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福岡地方裁判所久留米支部 昭和63年(ワ)271号 判決 1992年6月08日

主文

一  被告は原告に対し、金一〇七万六〇〇〇円及びこれに対する昭和六一年一月一四日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを七分し、その六を原告の、その余を被告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金七四五万四〇〇〇円及びこれに対する昭和六一年一月一四日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  1項につき仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  被告敗訴の場合、仮執行免脱の宣言

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生

昭和六一年一月一四日午後三時三〇分ころ、原告は自宅付近の道路上隅において隣人と立ち話をしていたところ、走行して来た久留米市立牟田山中学校二年生緒方啓(以下「緒方」という。)に衝突され、道路側溝に転倒した(以下、この事故を「本件事故」という。)。

2  責任

(一) 顧問教諭の過失

(1) 緒方の右走行は、牟田山中学校の課外クラブ活動であるハンドボール部の団体走行訓練中のもので、同部顧問である田中友和教諭(以下「田中教諭」という。)の指導のもとに行われていた。

(2) 課外クラブ活動の一環として生徒に学校外の一般道路を走行させるに当たっては、顧問教諭は生徒を指揮監督し、走行中第三者と衝突することのないよう十分に配慮する義務がある。

(3) 特に本件では次のような事情が存する。

① 牟田山中学校では、長距離走のコースとして通常、同中学校及びこれと隣接する南小学校の周囲を回るコース(以下「南小コース」という。)を指定していたが、同コースに工事箇所があったため、事故前日から大電株式会社の周囲を回るコース(以下「本件コース」という。)に変更しており、走行する生徒らはコースの状況を熟知していなかった。

② 事故現場の道路は幅員が広いものの、幹線道路から入った道路であり、人通りや通行車両は非常に少ない。反面、事故現場付近には団地があって比較的多数の住民が住んでおり、これらの住民は、右道路の状況からこれを危険な場所とは認識せず、路上で遊んだり、原告のように立ち話をしたりして利用していた。かかる道路を団体走行すれば、付近住民との接触、衝突という事態が発生することは容易に予見しうるところである。

③ 本件の団体走行は、単なる準備運動とは異なり、持久走と呼ばれ、足腰や体力を鍛えるために行うもので、自ずから走行者は力の限りを尽くして走行するものである。それ故、走行者は、走ることに精神を集中し、周囲の状況に対する判断力の減退を招いていることが容易に予測される。

④ 緒方は、事故当時一四歳の少年であるが、一四歳の少年といえば、肉体的、精神的にも未だ発育途上であり、自己の行為の結果を的確に予測し、結果回避のため適切な行動に出る能力は備わっていない。

⑤ 本件コースは、ほぼ長方形の形状をした一周約六〇〇メートルのコースである。一周の距離は比較的短く、また直線コースの見通しもよいことから、生徒らの走行状態及び走行道路の状況を監視、把握し、必要に応じて注意、指導することが容易である。

(4) 以上のとおり、本件事故の発生は十分に予見が可能であり、結果回避も容易であった。そこで、田中教諭には、次の注意義務があった。

ア 団体走行に当たり、生徒に対し、他の道路利用者と衝突する危険性について説明をし、かつ注意を与える義務

イ 走行中の生徒を注視することによって、頭を下げて他の生徒の直後を走っている緒方を発見し、同人に対して頭を上げさせ、前走者との距離をはなすなどして、前方への安全を確認しながら走るように必要な指示をすべき義務

ウ 走行道路の状態を注視し、他の道路利用者を認めた場合には、走行生徒との接触をさけるべく生徒らに対し走行進路を変えさせる等適当な指示をすべき義務

しかしながら、田中教諭は、生徒らに対しこれらの説明、注意、指示を与えることなく、漫然と生徒らを走行させた結果、緒方は他の生徒の直後を前方の安全確認をしないまま頭を下げて漫然と走行し、本件事故を発生させた。

(二) 被告の責任

本件団体走行は、課外クラブ活動中のもので、学校教育の一環として実施されたものであるから、被告は、国家賠償法一条に基づき、その公務員である田中教諭の過失により原告が被った損害を賠償すべきである。

3  損害

(一) 傷害の程度

原告は、本件事故により左大腿骨頸部内側骨折の傷害を負い、その治療のため、昭和六一年一月一四日から同月一八日まで白鳩病院に、同日から同年二月二八日まで脇田整形外科医院にそれぞれ入院し、同年三月一日から同年九月八日まで同医院に通院した。

原告は、治療の結果左股に人工骨頭置換の後遺症を残すこととなり、現在でも局部に痛みがあり、正座や階段を上がることができず、日常生活種々に支障が生じている。また、左足をかばうため、右足に水が溜まるようになっている。

(二) 損害額

本件事故によって原告が被った損害は、次のとおり合計金一〇四五万四〇〇〇円である。

(1) 入院雑費 金四万六〇〇〇円

一日当たり金一〇〇〇円として四六日分

(2) 傷害慰謝料 金一三〇万円

症状固定を昭和六一年八月三〇日、入院四六日、通院六か月として、これに対する慰謝料

(3) 介護料 金六〇万八〇〇〇円

原告は高齢であったため、自宅療養中は介護を要し、目が離せない状態であり、近親者が常に付き添っていたもので、昭和六一年三月一日から同年七月三〇日までの付添料として、一日当たり金四〇〇〇円で算出する。

(4) 後遺症慰謝料 金七五〇万円

本件事故により、原告は前記の後遺症が残り、現在でもその後遺症に起因する種々の障害に悩まされている。原告の後遺症は「一下肢の三大関節中の一関節の用を廃したもの」(後遺障害等級第八級七号)に該当するところ、これに対する慰謝料は金七五〇万円を下らない。

(5) 弁護士費用 金一〇〇万円

原告は、被告が本件事故に基づく損害賠償に応じなかったことから、その解決を弁護士に依頼せざるをえなくなり、その報酬として金一〇〇万円を支払うことを約した。

(三) 損害の填補

原告は、平成三年一二月二七日、緒方から本件の損害賠償の一部として金三〇〇万円を受領した。

4  よって、原告は被告に対し、右の損害合計金一〇四五万四〇〇〇円から弁済を受けた金三〇〇万円を控除した残額である金七四五万四〇〇〇円及びこれに対する事故の日である昭和六一年一月一四日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  請求原因2について

(一)(1) 請求原因2(一)の(1)の事実は認める。

(2) 同(2)のうち、生徒が一般道路を走行する場合学校側に指導監督する義務があることは認め、その余は争う。

(3)① 同(3)の①の事実のうち、牟田山中学校においては長距離走のコースとして南小コースが指定されていたが、同コースに工事箇所があったため、事故前日本件コースに変更されたことを認め、生徒がそのコースを熟知していなかったことは否認する。

② 同②の事実のうち、事故現場の道路が幹線道路から入った道路であり幅員が広いことを認め、その余は否認する。

③ 同③の事実のうち、持久走が足腰等を鍛えるために行うものであることを認め、その余は争う。

④ 同④の事実は否認する。なお、緒方が事故当時中学二年生であったことは認める。

⑤ 同⑤の事実のうち、本件コースの形状、距離は認め、その余は否認する。

(4) 同(4)のうち、緒方が頭を下げて他の生徒の直後を走っていたことは認め、その余は否認ないし争う。

(二) 請求原因2の(二)は争う。

3  請求原因3について

(一) 請求原因3の(一)の事実のうち、原告が本件事故により主張の傷害を負ったこと及び入通院の事実は認め、その余は知らない。

(二) 同(二)は争う。

(三) 同(三)の事実は認める。

4  被告の反論

(一) 本件事故の状況

(1) 久留米市立牟田山中学校においては、長距離走のコースとして南小コースを指定してたが、当時、南小学校の塀工事のため、事故前日から本件コースに変更して走行していた。

(2) 事故当日、ハンドボール部顧問であった田中教諭は、部員一四名と共に本件コースを一〇周する予定で、同日午後三時ころから本件の持久走に入った。

(3) 田中教諭は、部員に対し、道路左側を走るよう指示するとともに、自ら自転車で三周伴走し、四周目から校門に立って指導し、八周目位に「終わったら球技練習に入るように。」と指示をして学年会に参加した。

(4) ところが、緒方は、下を向いて走っていたため、五周目で道路で立ち話中の原告に気づかず、直前を走っていた生徒が原告を避けて走ったのにかかわらず、自分はそのまま走って原告に衝突した。

(二) 被告の責任について

(1) 公立学校の校長ないし教師は、課外クラブ活動に関しても生徒を指揮監督すべき義務があると解されるところ、すでに一三歳ないし一五歳である中学校生徒は、自己の行為について何らかの法的責任が生ずることを認識しうる能力、すなわち責任能力を有し、かつ自己の行為について自主的な判断で責任を持って行動するものと期待しうるから、生徒を指揮監督する教師としても、生徒の自主的な判断と行動を尊重しつつ健全で常識的な成人を育成するための助言、協力、監護、指導をすべきであり、特に課外クラブ活動は自主的な活動計画を樹立し、社会的能力を高め、余暇を善用し、好ましい人間関係を育成することを目的とするもので、生徒の一定の自主的な判断と行動に任されるべきものであるから、逐一生徒の行動と結果について監督する義務はなく、ただ、生徒が自主的な判断と行動をしていてもその過程で他人の生命身体に危険を生じさせるような事態が客観的、具体的に予測される場合に限り、事故発生を未然に防止するため伴走等をすべき義務があると解すべきである。

(2) これを本件についてみると、本件走行は順位を競い合うものではなく、その速度は一〇〇メートルを四〇秒程度の緩走であって日常的に行われているものであり、走行コースは事故前日から走行することになったものの牟田山中学校の近辺で生徒はそのコースを熟知しており、また人通りも比較的少ない道路であるから、ハンドボール部員が走行によって通行人に衝突する危険が客観的に高いものであったとはいえない。したがって、田中教諭に何ら注意義務はなかったというべきである。

また、本件事故は、走行者が「前方を注視して走る」という基本的な注意義務を怠ったため惹起されたものであるから、仮に田中教諭が生徒に対し歩行者に注意するように具体的に注意を与えていたとしても、未然に防止できなかったものである。田中教諭において、このような走行者としての基本的な注意義務を怠る者がある場合までを予想して、具体的に注意指示を与え、監視すべき義務はない。

(三) 損害額について

原告は左大腿骨頸置換術を受けているが、人工骨頭が用いられているということの他に障害はなく、股関節の伸展、屈曲、外転、内転、外旋、内旋ともほぼ正常であるから、後遺症はない。したがって、後遺症による慰謝料の請求は失当である。

第三  証拠<省略>

理由

一  当事者間に争いのない事実及び証拠(証人黒岩汪介、同田中友和(第一回、第二回)、同緒方啓、同宮原靖の各証言、原告本人尋問の結果、検証の結果)並びに弁論の全趣旨を総合すれば、以下の事実が認められる。

1  久留米市立牟田山中学校のハンドボール部は、昭和六一年一月当時、田中教諭を顧問として、一年生一名、二年生一三名で課外のクラブ活動を行っていた。田中教諭は、基本体力作りに重点を置き、ほとんど毎日生徒に持久走をさせていたが、同中学校の校庭(運動場)は隣接する南小学校と実質上共用であったことから、持久走の場所は、週のうち約半分は校外である南小コースであった。

2  ところが、昭和六一年一月一二日ころ南小学校の塀の工事が始まったことから、学校側は翌一三日から生徒の校外持久走を本件コースで行うことにした。本件コースは、ほぼ長方形をした一周約六〇〇メートルのコースで、付近の状況は別紙図面記載のとおりであり、本件コースの西側及び南側はいずれも住宅が密集している(なお、同図面は住宅地図を切り貼りして作成されたものであるため、若干不正確ではある。)。本件コースのうち大電株式会社の西側の道路(以下「本件道路」という。)は幅員約六メートルと比較的広く、左側に駐車車両がよく見られるものの、事故のころ車両の通行が少なかった。

3  同月一四日の午後三時ころ、田中教諭は、牟田山中学校の校門にハンドボール部の生徒一四名を二列縦隊で並ばせ、本件コースを一〇周するよう命じて出発させたが、その際、なるべく列を崩さないようにと指示を与えた。生徒は校門から北上し大電株式会社の周囲を別紙図面の赤線のとおり走行し、田中教諭も、自転車で三周伴走したが、四周目から七、八周目まで校門前に立って、遅れる生徒を励ましながら、生徒の走行を見守っていた。田中教諭の伴走がなくなったころから、生徒の隊形は、生徒各人の体力差等のため次第に崩れたが、列の中程右側を走っていた緒方(昭和四六年六月一八日生)は、左隣の生徒と共に直前の走者に付き従い、これら四名で一纒まりになって遅ればせながら走行していた。緒方は、出発当初から、田中教諭の指示どおり列を崩さないことを心掛け、ひたすら直前の走者に付いて行くべく、専ら直前の走者の足元から腰辺りを見つめて走っており(但し、時折顔を上げて隣の者と会話を交わすことはあった。)、進路の安全に配慮していなかった。

4  午後三時三〇分ころ、緒方の直前の走者は、本件道路に入ってから、道路左側の駐車車両を避けて道路の右端を走行し、久留米市南町六九〇番地白鳩病院前付近の本件事故現場(別紙図面の×印)の直前に来るや、道路右端で立ち話中の原告を避けるため急に左に身をかわした。緒方は、前記のとおりそれまで直前の走者に盲目的に付き従うのみで原告の存在に全く気付いていなかったため、直前の走者に続いて自らも左に身をかわして原告を避けることができず、そのまま原告に衝突し、原告は側溝に倒れた(本件事故)。

二  被告の責任について

1  一般に、中学校においては、必修のクラブ活動(それは学習指導要領に基づく授業時間表に組み入れて実施することになっている。)のほかに、希望する生徒のみによる自主的活動である課外のクラブ活動も実施されているが、後者は、各学校が独自の教育的意義を期待し、それぞれの学校の実情や教育方針に基づいて行うものであって、学習指導要領に位置づけられない教育課程外の教育活動であると解されている。このような課外のクラブ活動といえども、それが学校の教育活動の一環として行われるものである以上、その実施については、顧問の教諭に生徒を指導監督し、事故の発生を防止すべき一般的な注意義務がある。

2 一般に車や人の通行が予定されている校外の道路で、課外クラブ活動として中学校生徒に持久走をさせる場合を考えると、学校側において、周囲の危険から生徒の生命身体が護られるよう配慮すべきことは当然のこと、生徒が道路を利用する他の車両や人に危険を及ぼすことがないよう配慮すべきであり、殊に本件のように列をなしての持久走の場合には、先頭を走行する者以外は漫然と前者に付き従って進路に対する安全確認を怠る蓋然性が高いといえるから、先頭の走者をして、進路に対する安全確認を心掛けさせ、集団を適宜引率させるように留意すべきである。そして、本件事故前のように、生徒の体力差等のため隊形が崩れ、先頭者の引率のみによっては後走者の進路の安全を図ることがもはや期待できなくなった後においては、後走者各自が進路に対する安全確認を行うべきであり、生徒がそのような安全確認をしないまま走っていることを顧問教諭において認識可能な場合には、顧問教諭は、その生徒に自ら進路の安全を確認しながら走るよう指示を与えるべきである。これを本件についてみるのに、田中教諭は、伴走後校門に立って生徒の走行を見ていたのであるから、隊形が崩れた後も、緒方がひたすら直前の走者に付いて行くべく同人の足元から腰辺りを見つめて走っており、進路の安全に配慮していなかったことを容易に認識できた筈であり、そうであれば、緒方にそのような走り方を改めさせ、自ら進路の安全確認を行いながら走行するよう指示すべき義務があったというべきである。田中教諭の証言(第一回、第二回)によれば、同教諭は右の義務を怠ったことが認められ、この点に過失があるから、被告は、国家賠償法一条に基づき、その公務員である田中教諭の過失により原告に生じた損害を賠償すべき義務がある。

3  被告は、課外クラブ活動の趣旨等からして顧問教諭には、逐一生徒の行動と結果について監督すべき義務はなく、他人の生命身体に危険を生じさせるような事態が客観的、具体的に予測されるような場合に限り、事故発生を防止すべく何らかの措置をとる義務があるにすぎない旨主張するが、本件道路は周囲に住宅が密集する一方、車両の交通量が少なかったのであるから、事故当時の時間帯に付近の住民が本件道路上に存在する蓋然性は決して低くはなかったといえ、これに前記のとおりの緒方の不注意な走り方を併せて考えると、本件事故の当時、他の道路利用者と緒方との衝突の危険は客観的に認められたと解さざるをえない。そして、田中教諭において、前記のような不注意な走り方をしている緒方を認識できた以上、緒方にその走り方を改めさせて、一般人に対する衝突の危険を除去すべきであったというべきであり、このことは、本件持久走が順位を競い合うものではなかったとしても何ら異ならない。

なお、被告が主張するように本件コースを生徒において熟知していたと認めさせる証拠はない。また、被告は、田中教諭において、緒方が前方不注視という走行者としての基本的な注意義務を怠ることまでも予想して必要な指示を与えるべき義務はない旨主張するが、緒方が現にそのような基本的な注意義務を怠った走行をしており、田中教諭においてこれを認識できたのであるから、それを改めさせるべく必要な指示すべきである。

三  原告が本件事故により左大腿骨頸部内側骨折の傷害を負ったことは当事者間に争いがないから、原告に生じた損害額につき検討する。

1  まず、証拠(<書証番号略>、証人黒岩汪介、同脇田吉樹の各証言、原告本人尋問の結果)によれば、次の事実が認められる。

(一)  原告(事故当時七六歳、女性)は、受傷後直ちに事故現場近くの白鳩病院に連れて行かれ、そのまま昭和六一年一月一八日まで入院したが、大腿骨頸部骨折のため手術が必要であることが判明し、娘の住所地近くの脇田整形外科医院に同日転医した。原告は、同医院に入院を続け、同月二三日左股人工骨頭置換術を受け、同年二月四日から歩行訓練を開始し、一本杖で歩行できるようになったことから同月二八日退院した。同医院に入院中の同年一月一八日から同年二月一三日までの間、原告は、固定具(スポンジ牽引器具)使用のため身体の自由が主に摂食、洗面等の起居動作に限られた。原告は退院後、次のとおり同医院に通院した(通院実日数一三日)。

昭和六一年三月 七日、一五日、二五日

同年四月 一四日、二八日

同年五月 八日、二〇日

同年六月 四日、一七日

同年七月 九日、二三日、三〇日

同年九月 八日

(二)  原告は、退院後も術創部の疼痛、膝関節痛を訴え、膝関節水腫も見られたが、膝関節痛は加齢によって発生する変形性膝関節症から来た可能性が残る。膝関節水腫は、変形性膝関節症に歩行訓練等による膝への負担が加わって発生したものと一応推定される。

(三)  原告は、退院後娘方で面倒をみてもらっていたが、同年七月末ころ一人で久留米市の自宅に戻り、八月は白鳩病院に通院し、同年九月八日に再度脇田整形外科医院に通院したが、これ以上の症状の改善は望めないとして同日症状固定の診断を受けた。このときの原告の左股関節の可動範囲は、伸展〇度、屈曲一三〇度、外転、内転各三〇度、外旋四五度、内旋四〇度でほぼ正常値であった。

(四)  原告は、現在も、左脚に痛みを覚え、左側を下にして眠ることができないほか、歩く際少し足を引きずるようになり、手摺を伝わないと階段を上れない。また、正座や長時間立ち続けることができず、家事に支障を来している。

2  傷害慰謝料 金一三〇万円

本件事故による傷害の内容、程度、入通院日数その他諸般の事情を斟酌すると、原告の傷害に対する慰謝料としては、原告が主張する金一三〇万円を満額認めるのが相当である。

3  後遺症慰謝料 金二〇〇万円

原告は本件事故による受傷のため、左股人工骨頭置換術を受けており、これは形式上、自賠法施行令二条の後遺障害別等級表の第八級七号所定の「一下肢の三大関節中の一関節の用を廃したもの」に該当するものと解される(労働省労働基準局長通達昭和五〇年九月一日実施、昭和六一年三月二六日一部改正労働災害「障害等級認定基準」第2の10(2)(一)ロのB(B)参照)。しかしながら、原告の左股関節の可動範囲は前記のとおりほぼ正常値になっており、被告はこれを捉えて原告に後遺症がない旨主張している。

ところで、後遺症の慰謝料は、これ以上治療を続けても治療効果が上がらず、一生涯その状態が続く場合に、その苦痛、外見の悪さ、生活に対する影響等について金銭的に償うものであるから、このような観点から検討すると、原告が形式上前記後遺障害別等級表に該当することはあくまで一つの目安にすぎず、原告の左股関節の可動範囲がほぼ正常であることは軽視することができない(逆に、可動範囲がほぼ正常であるからというだけで、後遺症がないとすることも勿論できない。)。なるほど、証人脇田吉樹の証言によれば、人工骨頭は一定の期間で磨耗し、交換が必要となることが窺われ、そのような人工骨頭に置き換えられたこと自体を後遺症と考えることができるが、原告の年齢等に照らすと早期に交換が必要となる事態は考えにくいから、その金銭的評価は低くならざるをえない。また、原告は現在も前記1の(四)のとおりの不都合に悩まされていることが認められるが、右の不都合には原告の年齢から来る部分も少なからずあるものと考えるべきである。その他、本件で現れた一切の事情を考慮すると、原告の後遺症に対する慰謝料として金二〇〇万円を認めるのが相当である。

4  入院雑費 金四万六〇〇〇円

入院雑費は一日一〇〇〇円が相当であるから、入院日数の四六日を乗じて四万六〇〇〇円を損害と認める。

5  介護料 金三八万円

証人黒岩汪介の証言によれば、原告は脇田整形外科医院退院後の昭和六一年三月一日から同年七月三〇日までの一五二日間、娘方で生活をし、娘はパート勤めをやめて、一日中原告の傍に付いていたことが認められ、原告の年齢に照らせばその必要性を一応肯定できる。その他、諸般の事情を考慮すれば、一日二五〇〇円の割合で一五二日分の三八万円を本件事故と相当因果関係のある付添介護料と認める。

6  弁護士費用 金三五万円

証人黒岩汪介の証言によれば、被告側は、原告との損害賠償の交渉において、賠償には市議会の許可が必要であるとして裁判の提起を促し、裁判外での交渉に積極的な態度を示さなかったため、原告はやむなく弁護士である原告訴訟代理人に本件訴訟の提起及び遂行を依頼したことが認められ、相応の費用を要したものと推認される。そして、本件訴訟の内容、認容額等を考慮すると、本件事故と相当因果関係のある弁護士費用は金三五万円とするのが相当である。

7  損害の填補

本件事故により、原告が以上2ないし6の合計四〇七万六〇〇〇円の損害を被ったことが認められるところ、原告は緒方から損害金の一部として三〇〇万円の支払を受けたとしてその金額を請求元金から控除しているから、右の四〇七万六〇〇〇円から三〇〇万円を控除すると、請求元金の残額は一〇七万六〇〇〇円となる。

四  以上によれば、原告の本訴請求は、金一〇七万六〇〇〇円及びこれに対する事故の日である昭和六一年一月一四日から完済まで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は理由がない。なお、被告による仮執行免脱宣言の申立は、これを必要とする事情が認められないから、却下する。

(裁判官 政岡克俊)

別紙 図面<省略>

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