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福岡地方裁判所小倉支部 平成5年(ワ)1110号 判決 1995年4月25日

原告

神田裕基

佐々木幸美

吉竹学

吉竹初美

野正哲子

有松秀也

田中朋子

右原告ら訴訟代理人弁護士

前田憲徳

蓼沼一郎

住田定夫

中村博則

荒牧啓一

配川寿好

河辺真史

右訴訟復代理人弁護士

秋月愼一

被告

医療法人財団みどり十字

右代表者理事長

遠藤智三

右訴訟代理人弁護士

荒木田修

主文

一  原告らが、被告に対し、労働契約上の地位を有することをそれぞれ確認する。

二  被告は、平成五年七月一日から毎月二五日限り、原告神田裕基に対し金三二万八二七七円、原告有松秀也に対し金三一万九八〇〇円、原告佐々木幸美に対し金三〇万八七八二円、原告田中朋子に対し金二四万四六九七円、原告吉竹学に対し金三四万六二九七円、原告吉竹初美に対し金二六万〇二八三円、原告野正哲子に対し金三一万二七九三円を、それぞれ支払え。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は、二項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  被告は、肩書地において、行橋厚生病院(以下「被告病院」という。)を経営している医療法人であり、原告らは、いずれも、被告の従業員として被告病院で勤務し、毎月二五日に給与の支払いを受けていたが、平均給与(月額)は、原告神田裕基(以下「原告神田」という。)が三二万八二七七円、原告有松秀也(以下「原告有松」という。)が三一万九八〇〇円、原告佐々木幸美(以下「原告佐々木」という。)が三〇万八七八二円、原告田中朋子(以下「原告田中」という。)が二四万四六九七円、原告吉竹学が三四万六二九七円、原告吉竹初美が二六万〇二八三円、原告野正哲子が三一万二七九三円であった。

2  被告は、平成五年七月一日、原告らに対し、懲戒解雇の意思表示をし、その後、原告らを従業員として扱わない。

3  しかし、被告の原告らに対する右解雇はいずれも理由がないので、原告らは被告に対し、労働契約上の地位が存在することの確認を求めるとともに、労働契約に基づいて前記平均給与の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  請求原因1及び2の事実はいずれも認めるが、3は争う。

2  被告の主張(解雇理由)

被告が、原告らを解雇した理由は以下のとおりである。

(一) 原告らは、平成五年六月四日、被告病院で二四時間ストライキを行った際、福岡県行橋市内の街頭において、被告病院及び同病院長兼被告代表者理事長である遠藤智三(以下「智三」という。)を誹謗中傷するビラを配布したため、智三は、被告病院が所属する京都医師会及び被告の取引銀行である株式会社福岡シティ銀行行橋支店から呼び出されて事情説明を求められた。これは、正当な労働争議を逸脱し、被告の名誉を毀損し、その利益を害する行為であり、就業規則二二条一号に違反する行為である。

(二) 原告らは、業務時間内に再三にわたり自己の職場を離れ、他の職場に足を運んでは他の職員に対し、組合の宣伝活動や情報交換等を行い、また、平成五年六月一一日、被告が原告有松及び同田中に配置転換を命じた際には、業務時間内に職場放棄し、他の職員を扇動して総婦長室に押し掛けて声高に一方的に抗議した。これは、所属長の許可を得ないで、みだりに自己の職場を離れ又は、勤務時間の変更又は勤務の交替を禁じた就業規則二二条三号に違反する行為である。

(三) 原告らは、

(1) 平成五年春闘開始以来、ほぼ連日にわたり、被告病院内で無許可で被告、院長、理事会を誹謗中傷する内容の組合機関誌を一般職員に配布したり、許可なく全館放送を行い、組合員集会を呼び掛けて開催し、被告、院長を誹謗中傷する宣伝活動を行い、

(2) 同年五月には、許可なく公開討論会の開催を画策し、一般職員を扇動して院長室・総婦長室に押し掛けて右討論会への出席を強要し、同月二七日の公開討論会に林道倫精神医学研究所付属林精神病院理事長南雲輿志郎、菊陽病院理事長樺島啓吉、税理士牛島昭三を招いて出席させ、被告病院の経営に関する問題で発言させ、

(3) 原告らが所属する福岡医療労働組合(以下「福医労」という。)加盟の他の労働組合に、被告に対し、「悪質な病院乗っ取りは直ちにやめよ」などの電報を打たせ、これを無許可で一般職員に対し前記組合機関誌上で、「他の労働組合からも激励の電報」などと自作自演の報道をし、

(4) 同年六月一一日から、被告病院において、夜勤ストライキを行い、その期間中、一般職員に対し、前記組合機関誌上で、「夜勤スト中は日勤時間の業務の変更も組合との協議が必要である」などと法律上の裏付けがない報道をし、被告病院の管理業務遂行に対する妨害宣伝を行い、かつ、日勤時間中の業務命令に従わず、

(5) 医事業務委託施行日の同月一四日朝、一般職員を扇動し、委託業者が病院に入ることを阻止しようとし、被告病院事務所内で福医労専従の和田峰暢浩、原告神田、同佐々木ら三名は智三に詰め寄って右業務の施行を妨害した(智三の通報により駆けつけた警察官によりようやく三名を退去させることができた。)。

これらは、被告の許可を得ないで病院の施設内において集合、演説、勧誘放送をし又文書、図書を配布掲示することを禁じた就業規則二二条八号に違反する行為である。

(四) 原告佐々木は、同月二〇日ころの夜間、前記和田峰らとともに、被告病院の総婦長富山龍子の自宅に押し掛け、富山に対し、総婦長職の辞職を強要したが、これは、被告の理事会が有する院内人事権を侵す行為である。

三  被告の主張に対する原告らの反論

1  被告の主張(一)のについて

原告らが配布したビラは、ストライキ実施にあたり、地域住民の理解と支援を求める穏当な内容のものであり、就業規則二二条一号に該当せず、解雇される行為には当たらない。

2  同(二)について

原告ら数名は、平成五年六月一〇日午後五時三五分すぎに、配置転換に反対する肥田事務部長も含めて被告に対し、配置転換の理由を尋ね、被告の説明に納得できない旨伝えたが、これは、被告の一方的な配置転換に対する正当な行動であって、しかも、時間外のものであるから、解雇事由には該当しない。また、就業規則二二条三号に該当する行為は減給事由にすぎず、解雇事由ではない。

3  同(三)の(1)ないし(5)について

智三は、当初、組合機関誌の発行を始め被告病院内での組合活動について是認し、連帯する旨述べていた。ところが、内容的に自己の意に沿わないことが記載され、指摘されるや、一方的にこれらの行為を解雇理由として主張することは不当であるし、そもそも、就業規則二二条八号に該当する行為は減給事由にすぎず、解雇事由ではない。

4  同(四)について

原告佐々木は、同僚であり、友人である富山総婦長の自宅を訪問し、当時継続中の夜勤ストライキの解決について同人と相談したにすぎない。なお、原告佐々木が、富山に対し、解決のため智三と話してほしい旨頼んだところ、富山は「私が話しても聞いてもらえない。自分としては既に辞表を用意している」と答えた。

第三証拠関係

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する。

理由

一  請求原因1及び2の事実は当事者間に争いがない。

二  解雇の経緯及び解雇理由について

成立に争いのない(証拠略)、「支援要請について」と題する書面の部分については成立に争いがなく、その余の部分については原告神田本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によって真正に成立したことが認められる(証拠略)、原告神田本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によって真正に成立したことが認められる(証拠・人証略)の結果及び被告代表者尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

1  被告病院は、精神科と内科を併設するもと個人病院であったが、昭和五五年、実業家野口末和が右個人病院を買い取り、昭和五九年六月一五日、医療法人となり、現在に至っている。被告病院は、現在、病床数二二九床(精神科一八五、内科四四)、職員数一二五名(常勤医三名、看護職約八〇名、検査技師二名、事務職一〇名、栄養士二名など。パートを含む。)である。

原告らは、福医労行橋厚生病院分会(以下「分会」という。)に属しているが、原告神田が分会長、同佐々木、同吉竹学及び同野正哲子が副分会長、同有松は福医労本部の書記次長及び分会書記長、同田中及び同吉竹初美は分会書記次長である。分会には、原告らが解雇された当時、約八二名が加入していた。

2  被告における労使関係の推移は次のとおりである。

平成四年の春闘の際、分会が被告の一次回答に対し上乗せを要求したところ、被告の当時の理事長橋口庸は、同年四月一七日、病院の累積赤字が九億七〇〇〇万円にも達しているので、一次回答で納得してくれなければ、理事長を辞任すると言い出し、また、分会の賃上げ交渉継続の要求に対し、被告理事会は、同月二〇日、後任の理事長(医師)は分会で探すよう通告したうえで、理事長ほか理事ら全員の辞任を決めた。

そこで、分会は、前記林精神病院の南雲理事長らに相談し、同病院に勤務する医師遠藤智三に理事長就任を依頼した。智三は理事長就任を承諾し、分会や分会長の原告神田に対し手紙で、それまでの橋口理事長ら理事会の分会に対する対応を批判するとともに、分会と団結・協力して被告病院を再建し、経営内容の公開や理事会及び分会が指名した者から構成される経営協議会の新設等を実施し、病院の運営・経営の民主化などを図ることを約束したり、同年一二月二四日、福岡県民主医療機関連合会に対し、医師や事務系幹部、薬剤師等の補充の支援を要請し、福岡市の千鳥橋病院で事務職員をしていた原告有松を入れたり、被告病院に前記林精神病院からも医師を一名呼ぶなどして、病院再建に向けて分会と協力する姿勢をとった。分会は、智三に新しい理事長として期待した。

その後、橋口理事長が理事長交替に関し提示した被告の取引銀行に対する借入金の連帯保証人の交替等いくつかの条件について、智三、智三の兄で公認会計士の遠藤司(以下「司」という。)、荒木田修弁護士らが当時の実質的経営者で理事の野口末和と交渉し、同年一二月二五日、右野口が病院経営から手を引くことになり、同日、被告の役員改選がなされ、平成五年一月四日、橋口理事長が辞任し智三が理事長に、智三の妻である医師遠藤佐保子が新任の常務理事に、野口末和が辞任して司が、野口眞弘が辞任して荒木田修弁護士が理事にそれぞれ就任するなど新しい理事会が発足した。また、福医労本部の書記長をしていた和田峰暢浩らが評議員に就任し、同月二〇日には、被告理事会と分会とで運営し、被告の事業計画、予算の遂行、賃金、労働条件、人事等について協議する運営協議会が発足した。

3  智三を理事長とする新しい理事会は、二万円以上の昇給や賃金体系の見直し及び夏期一時金の支給などを求める分会の平成五年の春闘要求に対し、同年四月二七日、定期昇給込みの二〇〇〇円の賃上げ及び能力給の導入等を提案し、また、智三が同日なされた団体交渉において分会を批判するなど、智三の分会に対する姿勢は以前と異なってきた。

分会は、団体交渉において、右回答が定期昇給そのものよりも低い額である点を抗議するとともに、同日から三日間にわたり団体交渉を行い、同月三〇日、被告から一万一〇〇〇円の定期昇給の回答を得た。しかし、被告は、これ以上の団体交渉には応じない旨回答し、前記南雲が、同年五月八日付けで、智三に対し、理事会の構成や経理の公開等の点で分会の期待を裏切るようなことをやめるよう手紙を出したりしたが、被告は、同年五月四日、前記和田峰を評議員から解任し、同月一〇日、原告有松の給与につき、従前の給与(千鳥橋病院勤務時の給与)を保障していたのを被告の給与体系に従ったものに改め、また、それまで理事長(智三)の了承のもとに分会事務所として使用していた院長室の隣室を理事・幹事・評議員執務室に変更し、分会事務所を他に移転する旨通告し、智三が職員集会を開催して分会を批判したりした。

そこで、分会は、同月一五日、前記分会事務所移転の措置や職員集会における智三の言動に抗議し、同月一八日、理事会の構成が智三の親族及び荒木田修弁護士で構成されていることを批判する書面を理事長に対して提出したり、同月一九日には、分会代表や前記南雲らが参加する公開討論会を同月二七日に開催することを決めて、智三理事長及び司理事に対し出席を要請し、全従業員に対し分会作成の組合機関誌「COSMOS」上で出席を呼びかけたりする一方で、福岡県地方労働委員会(以下「地労委」という。)に春闘斡旋の申立てをした。

これに対し、被告は、同月二一日、分会に対し、団体交渉再会の条件として分会の理事会に対するそれまでの言動についての陳謝や公開討論会の中止などを文書で求めるとともに、同月二四日、非組合員に限って平成五年度の夏期一時金や定期昇給分を同年六月一一日に支給する旨通告し、分会の組合員に対する夏期一時金の仮払いの申入れについて、組合員に対しては春闘妥結後に支払うとして拒否した。なお、智三や司は、同月二七日の公開討論会には出席しなかった。

4  前記夏期一時金の非組合員のみに対する支給をめぐり、被告と分会との対立が一気に激化し、事態を心配した前記南雲が、同年六月一日ころ、智三に対し、分会と話し合って事態を打開するよう手紙を書いたりした。

分会は、同年五月三一日、右地労委への斡旋申立てを取り下げ、被告に対し、団体交渉再開を要求するとともに、二四時間ストライキを行うことを同年六月四日に決定し、被告に対しそれを通告した。

これに対し、被告は、団体交渉再開の条件として、理事会・評議員会の役員人事に介入しないことやそれまでの分会の理事会に対する言動を撤回して陳謝することを求め、不服があれば、地労委への斡旋の申立てや訴訟の提起等の法的措置をとるよう通告したため、被告と分会との対立はさらに激化し、分会は、同日、二四時間ストライキを実行した。その際、原告ら以外の分会所属の組合員が行橋市内において、右ストライキについて地域住民の理解と支援を求める旨の街頭ビラ(証拠略)を不特定多数の人に相当量配布した。これにより、その後、智三は、被告が所属する地域の医師会や取引銀行から呼び出されたうえ、事情説明を求められた。

5  分会は、同年六月九日、被告に対し、団体交渉再開や組合員に対する夏期一時金の支給を求めて、同月一一日からの夜勤ストライキを通告した。そこで、同月一〇日、分会と被告間で夜勤ストライキ回避のための話合いがなされ、組合員に対する夏期一時金の仮支給や同月一五日に団体交渉を行うことなどが確認されたが、被告は、ストライキにより保険請求業務を停止させることはできないとして、同業務を外部の業者に委託することにし、同月一一日、それまで同業務を担当していた原告有松及び同田中を、それぞれ病歴管理業務及び売店・三階管理棟業務に配置転換した。分会は、この措置に強く反発し、事前の協議なしに配置転換したことは不当であるとして総婦長室にいた智三のところへ押し掛けて抗議するとともに、被告に対し、保険請求業務はストライキ中も原告有松らで行う旨申し入れたが、被告は業務委託の方針を変えず、分会は同日から同月二二日までの一二日間にわたって夜勤ストライキを実行した。

原告佐々木は、同月一一日午後八時三〇分ころ、前記和田峰ともに、総婦長富山龍子の自宅へ行き、夜勤ストライキ回避のため智三を説得してほしい旨依頼した。これに対し、富山が自分が説得しても智三の方針は変わらないと思う旨答えたため、原告佐々木らは、同人に対し、総婦長職の辞職を要求したところ、同人からこれを拒否された。

6  被告は、同年六月一四日から右業務委託を実施し、これに対して抗議に来た原告神田及び同佐々木ら分会の幹部を被告が警察官を呼んで退去させたりした。

その後、被告から地労委への斡旋の申立てがされ、同月一七日、地労委において労使間交渉が行われた。分会が団体交渉再開及び組合員に対する夏期一時金の仮支給のほか、前記事務委託や原告有松及び同田中の配転の撤回を求めたのに対し、被告は、団体交渉再開及び組合員に対する夏期一時金の仮支給には応じるが、右事務委託及び配転の撤回については拒否した。

さらに、同月二一日、前記南雲の仲介により労使間交渉が行われた結果、同月二二日、被告と分会の間で、右事務委託及び配転の問題については分会が地労委に提訴することにして春闘の議題から外し、労使双方が関係正常化に向けて誠意を持って努力し、団体交渉を再開する旨の確認書が交わされ、分会は同月二三日からストライキを中止した。

そして、同月二六日から団体交渉が再開され、同月二九日、被告と分会の間で、各人の定期昇給に加えて一律八五〇〇円のベースアップや夏期一時金の一律支給等を盛り込んだ平成五年春闘妥結協定書が交わされた。その中で院長公約に関しては、「双方誠実に解決策も含めて協議を進める」ことが確認され、被告と分会の間で、「今後労使関係の正常化のため双方誠意を持って努力する」ことも確認された。

7  ところが、被告は、同年七月一日、原告神田、同吉竹学、同野正哲子及び同有松に対しては理事長室において、同田中及び同吉竹初美に対しては自宅に電話するなどして、それぞれ本件処分を通告した。

三  本件解雇事由の有無について検討する。

1  就業規則二二条一号違反について

問題の分会作成の街頭ビラ(証拠略)には、「遠藤院長は労働組合とまともな話し合いもせず、賃上げ額を一方的にきめ、以後話し合いを拒否し続けています。」とか、「夏期一時金を非組合員だけに支払うという差別支給“組合つぶし”を強行しようとしています。」などの分会の見解の表明というべき部分が含まれ、前記認定のとおり、相当量が病院外の街頭で不特定多数の地域住民に配布されたことを考慮すると、その配布行為が被告の名誉を毀損し、その利益を侵害するとの懸念を被告に抱かせるものということができる。

しかし、他方で、右ビラには、「看護婦の賃金は、他産業で働く労働者よりも平均二万円も低い」とか、被告病院においては「看護婦さんの三五才のポイント賃金では、月に四~五万円も低く年間で一〇〇万円近くに及ぶ格差となっています。」など、賃金比較表(<証拠略>)などのそれなりに客観的な資料に基づいて記載した部分もあり、前記認定した労使間の紛争の経緯に即した記載がなされており、全体的に評価すると、右ビラの内容は、分会が地域住民に対して低賃金等の労働条件の改善を求めてストライキを実行することについての理解と支援を求めるものと認められ、右ビラ配付は、分会の組合活動の一環として正当な目的でなされ、その目的を逸脱するものではなく、被告や智三を一方的に誹謗中傷するものであるとは認められない。

また、前記認定のとおり、智三が右ビラ配布後に地域の医師会や取引銀行から事情の説明を求められたことが認められるが、そのことによって原告らを懲戒解雇すべきほどの損害が被告に生じているとも認められない。

2  就業規則二二条三号違反について

同条三号は、就業規則六七条一号において減給事由とされているにとどまり、六九条の懲戒解雇事由としては規定されていないから、懲戒解雇の相当性を判断する際の事情として考慮されるべきであるところ、原告らが同号に該当する業務時間内に再三にわたり自己の職場を離れ、他の職場に足を運んでは他の職員に対し組合の宣伝活動や情報交換等を行ったという事実を認めるに足りる証拠はない。

また、分会が被告に対してなした平成五年六月一一日の原告有松及び同田中の配転命令についての抗議については、前記認定のとおり、原告ら分会の幹部らが総婦長室にいた智三のところへ押し掛けたことが認められ、また、双方で感情的なやり取りが交わされたことも窺えるが、それが勤務時間内であったとする証拠はなく、右抗議に引き続いて午後六時から話し合いが行われたことからすると、むしろ、右抗議は勤務時間終了後の午後五時すぎに行われたと推認される。

したがって、「みだりに自己の職場を離れ又は、勤務時間の変更又は勤務の交替をすること」に該当すると認めることはできない。

3  就業規則二二条八号違反について

同条八号も、三号と同様に、就業規則上は減給事由であるにとどまり、懲戒解雇事由ではないから、懲戒解雇の相当性を判断する際の事情として考慮されるべきである。

被告の主張(三)(1)の事実については、組合機関誌が平成五年春闘開始以来ほぼ連日にわたり配付されていることが認められ、右組合機関誌には、「遠藤院長は責任転嫁するな」、「組合つぶし、職員いじめを行うという異常ぶり」、「でたらめもいい加減にしろ」、「遠藤院長のしていることは、患者さん無視、職員無視、自分だけが一番かわいいと言った無責任な行為です」などの智三ら理事会の名誉感情を刺激する表現が部分的に含まれているものの、いずれも、全体的には被告との交渉の経過について説明し、被告の対応について分会の立場から批判するというものであって、前記認定した労使間紛争の経緯からすると、虚偽の事実を書き並べて被告や智三をことさらに誹謗中傷するものではなく、組合活動を逸脱するものとは認められない。

また、同(2)の公開討論会については、多数の職員の前で、原告ら分会役員のほか、分会側の意見に同調する他の病院の理事長や医師など被告に所属しない者を参加させた上で行うというものであるから、討論の場にとどまらず、智三らを糾弾する場にもなりかねない類のものであったが、被告が主張するような一般職員を扇動して院長室・総婦長室に押し掛けて出席を強要したという事実を認めるに足りる証拠はなく、また、智三らは分会の出席要請を拒否して欠席しており、無理矢理出席させられて糾弾されたという事実は認められないから、公開討論会を開催したこと自体に原告らを懲戒解雇にせざるを得ないような違法性は認められない。

同(3)の事実については、これを認めるに足りる証拠はなく、同(4)の事実については、平成五年六月一二日付けの組合機関誌(<証拠略>)には、「就業規則でも職務を変更する場合、『事前に本人と協議する』となっており、労働協約でも人事については、組合と事前に協議するとなっています」と記載されているところ、就業規則一〇条二項但書に右のような規定があり、労働協約の規定は不明であるが、全く裏付けのないものであるとはいえず、被告病院の業務管理遂行に対する妨害宣伝であり、かつ、日勤業務時間中の業務命令違反であるとは認められない。

次に、同(5)の平成五年六月一四日の保険請求業務の委託の実施に対する分会の行動については、前記認定のとおり、警官三名が智三の求めに応じて病院内に来るという異常事態を招いており、当日の双方のやり取りがそれなりに激しいものであったことが窺えるが、被告が主張するような、原告らが一般職員を扇動して委託業者が病院に入ることを阻止しようとした事実を認めるに足りる証拠はなく、右抗議が業務委託の施行をどのように妨害したのかも不明であり、それ自体を捉えて原告らに懲戒解雇すべきほどの違法行為があったと認めることもできない。

4  前記認定のとおり、これら(1)ないし(5)の分会の活動及び原告らの行動の背景には、理事長就任前後における智三の分会に対する言動の大きな変化や分会事務所の移転や組合員に対する夏期一時金の仮払い拒否等の不利益措置などがあることからすると、原告ら分会だけを一方的に非難することは相当ではない。

したがって、いずれも原告らを解雇する理由とは認められない。

5  原告佐々木による総婦長富山への辞職の強要について

前記認定のとおり、原告佐々木が、平成五年六月一一日午後八時三〇分ころ、前記和田峰ともに、富山の自宅へ行き、同人に対し総婦長職の辞職を要求したことが認められるが、右事実をもって、ただちに被告の人事権を侵す行為と評価することはできないし、また、富山が原告佐々木らの右要求を拒否していることが認められることからしても、これをもって、原告佐々木を解雇する理由とは認められない。

6  結局、被告の主張する解雇理由はいずれも認められない。

四  結論

以上によれば、原告らの請求はいずれも理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を、仮執行宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 山浦征雄 裁判官 犬飼眞二 裁判官 平島正道)

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