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福岡地方裁判所小倉支部 昭和46年(ヨ)84号 判決 1972年2月15日

債権者

門司信用金庫

右代表者

三橋実次

右代理人

筒井義彦

債務者

氏家豊蔵

外三名

右債務者ら代理人

阿部明男

外一名

主文

一、本件申請をいずれも却下する。

二、訴訟費用は、債権者の負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、債権者

(一)  債務者らは、仮に債権者の従業員として就労しなければならない。

(二)  債権者は、債務者の就労に対しての従業員としての就労に相応する賃金を支払わなければならない。

二、債務者ら

主文一項同旨の裁判。

第二、債権者の主張

一、当事者

(一)  債権者

債権者は、北九州市門司区東本町に本部、本店を、同区桜町、葛葉、小森江、大里、源町、吉忠(新門司)に各支店を同区藤松、田野間に各出張所をそれぞれ置き、預金の受入、賃金の貸付その他信用金庫法所定の業務を営む金融機関である。

(二)  債務者ら

債務者氏家豊蔵は昭和三二年四月一日、同小橋紀一は昭和二九年四月二二日、同日野三千人、同木村昌稔は昭和三一年四月一日それぞれ債権者金庫に職員として雇傭された者である。

二、地位保全仮処分判決の存在

(一)  債権者は、債務者日野三千人、同木村昌稔に対し昭和四〇年二月二日付をもつて当時施行の就業規則七二条六号による懲戒解雇を、同氏家豊蔵、同小橋紀一に対しては同年一一月二〇日付をもつて同規則二六条三号による普通解雇をそれぞれした。

(二)  債務者日野三千人、同木村昌稔は、同年四月二六日右解雇は就業規則の解釈適用を誤まつた無効な処分であるとして、福岡地方裁判所小倉支部に従業員としての地位保全仮処分命令を申請したところ、同裁判所は、昭和四二年五月二九日右申請を認容する判決をしたので、債権者は、右判決に対し控訴、特別上告の各申立をしたが、いずれも棄却された。また右債務者らは、昭和四〇年二月二五日右解雇を不当労働行為による無効な処分であるとして福岡県地方労働委員会にその救済を申立てたところ、同委員会は、昭和四二年四月二〇日右申立を認容する命令をしたので、債権者は、中央労働委員会にこれに対する再審査の申立をしたが、同委員会は、昭和四四年七月二日初審同旨の命令をした。そこで債権者は、同年八月二五日東京地方裁判所に右中央労働委員会の命令取消しの訴を提起し、現在同庁昭和四四年(ウ)第一七四号事件として係属中である。

債務者氏家豊蔵、同小橋紀一は、昭和四〇年一二月三日前記解雇を就業規則の解釈適用を誤まつたものであり、また、不当労働行為でもあるから無効な処分であるとして、福岡地方裁判所小倉支部に従業員としての地位保全仮処分命令の申請をしたところ、同裁判所は、昭和四五年六月三〇日右申請を認容する判決をしたので、債権者は、同年七月一三日福岡高等裁判所に控訴を申立、現在同庁昭和四五年(ネ)第五八一号事件として係属中である。

(三)  債務者日野三千人、同木村昌稔と債権者との間の前記仮処分事件の第一審判決の主文は、

債務者両名がいずれも債権者の従業員たる地位を有することを仮に定める。

債権者は昭和四〇年二月二日以降本案判決確定に至るまで毎月二〇日限り債務者日野三千人に対し一カ月金三万六、四四八円、債務者木村昌稔に対し一カ月金三万六、四五六円の話合による金員を支払え。

訴訟費用は、債権者の負担とする。

というのである。

また、債務者氏家豊蔵、同小橋紀一と債権者との間の前記仮処分事件の第一審判決の主文は、

債務者両名が債権者に対し労働契約上の地位を有することを仮に定める。

債権者は昭和四〇年一二月一日から本案判決確定に至るまで毎月二〇日限り債務者氏家豊蔵に対し金三万四、二五一円を、債務者小橋紀一に対し金五万五、六一二円を支払え。訴訟費用は、債権者の負担とする。

というのである。<中略>

理由

一、債権者主張事実一、二は、当事者間に争いがない。

二、(一) 本件仮処分命令の申請は、債権者において、先になした債務者らに対する解雇そのものは撤回せず、したがつて雇傭契約の存在自体は否定するが、債権者債務者ら間の地位保全仮処分判決によつて右当事者間に仮定的暫定的に設定された雇傭契約上の地位にもとずき、債権者において債務者らを被用者として取扱うべき義務を負う結果として債務者らに就労すべきことを求めるとともに、債権者に債務者らの就労に相応する資金を支払うべき義務を課することを求めるものである。すなわち、本件申請において被保全権利として主張されているものは、債権者債務者ら間の雇傭契約そのものでなく、前記地位保全仮処分判決によつて右当事者間に本案訴訟確定に至るまで仮に設定された雇傭契約にもとづく就労請求権であることは明らかである。

しかるに、仮処分制度はすべて被保全権利の終局的実現をはかる本案訴訟の存在を予定するものであり、その効果は収終的には本案訴訟の判決内容に依存するもので、いわば本案訴訟における被保全権利確定までの暫定的応急的措置にすぎないから、右のように仮の地位を定める仮処分によつて仮に設定された権利開示が、本案訴訟との関係において、被保全権利としての連絡性を有するか問題となるので、この点について判断することとする。

(二) 元来、仮の地位を定める仮処分とは、当事者間において、本案訴訟確定に至るまでの間、権利関係についての紛争が解決されないために現在生じる生活関係上の危険を除去し、または解決をまつては回復しがたい損害の生じるのを防止するために、その解決を見るまでの間の暫定的な法律状態を仮に設定し、その事実的実現をはかることを目的とするものである。いいかえれば、本案訴訟が時間を要するという欠陥を有するために、その間における債権者の権利が実現しないために生ずる放置しがたい不利益、すなわちその緊急事態を救済することを目的とする制度であつて、その処置の結果、暫定的ではあるが、当事者間において緊急事態が解消され、法的平和がもたらされるのである。したがつて、仮の地位を認める仮処分によつて法律関係が仮定的暫定的に設定された以上、当事者は、本案訴訟の確定に至るまでの間、右仮処分命令に拘束され、右法律関係の前提として、その関係が規律されることになるのである。

ところで、債権者債務者ら間の前記地位仮処分判決は、債務者らが債権者と雇傭契約上の地位を有することを仮に定めるとともに、債務者に対し、解雇がなかつたならば支払われるべき賃金を債務者に仮に支払うべきことを命じたものである。

しかるに、雇傭契約とは、被用者が使用者に労働力を提供し使用者がこれに対して賃金を支払うことによつて成立する双務有償契約であるから、被用者は賃金債権を取得する前提として、自己の労働力を使用者に提供することが要件となつていることは明らかである(民法六二三条、六二四条参照)。

それ故、前記仮処分判決は、その主文において、債務者らに労働力を提供すべきことを命じていないとはいえ、被用者たる地位を定め、債権者に賃金支払いを命じる以上、右雇傭契約の本旨にしたがい、債務者らにおいて、債権者の就労要請に応じて労働力を提供すべきことが当然予定されているものというべく、右両者の義務を別個を取扱い、賃金支払義務のみを命じたものと解するのは妥当でない。ただ、使用者が解雇の有効性を主張している場合には、被用者から労働力が提供されたとしても、その受領を拒絶するのが通常の事例であるから、特に仮処分の内容としてこれを掲げないにすぎない。いずれにしても、被用者は、特別の事情のない限り就労義務を免除されるものでないから、使用者からの就労要請があれば、正当な理由のない以上拒否できず、あえてこれを拒否した場合には、賃金債権を取得しえないものといわなければならない。

要するに、債権者は、前記地位保全処分判決によつて、債務者らに対し、労働力を提供すべきことを請求できる地位を、本案訴訟確定に至るまで仮に設定されたものというべきである。そして、債権者の要請にもかかわらず債務者らが就労しないときは、右仮処分判決によつて設定された雇傭契約にもとずく就労請求権の履行ないし確定を訴求できるのである。

もつとも、右の就労請求権は、その効力が、先になされた地位保全仮処分判決で予定されている債権者債務者ら間の雇傭契約上の地位確認訴訟の確定に至るまでという不確定な条件にかかるものであるが、右のような条件付権利といえども、訴の利益があることは、民事訴訟法制度の建前上明らかである。

(三) 右のことは、債権者が債務者らとの間の雇傭契約関係の存在を否定しているかどうかにかかわらないということができる。すなわち、本件就労請求権は、仮処分判決によつて設定された雇傭契約にもとずくものであるが、右雇傭契約自体、本案訴訟たる雇傭契約上の地位確認訴訟確定に至るまでの仮の措置にすぎないのであつて、右本案訴訟を拘束するものではなく、債権者は、右本案訴訟において雇傭契約不存在を主張しうることは明らかであり、また、上記により前記地位保全仮処分判決の効力を争いうることはいうまでもない。しかし、仮処分命令は即時形成力、執行力を有するため、本案訴訟あるいは右仮処分判決に対する上訴の手続において、雇傭契約を争うと否とにかかわらず、債権者は、債務者らを被用者として取扱い、賃金を支払わなければならないのであつて、そうである以上前記のような雇傭契約の本旨からして、債務者らに就労すべきことを要請しうるものといわなければならない。

(四) これらの点につき、債務者らは、第一に、債権者自ら雇傭契約関係の存在を否定しているから、本件仮処分命令における被保全権利がないと自認していることとなり、主張自体失当であるというが、前記のように本件の被保全権利は、先になされた地位保全仮処分判決によつて設定された雇傭契約であつて基本たる雇傭契約によるものではないから、債務者らの主張は理由がない。

また、債務者らは、地位保全仮処分判決によつて設定された雇傭契約上の地位を被保全権利とすれば、債権者において債務者らとの間の雇傭契約関係を是認したことと同意義になり、一方で雇傭契約関係を争うことと矛盾することになるとか、あるいは、雇傭契約関係を否定し前記地位保全仮処分判決に対する不服申立をしながら、雇傭契約関係を認める前提にたつて就労請求をなすという矛盾した主張をなしているというが、前記のように、地位保全仮処分判決によつて設定された雇傭契約関係は、あくまで本案訴訟確定までの仮の措置であり、本案訴訟確定に至るまで雇傭契約関係あるものとして取扱うべきものとしたにすぎず、債権者がこれに対し、不服申立をして効力を争いあるいは本案訴訟において雇傭契約関係を否定する主張をなしうることは、仮処分制度上当然のことである。しかるに、仮処分判決は即時形成力、執行力を有し、債権者がその効力を争つて不服申立をなしている場合においても、債務者らを被用者として取扱い、賃金を支払わなければならないのであるから、その前提として、就労請求をなしうることは前記のとおりであり雇傭契約関係を否定しながら本件申請に及んだとしても矛盾したものとはいえず、この点に関する債務者らの主張は理由がない。

(五) 以上のとおり、地位保全仮処分判決によつて仮に、設定された雇傭契約にもとずく就労請求権といえども被保全権利の適格性を有するというべきである。

三、しかしながら本件申請は、左の理由によりその必要性を欠くものといわなければならない。

(一)  一般に就労請求権は、憲法一八条および労働基準法五条の趣旨から明らかなように、強制執行にしたしまないものであつて債務者らの任意の履行に待つ以外にそれを実現させる手段はないのであるが、訴により就労請求権の存在を確定し、その履行を命じる判決をすること自体は可能であり、債務者らが任意にこれを履行すれば、当該義務の履行は実現されたことになるから、債務者らに就労すべきことを求める仮処分命令の申請は一切許されないものということはできない。しかし前記のとおり仮の地位を定める仮処分は、当事者間において権利関係についての紛争が解決されないために現在生じる生活関係上の危険を除去し、または解決をまつては回復できない損害の生じるを防止するために、その解決を見るまでの間暫定的な法律状態を仮に設定し、その事実的実現をはかることを目的とする制度であるから、右の仮処分命令を発するには、それにより債権者にとつて右の緊急事態が救済される可能性のあることを要するというべきで、その可能性がないのに右の仮処分命令を発することは、本案訴訟の確定に至るまで債権者に生ずる緊急事態を救済するという仮の地位を定める仮処分制定の趣旨を逸脱するものであり、少なくとも保全の必要性との関連でその要件を充たさないものと解するのが相当である。それ故、就労請求権のように本来強制執行にしたしまない権利については、債務者らが仮処分命令を任意に履行する可能性があれば格別、それを期待しえない場合には、他に強制執行の方法もなく、たとえ仮処分命令を発したとしても、本案訴訟の確定までの間、債権者の緊急事態を救済するというこの種仮処分制度の目的を達しえないごとが明らかであるから、その申請は保全の必要性を欠くものというべきである。

これを本件についてみるに、<証拠>によれば、債権者は債務者日野三千人、同木村昌稔については、同人らに対する原職復帰を命じた中央労働委員会の命令があつた昭和四四年七月二日以降、債務者氏家豊蔵、同小橋紀一については、福岡地方裁判所小倉支部において同人らに対する地位保全仮処分判決があつた昭和四五年六月三〇日以降、債務者日野三千人、同木村昌稔とあわせて、その復職と条件について、債務者ら所属の債権者金庫労働組合との間で、一〇数回にわたり団体交渉をもつたこと、その席上、債務者らは債権者に対し、解雇そのものを撤回し、債務者らを同一年令、同一勤続年数、同一学歴の債権者金庫従業員と同一に取り扱うよう要求するのに対し、債権者は、債務者らに対する解雇そのものは撤回せず法的手段により争うが、前記仮処分判決等にしたがつてとりあえず債務者らにその就労を求めるもので、その待遇も管理職を除く男子全従業員の平均によることを主張して、交渉がまとまらなかつたこと、債務者は、昭和四五年八月五日の団体交渉の席上、同月二〇日から、債務者日野三千人は債権者金庫小森江支店に、同木村昌稔は同金庫葛葉支店に、同氏家豊蔵は同金庫後町支店に、同小橋紀一は同金庫原町支店にそれぞれ勤務するよう要請したが、同人らは就労せず、その後の団体交渉においても、就労条件が折合わないため債務者らは債権者の就労要請に応じないので、債権者は本件申請に及んだことが認められる。

右認定事実によれば、債務者らに対する解雇そのものを撤回せず、先になされた地位保全仮処分判決によつて仮に設定された雇傭契約にもとずき、債務者らに就労を求める本件仮処分命令に対しては、債務者らの任意の履行を期待しえないことは明らかである。

そうだとすれば、前記のような仮の地位を定める仮処分制度の趣旨に照らし、本件申請は保全の必要性を欠くものといわなければならない。

(二)  もつとも、債権者からの就労請求仮処分が認められないとすると、債務者らは、債権者の就労要請を正当な理由なく拒否した場合でも、賃金を受領できることとなり、前記のような雇傭契約の本旨に反する不当な結果をもたらすことになるようにみえるかもしれない。

しかし、債権者の就労要請にかかわらず、債務者らが正当な理由なくこれを拒否すれば、債務者らの賃金債権は発生せず、債権者に賃金支払い義務のないことは前記のとおりであるから債権者において、必要があれば、先になされた仮処分判決に対して、執行方法に関する異議(民事訴訟法五四四条)、事情変更による取消申立(同法七五六条、七四七条)あるいは特別事情による取消申立(同法七五九条)をなすことにより、その支払いを阻止する法的手段を講ずればよいのである。

これに反し、債務者らの不就労を理由として賃金支払停止を求める新たな仮処分命令の申請をなすことは、先になされた地位保全仮処分判決に牴触するものであるから許されないといわなければならない。

けだし、これを認めたのでは、さらにそれを排除するための新たな仮処分を誘致して際限のないことになり、一時的であれ法律状態を規制しようとする仮処分制度の本旨に反することになるからである。

いずれにしても、債権者において、賃金の支払いを阻止する理由と必要があれば、先になされた仮処分判決内で認められた前記手続によるべきであり、逆にいえば、右手続が認められている以上、任意履行を期待しえないのに任意履行によるしかない本件就労請求仮処分命令を求める必要性を欠くものということができる。

四以上のとおり本件申請は、保全の必要性を欠くから、その余の点を判断するまでもなく、いずれも却下を免れない。

よつて、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(矢頭直哉 三村健治 神吉正則)

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