大判例

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福岡地方裁判所小倉支部 昭和41年(わ)514号

主文

被告人を懲役六年に処する。

未決勾留日数中二四〇日を右本刑に算入する。

理由

(本件に至る経過)

被告人は、昭和三六年三月北九州市小倉区○○中学校を卒業後、父H・Sの経営する寿司店や兄のH・Aの経営する鮮魚店で働いていたが、昭和三八年九月ごろ、北九州市小倉区で勢威を張つていた△△組の組員○本○男と知り合い、同人から誘わるまま同人方に寄宿しその若い者として振る舞うようになつたものであるが、同年一一月○○日同組幹部前○国○が同区○○町クラブ「○○」前付近の路上で何者かによつて射殺されるや、右△△組内部では、右犯行は当時△△組と反目対立していた××組(神戸市に本拠を有する。)系列下の組員の仕業であると考え、その犯人の探索にあたるとともに、右××組系列下組員の動静を注視していた。被告人は同年一二月△日午後一〇時ごろ、右△△組幹部○野○治の指示に基づき、同区国鉄小倉駅前の喫茶店「○○」に赴き、同喫茶店に来合せていた○戸○士、○田○孝、北○仁、鶴○樹らの△△組々員とともにおりから右小倉駅前付近路上に結集徘徊していた××組系列下組員の動静を見守つているうち、翌○日午前一時ごろ、右喫茶店「○○」に××組系□□組組員○上○一(当時二七年)、同○志○実(当時二〇年)の両名が来店したのを発見するや、右○戸○士、○田○孝、北○仁、鶴○樹とともに、「用があるから一寸顔を貸してくれ。」と言いながら取りかこみ、右両名の両腕をそれぞれねぢりあげて、同店前に駐車中の自動車二台に右両名をそれぞれ押し込み、同区○町○川上流○○橋付近まで連行し、さらに同所より行橋市○○町所在当時△△組と友交関係にあつた○○組行橋支部事務所まで右自動車を疾走させて連行し、同所において右両名を監視し、さらに同日午前一時二〇分ごろ、同所に来合せていた△△組々員○口○行、○○組々員○永○弥外数名とともに右両名を京都郡○○町○○通称○○○原まで連行したうえ、同所において右両名を取りかこみそれぞれ手拳で殴打したり足蹴りするなどの暴行を加えて前記前○射殺の犯人および××組系組員の動静などを執拗に聞き質した後、度重なる暴行により弱り果てた右両名を再び前記行橋支部事務所に連れ戻し同日午前三時ごろまで退去できないように監視していたものである。

(罪となるべき事実)

被告人は、同日午前三時過ぎごろ、前記○○組行橋支部事務所において、前記○口○行が前記暴行により半ば失神状態になつた前記○上○一および○志○実の両名を、○下○貴、北○仁、○田○孝、鶴○樹らの△△組員とともに、同所から再び連行しようとするに際し、右○口○行から同行を求められてこれに応じ、すでに頭部から背広をかぶせられ、両手を後手にバンドで繋縛されたままの右○上○一および○志○実の両名を自動車に同乗させて、ともども右○○組行橋支部事務所から北九州市小倉区○○○町、○川上流の○○橋下流約五〇〇メートル付近の堤防上まで連行したが、同日午前四時ごろ、同所において、すでに右両名の殺害を決意していた右○口が同行してきた○下、北○らに対し、右両名を殺害するよう指示したところ、被告人も右○口の殺害の企図を察知してこれに協力することとし、ここに被告人は右○口、○下、北○、○田、鶴○と互いに意を通じて順次共謀のうえ、右両名を殺害しようと決意し、右○下、北○、○田、鶴○とともに、右○上および○志の両名を右堤防上からそれぞれ○川河原まで連行して、その場に座らせた後、右○口、鶴○とともに右堤防上で見張りをなし、右河原において北○が直径約二六センチメートルの川石を○上の頭部めがけて投げつけ、○下が直径約一三センチメートルの川石を○志の頭部めがけて二回に亘り投げつけたうえ、右殴打により瀕死の状態になつた○上、○志の両名を右○下、鶴○、北○および○田において、それぞれその頭部や足を持つて付近の川中に投げ込み、よつて間もなく同所において右○上を溺死させるとともに、右○志を頭部打撲に基づく脳蜘網膜下出血、脳挫創ならびに溺水吸引による窒息により死亡するに至らしめ、各殺害の目的を遂げたものである。

(証拠の標目)(編省略)

(弁護人の主張に対する判断)

弁護人は、本件殺人事件は一事不再理により免訴または公訴棄却さるべきである。すなわち(一)本件殺人事件は昭和三九年四月一四日福岡家庭裁判所小倉支部で被告人に対してなされた特別少年院送致決定の罪となるべき事実に含まれているからすでに家庭裁判所の審判を受けている。(二)かりに含まれていないとしても、右少年院送致決定によつてすでに審判を受けた○上、○志に対する監禁と本件殺人とは科刑上一罪の関係に立つから、いずれにしても再度の審判は出来ない。と主張する。

そこで考察するに、前記各証拠および取寄にかかる被告人に対する少年保護事件記録および調査記録によると、昭和三九年四月一四日福岡家庭裁判所小倉支部が被告人に対してなした少年院送致決定書の罪となるべき事実は同年三月一九日付検察官送致書記載の事実を引用し、右検察官送致書記載の事実は、「被疑者は、○下○貴外五名と共謀の上、昭和三八年一二月○日、北九州市小倉区××町喫茶店○昏において、かねて対立反目中の××組系□□組組員○上○一、○志○実の両名を発見するや、同人らより××組の動静を探ろうと企て、同人らを取りかこみ、同人らの腕を掴む等の暴行を加えてその身体を拘束し、同店前に駐車中の二台の自動車に押し込み同所より約六キロメートル離れた同区○○○町○川○○橋下流付近堤防まで疾走させもつて不法に逮捕監察したものである。」と記載されているほか「司法警察員事件送致書記載の犯罪事実」という不動印刷文字が残されており、同年二月二九日付司法警察員作成の少年事件送致書では右逮捕監禁の事実の外、右○上○一および○志○実に対する殺人、死体遺棄の事実をも送致していることが認められる。

しかしながら、右検察官送致書においては、検察官が審判に付すべき事実として司法警察員送致事実の中から特に監禁罪についてのみ取り上げ、書き改め、法律的に構成し直していることからみて、監禁罪のみについて家庭裁判所に審判を求めた趣旨であると解せられ、また家庭裁判所の審判の経過、被告人に対する少年院送致決定書の理由(罪となるべき事実として検察官送致書記載の事実を引用していることは前記のとおり)および罰条の記載(監禁の適条のみ)を併せ考えると、家庭裁判所が被告人に対する保護事件として審判の対象としたのは、右監禁の事実のみであつたものと解するのが相当である。そして後に判断するとおり、家庭裁判所の審判を経た右監禁の事実と本件殺人の事実とは、法律上別個の事実であり、また右監禁の事実は、法律上本件殺人の事実の一部を構成するものでもないから、結局、本件殺人の事実についてすでに家庭裁判所の審判を経ている旨の弁護人の主張は理由がないものと言わざるを得ない。

つぎに被告人○上、○志に対する逮捕、監禁の行為と本件殺人の行為とが牽連犯であるかどうかについて検討するに、そもそも牽連犯にあつては両罪間に客観的にみて通常手段、結果の関係が存在することが必要であるが、一般的に言つて逮捕、監禁行為と殺人行為とは手段、結果の関係に立つとみることは出来ないのである。しかも、本件の具体的な事実関係を検討してみると、すでに審判を受けた被告人の○上、○志に対する逮捕、監禁の行為は、小倉区○○町喫茶店「○○」から○川○○橋下流付近堤防までの監禁行為にとどまり、さらに被告人は○上、○志を○○組行橋支部事務所まで連行し、付近の山中で暴行を加えたうえ、再び右○川○○橋下流付近堤防に引き帰して本件犯行に及んでいるのであり、しかも被告人が右両名に対し殺意を生じた時期は、判示のように右堤防上で○口○行が○下○貴らに対し殺害するよう指示したときからであつて、当初○○橋付近まで両名を連行した際、すでに両名を殺害する目的で逮捕、監禁したものではないのである。従つて、すでに審判を経た監禁の事実は、本件殺害の事実と事実上も法律上も手段、結果の関係にないことは勿論のこと、法律上本件殺害行為に包含される行為とも認められない。

結局、本件において右審判を経た監禁の罪と、本件殺人の罪とは法律上併合罪の関係にあると解するのが相当であるから、右弁護人の主張は採用することができない。

(法令の適用)

被告人の判示○上および○志に対する各殺人の行為は刑法一九九条、六〇条に該当するので、所定刑中有期懲役刑を選択すべきところ、以上は同法四五条前段の併合罪であるから同法四七条本文、一〇条により犯情の重い○上に対する殺人の罪の刑に同法一四条の制限内で法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役六年に処し、同法二一条を適用して未決勾留日数のうち二四〇日を右本刑に算入することとする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 塩田駿一 裁判官 田崎文夫 裁判官 足立昭二)

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