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福岡地方裁判所大牟田支部 昭和48年(ワ)62号 判決 1976年1月23日

原告

佐藤重一

ほか一名

被告

清原利夫

ほか一名

主文

原告らの請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一当事者らの求めた裁判

一  原告らの請求の趣旨

被告清原利夫(以下被告清原という。)は原告らに対し金一、六二〇万四、五八〇円、被告安田火災海上保険株式会社(以下被告会社という。)は原告らに対し金五〇〇万円とそれぞれ当該金員に対する昭和四六年一二月二六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

訴訟費用はこれを三分し、その二を被告清原の負担と、その一を被告ら両名の負担とする。

仮執行の宣言。

二  請求の趣旨に対する被告らの各答弁

主文と同旨

第二原告らの請求の原因

一  訴外佐藤昇一(昭和二二年五月二三日生)は昭和四六年一月三〇日午後〇時四〇分ごろ六福岡ひ五九九六号自動車(以下昇一車という。)を運転し大牟田市東新町方面から同市明治町方面に向け同市旭町五番地先三差路にさしかかり、前方に進行してきた自動車があつたため一旦停車をした際、被告清原が保有しかつ運転する貨物自動車(熊四に九四五五号、以下被告車という。)から追突され、頸部挫傷、腰部捻挫の傷害を受け、平井外科医院に入院し、医師平井寿の治療を受け、同年一二月二五日同病院を退院する途中上腹部に激しい疼痛を覚えたので、再び同病院に入院したが、前記交通事故に伴う外傷によるストレス胃潰瘍穿孔により右同日同病院において死亡した。

二  被告清原は被告車の保有者であり、かつ被告車を運転中前方不注意の過失により前記事故を惹起したものであるから、自動車損害賠償保障法(以下自賠法という。)三条により本件事故により生じた損害を賠償する責任があり、被告会社は被告清原が前記事故時において被告車について自賠法の定める賠償責任保険に加入していた保険会社である(加入証明書番号R第九三九四三〇号)から自賠法一六条により被告清原の損害賠償責任額のうち保険金額の限度において原告らに対し損害賠償額を支払うべき義務がある。

三  原告佐藤重一と原告佐藤ヒデ子は訴外佐藤昇一の両親で、同訴外人の死亡により同訴外人を相続したものであるが、本件事故による同訴外人の死亡により次のとおりの損害を蒙つた。

(一)  治療費 金一八万一、〇九〇円(ただし被告から受領ずみである。)

(二)  入院雑費 金五、二〇〇円(一日金二〇〇円宛二六日間入院)

(三)  訴外佐藤昇一の慰藉料 金四〇〇万円

(四)  死亡による訴外佐藤昇一の逸失利益

死亡時の年令二四才。毎月平均手取所得金六万五、〇〇〇円(原告佐藤重一は惣菜類製造販売業を営んでおり、訴外佐藤昇一は原告佐藤ヒデ子と共に原告佐藤重一の右営業の手伝をしていたものである。)生計費としてその半額を控除すると、収入月額は金三万二、五〇〇円であり、六七才までの就労可能年数は四三年、これに照応するホフマン式計算計数二二・六一一により中間利息を控除した逸失利益の現在高は金八八一万八、二九〇円である。

32500×12×22.611=8818290

(五)  葬祭料 金二〇万円

(六)  弁護士費用 金一〇〇万円

(七)  原告両名各固有の慰藉料 各金一〇〇万円

四  よつて原告らは被告清原に対し金一、六二〇万四、五八〇円(原告一人宛金八一〇万二、二九〇円)、被告会社に対し、被告清原の責任額のうち死亡保険金に相当する金五〇〇万円とそれぞれ当該金額に対する本件不法行為の日の後である昭和四六年一二月二六日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第三請求原因に対する被告清原の答弁と主張

一  請求原因一項のうち交通事故と訴外昇一の死亡の間の因果関係を否認し、その余の事実は認める。

二  同二項のうち、被告清原が被告車の保有者であることは認めるが、被告車の運転についての被告清原の過失は争う。被告清原は訴外昇一運転の昇一車に追従していたところ、同訴外人は右折進行中の停車について何の合図もせず漫然と停車した過失があり、被告清原は右先行車の速度がおちたので、二回にわたつて被告車のブレーキを踏み、のろのろの進行状態で三回目のブレーキを踏んだが、それが不充分であつたため昇一車に追突したものである。

三  同三項のうち、原告らの身分関係、治療費(被告らにおいて支払ずみである。)は認めるが、その余は知らない。

四  同四項は争う。

五  被告清原は訴外昇一に対し見舞金五万円を支払つている。

第四請求の原因に対する被告会社の答弁

一  請求原因一項のうち、原告ら主張の日時、場所において訴外昇一運転の自動車に被告清原運転の自動車が追突したこと、訴外昇一がそのため頸部、腰部に傷害を受けたとして入院治療を受けたこと、昭和四六年一二月二五日午前四時三〇分に死亡したことは認めるが、訴外昇一の死亡が右交通事故に基因する外傷によるストレス胃潰瘍穿孔であるとの点は否認する。死亡診断書に記載されている死因は急性心不全である。本件交通事故とは相当因果関係がない。

二  同二項のうち、被告会社と被告清原間に自賠責保険契約があつたことは認めるが、その余は争う。

三  同三項のうち、原告らが訴外昇一の父母であることと治療費は認めるが、その余は知らない。治療費は被告らにおいて支払ずみである。

四  同四項は争う。

第五証拠〔略〕

理由

一  原告ら主張の請求原因一項の事実は、被告清原において、交通事故と訴外昇一の死亡の間の因果関係を否認し、被告会社において、訴外昇一の受けた傷害を争いかつ同訴外人の死因が交通事故に基因する外傷に因るストレス胃潰瘍穿孔である点を否認するほか当事者間に争いがない。そこで本件交通事故から訴外昇一の死亡までの経過について検討する。成立に争いのない甲第二号証(実況見分調書と、被告車、昇一車の各損害状況の写真)第四号証の一、二(捜査関係事項照会書とその回答)、第六号証(久賀きよみの供述調書)第一〇号証(佐藤重一の供述調書)第一一、第一二号証(清原利夫の供述調書)と証人平井寿、同樺木野修郎、同久賀久司、同大久保俊則、同清原俊子の各証言及び原告佐藤ヒデ子、被告清原各本人尋問の結果を総合すると次の各事実を認めることができる。

(一)  訴外昇一(昭和二二年五月二三日生)は昭和四六年一一月三〇日午後〇時五〇分頃、軽四輪貨物自動車である昇一車を運転し、助手席に婚約者である訴外久賀きよみ(昭和二四年四月二一日生)、後部座席に同女の弟である訴外久賀久司(昭和二七年一二月二六日生)を同乗させて、大牟田市旭町三丁目二四番地先交差点において右折進行中一旦停車した際、被告清原が運転し、同被告の妻清原俊子が助手席に同乗した被告車(普通貨物自動車、時速約二〇キロメートル)に追突され、その場において被告清原らと話し合いの上、それぞれの自動車で同市明治町三丁目一〇八の一平井外科医院におもむいて、訴外久賀きよみ、同久賀久司を受診(いずれも治療日数二一日間を要する頸椎捻挫との診断)入院させたうえ、事故現場に引きかえして警察官による実況見分(同日午後一時四五分から同日午後二時二五分まで)に立会い、同日午後二時三〇分頃前記平井外科医院においてはじめて平井寿医師の診断を受け、項部下域正中に圧痛が認められ、前屈後屈左右回旋、左右の側屈運動時に疼痛(就中後届時著明な疼痛)を訴え、神経の痛みを止める注射を受け、内服薬の投与と通院治療を続けるよう指示を受けて帰宅し、同日午後一〇時項、頸部の激痛とはげしい頭痛を訴えて再度平井寿医師の診察を求め、同日から前記平井外科医院に入院した。(前同日は二回とも腰の痛みは訴えていない。)

(二)  訴外昇一は平井寿医師からボリネツク頸椎固定帯による頸椎の固定を施され、鎮痛剤の注射服薬をしながら前記久賀きよみ、久賀久司姉弟と同室に入院して静養していたが、同年一二月二日被告清原が訴外大久保俊則と共に訴外昇一らを平井外科医院に見舞つた際は、普通の健康人と余り変らない歩きぶりで同医院の屋外に出ていた。同月六日午後五時五〇分に訴外昇一は平井寿医師にはじめて腰痛を訴え、右腰部及び第五腰椎部に圧痛が認められたが、発熱嘔吐はなく、鎮痛剤ブタゾリジンの注射(退院までに一六回)を受けて徐々に腰痛は軽快し、その後同月一〇日頃右肩甲部に圧痛が認められたので、マイクロ波治療を受け、これも軽快し、同月二四日午前一〇時平井寿医師の許可により同医院を退院し、翌日から通院することになつていた。同訴外人の入院中その他特段の症状、行動は認められなかつた。

(三)  前同日午前中訴外昇一は前記平井外科医院を退出後、二・三〇分経過した頃再び同医院に戻り、平井寿医師に対し自動車を運転して帰宅中上腹部痛を覚えたと訴えて診察を求め、その時平井寿医師が診察したところ、訴外昇一の腹部は平担柔軟で、上腹部に圧痛が認められ、同医師は普通の急性胃炎と判断して鎮痛剤を投与して同病院内で安静をさせたが、訴外昇一の疼痛は緩解せず、再三にわたり疼痛が再発し、時間の経過と共に、疼痛は仙痛様となり、顔貌苦悶状、冷汗を呈し、上腹部の筋肉は非常に緊張し(デフアンスという。)圧痛も著明となり腹雑音も聴取できなくなつた。

(四)  そこで平井寿医師は訴外昇一の病歴を尋ね、同訴外人の言葉から胃の既往症のあることを知り、訴外永田信行医師に電話で照会して訴外昇一は昭和四六年二月四日に済生会大牟田病院において上腹部痛のため胃透視を受け胃潰瘍と診断され、さらに同年五月七日再び同病院で胃の透視を受けびらん性胃炎と診断された事実があることを知り、右の事実と考え併せ、外傷によるストレス潰瘍の穿孔ではないかとの疑を持つて、救急手術の必要を感じ、久留米市居住の樺木野修郎医師と岩井由美子麻酔医の応援を求め、救急手術の準備をした。

(五)  原告佐藤重一と原告佐藤ヒデ子は前同日午後九時ごろ訴外久賀きよみからの電話で訴外昇一の容態を知り、平井外科医院に原告佐藤ヒデ子が到着したときは、手術台に横臥した訴外昇一から腹が痛いとの言葉をきくだけで、その余の事情を聞くことができなかつた。訴外昇一と共に入院しており、前同日も平井外科医院に居あわせた訴外久賀きよみ、同久司も訴外昇一の苦悶の様子をみながら、その原因は判らなかつた。

(六)  前同日午後一一時ごろ樺木野、岩井両医師が平井外科医院に到着し、同日午後一一時二〇分ごろから救急手術のため訴外昇一に全身麻酔を施し、二〇分ぐらい経過し、手術を開始しようとした直前訴外昇一は気管支痙攣を起こし、加圧不能となつたので、開腹手術を中止し、気管支痙攣発作を解く注射等の処置をしたが効果がなく、心停止を来し、心臓マツサージを行い一時的には心搏動を起こしたが、間もなく心停止を来たし訴外昇一は同年一二月二五日午前四時三〇分頃死亡した。

(七)  訴外昇一の死因については、病理解剖が訴外昇一の家族の同意が得られず、行われなかつたため、詳細は判明していない。

以上に認定の事実によれば、訴外昇一は全身麻酔を施されているときに起こつた気管支痙攣により酸素の補給が不可能となり急性心不全を惹起し死亡したものと解せざるを得ず、証人樺木野修郎の証言によれば、気管支痙攣によりバツクで酸素を入れようとしても受けつけない状態になつたのは胃潰瘍とか十二指腸の穿孔には全く関係ないことが認められ、仮に訴外昇一に外傷が誘因となつたストレス潰瘍が穿孔を惹起していたとしても、これにより訴外昇一が死亡したものとは考えられず、かつ訴外昇一が上腹部痛を訴えたのが本件交通事故後二五日を経過し、頸部、腰部、肩甲部等の症状がおおむね軽快して平井寿医師から一旦退院を許可された後であることから、訴外昇一の腹部の仙痛様の疼痛が本件交通事故による外傷が誘因となつたものと断定することは容易でないことをも考え併せると、本件交通事故と訴外昇一の死亡の間には相当因果関係は認められないといわなければならない。

二  従つて訴外昇一が本件交通事故によつて死亡したことを前提とする原告らの被告らに対する本訴請求はその余の点について判断するまでもなくその前提を欠くので失当である。

三  原告らは訴外昇一が平井外科医院に入院した期間二六日間に要した入院雑費金五、二〇〇円は本件事故による損害であるとして本訴において被告らにその賠償を請求するが、被告清原本人尋問の結果により成立を認めることができる乙第一号証と同被告本人尋問の結果によれば、被告清原は訴外昇一らから代理を委任された馬場某と本件事故による損害の賠償について話し合つた結果、合意に基いて昭和四六年一二月一一日訴外昇一の本件事故により破損した自動車の修理費金五万九、〇〇〇円右修理期間の代車料金二万一、〇〇〇円と共に訴外昇一、同久賀きよみ、同久賀久司三人に対する見舞金五万円を訴外久賀きよみらの実母である訴外久賀初女に支払つた事実が認められ、右の事実によると、原告主張の金五、二〇〇円の損害は被告清原の前記見舞金として支払つた金五万円の対当額が充当されて消滅したものと解するのが相当である。

四  訴外昇一の平井外科医院における治療費金一八万一、〇九〇円が被告らにおいて支払ずみであることは当事者間に争いがなく、従つて以上によると原告らの被告らに対する本訴請求はすべて理由がないことに帰する(原告らが訴外昇一の受けた傷害による慰藉料請求権に対する相続取得を主張したとは解されない)ので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 境野剛)

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