福岡地方裁判所小倉支部 平成2年(ワ)936号 判決 1992年4月16日
平成三年(ワ)第九三六号事件原告
徳光浩
外三六名
平成三年(ワ)第一九〇号事件原告
森雅子
平成三年(ワ)第五七二号事件原告
畑文衛
右原告ら訴訟代理人弁護士
服部弘昭
同
市川俊司
同
石井将
同
谷川宮太郎
平成三年(ワ)第九三六号、平成三年(ワ)第一九〇号、
西村産業株式会社
平成三年(ワ)第五七二号事件被告
右代表者代表取締役
西村紘二
右訴訟代理人弁護士
青山政雄
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は原告らに対し、それぞれ別紙未払賃金目録記載の各原告の未払賃金額欄記載の金員及びこれに対する各給与支払日欄記載の日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行の宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 被告は、木材の製材加工並びに合板製造販売及びこれに付帯する業務を目的とする株式会社であり、原告らは、いずれも昭和六三年一〇月以前に被告に入社し、以後被告の従業者として勤務してきたもので(但し、原告西野春巳は平成三年四月二日、同竹本正路は平成二年一〇月三日、同伊藤清海は同年九月二八日、同岡﨑裕己は平成三年八月五日、同北原隆、同吉田敏明はいずれも平成二年八月三一日、同浜田勝は平成三年五月二日、同片岡政昭は平成三年一月一六日、同舟川登春は同年一一月六日、同原田正山は平成四年一月二三日、同千鳥勇は平成三年八月二八日、同鈴木孝は同年一〇月二一日、同野元勝則は同年九月三〇日、同宮川明男は同年三月二〇日、同山本千年は平成二年一〇月二〇日、同木村貴は平成三年四月二〇日、同多恵馬秀謹は平成二年一一月七日、同市野朋治は同年九月二〇日にそれぞれ被告を退職した。)、昭和六三年一〇月当時、被告の従業員によって組織された西村産業労働組合(以下「旧組合」という。)の組合員であった。
2 被告の賃金体系は、大別して基準内賃金と基準外賃金に区別され、皆勤手当は前者を構成し、賃金は毎月二〇日を計算の締切日とし、支払日は毎月二八日である。
3(一) 旧組合は、昭和六三年一〇月二一日、被告との間で、「全皆勤手当として、従来の皆勤手当に四〇〇〇円を増額して八〇〇〇円を支給する。」旨の条項(以下「本件条項」という。)も含んだ労使協定(以下「本件協定」という。)を締結した。
(二) 本件条項の趣旨は、皆勤手当を四〇〇〇円から八〇〇〇円に増額したものである。
(三) 仮に、本件条項の内容が、後述の被告主張のように、従来の皆勤手当四〇〇〇円とは別個に、一か月の所定労働日数の全部を出勤した者のうち年休を取得した場合には支給しないとの趣旨で全皆勤手当八〇〇〇円を新設したものであるとすると、このままでは本件条項を有効と解することはできない。なぜなら、使用者が賃金体系上、賃金の一部を全皆勤手当、皆勤手当等の諸手当として、その全部又は一部を年次有給休暇(以下「年休」という。)を取得して休んだ日のあることを理由に支給しない旨を労使協定等で定めるとすると、年休取得の不利益取扱禁止の原則に違反するからである。もっともこれで本件条項全部を無効にするのは相当でなく、労働基準法(以下「法」という。)一三条、三九条、一三四条の趣旨に照らして、無効となるのは全皆勤手当制度のうち「年休を取得した場合には支給しない」との部分だけであって、本件条項は、右手当は、所定労働日数の全部を出勤すれば年休を取得しても支給ざれるべき手当と解釈すべきである。
4 原告らが、別紙未払賃金目録記載の各給与支給日を含む当該各月に、年休を取得したところ、被告は、同目録記載の各給与支給日に、原告らに対し皆勤手当を四〇〇〇円のみ支給するにとどまった。
5 よって、原告らは被告に対し、未払賃金として、それぞれ同目録の未払賃金欄記載の金員及びこれらに対する同目録の給与支払日の翌日から完済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1、2は認める。
2 同3のうち、(一)は認めるが、(二)、(三)は否認する。
本件協定により、一か月の所定労働日の全部を会社に出勤した者に対し特別に八〇〇〇円の手当を支給する全皆勤手当が設けられた。即ち、精皆勤手当は次の三種類に分類されることになった。<1>精勤手当 一か月の所定労働日数のうち一日欠勤した者に対する手当で、八〇〇円を支給する。<2>皆勤手当 一か月の所定労働日数の全部を出勤した者(但し、その日数中には年休を取得した日を含む。)に対する手当で、四〇〇〇円を支給する。<3> 全皆勤手当 一か月の所定労働日数の全部を、年休を取得せずに出勤した者に対する手当で、本件協定により八〇〇〇円を支給する。但し、従業員は、<3>の手当の支給を受けようとすると、年休を取得することができなくなるので、被告の特定休日(日曜日以外の休日)に年休を取得し、手当を支払うこととした。
ところが、この点を、行橋労働基準監督署(以下「労基署」という。)から、平成二年七月一一日、実質的には年休の買上げになる、また、従業員が全皆勤手当の支給を受けようとすると、年休を取得できなくなるので是正するよう勧告を受けた。被告はこれに従って、全皆勤手当は、法三九条、一三四条に違反し無効であると思料して廃止したのである。
第三証拠
本件記録中の書証目録、証人等目録記載のとおりであるからこれを引用する(略)。
理由
一 請求原因1、2の事実は、当事者間に争いがない。
二1 同3の事実中、(一)の事実は当事者間に争いがない。
2 まず、原告の主張する(二)の本件条項の趣旨の当否について、判断する。
確かに、協定書(<証拠略>)によれば、本件協定中には、出勤奨励手当については、当事者間に争いのない本件条項以外に規定が存在しないから、これを形式的にみると、原告ら主張のように皆勤手当の増額改定の趣旨と解する余地もあり、これに副う原告吉武悟の供述部分もあるし、労基署の是正勧告(<証拠略>)も結論的にはこれを支持するものである。
しかし、本件条項においては、本件条項の前提となっている昭和四二年一一月の労使協定(<証拠略>)の規定で定められた「精勤手当」「皆勤手当」と異なり、あえて「全皆勤手当」と別の名称を付していること、本件協定後平成二年七月に至るまで、出勤奨励手当について、八〇〇円、四〇〇〇円、八〇〇〇円の三種類の手当を支給する扱いが継続的になされてきて、これにつき労使間で何らの問題も生じていなかったこと(<証拠・人証略>)からすると、本件条項成立の際の当事者の意思としては、それまでに存在した、一か月の所定労働日数のうち一日欠勤した者に支給する精勤手当八〇〇円、一か月の所定労働日数の全部を出勤した者(但し、その日数中には年休を取得した日を含む。)に支給する皆勤手当四〇〇〇円の他に、一か月の所定労働日数の全部を年休を取得せずに出勤した者に全皆勤手当として特に八〇〇〇円を支給する制度を設けたもので、かかる制度を新設したものと解するのが相当であり、本件条項において皆勤手当の増額があった趣旨であるとする原告らの主張は採用することができない。
3 次に、(三)について判断する。
本件条項が法一三四条に違反し、ひいては法三九条の趣旨に反することは、労基署の是正勧告(<証拠・人証略>)をまつまでもなく明らかである。当事者も、本件条項を有効としてそのまま維持する意思のないことは争いがない。ただ、問題は、本件条項は、前記2で認定したとおり、年休を取得しなかった者に、いわば皆勤手当四〇〇〇円に更に四〇〇〇円を加算して支給する形式を採っていることから、単純にこれを廃止すれば、年休を取得しなかった者にとっては手当を四〇〇〇円減額されることになり、原告ら従業員側に不利益をもたらすことになりかねないことである。
原告らの主張は、この不利益を避けるため本件条項の一部無効を主張するもので、一応の合理性があることは認められる。しかしながら、この解釈は、年休を取得した者にも皆勤手当として八〇〇〇円を支給しなければならないことになり、被告に支給額の増大という不利益をもたらすことになることから、右解釈が許されるか更に検討を要する。括弧書き記載の証拠によれば、次の事実が認められる。
(一) 被告(前身の西村産業合資会社を含む。)には、かねて精皆勤手当の制度があり、昭和四二年一一月には、所定労働日数皆勤の場合、皆勤手当として二〇〇〇円、同日数を一日欠勤した場合、精勤手当として八〇〇円が支給される旨の労使協定が成立し、その後昭和四九年、右二〇〇〇円が四〇〇〇円に増額され(精勤手当は従前どおり)、支給されてきた。(前記2の認定事実、<証拠・人証略>)
(二) 本件協定時及びその更新時である平成元年一二月二〇日ころの本件条項をめぐる労使の交渉経過は明らかではなく、本件協定時に、それまでの四〇〇〇円の皆勤手当の増額の時期に当たっていたのかどうかも明確でない。(<証拠・人証略>)
(三) 被告における勤務体制は、日曜日が休日の他、四週五休の残りの土曜日で祝日でない日、年末年始である一二月三〇日から翌年一月三日までの五日、盆休みである旧盆のころの日曜日を狭んだ二日、そして国民の祝日(但し、振替休日は休日としない場合がある。)を特定休日と称して勤務を要しない日とし、その他が所定労働日であって、平均すると一か月の所定労働日数は二四・二五日とされていた。(以下、日曜日と特定休日とを併せて「特定休日等」という。)本件協定の前後を通じ、被告においては、出勤を奨励し、従業員の収入の増加に資するなどの趣旨で、特定休日等に年休の届けをして、これを消化したことにする慣行があった。(<証拠・人証略>)
(四) 本件協定成立後、協定が更新された時期を経て、平成二年七月の給与支給日に至るまで、出勤奨励手当は、<1>所定労働日数中欠勤が一日の場合八〇〇円、<2>所定労働日数のうち欠勤がなく、所定労働日において年休を取得した場合四〇〇〇円、<3>所定労働日数のすべてを出勤し、年休は取得するとすれば特定休日等に取得した場合八〇〇〇円の三段階に分けて支給される運用がなされてきたが、これについて当事者間において何ら問題にされることはなかった。(<証拠・人証略>)
(五) 原告らは、平成二年六月、総評・全国一般労働組合福岡県地方本部に新たに所属して新組合を組織し、同組合役員と協議するうち、被告においては、年休取得により賃金がカットされている、年休の買上げが行われているなどの問題があることに気付き、労基署に相談した。労基署は、調査のうえ、同年七月一一日、被告に対し、法三九条違反として、(1)「年次有給休暇の請求残日数を翌年に繰越していない。」、(2)「一年以上勤務したパートタイマー、臨時雇用の労働者に対して有給休暇を与えていない。」、(3)「有給休暇日数の実質的な買上げを行っている」とし、法一三四条違反として「年次有給休暇を取得したことを理由に皆勤手当(四〇〇〇円上乗せ分)の支給を制限している。(労基法一三四条違反については、時効の範囲内(二年)でさかのぼり、精算支払いすること。)」などの是正勧告を行った。(<証拠・人証略>)
(六) 被告は、右是正勧告の(3)について、特定休日等にも年休を取得させていたことが問題とされていると受け止め、これを改めることとし、その結果、年休を取得するには必ず所定労働日中に取得すべきであり、特定休日等に年休を取得するといったことはなくなるので、全皆勤手当制度は自然消滅したとみるべきであるとして、平成二年七月二八日の給与支給日以後、新組合あるいは従業員と何らの協議もせずに、同制度を廃止する旨を一方的に従業員に通告し、その後、八〇〇〇円の手当の支給をしなかった。(<証拠・人証略>)
(七) 被告は、労基署から法一三四条違反と指摘された点については、理解できないとして、是正勧告に対応する措置を取らなかったところ、労基署は、同年八月三日、被告に対し、法二四条違反として「労働者に対する平成二年七月分賃金について、賃金の一部である皆勤手当(四〇〇〇円)を控除して支払っている。」との是正勧告を再び行った。(<証拠・人証略>)
以上の事実を認めることができる。
ところで、法律行為の解釈に当たって、その一部が違法、無効となる場合でも、条理等によりその部分を補充することによって当事者の合意の内容を確定することが必要な場合があることはいうまでもない。
これを、右認定事実から本件協定についてみれば、当事者は、本件協定の交渉において、年休制度の意義や全皆勤手当が年休取得に及ぼす影響等を深く考慮することなく漫然と本来、法の趣旨に反する本件条項の合意に至ったものと推認せざるを得ないこと、その後もさしたる問題意識もなく全皆勤手当八〇〇〇円の支給を継続してきたこと、及び、これをあえて原告ら主張のように解釈すると、結局、皆勤手当を増額改定したと同趣旨に帰することになり、被告に予測外の負担が増え、当事者の意思からも離れることになることが認められる。
そうであれば、当事者の意思に基礎をおくべき法律行為の解釈を前提とすると、本件条項について、原告らの主張する解釈を採用することは相当ではないというべきである。
4 以上のとおりであるから、原告らの請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がない。
三 よって、原告らの本件請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 関野杜滋子 裁判官 有吉一郎 裁判官 和食俊朗)