福岡地方裁判所 昭和63年(行ウ)38号 判決 1991年10月15日
原告
野中孝裕
右訴訟代理人弁護士
小柳正之
同
元村和安
被告
小倉税務署長
千頭将夫
右指定代理人
松本清隆
外五名
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告が昭和六二年四月二一日付けで原告に対してした相続税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分をいずれも取り消す。
第二事案の概要
本件は、原告の被相続人が他から借り受けていた別表一記載の計七筆の土地(以下「本件土地」という。)の上に存する権利を相続した原告が、相続税の申告(期限内申告及び修正申告)をしたところ、右権利の評価額について、原告と被告の見解が対立し、被告が原告に対し相続税の更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下「本件各処分」という。)をしたため、原告がその取消しを求めた事件である。
一本件各処分に至る経緯(当事者間に争いがない。)
1 (原告の地位)
原告は、昭和六〇年九月一日死亡した野中武次(以下「被相続人」という。)の相続人である。
2 (本件土地の上に存する権利関係)
(一) 被相続人は、亡辰本伸次郎ほか四名、佐藤昌三及び亡溝尻音松から本件土地を自動車学校用地として借り受け(別表一参照)、自己の費用で造成・整地工事を施したうえ、その地上の一部に自動車学校の校舎、事務所等を建築し、その余の土地を自動車運転の実地練習のための教習コースとして整備し、昭和三三年一〇月ころから、城野自動車学校の用地として使用していた。
(二) 被相続人は、本件土地のうち別表一の辰本らの土地につき、亡辰本伸次郎ほか四名と昭和三三年四月一七日賃貸借契約(期間二〇年)を締結したが、右賃貸人(地位を承継した者を含む)のうち七名は、被相続人に対し、昭和五三年四月三日、右賃貸借契約の終了を理由として建物収去土地明渡請求訴訟を提起した。右訴訟において、被相続人は、右辰本らの土地全体について借地法の適用があると主張し、第一審、控訴審ともその主張を容れ、右賃貸借契約は昭和五三年四月一七日をもって期間満了となるが、同年三月六日に被相続人は賃貸人らに対して更新請求をしているから、借地法四条、五条に基づき、右賃貸借は二〇年の期間をもって更新された旨判示し、賃貸人らの請求をしりぞけた。
その上告審においても、最高裁判所は、昭和五八年九月九日判決(以下「最高裁判決」という。)において、「契約当事者は単に自動車運転教習コースのみならず、自動車学校経営に必要な建物所有をも主たる目的として本件賃貸借契約を締結したことが明らかであり、かつ、自動車学校の運営上、運転技術の実地練習のための教習コースとして相当規模の土地が必要であると同時に、交通法規等を教習するための校舎、事務室等の建物が不可欠であり、その両者が一体となってはじめて自動車学校経営の目的を達しうるのであるから、自動車学校経営のための本件賃貸借は借地法一条にいわゆる建物の所有を目的とするものにあたり、本件土地全体について借地法の適用がある」と判示して、賃貸人らの上告を棄却した。
二課税処分の経緯〔当事者間に争いがない(別表二参照)。〕
1 (期限内申告)
原告は、昭和六〇年九月一日の被相続人の死亡によって開始した相続に係る相続税(以下「本件相続税」という。)の申告書に、課税価格を三一三一万八〇〇〇円、納付すべき税額を九五二万七五〇〇円と記載して、法定申告期限内である昭和六一年二月二八日に、被告に申告した。
2 (修正申告)
原告は、被告所部の係官(以下「被告係官」という。)の調査したところに基づき、調査結果の一部を期限内申告の課税価格に加算して、本件相続税に係る課税価格を六八二七万五〇〇〇円、納付すべき税額を二二八八万円と記載した修正申告書を、昭和六二年三月一一日に、被告に提出した。
被告は、右修正申告に対し、同年四月二〇日付けで、修正申告により納付すべき税額を基礎として過少申告加算税の額を八五万八五〇〇円とする賦課決定処分をした。
3 (本件各処分)
被告は、被告係官の調査したところに基づき、同年四月二一日付けで、本件相続税に係る課税価格を二億四九九九万八〇〇〇円、納付すべき税額を一億〇五三八万三六〇〇円とする更正処分及び過少申告加算税の額を八二五万円とする賦課決定処分をした。
原告は、本件各処分をいずれも不服として、同年五月一九日に異議申立をしたが、被告は、これに対し、同年一〇月二七日付けで棄却の決定をし、同月三一日に原告にその決定書謄本を送達した。
原告は、異議決定を経た後の原処分について、同年一一月二八日に審査請求をした。
国税不服審判所長は、右審査請求について、本訴提起後である昭和六三年一二月二三日付けでこれを棄却する裁決をした。
三原告の修正申告及び本件各処分の具体的内容〔当事者間に争いがない(別表三及び四参照)。〕
1 本件土地全体について借地法の適用があること、原告が取得した財産の価額のうち本件土地の上に存する権利の価額以外の価額が三億九七一七万一七八九円であること及び債務控除額が三億八八三五万八九四一円であることについては、右修正申告と本件各処分の間に争いはない。両者間の争点は、本件土地の上に存する権利(以下「本件権利」という。)の評価額である。
2 (修正申告)
原告は、本件権利の価額について、本件土地のうち、①自動車学校の校舎及び事務所等の建物敷地部分並びに通路、側溝及び駐車場部分の土地(合計1556.5平方メートル、以下「建物敷地部分」という。)上に存する権利を借地権として、「相続税財産評価に関する基本通達」(以下「評価通達」という。)の評価方法に従って三二三〇万三一九七円、②右借地権の評価を行った部分以外の土地(一万4145.67平方メートル、以下「教習コース部分」という。)上に存する権利を雑種地に係る地上権に準ずる賃借権以外の賃借権として、東京国税局の「地上権に準ずる賃借権以外の賃借権」の評価方法に従って二七一五万九六八六円とそれぞれ評価し、この合計五九四六万二八八三円を、課税価格の計算上、原告が取得した財産の価額に算入の上、被告に対して前記修正申告をした。
3 (本件各処分)
被告は、本件権利の全体について借地権としての評価を行い、評価通達を適用して、その評価額二億四一一八万五二五一円を、課税価額の計算上、原告が取得した財産の価額に算入の上、本件各処分を行った。
四本件権利の評価についての原・被告の主張の要旨
1 (原告の主張)
一般に通達は、行政庁内部のもので、これを根拠として、国民に納税義務を負わせることはできない。しかも、行政庁内部においても、通達の意味について、例えば所得税基本通達は、「この通達の具体的な適用に当たっては、法令の規定の趣旨、制度の背景のみならず条理、社会通念をも勘案しつつ、個々の具体的事案に妥当する処理を図るように努められたい。」との注意規定をおいている。
評価通達は、建物所有を目的とする借地権の中でも一般的な通常の形態のものには妥当する。しかし、財産の時価すなわち財産の客観的交換価値は、それぞれの財産の現況に応じて定まるものであり、その現況に鑑みて、通達によらないことが正当として是認されうるような特別の事情がある場合は別異に評価すべきである。
本件土地においては、一万五七〇〇平方メートル余の土地のうちの4.5パーセントの部分(約七〇〇平方メートル)に建物が存在しているに過ぎず、しかも、辰本らとの賃貸借契約において、建物の増改築・新築や教習コース部分への建物の建築は禁止されている(当事者間に争いがない。)。かかる借地権は、一般の借地権と比較して土地の利用価値が低く、その価額も一般の借地権よりも低く評価すべきである。<書証番号略>の不動産鑑定評価書及び同評価書作成者桒野義政の証言も、このことを裏付けている。したがって、本件権利には、右特別の事情があるというべきであるから、原告は、教習コース部分については、東京国税局の「地上権に準ずる賃借権以外の賃借権」の評価方法に従って評価し、修正申告したものである。
しかるに、被告は、本件権利についても、評価通達を機械的に一律適用して、本件各処分をしたものである。
また、仮に被告主張のように、本件権利を建物敷地部分と教習コース部分とに分けて評価する方法が妥当でないとすれば、本件土地の95.5パーセントを占める教習コース部分の権利の評価方法を、本件権利全体に及ぼし、右東京国税局の評価方法に従って、本件権利全体を評価すべきである。
さらに、法律の規定は、原告の申告が明らかに誤りである場合に限って被告は更正処分をできるとしており、被告は、本件権利についての原告の評価額が明らかに誤りである点についての立証責任を負っている。しかし、被告は、本件権利が一般の借地権と同様に評価されるべきであることについての積極的な立証を尽くしていない。
以上から、被告の本件各処分は違法であり、取り消されるべきである。
2 (被告の主張)
本件権利は、本件土地の全体を一個の利用の単位とする一個の借地権であって、これを一個の借地権として評価することが公正にして妥当な評価方法であり、前記最高裁判決の趣旨にも合致する。
相続税法二二条にいう「時価」については、相続税の課税対象となる財産が多種多様であり、その時価を客観的に評価することは必ずしも容易でなく、かつ、納税者間で財産の評価が区々になることは公平の観点から好ましくないことに鑑み、公開の「相続税財産評価に関する基本通達」(評価通達)を定めて、その評価基準に従って統一的に土地等の評価をしているところ、右通達は、合理的な時価の評価方法として一般に適用されており、右通達によらないことが正当として是認されうるような特別な事情がある場合は別として、原則として右通達による基準に基づいて土地等の評価を行うことが相続税の課税の公平を期する所以である。
別表一
賃貸人
土地
地番
面積(平方メートル)
辰本ら(辰本利勝ほか七名)
北九州市小倉北区霧ケ丘一丁目一五四四番一
10,354.03
〃 一五四四番二
1,929.39
〃 一五四四番三
1,228.36
〃 一五三七番
1,168.39
〃 一五三八番
491.00
小計
15,171.17
佐藤昌三
〃 一五四一番三
168.00
溝尻音松
(昭和五一年九月一九日相続により
溝尻満美となる。)
〃 一五四一番二
363.00
合計
15,702.17
別表二
番号
年月日
税額の確定手続
課税価額(円)
納付すべき税額 (円)
①
六一・ 二・二八
期限内申告
三一、三一八、〇〇〇
九、五二七、五〇〇
②
六二・ 三・一一
修正申告
六八、二七五、〇〇〇
二二、八八〇、〇〇〇
③
六二・ 四・二〇
過少申告加算税の
賦課決定処分
過少申告加算税
八五八、五〇〇
④
六二・ 四・二一
更正及び過少申告加算税の
賦課決定処分
二四九、九九八、〇〇〇
一〇五、三八三、六〇〇
過少申告加算税
八、二五〇、〇〇〇
⑤
六二・ 五・一九
異議申立
④の処分の全部取消を求める。
⑥
六二・一〇・二七
異議決定
棄却
⑦
六二・一一・二八
審査請求
④の処分の全部取消を求める。
⑧
六三・一二・二三
審査裁決
棄却
別表三
原告の課税価格
(単位:円)
項目
原告主張額
原処分の額
被告主張額
(1) 取得した財産の価格
456,634,672
638,357,040
668,505,286
内訳
① 本件土地の上に存する権利の価額
59,462,883
241,185,251
271,333,497
② ①以外の取得した財産の価額
397,171,789
397,171,789
397,171,789
(2) 債務控除額
388,358,941
388,358,941
388,358,941
(3) 課税価格((1)?(2))
68,257,000
249,998,000
280,146,000
(4) 原告の相続税額
22,880,000
105,383,600
(注) (3)欄及び(4)欄については、国税通則法の規定に基づく端数処理後の金額
そして、右特別な事情については、少なくとも、相続開始時における相続財産の客観的交換価値が取引価額によって具体的に明らかになっていること、及び、その客観的交換価値が通達による評価額との間に著しい格差を生じているとき、の二つの要件を満たす場合をいうものと解すべきであって、原告のいうような土地の利用形態や契約上の特約条項の存在は、特別な事情にあたらない。原告の主張は、右時価を財産の利用価値を考慮して評価する考え方に立っているが、相続税法上の時価については、その交換価値ないし取引価値を基にして評価する考え方をとるべきである。
以上の理由から、被告は、本件権利全体に評価通達を適用して、その評価額を二億四一一八万五二五一円として更正処分をしたものである。本件権利の正当な評価額は、二億七一三三万三四九七円であるが、更正処分における評価額は、これを下回っており、右更正処分は適法である(別表四参照)。
原告は、通達が法規性を有しないことや、所得税基本通達の注意規定を根拠に、本件各処分を違法であると主張するが、本件各処分は、相続税法二二条に基づいて行った処分であり、評価通達によることが正当とされる場合にこれを適用したものであって、なんら違法ではない。
別表四
本件土地の上に存する借地権評価額
(単位:円)
確定手続
区分
①
1平方メートル
当りの路線価
②
修正率を適用した
1平方メートル当りの価格
③
地積
(平方メートル)
④(②×③)
自用宅地としての
評価額
⑤
借地権割合
⑥(④×⑤)
借地権
評価額
期限内申告
建物敷地等の部分
48,000
43,200
392
16,934,400
45
7,620,480
〃
48,000
687
32,976,000
〃
14,839,200
〃
42,408
76.5
3,244,212
〃
1,459,895
〃
35,712
38
1,357,056
40
542,822
小計
1,193.5
24,462,397
修正申告
建物敷地等の部分
48,000
43,200
392
16,934,400
45
7,620,480
〃
48,000
687
32,976,000
〃
14,839,200
〃
42,408
76.5
3,244,212
〃
1,459,895
〃
35,712
38
1,357,056
40
542,822
〃
48,000
363
17,424,000
45
7,840,800
小計
1,556.5
32,303,197
コース部分
48,000
38,400
14,145.67
543,193,728
5
27,159,686
合計
15,702.17
59,462,883
更正処分
建物敷地等の部分
及びコース部分
48,000
38,400
15,702.17
602,963,328
40
241,185,251
被告主張額
建物敷地等の部分
及びコース部分
48,000
38,400
15,702.17
602,963,328
45
271,333,497
(注) 更正処分における借地権評価額は、正確には241,185,331円である。
原告がよりどころとしている東京国税局通達は、雑種地の賃借権であって借地権でないものの評価について定められたもので、借地権の評価が問題とされる本件には、そもそも適用のないものである。したがって、教習コース部分を右通達に従って評価することはもとより、本件権利全体を右通達に従って評価することもできない。
また、原告提出の不動産鑑定評価書は、その内容が恣意的であって原告の主張の裏付けとはなり得ない。
立証責任に関する原告の主張も、法律の解釈を誤ったものである。
五証拠<省略>
第三当裁判所の判断
一相続税法二二条は、相続財産の価額については、同法に特別の定めがある場合を除いて、当該財産の取得時における時価による旨定めているが、同法は、右時価の評価方法についてはなんら定めていない。そこで、従来から国税庁においては「相続税財産評価に関する基本通達」(評価通達)を定めて前記「時価」の評価基準を示し、その評価基準に従って各税務署が統一的に相続財産の評価をし、課税事務を行ってきており、右基準が合理的な時価の評価方法として一般に通用していることからすると、右基準によらないことが正当として是認されうるような特別な事情がある場合を除き、原則として、右通達の基準に基づいて相続財産の評価を行うことが、相続税課税の公平の観点から相当であるといわなければならない。
二本件土地全体に借地法の適用があることについては当事者間に争いがなく、前記最高裁判決も、建物敷地部分と教習コース部分の一体性を認定して、本件権利が借地法の適用のある借地権である旨判示している。
ところが、相続税法には、借地権評価についての特別の定めはないので、本件権利の評価は、原則として右評価通達の評価基準によるべきであるところ、本件権利につき、同基準によらないことが正当として是認されうるような特別な事情を認めるに足りる証拠はない。
原告は、本件土地の現況及び賃貸借契約上の利用制限から、本件権利を一般の借地権よりも低く評価すべきであると主張し、不動産鑑定士桒野義政作成の不動産鑑定評価書(<書証番号略>)及び同人の証言が右主張の裏付けであるとするが、同人の右鑑定評価の根拠が明らかでない上、借地権価額〇円という評価額そのものも原告の主張と矛盾するものであり、いずれも採用できない。
そうすると、本件各処分は、相続税法二二条に基づいて行った処分であるといわなければならず、右条項の解釈通達である評価通達によることが正当とされる本件事案において、右通達に従いなされた本件各処分は適法である。
三よって、本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条に従い、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官寒竹剛 裁判官横山秀憲 裁判官家令和典)