福岡地方裁判所小倉支部 昭和48年(ワ)56号
原告
丸山修
右訴訟代理人弁護士
阿部明男
同
多加喜悦男
同
島内正人
被告
門司信用金庫
右代表者代表理事
中島武
右訴訟代理人弁護士
筒井義彦
主文
一、原告が被告金庫の支店長代理の地位にあることを確認する。
二、被告は原告に対し六三一万四、八三八円及び内四六九万五、六〇五円に対する昭和五二年九月二一日から、内三〇万円に対する昭和五一年一一月一日からそれぞれ支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
三、原告のその余の請求を棄却する。
四、訴訟費用は一〇分し、その一を原告の、その余を被告の負担とする。
五、この判決の第二項は仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告
1 原告が、被告金庫の支店長代理の地位にあることを確認する。
2 被告は原告に対し一、二〇一万四、八三八円及び内五〇〇万円に対する昭和五一年一一月一日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員、内四六九万五、六〇五円に対する昭和五二年九月二一日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
3 被告は原告に対し、昭和五二年一二月一日から毎月二〇日限り二一万二、九〇〇円を支払え。
4 訟費用は被告の負担とする。
との判決並びに2、3項につき仮執行の宣言
二 被告
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
との判決
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は昭和二五年三月五日金融機関である被告金庫の従業員として雇用され、昭和三六年八月五日支店長代理に任ぜられた。ところが、被告金庫は昭和四一年九月二一日以降原告が支店長代理の地位にあることを争い、一般職としてしか取扱わない。
2 原告は依然として支店長代理の地位にあるところ、一般職の地位にあるものとしてされた人事考課は効力がなく、原告は支店長代理として処遇されていたならば、昭和四一年九月二一日当時原告と勤務年数、勤務成績等において同等であった他の従業員の労働に匹敵するだけの労働を提供することができたものであるから、労働契約上右従業員の受けているのと同等の賃金(基本給与、職能手当、役付手当の合計額をいう。以下同じ。)及び賞与を請求する権利を有するというべきところ、昭和四一年一〇月一日以降原告が受けるべき各年度(当該年の四月一日から翌年の三月三一日までをいう。以下同趣旨で使用する。)各月の賃金額は別表(略)(一)の(1)記載のとおり、昭和五二年一〇月一日以降の原告の家族手当は一万二、五〇〇円、食事手当は八、八〇〇円、生計手当は一万五、〇〇〇円であって、その支給日は毎月二〇日であり、また夏期、冬期、期末の三回支給されるべき賞与の額は別表(二)の(1)記載のとおりである。
しかるに被告金庫は各月の賃金として別表(一)の(2)の金額、各年度の賞与として別表(二)の(2)の金額の支払いしかしていない。
なお、右別表(一)の(1)の賃金額は、勤務年数、勤務成績等が原告とほぼ等しいと考えられる比較対象者として被告金庫従業員四名を抽出し、その者らの昇給の状況からみて、その平均で原告が昇給、昇格した場合受けることになる基本給、役付手当、職能手当額を合計して算出したものである。また、別表(二)の(1)の金額のうち、昭和四八年度夏期賞与までの分は、原告の基準月額(基本給及び生計手当、家族手当等、以下同じ)に別表(三)記載のとおり算定される右比較対象者の賞与受給額の基準額に対する割合の平均値(平均乗率)を乗じて算定し、昭和四八年度冬期賞与分以降については、原告の基準月額に支給月数、監督職(支店長代理はこれに含まれる。)の平均乗率、平均出勤率を乗じ、更に昭和四九年度冬期と期末とにはインフレ手当分として、それぞれ基準月額に〇・六三及び〇・三七を乗じたものを加算し、昭和五〇年期末分には一律支給分二万円を加算して算出したものである。
3 仮に原告が右の賃金請求権を当然に取得しないとしても、原告は右比較対象者に匹敵する労働を提供し得たのであるから、被告金庫は原告に対し、右のとおり昇給させ、かつ、役付手当につき別表(一)の(1)記載のとおりに、賞与につき別表(二)記載のとおりの基準月額に対する乗率となるよう査定を行うべき義務があるにもかかわらず、これを怠っており、原告は昭和四一年一〇月一日以降昭和五二年九月三〇日まで被告金庫の右債務不履行により、右金額と原告が現に支給を受けている分との差額相当の損害を蒙っており、被告金庫はこれを賠償する義務がある。
4 仮に被告金庫に右債務不履行がないとしても、原告は前記2記載の比較対象者に匹敵する労働を提供し得たのであるから、別表(一)の(1)記載のとおり昇給し、昭和四一年一〇月一日以降昭和五二年九月三〇日まで別表(一)の(1)記載の賃金及び別表(二)の(1)記載の賞与を受けることができたはずであるのに、被告金庫は、原告に対し本件降格処分を行ったうえ、原告が昭和三七年四月の門司信用金庫労働組合(以下「労組」という。)結成以来その副委員長であることを嫌悪し、労組を弾圧する目的で、原告を前記のとおり昇給させず、別表(一)の(2)記載の賃金及び別表(二)の(2)記載の賞与しか支払わない。右被告の行為は憲法一四条、労働組合法七条一号に違反し、公序良俗に反する違法な行為であり、原告は右不法行為により別表(一)の(1)記載の賃金及び(二)の(1)記載の賞与と現に支給を受けている額との差額相当の損害を蒙っており、被告金庫はこれを賠償する義務がある。
被告金庫が、原告が労組の副委員長であることを嫌悪し、昇給、賞与に関する査定において原告を不利益に取扱ったものであることは次の事実から明らかである。
(一) 被告金庫が労組と激しく対立し、その弾圧をめざしていたことは後記再抗弁事実記載のとおりである。
(二) 被告金庫は賞与については昭和四〇年度から、昇格については昭和四二年度から人事考課制度を採用した。
評価要素は監督職の場合、業務の管理、人の管理、固業の業務、勤務(積極、執務態度、協調)、報告の各要素に分かれ、各要素について着眼点が定められており、また一般職についていえば、仕事の正確性、仕事の速さ、応対、勤務(積極、勤務態度、協調)、受命・教導の各要素に分かれ、各要素につき職種ごとの着眼点が定められている。
しかしこれらの各評価要素、着眼点のほとんどは、査定を行うものの主観的判断により評定が大きく左右されるものであり、又各評価についての基準点も明確でない。特に一般職については、前記勤務という主観的判断しかなしえないともいいうる項目に二〇分の七のウエイトが置かれているから、人事考課はすべて主観的判断であるといっても過言ではない。
(三) しかも、一般職の労組員の場合第一次評定者はすべて労組と対立関係にある門司信用金庫従業員組合(以下「従組」という。)の幹部である末端職制であり、第二次評定者はいずれも従組出身の所属店長であるが、労組員に対し終始悪感情を抱いている所属店長であり、評価が感情に左右されることは必然といえる。また最終的には所属店長の人物評とか職員の話も聞いて決定するというのであるから、被告金庫による人事考課は印象評価であるといえる。
(四) しかるところ、昭和四三年度から同四八年度に至るまで従組員と労組員の昇給号数は、昭和四五年度において最高四号と等しかったのみで、そのほかは最高昇給号数において一ないし二号、平均昇給号数においても一ないし二号労組員が低く査定されている。
(五) また、昭和四三年度期末賞与分以降昭和四八年度夏期賞与に至るまで、労組員は従組員に比し、最高ランクの者で三ランクないし一ランク、平均ランクの者で三ランクないし一ランク低く査定されている。
(六) 昭和四〇年度冬期賞与から昭和四三年度夏期賞与までの賞与については、基準点中に人事考課が一〇〇分の二〇ないし一〇〇分の五〇配分されているが、その人事考課制度自体が確立されておらず、右の部分については、完全に主観的な判断が行われる仕組であった。
(七) 原告に対する人事考課表によると、原告は所属店長からは、仕事については申し分ない、強いて言えば協調性に欠けると述べられているにもかかわらず、すべての面で低く査定されており、しかもほとんど例外なく決定権者(前記第一、第二次評定を経て最終決定をする常任理事の合議機関)によってより低く決定されている。
5 被告は労組副委員長である原告を嫌悪し労組を弾圧する意図のもとに正当な組合活動を理由として原告に対し支店長代理から一般職への降格処分を行うとともに、被告金庫大里支店の出納係として配置し、その後今日まで一貫して原告を従業員から敬遠される出納係として勤務させている。原告は被告金庫の行った右違法な降格処分及び不利益取扱により、昭和四一年九月から一〇年以上も経過した今日まで筆舌に尽し難い精神的苦痛を蒙っている。
この苦痛を慰藉するための慰藉料は、五〇〇万円を下らない。
6 原告は被告の行った違法な降格処分及びその後における違法な人事考課により生じている不利益を回復するため、やむを得ず原告代理人三名に対し本件訴訟追行を委任し、手数料として四〇万円を支払い、かつ報酬として一〇〇万円を第一審判決の日に支払う旨約し、同額の債務を負担した。
7 よって、原告が被告金庫の支店長代理職の地位にあることの確認を求めるとともに、別表(一)の(1)記載の賃金及び別表(二)の(1)記載の賞与額と現実に支給を受けた額との差額合計四六九万五、六〇五円(請求原因2に基づく場合は未払賃金として、同3、4に基づく場合は賃金等差額相当の損害金として請求するものである。)及び右に対する各支払日から昭和五二年九月二〇日まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金合計八一万九、二三三円(別表(六)、(七)で算定したとおり)、慰藉料五〇〇万円、弁護士費用一五〇万円以上合計一、二〇一万四、八三八円及び内右差額合計四六九万五、六〇五円に対する昭和五二年九月二一日から、内慰藉料五〇〇万円に対する昭和五一年一一月一日からそれぞれ支払ずみに至るまで民事法定利率年五分の割合による金員並びに昭和五二年一二月一日以降毎月二〇日限り別表(一)記載の昭和五二年度の賃金額である一七万六、六〇〇円と家族手当金一万二、五〇〇円、食事手当金八、八〇〇円、生計手当金一万五、〇〇〇円の合計額である二一万二、九〇〇円の支払を求める(右毎月の賃金等は請求原因2に基づいてのみ請求するものである。)。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 請求原因2の事実のうち、各月の賃金の支給日が毎月二〇日であること、被告金庫が原告に対し別表(一)の(2)記載の賃金及び別表(二)の(2)記載の賞与を支払ったことは認める。その余の事実は争う。
3 請求原因3の事実は争う。
昇給、昇格は使用者である被告において、法令、労働協約、就業規則等の制約のもとにおいて、従業員の提供する労働の量、質及び出勤率、賞罰率等を総合し、その裁量により決するものであり、被告金庫は原告主張のような義務を負っていない。
4 請求原因4の第一段の事実のうち、被告金庫が別表(一)の(2)記載の賃金及び別表(二)の(2)記載の賞与を支払っていることは認めるがその余の事実は争う。
昇給は前記のとおり使用者である被告金庫の裁量により決められるものであり、原告がその主張の昇給、昇格することを期待できたとはいえない。
原告と年齢、勤続年数の同一又は近似の他の従業員との間に賃金等の格差が生じたのは、それぞれが提供する労働の質・量等に差があることに基づくものである。
請求原因4の第二段(二)の事実のうち、被告金庫が原告主張のとおり人事考課制度を採用したこと、その評価要素、着眼点が原告主張のとおりであることは認めるが、その余の点は争う。同(三)の事実のうち、一般職の労組員の第一次評定者、第二次評定者の多くが、従組員又はその幹部出身者であること、また最終的には所属店長の人物評とか職員、顧客の話も聞いて決定するということは認め、その余の点は争う。同(四)、(五)の事実は認める。
人事考課制度を採用する場合に考えられる使用者側の主観的、恣意的判断の介入の危険は評定者の心構えと経験によって段々に払拭されるし、被告金庫の場合第一次、第二次評定者はそれぞれ相互独立に評価をなし、更に調整者において全体的、総合的に調整し、そのうえで決定者が最終決定することになるから、大体公正妥当な結果が得られるはずである。労組員を評定する者の多くが、従組員又はその幹部出身者であるとしても、彼らが旧怨に執着して恣意的判断をなし、人事管理の公正をそこなうような公私混同の不適格者ばかりとは到底考えられない。
また、決定者が被評定者の評定資料を得るための手段は制限されたものではなく、所属長の人物評とか、顧客、職員の話を聞いてその資料を得ることも当然許されるものである。
金融機関の従業員は品位と信用を第一にすべきであるのに、労組は職場内外において虚実をとり混ぜて被告金庫及びその幹部を中傷する情宣活動を行っていること、原告を含めた労組員の非協調的態度、原告の従業員としての無自覚さを考えると、原告の人事考課の低さはやむを得ないというべく、したがって、原告の昇給、賞与が年令、勤続年数の類似する他の従業員に比し低いのは当然である。
三 抗弁(請求原因1に対して)
1 被告金庫は昭和四一年九月二一日就業規則七条四号「所属長の指示、命令に違反すること」、一四号「この規則に反するような行為をすること」、七一条「第七条の各号に該当したとき」、七二条一号「第七一条の各号に該当し特に情状の重いとき」、七二条三号「金庫業務を阻害或は職場秩序をみだしたとき」の各規定に基づき、原告に対し支店長代理の地位をはく奪する降格処分を行った。
2 右処分の理由は次のとおりである。
昭和三八年九月一日実施した被告金庫の就業規則では平日の始業午前八時四五分、終業午後五時、土曜日始業午前八時四五分、終業午後三時と定められているが、従来行ってきた出勤簿による出退勤の管理では出退勤時刻が記入されないため、これらの時刻を所属長が正確に把握することができず、出退勤に関する就業規則の規定が遵守されていなかった。そこで被告は再々にわたりその遵守を指導してきたが、実効があがらなかったので、従来の出勤簿に代えてタイムレコーダーを設置し、従業員に出退勤時刻を打刻させることとし、昭和四〇年七月二四日これを設置し、同年八月一六日より打刻実施の業務命令を発した。これに対し原告は支店長代理として被告金庫の業務上の指示命令には、他の従業員をしてこれに従うように指導すべき立場にありながら、労組の行ったタイムレコーダー制度反対の斗争指令に参画し、自らタイムレコーダーを打刻せず、他の労組員に打刻拒否をなさしめた。原告の行った右行為は就業規則の前記各規定に該当するので、被告金庫は原告に対し、前記降格処分を行ったものである。
四 抗弁に対する認否
1 抗弁1の事実は認める。
2 抗弁2の事実のうち、被告金庫の始業、終業に関し被告金庫主張の就業規則の規定が存すること、被告金庫がタイムレコーダーを設置し、昭和四〇年八月一六日から打刻を実施する旨決めたこと、原告が支店長代理の地位にあったこと、労組がタイムレコーダー打刻拒否を指令し、原告もこれに従って打刻拒否を行ったことは認めるが、その余の点は争う。
五 再抗弁
原告に対する本件降格処分は、原告が労組の組合員であること及び組合の正当な行為をしたことを理由としてされた処分であり、労働組合法七条一号に違反し、したがって公序良俗に反する無効なものである。
すなわち、労組が昭和三七年四月に従業員八〇名をもって結成され、従業員の無権利状態及び低賃金を打破するための団体交渉、争議行為を始めると、被告金庫は極端にこれを嫌悪し、労組を分裂させて門司信用金庫従業員組合を結成させたのを始めとし、処分条項を格段に増加させた就業規則の改変、労働協約破棄、労組員の既得権のはく奪、労組正副委員長、書記長及び執行委員の解雇を含む労組員に対する懲戒権の濫発、組合切り崩しなど数々の不当労働行為を行ってきたのであるが、原告は労組結成以来その副委員長の地位にあったものであり、本件降格処分も被告金庫の右不当労働行為政策の一環としてされたものである。
また、昭和三八年九月一日以前に適用されていた被告金庫の就業規則によれば「営業時間終了以降は終業時間前でも業務が終了した場合に限り所属長の許可を受けて退所することができる。」旨明文で定められており、また当時午前九時までに出勤すれば、遅刻の取扱いを受けない労使慣行があり、永年この規定と慣行に従い何らの支障もなく極めて円滑に業務が遂行されてきた。ところが、その後被告金庫は労働強化政策をとりはじめ、昭和三八年八月右就業規則の規定を削除するなど就業規則の一方的改悪を行った。なお被告金庫は右規則の改訂に当たって労組の結成後に結成されたいわゆる第二組合たる従組の意見のみ聞き、労組の意見を聞かなかった。しかし金融機関の特殊性から右就業規則改定後も従前同様午前九時までに出勤すれば遅刻の取扱いを受けず、午後五時以前でも自己の担当業務が終了すれば所属長の許可を受け、または許可を受けることなく退出しても早退にならない取扱いを受けており、これは労使慣行となっていた。ところが被告金庫はこの慣行を無視し、一方的に午前八時四五分以後の出勤は遅刻の取扱い、午後五時以前の退出は早退の取扱とすることとし、その方策としてタイムレコーダーの打刻による出退勤の管理を決め、その使用についての労組からの団交申入れも拒否して、これを実施した。
そこで労組は団交によってこのような出退勤管理の変更に関し、被告金庫との間で取決めをするまでタイムレコーダーの打刻拒否の争議行為を行うことを決定したのである。ところで、タイムレコーダーの打刻自体が労働条件でないとしても、タイムレコーダーの打刻により遅刻、早退の取扱いという労働条件が変更されるのであるから、右タイムレコーダーの使用に関する問題が団交事項であることは明らかであり、被告金庫に対し右問題に関する団体交渉を求める目的で行った右争議行為は正当である。
原告は右正当な争議行為としてタイムレコーダー打刻拒否を行ったのであるから、これを理由とする本件降格処分は労働組合法七条一号に違反する。
六 再抗弁に対する認否
再抗弁事実のうち、労組の結成、団体交渉、争議行為等の実行、従業員組合の結成、就業規則の改変、労組との労働協約の解約、労組正副委員長、書記長及び執行委員ら五名の解雇、労組員の中から被懲戒処分者が多数でたこと、原告が労組結成以来その副委員長であること、原告主張のとおりタイムレコーダーの打刻による出退勤の管理を実施したことは認めるが、その余の事実は争う。
従業員組合は労組のあり方に批判的な者たちが自発的に労組を脱退して結成したものであり、就業規則の改訂は従前の規則に不備、不的確な部分が多くあったので、これらの点を整備し、かつ時勢に即応する職場秩序を確立するための規定を設けたものであって、法定の手続に従っており、労働基準監督署にも受理されている。労働協約の解約も法律自体これを認めているのであって、被告金庫は所定の手続によりその解約をしたにすぎない。
タイムレコーダーは単に就業規則所定の従業員の出勤、退出の時刻を明確ならしめる作用を有するにすぎないから、その設置使用自体は労働条件の変更を招来するものではなく、また、タイムレコーダーの設置使用により、出退勤時刻が明確にされる結果として従来所属長等が従業員の就業状況の把握、遅刻・早退の扱いの面でルーズであったため遅刻・早退として扱われなかった場合が遅刻・早退として取扱われることとなり、これが人事考課にもある程度の影響を及ぼすことが考えられるが、右のようなルーズな取扱いが労使の慣行になっていたものとはいえないから、タイムレコーダー設置使用により生ずるかも知れない右のような事実上の影響をもって労働条件の変更に当たるということはできない。したがって、タイムレコーダーの設置使用に関する問題は団体交渉事項には当たらず、被告金庫がこの問題に関する労組からの団体交渉の要求に応じなかったのは正当である。
第三証拠関係(略)
理由
第一降格処分無効確認請求について
一 請求原因1の事実は当事者間に争いがない。
二 そこで抗弁につき判断する。
1 被告金庫が昭和四一年九月二一日その主張する就業規則の各規定に該当する行為があったものとして原告に対し支店長代理の地位をはく奪する降格処分を行ったことは当事者間に争いがない。
2 (証拠略)によれば、次の事実が認められる。
昭和三八年九月一日施行された被告金庫の就業規則によると、平日の始業は午前八時四五分、終業は午後五時、土曜日の始業は午前八時四五分、終業は午後三時と定められ(第二七条、この規定の存在は当事者間に争いがない。)、従業員は必ず始業時刻までに出勤し、自ら出勤簿に捺印し、勤務に就かなければならず(第三九条)、勤務成績の査定に当たってのみ原則として遅刻と早退を合算して四回をもって一日の欠勤とみなす(第四九条)と規定されていた。右規定にあるとおり、従来被告金庫では出勤簿により出退勤の管理を行っていたのであるが、出勤薄には出退勤の時刻が記入されないため、これらの時刻を所属長が正確に把握することが困難であるうえ、被告金庫の営業時間が午前九時から午後三時までであり、したがって、午前九時までに準備ができていれば業務上支障がなく、また、店全体の業務が終了すれば特に用事もないというところから、多くの所属長は、午前八時四五分以降出勤しても午前九時前であれば遅刻扱いとせず、また、右営業時間中に業務が集中するという金融機関の特殊性も考慮し、午後三時以降に店舗全体の業務が終了すれば、午後五時前であっても所属長の許可を得て退出することを認め、この場合には早退としては取扱わないという実情があった。
しかし、被告金庫は業務の運営上も、また、被告金庫全体として遅刻、早退の取扱いに不統一が生じている点からみても、右の出退勤管理の実情は好ましくないものと考えるようになり、出退勤の管理を就業規則の規定に従って厳格に行うこととし、その旨所属長に対し注意、指導を行ったが、右の実情は改められなかった。そこで、被告金庫は従業員の出退勤の時刻を正確に把握し、就業規則の規定どおりに出退勤の管理を厳格に行うため、タイムレコーダーの打刻による出退勤の管理を行うこととし、昭和四〇年七月二四日被告金庫の各店舗にタイムレコーダーを設置し、同年八月一六日から打刻を実施するものとして(タイムレコーダーの設置及び打刻の実施の事実は当事者間に争いがない。)、従業員に対し周知させた。これに対し、原告は支店長代理の地位にあって(この事実は、当事者間に争いがない。)、労組の指令に従い、タイムレコーダーの打刻を拒否する(原告が打刻拒否を行ったことは当事者間に争いがない。)とともに、労組員に対し打刻を拒否するよう指導し、この打刻拒否は昭和四一年六月二三日まで続けられた。
以上の事実が認められ、(人証略)のうち、右認定に反する部分は右認定に照らし採用できない。
右認定の事実によると、被告金庫においては遅刻、早退の取扱について前記のような実情があったのであるが、しかし、それは各所属長の判断で前記のような事情のもとで出退勤に関する就業規則の規定をゆるやかに運用していこうとした結果によるものであって、それが労使の慣行として労使を法的に拘束するものとなり、出退勤に関する就業規則の規定が変容を受けたと認めるに足る証拠はない。そして右就業規則の規定を前提として出退勤の管理をいかなる方法によって行うかは、それが著しく合理性を欠くと認められる場合を除き使用者の専権に属する事柄と解されるところ、タイムレコーダーの打刻による出退勤の管理が合理性を欠くものとはいえない。したがって、被告金庫が行ったタイムレコーダー打刻実施の指令に対し従業員がこれに従う義務を負うことは当然であり、支店長代理の地位にありながら打刻を拒否し、労組員に打刻拒否を指示した原告の行為は、所属長の指示、命令に違反し、被告金庫の職場秩序をみだすものとして、被告主張の様な前記就業規則の各規定に該当するものといわなければならない。
三 次に再抗弁について判断する。
前記二認定の事実(証拠略)によれば、次の事実を認めることができる。
昭和四〇年七月二四日被告金庫から全従業員に対し同年八月二日からタイムレコーダーを打刻するようにとの書面が回覧された後、労組は同年七月二六日タイムレコーダーの使用その他の問題について被告金庫に団体交渉を申入れ、同月二九日被告金庫との間で団体交渉が行われた。席上労組は、被告金庫においては、従前午前九時までに出勤すれば遅刻の扱いとはならず、午後五時以前でも、店舗全体の業務が終了すれば退勤しても早退の扱いとはならないという慣行があったが、タイムレコーダーの使用は、右慣行を無視し、従業員を就業規則で定められた就業時間一杯拘束しようとするもので、労働条件の変更に当たるとし、その問題について交渉を求めた。これに対し被告金庫は右慣行の存在を否定し、タイムレコーダーの使用は労働条件の変更にはならないから、団体交渉事項には当たらないとして、その問題についての交渉を拒否した。その後も労組は被告金庫に対し再三タイムレコーダーの使用について団体交渉を申入れたが、被告金庫は右と同様の理由でこれを拒否し、当初の予定を少し延期し、八月一六日からタイムレコーダー打刻を実施した。
労組は被告金庫の右団体交渉拒否は不当であるとし、被告金庫に対しあくまでタイムレコーダーの使用について団体交渉に応ずるように求めてタイムレコーダーの打刻を拒否する闘争を行うことを決定し、労組員に対しその旨闘争指令を出した。更に労組は同年八月一四日福岡県地方労働委員会に対し右団体交渉拒否は不当労働行為であるとして救済申立てを行ったが、昭和四一年六月二三日に同委員会は右申立ては理由がないとして棄却し、そのため労組は右棄却の命令があった後はタイムレコーダー打刻拒否の闘争を中止した。原告がタイムレコーダーの打刻を拒否し、労組員に対し打刻を拒否するよう指導したのは、原告が労組の副委員長として右闘争指令に基づいて行ったものである。
以上の事実が認められ、右認定を妨げるに足りる証拠はない。
前記二認定の事実及び右認定の事実によると、出勤簿による出退勤の管理をタイムレコーダーの打刻による出退勤の管理に変更することが、労働条件の変更に当たらないことは前述したとおりであるけれども、しかし、それは、前記のような遅刻、早退の取扱いの実情の改変をもたらすものであり、また、右実情の改変により特に始業時に遅れた場合でもそれがやむを得ない事由に基づくものである場合の取扱いをどうするかという問題も生じてくることが考えられる。そして、遅刻、早退が勤務成績の査定の資料とされるのであるから、タイムレコーダーの使用に関する問題は労働条件と密接な関連を有する事項であっで、団体交渉の対象となるというべきである。そうすると、被告金庫がタイムレコーダーの使用に伴う遅刻、早退の取扱いに関する問題について団体交渉を拒否したのに対し、労組がその団体交渉を要求して行ったタイムレコーダーの打刻拒否の争議行為は、目的において正当であり、しかも単なる不作為以上のものでなく被告金庫の業務を著しく阻害するようなものでもないから、手段においても相当であるというべきである。原告が行ったタイムレコーダーの打刻拒否、労組員に対する打刻拒否の指導は右争議行為としてされたものであるから、これを理由としてされた本件降格処分は労働組合法七条一号の規定する公序に反し、無効というべきである。
第二賃金等の請求について
一 原告は、原告が一般職の地位にあるものとしてされた人事考課は効力がなく、原告が支店長代理として処遇されていたならば、本件降格処分当時原告と勤務年数、勤務成績等において同等であった請求原因2記載の比較対象者の労働に匹敵するだけの労働を提供することができたものであるから、右従業員の受けているのと同等の賃金及び賞与、具体的には、請求原因2記載の算定の方法により求めた別表(一)の(1)記載の賃金及び別表(二)の(1)記載の賞与を請求する権利を有すると主張する。
まず、本件降格処分が無効であることは前認定のとおりであるから、原告は右処分後も支店長代理として取扱われるべきであったというべきである。
また、(証拠略)によれば、原告は本件降格処分時である昭和四一年度において二級二六号三万五、二〇〇円の基本給を受けていたところ、右降格処分に伴い同年一〇月以降一級四五号三万三、〇〇〇円の基本給を給するものとされたことが認められ、これに反する証拠はない。しかし、本件降格処分は無効であるから降格処分に伴う右降級、減給の措置は無効というべきである。したがって、原告が本件降格処分後も二級二六号三万五、二〇〇円の基本給を受ける権利を有することは明らかである。
被告金庫が昇給について昭和四二年度から人事考課を行って決定をする制度を採用していることは当事者間に争いがない。また、(証拠略)によると、職能手当は昭和四五年度以降職務を遂行する者の職能資格を定め、その区分に従って支払われるもので、その額は一定とされ、職能資格は一定の職掌、職位と対応しており、支店長代理の場合は職能等級でいうと昭和四五年度は二又は三級、昭和四六年度以降は三ないし五級に対応していること、役付手当は、役職の区分に従い一定額の範囲内で被告金庫が能力を査定して支給するものとされ、支店長代理の場合、その額は昭和四一年度一〇〇〇円ないし三〇〇〇円、昭和四二年度から昭和四五年度まで一〇〇〇円ないし五〇〇〇円、昭和四六年度二〇〇〇円ないし七〇〇〇円、昭和四七年度二五〇〇円ないし七五〇〇円の範囲内で支給する、また、昭和四八、四九年度はいずれも査定により前年度よりも五〇〇円ないし一〇〇〇円増額するものとされていることが認められ、これに反する証拠はない。なお、昭和五〇年度以降の支店長代理の役付手当の額の範囲についてはこれを認めるに足る証拠はない。
一般に企業において右のような人事考課制度がとられている場合には、その従業員が一定水準の労働を提供したとしても、昇給等について使用者の査定の意思表示がない以上、当該従業員は右一定水準の労働に対し正当な査定がなされたならあるべき昇給等を前提とした給与を請求する権利を有するものとはいえない。
したがって、仮に原告が右比較対象者と本件降格処分当時勤務年数や勤務成績等が同等であって、支店長代理として処遇されていたならこれらの者に匹敵する労働を提供し得たと認められるとしても、そのことから査定の意思表示がないのに(査定の意思表示がないことは原告の自認するところである。)当然に原告が昭和四二年以降別表(一)の(1)記載の基本給を受ける権利を有するということはできないし、また同様に、原告は昭和四五年度三級、昭和四六年度以降五級の各職能等級に対する職能手当額、昭和四一年一〇月以降被告金庫の査定を待つまでもなく支給されるべき支店長代理に対する役付手当の最低額、すなわち昭和四一年度一〇月以降昭和四五年度まで一〇〇〇円、昭和四六年度二〇〇〇円、昭和四七年度以降二五〇〇円の支給を受ける権利を有するというべきであるが、それをこえて別表(一)の(1)記載のとおりの職能手当、役付手当の額を受給する権利を有すると解することはできない。
また、被告金庫が賞与について人事考課制度を採用していることは当事者間に争いがなく、(証拠略)によれば、被告金庫では従業員に支給される賞与の額は、基本給と各種手当を合計した基準月額に支給月数及び査定点等を考慮して決められる一定の乗率を乗じて算定するものとされていたことが認められるところ、基本給等につめて原告が別表(一)の(1)記載のとおりに受給する権利を有しないことは右認定のとおりであり、したがって、原告はこれらの基本給を前提として算定される別表(二)の(1)記載の賞与の額を受ける権利を有するものとはいえない。
二 次に原告は、支店長代理として処遇されていたなら、前記比較対象者に匹敵する労働を提供することができたから、被告金庫は労働契約上原告に対し、別表(一)の(1)記載のとおり昇給させ、かつ、役付手当につき別表(一)の(1)記載のとおりに賞与につき別表(二)記載のとおりの基準額(基準月額に支給月数を乗じたもの)に対する乗率になるよう査定すべき義務を負っていると主張する。
本件降格処分は無効であるから、被告金庫は、右処分時以降の原告に対する昇給、あるいは賞与の査定について、降格処分がなかったものとしてやり直したうえ、しかるべき是正措置を講ずる義務があるというべきである。しかし、被告金庫が昇給につき人事考課制度を採用していることは前認定のとおりであるところ、一般に人事考課は使用者の裁量に基づき行われるべきものであり、仮に原告が前記比較対象者と本件降格処分当時勤務年数や勤務成績が同等であって、支店長代理として処遇されていたならこれらの者に匹敵する労働を提供し得たと認められるとしても、そのことから当然に被告金庫が労働契約上原告に対し、右比較対象者と同等になるよう一義的に原告主張のとおりに査定すべき義務を負うと解することはできない。
したがって、原告の右主張は理由がない。
三 次に原告は、被告金庫が労組の副委員長であることを理由に原告を嫌悪し、違法に本件降格処分をしたうえ、更に人事考課において不利益な取扱いをしたため、原告はさもなければ得ることのできた賃金、賞与の額と現実に受給した賃金、賞与の額との差額相当の損害を受けており、被告金庫は不法行為に基づき右損害額を賠償する義務があると主張する。
前記第二の一認定の事実並びに(証拠略)によれば、次の事実が認められる。
(一) 被告金庫においては、昭和三七年四月に労組が結成されたが、賃上げ問題をはじめとし懲戒事由をふやす等の就業規則の改訂、人事考課制度の採用、タイムレコーダーの使用の是非等をめぐって労組は被告金庫と対立し、争議行為もくり返えされた(以上の点は概ね当事者間に争いがない。)。その間昭和三八年二月に使用者側と協調していこうという考え方を持つ従業員ら四〇名が労組を脱退して従組を結成し、その後従組員は昭和四一年には九二名にまで増加したのに対し、労組員は二八名にまで激減し、更に昭和五〇年には従組員一〇七名に対し、労組員はわずか一二名という状態になった。従組は、その基本方針の相違から労組と激しく対立し、労組員とは口を聞かない、また、昭和四一年八月から九月にかけては、各店舗の出入口への通路に従組員が二列に並び、その間を通過して帰ろうとする労組員に対し罵声を浴びせるなど労組員を各職場の中で孤立させる戦術をとった。このような状況の中で被告金庫は、従組と協調関係を持ち、従組のとった右のような戦術も容認する姿勢を示した。
(二) 被告金庫では昇給について昭和四二年度から人事考課制度がとり入れられ、それによると人事考課の結果に基づいて従業員を六ないし九ランクに分け、そのランクに応じて昇給させる仕組みとなっており、各年度において最高昇給号数は四ないし八、最低は昇給なしとされていた。
ところで、昭和四三年度以降昭和四八年度までの労組員と従組員との昇給に関する査定結果を比較してみると、昭和四三年度において従組の平均昇給号数は三・二号、最高昇給号数は五号であるのに対し、労組の平均昇給号数は一・四号、最高昇給号数は四号という具合に昭和四五年度における最高昇給号数を除外すると各年度において平均昇給号数において一号ないし二号、最低昇給号数においても一号ないし二号労組員は従組員より低く査定されており、更に昭和四五年度においては従組員八六名中その約三分の二に当たる五七名が最高昇給号数五号の査定を受けているのに、労組員は一五名中わずか一名が最高昇給号数の査定を受けたにとどまる(以上の事実は概ね当事者間に争いがない。)。
賞与は一年度に夏期、冬期、期末の三回支給されることとなっていたが、昭和四〇年度から人事考課制度がとり入れられ、右制度によれば、多少の変遷はあったものの、出勤率、賞罰の有無の外、勤務成績の考課を基礎として従業員毎に一定の乗率が決められ、支給基準月額に支給月数、右一定の乗率を乗じて賞与が算定された。
昭和四三年度期末手当分以降昭和四八年度までの労組員と従組員との間の賞与に関する査定結果を比較すると、昭和四三年期末手当の場合査定乗率一〇〇パーセント以上の者が従組員八三名中七九名いるのに、労組員一八名中八名にすぎないというように、各賞与支給時期においてそれぞれの平均で一ないし三ランク(乗率でいうと五パーセントないし一五パーセント)、最高で一ないし三ランクの差が生じている(この事実は概ね当事者間に争いがない。)。
また、昭和三八年から昭和四八年までの昇進の状況をみると、店長代理クラスから支店長クラスへ昇進した者七名、一般職から店長代理クラスに昇進した者一七名、主任から店長代理クラスに昇進した者六名、一般職から主任に昇進した者八名であるが、その全てが従組員であり、昭和三八年労組分裂後に労組員で昇進した者は一人もいない。
(三) 被告金庫における人事考課は成績考課と能力考課とに分かれ、成績考課及び能力考課の評価の要素は監督職、一般職等の職務に応じて決められ、たとえば一般職の成績考課の評価要素は、仕事の正確性、仕事の速さ、応待、勤務(積極、執務態度、協調)、受命、教導の各要素に分けられ、各要素についてそのウエイト及び職種ごとの着眼点が定められているが(この事実は当事者間に争いがない。)、右各要素の中では勤務にウエイトが多く置かれていた。右のような評価要素等による評価は評定者の主観によって左右されやすいし、そして、一般職の労組員の評定者が労組と激しい対立を続けていた従組の出身者であったことは、右の傾向を強めた。
しかも、被告金庫では、昇給は成績考課及び能力考課によって決められることとなっていたが、基礎点等はなく一〇〇パーセント考課によることとされ、また、賞与の査定でも昭和四三年冬期以降は基礎点はなく、一〇〇パーセント考課によるものとされていたため、人事考課における評定者の判断に伴う主観的または恣意的傾向が減殺されるということもなかった。
被告金庫は昭和四〇年末ころから金融機関では間違いをおこしやすいとしてあまり好まれない職種である出納係に労組員を集中的に配置するとともに、従組員の出納係を減らすということを実施した。このような事態に対し労組が右のような被告金庫の行為は不当労働行為であるとして地方労働委員会に救済申立てをしたところ、地方労働委員会は昭和四四年六月右申立てを認容する命令を下し、これが中央労働委員会でも維持されたので、以後右のような出納係への労組員の集中配置の状態は漸次是正されていった。
(四) 原告は昭和二五年三月高校卒業後被告金庫に入社し、本店をはじめ、原町、大里の各支店に勤務し、仕事はよく出来るし、顧客の評判もよく、昭和三五年三月被告金庫に東部及び西部の各渉外課が新設されたときには、成績優秀な者としてそこに配属させられ、昭和三七年三月に支店長代理、昭和三八年八月に本店長代理に任命され、それとともに労組結成前存在した被告金庫の職員全体が参加した親睦団体である職員組合の役員に管理職の推薦を受けて選任されるなど被告金庫の職員の間で信望も厚く、まさに将来を嘱望されていた。しかし、昭和三八年二月に労組が結成され原告がその副委員長に就任して以降は、被告金庫側の原告に対する評価にも変化が生じ、昭和四一年九月には本件降格処分がされ、その後は昭和五〇年五月に原町支店のテラー係を命ぜられるまで約九年間にわたり、小森江支店、大里支店の各出納係として勤務させられた。一般に金融機関ではこの出納係は間違いをおこしやすく、忙しい職種であるということから好まれるポストではなく、被告金庫でも勤続四、五年の従業員を充てるのが通常であって、原告のように勤続一五年をこえる者が、しかも約九年の長きにわたって出納係として勤務させられるということは異例のことであった。
右のような変化は後記認定のとおり、昇給等の面においても生じた。
(五) 原告は本件降格処分に伴い一級四五号俸と降給された後、各年度において別表(一)の(2)記載のとおり昇給し、同(一)の(2)記載の基本給、職能手当及び役付手当及び別表(二)の(2)記載の賞与を受けた(原告が受けた基本給、各手当、賞与の額は当事者間に争いがない。)。
原告は労組、従組を含めた男子組合員である宮沢国寛をはじめとする従業員の中で昭和四一年当時給与を基準とする序列でみて七位程度に位置していたのであるが、その後昇給について低い査定を受け、そのため昭和四八年当時には右の序列が著しく下がって一五位程度となった。すなわち、昭和四二年度以降昭和五〇年度までの各年度における原告の昇給号数は別表(四)の(1)記載のとおりであったが、これは昭和四二年度から昭和四八年度までの被告金庫の標準昇給号数及び管理職を除く男子従業員の平均昇給号数(別表(四)の(1)記載のとおり)よりも低いものであった。これに対し、本件降格処分直前における給与による序例で原告のすぐ上に位置していた上園一美、木村照雄の二名、すぐ下に位置していた前田守、末松健司(何れも従組員であった者、以下「比較対象者(一)」という。)の各昇給号数は別表(四)の(2)記載のとおりであり(昭和五〇年度は内二名分のみ判明)、また、原告と勤続年数のほぼ等しい五名(昭和五一年四月現在二五年ないし二七年勤続)、上園一美、木村照雄、末松健司、猫田多寿、山本豊雄(何れも従組員であった者、以下「比較対象者(二)」という。)の各昇給号数は別表(四)の(3)記載のとおりであって(昭和五〇年度は内四名分のみ判明)、原告の昇給号数は、右比較対象者(一)、(二)の各平均昇給号数と比較して昭和四六、七年、昭和五〇年に四号と同じであったのを除くと、いずれの年度においても一号ないし三号程度低かった。前記序列が二五位程度までの者約三〇名のうち昭和三八年度から昭和四八年度までの間で序列が下がった者は、病気のため一年間休職する等特殊な理由のある例外二名を除けばすべて労組員であり、中でも原告の場合はその程度が特に著しかった。
被告金庫においては、店長代理は昭和三九年から昭和四三年までに施行された給与表では二級程度に、昭和四四、四五年に施行された給与表では二ないし三級に対応するものとされ、また、昭和四六年以降は職能資格に応じた職能等級が一級から九級に分けられ、店長代理は五級(副主事)から三級(参事補)の者の中から選任されることとされている。しかるに原告は本件降格処分後各年度において別表(一)の(2)記載の等級として遇された。これに対し比較対象者(一)の各人は昭和四二年から昭和四九年までの間にそれぞれ二回昇級し(それぞれの昇級年度は別表(四)の(2)記載のとおり)、昭和四九年以降はいずれも三級とされている。また、比較対象者(二)のうち三名は比較対象者(一)のうちの三名と同一人であり、その余の二名のうち猫田多寿及び山本豊雄は、昭和四一年当時の給与の序列で原告より少し下位にあった者であるが、それでも右猫田は昭和四九年及び五一年に昇級して三級となり、右山本は昭和五〇年に昇級して四級となっている。
賞与の支給に関する査定においても、原告は低い査定を受けている。昭和四三年度期末から昭和四八年度期末まででみると、原告に対する査定乗率(別表(五))は従組員の平均査定乗率(別表(五))や管理職を除く男子従業員の平均査定乗率(別表(五))より低いものであった。また、前記のとおり昇給がおくれ、賞与の査定において右のように低い査定を受けたため、原告が昭和四一年度から昭和五〇年度までの各年度に受けた賞与は別表(二)の(2)記載の額にとどまったのに対し、前記四名の比較対象者(一)が昭和四一年度から昭和四八年度までの各年度において受けた賞与は別表(三)記載のとおりであって、その間に大きな開きができている。
原告は、昇給、賞与について右のように著しく低い査定を受けていることが納得できず、上司である支店長に再三その理由を質問したのであるが、その際支店長の答えは、仕事の正確性、敏速性、客に対する応接態度、業務知識等は申分ないが、協調性に欠けるところがあるというものであった。しかし、協調性に欠けるということが具体的に原告のどのような面を指しているのかということについては、明確な返答が得られなかった。
以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。
(証拠略)によると、(イ)被告金庫では昭和四六年六月から九年にかけて一〇〇億円達成金員勧誘運動を、昭和四八年四月から六月にかけて五〇周年預金増強運動を行ったが、いずれの場合においても、労組員はそれ以外の従業員と比較して成績が悪く、また、原告も評点がかなり低かったこと、また、(ロ)同金庫では、公平な人事管理、職員の業務知識の向上等を目的に九州北部信用金庫協会が昭和四一年度から実施している管理職資格認定試験を受験するよう従業員に勧誘し、昭和四二年度からはその試験で全科目合格した者に対し特別一号格付けすることを行っており、従業員でこの試験を受験した者は昭和五〇年までに約三四名いるが、労組員で受験した者は一人もいないこと、(ハ)昭和四〇年度から昭和四八年度までの労組員と従組員の各平均出勤率を比較すると、たとえば、昭和四八年度において皆勤率一に対し、前者が〇・九六四、後者が〇・九九七という具合に各年度において前者が後者を若干下回っており、また、その間における原告と比較対象者(一)のそれとを比較すると、たとえば昭和四八年度において皆勤率一に対し、原告の出勤率は〇・九八七、比較対象者(一)の各出勤率はいずれも一という具合に原告の出勤率が若干下回っていること、(二)原告は大里支店の出納係として勤務していた昭和四七年一〇月不足金四万八九五八円を生じ、その際被告金庫から不足金の弁償を再々指示されたにもかゝわらず、これに応じなかったため、昭和四八年二月二二日出勤停止一日の処分を受けたこと、以上の事実が認められる。しかし、出勤率にみられる労組員と従組員との差、原告と比較対象者(二)との差はいずれも極めてわずかであり、管理職資格認定試験も被告金庫の人事制度に明確に組込まれているものではなく、受験者が全科目合格した場合に一号昇給の特典を与えるというにすぎない。また、(証拠略)によると、被告金庫では右運動において優秀な成績を納めたグループを表彰することとしていたが、各個人の成績を人事考課の対象とすることは予定していなかったし、預金の獲得は、貸付係、預金係等が有利で、原告が当時配置されていた出納係は不利であり、また、親族に裕福な人がいるかどうかなどによっても違いが生ずるものであって、各人の条件は平等でなかったこと、原告は昭和五〇年から原町支店の受付係となったが、昭和五一年九月から一一月までの各店の受付係の預金勧誘に関しては原告が一番よい成績を納めていること、出納係で違算金を生ずることはある程度避けられないし、原告が弁償を拒んだのは、従前出納違算金は従業員に故意又は過失がない限り被告金庫の負担とされていたのを被告金庫に一方的に従業員の負担とし、その代わりに従業員に出納手当金を支払うように規定を改めたことに反対する労組の方針に従ったものであり、なお、不足金は原告が受領を拒否している出納手当金をもって埋合わせをしてほしい旨被告金庫に申出ていること、原告は約九年間出納係を勤めたのであるが、その間に出納金違算事故が一回しかなかったのは、むしろ非常に間違いが少い方であることが認められるのであって、右事実によると、右の預金獲得運動の成績が、通常の業務成績に比例するものでなく、また、そのようなものとして人事考課の資料とされてもいなかったことは明らかであり、原告は出納金違算に関し懲戒処分を受けているが、それは、原告の従業員としての資質の劣性を示すものとは認められない。
したがって、先に認定した(イ)ないし(ニ)の各事実は、昇給、賞与の査定等において存在した労組と従組との格差、または、原告と比較対象者(一)ないし(二)との間の格差が合理的な理由に基づくことを明らかにするものとは認められないし、他に右格差の合理性を説明するに足る証拠はない。
以上認定したところによると、原告は労組結成前まではかなり優秀で将来性のある従業員として遇され、比較的早く支店長代理に昇進し、給与等に関しても被告金庫従業員の中でかなり上位に位置していたにもかかわらず、本件降格処分後は昇給、昇格、賞与の査定において低い評価を受け、比較対象者(一)、(二)の者との間に前記のような格差が生じることになったのであるが、被告金庫は労組との対立関係が続く中で労組を嫌悪するようになり、労組分裂により従組が誕生した後は労組員を従組員に比して昇給、賞与の査定、従業員の職場配置等について不利益に取扱っていたことがうかがわれ、このことと原告が労組結成以来その副委員長の地位にあって積極的に組合活動を行っていたという事実及び本件降格処分後原告は長期にわたり出納係として勤務させられるなど職場配置の面でも異例の取扱いを受けていたという事実を考え合わせると、右の格差は、違法な本件降格処分がされたことに加え、その処分後被告金庫が、原告が労組の副委員長であることを嫌悪し、昇給、賞与の査定において原告を比較対象者(一)ないし(二)の者より著しく不利益に取扱ったことによるものと認めるのが相当である。
被告金庫の行った本件降格処分が同金庫の故意若しくは過失によりされたものであることは前認定の事実に照らし明らかである。また、右不利益取扱いは、被告金庫の故意によるものであり、労働組合法七条一号に反する違法な行為である。
そして、前認定の事実によれば、もし本件降格処分も右不利益取扱いもなかったものとすれば、原告は昭和四一年度の一〇月分以降も二級二六号三万五、二〇〇円を受けることができ、その後昭和四二年度から昭和五〇年度までの各年度において比較対象者(一)ないし(二)の者の平均昇給号数程度、すなわち昭和四二年度三号、昭和四三年度から昭和四七年度まで各四号、昭和四八、九年度各五号、昭和五〇年度四号だけ昇給し、更に右比較対象者(一)の者に匹敵する程度に、すなわち、昭和四八年及び昭和四九年度の二回昇級することができたと認められ、(証拠略)によると原告は昭和五一、五二年度にそれぞれ五号昇給していることが認められるから、右両年度には前記昇給及び昇級を前提とし、更に右昇給号数だけ昇給できたものと認めるのが相当である。(証拠略)によると、原告は、右のとおり昇給すれば、昭和四二年度から昭和五二年九月三〇日まで別表(一)の(1)記載のとおり基本給、職能手当を受給できたことになる。また、原告が支店長代理に任用されたのが昭和三七年三月であったという事実並びに(証拠略)によれば、原告は昭和四一年度から昭和五二年九月三〇日まで別表(一)の(1)記載のとおり役付手当を受給できたと認めるのが相当である。更に賞与についても、昭和四一年冬期から昭和四八年夏期までは(証拠略)により認められる基準月額に比較対象者(一)の各期における賞与の額の基準月額に対する割合の平均値(別表(三)記載のとおり算定される。)を乗じて算定される(その算式は別表(二)記載のとおり。)額を受けることができ、また、昭和四八年冬期以降昭和五二年夏期までについては、比較対象者(一)の基準月額、賞与の額を明らかにする証拠がないから、原告が得べかりし額を右の算定方法により算定することはできないが、(証拠略)によって認めることのできる原告の各年度における基準月額及び支給月数の積に更に(証拠略)よって認められる査定効果が中位ランクの者の平均査定乗率及び監督職の平均出勤率を乗じた額を受けることができたと認めるのが相当であり、更に(人証略)によれば、昭和四九年冬期及び期末にはそれぞれ基準月額に〇・六三、〇・三七を乗じた額が加算され、昭和五〇年期末には一律二万円が加算されて支給されたことが認められる。したがって、原告が昭和四一年冬期から昭和五三年夏期まで受給できた賞与の額は別表(二)の(1)記載のとおりとなる。
しかるに原告が右期間中現実に受給した基本給、職能手当、役付手当の額は別表(一)の(2)記載のとおりであり、また、昭和四一年冬期から昭和五二年夏期まで受給した賞与の額は別表(二)の(2)記載のとおりであることは前認定のとおりである。したがって、原告は本件降格処分及びその後の不利益取扱により、これらの違法な行為がなかったなら受けることができたであろう前記基本給、職能手当、役付手当、賞与の額と同様の名目で現実に受給した額との差額相当四六九万五、六〇五円の損害を受けたものと認められ、被告金庫は民法七〇九条により右損害を賠償する義務がある。
また、賃金の支払日が毎月二〇日であることは右認定のとおりであり、(証拠略)によると賞与の支払日は別表(七)記載のとおりであることが認められるところ、原告は前記賃金等差額相当の損害額四六九万五、六〇五円に対し、右各賃金等の支払日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるというべきである。
第三その余の請求について
一 慰藉料請求について
原告が本件降格処分を受けたが、同処分が被告金庫の故意又は過失に基づくもので、公序に反する違法な行為であることは前認定のとおりである。また、本件降格処分後原告が小森江支店の出納係に配置され、それ以降昭和五〇年五月に原町支店のテラー係を命ぜられるまで約九年間にわたり、右小森江支店や大里支店の各出納係として勤務させられたこと、右出納係のポストが金融機関の中であまり好まれない職種であり、被告金庫でも勤続四、五年の従業員を充てるのが通常であり、原告のように勤続一五年をこえる者が約九年もの長期にわたって出納係として勤務したのは異例のことであることは前認定のとおりであるところ、右のように長期にわたり原告を出納係に勤務させたことについて合理的な理由があったことを認めるに足る証拠はなく、被告金庫が労組を嫌悪し、一時期労組員を集中的に出納係に配置したことがあり、原告が労組の副委員長であったという前認定の事実に照らすと、原告に対する右の勤務配置は、被告金庫が労組の副委員長であることを理由に原告を嫌悪して行ったものであると認めるのが相当である。したがって、被告金庫の行った原告に対する右のような勤務配置は労働組合法第七条一号の規定する公序に反する違法な行為というべきである。
原告本人尋問の結果によると、原告は、本件降格処分を受けたため不正な行為を行ったのではないかとの誤解を受けて客の信用を失い、他の従業員の好まない出納係に長期間にわたり勤務させられていやな思いをし、事情を知らない者からは能力のない者との誤解を受けたばかりでなく、出納係の仕事が非常に忙しく、間違いを起さないよう気を遣うため十二指腸潰瘍を患ったりすることもあって、多大の精神的苦痛を蒙ったことが認められる。
右精神的苦痛を慰藉するものとしては三〇万円が相当であり、被告金庫は右損害を賠償する義務がある。
二 弁護士費用の請求について
本件降格処分及び前認定の昇給等における不利益取扱いが不法行為に該当することは既に認定したところである。
原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は、被告が本件降格処分の無効であるのに、原告が支店長代理であることを争い、本件降格処分及び右不利益取扱により生じた損害の賠償に応じないので、原告訴訟代理人らに本訴の提起を委任したことが認められるところ、本件訴訟の経緯及び請求認容の内容、額を考慮すると、被告の負担すべき弁護士費用相当額は五〇万円を相当と認める。
第四結論
以上によれば、原告の本訴請求は、原告が被告金庫の店長代理の地位にあることの確認を求め、被告に対し、賃金等差額相当損害額四六九万五、六〇五円、慰藉料額三〇万円、弁護士費用相当損害額五〇万円、右賃金等差額相当損害額に対する賃金等の各支払日から昭和五二年九月二〇日まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金八一万九、二三三円(別表(六)、(七)で算定のとおり)以上合計六三一万四、八三八円及び右四六九万五、六〇五円に対する昭和五二年九月二一日から、内三〇万円に対する前記第三の一認定の不法行為の時より後であることが明らかな昭和五一年一一月一日からそれぞれ支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による金員の支払いを求める限度で正当であるからこれを認容し、その余の請求は失当であるからこれを棄却することとし、訴訟費用につき民事訴訟法八九条、九二条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 諸江田鶴雄 裁判官 宮城京一 裁判官 青柳馨)
別表(一)~(七)(略)