福岡地方裁判所小倉支部 昭和24年(ヨ)133号 判決
債権者 宮井晃 外一名
債務者 日本製鉄株式会社
一、主 文
本件仮処分申請は之を却下する。
訴訟費用は債権者等の負担とする。
二、申請の趣旨
債権者等の訴訟代理人は「債権者等が債務者会社に対して提起する解雇無効確認請求事件の判決ある迄債務者会社八幡製鉄所が債権者等に対し昭和二十三年十二月二十四日為したる懲戒解雇の効力を停止する。訴訟費用は債務者会社の負担とする。」との判決を求めた。
三、事 実
(一) 債権者等は何れも債務者会社八幡製鉄所の従業員であつて且日本製鉄労働組合連合会の下位組合たる八幡製鉄労働組合の組合員であるが、同人等は昭和二十三年十月十六日小倉市日発大門発電所に於て行われた人民大会(通称電産大会)に右八幡製鉄労働組合の指令によつて出席し、大会の決議に基きデモ行進に参加し、福岡軍政部の指示によるデモ行進禁止区域に進入し官庁周辺に於て示威運動を行つたところ、偶々債権者山上は、デモ行進の先頭に立つて指揮を執り、又債権者宮井は右デモ行進を決議した人民大会議長であつた為か、占領軍命令違反として軍事裁判に附せられ、同年十一月二十六日アメリカ合衆国軍第二十四師団長から重労働六ケ月、罰金五万円の刑を言渡された。
(二) 然るに債務者会社は右の事実は就業規則第四十七条第十五号に引用せられる第四十六条第九号の「不正の行為をして社員の体面を汚し」「其の情特に重き者」(第四十七条第十五号)でありまた「正当の理由なく無断欠勤十四日以上に及びたる者」(同規則第四十七条第五号)として懲戒解雇に附すべきものとして、同年十二月二十四日八幡労務委員会の専門委員会たる賞罰委員会に附議した。之に対し前示組合は後記(三)記載の如き強硬なる反対意見を表明して債務者会社の再考を促したが、債務者会社は無理に票決せんとしたので組合側は票決不参加を宣言し、此の為法的には同委員会は流会となつたのである。然るに債務者会社は即時会社側委員のみの決議によつて懲戒解雇を決定し、即日債権者等に対し其の旨通告した。
(三) 併しながら右懲戒解雇は左の理由に依り無効である。
(イ) 債務者会社と八幡製鉄労働組合の上位組合たる日本製鉄労働組合連合会との間に昭和二十二年五月二十一日調印せられた労働協約書(仮協定書)中には「労働協約の基本事項」(五)として「組合員の労働条件、解雇、雇入、人事異動、厚生、安全、教育、賞罰、其他処遇に関する事項については甲乙協議の上之を定める。前項の協議決定機関として甲乙両者間に労務委員会を設置する。」とあり、更に右仮協定書附属の「労働協約の基本事項の運用に付ての覚書」三に「懲戒解雇については其の基準を労務委員会に於て協議決定し、個人個人の場合は甲の作業所の労務委員会に於て協議決定する。」と定められてゐる。然るに其の基準については未だ労務委員会に於て協議決定されてゐないのであるから、先づ之を協議決定したる後に非ざれば懲戒解雇を為し得ざるに拘らず、之を為さずして就業規則を適用し債権者等を懲戒解雇に附する旨の通告をしたのは、労働協約中の労働条件に関する条項に違反したものであるから右懲戒解雇の通告は無効である。
(ロ) 懲戒解雇については労務委員会(賞罰委員会)に於て労資双方委員の協議決定を要するに拘らず、本件懲戒解雇は前記の如く会社側委員のみの決議に基いて為されたものであるから無効である。前示十二月二十四日に開かれた賞罰委員会に於て、組合側委員は先づ懲戒解雇の基準を定むべき事を主張し且債権者等の行為は組合の指令に基いて人民大会に出席しその大会の決議に基いて為したデモ行進の途中に於て生じた事案であるから、組合運動の一環たる行為と見るべきところ、就業規則第四十七条第十五号第四十六条第九号の「不正の行為を為し社員の体面を汚したもの」との条項は、本来組合運動に関連して処罰せられたる行為に適用すべからざるものなる事を主張したが、債務者会社側の委員は之に応ぜず、無理にも票決を強行せんとしたので、組合側委員は票決不参加に従つて流会を宣言し日を改めて協議すべき事を主張した。故に同委員会は法的には流会となつた筋合であるに拘らず、会社側委員の一人である委員長は可否同数であるから委員長が採決する旨を宣言し会社側委員のみを以て懲戒解雇を決議し当日其の通告を為したのである。従つて懲戒解雇の決議は適法に成立せず之に基づいて為された懲戒解雇も無効である。
(ハ) 就業規則中の「不正な行為を為し社員の体面を汚した者」とは破廉恥罪を指称する事明らかであるが、債権者等の行為は右に述べた通り組合運動の一環として為されたデモ行進の途中偶々占領軍の禁令に触れたものに過ぎないのみならず債権者等は其の禁令を知らなかつたものである。
而も其の占領軍の禁令も昭和二十四年八月一日解除されたところから見れば債権者等の行為は一種の形式犯と考えられるから、之を以て「不正の行為を為し社員の体面を汚した者」と為すのは失当であつて斯かる理由による懲戒解雇は無効である。
(ニ) 八幡労務委員会専門委員会設置要綱第二ノ十四に依れば賞罰委員会に於て懲戒解雇を審議決定するに付ては開催の二日前迄に該当者及其の直属上長に通知し其の申出があつたときは其の辯明を聴取しなければならない旨を定めてあり、之は労働協約の一部である。然るに債務者会社は全く此の手続を行わずに賞罰委員会を開いてゐるから斯様な手続上の瑕疵を帯びた委員会の決議はたとえ形式的に存在したとしても無効であり、此の決議に基く解雇も無効である。
(ホ) 債務者会社八幡製鉄所と八幡製鉄労働組合との間の労働協約として作成された八幡労務委員会設置要綱に依れば賞罰委員会に於て「委員長は会社側委員中より選出し」「可否同数の時は委員長の決するところに依る」となつてゐるけれども此の協約を作成する際に於ける団体交渉に於ては賞罰委員会に於ける意見が可否同数なるときは委員長は採決せず団体交渉又は労務委員会の審議に移し更に協議を重ぬべき事が会社と組合間に確約され其の前提の上に立つて委員長の採決権が認められてゐるに拘らず本件に於ては組合側の委員全員の反対を押し切つて委員長が採決したのは前記確約の趣旨に反し委員長の権限濫用である。又此の際委員長が無記名投票等の方法に依らず直ちに会社側委員は全員懲戒解雇に賛成と即断して採決したのは採決権の濫用であるから右の決議は無効である。
以上の理由に依り本件懲戒解雇は無効たる事明白であるから債権者等は解雇無効の本案訴訟を準備中であるが債権者等は生活に困窮して居り本案判決確定迄待つ事が出来ない状況にあるから、前記懲戒解雇の効力を停止し債権者等の債務者会社の従業員たる仮の地位を定める仮処分を申請する次第であると陳述した。(疎明省略)
債務者会社の訴訟代理人は本件仮処分申請は之を却下する。訴訟費用は債権者等の負担とすとの判決を求め、答辯として、債権者等が債務者会社の従業員で日本製鉄労働組合連合会の下位組合たる八幡製鉄労働組合の組合員であつた事、及債権者等が昭和二十三年十月十六日小倉市日本発送電株式会社大門発電所で行われた電産大門大会(人民大会)に出席し大会後示威行進に参加し、福岡軍政部の命令によるデモ行進禁止区域に侵入した為、占領軍命令違反として軍事裁判に附せられ、同年十一月二十六日米軍第二十四師団長より重労働半ケ年罰金五万円の刑を言渡された事実、債務者会社が、右の事実は就業規則中の懲戒解雇の条項に該当するものとして昭和二十三年十二月二十四日の賞罰委員会に之を附議し、懲戒解雇の決議を経たる上即日其旨債権者等に通告した事実、債務者会社と日本製鉄労働組合連合会との間に昭和二十二年五月二十二日締結された労働協約第五項に「組合員の労働条件、解雇、雇入、人事異動、厚生、安全、教育、其他の処遇に関する事項に付ては、甲(会社)乙(組合)協議の上之を定める。前項の協議決定機関として甲乙両者間に労務委員会を設置する」との規定を設け、附属覚書によつて「懲戒解雇の基準は労務委員会に於て協議決定する。個人個人の場合は甲の作業所の労務委員会に於て協議決定する。」と定めた事実、債務者会社の就業規則中に債権者主張の如き文言の(但し其の趣旨は全く異る)条項の記載ある事は何れも之を認めるが、其余の主張事実は全部否認する。なお主要の争点に付き次の通り答辯を附加する。
(一) 懲戒解雇の基準が協定されてゐないから懲戒解雇は出来ないとの債権者等の主張に対し、債務者会社と日鉄労働組合連合会との労働協約締結の交渉は、昭和二十二年五月十三日より五月十五日迄行われ、協約の基本的事項に付き意見の一致を見たが、其の際双方の申合せにより、就業規則、賃金規則、其他の諸規則中当時組合側に於て異議のあつた分は引続き五月十七日より開かれた労務委員会に之を附議して協議決定した後仮協定書に調印し、将来は是等の諸規則を含む一切の具体的事項を網羅して本協約書を作成する事になつたので、引続き五月十七、十八、十九の三日間に亙り中央労務委員会を開催し、当時組合側に於て異議のあつた賃金規則中の一部を取り上げて同委員会に於て協議決定し、(仮協定書中の労務委員会決定事項)五月二十一日仮協定書の調印を終つたものである。此の中央労務委員会の協議決定事項中に賃金規則の一部、就業規則の内容、其他重要なる基準事項が洩れてゐる所以は、当時行われてゐた諸規則中組合側に於て其のまま踏襲実施する事に異議のなかつた分は之に依る事とし、特に当時労使間に於て意見の相違してゐた具体的事項に付てのみ中央労務委員会に附議して決定したものに外ならず、懲戒解雇の如きは当時の就業規則を適用して各作業所の労務委員会に於て個々人に付て其の都度慎重協議する事となつたのである。従つて就業規則の懲戒解雇の基準は双方合意の上承認された訳であるから、右協約存続中は別に懲戒解雇に付ての基準を協定する必要はないのである。
(二) 債権者等の解雇に付き賞罰委員会に於て協議決定してゐないとの主張に対し、当時は争議中であつた為債務者会社は昭和二十三年十一月三十日書面を以て懲戒解雇の事由を明示して組合の同意を求めたところ、組合は同年十二月六日賞罰委員会に於て審議し度いと囘答した為、同年十二月二十二日第一囘の賞罰委員会を開催したが意見の一致を見ず、組合側より二、三日延期の申入れがあつたので、同月二十四日午後一時より再び賞罰委員会を開き、会社側八名、組合側八名(委員定員各十一名)出席し、協議の結果採決に入つたが可否同数であつたので議事規則通り委員長採決し、懲戒解雇と決定し、引続き他の議題の審議に入つて居り、組合側委員退場とか流会とか言う事実は全く無い。
(三) 就業規則所定の解雇事由に該当しないとの主張に対し。
就業規則第四十六条第九号は、社員の体面を汚すような総ての不正行為を取締る趣旨で定められたものであつて、其の不正行為は会社の内外を問わないものである事は規定の解釈上よりしても明らかである。
また行為の不正なりや否やは当時の一般社会観念に照し決定さるべきものであつて、債権者等の主張する如き特殊の破廉恥罪のみを、不正行為と限定したものではない。我国はポツダム宣言を受諾し降伏文書に調印し占領軍命令の遵守を誓つたのであつて、占領軍命令は憲法に優先する至上命令であり、此の命令を誠実に遵守する事は国民の最大義務である。然るに此の命令に違反する事は国際道義に背き国家は勿論同胞の体面を汚す事甚だしいものであつて正に就業規則に所謂「不正の行為を為し社員の体面を汚したもの」に該当すると言わなければならない。
(四) 賞罰委員会の手続に付て。八幡労務委員会専門委員会設置要綱第二の十四に債権者主張の如き規定のある事は争のないところであつて、会社は正規に其の手続を履践して本件懲戒解雇を行つたものである。仮りに本人又は直属上長に対する一部通知洩れがあつたとしても、それは軽微な手続上の問題であつて実体的な解雇規定の違反ではなく、且当時債権者等は勾留せられていたので債権者等より意見辯解を聴く方法が無かつたのであるから、同設置要項第十四の一項但し書の「該当者の住所不明其他の理由に依り、之に依る事が出来ないときは其の一部を省略する事が出来る」と言う条文に該当し協約違反にはならない。
尚同規定第十四には、懲戒解雇の決定を受けた者に対する救済規定がある。懲戒解雇の決定を受けた者に対しては直に直属上司たる係長より之を通告せしめているので、異議があれば所定の手続によつて労務委員会に再審の請求を為すべきに拘らず之を為さずして、解雇通告後一ケ年、服役出所後半カ年以上を経過したる後に於て、突如訴を提起して解雇の無効を主張するが如きは、全く其の理由を欠き許されないところと言わねばならぬ。
以上の通り債権者等に対する本件懲戒解雇は、就業規則所定の懲戒解雇理由に合致する正当のもので賞罰委員会に於ても適法に採決され且昭和二十三年十二月二十四日労働基準監督署長より労働基準法第二十条の解雇の予告の除外事由ある旨の認定を受けた上債権者等に対し懲戒解雇の通告を為したのであるから、本件解雇は有効であると陳述した。(疏明省略)
四、理 由
債権者等が債務者会社の従業員として、日本製鉄労働組合連合会の下位組合である八幡製鉄労働組合の組合員であつた事、債権者等が昭和二十三年十月十六日、小倉市の日本発送電株式会社大門発電所に於て開かれた電産大門大会(別称人民大会)に出席し、大会後示威行進に参加し占領軍命令による示威行進禁止区域に侵入した為、占領軍命令違反として軍事裁判に附せられ、同年十一月二十六日米軍第二十四師団長より重労働半ケ年罰金五万円の刑を言渡された事実、債務者会社は右事実は就業規則中の懲戒解雇の条項に該当するものとして昭和二十三年十二月二十四日債権者等に対し懲戒解雇の通告を為した事、及債務者会社と日鉄労働組合連合会との間に締結された労働協約書(仮協定書)中、及債務者会社の就業規則中に解雇に関し債権者等主張の如き文詞の条項が記載されてある事は当事者間に争がない。
債権者等は右労働協約に於て「懲戒解雇の基準は労務委員会に於て協議決定する」と定められているのに、現在迄其の基準が協議決定されていないから懲戒解雇は出来ないと主張するから先ず此の点に付き審究するに、日本製鉄株式会社と日鉄労働組合連合会との間の労働協約書に附属する「労働協約の基本事項の運用についての覚書」三ノ(一)に、「懲戒解雇に付ては其の基準を労務委員会に於て協議決定する。個人個人の場合は甲の作業所の労務委員会に於て協議決定する。」と定められている事は当事者間に争がなく、成立に争なき疏甲第一号証及び証人久米定男の証言に依れば、「懲戒解雇の基準を協議決定する労務委員会」とは日鉄本社と日鉄労組連合会との間に設置せられた「中央労務委員会」を意味し、具体的の場合に特定人を懲戒解雇に附すべきや否やを決する労務委員会とは、各作業所(例えば八幡製鉄所)の労務委員会を意味する事が明瞭である。
然るに証人大島毅一、西田米生、佐藤(緒方)孝男、横山利男等組合幹部の証言に依つても現在迄其の基準が決められていない事は明らかである。然らば其の基準が決まつていなければ懲戒解雇はやれないかと言うに、そうは言えない。「懲戒解雇に付ては其の基準を労務委員会に於て協議決定する」と言う協定は「基準の決め方を決めただけ」であつて、基準其のものは何も決まつていない。中央労務委員会に於て其の基準の内容が協議決定されてはじめて、協定された基準があると言い得るに過ぎない。斯様に懲戒解雇に付ては協約上の基準は未だ存在しないのだから、特定の人を懲戒解雇にするには当該作業所の労務委員会又は其の専門委員会たる「賞罰委員会」(成立に争なき疏乙第七号証)に於て協議決定する手続さえ取れば、就業規則を適用しても何等協約に違反する事はないし、又此の場合就業規則の懲戒解雇の条項が働くのは当然の事である。さればこそ証人入江富雄の証言によつても明らかな通り、昭和二十二年五月に右の新労働協約(仮協定書)が調印されて以来現在迄、八幡労務委員会の専門委員会たる賞罰委員に於て就業規則を適用して懲戒解雇にした案件が約八十件に上つているけれども、組合側に異議のあつたのは本件だけであつて他は全部双方一致の意見で可決されて居り、又証人西田米生、園田眞等組合幹部の証言に依れば、本件に付ても、懲戒解雇の基準が決まつていないから懲戒解雇は出来ないと言う異議が出たのではなく、本件は就業規則に定めた懲戒解雇の基準の何れにもあてはまらないから、新な観点から適当な処分を決めるべきで、結局刑に服役中は休職にすべきだとの意見が組合側の一致した意見として主張されたに過ぎない事を認め得る。
又論ずる迄もない事であるが、念の為右の協約条項即ち「懲戒解雇に付ては其基準を労務委員会に於て協議決定する。個人個人の場合は甲の作業所の労務委員会で決定する」と言うのは、中央労務委員会で其基準が決まらない間は懲戒解雇は一切やれないと言う趣旨を決めたものか否かと言う事を、協約締結当時の当事者双方の意思に付て審究して見ても、そう言う趣旨であつたとは認められない。
即ち成立に争なき疏甲第一号証、証人久米定男、大島毅一の各証言を綜合すると、前記労働協約(仮協定書)が昭和二十二年五月二十一日日鉄本社に於て会社と組合連合会との間に調印された際に於ては、先ず基本事項及其運用に関する大綱的な事項のみを協議決定し、次で双方の申合せにより当時行われていた賃金規則及就業規則中、組合側に於て異議のあるものは、すべて之を引続き開催された中央労務委員会に附議し、同委員会に於て右の基本事項及附属覚書に適合するよう之を協議決定し、然る後仮協定書に調印するようになつていた事、依つて組合連合会は当時組合に於て異議のあつた賃金規則の一部を取り上げて中央労務委員会に附議し、疏甲第一号証中「労務委員会決定事項」記載の如き詳細な協定を成立せしめたけれども、賃金規則中に於ても異議のなかつた分に付ては之を同委員会に附議しなかつたので、其の分は其後も従来通り双方異議なく実施されている事、又当時行われていた就業規則中の懲戒解雇に関する条項(之は本件事案発生当時の就業規則と内容は同一であるが)に付ても、組合側としては賃金給与に関する協定に主力を注いだのと、右就業規則に定めている懲戒解雇の基準を直に取り上げて新な基準を協定しなければならぬ程の差迫つた必要も認められなかつたので、協約に於ては「懲戒解雇の基準は中央労務委員会に於て協議決定する」と言う原則を確立して見たものの、前記仮協定書調印の準備として五月十七日から三日間に亘り開かれた中央労務委員会に於ても、其の基準の協議を為す事なく此の点は後の折衝に期待して五月二十一日仮協定書に調印した事、其後も組合は賃金給与闘争に熱中していた為懲戒解雇の基準協定に対する関心薄くまたそこ迄は手が廻り兼ねた事情もあり且本件を除き具体的な懲戒解雇のすべての案件に会社が就業規則を適用しても、組合側と会社側の意見が一致しない事は無かつたので、現在に至る迄懲戒解雇の基準に付き中央労務委員会に於て協議決定した事なく又懲戒解雇に付て就業規則を適用する事自体に付ても本件事案発生迄は組合側から異議の申出のあつたような事実はないことを認める事が出来る。(前示の如く本件に付てはそれが就業規則に定められた基準に該当しないと言う異議が出たのみである。)又成立に争なき疏乙第六号証に依れば昭和二十三年九月、会社が新就業規則(懲戒解雇に付ては旧規則に同じ)を作成して行政官庁に届出る為に組合側の意見を聴いた際、組合長から提出された意見書に於ても組合側は就業規則中懲戒解雇の基準の一部に付き修正の意見を附けただけで其他の懲戒解雇基準については何等の意見も附けていない。之を見ても組合側は就業規則の懲戒解雇の基準中自ら修正を申出た分以外のものが適用される事を認めていた事が明らかである。
以上認定の事実に依れば、右協約条項の趣旨は、懲戒解雇の基準を中央労務委員会に於て協議決定する迄は一切懲戒解雇は認めないとか、それ迄の間に於ても懲戒解雇について就業規則の適用を一切排除するとか言う趣旨でない事は明瞭であつて要するに組合は「具体的な」解雇基準を協議決定して就業規則の解雇基準を排除し、会社の解雇の自由を制限せんとしたが賃金斗争に多忙を極めた為解雇基準を中央労務委員会で協議決定すると言う原則を確立しただけでそれ以上を斗い取るに至らなかつたのである。
従つて懲戒解雇に関する具体的な基準が労働協約によつて定められない間は(或は中央労務委員会に於て協議決定されない間は)就業規則の懲戒解雇に関する条項が適用されるのは当然であつて就業規則を排除する根拠は存在しない。故に債権者等此の点に関する主張は全く理由がない。
従つて問題は本件が右就業規則の懲戒解雇に関する条項に該当するか否かであるが、成立に争なき疏甲第四号証(就業規則)に依れば懲戒解雇の原因として其の第四十七条第五号に、「正当の理由なく無断欠勤十四日以上に及んだ者」とあり、又同条第十五号に「前条各号に該当し其の情が特に重い者」と定め、其の前条各号の中に「不正な行為をして社員の体面を汚した者」(第九号)と言う条項があつて、本件債権者等に適用されたのは是等の条項である。なお、第四十七条第十五号に依つて準用される第四十六条第十号には「其他前各号に準ずる行為をした者」と定めてあるから厳格な意味では「不正な行為をして社員と体面を汚した者」に該当しなくても、その立案の趣旨、目的等から言つて之に準じて考えられる場合は懲戒解雇の原因となるのである。
そこで右の「不正の行為を為し社員としての体面を汚した者」「其他之に準ずる者」と言う条項の立案の趣旨を考えて見ると、会社も一つの社会的存在として社会的活動をする以上、社会人としての自然人と同様、会社としての体面や名誉を重んじなければならない事は、会社の内外から当然要求される事である。従つて刑罰法令に触れて体刑を言渡され服役を要するような者とか、或は刑罰には処せられなくても刑罰法令に触れる行為で社会から非難されるような行為をした者、又は刑罰法令に触れなくとも正しくない行為で社会から甚だしく非難される行為をした者を其のまま雇傭して行く事は、会社としても社会に対し憚るところがある為に、社会に対する関係上引続き雇傭関係を継続し難いと言うところから、斯様な規定が設けられて来る。立案の趣旨がそうだとすれば、本条の適用範囲も本条立案の主眼である右の点からおのずから決つて来る。
即ち「不正の行為」と言えば刑罰法令に触れる行為は勿論すべて含まれる訳であるが、其の後段に「社員の体面を汚した者」と言う文言がついているから、刑罰法令に触れる行為で且社会的に非難せられる行為を為し、其の為雇傭関係を継続し難い者は、すべて之に該当すると解せられるのであつて、之を債権者の主張するように破廉恥罪に限ると解すべき合理的根拠はない。たとえそれが破廉恥罪であつても無くても、又国内法令違反であつても占領軍命令違反であつてもすべて之を含むと解せられるのは当然である。
債権者等は、本件の如き事案に依り占領軍の軍事裁判によつて罰せられたのは右条項に該当しないと言うけれども其の主張は正当でない。日本政府及日本国民は降伏文書の受諾調印により連合国最高司令官及其の命令の趣旨を執行する連合軍の各司令官の如何なる命令にも服従し誠実に之を履行すべき事を誓約したのであるから、占領軍の命令を遵守し占領政策に服する事は、思想的立場の相違如何に拘らず日本国民当面の最大義務であつて何はさて措いても此の義務は誠実に履行しなければならない。然るに故らに之に違反する行為を為し軍事裁判により実刑を課せられ、服役を要するに至る事は正に重大な出来事であつて社会的に非難せらるべき行為と言うべく、又占領軍の発する禁止令も一の法秩序である以上、集団的行動を以て故らに之を無視し蹂躪する行為は此の点よりも著しく社会的に非難せらるべき行為であつて斯様な行為は当然右条項に該当するものと言わねばならぬ。
其の公共的影響、社会的関心の大きさから言うと寧ろ単に特定の人又は法人に被害を及ぼすに過ぎない破廉恥罪以上のものがあるのである
債権者等は右の占領軍の禁止令を知らなかつたと主張するけれども、成立に争なき疏甲第八号証に依れば、本件発生前に於てもデモ行進に付ては屡々軍政部の指示が出ている事を認め得るから、デモ行進を実施するに付ては軍政部指示如何に注意するのが普通であるし、成立に争なき疏乙第一号証ノ一乃至六に依れば前記の禁止令は前記デモ行進の当日より六日前及其の前日の二囘に亘り各新聞に掲載され、特に一般の注意を喚起し警告されてあり(それも債権者等の主張するように小さく出ていたのではなく、相当目につき易い程度と位置であつて)既に公知の事実となつていたものと認められ、又成立に争なき疏甲第十二号証によつても窺われる通り、警察署長より各組合に通知して注意を喚起してあつたのだから、仮りに八幡製鉄労組に対する警察の通知が遅着したとしても、債権者等を電産大会に派遣した八幡製鉄労組幹部や、当日右大会に参加した同労組外多数の労組幹部の大部分は之を知つていた筈であり、又デモ行進に参加した多数労働者の大部分も亦之を知つていた筈である。然るに当日デモ行進を決議した大会の議長であつた債権者宮井やデモ行進の指揮者であつた債権者山上のように、当日の集会及デモ行進の指導者的地位に在つた者が是等の者から之を伝え聞かないなどとは到底考え得られないことであつて、債権者等は右の禁止令を知つていながら故らに事前の戒告を無視して禁止区域に侵入したものと認めるの外はない。此のような行為は一般の人々から殊に占領軍からは、占領軍の禁止令に対する公然の反抗的集団行動と見られるのは当然であつて、そのような行動は、債権者等の如く日本共産党員たる者の思想的立場から言えば、同人等の主張する通り「軽微な形式犯に過ぎず」之も「組合運動の一環」に過ぎないと考えるのも当然かも知れないが、今日の一般社会通念から言えば思想的立場の相違如何に拘らず現存の法秩序は――それが国内法規たると占領軍命令たるとを問わず――一応之を尊重しなければならないと考えられて居り集団的行動によつて公然と法秩序を無視し蹂躪せんとするが如きは法秩序の個人的な侵犯以上に社会的に非難さるべき行為と考えられているのである。成程右違反行為の構成要件自体は形式犯であろうが、此の場合はそれが問題の重点になつているのではなく、占領軍の禁止令を故らに無視して之に違反した点が問題なのである。また債権者等は当日の示威運動に於ける指導者的地位に在つたのだから、其の責任は免れ離く、軍事裁判に於て他の関係者は全部執行猶予となつたに拘らず、債権者等のみ重労働半カ年罰金五万円に処せられたのも其の間の事情を充分に物語つている。
なお、雇傭関係を継続し離いと言う点に付て右に附随した事情として考えねばならぬのは、本件は普通の会社の従業員が本件のような行為をした場合とは外部に対する関係が余程違つている事である。即ち八幡製鉄所は一九四六年八月十五日の連合国最高司令官の覚書によつて其の工場施設全体を賠償対象として指定されたのであつて、連合軍により操業は許可されているけれども、其の工場施設は「連合軍最高司令官の領置及管理に移され」(最高指令官の覚書)其の施設の保全の為常時総司令部と現地占領軍の厳格な監督を受けており、会社の対外関係で最も重要なのは対占領軍関係である。然るにその会社の従業員が、平素業務上監督を受けねばならない現地占領軍の禁止令に違反し、而もそれが占領軍命令を故らに無視し、占領軍命令に対する公然の集団的反抗行為の指導者であつたと見られて処罰され、他の関係者は全部執行猶予となつたのに債権者等のみは師団長の再審査があつたに拘らず実刑を課せられ、此の点から見ても情状軽からずと見られている行為を為した事に対しては、其の所属会社としても監督者たる現地占領軍に対し面目を失い遺憾の意を表せざるを得ないところであつて、此の点からも「社員の体面を汚した」と言うべきであり、会社としては其のまま済まし難い事案であつた事である。
なお、債権者等の援用する疏甲第十号証、疏甲第二十二号証の各判決書記載の事案は、占領軍命令に対する違反行為によつて罰せられた点は本件と同一であるが、同判決書記載の場合は、労働協約の覚書に明らかに「懲戒解雇は刑法上破廉恥罪を構成するが如き重大なる事実ありたる場合に限るものとす」と記載してあり、「刑法上の」「破廉恥罪」と限定している為に、同判決も、斯様な労働協約条項が明確に定められている以上会社は此の協約条項に拘束されるから社員規程(就業規則)に依つて懲戒解雇にする事は出来ないと言つているに過ぎないのであつて、本件のような就業規則中の懲戒解雇の条項が破廉恥罪に限ると言つて居るのではない。而して本件に於てはそのような協約条項は存しないから此の点に於て前示判決記載の事案と本件とは根本的に問題を異にしている。従つて前示の認定及解釈は、債権者等の援用する右二つの判決に少しも反するものではないのみならず、却つて右各判決書の理由には何れも「占領軍命令に違反し軍事裁判により実刑を課せられ服役を要するに至る事は正に重大なる事実である」と言い、更に疏甲第十号証の判決理由中には「前記のように処刑せられた河原畑平八郎が右社員規程第六十四条に所謂被申請人の体面を汚したものに該当する事は、殆んど異論がないであろう」と言つて、上述するところと同一の見解を採り、違反者の行為により其の者の体面が汚される事によつて其の所属会社の体面迄汚されると見ているのである。
なお債権者等は、会社は右の就業規則の懲戒解雇の条項は組合運動には適用しないと言明したのであるから之を債権者等の場合に適用して解雇したのは不当であると言らけれども、仮りに会社がそのような言明をしたとしてもそれは組合運動自体が違法と判定せられた場合を意味する事は常識から言つても当然の事であつて、組合運動に関連して偶々起つたすべての違法行為迄含んでいると解し得ない事は取り立てて言う迄もない事であろう。然るに本件はデモ行進と言う組合運動自体が、違法として罰せられたのではなく、デモ行進が占領軍命令による禁止区域に侵入し、占領軍の禁止令に違反した事自体が、違法として罰せられたのである。言う迄もなく占領軍の禁止令に違反する事はデモ行進に不可欠の事でもなく、之から必然的に生ずる事でもなく、偶々デモ行進に関連して起つた違法行為に過ぎない。従つて会社が債権者等主張の如き言明をしたとしても、それは本件に対する前示就業規則の適用とは関係のない事である。
次ぎに本件解雇の手続が適法に行われたか否かに付て審究すると成立に争なき疏乙第七号証に依れば、八幡労務委員会専門委員会設置要綱第二の十四に「懲戒処分の審議決定については、賞罰委員会開催の二日前迄に該当者及其の直属上長に通知しなければならない。但し此の場合の直属上長は係長以上とする。前号の該当者又は其の直属上長から申出があつた場合は、委員会は其の辯明又は意見を聴かなければならない」と定められている事は当事者間に争がない。然るに当裁判所が真正に成立したと認める疏甲第十四号証の一、二に依れば、債務者会社は、債権者宮井の係長には右の通知をしたが、係長遅参の為委員会に出席出来ず、又債権者山上の係長には通知洩れであつた事を認める事が出来る。併しながら証人入江富雄(第一囘)横山利男の各証言に依れば係長を出席せしめるのは該当者の平素の勤務状態や素行や同僚間の折合について意見を述べさせる為であつて、それ等の事は係長が出なくとも組合側の委員がよく調査して知つている筈であるし、又平素の勤務成績、行状等については会社の人事の係に於て平素から係長をはじめ直属上長の意見を聴き、充分調査してある筈であるから、直属上長の出席は手続要件であつて処罰の効力発生要件ではないと解せられる。殊に本件に於ては軍事裁判により実刑を課せられ六ケ月の服役を要するに至り社員の体面を汚したと言う事が懲戒解雇の原因になつて居り、平素の勤務成績や行状は解雇の可否とは関係のない事であるから係長の出席を解雇の効力発生要件と解する事は正当ではない。
又該当者本人に通知の無かつた事は証人入江富雄の証言(第一囘)及び各債権者本人訊問の結果により認め得るけれども前記八幡労務委員会専門委員会設置要綱(成立に争なき疏乙第七号証)には該当者の住所不明其他の理由により正規の手続により難いときは、其の手続の一部を省略する事が出来るとなつている点や又言わば本人の辯護人又は代理人とも言うべき組合側の委員が多数出席し、是等の組合側委員は事前に本人に有利な事実の調査をするだけの職責を尽しているものと考え得る点(現に本件に於ては組合側委員が事情を調査して賞罰委員会に於て債権者等の為辯明に努めている―疏乙第二号証ノ一)殊に本件に在つては、本人は軍事裁判にかかつて拘留中であるから委員会に出席して辯明する事は出来ないし、又本件事案は軍事裁判によつて実刑を課せられ服役を要するに至つたと言う事実自体が、懲戒解雇の決定的原因となつている事等を総合して考えると、本人に通知せず其の意見を聴かなかつたからと言つて懲戒解雇自体を無効と解する事は正当でない。又軍事裁判に於ても本人の辯明も聴き事実も調査して後判決するのであり、又師団長に上訴する事も出来、現に本件債権者等も師団長の再審理の結果体刑罰金共半減されて前記の刑となり又他の関係者は全部執行猶予に変更されたところから見れば本人の辯明も聴取されてある事が窺われ、そのような再審理を受けてもなお且右のような刑になつたのだから違反事実は間違なく占領軍から見ればそれだけの処罰に値した事件であつたと見なければならない。さうだとすれば会社が何等かの方法で本人の辯明を聴いたとしても、その事によつて懲戒解雇の処分を動かし得たものとは見られないし、そのような場合に於て、本人に通知し辯明を聴く手続が洩れていた事を理由に懲戒解雇を無効と解するのは正当ではない。
而して真正に成立したと認められる疏乙第三号証の二、証人入江富雄の証言(第一、二囘)及び西田米生の証言の一部を総合すれば債権者等の懲戒解雇の件につき昭和二十四年十二月二十二日開かれた賞罰委員会に於て債権者等を懲戒解雇に附すべきや否やを協議したが意見の一致を見ずして散会、次いで同月二十四日開かれた賞罰委員会は双方委員各八名出席して審議に入り種々討議を重ねたけれども、会社側は懲戒解雇を、組合側は服役中休職処分に附すべき事を主張して譲らず押問答を繰り返すのみとなつたが結局組合側委員より組合側は債権者等を休職処分にすべしとの中央委員会の決議に基いて賞罰委員会に臨んだのであるから個人別の意見は出せないとの発言あるに及んで委員長はそれならば是以上審議する事は無意味であるとて採決に入る旨を宣し可否同数であつたので議事規則通り委員長の決するところに依る事とし懲戒解雇と決定した事、及び委員長が採決に入る旨を宣言した直後組合側の松本委員が採決するならば組合側は退場すると言い愈々採決決定の直後臨時委員(発言権あるも票決権なし)として出席した西田米生がただ今の採決には組合側は参加しないと述べたけれども双方の委員は其のままの状態に於て引続き他の議題の審議に入つた事実を認めることが出来る。而して成立に争なき疏乙第七号証(八幡労務委員会専門委員会設置要綱)に依れば債務者会社八幡製鉄所と八幡製鉄労働組合との間に締結された八幡労務委員会専門委員会設置要綱と題する労働協約書に依り八幡労務委員会の専門委員会として賞罰委員会が設置され賞罰委員会は懲戒に関する事項を議決する機関であるが委員は労使双方各十一名を以て組織し委員長は使用者側より選出し双方委員各三分ノ二以上の出席を以て定足数とし議決は多数決によるが「可否同数の場合は委員長の決するところに依る」事となつている。従つて右の賞罰委員会は此の規定に従つて適法に成立して審議を遂げ採決に入り可否同数であつた為、委員長が採決したのであるから、右の決議は適法且有効である。
然るに債権者等は、組合側委員の右の票決不参加の発言を以て当日の賞罰委員会は法的には流会になつたと主張するけれども、適法に成立した賞罰委員会に於て審議を続け、採決した直後に票決不参加を表明したり、或は委員長が採決を宣言した後、採決するならば退場する旨宣言したり(実際は退場しなかつたが)したからと言つて其の委員会が法的に流会になつたり、散会になつたりして決議が不成立に終るものでない事は取り立てて言う迄もない事である。仮りに組合側委員が票決に参加しなかつたものと見ても、委員の定足数出席の上協議は尽され既に採決に入る事を委員長が宣言した後組合側委員は正当の理由なくして票決に参加する権利を自ら抛棄したものであるから、会社側委員のみで決議しても賞罰委員会の決議として有効なる事勿論である。
又債権者等は可否同数なるときは委員長に採決権がないとか、組合と会社との間に委員長が採決権を行使しないと言う確約があつたとか主張するけれども成立に争なき疏乙第七号証によれば、八幡労務委員会専門委員会設置要綱には給与委員会外七つの専門委員会については可否同数の場合委員長の採決権を認めない旨記載されているに拘らず、賞罰委員会に付てのみは明白に「可否同数なるときは委員長の決するところによる」と規定されているから、斯様な主張は理由がない。
又当時の組合長であつた証人大島毅一の証言に依れば組合側は中央闘争委員会に於ては「債権者の懲戒解雇に付て審議する賞罰委員会に於て組合側と会社側の意見が可否同数となる見込であり其の時は会社側選出の委員長が採決権を行使する事になるので、組合が採決に参加すれば負けるから全部退場しよう」と言う戦術を予め決定していた事が認められる。之に依つても組合側は可否同数の場合に於ける委員長の採決権を認めていたのであつて債権者主張の如き事実の存しない事は明白である。
最後に債権者宮井は組合の幹部役員に付ては其の解雇は勿論其の異動に付ても会社は組合の同意を得る事を要する。然るに債権者宮井は組合の幹部役員であるに拘らず会社は其の解雇に付ては組合の同意を得ていないから無効であると主張し、証人佐藤孝男の証言中には本件労働協約(仮協定書及び附属覚書)が出来た際労使双方論議された経過から見ても組合員の人事異動、解雇に付ては原則として組合の承認がなければならない旨の供述があるけれども、之は事実に相違して居り右協約締結の際の議事録(成立に争なき疏乙第八号証同疏甲第二十八号証)に依れば右労働協約締結の為の労使の交渉に際し、組合側から「事業上の理由に基く解雇に関しては組合の同意を要する旨(組合連合会案第四条)の提案が為されたけれども之は会社側の容れるところとならず結局組合連合会から「乙(組合)の同意を要するとあるのを協議決定を要すると言う程度に讓歩してもよいと提案があつた」事が議事録に記載されて居り且労使間に最終的に決定された協約条項にも組合の同意と言う事は記載されていない。又右議事録に依れば懲戒解雇等事業上の理由に基かない解雇に付ては組合連合会の案其のものが「前条以外の解雇等に付ては甲乙協議の上之を定むるものとす。前項の協議決定機関として甲乙両者間に労務委員会を設置す」(組合連合会案第五条)とあつて連合会の案そのものにも組合の同意承認を要する事は掲げられていないし、既に事業上の理由に基く解雇に付てさえ組合側が「組合の同意」を「協議決定」程度に讓歩してもよいと言う提案をしている事前述の通りである。而して「協議決定」は「同意」と異なる事は勿論であり右の通り組合自体が之を区別しているのである。従つて、前示証人佐藤孝男の証言は措信出来ないし他には債権者の右主張を認むるに足る疏明はない。
加之、法律上から言えば労働協約は本協約であると附属的な協定であるとを問わず書面に依つて明確化される事を其の効力発生要件としているのである。(労働組合法第十四条)之は言う迄もなく労働協約は労働条件に付て一般的な基準を設けて個々の労働条件を律するものであり、また協定された線に沿うて労使の紛争を防止しようとするものであるから、書面に依つて協約締結の意思を確認させ協約の内容を明確にする必要があるからであつて、たとえ何等かの協定が出来ていたとしても書面に作成されない協定は労働協約として労働組合法上の効力を生じないのは勿論の事、一種の契約としても両当事者を拘束する効力を持つものではなく一切の法律上の効力を認められないのである。(之は労働関係の特質に基くものであつて労使間の交渉過程中に於ける種々の発言や口頭の約束乃至言明等はそれが書面に作成されてはじめて之に法律上の拘束力を持たせ労使関係を之に依つて規律しようとする当事者の最後的な意思が決まるのであつて、書面に作成されない発言乃至口約束は労使の関係を終局的に決定する意思を伴わない過渡的なものである場合が多く、またそれに法律上何等かの効力を認める事は徒らに紛争を繁からしめる事になるからである。)従つて、本件仮協定書及附属覚書其他の労働協約の締結される過程に於て為された交渉委員の発言の如きは何等法律上の効力を有するものではないのであるから、協約締結の為めの交渉過程に於て組合の幹部役員の解雇に付て如何なる論議が交わされたとしても之を以て本件懲戒解雇の効力を否定する事は出来ない。
以上何れの点から見ても債権者等に対する懲戒解雇は右の賞罰委員会によつて有効に決議されたものであり、且債務者会社は昭和二十三年十二月二十四日労働基準監督署長より労働基準法第二十条の解雇の予告の除外事由ある旨の認定を受けた上、債権者等に対し懲戒解雇の通告を為したのであるから此の解雇は有効である。
右の通りであるから、債権者等に対する懲戒解雇の効力停止を求める本件仮処分申請は其の理由なく却下を免れない。
依つて訴訟費用の負担に付き民事訴訟法等八十九条、第九十三条を適用し、主文の通り判決する。
(裁判官 中村平四郎)