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福岡地方裁判所小倉支部 昭和49年(わ)296号 判決 1979年4月18日

主文

被告人梶原得三郎を罰金八〇、〇〇〇円に、

被告人西尾勇を罰金一五、〇〇〇円に処する。

未決勾留日数中、被告人梶原得三郎に対しては三〇日を、その一日を金二、〇〇〇円に換算し、被告人西尾勇に対しては、その一日を金二、〇〇〇円に換算して右罰金額に満つるまでの分を、それぞれその刑に算入する。

被告人梶原得三郎においてその罰金を完納することができないときは、金二、〇〇〇円を一日に換算した期間、同被告人を労役場に留置する。

訴訟費用中、証人瀧川隆、同吉村真、同平岡輝夫、同松枝実郎、同穴見清春、同田口一喜、同牧山孝謙に支給した分の三分の二、証人岩瀬秋義、同松下竜一、同菊谷利秀、同野沢康夫に支給した分の二分の一を被告人梶原得三郎の負担とし、証人瀧川隆、同吉村真、同平岡輝夫、同松枝実郎、同穴見清春、同田口一喜、同牧山孝謙に支給した分の三分の一を被告人西尾勇の負担とする。

被告人梶原得三郎に対する公訴事実中、船長松野輝政の看守する第二関海丸に侵入したとの点については、同被告人は無罪。

被告人西尾勇に対する公訴事実中、臨時航行許可証を受有しない眞勇丸を航行の用に供したとの点については、同被告人は無罪。

被告人上田倉蔵は無罪。

理由

(本件犯行に至る経緯)

九州電力株式会社(以下九州電力という。)は、福岡県豊前市大字八屋地先の海面を埋め立てて火力発電所を建設する計画を立て、昭和四六年九月一六日豊前市当局及び同市議会に右計画を説明し、同年一〇月二日には同市議会が右の豊前発電所建設誘致の決議をし、これが報道されて一般住民の知るところとなつた。右豊前発電所建設計画の当初の概要は明らかでないが、後記の公有水面埋立免許出願の内容からすると、右計画は、約三八五、〇〇〇平方メートルの海面を埋め立て、同地に出力五〇万キロワツトの重油燃焼による発電設備二機を設置して操業するというものであるため、海面埋立による漁業被害や海域環境の悪化、火力発電所操業に際し排出される煤煙、温排水等による大気汚染や水質汚濁とこれらによる健康被害、自然環境の破壊をもたらすとして、豊前市及びこれに隣接する地域の住民から右計画に反対する意見が表明され、昭和四七年三月福岡県椎田町議会が右発電所建設反対の決議をしたのを初めとし、同年四月一一日には労働組合を中心とした豊前火力誘致反対共闘会議が結成され、同年七月一五日には豊前市に一般市民による公害を考える千人実行委員会が結成され、同月三〇日には右発電所建設予定地から約六キロメートル離れた大分県中津市においても、一般市民による中津の自然を守る会が結成され、右発電所建設反対の運動が広がつた。被告人梶原得三郎は、中津市に居住し、北九州市小倉北区所在の住友金属株式会社小倉製鉄所に勤務するかたわら、右の中津の自然を守る会結成以来同会に所属していたものであるが、同会は、周防灘開発問題研究集会、中津市議会に対する豊前火力建設反対の請願、市民に対する発電所建設の問題点を許えるビラの配布などの活動を続け、同年一〇月から同年一二月までの間、三回にわたり発電所建設の問題点につき九州電力側と交渉したが、それによつても期待するような回答と成果が得られず、被告人梶原らは、同月から中津公害学習教室を開いて、右発電所建設問題を中心とする研究を続けた。一方、九州電力は、昭和四八年二月二一日福岡県及び豊前市との間で環境保全協定を結び、同年三月三〇日中津市との間でも公害防止の協定を結んだ。これに対し、被告人梶原らは、同月一五日豊前火力絶対阻止・環境権訴訟をすすめる会を結成し、反公害・環境権シンポジウムの開催、電源開発調整審議会に対する右発電所建設不認可答申の要請、福岡県知事に対する公開質問状の提出などの行動を続け、被告人梶原ほか六名の者が同年八月二一日福岡地方裁判所小倉支部に対し九州電力を被告として火力発電所建設差止の訴訟を提起した。しかし、九州電力は、同年一一月二九日、公有水面埋立法二条に基づき、宇島港湾管理者の長である福岡県知事に対し、豊前市大字八屋地先の海面につき公有水面埋立免許の出願を行ない、同法三条に基づき福岡県知事から意見を徴された地元豊前市議会は、同年一二月一二日同意の議決をし、また、電源開発調整審議会は、同月二〇日豊前発電所建設計画を承認する答申をした。被告人の梶原らの環境権訴訟をすすめる会は、その後も豊前市付近の気象調査を行うなどし、福岡県知事に対する交渉要求や再度の公開質問状の提出などをしたが、やはり期待するような回答は得られず、福岡県知事は、昭和四九年三月一九日改正施行された公有水面埋立法三条一項に基づき同年五月二五日前記九州電力の公有水面埋立免許出願事件の要領を告示し、右出願関係書類の縦覧の手続をとつた。これに対しては、環境権訴訟をすすめる会も同法三条三項に基づき埋立免許反対の意見書を提出した。なお、前記の火力発電所建設差止訴訟は、同年六月二〇日に第三回口頭弁論が開かれたが、審理は殆んど進展していなかつた。そして、ついに福岡県知事は、同月二五日九州電力に対し前記の公有水面の埋立を、工事着手の期間を一月以内と指定して免許し、その告示をした。被告人梶原ら環境権訴訟をすすめる会の会員らは同日右の埋立免許の事実を知り、九州電力が右免許に基づき埋立の着工をするのを阻止しようと考えたが、九州電力は、右着工に先き立ち、前記埋立予定海面に隣接する九州電力築上発電所内において、起工式を行うものと予想し、ひとまず右起工式参列者の入所を阻止する計画を立てた。そして、被告人梶原を含む環境権訴訟をすすめる会の会員や支援の学生ら約四〇名余は、翌二六日午前七時過ぎころ、右築上発電所西側の厳島神社境内に集合して集会を開いたのち、同日午前八時ころ、右築上発電所の各門前に分かれてピケツトを張ることになり、被告人梶原は、約二〇名位と共に正門前に座り込んだ。

被告人西尾勇は、動力漁船眞勇丸(4.48噸)を所有し、小型船舶操縦士の免許を受けて漁業に従事しているもので、かねてから大分新産業都市建設第二計画に反対する二期阻止公害反対佐賀関漁民同志会の会長となつて、右の反対運動を行ない、環境権訴訟をすすめる会の活動にも同調して、これを支援していたものであるが、前記の福岡県知事の埋立免許が出されたことを知り、環境権訴訟をすすめる会の行動を援助するため、同日早朝前記眞勇丸を操縦して大分県北海部郡佐賀関町を発ち、同日午前一一時二五分ころ、前記厳島神社に続く明神ケ浜に到着した。

そして、そのころにはすでに築上発電所の北方で宇島港西力の埋立予定の海面では、作業船による護岸工事のための測量が行なわれており、東工区の宇島港西防波堤南端付近には石材運搬船二隻が誘導されてきて、捨石作業を開始せんとしていた。

(罪となるべき事実)

第一被告人梶原は

一昭和四九年六月二六日午前一一時四〇分ころ、前記の築上発電所正門でピケツトを張つていた学生風の者約一六名と共に、被告人西尾の承諾を得て明神ケ浜に接岸中の前記眞勇丸に乗船し、前記埋立予定海面に向け出航させ、同日午前一一時五〇分ころ、眞勇丸が宇島港西防波堤の西方数百メートルの地点を航行中の護岸工事の作業指揮船である汽船ふじ(13.72噸)に追いつくや、眞勇丸に同乗していた氏名不詳の学生風の者約七名と犯意を相通じ、護岸工事の作業を中止させる目的で、眞勇丸から船長瀧川隆の看守する右汽船ふじに乗り移つて、故なく侵入し

二右の汽船ふじに侵入した学生風の者らと共に、同日午前一一時五五分ころ、瀧川隆に指示して汽船ふじを前記宇島港西防波堤南端近くで護岸工事のための捨石作業を行つていた船長松枝実郎の看守する石材運搬船第五内海丸(198.42噸)の左舷船尾に接舷させ、すでに眞勇丸から右第五内海丸に侵入している氏名不詳の学生風の者約五名及び汽船ふじに共に侵入した氏名不詳の学生風の約七名と犯意を相通じ、捨石作業を中止させる目的で、汽船ふじから第五内海丸に乗り移つて、故なく侵入し、そのころまで同船の船倉に積んでいる砕石をバケツト(先端に爪のついた六本の腕が花弁のように開閉する装置)でつかんだクレーンにより持ち上げ、右砕石を海中に投入する捨石作業を行つていた松枝実郎が右学生風の者に作業をやめてくれと要求され、右のバケツトを動かすことによつて右の侵入者らを負傷させるなどの事故が発生する危険を感じてクレーンの操作を中止し、バケツトを船倉内に落すや、同船に侵入した学生風の者約三名と犯意を相通じ、右の砕石を積んである船倉内に立ち入り、被告人梶原及び右学生風の者一名において、数十分間右のバケツトの上に乗つてその使用を不可能にし、もつて、威力を用いて松枝実郎が右バケツトを使用して行う捨石業務を妨害し

第二被告人西尾は

一前記第一の一記載のとおり、依頼を受けて被告人梶原ほか氏名不詳の学生風の者約一六名を眞勇丸に乗船させ、宇島港西防波堤西方数百メートルの地点を航行中、被告人梶原ほか氏名不詳の学生風の者約七名が汽船ふじに侵入した際、眞勇丸を汽船ふじの左舷に接舷させ、もつて、右犯行を容易にさせてこれを幇助し

二右犯行後の同日午前一一時五四分ころ、眞勇丸に乗船させていた氏名不詳の学生風の者約五名が前記宇島港西防波堤南端近くにおいて、捨石作業を中止させる目的で、船長松枝実郎の看守する第五内海丸に故なく侵入した際、右の学生風の者らに要求されて右第五内海丸左舷船尾に眞勇丸を接舷させ、もつて、右犯行を容易にさせてこれを幇助し

三右犯行後の同日午前一一時五七分ころ、眞勇丸に乗船させていた氏名不詳の学生風の者約四名が前記宇島港西防波堤南端近くにおいて、捨石作業を中止させる目的で、船長松野輝政が看守する石材運搬船第二関海丸(99.48噸)に故なく侵入した際、右の学生風の者らに要求されて右第二関海丸の右舷船尾に眞勇丸を接舷させ、もつて、右犯行を容易にさせてこれを幇助し

たものである。

(証拠の標目)<省略>

(弁護人らの主張に対する判断及び有罪部分の判断の補足)

一公訴権濫用の主張について

弁護人らは、被告人西尾に対する船舶安全法違反の公訴事実は、漁民の間では日常的に行われ、危険もなく、違法性の軽微な行為として過去においては不問に付されていた起訴価値のない行為を、検察官が憲法一四条に違反し、差別的に起訴したものであるから、公訴権を濫用したものとして、右公訴は棄却されるべきであると主張する。

被告人西尾に対する船舶安全法違反の公訴事実については、後記のとおり、これを処罰すべき実質的違法性がないものと判断するが、右は被告人西尾に対する三個の艦船侵入の共同正犯の事実と共に起訴されたものであり、これらを併せて考えると、検察官が不当に差別的な起訴をしたものとはいえず、いまだ検察官の有する訴追裁量権の範囲を著しく逸脱し、公訴権を濫用して起訴したものとはいえない。したがつて、弁護人らの右主張は採用することができない。

二威力業務妨害罪の業務の合法性について

弁護人らは、被告人梶原に対する威力業務妨害の公訴事実中の松枝実郎の捨石業務は、威力業務妨害罪の対象となる業務としての合法性がないと主張する。

威力業務妨害罪は主として経済的活動の自由を保護法益とするものであり、その客体としての業務は、それ自体犯罪とされる暴行、脅迫に至らない威力による妨害からも保護されるものであるから、右業務は、刑法上保護に値する業務であること、すなわち、社会共同生活において事実上許容、承認される業務であることが必要である。この意味において、右の業務は合法性がなければならず、右の程度の合法性のない業務に対する妨害行為は、その行為自体が他の刑罰法令に触れる場合に処罰すれば足りると解される。そして、右の業務の合法性は、その業務の性質及びその基礎となつている社会生活上の関係によつて判断されるべきである。

そこで、被告人梶原の威力業務妨害の対象となつている業務について検討するに、前判示第一の二のとおり、被告人梶原は、直接には松枝実郎が行つていた捨石業務を妨害したものであるが、<証拠>によると、九州電力は、昭和四九年六月二五日宇島港湾管理者の長である福岡県知事から、豊前市大宇八屋地先の公有水面につき、発電所用地造成のための埋立免許を受け、同日五洋建設株式会社との間で、右の埋立免許を受けた区域のうち、東工区の護岸工事等の請負契約を締結し、右五洋建設株式会社は、さらに右護岸工事の一部につき佐伯建設工業株式会社と下請契約を締結し、右佐迫建設工業株式会社が北九州市門司区大宇白野江所在の原田砕石所と砕石を購入する契約を締結し、その引渡方法として、原田砕石所が石材運搬船第五内海丸の所有者松枝繁治と傭船契約を締結して同船に右砕石を運送させ、同船の船長である松枝実郎が前記東工区内の護岸工事地点である宇島港西防波堤南端近くで捨石作業を行つていたものであることが認められる。

弁護人らは、右の福岡県知事の九州電力に対する公有水面埋立免許は違法であるから、右の埋立免許を前提とする契約関係に基づく松枝実郎の捨石業務も合法性がないと主張する。しかし、威力業務妨害罪の客体としての業務が行政庁の許可、免許或いは特許などの行政処分に基づく場合においても、これが法令に触れ、不適法であるからといつて、直ちに刑法上の業務としての合法性がないと解するのは相当でなく、右のような業務の合法性については、右の許可等の行政処分の性質を考慮し、社会共同生活において事実上許容、承認されるものかどうかによつて判断すべきである。すなわち、講学上許可といわれるもの、例えば営業の免許は、本来自由に行うことができた営業を一定の目的から一般的に禁止し、特定の場合に右の禁止を解除して自由を回復させる行為であるから、たとえ右の営業が許可を得ていなくても、本来は自由に行うことができたものである点で、社会共同生活においては事実上許容されるものとして、刑法上保護される合法性があるといわなければならない。しかし、公有水面埋立免許は、弁護人らが主張するように許可ではなく、国の所有に属し、本来何人も埋立の許されない水面を埋め立てて土地を造成し、その竣工認可を条件に埋立地所有権を取得させる排他的権利を設定する行政処分であつて、講学上は特許といわれるものである。したがつて、公有水面の埋立は本来何人も許されないものである点で、埋立免許を受けないでする埋立業務、或いは重要な法に違反する明白な瑕疵があつて当然に無効である埋立免許に基づく埋立業務はいずれも合法性がないといわなければならない。ただ、右のように埋立免許が当然に無効とまではいえない場合は、仮に右の埋立免許が法律の定める要件に適合しない部分があるとして違法性が問題となる場合でも、右の埋立免許の効力がないことが裁判等において確定する以前においては、埋立免許を受けた者の地位は、一応法律に従つた行政処分によつて形成されたものとして、社会共同生活上承認されるべきであると解される。したがつて、右のような地位に基づき行う埋立業務も刑法上保護に値するものといわなければならない。これを本件についてみるに、前記公有水面埋立免許申請書綴によると、前記九州電力に対する埋立免許は、九州電力が昭和四八年一一月二九日公有水面埋立法二条に基づき、福岡県知事に対し、目的とする公有水面に漁業権を有する者らの同意書を添えて免許の出願をし、同知事は、同年一二月四日同法三条に基づき、地元豊前市議会の意見を徴し、同市議会は同月一二日同意の議決をし、さらに、九州電力は、昭和四九年三月一九日施行された公有水面埋立法の改正法律二条二項、三項に基づき、同年五月一〇日免許出願の補完図書を提出し、同知事は、同月二五日同法三条一項に基づき、右出願事件の要領を告示し、関係図書を公衆の縦覧に供し、右縦覧期間後の同年六月二五日出願どおり埋立免許をしたことが認められ、右免許手続は公有水面埋立法の定める重要な方式をふんでいるといわなければならない。弁護人らは、右の埋立免許が同法四条一項の「環境保全につき十分配慮せられたるものなること」及び「環境保全に関する国の法律に基づく計画に違反せざること」との要件を満たしておらず、福岡県知事は右の点につき独立した判断をしていないから違法であると主張するが、前記公有水面埋立免許申請書綴中には、埋立免許にあたり右の点についても検討した結果を記載した書類もあり、福岡県知事がこの点につき独自の判断をしたものといわざるを得ず、また、公有水面埋立法四条一項の定める右の点の免許基準については免許権者である知事に一定の裁量権を与えたものであり、免許権者の右の点に関する判断過程の合理性の有無は、埋立免許の取消事由としては問題となり得るとしても、埋立免許を当然に無効とするほどの違法となるものとはいえない。

すなわち、前記福岡県知事の九州電力に対する公有水面埋立免許がその手続又は内容において当然に無効であるとする理由は認められず、九州電力が行つた埋立業務及びその一部として契約関係に従い行われた松枝実郎の捨石業務は刑法上の保護の対象となる程度の合法性を有していたものといわなければならない。

三威力業務妨害罪の威力について

弁護人らは、第五内海丸に乗り移つた被告人梶原及び学生風の者らの行為は平和的説得活動であつて、威力業務妨害罪にいう威力に当らないと主張する。

しかし、威力業務妨害罪にいう威力とは、人の意思を制圧するに足りる勢力をいうものであつて、暴行又は脅迫に限らない。これを本件についてみると、前判示第一の二のとおり、被告人梶原が汽船ふじから第五内海丸に侵入したときには、松枝実郎は、クレーンの操作を中止し、バケツトを船倉内に落していたが、これで同人が捨石作業を断念したわけではなく、同人は、第五内海丸に侵入してきた被告人梶原ほか学生風の者約三名が砕石を積んでいる船倉内に立ち入り、さらに、被告人梶原及び学生風の者一名が捨石作業の唯一の道具であるバケツトの上に乗つて数十分間これを占拠するという有形力を行使したため、右バケツトを動かして捨石作業を継続すれば、同人らの生命、身体に対する危険が発生して不測の事態を生ずるおそれがあるという心理的圧迫を受け、右作業の続行を断念するに至つたもので、被告人梶原の行為が威力に当ることは明らかである。

四違法性阻却の主張について

弁護人らは、被告人梶原は、環境を保全するために豊前火力発電所建設に反対し、右建設のための違法な埋立工事の中止を求めたものであつて、目的として正当であり、そのためにとつた同被告人の行動は威迫にも当らない平和的説得活動であつて、社会的に是認された行為であるから、手段としても相当であり、環境法益を保全するため埋立業務を侵害するのであるから、法益の均衡も保たれ、福岡県知事が埋立を免許した翌日に九州電力が物理的、経済的に復原不可能な埋立を開始するという緊急な状況のもとに、他にとるべき方法もなく、やむを得ず本件各行為に出たものであるから、違法性が阻却されるものであると主張する。

火力発電所の操業に伴つて大気汚染等の公害が生じ、人の健康または生活環境に被害を及ぼすこと、また、右発電所建設のため海面を埋立てる行為が海域環境、水産資源等に悪影響を及ぼすことは、その程度の差はあれ、疑いのない事実であつて、このような公害を防止し、環境を保全するという目的が正当であることはいうまでもない。したがつて、海面の埋立及び火力発電所の建設がもはや全く許されないような環境条件にあるとか、公害防止及び環境保全に関し十分な措置が講じられないまま海面の埋立及び火力発電所の建設、操業が行われる場合には、前記の目的から、右の海面の埋立及び火力発電所の建設、操業に対する反対行動を行うことも正当な目的の行動であるといわなければなない。判示冒頭に記載したように、被告人梶原は、本件に至るまで、右のような公害の防止と環境保全の目的から、火力発電所の建設及びそのための海面埋立に対する反対行動を行つてきたもので、判示冒頭の事実につき掲げた各証拠によると、同被告人は、海面の埋立及び火力発電所の建設はもはや許されない環境条件にあり、また、九州電力が計画している火力発電所については環境を保全するについて十分な実効性のある措置が講じられないと考え、公害の発生と環境破壊についての強い危惧感を抱き、本件当日の行動に出たものであることが認められるので、被告人梶原の動機、目的は正当であるといわなければならない。

そこで、前判示の被告人梶原の艦船侵入及び威力業務妨害に当る行為がその手段として社会共同生活上相当な行為であつたかどうかについて検討する。被告人梶原は、前判示第一のとおり、九州電力が公有水面埋立免許に基づき海面埋立工事に着工した際に、右工事のうち護岸工事を指揮する九州電力の職員が乗船していた汽船ふじに侵入し、また、右工事のため契約関係に基づき捨石作業を行つていた第五内海丸に侵入し、直接には同船の船長松枝実郎が行つていた捨石業務を妨害し、このことにより、九州電力の海面埋立業務を妨害する行為を行つたものである。刑法一三〇条が人の看守する艦船に対する侵入行為を人の住居に対する侵入行為と同様に処罰すべきものとしているのは、海上という危険な領域に浮かぶ閉鎖的な艦船内での生活の平穏が特に保護されなければならないためであると解される。その意味では海上での業務も安全で平穏な活動が保障されなければならない。したがつて、被告人梶原の前記の艦船侵入及び威力業務妨害の行為は、右各犯罪類型の中で必ずしも軽微であるとはいえない。また、被告人梶原は、判示冒頭に記載したとおり、九州電力の火力発電所建設計画が公表された後、公害の防止及び環境保全の見地から右計画内容を究明し、学習や調査活動によつて得た知識を基にし、九州電力や福岡県知事などに対し、右火力発電所建設の問題点を指摘して反対の意思を表明すると共に交渉を要求し、その回答を求めたが、前記のような危惧感を解消するような回答が得られず、火力発電所建設差止の訴訟を提起したものの、右の反対行動のための有効な手段とならないうちに、福岡県知事が右の訴訟の提起にかかわりなく、工事着手の期間を一月以内と指定して、九州電力に対し埋立を免許し、九州電力は、その翌日に早くも工事に着手するという緊急な状況のもとで、やむを得ないと考えて実力行動に出て、艦船侵入及び威力業務妨害の行為に及んだものであるといえる。しかし、被告人梶原らは、汽船ふじ及び第五内海丸の船長や乗組員らに対し、埋立作業を中止させるための平穏な説得ないし呼びかけを事前に行うこともなく、その行動が以後の埋立工事を中止させるための実効性のある方法かどうかも考慮せず、無計画に、勢いの赴くまま、汽船ふじにはいまだ同船が航走中に次次にとび移つて侵入し、第五内海丸には舷側をのぼって侵入し、各艦船内の平穏を害すると共に、船長らの行動の自由を妨げたものであつて、格別の混乱が生じなかつたのは船長らが自重し、抵抗をしなかつたためであり、右汽船ふじ上において行われたことが窺われる一部の学生風の者による乱暴な振舞いの点を除外して考えても、右の艦船侵入及びその後の行為は、弁護人らの主張するような平和的説得活動の範囲を超えることはいうまでもなく、前記のような目的のための手段として、社会共同生活上許容される相当な限度を超えた行為であつて、刑法上違法な行為であるといわなければならない。したがつて、弁護人らの右主張は採用することができない。

(法令の適用)

被告人梶原の判示第一の一の所為及び同二の所為のうち艦船侵入の点は、いずれも刑法一三〇条前段、六〇条、罰金等臨時措置法三条一項一号に、同二の所為のうち威力業務妨害の点は、刑法二三四条、六〇条、罰金等臨時措置法三条一項一号に、被告人西尾の判示第二の一ないし三の各所為は、いずれも刑法一三〇条前段、六二条一項、罰金等臨時措置法三条一項一号に該当するところ、被告人梶原の判示第一の二の艦船侵入と威力業務妨害との間には手段結果の関係があるので、刑法五四条一項後段、一〇条により重い威力業務妨害罪の刑で処断することとし、右犯行の経緯、動機及び態様並びに勾留された期間が事案に比し長いことなどの諸事情を考慮し、所定刑中罰金刑を選択し、同被告人の判示第一の一の罪、被告人西尾の判示第一の一ないし三の各罪については、同様の理由により、いずれも所定刑中罰金刑を選択し、被告人西尾の右各罪はいずれも従犯であるから同法六三条、六八条四号により法律上の減軽をし、被告人梶原、同西尾の以上の各罪はそれぞれ同法四五条前段の併合罪であるから、同法四八条二項によりそれぞれの各罪についての罰金の合算額の範囲内で、被告人梶原を罰金八〇、〇〇〇円に、被告人西尾を罰金一五、〇〇〇円に処し、同法二一条を適用し、未決勾留日数中、被告人梶原に対しては三〇日を、その一日を金二、〇〇〇円に換算し、被告人西尾に対してはその一日を金二、〇〇〇円に換算して右罰金額に満つるまでの分を、それぞぞれその刑に算入し、被告人梶原においてその罰金を完納することができないときは、同法一八条により金二、〇〇〇円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置することとし、訴訟費用については、刑訴法一八一条一項本文を適用して主文第四項のとおり被告人梶原、同西尾に負担させることとする。

(被告人梶原、同西尾に対する一部無罪及び被告人上田に対する無罪の理由並びに被告人西尾につき艦船侵入の共同正犯の訴因を同幇助と認定した理由)

一  被告人西尾に対する公訴事実中艦船侵入の点及び被告人上田に対する公訴事実は「被告人西尾、同上田は、被告人梶原ほか十数名と共謀のうえ、一、昭和四九年六月二六日午前一一時五〇分ころ、豊前市八屋町宇島地先海上を航行中の東洋建設株式会社所有の船長瀧川隆の看守する汽船ふじ(13.72噸)に故なく侵入し、二、前同日午前一一時五七分ころ、前記海上に碇泊中の松枝繁治所有の船長松枝実郎の看守する石材運搬船第五内海丸(198.42噸)に故なく侵入し、三、前同日午後零時ころ、前記海上に碇泊中の三谷喜八郎所有の船長松野輝政の看守する石材運搬船第二関海丸(99.48噸)に故なく侵入したものである。」というのであり、被告人梶原に対する公訴事実中第二関海丸に対する艦船侵入の点は「被告人梶原は、被告人西尾、同上田ほか十数名と共謀のうえ、前同日ころ、前記松野輝政の看守する第二関海丸に故なく侵入したものである。」というのである。

前掲関係各証拠によると、右各公訴事実について、前判示第一の一記載のとおり、被告人西尾が操縦していた眞勇丸に乗船していた被告人梶原ほか氏名不詳の学生風の者七名が船長瀧川隆の看守する汽船ふじに乗り移つて故なく侵入し、同第一の二記載のとおり、眞勇丸に乗船していた残りの氏名不詳の学生風の者のうち約五名及び右の汽船ふじに乗り移つていた被告人梶原ほか氏名不詳の学生風の者約七名が船長松枝実郎の看守する第五内海丸に乗り移つて故なく侵入し、同第二の三記載のとおり、眞勇丸に乗船していた残りの氏名不詳の学生風の者約四名が船長松野輝政の看守する第二関海丸に乗り移つて故なく侵入したことが認められるが、被告人西尾、同上田は、右の汽船ふじ、第五内海丸、第二関海丸のいずれにも自らは侵入せず、被告人梶原は、第二関海丸に自らは侵入しなかつたことが認められる。

そこで、被告人らが前記各艦船に侵入した者らとの間で右の各艦船に侵入することの共謀を遂げたかどうかにつき検討する。

判示冒頭に記載したとおり、被告人梶原ら環境権訴訟をすすめる会の会員らは、昭和四九年六月二五日埋立免許が出されたことを知り、九州電力の埋立の着工を阻止したいと考えたものの、右着工に先き立ち、九州電力築上発電所内で起工式が行われるものと予想し、これを阻止すれば着工も延びると考え、翌二六日午前八時ころから同発電所正門前などに支援の学生らとビケツトを張つていた。そして、<証拠>によると、同日午前一〇時一〇分に埋立工事着工の指令が出され、前記埋立海面で測量作業船八隻による護岸工事地点等の測量が開始され、同日午前一一時三七分ころ、石材運搬船第五内海丸と同第二関海丸による捨石作業が関始されたことが認められ、<証拠>によると、右の作業状況が前記のピケツトを張つていた者らにも知らされたが、後記のように被告人西尾が眞勇丸で到着するまでは、右海上での抗議行動を行う具体的計画はなく、もとより、前記測量作業船や石材運搬船に侵入することの謀議を遂げた事実もないことが認められる。そして、判示冒頭に記載したとおり、被告人西尾は、環境権訴訟をすすめる会の行動を支援するため、眞勇丸を操縦して同日午前一一時二五分ころ、明神ケ浜に到着したものであるが、<証拠>によると、被告人西尾は、石の明神ケ浜に到着した時点では支援の具体的方法は考えていなかつたが、右の明神ケ浜にいた豊前火力建設反対を示すゼツケンをつけた学生風の者らから眞勇丸に乗船させてくれと依頼されてこれを承諾し、前判示第一の一記載のとおり、被告人梶原ほか学生風の者約一六名を乗船させ、佐賀関町から同乗してきた被告人上田も引き続き同乗したまま、被告人梶原らの指示に従い、同日午前一一時四五分ころ、埋立作業を行つている海面に出航して行き、まず、被告人梶原らの指示するとおり、同海面で測量作業を行つている数隻の小船に接近しようとしたところ、眞勇丸乗船者らの作業中止を要求する叫びを聞いて、右作業船が沖合に逃げて行つたので、なお航行中、作業船らしいやや大きな汽船ふじがいたので、これに接近したところ、同船も沖合に向けて逃げ始めたが、船足が遅く、眞勇丸がこれに追いついて、その左舷に接近した形になり、両船が並走中に、判示第一の一記載のとおり、同日午前一一時五〇分ころ、被告人梶原ほか氏名不詳の学生風の者約七名が汽船ふじに乗り移り、その後、判示第一の二、同第二の三各記載のとおり、第五内海丸、第二関海丸にそれぞれが乗り移つたものであることが認められる。検察官は、同日午前一一時四五分ころから午前一一時五〇分ころまでの間に、眞勇丸船上において、汽船ふじ、第五内海丸及び第二関海丸に侵入することの共謀が行われたと主張するが、被告人梶原らが眞勇丸に乗船後、汽船ふじに乗り移る前に、被告人西尾、同上田、同梶原及び学生風の者全員が右主張のような各艦船侵入の謀議を明示的に行つたことを認めるに足りる直接証拠はない。なるほど、被告人梶原の検察官に対する昭和四九年七月一二日付供述調書には、捨石作業船がクレーンで砕石を海中に投入しているのを見て、船があれば乗り込んで行つてでも捨石作業をやめさせたいという気持があつた旨の記載があるので、同被告人には眞勇丸に乗り込んだ時点において、捨石作業船に侵入する意思があつたようにもあるが、右の記載は、火力発電所建設を体をはつてでも実力で阻止したいという同被告人自体の熱意を現わしたもので、埋立作業に対する抗議行動がすなわち作業船に侵入するというものとはいえないから、他の眞勇丸乗船者らの心意も同様であつたものとは認められず、前記の被告人梶原らが汽船ふじ及び第五内海丸に乗り移つた状況をみると、場当り的であつて、計画性は窺われず、その場の勢いに駆られ、偶発的に行つたものと認められる。したがつて、被告人梶原らが汽船ふじに侵入する以前に、被告人西尾、同上田、同梶原ほか眞勇丸に乗船している学生風の者全員が汽船ふじ及び二隻の石材運搬船に侵入する犯行を共同かつ分担して実行する意思が合致するという共謀を暗黙のうちに遂げたものと認めることもできない。

そして、被告人西尾は、判示冒頭記載のとおり、環境権訴訟をすすめる会の活動にも同調し、これを支援していたものであるが、前記のとおり、被告人梶原ほか学生風の者らに要求されて同人らを眞勇丸に乗船させ、同人らの指示するまま眞勇丸を操縦して測量作業船にも接近し、汽船ふじにも接舷させたもので、被告人梶原ほか学生風の者らの反対行動を援助する方法として、同人らを運送する役割を果したものと認められ、艦船侵入は、本来他人を介することなく、自ら実行するのを主な態様とする性質の単純行為犯であることをも考えると、被告人西尾が自らも艦船侵入の意思を有し、他人の行為を利用し、共同してこれを実行する意思を有していたものと認めるのは早計であり、同被告人は、被告人梶原ほか氏名不詳の学生風の者約七名の汽船ふじに対する侵入行為を容易にさせるという幇助の意思で眞勇丸を汽船ふじに接舷させたものと認められる。被告人西尾の検察官に対する昭和四九年七月一三日付供述調書には、作業船に接舷すれば、眞勇丸に乗つている者らが乗り移つて行くことを予期したが、作業船に乗り移つて抗議する程度のことはやむを得ないと思つていた旨の記載があり、右の記載は、被告人西尾が被告人梶原ほか約七名の者の汽船ふじに対する艦船侵入の行為を認識しかつこれを認容していたことを現わすものであるが、右のような認識、認容は共同正犯者及び幇助者に共通して必要なものであつて、共謀共同正犯の成立に必要な共同実行の意思は、右のような認識、認容のうえ、互いに他人の行為を利用し、協力して犯罪事実を実現する意思をいうものであるから、右のような認識、認容だけでは共同実行の意思を有していたものとはいえない。そして、判示第二の二記載のとおり、眞勇丸に乗船していた残りの氏名不詳の学生風の者のうち約五名が第五内海丸に侵入した際に眞勇丸を同船に接舷させた行為、判示第二の三記載のとおり、同じく氏名不詳の学生風の者約四名が第二関海丸に侵入した際に眞勇丸を同船に接舷させた行為は、いずれも汽船ふじの場合と同様、被告人西尾には右各艦船侵入を共同して実行する意思はなく、幇助の意思で行つたものと認められる。

次に、被告人上田は、<証拠>によると、被告人西尾と同様、大分新産業都市建設第二期計画に反対する運動を行ない、環境権訴訟をすすめる会の活動にも同調してこれを支援していたものであり、同会の行動を援助するため、被告人西尾の操縦する眞勇丸に同乗してきて、被告人西尾が被告人梶原ほか学生風の者約一六名を眞勇丸に乗船させた際も同乗していたものであるが、被告人上田に汽船ふじ、第五内海丸及び第二関海丸に対する各艦船侵入を共同して実行する意思があつたものと認めるに足りる証拠はない。被告人上田の検察官に対する供述調書には、眞勇丸が作業船につくと、学生らが同船に乗り移るであろうと思つていた旨の記載があるが、被告人西尾につき述べたと同様、この記載から被告人上田に艦船侵入の共同実行の意思があつたとは認められない。そして、被告人上田の眞勇丸に乗船中の行動をみるに、右の点に関しては被告人上田の供述以外に証拠がなく、同被告人は、司法警察員に対する昭和四九年七月五日付供述調書において、眞勇丸が作業船らしい小船に接舷したとき、眞勇丸が怪我しないように気をくばり、また、三番目に鉄船に接舷したとき眞勇丸をこわさないようにと思つて、鉄船と眞勇丸との間に棒を入れてつつ張りに使つた旨供述し、第一回公判においては、眞勇丸の三回目の接舷のとき相手船の船縁を押した旨供述し、第三三回公判においては、眞勇丸が汽船ふじに接近したとき足をつかつて衝突を避けようとしたり、丸木を両船の舷側間にはめたりした旨供述している。右各供述内容は、まちまちであつて、必ずしも明確でないが、被告人上田が右のとおり眞勇丸の作業船に対する接舷の際、衝突による損傷を防ぐための措置をとつた事実があつたとしても、これは被告人西尾の操船を補助する行為であつて、この行為から前記の各艦船侵入の共同実行の意思があつたものと推認することはできない。また、右の接舷の際の衝突による損傷を防ぐための措置をとつたというのは、接舷状態を保持するという行為の一面も有すると解することも可能であるが、被告人上田の右の行為は、各艦船毎にその行為を確定することもできず、しかも同被告人が供述するだけで、他にこれを補強する証拠はないのであるから、被告人上田を前記各艦船に対する侵入行為を幇助する行為をしたものとしても有罪とすることはできない。

さらに、被告人梶原は、判示第一の一記載のとおり、汽船ふじに侵入し、その後、同第一の二記載のとおり、第五内海丸に侵入したものであるが、判示第二の三記載のとおり、第二関海丸に対する侵入は、被告人梶原が第五内海丸に乗り移つて同船上に止まつている間に、眞勇丸に乗船していた残りの学生風の者約四名によつて実行されたものであつて、前記のとおり、被告人梶原が眞勇丸から汽船ふじに乗り移るまでの間に、右実行者らとの間に第二関海丸に対する侵入の共謀を遂げた事実は認められず、その後にも右の共謀を遂げた事実を認めるに足りる証拠はない。

二被告人西尾に対する公訴事実中船舶法違反の点は「被告人西尾は、漁船眞勇丸(4.84噸)を所有し、船長として同船を操船するものであるが、法定の除外事由がないのに、所轄管海官庁の臨時航行許可証を受けないで、昭和四九年六月二六日午前一一時四五分ころ午後一時一〇分ころまでの間、二回にわたり、同船に各二〇名位を乗船させたうえ、豊前市八屋町宇島地先海上を航行し、もつて臨時航行許可証を受有しない同船を航行の用に供したものである。」というのである。

<証拠>によると、被告人西尾が動力漁船眞勇丸(総噸数4.84噸)を所有し、その船長であり、所轄管海官庁の臨時航行許可証を受有しないで、昭和四九年六月二六日午前一一時四五分ころから同日午後一時すぎころまでの間、一回目は約一七名、二回目は十数名の者を右眞勇丸に乗船させたうえ、豊前市大字八屋地先の宇島港西防波堤西方海上を航行したことが認められる。

そこで、右の被告人西尾の行為は、昭和四八年九月一四日法律第八〇号による改正前の船舶安全法二条二項一号の総噸数五噸未満の船舶を旅客運送の用に供するものとして、同改正法二条一項の規定が適用され、同法五条一項四号の臨時航行検査を受けるべき義務があるのにこれを受けないで、眞勇丸を航行の用に供したものとして、一応同法一八条一項一号後段の罪の構成要件に該当する。もつとも、族客運送というのは、一般には運送契約に基づき人を乗船させる場合(商法七七七条以下)をいうものと解され、同法一八条一項四号も「旅客」と「其の他の者」とを区別しているので、前記のとおり、被告人西尾が好意的に乗船させた者を旅客といい、眞勇丸を旅客運送の用に供したものというのは疑問かないわけではない。

ところで、船舶安全法は昭和四八年九月一四日法律第八〇号によつて改正され、同年一二月一四日から施行されたが、遅れて昭和四九年九月一日から施行された同法三二条は「第二条一項の規定は政令を以つて定むる総噸数二十噸未満の漁船には当分の内之を適用せず」と規定している。すなわち、旧法三二条但書の「旅客運送の用に供するものは此の限に在らず」とあつたのを削除しており、右の改正法三二条施行後は右の二〇噸未満の漁船に人を乗船させて航行する場合も改正法五条一項の適用を受けず、したがつて臨時航行許可証を要せず、同法一八条一項一号後段の罪に当ることはないのである。結局、右改正法は、昭和四九年九月一日以降、政令で定める二〇噸未満の漁船については同法一八条一項一号後段に定める罪による可能性がないと認めたものといわざるを得ない。他方、前記船舶安全法改正前は、本件のような臨時航行許可を受けないで船舶を航行の用に供した行為は船舶安全法施行規則七二条において五、〇〇〇円以下の罰金に処することになつていたところ、前記改正と同時に右施行規則七二条も削除されたものである。すなわち、総噸数二〇噸未満の漁船について、前記船舶安全法改正前は五、〇〇〇円以下の罰金に処せられ、改正法三二条が施行された昭和四九年九月一日以降であれば同法一八条一項一号後段による処罰を受けないことになる行為が改正法が施行された昭和四八年一二月一四日から昭和四九年八月三一日までの間に行われたときは、右改正前より重い一年以下の懲役又は三〇万円以下の罰金に処せられるという不合理なことになるのである。そこで、前記改正法附則一条において、同法三二条の改正規定の施行日を特に遅らせた理由を考えてみると、旧法三二条が同法二条一項の適用除外の船舶として、総噸数二〇噸未満の漁船のほか、総噸数二〇噸未満の帆船及び平水区域のみを航行する帆船をも挙げていたところ、改正法三二条は右の帆船に関する部分を削除してこれを適用除外とはしない旨規制を強化することにしたため、その施行期日を遅らせることにしたものと解され、総噸数二〇噸未満の漁船については、旧法三二条但書が削除されたので、かえつて規制が緩和されたのであるから、施行を遅らせる理由はなかつたのである。そして、改正法三二条の漁船に関する部分がその他の改正規定と同時に施行されていれば被告人西尾の本件行為は同法一八条一項一号後段の罪に該当しないのである。

また、被告人西尾が眞勇丸を航行の用に供した本件行為をみるに、前記のような被告人西尾と乗船した者らとの関係及びその乗船の経緯から明らかなように、乗船者らはいわゆる好意同乗者であつて、運送契約を締結した旅客ではなく、航行の場所は港湾区域内であり、航行の時間も短く、被告人西尾の検察官に対する昭和四九年七月一三日付供述調書によると、眞勇丸は優に二〇人以上の者を乗船させる能力を有することが認められ、これらの事実を併せ考えると、船舶安全法一条にいう船舶の堪行性及び人命の安全の見地からしても、同法五条一項四号の臨時航行検査義務違反の点は非常に軽微であるといわなければならない。

加えて、<証拠>によると、昭和四八年三月ころ、環境庁職員らが大分県海域を公害問題に関連して現地視察をした際、一〇噸未満の多数の漁船が臨時航行許可を受けず人を乗船させて航行し、これを現認した海上保安庁の職員からも何らの規制を受けず放任されたこと、本件当日も五噸未満の漁船が報道記者を乗船させて同じ海面を航行したが、何ら制裁を受けず不問に付されていること、被告人西尾には本件当時有償で旅客を乗船させる場合以外に臨時航行許可が必要であるとの認識もなかつたことが認められる。

そこで以上のような船舶安全法の改正経過、とくに本件当時眞勇丸のような二〇噸未満の漁船に人を乗船させて航行の用に供する行為の可罰性を消滅させる改正法が公布されていたこと、被告人西尾が人を乗船させた経緯及び動機、とくに通常の旅客運送契約に基づくものではなく、好意的に乗船させたもので、旅客運送の類型性が乏しいこと、航行の時間及び航行の範囲等の態様からして危険性が少ないこと、過去において同種の行為につき規制が行われず、放任され、不問に付されたことがあり、被告人西尾に違法性の意識がなかつたことなどの具体的諸事情に基づき、法秩序全体の見地から考えると、被告人西尾が眞勇丸に人を乗船させて航行させた行為は、臨時航行許可証を受有しない船舶を航行の用に供したとして、船舶安全法一八条一項一号後段により処罰するほどの実質的違法性に欠けるものといわなければならない。

三したがつて、被告人梶原に対する公訴事実中、船長松野輝政が看守する第二関海丸に対する侵入の点及び被告人上田に対する公訴事実は犯罪の証明がないことに帰し、被告人西尾に対する公訴事実中、船舶安全法違反の点は罪とならないので、いずれも刑訴法三三六条により無罪の言渡をする。

よつて、主文のとおり判決する。

(福嶋登 新崎長政 上原茂行)

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