業は、以前ほど特殊な経験と熟練を必要としないものになったが、それはあくまで相対的な程度の問題であり、順立手当制度の存在意義を完全に消滅させるものではない。ところが、本件においては、右手当の廃止による不利益に見合う代償ないし見返りとしての措置はなんら講じられていない。
まず、販促手当は、集配課職員のみならず郵便局職員全員がこれを受給する資格を持つものであり、制度の恩恵を享受するのは集配課職員に限られていない。外勤者である集配課職員が右手当を実際に受給することについて有利であるといっても、それは相対的な程度の差にすぎない。
そして、より根本的な事柄として、販促手当は、道順組立作業ないし集配業務に対する対価として支払われるものではなく、これと別個の営業活動に対して支払われる手当であって、集配課職員がこれを得るためには、従来の道順組立作業ないし集配業務という労務提供に加えて営業活動を行うことが要求されるのであり、こうした追加的な労務提供、換言すれば労働強化によって初めて支給を受けられる販促手当が順立手当廃止の見返りにも代償にもならないことは明らかである。
また、郵便関係職員である原告らが販促手当をその所属する課に配分される原資を通じて支給を受けている点についても、販促手当創設の根拠とされている依命通達によれば、郵便関係各課に配分される原資から支払われる手当は、郵便営業活動に従事しなかった職員には支給しないことになっているところ、原告らは郵便営業活動には一切従事していないのであるから、原告らに右手当を支給することには全く根拠がなく、将来にわたり支給されるという保障はない。
さらに、昭和六三年度の仲裁裁定実施に当たって集配課職員に関して行われた調整手当の増額が順立手当の廃止を考慮したものであるとする被告の主張も、郵政事業職員の調整手当が集配課職員に限らず毎年のベースアップの一環として改正されるのが常であり、昭和六三年度も同様であり、集配課職員のみが特別扱いを受けたわけではなかったことや順立手当の廃止を巡る全福郵労との団体交渉の場において、郵政省が順立手当の廃止につき同意を得るために、そのことに言及した事実はないことに照らすと、客観的な根拠を欠いたものであり、右調整手当の増額が順立手当廃止の見返りとしてなされたという事実は認められない。
(6) 団体交渉手続の欠落
郵政省は、昭和六二年八月に大蔵省に提出した昭和六三年度予算の概算要求において、既に「営業手当」の新設を要求しており、昭和六三年四月には全逓に対して「給与体系再編大綱(案)」を提示し、更に前記「営業手当」の予算措置を受けて販促手当の新設を行う旨の提案もしていた。これに全日本郵政労働組合(以下「全郵政」という。)も含まれていた模様であるが、同月以降、郵政省は、全逓及び全郵政と公式・非公式に交渉を重ねた結果、双方了解点に達した上で、右両組合に対し、同年九月一二日、「郵便販売促進手当(骨格)について」と題する提案を正式に行った。
このように、他の労働組合に対しては相当以前から「給与体系再編大綱(案)」が提示され、販促手当の創設について交渉が重ねられ、右各組合とほぼ合意ができたところで正式提案がなされていた。しかし、全福郵労に対しては、郵政省は、同年七月一日、右組合の要求によって初めて前記大綱(案)を送付したばかりか、同年九月一二日の団体交渉の席上、右大綱(案)の具体的な内容について、「現在検討中であって、具体的には言えない。」と述べて交渉を打ち切りながら、そのわずか四時間後に前記他組合との交渉結果である「郵便販売促進手当(骨格)について」と題する提案を行った。しかも、右提案に関して団体交渉が行われたのは同年一〇月一二日であり、郵政省は、約二時間三〇分程度の交渉を経ただけでこれを終了し、同月一七日、全福郵労に対し、右提案に基づく販促手当の創設と順立手当の廃止を同年一一月一日から実施する旨一方的に通告するに至った。
以上の経過に鑑みれば、郵政省は、本件販促手当の創設と順立手当の廃止について、郵政当局の提案内容を伝達し説明するだけの名ばかりの団体交渉を行ったにすぎず、全福郵労との間で労使間の利害を調整するための団体交渉を全く行っていないことは明らかである。こうした郵政当局の行為は、誠実交渉義務に違反した団体交渉拒否であり、全福郵労を不当に差別し支配介入を行うものであり、同組合に対する団体交渉の拒否と団結否認の態度は、労使間で遵守されるべき最低限の基本的ルールをも無視した不当労働行為であって、重大な違法があると言うべきである。したがって、原告らに対する関係で、順立手当の廃止を合理的なものとしてその効力を認めることは許されない。
(二) 被告の主張
(1) 郵政省は、昭和六三年一一月一日、郵便事業を巡る厳しい経営環境下において、事業を拡大、発展させていくためには、個々の職員がより積極的に営業活動に取り組むことが重要であるとの観点から、職員のより一層の意欲喚起を図るために、郵便営業活動に対する手当として販促手当を創設した。しかし、右手当の創設に当たっては、予算上の制約等の理由から既存の手当の廃止が不可欠であったことから、順立手当をその対象として、販促手当の創設と同時にこれを廃止することにした。そして、順立手当は、郵政事業活性化計画における現行給与制度見直しの中において、販促手当創設を求める職員の要求に添う形で廃止されたものであり、関係組合と団体交渉を行う等職員の意見も十分に反映している。
(2) 就業規則改正の面からみた廃止の適法性及び合理性
郵政事業職員には、国営企業労働関係法四〇条により労基法が適用されることから、郵政省においては、同法八九条に基づく就業規則の作成が義務づけられ、これに基づき郵政大臣の訓令としての公達によって郵政省就業規則(公達第一六号、昭和三六年二月二〇日)が作成されているところである。順立手当の支給根拠であった「郵政事業職員特殊勤務手当支給規程」も、「国の経営する企業に勤務する職員の給与等に関する特例法」(以下「給与特例法」という。)四条に基づき定められた郵政事業職員給与準則四条に基づく規程であることから、郵政省就業規則九八条一項の「職員(給与特例法施行令別表に掲げる官職にある者を除く。)の給与については、郵政事業職員給与準則(昭和二九年六月公達第四三号)の定めるところによる」の規定により、当該就業規則と一体をなすものとして職員の労働条件部分を構成しているものであるから、「郵政事業職員特殊勤務手当支給規程」の改正は、郵政省就業規則の改正という側面を持つものである。
ところで、本件のような就業規則と一体をなす職員の労働条件を構成する規程の一方的な改正については、職員退職給与規程の変更に関する最高裁判所昭和六三年二月一六日第三小法廷判決の趣旨に鑑み、当該就業規則の変更がその必要性及び内容の両面からみて、それによって労働者が被ることになる不利益の程度を考慮しても、なお当該労使関係における当該条項の法的規範性を是認できる程度に合理性を有するものである限り、個々の労働者においてこれに同意しないことを理由に、その適用を拒否することは許されないと解すべきであり、特に賃金、退職金など労働者にとって重要な権利、労働条件に関し実質的な不利益を及ぼす就業規則の変更については、当該条項がそのような不利益を労働者に法的に受忍させることを許容できるだけの高度の必要性に基づいた合理的な内容のものである限り、その効力を生ずるものと解すべきである。
これを本件各手当の廃止及び創設についてみると、以下のとおりである。
ア 販促手当制度創設の必要性
独立採算制を採る郵便事業において、販促手当制度創設に至るまでの郵便事業をめぐる経営環境は、小包分野に加え、書籍や代金引換郵便物(小包郵便物を除く。)、更には国際宅配分野においても競合、競争が一層熾烈になってきており、また、民間宅配業者が全国規模でダイレクトメールやレタックス等の分野にも進出しようとする動きがあるなど厳しい状況にあり、事業の経営基盤を強化、発展させ、事業本来の目的である良質のサービスを安い料金で国民に提供していくための最も重要な課題は、事業運営の効率化を図るとともに郵便の需要の拡大を図ることであった。そのためには、職員個々人がより良いサービスの提供に努めることはもちろん、いろいろな営業活動に積極的に取り組むことが何よりも重要であり、職員のより一層の意欲喚起を図りその労に報いるためには、それに対応する手当の創設が急務となっていた。
また、従来からその営業活動の成果に対して手当が支給されていた貯金・保険の各事業との処遇面における整合性を図る必要性もあったほか、関係組合からもその創設を強く求められ、職員にとっても必要性が高いものであった。
イ 販促手当と順立手当のスクラップ・アンド・ビルドの必要性
販促手当創設に当たっては、国の財政事業が極めて厳しい状況の中で、大蔵省との予算折衝において、新たな施策の実施に必要な財源については、既定経費の節減により捻出すること、販促手当についても既存手当を廃止してその財源とすべきこと(スクラップ・アンド・ビルド)が強く求められており、既存手当の廃止は絶対に不可欠であった。
そして、順立手当については、<1>対象となる職員が人口一〇万人以上の市町村の区域に所在する普通郵便局における郵便外務事務に従事する職員に限られており、これに該当しない郵便局において郵便外務事務に従事する職員との間に不公平な面があること、<2>道順組立及び配達等の業務は、郵便外務事務に従事する職員の本来的な業務であるにもかかわらず、出勤すれば当然のことのように右手当が支給されている実態があり、また、順立手当創設当時とは異なり、住居表示の普及・浸透等により特殊技能を要する度合いが低下していることから、給与特例法三条に言う給与としての意義も希薄になっていること、<3>昭和六三年六月ころ、総務庁行政監察局から順立手当を廃止すべきである旨の指導を受けていたこと、<4>販促手当が主として郵便局外での郵便物等の勧奨・引き受けという実績に対する手当であることから、その支給条件は郵便外務に従事する職員にとって非常に有利になっており、順立手当の代替に十分なり得ることなどから、廃止の対象としては最も相応しいものと考えられた。
ウ 順立手当廃止による不利益の程度
順立手当の廃止によって、原告らには右手当が支給されなくなった反面、販促手当の創設によってこれまで手当の対象とされていなかった郵便営業活動に対して手当が支給されることになり、また、右手当が右営業活動における能率給としての性格を有することから、努力次第では従来支給されていた順立手当の何倍もの手当を獲得し得るものであるなど、右廃止によって原告らが主張する不利益が存在するとは必ずしも言えない。
また、販促手当は、主として郵便局外での郵便物等の勧奨による引き受けに対して支給することを主眼として創設された手当であることから、その支給条件は常時郵便局外において活動する郵便外務事務に従事する職員にとって非常に有利になっており、順立手当の代替に十分なり得る。
現に、原告江良、同石橋及び同鳥飼に対しては、平成元年三月三一日の時点で原告江良について一六二七円、同石橋について一九三二円、同鳥飼について二〇六四円の販促手当が支給されることになっているが、右手当は、他の職員が行った営業活動により当該職員の属する課に後方支援分として配算される手当が勤務実績に応じ配分、支給された額にすぎず、仮に右原告らが自ら積極的に勧奨活動を行い販売実績を挙げていたとしたならば、更に右支給額は増えていた。
さらに、本件各手当制度の改正とほぼ同時期に行われた昭和六三年度のベースアップにおいては、順立手当の廃止に伴う職員の処遇の変化をも考慮して、郵便外務職員俸給調整額の支給を八〇〇円(そのうち三〇〇円は順立手当の廃止を考慮したものである。)増額し、その改善を図っている。
ちなみに、平成三年三月から平成四年二月までの一年間における原告江良に対する順立手当の支給額(試算額)は、一万〇七一〇円であるのに対し、販促手当の支給額及び右調整額での措置の合計額は、一万二一八二円である。同年三月から平成五年二月までの期間についても、同原告に対する販促手当の支給額及び右調整額での措置の合計額は、順立手当の支給額よりも二八七一円多くなっている。同様に、同石橋及び同鳥飼についても、そのほとんどの場合において、販促手当の支給額及び右調整額での措置の合計額の方が順立手当の支給額(試算額)よりも多くなっている。
以上の諸事情を考慮すれば、原告らが主張する不利益が存在するとは言えない。
エ 関係組合との交渉経過
就業規則の一方的変更の合理性の判断においては、多数の従業員が右変更に同意しているかどうかが重要であり、主要な労働組合が存在する場合には、右労働組合との団体交渉において合意に達しているか否かが重視されるべきであるが、郵政省は、本件手当制度の改正当時、郵政事業に従事する職員で管理者等を除くもの約二六万三三〇〇人のうち、五八・六パーセントの職員が所属する全逓及び二六・三パーセントの職員が所属する全郵政に対して、それぞれ右改正を提案し、合意妥結しており、大多数の職員が所属する労働組合の意見を聴き、その了解を得て実施している。
その上、原告らが所属する全福郵労(組合員約九〇名、構成比〇・〇三パーセント)に対しても前記各組合と同一時期に同一内容の提案を行い、結局妥結には至らなかったものの、合計二回の団体交渉を行うなど原告らの所属する組合に対してもぎりぎりまで理解と協力を求めるべく十分誠意ある対応をしている。
また、郵政事業は、国営事業であり、そこで働く職員は国家公務員であることから、職員の労働条件の決定に当たっては、全国的に統一的、画一的に処理すべきことが強く要請されている。したがって、就業規則改正の合理性の有無の判断に当たっても、私企業の場合と比較してその基準は緩やかに解されるべきである。そして、郵便局職員のような現業国家公務員については、その勤務関係は、基本的には公法的規律に服する公法上の関係であるとされているから、私企業の場合とは異なり、就業規則の改正の必要性が認められる場合であれば、法令、労働協約及び労基法の定めに反しない限り、個々の労働者ないしは労働組合の同意がなくても、これを行えるものと解すべきである。
以上のとおり、<1>郵便事業を取り巻く今日的状況からみた販促手当創設の必要性、<2>廃止の対象として順立手当が選定されたことの妥当性、<3>順立手当の廃止によって原告らが被ったとする不利益の程度、<4>本件各手当制度の廃止及び創設に当たり大多数の職員の理解と協力を得ていること、<5>原告らが所属する全福郵労に対しても必要な提案、団体交渉を行っていることなどの事情を考慮すれば、就業規則の改正という面からみても、順立手当の廃止は高度の必要性に基づいた合理的な内容を持ったものであり、原告らの同意はもちろん、その所属する組合の同意を得ていないとしても、原告らがその効力を否定することは許されないと言うべきである。
(3) 公達による順立手当廃止の適法性及び正当性
郵政省は、「郵政事業職員特殊勤務手当支給規程の一部を改正する公達」(公達第一〇一号、昭和六三年一〇月三一日)によって順立手当を廃止したが、郵政省においては、訓令を公達、達、令達と分類して使用しており、右公達は、国家行政組織法一四条二項に基づく郵政大臣の適法な訓令に該当する。そして、訓令は、行政機関に対して発せられ、行政機関の所掌事務ないし権限を拘束する命令であるが、行政機関は特定の職員が構成し、訓令に従うことは右特定の職員の義務であることから、その限りにおいて職務命令の性質を有する。したがって、右公達も国家公務員法九八条一項に規定する「上司の職務上の命令」として適法に郵政事業職員を拘束するものであり、これを違法無効とする理由はなんら存しない。
また、右公達は、郵政省が原告らの所属する全福郵労を含む関係組合と交渉を行った結果、その内容を就業規則化すべく正式に定められたものであり、郵政省就業規則の内容そのものであるから、全ての郵政事業職員は、当然にその内容に従わなければならず、原告ら及び原告らの所属する全福郵労が右廃止に同意又は合意していないからと言って、そのことをもって順立手当の廃止が違法、無効と言うことはできない。
2 労務提供義務不存在確認請求について
(一) 被告の主張
(1) 確認の利益について(本案前の抗弁)
原告らの請求は、要約するところ、別紙目録記載の業務に原告らが従事することは、なんら組織規程上の根拠もなく、郵便法等の法令にも違反するので、右業務に対する労務提供義務のないことの確認を求めるというものであるが、このような一般的業務についての労務提供義務の不存在の確認を求める訴えは、当該義務の履行によって侵害を受ける権利の性質及びその侵害の程度、違反に対する制裁としての不利益処分の確実性及びその内容又は性質等に照らし、右処分を受けてからこれに関する訴訟のなかで事後的に義務の存否を争ったのでは回復し難い重大な損害を被るおそれがある等、事前の救済を認めないことを著しく不相当とする特段の事情がある場合でない限り、法律上の争訟の存在又は法律上の利益を欠く(最高裁昭和四七年一一月三〇日第一小法廷判決)。そして、郵便営業活動の取り組みに当たっては、郵便局における管理者は日常的に郵便営業活動に関する指示を発しており、右指示は、後記(2)のとおり郵便営業活動が郵政事業職員の職務内容に含まれていることから、当然に職務命令に該当するものであるところ、郵政省においては、職員個々人の右活動に対する自発的かつ積極的な取り組みを期待して、職員が郵便営業活動を行わないことのみをもって懲戒処分に付す取り扱いは現在行っていない。また、被告が全福郵労の組合員数名について郵便営業活動に従事しないことを理由に主任への発令を拒否しているとか人事考課において右営業活動に従事しないことを不利益な事情として取り扱っているといった原告らの主張についても、具体的な主張立証がなかったり、原告らが被っているという人事考課に際しての具体的な不利益が明らかでなく、事前の救済を認めないことを著しく不相当とする右特段の事情は認められない。
したがって、本件郵便営業活動に従事すべき義務の存否の確定を求める法律上の利益を認めることはできず、原告らの労務提供義務不存在確認の訴えは、不適法であり却下されるべきである。
(2) 労務提供義務の存在について
ア 郵政省が遂行する国の事業及び行政事務並びに所掌事務については、郵政省設置法において定められているが、同法七条五項は、郵便局の所掌事務の範囲等について、「郵便局の名称、位置、管轄区域、所掌事務の範囲及び内部組織は、郵政大臣が定める。」と規定している。これを受けて、郵政大臣は、訓令である公達によって右郵便局が所掌する事務の範囲等を定めるものとし、郵便局組織規程がそれに該当する。
イ 原告らが勤務する郵便局における郵便営業活動の規程上の根拠
(a) 郵便関係課に勤務する者の郵便営業活動について
福岡中央郵便局第一郵便課に勤務する原告上田及び同前田並びに同局第二郵便課に勤務する同石掛及び同境については、郵便局組織規程(なお、同規程は、平成元年五月、全面改正されたため、以下引用する条項は、右改正前である昭和六三年当時のものである。)一〇条、九条及び九州郵政局長が定める「郵便局の課の所掌事務の細目」(昭和三五年九月達第一九八号、なお、同細目は、平成元年八月、「九州郵政局管内に置かれる普通郵便局の組織に関する達」(平成元年八月達第七二号)により全面改正されたが、所掌事務に関する規定内容は改正後においても同内容になっている。)に基づいて右各課の所掌事務として定められたもののうち、「郵便切手類及び郵便の利用上必要な物の販売並びに印紙の売りさばきに関すること」(同規程九条二号)、「郵便の普及及び利用勧奨に関すること」(同条三号)及び「前各号の事務に附帯すること」(同条六号)が郵便営業活動の根拠である。
同局第一集配課に勤務する原告江良、同局第二集配課に勤務する同石橋及び同局第三集配課に勤務する同鳥飼については、同規程一一条の二、一一条及び前記「郵便局の課の所掌事務の細目」に基づいて右各課の所掌事務として定められたもののうち、「郵便切手類及び郵便の利用上必要な物の販売並びに印紙の売りさばきに関すること(前号に附帯して行うものに限る。)」(同規程一一条二号)、「郵便の普及及び利用勧奨に関すること(第一号に附帯して行うものに限る。)」(同条三号)(以上、郵便物の取集め及び配達に附帯して行う郵便営業活動について)及び「前三号の事務に附帯すること」(同条四号)(それ以外の郵便営業活動について)がそれぞれ郵便営業活動の根拠である。
(b) 郵便関係課以外の課に勤務する者の郵便営業活動について
前記郵便局保険課に勤務する原告脇坂、同局貯金課に勤務する同神戸及び同局調査課に勤務していた同太田(平成元年八月二一日以降は同局貯金課に勤務)については、郵便営業活動は、郵便組織規程上、各所属課の所掌事務として直接には規定されていない。
しかし、郵政省は、郵政省設置法に基づき、郵便、為替貯金及び保険年金の三事業を一体的に営むこととされ、郵便局において右各事業が一つの事業場内において一体的に運営されていることから、右各事業の業務運営を効率的に行うために、郵政省職務規程は、各機関の長が「所部の職員をして、その配置を変更せず、臨時に他の事務を担当せしめること」ができる旨規定し(同規程七条三号)、郵政省就業規則も、「職員は、業務の都合により、その配置を変更されないで臨時に他の事務の担当を命ぜられることがあるものとする」(同規則一〇条)と規定し、郵便局における業務上の必要に基づき、職員の配置の変更を行うことなく臨時に他課の業務を行わせることができるとしている。
したがって、郵便関係課以外の課に勤務する職員の郵便営業活動については、勤務する課の所掌事務としてではなく、その配置を変更しないで臨時に他の課、すなわち郵便課の事務を担当させることができるとする「臨時の担務変更」によって郵便営業活動を行わせることができるのである。
また、郵便局に勤務する職員の営業活動について、郵政大臣の命を受けた郵政大臣官房人事部長等が、郵便局組織規程一条中の「別に定めるもの」として、昭和六三年一〇月三一日、「郵便局における営業関係事務の取組について」と題する通達(依命通達)を発出したが、同通達は、「1郵便局の部、課及び室においては、効率的な事務の応援として、当該部、課及び室の所掌事務のほか、次に掲げる営業関係事務を取り扱うものとする。<1>郵便の普及及び利用勧奨に関すること。<2>郵便切手類及び郵便の利用上必要なものの販売に関すること。<3>郵便物の局外引受けに関すること。<4>郵便貯金の奨励に関すること。<5>簡易生命保険及び郵便年金の募集に関すること。<6><1>の事務に係る郵便振替に関する事務その他<1>から<5>までの事務に附帯すること。2郵便局長は、1により郵便局の部、課及び室の職員が他の部、課及び室に係る営業関係事務を行う場合には、関係する部、課及び室の間の連携及び調整に特に配意するものとする。」と規定しており、これによっても、郵便関係課以外の課に勤務する職員について、「効率的な事務の応援」として郵便営業活動を行うよう命じることができるものとされている。
ウ 郵政事業職員の勤務関係は、公法的規律に服する公法上の関係であるが、右職員の職務について、国家公務員法は、「すべて職員は、国民全体の奉仕者として、公共の利益のために勤務し、且つ、職務の遂行に当っては、全力を挙げてこれに専念しなければならない。」と規定し(同法九六条一項)、郵政省就業規則も、「職員は、郵政事業の使命を認識し、国民全体の奉仕者として公共の利益のために勤務し、かつ、職務の遂行にあたっては、全力を挙げてこれに専念しなければならない。2職員は、その職務を遂行するについて、法令及び訓令並びに上司の職務上の命令に忠実に従わなければならない」と規定している(同規則五条)。そして、右職務とは、職員の属する機関又は組織単位の事務であって、当該職員が包括的に又は個別に担務することを命ぜられたものとされており(同規則運用通達)、右事務が郵政省設置法及び郵便局組織規程等によって明確にされていることは、前記ア、イで述べたとおりであるから、原告らは、郵便営業活動について、当然に職務として全力を挙げてこれに専念しなければならない義務を負う。
(二) 原告らの主張
(1) 確認訴訟の適法性について
福岡中央郵便局においては、昭和六一年一〇月ころから原告らを含む全福郵労の組合員に対して、営業活動に従事するよう上司からの職務上の指示が出されるようになった。同組合は、当局が同組合との団体交渉による合意なく右営業活動を組合員に強制することに強く反対し、そのためもあってか、現在のところ、同組合の組合員に対して、営業活動の内容を具体的に示してこれを行うようにといった個別的な指示はなされていない。
しかし、原告らが所属する各課ないし係では、毎日始業時に行われるミーティング等の場において、上司が原告らを含む職員全員に対して、本件訴えにおいて原告らが従事すべき義務がないと主張する営業活動に従事すべきことを内容とする、又はそれを当然の前提とする訓示や呼びかけを行っており、原告らは日常的に右営業活動に従事するよう命令されている状態にある。
また、郵政省当局は、原告らが右営業活動に従事すべき職務上の義務があるとの見解の下に、原告らが右営業活動の指示に従わない行為を懲戒処分の対象にすることも可能であるが、裁量によりこれをしていない旨主張しており、原告らは、右営業活動を行わないことを理由に当局からいつ懲戒処分を受けるかもしれず、ただ当局の裁量によってそれがなされていないという非常に不安定な立場にある。
さらに、右当局は、原告らを含む全福郵労の組合員が右営業活動に従事しない行為が昇給・昇格等の人事考課の重要な資料になる旨公式に言明しており、同組合の組合員数名について、右営業活動に従事しないことを理由に主任への発令を拒否している実情にあり、人事考課において右営業活動に従事しないことが不利益な事情として取り扱われるという形で現実に不利益を被っている。
したがって、原告らには、こうした法律上の地位の不安定と不利益を除去するために、前記営業活動に従事する義務のないことの確認を求める利益がある。
(2) 労務提供義務の不存在について
ア 被告が主張する郵便事業の「営業活動」とは、ほぼ別紙目録記載の各業務であるが、郵政当局は、原告らに対し、こうした営業活動に従事することが、郵便業務に従事する職員だけでなく、原告らを含む郵便局に勤務する職員全員にとって職務上の義務であり、職務命令をもってこれを強制できることを主張している。
イ 販促手当は、前述の営業活動のすべてを支給対象とするものではなく、専ら小包郵便物、電子郵便物及びふるさと小包等に関する営業活動、すなわち、民間企業と競合関係にある営業活動に対してのみ支給される。そして、その支給対象者は、東京中央郵便局営業企画課、大阪中央郵便局営業企画課及び各郵便局郵便営業センターに所属する職員を除く、郵便局に勤務する職員とされ、郵便事業に従事する職員に限定されていない。
しかし、郵政省がこのような郵便事業の営業活動、特に小包郵便及び電子郵便の営業活動を郵便局に勤務する職員全員に対して職務上の義務として行わせ、これに対して手当を支給することは、以下の理由により違法であり、許されない。
(a) 郵政省設置法三条一項は、郵政省の遂行すべき事業及び行政事務として、<1>郵便事業、<2>郵便貯金事業、郵便為替事業及び郵便振替事業、<3>簡易生命保険事業及び郵便年金事業並びに<4>電気通信に関する事務を定めているが、右<1>ないし<3>を主とするものが郵政事業と呼ばれ、郵政大臣が管理するものとされ、いずれも営利を目的とする事業であってはならないとされている。
このうち、郵便事業は、専ら郵政省の内部部局としての郵務局が所掌し、更に右所掌業務を地方支分部局である地方郵政局の郵務部が分掌し、その現業業務を郵便局の郵便関係課等が分掌することとされているが、右郵便関係課等がそれぞれ分掌する業務は極めて詳細に定められており、個々の郵便局職員の従事すべき業務内容は、自己の所属する課等が分掌する事務に厳密に限定され、右分掌業務以外の業務を取り扱うことは原則として許されず、またその義務もない。
郵政事業職員の給与についても、前記詳細に分掌されている職務に対応して、給与特例法の定める基本原則に従い、各職群毎に別個の俸給表が設定されている。
原告らのうち、集配課に所属する者に対しては、外務職群級別俸給表が適用され、同原告らは、右俸給表中、一・二級に分類されている。
(b) 販促手当の違法性
郵政事業は、国家行政組織の活動の一環であることから、その権限、業務又は所掌事項等について厳密な成文法主義が貫徹されており、そのうち郵便事業の業務の所掌は、専ら内部部局の郵務局、地方支分部局としての地方郵政局の郵務部と郵便局の郵便関係課等である。販促手当は、その名称及び支給対象とされている業務の範囲が示すとおり、郵便事業に関する手当であるところ、その支給対象者は、郵便局に勤務する全ての職員とされ、郵便事業に無関係の職員も郵便関係各課に関する所掌事務に属する労務の提供を強制されており、前記郵政事業における担務分掌の法定主義に反する違法な措置である。
(c) 次に、郵政省の三事業は、それぞれ特別会計とされていること、行政機関の職員の定員に関する法律及び郵政省職員定員規程等の法令並びに原告らが配置されている福岡中央郵便局が単独定員配置局であること等の関係においてみても、右措置は、従来存在しなかった郵便事業における営業活動を郵便局の職員全員に一方的に付加するものであって、許されないと言うべきである。
(d) さらに、内務職に属する職員はもちろん、外務職に属する職員にとっても、販促手当の支給対象とされる業務は本来の勤務時間内に行うことが予定されていない業務であることから、右業務を遂行しようとした場合には、本来の業務を放置するか、勤務時間外に行うしか方法がないところ、前者は前記郵政事業の基本原則に反し、後者はなんらの根拠もなく行われる勤務時間の延長・変更であって、いずれにしても違法と言うべきである。
(e) また、販促手当の支給を受けるためには、一定の郵便事業における営業活動に関連する業務に従事することが条件とされているが、右販促手当創設の目的と併せて見た場合、これは営業活動の実質的強制であり、官業の任務である民業の補完という前記基本原則、特に非営利事業の原則に反するものであると言わなければならない。しかも、右業務は民間企業と競合関係にある小包郵便物及び電子郵便物に関する部分に限られ、郵政省の独占である郵便切手及び郵便はがきの販売については支給の対象から除外されている点においても、明らかに郵政事業の根本原則に反し、民業補完の使命を放棄しこれを圧迫・駆逐する施策と言わなければならない。
(f) 加えて、従前、小包郵便物及び電子郵便物の差出し・引き受けの業務は、郵便局の窓口で行わなければならなかったのであるが、右各郵便物を局外において引き受け、受け付けることは、右既成の制度を完全に変更する新たな制度の創設であり、かつ、労働条件の変更と言うことができる。しかるに、右創設のための法令の整備は行われず、かつ、これに伴う労働条件の変更についても原告らが所属する組合との間で団体交渉すら行われていない。
ウ 被告が原告江良、同石橋及び同鳥飼に関し、郵便営業活動に従事すべき義務があることの根拠として挙げる郵便局組織規程一一条は、集配課職員の行うべき切手類や印紙の販売、郵便物の普及や利用勧奨などの営業活動をあくまでも郵便物の取集め及び配達業務に附帯して行うものに限定していることは明らかである。郵便物の取集め及び配達に附帯して行う営業活動以外の営業活動を同条四号の「前三号の事務に附帯する」ものに含めしめようとする被告の主張は、「同条一号の集配業務に附帯して行われる営業活動に限る。」と限定を付している同条二号、三号の規定に照らし、論理矛盾を犯していることは一見して明白であり、およそ成立し得ない解釈である。
エ 郵便関係課以外の課に勤務する職員である原告脇坂、同神戸及び同太田の郵便営業活動に従事する義務に関して、郵便組織規程上の根拠がないことは被告も自認しているところである。
被告が同原告らに郵便営業活動を行わせることができる根拠として挙げる「臨時の担務変更」も、これを規定する郵政省職務規程七条三号及び郵政省就業規則一〇条の文言をみれば、緊急かつ例外的な場合に機関の長が採り得る臨時の措置を想定したものであることは明らかであって、全国一斉に全郵便局の全職員に対して画一的に郵便事業に関する営業活動を行わせる措置が「臨時」と言えないことは文字どおり明白である。しかも、当該郵便業務については、郵便局における担務分掌の垣根を全て取り外してしまう措置であるから、担務分掌の基本理念そのものの否定であり、到底臨時の措置として許されるものではない。
オ また、被告は、郵便関係課以外の課の職員に対して郵便営業活動を命じることができることの根拠として、郵政大臣官房人事部長等が昭和六三年一〇月三一日付けで発した「効率的な事務の応援」を内容とする「郵便局における営業関係事務の取組について」という依命通達を挙げているが、もともと郵政大臣の公達という法形式で制定されている郵便局組織規程、郵政省職務規程及び郵政省就業規則等の法令内容を依命通達という形式によって変更することは許されないから、右各規程・規則に全く根拠の存しない「効率的な事務の応援」という概念を右依命通達によって作り出し、これに基づき郵便関係課以外の課の職員をして郵便営業活動に従事させることは、右各規程・規則に違反する著しく恣意的な措置と言うべきである。
第三争点に対する判断
一 順立手当支払請求について
1 当事者間に争いのない事実、証拠及び弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。
(一) 当事者等
原告らは、昭和六三年一一月一日当時、いずれも福岡中央郵便局に勤務する郵政事務官であり、原告江良は第一集配課、同石橋は第二集配課、同鳥飼は第三集配課、同上田及び同前田は第一郵便課(現在の名称は郵便課)、同石掛及び同境は第二郵便課(現在の名称は郵便窓口課)、同脇坂は保険課、同神戸は貯金課、同太田は調査課にそれぞれ配属されていた(<証拠・人証略>)。
また、原告らは、いずれも全福郵労の組合員である。同組合は、昭和四五年二月一八日、全逓福岡中央支部に所属していた福岡中央郵便局所属職員約七〇名ないし八〇名により結成され、昭和六三年一一月当時の組合員数は約一二〇名であった(<証拠・人証略>)。
なお、郵政省には、昭和六三年六月当時、全国的規模の労働組合として、全逓、全郵政及び郵政産業労働組合があったほか、下部組織を持たない単独組合が約四四あり、全福郵労はそのうちの一つであった。全逓及び全郵政の各組合員数は、それぞれ約一六万人及び約七万人であり、同年一〇月当時において、郵政省に勤務し郵政事業に関わる職員(管理職及び非常勤職員を除く。)全体に対する右各組合の組合員が占める割合は、それぞれ五八・六パーセント及び二六・三パーセントであった(<証拠略>)。
(二) 郵政事業の概要及び会計制度
郵政省は、郵政省設置法に基づき、行政部門である電気通信関係業務と事業部門である郵政事業を所掌している。このうち、郵政事業とは、郵便、郵便為替及び郵便振替の事業、郵便貯金、簡易生命保険及び郵便年金の取り扱いに関する業務、日本電信電話株式会社、国際電信電話株式会社、国民金融公庫又は沖縄振興開発金融公庫から郵政省に委託された業務、日本放送協会、国家公務員等共済組合又は国家公務員等共済組合連合会から郵政省に委託された業務、国民貯蓄債券の売りさばき、償還及び買上げ並びにその割増金の支払に関する事務、印紙の売りさばきに関する事務、年金及び恩給の支給その他国庫金の受入れ払渡しに関する事務、国債、地方債又は政府が元本の償還及び利息の支払について保証している社債その他の債券の募集の取り扱い、証券の保護預り及び元利金の支払に関する事務並びにこれらの附帯業務をいうが、右事業については、企業的に経営し、その健全な発達に資するために、郵政事業特別会計法に基づき、特別会計が設けられ、一般会計と分か(ママ)って(ママ)経理するものとされ、独立採算制が採られている(<証拠略>)。
(三) 郵政事業職員の給与体系と原告らの俸給
郵政事業職員の給与の基本原則は、一般の国家公務員と同様、その職務内容と責任に応ずるものでなければならないとされているが、郵政事業職員の場合、それに加えて、職員の発揮した能率を考慮し、職員の能率向上、経営努力によって収入が増加した場合又は経費が節減した場合、大蔵大臣の承認を受けて、右増加額又は節減額の一部に相当する額を特別給与として支出することができることになっている(給与特例法三条一項、五条但書)(<証拠略>)。
郵政事業職員の給与体系は、基準内給与及び基準外給与に大きく分かれており、基準内給与は俸給、扶養手当及び調整手当に、更に俸給は俸給月額と調整額に分かれている(<証拠略>)。
原告江良、同石橋、同鳥飼及び同脇坂は、いずれも「外務職群級別俸給表」の適用を受け、そのうち同脇坂を除く三名は、更に「郵便外務職員俸給調整額」が支給され、同上田、同前田、同石掛、同境、同神戸及び同太田は、いずれも「普通職群級別俸給表」の適用を受け、そのうち同神戸及び同太田を除く四名については、更に「郵便内務職員俸給調整額」が支給されている(<証拠略>)。
一方、基準外給与としては、定例的に支給されるものとして管理職手当、通勤手当、宿直手当、住居手当、超過勤務手当及び特殊勤務手当があり、臨時的に支給されるものとして寒冷地手当、夏期手当、年末手当、業績賞与及び退職手当がある。これら諸手当のうち、特殊勤務手当とは、著しく危険、不快、不健康、その他特殊な勤務で、給与上なんらかの考慮が必要であるが、俸給で処理できない又は処理することが不適当若しくは不適切な場合に、右特殊勤務の状況に応じて支給される手当であり、本件で問題となっている順立手当及び販促手当は、いずれも特殊勤務手当に該当する(<証拠略>)。
(四) 順立手当の概要
順立手当は、昭和三九年三月九日、郵政省と全逓、全国特定局労働組合及び郵政労働組合との間で締結された労働協約である「特技作業手当の支給に関する協定」に基づいて創設され、昭和四九年、「郵便事業職員特殊勤務手当支給規程」(昭和四九年公達第一号)に規定された。右手当は、郵便局に勤務する職員が、郵便局における郵便外務事務に従事したときに支給され、その額は、従事した日一日につき、次表にそれぞれ定める作業の別及び地区の区分に従い、同表に掲げる額とされていた。同表に言う「道順組立又は配達作業」とは、郵便局における外務事務のうち郵便物を配達順路に並べ替える作業又は直接郵便物を配達する作業並びに右各作業に附帯する作業を言い、「その他の作業」とは、それ以外の郵便外務事務を言うものであったが、右手当創設当時、住居表示制度が実施されていなかったことから、道順組立の作業は、相当な熟練、技能が必要であった。
(支給額は、順立手当廃止当時の額)
また、右表中の「地区の区分」は、次表のとおり分類されており、福岡中央郵便局は、A地区に該当していた。(<証拠略>)
(五) 販促手当の概要
販促手当は、昭和六三年一〇月三一日、「郵便販売促進手当の支給について」と題する依命通達によって創設され、同年一一月一日から実施された。
右手当の支給対象者は、郵政事業職員給与準則(昭和二九年六月公達第四三号)の適用を受ける職員のうち、郵便局に勤務する職員(ただし、郵人要第四六号の一〇(昭和六三年一〇月二五日)「郵便局等に勤務する職員に対する俸給の調整額の支給について」依命通達記1の(4)に規定する郵便営業センター等調整額の支給を受ける職員を除く。)であり、その支給対象範囲は以下のとおりである。
<1> 小包郵便物(国際ビジネス郵便物を含み、書籍小包郵便物を除く。以下同じ。)を局外において、勧奨により引き受けた場合。ただし、定時集荷又は随時集荷により引き受けた場合を除く。
<2> 電子郵便物を勧奨により引き受けた場合。ただし、定時集荷又は随時集荷により引き受けた場合を除く。
<3> ふるさと小包等の購入申込みを勧奨により受け付けた場合
<4> 小包郵便物又は電子郵便物の大口差出勧奨を行い、その結果、当該郵便物が差し出された場合(当該勧奨先から一度に一〇〇個(通)以上又は一か月五〇〇個(通)以上新たに差し出された場合に限る。)
<5> 郵便関係職員が小包郵便物又は電子郵便物を定時集荷又は随時集荷により引き受けた場合
また、右手当の支給額及び支給方法は、以下のとおりであり、一定の営業活動に実際に従事した職員に対して直接支給されるものと、当該職員が所属する課を通して職員全員に支給されるものとがある。
<1> 前記<1>ないし<4>に該当する場合
(a) 当該郵便物等を引き受け又は受け付けた職員に対し、引き受け又は受け付けた当該郵便物等一個(通、件)につき六〇円を支給する。
(b) 郵便関係職員については、右額に併せ、当該職員が所属する課(総合定員配置局にあっては局とする。以下同じ。)に対し、郵便営業活動についての後方支援分として、郵便関係職員(管理職群(一)級別俸給表又は管理職群(二)級別俸給表の適用を受ける者(以下「管理職員」という。)及び非常勤職員を除く。以下同じ。)が引き受け又は受け付けた当該郵便物等一個(通、件)につき四〇円を配算し、右配算した給与原資を、当該課に所属する職員のうち後記に掲げる職員を除く全職員に対し、各給与期間における郵便関係職員として実際に勤務した日数に応じ、右原資を右全職員に均等に配分したものとして算出した額に一定の配分率を乗じて得た額を支給する。
<2> 同<5>に該当する場合
当該職員が所属する課に対し、郵便営業活動についての共助共援分として、郵便関係職員が集荷した当該郵便物等一個(通、件)につき一〇円を配算し、右配算した給与原資を、前記<1>(b)と同様の方法で支給する。
なお、前記除外される職員は、以下のとおり、一定の営業活動に従事しなかった職員、管理職員及び非常勤職員とされる。
<1> 各給与期間において、郵便事業における営業活動に関連する次の業務等のいずれにも従事しなかった職員
(a) ちらし(郵便局だより等を含む。)の作成又は配布
(b) 郵便局の窓口、郵便局前等の大規模な飾付けの作成又は設置
(c) 臨時出張所での営業活動への参加又は街頭宣伝活動への参加
(d) 各郵便局独自の商品の開発、作成への参加
(e) その他郵便営業推進に関する諸施策への参加
<2> 管理職員及び非常勤職員
(<証拠略>)
(六) 順立手当廃止の経緯
(1) 郵便料金の改定
郵便事業財政は、昭和四八年のいわゆる石油危機に端を発した人件費や諸物価の高騰により、昭和四九年度以降大幅な赤字に転じ、その後、昭和五一年一月の郵便料金の改定により好転したものの、昭和五三年度から再び赤字を生ずるようになり、昭和五四年度末においては累積欠損金が二〇〇〇億円を超え、昭和五六年当時には右欠損金が二五〇〇億円近くにまで達するなど慢性的な財政赤字の状況にあった。
こうした中で、昭和五四年一〇月、郵政省は、郵政審議会に対し、郵便事業財政を改善する方策について諮問したところ、同年一二月、同審議会から、昭和五五年度から三年間は新たな赤字が生ずることを防ぐとともに、累積欠損金についてもできるだけこれを解消していく措置を採ることが必要であるとして、郵便料金の改定を行うことはやむを得ないとの答申がなされ、郵便料金改定についての基本的な考え方等について提言がなされた。
右提言を受けて、昭和五五年一一月、郵便料金の改定等を内容とする郵便法等の一部を改正する法律が成立し、昭和五六年一月二〇日から施行された。右法律においては、右料金改定と併せて、料金の決定方法の特例措置が設けられ、郵便事業に係る累積欠損金が解消されるまでの間、一定の条件の下に、郵政大臣が郵政審議会に諮問した上で第一種郵便物及び第二種郵便物の料金を省令で定めることができるものとされ、郵便料金改定手続きが簡略化されたが、その一方で、右改正に当たって、衆参両議院の各逓信委員会において、政府は、右法律の施行に当たり、「一、国民の強い要請にこたえるため、郵便事業の効率的な経営を図り、極力料金改定の抑制につとめること。一、近代的営業感覚に基づき、国民の要請に即した郵便利用喚起のための諸施策を考究し、郵便の需要確保につとめること。」(以上、衆議院の附帯決議)、「一、郵便事業の経営にあたっては、郵便需要確保のための諸施策を積極的に推進するとともに事業の刷新効率化を図り、極力、料金引き上げを抑制するよう努めること。一、小包郵便物については有効利用の方策などそのあり方に抜本的検討を加えて収支の改善に努めること。」(以上、参議院の附帯決議)等の事項について適切な措置を講じるべきであるとの附帯決議がなされた(<証拠略>)。
(2) 郵政事業活性化計画の策定
そこで、郵政省は、右各附帯決議を踏まえ、右決議で示された経営の方向を具体的に実現するため、昭和五六年度を「営業元年」ないし「効率化元年」と位置付け、郵政省郵務局に営業課を設置して、郵便業務収入の確保に関する計画の作成及び実施、郵便のサービスの開発、郵便の利用の勧奨並びに郵便に関する周知及び広告業務の実施等の事務を所掌させるとともに、郵便需要を積極的に拡大し、事業運営の効率化・合理化を推進するための諸施策を実施した。そのうち、郵便需要拡大を目的とする施策として、広告付き葉書、電子郵便の実験サービス等新規商品を開発、推進したり、大口利用者を対象としたコンサルタント活動、ダイレクトメールの利用促進を図るための講習会、「ふみの日」キャンペーン等の新規企画を実施したりしたほか、組織的な営業活動の展開を目指して、業務研究会等を利用しての職員に対する営業意識の徹底、各郵便局における営業プロジェクトチームの育成強化、効果的な周知宣伝活動のための職員自らによるポスター又はチラシ等の作成及び配布並びにセールス活動としての顧客カードの作成、ダイレクトメールの送付及び訪問セールスの実施等を積極的に推進した。その結果、昭和六二年度には、累積欠損金もほぼ解消されるに至った(<証拠略>)。
しかし、当時の郵便事業を取り巻く環境は、業務用書籍、ダイレクトメール及び外国郵便の分野にまで広がってきた民間宅配業者との競合関係、競争原理の導入を契機とする電気通信メディアの高度化及び多様化、金融自由化の一層の進展や度重なる預貯金金利の引下げによる郵便貯金以外の金融商品の人気の高まり、非課税貯蓄制度の改定、簡易保険及び郵便年金の分野における競争の激化並びに郵政事業全体に関わる行政改革の動き等目まぐるしい変化の中にあり、郵政省内部において、右変化に対応して従前の郵政事業を活性化し、競争力を強化していくことが何よりも重要であると意識されるようになった。
そこで、郵政省は、昭和六二年一一月、事業経営を新たな見地から見直し、民間企業を上回るサービスの提供ができるような事業体質への改善を図り、効率経営及び積極経営を推進していくための郵政事業の経営戦略として、「郵政事業活性化計画」を策定した。右計画は、大きく<1>効率化及び合理化の推進による経営基盤の強化、<2>サービス改善及び新規商品の開発による需要の拡大、<3>職員の意欲の高揚、能率の向上及び創意性の発揮に焦点を当てたマンパワーの高揚の三部に分かれ、それぞれ詳細な施策が掲記されていたが、その中で、マンパワーの高揚の施策の一環として、能力、実績主義による処遇を図るために、職種・職群の見直しや昇格制度の見直し、勤務責任評価の厳格化、業績ないし努力の積極的評価等と並んで、現行給与制度を見直すこととされ、職務遂行上必然的に付帯する作業に対して支給する手当で、今日的にみて特殊な負荷業務とはみなされないものに対する手当は、縮小又は廃止すること(職務手当の整理)、郵便事業部門に能率給を導入すること(能率給の充実)並びに支給の趣旨からみて、職員に不公平感を生じさせている手当について、その支給の可否及び方法を見直すこと(形式的手当の見直し)などの施策が掲げられていた。右郵政事業活性化計画は、同月、全逓、全郵政及び全福郵労等関係組合にも提示された(<証拠略>)。
(3) 販促手当導入の方針決定
右郵政事業活性化計画におけるマンパワーの高揚の施策の一環としての現行給与制度の見直しの中で、郵政省は、営業活動の充実強化を図っていくために、職員の労苦に報い、創意と工夫を凝らした営業活動への意欲を繋ぐものとして、郵便営業活動に対してなんらかの手当を創設する必要性を強く意識するようになった(<証拠略>)。
また、昭和五八年ころから、全逓及び全郵政からも、郵便営業活動に関してなんらかの手当を創設してほしい旨の要求が繰り返しなされていたが、郵政省は、その都度、右創設の必要性等について検討していた(<証拠略>)。
そこで、郵政省は、販促手当新設の方針を決定し、昭和六二年八月三一日、昭和六三年度予算の概算要求において、大蔵省に対し、右手当の新設を内容とする要求をした(<証拠略>)。
(4) 廃止の対象としての順立手当の選定
右概算要求に際し、郵政省は、販促手当とともに順立手当についても従来どおりの要求をした。しかし、右要求に基づく大蔵省との折衝の中で、販促手当の新設は予算事情から無理であるが、既存手当の廃止を条件とすれば予算がつく見通しがあることが明らかになった。そこで、郵政省は、廃止の対象となる手当を検討した結果、<1>順立手当が人口一〇万人以上の市に所在する郵便局で配達業務を扱う郵便局の職員にしか支給されていないこと、<2>右手当については、当時既に、住居表示制度が相当に普及浸透しており、給与特例法で言う支給の意義が薄くなっていたこと、<3>郵政省は、前記概算要求の前後から、総務庁行政監察局による事情聴取において、同監察局から順立手当が勤務の支給実態に照らして、職員の能率及び作業実態等を適切に反映するものとなっていないとして、見直すべきである旨の指導を受けていたこと、<4>新設する販促手当が郵便外務職員にとって有利であり、順立手当を廃止しても十分代替になり得ること等の理由から、廃止の対象となる手当として右手当が最も相応しいということになり、ここに右手当の廃止を条件に販促手当が創設される見通しが立った(<証拠略>)。
(5) 「給与体系再編大綱(案)」の作成とベースアップにおける改善措置
昭和六三年五月、郵政省は、前記給与制度見直しの具体化として、「給与体系再編大綱(案)」を作成した。右大綱(案)は、郵政事業を巡る厳しい競争原理の下で、営業を全面にした経営戦略と国民の多用なニーズに対応するために求められる経営課題を遂行するために、職員の意識改革と能力向上及びこれらによる機動的な業務運営を推進するという視点から、専門職群、普通職群、外務職群に属する職員については、その「基本給」及び「手当」のあり方を見直すというものであった。そのうち「手当」の項目においては、特殊勤務手当を中心に手当制度の整理が図られ、「一、特殊な労働負荷を有する作業に対し支給している手当のうち、<1>職員が定例的に従事する業務に必然的に付帯する作業で、今日的にその作業の負荷が相対的に減少している手当について、当該業務の職務評価の一要素としてこれを調整額の中で考慮する、<2>作業方法の変更、作業環境の変化等により労働負荷が適切に反映されていない手当については、支給要件、支給方法を再検討する、二、毎月支給でない手当のうち、事業の業績、個々の職員の具体的な事業貢献度が反映されるべき手当については、その支給要件、支給基準を再検討する、三、郵便事業部門についても、能率給(販促手当)を新設する(既存手当のスクラップによる。)、四、職員の各種生活負担に着目した手当のうち、社会環境の変化によりかえって職員に不公平感を生じさせている手当については、支給要件、支給基準を再検討する」こととされ、販促手当制度の創設が明確化されるとともに、右創設に当たっては、既存手当を廃止することが条件であると明記されていた(<証拠略>)。
そして、郵政省は、昭和六三年度の仲裁裁定によるベースアップに当たり、基本給(俸給)の一部を構成する郵便外務職員俸給調整額を月額八〇〇円引き上げたが、そのうちの三〇〇円は、順立手当の廃止を考慮した改善措置であり、賞与も含めた換算をすれば、右改善及び販促手当の創設により従前の収入を上回ることになる(<証拠略>)。
(6) 全逓及び全郵政との交渉経過について
前記のとおり、郵政省は、昭和六二年一一月、「郵政事業活性化計画」を作成して郵政事業における現行給与制度の見直しを図り、右計画は全逓、全郵政及び全福郵労等の関係組合に提示された。
昭和六三年四月、右提示を受けた全逓及び全郵政は、給与制度改善の要求として、それぞれ「労働力移動と職歴形成及び賃金体系改善に関する要求書」並びに「『郵政事業活性化計画』及び『時短に伴う新施策実施』等に対応する諸労働条件改善に関する要求書」を提出した。
郵政省は、右要求を受け、同年五月末日、右段階における考え方として、前記「給与体系再編大綱(案)」を右両組合に提示した(<証拠略>)。
同年九月一二日午後、郵政省は、全逓及び全郵政に対し、「郵便販売促進手当(骨格)について」を提案し、同年一一月一日を目途に実施する旨提案した。その際、郵政省は、右取り扱いの実施に伴う措置として、順立手当を右実施日の前日限り廃止する旨併せて提案し、右両組合との間で販促手当の取り扱いを巡る細部の団体交渉を進めた結果、同年一〇月一七日、右両組合は前記提案を了承する形で受け入れた。これを受けて「郵政販売促進手当の取扱要領について」と題する取扱要領がまとめられた。そして、郵政省と右両組合との間で、同月二八日、販促手当の支給に関する労働協約が締結された(<証拠略>)。
(7) 全福郵労との交渉経過について
前記のとおり、郵政省は、昭和六二年一一月、前記「郵政事業活性化計画」を全福郵労に対しても提示した。
昭和六三年六月二四日、全福郵労は、郵政省に対し、「賃金体系に関する要求書」を提出して、前記「給与体系再編大綱(案)」を全逓及び全郵政と同様に、全福郵労に対しても示すことを要求するとともに、「役職調整額」及び「昇格調整額」に「経験年数調整額」を新設する旨要求し、右要求書に関する団体交渉を申し入れた。右要求を受けた郵政省は、同年七月一日、同組合に対し右「給与体系再編大綱(案)」を示したが、団体交渉については、前記調整額を巡る同組合の要求に関して釈明を求めるなどしたことから開催が遅れ、結局、同年九月一二日に福岡市においてこれを行うことになった。
同日午前一〇時五分から開催された団体交渉においては、同組合から前記賃金体系に関する要求書の趣旨の説明、郵政省から前記「給与体系再編大綱(案)」に関する説明をそれぞれ行い、右大綱(案)について質疑応答がなされた。その際、右団体交渉における郵政省の担当者である園田昌彦らは、右大綱(案)は決定したものではなく、現在の郵政省の考え方を示したものであること、その内容は確定したものではなく、変更の余地があることを述べ、同組合も賃金体系の見直しは当然で一定の合理性を認めることができること、現在の手当の項目を減少しても額が同じならば影響がないが、基本給との配分比率を変えることは問題であること、右大綱(案)を実施する方向が決断されれば、同組合に公式に提案してもらいたいことなどを述べたが、右大綱(案)の具体的な内容、特に販促手当の創設や既存手当の廃止に関しては問題とされず、団体交渉は午前一一時五一分に終了した(<証拠略>)。
ところが、同日午後三時五二分になって、郵政省は、全福郵労に対し、全逓及び全郵政と同様に、前記「郵便販売促進手当(骨格)について」を提案し、併せて順立手当を実施日である同年一一月一日の前日限りで廃止する旨提案したところ、右提案には全福郵労と無関係の箇所があったことから、同組合から他の労働組合に対する提案を適用したものであるとの抗議を受け、更に、同省が同日午後に突然右提案をしたことは、前記団体交渉の場で同省側交渉委員が右提案の具体的な内容については何も言えないと言っていた発言に照らし、誠実交渉義務に違反する旨の抗議を受けた。
そこで、同年九月二〇日、郵政省は右提案を修正して再度提案し、前記団体交渉における同省側の出席交渉委員が、右交渉に際して、同省本省内で販促手当の新設について検討が進められていたことについては承知していたものの、その具体的内容、検討の進展程度及び関係組合への提示時期については明確な情報を持っていなかった旨釈明した(<証拠略>)。
一方、全福郵労は、同月二六日、中央労働委員会に対し、不当労働行為救済の申立てを行った(<証拠略>)。
右提案の際、郵政省は全福郵労に対して団体交渉を申し入れたが、日時場所について双方で調整がつかず、結局、同年一〇月一二日に福岡市で団体交渉を行うことで合意した。同日行われた団体交渉において、郵政省が前記提案の趣旨を説明したところ、同組合は、販促手当支給の対象者が郵便局の全職員とされることについて、郵便局組織規程等の関係各法令との関係上、郵便関係の営業は郵便関係職員に限り認められるべきで、それ以外の職員に行わせることは許されないなどと主張した。右主張に対し、郵政省は、その根拠を臨時の担務変更であると反論したが、「臨時」の考え方を巡って労使双方の意見が対立し、同組合は交渉決裂を宣言し、中央労働委員会に対して不当労働行為救済の申立てをする旨通告した(<証拠略>)。
前同日の右交渉終了後、同組合は、組合掲示板に、「郵便販売促進手当本省との団体交渉決裂 中央労働委員会に対する不当労働行為救済申立を通告」と題する文書を掲示したが、その中には、臨時の担務変更であると主張する郵政省とこれに該当しないとする同組合の対立は、基本的対立であり、交渉を継続しても妥協点が見出し得ないとの判断に立って交渉決裂を宣告し、併せて不当労働行為救済申立てを行う旨の通告を行った旨の記載があった(<証拠略>)。
郵政省は、前記のとおり、全逓及び全郵政との間で右提案が妥結した同月一七日、既に販促手当の実施日が切迫していたことや前記掲示において全福郵労が交渉決裂を宣言しており、これ以上交渉しても同組合と妥結する見込みはないことから、右手当については同組合と妥結しないままで実施することもやむを得ないと判断し、同月一二日の前記団体交渉の席上で同組合から販促手当の実施が決まったら連絡してもらいたい旨申し入れを受けていたことから、同組合に対しても、前記「郵便販売促進手当の取扱要領について」を通知した(<証拠略>)。
右通知を受けた同組合は、同月二二日、郵政省に対し、通知内容を拒否する旨通告するとともに、同年一一月一日以降においても従来どおり同組合に所属する組合員に対して順立手当を支給することを要求し、右要求について団体交渉を申し入れた(<証拠略>)。
同月二六日、郵政省本省において団体交渉が行われ、郵政省は、順立手当の廃止と販促手当の創設は同年九月一二日に一体のものとして提案し、その後団体交渉もしている旨主張したのに対し、同組合は、両手当はあくまで別個のものであり、順立手当の廃止については提案も受けておらず団体交渉の申し入れも受けていないこと、右廃止は労働条件の低下を伴うもので既得権の侵害であり組合の合意なくしてはできないことを主張して双方の見解が真っ向から対立し、妥協点を見出すことなく、右交渉は決裂した(<証拠略>)。
(8) 順立手当の廃止及び販促手当の実施
以上のような交渉経過を受け、郵政省は、昭和六三年一〇月三一日、「郵政事業職員特殊勤務手当支給規程の一部を改正する公達」(公達第一〇一号)により順立手当を廃止し、「郵便販売促進手当の支給について」(依命通達)」(郵人要第五〇号)により同年一一月一日から販促手当を実施するに至った(<証拠略>)。
(七) なお、原告江良、同鳥飼及び同石橋は、昭和六三年一一月一日から同月三〇日までの間、福岡中央郵便局において、原告江良については二〇日間、同鳥飼及び同石橋については一八日間、それぞれ郵便外務事務(いわゆる道順組立又は配達の作業)に従事した(争いのない事実)。
2 順立手当廃止の効力について
前記認定のとおり、順立手当は、特殊勤務手当の一つであり、労基法一一条の賃金に該当し、また、右手当の根拠規定である「郵政事業職員特殊勤務手当支給規程」は、給与特例法四条に基づき定められた郵政事業職員給与準則四条の特別の定めに当たるが、郵政省就業規則は、「職員(給与特例法施行令別表に掲げる官職にある者を除く。)の給与については、郵政事業職員給与準則(昭和二九年六月公達第四三号)の定めるところによる。」(九八条一項)と規定して右給与準則を就業規則と一体のものとしている(<証拠略>)から、右手当を廃止することは、右就業規則に規定する労働条件を労働者に対し不利益に変更する場合に当たるものと解される。
ところで、私企業においては、「新たな就業規則の作成又は変更によって、既得の権利を奪い、労働者に不利益な労働条件を一方的に課することは、原則として、許されないと解すべきであるが、労働条件の集合的処理、特にその統一的かつ画一的な決定を建前とする就業規則の性質からいって、当該規則条項が合理的なものであるかぎり、個々の労働者において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒否することは許されない」ものと解される(最高裁判所昭和四三年一二月二五日大法廷判決・民集二二巻一三号三四五九頁)。これに対し、郵政事業職員の勤務関係は、基本的には公法上の関係であって、管理者の定める就業規則の法的性質も私企業におけるそれとは異なるものと解されるから、私企業における就業規則の不利益変更に関する前記法理が当然に郵政事業職員の勤務関係における場合についても妥当するわけではない。しかし、少なくとも変更された当該就業規則の条項が合理的なものであるときには、個々の郵政事業職員において、これに同意しないことを理由として、その適用を拒否することは許されないものと解すべきである。そして、右合理性を判断するに当たっては、当該勤務関係の公共性も踏まえた上で、郵政事業職員が被る不利益の程度、就業規則変更の必要性及び内容の妥当性、右不利益に対する代償措置等の補完事由の存否及びその内容並びに当該変更に対する右就業規則の適用を受ける関係職員の態度等の諸事情を総合考慮すべきである。
そこで、本件について以下検討するに、<1>順立手当は、支給月額は最高でも一三五〇円程度(五〇円×二七)であり、その廃止により関係職員の被る不利益は大きいとは言えないこと、<2>順立手当は、住居表示制度の普及に伴い、もはや道順組立作業の特殊技能としての意義がほとんど失われており、特殊勤務手当として存続させる根拠が甚だしく乏しくなっていたものであり、総務庁行政監察局からもその廃止の指導を受けていたこと、<3>これに対し、順立手当の廃止に伴って創設された販促手当は、郵便事業財政の赤字を解消するために郵便営業活動を積極的に展開する必要に迫られていた郵政省が、郵便営業活動に対する職員の意欲を喚起し、これに参加する職員の労に報いる有効適切な手当として、関係組合の強い要請も受けて創設したものであって、その創設については高度の必要性が認められること、<4>また、大蔵省との予算折衝において、販促手当を創設するには既存手当の廃止が不可欠となり、既存手当の中で存続意義の薄くなっていたものを右廃止の対象として検討したものであり、右<2>の事情から順立手当を廃止の対象として選定したことには相当の合理性が認められること、更に、<5>販促手当は、郵便関係職員に関する限り、自ら積極的に営業活動を行った場合のほか、営業推進に関する諸施策(かなり広範囲のものが含まれる。)に参加した場合においても、所属する課を通じて一定額の支給がなされることになっており、積極的に郵便営業活動に従事しなくても、支給を受ける額は、前記のとおり、順立手当に比較して必ずしも低額とは言い難いものであり、しかも、順立手当の廃止前のベースアップにおいて、基本給の一部である調整額に関し、右手当廃止を見込んだ引き上げを行っており、一定の代償措置を施しているものと評価し得ること、そして、<6>郵政省は、他の関係組合と同一の時期に、原告らが所属する全福郵労に対しても販促手当の創設と併せて順立手当の廃止を提示し、同組合に対し団体交渉を申し入れ、合計二回の団体交渉を行い同組合の承認を得ようと努力したものの、結局、同組合の交渉決裂宣言により承認は得られなかったが、前記認定の交渉経過に照らし、同組合を不当に差別し支配介入を行ったものとは到底言い難いものであり、同組合との交渉過程に特に問題はなかったものと認められること、<7>順立手当の廃止及び販促手当の創設に関しては、管理職及び非常勤職員を除く郵政事業職員の五八・六パーセントを占める全逓及び二六・三パーセントを占める全郵政との間でそれぞれ合意妥結しており、圧倒的多数(少なくとも八四・九パーセント)の関係職員の同意を得ていることなどの諸事情が認められ、これらの諸事情を総合すると、順立手当の廃止は十分にその合理性を認めることができるものと言わなければならない。
そうすると、前記「郵政事業職員特殊勤務手当支給規程の一部を改正する公達」に基づく郵政省就業規則の変更は、原告らを含む全福郵労組合員の同意がなくても、有効であり、順立手当は昭和六三年一〇月三一日をもって廃止されたものと言うべきである。
なお、順立手当は、昭和三九年二月、郵政省と全逓ほか関係二組合との間で締結された労働協約に規定され、原告らもかつて全逓組合員であったことから、右労働協約の適用を受けていたものであるが、原告らは、昭和四五年二月に全福郵労を結成するに先立ち、全逓組合員資格を喪失しており、それ以後は右協約の適用を受けず、順立手当は就業規則たる前記公達「郵政事業職員特殊勤務手当支給規程」により支給を受けていたものである。したがって、順立手当の廃止に当たり、郵政省は、全福郵労との間で右手当廃止に関する労働協約を締結することはもとより、順立手当を規定した前記労働協約を破棄通告する手続きをとる必要もないと言うべきである。
3 したがって、原告江良、同鳥飼及び同石橋の本件順立手当支払請求は、いずれも理由がない。
二 労務提供義務不存在確認請求について
右労務提供義務不存在確認請求に関する、原告らの確認の利益についての主張は要するに、<1>原告らは、郵政省当局から、原告らが従事すべき義務のない郵便営業活動を行わないことを理由にいつでも懲戒処分を受け得る地位にあるが、現在のところ、当局の裁量によってそれがなされていないという、非常に不安定な地位にあり、<2>同当局の行う人事考課において郵便営業活動に従事しないことが不利益な事情として取り扱われるという形で現実に著しい不利益を被っており、このような法律上の地位の不安定と不利益を除去するため、原告らが本件郵便営業活動に従事する義務のないことの確認を求める利益を有するというものである。そして、右確認請求の目的は、原告らが過去若しくは将来において郵便営業活動に従事しなかったことに関して懲戒その他の不利益処分を受けあるいは不利益を被ることを防止するために、その前提である原告らの右郵便営業活動に従事すべき義務の不存在を予め確定しておくことにあるものと解される。また、郵政事業職員の勤務関係は、前記のとおり、基本的には公法的規律に服する公法上の関係と解されるものである。
ところで、本件のように、具体的な不利益処分ないし不利益取り扱いを現実に受けた訳でもないのに、将来なんらかの不利益処分ないし不利益取り扱いを受けるおそれがあるとして、その前提たる労務提供義務が存在しないことの確認を求める訴訟において、その訴えの利益を肯定するには、当該義務の履行によって侵害を受ける権利の性質及びその侵害の程度、違反に対する制裁としての不利益処分ないし不利益取り扱いの確実性及びその内容又は性質等に照らし、右処分ないし取り扱いを受けてからこれに関する訴訟の中で事後的に義務の存否を争ったのでは回復し難い重大な損害を被るおそれがある等、事前の救済を認めないことを著しく不相当とする特段の事情がある場合でなければならないと解すべきである(最高裁判所昭和四七年一一月三〇日第一小法廷判決・民集二六巻九号一七四六頁、同平成元年七月四日第三小法廷判決・集民一五七号三六一頁参照)。
そこで、右<1>の点について検討するに、証拠(<証拠略>)及び弁論の全趣旨によれば、被告は、郵政省が郵便営業活動に関して日常的に発している指示を職務命令であるとしているものの、右指示は、局議で郵便局長が各課長に指示をした上で右各課長から各職員に対して伝達するという形態をとるものであり、右伝達の方法は各郵便局によって異なっていること、福岡中央郵便局の場合、右指示は、始業前のミーティング会議等の場で協力要請に近い形でなされ、原告らを含め職員個人に対して、個別に指示をしているわけではないこと、郵政省は、営業活動の重要性及び必要性について、関係職員個々人の理解と納得に基づく自発的、積極的な取り組みを期待して、原告らを含む関係職員に対し、郵便営業活動に関する職務命令に違反したことを理由とする懲戒処分を全く行っていないことが認められ、右認定の事実によると、右職務命令違反に対する制裁として懲戒処分その他の不利益処分が将来なされることは確実とは言えず、そのほか、原告らにおいて右処分を受けてからこれに関する訴訟の中で事後的に義務の存否を争ったのでは回復し難い重大な損害を被るおそれがある等、事前の救済を認めないことを著しく不相当とする特段の事情はなんら認めることができない。また、右<2>の点についても、原告らが郵便営業活動に従事しないことを理由に不利益を受けていることを認めるに足りる証拠はなく、また、全福郵労の組合員が昇任・昇格において郵便営業活動に従事しないことを理由に不利に取り扱われている旨の原告らの供述(<証拠略>)も、漠然としていて具体性に欠けるから、到底採用することができず、結局、原告らの法律的地位に現実の危険や不安を認めることはできないのであって、前記特段の事情を認めることはできない。
したがって、原告らの本件労務提供義務不存在確認請求は、訴えの利益を欠き、不適法と言うべきである。
三 結論
以上によれば、本件順立手当支払請求は理由がないからいずれも棄却し、本件労務提供義務不存在確認の訴えは不適法であるからいずれも却下し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 石井宏治 裁判官 川野雅樹 裁判官武笠圭志は転補のため署名捺印することができない。裁判長裁判官 石井宏治)