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福岡地方裁判所小倉支部 昭和48年(ワ)737号 判決 1974年11月28日

原告

金井成夫

右訴訟代理人

河野善一郎

被告

日之出タクシー株式会社

右代表者

松本静夫

右訴訟代理人

木下重範

主文

一  被告は原告に対し、金四、八二四円と、これに対する昭和四八年一〇月六日から支払ずみまで、年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一、請求の趣旨

1  被告は原告に対し、金三四万〇、八二三円と、これに対する昭和四八年一〇月六日から支払ずみまで、年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言<後略>

理由

一原告が、昭和三九年一一月二五日被告会社に入社し、同四八年五月二五日退職したことは当事者間に争いがない。そこで以下退職金等の請求権の有無につき検討する。

二退職金

<証拠>によると、被告会社は従業員が退職した時は退職金規程によつて退職金を支給するものとされており、同規程五条によると退職金算定の基礎となる勤務年数は本採用の日から起算し、退職の日を以つて終るものとされているところ、原告が被告会社に入社したのが昭和三九年一一月二五日であることは当事者間に争いがなく、これと<証拠>を総合すると、原告が本採用となつたのは三月の試用期間を経た昭和四〇年二月二五日であると認められる。そして、私事欠勤期間のうち一年を越える部分は退職金算定の基礎となる勤務年数から控除されること、原告は昭和四六年一〇月八日から同四八年五月二五日まで一年八月間私事欠勤したことは当事者間に争いがないところからすれば、原告の退職金算定の基礎となる勤務年数は七年七月となる。そして勤務年数に一年未満の端数を生じたときはその端数は月割とされること、自己の都合による退職の場合は退職金の一五%を減ずるものとされること、原告は自己の都合によつて退職したこと、勤務年数七年の退職金額が金一九万五、〇〇〇円、同八年のそれが金二三万円であることはいずれも当事者間に争いがなく、これらの事実に基いて原告の退職金を算定すると、次のとおり金一八万三、一〇四円となる。

そこで、被告の抗弁につき判断する。<証拠>を総合すると、被告は、原告の昭和四六年一月分から同四八年五月分までの健康保険料として金七万三、〇八〇円、厚生年金保険料として金六万六、〇九六円および同人の昭和四六年度特徴市民県民税二、七八〇円を各立替え支払つたこと、原告が乗車した昭和四六年六、七月のタクシー代金五〇〇円が被告に未収入となつていたこと、そこで被告は労働組合との書面による協定に基づいて、原告の前記退職金一八万三、一〇四円から右合計金一四万二、四五六円を控除し、残金四万〇、六四八円を昭和四八年七月一二日原告に送金して支払つたことがそれぞれ認められ、反対の証拠はない。

そこで、被告が立替え支払つた右健康保険料等がすべて原告において本来負担すべきものか否か、従つてまたこれらを退職金から控除しうるか否かにつき検討する。

<証拠>によると、被告は原告の欠勤期間中その賃金が支払われなかつたにもかかわらず健康保険法(以下健保法または健と略称する)および厚生年金保険法(以下厚保法または厚と略称する)所定の標準報酬月額を金七万二、〇〇〇円として決定計算した額の健康保険料および厚生年金保険料を立替え支払つたこと、右金七万二、〇〇〇円は原告が昭和四六年一〇月八日欠勤し始める直前の原告の標準報酬であることが認められるところ右両法においては、被保険者が毎月八月一日現に使用される事業所において同日前三月間(その事業所で継続して使用された期間に限り、かつ報酬支払の基礎となつた日数が二〇日未満の月は除く)に受けた報酬の総額をその期間の月数で除して得た額を報酬月額として、標準報酬を決定(いわゆる定時決定)し、その標準報酬は、その年の一〇月から翌年の九月までの各月の標準報酬とされる一方その標準報酬と現実に受ける報酬との格差が著しくなつた場合において、必要があると認めるときは随時標準報酬を改定(いわゆる随時改定)することができるとされている(健三条四項、厚二一条、二三条)が、右のいわゆる随時改定は被保険者が現に使用される事業所において継続した三月間に受けた報酬支払の基礎となつた日数が毎月二〇日以上である場合を前提とすることは右条項の文理上明らかであり、原告の場合のように全部欠勤で計算の基礎となる日数が二〇日未満の場合は随時改定が許されないと解すべきであるから昭和四七年九月までの標準報酬は欠勤前の金七万二、〇〇〇円として保険料を算出すべきことになり、その間被告に違法な点はない。次に同年一〇月になされるべき定時決定につき考察するに、健保法上或は厚保法通常の方法による報酬月額の算定ができない場合には、両法とも、特例として、保険者がこれを算定する旨規定しているが(健三条七項、厚二四条)、被保険者が私事欠勤のため三ケ月間無報酬であつた場合において、保険者が右条項を適用して、欠勤前の報酬をそのまゝ標準報酬として保険料を算定したからといつて直ちに違法不当な措置と断ずることは相当でなく、この点についての当裁判所の見解は左のとおりである。

健康保険ないし厚生年金保険は、被保険者にはその収入(標準報酬)に応じて保険料を負担させ、事業主にも応分の負担を強制的に行なわせ(政府管掌の場合は事業主と被保険者が折半負担)国にも国庫から一部補助させ、その三者からの収入を財源として一種の保険基金をつくり、被保険者や被扶養者に病気、怪我、妊娠、出産、死亡などの保険事故が発生したときに、医療費を支払つたり、種々の手当金を給付したりして被保険者の生活安定のための経済的保障を行なう相互共済的機能をもつ制度であるところ、被保険者の標準報酬を高く決定するとそれに応じて被保険者の負担すべき保険料額が高くなることはもとより当然であるが、その反面保険事故発生に当つて被保険者が受けるべき傷病手当金、出産手当金、分娩費、埋葬料などの現金給付もまた報酬比例制により高額となる仕組となつているのであるから、被保険者の利害得失を前記保険制度の趣旨に則して総合的に比較検討すれば、長期私事欠勤等で給与の支給がない場合の標準報酬は、之を最低級とするよりも寧ろ欠勤前の報酬月額を基礎として標準報酬を定めることのほうがより合理的な措置であると解するのが相当である。そうすると、原告の欠勤中その標準報酬を欠勤前の金七万二、〇〇〇円として保険料を算出し、被告が之を立替え支払つた前記健康保険料および厚生年金保険料は、昭和四八年五月分を除いて、すべて原告が負担すべきものであつて、その間被告の措置になんら違法不当な廉はないといわなければならない。

然し乍ら、昭和四八年五月分の保険料については、被保険者がその資格を喪失すると、その月は保険料を徴収しないこととされており(健七一条三項、厚八一条二項、一九条一項)、強制被保険者がその事業所に使用されなくなれば、原則としてその日(但し厚保法ではその翌日)に被保険者資格を喪失する(健一八条、厚一四条)が、例外として一定の場合にはその申請により継続して被保険者となることができ(健二〇条)、この場合にかぎり、使用されなくなつた月の保険料もその事業主において当月分の報酬からこれを控除することができる(健七八条二項、厚八四条一項)ものであるところ、被告会社は旅客運送事業を営むものであり、従つてその従業員である原告は強制被保険者であるから、原告は原則として被告会社を退職した昭和四八年五月二五日限り、健康保険の、翌日厚生年金保険の各被保険者資格を喪失し、同時に同月は保険料を負担しなくてよいことに帰したといわなければならない。従つて原告が同月以降少くとも翌月まで継続被保険者であること、すなわち被保険者資格を喪失していないことの主張立証がない本件にあつては、被告がなした右同月分の保険料の立替支払は許されないものという外なく、被告はこれを原告に返還しなければならない。しかして<証拠>によると、被告が原告の退職金から控除した右五月分の健康保険料は金二、五二〇円、厚生年金保険料は金二、三〇四円であることが認められるから、被告は右合計金四、八二四円の返還義務があることになる。

また、<証拠>によると、被告は原告のため金二七八〇円の地方税を立替支払い、右同額の求償請求権を有する外原告が昭和四六年六、七月に個人の責任において被告会社のタクシーを使用した使用料金五〇〇円の請求権を有することが明らかである。

ところで、原告は右タクシー使用料等は労基法により退職金から控除できない旨主張するので、考えるに、同法二四条一項によると、賃金はその全額を支払わなければならないが、法令に別段の定がある場合若しくは当該事業場の労働者の過半数で組織する労働組合との書面による協定がある場合においては賃金の一部を控除して支払うことができるものとされるところ、<証拠>によると、被告会社とその労働者の過半数で組織する労働組合との間には、公租公課、会社に対する負債金の返済、および従業員が個人の責任において会社のタクシーを使用した場合の未払運賃等については当該従業員の賃金からこれを控除することに同意する旨の書面による協定があることが認められ、<証拠判断省略>。そうすると賃金の一種である退職金から右タクシー使用料等を控除することは当然許されるものであつて何ら労基法に反するものではないから、この点の原告の主張は失当である。

三有給休暇中の賃金

年次有給休暇の権利は、労基法三九条一、二項の要件充足により法律上当然に生ずるものであつて、同条三項の請求は休暇の時季の指定を意味するにほかならず、労働者がその有する休暇の日数の範囲内で始期と終期を特定して休暇の時季指定をすれば、使用者が三項但書による時季変更権を行使しないかぎり、右指定によつて年次有給休暇が成立し、当該労働日における就労義務が消滅するものと解すべきところ、<証拠>によると、原告は昭和四六年九月二七日郵便により翌二八日から同年一〇月七日までの一〇日間の有給休暇の申請をしたことが認められる。そうすると、原告は一応右有給休暇の権利を取得し、その間の賃金を請求しうるものというべきである。

そこで被告のこの点についての仮定抗弁につき検討するに、<証拠>に本件口頭弁論の全趣旨を総合すると、原、被告間において、昭和四七年一一月二一日、原告申請の当庁昭和四六年(ヨ)第三号賃金仮払等仮処分申請事件につき、被申請人(被告)は申請人(原告)に金三〇万円の支払義務あることを認め、これを昭和四七年一二月五日限り支払う、申請人(原告)は前記有給休暇中の賃金請求権を含むその余の申請を放棄する旨の和解が成立したことが認められる。そうすると、原告の右有給休暇中の賃金請求権は和解成立により消滅したといわなければならず、原告の請求は失当である。

四年功給

<証拠>によると、被告会社においては、勤続一年以上の者に対し一年を継続勤務する毎に年功手当として年間金四、八〇〇円ずつ加算して支給することとし、その支給方法は各人の入社月から起算した一年を四期に分けて当該月末に支給するものとされ、そして長期欠勤の場合は欠勤中の最初の二期すなわち六月まではこれを支給するものとされていることが認められるけれども、六月を越える欠勤中も年功給を支給するという労使間の協定の存在を認めるに足りる証拠はない。そうすると、原告が昭和四六年一〇月八日から同四八年五月二五日まで欠勤したことは当事者間に争いがないから、原告の同四七年一二月から同四八年五月までの年功給の請求は理由がない。

五家族手当

家族手当も一般の賃金と同じく労務の提供がなければその限度でその請求権は発生しないと解すべきところ、原告は被告会社においては労使間の協定により欠勤中も家族手当を支給するきまりになつていると主張するが、<証拠判断省略>、他に原告が被告に対し家族手当請求権を有することを認めるべき証拠はなく、却つて原告が家族手当の請求をする昭和四七年一二月から同四八年五月までの間欠勤していたことは当事者間に争いがないところからすれば原告の請求が理由のないことは明らかである。

六賞与

凡そ賞与金は、定期または臨時に原則として労働者の勤務成績に応じてその労働の対価として支給されるものであつて、支給額が予め確定されていないものをいうのであるから、その性質上勤務を前提条件とするものであるとともに、労使間の協定による支給額の確定によつてその請求権が発生するものと解すべきところ、原告は昭和四六年一〇月八日から同四八年五月二五日まで欠勤したのみならず<証拠>によると、原告は昭和四六年冬、同四七年夏および冬の労使間の賞与一時金に関する協定で、その受給資格対象者から除外されていたことが認められ、<証拠判断省略>他に原告に賞与を支給する旨の格別の協定の存在を認めるに足りる証拠もない。よつて原告の賞与の請求も理由がない。

七結論

以上説示のとおり、原告の本訴請求は、被告に対し金四、八二四円と、これに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和四八年一〇月六日から支払ずみまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条但書を適用するが、仮執行の宣言は本訴において相当でないからこれを付さず、主文のとおり判決する。

(鍋山健 内園盛久 横山敏夫)

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