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福岡地方裁判所小倉支部 昭和27年(ワ)541号 判決 1953年6月04日

原告 村上勝 外一名

被告 八幡製鉄労働組合

主文

被告組合が昭和二十七年九月七日の定例代議員大会に於て原告両名に対し為したる脱退勧告及除名決議(原告両名に対し脱退勧告を為し之に応じない時は除名処分に附する旨の決議)は無効である事を確定する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告等訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め、其の請求の原因として、原告両名は八幡製鉄労働組合員であるが、被告組合は昭和二十七年九月七日の定例代議員大会に於て「原告両名に対し脱退勧告を為し、若し之に応じない時は除名処分に附する」事の可否を議案として採択、先ず同年二月十七日原告等の除名に関し為されたる臨時代議員大会の決議を白紙に還元して更めて旧規約所定の三分ノ二の同意を要件として投票を為す事を採決した上で投票に入つたところ、賛成票は組合規約所定の三分ノ二に達せず、従つて右議案は否決された。然るに右投票に引続き同大会は同一議案につき再投票を為した結果、此の度は辛うじて三分ノ二の賛成票を得、之に基き同年九月十日原告両名に対し同年十月十日迄に自ら組合を脱退すべき旨、及び若し右期日迄に脱退しない時は除名処分に附する旨の通告を為し、更に昭和二十七年十月十一日除名決定の通告を為した。

而して右組合と八幡製鉄株式会社間の労働協約に於ては、ユニオン・シヨツプ制を定めているので、原告両名は若し除名処分を受くる時は直に同会社より解雇せらるる結果となる。併しながら右の如く原告両名に対する脱退勧告及除名処分につき其の賛否を問う為に投票を行つた結果、賛成票が組合規約所定の三分ノ二に達しなかつた以上、此の議案は否決され、同一議案につき同一会議に於て再投票を行い、其の結果が前と反対であつたからと言つて前の決議が効力を失うべき理由なく、後の決議は勿論無効である。

加之、右決議は、原告等の行為が除名に値する程重大なものではないにも拘らず、多数決によつて組合員たる地位を失わしめ、その結果必然に失職の結果を招来せしめるものであるから、正当なる理由なくして原告等の権利を不当に侵害するものであつて、此の点より言うも斯かる決議は無効である。

被告組合が除名決議の理由としている原告等の行為は、原告小茂田一夫が同組合の教育文化部長の地位に在つたとき、訴外岩清水某より組合刊行物の印刷の請負に関し斡旋方請託を受け、後日組合に於て雑誌を刊行する場合には其の印刷の仕事一切を同人に引受けさせる事を証明する意味で組合印及組合長印の押捺しある外、白紙の組合用紙(予て職務上保管していたもの)を同人に交付し、右の意味に於ける証明文言の記載を同人に一任した事、及び原告村上勝が被告組合の教育文化部副部長の地位に在つたとき、訴外某印刷所の経営者より右書面を示されて其の真正なる事を保証したと言う点に在り、原告等が斯かる行為を取つた事に対しては遺憾の意を表しなければならないが、右行為に依つて何等組合に対し財産的な実害を発生せしめて居らないし、又之が為組合事務に支障を来さしめるとか、組合事務を懈怠するとかした事実もないから、此の行為は未だ脱退勧告除名と言う最後的な重制裁を課せらるるに値するものではない、依つて右脱退勧告及除名決議の無効確認を求める為本訴に及んだと陳述した。

(証拠省略)

被告等訴訟代理人は、原告等の請求を棄却すとの判決を求め、其の答弁として、原告等主張事実中、被告組合が原告等に組合の統制を紊し組合の名誉を毀損する行為があつたとして、昭和二十七年九月七日の定例代議員大会に於て原告両名に対し期限付で脱退勧告を為す事、及右期限迄に脱退しない時は除名処分を為す事の可否につき投票を行つた事、第一回の投票に於ては三分ノ二の賛成票なく、決議は不成立に終つた事(否決されたのではない)、同一会議に於て同一議案に於て同一議案に付第二回の投票を行つた結果三分ノ二を超ゆる賛成票を得、之に基き被告組合が昭和二十七年九月十日原告両名に対し同年十月十日迄に組合を脱退すべき旨、及び期限迄に脱退しない時は除名処分に付すべき旨を通告した事、原告等が右期限迄に脱退しない為被告組合は同年十月十一日除名決定の通告を為した事、は之を認めるが、其の余の事実は否認する。右大会に於ける決議の方法は新規約に依らないで、旧規約(除名原因たる行為の行われた当時の規約)の三分ノ二の多数決方式に従う旨先づ決議し、更に議長より、議案につき三分ノ二以上賛成がない場合は如何するやについては、投票後に議場に諮つて決議する旨を発言し、之に対し異議も出なかつたので議場の承認を得たものとして直に投票に入つたところ、第一回の投票は賛成票が出席議員の三分ノ二に達せず不成立となつたので、再投票するか、又は議案を中央委員会に附議するか否かにつき討論採決の結果、再投票に決し、再投票の結果三分ノ二の賛成票を得たので原告等に対し脱退勧告を為す事並に之に応じない場合は除名する事、を議決したものであつて原告等の主張するように第一回の投票に於て賛成票が三分ノ二に達しなかつたからと言つて否決されたものではない。又同一議案につき同一会議日に再審議したとて代議員大会が組合最高の意思決定機関である以上、其の意思決定形成の途上に於て種々審議する事は最終意思決定の効力を毫も左右するものではない。併しながら仮りに昭和二十七年九月七日の定例代議員大会の議事を、新規約附属の議事細則に基いて運営すべきであり、同細則第三十八条の適用があるものとするならば、当然其基本たる新規約の各条項も同時に適用さるべきであるから、除名決議は新規約第二十一条第十三号、同第二十三条に依つて、過半数の同意あれば之を為し得べきところ、九月七日の定例代議員大会の第一次決議に於て除名賛成者は過半数に達しているから、原告等に対する脱退勧告は有効である。

尚右除名決議の原因となつた、原告等の行為は組合幹部として組合の統制を紊し、組合の名誉を毀損したものであるから除名の理由充分である。即ち原告小茂田は、被告組合の教育宣伝部長、原告村上は同副部長の地位に在りながら、未だ組合の正式機関の決定を経ざるに拘らず、人柄等も充分判明しない訴外岩清水某と組合の雑誌発刊に付き画策し、原告小茂田は其の刊行物の印刷一切を同人に引受けしむる事を証明する意味に於て組合印及組合長印を冒捺した白紙四枚を前記岩清水に手交して其の使用を一任し、原告村上は右証明書が偽造のものたる事を知りながら其の成立の真正なる事を保証したものであつて其の間若干の金品や饗応を受けた事実もある。幸にして其の文書使用による組合の財産的実害は現在迄発生していないけれども、原告等の行為は、其の実害発生の危険を生ぜしめたのみならず、一般組合員に対し組合幹部に対する不信の念を抱かしめ、組合の名誉信用を失墜したものであつて、是等の行為は除名の理由として充分である。依つて原告等の請求は速かに棄却さるべきものであると述べた。

(証拠省略)

理由

労働組合員の除名と言う如き、組合員の死命を制する重大事項を決議するに際しては、其の決議方法の如何は、単なる技術的な問題に終始するに非ずして、其の手続を遵守する事が其の決議の結果の公正を確保する所以であるから、既に組合規約中に除名の要件として定められた議事規定の存する以上、必ず之を遵守すべく、又議事規定に直接の明文を欠く点に付ても条理に基き、いやしくも被除名者の権利を不当に侵害せざるよう之を解釈し其手続を以て決議を為すべく、若し之に違反したる時は其の決議は無効であると言わねばならぬ。殊に一旦有効に為された票決の結果を――単に除名賛成者が所定の数に達しなかつたから除名の目的を達し得ないと言うだけの理由で――他に格別の理由もなく之を捨て去つて、同一会議に於て引続き再投票を行い、前の票決の結果を覆すと言う如き事が果して許さるるや否やは、必ずや組合規約及条理に準拠して之を決すべく、若し組合規約が再投票を認めない趣旨であるときは、之に違反して為された再投票の結果は勿論法律上何等の効力なく、当初の票決の結果を覆し得ないものと言わなければならぬ。而して凡そ法令其他団体規約等に於て除名の要件として一定数の団体員の同意を必要とする旨定めてある場合には、一旦投票の結果賛成票が其の定数に達しなかつた以上、其の議案は否決されたものと解され同一会議に於て再投票の許されない事は、特に其趣旨の明文あるを待たず、あらゆる会議体の通則であつて、唯団体規約に於て同一会議に於て引続き再投票を為し得る旨の特別の規定があるか、又は重要なる新事実の発見ありて前の投票が錯誤に基くと認めらるる余地ある場合等再投票を正当化する顕著な事由ある場合に於てのみ其の例外を認め得るに過ぎない。蓋し之を反対に解し同一会議に於て再投票を許すものとすれば、此の様な決議方法は結局、若し賛成者の数が三分ノ二に達しない場合には其の投票を全然無意味のものと為し、除名に賛成しない三分ノ一以上の投票者の意思を全く無視する反面、若し賛成票が三分ノ二以上ならば直ちに之を採つて除名せんとするものであり、且除名賛成者が三分ノ二に達する迄は何回でも投票を繰り返し得る事を認めるものであつて、被除名者に利益なる票決の結果は常に之を無視し、不利益なる結果に於てのみ投票の効力を認めんとするものであるから、被除名者にとつて不公正な決議方法と言うべく、たとえ其の会議体の多数決に依つて斯かる決議方法を採用した場合と雖も、其の方法による決議は無効たるを免れない。尤も、斯様な決議の方法と雖も予め組合規約其他の団体規約に於て明確に之を容認している場合は之を有効と認める外はないけれども、本件に於て成立に争なき乙第四号証に依れば、代議員大会に適用せらるべき組合規約には、右の如き再投票を容認した規定がないから、前説示の理由に依り同一会議に於ける再投票を許さない趣旨と解すべきである。

尚成立に争なき乙第十六号証中八幡製鉄労働組合議事細則第三十八条は、本件除名の原因となつた行為の当時には無かつた規定であるけれども、同条に「議長は表決の結果が可否何れにも満たない時は其の議題については提案者又は提案側の委員会等に回附して再検討させるものとする。此の再検討の結果は其の大会に再び提案する事が出来ない」と定め、当初の投票の結果、除名賛成者の票が所定の数に達しなかつた以上、同一大会に於て投票のやり直しをする事を許さない旨規定しているが、之は既に前記組合規約に含まれていた同一趣旨の原理を明確にしたものと見る事が出来るのであつて、前記組合規約を再投票を許さない趣旨に解すべき事は之に依つても裏書されている。

而して成立に争なき乙第十五号証ノ一(議事録)に、証人西口義人、渡辺実、宮田義二の各証言を綜合すれば、昭和二十七年九月七日開かれた八幡製鉄労働組合の定例代議員大会に於て原告両名を除名処分に附すべきや否や(詳しく言えば期限付で脱退勧告を為し其の期限内に脱退しない時は除名する事とすべきや否や)を議案として採択先ず同年二月十七日の臨時大会に於て原告両名の除名につき為されたる決議を白紙に還元し更めて除名原因たる原告等の行為の為されたる当時の規約に従い、出席議員の三分ノ二の同意を要件として投票する事を採決した上投票を行つたところ、出席人員九二一、投票総数九〇六に対し、除名賛成五九九、反対二八六で、賛成者の数が組合規約(成立に争なき乙第四号証の、一九五〇年一二月改正の組合規約)第四十五条所定の出席人員の三分ノ二に達しなかつたので、除名案は一日否決された事、及右第一回の投票を為す前に議長が原告両名につき一括して投票を為すべきや、或は両名別々に投票を為すべきやにつき議場の採決を求めていた際、一代議員より若し投票の結果賛成票が三分ノ二に達しない時は如何するかにつき、飛入的に質問があつたので、議長は之に対し其の場合は中央委員会に附議するか、再投票を行うか、又は議事細則によつて如何にするかを決定するか、その何れにするやは後に議場に諮つて決したいと考える旨を答え、其際発言者も無かつたので異議なきものと認め之については特に採決を無さず、直にそれ迄議長が議場に諮つていた問題、即ち原告両名につき一括して投票するか否かの点につき採決を取つた後、そのまま第一回の投票に移つた事、然るに第一回の投票の結果は前述の通りであつたので、議長は除名賛成者が三分ノ二に達しなかつたから再投票を行うか、中央委員会に附議するか、又は議事細則によつて此の問題をどうするかを決めるかにつき、出席代議員に諮つた結果、既に議案は否決されているから再投票の理由なしとする者、再投票を可とする者等議論沸騰し、採決の結果、再投票に賛成する者がより多数であつたので、再投票に決定して第二回の投票に移つたが、此の時には前回の投票後二十名の退席者を生じて居り、出席人員九〇一(棄権四〇)投票総数八七六、に対し、除名賛成六〇六、反対二五五で、辛うじて三分ノ二を超える賛成者を得、之に依つて除名決議が成立したものとされた事実を認める事が出来、右認定に反する証拠はない。

以上認定の事実に依れば、除名案は第一回の投票により否決されて居り、冒頭に説示した理由により同一会議に於て第二回の投票を為す余地なく、之を為しても其の投票は無効であるから第一回の票決の結果を覆す事は出来ない。

被告は第一回の投票の結果は否決ではなく議案不成立であるから再投票を為し得べく、代議員大会は組合最高の意思決定機関であるから、同大会に於て再投票を決定した以上同一議案につき同一会議に於て再投票しても有効であると抗争するけれども、否決にあらずして不成立と言つて見たところで、前に論じた通り前示組合規約に於ては同一会議に於ける再投票を認めた規定がないから、前述会議体の通則と認めらるるところに従つて同一会議に於ける再投票は之を認めない趣旨と解すべきところ、代議員大会と雖も、正規の手続を経て組合規約を改正しない限りは之に拘束され、同一会議に於ける再投票と言う如き規約の趣旨に反する別種の決議方法を採る事は許されない。而して除名決議に於ては除名者と被除名者とは除名問題に干する限り対立関係にあるのだから、たとえ大会の多数決によつても組合規約中の議事規定に反した被除名者に不利益な決議の方法を採つて除名決議をした場合には其の除名決議は無効である。

なお、右除名決議の効力は次の点に於ても否定されざるを得ない。即ち以上の論拠を別にしても第二回の投票を第一回の投票に優先せしめる根拠がない。何となれば前記乙第十五号証ノ一(議事録)に依れば、第一回の投票と第二回の投票とは同一の構成員によつて行われたものではなく、第一回の投票終了後二十名の退席者があつた事を認め得るが、此の二十名の退席者が無かつたとすれば、其の中八名以上が除名賛成の方に投票しない限り除名案は再び否決されたであろう事は、計数上明白であるが、右二十名中必ず八名以上が除名賛成の方に投票したとは断定出来ない。或は此の中に除名に賛成しない者が相当多数なかつたとは言えない。そうすれば此の二十名の退席者が票決の結果を反対に導かなかつたとも断定出来ない。然りとすれば斯様な状況下に於て再投票の結果を第一回の投票に優先せしめる事は、正当の理由なくして被除名者に著しい不利益を課する事となるのみならず、第一回の投票者中二十名は第二回の投票には参加していないから、第二回の投票の結果を以て、第一回の投票者の全員が、さきに投票に依つて為した意思表示を撤回して更めて新なる意思表示を為したものとして、後の票決の優越を認める事も出来ない。従つて第二回の投票が第一回の投票の後に行われたと言う理由で第二回の投票の結果を第一回の投票の結果に優先せしめる根拠とする事は出来ない。

以上何れの点よりするも第一回の投票の結果を無視して第二回の投票の結果のみを有効とする根拠は見出し難く、却つて第二回の投票の結果のみに依つて為された除名の決議は無効であると言わなければならぬ。

被告は「仮りに昭和二十七年九月七日の定例代議員大会の議事を新規約附属の議事細則に基いて運営すべきであり、同細則第三八条の適用があるものとするならば、当然新規約の各条項も適用さるべきであるから、除名決議は新規約第二十一条第十三号、同第二十三条に依つて過半数の同意あれば之を為し得べきところ、九月七日の定例代議員大会の第一次決議に於て除名賛成者は過半数に達しているから、原告等に対する脱退勧告は有効である」と抗弁するけれども、以上論じたところは、除名原因たる行為の為された後に新に追加された新議事細則第三十八条の適用によつて再投票は許されないと言つているのではなく、組合規約中に再投票を認めた規定がない以上会議体の通則とせらるるところに従つて組合規約自体が同一会議に於ける再投票を許さない趣旨であると解すべき事を論拠として居り尚後に設けられた議事細則第三十八条も其の趣旨に副うて再投票を許さない事としている点にも規約の趣旨が現われていると言つているに過ぎない。従つて右三十八条の適用を前提とする被告の右仮定抗弁は理由がない。

以上の通り昭和二十七年九月七日の定例代議員大会に於ける除名決議は無効であるから、其の無効確認を求める原告の本訴請求は正当として之を認容しなければならぬ。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 中村平四郎 橋本清次 榎本勲)

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