福岡地方裁判所小倉支部 平成10年(ワ)1011号 判決 1999年10月26日
本訴原告(反訴被告 以下「原告」と表示する) A・Bこと A野太郎
<他2名>
右原告ら訴訟代理人弁護士 福田玄祥
本訴被告(反訴原告 以下「被告」と表示する) 株式会社日栄
右代表者代表取締役 松田一男
右訴訟代理人弁護士 福井啓介
同 田中茂
同 中隆志
主文
一 被告は原告A野太郎に対し、金六六万二九二〇円及びこれに対する平成一〇年六月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告らの被告に対する債務が存在しないことを確認する。
三 被告の請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用は、本訴・反訴を通じ、被告の負担とする。
五 この判決は、一項、四項に限り仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
(本訴) 主文第一項及び第二項と同じ。
(反訴) 原告A野太郎及びA野花子は被告に対し各自一六八万二四〇五円及びこれに対する平成九年八月一三日から完済に至るまで年三割の割合による金員を支払え。
原告B山春子は被告に対し一六八万二四〇五円を支払え。
第二事案の概要
本件は、原告A野太郎(以下、単に「原告」という)が平成四年六月八日より、約束手形を担保として金員を借り入れるという方法で平成一〇年四月一四日ころまで被告から反復継続して貸付を受けていたところ、右貸付契約による利率は利息制限法を超過しているとして、過払金の不当利得返還請求をし、連帯保証をしたその他の原告の保証債務を含めた債務不存在の確認を求めた(本訴)のに対し、被告は原告らに対し、右貸付契約による手形の不渡りによる貸付金の返済及び保証債務の履行を求めた(反訴)事件であり、本件では、被告からの反復継続した貸付は、一連の一個の貸付とみるべきか否か、超過利息分の充当方法、計算方法等が争われたものである。
一 争いのない事実、《証拠省略》により認められる前提事実(以下「前提事実等」という)
1 原告は「A・B」という商号を使って、個人で看板・プラスチック工芸、インテリアデザインの仕事をしていた者であり(平成一〇年四月に被告に振り出した手形が決済できず倒産した)、被告は手形貸付等を業とする株式会社である。
2 手形貸付取引契約締結
(一) 原告は、被告との間で、平成四年六月八日、「手形貸付取引約定書」と題する継続的反復的手形貸付取引契約(以下「本件取引契約」という)を締結した。
(二) 本件取引契約書には次の記載がある。
(1) 手形取引の元本極度額は一〇〇〇万円とする(一条)。
(2) 手形による貸付を受けた場合は、手形金額を元本とし、被告は原告に対し、手形又は貸金債権のいずれによっても請求できる(二条)。
(3) 手形貸付を受ける場合の利率は、その都度合意によって決定し、被告から計算書の交付を受ける(三条)。
(4) 弁済金は、利息・損害金・元本の順に充当される(四条)。
(5) 返済方法は一括返済とし、返済期間(期限)及び回数は、手形面記載の満期日に元金(手形金額)を一括返済する。返済場所及び返済方法については、手形面記載の支払場所において、手形決済の方法により返済する(五条)。
(6) 本件取引契約は、期間を五年間とし、五年ごとに自動更新され(一三条)、二回目からの借入申込みは手形の差入れをもって足りる(一二条)。
3 連帯保証(争いがない)
原告A野花子は、平成六年三月一六日、原告の被告に対する債務について金額一〇〇〇万円の限度で連帯保証し、原告B山春子は、平成九年九月九日、原告の被告に対する債務について金額四〇〇万円の限度で連帯保証した。
4 貸付及び返済の経緯
(一) 原告は平成四年ころ、資金繰りに負われるようになっていたところ、被告がどこでその事情を調べたのか、被告の営業マンから突然電話があり、「何百万円か貸しますよ」という勧誘があった。原告は当初断っていたが、平成四年六月八日に三回目の勧誘の電話がかかってきたので、一〇〇万円位借りたい旨答えると、被告の営業マンは「最低三五〇万円になっている」と言ったので、しかたなく三五〇万円を借りることとなり、同日被告との間で本件取引契約を締結した。
右同日、被告の営業マンから約束手形二通(各額面一七五万円のもので、支払期日が三か月後のものと、四か月後のもの)を切るように言われ、約束手形を振り出すと、被告から現実に受け取った金員は三一〇万円位であり(三か月後の手形額面一七五万円から被告所定の三か月間の金利、保証料その他の費用と四か月後の手形額面一七五万円から同様の利息等を差し引いたもの)、その旨の計算書が被告から手渡された。
原告は右貸金が被告が主張するような別々のものであるとは理解していなかった。
(二) その後、右満期日三か月後の手形については、支払期日である平成四年九月八日(満期日)の一週間位前に、頼みもしないのに被告の営業マンから原告に電話が入り「本店の決裁をもらっているので、手形の書替をお願いします。ついては、満期日を四か月先の日付とした同額面の手形を前の手形の満期日までに小倉支店に届くように送るように。そうしたら、その金額に対する四か月間の利息・保証料等を差し引いた金を送るので、この金と満期日のくる手形金との差額金を口座に入れておくように」と言われ、言われるとおり原告は手形を被告に送ったところ、同月八日(支払日、決済日)前に一五五万四二〇八円が「オカノリュウイチ」(被告小倉支店の支店長名)名義で振り込まれ、原告の口座の預金残高を足して手形を決済することとなった。
その後、右再度振り出した手形についても、同様の方法で被告の営業マンから手形の書替えを頼まれ、金利分を他から融資を受けるなどして支払い続け、同様の行為が平成一〇年まで続いた。その度ごとの手形振出によって被告から振り込まれる金員は被告営業マンの指示どおり全てその前の手形決済に使われ、その前の手形発行の際に利息等として差し引かれていた分を何とか工面してその場を凌ぎ、ついに平成一〇年になって支払いに行き詰まり、原告の事業は倒産した。
原告が被告に実際に金利・保証料などとして支払った金額は一〇〇〇万円を超えており、原告が実質借りた金員は最初の三一〇万円位と、その後追加分として四〇〇万円位であり、右追加分は全て被告に対する金利等として使われてしまった旨原告は主張し、原告は右一連の取引で実質被告から借りた金員は最初の分のみで、その後の各取引は支払期日の延期、手形の書替、金利の支払いと認識している。
二 当事者の主張
(原告の主張)
1 請求原因
(一) 原告は平成四年(一九九二年)六月八日より別紙計算書(以下「原告作成計算書」という)「借入・支払期日」「借入金額」欄記載のとおり、被告より継続的に金員を借り入れた。
(二) 原告A野花子は、平成六年三月一六日、原告の被告に対する債務について金額一〇〇〇万円の限度で連帯保証し、原告B山春子は、平成九年九月九日、原告の被告に対する債務について金額四〇〇万円の限度で連帯保証した。
(三) 原告は被告に対して原告作成計算書「借入・支払期日」に「支払金額」欄記載のとおり、右債務を弁済してきた。
(四) 本件契約による利率は、利息制限法一条所定の利率を超える高金利であるから、利息支払金の内、超過利息分は元金の返済に充当したものとして計算し直すことができ、これによると、原告作成計算書「利息額」欄記載の金額がそれぞれ支払期日までの同法所定の利息金であり、支払金額よりその利息額を差し引いた額が元金内入額となる。
そうすると、平成一〇年六月二日現在で既に被告からの借入金は全額返済しており、金六六万二九二〇円が過払い金となる。
よって、本件各請求をする。
2 本件の各手形による貸付は、貸付の実態からすると、被告主張のようにそれぞれに別個の貸付とみるべきではなく、原告からの手形差入れは単に返済のための手段として行われているにすぎず、しかも二回目からの貸付はいずれも前の借金の返済のためのものであって、その金員は手形の決済という形で被告に直ちに還流しているのであって、その繰り返しになっているのであるから、本件の各貸付は一連の一個の貸付とみるべきである。
3 仮に被告主張のごとく貸付ごとに複数の債務が存在しているとみても、昭和三九年一一月一八日の最高裁判決の趣旨からして、当該債務の超過利息分を法定充当した後に残余があれば、その他の債務に対しても当然法定充当(元本充当)ができるのであって(民法四九一条)、本件にあっては前の債務の返済のために同じ債権者である被告に対し新たな借入れ(新たな債務の発生)をし、そして前の債務の返済の時に利息の過払いが生じており、その過払い分はそのまま残余金となり、被告に対するその他の債務である右の新たな債務の元本に当然に充当される。
被告は貸す側にも期限の利益がある旨主張するが、期限前でも債務者はその返済をしてその債務を消滅させることができるので、過払金は当然に他の債務の元本に充当される。
(被告の主張)
1 反訴の請求原因
(一) 被告は原告との間で、継続的反復的手形貸付取引契約を締結した。
右契約には、原告が債務の一部でも履行を怠った時、又は振り出した約束手形を不渡りとした時には、すべての債務につき期限の利益を失い、その翌日から完済に至るまで、支払うべき金額の年率三七%の割合の遅延損害金を支払う旨の特約があり、右特約は利息制限法所定の年三割の範囲では有効である。
(二) 原告A野花子は、平成六年三月一六日、原告の被告に対する債務について金額一〇〇〇万円の限度で連帯保証し、原告B山春子は、平成九年九月九日、原告の被告に対する債務について金額四〇〇万円の限度で連帯保証した。
(三) 原告は別紙約束手形目録記載の約束手形四通を振り出した。
(四) 原告は右各手形を各満期日に支払いのために支払場所に呈示したが、「資金不足」「取引なし」を理由に支払を拒絶された。
(五) 被告は右各手形を現に所持している。
(六) 原告は利息制限法所定の利率を超えて被告が取得した利息分について相殺の意思表示をし、相殺の結果元金は一六八万二四〇五円となった(保証料は利息ではないが、便宜上被告側でも利息として計算し、争点から外した)。
(七) よって、反訴請求をする。
2 被告が主張する本件の貸付に関する原告の債務は別紙被告作成の計算書(以下「被告作成計算書」という)によると、一六八万二四〇五円となる。
保証料は利息ではないが、紛争の早期解決のため、便宜上被告側でも利息として計算する。
3 本件の各貸付が一連の一個のものであるという原告の主張は失当である。
特定の貸金についての弁済は、右貸金についての弁済でしかありえず、特に本件では当座上で、特定の手形の決済として弁済がなされているのであるから、その弁済を他の貸付の弁済に充当することはできない。
本件取引契約上でも「手形面記載の満期日に元金(手形金額)を一括返済」すると明記され(五条)、手形貸付の度に一回一回の契約が終了するという合意があるといえ、被告は貸付の度に借入の申込みを受け、融資が可能か審査し、一回一回当座に送金又は債務者に現金を手渡しているので、本件の貸付を一個の包括的な契約として捉え、利息制限法の計算においても一括で計算することはできない。
4 特定の貸金について弁済がなされ、過払いがあった場合、右過払金を他の弁済期が来ていない貸付に自動的に充当することは許されない。債権者にも期限までは利息制限法の範囲内で利息を受領することができるという期待権が侵害されるからである。
原告作成計算書は失当であり、原告のような計算方法は全ての裁判例で採用されていない。
5 原告作成計算書では、原告が手渡された額を元金として計算しているが、本件の貸付方法は、利息を天引きしていることから、満期までの利息制限法で計算した利息を足したものが元金となるので(利息制限法二条)、右の点からも原告の計算は失当である。
6 以上から、各貸付についての利息制限法所定の利率を超える過払い分は、不当利得となり、原告は右不当利得の総合計を被告に請求するのが妥当であるが、被告に反訴で請求した不渡りになった手形の請求権があるので、相殺するのが妥当である。
三 争点
1 本件の各手形貸付による貸付は、一連の一個のものと捉えるべきか。
2 仮に本件の各手形貸付による貸付がそれぞれ独立した別個の貸付と捉えた場合、利息制限法所定の利率を超過した過払金は、自動的に元本に充当されていくと考えられるか。
第三当裁判所の判断
一 争点1(本件の各手形貸付による貸付は、一連の一個のものと捉えるべきか)について
1 前提事実等及び《証拠省略》によると次の事実が認められる。
(一) 本件の貸付については、原被告間でまず本件取引契約を結び、その期間は五年間で更に五年間の自動更新を定め、元本極度額を一〇〇〇万円とするなど、長期間にわたる一個の高額の取引が当初から設定されている。また、連帯保証も各貸付ごとではなく、本件取引契約全体についての保証となっている。
(二) 二回目からの借入の申込みについては、申込書などは不要で、単に被告が回収不能にならないように手形の交付だけが要求されている。
(三) 二回目以降の借入については、支払期日の一週間ぐらい前に頼みもしないのに被告の担当者が電話をかけてきて、支払期日(手形満期日)に既に本店の決裁をもらっていることを伝え「手形の書替」と表現して手続きを依頼するなど、次の貸付と金利の支払いを当然の前提とし、あるいは積極的に勧めている。
(四) 被告の担当者は、前の貸付の決済の方法として、次の貸付分に対する手形の交付を指示し、次の手形が被告に届くのを確認した後に、次の貸付分として高金利を天引きした額を原告の口座に入れるので、右金員と差額金(これは原告が高金利のため他から融資等して工面しなければならない)を被告の口座に入れて前の貸付の支払に充てることを指示し、原告は右指示に従って同様の行為を繰り返し、結局高金利の支払のみが実質的に継続していた。
(五) 原告は、被告からの借入は最初の三一〇万円位の分で、その後の各手形決済行為は、支払期日の延期、手形の書替、金利の支払いの継続と認識していた。
以上の各事実が認められ、右事実からすると、本件各貸付については、実質的には一個の本件取引契約に基づく一連の一個の貸付取引とみるのが実態に合致しているものと認められ、各手形の交付は、支払を確実にするための形式的、手段的なものとみるのが相当である。
2 本件各貸付については、現実に原告の口座に現金が振り込まれているので、原告が引き出して前の手形の決済に使用しなかったり、次の手形も不渡りとなる危険性も被告は負担しているので、本件では一回ごとに消費貸借が成立している旨被告は主張する。
しかしながら、右振り込まれた現金は当然に前の手形の決済に使用することが約束された上で振り込まれているもので、かつ、次の手形が被告のもとに届いたことが確認された後にようやく振り込まれることから、通常の消費貸借のように原告が自由に使用できる金員とは全く異なるのであり、仮に前の手形の決済に使用しなければ、契約違反となるのみならず、前の手形及び次の手形の不渡りに陥り、経済的信用失墜や事業の倒産も予想されるので、原告としては経済的にも被告が指示したとおりに決済の目的のみに使用せざるをえないもので、独立の消費貸借と考えるのは困難である。
そして、形式的に現金が振り込まれ、その直後に手形金として消えてしまい被告のもとに還流しているので、消費貸借上の要物性の要件も充たしているかも疑問である。
また、前提事実等から、現実に原告は右の被告のシステムに乗り、被告から振り込まれた現金はそのまま前の手形の決済に消えていったもので、原告は単に高金利を長期間支払い続けていたのが実態であり、結局は資金繰りに行き詰まって倒産しているのである。
3 本件取引契約書においては、「一括返済」と明記されていることなどから、各貸付が一回ごとに終了することの合意が原被告間にはなされていた旨被告は主張する。
しかしながら、本件取引契約書には、前記のとおり一〇〇〇万円の極度額や五年間の期間を定める記載もあり、一個の取引契約ともみられるので、契約書の記載のみから明確な合意があったとはいいきれない。原告の供述や前提事実等からすると、原告は現実には本件取引契約の法的性質についてほとんど理解していないのであり、認識としては最初の借入分三一〇万円位の分が実質的な借入で、その後は支払期限の延期、手形の書替、金利の支払いの継続と捉えている。そして、原告は当初から主に被告の担当者の指示によって行動していたことが窺われ、しかも被告の担当者は本件取引契約や各貸付について被告が理解できるように説明した形跡がみられないのみならず、積極的な貸付の勧誘や当然の延長の勧誘を繰り返していたものである。
そうすると、契約書の記載から明確な合意が存在したことを認めることも困難である。
4 被告は貸付の際、その度ごとに融資をしていいか稟議をして決定し、その度ごとに計算書を交付している旨主張している。
しかしながら、右稟議については被告内部の問題で、膨大な顧客の日常的に発生している貸付の都度実質的な稟議が行われているかも疑問があり、計算書についても被告がほとんど一方的に作成して原告に送付しているもので、各貸付ごとに原被告が合意した内容が反映されているものとも認めがたい。
5 被告は、被告の各主張が正当であることの証拠として過去の裁判例を証拠として提出し、被告の計算方法が唯一正確な計算方法であり、原告作成計算書のような計算を採用した裁判例はないと主張する。
右被告提出の各裁判例は確かに被告の貸付システムについて、被告の主張を全て認め、個別の貸付であると認定し、被告主張の計算方法をそのまま採用している。しかしながら、各事件ごとに貸付の実態は異なるはずで、本件のように被告の担当者がほとんど説明もせず、積極的に貸付を勧誘し、当然に貸付の延長を勧誘している実態においては、単純に比較はできず、被告勝訴の判決の理論のみをそのまま採用するわけにもいかない。
6 以上の検討から、本件の各手形貸付による貸付は、その実態及び原告の利益保護の要請からして一連の一個のものと捉えるべきであり、右前提の下に計算をした原告作成計算書は不合理とはいえないと認められる。
二 争点2(仮に本件の各手形貸付による貸付がそれぞれ独立した別個の貸付と捉えた場合、利息制限法所定の利率を超過した過払金は、自動的に元本に充当されていくと考えられるか)について
1 債務者が任意に支払った利息制限法所定の制限を超える利息を任意に支払った場合には、過払分は民法四九一条により当然に残存元本の支払に充当されるとするのが最高裁の見解である(最高裁昭和三九年一一月一八日判決、ジュリスト三一四号参照)。
右最高裁判例の趣旨は、過払分の元本充当を認めると利息制限法一条・四条各二項(任意に支払った利息等の超過部分の返還請求を禁止した規定)の明文規定に実質的に反するものの、法律に違反して元本の何倍もの高利を取っている金融業者が裁判で全ての支払請求が認容されること自体、経済的弱者(銀行等から借りる力のない零細な中小業者や庶民)を保護しようとする利息制限法の制度目的や立法精神に反するという理由から、法定充当を認めているものと解される。
右最高裁判例の見解及び趣旨に従うと、仮に本件の各貸付が被告主張のように一回ごとの個別の貸付であるとしても、各貸付ごとの利息制限法の利率を超える過払分は、次の貸付の元本に当然に充当されていき(本件取引契約書には充当の特約が存在するが、過払分については同法一条、四条により無効として、合意は存在しないものと扱うべきである)、元本が減少していくと考えるのが相当である。
そうすると、右のような見解に従って貸付金を計算していった原告作成計算書は不合理ではないといえる。
2 右のような計算方法について被告は、過払金を他の弁済期が来ていない貸付に自動的に充当していくと、債権者である被告にも期限までは利息制限法の範囲内で利息を受領することができるという期待権が侵害されるので許されない旨主張する。
しかしながら、元本債権が未だ弁済期にない場合であっても、これに充当されるものであることは民法四八九条、四九一条により明らかである。
もっとも、前掲最高裁判例の奥野裁判官の補足意見では「弁済期前の元本債権に充当する場合には、弁済期までの制限内の利息を附して充当するものと解する(民法一三六条二項)」旨述べられている。しかしながら、右見解は同裁判官も「一言私見を述べれば」と断っているとおり、最高裁全体の統一した見解ではなく、法定充当の明文規定・趣旨や前掲最高裁判例の経済的弱者保護の精神を考慮すれば、そのまま充当しても即座に違法、不当の問題は生じないと解される。
また、前掲事実等によると、本件の貸付については、予め貸付金に対する利息が天引きされており、期限に満たない貸付金についても利息制限法の範囲内の利息に加え、過払金が期限前に既に現実に被告により受領されているとみられるから、被告は右現実の受領額につき利用の利益(過払金を含めた現実の受領額を更に他の顧客に貸し付けて利潤を得ていたと考えられる)を得ているので、実質的に期限前の弁済により期待権が侵害されると考えることも困難で、期限前の返済として充当していくことも許容されると考えられる。
3 また、原告作成計算書では、原告が手渡された額を元金として計算しているが、本件の貸付方法は、利息を天引きしていることから、満期までの利息制限法で計算した利息を足したものが元金となるので(利息制限法二条)、右の点からも原告の計算は失当である旨被告は主張する。
しかしながら、右のような天引きの計算をすると、かえって原告作成計算書によるものよりも不当利得請求額は増すものと考えられ、原告があえて右のような天引きの計算をしないで請求している以上、不当であるとはいえない。
4 被告は前掲最高裁判例の趣旨が本件の各貸付には適用されないとして、過去の裁判例(山口地裁徳山支部平成一〇年六月一〇日付判決)を提出している。
ところで、右裁判例においても、本件貸付による弁済充当については、民法四九一条により法定充当され、各利息、損害金、貸付元本に充当されていくというのが原則であることを確認し、ただし、本件においては過払金部分は当該弁済期に存在した他の貸付の利息及び元金に順次充当する旨の合意がなく、かえって、当該貸付に対する返済である旨の指定がなされているという特別の事情を理由に、民法四八九条の適用を排除して、過払分は不当利得返還請求権に基づいて返還されるべきであるという理論が採られている。
しかしながら、前掲最高裁判例の趣旨によれば、過払金部分が他の貸付に順次充当していく旨の当事者間の合意の存在など要求していないというべきだし、過払金を含めた返済が当該貸付の返済としてなされているのは当然のことで、右返済額が利息制限法に違反した場合に順次次の貸付債務に充当していくかという問題と捉えるべきであるので、右理由をもって、本件の貸付について、前掲最高裁判例の原則の適用を排除する特別な事情が存在するとはいえないと考えられる。むしろ、本件貸付の前記実態にかんがみれば、経済的弱者を保護していかなければならない要請は単純に数個の債務が短期間存在している場合よりもはるかに大きいのであり、前掲最高裁判例の理論を本件でも採用すべきである。
5 更に、過払分を順次残存元本に充当していき、計算上元本が完済となった後も支払が継続された場合には、完済後の支払分は不当利得として返還請求が認められる(最高裁昭和四三年一一月一三日判決)。
以上から、仮に本件の各貸付が被告主張のように一回ごとの個別の貸付であるとしても、過払分が順次元本に充当されると考えられるので、原告作成計算書は不合理であるとはいえない。
三 以上、争点1及び2の各検討のとおり、いずれにしても原告作成計算書が不合理であるとはいえず、右計算書に基づく原告の本訴請求は理由がある。
他方、被告の反訴請求は、本件取引契約において過払金の元本充当により貸付元本が存在しない状態で原告から振り出された手形による請求と認められ、当事者間に原因関係が存在していないので、請求自体理由がないといえる。
なお、本件反訴の請求原因は各手形による請求であり、被告が手形を所持している事実を主張しているにもかかわらず、それを裏付ける手形自体の証拠提出もないため、反訴の請求原因を認めるに足りる証拠もないといわざるをえない。
第四結論
よって、本件では、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、被告の反訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり判決する。
(裁判官 中嶋功)
<以下省略>