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福岡地方裁判所久留米支部 昭和52年(ワ)39号 判決 1978年1月27日

原告 中園末子

被告 株式会社ダイコー 外一名

主文

被告らは原告に対し各自金五〇一万一四七二円とこれに対する昭和五一年八月三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

原告の被告らに対するその余の各請求を棄却する。

訴訟費用はこれを一〇分し、その九を被告らの負担とし、その余を原告の負担とする。 この判決は原告勝訴部分に限り仮に執行することができる。

事  実 <省略>

理由

一  当事者関係

請求原因1の事実は当事者間に争いがない。

二  事故の発生

請求原因2のうち、原告が集じんダクトから溢れているかんな屑を掃除しようとしたこと、原告が労働基準法施行規則別表第二の九級に該当する後遺障害を残したことを除く事実は当事者間に争いがない。

そして、成立に争いのない乙第一号証、原告本人尋問および検証の各結果によると、当時原告は集じんダクトから溢れているかんな屑を除去するためかんな盤と集じんダクトの間の隙間に左手を差し入れたため前示傷害を受け、労働基準法施行規則別表第二身体障害等級表九級八号に該当する、示指を併せ二指を失つた後遺障害を残したことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

三  責任原因

1  成立に争いのない甲第二号証、証人中島宏輔、同古賀優浩の各証言、原告本人尋問および検証の各結果によると、被告株式会社中島木工の建物(工場)と被告株式会社ダイコーの建物(工場)はそれぞれ別個独立のものであるけれども、両建物の敷地は隣接し、その間に明確な使用占有区分はなされていないこと、被告株式会社中島木工は昭和四四年に設立され、応接セツトの製造、販売を業とし、その従業員数は九〇名であり、被告株式会社ダイコーは昭和五〇年一一月に設立され、食器棚の製造を業とし、その従業員数は一七名であり、同会社の製品の販売は被告株式会社中島木工において行なつていること、右被告ら両会社の各代表取締役はいずれも同一人である中島義雄であること、被告株式会社中島木工は通常の事務所を有しているけれども被告株式会社ダイコーの事務所は休憩所程度のものにすぎず、前者の製品が相当数梱包されて後者の工場内の入口付近に置かれていること、昭和五一年六月二六日頃原告を含む被告株式会社中島木工の従業員六名が被告株式会社ダイコーで勤務するよう現場責任者から申し渡されたが、その際被告株式会社中島木工を解雇するとか、退職させるという申入は何らなされず、原告らはその後も同会社の事務員から従来と同様の給料袋により給料の支給を受けていること、労働基準監督署長に対し提出した本件事故に関する労働者傷病報告書も現実には被告株式会社中島木工において作成したことを認めることができる。

右のように、被告ら両会社間には、業務内容、人的、物的構成の混同、経理上の区別の不明確が認められることを考え合わせると、被告ら両会社は実質的に同一の会社であることを認めることができ、右認定を覆すにたりる証拠はない。

そうすると、被告ら両会社は二人格共同責任の法理により、各自両会社の事業に従事していた従業員である原告に対し雇用契約に基づく責任を負うものといわなければならない。

2(一)  前記乙第一号証、証人中島宏輔、同古賀優浩の各証言、原告本人尋問および検証の各結果によると、原告は昭和五〇年九月二五日から同五一年六月二五日頃までは被告株式会社中島木工において塗装した応接セツトの表面を磨く塗装研磨作業、応接セツトの木枠の一部の組立、応接セツトの布の裁断等の作業に従事し、昭和五一年六月二六日頃被告株式会社ダイコーに配置転換されてからは同年八月二日まで食器棚の塗装研磨や塗装する前の生地柄をサンドペーパーで研磨する作業に従事したが、それらはいずれも格別危険を伴う作業ではなく、原告はそれまで機械を扱う作業には一度も従事したことがないこと、原告は昭和五一年八月二日に被告株式会社ダイコーの工場長である訴外古賀優浩から命ぜられ、同日午後二時頃から約二時間、始めて本件ムラ取機のかんな盤を使用して木材切削作業に従事し、翌日も午前八時半から同九時五〇分頃まで同作業に従事し、同時刻頃前記事故に会つたこと、その間原告が古賀工場長から説明を受けたのは、かんな盤の上下のスイツチの入れ方と切り方、木材の入れ方、および機械に異常があつたら必ずスイツチを切つて近所にいる男の人を呼び、自分で修理はしないようにしなさいという指示だけで、他には同工場長又は被告ら会社側からいかなる安全教育も受けなかつたこと、そのため原告は右ムラ取機においてかんな胴が回転すること自体知らなかつたので、その電源を切つてもその回転は直ちに止まらず、惰性でなお約三〇秒は回転することも知らなかつたこと、原告が始めて右作業をした昭和五一年八月二日に一回集じんダクトに棒がつかえてかんな屑がかんな胴下のじようごから溢れたことがあつたが、その時は原告において近くにいた宮地という男子従業員に頼んでこれを直してもらつたこと、翌三日午前九時五〇分頃も、集じんダクトにかんな屑がつまつたので、原告はかんな盤の電源スイツチを切つた直後右かんな屑を除去しようとしてかんな盤中央部とその下の集じんダクトの間の握り拳が入る位の、本件ムラ取機横の隙間からその中に左手を差し入れたところ、集じんダクトの上のかんな盤部分に装置されたかんな胴がまだ惰力回転をしていたため、かんな胴の刃によつて左手第二指および第三指を付け根から切断されたこと、当時工場内の他の機械が作動音を立てていたし、また傍にいた女子従業員が原告に話しかけていたので右かんな胴の回転音は聞こえず、かんな屑がつまつていたせいもあつて、外部からかんな胴の回転を認めることはできなかつたこと、従つて、原告としてはかんな盤とその下の集じんダクトとの間の空間においてかんな胴の刃が回転し、同所が電源を切つても暫くはその刃が惰力回転をする危険な個所であるとはおよそ予想することはできなかつたことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

(二)  前記乙第一号証、証人中島宏輔、同古賀優浩の各証言、検証の結果および弁論の全趣旨によると、本件ムラ取機は日本工業標準規格品であること、これと同種の機械は大川市および城島町の約五、六百軒の木工所の約半数において使用していること、本件ムラ取機には、その横の、かんな盤中央部とその下の集じんダクトとの間に片手の握り拳が入る位の隙間がある他は殆ど覆いがなされているので、その内部であるかんな胴部分下部以外に格別危険な個所はないこと、右程度の隙間は内部の集じんダクトの状況を認識するためには便利であり、その中に手を差し入れることによる危険はムラ取機の構造を説明し、殊に同所はかんな胴の刃が回転し、電源を切つても暫くは惰力回転をする危険な場所であるから決して手などを差し入れないよう指示して安全教育を施すことによつて十分防止しうることを認めることができ、右認定を動かすにたりる証拠はない。

従つて、本件ムラ取機自体に安全設備の不備があつたとする原告の請求原因3の(四)の主張は採用することができない。

(三)  請求原因3の(三)のうち、被告らが法令に違反し、法定の講習を受けた木材加工用機械作業主任者を選任していなかつたことは当事者間に争いがない。

しかしながら、前示のように本件事故は被告らが原告に対し安全教育を懈怠したために起こつたものであり、たとえ右作業主任者を選任していても右教育を怠つておれば回避することができなかつたものであるから、右の主任者を選任しなかつたことと本件事故との間には論理的因果関係がない。

従つて、原告の請求原因3の(三)の主張は理由がない。

(四)  請求原因3の(二)のとおり、使用者が従業員である労働者に対し雇用契約に基づきその生命および健康を保護すべき義務を負うことは当事者間に争いがない。

ところで、前示のように原告は被告らの従業員であるから、被告らは原告に対し工場の諸施設から生ずる危険が労働者である原告に及ばないように安全教育を施すべき雇用契約上の義務を負うものである(労働安全衛生法五九条一、二項、労働安全衛生規則三五条一、二項参照)。

ところが、被告らは本件ムラ取機の構造、危険な個所を説明し、かんな胴の刃が、脇に握り拳が入る位の隙間のある、かんな盤中央部下部の空間において回転し、電源を切つても暫時惰力回転をするので、同所に手などを差し入れないよう指示して安全教育を実施すべきであるにもかかわらず、そのいずれをも怠つたのであるから、右義務の不履行があつたことは明らかである。

もつとも、前記のとおり古賀工場長は原告に対し機械に異常があつたら必ずスイツチを切つて近所にいる男の人を呼び自分で修理はするなと指示したことが認められるけれども、少なくとも使用者が安全教育の一部を行なつたといえるためには当該機械の危険な個所を具体的に指示することを要する(もつとも、これについて十分な知識を持つている場合はこの限りでないけれども、原告がそのような知識を全く持ち合わせていなかつたことは前叙のとおりである。)ところ、右の指示によつては、それが機械に故障をきたさないために言つているのか、或は労働者の安全のために言つているのかさえ分らないばかりか、どこが危険な個所であるのかも分らないのであるから、この程度の指示によつて安全教育を施したということはできない。

そして、被告らが前示のような安全教育を実施していたなら本件のような事故は発生しなかつたものと考えられる。

従つて、被告らは原告に対し各自雇用契約上の債務不履行に基づき、本件事故によつて原告の蒙つた損害を賠償する責任がある。

四  抗弁

1  抗弁1の退職の事実を認めるにたりる証拠はない。

2  原告は被告ら両会社から本件ムラ取機について何らの安全教育も受けなかつたこと、もつとも古賀工場長は原告に対し機械に異常があつたら必ずスイツチを切つて近所にいる男の人を呼び自分で修理はするなと指示したけれどもこれをもつて安全教育を施したといえないのは勿論、当該機械の危険性を告知したことにもならないことは前示のとおりである。

また、原告がかんな屑を処理するためとはいえかんな盤の電源スイツチを切つた直後かんな胴の下部へ手を差し入れることは客観的には危険な行為であるけれども、原告は本件ムラ取機の構造はおろか、およそかんな胴の刃がかんな盤中央部下部において回転していることは無論のこと、それが電源を切つた後も約三〇秒は惰力回転することを知らなかつたのであり、一方被告ら両会社から何らの安全教育も受けなかつた原告がこれらのことを知らなかつたのも無理からぬことであるから、右のような危険性の認識のない者に被告ら主張のような過失を認めることはできないというべきであろう。

従つて、被告らの過失相殺の主張は採用しない。

五  損害<省略>

六  結論<省略>

(裁判官 池田憲義)

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