福岡地方裁判所小倉支部 昭和49年(ワ)665号 判決 1976年5月19日
原告
原田愛子
被告
八幡タクシー株式会社
主文
被告は原告に対し金四五万九一二三円及びこれに対する昭和四七年六月二五日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを二分し、その一を被告の、その余を原告の負担とする。
この判決の第一項は仮に執行することができる。
事実
第一申立
一 原告
(一) 被告は原告に対し金一〇四万六一五一円及びこれに対する昭和四七年六月二五日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
(二) 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決並びに仮執行の宣言。
二 被告
(一) 原告の請求を棄却する。
(二) 訴訟費用は原告の負担とする。
との判決。
第二主張
一 請求原因
(一) 事故の発生
昭和四七年六月二四日午前零時五分頃、北九州市八幡西区神原町一番地の交差点において、幸ノ神方向から中央町方向へ向つて進行していた滑石広志運転の小型乗用車(北九州五あ八四九五号)と、これに交差する道路を進行していた佐々木正則運転の軽四輪乗用車(六北九州け六〇一九号)とが、出合がしらに衝突し、佐々木運転車に同乗していた原告が負傷した。
(二) 被告の責任
滑石運転にかかる自動車は被告が保有し、これを運行の用に供していたものである。
(三) 原告の受傷の部位、程度
原告は本件事故により右前額部挫傷、両膝関節挫傷、右鎖骨々折、右眼窩部挫傷、左側頭骨皹裂骨折疑の重傷を受け、入院一一八日間、通院二〇九日間の治療を余儀なくされ、後遺症として右鎖骨にそつて一〇センチメートルの手術痕、鎖骨中央部の突出変形及び右肩関節の運動制限を残した。その後遺障害等級は第一二級に該当する。
(四) 損害
1 休業損害 一七万二三六〇円
原告は本件事故当時競艇場に勤務し一日平均一一一〇円の、副業として一日平均二八〇円の収入を得ていたが、本件事故により一二四日間就労することができず、結局一七万二三六〇円の得べかりし利益を失つた。
2 賞与減額分 四万八八五三円
原告は休業により賞与を四万八八五三円減額された。
3 慰藉料 一二七万二〇〇〇円
原告が本件事故により蒙つた精神的苦痛を慰藉すべき慰藉料としては、入院一日につき金三〇〇〇円、通院一日につき金二〇〇〇円、後遺症に対するものとして金五〇万円の合計一二七万二〇〇〇円が相当である。
4 諸雑費 五万九〇〇〇円
入院一日につき諸雑費五〇〇円として算出すると、合計五万九〇〇〇円の雑費を費したことになる。
5 通院交通費 六二〇〇円
通院のための交通費として一日につき二〇〇円以上を要した。
6 労働能力喪失による逸失利益 一一一万六四〇〇円
次の算式による。
41,680円(平均月収)×12月×0.14(労働能力喪失率)×15.944(就労可能年数に対するホフマン系数)=1,116,400円
7 治療費 一四万五七三〇円
(五) 損害の填補
原告は本件事故による損害の賠償として強制保険等から合計一八七万四三九二円を受領した。
(六) 弁護士費用 一〇万円
原告は被告が誠意ある話し合いに応じないため、弁護士たる原告訴訟代理人に本訴の提起を依頼し、同弁護士に福岡県弁護士会報酬規定に基く着手金及び謝金を支払う旨約した。そのうち一〇万円が本件事故による損害である。
(七) よつて原告は被告に対し金一〇四万六一五一円及びこれに対する本件事故の日の翌日である昭和四七年六月二五日から完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 請求の原因に対する答弁
(一) 請求原因(一)、(二)の事実は認める。
(二) 同(三)の事実中後遺障害等級第一二級に該当する後遺症が原告に存在することは認めるが、その余の事実は不知。
(三) 同(四)の事実は全て否認する。
(四) 同(五)の事実は認める。
(五) 同(六)の事実は不知。
三 抗弁
原告と本件事故の共同不法行為者たる塚本三近との間で示談が成立し、原告は請求を免除した。しかして本件事故は交差点内における出合いがしらの事故であるから、被告と塚本間の過失割合は五分五分というべきところ、塚本の負担部分につき被告の利益のためにも免除の効力が生じた。
四 抗弁に対する答弁
争う。
第三証拠関係〔略〕
理由
一 事故の発生及び被告の責任
請求原因(一)、(二)の事実は当事者間に争いがない。従つて、被告は自賠法第三条により原告が本件事故により蒙つた損害を賠償すべき義務がある。
二 原告の受傷の部位、程度
原告本人尋問の結果から成立の真正が認められる甲第七ないし第九号証、及び原告本人尋問の結果によると、原告は本件事故により右前額部挫傷、両膝関節挫傷、右鎖骨々折、右眼窩部挫傷の傷害を負い、斉藤病院にて事故当日から昭和四七年六月二六日まで三日間の入院治療を、北九州市立八幡病院にて同月二九日から同年一〇月二一日まで一一五日間の入院治療を、同年九月二二日から昭和四八年五月一六日まで黒崎整形外科病院にて通院治療(通院実日数三一日)を受け、昭和四八年五月一六日症状が固定したものと診断されたことが認められ、原告が本件事故による受傷の後遺症として鎖骨中央部の突出変形及び右肩関節の運動制限を残したこと、及びその後遺障害等級が第一二級に該当することは当事者間に争いがない。
三 損害
(一) 休業損害
原告本人尋問の結果から成立の真正が認められる甲第一七ないし第一九号証、同第三七号証及び原告本人尋問の結果によると、原告は本件事故当時競艇場に勤務し一日平均一一〇三円の収入(事故前三カ月間の収入合計九万九三〇〇円)を得るかたわら、競艇が開催されないとき、塚本酒店こと塚本三近方で店員として稼働し、一日平均一七五円(事故前二カ月間の収入合計一万〇五〇〇円)の収入を得ていたが、本件事故による受傷の治療のため、事故当日から昭和四七年一〇月二五日まで一二三日間就労し得なかつたことが認められる。そこで右休業期間中の得べかりし利益を算出すると、次のとおり一五万七一九四円となる。
(1,103円+175円)×123日=157,194円
(二) 賞与減額分
原告本人尋問の結果から成立の真正が認められる甲第三九号証によると、原告は一二三日間の欠勤により競艇場勤務によつて得べかりし昭和四七年度冬期手当を四万八八五三円減額されたことが認められる。
(三) 諸雑費
本件事故当時入院一日につき諸雑費として少なくとも三〇〇円を要したことは当裁判所に顕著であるから、原告の入院期間一一八日間の入院諸雑費を求めると、三万五四〇〇円となる。
(四) 通院交通費
原告本人尋問の結果から成立の真正が認められる甲第一五号証及び原告本人尋問の結果によると、原告は黒崎整形外科病院に通院中一日あたり往復六〇円のバス代を支出したことが認められる。従つて通院三一日間の交通費を算出すると一八六〇円となる。
(五) 治療費
原告本人尋問の結果から成立の真正が認められる甲第一一ないし第一三号証によると、原告は本件事故による受傷の治療のため、合計一四万五七三〇円の治療費を要したことが認められる。
(六) 労働能力喪失による逸失利益
前掲甲第九号証、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、原告は昭和九年一一月八日生れであること、原告は昭和四七年一〇月二六日以降競艇場に勤務し始めたが、右肩関節の障害のため塚本酒店での稼働が不能となつたことが認められ、原告に残存した前記後遺症の内容に照らせば、当該障害は終生継続するものというべきである。しかして、塚本酒店での原告の月額平均収入は五二五〇円であるから、原告は昭和四七年一〇月二六日以降月あたり五二五〇円の得べかりし利益を喪失したものというべきである。そこで原告の職種に鑑みその就労可能年齢を満六三歳までとみて、その間の得べかりし利益を年毎に年五分の中間利息を控除するホフマン式算定法により算出すると、次のとおり一〇〇万四四七八円となる。
5,250円×12月×15.9441=1,004,478円
(七) 慰藉料
本件事故の態様、原告の受傷の内容程度、治療に要した入、通院期間、後遺症の内容程度、原告の年齢等諸般の事情を考慮すれば、原告が本件事故により蒙つた精神的苦痛を慰藉すべき慰藉料としては、金九〇万円をもつて相当とする。
四 損害の填補
原告が本件事故による損害の賠償として強制保険等から合計一八七万四三九二円を受領したことは当事者間に争いがないので、以上の損害合計から右受領額を控除すると、残損害は四一万九一二三円となる。
五 免除の主張について
成立に争いのない甲第二五号証及び同乙第二号証を総合すると、原告は昭和四八年八月三〇日、本件事故の共同不法行為者たる佐々木正則の運転する自動車の運行共用者塚本三近との間で、本件事故による損害賠償として二七万八〇〇〇円を塚本が原告に支払うことで示談が成立し、その際原告は塚本に対し本件事故に関し右以外に一切の請求をしない旨を約したことが認められる。しかして原告はいまだ四一万九一二三円の損害賠償請求権を有していること前記のとおりであり、このことと右事実によれば、原告は塚本に対し右損害賠償請求権のうち二七万八〇〇〇円を超える部分を免除したものと解することができる。
ところで共同不法行為者(本件における塚本と被告とは直接の共同不法行為者ではないが、それぞれの保有車の運転者がこの関係に立つので塚本と被告も又共同不法行為者に準じて考えることができる。)の一人に対してなした免除の他の共同不法行為者に及ぼす効力如何であるが、被害者が共同不法行為者のうちの一部の者と一部免除を含む示談をしたとしても、さしあたつて示談できるところから示談して早期の賠償を得ようとするにすぎないものであり、他の共同不法行為者に対する損害賠償請求にまで免除の効果を及ぼす意思まで有していないのが通常であることに鑑みれば、共同不法行為者間の債務関係をいかに解するにせよ、一般的にこれに民法第四三七条を適用して、免除の絶対的効力を認めるのは相当でないものといわざるを得ず、その効力を認めるか認めないかは、被害者の意思解釈を中心として個々具体的に決するのが相当と考えられる。
これを本件についてみるに、本件事故は交差点における出合がしらの事故であることに鑑みると、佐々木と滑石の過失割合は五分五分というべきであるから、その負担部分に照らし、原告としては塚本との間で約した債務の一部免除の効果を被告に及ぼすという意思までは有していなかつたとみるのが相当であり、従つて、原告と塚本間で交わされた示談は、原告の被告に対する損害賠償請求に何らの影響をも及ぼさないものというべきである。この点に関する被告の主張は採用の限りでない。
六 弁護士費用
弁論の全趣旨によると、原告は被告から任意の賠償を受けられなかつたので、本訴の提起、追行を弁護士たる原告訴訟代理人に委任し、福岡県弁護士会報酬規定に基く謝金等を支払う旨約したことが認められるところ、本件訴訟の経過、以上の認容額等諸般の事情を考慮すると、被告に負担さすべき弁護士費用としては金四万円をもつて相当とする。
七 結論
以上の次第で、被告は原告に対し四の損害残と六の弁護士費用との合計金四五万九一二三円及びこれに対する本件事故の翌日である昭和四七年六月二五日から完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があるから、原告の本訴請求は右限度で認容し、その余を棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 園田秀樹)